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特許7029308ステンレスクラッド鋼板及びその製造方法、並びに刃物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-22
(45)【発行日】2022-03-03
(54)【発明の名称】ステンレスクラッド鋼板及びその製造方法、並びに刃物
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220224BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20220224BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20220224BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20220224BHJP
   C21D 9/18 20060101ALN20220224BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/00 302H
C22C38/44
C22C38/58
C21D9/46 Z
C21D9/18
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018022291
(22)【出願日】2018-02-09
(65)【公開番号】P2019137893
(43)【公開日】2019-08-22
【審査請求日】2021-01-25
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】汐月 勝幸
(72)【発明者】
【氏名】溝口 太一朗
【審査官】立木 林
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-076642(JP,A)
【文献】特開平10-006037(JP,A)
【文献】特開2002-361443(JP,A)
【文献】実開昭59-127561(JP,U)
【文献】特開平05-038570(JP,A)
【文献】特開昭61-213143(JP,A)
【文献】特開2007-009327(JP,A)
【文献】特開昭63-206431(JP,A)
【文献】特開2007-224405(JP,A)
【文献】特開平01-230714(JP,A)
【文献】特開2007-009307(JP,A)
【文献】特開2005-171377(JP,A)
【文献】特開2003-089851(JP,A)
【文献】特開昭63-132787(JP,A)
【文献】特開昭63-318985(JP,A)
【文献】特開2006-084980(JP,A)
【文献】特開平01-172524(JP,A)
【文献】特開平05-039547(JP,A)
【文献】特開2016-216791(JP,A)
【文献】特開2018-003139(JP,A)
【文献】特開2013-209688(JP,A)
【文献】特開2016-089223(JP,A)
【文献】特開2017-039955(JP,A)
【文献】米国特許第05711079(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/00
C21D 9/46
B26B 1/02
C22C 38/00-38/60
B23K 20/00-20/26
B23B 1/00-43/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.4~1.3質量%のCを含み且つ硬度HRCが55以上であるマルテンサイト系ステンレス鋼からなる母材と
前記母材に対する自然電位差が200mV/SCE以下であり、フェライト相及びマルテンサイト相を含む複相系ステンレス鋼からなる合わせ材と
を有するステンレスクラッド鋼板。
【請求項2】
前記マルテンサイト系ステンレス鋼は、C:0.4~1.3質量%、Si:1.0質量%以下、Mn:0.5~1.0質量%、P:0.04質量%以下、S:0.015質量%以下、Ni:0.6質量%以下、Cr:12.0~19.0質量%、Mo:0.01~1.5質量%、Cu:0.5質量%以下及びN:0.1質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する、請求項1に記載のステンレスクラッド鋼板。
【請求項3】
