(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-22
(45)【発行日】2022-03-03
(54)【発明の名称】密封装置
(51)【国際特許分類】
F16C 33/80 20060101AFI20220224BHJP
F16C 19/18 20060101ALI20220224BHJP
F16J 15/3232 20160101ALI20220224BHJP
F16J 15/3268 20160101ALI20220224BHJP
F16J 15/447 20060101ALI20220224BHJP
【FI】
F16C33/80
F16C19/18
F16J15/3232 201
F16J15/3268
F16J15/447
(21)【出願番号】P 2017168405
(22)【出願日】2017-09-01
【審査請求日】2020-08-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000225359
【氏名又は名称】内山工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002686
【氏名又は名称】協明国際特許業務法人
(74)【代理人】
【識別番号】100087664
【氏名又は名称】中井 宏行
(74)【代理人】
【識別番号】100143926
【氏名又は名称】奥村 公敏
(74)【代理人】
【識別番号】100149504
【氏名又は名称】沖本 周子
(72)【発明者】
【氏名】石田 浩規
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-158226(JP,A)
【文献】特開2015-212567(JP,A)
【文献】特開2010-001950(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/76-33/80
F16C 19/18
F16J 15/32-15/453
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対的に軸回転する内側部材及び外側部材の一方の部材に取付けられる第1シール部材と前記内側部材及び前記外側部材の他方の部材に取付けられる第2シール部材とが組み合わさった状態で前記内側部材及び前記外側部材の間に圧
入された状態に装着されて前記内側部材及び前記外側部材の間を密封す
るように用いられる密封装置であって、
前記第1シール部材は、前記一方の部材に嵌合される第1円筒部及び前記第1円筒部の一端部から径方向に延びる第1円板部を備えた芯金と、前記芯金に取付けられた第1シール側シール体と、を含み、
前記第2シール部材は、弾性材料からなる第2シール側弾性部を介して前記他方の部材に嵌合される第2円筒部と、前記第2円筒部の一端部から径方向に延びるとともに軸方向において前記第1円板部に対向する第2円板部と、を含み
、前記圧入された状態にあるときに、前記第2シール部材の全体が第2シール側弾性部の弾性歪により軸方向に移動することが許容されており、
前記第1シール部材及び前記第2シール部材の一方には、前記圧
入された状態において、前記第1シール部材及び前記第2シール部材の他方に弾性当接して圧入方向とは反対の方向に反力を発生させる反力発生部が設けられ
ており、
該反力発生部及び前記第2シール側弾性部の作用により、前記第2シール部材が前記第1シール部材から圧入方向とは反対の方向に離反していることを特徴とする密封装置。
【請求項2】
請求項1に記載の密封装置において、
前記第1シール側シール体は、前記第2円板部に接触する第1シール側シールリップを備え、
前記反力発生部は、前記第1シール側シール体に設けられるとともに前記第1シール側シールリップより軸方向長さが短く且つ厚みが厚くなるように形成され、前記圧入の際には前記第2円板部に当接するように構成されていることを特徴とする密封装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の密封装置において、
前記第1シール部材の第1円筒部は、弾性材料からなる第1シール側弾性部を介して前記一方の部材に嵌合され、
前記第1シール側弾性部の厚みは前記第2シール側弾性部の厚みより大きく、前記第1シール側弾性部の前記一方の部材に対する嵌合締め代は前記第2シール側弾性部の前記他方の部材に対する嵌合締め代より小さいことを特徴とする密封装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の密封装置において、
