(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-24
(45)【発行日】2022-03-04
(54)【発明の名称】血管障害の予防又は治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/545 20150101AFI20220225BHJP
A61P 9/14 20060101ALI20220225BHJP
【FI】
A61K35/545
A61P9/14
(21)【出願番号】P 2018530413
(86)(22)【出願日】2017-07-28
(86)【国際出願番号】 JP2017027383
(87)【国際公開番号】W WO2018021515
(87)【国際公開日】2018-02-01
【審査請求日】2020-07-10
(31)【優先権主張番号】P 2016150542
(32)【優先日】2016-07-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】514121804
【氏名又は名称】株式会社生命科学インスティテュート
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋木 佳克
(72)【発明者】
【氏名】出澤 真理
(72)【発明者】
【氏名】細山 勝寛
【審査官】柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】World J. Stem Cells, (2014), 6, [3], p.278-287
【文献】Trends Glycosci. Glycotechnol., (2009), 21, [120], p.197-206
【文献】Trends Glycosci. Glycotechnol., (2009), 21, [120], p.207-218
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/545
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性
及びCD-105陽性の多能性幹細胞
が濃縮された細胞画分を含む、
動脈瘤を
、予防及び/又は治療するための細胞製剤
であって、
前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する、細胞製剤:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ。
【請求項2】
動脈瘤が、大動脈瘤である、請求項
1に記載の細胞製剤。
【請求項3】
大動脈瘤が、腹部大動脈瘤又は胸部大動脈瘤である、請求項
2に記載の細胞製剤。
【請求項4】
動脈瘤が、内臓器動脈瘤、末梢動脈瘤、脳動脈瘤又は冠動脈瘤である、請求項
1に記載の細胞製剤。
【請求項5】
動脈瘤が、紡錘状動脈瘤又は嚢状動脈瘤である、請求項
1に記載の細胞製剤。
【請求項6】
動脈瘤が、真性動脈瘤、解離性動脈瘤又は仮性動脈瘤である、請求項
1に記載の細胞製剤。
【請求項7】
動脈瘤が、動脈硬化性動脈瘤、炎症性動脈瘤又は感染性動脈瘤である、請求項
1に記載の細胞製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生医療における細胞製剤に関する。より具体的には、障害が生じた血管の修復及び再生に有効な多能性幹細胞を含有する細胞製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
動脈瘤は動脈壁の弱くなった部分が膨らむ病態で、動脈が内膜・中膜・外膜の3層構造を保ったまま拡大する真性動脈瘤と、動脈壁の中膜が裂け動脈解離を来した後に拡大する解離性動脈瘤が知られている。これらの障害は直接死に繋がる危険のある疾患である。特に、大動脈瘤は、動脈硬化や高血圧による血管壁の障害が原因で生じると長年考えられてきたが、近年の研究により、血管壁、特に中膜、外膜に引き起こされる炎症、酸化ストレスなどもその要因であると考えられている(例えば、非特許文献1~3)。
【0003】
上記要因により、動脈壁へリンパ球、単球/マクロファージを中心とした炎症細胞が浸潤し、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs:Matrix metalloproteinases)などの各種タンパク質分解酵素が活性化される結果、中膜、外膜のエラスチン線維やコラーゲン線維からなる細胞外基質の分解・断裂が起こり、また同時に血管内皮細胞の減少及び機能障害、平滑筋細胞のアポトーシスなどにより大動脈壁の菲薄化・脆弱化を来し、不可逆的に拡張し瘤化するものと考えられている(例えば、非特許文献4~7)。
【0004】
また、大動脈解離も、動脈硬化や高血圧等によって生じた動脈壁の劣化を一因として大動脈壁内膜に亀裂を生じることにより、その裂け目に血流が流れ込み、中膜のレベルで真腔と偽腔の2腔に解離することにより生じる。慢性期には大動脈壁の脆弱性や背景とする動脈硬化の様々なリスク因子から,多くの症例で瘤化を来す。
【0005】
大動脈瘤は、動脈の破裂や解離が生じるまでは症状が現れず、定期健康診断や別の目的で行われた健診や画像診断で見いだされることが多い。通常、大動脈瘤の直径が約5センチメートル以上である場合は、動脈瘤を修復するため、手術により人工血管で置換されるか、ステントグラフト内挿術(鼠径部の小さな切開創から大動脈へ折り畳み式のグラフトを挿入する方法)を行うなどの治療が行われている。
【0006】
しかし、真性動脈瘤や解離性動脈瘤は早期に発見することは難しく、また、大動脈瘤も直径が約5センチメートル未満の場合破裂することはめったにないため、このような初期の病態の場合には、降圧剤を使用して心拍数と血圧を下げ、また禁煙する等により動脈瘤の進行や破裂のリスクを低減するための予防的な治療がなされているに過ぎない。
したがって、真性動脈瘤や解離性動脈瘤、及びそれに繋がる血管障害の初期段階での血管再生等の根本的な治療が望まれている。
【0007】