前記複相系ステンレス鋼は、C:0.01~0.2質量%、Si:2.0質量%以下、Mn:2.0質量%以下、P:0.04質量%以下、S:0.01質量%以下、Ni:0.5~4.0質量%、Cr:10.0~20.0質量%、Cu:2.0質量%以下、Mo:2.0質量%以下及びN:0.1質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する、請求項1又は2に記載のステンレスクラッド鋼板。
【請求項4】
前記複相系ステンレス鋼は、B:0.015質量%以下、Ti:0.5質量%以下、Nb:0.5質量%以下、Al:0.2質量%以下、REM:0.2質量%以下、Y:0.2質量%以下、Ca:0.1質量%以下、Mg:0.1質量%以下の1種以上をさらに含む、請求項3に記載のステンレスクラッド鋼板。
【請求項5】
前記フェライト相と前記マルテンサイト相との体積比が30:70~20:80である、請求項1~4のいずれか一項に記載のステンレスクラッド鋼板。
【請求項6】
前記母材の両面に前記合わせ材が設けられている、請求項1~5のいずれか一項に記載のステンレスクラッド鋼板。
【請求項7】
刃物用である、請求項1~6のいずれか一項に記載のステンレスクラッド鋼板。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載のステンレスクラッド鋼板の製造方法であって、
前記母材に前記合わせ材を積層する積層工程と、
前記母材と前記合わせ材との間を真空状態に保持しながら熱圧する熱延工程と
を含む、ステンレスクラッド鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記積層工程は、前記母材と前記合わせ材との間にパイプを挟むと共に、前記合わせ材の外縁部を前記母材に溶接した後、前記パイプを介して前記母材と前記合わせ材との間を真空引きして前記パイプを密封することを含む、請求項8に記載のステンレスクラッド鋼板の製造方法。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか一項に記載のステンレスクラッド鋼板を有する刃物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレスクラッド鋼板及びその製造方法、並びに刃物に関する。
【背景技術】
【0002】
包丁、ナイフなどの刃物には、切れ味を良くするために高硬度の材料(例えば、高炭素鋼、高炭素ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼)などが用いられてきたが、靭性が劣るため脆いという欠点がある。そのため、近年、このような高硬度の材料に靭性に優れた合わせ材を組み合わせたクラッド鋼板が刃物に用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1には、高炭素鋼又は高炭素ステンレス鋼からなる母材に低炭素ステンレス鋼からなる合わせ材を組み合わせたクラッド鋼板を刃物に用いることが提案されている。また、特許文献2には、高炭素鋼からなる鋼炭素鋼に低炭素鋼からなる合わせ材を組み合わせたクラッド鋼板を刃物に用いることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平11-76642号公報
【文献】特開平10-6037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1及び2のクラッド鋼板は、合わせ材によって靭性が向上するものの、耐食性が低下し易いという問題がある。
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、高硬度の母材を有しつつ、耐食性及び靭性に優れたステンレスクラッド鋼板及びその製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、切れ味が良好でありつつ、耐食性及び靭性に優れた刃物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、クラッド鋼板の耐食性が低下する原因を調査した結果、その原因がガルバニック腐食に主に起因しており、クラッド鋼板を構成する母材と合わせ材との間の自然電位差が大きくなるほど腐食が進行し易くなることを見出した。そして、自然電位差が200mV/SCE以下となるような、高硬度の母材及び靭性が良好な合わせ材を選択して組み合わせることにより、上記の問題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、0.4~1.3質量%のCを含み且つ硬度HRCが55以上であるマルテンサイト系ステンレス鋼からなる母材と
