(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-24
(45)【発行日】2022-03-04
(54)【発明の名称】イオン源、イオン注入装置
(51)【国際特許分類】
H01J 37/08 20060101AFI20220225BHJP
H01J 27/20 20060101ALI20220225BHJP
H01J 37/317 20060101ALI20220225BHJP
【FI】
H01J37/08
H01J27/20
H01J37/317
(21)【出願番号】P 2018021919
(22)【出願日】2018-02-09
【審査請求日】2021-01-12
(73)【特許権者】
【識別番号】302054866
【氏名又は名称】日新イオン機器株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山元 徹朗
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-253775(JP,A)
【文献】特開2013-041703(JP,A)
【文献】特表2018-501626(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0084582(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/08
H01J 27/20
H01J 37/317
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
端部にビーム引出し口が形成されたプラズマ生成容器と、
前記ビーム引出し口を塞ぐシールド部材とを備え、
前記シールド部材には、前記シールド部材を通して引き出されるリボンビームの長さ方向に長い長孔が同方向に3つ以上形成されていて、
前記リボンビームの長さ方向でのビームポテンシャルの分布を平均化するために、個々の長孔の長さ寸法が、端部に配置された長孔に比べて中央に配置された長孔の方が短いイオン源。
【請求項2】
前記プラズマ生成容器から前記リボンビームを引き出す複数枚の電極を備え、
前記シールド部材は、前記電極のうち前記プラズマ生成容器にもっとも近い電極と前記プラズマ生成容器との間に挟持されている請求項1記載のイオン源。
【請求項3】
前記プラズマ生成容器から前記リボンビームを引き出す複数枚の電極を備え、
前記電極のうち、前記プラズマ生成容器にもっとも近い電極が、前記シールド部材を兼ねる請求項1記載のイオン源。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載のイオン源を備えたイオン注入装置であって、
前記リボンビームの長さ方向でビーム電流密度分布を調整する電流密度分布調整器を備えているイオン注入装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リボンビームを引き出すイオン源と当該イオン源を備えたイオン注入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では、基板寸法の大型化やイオンビームのビーム電流の大電流化等の要求から、一方向に長いリボン状のイオンビーム(以下、リボンビームと呼ぶ)が利用されている。
【0003】
このようなリボンビームを取り扱うイオン注入装置の例として、特許文献1に記載のイオン注入装置がある。このイオン注入装置は、リボンビームの長さ方向でのビーム電流密度分布を均一にするための磁界レンズを備えている。この磁界レンズは、ビーム電流が大きい領域のビームをビーム電流が小さい領域に局所的に偏向させる機能を有している。
【0004】
正イオンからなるイオンビームは正の電荷を帯びたビームである。
リボンビームの場合、ビーム長さ方向の場所によるビーム電流が同じであっても、ビームの電位(ビームポテンシャル)はビーム両端部よりも中央の方が高い傾向にある。
【0005】
正のイオンビームの輸送経路では、空間電荷効果によるイオンビームの発散を抑制するために、電子源やプラズマフラッドガン等により電子の供給が行われている。輸送経路中の電子は、ビームポテンシャルが高いビーム中央に多く引き寄せられるので、空間電荷効果による発散の抑制作用はビーム中央ほど大きくなる。
結果として、発散抑制作用が小さいビーム両端部ではビームが大きく発散し、ビーム中央に比べてビーム電流が小さくなる。
【0006】