近年、大動脈瘤においては、血管再生による根治を目的として、各種細胞による動脈瘤の治療が行われている。例えば、非特許文献8では、ラット異種移植モデルにおける血管平滑筋細胞を用いた血管内治療が開示され、経カテーテル的投与8週間で動脈瘤の縮小効果が見られたことが示されている。また、非特許文献9では、ラットエラスターゼ・モデルにおける組換えトロポエラスチン遺伝子を含むアデノウイルス・ベクターを用いた治療が開示され、エラスチン線維増生を伴う動脈瘤径の縮小が見られたことが示されている。さらに、非特許文献10では、ラット異種移植モデルにおける内皮細胞を用いた治療が開示され、経カテーテル的投与8週間で動脈瘤の縮小効果が見られたことが示されている。しかしながら、これらはいずれも血管細胞の移植や遺伝子治療に関するものであり、その効果も十分なものではない。
【0008】
また、近年、自己増殖能と多分化能を有する間葉系幹細胞(MSC:mesenchymal stem cells)が、血管内皮細胞に分化するのみならず、血管内皮細胞成長因子(VEGF:vascular endothelial growth factor)を分泌することが見いだされ(例えば、非特許文献11~13)、間葉系幹細胞(MSC)を用いた再生医療による動脈瘤の治療も試みられている(例えば、非特許文献14~17)。しかしながら、MSCによる動脈瘤の再生医療による治療効果は、現在、まだ十分なものではなく、特に、少ない投与量で、障害部位の血管中膜等に当該MSCが侵入し、定着し、さらに当該障害部位で血管細胞に分化して、動脈瘤の血管再生による根本的な予防・治療を行うことができる方法が望まれている。
【0009】
一方、本発明者らの一人である出澤の研究により、間葉系細胞画分に存在し、遺伝子導入やサイトカイン等による誘導操作なしに得られる、SSEA-3(Stage-Specific Embryonic Antigen-3)を表面抗原として発現している多能性幹細胞(Multilineage-differentiating Stress Enduring cells;Muse細胞)が間葉系細胞画分の有する多能性を担っており、組織再生を目指した疾患治療に応用できる可能性があることが分かってきた(例えば、特許文献1;非特許文献18~20)。しかしながら、血管障害の予防及び/又は治療にMuse細胞を使用し、期待される治療効果が得られることを明らかにした例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【文献】Petersen E, et al. J Vasc Endovasc Surg 2000:457-461.
【文献】Crowther M, et al. J Vasc Surg 2000:575-583.
【文献】Freestone T, et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol 1995:1145-1151.
【文献】Traub O, et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol 1998:677-685.
【文献】Visse R, et al. Circ Res 2003:827-39.
【文献】Kazi M, et al. J Vasc Surg 2003:1283-1292.
【文献】Fontain V, et al. Am J Pathol 2004:2077-2087.
【文献】Allaire E, et al. Annals of Surgery 2004: 239(3): 417-427.
【文献】Xiong J, et al. J Vasc Surg 2008: 48(4): 965-973
【文献】Franck G, et al. Circulation 2013: 127:1877-1887
【文献】Nagaya, N, et .al. Am J Physiol Heart Circ Physiol, 2004: 287(6), 2670-2676.
【文献】Nagaya N, et. al. Circulation, 2005: 112, 1128-1135.
【文献】Kagiwada H, et. al. J Tissue Eng Regen Med, 2008: 2(4), 184-189.
【文献】Schneider F, et al. Eur J Vasc Endovasc Surg, 2013: 45(6):666-672
【文献】Hashizume R, et al. J Vasc Surg, 2011: 54(6):1743-1752
【文献】Fu X M, et al. J Transl Med, 2013: 11: 175.
【文献】Yamawaki A, et al. Eur J Cardiothorac Surg, 2014: 45(5):e156-165.
【文献】Kuroda Y et al. Proc Natl Acad Sci USA,2010: 107: 8639-8643.
【文献】Wakao S et al. Proc Natl Acad Sci USA,2011: 108: 9875-9880.
【文献】Kuroda Y et al. Nat Protc, 2013: 8: 1391-1415.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、血管障害の予防及び/又は治療のための細胞製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、ヒト細胞を拒絶しない免疫不全マウスの血管障害モデルにおいて、ヒトMuse細胞を血管等から投与、あるいは対象の血管障害部位及びその周辺に直接投与することにより、Muse細胞が傷害された血管に集積・生着して障害血管を再建及び修復し、血管障害の改善又は回復をもたらすことを見出し、それにより、Muse細胞が大動脈瘤をはじめとした血管障害の治療や予防に好適に使用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞を含む、血管障害を予防及び/又は治療するための細胞製剤。
[2]血管障害が、動脈瘤である、[1]に記載の細胞製剤。
[3]動脈瘤が、大動脈瘤である、[2]に記載の細胞製剤。
