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特許7029173多能性幹細胞からの心臓前駆細胞と心筋細胞の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-22
(45)【発行日】2022-03-03
(54)【発明の名称】多能性幹細胞からの心臓前駆細胞と心筋細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20220224BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20220224BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20220224BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALN20220224BHJP
   C12N 5/074 20100101ALN20220224BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALN20220224BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C12N5/077
C12N15/12
C12N5/0735
C12N5/074
C12N5/0775
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018505838
(86)(22)【出願日】2017-03-07
(86)【国際出願番号】 JP2017009053
(87)【国際公開番号】W WO2017159464
(87)【国際公開日】2017-09-21
【審査請求日】2020-02-10
(31)【優先権主張番号】P 2016051411
(32)【優先日】2016-03-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプ「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」研究領域、研究課題「直接リプログラミングによる心筋細胞誘導の確立と臨床への応用」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100141195
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 恵美子
(72)【発明者】
【氏名】家田 真樹
(72)【発明者】
【氏名】貞廣 威太郎
(72)【発明者】
【氏名】礒見 まり
(72)【発明者】
【氏名】五島 直樹
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-512855(JP,A)
【文献】特開2015-213441(JP,A)
【文献】国際公開第2010/008100(WO,A1)
【文献】Regenerative Therapy,2016年03月01日,Vol. 3,pp. 1-6,doi:10.1016/j.reth.2016.02.001
【文献】礒見まり,他,新規心臓前駆細胞誘導因子によるヒトES/iPSからの心筋誘導法の確立,再生医療,2016年02月01日,Vol. 15, Suppl 2016,p. 213, O-11-5
【文献】GAVRILOV, S., et al.,Tbx6 is a determinant of cardiac and neural cell fate decisions in multipotent P19CL6 cells,Differentiation,2012年09月,Vol. 84,p. 176-184
【文献】山川裕之,他,FGF2/FGF10/VEGFが、心筋直接フル・リプログラミングを効率的に誘導する,再生医療,2016年02月01日,Vol. 15, Suppl 2016,p. 213, O-11-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞にTbx6遺伝子を発現させることを含む、多能性幹細胞から心臓前駆細胞を製造する方法。
【請求項2】
(i) 多能性幹細胞にTbx6遺伝子を発現させることを含む、多能性幹細胞から心臓前駆細胞を誘導する工程、および
(ii) Tbx6遺伝子の発現を抑制することを含む、工程(i)で誘導された心臓前駆細胞から心筋細胞を誘導する工程
を含む、多能性幹細胞から心筋細胞を製造する方法。
【請求項3】
Tbx6遺伝子の発現および発現の抑制が、外的刺激に応答して発現調節する発現カセットを用いて行われるものである、請求項1または2の方法。
【請求項4】
多能性幹細胞にTbx6遺伝子を発現させる工程が、
Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットを、多能性幹細胞に導入する工程;および
前記発現カセットが導入された多能性幹細胞を、外的刺激の存在下に培養する工程
を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
多能性幹細胞にTbx6遺伝子を発現させる工程が、
Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットを、多能性幹細胞に導入する工程;および
前記発現カセットが導入された多能性幹細胞を、外的刺激の存在下、かつ血清非存在下に培養する工程
を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
Tbx6遺伝子の発現を抑制する工程が、
Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットが導入された多能性幹細胞を、外的刺激の非存在下に培養する工程
を含む、請求項2~5いずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
多能性幹細胞が、ES細胞またはiPS細胞である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
外的刺激がテトラサイクリンまたはドキシサイクリンである、請求項~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットが導入された多能性幹細胞を前記外的刺激存在下に培養してTbx6遺伝子を発現させることにより誘導された心臓前駆細胞
【請求項10】
Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットが導入された多能性幹細胞を前記外的刺激存在下、かつ血清非存在下に培養してTbx6遺伝子を発現させた後に、前記外的刺激非存在下、かつ血清非存在下に培養してTbx6遺伝子の発現を抑制することにより誘導された心筋細胞
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ES細胞やiPS細胞から心臓前駆細胞および心筋細胞を製造するための方法、並びに当該方法により製造される心臓前駆細胞および心筋細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓疾患は、高齢化に伴い増加の一途をたどっており、80歳以上の男性の心不全発生率は14.7%と高い。心臓は、心筋細胞や線維芽細胞などの細胞で構成されるが、拍動機能を担う心筋細胞はほとんどまたは全く再生能力を有さないため、現在までのところ、心臓疾患の治療方法は限定されている。
【0003】
これまでに、3つの心筋リプログラミング因子(Gata4、Mef2c、Tbx5、以下GMTとも称する)の導入により、線維芽細胞からiPS細胞を介さずに心筋様細胞を直接作製する方法が見出されている(非特許文献1)。この方法では、培養細胞およびマウス生体内においても、3因子GMTにより線維芽細胞から心筋を直接作製し得ることが明らかにされている(特許文献1)。また、転写因子(Mesp1、Ets2)と複数の液性因子とを使用することで、線維芽細胞から心臓前駆細胞を介して機能的に未熟な心筋様細胞を作製できることが報告されている(非特許文献2)。また、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞から液性因子を用いて心臓前駆細胞や心筋細胞を誘導する方法(非特許文献3)や、マウスES細胞から血清使用下や特殊な培養条件下で転写因子を用いて心臓前駆細胞を誘導する方法が報告されている(非特許文献4)。
【0004】
一方、多能性幹細胞から液性因子を用いて心臓前駆細胞および心筋細胞を誘導する方法は、再現性やコスト面で課題があるため、転写因子の導入により、安定した心筋誘導多能性幹細胞株を作製できれば臨床的に有用である。
【0005】
また、これまでに転写因子を用いた多能性幹細胞からの心臓前駆細胞および心筋細胞誘導法は、血清や特殊な培養条件を使用するものであるが、無血清培地での報告はない。また、これまでの報告はマウス細胞のみであり、ヒト細胞での心臓前駆細胞および心筋細胞誘導法に関する報告はまだない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】WO2011/139688
【非特許文献】
【0007】
【文献】Ieda, M., Fu, J.D., Delgado-Olguin, P., Vedantham, V., Hayashi, Y., Bruneau, B.G., and Srivastava, D. Direct Reprogramming of Fibroblasts into Functional Cardiomyocytes by Defined Factors. Cell 142:375-386. 2010.
【文献】Islas JF, Liu Y, Weng KC, et al. Transcription factors ETS2 and MESP1 transdifferentiate human dermal fibroblasts into cardiac progenitors. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 2012;109(32):13016-21.
【文献】Kattman SJ, Witty AD, Gagliardi M, et al. Stage-specific optimization of activin/nodal and BMP signaling promotes cardiac differentiation of mouse and human pluripotent stem cell lines. Cell stem cell 2011;8(2):228-40.