前記第2シール部材は、前記第1シール部材に近接する第2シール側シールリップを備えた第2シール側シール体を有していることを特徴とする密封装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相対的に軸回転する内側部材及び外側部材の間に圧入されて、前記内側部材及び外側部材の間を密封する密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
前記のような密封装置としては、内側部材及び外側部材に嵌合される2つのシール部材が組合わさった状態で内側部材及び外側部材の間に圧入される密封装置が挙げられる。特許文献1及び特許文献2には、前記2つのシール部材に相当する部材が組み合わさった状態で、相対的に同軸回転する内側部材と外側部材との間に圧入されると想定される密封装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】実公平5-5342号公報
【文献】特開平5-196146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、前記のような密封装置においては、前記2つのシール部材間の軸方向の対向位置にラビリンスを設け、回転側の部材の回転トルクを低減しながらも、密封装置内への密封対象媒体の浸入を防止するような措置が講じられることがある。この場合、前記2つの部材は、組み合わさった状態で、一方のシール部材が軸方向に沿って押圧されて、前記内側部材及び外側部材間に圧入されることによって内側部材及び外側部材間の所定位置に装着される。しかし、この圧入時に、他方のシール部材は圧入抵抗を受けて一方のシール部材と他方のシール部材との軸方向の位置関係が接近してしまう。すると、前記ラビリンスとなるように設計した部位であるにもかかわらず、一方の部材が他方の部材に当接した状態になることがある。このように、密封装置を圧入する際に、ラビリンスとなるよう設計した部位が当接した状態になると、ラビリンスによる所期の回転トルクの低減効果が得られなくなる。
【0005】
本発明は、前記実情に鑑みなされたもので、内側部材及び外側部材の間に圧入完了後において、所期の回転トルクの低減効果を確保できる密封装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る密封装置は、相対的に軸回転する内側部材及び外側部材の一方の部材に取付けられる第1シール部材と前記内側部材及び前記外側部材の他方の部材に取付けられる第2シール部材とが組み合わさった状態で前記内側部材及び前記外側部材の間に圧入された状態に装着されて前記内側部材及び前記外側部材の間を密封するように用いられる密封装置であって、前記第1シール部材は、前記一方の部材に嵌合される第1円筒部及び前記第1円筒部の一端部から径方向に延びる第1円板部を備えた芯金と、前記芯金に取付けられた第1シール側シール体と、を含み、前記第2シール部材は、弾性材料からなる第2シール側弾性部を介して前記他方の部材に嵌合される第2円筒部と、前記第2円筒部の一端部から径方向に延びるとともに軸方向において前記第1円板部に対向する第2円板部と、を含み、前記圧入された状態にあるときに、前記第2シール部材の全体が第2シール側弾性部の弾性歪により軸方向に沿って移動することが許容されており、前記第1シール部材及び前記第2シール部材の一方には、前記圧入された状態において、前記第1シール部材及び前記第2シール部材の他方に弾性当接して圧入方向とは反対の方向に反力を発生させる反力発生部が設けられており、該反力発生部及び前記第2シール側弾性部の作用により、前記第2シール部材が前記第1シール部材から圧入方向とは反対の方向に離反していることを特徴とする。
【0007】
本発明の密封装置によれば、第1シール部材と第2シール部材とを組み合わせた状態で、第2シール部材を押圧して内側部材と外側部材との間に圧入すると、第2シール側弾性部に弾性歪が生じる。また、第1シール部材及び第2シール部材の一方に設けられた反力発生部が第1シール部材及び第2シール部材の他方に弾性当接する。そして、当該密封装置の圧入が完了して第2シール部材に対する押圧を解除すると、弾性歪状態の第2シール側弾性部がスプリングバックし、このスプリングバックが、第2円筒部を介して第2シール部材に作用する。これによって、第2シール部材は第1シール部材から離反する方向に移動する。また、反力発生部により発生する反力によって、第2シール部材の移動が助長される。そして、反力発生部は、第1シール部材及び第2シール部材の他方から離間して、当該他方に対して近接した状態となる。このように反力発生部が、第1シール部材及び第2シール部材の他方に対して近接した状態とされると、この部分にラビリンスが形成される。したがって、密封装置としての密封性能を確保するとともに内側部材及び外側部材の相対的な軸回転に伴う回転トルクを低減することができる。また、第2シール部材が第1シール部材から離反する方向に移動することによって、第2シール側弾性部に生じた弾性歪が是正され、第2シール側弾性部の塑性流動を低減することができる。