[4]大動脈瘤が、腹部大動脈瘤又は胸部大動脈瘤である、[3]に記載の細胞製剤。
[5]動脈瘤が、内臓器動脈瘤、末梢動脈瘤、脳動脈瘤又は冠動脈瘤である、[2]に記載の細胞製剤。
[6]動脈瘤が、紡錘状動脈瘤又は嚢状動脈瘤である、[2]に記載の細胞製剤。
[7]動脈瘤が、真性動脈瘤、解離性動脈瘤又は仮性動脈瘤である、[2]に記載の細胞製剤。
[8]動脈瘤が、動脈硬化性動脈瘤、炎症性動脈瘤又は感染性動脈瘤である、[2]に記載の細胞製剤。
[9]前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、上記[1]~[8]のいずれかに記載の細胞製剤:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ。
[10]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞の有効量を、予防または治療を必要とする対象に投与する工程を含む、血管障害を予防及び/又は治療する方法。
[11]血管障害を予防及び/又は治療するために使用される、生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に由来するSSEA-3陽性の多能性幹細胞を含む細胞製剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、血管障害を患っている対象に対し、Muse細胞を血管等から投与あるいは対象の血管障害部位及びその周辺に直接投与することにより、障害を有する血管を再建及び修復し、血管障害の機能を改善又は回復させることができる。本発明の細胞製剤は血管障害の急性期だけでなく、慢性期においても効果を発揮することができるので、長期にわたって治療効果を持続させることができる。
【0016】
Muse細胞は、障害を受けた血管へ効率的に遊走して生着することができ、生着した部位で血管細胞等の構成細胞へと自発的に分化するので移植に先立って治療対象細胞への分化誘導が不要である。また、非腫瘍形成性であり安全性にも優れる。さらに、Muse細胞は免疫拒絶を受けないことから、ドナーから製造された他家製剤による治療も可能である。従って、上記に示す優れた性能を有するMuse細胞によって、血管障害を有する患者の治療に対する容易に実行可能な手段を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は8週間後の各群のマウスから摘出された大動脈瘤の写真である。スケールバーは3mmを示す。
【
図2】
図2は顕微鏡測定により3週間後及び8週間後の各群の大動脈瘤直径を測定した結果を示すグラフである。*はP<0.05を示し、**はP<0.01を示す。
【
図3】
図3は各群のマウスの大動脈瘤の直径を超音波測定法により測定した結果を示すグラフである。縦軸は大動脈瘤径(mm)を示す。
【
図4】
図4は3週間後の各群のマウスの大動脈瘤組織のElastica-Masson染色の結果を示す顕微鏡写真である。スケールバーは200μmを示す。
【
図5】
図5は3週間後及び8週間後の各群において、弾性線維(Elastin)面積を、弾性線維面積と総血管壁断面積の比で定量化した結果を示すグラフである。*はP<0.05を示し、**はP<0.01を示す。
【
図6】
図6の左図はMuse細胞投与3週間後におけるalpha-smooth muscle actin(αSMA)/GFPの免疫染色結果を示す顕微鏡写真(スケールバーは50μmを示す)であり、
図6の右図は3週間後及び8週間後の各群のαSMA/GFP両陽性細胞の単位面積当たりの数を示すグラフである。
【
図7】
図7の左図はMuse細胞投与3週間後におけるCD31/GFPの免疫染色結果を示す顕微鏡写真(スケールバーは50μmを示す)であり、
図7の右図は3週間後及び8週間後の各群のCD31/GFP両陽性細胞の単位面積当たりの数を示すグラフである。
【
図8】
図8の左図はMuse細胞投与3週間後におけるF4/80の免疫染色結果を示す顕微鏡写真であり、
図8の右図は3週間後及び8週間後の各群のF4/80陽性細胞の単位面積当たりの数を示すグラフである。
【
図9】
図9の左図はMuse細胞投与3週間後におけるKi67/GFPの免疫染色結果を示す顕微鏡写真(スケールバーは50μmを示す)であり、
図9の右図は3週間後及び8週間後のMuse細胞投与群のKi67陽性細胞の割合を示すグラフである。
【
図10】
図10は8週間後のMuse細胞投与群及び非Muse細胞投与群の各臓器におけるAlu配列の検出結果を示すグラフである。非Muse細胞投与群の大動脈由来のAlu配列検出濃度を1としてその他の臓器及びMuse細胞投与群のそれぞれの値との比を表している。
【
図11】
図11はヒトMuse細胞、内皮前駆細胞(EPC)、CD34
+前駆細胞における、初期内皮細胞マーカー(A~C)、脱分化平滑筋細胞マーカー(D~F)およびストレス耐性関連マーカー(G~I)の定量PCRによる発現解析の結果を示す図である。それぞれβアクチンの発現量で標準化した相対的発現量を示す。
【
図12A】
図12Aは、Muse細胞と共培養されたマウス動脈瘤の代表的な多光子レーザー顕微鏡像を示す(写真)。左のカラムは、腔側から外側へ20μmごとにキャプチャーされた各軸方向の像(破線1~4)の位置を示す動脈サンプルの3次元再構成イメージを示す。スケールバーは100μmを示す。
【
図12B】
図12Bは、CD31またはCD34で染色された凍結切片の代表的な矢状断面を示す(写真)。矢頭はGFPと両陽性の細胞を示す。スケールバーは50μmを示す。
【
図13A】
図13Aは、Muse細胞を投与したインビボ動脈瘤モデルにおいて、3日目及び5日目に得られた動脈瘤の代表的な多光子レーザー顕微鏡像を示す(写真)。左のカラムは、腔側から外側へ20μmごとにキャプチャーされた各軸方向の像(破線1~4)の位置を示す動脈サンプルの3次元再構成イメージを示す。スケールバーは100μmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、SSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む、血管障害を予防及び/又は治療するための細胞製剤に関する。本発明を以下に詳細に説明する。