磁界レンズに輸送されるまでの間に、発散作用の大きいビーム両端部がビーム輸送経路を成すチャンバ壁面やビーム輸送経路に配置された他のビーム光学要素と衝突して消失する。
均一化調整では、磁界レンズはビームが消失したビーム両端部のビーム電流を補うべく、ビーム中央を局所的に大きく偏向するので、リボンビームの長さ方向でのビーム電流の均一化は図れるものの、リボンビームの長さ方向における各場所でのビームの進行方向の分布に大きな偏りが生じることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、リボンビームのビーム輸送効率を改善するためのイオン源と当該イオン源を備えたイオン注入装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
イオン源は、
端部にビーム引出し口が形成されたプラズマ生成容器と、
前記ビーム引出し口を塞ぐシールド部材とを備え、
前記シールド部材には、前記シールド部材を通して引き出されるリボンビームの長さ方向に長い長孔が同方向に3つ以上形成されていて、
個々の長孔の長さ寸法が、端部に配置された長孔に比べて中央に配置された長孔の方が短い。
【0010】
3つ以上の長孔をシールド部材に形成し、中央の長孔の長さ寸法を 端部の長孔より短くすることで、引出されるリボンビームの中央近傍でのビーム電流が減少する。これにより、ビーム長さ方向でのビームポテンシャルの分布が平均化され、ビーム長さ方向における電子の引き込み量の差が軽減でき、ひいては、ビーム端部での発散が抑制されて、ビーム輸送効率が改善される。
【0011】
より具体的な構成としては、
前記プラズマ生成容器から前記リボンビームを引き出す複数枚の電極を備え、
前記シールド部材は、前記電極のうち前記プラズマ生成容器にもっとも近い電極と前記プラズマ生成容器との間に挟持されていることが望ましい。
【0012】
また、別の構成としては、
前記プラズマ生成容器から前記リボンビームを引き出す複数枚の電極を備え、
前記電極のうち、前記プラズマ生成容器にもっとも近い電極が、前記シールド部材を兼ねる構成であってもよい。
【0013】
イオン注入装置の構成としては、
上記のイオン源を備えたイオン注入装置であって、
前記リボンビームの長さ方向でビーム電流密度分布を調整する電流密度分布調整器を備えている。
【0014】
ビーム輸送効率が改善されたイオン源を用いることで、電流密度分布調整器での局所偏向量は少なくて済む。局所偏向量が少なければ、ビーム電流密度分布の均一化調整を行ったとしてもリボンビームの長さ方向における各場所でのビーム進行方向の分布に大きな偏りが生じない。このようなイオン注入装置であれば、リボンビームの長さ方向で均一性の高いビーム電流密度分布を実現するとともに、基板面へのイオン注入角度を高精度に制御することが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
3つ以上の長孔をシールド部材に形成し、中央の長孔の長さ寸法を 端部の長孔より短くすることで、引出されるリボンビームの中央近傍でのビーム電流が減少する。これにより、ビーム長さ方向でのビームポテンシャルの分布が平均化され、ビーム長さ方向における電子の引き込み量の差が軽減でき、ひいては、ビーム端部での発散が抑制されて、ビーム輸送効率が改善される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図3】ビーム電流密度分布とビームポテンシャル分布の関係を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、
図1乃至
図3をもとに、本発明のイオン源の構成例を説明する。
【0018】
イオン源1は、リボンビームを引き出すイオン源であって、図示されるY方向に長く、一面にビーム引出し口Hを有する立方体状のプラズマ生成容器11を有している。
図1には、同イオン源を長さ方向の中央位置で切断したときの断面図が描かれている。
【0019】
プラズマ生成容器11の一面には、内部にガスを導入するためのガス導入口12が設けられている。また、プラズマ生成容器11の図示されないY方向側の面には、このガスを電離して容器内部にプラズマを生成するための電子を放出するフィラメント等のカソードCが取り付けられている。さらに、プラズマ生成容器11のZ方向側の面には、容器内部と容器外部とを連通するビーム引出し口Hが形成されている。
【0020】
このイオン源は、電子衝撃型のイオン源でプラズマ生成容器11の外部には、容器内部に容器長手方向に沿った磁場を生成する図示されない電磁石を備えている。
