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特許7029700硬質皮膜被覆部材、及び硬質皮膜被覆工具
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  • 特許-硬質皮膜被覆部材、及び硬質皮膜被覆工具 図1
  • 特許-硬質皮膜被覆部材、及び硬質皮膜被覆工具 図2
  • 特許-硬質皮膜被覆部材、及び硬質皮膜被覆工具 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-24
(45)【発行日】2022-03-04
(54)【発明の名称】硬質皮膜被覆部材、及び硬質皮膜被覆工具
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20220225BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20220225BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20220225BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20220225BHJP
【FI】
C23C14/06 P
C23C14/06 B
C23C14/06 H
B23B27/14 A
B23C5/16
B23B51/00 J
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018152998
(22)【出願日】2018-07-31
(65)【公開番号】P2020020030
(43)【公開日】2020-02-06
【審査請求日】2020-10-08
(73)【特許権者】
【識別番号】503221540
【氏名又は名称】和田山精機株式会社
(72)【発明者】
【氏名】石川 剛史
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-047797(JP,A)
【文献】特開2008-264971(JP,A)
【文献】特表2018-521862(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
B23B 27/14
B23C 5/16
B23B 51/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、基材の表面に形成された下側皮膜層と、前記下側皮膜層の直上に形成された中間皮膜層と、前記中間皮膜層の直上に形成された上側皮膜層と、を備えた硬質皮膜被覆部材であって、
前記下側皮膜層は、少なくとも金属成分としてAl、Cr、Tiの窒化物、または炭窒化物、または、金属成分としてAl、Cr、Tiに加えて、W、Nb、Si、Bから選択される1種又は2種以上の窒化物、または炭窒化物から構成され、
前記上側皮膜層は、少なくともTi、Siの窒化物、または炭窒化物から構成され、
前記中間皮膜層は、金属成分としてAl、Cr、Tiを含む窒化物または炭窒化物からなり、その金属成分の組成を(AlxCryTiz)で表したときに(但し、x、y、zはそれぞれAl、CrおよびTiの原子比を示し、x+y+z=100)、
50≦x≦65、20≦y≦30、5≦z≦20、の関係を満たす組成を有する第1の皮膜、または、
金属成分としてAl、Cr、Tiの他に、Siを含む窒化物または炭窒化物からなり、その金属成分の組成を(AlxCr TizSiw)で表したときに(但し、x、y、zおよびwはそれぞれAl、Cr、Ti及びSiの原子比を示し、x+y+z+w=100)、
40≦x≦55、20≦y≦30、10≦z≦25、1≦w≦10、の関係を満たす組成を有する第1の皮膜、または、
金属成分としてAl、Cr、Tiの他に、Si、W、B、Nbの1種又は2種以上を含む窒化物又は炭窒化物からなり、これらSi、W、B、Nbの原子比の合計をvとしたときに(但し、x、y、zはそれぞれAl、Cr、Tiの原子比を示し、x+ +z+v=100)、その金属成分の組成が、40≦x≦55、20≦y≦30、10≦z≦25、1≦v≦10、の関係を満たす第1の皮膜、のうちのいずれか一つの前記した第1の皮膜と、
Ti、Siの窒化物または炭窒化物からなり、金属成分の組成を(TiaSib)で表したときに(但し、a、bはそれぞれTiおよびSiの原子比を示し、a+b=100)、80≦a≦90、10≦b≦20、の関係を満たす組成を有する第2の皮膜と、を1層以上、交互に積層した交互積層部から構成されている硬質皮膜被覆部材において、
前記交互積層部からなる前記中間皮膜層は、前記硬質皮膜被覆部材の厚さ方向に向かって、T1の膜厚を有する第1の交互積層部と、T2の膜厚を有する第2の交互積層部から構成されており、
前記第1の交互積層部を構成する前記第1の皮膜と前記第2の皮膜の単位厚みをそれぞれt1、t2とし、前記第2の交互積層部を構成する前記第1の皮膜と前記第2の皮膜の単位厚みをそれぞれt3、t4としたときに、
前記単位厚みt1、t2、t3、t4は、それぞれ2~50nmに設定されているとともに、
前記第1の交互積層部における前記t1、t2は、t1>t2に、
前記第2の交互積層部における前記t3、t4は、t3<t4に、なるように形成されていることを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
【請求項2】
前記交互積層部は、1~3μmの膜厚を有しているとともに、前記膜厚T1とT2の比であるT1/T2の値が(1~2)に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項3】
前記第2の皮膜の単位厚みt2とt4は、前記上側皮膜層の方向に向かうにつれて、漸次増加するように形成されていることを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項4】
前記下側皮膜層は、0.1~2μmの膜厚を有し、前記上側皮膜層は0.1~2μmの膜厚を有していることを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項5】
前記上側皮膜層は、その表面に、Al、Cr、Tiの窒化物または炭窒化 物、もしくはAl、Cr、Ti、Siの窒化物または炭窒化物、もしくはAl、Cr、Tiに加えて、W、Nb、Si、Bから選択される1種又は2種以上の窒化物または炭窒化物からなり、5~100nmの膜厚を有する表面皮膜層が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項6】
請求項5に記載の硬質皮膜被覆部材が、冷間塑性加工用金型の基材に被覆されていることを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
【請求項7】
請求項5に記載の硬質皮膜被覆部材が被覆されている硬質皮膜被覆工具であって、前記硬質皮膜被覆工具は、切れ刃を備えているとともに、前記切れ刃のすくい面に形成された前記硬質皮膜被覆部材のうちの前記表面皮膜層についてその一部の領域が除去されていることを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、靱性と耐摩耗性を向上させるために、基材の表面に物理蒸着法等により硬質皮膜を被覆した硬質皮膜被覆部材、及びこの硬質皮膜被覆部材を工具の基材の表面に被覆した工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、超硬合金、高速度工具鋼等の金属を基材とする切削工具や、プレス、鍛造用金型、打ち抜きパンチ等の塑性加工用の治工具において、耐摩耗性を向上させることを目的として、物理蒸着法や化学蒸着法によって、これら切削工具等の基材表面に所定の組成を有する硬質皮膜を被覆することが行われている。特に、切削工具では、その切れ刃部の表面にTiAlCrN、TiAlCrSiN、TiSiN等の硬質皮膜を被覆(形成)することが広く実用化されている。
【0003】
例えば、特許文献1(特開2003-71610号公報)には、高速・高能率切削が可能で耐摩耗性に優れた切削工具用の硬質皮膜であって、組成が(Tia、Alb、Crc)(C1-dNd)で表される式からなり、0.02≦a≦0.30、0.55≦b≦0.765、0.06≦c、a+b+c=1、0.5≦d≦1(a、b、cはそれぞれTi、Al、Crの原子比を示し、dはNの原子比を示す。)とした硬質皮膜に関する発明が提案されている。この特許文献1に記載されている切削工具用の硬質皮膜は、従来から実施されているTiAlNからなる皮膜にCrを添加することによって皮膜の硬度および耐酸化性を向上させ、その結果として耐摩耗性を飛躍的に向上させたものである。また、特許文献1に記載されている硬質皮膜は、相互に異なる硬質皮膜を2層以上形成することも提案されている。
【0004】
特許文献2(特開2000-334606号公報)には、従来から実施されているTiAlN皮膜に対して耐酸化性、耐摩耗性を改善するために、硬質皮膜をTiSi系窒化物などからなるa層と、TiAl系窒化物などからなるb層を、それぞれ一層以上交互に被覆するとともに、b層の皮膜を母材の表面直上に形成した硬質皮膜被覆工具が提案されている。
具体的には、切削加工の乾式化、高速化に対応する硬質皮膜被覆工具として、高速度鋼、超硬合金、サーメット、セラミックスの何れかを母材とし、硬質皮膜のa層は、金属成分のみの原子%で、Siが10%以上60%以下、B、Al、V、Cr、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wの1種または2種以上で10%未満、残りTiで構成される窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物のいずれかで、SiおよびSiが独立した相として化合物中に存在し、b層は金属成分のみの原子%が、Al:40%越え75%以下、B、Si、V、Cr、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wの1種または2種以上で10%未満、残りTiで構成される窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物のいずれかであり、a層、b層がそれぞれ一層以上交互に被覆され、かつ、b層が母材表面直上に形成されている硬質皮膜被覆工具である。
【0005】
特許文献3(特開2006-299399号公報)には切削工具や金型等に被覆する硬質皮膜において、Al及びCrを必須成分とした硬質皮膜を優れた耐熱性並びに潤滑特性を有した状態で高硬度化して、硬質皮膜被覆部材の耐摩耗性を改善した発明が提案されている。
特許文献3に記載の硬質皮膜被覆部材は、基体表面から、最下層、中間積層部、最上層からなる硬質皮膜から構成されている。そして、この最下層はAlを50原子%以上含有し、残部がTi、Cr,Siから選択される1種もしくは2種以上の窒化物主体の硬質皮膜からなり、中間積層部は金属成分の組成が(AlCrTiSi)、但し、組成は原子%で、W+X+Y+Z=100、の窒化物、ホウ化物、炭化物及び酸化物の何れか又はそれらの固溶体又は混合物からなるA層とB層とが、A層は70<W+X<100、B層は30<Y<100で層厚方向に交互に積層され、さらに、最上層はTi又はTiとSiの窒化物、炭化物、硫化物、硼化物の何れか又はそれらの固溶体又は混合物から構成された硬質皮膜であって、潤滑性と皮膜硬度を向上させるための皮膜とされている。