【0019】
1.適用疾患
本発明のSSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む細胞製剤は、血管障害の予防及び/又は治療に使用される。
本発明において、「血管障害」とは、動脈硬化や高血圧により、又は血管壁、特に中膜、外膜に引き起こされた炎症、酸化ストレスなどにより生じ、また、まれに、刺傷、動脈壁への細菌や真菌の感染症などにより生じる血管の障害が挙げられ、具体的には、例えば、血管障害により動脈壁の弱くなった部分が膨らむ動脈瘤が挙げられる。
【0020】
また、本発明において、「血管障害」は、上記原因により動脈壁が弱くなり結果的に動脈瘤に至るものであるが、動脈瘤に至る前の初期段階の血管障害も含まれる。
本発明において、動脈瘤とは、その発生部位による分類により、胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤、内臓器動脈瘤、末梢動脈瘤、脳動脈瘤、冠動脈瘤などが挙げられ、その形による分類により、紡錘状動脈瘤、嚢状動脈瘤などが挙げられ、その血管壁の状態による分類により、真性動脈瘤、解離性動脈瘤、仮性動脈瘤などが挙げられ、原因による分類により、動脈硬化性動脈瘤、炎症性動脈瘤、感染性動脈瘤などが挙げられる。
【0021】
2.細胞製剤
(1)多能性幹細胞(Muse細胞)
本発明の細胞製剤に使用される多能性幹細胞は、本発明者らの一人である出澤が、ヒト生体内にその存在を見出し、「Muse(Multilineage-differentiating Stress Enduring)細胞」と命名した細胞である。Muse細胞は、骨髄液、脂肪組織(Ogura,F.,et al.,Stem Cells Dev.,Nov 20,2013(Epub)(published on Jan 17,2014))や皮膚の真皮結合組織等から得ることができるほか、広く組織や臓器の結合組織に存在することが知られている。また、この細胞は、多能性幹細胞と間葉系幹細胞の両方の性質を有する細胞であり、例えば、細胞表面マーカーである「SSEA-3(Stage-specific embryonic antigen-3)」陽性細胞、好ましくはSSEA-3陽性かつCD-105陽性の二重陽性細胞として同定される。したがって、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、SSEA-3単独又はSSEA-3及びCD-105の発現を指標として生体組織から分離することができる。Muse細胞の分離法、同定法、及び特徴などの詳細は、国際公開第WO2011/007900号に開示されている。また、Muse細胞が様々な外的ストレスに対する耐性が高いことを利用して、蛋白質分解酵素処理や、低酸素条件、低リン酸条件、低血清濃度、低栄養条件、熱ショックへの暴露、有害物質存在下、活性酸素存在下、機械的刺激下、圧力処理下など各種外的ストレス条件下での培養によりMuse細胞を選択的に濃縮することができる。なお、本明細書においては、血管障害を治療するための細胞製剤として、SSEA-3を指標として用いて、生体の間葉系組織又は培養間葉系組織から調製された多能性幹細胞(Muse細胞)又はMuse細胞を含む細胞集団を単に「SSEA-3陽性細胞」と記載することがある。また、本明細書においては、「非Muse細胞」とは、生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に含まれる細胞であって、「SSEA-3陽性細胞」以外の細胞を指すことがある。
【0022】
Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、細胞表面マーカーであるSSEA-3又はSSEA-3及びCD-105を指標として生体組織(例えば、間葉系組織)から調製することができる。ここで、「生体」とは、哺乳動物の生体をいう。本発明において、生体には、受精卵や胞胚期より発生段階が前の胚は含まれないが、胎児や胞胚を含む胞胚期以降の発生段階の胚は含まれる。哺乳動物には、限定されないが、ヒト、サル等の霊長類、マウス、ラット、ウサギ、モルモット等のげっ歯類、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ロバ、ヤギ、フェレット等が挙げられる。本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、生体の組織から直接マーカーを持って分離される点で、胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞と明確に区別される。また、「間葉系組織」とは、骨、滑膜、脂肪、血液、骨髄、骨格筋、真皮、靭帯、腱、歯髄、臍帯、臍帯血、羊膜などの組織及び各種臓器に存在する組織をいう。例えば、Muse細胞は、骨髄や皮膚、脂肪組織、血液、歯髄、臍帯、臍帯血、羊膜などから得ることができる。例えば、生体の間葉系組織を採取し、この組織からMuse細胞を調製し、利用することが好ましい。また、上記調製手段を用いて、線維芽細胞や骨髄間葉系幹細胞などの培養間葉系細胞からMuse細胞を調製してもよい。
【0023】
また、本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞を含む細胞集団は、生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に外的ストレス刺激を与えることにより、該外的ストレスに耐性の細胞を選択的に増殖させてその存在比率を高めた細胞を回収することを含む方法によっても調製することができる。
前記外的ストレスは、プロテアーゼ処理、低酸素濃度での培養、低リン酸条件下での培養、低血清濃度での培養、低栄養条件での培養、熱ショックへの暴露下での培養、低温での培養、凍結処理、有害物質存在下での培養、活性酸素存在下での培養、機械的刺激下での培養、振とう処理下での培養、圧力処理下での培養又は物理的衝撃のいずれか又は複数の組み合わせであってもよい。