【文献】van den Ameele J, Tiberi L, Bondue A, et al. Eomesodermin induces Mesp1 expression and cardiac differentiation from embryonic stem cells in the absence of Activin. EMBO reports 2012;13(4):355-62.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような状況下、転写因子の導入により、無血清条件下で多能性幹細胞から心臓前駆細胞を誘導する方法の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、マウスES細胞およびヒトiPS細胞にドキシサイクリンで発現を制御できるTbx6発現レンチウイルスベクターを遺伝子導入することによって、安定した心筋誘導多能性幹細胞を取得した。そして、本発明者らは、取得した心筋誘導多能性幹細胞が、Tbx6の発現をオンにすることにより、無血清かつ従来法で使用された液性因子などを使用せずに、心臓前駆細胞を誘導することができ、さらに、Tbx6の発現をオフにすることにより、心筋細胞が多量に誘導されることを見出した。
本発明は、これらの知見に基づき完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 多能性幹細胞にTbx6遺伝子を発現させることを含む、多能性幹細胞から心臓前駆細胞を製造する方法。
[2] (i) 多能性幹細胞にTbx6遺伝子を発現させることを含む、多能性幹細胞から心臓前駆細胞を誘導する工程、および
(ii) Tbx6遺伝子の発現を抑制することを含む、工程(i)で誘導された心臓前駆細胞から心筋細胞を誘導する工程
を含む、多能性幹細胞から心筋細胞を製造する方法。
[3] Tbx6遺伝子の発現および発現の抑制が、外的刺激に応答して発現調節する発現カセットを用いて行われるものである、[1]または[2]の方法。
[4] 多能性幹細胞にTbx6遺伝子を発現させる工程が、
Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットを、多能性幹細胞に導入する工程;および
前記発現カセットが導入された多能性幹細胞を、外的刺激の存在下に培養する工程
を含む、[1]~[3]のいずれか1項に記載の方法。
[5] 多能性幹細胞にTbx6遺伝子を発現させる工程が、
Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットを、多能性幹細胞に導入する工程;および
前記発現カセットが導入された多能性幹細胞を、外的刺激の存在下、かつ血清非存在下に培養する工程
を含む、[1]~[4]のいずれか1項に記載の方法。
[6] Tbx6遺伝子の発現を抑制する工程が、
Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットが導入された多能性幹細胞を、外的刺激の非存在下に培養する工程
を含む、[2]~[5]いずれか1項に記載の方法。
[7] 多能性幹細胞が、ES細胞またはiPS細胞である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の方法。
[8] 外的因子がテトラサイクリンまたはドキシサイクリンである、[1]~[7]のいずれか1項に記載の方法。
[9] Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットが導入されており、前記外的刺激存在下に培養することにより、心臓前駆細胞に誘導される、多能性幹細胞。
[10] Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットが導入されており、前記外的刺激存在下に培養後に、前記外的刺激非存在下に培養することにより、心筋細胞が誘導される、多能性幹細胞。
前記[9]および[10]の多能性幹細胞は、Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットが導入されていることから、当該発現カセットを含む細胞である。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、多能性幹細胞から心臓前駆細胞および心筋細胞を誘導する方法が提供される。また、本発明により、多能性幹細胞から心臓前駆細胞および/または心筋細胞を誘導する細胞が提供される。本発明の心筋誘導多能性幹細胞は、Tbx6の発現のオンおよびオフによって心臓前駆細胞の誘導および心筋細胞の誘導をそれぞれ調節することができる。
詳しくは、本発明により、ドキシサイクリン投与等の外的刺激によりTbx6遺伝子発現を制御できるシステムを用いて、外的刺激の存在下にTbx6を発現させるとマウスES細胞またはヒトiPS細胞から心臓前駆細胞が誘導され、さらに、当該外的刺激を取り除くことによりTbx6発現を抑制すると、機能的に成熟な心筋細胞が誘導される。
本発明の心臓前駆細胞および心筋細胞の製造方法は、マウス細胞では既報にあるEomesによる心臓前駆細胞および心筋細胞の誘導効率と比較して2~3倍の効率を有することから、高率に心臓前駆細胞および心筋細胞を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、テトラサイクリン遺伝子発現調節システムを示す模式図である。
図2図2は、Tbx6を遺伝子導入した細胞における、ドキシサイクリン存在下におけるTbx6の発現量を示す図である。
図3図3は、実施例4におけるドキシサイクリンの添加タイミングを示す模式図である。
図4図4は、Day 4(図3)における、ドキシサイクリン添加なしの実施例4の細胞株(「Off」)、ドキシサイクリン添加によりTbx6を誘導させた実施例4の細胞株(「On」)、およびBMP4およびActivinによりES細胞から分化させた心臓前駆細胞(「BMP4/Activin」)のGFPの像を示す図である。
図5図5は、Day 4(図3)における、ドキシサイクリン添加なしの実施例4の細胞株(「Off」)、ドキシサイクリン添加によりTbx6を誘導させた実施例4の細胞株(「On」)、およびBMP4およびActivinによりES細胞から分化させた心臓前駆細胞(「BMP4/Activin」)のGFPの発現を示す図である。
図6図6は、Day 4(図3)における、ドキシサイクリン添加なしの実施例4の細胞株(「Off」)、ドキシサイクリン添加によりTbx6を誘導させた実施例4の細胞株(「On」)、およびBMP4およびActivinによりES細胞から分化させた心臓前駆細胞(「BMP4/Activin」)のFlk-1およびPDGFRαの発現を示す図である。
図7図7は、Day 14(図3)における、ドキシサイクリン添加なしの実施例4の細胞株(「Dox Off」)、およびドキシサイクリン添加によりTbx6を誘導させた実施例4の細胞株(「Dox On」)のα-アクチニンおよび心臓トロポニンの像を示す図である。
図8図8は、Day 14(図3)における、ドキシサイクリン添加なしの実施例4の細胞株(「Off」)、ドキシサイクリン添加によりTbx6を誘導させた実施例4の細胞株(「On」)、およびBMP4およびActivinによりES細胞から分化させた心臓前駆細胞(「BMP4/Activin」)の心臓トロポニンの発現を示す図である。
図9図9は、Day 14(図3)における、ドキシサイクリン添加なしの実施例4の細胞株(「Off」)、ドキシサイクリン添加によりTbx6を誘導させた実施例4の細胞株(「On」)、およびBMP4およびActivinによりES細胞から分化させた心臓前駆細胞(「BMP4/Activin」)における、アクチニン(Actn2)、心臓トロポニン(TnnT2)、およびNkx2.5の発現量を示す図である。
図10図10はTbx6発現によりヒトiPS細胞からヒト心臓前駆細胞への誘導、および当該ヒト前駆細胞から心筋細胞への分化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、多能性幹細胞から心臓前駆細胞および心筋細胞を誘導する細胞(心筋誘導多能性幹細胞)に関する。本発明の心筋誘導多能性幹細胞は、外的刺激に応答してTbx6の発現をオン・オフすることによって、心臓前駆細胞の誘導・心筋細胞の誘導を調節することができる。
【0014】
本発明は、多能性幹細胞にTbx6遺伝子を発現させることにより、多能性幹細胞から心臓前駆細胞を製造する方法に関する。本発明においては、ドキシサイクリン投与等の外的刺激によってTbx6遺伝子の発現を制御する発現カセットを、多能性幹細胞に導入することにより、外的刺激に応じてTbx6遺伝子の発現および発現の抑制が行われる。より具体的には、心臓前駆細胞は、当該発現カセットを導入された多能性幹細胞の外的刺激の存在下における培養により誘導される。より好ましくは、心臓前駆細胞は、当該発現カセットを導入された多能性幹細胞を、外的刺激の存在下、かつ血清非存在下に培養することで、誘導することができる。
【0015】
これまでに、ES細胞をActivin A、BMP4、Wntなどの転写因子や液性因子の存在下で培養することを含む心臓前駆細胞の誘導方法が開発されている。しかしながら、多能性幹細胞から心臓前駆細胞を誘導する転写因子およびメカニズムは明らかでは無く、また、液性因子による誘導は、コストが高く、また、煩雑な培養工程が必要であるばかりでなく、細胞株間による誘導の不安定性といった問題があった。
【0016】
それに対し、本発明の心臓前駆細胞の製造方法においては、単一の因子(Tbx6)を誘導することにより、心臓前駆細胞に特異的遺伝子であるT、Flk-1またはPDGFRαを発現する心臓前駆細胞が誘導される。これらの心臓前駆細胞特異的マーカーを発現する細胞の割合は、従来のActivin AやBMP4を用いる心臓前駆細胞の誘導方法による割合と同程度である。したがって、本発明の方法は、従来法に比べて安価でかつ簡便に、同程度の誘導効率を達成できる方法であるといえる。
【0017】
また、本発明においては、多能性幹細胞におけるTbx6遺伝子の発現後にTbx6遺伝子の発現を抑制することにより、心筋細胞が誘導される。すなわち、本発明は、Tbx6遺伝子の発現後にTbx6遺伝子の発現を抑制することにより、多能性幹細胞から心筋細胞を製造する方法に関する。Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導することが可能な発現カセットが導入された多能性幹細胞におけるTbx6遺伝子の発現抑制は、当該細胞を外的刺激の非存在下に培養することにより行うことができる。本発明における心臓前駆細胞から心筋細胞への誘導は、Tbx6遺伝子の発現を抑制する工程が含まれる。また、心臓前駆細胞から心筋細胞への誘導においては、従来法と同様にbFGFやFGF10の存在下で培養すればよい。このような培養により、拍動する成熟心筋細胞が誘導される。また、誘導された心筋細胞では、心筋特異的な遺伝子であるα-アクチニン、心臓トロポニン、Nkx2.5の発現や、横紋構造の形成が確認される。
【0018】
すなわち、本発明の心筋細胞の製造方法は、多能性幹細胞におけるTbx6遺伝子の発現後に、Tbx6遺伝子の発現を抑制することを含む。本発明の心筋細胞の製造方法によれば、心臓前駆細胞誘導後に、薬剤投与中止等の外的刺激の非存在条件によりTbx6遺伝子の発現を抑制すると、機能的に成熟な心筋細胞が誘導される。
【0019】
[多能性幹細胞]
本発明において用いられる多能性幹細胞は、胚性幹(ES)細胞および人工多能性幹(iPS)細胞のいずれでもよい。
【0020】
また、前記幹細胞は、哺乳動物に由来するものであればよい。哺乳動物の例としては、ヒト、サル、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、イヌ、ラット、マウスなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。本発明のある実施態様において前記幹細胞はヒト由来のものであり、別の実施態様では非ヒト哺乳動物、例えば、マウス由来のものである。