前記母材に対する自然電位差が200mV/SCE以下であり、フェライト相及びマルテンサイト相を含む複相系ステンレス鋼からなる合わせ材と
を有するステンレスクラッド鋼板である。
【0008】
また、本発明は、前記ステンレスクラッド鋼板の製造方法であって、
前記母材に前記合わせ材を積層する積層工程と、
前記母材と前記合わせ材との間を真空状態に保持しながら熱圧する熱延工程と
を含む、ステンレスクラッド鋼板の製造方法である。
さらに、本発明は、前記ステンレスクラッド鋼板を有する刃物である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高硬度の母材を有しつつ、耐食性及び靭性に優れたステンレスクラッド鋼板及びその製造方法を提供することができる。
また、本発明によれば、切れ味が良好でありつつ、耐食性及び靭性に優れた刃物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】ステンレスクラッド鋼板の断面図である。
図2】ステンレスクラッド鋼板の製造方法における積層工程を説明するための斜視図である。
図3】実施例1及び4、比較例7及び12~15の刃物において、複合サイクル腐食試験(CCT)後の切れ味の評価結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明のステンレスクラッド鋼板及びその製造方法、並びに刃物の好適な実施形態について説明するが、本発明はこれらに限定されて解釈されるべきものではなく、本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々の変更、改良などを行うことができる。各実施形態に開示されている複数の構成要素は、適宜な組み合わせにより、種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素からいくつかの構成要素を削除してもよいし、異なる実施形態の構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【0012】
図1は、本実施形態のステンレスクラッド鋼板の断面図である。
本実施形態のステンレスクラッド鋼板1は、母材2と合わせ材3とを有する。合わせ材3は、図1(a)に示すように母材2の一方の面に設けられていてもよく、図1(b)に示すように母材2の両面に設けられていてもよい。
母材2は、高硬度のマルテンサイト系ステンレス鋼から形成されており、ステンレスクラッド鋼板1を刃物に用いた場合には刃先としての役割を担う。
マルテンサイト系ステンレス鋼の硬度HRC(ロックウェル硬さ)は、55以上、好ましくは57以上、より好ましくは59以上である。一方、マルテンサイト系ステンレス鋼の硬度HRCの上限は、特に限定されないが、一般に63、好ましくは62である。
【0013】
マルテンサイト系ステンレス鋼は、0.4~1.3質量%のCを含む。このような範囲であれば、マルテンサイト系ステンレス鋼の硬度を高めつつ、加工性、耐摩耗性及び疲労寿命などの特性も確保することができる。
マルテンサイト系ステンレス鋼の組成は、Cの含有量以外は特に限定されない。好ましい実施形態において、マルテンサイト系ステンレス鋼は、C:0.4~1.3質量%、Si:1.0質量%以下、Mn:0.5~1.0質量%、P:0.04質量%以下、S:0.015質量%以下、Ni:0.6質量%以下、Cr:12.0~19.0質量%、Mo:0.01~1.5質量%、Cu:0.5質量%以下及びN:0.1質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する。
ここで、本明細書において、「不可避的不純物」とは、Oなどの除去することが難しい成分のことを意味する。この成分は、原料を溶製する段階で不可避的に混入する。
【0014】
より好ましい実施形態において、マルテンサイト系ステンレス鋼は、以下の成分組成を有する。
Cの含有量は、好ましくは0.41~0.8質量%、より好ましくは0.41~0.55質量%である。
Siの含有量は、好ましくは0.01~0.8質量%、より好ましくは0.1~0.7質量%である。
Mnの含有量は、好ましくは0.52~0.8質量%、より好ましくは0.54~0.6質量%である。
Pの含有量は、好ましくは0.001~0.035質量%、より好ましくは0.01~0.03質量%である。
【0015】
Sの含有量は、好ましくは0.001~0.010質量%、より好ましくは0.002~0.008質量%である。