前記プロテアーゼによる処理時間は、細胞に外的ストレスを与えるために合計0.5~36時間行うことが好ましい。また、プロテアーゼ濃度は、培養容器に接着した細胞を剥がすとき、細胞塊を単一細胞にばらばらにするとき、又は組織から単一細胞を回収するときに用いられる濃度であればよい。
前記プロテアーゼは、セリンプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、システインプロテアーゼ、金属プロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼ又はN末端スレオニンプロテアーゼであることが好ましい。更に、前記プロテアーゼがトリプシン、コラゲナーゼ又はジスパーゼであることが好ましい。
【0024】
なお、本発明の細胞製剤においては、使用されるMuse細胞は、細胞移植を受けるレシピエントに対して自家であってもよく、又は他家であってもよい。
【0025】
上記のように、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、SSEA-3陽性又はSSEA-3及びCD-105の二重陽性を指標にして生体組織から調製することができるが、ヒト成人皮膚には、種々のタイプの幹細胞及び前駆細胞を含むことが知られている。しかしながら、Muse細胞は、これらの細胞と同じではない。このような幹細胞及び前駆細胞には、皮膚由来前駆細胞(SKP)、神経堤幹細胞(NCSC)、メラノブラスト(MB)、血管周囲細胞(PC)、内皮前駆細胞(EP)、脂肪由来幹細胞(ADSC)が挙げられる。これらの細胞に固有のマーカーの「非発現」を指標として、Muse細胞を調製することができる。より具体的には、Muse細胞は、CD34(EP及びADSCのマーカー)、CD117(c-kit)(MBのマーカー)、CD146(PC及びADSCのマーカー)、CD271(NGFR)(NCSCのマーカー)、NG2(PCのマーカー)、vWF因子(フォンビルブランド因子)(EPのマーカー)、Sox10(NCSCのマーカー)、Snai1(SKPのマーカー)、Slug(SKPのマーカー)、Tyrp1(MBのマーカー)、及びDct(MBのマーカー)からなる群から選択される11個のマーカーのうち少なくとも1個、例えば、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個又は11個のマーカーの非発現を指標に分離することができる。例えば、限定されないが、CD117及びCD146の非発現を指標に調製することができ、さらに、CD117、CD146、NG2、CD34、vWF及びCD271の非発現を指標に調製することができ、さらに、上記の11個のマーカーの非発現を指標に調製することができる。
【0026】
また、本発明の細胞製剤に使用される上記特徴を有するMuse細胞は、以下:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ
からなる群から選択される少なくとも1つの性質を有してもよい。好ましくは、本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、上記性質を全て有する。
ここで、上記(i)について、「テロメラーゼ活性が低いか又は無い」とは、例えば、TRAPEZE XL telomerase detection kit(Millipore社)を用いてテロメラーゼ活性を検出した場合に、低いか又は検出できないことをいう。テロメラーゼ活性が「低い」とは、例えば、体細胞であるヒト線維芽細胞と同程度のテロメラーゼ活性を有しているか、又はHela細胞に比べて1/5以下、好ましくは1/10以下のテロメラーゼ活性を有していることをいう。
上記(ii)について、Muse細胞は、in vitro及びin vivoにおいて、三胚葉(内胚葉系、中胚葉系、及び外胚葉系)に分化する能力を有し、例えば、in vitroで誘導培養することにより、肝細胞(肝芽細胞又は肝細胞マーカーを発現する細胞を含む)、神経細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、骨細胞、脂肪細胞等に分化し得る。また、in vivoで精巣に移植した場合にも三胚葉に分化する能力を示す場合がある。さらに、静注により生体に移植することで傷害を受けた臓器(心臓、皮膚、脊髄、肝、筋肉等)に遊走及び生着し、組織に応じた細胞に分化する能力を有する。
上記(iii)について、Muse細胞は、増殖速度約1.3日で増殖するが、浮遊培養では1細胞から増殖し、胚様体様細胞塊を作り一定の大きさになると14日間程度で増殖が止まる、という性質を有するが、これらの胚様体様細胞塊を接着培養に移行すると、再び細胞増殖が開始され、細胞塊から増殖した細胞が約1.3日の増殖速度で広がっていく。さらに精巣に移植した場合、少なくとも半年間は癌化しないという性質を有する。
また、上記(iv)について、Muse細胞は、セルフリニューアル(自己複製)能を有する。ここで、「セルフリニューアル」とは、1個のMuse細胞から浮遊培養で培養することにより得られる胚様体様細胞塊に含まれる細胞から3胚葉性の細胞への分化が確認できると同時に、胚様体様細胞塊の細胞を再び1細胞で浮遊培養に持っていくことにより、次の世代の胚様体様細胞塊を形成させ、そこから再び3胚葉性の分化と浮遊培養での胚様体様細胞塊が確認できることをいう。セルフリニューアルは1回又は複数回のサイクルを繰り返せばよい。
【0027】
(2)細胞製剤の調製及び使用