【0006】
特許文献4(特開2016-98434号公報)には、耐摩耗性と耐クラック性に優れた硬質皮膜層と、この硬質皮膜層を形成した冷間塑性加工用金型が提案されている。特許文献4に記載の硬質皮膜層の特徴は、硬質皮膜層の組成が一般式:TiaCrbAlcSidMe(BuCvNw)(a、b、c、d、e、u、v、wは所定の原子比)からなり、この一般式の原子比を適切な範囲の値に設定したA層とB層を交互に積層した積層構造からなる硬質皮膜層であって、A層の膜厚dAとB層の膜厚dBをそれぞれ50nm以下に、(dB/dA)値を0.1~0.5に設定している。この硬質皮膜層2を、特に、冷間鍛造用金型である押出し成形用のパンチの機能部に形成することにより、パンチ寿命を格段に向上させるようにしている。
【0007】
特許文献5(特開2018-39045号公報)には、金型の基材に成膜した硬質皮膜層の耐クラック性と耐剥離性を向上させた冷間用金型が提案されている。特許文献5に記載の硬質皮膜の特徴は、金型基材の表面に、Ti、Cr、Al、Siの窒化物又は炭窒化物からなる硬質皮膜層を成膜した冷間用金型であって、この硬質皮膜層はTi、Cr、Alの窒化物又は炭窒化物からなる下側皮膜層と、Ti、Siの窒化物又は炭窒化物からなる表面皮膜層を備え、下側皮膜層は表面皮膜層よりも基材の表面側に成膜されているとともに、下側皮膜層は表面皮膜層の直下に成膜されている。さらに、下側皮膜層は組成が異なる皮膜層を少なくとも2層以上有する多層構造をなし、この多層構造をなす第2層は、2つの皮膜層であるD層とF層を交互に積層した積層構造をなしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2003-71610号公報
【文献】特開2000-334606号公報
【文献】特開2006-299399号公報
【文献】特開2016-98434号公報
【文献】特開2018-39045号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1には、切削工具用の硬質皮膜であってその組成が(Tia、Alb、Crc)(C1-dNd)で表され、この組成に含まれる元素の原子比を規定することにより硬質皮膜の耐摩耗性と耐酸化性を向上させることを特徴としているが、硬質皮膜としてTiとSiの窒化物又は炭化物を含む皮膜を形成すること、特に上側皮膜層としてTiとSiの窒化物又は炭化物を含む皮膜を形成することについては開示されていない。
【0010】
特許文献2には、切削工具に被覆する硬質皮膜をTiSi系窒化物などからなるa層と、TiAl系窒化物などからb層を、それぞれ一層以上交互に被覆し、さらにb層が母材の表面直上に形成された硬質皮膜を被覆することにより硬質皮膜の耐摩耗性と耐酸化性を向上させたものであるが、耐久性の向上が不十分であると考えられる。
【0011】
特許文献3に開示されている硬質皮膜被覆部材は、切削工具、金型、軸受け、ダイス、ロールなど高硬度が要求される耐摩耗工具等に被覆して耐摩耗性を向上させるために、基体表面から、最下層、中間積層部、最上層の3層を形成した硬質皮膜を備えている。さらに、中間積層部をAl、Cr、Ti、Siを必須成分とした積層構造とし、最上層をTi又はTiとSiの窒化物、炭化物、硫化物、硼化物の何れか又はそれらの固溶体又は混合物とした硬質皮膜被覆部材である。
しかしながら、特許文献3には特許文献1及び2と同様に、基材の表面に生じる微細なクラックの発生を防止するための硬質皮膜の構成などについては開示されておらず、部材の耐久性向上が不十分であると考えられる。
【0012】
特許文献4、5には、冷間加工用金型の表面に被覆した硬質皮膜の耐摩耗性と耐クラック性を向上させるために、所定の元素からなる硬質皮膜の積層構造が開示されている。
冷間加工用金型は、切削工具に使用される基材(母材)に比べて弾性変形し易い基材(例えば、超硬合金では92HRA以下、ハイス、ダイス鋼等)を基材としていることから、硬質皮膜の高硬度化や高残留圧縮応力化によって硬質皮膜に剥離クラックが生じ易い。一方、切削工具に使用される基材はより硬度が高い基材が適用されることから、冷間加工用金型よりも硬質皮膜の高硬度化や残留圧縮応力の高い硬質皮膜を適用する必要がある。
このことから、冷間加工用金型と切削工具では、要求される硬質皮膜の機械的特性に加えて、残留圧縮応力の程度や硬質皮膜の層構造についても考慮する必要がある。この理由は、硬質皮膜に関して、金型表面に形成する硬質皮膜と切削工具の表面に形成する硬質皮膜は、使用環境に応じてそれぞれ最適な仕様を備えるように改善する必要があるからである。
【0013】
本発明の発明者は、切削工具等の工具の耐久性を向上させるために、この工具を用いて高硬度鋼を切削加工したときに、工具の損傷形態を注意深く観察した。その結果、特に硬質皮膜を被覆した切削工具のすくい面側に生じる硬質皮膜層の微細なクラックや剥離を起点とし、すくい面側にチッピング等の異常摩耗が生じ、この異常摩耗が切削工具の寿命を短くすることが非常に多いことを突き止めた。
しかも、上記硬質皮膜層の微細なクラックや剥離は、組成や機械的特性が異なる硬質皮膜層を積層しときに、この工具に形成した各々の硬質皮膜層間の界面で生じていることを確認した。つまり、高硬度鋼の切削加工においては、積層する各硬質皮膜層間の界面を強化して、切削工具のすくい面側の硬質皮膜層の耐クラック性及び耐剥離性を向上させることが、切削工具の切れ刃部の耐チッピング性を高めることが極めて重要であることが明らかとなった。
【0014】
切削工具等の基材、特に、切削工具の切れ刃部の耐久性を向上させるためには、基材に形成する硬質皮膜層の組成、および硬質皮膜層の構成、特に、この硬質被膜層の基本構成として硬質被膜層を2種の皮膜層から形成するとともに、これら2種の皮膜層(硬質被膜層)を基材の表面に形成して配置する順序、所定の皮膜層を多層構造、又は積層構造にすることが重要であることを各種の試作実験により見出した。
【0015】
本発明はこのような従来技術の硬質皮膜被覆部材の不具合に鑑みてなされたものである。本発明の目的は、基材に被覆される硬質皮膜の耐クラック性と耐剥離性を向上させること、特に切削工具等の工具について、切れ刃部を構成するすくい面におけるチッピングや異常摩耗の発生を大幅に抑制して、工具寿命を格段に向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の請求項1に記載の発明は、少なくとも、基材の表面に形成された下側皮膜層と、前記下側皮膜層の直上に形成された中間皮膜層と、前記中間皮膜層の直上に形成された上側皮膜層と、を備えた硬質皮膜被覆部材であって、
前記下側皮膜層は、少なくとも金属成分としてAl、Cr、Tiの窒化物、または炭窒化物、または、金属成分としてAl、Cr、Tiに加えて、W、Nb、Si、Bから選択される1種又は2種以上の窒化物、または炭窒化物から構成され、
前記上側皮膜層は、少なくともTi、Siの窒化物、または炭窒化物から構成され、
前記中間皮膜層は、金属成分としてAl、Cr、Tiを含む窒化物または炭窒化物からなり、その金属成分の組成を(AlxCryTiz)で表したときに(但し、x、y、zはそれぞれAl、CrおよびTiの原子比を示し、x+y+z=100)、
50≦x≦65、20≦y≦30、5≦z≦20、の関係を満たす組成を有する第1の皮膜、または、
金属成分としてAl、Cr、Tiの他に、Siを含む窒化物または炭窒化物からなり、その金属成分の組成を(AlxCr TizSiw)で表したときに(但し、x、y、zおよびwはそれぞれAl、Cr、Ti及びSiの原子比を示し、x+y+z+w=100)、
40≦x≦55、20≦y≦30、10≦z≦25、1≦w≦10、の関係を満たす組成を有する第1の皮膜、または、
金属成分としてAl、Cr、Tiの他に、Si、W、B、Nbの1種又は2種以上を含む窒化物又は炭窒化物からなり、これらSi、W、B、Nbの原子比の合計をvとしたときに(但し、x、y、zはそれぞれAl、Cr、Tiの原子比を示し、x+ +z+v=100)、その金属成分の組成が、40≦x≦55、20≦y≦30、10≦z≦25、1≦v≦10、の関係を満たす第1の皮膜、のうちのいずれか一つの前記した第1の皮膜と、
Ti、Siの窒化物または炭窒化物からなり、金属成分の組成を(TiaSib)で表したときに(但し、a、bはそれぞれTiおよびSiの原子比を示し、a+b=100)、80≦a≦90、10≦b≦20、の関係を満たす組成を有する第2の皮膜と、を1層以上、交互に積層した交互積層部から構成されている硬質皮膜被覆部材において、
前記交互積層部からなる前記中間皮膜層は、前記硬質皮膜被覆部材の厚さ方向に向かって、T1の膜厚を有する第1の交互積層部と、T2の膜厚を有する第2の交互積層部から構成されており、
前記第1の交互積層部を構成する前記第1の皮膜と前記第2の皮膜の単位厚みをそれぞれt1、t2とし、前記第2の交互積層部を構成する前記第1の皮膜と前記第2の皮膜の単位厚みをそれぞれt3、t4としたときに、 前記単位厚みt1、t2、t3、t4は、それぞれ2~50nmに設定されているとともに、
前記第1の交互積層部における前記t1、t2は、t1>t2に、
前記第2の交互積層部における前記t3、t4は、t3<t4に、なるように形成されていることを特徴としている。
【0017】
本発明の請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材において、前記交互積層部は、1~3μmの膜厚を有しているとともに、前記膜厚T1とT2の比であるT1/T2の値が(1~2)に設定されていることを特徴としている。
【0018】
本発明の請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材において、前記第2の皮膜の単位厚みt2とt4は、前記上側皮膜層の方向に向かうにつれて、漸次増加するように形成されていることを特徴としている。
【0019】
本発明の請求項4に記載の発明は、請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材において、前記下側皮膜層は、0.1~2μmの膜厚を有し、前記上側皮膜層は0.1~2μmの膜厚を有していることを特徴としている。
【0020】
本発明の請求項5に記載の発明は、請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材において、前記上側皮膜層は、その表面に、Al、Cr、Tiの窒化物または炭窒化物、もしくはAl、Cr、Ti、Siの窒化物または炭窒化物、もしくはAl、Cr、Tiに加えて、W、Nb、Si、Bから選択される1種又は2種以上の窒化物または炭窒化物からなり、5~100nmの膜厚を有する表面皮膜層が形成されていることを特徴としている。
【0021】
本発明の請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の硬質皮膜被覆部材が、冷間塑性加工用金型の基材に被覆されている硬質皮膜被覆工具である。
【0022】
本発明の請求項7に記載の発明は、請求項5に記載の硬質皮膜被覆部材が被覆されている硬質皮膜被覆工具であって、この硬質皮膜被覆工具は、切れ刃を備えているとともに、前記切れ刃のすくい面に形成された前記硬質皮膜被覆部材のうちの前記表面皮膜層についてその一部の領域が除去されている硬質皮膜被覆工具である。