【0008】
本発明の密封装置において、前記第1シール側シール体は、前記第2円板部に接触する第1シール側シールリップを備え、前記反力発生部は、前記第1シール側シール体に設けられるとともに前記第1シール側シールリップより軸方向長さが短く且つ厚みが厚くなるように形成され、前記圧入の際には前記第2円板部に当接するように構成されているものとしても良い。
これによれば、反力発生部はシールリップに比べて剛性が大きくなるため、第2円板部に対して第1シール側シールリップより大きな反力が作用する。したがって、反力発生部により発生する反力によって、第2シール部材の第1シール部材から離反する方向への移動がより的確に助長される。
【0009】
本発明の密封装置おいて、前記第1シール部材の第1円筒部は、弾性材料からなる第1シール側弾性部を介して前記一方の部材に嵌合され、前記第1シール側弾性部の厚みは前記第2シール側弾性部の厚みより大きく、前記第1シール側弾性部の前記一方の部材に対する嵌合締め代は前記第2シール側弾性部の前記他方の部材に対する嵌合締め代より小さいものとしてもよい。
これによれば、第1シール部材は、前記圧入の完了時に、第1シール側弾性部によってスプリングバック作用を受け、第2シール部材と同方向に移動する。この場合、第1シール側弾性部の厚み及び嵌合締め代と第2シール側弾性部の厚み及び嵌合締め代との大小関係が前記のように設定されていることにより、第2シール部材の軸方向に沿った移動量が第1シール部材の軸方向沿った移動量より大となる。そして、第1シール部材及び第2シール部材の相対的な移動量の差が、第1シール部材に対する第2シール部材の離反量となる。したがって、この離反量を、第1シール部材にスプリングバックが作用しない場合に比べて縮小でき、反力発生部の第1シール部材及び第2シール部材の他方に対する隙間を微小な状態に設定することができる。これにより、前記ラビリンスによる密封性能がより精度よく発揮される。
【0010】
本発明の密封装置において、前記第2シール部材は、前記第1シール部材に近接する第2シール側シールリップを備えた第2シール側シール体を有しているものとしてもよい。
これによれば、第2シール側シールリップをさらに有することによって、回転トルクの増加を抑えつつ密封性能の向上を図ることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、内側部材及び外側部材の間に圧入される密封装置であって、圧入完了後において、所期の回転トルクの低減効果を確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係る密封装置が適用される軸受装置の一例を示す概略的縦断面図である。
【
図2】
図1のX部の拡大図であって、本発明に係る密封装置の一実施形態を示す図である。
【
図3】本発明に係る密封装置の他の実施形態を示す
図2と同様図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について、図面に基づいて説明する。
図1は、自動車の車輪(不図示)を軸回転可能に支持する軸受装置1を示す。この軸受装置1は、ハブベアリングであって、大略的に、外輪(外側部材)2と、ハブ輪3と、ハブ輪3の車体側に嵌合一体とされる内輪部材4と、外輪2とハブ輪3及び内輪部材4との間に介装される2列の転動体(ボール)6…とを含んで構成される。この例では、ハブ輪3及び内輪部材4が内輪(内側部材)5を構成する。外輪2は、自動車の車体(不図示)に固定される。また、ハブ輪3にはドライブシャフト7が同軸的にスプライン嵌合され、ドライブシャフト7は等速ジョイント8を介して不図示の駆動源(駆動伝達部)に連結される。ドライブシャフト7はナット70によって、ハブ輪3と一体化され、ハブ輪3のドライブシャフト7からの抜脱が防止されている。内輪5(ハブ輪3及び内輪部材4)は、外輪2に対して、軸L回りに回転(同軸回転)可能とされ、外輪2と、内輪5との間に環状の軸受空間Sが形成される。軸受空間S内には、2列の転動体6…が、リテーナ6aに保持された状態で、外輪2の軌道輪2a、ハブ輪3及び内輪部材4の軌道輪3a,4aを転動可能に介装されている。ハブ輪3は、円筒形状のハブ輪本体30と、ハブ輪本体30より立上基部31を介して径方向外側に延出するよう形成されたハブフランジ32を有し、ハブフランジ32にボルト33及び不図示のナットによって車輪が取付固定される。