本発明の細胞製剤は、限定されないが、上記(1)で得られたMuse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団を生理食塩水や適切な緩衝液(例えば、リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁させることによって得られる。この場合、自家又は他家の組織から分離したMuse細胞数が少ない場合には、細胞移植前に細胞を培養して、所定の細胞数が得られるまで増殖させてもよい。なお、すでに報告されているように(国際公開第WO2011/007900号パンフレット)、Muse細胞は、腫瘍化しないため、生体組織から回収した細胞が未分化のまま含まれていても癌化の可能性が低く安全である。また、回収したMuse細胞の培養は、特に限定されないが、通常の増殖培地(例えば、10%仔牛血清を含むα-最少必須培地(α-MEM)など)において行うことができる。より詳しくは、上記国際公開第WO2011/007900号パンフレットを参照して、Muse細胞の培養及び増殖において、適宜、培地、添加物(例えば、抗生物質、血清)等を選択し、所定濃度のMuse細胞を含む溶液を調製することができる。ヒト対象に本発明の細胞製剤を投与する場合には、ヒトの腸骨から骨髄液を採取し、例えば、骨髄液からの接着細胞として骨髄間葉系幹細胞を培養して有効な治療量のMuse細胞が得られる細胞量に達するまで増やした後、Muse細胞をSSEA-3の抗原マーカーを指標として分離し、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。あるいは、例えば、骨髄液から得られた骨髄間葉系幹細胞を外的ストレス条件下で培養して有効な治療量に達するまでMuse細胞を増殖、濃縮した後、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。
【0028】
また、Muse細胞の細胞製剤への使用においては、該細胞を保護するためにジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入及び増殖を防ぐために抗生物質等を細胞製剤に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を細胞製剤に含有させてもよい。当業者は、これら因子及び薬剤を適切な濃度で細胞製剤に添加することができる。このように、Muse細胞は、各種添加物を含む医薬組成物として使用することも可能である。
【0029】
上記で調製される細胞製剤中に含有するMuse細胞数は、血管障害の治療において所望の効果が得られるように、対象の性別、年齢、体重、患部の状態、使用する細胞の状態等を考慮して、適宜、調整することができる。なお、対象とする個体はヒトなどの哺乳動物を含むがこれに限定されない。また、本発明の細胞製剤は、所望の治療効果が得られるまで、複数回(例えば、2~10回)、適宜、間隔(例えば、1日に2回、1日に1回、1週間に2回、1週間に1回、2週間に1回、1カ月に1回、2カ月に1回、3カ月に1回、6カ月に1回)をおいて投与されてもよい。したがって、対象の状態にもよるが、治療上有効量としては、例えば、一個体あたり一回につき1×103細胞~1×1010細胞で1~10回の投与量が好ましい。一個体における投与総量としては、限定されないが、1×103細胞~1×1011細胞、好ましくは1×104細胞~1×1010細胞、さらに好ましくは1×105細胞~1×109細胞などが挙げられる。
【0030】
本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、傷害を受けた臓器へと遊走し、生着する性質を有する。したがって、細胞製剤の投与において、細胞製剤の投与部位、投与される血管の種類(静脈及び動脈)は限定されない。
【0031】
本発明の細胞製剤は、血管障害を有する患者の障害が生じた血管の修復及び再生することができる。
【0032】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
実施例1:マウス動脈瘤モデルの作製
本実施例におけるマウスを用いた実験プロトコールは、「国立大学法人東北大学動物実験等に関する規定」を遵守し、実験動物は、東北大学動物実験センターの監督下において該規定に沿って作製された。より具体的には、非特許文献:- Bi Y, et al. PLoS ONE 2013.“Rabbit AAA Model via Periaortic CaCl2 and Elastase Incubation”を参照し、以下の手順により作製した。
8週齢の雄性SCIDマウス(日本クレア)をイソフルランの吸入により麻酔(誘導時:4%、維持時:1-1.5%)した。腹部を切開し、実体顕微鏡(Leica MZ6)下で、左腎静脈直下から大動脈分岐部までを全周性に剥離した。1~2本の腰動脈分岐を認める場合には10-0ナイロン糸で結紮し切離した。剥離した動脈の周囲を浸漬溶液(エラスターゼ:0.5ユニット/μL、CaCl2:0.5mol/Lを含む生理食塩水50μL)に浸漬したガーゼ片(4x8mm)で覆った。20分後にガーゼを取り除きその部分を生理食塩水で2度洗浄した。対照群(Sham群)には生理食塩水を含ませたガーゼ片により処置した。このようにして作製されたマウスをマウス動脈瘤モデルとして以下の実験に使用した。
【0034】
実施例2:ヒトMuse細胞の調製
ヒトMuse細胞の分離及び同定に関する国際公開第WO2011/007900号に記載された方法に準じて、Muse細胞を得た。Muse細胞のソースとしては市販の間葉系幹細胞(MSC、Lonza社)を用いた。移植に使用されるMuse細胞は、大動脈組織に生着したことを確認するために、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現し、細胞がこれにより標識されるように、予めレンチウイルス-GFP遺伝子をMuse細胞に導入した。GFPで標識されたMuse細胞をGFPとSSEA-3の二重の陽性細胞としてFACSにて分離した。またMSCからMuse細胞を分離した残りの細胞を非Muse細胞として使用した。また、GFP陽性MSCもFACSにて単離し、MSC群として使用した。
【0035】
実施例3:マウス動脈瘤モデルへの各細胞投与
実施例1で作製したマウス動脈瘤モデルを4群に分け、モデル作製後、3日目、10日目、17日目の3回にわたり、各群のマウスにMuse細胞(2×104個、200μL)(M)、非Muse細胞(2×104個、200μL)(N)、MSC(2×104個、200μL)(MSC)あるいはVehicle(リン酸緩衝液)(V)を尾静脈内に投与した。またモデル作製後、3日目のみにMuse細胞(2×104個、200μL)あるいは非Muse細胞(2×104個、200μL)を単回投与する群(それぞれ、M’、N’)を設けた。さらに、動脈瘤非作製群をSham群(S)として用い比較した。一群の動物数は8匹とした(Muse群及び非Muse群の3回細胞投与モデルでは11匹、Sham群は4匹)。