【発明の効果】
【0025】
本発明の硬質皮膜被覆部材が備えている中間皮膜層は、Al、Cr、TiまたはAl、Cr、Ti、Siの窒化物または炭窒化物からなる第1の皮膜と、Ti、Siの窒化物または炭窒化物からなる第2の皮膜とを、1層以上交互に積層した交互積層皮膜から構成するとともに、第1の皮膜と第2の皮膜をそれぞれ最適な組成(原子比)にし、さらにその単位厚みを含む積層構造も改良した。
これにより、硬質皮膜被覆部材の耐クラック性と耐剥離性を格段に向上させることができ、特に本発明の硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用すると、切削工具の寿命を著しく向上させることが可能になる。
【0026】
本発明の硬質皮膜被覆部材が被覆された切削工具においては、特に、すくい面に被覆された硬質皮膜被覆部材が耐クラック性と耐剥離性を発揮するので、切削工具の寿命を著しく向上させることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の硬質皮膜被覆部材について、第1の実施例の構成を説明するための断面模式図である。
図2】本発明の硬質皮膜被覆部材について、第2の実施例の構成を説明するための断面模式図である。
図3】本発明の硬質皮膜被覆部材を基材に成膜するための成膜装置の一例を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の硬質皮膜被覆部材の構成と、この硬質皮膜被覆部材を切削工具等の工具の基材の表面に形成した実施例を図面に基づいて説明する。
図1及び図2は、基材の表面に本発明の硬質皮膜被覆部材を被覆したときに、この硬質皮膜被覆部材の構成を説明するための図であって、図1は本発明の硬質皮膜被覆部材について第1の実施形態(実施例)の構成を示す図、図2は同じく第2の実施形態(実施例)の構成を示す図である。
【0029】
[第1の実施形態]
最初に、本発明の硬質皮膜被覆部材について、その基本構成である第1の実施形態の構成を図1に基づいて説明する。
なお、以下の説明において、本発明の硬質皮膜被覆部材を被覆した基材のことを一般に「母材」と呼ぶ場合もあるが、単に「基材」という用語を用いて説明する。また、本発明の硬質皮膜被覆部材を基材に被覆(形成)した各種の切削工具や治工具のことを、以下の説明において単に「工具」と記載する場合もある。
【0030】
本発明の硬質皮膜被覆部材を適用することができる基材の材質としては、超硬合金、金属炭化物を有する鉄基合金、高速度工具鋼、セラミックス、等が適しているが、これらに限定されるものではなく、各種の工具や硬質の部材に適用できる基材であれば、いかなる材質でもよい。
また、本発明の硬質皮膜被覆部材を被覆するための基材が、各種の切削工具である場合には、Crを含有する超硬合金であって、WC(炭化タングステン)の平均粒度が0.2~0.8μm、Co含有量が4~10重量%からなる基材(WC-Co系超硬合金)が特に好適である。
【0031】
本発明の硬質皮膜被覆部材が適用できる切削工具としては、ボールエンドミル等の各種のエンドミル、各種のドリル、等の切れ刃を備えている切削工具である。さらに、本発明の硬質皮膜被覆部材は、冷間塑性加工を行うための金型、前方押出し成形用金型、据込み加工用金型、打ち抜き加工用金型、各種のプレス成型用金型等に用いるパンチやダイス等にも適用することができる。
また、本発明の硬質皮膜被覆部材は、上記した各種の切削工具であって、刃先交換式切削工具に着脱自在に取り付ける超硬合金製等のインサー(切削インサート)にも適用することができる。
【0032】
以下、本発明の硬質皮膜被覆部材の基本的な構成を図面に基づいて説明する。図1は本発明の硬質皮膜被覆部材について、第1の実施形態の構成を示す断面模式図、図2は同じく第2の実施形態の構成を示す断面模式図である。
【0033】
図1において、本発明に係る硬質皮膜被覆部材1は、基材2の表面に被覆された下側皮膜層3と、この下側皮膜層3の上方に被覆された上側皮膜層5と、表面皮膜層6と、下側皮膜層3と上側皮膜層5との間に形成された中間皮膜層4を備えた硬質皮膜層7から構成されている。なお、中間皮膜層4は下側皮膜層3の直上に形成され、上側皮膜層5は中間皮膜層4の直上に形成され、表面皮膜層6は上側皮膜層5の表面に形成されている。
中間皮膜層4は、さらに、第1の皮膜4aと第2の皮膜4bを1層以上、交互に積層した交互積層部4Aを有するように構成されている。以下の説明において、中間皮膜層4のことを、「交互積層部4A」と記載する場合がある。
【0034】
続いて、上記した本発明の硬質皮膜被覆部材1が備えている各硬質皮膜層の組成について説明する。
下側皮膜層3は、少なくともAl、Cr、Tiの窒化物、または炭窒化物から構成する。下側皮膜層3には、さらにW、B、Nbのいずれか1種以上の窒化物、または炭窒化物を含有させてもよい。
上側皮膜層5は、少なくともTi、Siの窒化物、または炭窒化物から構成することが望ましい。
表面皮膜層6は、下側皮膜層3と同様に少なくともAl、Cr、Tiの窒化物、または炭窒化物から構成し、さらに、W、B、Nbのいずれか1種以上の窒化物、または炭窒化物を含有させてもよい。なお、表面皮膜層6は、必ずしも設ける必要はないが、本発明の硬質皮膜被覆部材1を切削工具に適用する場合には、上側皮膜層5の表面に表面皮膜層6を成膜することが好ましい。
【0035】
交互積層部4A(中間皮膜層4)を構成する第1の皮膜4aは、Al、Cr、Tiの窒化物または炭窒化物から構成され、第2の皮膜4bはTi、Siの窒化物または炭窒化物から構成されている。なお、交互積層部4Aを構成する第1の皮膜4aと、第2の皮膜4bの厚み(膜厚)、すなわち、硬質皮膜被覆部材1の厚さ方向に対して、皮膜の1層当たりの膜厚(以下、「単位厚み」と記載する)は2~50nmに設定するようにする。なお、下側皮膜層3との境界部には、第1の皮膜4aと第2の皮膜4bのうちのいずれかの皮膜を形成すればよい。
【0036】
また、第1の実施形態において、第1の皮膜4aと第2の皮膜4bの単位厚みは、同一又はほぼ同一になるように成膜してもよいが、下記のように成膜することがより好ましい。すなわち、
第1の皮膜4aの単位厚み>第2の皮膜4bの単位厚み、又は、
第1の皮膜4aの単位厚み<第2の皮膜4bの単位厚み、
になるように単位厚みに変化を持たせるように成膜する。
さらに、第2の皮膜4bの単位厚みは、上側皮膜層5方向に向かうにつれて漸次増加した単位厚みを有するように、単位厚みに変化を持たせるように成膜してもよい。
【0037】
上記したAl、Cr、Tiの窒化物または炭窒化物から構成された第1の皮膜4aと、Ti、Siの窒化物または炭窒化物から構成された第2の皮膜4bの単位厚みについて、上側皮膜層5方向に向かうにつれて単位厚みを漸次増加させる等、単位厚みに変化を持たせた皮膜を有するように成膜すると、硬質皮膜被覆部材1の硬度と靱性のバランスを最適にすることが可能になる。
【0038】
硬質皮膜被覆部材1を構成する各硬質皮膜層7の膜厚は、下側皮膜層3は0.1~2μm、中間皮膜層4は1~3μm、上側皮膜層5は0.1~2μm、表面皮膜層6は5~100nmに設定することが、基材2と各硬質皮膜層7の密着性と耐摩耗性の観点から望ましい。
【0039】
なお、下側皮膜層3は、特に硬質皮膜被覆部材1の基材2との密着性を高める効果を発揮し、上側皮膜層5は、特に硬質皮膜被覆部材1の耐摩耗性を高める効果を発揮するために設けている。表面皮膜層6は、上側皮膜層5の耐酸化性の機能を補完して、上側皮膜層5の耐摩耗性を向上させる作用を発揮する。中間皮膜層4の作用については後述する。
【0040】
本発明の硬質皮膜被覆部材1においては、交互積層部4Aを構成する第1の皮膜4aと第2の皮膜4bの金属成分の組成を、それぞれ下記の条件式(1)及び(2)に記載の条件を満たすように設定している。
すなわち、Al、Cr、Tiの窒化物又は炭窒化物からなる第1の皮膜4aの金属成分の組成を一般式(AlxCryTiz)で表し、但し、x、y、及びzはそれぞれAl、Cr、及びTiの原子比を示し、x+y+z=100、としたときに、原子比x、y、zは、
50≦x≦65、20≦y≦30、5≦z≦20、 ・・・・・・・・・・(1)
を満たすようにしている。
【0041】
さらに、Ti、Siの窒化物または炭窒化物からなる第2の皮膜4bの金属成分の組成を一般式(TiaSib)で表し、但し、a、bはそれぞれTiおよびSiの原子比を示し、a+b=100としたときに、原子比a、bは、
80≦a≦90、10≦b≦20、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
を満たすようにしている。
【0042】
下側皮膜層3と上側皮膜層5の間に形成された中間皮膜層4は、下側皮膜層3と上側皮膜層5が前記した効果、すなわち、下側皮膜層3は硬質皮膜被覆部材1の基材2との密着性を高める機能、上側皮膜層5は硬質皮膜部材1の耐摩耗性を高める機能を発揮するために、極めて重要な役割を担う。具体的には、下側皮膜層3と上側皮膜層5が備えている異なった機能をバランス良く発揮するために、第1の皮膜4aと第2の皮膜4bを交互に積層した交互積層構成とし、さらに、その単位厚みと中間皮膜層4の膜厚を適切に設定することにより、上記した機能の効果をさらに高める作用を行うようにしている。
特に、前記したように、第1の皮膜4aと第2の皮膜4bの単位厚みを上側皮膜層5方向に向かうにつれて変化を持たせることにより、上記した機能をより強く発揮することが可能になる。
【0043】
そして、硬質皮膜被覆部材1を被覆した切削工具においては、被加工材の切削加工中に、切削工具の切れ刃を構成するすくい面において、硬質皮膜被覆部材1のチッピングの発生や異常摩耗が抑制され、その結果として工具寿命を著しく向上させることができるようになる。
【0044】
中間皮膜層4を構成する第1の皮膜4aの金属成分の組成を示す一般式(AlxCryTiz)において、Al、Cr、Tiの原子比であるx、y、zを、前記した条件式(1)を満足するように設定した理由を以下に説明する。
【0045】
Alの原子比xが50未満になると、第2の皮膜4bとの結晶の連続性が悪くなることに加え、第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなり中間皮膜層4としての機能が発揮されなくなる。このため、硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合に、すくい面に形成された硬質皮膜被覆部材、特に交互積層部4A内に微細なクラックが生じ、交互積層部4Aを起点として各硬質皮膜層の剥離や異常摩耗が生じる。
一方、Alの原子比xが65を超えると、第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなり中間皮膜層4(交互積層部4A)としての機能が発揮されなくなる。そして、この硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜被覆部材の摩耗進行を早め、また不均一な摩耗が進行して硬質皮膜被覆部材の異常摩耗が生じる。従って、Alの原子比xは、50≦x≦65、に設定することが望ましい。