【0021】
ES細胞は、胚の内部細胞塊から採取された多分化能を有する幹細胞である(Strelchenko N et al., (2004) Reprod Biomed Online. 9: 623-629.)。本発明において、ES細胞は内部細胞塊から採取された初代細胞株に限定されるものではなく、すでにセルライン化されたES細胞株であってもよい。セルライン化されたES細胞株の例としては、すでに樹立されたES細胞株を増殖させて得られた細胞集団から分与された細胞株、あるいは凍結保存された状態から溶解して培養されたES細胞株等が挙げられる。セルライン化されたES細胞株であれば、受精卵を崩壊させる工程を経ることなく入手することが可能である。
【0022】
あるいは、本発明において使用されるES細胞は、胚盤胞期以前の卵割期の胚の単一割球のみを用いて、胚の発生能を損なうことなく樹立されたものであってもよい。このようなES細胞であれば受精卵を破壊せずに得ることが可能である(Klimanskaya I et al., (2006) Nature 444: 481-485; and Chung Y et al., (2008) Cell Stem Cell 2: 113-117)。
【0023】
ヒト由来ES細胞の培養方法は、例えば、理研CDB・ヒト幹細胞研究支援室プロトコール(2008)、Takahashi, K. et al. (Cell(2007), Nov 30: 131, pp. 861-872)およびThomson, J.A. et al.(Science (1998) Nov 6:282, pp. 1145-1147)に記載されている。当業者は公知の方法を用いて、哺乳動物由来のES細胞を適宜培養することができる。
【0024】
本発明において使用されるiPS細胞とは、哺乳動物(ヒトを含む)の体細胞(線維芽細胞、上皮細胞等)に数種類の初期化遺伝子(Oct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4、NANOG、LIN28等の遺伝子)を導入することにより、基本的にES細胞と同様の多分化能を有する、未分化状態の多能性幹細胞である(特開2009-165478; Takahashi K et al., (2006) Cell 126: 663-676; and Takahashi K et al., (2007) Cell 131: 861-872等)。iPS細胞はES細胞と同様の方法により培養することができる。
【0025】
[Tbx6]
本発明の心臓前駆細胞または心筋細胞の製造方法において、多能性幹細胞は、Tbx6をコードするヌクレオチド配列を含む核酸を導入される。本発明において、Tbx6のアミノ酸配列およびアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列は当分野で公知である。
【0026】
Tbx6ポリペプチド(Tbox転写因子6)は、一部の遺伝子のプロモーター領域におけるTボックスと結合してこれを認識する転写因子である。種々の種に由来するTbx6ポリペプチドに関するアミノ酸配列、およびTbx6ポリペプチドをコードするヌクレオチド配列が知られている。例えば、Genbankアクセッション番号NM_004608.3(ヒト、ヌクレオチド配列、配列番号1、CDS 61..1371)、NP_004599.2(ヒト、アミノ酸配列、配列番号2)、NM_011538.2(マウス、ヌクレオチド配列、配列番号3、CDS 25..1335)、NP_035668.2(マウス、アミノ酸配列、配列番号4)等を参照することができる。
【0027】
また、本発明の一態様において、Tbx6ポリペプチドは、配列番号2または配列番号4で表されるアミノ酸配列と少なくとも80%、85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%または100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、多能性幹細胞で発現した場合に心臓前駆細胞に誘導する機能を有するポリペプチドを含む。
【0028】
また、本発明の一態様において、Tbx6ポリペプチドは、配列番号2または配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1~50個、好ましくは1~40個、より好ましくは1~20個、さらに好ましくは1~10個(例えば、1、2、3、4、5、6、7、8、9または10個)のアミノ酸が、欠失、置換、挿入あるいは付加またはそれらの組み合わせられたアミノ酸配列を有し、多能性幹細胞で発現した場合に心臓前駆細胞に誘導する機能を有するポリペプチドを含む。
【0029】
また、本発明の一態様において、Tbx6ポリペプチドは、配列番号1または配列番号3で表されるヌクレオチド配列と少なくとも80%、85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%または100%の配列同一性を有するヌクレオチド配列によってコードされるアミノ酸配列を有し、多能性幹細胞で発現した場合に心臓前駆細胞に誘導する機能を有するポリペプチドを含む。
【0030】
また、本発明の一態様において、Tbx6遺伝子(核酸)は、配列番号1または配列番号3で表されるヌクレオチド配列と少なくとも80%、85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%または100%の配列同一性を有するヌクレオチド配列を有し、コードするポリペプチドが多能性幹細胞で発現した場合に心臓前駆細胞に誘導する機能を有する核酸を含む。
【0031】
これまでに、BMP4やActivin A、Wntといった転写因子や液性因子を用いることにより、多能性幹細胞から心臓前駆細胞を作製できることが報告されている。本発明においては、このような液性因子存在下で培養する必要はない。また、本発明においては、多能性幹細胞から心臓前駆細胞を誘導する工程においては、無血清条件で培養することが好ましい。また、このような転写因子と液性因子を組み合わせることも必要としない。
【0032】
[多能性幹細胞でのTbx6の発現]
本発明の一態様において、Tbx6遺伝子は、多能性幹細胞にin vitroで導入され得る。また、当該多能性幹細胞はin vitroで心臓前駆細胞または心筋細胞に誘導される。誘導された心臓前駆細胞または心筋細胞は個体内に導入できる。
【0033】
本発明の別の態様において、Tbx6遺伝子は、多能性幹細胞にin vitroで導入され得る。また、Tbx6遺伝子をin vitroで導入された当該多能性幹細胞は個体内に導入され、in vivoで心臓前駆細胞または心筋細胞に誘導される。
【0034】
Tbx6遺伝子の多能性幹細胞への導入は、Tbx6をコードするヌクレオチド配列を含む核酸を多能性幹細胞に導入することにより行うことができる。導入された多能性幹細胞は、Tbx6の発現を介し心臓前駆細胞に誘導される。したがって、Tbx6遺伝子を多能性幹細胞に導入する工程は、Tbx6ポリペプチドを多能性幹細胞に導入することを含み得る。Tbx6の由来する種と多能性幹細胞の由来する種は、例えば、ヒトとヒトなど、一致することが好ましい。
【0035】
また、本発明の心臓前駆細胞製造方法は、多能性幹細胞をTbx6遺伝子を用いて形質転換する工程を含み得る。また、本発明の心臓前駆細胞製造方法は、多能性幹細胞においてTbx6遺伝子を発現させる工程を含み得る。また、本発明の心筋細胞の製造方法は、多能性幹細胞においてTbx6遺伝子を発現させる工程に続き、Tbx6遺伝子の発現を抑制する工程を含み得る。
【0036】
本発明において、Tbx6遺伝子は、外的刺激の応答に応じて発現調整する発現カセットにより時期特異的に発現制御され得る。そのような発現カセットは、外的刺激に応答して下流の遺伝子の発現を誘導できるプロモーターと、当該プロモーターによって発現が制御されるTbx6遺伝子を少なくとも含む核酸コンストラクトである。
【0037】
プロモーターとしては、外的刺激に応答して下流の遺伝子の発現を誘導できるプロモーターであれば特に制限はなく、例えば、外的刺激がテトラサイクリン系抗生物質(テトラサイクリン、またはドキシサイクリン等のテトラサイクリン誘導体)の存在である場合には、テトラサイクリン系抗生物質とテトラサイクリントランスアクチベーターとの複合体の結合によって、下流の遺伝子の発現を誘導できるプロモーターが挙げられる。一方、外的刺激がテトラサイクリン系抗生物質の非存在である場合には、テトラサイクリンリプレッサーの解離によって、下流の遺伝子の発現を誘導できるプロモーターが挙げられる。また、外的刺激がエクジステロイド(エクジソン、ムリステロンA、ポナステロンA等)の存在である場合には、エクジステロイドと、エクジソン受容体-レチノイド受容体複合体との結合によって、下流の遺伝子の発現を誘導できるプロモーターが挙げられる。さらに、外的刺激がFKCsAの存在である場合には、FKCsAと、FKBP12に融合したGal4 DNA結合ドメイン-シクロフィリンに融合したVP16アクチベータードメイン複合体との結合によって、下流の遺伝子の発現を誘導できるプロモーターが挙げられる。
【0038】
発現カセットは、必要に応じて、エンハンサー、サイレンサー、選択マーカー遺伝子(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子)、SV40複製起点等を含んでいても良い。また、当業者であれば、利用する前記プロモーターの種類等を考慮して、エンハンサー、サイレンサー、選択マーカー遺伝子およびターミネーター等を、公知のものから適宜選択して組み合わせることにより、所望の発現レベルにてHPV-E6/E7遺伝子の発現を誘導することが可能な発現カセットを構築することができる。
【0039】
このように、外的刺激は、薬物の存在または非存在下での培養が含まれる。例えば、テトラサイクリン発現誘導システム(例えば、タカラなど)用いて、ドキシサイクリン存在下で目的遺伝子の発現を制御する。例えば、Tbx6遺伝子はテトラサイクリン感受性(Tet-On)のプロモーター制御下で発現できるようにベクターを作製する。次に、前記Tbx6発現ベクターを多能性幹細胞にトランスフェクションして、トランスジェニック多能性幹細胞を作製する。一方で、リバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子(rtTA)を発現するTet-On調節プラスミドを作製し、当該調節プラスミドを前記多能性幹細胞に導入する。培地中にドキシサイクリンを添加すると、rtTAはテトラサイクリン応答因子と結合して、下流の遺伝子発現が誘導される。また、培地中にドキシサイクリンが存在しないと、下流の目的遺伝子の発現は誘導されない。
【0040】
テトラサイクリン感受性発現システムは、市販のもの(例えば、KnockoutTM Tet RNAi System P(Clontech))を用いてもよく、またはDickins RA. et al.,(Nature Genetics, 39(7): 914-921 (2007))に記載の方法で作製してもよい。
【0041】
本発明において、前記発現カセットを多能性幹細胞に導入する方法としては、特に制限はなく、公知の手法を適宜選択して用いることができる。例えば、前記発現カセットを適当な発現ベクターに挿入し、レトロウイルスベクターやアデノウイルスベクター等のウイルスベクターを用いたウイルス感染、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法等の公知の形質転換方法により行うことができる。