【0021】
ビーム引出し口Hの下流側(Z方向側)には、ビーム引出し口Hを通して、所定エネルギーでリボンビームを引き出すための複数枚の電極から構成される引出電極系Eが配置されている。この引出電極系Eを構成する電極は、プラズマ生成容器11側から順に、加速電極、引出電極、抑制電極、接地電極という名称で呼ばれることもあるが、種々の呼び方があるため、本発明では各々を第一電極14、第二電極15、第三電極16、第四電極17と呼ぶ。
【0022】
各電極14~17にはリボンビームを引き出すための1つあるいは多数の開口14a、15a、16a、17aが形成されている。
図1に示すイオン源1では、シールド部材13がプラズマ生成容器11のビーム引出し口Hを塞ぐ位置に配置されていて、このシールド部材13には後述する
図2に描かれるY方向に長い複数の長孔13aが形成されている。
【0023】
本構成例において、プラズマ生成容器11の側壁にはZ方向で第一電極14と対向するように突起部Pが設けられている。この突起部Pと第一電極14との間にはコイルばねSが懸架されており、コイルばねSで第一電極14がプラズマ生成室11に弾性的に付勢されている。
【0024】
シールド部材13は、プラズマ生成容器11と第一電極14との間に挟持されており、プラズマ生成容器11、シールド部材13、第一電極14の間には、ボルト等の締結部材が使用されていない。これにより、高温下での締結部材の焼き付きが防止できるので、部材交換に伴うメンテナンス時の作業性が向上する。また、この構成により、シールド部材13、第一電極14の熱変形時のストレスを十分に開放することが可能となる。
【0025】
シールド部材13について、ここではプラズマ生成容器11の外側に一部が配置される構成が採用されているが、プラズマ生成容器11の内側に全体が嵌め込まれるような構成が採用されていてもよい。ただし、
図1に記載の構成の方が、シールド部材13の取り換え作業が簡便となる点では優れている。
【0026】
図2は、
図1記載のシールド部材13のXY平面図である。5つの長孔13aがシールド部材13に形成されている。各長孔13aは、引出されるリボンビームの長さ方向(Y方向)に長い長孔で、Y方向に並べて形成されている。
各長孔13aの長さ寸法(Y方向の寸法)は長孔の配置場所によって異なっている。具体的には、端部に配置された長孔の長さ寸法に比べて中央に配置された長孔の長さ寸法が短い。
【0027】
図3は、リボンビームの長さ方向におけるビーム電流密度分布とビームポテンシャル分布についての説明図である。
図3(A)は、従来技術と同じく細長い1つ孔からビームが引き出された時のものである。図示されているように、リボンビームの長さ方向でビーム電流密度分布が略均一であれば、リボンビームの性質上、ビーム中央付近でのビームポテンシャルは高くなる。
【0028】
図3(B)は、複数の長孔からビームが引き出された時のものである。
仮に、
図1のイオン源で各電極14~17の開口14a~17aが各々単一の孔で形成されているならば、各開口の口径はシールド部材13に形成された全ての長孔13aを包含する程度に大きい寸法を有している。
一方、
図1のイオン源で各電極14~17の開口14a~17aが各々複数の孔で形成されているならば、各開口を形成された各々孔はシールド部材13に形成された複数の長孔13aに対応している。
シールド部材13の長孔13aと電極に形成された開口14a~17aとの関係を、上述のようにしておくことで、
図3(B)の左側に描かれているビーム電流密度分布をもつリボンビームをイオン源から引出すことができる。
【0029】
シールド部材13に形成された長孔13aは、ビーム端部に対応する長孔13aの寸法に比べてビーム中央に対応する長孔13aの方が短くなるように形成されている。
また、リボンビームの輸送経路において、長孔間のビームが引き出されない領域には隣の長孔から引出されたビームが広がってこの隙間の領域を埋めることを考慮するならば、実線で描かれているビーム電流密度分布を破線で描かれているビーム電流密度分布に置き換えることができる。
破線で描かれているビーム電流密度分布のようにビーム中央でのビーム電流が減少していれば、ビーム中央付近でのビームポテンシャルが下がるので、ビーム長さ方向にわたってのビームポテンシャルの分布が平均化されて、ビームポテンシャルの分布を概略平坦にすることができる。これにより、ビーム長さ方向における電子の引き込み量の差が軽減できるので、ビーム輸送効率が改善される。
なお、図示されるビーム電流密度分布とビームポテンシャルは、後述する