【0036】
実施例4:動脈瘤の肉眼的観察
動脈瘤作製後8週の時点で動物をイソフルラン過鎮静の方法により安楽死させ、大動脈を肉眼的に観察した。
図1に示す通り、Vehicle群ではSham群に比べて顕著に動脈が拡大しており大動脈瘤が形成されていることが確認された。Muse細胞群ではVehicle群に比べて動脈はほとんど拡大しておらず、外観はSham群と類似していた。非Muse細胞群やMSC群ではVehicle群よりも程度が軽いものの動脈の拡大が認められた。
【0037】
実施例5:顕微鏡下での大動脈瘤径の測定
実体顕微鏡(Leica MZ6)下に顕微鏡用デジタルカメラ(Leica MC120HD)を用いて大動脈瘤径を測定した。動脈瘤径は(解剖時の瘤径-モデル作製前の瘤径)/モデル作製前の瘤径)の比により評価した。
図2に示すように、モデル作製後3週目(急性期)にはMuse細胞群は3回投与群、単回投与群ともVehicle群に比べて統計学的に有意に瘤径が小さかった。一方、非Muse細胞群やMSC群ではVehicle群との間に有意な差は認められなかった。モデル作製後8週目(慢性期)においても同様にMuse細胞群は3回投与群、単回投与群ともVehicle群に比べて統計学的に有意に瘤径が小さかったが、非Muse細胞群やMSC群ではVehicle群との間に有意な差は認められなかった。以上のように、Muse細胞の3回あるいは単回投与によって、動脈瘤径が縮小することが示された。
【0038】
実施例6:超音波による動脈瘤径の経時的測定
細胞投与後3、10、17、24、31、38、45、52及び59日に、小動物用超音波画像診断装置(SonoScape S6V)を用いて動脈瘤径を経時的に測定した。
図3に示すように、Muse細胞投与群の3回投与群、単回投与群は10日以降に動脈瘤径が小さい傾向を示し、24日目および52日目にはVehicle群に比べて統計学的有意差が認められた。一方、非Muse細胞群やMSC群ではVehicle群との間に統計学的な有意差は認められなかった。以上のように、Muse細胞の3回あるいは単回投与によって、動脈瘤径が縮小することが示された。
【0039】
実施例7:大動脈弾性線維の病理組織学的評価
モデル作製後3週あるいは8週の大動脈を4%パラホルムアルデヒド(Paraformaldehyde :PFA)によって固定し、凍結切片を作製した後、Elastica-Masson染色後に観察した。
図4に示すように、細胞投与後3週においてMuse細胞群では非Muse群やMSC群、Vehicle群と比べて波状の弾性線維構造が保持される傾向にあった。弾性線維(Elastin)面積を、弾性線維面積と総血管壁断面積の比で定量化したものを
図5に示す。細胞投与後3週目にはVehicle群ではSham群と比べて有意に弾性線維面積の減少が認められた。Muse細胞群では3回投与群、単回投与群ともVehicle群に比べて有意に弾性線維面積が大きく保たれていた。一方、非Muse細胞群やMSC群ではこのような効果は認められなかった。細胞投与後8週目においても、Muse細胞群では3回投与群、単回投与群ともVehicle群に比べて有意に弾性線維面積が大きく保たれていた。一方、非Muse細胞群やMSC群ではこのような効果は認められなかった。以上のことから、Muse細胞投与によって大動脈の弾性線維が保持されることが示された。
【0040】
実施例8:Muse細胞の血管平滑筋への分化
細胞投与後3週あるいは8週の大動脈標本を用いてMuse細胞の血管平滑筋への分化を評価した。4%PFA固定した大動脈を一次抗体としてマウス抗αSMA抗体(Thermo社製、200倍希釈で使用)及びウサギ抗GFP抗体(abcam社製、500倍希釈で使用)、二次抗体としてロバ抗マウスIgG抗体(ライフテクノロジー社製、500倍希釈で使用)あるいはロバ抗ウサギIgG抗体(ライフテクノロジー社製、500倍希釈で使用)を用いて免疫組織化学の手法で染色した。
図6左の写真に示すように、Muse細胞投与後3週において、αSMAを発現する血管平滑筋は細胞質が赤色に、GFPを発現するMuse細胞は細胞質が緑色に染色された。Mergeに示すようにαSMAとGFPの両方が染色される細胞が観察され、投与したMuse細胞が血管平滑筋に分化したことが確認された。
図6右のグラフには各群における単位面積あたりのαSMA/GFP共陽細胞数を示す。Muse細胞の3回投与群では細胞投与後3週および8週に共陽性細胞が最も多く観察され、単回投与群においても共陽性細胞が認められた。一方、非Muse細胞投与群やMSC投与群では共陽性細胞はわずかであった。
【0041】
実施例9:Muse細胞の血管内皮細胞への分化
細胞投与後3週あるいは8週の大動脈標本を用いてMuse細胞の血管内皮細胞への分化を評価した。4%PFA固定した大動脈を一次抗体としてヤギ抗CD31抗体(Santa Cruz社製、50倍希釈で使用)あるいはウサギ抗GFP抗体(abcam社製、200倍希釈で使用)、二次抗体としてロバ抗ヤギIgG抗体(ライフテクノロジー社製、500倍希釈で使用)あるいはロバ抗ウサギIgG抗体(ライフテクノロジー社製、500倍希釈で使用)を使用した。
図7左の写真に示すように、Muse細胞投与後3週において、CD31を発現する血管内皮細胞は細胞質が赤色に、GFPを発現するMuse細胞は細胞質が緑色に染色された。Mergeに示すようにCD31とGFPの両方が染色される細胞が観察され、投与したMuse細胞が血管内皮細胞に分化したことが確認された。
図7右のグラフには単位面積あたりのCD31/GFP共陽細胞数を示す。Muse細胞の3回投与群では細胞投与後3週および8週に共陽性細胞が最も多く観察され、単回投与群においても共陽性細胞が認められた。一方、非Muse細胞投与群やMSC投与群では共陽性細胞はわずかであった。
【0042】
実施例10:大動脈へのマクロファージの遊走
細胞投与後3週あるいは8週の大動脈標本を用いてマクロファージの検出を試みた。一次抗体としてラット抗F4/80抗体(AbD社製、100倍希釈で使用)、二次抗体としてはヤギ抗ラット抗体(ライフテクノロジー社製、500倍希釈で使用)を使用した。