以下において、軸L方向に沿って車輪に向く側(
図1において左側を向く側)を車輪側、車体に向く側(同右側を向く側)を車体側と言う。
【0014】
軸受空間Sの軸L方向に沿った両端部であって、外輪2と内輪部材4との間、及び、外輪2とハブ輪3との間には、ベアリングシール9,90が装着され、軸受空間Sの軸L方向に沿った両端部が密封される。これによって、軸受空間S内への泥水等の浸入や軸受空間S内に充填される潤滑剤(グリース等)の外部への漏出が防止される。
【0015】
本発明に係る密封装置の一実施形態としてのベアリングシール(密封装置)9について、
図2をも参照して説明する。本実施形態のベアリングシール9は、外輪(一方の部材)2に取付けられる第1シール部材10と、内輪(他方の部材)5に取付けられる第2シール部材20とが組み合わさって構成される。第1シール部材10と第2シール部材20とは、組み合わさった状態で、車体側から外輪2と内輪5との間に圧入され、軸受装置1の車体側端部を密封する。第1シール部材10は、外輪2の内周面2bに嵌合される第1円筒部111及び第1円筒部111の一端部111aから径方向内側に延びる第1円板部112を備えた芯金11と、芯金11に取付けられた第1シール側シール体12と、を含む。第1円筒部111は第1シール側弾性部13を介して外輪2の内周面2bに嵌合される。なお、第1円筒部111の一端部111aは車体側に位置する一方、第1円筒部111の他端部111bは車輪側に位置している。
【0016】
第2シール部材20は、内輪部材4の外周面4bに嵌合される第2円筒部211と、第2円筒部211の一端部211aから径方向外側に延びるとともに軸L方向において第1円板部112に対向する第2円板部212と、を含む。第2円筒部211は弾性材料からなる第2シール側弾性部23を介して内輪部材4の外周面4bに嵌合される。第2円筒部211と第2円板部212とは、金属環からなるスリンガ21を構成し、本実施形態では、スリンガ21が実質的に第2シール部材20を構成する。以下、本実施形態では第2シール部材20をスリンガ21と言うこともある。本実施形態では、スリンガ21は、第2円筒部211の他端部211bから径方向外側に延びる第3円板部213をさらに含んでいる。第3円板部213の径方向長さは第2円板部212の径方向外側への延び幅よりも小さく形成されている。なお、第2円筒部211の一端部211aは車体側に位置する一方、第2円筒部211の他端部211bは車輪側に位置している。
【0017】
第1シール側シール体12は、ゴム材等のエラストマーからなる。第1シール側シール体12は、第1円筒部111の他端部111bから第1円筒部111の外周面111cを覆うように固着されている。さらに、第1シール側シール体12は、第1円板部112の車体側面112aから内径側端部112bを回り込んで車輪側面112cに至るように芯金11に一体に固着されている。前記第1シール側弾性部13は、第1シール側シール体12の一部として、第1円筒部111の外周面111cを覆う部分によって構成されている。第1シール側シール体12には、第2円板部212の第一側面212aに弾性的に接触するアキシャルリップ(第1シール側シールリップ)12aが形成されている。第1シール側シール体12には、さらに、第1円筒部211の外周面211cに弾接する2個のラジアルリップ(シールリップ)12b,12cが形成されている。2個のラジアルリップ12b,12cは軸L方向に沿って互いに離反する方向に向くように形成され、車輪側(軸受空間S側)に向くラジアルリップ12cの外周部には、ガータースプリング12dが弾性的に嵌められている。第1シール側シール体12における第1円板部112を覆う部分には、反力発生部14が第2円板部212側(車体側)に隆起するように形成されている。反力発生部14は、その先端面14aが、第2円板部212の第一側面212aに平行な面に形成されている。反力発生部14は、後記する圧入時には第2円板部212の第一側面212aに当接し、圧入完了後においては、第2円板部212の第一側面212aとの間に所期のラビリンスrが形成されるように構成される。また、反力発生部14は、アキシャルリップ12aより軸L方向長さが短く、且つ、アキシャルリップ12aの厚みより厚くなるように形成されている。