なお、以下の説明において、「剥離」と記載したときには、硬質皮膜層内の各々の界面付近に生じる剥離を示す。同様に、「摩耗」と記載した場合には、硬質皮膜被覆部材の摩耗を示す。
【0046】
Crの原子比yが20未満になると、第2の皮膜4bとの結晶の連続性が悪くなることに加え、交互積層皮膜から構成された中間皮膜層4の耐クラック性が低下する。また第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなって中間皮膜層4としての機能が発揮されなくなる。これにより、この硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜層内に微細なクラックが生じ、交互積層部4Aを起点として剥離や異常摩耗が生じる。
一方、Crの原子比yが30を超えると、中間皮膜層4の耐クラック性が低下し、また第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなり中間皮膜層4としての機能が発揮されなくなる。これにより、この硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜被覆部材の摩耗進行を早め、また不均一な摩耗が進行して硬質皮膜被覆部材の異常摩耗が生じる。従って、Crの原子比yは、20≦y≦30、に設定することが望ましい。
【0047】
Tiの原子比zが5未満になると、中間皮膜層4の耐クラック性が低下し、また第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなり中間皮膜層4としての機能が発揮されなくなる。これにより、この硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜被覆部材の摩耗進行を早め、また不均一な摩耗が進行して硬質皮膜被覆部材に異常摩耗が生じる。
一方、Tiの原子比zが20を超えると、第2の皮膜4bとの結晶の連続性が悪くなることに加え、中間皮膜層4の耐クラック性が低下し、また第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなり中間皮膜層4としての機能が発揮されなくなる。これにより、この硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜層内に微細なクラックが生じ、交互積層部4Aを起点とした硬質皮膜被覆部材の剥離や異常摩耗が生じる。従って、Tiの原子比zは、5≦z≦20、に設定することが望ましい。
【0048】
上記した本発明の硬質皮膜被覆部材1において、中間皮膜層4を構成する第2の皮膜4bの金属成分の組成を示す一般式において、原子比a及びbを、前記した条件式(2)を満足するように設定した理由を説明すると次のようになる。
【0049】
Tiの原子比aが80未満、Siの原子比bが20を超えると、交互積層部4Aからなる中間皮膜層4の結晶性が低下するため、この硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合に、硬質皮膜層内に微細なクラックが生じ、交互積層部4Aを起点として硬質皮膜被覆部材の剥離や異常摩耗が生じる。
一方、Tiの原子比aが90を超え、Siの原子比bが10未満になると、交互積層部4Aの硬度が低下する。このような硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜層の摩耗進行を早め、また不均一な摩耗が進行して異常摩耗が生じる。従って、Tiの原子比a、Siの原子比bは、80≦a≦90、10≦b≦20、に設定することが望ましい。
【0050】
上記した本発明の第1の実施形態となる硬質皮膜被覆部材1において、交互積層部4Aを構成する第1の皮膜4aには、さらに、Siを含有した窒化物又は炭窒化物とすることが望ましい。このとき、第1の皮膜4aの金属成分の組成を(AlxCryTizSiw)で表し、但し、Al、Cr、TiおよびSiの原子比をそれぞれx、y、z、およびwとし、x+y+z+w=100としたときに、x、y、z、wは、下記(3)に記載の条件式を満たすようにすることが好ましい。
40≦x≦55、20≦y≦30、10≦z≦25、1≦w≦10、・・・・(3)
【0051】
第1の皮膜4aにさらにSiを含有した窒化物又は炭窒化物としたときに、第1の皮膜4aの組成を、上記(3)を満足するように原子比x、y、z、およびwの値を設定する理由を説明すると次のようになる。
【0052】
Alの原子比xが40未満になると、第2の皮膜4bとの結晶の連続性が悪くなる傾向になり、さらに第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなって中間皮膜層4としての機能が発揮され難くなる。そして、このような硬質皮膜被覆部材を工具に適用した場合には、硬質皮膜層内に微細なクラックが生じることや、交互積層部4Aを起点として硬質皮膜被覆部材に剥離や異常摩耗が生じ易くなる。
【0053】
一方、Alの原子比xが55を超えると、第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなり中間皮膜層4としての機能が発揮され難くなる。そして、このような硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜層の摩耗進行を早める傾向になり、また不均一な摩耗が進行して硬質皮膜層の異常摩耗が生じ易くなる。従って、Alの原子比xは、40≦x≦55、に設定することが望ましい。
【0054】
Crの原子比yが20未満になると、第2の皮膜4bとの結晶の連続性が悪くなる傾向になり、さらに中間皮膜層4の耐クラック性が低下し易く、また第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなる。このため、中間皮膜層4としての機能が発揮され難くなる。そして、このような硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜層内に微細なクラックが生じ易く、交互積層部4Aを起点として剥離や異常摩耗が生じ易くなる。
【0055】
一方、Crの原子比yが30を超えると、中間皮膜層4の耐クラック性が低下する傾向になり、また第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなり中間皮膜層4としての機能が発揮され難くなる。そして、このような硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜層の摩耗進行を早める傾向になり、また不均一な摩耗が進行して異常摩耗が生じ易くなる。従って、従って、Crの原子比yは、20≦y≦30、に設定することが望ましい。
【0056】
Tiの原子比zが10未満となると、中間皮膜層4の耐クラック性が低下する傾向になり、また第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなり中間皮膜層4としての機能が発揮され難くなる。そして、このような硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜層の摩耗進行を早める傾向になり、また不均一な摩耗が進行し異常摩耗が生じ易くなる。
一方、Tiの原子比zが25を超えると、第2の皮膜4bとの結晶の連続性が悪くなる傾向になり、また中間皮膜層4の耐クラック性が低下し、また第2の皮膜4bとの硬度差が大きくなり中間皮膜層4としての機能が発揮され難くなる。このため、このような硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜層に微細なクラックが生じ易く、交互積層部4Aを起点として剥離や異常摩耗が生じ易くなる。従って、Tiの原子比zは、10≦z≦25、に設定することが望ましい。
【0057】
Siは、第1の皮膜4aの組織を微細化し高硬度化できることから、第2の皮膜4bとの組織の整合性が向上し、さらに第2の皮膜4bとの硬度差が小さくなり、第1の皮膜4aと第2の皮膜4bの界面が強化されることになる。その結果、中間皮膜層4の耐剥離性を高め、上側皮膜層5の耐摩耗性が向上し、工具寿命が向上する。
Siの原子比wが1未満になると、上記Si添加の効果が顕著に確認されない傾向になる。一方、Siの原子比wが10を超えると、第2の皮膜4bとの結晶の連続性が悪くなる傾向になり、中間皮膜層4の耐クラック性が低下し易くなって、中間皮膜層4としての機能が発揮され難くなる。このため、このような硬質皮膜被覆部材を切削工具に適用した場合には、硬質皮膜層内に微細なクラックが生じる傾向になり、交互積層部4Aを起点として剥離や異常摩耗が生じ易くなる。従って、Siの原子比wは、1≦w≦10、に設定することが望ましい。
なお、下側皮膜層3と表面皮膜層6にも金属成分の組成として、さらにSiを含有した窒化物又は炭窒化物としても上記Siの添加効果が得られるので好ましい。
【0058】
上記では、第1の皮膜4aの金属成分の組成としてさらにSiを含有した窒化物又は炭窒化物とした例について説明したが、本発明においてはこのSi以外にも、W、B、Nbの一種又は2種以上を含有した窒化物又は炭窒化物としてもよい。同様に、下側皮膜層3と表面皮膜層6の金属成分の組成についても、Si以外にも、W、B、Nbの一種又は2種以上を含有した窒化物又は炭窒化物としてもよい。この場合、Si、W、B、Nbの一種又は2種以上を含有した窒化物又は炭窒化物からなる第1の皮膜4aの金属成分の組成において、Si、W、B、Nbの原子比の合計をvとしたときに、上記した条件式(3)に替えて、下記の条件式(4)、すなわち、
40≦x≦55、20≦y≦30、10≦z≦25、1≦v≦10、但し、x+y+ z+v=100、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
を満足するようにする。
【0059】
[第2の実施形態]
続いて、本発明の硬質皮膜被覆部材について、第2の実施形態(実施例)を図2に基づいて説明する。図2は本発明の第2の実施形態となる硬質皮膜被覆部材11の構成を説明するための断面模式図を示している。
【0060】
図2において、硬質皮膜被覆部材11は、基材2の表面に形成された下側皮膜層12と、下側皮膜層12の直上に形成された中間皮膜層13と、中間皮膜層13の直上に形成された上側皮膜層14と、上側皮膜層14の表面に形成された表面皮膜層15から構成されている。中間皮膜層13は、第1の実施例と同様に、組成が異なる2種の皮膜を1層以上、交互に成膜した交互積層構造とした皮膜層から構成されている。表面皮膜層15は必ずしも設ける必要はないが、上側皮膜層14の耐酸化性向上と、後述する硬質皮膜被覆部材11の被覆後処理有無の識別から、表面皮膜層15を設けることが望ましい。
【0061】
図2に示す硬質皮膜被覆部材11に形成されている下側皮膜層12と、上側皮膜層14と、表面皮膜層15は、それぞれ前記した本発明の第1の実施形態となる硬質皮膜被覆部材1が備えている下側皮膜層3と、上側皮膜層5と、表面皮膜層6と同一又はほぼ同一の組成を有しているので、組成の説明は省略する。また、これらの各硬質皮膜層の膜厚も前記した第1の実施形態における下側皮膜層3、上側皮膜層5、表面皮膜層6の膜厚と同一又はほぼ同一になるように形成すればよい。
本発明の第2の実施形態となる硬質皮膜被覆部材11の構成が、第1の実施形態である硬質皮膜被覆部材1と相違しているところは、中間皮膜層の構成にある。以下、硬質皮膜被覆部材11が備えている中間皮膜層13の構成について説明する。