【0042】
このような発現ベクターとしては、例えば、レンチウイルス、レトロウイルス、ヘルペスウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、センダイウイルス等のウイルスベクター、動物細胞発現プラスミドが挙げられるが、増殖活性があまり高くない多能性幹細胞のゲノムDNAへの導入効率が極めて高いという観点から、レンチウイルスが好ましい。
【0043】
また、前記外的刺激に関しては、当業者であれば、利用する前記プロモーターの種類等を考慮して、後述の培地への添加量を適宜調製することができる。例えば、外的刺激がドキシサイクリンの存在である場合には、ドキシサイクリンの好適な添加濃度としては、0.1~10μg/ml、より好ましくは1~2μg/mlである。
【0044】
心臓前駆細胞または心筋細胞への誘導のために用いられ、前記外的刺激が添加される培養液としては、例えば、IMDM溶液、a-MEM溶液またはDMEM溶液が挙げられる。培養に通常添加される添加物が含まれていてもよい。ただし、心臓前駆細胞への誘導の際は、血清を加える必要はなく、本発明の一態様においては、心臓前駆細胞への誘導は、血清非存在下で行われる。
【0045】
Tbx6遺伝子を導入した多能性幹細胞は、ドキシサイクリンなどの外的刺激を0(例えば、1、2、3、4、6、8、10、12、14、16、18、20、22時間)~4日、好ましくは0~3日間存在させる。その結果、多能性幹細胞は、心臓前駆細胞に誘導される。心臓前駆細胞に誘導されたことは、例えば、誘導開始から一定期間(例えば4日)中に心臓前駆細胞の特異的マーカーの発現により確認することができる。また、前記多能性幹細胞は、続いて外的刺激の存在を終了させる結果、心筋細胞に誘導される。心筋細胞に誘導されたことは、例えば、外的刺激の終了後から一定期間(例えば3~10日、好ましくは3~5日の期間)のうちに心筋細胞の特異的なマーカーの発現により確認することができる。例えば、多能性幹細胞の集団が、Tbx6遺伝子を導入されドキシサイクリンの外的刺激が与えられる場合、集団の少なくとも10%、少なくとも15%、少なくとも20%、少なくとも30%、少なくとも50%、少なくとも70%、少なくとも90%が、誘導開始から4日のうちに心臓前駆細胞への誘導を確認され、また、外的刺激終了後から3~10日、好ましくは3~5日の期間のうちに心筋細胞への誘導を確認され得る。
【0046】
本発明の心臓前駆細胞製造方法または心筋細胞製造方法は、多能性幹細胞へのTbx6遺伝子の導入工程の一定期間(例えば誘導開始から0~4日、好ましくは0~3日の期間)の後に、当該多能性幹細胞の集団をソーティングする工程により、心臓前駆細胞の割合を富化させることができる。多能性幹細胞特異的マーカー、多能性幹細胞特異的タンパク質、多能性幹細胞表面抗原などに関してソーティング工程を行うことにより、残存多能性幹細胞がある場合にはそれを除去することができる。また、心臓前駆細胞または心筋細胞に特異的なマーカーの発現に関してソーティング工程を行うことにより、それぞれの細胞の割合を富化することもできる。
【0047】
また、本発明の心臓前駆細胞製造方法または心筋細胞製造方法は、検出可能なマーカーをコードするヌクレオチド配列を含む核酸を多能性幹細胞に導入する工程を含むことにより、ソーティング工程の手段を与え、あるいは、心臓前駆細胞または心筋細胞の誘導を確認する手段を与えることができる。検出可能なマーカーをコードするヌクレオチド配列は、心臓前駆細胞特異的プロモーターまたは心筋細胞特異的プロモーターに作動可能に連結しているか、あるいは、心臓前駆細胞特異的マーカーをコードするヌクレオチド配列または心筋細胞特異的マーカーをコードするヌクレオチド配列に連結する。検出可能なマーカーは、例えば、検出可能なシグナルを直接発生するポリペプチド、例えば、GFP、YEP、BFP等の蛍光タンパク質や、基質に対して作用する際に検出可能なシグナルを発生する酵素、例えば、ルシフェラーゼ、アルカリフォスファターゼ等が含まれる。心臓前駆細胞特異的プロモーターとしては、例えばMesp1、T、Flk1(KDR)のプロモーターが含まれる。また、心筋細胞に特異的なプロモーターは、例えばα-ミオシン重鎖プロモーター、cTnTプロモーターなどが含まれる。検出可能なマーカーの発現は、心臓前駆細胞または心筋細胞の検出を可能にすることができ、その結果、心臓前駆細胞または心筋細胞の誘導の確認、あるいは、誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞のソーティングの手段を与えることができる。
【0048】
本明細書において、「作動可能に連結する」とは、転写、翻訳等のような所望の機能を与える核酸間の機能的連結を指す。例えば、プロモーターやシグナル配列などの核酸発現制御配列と第二のポリヌクレオチドとの間の機能的連結を含む。発現制御配列は第2のポリヌクレオチドの転写および/または翻訳に影響する。
【0049】
前述のとおり、Tbx6ポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む核酸は、外的刺激に応答して多能性幹細胞中のTbx6の発現調節を可能にする発現カセットであり得る。本発明の別の実施態様においては、発現カセットはウイルスコンストラクト、例えば組換えアデノ関連ウイルスコンストラクト(例えば米国特許第7,078,387参照)、組換えアデノウイルスコンストラクト、組換えレンチウイルスコンストラクト等である。
【0050】
適当な発現ベクターは、ウイルスベクター(例えば、ワクシニアウイルス系ウイルスベクター;ポリオウイルス;アデノウイルス(例えばLi等、Invest Opthalmol Vis Sci 35:2543 2549,1994;Borras等、Gene Ther 6:515 524,1999;Li and Davidson,PNAS 92:7700 7704,1995;Sakamoto等、H Gene Ther 5:1088 1097,1999;国際特許出願公開94/12649,国際特許出願公開93/03769;国際特許出願公開93/19191;国際特許出願公開94/28938;国際特許出願公開95/11984および国際特許出願公開95/00655参照);アデノ関連ウイルス(例えばAli等、Hum Gene Ther 9:81 86,1998,Flannery等、PNAS 94:6916 6921,1997;Bennett等、Invest Opthalmol Vis Sci38:2857-2863,1997;Jomary等、Gene Ther4:683-690,1997,Rolling等、Hum Gene Ther 10:641 648,1999;Ali等、Hum Mol Genet 5:591-594,1996;Srivastava、国際特許出願公開93/09239、Samulski等、J. Vir.(1989)63:3822 3828;Mendelson等、Virol. (1988)166:154 165;およびFlotte等、PNAS(1993)90:10613-10617参照);SV40;単純疱疹ウイルス;ヒト免疫不全ウイルス(例えばMiyoshi等、PNAS94:10319-23,1997;Takahashi等、J Virol73:7812 7816,1999参照);レトロウイルスベクター(例えば、ネズミ白血病ウイルス、脾臓壊死ウイルス、およびレトロウイルスから派生させたベクター、例えばラウス筋節ウイルス、ハーベイ筋節ウイルス、トリ白血病ウイルス、レンチウイルス、ヒト免疫不全ウイルス、骨髄増殖性筋節ウイルス、乳癌ウイルス)等を包含するが、これらに限定されない。
【0051】
多くの適当な発現ベクターが当該分野で知られており、そして多くのものが商業的に入手可能である。以下のベクターが例示のため提示され、真核生物宿主細胞に関してはpXT1、pSG5(Stratagene)、pSVK3、pBPV、pMSG、およびpSVLSV40(Pharmacia)が挙げられる。しかしながら、何れかの他のベクターも、宿主細胞と適合する限りにおいて使用することができる。
【0052】
使用する宿主/ベクター系に応じて、多くの適当な転写および翻訳の制御エレメントの何れか、例えば、構成および誘導プロモーター、転写エンハンサーエレメント、転写ターミネーター等を発現ベクター中で使用してよい(例えばBitter等、(1987)Methods in Enzymology,153:516-544参照)。
【0053】
本発明の別の実施態様においては、Tbx6 CDR配列は制御エレメント、例えば転写制御エレメント、例えばプロモーターに作動可能に連結させてもよい。転写制御エレメントは真核生物細胞、例えば哺乳類細胞において機能する。適当な転写制御エレメントはプロモーターおよびエンハンサーを包含する。本発明の別の実施形態において、プロモーターは誘導性である。本発明の心臓前駆細胞を製造する方法または心筋細胞を製造する方法において使用される発現カセットは、誘導性プロモーターを含む。
【0054】
本発明における発現カセットに含まれる誘導性プロモーターは、外的刺激に応答して作動可能に連結した遺伝子の発現を誘導する。
【0055】
本発明の別の実施態様においては、Tbx6ヌクレオチド配列は心特異的転写制御エレメント(TRE)に作動可能に連結しており、その場合TREはプロモーターおよびエンハンサーを包含することができる。適当なTREは、以下の遺伝子、すなわち、ミオシン軽鎖-2、α-ミオシン重鎖、AE3、心トロポニンC、および心アクチンから派生させたTREを包含するが、これらに限定されない(Franz等、(1997)Cardiovasc.Res.35:560-566;Robbins等、(1995)Ann.N.Y.Acad.Sci.752:492-505;Linn等、(1995)Circ.Res.76:584-591;Parmacek等、(1994)Mol.Cell.Biol.14:1870-1885;Hunter等、(1993)Hypertension 22:608-617;およびSartorelli等、(1992)Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89:4047-4051.)。
【0056】
適切なベクターおよびプロモーターの選択は当該分野で良く知られている。発現ベクターは、翻訳開始および転写開始のためのリボソーム結合部位を含有してよい。発現ベクターは発現を増幅するための適切な配列を包含してよい。
【0057】
適当な哺乳類発現ベクター(哺乳類宿主細胞における使用に適する発現ベクター)の例は、組換えウイルス、核酸ベクター、例えばプラスミド、細菌人工染色体、コウボ人工染色体、ヒト人工染色体、cDNA、cRNA、およびポリメラーゼ連鎖反応(PCR)産物発現カセットを包含するが、これらに限定されない。Tbx6をコードするヌクレオチド配列の発現を駆動するための適当なプロモーターの例は、誘導プロモーター、例えばTet-オペレーターエレメントを含有するものを包含するが、これらに限定されない。一部の場合において、哺乳類発現ベクターはTbx6ポリペプチドのほかに、トランスフェクトまたは感染されている細胞の識別または選択を容易にするマーカー遺伝子をコードしてもよい。マーカー遺伝子の例は蛍光タンパク質、例えば増強緑色蛍光タンパク質、Ds-Red(DsRed:Discosomasp.赤色蛍光タンパク質(RFP);Bevis and Glick(2002)Nat. Biotechnol.20:83)、黄色蛍光タンパク質、およびシアノ蛍光タンパク質をコードする遺伝子;および選択剤に対する耐性を付与するタンパク質をコードする遺伝子、例えばネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、ブラスチシジン耐性遺伝子等を包含するが、これらに限定されない。