Niの含有量は、好ましくは0.01~0.4質量%、より好ましくは0.01~0.3質量%である。
Crの含有量は、好ましくは12.1~15.5質量%、より好ましくは12.3~13.5質量%である。
Moの含有量は、好ましくは0.01~1.0質量%、より好ましくは0.01~0.1質量%である。
Cuの含有量は、好ましくは0.01~0.3質量%、より好ましくは0.02~0.1質量%である。
Nの含有量は、好ましくは0.01~0.08質量%、より好ましくは0.01~0.05質量%である。
【0016】
母材2の厚みは、ステンレスクラッド鋼板1の用途に応じて適宜調整すればよく特に限定されない。ステンレスクラッド鋼板1が刃物に用いられる場合、母材2の厚みの下限は、剛性を担保する観点から、好ましくは0.3mm、より好ましくは0.4mm、より好ましくは0.5mmである。一方、母材2の厚みの上限は、加工性を担保する観点から、好ましくは2.0mm、より好ましくは1.5mm、さらに好ましくは1.0mmである。
【0017】
合わせ材3は、靭性が良好な複相系ステンレス鋼から形成されており、ステンレスクラッド鋼板1の靭性を高める役割を担う。
また、合わせ材3は、母材2に対する自然電位差が200mV/SCE以下である。
一般に、異なる種類の金属材料の組み合わせにおいて、そこに電解質溶液(水、塩水など)が介在すると、電池作用が生じる。そして、卑な自然電位の金属材料がアノード、貴な自然電位の金属材料がカソードとなり、卑な自然電位の金属材料が選択的に腐食する。このような現象による腐食はガルバニック腐食(電食)と称されており、従来のクラッド材でも、このガルバニック腐食を原因とした耐食性の低下が生じることがわかった。
【0018】
本実施形態のステンレスクラッド鋼板1では、上記のような自然電位差の合わせ材3を用いることにより、母材2との間でガルバニック腐食が起こり難くなるため、ステンレスクラッド鋼板1の耐食性を高めることができる。
また、自然電位差は、ガルバニック腐食を安定して抑制する観点から、好ましくは150mV/SCE以下、より好ましくは130mV/SCE以下、さらに好ましくは110mV/SCE以下である。一方、自然電位差は小さいほどガルバニック腐食が起こり難くなるため、その下限は特に限定されない。
【0019】
合わせ材3に用いられる複相系ステンレス鋼は、フェライト相及びマルテンサイト相を含む。好ましい実施形態において、複相系ステンレス鋼は、フェライト相とマルテンサイト相とからなる二相系ステンレス鋼である。
フェライト相とマルテンサイト相との体積比は、特に限定されないが、好ましくは30:70~20:80である。このような体積比であれば、靭性を確保することができる。
【0020】
複相系ステンレス鋼の組成は、上記のような特徴を有していれば特に限定されない。好ましい実施形態において、複相系ステンレス鋼は、C:0.01~0.2質量%、Si:2.0質量%以下、Mn:2.0質量%以下、P:0.04質量%以下、S:0.01質量%以下、Ni:0.5~4.0質量%、Cr:10.0~20.0質量%、Cu:2.0質量%以下、Mo:2.0質量%以下及びN:0.1質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する。また、この組成を有する複相系ステンレス鋼は、B:0.015質量%以下、Ti:0.5質量%以下、Nb:0.5質量%以下、Al:0.2質量%以下、REM:0.2質量%以下、Y:0.2質量%以下、Ca:0.1質量%以下、Mg:0.1質量%以下の1種以上をさらに含むことができる。
【0021】
より好ましい実施形態において、複相系ステンレス鋼は、以下の成分組成を有する。
Cの含有量は、好ましくは0.01~0.1質量%、より好ましくは0.02~0.08質量%である。
Siの含有量は、好ましくは0.01~1.0質量%、より好ましくは0.1~0.8質量%である。
Mnの含有量は、好ましくは0.01~1.0質量%、より好ましくは0.1~0.9質量%である。
Pの含有量は、好ましくは0.001~0.035質量%、より好ましくは0.01~0.033質量%である。
【0022】
Sの含有量は、好ましくは0.001~0.008質量%、より好ましくは0.001~0.006質量%である。
Niの含有量は、好ましくは0.8~3.0質量%、より好ましくは1.0~2.5質量%である。
Crの含有量は、好ましくは12.0~19.0質量%、より好ましくは14.0~18.0質量%である。
Cuの含有量は、好ましくは0.01~1.0質量%、より好ましくは0.02~0.1質量%である。
