(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-24
(45)【発行日】2022-03-04
(54)【発明の名称】部材及び部材の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
A22C 5/00 20060101AFI20220225BHJP
A21C 1/00 20060101ALI20220225BHJP
【FI】
A22C5/00
A21C1/00 A
(21)【出願番号】P 2019031101
(22)【出願日】2019-02-23
【審査請求日】2020-09-28
(73)【特許権者】
【識別番号】506146909
【氏名又は名称】株式会社不二WPC
(73)【特許権者】
【識別番号】511241583
【氏名又は名称】株式会社フリクション
(74)【代理人】
【識別番号】100134212
【氏名又は名称】提中 清彦
(72)【発明者】
【氏名】下平 英二
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 正夫
(72)【発明者】
【氏名】荻原 秀実
(72)【発明者】
【氏名】児玉 伴子
【審査官】石黒 雄一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-209735(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105286486(CN,A)
【文献】特開2018-149504(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21C 1/00-15/04
A22C 5/00-29/04
A23N 1/00-17/02
A23P 10/00-30/40
A47J 27/00-27/64;
36/00-37/12;
19/00-19/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粘着性食品材料と接触する部材であって、
少なくとも粘着性食品材料と接触する領域の表面に、入り口部の長径若しくは直径が50μm以下、深さが15μm未満のディンプルをランダムに無数に形成
すると共に、
前記表面に、更に、入り口部の幅が5μm以下、深さ15μm未満、長さが50μm以上の線状の溝をランダムに複数或いは無数に形成したことを特徴とする部材。
【請求項2】
粘着性食品材料と接触する部材であって、
少なくとも粘着性食品材料と接触する領域の表面に、入り口部の長径若しくは直径が50μm以下、深さが15μm未満のディンプルをランダムに無数に形成すると共に、
前記表面に、更に、入り口部の長径若しくは直径が1μm~30μm程度、深さが1μm~4μm程度のディンプルをランダムに無数に形成
し、
当該表面に、更に、入り口部の幅が5μm以下、深さ15μm未満、長さが50μm以上の線状の溝をランダムに複数或いは無数に形成したことを特徴とする部材。
【請求項3】
粘着性食品材料と接触する部材の表面処理方法であって、
少なくとも粘着性食品材料と接触する領域の表面に、入り口部の長径若しくは直径が50μm以下、深さが15μm未満のディンプルをランダムに無数に形成する
と共に、
前記表面に、更に、入り口部の幅が5μm以下、深さ15μm未満、長さが50μm以上の線状の溝をランダムに複数或いは無数に形成することで粘着性食品材料の付着を抑制可能な表面にすることを特徴とする部材の表面処理方法。
【請求項4】
粘着性食品材料と接触する部材の表面処理方法であって、
少なくとも粘着性食品材料と接触する領域の表面に、入り口部の長径若しくは直径が50μm以下、深さが15μm未満のディンプルをランダムに無数に形成すると共に、
前記表面に、更に、入り口部の長径若しくは直径が1μm~30μm程度、深さが1μm~4μm程度のディンプルをランダムに無数に形成
し、