【0058】
適当なウイルスベクターの例は、レトロウイルス系のウイルスベクター(レンチウイルスを包含する);アデノウイルス;およびアデノ関連ウイルスを包含するが、これらに限定されない。適当なレトロウイルス系ベクターの例は、ネズミモロニー白血病ウイルス(MMLV)系のベクターであるが;他の組換えレトロウイルスも使用してよく、例えばトリ白血症ウイルス、ウシ白血病ウイルス、ネズミ白血病ウイルス(MLV)、ミンク細胞フォーカス誘導ウイルス、ネズミ筋節ウイルス、網内皮症ウイルス、テナガザル白血病ウイルス、Mason Pfizerサルウイルス、またはラウス筋節ウイルスが挙げられ、例えば米国特許6,333,195を参照できる。
【0059】
別の場合においては、レトロウイルス系ベクターはレンチウイルス系ベクター(例えば、ヒト免疫不全ウイルス-1 (HIV-1);サル免疫不全ウイルス(SIV);またはネコ免疫不全ウイルス(FIV))であり、例えばJohnston等、(1999),Journal of Virology,73(6):4991-5000 (FIV);Negre D等、(2002),Current Topics in Microbiology and Immunology,261:53-74(SIV); Naldini等、(1996),Science,272:263-267(HIV)を参照できる。
【0060】
組換えレトロウイルスは標的細胞内への進入を支援するためにウイルスポリペプチド(例えばレトロウイルスenv)を含んでよい。そのようなウイルスポリペプチドは当該分野で十分樹立されており、例えば米国特許5,449,614を参照できる。ウイルスポリペプチドは両栄養性ウイルスポリペプチド、例えば両栄養性envであってよく、これは、元の宿主種の外にある細胞を包含する多数の種から派生された細胞内への進入を支援する。ウイルスポリペプチドは元の宿主種の外にある細胞内への進入を支援する異種栄養性ウイルスポリペプチドであってよい。本発明の別の実施態様においては、ウイルスポリペプチドはエコトロピックウイルスポリペプチド、例えばエコトロピックenvであり、これは元の宿主種の細胞内への進入を支援する。
【0061】
細胞内へのレトロウイルスの進入を支援することができるウイルスポリペプチドの例はMMLV両栄養性env、MMLVエコトロピックenv、MMLV異種栄養性env、水痘性口内炎ウイルス-gタンパク質(VSV-g)、HIV-1env、テナガザル白血病ウイルス(GALV)env、RD114、FeLV-C、FeLV-B、MLV10A1env遺伝子、およびこれらの変異体、例えばキメラを包含するが、これらに限定されない。例えばYee等、(1994),Methods Cell Biol.,PtA:99-112(VSV-G);米国特許5,449,614を参照できる。一部の場合において、ウイルスポリペプチドは発現または受容体への増強された結合を促進するために遺伝子的に修飾される。
【0062】
一般的に、組換えウイルスはプロデューサー細胞内にウイルスDNAまたはRNAコンストラクトを導入することにより生産される。一部の場合において、プロデューサー細胞は外来性遺伝子を発現しない。別の場合においては、プロデューサー細胞は1つ以上の外来性遺伝子、例えば1つ以上のgag、pol、またはenvポリペプチドおよび/または1つ以上のレトロウイルスgag、pol、またはenvポリペプチドをコードする遺伝子を含む「パッケージング細胞」である。レトロウイルスパッケージング細胞はウイルスポリペプチドをコードする遺伝子、例えば標的細胞内への進入を支援するVSV-gを含んでよい。一部の場合において、パッケージング細胞は1つ以上のレンチウイルスタンパク質、例えばgag、pol、env、vpr、vpu、vpx、vif、tat、rev、またはnefをコードする遺伝子を含む。一部の場合において、パッケージング細胞はアデノウイルスタンパク質、例えばE1AまたはE1Bまたは他のアデノウイルスタンパク質をコードする遺伝子を含む。例えば、パッケージング細胞により供給されるタンパク質は、レトロウイルス派生タンパク質、例えばgag、pol、およびenv;レンチウイルス派生タンパク質、例えばgag、pol、env、vpr、vpu、vpx、vif、tat、rev、およびnef;およびアデノウイルス派生タンパク質、例えばE1AおよびE1Bであってよい。多くの例において、パッケージング細胞はウイルスベクターの派生元のウイルスとは異なるウイルスから派生させたタンパク質を供給する。
【0063】
パッケージング細胞系統は何れかの容易にトランスフェクションできる細胞系統を包含するが、これらに限定されない。パッケージング細胞系統は293T細胞、NIH3T3、COSまたはHeLa細胞系統に基づくものであることができる。パッケージング細胞は頻繁には、ウイルスパッケージングのために必要なタンパク質をコードする遺伝子少なくとも1つにおいて欠失があるウイルスベクタープラスミドをパッケージングするために使用される。そのようなウイルスベクタープラスミドによりコードされるタンパク質から欠失しているタンパク質またはポリペプチドを供給できる何れかの細胞をパッケージング細胞として使用してよい。パッケージング細胞系統の例はPlatinum-E(Plat-E);Platinum-A(Plat-A);BOSC23(ATCCCRL11554);およびBing(ATCC CRL 11270)を包含するが、これらに限定されず、例えばMorita等、(2000),Gene Therapy,7:1063-1066; Onishi等、(1996)、Experimental Hematology,24:324-329;米国特許6,995,009を参照できる。市販されているパッケージング系統も有用であり、例えばAmpho-Pak293細胞系統、Eco-Pak2-293細胞系統、RetroPackPT67細胞系統、およびRetro-XUniversalPackagingSystem(全て入手元はClontech)が挙げられる。
【0064】
レトロウイルスコンストラクトはある範囲のレトロウイルス、例えばMMLV、HIV-1、SIV、FIV、または本明細書に記載する他のレトロウイルスから派生させて良い。レトロウイルスコンストラクトは特定のウイルスの複製1サイクル超のために必要な全てのウイルスポリペプチドをコードしてよい。一部の場合において、ウイルス進入の効率は他の因子または他のウイルスポリペプチドの追加により改善する。別の場合においては、レトロウイルスコンストラクトによりコードされるウイルスポリペプチドは米国特許6,872,528に記載される通り、1サイクルより多い複製を支援しない。そのような状況においては、他の因子または他のウイルスポリペプチドの追加によりウイルス進入促進を支援できる。例示される実施形態においては、組換えレトロウイルスはVSV-gポリペプチドを含むがHIV-1envポリペプチドを含まないHIV-1ウイルスである。
【0065】
レトロウイルスコンストラクトはプロモーター、マルチクローニングサイト、および/または耐性遺伝子を含んでよい。プロモーターはテトラサイクリンオペ-レーターエレメント等の誘導プロモーターを包含するが、これらに限定されない。レトロウイルスコンストラクトは又パッケージングシグナル(例えばMFGベクターから派生させたパッケージングシグナル;psiパッケージングシグナル)を含んでよい。当該分野で知られている一部のレトロウイルスコンストラクトの例はpMX、pBabeXまたはこれらの派生物を包含するが、これらに限定されない。例えばOnishi等、(1996),Experimental Hematology,24:324-329を参照できる。一部の場合において、レトロウイルスコンストラクトは自己不活性化レンチウイルスベクター(SIN)ベクターであり、例えばMiyoshi等、(1998),J.Virol.,72(10):8150-8157を参照できる。一部の場合において、レトロウイルスコンストラクトはLL-CG、LS-CG、CL-CG、CS-CG、CLGまたはMFGである。Miyoshi等、(1998),J.Virol.,72(10):8150-8157;Onishi等、(1996),Experimental Hematology,24:324-329;Riviere等、(1995),PNAS,92:6733-6737を参照できる。ウイルスベクタープラスミド(またはコンストラクト)はpMXs、pMxs-IB、pMXs-puro、pMXs-neo(pMXs-IBはpMXs-puroのピューロマイシン耐性遺伝子の代わりにブラスチシジン耐性遺伝子を担持しているベクターである)Kimatura等、(2003),Experimental Hematology,31:1007-1014;MFG Riviere等、(1995),Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,92:6733-6737;pBabePuro;Morgenstern等、(1990),Nucleic Acids Research,18:3587-3596;LL-CG,CL-CG,CS-CG,CLG Miyoshi等、(1998),Journal of Virology,72:8150-8157等をレトロウイルス系として、そしてpAdex1;Kanegae等、(1995),Nucleic Acids Research,23:3816-3821等をアデノウイルス系として包含する。例示される実施形態においては、レトロウイルスコンストラクトはブラスチシジン(例えば、pMXs-IB)、ピューロマイシン(例えば、pMXs-puro、pBabePuro);またはネオマイシン(例えば、pMXs-neo)を含む。例えばMorgenstern等、(1990),Nucleic Acids Research、8:3587-3596を参照できる。
【0066】
パッケージング細胞から組換えウイルスを生産する方法およびそれらの使用は十分確立されており;例えば米国特許5,834,256;6,910,434;5,591,624;5,817,491;7,070,994;および6,995,009を参照できる。多くの方法がウイルスコンストラクトをパッケージング細胞系統に導入することから開始する。ウイルスコンストラクトは、リン酸カルシウム法、リポフェクション法(Felgner等、(1987)Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.84:7413-7417)、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、フュージーントランスフェクション等、および本明細書に記載する何れかの方法を包含するが、これらに限定されない。何れかの当該分野で知られている方法により宿主である多能性幹細胞に導入してよい。
【0067】