【0018】
第2シール側弾性部23は、第1シール側弾性部13と同様にゴム材等のエラストマーからなり、スリンガ21における第2円筒部211の内周面211dに一体に固着されている。そして、第1シール側弾性部13の厚みd1は、第2シール側弾性部23の厚みd2より大きい。また、第1シール側弾性部13における外輪2の内周面2bに対する嵌合締め代は、第2シール側弾性部23における内輪部材4の外周面4bに対する嵌合締め代より小さくなるように設定されている。さらに、第2シール側弾性部23には、その内周面に、環状の溝23aが複数形成されている。第1シール側弾性部13及び第2シール側弾性部23は、第2円筒部211より大きい厚みに形成されている。第2シール側弾性部23の軸L方向長さは、第1シール側弾性部13の軸L方向長さよりも長くなるように形成されている。
【0019】
前記のように構成されるベアリングシール9は、第1シール部材10と第2シール部材20との組み合わせがなされる際には、スリンガ21の第3円板部213と第2円筒部211とが直線状に位置している。この状態で、第1シール部材10は、アキシャルリップ12a、ラジアルリップ12b,12cが、それぞれ第2円板部212、第2円筒部211の所定面に接触するように、スリンガ21に組付けられる。また、第2円板部212は、軸L方向において反力発生部14と重なる位置にまで径方向外側に延びている。その後、第3円板部213は、第2円筒部211の薄肉とされた他端部211bにおいて、径方向外側に向くように折り曲げられる。また、ガータースプリング12dが、ラジアルリップ12cの外周部に弾性的に嵌められる。
【0020】
このように第1シール部材10と第2シール部材20とが組み合わさった状態のベアリングシール9は、専用治具(不図示)を用いて外輪2と内輪部材4との間に圧入される。この圧入の際、専用治具をスリンガ21における第2円板部212の第二側面212bにあてがい、矢印a方向(圧入方向)に沿って車輪側(軸受空間S側)に押圧することにより、ベアリングシール9が圧入される。圧入の初期の段階では、専用治具による押圧力がスリンガ21に付加され、スリンガ21の第2円筒部211が、内輪部材4の外周面4bに対して嵌合を開始する。このとき、第2シール側弾性部23は、内輪部材4の外周面4bに対する嵌合締め代による抵抗を受けるため、スリンガ21の第2円筒部211は、第2シール側弾性部23の弾性歪を伴って嵌合される。そして、この嵌合の進行過程で、スリンガ21の第一側面212aが反力発生部14の先端面14aに当接し、また、アキシャルリップ12aの先側部が押圧されて湾曲するように弾性変形する。この状態で、スリンガ21の第2円板部212が専用治具によりさらに押圧されると、第2円板部212の第一側面212aは、反力発生部14の弾性圧縮を伴うように芯金11に近接する。これとともに、押圧力は、スリンガ21の第2円板部212から反力発生部14を介して第1シール部材10の芯金11に付加される。芯金11に押圧力が付加されると、芯金11の第1円筒部111が外輪2の内周面2bに対する嵌合を開始する。ベアリングシール9が圧入されている間、第1シール側弾性部13は、外輪2の内周面2bに対する嵌合締め代による抵抗を受けるため、芯金11の第1円筒部111は第1シール側弾性部13の弾性歪を伴って嵌合される。このまま、第2円板部212が押圧され続けると、第1円筒部111の第1シール側弾性部13を介した外輪2に対する嵌合と、第2円筒部211の第2シール側弾性部23を介した内輪部材4に対する嵌合とは、並行して進行する。そして、第1円筒部111が所定の嵌合位置にほぼ達した時、前記押圧を解除し、これによってベアリングシール9の外輪2及び内輪部材4間に対する圧入が完了する。
【0021】