Moの含有量は、好ましくは0.01~1.0質量%、より好ましくは0.01~0.1質量%である。
Nの含有量は、好ましくは0.001~0.015質量%、より好ましくは0.003~0.01質量%である。
【0023】
合わせ材3の厚みは、母材2と同様に、ステンレスクラッド鋼板1の用途に応じて適宜調整すればよく特に限定されない。ステンレスクラッド鋼板1が刃物に用いられる場合、合わせ材3の厚みの下限は、靭性を担保する観点から、好ましくは0.3mm、より好ましくは0.4mm、より好ましくは0.5mmである。一方、合わせ材3の厚みの上限は、母材2との密着性を担保する観点から、好ましくは2.0mm、より好ましくは1.5mm、さらに好ましくは1.0mmである。
【0024】
上記のような特徴を有する本実施形態のステンレスクラッド鋼板1は、当該技術分野において公知の方法に準じて製造することができる。具体的には、母材2に合わせ材3を積層した後、熱延、焼鈍及び酸洗した後、冷延すればよい。また、必要に応じて、冷延後に焼き入れ焼き戻し処理を行ってもよい。
好ましい実施形態では、ステンレスクラッド鋼板1の製造方法は、母材2に合わせ材3を積層する積層工程と、母材2と合わせ材3との間を真空状態に保持しながら熱圧する熱延工程とを含む。特に、母材2と合わせ材3との間を真空状態に保持しながら熱圧することにより、母材2と合わせ材3との密着性を向上させることができる。
母材2と合わせ材3との間を真空状態に保持する方法としては、特に限定されず、例えば、母材2及び合わせ材3の積層体を真空環境下に配置すればよい。
【0025】
ここで、好ましい実施形態の積層工程を説明するための斜視図を図2に示す。
積層工程は、母材2と合わせ材3との間にパイプ10を挟むと共に、合わせ材3の外縁部4を母材2に溶接した後、パイプ10を介して母材2と合わせ材3との間を真空引きしてパイプ10を密封することを含む。ここで、母材2と合わせ材3との間に挟まれるパイプ10の先端は、外縁部4に配置すればよいが、合わせ材3の溶接時にパイプ10の先端が塞がれないようにする点に留意すべきである。また、パイプ10を密封する方法としては、特に限定されないが、例えば、パイプ10を潰せばよい。上記のような方法を用いることにより、真空環境下で熱延を行う必要がないため、既存の製造設備を用いることが可能になる。
【0026】
本実施形態のステンレスクラッド鋼板1は、母材が高硬度であり、しかも耐食性及び靭性に優れているため、硬度、耐食性及び靭性が要求される様々な用途に用いることができる。その中でも、本実施形態のステンレスクラッド鋼板1は、刃物として用いるのに特に適している。
【0027】
好ましい実施形態において、刃物は上記のステンレスクラッド鋼板1を有する。ステンレスクラッド鋼板1を刃物として用いる場合、刃先となる部分を粗研磨及び仕上げ研磨して刃先を形成すればよい。この刃物は、耐食性及び靭性に優れており、母材が高硬度であるため切れ味も良好である。
【実施例
【0028】
以下、本発明を実施例によって更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
まず、表1の組成及び金属組織を有する11種類のステンレス鋼板(SUS1~11)及び2種類の鋼板(鋼1及び2)を作製した。具体的には、表1の組成を有する厚さ190mmのスラブを1230℃で2時間加熱し、厚さ55mmまで熱延した後、表面の酸化スケールを研削除去して厚さ45mmのステンレス鋼板及び鋼板を得た。
【0029】
【表1】
【0030】
(実施例1)
母材2及び合わせ材3として表2に示すステンレス鋼板を用い、母材2の両面に合わせ材3を設けた刃物を作製した。具体的には、まず、母材2と合わせ材3との間にパイプ10を設けた。次に、パイプ10を塞がないようにして合わせ材3の外縁部4を母材2に溶接した。次に、パイプ10を介して母材2と合わせ材3との間を真空引きして真空状態にし、その状態でパイプ10の先端を潰して密封することによって積層体を得た。次に、積層体を1230℃で2時間加熱し、厚さ4mmまで熱延した後、800℃で4時間焼きなましを行った。その後、酸洗によって表面の酸化スケールを除去し、厚さ2mmまで冷延を行った。このときの母材2の厚みは0.8mm、合わせ材3の厚みは0.6mmであった。次に、得られた冷延板を刃物形状に打ち抜き、1060℃で焼き入れ、170℃で4時間の焼き戻しを行った。その後、刃先となる部分を粗研磨及び仕上げ研磨して刃先を形成し、刃物を得た。
【0031】
(実施例2~6及び比較例1~12)