核酸コンストラクトは細胞の非ウイルス系トランスフェクションのような種々の良く知られた手法を用いて宿主細胞内に導入できる。例示される側面において、コンストラクトはベクター内に取り込まれ、そして宿主細胞内に導入される。細胞への導入はエレクトロポレーション、リン酸カルシウム媒介移行、ヌクレオフェクション、ソノポレーション、熱ショック、マグネトフェクション、リポソーム媒介移行、マイクロインジェクション、マイクロプロジェクタイル媒介移行(ナノ粒子)、カチオン重合体媒介移行(DEAEデキストラン、ポリエチレンイミン、ポリエチレングリコール(PEG)等)または細胞融合を包含するがこれらに限定されない。当該分野で知られている何れかの非ウイルス系トランスフェクションにより実施してよい。トランスフェクションの他の方法はトランスフェクション試薬、例えばLipofectamine、Dojindo Hilymax、Fugene、jetPEI、Effectene、およびDreamFectを包含する。
【0068】
[Tbx6遺伝子を含む多能性幹細胞]
本発明は、外来性のTbx6遺伝子を含む多能性幹細胞を含み、当該多能性幹細胞は、Tbx6を発現させることにより心臓前駆細胞に誘導される。また、本発明の外来性のTbx6遺伝子を含む多能性幹細胞は、Tbx6を発現させた後、Tbx6の発現を抑制し、bFGFやFGF10を含む培地で培養することによって、心筋細胞に誘導される。本明細書において「外来性」遺伝子とは、その細胞に導入される核酸をいう。本発明は、Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導可能な発現カセットを含む、多能性幹細胞を含む。Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導可能な発現カセットを含む多能性幹細胞は、前記外的刺激存在下で心臓前駆細胞に誘導される能力を有する。また、Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して誘導可能な発現カセットを含む多能性幹細胞は、前記外的刺激によるTbx6の発現に続き前記外的刺激の存在を解除すること(すなわち、前記外的刺激の非存在下にすること)により、心筋細胞に誘導される能力を有する。
【0069】
本発明の別の実施態様においては、本発明の外来性のTbx6遺伝子を含む多能性幹細胞胞はin vitroの状態にある。本発明の別の実施態様においては、本発明の外来性のTbx6遺伝子を含む多能性幹細胞は哺乳動物細胞、例えば、ヒト細胞であるか、またはヒト細胞から派生されている。
【0070】
Tbx6遺伝子を含む多能性幹細胞をスクリーニングすることにより、Tbx6遺伝子をより安定に含む多能性幹細胞株を樹立することもできる。スクリーニング方法は、当業者であれば適宜選択し、実施することができる。
【0071】
[心臓前駆細胞]
本発明において「心臓前駆細胞」は、心臓前駆細胞に特異的なマーカーを発現することにより特徴付けられる細胞である。心臓前駆細胞に特異的なマーカーは、心臓前駆細胞に特異的に発現する因子(心臓前駆細胞関連因子)であり、T、Mesp1、Flk1(KDR)、Pdgfrα、Isl1などが含まれる。心臓前駆細胞は、心臓前駆細胞に特異的なマーカーのうちの少なくとも1つ、より好ましくは少なくとも2つ、さらに好ましくは少なくとも3つを発現する。心臓前駆細胞は、好ましくは、T、Mesp1、およびFlk1(KDR)を発現する細胞である。
【0072】
また、本発明においては、心臓前駆細胞は多能性幹細胞から誘導されるため、誘導心臓前駆細胞と称することもある。
【0073】
[心筋細胞]
本発明において「心筋細胞」は、心筋細胞に特異的なマーカーを発現することにより特徴付けられる細胞である。心筋細胞に特異的なマーカーは、心筋細胞に特異的に発現する因子(心筋細胞関連因子)であり、心トロポニン(cTnT)、Nkx2.5、Actn2などが含まれる。心筋細胞は、心筋細胞に特異的なマーカーのうちの少なくとも1つ、より好ましくは少なくとも2つ、さらに好ましくは少なくとも3つを発現する。心筋細胞は、好ましくは、cTnT、およびNkx2.5を発現する細胞である。
【0074】
また、本発明において「心筋細胞」は拍動することにより特徴付けられ得る。さらにまた、本発明において「心筋細胞」は、横紋構造を形成することによって特徴付けられ得る。
また、本発明においては、心筋細胞は多能性幹細胞から誘導されることから、誘導心筋細胞と称することもある。
【0075】
心臓前駆細胞または心筋細胞に特異的な種々のマーカーの発現は、生化学的または免疫化学的な手法(例えば、酵素結合免疫吸着試験、免疫組織化学試験等)により検出することができる。または、心臓前駆細胞または心筋細胞に特異的な種々のマーカーをコードする核酸の発現を測定することにより検出することもできる。心臓前駆細胞または心筋細胞に特異的な種々のマーカーをコードする核酸の発現は、RT-PCR、ハイブリダイゼーション等の分子生物学的手法により確認することができる。これらの手法に用いるプライマーやプローブは、Genbankなどのデータベースより入手可能な情報を用いて、当業者であれば適宜設計し、製造することができる。
【0076】
また、心筋細胞の拍動は、目視または明視野像により確認することができる。また、パッチクランプなどの標準的な電気生理学的方法により、自発的収縮を確認することもできる。
【0077】
また、心筋細胞の横紋構造形成は、目視または明視野像により確認することができる。また、トロポニン等の心筋構造に寄与するタンパク質の免疫染色によっても確認することができる。
【0078】
本発明は、さらに上記の心臓前駆細胞または心筋細胞の製造方法により製造される、多能性幹細胞に由来する心臓前駆細胞(誘導心臓前駆細胞、心臓前駆細胞様細胞)または心筋細胞(誘導心筋細胞、心筋様細胞)に関する。本発明の誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞は、外来性のTbx6遺伝子を含む多能性幹細胞から誘導されるため、本発明の誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞も、Tbx6遺伝子を含む。本発明の別の実施態様においては、本発明の誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞はin vitroの形態にある。本発明の別の実施態様においては、本発明の誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞は、ヒト細胞などの哺乳動物の細胞であるか、またはヒト細胞などの哺乳動物から誘導されている。
【0079】
多能性幹細胞から誘導された細胞が心臓前駆細胞であることは、前述のとおり心臓前駆細胞に特異的なマーカーの発現により確認することができる。このように心臓前駆細胞に特異的なマーカーの発現が確認された細胞は、心臓前駆細胞様細胞とも称される。
同様に、多能性幹細胞から誘導された細胞が心筋細胞であることは、前述のとおり心筋細胞に特異的なマーカーの発現により確認することができる。このように心臓前駆細胞に特異的なマーカーの発現が確認された細胞は、心筋様細胞とも称される。
マーカー発現は、遺伝子レベルまたはタンパク質レベルにより確認することができる。
【0080】
本発明は、Tbx6遺伝子を含む多能性幹細胞、またはTbx6遺伝子を含む、多能性幹細胞由来の心臓前駆細胞または心筋細胞を含む組成物をも提供する。本発明の組成物は、上記多能性幹細胞または誘導心臓前駆細胞もしくは誘導心筋細胞を含み、さらに、適当な成分として塩;緩衝剤;安定化剤;プロテアーゼ阻害剤;細胞膜および/または細胞壁保存化合物、例えばグリセロール、ジメチルスルホキシド等;細胞に適する栄養培地等を包含してもよい。
【0081】
[誘導剤]
本発明は、多能性幹細胞からの心臓前駆細胞誘導剤、または多能性幹細胞からの心筋細胞誘導剤をも提供する。
【0082】
本発明の別の実施態様においては、本発明の誘導剤は、1)Tbx6ポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む核酸を含む、Tbx6遺伝子の発現を外的刺激に応答して発現調節する発現カセットを含む。本発明の誘導剤は、上記発現カセットに加えて、2)外的刺激、3)心臓前駆細胞から心筋細胞誘導時の培地に添加するbFGF、FGF10など、4)塩、例えばNaCl、MgCl、KCl、MgSO等;緩衝剤、例えばトリス緩衝液、N-(2-ヒロドキシエチル)ピペラジン-N'-(2-エタンスルホン酸(HEPES)、2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸(MES)、2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸ナトリウム塩(MES)、3-(N-モルホリノ)プロパンスルホン酸(MOPS)、N-トリス[ヒドロキシメチル]メチル-3-アミノプロパンスルホン酸(TAPS);等、可溶化剤;洗剤、例えばノニオン系洗剤、例えばTween-20;等、プロテアーゼ阻害剤;グリセロール;等の1つ以上を含むことができる。また、本発明の誘導剤は、Tbx6ポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む核酸を、多能性幹細胞に導入するための試薬を含むことができる。
【0083】
本発明の誘導剤は個体に直接投与することができる。本発明の誘導剤は多能性幹細胞を、心臓前駆細胞または心筋細胞に誘導するのに有用であり、この誘導はin vitroまたはin vivoにおいて実施できる。多能性幹細胞を心臓前駆細胞または心筋細胞に誘導することは、種々の心臓障害を治療するため、また、心臓分野における研究に使用できる。
【0084】
したがって、本発明の誘導剤は薬学的に許容しうる賦形剤を包含してもよい。適当な賦形剤は例えば、水、食塩水、デキストロース、グリセロール、エタノール等、およびこれらの組み合わせである。さらにまた、所望により、少量の補助的物質、例えば水和剤、または乳化剤、または緩衝剤を含有してよい。そのような剤型を調製する実際の方法は知られている。例えば、Remington's Pharmaceutical Sciences、Mack Publishing Company、Easton、Pennsylvania、17th edition、1985を参照できる。
【0085】
薬学的に許容しうる賦形剤、例えばベヒクル、アジュバント、担体または希釈剤は容易に入手できる。さらに、薬学的に許容しうる補助的物質、例えばpH調節剤および緩衝剤、張力調節剤、安定化剤、水和剤等は容易に購入することもできる。
【0086】
[細胞を用いた治療方法]
本発明のTbx6遺伝子を含む多能性幹細胞は、治療の必要な個体においてそのような治療のために使用できる。同様に、本発明の誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞は治療の必要な個体においてそのような治療のために使用できる。本発明のTbx6遺伝子を含む多能性幹細胞、または本発明の誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞は、レシピエント個体(治療の必要な個体)中に導入することができ、その場合、本発明のTbx6遺伝子を含む多能性幹細胞、または本発明の誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞のレシピエント個体への導入は、個体における状態または障害を治療する。したがって、本発明は、本発明のTbx6遺伝子を含む多能性幹細、または本発明の誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞を個体に投与することを含む治療方法に関する。