図5のイオン注入装置で、質量分析電磁石に入射する直前のリボンビームの特性を表したものである。
【0030】
本発明のイオン源1の構成は、上記実施形態に限られない。
図4には、本発明のイオン源1の変形例が描かれている。以下、変形例の構成について説明するが、
図1乃至
図3で説明した実施形態と構成が共通する部分の説明は省略し、先の実施形態との相違点に関して以下に述べる。
【0031】
図4のイオン源1は、第一電極14が
図1のシールド部材13を兼ねている。この場合には、第一電極14の開口14aに
図2に記載の複数の長孔13aが形成されている。このようなイオン源1でも、これまでに述べたイオン源1と同等の効果を得ることが出来る。
また、完全にシールド部材13を取り除いてしまうのではなく、
図1のイオン源1でシールド部材13と第一電極14とを一体化させておいてもよい。
【0032】
リボンビームの引出し過程において、第二電極15にビームの一部が衝突して二次電子が発生する。この二次電子によって、第一電極14が高温化されて、電極に割れや亀裂等が生じやすい。
図1の構成では、シールド部材13は、引出されるリボンビームのおおよその外形を決定する部材であるため、この部材に割れ等が発生した場合には、イオン源の運転を通して引出されるビーム形状の安定性を欠いてしまうので、安定したリボンビームの引出しを優先するならば、
図1のようにシールド部材13と第一電極14とを別体にしておく方がよい。
【0033】
図5には、本発明のイオン源を備えたイオン注入装置IMの構成例が描かれている。このイオン注入装置IMは、イオン源1、質量分析電磁石2、分析スリット3、電流密度分布調整器U、処理室4を備えている。処理室4には、基板5を支持するホルダ6を図の矢印方向にリボンビームRBを横切るように往復搬送する図示されない駆動機構が配置されている。
【0034】
本発明のイオン源1を使用すれば、リボンビームの長さ方向における端部でのビーム消失が軽減されているので、電流密度分布調整器Uでの局所偏向量が少なくなる。局所偏向が少なければ、ビーム電流密度分布の均一化調整を行っても、ビーム長さ方向でビーム進行方向の分布に大きな偏りが生じない。
また、局所偏向量が大きい場合には、リボンビームの短辺方向(X方向)にも偏向作用が影響することが懸念される。ただし、局所偏向量が少ない本発明の構成であれば、前述の懸念事項も解消される。
このようなイオン注入装置であれば、リボンビームの長さ方向で均一性の高いビーム電流密度分布を実現するとともに、基板面へのイオン注入角度を高精度に制御することが可能となる。
【0035】
本発明のシールド部材を用いて各孔から引出されるビームを制御して、
図5に示すイオン注入装置におけるリボンビームの基板への照射位置で、リボンビームの長手方向における各場所でのビームの進行方向が略平行で、かつ、ビーム電流密度分布が略均一なリボンビームとなるようにビームを輸送すれば、電流密度分布調整器での調整が不要となりうる。
このようにしておけば、たとえイオン源から引出されるリボンビームのイオン種やエネルギーが変更されて電流密度分布調整器でのビームの局所偏向が必要となった場合でも、偏向量は微少なもので済む。これにより、電流密度分布調整器の電源容量を下げることができる等の効果を奏する。
【0036】
電流密度分布調整器Uについては、従来から知られているものでリボンビームを局所的に長さ方向に偏向させて電流密度分布調整を行うものあれば、どのような構成であっても構わない。
例えば、リボンビームを挟むようにビームの長手方向に沿って一対の磁極を備えた磁場を用いた調整手段やリボンビームを挟むようにビームの長手方向に沿って配置された電極対を備えた電場を用いた調整手段を備えた電流密度分布調整器が考えられる。
【0037】
これまでの実施形態では、シールド部材13に形成される長孔13aの数は5つであったが、
図6に示される8つの長孔13aが形成されたものでもよい。
長孔13aの数は、ビーム中央とビーム端部に対応する長孔13aを形成するという点で言えば、3つ以上であればその個数はいくつであっても構わない。また、各長孔13aは必ずしもY方向に沿って形成されている必要はなく、X方向に若干ずれて形成されていてもよい。
【0038】
その他、本発明は前記実施形態に限られず、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0039】
1 イオン源
11 プラズマ生成容器
13 シールド部材
13a 長孔
U 電流密度分布調整器
IM イオン注入装置
H ビーム引出し口