【0062】
図2に示すように、中間皮膜層13は、2種の皮膜を1層以上、交互に成膜して積層した交互積層構造からなる皮膜層から構成されているが、上側皮膜層14方向に向かって、第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bから構成していることに特徴がある。このことは、図2に示す断面図において、中間皮膜層13はその膜厚方向に対する領域を、膜厚T1を有する第1の交互積層部13aの領域と、膜厚T2を有する第2の交互積層部13bの領域から構成されていることを示している。
【0063】
上記したように、第2の実施形態においては、中間皮膜層13は膜厚T1を有する第1の交互積層部13aと、膜厚T2を有する第2の交互積層部13bから構成していることに特徴があるが、第1及び第2の交互積層部13a、13bには、それぞれ組成が異なる2種の皮膜が交互に積層された構成からなっていることになる。
【0064】
以下の説明においては、図2に示すように、第1の交互積層部13aの領域内に形成されている2種の皮膜をそれぞれ第1の皮膜16a及び第2の皮膜16bと符号付けし、同じく第2の交互積層部13bに形成されている2種の皮膜をそれぞれ第1の皮膜17a及び第2の皮膜17bと符号付けして説明する。
なお、第1の皮膜16aと17aは、図1に示す第1の実施形態における第1の皮膜4aに相当し、第2の皮膜16bと17bは同じく図1に示す第2の皮膜4bに相当する。従って、第1の皮膜16aと17aは、前記した第1の皮膜4aと同一又はほぼ同一の組成を備えている。同様に、第2の皮膜16bと17bは、前記した第2の皮膜4bと同一又はほぼ同一の組成を備えている。
【0065】
さらに、第2の実施形態においては、上記した第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bのそれぞれが備えている第1の皮膜16a、17aと、第2の皮膜16b、17bの単位厚みを、変化させていることに特徴がある。この単位厚みを変化させている特徴について以下に説明する。
【0066】
第1の交互積層部13aに形成されている第1の皮膜16aと第2の皮膜16bの単位厚みをそれぞれt1、t2とし、第2の交互積層部13bに形成されている第1の皮膜17aと第2の皮膜17bの単位厚みをそれぞれt3、t4としたときに、t1、t2、t3及びt4は2~50nmに設定している。さらに具体的には、t1は5~50nm、t2は2~25nm、t3は2~25nm、t4は5~50nmに設定することがより望ましい。
【0067】
そして、各単位厚みt1~t4は、第1の交互積層部13a内ではt1>t2になるように、第2の交互積層部13b内ではt3<t4になるように成膜していることに特徴がある。
また、中間皮膜層13を構成する第1の交互積層部13aの膜厚をT1、第2の交互積層部13bの膜厚をT2としたときに、中間皮膜層13はT1/T2=1~2の値を有するように第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bを成膜していることにも特徴がある。
【0068】
上記した第1の交互積層部13a内ではt1>t2に、第2の交互積層部13b内ではt3<t4になるように成膜する理由を説明すると次のようになる。
中間皮膜層13のうち、第1の交互積層部13a内ではt1>t2とすることで、下側皮膜層12の機械的特性の差が小さくなり、第2の硬度積層部13b内ではt3<t4とすることで、上側皮膜層14との機械的特性の差が小さくなる。こうすることで、積層する各硬質皮膜層間の界面が強化され、特に切削工具のすくい面側の硬質皮膜層の耐クラック性及び耐剥離性が向上し、切削工具の切れ刃部の耐チッピング性が格段に向上する。
【0069】
従って、第1の交互積層部13aの第1の皮膜16aと第2の皮膜16bを交互積層構造として成膜するときには、第1の皮膜16aの単位厚みt1は5~50nm、第2の皮膜16bの単位厚みt2は2~25nmであって、かつ、t1>t2になるように成膜を制御する。同様に、第2の交互積層部13bの第1の皮膜17aと第2の皮膜17bを交互積層構造として成膜するときには、第1の皮膜17aの単位厚みt3は2~25nm、第2の皮膜17bの単位厚みt4は5~50nmであって、かつ、t3<t4になるように成膜を制御する。
【0070】
なお、図2に示すように、第1の交互積層部13aを下側皮膜層12側に設け、第2の交互積部13を上側皮膜層14側に設けるように成膜することが好ましい。これにより、中間皮膜層13が有している機能、すなわち、下側皮膜層12の基材2との密着性(靱性)向上と、上側皮膜層14が備えている耐摩耗性の両特性を有しながら、なかでも第1の交互積層部13aは下側皮膜層12に近い特性、第2の交互積部13は上側皮膜層14に近い特性で構成されており、しかも中間皮膜層13内は積層する各硬質皮膜層間の結晶整合性向上と機械的特性差を小さくすることで界面が強化されていることから、特に切削工具のすくい面側の硬質皮膜層の耐クラック性及び耐剥離性を向上し、切削工具の切れ刃部の耐チッピング性を格段に高めることが可能になる。
【0071】
さらに、第2の実施形態において、中間皮膜層13を構成する第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bは次の特徴を有している。
すなわち、第2の皮膜16bと17bの単位厚みt2とt4は上側皮膜層14の方向に向けて漸次増加させた単位厚みを有するように成膜していることに特徴がある。これに対して、第1の皮膜16aと17aの単位厚みt1とt3は同一又はほぼ同一、もしくは上側皮膜層14の方向に向けて漸次減少させるように成膜している。中間皮膜層13がこのような単位厚み構造を有している皮膜構造を以下の説明においては「傾斜構造」と記載する。
【0072】
中間皮膜層13を構成する第1の皮膜16aと17aの金属成分の組成は、前記した条件式(1)を満たす組成にすることが望ましい。また、第2の皮膜16bと17bの金属成分の組成は、前記した条件式(2)を満たす組成にすることが望ましい。従って、これらの条件式を満足させるための各原子比の限定理由については前記の通りであるのでその説明は省略する。
なお、中間皮膜層13を構成する第1の皮膜16aと17aの組成は、前記した第1の実施形態と同様に、さらに、Siを含有した窒化物又は炭窒化物とすることが望ましい。このときの金属成分の組成は前記した条件式(3)を満たす組成にする。従って、この条件式を満足する各原子比の限定理由の説明についても省略する。
なお、前記した第1の実施形態と同様に、第1の皮膜16aと17aの組成として上記Si以外にも、W、B、Nbの一種又は2種以上を含有した窒化物又は炭窒化物としてもよい。
【0073】
第1の皮膜16aと17aの単位厚みt1とt3、及び第2の皮膜16bと17bの単位厚みt2、t4を、前記した2~50nmに設定する理由を説明すると次のようになる。
単位厚みが2nm未満となると中間皮膜層13の靱性が低下する傾向になり、その結果、切削工具に適用した場合に、硬質皮膜被覆部材にチッピングや異常摩耗が生じ易くなる。一方、単位厚みが50nmを超えると、第1の皮膜16aと第2の皮膜16b(第1の皮膜17aと第2の皮膜17b)の接合界面における組織の成分差が明瞭になる。これにより、この界面近傍を起点とした剥離や異常摩耗が生じる現象が生じ易くなる。これにより、単位厚みは2~50nmに設定することが好ましい。
【0074】
また、第2の実施形態においては、中間皮膜層13の厚さは1~3μmに設定し、さらに、前記したように第1の交互積層部13aの厚さT1、第2の交互積層部13bの厚さT2との比である(T1/T2)の値を(1~2)を満たすように設定することで、より一層中間皮膜層13の機能が向上する。そして、この硬質皮膜被覆部材11を切削工具に適用した場合には、各硬質皮膜層の微細なクラックの発生が抑制され、中間皮膜層を構成している交互積層部を起点とした剥離や異常摩耗をより抑制することが可能になる。
【0075】
第1の交互積層部13aの膜厚T1と第2の交互積層部13bの膜厚T2との比である(T1/T2)の値を(1~2)に設定した理由を説明すると次のようになる。(T1/T2)が1未満また2を超えると、膜厚差が大きくなって硬質皮膜被覆部材11を切削工具に適用したときに、各硬質被膜層にチッピングの発生や異常摩耗が生じ易くなるからである。
【0076】
さらに、前記したように、第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bの双方、もしくは第2の交互積層部13bにおいて、単位厚みt1、t2、t3、t4が前記した傾斜構造を有するように成膜することにより、硬質皮膜被覆部材11の硬度と靱性のバランスを最適にすることが可能になる。
【0077】
上記した本発明の第2の実施形態においては、硬質皮膜被覆部材11を切削工具に適用した場合に、各硬質皮膜層に微細なクラックの発生が格段に抑制され、特に中間皮膜層13を構成する第1及び第2の交互積層部13a、13bを起点とした硬質皮膜層の剥離や異常摩耗の発生を抑制する効果を極めて高く発揮することが可能になる。これにより、切削工具の寿命を著しく向上させることが可能になる。
【0078】
さらに、第2の実施形態が備えている特徴とその作用効果を説明すると次のようになる。
上記した中間皮膜層13の特徴ある構成により、下側皮膜層12と上側皮膜層14が有している異なる機能をバランス良く作用させることが可能になる。これにより、硬質皮膜被覆部材11を適用した切削工具においては、前記した第1の実施の形態よりも、各硬質皮膜層のうち機能が異なる各硬質皮膜層間の接合界面が一層強化されるので、高振動、切削加工時に発生する高温度の環境で切削加工を実施しても、特に、すくい面に形成された硬質皮膜被覆部材のチッピングや異常摩耗が大幅に抑制されるので、工具寿命を格段に向上させることが可能になる。
従って、本発明の第2の実施形態に係る硬質皮膜被覆部材11は、前記した第1の実施形態となる硬質皮膜被覆部材1よりも一層好ましい構成を備えている。
【0079】
なお、第2の実施形態において、下側皮膜層12は、第1の実施形態に示す下側皮膜層3と同様に、少なくともAl、Cr、Tiの窒化物または炭窒化物から構成されていることが好ましい。下側皮膜層12は基材2と中間皮膜層13の間に形成することにより、下側皮膜層12と中間皮膜層13との接合界面から生じる微細なクラックの発生を抑制し、その結果として基材1と下側皮膜層12との密着性を向上させる効果を発揮する。
なお、下側皮膜層12の金属成分としては、Al、Cr、Tiに加えて、W、Nb、Si、Bから選択される1種又は2種以上を添加してもよい。
【0080】
上側皮膜層14は、前記した第1の実施形態と同様に、少なくともTi、Siの窒化物又は炭窒化物から構成されていることが好ましい。上側皮膜層14は、中間皮膜層13の直上に形成することにより、上側皮膜層14と中間皮膜層13との接合界面から生じる微細なクラックの発生を抑制し、その結果、上側皮膜層14の耐摩耗性を向上させることが可能になる。
【0081】
第2の実施形態においても第1の実施形態と同様に、上側皮膜層14の表面に、Al、Cr、Tiの窒化物または炭窒化物、又はAl、Cr、Ti、Siの窒化物または炭窒化物からなり、膜厚が5~100nmの表面皮膜層15を形成することが好ましい。表面皮膜層15は、上側皮膜層14の耐酸化性の機能を補完し、上側皮膜層14の耐摩耗性を向上させる作用を発揮させるために設けている。