母材2及び合わせ材3に用いるステンレス鋼板の種類を表2に示す通りに変更したこと以外は実施例1と同様にして刃物を作製した。
【0032】
(比較例13及び14)
母材2及び合わせ材3として表2に示すステンレス鋼板又は鋼板を用い、積層体を1100℃で2時間加熱したこと以外は、実施例1と同様にして刃物を作製した。
【0033】
(比較例15)
表1の組成を有するスラブを1100℃で2時間加熱し、厚さ4mmまで熱延した後、800℃で4時間焼きなましを行った。その後、酸洗によって表面の酸化スケールを除去し、厚さ2mmまで冷延を行った。次に、得られた冷延板を刃物形状に打ち抜き、950℃で焼き入れ、180℃で1時間の焼き戻しを行った。その後、刃先となる部分を粗研磨及び仕上げ研磨して刃先を形成し、刃物を得た。
【0034】
上記の実施例及び比較例で得られた刃物について、下記の評価を行った。
(母材2の硬度HRC)
刃物から母材2の試験片を切り出し、ロックウェル硬さ試験機を用いて硬度HRCを測定した。
【0035】
(刃物の靭性)
JIS Z2242:2005に準拠し、シャルピー衝撃試験機を用いて、室温(24℃)における刃物の靭性を測定した。この評価において、80J/cm2以上であったものを〇、80J/cm2未満であったものを×と表す。
【0036】
(母材2及び合わせ材3の自然電位)
刃物から母材2及び合わせ材3の試験片を切り出し、照合電極としてSCE(飽和甘こう電極)を用いて自然電位を測定した。
【0037】
(刃物の耐食性)
JIS Z2371:2015に準拠して刃物の耐食性を評価した。具体的には、5質量%のNaClを含む水溶液(50℃)を1.5mL/80cm2/hの噴霧量で48時間、刃物に噴霧し、耐食性を評価した。この評価において、発銹面積率が20%以下のものを◎、20%超え40%以下のものを○、40%超え70%以下のものを△、70%超えのものを×と表す。
【0038】
(刃物の切れ味)
本多式切れ味試験機を用いて刃物の切れ味を評価した。
切れ味試験は、刃物を固定し、7.5mm幅の新聞紙相当の紙(厚さ約70μm)を重ねて約750gの荷重をかけながら、20mmの往復運動を行った。1往復を1サイクルとして100サイクル実施し、完全に切断された紙の枚数を数えた。切れ味は、切断された紙の枚数が50枚以上の場合に良好であると評価することができる。
【0039】
上記の各評価結果を表2に示す。
【0040】
【表2】
【0041】
表2に示されるように、実施例1~6の刃物は、切れ味が良好でありつつも、比較例1~15の刃物に比べて靭性及び耐食性が良好であった。
【0042】
次に、実施例1及び4、比較例7及び12~15の刃物について、複合サイクル腐食試験(CCT)後の刃物の切れ味を評価した。
複合サイクル腐食試験は、塩水噴霧(5質量%のNaClを含む水溶液(35℃)を1.5mL/80cm2/hの噴霧量で15分間噴霧)→乾燥(温度60℃、湿度30%、60分間)→湿潤(温度50℃、湿度95%、180分間)を1サイクルとして、20サイクルまで実施した。1、5、10及び20サイクル後に刃物の切れ味を評価した。
なお、切れ味試験は、上記と同様にして行った。
上記の評価結果を図3に示す。
【0043】
図3に示されるように、実施例1及び4の刃物は、比較例7及び12~15の刃物に比べて、複合サイクル腐食試験を行っても切れ味が低下し難かった。
【0044】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、高硬度の母材を有しつつ、耐食性及び靭性に優れたステンレスクラッド鋼板及びその製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、切れ味が良好でありつつ、耐食性及び靭性に優れた刃物を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明のステンレスクラッド鋼板は、各種刃物に用いることができる。刃物の具体例としては、一般調理用又は工作用の包丁又はナイフ;鎌、クワなどの農耕具類;メカニカルシャーなどの、金属板のせん断に使用する工業機器の刃物;布、紙、フィルムなどの裁断又は打抜き装置に用いられる刃物(例えば、トムソン刃など);粉砕、混合又は混練に使用される装置のブレード類などが挙げられる。また、本発明のステンレスクラッド鋼板は、刃物以外にも、高強度、耐食性及び靭性などの特性が要求される各種用途(例えば、筐体、容器など)に用いることができる。
【符号の説明】
【0046】
1 ステンレスクラッド鋼板
2 母材
3 合わせ材
4 外縁部
10 パイプ
図1
図2
図3