当該表面に、更に、入り口部の幅が5μm以下、深さ15μm未満、長さが50μm以上の線状の溝をランダムに複数或いは無数に形成することで粘着性食品材料の付着を抑制可能な表面にすることを特徴とする部材の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品等の被処理物の加工等の各種の処理に供せられる処理器具に関し、特に、焼く前のハンバーグ等の素などのように粘着性を有する粘着性食品材料に接触する部材(器具)に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、ハンバーグを作るための素材である挽肉と、刻んだ玉ねぎと、パン粉などを混ぜ合わせて捏ねると、ペースト状(流動性と粘性或いは粘着性のある状態)となり粘着性のあるの食品材料(粘着性食品材料)になるが、この粘着性食品材料は、これを収容している容器(ボール)、小分けするスプーン、一時置き場的なプレート或いは搬送コンベアのプレートなど触れるもの(器具)に付着してしまうといった特性がある。餃子、焼売(シュウマイ)、春巻きなどの中身の他、食用の練り物(つみれやはんぺんなど)なども同様であり、粘着性のある食用材料であれば、粘着性食品材料に含まれる。
【0003】
このように、器具への付着があると、無駄になる食材が増えると共に、器具に付着した側が一塊から分離されてしまうため、取り扱いが煩雑となると共に、決められた重量(或いは容積)の規定量に調整することが非常に困難となるといった実情がある。
【0004】
特に、粘着性食品材料を扱う生産ラインなどにおいては、搬送コンベア等において所望の位置で落下させたり或いは取り上げたりすることが困難となったり、これらを剥ぎ取るための装置が別途必要になったり、付着量を予測したうえで予め調量しておく必要があるなど、様々な苦労を強いられているといった実情がある。
【0005】
また、粉を捏ねてうどんやパスタなどの麺、餃子(焼売、春巻など)の皮等を生産する過程における粘着性食品材料を延ばしたりする際には、これらが麺棒(圧延ローラー)に付着してしまうため、これらを剥ぎ取るためのスクレーパー状の装置などが必要になるなど、その取り扱いが煩雑となっているといった実情がある。
【0006】
このようなことから、従来は、粘着性食品材料が接触する器具などの壁面にテフロン(登録商標)コーティング等を施して付着し難くするようなことなどが行われてきた(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1に記載されているように、ホッパーの内壁等にテフロンコーティングを施す場合には、ホッパーの母材である金属材料の表面に、母材とは異なる物質を成膜することになるため、なんらかの衝撃や劣化等によって、コーティング層が母材から剥離してしまって食材に混入してしまうことが懸念され、このような剥離等の心配のない技術が求められているといった実情がある。
【0009】
また、大がかりな剥ぎ取り装置を設ける場合には、設備が高度化・複雑化してコストが増大すると共に振動騒音等の問題があると共に、軸受など部品要素が増えることから異物が被加工物(被処理物)に混入するおそれが高まるといった実情がある。
【0010】
また、スクレーパー程度の簡単な装置であっても、麺棒の外周面と所定王圧力で接触しているため、摩耗するので、接触度合いの調整や交換が定期的に必要であり、メンテナンスが煩雑化するといった実情がある。加えて、摩耗粉が発生するおそれがあるため、食品を取り扱う分野においては、粘着性食品材料の麺棒からの剥離性を改善して、スクレーパーをできるだけ接触圧の低いものに替えたり、スクレーパー自体を省略したいといった実情がある。
【0011】
本発明は、上述した各種の実情に鑑みなされたもので、比較的簡単かつ低コストな構成でありながら、剥離等による異物の混入のおそれがなく、ハンバーグや餃子の素や挽肉(生肉)の塊などの練り物などの他、うどん、パスタなどの麺類、餃子等の皮などの粘着性食品材料が付着し難い部材(或いは器具)、及びその表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
このため、本発明に係る部材は、
粘着性食品材料と接触する部材であって、
少なくとも粘着性食品材料と接触する領域の表面に、入り口部の長径若しくは直径が50μm以下、深さが15μm未満のディンプルをランダムに無数に形成すると共に、
前記表面に、更に、入り口部の幅が5μm以下、深さ15μm未満、長さが50μm以上の線状の溝をランダムに複数或いは無数に形成したことを特徴とする。
【0013】
本発明に係る部材は、
粘着性食品材料と接触する部材であって、
少なくとも粘着性食品材料と接触する領域の表面に、入り口部の長径若しくは直径が50μm以下、深さが15μm未満のディンプルをランダムに無数に形成すると共に、