【0082】
表面皮膜層15の膜厚は5~100nmに設定することが好ましい理由は、次の通りである。膜厚が5nm未満になると、表面皮膜層15による上側皮膜層14に対する耐酸化性の向上が不十分となり、上側皮膜層14の耐摩耗性の改善効果が低くなる。一方、表面皮膜層15の膜厚が100nmを超えると表面皮膜層15自体の表面の面粗度が悪くなって、表面皮膜層15の表面部の耐摩耗性が低下して切屑の排出性が低下し、さらに切屑との摩擦熱によりすくい面が高温度になる恐れが生じる。これにより、表面皮膜層15の膜厚は、5~100nmに成膜することが好ましい。
【0083】
なお、切削工具において切れ刃を形成するため設けられているすくい面に被覆された本発明の硬質皮膜被覆部材のうち、表面皮膜層15の少なくとも一部を機械的に除去することで、切削工具のすくい面におけるチッピングや異常摩耗がさらに抑制されて、工具寿命をより向上させることか可能になる。
これは、硬質皮膜被覆部材を切削工具の基材2に成膜した後においては、表面皮膜層15により、特に、すくい面のエッジ近傍における面粗度が粗くなることに加え、逃げ面に比べてすくい面の方が各硬質皮膜層の組織が微細化して結晶性が悪くなる。これにより、切削加工時の熱サイクルによって硬質皮膜被覆部材と基材との界面、あるいは硬硬質皮膜被覆部材内の各硬質皮膜層間(層界面)を起点とした微細なクラックや剥離等が発生して硬硬質皮膜被覆部材の異常摩耗が生じ易くなる。
なお、上記した「すくい面のエッジ近傍」とは、切削工具の切れ刃を構成している切れ刃の稜線部からすくい面方向に向かった所定の領域を示す。
【0084】
このため、本発明の硬質皮膜被覆部材を適用した切削工具においては、すくい面エッジ近傍に成膜されている硬質皮膜被覆部材のうち、最表面の皮膜層となる表面皮膜層15の少なくとも一部を機械的に除去することが重要になる。なお、上記すくい面エッジ近傍の他に、逃げ面やその他の部位に形成されている少なくとも一部の領域の表面皮膜層15を機械的に除去しても本発明の効果を発揮することができる。この機械的に除去する手段は、微小な研磨メディアを噴射する噴射式研磨装置を用いることができる。
なお、前記した本発明の第1の実施形態である硬質皮膜被覆部材1を適用した切削工具においても、すくい面のエッジ近傍に被覆された表面皮膜層6の少なくとも一部の領域を除去することが望ましい。
表面皮膜層15はAlを多く含有していることから濃色であり、上側皮膜層14はTiを多く含有していることから淡色であることから、表面皮膜層15が機械的に除去されることで色調が変化する。よって、表面皮膜層15は機械的除去の有無を識別するために備えることが好ましい。
【0085】
[硬質皮膜被覆部材の成膜方法]
本発明の硬質皮膜被覆部材を、例えば切削工具の基材に形成(成膜)するときには、硬質皮膜被覆部材の各硬質皮膜層を構成する組成を正確に制御する必要がある。このため、各硬質皮膜層を成膜する方法は、成膜装置のうち、固体の蒸発源を使用したアークイオンプレーティング法を用いることが最も好ましい。アークイオンプレーティング法による成膜においては、ターゲットに含まれる各原子の蒸発時のイオン化率が高く、基材に印加したバイアス電圧により緻密な皮膜を形成することができるからである。
【0086】
切削工具の基材の機能部に、すなわち切削加工に寄与する箇所の表面に、硬質皮膜被覆部材を形成するためには、まず前処理として、切削工具の基材について超音波脱脂洗浄を実施する。次に、超音波脱脂洗浄済みの基材を成膜装置内の所定の位置に挿入して固定した後、この基材を400~500℃の所定温度に保持して、アークイオンプレーティング法により基材上に硬質皮膜被覆部材の各硬質皮膜層を順次形成していく。これにより、基材上に所定の組成と膜厚を有する各硬質皮膜層を備えた硬質皮膜被覆部材を形成することができる。
【0087】
続いて、図3に示す成膜装置20を用いて切削工具の基材に硬質皮膜被覆部材を成膜する手順の概要について説明する。
成膜装置20のチャンバー21(真空容器)内に設けられているカソード22a、22b、22c、22dに、各種合金、あるいは金属のターゲットを取り付け、さらに、回転する基材ステージ23に設けられている支持台(図示せず)上に被処理体となる基材2を取り付ける。また、基材ステージ23に取り付けた基材は、R1方向に回転する基材ステージ23上で、さらにR2、R3方向に回転する回転機構を備えた成膜装置20を用いて、いわゆる「自公転処理」機能を利用して成膜処理を行う。
【0088】
次に、チャンバー21内を真空引き(5×10-3Pa以下に排気)し、真空状態にする。続いて、基材ステージ23をR1方向に回転させるとともに、チャンバー21内に設置されているヒータ(図示せず)を作動させて基材の温度を約500℃に加熱して、フィラメントからの熱電子放出によるイオン源により、基材にArガスイオンによるエッチングを15分間程度実施する。このときArガスイオン以外にもTiやCr等の金属イオンによるエッチングを実施しても良い。
【0089】
続いて、アーク電源装置24を作動させてそのアーク電流を150Aとし、全圧力3.2PaのNガス雰囲気にて、アーク式蒸発源によるターゲットを用いたアークイオンプレーティングにより、上記ターゲット成分の窒化物皮膜等を基材の表面に成膜する。このとき、炭窒化物の皮膜を成膜する場合には、Nガスに加えて、炭素を含有するガスを加えた雰囲気中で、同様にアークイオンプレーティング法により上記ターゲット成分の炭窒化物皮膜を基材に成膜する。図3に示す符号25は、バイアス電源装置である。
【0090】
なお、複数のカソード22a、22b、22c、22dに異なる組成のターゲットを取り付け、回転する基材ステージ23の支持台上に基材を載置して、成膜中に基材を基材ステージ23とともに回転させることによって異なった組成を有する皮膜が積層された皮膜を形成することができる。このとき、基材は基材ステージ23の回転に伴い、異なる組成のターゲットを取り付けた蒸発源の前を交互に通過するときに、各々の蒸発源のターゲット組成に対応した皮膜が交互に基材の表面に形成される。これにより、異なった組成が交互に所定の膜厚(単位厚み)に順次積層された積層構造を備えた硬質皮膜層を形成することが可能になる。
【0091】
また、硬質皮膜被覆部材を構成する各硬質皮膜層について、その膜厚を所定の設定値になるように成膜を制御する方法は、基材2とターゲット表面間の距離L(図3参照)、各蒸発源(アーク電源装置24)への投入電力、及び投入数、基材ステージ23の回転速度及び回転数の累計値、等に基づいて制御することができる。例えば、基材ステージ23の回転速度が速くなるように制御すると、基材ステージ23の1回転当たりの成膜される硬質皮膜層の厚さは薄くなる。
上記した成膜手順に基づいて、基材の表面に本発明の硬質皮膜被覆部材が備えている各硬質皮膜層、積層構造を有する硬質皮膜層を順次、所定の膜厚を有するように形成することができる。
【実施例
【0092】
以下、本発明に係る硬質皮膜被覆部材を切削工具の基材に成膜して、この切削工具の耐久性を確認する試験を行ったときの試作実験結果について説明する。
この耐久性の確認試験を行うために、試作した切削工具の基材についてその機能部に、各種の組成とその膜厚を有する硬質被膜層を順次成膜して、所定の仕様を有する硬質皮膜被覆部材が形成された切削工具を試作した。試作した切削工具はボールエンドミルである。
【0093】
そして、試作したボールエンドミルを用いて被加工物を切削加工したときに、切削工具に成膜した硬質皮膜被覆部材の耐久性となる工具寿命を評価する実験を行った。なお、上記硬質皮膜被覆部材を機能部に成膜した切削工具については、37本のボールエンドミルの基材について、その機能部に、硬質皮膜被覆部材の仕様(各硬質皮膜層の組成と膜厚等)を異にした硬質被膜層を成膜した。上記切削工具の基材における機能部とは、切削加工に寄与する部位であって、少なくとも切れ刃部を形成しているすくい面と逃げ面の領域を含む。
【0094】
試作した切削工具(ボールエンドミル)の材質は、いずれも超硬合金製でCIS規格のVF10(CIS019D分類)、WC平均粒径が0.4μm、Co含有量が6重量パーセント、Cr含有量が0.3重量パーセント材を使用した。この超硬合金からなる素材に、研削加工を施して所定の形状を有する先端R5(成膜後R寸法公差0~-0.01)、2枚刃からなるボールエンドミルの基材(以下、「工具基材」と記載する)を製作した。
【0095】
上記仕様を有する37本のボールエンドミルの基材について、その機能部の表面に複数のアーク蒸発源を有する成膜装置20(図3参照)を用いて、それぞれ所定の硬質皮膜層を成膜することにより試作工具を製造した。
【0096】
試作工具の機能部に対して硬質皮膜層の成膜は、以下の1)~6)に記載の手順に基づいて実施した。なお、硬質皮膜層の成膜は、工具基材ごとに、前記した第2の実施形態となる硬質皮膜被覆部材が備えている各硬質皮膜層を形成することを基本としたが、この各硬質皮膜層のうち、一部の皮膜層を形成していない等の工具基材も比較例として製作した。
【0097】
1)まず前処理として、試作工具の基材を炭化水素系溶剤中で超音波脱脂洗浄を実施した。次に、試作工具の基材をアーク放電式イオンプレーティング方式の成膜装置20内の自公転基材ステージ23に取り付けた。さらに成膜装置20のチャンバー21内に設けられている複数のカソード22a、22b等に、硬質皮膜層の組成となる各種合金のターゲットを取り付けた。
なお、図3に示す複数のカソードのうち、カソード22a、22dに下側皮膜層12の組成からなる合金ターゲットを取り付け、カソード22b、22cに上側皮膜層14の組成からなる合金ターゲットを取り付けた。
【0098】
2)次に、チャンバー21内を真空引き(5×10-3Pa以下に排気)し、真空状態にした。続いて、基材ステージ23を毎分3回転で回転させるとともに、チャンバー23内に設置されているヒータを作動させて試作工具の基材の温度を約450℃で1時間加熱保持した後に、フィラメントからの熱電子放出によるイオン源により、試作工具の基材に対してArガスイオンによるエッチングを15分間実施した。
【0099】
3)続いて、カソード22a、22dの2つのアーク電源装置24を作動させて、そのアーク電流を150Aとして、全圧力3.2PaのNガス雰囲気にて、アーク式蒸発源による上記ターゲットを用いたアークイオンプレーティングにより、上記ターゲット成分の窒化物からなる下側皮膜層12を試作工具の基材表面(機能部)に成膜した。このとき試作工具に印加する負バイアス電圧を45V、試作工具の温度を450℃として、これらの値を、硬質皮膜層を成膜するための共通の成膜条件とした。下側皮膜層12の膜厚は成膜時間によって調整した。
【0100】
4)続いて、以下の成膜方法で下側皮膜層12の直上に中間皮膜層13を成膜した。中間皮膜層13の形成ではカソード22a、22b、22c、22dをアーク式蒸発源24の電流を80~150Aの範囲とし、また稼働するアーク式蒸発源24の数(1台又は2台)を変化させて、試作工具に積層構造であってその仕様が異なる皮膜を成膜した。
【0101】