【0087】
例えば、一部の実施形態においては、本発明の治療方法は、i)in vitroで誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞を発生させること;およびii)誘導心臓前駆細胞または誘導心筋細胞をそれを要する個体中に導入すること、を含む。
【0088】
本発明の治療方法は、心臓または心臓血管の疾患または障害、例えば心臓血管疾患、動脈瘤、狭心症、不整脈、アテローム性動脈硬化症、脳血管偶発症(卒中)、心臓血管疾患、先天性心疾患、うっ血性心障害、心筋炎、冠状静脈弁疾患、拡張性動脈疾患、拡張期機能不全、心内膜炎、高血圧、心筋症、肥大性心筋症、拘束型心筋症、結果として虚血性心筋症をもたらす冠動脈疾患、僧帽弁逸脱症、心筋梗塞(心臓発作)、または静脈血栓塞栓を有する個体を治療するために有用である。
【0089】
誘導心臓前駆細胞、または誘導心筋細胞の集団の単位剤型は約10個~約10個、例えば約10個~約10個、約10個~約10個、約10個~約10個、約10個~約10個、約10個~約10個、または約10個~約10個の細胞を含有できる。
【実施例
【0090】
[実施例1] マウスES細胞の培養
ゼラチンコーティングした10 cm組織培養用dish(Thermo Scientific社、172958)にマウスT-GFP ES細胞(Prof. Gordon Keller, Toronto Medical Discovery Tower MaRS Centre 101 College Street, Room 8-706 Toronto, ON M5G 1L7 CANADAより入手)を1.0×106 cell/dishの濃度で播種し、ES細胞用培地(表1)を用いて37℃/5% CO2条件下で培養した。以降、2~3日毎に継代を行った。T-GFP ES細胞は、心臓中胚葉のマーカー転写因子であるTが発現した際に、GFPが陽性となる細胞である。
【0091】
【表1】
【0092】
[実施例2] サイトカインを用いたマウスES細胞からの心臓前駆細胞および心筋細胞への誘導
実施例1で継代したES細胞は、ES細胞用培地を吸引した後にPBS(-)で洗浄し、各dishに対して0.05%Trypsin-EDTAを2 mL加え、37℃/5% CO2条件下で3分間静置した。細胞が培養液に浮き上がることを確認した後、1 mL FBS/7 mL IMDM溶液で中和し、15 mLチューブ(Corning社、430791)に細胞を回収した。1100 RPM/3分間遠心した後に上清を吸引し、細胞沈殿物にIMDM 10 mLを加え、細胞数を計測した。7.5×105 cellの溶液を新しい15 mLチューブに移し、1100 RPM/3分間遠心した後に、上清を吸引した。無血清培地(表2)10 mLにL-ascorbic acidおよび1-thyolglycerolを加えた無血清分化用培地(表3)を細胞沈殿物に加え、10 cm滅菌シャーレ(IWAKI社、SH90-15)に播種した(day0)。
【0093】
【表2】
【0094】
【表3】
【0095】
day1には、シャーレを前後左右に撹拌し、細胞を均一に分布させた。
【0096】
day2には、形成された胚葉体を培地ごと15 mLチューブに移し、700 RPM/3分間遠心し、上清を吸引した。沈殿した胚葉体に0.05% Trypsin-EDTAを2 mL加え、37℃/5% CO2条件下で2分間静置した。ピペッティングを繰り返した後に、1 mL FBS/7 mL IMDM溶液で中和し、1200 RPM/3分間遠心した後に上清を吸引した。沈殿物を10 mL IMDMで希釈し、細胞数を計測した。7.5×105 cellの溶液を新しい15 mLチューブに移し、1100 RPM/3分間遠心した後に上清を吸引した。細胞沈殿物に心臓前駆細胞誘導用培地(表4)10 mLを加え、滅菌シャーレに播種した。
【0097】
【表4】
【0098】
day3にはシャーレを前後左右に撹拌し、細胞を均一に分布させた。
【0099】
day4に心臓前駆細胞が誘導された。day2と同様に、形成された胚葉体を培地ごと15 mLチューブに移し、700 RPM/3分間遠心した後に上清を吸引した。沈殿した胚葉体に0.05% Trypsin-EDTAを2 mL加え37℃/5% CO2条件下で2分間静置した。ピペッティングを繰り返した後に、1 mL FBS/7 mL IMDM溶液で中和し、1200 RPM/3分間遠心した後に上清を吸引した。沈殿物を10 mL IMDMで希釈し、細胞数を計測した。6.0×105 cell/wellの溶液を新しい15 mLチューブに移し、1100 RPM/3分間遠心した後に上清を吸引した。細胞沈殿物に心筋細胞誘導用培地(表5)を加え、ゼラチンコーティングした24 well細胞培養用マルチウェルプレート(FALCON社、353047)に播種した。細胞を接着させるために15分静置した後に、37℃/5% CO2条件下で培養した。以降、2~3日毎に培地を交換した。良好な誘導が得られている場合はday7より心筋拍動が認められた。
【0100】
【表5】
【0101】
[実施例3] テトラサイクリン遺伝子発現調節システムのマウスES細胞への導入
実施例3では、レンチウイルスを用いてマウスES細胞にTbx6を遺伝子導入した。用いたベクターは、ドキシサイクリンの添加によって、時期特異的に導入遺伝子の発現を制御することが可能である(図1)。
【0102】
10 cm組織培養用dish(Corning社、353047)に293T細胞を6.0×106 cell/dishの濃度で播種し、37℃/5% CO2条件下で静置した(day1)。
翌日(day2)、1500μL Opti-MEM(gibco社、31985-070)にLipofectamine 36μL(Invitrogen社、1168-019)を混合した溶液Aと、1500μL Opti-MEMにCSIV-TRE-RfA-UbC-KT-Tbx6プラスミド 25μg、pMDL 10μg、およびpCMV-VSV-G-RSV-Rev 10μgを混合した溶液Bとを作製し、室温で5分間静置した。その後、溶液Aと溶液Bを混合した混合液Cを作製し、20分間静置した。day1に用意した293T細胞から培地を吸引した後に、混合液C 3mLと293T細胞用培地(表6-1)7mLとを混合した溶液を加え、37℃/5% CO2条件下で培養した(トランスフェクション)。
【0103】
【表6-1】
【0104】
24時間後(day3)の培地を、293T細胞培養液にForskolin(WAKO社、66575-29-9)10μMを混合した培地に交換した。
また、day4でのウイルス液感染用に、ゼラチンコーティングした12 well細胞培養用マルチウェルプレート(FALCON社、353043)にES細胞を3.0×105 cell/wellの濃度で播種し、ES細胞用培地で培養した。
【0105】
トランスフェクションの48時間後(day4)、培養上清を0.45μm pore size Minisart フィルター(Sartorius Stedim Biotech社、17598)で濾過を行った後、50 mLチューブ(Corning社、430829)に回収した。回収した上清10 mLは超高速遠心機(Beckman社、Optima XL)を用いて23000 RPM/2時間で超遠心を行った。遠心後に上清を吸引し、沈殿を1.3μL Polybrene Transfection Reagent(10 mg/mL)(Millipore社、#TR-1003-G)を混注したES細胞用培地1 mLで溶解し、これをTbx6に対するレンチウイルス溶液とした。前日(day3)より培養していたES細胞の培地をレンチウイルス溶液に交換し、ウイルスを感染させた(インフェクション)。
【0106】
day5にレンチウイルス液をES細胞用培地に交換し、培養を継続した。感染細胞がコンフルエントになった後に、10 cm組織培養dishに継代した。コロニーが適度な大きさになった段階で、顕微鏡下でピペットマン先端を用いてコロニーを採取分離し、単一コロニーからのES細胞のクローニングを行った。
【0107】
[実施例4] Tbx6による無血清での心臓前駆細胞誘導
day0では、実施例2と同様の手法を用いて、実施例3でクローニングしたES細胞を播種した。その際に、血清分化用培地にはドキシサイクリン (Sigma社、D9891)2μg/mLを添加した。
day1では、実施例2と同様にシャーレの撹拌を行った。
day2においても、実施例2と同様の手法で滅菌シャーレに細胞を播種した。ただし、この際の培地はday0と同様にドキシサイクリンを添加した無血清分化用培地を使用した。
day3では、実施例2と同様にシャーレの撹拌を行った。
day4において、誘導された心臓前駆細胞の解析を行った。また、day4以降は、実施例3と同様に実験を行った。
【0108】
ドキシサイクリンは、誘導開始から3日間存在させ(図3「Dox On」)、3日間Tbx6を発現させた。図2は、クローニングにより得られた細胞株におけるTbx6 mRNAの発現量を測定した結果を示す。ドキシサイクリン(Dox)存在下(+)に、Tbx6 mRNAの発現が認められた。
【0109】
[実施例5] Tbx6による無血清での心臓前駆細胞および心筋細胞の誘導の検証
[FACS解析方法]
心臓前駆細胞を含む胚葉体を培地と共に回収し、0.25% Trypsin-EDTAを加え、37℃/5% CO2条件下で2分間静置し、単一細胞にした。Trypsin-EDTAを中和した後に、15 mLチューブ(Corning社、430791)に細胞を回収した。回収した細胞を1500rpm/5分間/4℃で遠心分離した。上清を吸引後、細胞沈殿物にFACS施行用溶液(5%FBS/PBS)(表6-2)100μLを加え、十分に混ぜ合わせた。
【0110】
【表6-2】
【0111】
この混合物と、anti-mouse Flk1 conjugated with APC抗体(ebioscience, 17-5821)とanti-mouse PdgfR-a (CD140a) conjugated with BV421抗体(BD Biosciences, 562774)をそれぞれ50:1の濃度で30分反応させた。遠心後に抗体を除去し、沈殿した細胞塊に再度FACS施行用溶液350μLを加えた。この濁液をセルストレーナー・キャップ付き5 mLポリスチレン ラウンドチューブ(FALCON社、REF 353335)にてフィルターをかけ、FACS用試料とした。
【0112】
フローサイトメトリー(日本ベクトン・ディッキンソン、FACS AriaIIIu)を使用し、上記の試料における測定を行った。
【0113】
[免疫染色による心臓前駆細胞の誘導の検証]