圧入が完了した時点では、第2シール部材20は2点鎖線に示す位置にあって、第2円板部212の第一側面212aは、反力発生部14の先端面14aを車輪側に圧縮するよう弾性当接した状態となる。また、第1シール側弾性部13及び第2シール側弾性部23は車輪側に弾性歪を生じた状態である。治具を退避させて押圧を解除すると、第1シール側弾性部13及び第2シール側弾性部23の前記弾性歪によるスプリングバックが、第1円筒部111及び第2円筒部211を介して、それぞれ、第1シール部材10及び第2シール部材20に作用する。そのため、第1シール部材10及び第2シール部材20は、軸L方向に沿った反圧入方向(矢印aとは反対方向)に移動しようとする。このとき、第1シール側弾性部13の厚みd1は第2シール側弾性部23の厚みd2より大きく、第1シール側弾性部13の外輪2対する嵌合締め代は第2シール側弾性部の内輪部材4に対する嵌合締め代より小さい。これにより、第2シール部材20の軸L方向に沿った移動量が、第1シール部材10の軸L方向に沿った移動量より大きくなる。この結果、第1シール部材10及び第2シール部材20の相対的な移動量の差が生じ、この移動量の差分、第2シール部材20が第1シール部材10から車体側に離反する。また、前記圧入が完了すると、反力発生部14の圧縮による反力が、第2シール部材20に作用し、第2シール部材20の前記車体側への移動が助長される。
【0022】
本実施形態では、さらに、アキシャルリップ12aの湾曲状態の弾性変形による反力も生じる。反力発生部14は、アキシャルリップ12aより軸L方向長さが短く、且つ、アキシャルリップ12aの厚み(リップ厚)より厚くなるように形成されている。そのため、反力発生部14はアキシャルリップ12aに比べて剛性が大きくなる。第2円板部212に対して作用する反力発生部14からの反力は、アキシャルリップ12aからの反力より大きい。したがって、第2シール部材20は、反力発生部14により発生する反力によって、第1シール部材10から離反する方向により的確に移動できるようになる。
【0023】
前記のように、第2シール部材20が第1シール部材10から離反することによって、反力発生部14の先端面14aと、第2円板部212の第一側面212aとの間にラビリンスrが生じる。
図2における実線で示す第2シール部材20は、第1シール部材10から離反して所定位置に静止した状態を示す。このラビリンスrは、第2シール部材20の第1シール部材10からの離反量に対応するが、この離反量は、後記する他の実施形態のように第1シール部材10にスプリングバックが作用しない場合に比べて小さい。したがって、反力発生部14と第2円板部212との間のラビリンスrを微小な状態に的確に設定することができる。これにより、ラビリンスrによる密封性能がより精度よく発揮される。そして、内輪5が軸回転すると、アキシャルリップ12aがスリンガ21における第2円板部211の第一側面212aに弾性的に相対摺接し、ラジアルリップ12b,12cがスリンガ21における第2円筒部211の外周面211cに弾性的に相対摺接する。このような各シールリップ12a,12b,12cのスリンガ21に対する弾性的な相対摺接と、前記ラビリンスrとの存在により、外部から軸受空間S内への泥水等の浸入が防止される。また、軸受空間S内に充填された潤滑剤が外部に漏出することも、防止されるようになる。
【0024】
本実施形態では、ラジアルリップ12cの外周部には、当該ラジアルリップ12cをその中心に向かって径方向内側に弾力付勢するガータースプリング12dが嵌められているから、この部分での密封性能が高められる。また、ラビリンスrが確保されることにより、内輪5の外輪2に対する軸回転に伴う回転トルクを低減し、ベアリングシール9としての密封性能の向上を図ることができる。さらに、スリンガ21の第2円筒部211には、他端部211bから径方向外側に延びる第3円板部213が設けられているから、これが堰板として機能し、密封性能のより一層の向上が図られる。また、第2シール部材20が第1シール部材10から離反する方向に移動することによって、第2シール側弾性部23に生じた弾性歪が是正され、第2シール側弾性部20の塑性流動を低減することができる。
【0025】
図3は、本発明に係る密封装置の他の実施形態を示す。本実施形態のベアリングシール(密封装置)9では、第1シール部材10を構成する芯金11における第1円筒部111の一端部111bから、径方向内側に延びるように第1円板部112が形成されている。そして、第1円筒部111は、前記実施形態のような第1シール側弾性部13を介さず、外輪2の内周面2bに対して所定の締め代で金属嵌合される。第1シール側シール体12は、前記例と同様に、ゴム材等のエラストマーからなり、第1円筒部111の外周面111cの一部から一端部111aを回り込んで第1円筒部111の内周面111dを覆う。さらに第1シール側シール体12は、第1円板部112の第一側面112aから内径側端部112bを回り込んで車輪側面112cに至るように芯金11に固着一体とされている。第1シール側シール体12には、車輪側に延びるアキシャルリップ12eと、内輪部材4の外周面4bに弾接するラジアルリップ12fが設けられている。また、第1シール側シール体12における、第1円筒部111の一端部111aを回り込む部分は、反力発生部14とされている。