前記表面に、更に、入り口部の長径若しくは直径が1μm~30μm程度、深さが1μm~4μm程度のディンプルをランダムに無数に形成し、
当該表面に、更に、入り口部の幅が5μm以下、深さ15μm未満、長さが50μm以上の線状の溝をランダムに複数或いは無数に形成したことを特徴とする。
【0015】
本発明に係る部材の表面処理方法は、
粘着性食品材料と接触する部材の表面処理方法であって、
少なくとも粘着性食品材料と接触する領域の表面に、入り口部の長径若しくは直径が50μm以下、深さが15μm未満のディンプルをランダムに無数に形成すると共に、
前記表面に、更に、入り口部の幅が5μm以下、深さ15μm未満、長さが50μm以上の線状の溝をランダムに複数或いは無数に形成することで粘着性食品材料の付着を抑制可能な表面にすることを特徴とする。
【0016】
本発明に係る部材の表面処理方法は、
粘着性食品材料と接触する部材の表面処理方法であって、
少なくとも粘着性食品材料と接触する領域の表面に、入り口部の長径若しくは直径が50μm以下、深さが15μm未満のディンプルをランダムに無数に形成すると共に、
前記表面に、更に、入り口部の長径若しくは直径が1μm~30μm程度、深さが1μm~4μm程度のディンプルをランダムに無数に形成し、
当該表面に、更に、入り口部の幅が5μm以下、深さ15μm未満、長さが50μm以上の線状の溝をランダムに複数或いは無数に形成することで粘着性食品材料の付着を抑制可能な表面にすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、比較的簡単かつ低コストな構成でありながら、剥離等による異物の混入のおそれがなく、ハンバーグや餃子の素や挽肉(生肉)の塊などの練り物などの他、うどん、パスタなどの麺類、餃子等の皮などの粘着性食品材料が付着し難い部材(或いは器具)、及びその表面処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】(A)は本発明の一実施の形態に係る粘着性食品材料が接触する器具或いは部材の付着抑制処理された表面形状の諸元(仕様)の一例(ディンプル、ディンプル+グルーブ)を示す表であり、(B)は同諸元(仕様)の他の一例(複合ディンプル、複合ディンプル+グルーブ)を示す表である。
【
図2】(A)は粘着性食品材料と平坦な表面との間における付着のメカニズムを説明するモデル図であり、(B)は粘着性食品材料とディンプル付き表面との間における付着抑制メカニズムを説明するモデル図である。
【
図3】(A)は粘着性食品材料をディンプル付き表面から引き剥がす際の空気溜りの生成及び付着力抑制のメカニズムを説明するモデル図であり、(B)は粘着性食品材料とディンプル+グルーブ付き表面との間における空気溜りへの空気の導入及び付着力抑制のメカニズムを説明するモデル図である。
【
図4】従来の平坦な表面を有する金属製ボールへの粘着性食品材料(ハンバーグの素)の付着状況を示す図である。
【
図5】(A)は市販のステンレス製ボールの表面相当(SUS304を♯400で仕上げた表面)の3D画像を示す図であり、(B)は同上ステンレス製ボールの表面相当(SUS304を♯700で仕上げた表面)の3D画像を示す図である。
【
図6】同上実施の形態に係る付着抑制表面を有する金属製ボールへの粘着性食品材料(ハンバーグの素)の付着状況を示す図である。
【
図7】同上実施の形態に係る付着抑制処理面の3D画像を示す図である。
【
図8】同上実施の形態に係る砥粒研削処理によるディンプル及びグルーブの入り口縁部のR形状化の様子を示す図(表面形状測定装置により取得した表面形状)である。
【
図9】微粒子ピーニング処理により表面にランダムかつ無数に形成される微小ディンプル(略球面状微小凹部)の一例を概略的に示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る一実施の形態を、添付の図面を参照しつつ説明する。なお、以下で説明する実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
【0021】