図8に示すように細胞質が赤く染色される細胞をマクロファージと同定した。Vehicle群では3週および8週ともSham群に比べて多くのマクロファージが検出された。Muse細胞の3回投与群では3週および8週ともにマクロファージの数が少なく、血管傷害に伴う炎症性細胞浸潤が抑制されていることが示唆された。その他の細胞投与群においても、Muse細胞の3回投与群ほどではないがマクロファージ数の減少が認められた。
【0043】
実施例11:Muse細胞の細胞分裂の確認
細胞投与後3週あるいは8週の大動脈標本を用いて大動脈に生着したMuse細胞が分裂しているかどうかを評価した。一次抗体としてウサギ抗Ki67抗体(Thermo社製、100倍希釈で使用)およびヤギ抗GFP抗体(abcam社製、1000倍希釈で使用)、二次抗体としてはロバ抗ウサギ抗体(ライフテクノロジー社製、500倍希釈で使用)およびロバ抗ヤギ抗体(ライフテクノロジー社製、500倍希釈で使用)を使用した。
図9に示すように、細胞分裂している細胞は核が赤色に染色され、分裂しているMuse細胞は核が赤に、細胞質が緑色に染色された。細胞投与後3週には約8.5%のMuse細胞が分裂しており、組織に生着したMuse細胞の一部が細胞分裂により増殖していることが示された。一方、投与後8週には分裂を示すMuse細胞は約2.1%に減少しており、生着したMuse細胞は次第に分化にシフトすることが示された。このことは、急性期にはMuse細胞が遊走・増殖・分化して治療効果を発揮し、その後徐々に増殖が終了し、障害部位で癌化を生じないように働いていることが示唆された。
【0044】
実施例12:Muse細胞及び非Muse細胞の分布
細胞投与後8週におけるMuse細胞又は非Muse細胞の分布を、ヒトDNAに特異的なAlu配列を標的としたリアルタイムPCRによって調べた。結果を
図10に示す。Muse細胞は肺にも見られたものの、大部分は大動脈瘤部位(Abd Ao)に分布していた。
【0045】
実施例13:Muse細胞の各種血管細胞への分化能およびストレス耐性の解析
ヒトMuse細胞の各種血管細胞への分化能と、ストレス耐性について、定量PCRによるマーカー発現解析で調べた。対照として、内皮細胞に分化することが知られている内皮前駆細胞(EPC)、ならびに内皮細胞および血管平滑筋細胞に分化することが知られているCD34
+前駆細胞(造血幹細胞と血管前駆細胞を含む)を用いた。なお、Muse細胞は、動脈瘤を誘発した重症複合免疫不全(SCID)マウス由来の血清(術後3日目)の存在下で培養した。
結果を
図11に示す。
上皮マーカーとしては、FOXC1の発現がMuse細胞において最も高かった(EPCおよびCD34
+細胞に対してそれぞれp<0.001)。一方、KLF2の発現はCD34
+細胞で最も高く(EPCに対してp<0.01、Museに対してp=0.34)、MEF2Cの発現もCD34
+細胞で最も高かった(EPCに対してp<0.01、Museに対してp<0.001)。Muse細胞におけるKLF2とMEF2Cの発現は中程度であった。
脱分化血管平滑筋細胞のマーカーであるELK1、MYH10およびCAMK2δの発現はMuse細胞において最も高かった(EPCおよびCD34
+細胞に対してそれぞれp<0.001)。
ストレス耐性に関わる因子であるHSPA8、PDIA3およびMDH1の発現はMuse細胞において顕著に高かった(EPCおよびCD34
+細胞に対してそれぞれp<0.001)。
これらの結果から、Muse細胞は内皮細胞および血管平滑筋細胞に分化する能力を有し、かつ高ストレス耐性であることが分かった。
【0046】
実施例14:インビトロ動脈瘤モデルでのMuse細胞の動態解析
Muse細胞が動脈瘤の微小環境下で分化能を有するかを調べるため、ヒトMuse細胞と動脈瘤組織を共培養した。具体的には、J Vasc Surg. 2015;62:1054-1063に記載された方法に基づき、ブタ膵臓エラスターゼ(0.5unit/μl)を含む0.5 mol/LのCaCl
2溶液を含ませたガーゼで免疫不全マウス(SCID)の腹部大動脈を約20分間包んでインキュベートすることで、腹部動脈瘤のモデルを作製した。動脈瘤組織を切り出して縦方向に切開・展開し動脈の内腔側を上に向けて培養皿に置き、10000個のGFP
+Muse細胞を添加した。その結果、
図12Aに示すように、7日目にはMuse細胞は動脈瘤壁の表層の内膜にしか局在しなかったが、2週目および3週目においては、Muse細胞は動脈組織内に侵入し、中膜と外膜層内層にも確認された。7日目の免疫染色においては、
図12Bに示すように、内膜におけるMuse細胞(GFP標識されている)は血管内皮細胞のマーカーである、CD31およびCD34陽性細胞として観察された。
【0047】
実施例15:インビボモデルでのMuse細胞の動態解析
Muse細胞が動脈瘤組織に遊走し、結合するかどうかを調べるため、動脈瘤モデルマウスに20000個のGFP
+Muse細胞を静脈から投与し、投与から3日目と5日目にマウスを解剖し、多光子レーザー顕微鏡にてMuse細胞遊走の動態を解析した。
その結果、Muse細胞がまず動脈瘤の内腔側に生着し、徐々に中膜・外膜層まで深く浸透していく結果となった実施例14のインビトロ共培養実験とは異なり、
図13Aに示すように、3日目ではGFP
+Muse細胞は血管系の外膜でしか検出されず、その一部は、外膜にある「血管の栄養血管(vasa vasorum)」の周りに集積した(矢印)。5日目には、GFP
+Muse細胞はまだ外膜にとどまっていたが、中膜及び内膜に向かって増殖した。これらの結果から、インビトロのモデルとは異なり、静脈から投与されたMuse細胞は血管の内腔側からではなく、外膜の「血管の栄養血管」を介して動脈瘤組織に侵入し、中膜および内膜側に向かって遊走することが示唆された(
図13B)。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の細胞製剤は、血管障害を有する患者に投与することにより、傷害部位において組織を再建及び修復し、機能を回復させることができ、血管障害の予防や治療に応用することができる。