前記したように、第1の交互積層部13aは、第1の皮膜16aと第2の皮膜16bから構成され、第2の交互積層部13bは、第1の皮膜17aと第2の皮膜17bから構成されており、それぞれの単位厚みを所定の値であるt1、t2、t3、t4にする必要がある。このための成膜制御は、アーク電源装置24の電流値と、稼働するアーク電源装置24の数を適切に制御させる方法を採用した。
【0102】
なお、第1及び第2の交互積層部13a、13bが備えている第1と第2の皮膜16a、16b、17a、17bの単位厚みt1、t2、t3、t4の成膜制御は、成膜時に試料となる試作工具の基材2を基材ステージ23上で自公転する遊星回転治具に取り付けていることにより複雑な動作で回転すること、1個ずつの試作工具を順次成膜する時の成膜条件の微小なバッチ処理間のバラツキ、成膜装置20内の充填密度の微小なバラツキ、ターゲット消耗量、等の要因により、単位厚みの目標値を数ナノメートル(nm)の数値になるように正確に制御することには限界があると考えられる。そこで、上記単位厚みのバラツキ要因も考慮して、t1、t2、t3、t4の単位厚みは、表3と表4に記載しているようにt1とt4は目標値を5~50nmとし、t2とt3は目標値を2~25nmとした所定の範囲を有する値にした。
【0103】
5)続いて、第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bに、前記した傾斜構造を備えた皮膜を形成するための成膜方法の一例について説明する。
第1の交互積層部13a及び第2の交互積層部13bにおいて傾斜構造を有する皮膜、例えば、第1の皮膜16aの単位厚みt1を上側皮膜層14方向に向かうにつれて漸次減少させる場合には、第1の皮膜16aを成膜するカソードである22a、22dのアーク電流を150Aから80Aまで連続的に減少させ、また稼働するアーク電源装置24の稼動数を2台から1台へ変化させながら成膜する。これらの成膜制御と同時に、第2の皮膜14bの膜厚t2を増加させる場合には、第2の皮膜16bを成膜するカソードである22c、22bのアーク電流を80Aから150Aまで連続的に増加させ、また稼働するアーク電源装置24の稼動数を1台から2台へ変化させることで傾斜構造を有する皮膜を成膜した。
第2の交互積層部13bに傾斜構造を備えた皮膜を形成する方法は、上記した手順に基づいて成膜することができる。
【0104】
6)続いて、中間皮膜層13の直上に上側皮膜層14を以下の成膜条件で成膜した。カソード22b、22cの2つのアーク電源装置24を作動させて、そのアーク電流を150Aとして、全圧力3.2PaのNガス雰囲気にて、アークイオンプレーティングにより、上記ターゲット成分の窒化物からなる上側皮膜層14を試作工具の表面に成膜した。
次に、上側皮膜層14の直上に表面皮膜層15をカソード22a、22dのいずれか1つのアーク電源装置24を作動させて、そのアーク電流を100Aとして、全圧力3.2PaのNガス雰囲気にて、アークイオンプレーティングにより、上記ターゲット成分の窒化物からなる表面皮膜層15を試作工具の表面に成膜した。上側皮膜層14と表面皮膜層15の膜厚は成膜時間によって調整した。
【0105】
上記した成膜方法で作成した37本の試作工具について、以下の方法で被覆後の処理(以下、「被覆後処理」と記載する場合がある)を行った。この被覆後処理とは、試作工具のすくい面方向に向けて研磨メディアを噴射して、すくい面に形成されている表面皮膜層15の一部を除去する処理を示す。この被覆後の処理は、直径が数μmの研磨材を含有した研磨メディアを投射する噴射式研磨装置を用いて行った。
【0106】
上記した方法で製作した37本の試作工具の仕様を試料番号順に表1~表4に示している。
表1と表2には、試料番号ごとに、硬質皮膜被覆部材を構成する下側皮膜層12、中間皮膜層13を構成する第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13b、上側皮膜層14、表面皮膜層15の金属成分の組成と、特記事項を記載している。また、備考欄には各試料番号が本発明例又は比較例に該当するかを記載している。なお、金属成分の組成の表示において元素記号の右に記載している数字は、その元素の原子比を示している。
【0107】
表3と表4には、試料番号ごとに、下側皮膜層12の膜厚、中間皮膜層13の膜厚、上側皮膜層14の膜厚、表面皮膜層15の膜厚、被覆後の処理の内容、試作工具の評価内容として加工個数欄にその個数の値と「損傷状態」欄に硬質皮膜被覆部材の損傷状態を顕微鏡で観察した結果を示している。さらに、中間皮膜層13を構成する第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bについては、それぞれ第1の皮膜16aと第2の皮膜16b、及び第1の皮膜17aと第2の皮膜17bの単位厚みt1、t2、t3、t4の値を記載している。
【0108】
また、被覆後の処理欄に記載している「処理A」は、試作工具のすくい面方向に向けて研磨メディアを噴射して、すくい面に形成されている表面皮膜層15の一部を除去する処理を実施したことを示す。同じく、「処理B」は試作工具の逃げ面方向に研磨メディアを噴射して、逃げ面に形成されている表面皮膜層15の一部を除去する処理を実施したことを示す。さらに、「処理C」は試作工具のすくい面側と逃げ面の両方向に向けて研磨メディアを噴射して、すくい面と逃げ面の表面皮膜層15の一部を除去する処理を実施したことを示す。
なお、試作工具の評価として加工個数欄に記載した数値の内容については後記する。
【0109】
【表1】
【0110】
【表2】
【0111】
【表3】
【0112】
【表4】
【0113】
以上の成膜方法で作成した37本の試作工具について、その各皮膜層の仕様の詳細を、試料番号1~37ごとに表1~表4に示しているが、その仕様の主な特徴を下記1)~10)に記載する。
なお、表1と表2に示されているように、試料番号ごとに、下側皮膜層12、中間皮膜層13を構成する第1の皮膜16aと17a、表面皮膜層15の金属成分の組成は、成膜の効率等を考慮して同一にした。同様に、試料番号ごとに、中間皮膜層13を構成する第2の皮膜16bと17b、上側皮膜層14の金属成分の組成も同一とした。
【0114】
1)試料番号1~20は、下側皮膜層12、上側皮膜層14、表面皮膜層15、中間皮膜層13の第1、及び第2の交互積層部13a、13bをそれぞれ構成する第1、及び第2の皮膜16a、16b、17a、17bの金属成分の組成が、試料番号ごとにその一部が異なるように成膜した。
ここで、試料番号1の中間皮膜層13におけるt1、t2、t3、t4を透過型電子顕微鏡による断面観察で実測した結果、R5の2枚刃ボールエンドミルの逃げ面においてt1、t2、t3、t4がそれぞれ10~25nm、5~12nm、5~16nm、12~26nmであったことから、t1~t4の大小関係と膜厚比は目標とする範囲内に制御することができた。またこれらt1~t4は被覆処理体の形状や寸法によっても変化するが、その比率や大小関係が大きく変化することはないと考えられる。
2)試料番号21は、中間皮膜層13を構成している交互積層部のうち、第2の交互積層部13bを成膜していない仕様、つまり、中間皮膜層13は第1の交互積層部13aのみで構成されるように成膜した。
3)試料番号22は、中間皮膜層を構成している交互積層部のうち、第1の交互積層部13aを成膜していない仕様、つまり、中間皮膜層13は第2の交互積層部13bのみで構成されるように成膜した。試料番号21と22は、第1の実施形態の交互積層部4Aに該当する皮膜になる。
4)試料番号23は、中間皮膜層13内の第1の交互積層部13a、第2の交互積層部13bにおいて、単位厚さt1、t2、t3、t4の単位厚さを傾斜構造としていない構成で成膜した。
5)試料番号24および25は、中間皮膜層13の厚みを同一(1.2μm)とし、第1の交互積層部13aの膜厚T1と第2の交互積層部13bの膜厚T2との膜厚比(T1/T2)が異なるように成膜した。
【0115】
6)試料番号26~28は、硬質皮膜層内において下側皮膜層12、中間皮膜層13、上側皮膜層14の夫々の膜厚比を変化させて成膜した。
7)試料番号29および30は、表面皮膜層15の膜厚を変化させて成膜した。
8)試料番号31は、硬質皮膜層のうち上側皮膜層14を設けていない構成で成膜した。試料番号32は、硬質皮膜層のうち中間皮膜層13を設けていない構成で成膜した。
9)試料番号33は、硬質皮膜層のうち下側皮膜層12を設けていない構成で成膜した。試料番号34は、硬質皮膜層のうち表面皮膜層15を設けていない構成で成膜した。
10)試料番号35~37は、被覆後の処理の方法を処理A以外の方法を採用した。
試料番号35は被覆後の処理を実施していない例、試料番号36は処理Bを実施した例、本試料番号37は処理Cを実施した例を示している。
【0116】
[試作工具の評価方法]
試作工具の性能を評価するために、この試作工具を装着したマシニングセンターを用いで高硬度材からなる被加工材について、この試作工具を用いた4軸同時切削加工を実施した。前記したようにこの試作工具は2枚刃のボールエンドミルである。
なお、試作したボールエンドミルで切削加工を行う被加工材は、材質がHAP40(日立金属(株)製の工具鋼、硬度範囲:64~65HRC)からなる冷間鍛造用パンチとした。この冷間鍛造用パンチについて、熱処理前に0.5mmの取り代を残した状態まで切削加工した。従って、冷間鍛造用パンチは、試作したボールエンドミルごとに切削加工の結果を評価するために必要な本数を予め用意した。なお、この冷間鍛造用パンチはその切削加工を行う箇所の形状は非円筒(非円柱)形状をなしているようにした。
そして、この冷間鍛造用パンチの熱処理後の仕上げ加工を、試作したボールエンドミルを用いて実施して、このボールエンドミルごとに、切削加工を実施した結果の評価を行った。
【0117】
切削加工の加工条件は、主軸回転数を毎分2800回転、工具送り速度を毎分873mmとして、中仕上げ加工は、取り代を0.4mmとして、被加工材1個あたり15分の加工を実施した。また、仕上げ加工は、取り代を0.1mmとし、被加工材1個当たり240分の加工を実施した。このように、一つの試作工具(ボールエンドミル)ごとに、中仕上げ加工と仕上げ加工を実施したことになる。
切削加工を実施した後の試作工具の評価は、狙い寸法に対して加工精度が±0.01mmを超えない範囲で切削加工できた被加工材(冷間鍛造用パンチ)の累計の加工個数を求め、この加工個数を耐久性評価の数値とした。表3、表4の試作工具の評価の「加工個数」欄に記載している加工個数は、上記した累計の加工個数を示す。従って、この加工個数は、予め設定した加工精度が得られるまで切削加工を行うことができた被加工材の累計個数を示している。
併せて、切削加工後の試作工具の損傷状態を顕微鏡で観察して評価した。この評価結果も試作工具の試作番号ごとに表3及び表4の試作工具の評価の「損傷状態」欄に記載している。
【0118】
表3、表4において評価欄の「加工個数」の項目欄に、「<1」と記載されている試料番号は、最初の1個目の被加工材の仕上げ加工が終了した時点で、仕上げ加工の加工精度が±0.01mmを外れたことを示している。
なお、表1、表2の備考欄において、「本発明例」と記載した試料番号は、第1の皮膜16a、17bが前記した条件式(1)又は(3)を満たし、第2の皮膜16b、17bが前記した条件式(2)を満たし、さらに、条件式(3)に替えてSi以外にも、W、B、Nbの一種又は2種以上を含有した窒化物又は炭窒化物とした場合にも前記した条件式(4)を満たし、かつ、加工個数が「4」以上の値が得られた試料番号を「本発明例」とした。