図4は、免疫染色によるGFPの画像である。実施例で使用したES細胞(T-GFP ES細胞)は心臓中胚葉のマーカー転写因子であるTが発現した際に、GFPが陽性となる細胞である。「Off」は、ドキシサイクリンを添加しない実施例4の細胞株、「On」はドキシサイクリンによりTbx6を誘導させた実施例4の細胞株、「BMP4/Activin」は、BMP4およびActivinによりES細胞から分化させた細胞(実施例2)の結果を示す(Day 4)。テトラサイクリン遺伝子発現調節システムを用いてマウスES細胞にTbx6遺伝子を導入した細胞(実施例3および4)では、ドキシサイクリンの添加によってGFPが陽性となったことから、心臓中胚葉のマーカー転写因子であるTが発現したことがわかる。また、実施例3および4のES細胞では、ドキシサイクリンによって、BMP4およびActivinなどのサイトカインを使用した細胞(実施例2)と同程度にGFPが発現した。
したがって、Tbx6をES細胞に遺伝子導入すると、無血清かつ液性因子を使用せずに心臓前駆細胞を誘導できることが示された。また、本実施例では、サイトカインを使用した場合(BMP4/Activin)と同程度の誘導効率で心臓前駆細胞を誘導できることが示された。
【0114】
[FACSによる心臓前駆細胞の誘導の検証]
図5は、GFPの発現をFACSで測定した結果を示す。前述のとおり、実施例で使用したES細胞は心臓中胚葉のマーカー転写因子であるTが発現した際に、GFPが陽性となる。「Off」は、ドキシサイクリンを添加しない実施例4の細胞株、「On」はドキシサイクリンによりTbx6を誘導させた実施例4の細胞株、「BMP4/Activin」は、BMP4およびActivinによりES細胞から分化させた細胞(実施例2)の結果を示す(Day 4)。テトラサイクリン遺伝子発現調節システムを用いてマウスES細胞にTbx6遺伝子を導入した細胞(実施例3および4)では、ドキシサイクリンの添加によってGFP発現陽性細胞が81.3%であったのに対し、「BMP4/Activin」では、95.6%の細胞がGFP陽性細胞であった。この結果から、Tbx6をES細胞に遺伝子導入し、発現させると、心臓中胚葉のマーカー転写因子であるTが発現し、心臓前駆細胞が誘導されることがわかった。
【0115】
次に、心臓前駆細胞ではFlk-1およびPDGFRαの両表面マーカーが共陽性となることが知られている。Flk-1およびPDGFRαの発現を測定した結果を図6に示す(Day 4)。Tbx6をES細胞に遺伝子導入し、発現させると(図6「on」)、Flk-1(+)/PDGFRα(+)細胞が37.5%であったのに対し、「BMP4/Activin」では、35.4%がFlk-1(+)/PDGFRα(+)細胞であった。このことから、テトラサイクリン遺伝子発現調節システムを用いてマウスES細胞にTbx6遺伝子を導入し、発現させた細胞では、心臓前駆細胞が誘導されることが分かった。また、本発明においては、BMP4およびActivinといったサイトカインを使用した従来の方法で誘導した場合と同程度の効率で心臓前駆細胞を誘導できることが分かった。
【0116】
したがって、これらの実施例より、Tbx6の発現のみで、ES細胞から心臓前駆細胞が誘導されることが明らかとなった。また、本発明の方法は、血清や液性因子等を使用する従来の方法と同様の効率で心臓前駆細胞を誘導できることが明らかとなった。
【0117】
[心筋細胞の誘導の検証]
心臓前駆細胞誘導3日目以降にTbx6発現を中止し、成熟分化した拍動心筋細胞を誘導させた。具体的には、ドキシサイクリンは、誘導開始から3日間のみ培地に存在させ(図3)、Day 14における心筋細胞の誘導を検討した。
【0118】
まず、免疫染色により、心筋のマーカーであるα-アクチニン(α-Actinin)および心臓トロポニンT(cTnT)の発現を測定した。その結果、ドキシサイクリン処理を行った細胞(図7「Dox On」)では、トロポニンT、アクチニンなどの構造タンパク質の発現が確認されたが、ドキシサイクリン処理をしない細胞(図7「Dox Off」)では、これらのタンパク質の発現は検出されなかった。
【0119】
トロポニンTの発現をFACSで測定した結果を図8に示す。Tbx6遺伝子誘導細胞に3日間ドキシサイクリン処理した細胞(図8「On」)では、トロポニンTを発現した細胞の割合は66.7%であったのに対し、ES細胞をBMP4およびActivinといった従来の液性因子で誘導した細胞では、トロポニンTの発現は63.9%であった。したがって、トロポニンTの誘導効率は、Tbx6を使用する本発明の方法と、液性因子を使用した従来法と同等であった。
【0120】
また、心筋関連マーカーのmRNAの発現を調べた(図9)。アクチニン2(Actn2)、トロポニンT2(TnnT2)、およびNkx2.5等は、心筋細胞特有に発現するマーカーである。図9に示すとおり、Tbx6遺伝子誘導細胞に3日間ドキシサイクリン処理した細胞(図9「On」)では、これらのマーカー遺伝子のmRNA発現が確認された。これらの発現は、従来法によりES細胞より誘導された心筋細胞(BMP4/Activin)と同程度であった。
【0121】
また、Tbx6で誘導した心臓前駆細胞から分化させた心筋細胞は、拍動することも確認された。
【0122】
このように、Tbx6遺伝子を含むES細胞は、Tbx6遺伝子を発現させて心臓前駆細胞を誘導させた後、Tbx6の発現が制御されることにより、BMP4/Activin使用時と同様に心筋細胞に分化した。したがって、Tbx6を発現させることによってES細胞から心臓前駆細胞が誘導され、Tbx6の発現を制御すると心臓前駆細胞が心筋細胞に分化することが明らかになった。
【0123】
[実施例6] ヒトiPS細胞の培養
hES-qualified Matrix(Corning社、354277)でコーティングした10 cm組織培養用dishにヒトiPS細胞(京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)医療応用推進室より入手)を約10 cells/colonyの状態で播種し、ヒトiPS細胞用培地(mTESRTMTM1(STEMCELL社、05850))を用いて37℃/5% CO2条件下で培養した。以降、7日毎に継代を行った。
【0124】
[実施例7] ヒトiPS細胞からのサイトカインを用いた心臓前駆細胞および心筋細胞への誘導
誘導開始4日前(day-4)にヒトiPS細胞用培地を吸引した後に、ヒトiPS細胞をPBS(-)で洗浄し、各dishに対してStemPro Accutase Cell dissociation Reagent(GIBCO社、A1115-01)を500μL加え、37℃/5% CO2条件下で3分間静置した。細胞をPBS(-)で洗浄した後、ヒトiPS細胞用培地で懸濁して40μmフィルターを通し、単細胞を回収する。細胞数を計測し、1×105 cell/wellでMatrigelコーティング済みの12w
ell細胞培養用マルチウェルプレートに播種した。
【0125】
day0にPBSで洗浄した後にヒト心臓前駆細胞誘導用培地(表7)に交換して2日間培養した。day2にPBS(-)で洗浄した後に、ヒト無血清分化用培地(表8)に交換した。 day3に、培地をヒト心筋細胞誘導用培地に換えて4日間培養した(表9)。
【0126】
【表7】
【0127】
【表8】
【0128】
【表9】
【0129】
day7以降はヒト無血清分化用培地にVEGFを添加した培地で培養し、2~3日ごとに培地を交換した。良好な誘導が得られている場合はday8から心筋拍動が認められた。
【0130】
[実施例8] テトラサイクリン遺伝子発現調節システムのヒトiPS細胞への導入
実施例3(マウスES細胞)と同様に、レンチウイルス溶液を調製した。
6 well細胞培養用マルチウェルプレートをMatrigelでコーティングしておき、ウイルス溶液2 mLに対してヒトiPS細胞を2×104cell加え、コーティング済みのプレートに播種した。
翌日からmTESR1で培養した。感染細胞がコンフルエントになった後、10 cm組織培養dishに継代した。コロニーが適度な大きさになった段階で、顕微鏡下でピペットマン先端を用いてコロニーを採取分離し、単一コロニーからのヒトiPS細胞のクローニングを行った。時期特異的にTbx6を発現するヒトiPS細胞株を樹立した。
【0131】
[実施例9] Tbx6による無血清でのヒト心臓前駆細胞、心筋細胞誘導
誘導開始4日前(day-4)において、実施例7と同様の手法を用いて実施例8でクローニングしたヒトiPS細胞を播種した(図10 プロトコール)。
誘導開始1日前(day-1)に、mTESR1にドキシサイクリン2μg/mLを添加した。
day0に、細胞をPBS(-)で洗った後、ヒト無血清分化用培地に交換し、3日間培養した。
day3以降は実施例7と同様の方法で細胞を培養した。
【0132】
[心臓前駆細胞の誘導の検証]
ES細胞を用いたときと同様に、iPS細胞からの心臓前駆細胞の誘導を検証した。ES細胞とは異なり、ヒトiPS細胞の場合は誘導開始前1日間のみ(Day-1)、Tbx6を発現させた(図10 プロトコール、Dox On)。
【0133】
Tbx6を遺伝子導入したヒトiPS細胞において、ドキシサイクリン処理によってTbx6を発現させると、Day1において、心臓中胚葉のマーカー転写因子Tの発現がFACSおよび免疫染色により確認された(図10Aおよび10B)。
したがって、Tbx6発現によって、ヒトiPS細胞からヒト心臓前駆細胞が誘導されることが明らかとなった。
【0134】
[心筋細胞の誘導の検証]
Tbx6を遺伝子導入したヒトiPS細胞において、ドキシサイクリン処理によってTbx6を発現させると、Day 14において、心筋細胞のマーカーであるトロポニンTの発現がFACSにより確認された(図10C)。また、Tbx6発現により誘導した心臓前駆細胞は拍動する成熟心筋細胞まで分化することが確認された(Day 14)。
また、トロポニンTの他、心臓前駆細胞由来の血管内皮細胞マーカー(CD31)および平滑筋マーカー(Calponin)の発現が認められた(図10D)。
したがって、Tbx6によりヒトiPS細胞から誘導された心臓前駆細胞は、ヒト心筋だけではなく、血管内皮細胞や平滑筋細胞にも分化し得ることが示された。よって、Tbx6によりヒトiPS細胞から誘導された心臓前駆細胞は多能性を有することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0135】
本発明により、多能性幹細胞から心臓前駆細胞および心筋細胞を誘導する方法が提供される。また、本発明により、多能性幹細胞から心臓前駆細胞および/または心筋細胞を誘導する細胞が提供される。本発明の心筋誘導多能性幹細胞は、Tbx6の発現のオン・オフによって心臓前駆細胞の誘導・心筋細胞の誘導を調節することができる。
詳しくは、本発明により、ドキシサイクリン投与等の外的刺激により遺伝子発現を制御できるシステムを用いて、マウスES細胞またはヒトiPS細胞から心臓前駆細胞が誘導され、さらに、外的刺激を取り除くことによりTbx6発現を抑制すると、機能的に成熟な心筋細胞が誘導される。
本発明の心臓前駆細胞および心筋細胞の製造方法は、マウス細胞では既報にあるEomesによる心臓前駆細胞および心筋細胞の誘導効率と比較して2~3倍の効率を有することから、高率に心臓前駆細胞および心筋細胞を製造することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0136】
配列番号1:ヒトTbx6のヌクレオチド配列。
配列番号2:ヒトTbx6のアミノ酸配列。
配列番号3:マウスTbx6のヌクレオチド配列。
配列番号4:マウスTbx6のアミノ酸配列。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
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