【0026】
本実施形態における第2シール部材20は、スリンガ21と、第2シール側シール体22とを備える。スリンガ21は、内輪部材4(内輪5)の外周面4bに第2シール側弾性部23を介して嵌合される第2円筒部211と、第2円筒部211の一端部211aから径方向外側に延びるとともに軸L方向において第1円板部112に対向する第2円板部212と、を含む。第2シール側シール体22は、前記例と同様にゴム等のエラストマーからなる。第2シール側シール体22は、第2円板部212の第二側面212bの一部から、第2円筒部211の内周面211d及び外周面211cの全面を覆うように一体に固着されている。さらに、第2シール側シール体22は、第2円板部212の車輪側面212aの過半部に至る部分、を覆うようにスリンガ21に一体に固着されている。第2シール側シール体22における、第2円筒部211の他端部211bを覆う部分は、対向する第1シール側シール体12に隙間r1を空けて近接するよう形成されている。第2シール側弾性部23は、第2シール側シール体22の一部として、第2円筒部211の内周面211dを覆う部分によって構成されている。第2シール側シール体22には、第1シール部材10の第1円板部112に向くように延びる2個の第2シール側シールリップ22a,22bが形成されている。この2個の第2シール側シールリップ22a,22bは、第1シール側シールリップ12を径方向に挟むように位置付けられる。径方向外側の第2シール側シールリップ22aは、その先端部22aaが対向する第1シール側シール体12に隙間r1を空けて近接するように形成されている。
【0027】
本実施形態のベアリングシール9も、第1シール部材10及び第2シール部材20が図示のように組み合わさった状態で、外輪2と内輪部材4(内輪5)との間に圧入される。前記例と同様に第2円板部212の第二側面212bが専用治具で軸受空間S側に押圧されることによってベアリングシール9は圧入される。圧入の初期の段階では、専用治具による押圧力がスリンガ21に付加され、スリンガ21の第2円筒部211が、第2シール側弾性部23を介して内輪部材4の外周面4bに対する嵌合を開始する。このとき、第2シール側弾性部23は、第2シール側弾性部23の弾性歪を伴って嵌合される。さらに、専用治具により押圧されると、第2円板部212の第一側面212aは、反力発生部14の車体側面14aに反力発生部14の弾性圧縮を伴うように当接する。このとき、第2シール側シール体22における第2円筒部211の他端部211bを覆う部分及び第2シール側シールリップ22aの先端部22aaが第1シール側シール体12のそれぞれの対向部に接触する。さらに、押圧力がスリンガ21の第2円板部212から、反力発生部14を介して第1シール部材10の芯金11に付加される。芯金11に押圧力が付加されると、芯金11の第1円筒部111が外輪2の内周面2bに対して嵌合され始める。第1円筒部111の外輪2に対する嵌合は、金属嵌合であるから嵌合抵抗が大きく、第2円筒部211は、第2シール側弾性部23の大きな弾性歪を伴って内輪部材4に対して嵌合される。そして、第1円筒部111が所定の嵌合位置にほぼ達した時、前記押圧を解除し、これによってベアリングシール9の外輪2及び内輪部材4間に対する圧入が完了する。
【0028】
圧入完了した時点では、第2円板部212の第一側面212aは、反力発生部14を車輪側に圧縮するよう弾性当接している。また、第2シール側シール体22における第2円筒部211の他端部211bを覆う部分及び第2シール側シールリップ22aの先端部22aaが第1シール側シール体12に接触した状態とされる。さらに、第2シール側弾性部23が車輪側に弾性歪を生じた状態とされる。治具を退避させて圧入を解除すると、第2シール側弾性部23の前記弾性歪によるスプリングバックが、第2円筒部211に作用する。そのため、第2シール部材20が、軸L方向に沿った反圧入方向に移動する。これにより、第2シール部材20が第1シール部材10から車体側に離反する。また、前記圧入完了後には、反力発生部14の圧縮による反力が、第2シール部材20に作用し、第2シール部材20に対する前記車体側への移動が助長される。第1シール部材10は、芯金11と外輪2との金属嵌合によって取付けられているから、第1シール部材10には前記のようなスプリングバックが作用しない。