【0119】
[試作工具の耐久性についての考察]
表3、表4の「試作工具の評価」欄の「加工個数」欄と「損傷状態」欄に記載された事項に基づいて、試作工具に形成した硬質皮被覆部材の構成、組成、膜厚などが、試作工具の耐久性に与える影響について考察した。以下、この考察について記載する。
【0120】
試料番号1~9において、下側皮膜層12、中間皮膜層13の第1の交互積層部13aにおける第1の皮膜14a、表面皮膜層15における金属成分の組成が異なる場合の加工数を比較すると、下記の評価が得られた。
【0121】
1)Al、Cr、Tiの原子比の合計を100としたときに、Alの原子比が50以上、65以下、Crの原子比が20以上、30以下、Tiの原子比が5以上、20以下を満たしている試料番号1~5(本発明例)は、加工個数が6~8個、また損傷状態も均一摩耗であり、優れた耐久性を示した。
2)試料番号6は、金属成分の組成が(Al45Cr30Ti25)の窒化物であるが加工個数が「<1」、すなわち、1個も前記した所定の仕上げの加工精度を得ることができなかった。これは、Tiの原子比が20を超えていたために硬質皮被覆部材のすくい面における摩耗量が大きくなったことによると判断される。
3)試料番号7は、金属成分の組成が(Al50Cr25Ti25)の窒化物であるが加工個数が「<1」であった。これは、Tiの原子比が20を超えていたために硬質皮膜被覆部材のすくい面における摩耗量が大きくなったことによる。
4)試料番号8は、金属成分の組成が(Al50Ti50)の窒化物であるが、加工個数が「<1」であった。これは、Crを含有していないために硬質皮被覆部材のすくい面における摩耗量が大きくなったことによると判断される。
5)試料番号9は、金属成分の組成が(Al50Cr50)の窒化物であるが加工個数が「<1」であった。これはTiを含有していないためにすくい面の硬質皮膜被覆部材がチッピングしたことによると判断される。
【0122】
試料番号1、10~14において、上側皮膜層14、中間皮膜層13内の第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bの第2の皮膜16bと17bの金属成分の組成が異なる場合の加工個数を比較した。その結果、下記の評価が得られた。
1)Ti、Siの原子比の合計を100としたときに、Tiの原子比が80以上、90以下、Siの原子比が10以上、20以下を満たしている試料番号1、12~14(本発明例)は加工個数が4~8個、また損傷状態も均一摩耗であり、優れた耐久性を示した。
2)試料番号10は、金属成分の組成が(Ti75Si25)の窒化物であるが加工個数は「<1」であった。これは、Tiの原子比が80より少なく、Siの原子比が20を超えているために、すくい面がチッピングしたことによると判断される。
3)試料番号11は、金属成分の組成が(Ti95Si)の窒化物であるが加工個数は「<1」であった。これは、Tiの原子比が90を超え、Siの原子比が10より少ないために硬質皮被覆部材のすくい面における摩耗量が大きくなったことによると判断される。
【0123】
試料番号1~5、15~20において、下側皮膜層12、中間皮膜層13内の第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bにおける第1の皮膜16aと17a、表面皮膜層15の金属成分の組成が異なる場合の加工数を比較した。その結果、下記の評価が得られた。
1)試料番号15~17は、Al、Cr、Ti、Siの原子比の合計を100としたときに、Siの原子比がそれぞれ1、5、10であるが加工個数が9~12個、また損傷状態も均一摩耗であり、優れた耐久性を示した。
2)試料番号18は、Al、Cr、Ti、Wの原子比を100としたときに、Wの含有量は4であるが、加工個数が9個、また損傷状態も均一摩耗であり、優れた耐久性を示した。
3)試料番号19は、Al、Cr、Ti、Bの原子比を100としたときに、Bの原子比は3であるが加工個数が9個、また、損傷状態も均一摩耗であり、優れた耐久性を示した。
4)試料番号20は、Al、Cr、Ti、Nbの原子比を100としたときに、Nbの原子比が4であるが加工個数が9個、また損傷状態も均一摩耗であり、優れた耐久性を示した。
【0124】
試料番号1と試料番号21を比較した。試料番号21は中間皮膜層13の第2の交互積層部13bを設けていない。つまり、第1の交互積層部13aにおいて第1の皮膜16aの単位厚みであるt1が第2の皮膜16bの単位厚みであるt2よりも厚い場合のみの構成とされている。この試料番号21が備えている硬質皮膜被覆部材の構成は、前記した第1の実施形態に該当する。このため、試料番号21の加工個数は4個であり、試料番号1に比べて加工数が半減した。これは試料番号21の損傷状態が不均一摩耗であり、すくい面エッジ近傍の硬質皮膜被覆部材内の剥離や微細なクラックによって、硬質皮膜被覆部材の摩耗が不均一になったためであると判断される。
【0125】
試料番号1と試料番号22を比較した。試料番号22は、中間皮膜層13内に第1の交互積層部13aを設けていない。つまり、中間皮膜層13の第2の交互積層部13bにおいて、第1の皮膜17aの単位厚みt3を第2の皮膜17bの単位厚みt4よりも薄くした構成になるように成膜している。この試料番号22が備えている硬質皮膜被覆部材の構成は、前記した第1の実施形態に該当する。このため、試料番号22の加工個数が4個であり、試料番号1に比べて加工個数が半減した。これは試料番号22の損傷状態が不均一摩耗であり、すくい面エッジ近傍の硬質皮膜被覆部材内の剥離や微細なクラックによって硬質皮膜被覆部の摩耗が不均一となったためである。
試料番号21、22の評価結果から、本発明は中間皮膜層13を第1の交互積層部13aと第2の交互積層部13bを設けた構成にすることがより好ましいと言える。
【0126】
試料番号1と試料番号23を比較した。試料番号23は、中間皮膜層13内の第1及び第2の交互積層部13a、13bにおいて、単位厚みt1、t2、t3、t4が傾斜構造を有していない構成で成膜している。試料番号23の加工個数が4個であり、試料番号1に比べて加工数が半減した。これは試料番号22の損傷状態が不均一摩耗であり、すくい面エッジ近傍の硬質皮膜被覆部材内の剥離や微細なクラックによって、硬質皮膜被覆部材の摩耗が不均一になったためである。
従って、中間皮膜層13内の第1及び第2の交互積層部13a、13bを傾斜構造にすることがより望ましいと言える。
【0127】
試料番号1と試料番号24、25を比較した。試料番号24および25は、中間皮膜層13の膜厚を試料番号1と同一として、T1とT2の膜厚比を変化させて成膜している。試料番号1と試料番号24の加工個数が8個であり、試料番号25の加工個数が6個であった。このことから、T1/T2は1~2に設定することがより好ましいと考えられる。
【0128】
試料番号1と試料番号26~28を比較する。試料番号26~28は、硬質皮膜被覆部材内において下側皮膜層12の膜厚、上側皮膜層14の膜厚、中間皮膜層13の膜厚比(T1/T2)を変化させて成膜している。試料番号1の加工個数が8個に対し、試料番号26の加工個数が4個、試料番号27の加工個数が7個、試料番号28の加工個数が4個であった。試料番号26と28は上側皮膜層16の膜厚が0.4μmと0.6μmであることから、耐摩耗性が不足して硬質皮膜被覆部材の摩耗が大きくなったことによる。このことから、下側皮膜層12、上側皮膜層14、中間皮膜層13の膜厚比は1:1:1にすることが好適であると考えられる。
【0129】
試料番号1と試料番号29、30を比較する。試料番号29および30は、表面皮膜層15の膜厚の目標値が他の試料番号より大きくなるように、すなわち、試料番号29は50~100nm、試料番号30は100~200nmに設定して成膜した。その結果、試料番号29の加工個数が7個に対して、試料番号30の加工個数が4個に減少した。この原因は、表面皮膜層15の膜厚を100~200nmに設定して成膜したために、表面皮膜層15の面粗度が劣化したことで、表面被覆層15の摩耗が大きくなって、その結果、硬質被膜被覆部材にチッピングが発生したと判断される。これにより、表面皮膜層15の膜厚は5~100nmの範囲に設定することが好ましいと考えられる。
【0130】
試料番号1と試料番号31~34を比較した。試料番号31は、硬質皮膜被覆部材に上側皮膜層14を設けていない構成である。試料番号32は、硬質皮膜被覆部材に中間皮膜層13を設けていない構成である。試料番号33は、硬質皮膜被覆部材に下側皮膜層12を設けていない構成である。試料番号34は、硬質皮膜被覆部材に表面皮膜層15を設けていない構成である。
上側皮膜層14を設けていない試料番号31、中間皮膜層13を設けていない試料番号32、下側皮膜層12を設けていない試料番号33は、加工個数が1個未満になった。これはすくい面にチッピンングが生じたためである。
表面皮膜層15を設けていない試料番号34の加工個数は4個であり、試料番号1と比較して加工個数が半減した。
【0131】
試料番号1と試料番号35~37を比較した。試料番号35は、試作工具に硬質皮膜被覆部材を形成した後に行う被覆後の処理を実施していない場合であって、加工個数が2個であった。試料番号36は、試作工具の逃げ面側の表面皮膜層15を除去した場合であるが加工個数が2個であった。試料番号37は試作工具のすくい面側と逃げ面側の表面皮膜層15を除去した場合であって加工個数が7個であった。
試料番号1と試料番号35を比較すると、試料番号1は4倍の加工個数が得られていることから、本発明においては、基材に硬質皮膜被覆部材を形成した後に、被覆後の処理を実施することは極めて重要な手段であると判断される。
また、硬質皮膜被覆部材を形成した試作工具においては、被覆後の処理方法はすくい面側の表面皮膜層15を除去することが重要であって、逃げ面側の表面被覆層15を除去することは、効果が得られないことが明らかになった。
【0132】
以上に説明した本発明の実施例においては、本発明に係る硬質皮膜被覆部材を切削工具の基材に形成した例について説明したが、本発明に係る硬質皮膜被覆部材を形成する基材としては、各種の切削工具の基材に限定されるものではなく、刃先交換式切削工具に着脱可能に装着する切れ刃を備えたインサート、塑性加工用治具やパンチ、ダイス、冷間塑性加工用金型等の基材も含む。また、その材質は鉄基合金、高速度工具鋼、超硬合金、各種のセラミックス等を利用することができる。
【符号の説明】
【0133】
1 :硬質皮膜被覆部材
2 :基材
3 :下側皮膜層
4 :中間皮膜層、4A:交互積層部、4a:第1の皮膜、4b:第2の皮膜
5 :上側皮膜層
6 :表面皮膜層
7 :硬質皮膜層
11 :硬質皮膜被覆部材
12 :下側皮膜層
13 :中間皮膜層、13a:第1の交互積層部、13b:第2の交互積層部
14 :上側皮膜層
15 :表面皮膜層
16a、17a:第1の皮膜
16b、17b:第2の皮膜
20 :成膜装置
21 :真空容器(チャンバー)
22a、22b、22c、22d:カソード
23 :基材ステージ
24 :アーク電源装置
25 :バイアス電源装置
L :ターゲットと基材との距離
T :中間皮膜層の膜厚
T1:第1の交互積層部の膜厚
T2:第2の交互積層部の膜厚
t1、t3:第1の皮膜16a、17aの単位厚み
t2、t4:第2の皮膜16b、17bの単位厚み
図1
図2
図3