【0029】
前記のように、第2シール部材20が第1シール部材10から離反することによって、反力発生部14の車体側面14aと、第2円板部212の車輪側面212aとの間にラビリンスrが生じる。また、第2シール側シールリップ22aの先端部22aaが、第1シール側シール体12から離反してこの部分に所期の隙間r1が確保される。また、第2円筒部211の他端部211bを覆う部分が、第1シール側シール体12から離反して隙間r2が確保される。さらに、第2シール側シール体22とアキシャルリップ12eとが離反して、隙間r3が確保される。これらの隙間r1,r2,r3はラビリンスとして構成される。そして、内輪5が軸回転すると、ラジアルリップ12fが内輪部材4の外周面4bに弾性的に相対摺接する。ラジアルリップ12fの内輪部材4に対する弾性的な相対摺接と、前記ラビリンスr,r1,r2,r3の存在とにより、外部からの軸受空間S内への泥水等の浸入が防止される。さらに前記ラビリンスr,r1,r2,r3の存在と、第2シール側シールリップ22a、第1シール側シールリップ12e及び第2シール側シールリップ22bの配置位置による交互の浸入経路とが相俟って、外部から軸受空間Sへの泥水等の浸入が効果的に抑制される。しかも、第1シール部材10と第2シール部材20とは互いに非接触の状態に維持されるから、ベアリングシール9としての密封性能を確保しつつ内輪部材4の軸回転に伴う回転トルクを低減することができる。
その他の構成は、前記実施形態と同様であるから、共通部分に同一の符号を付し、その説明を割愛する。
【0030】
なお、各実施形態において、第2シール側弾性部23の厚みを、第2円筒部211の厚みより大きくしているが、これに限らない。密封装置を圧入した際に、第2シール側弾性部23から第2円筒部211にスプリングバックを作用させることができるのであれば、例えば、第2シール側弾性部23の厚みが第2円筒部211の厚みより小さくなるように形成してもよい。また、反力発生部14の形状は適宜変更してもよく、密封装置を圧入する際に第1シール部材又は第2シール部材に反力を作用させることができるのであれば、反力発生部14の形状を適宜変更してもよい。また、第1実施形態では、第1シール側弾性部13の厚みを第2シール側弾性部23の厚みより大きくなるように形成しているが、逆の関係となるように変更してもよい。また、各実施形態のスリンガ21の第2円板部212には、回転速度を検出するための磁性体(磁性ゴム)を設けてもよい。この場合、密封装置を圧入する際には、磁性体が押圧されることになる。
【0031】
また、本発明に係る密封装置を
図1に示す軸受装置1のベアリングシールに適用した例について述べたが、ベアリングシール90にも適用可能である。また、実施形態では、外輪2を一方の部材、内輪5を他方の部材としたが、これらが逆の関係であってもよい。さらに、反力発生部14を第1シール部材10に設けた例を示したが、第2シール部材20に設けるようにしてもよい。加えて、各実施形態では、本発明に係る密封装置が、自動車用の軸受装置に適用される例について述べたが、これに限らず、相対的に軸回転する内側部材と外側部材との間に圧入によって装着される密封装置であれば、他の産業分野の密封装置にも好ましく適用される。例えば、本発明に係る密封装置は、ハウジングと回転軸との間に配置され、ハウジング内のオイル漏れを防止するオイルシールに適用してもよい。また、自動車用の軸受装置であっても、
図1に示す軸受装置に限らず他の形態の軸受装置であってもよく、さらに駆動輪用に限らず従動輪用の軸受装置であってよい。さらに、第1シール部材10及び第2シール部材20の構成部材(芯金やシールリップ、スリンガ等)の形状や数等も要求される仕様等に応じて適宜変更が可能である。
【符号の説明】
【0032】
2 外輪(外側部材、一方の部材)
3 ハブ輪(内側部材)
4 内輪部材(内側部材)
5 内輪(内側部材、他方の部材)
9 ベアリングシール(密封装置)
10 第1シール部材
11 芯金
111 第1円筒部
111a 一端部
111b 他端部
112 第1円板部
12 第1シール側シール体
12a アキシャルリップ(第1シール側シールリップ)
13 第1シール側弾性部
14 反力発生部
20 第2シール部材
21 スリンガ(第2シール部材)
211 第2円筒部
211a 一端部
212 第2円板部
23 第2シール側弾性部
a 圧入方向
d1 第1シール側弾性部の厚み
d2 第2シール側弾性部の厚み
L 軸