本実施の形態に係る器具(例えば、処理器具)(処理:加工以外の搬送、収容、滑落等のあらゆる処理を含む概念)の一例としては、例えば、ハンバーグや餃子の素や挽肉(生肉)の塊などの練り物などの他、うどん、パスタなどの麺類、餃子等の皮などの粘着性食品材料が接触する器具(ボール、麺棒(圧延ローラー)、撹拌棒、トレイ、ホッパー、ターナー、ビーター、ニーダー、刃物、スプーン、ナイフ、フォーク、皿、運搬コンベア或いはその付属品の食材載置部、スクリュウ式運搬コンベアの食材接触部など)の表面に、付着抑制処理(微小ディンプル(略球面状に陥没した微小凹部、略球面状微小凹部)やグルーブ(溝)の形成処理など)を施す。
【0022】
本実施の形態に係る表面処理を、例えばハンバーグの素や皮に包む前の餃子の具、うどん等の粘着性食品材料を捏ねる等の各種の処理を行う器具の表面或いはその素材として用いられるステンレス、アルミニウム、銅、鉄鋼等の食品用金属部材や樹脂部材の表面に施すことで、粘着性食品材料の付着を抑制する面(付着抑制面)を形成することができる。
【0023】
なお、本実施の形態に係る粘着性食品材料の付着を抑制する面(付着抑制面)には、後述するように、ディンプル、グルーブ、テクスチャが形成される。
【0024】
ここで、本実施の形態において、ディンプルとは、表面に形成される入り口部の縁形状が円形を含む略長円形の凹部(略球面状微小凹部)をいう(
図9参照)。なお、表面に向けて投射したメディアは、ほぼ垂直に衝突する場合もあれば斜めに衝突する場合もあり、その入り口部形状(表面に略直交する方向から見た形状)が略円形に形成されているものもあれば、略長円形に形成されているものもあり、それらが混在している。
また、本実施の形態において、グルーブとは、表面に形成される線状溝をいい、テクスチャとは、表面に意図的に付与した凹凸をいうものとする。
【0025】
本実施の形態に係る一例として、
図1(A)のNo.1に示すように、入り口部の長径(若しくは直径)がおよそ50μm以下、深さおよそ15μm未満の諸元(仕様)のディンプル(略球面状微小凹部)を形成することで付着抑制面を実現することができる。
【0026】
また、
図1(A)のNo.2に示すように、この付着抑制面に、更に、後から(或いは上から)、入り口部の幅およそ5μm以下、深さおよそ15μm未満で、最低50μm以上、好ましくは5mm以上の長さの諸元(仕様)を有するグルーブ(溝)をランダムに複数(或いは無数)に形成することでも実現可能である。
【0027】
但し、グルーブのみが存在する面(グルーブのみを形成した面)では付着抑制効果は得難いことが実験により確認されている。
【0028】
すなわち、本発明者等は、上記諸元(仕様)のディンプルが存在する面、好ましくは上記諸元(仕様)のディンプルとグルーブを併せ持つ面が、粘着性食品材料の付着抑制効果を良好に発揮することを実験により確認した。
【0029】
ただし、上述した諸元のディンプルを、後述するような複合ディンプルとしても粘着性食品材料の付着抑制効果を発揮させることができる。
【0030】
すなわち、まず、粘着性食品材料が接触する表面にサイズの大きなディンプルを形成し、次に、その上から、微粒子ピーニング処理におけるメディアを替えて、小さなディンプルを形成する。この複合処理の結果、
図1(B)のNo.1に記載の諸元のような複合ディンプル(大きなサイズのディンプルの上に小さなサイズのディンプルが形成されている複合ディンプル)を形成する。
これにより、粘着性食品材料の付着抑制効果を良好に発揮することができる。
【0031】
そして、
図1(B)のNo.2に示すように、この複合ディンプルが形成された付着抑制面に、その上から、更に、幅およそ5μm以下、深さおよそ15μm未満で、最低50μm以上、好ましくは5mm以上の長さの諸元(仕様)を有するグルーブ(溝)をランダムに無数に形成することができる。
これにより、粘着性食品材料の付着抑制効果をより一層良好に発揮することができる。
【0032】
なお、本実施の形態に係るディンプル(複合ディンプルを含む)に関しては、本ディンプル加工済の、例えばステンレス製ボールを家庭等で使用した場合、ボールの洗浄等で意図しなくとも傷としてグルーブが付与される場合があり、このようにグルーブが後から付与された場合においても、付着抑制効果を発揮するようにディンプルの諸元を設定した。
【0033】
また、初期ディンプル形状、グールブ形状を保護し、付着抑制効果がより一層長く継続するよう処理後の面に窒化処理等を施すことも有効である。
【0034】
ここで、本実施の形態に係る粘着性食品材料が接触する表面(食用器具)における粘着性食品材料の付着抑制メカニズムについて考察する。
【0035】
<凹凸がほとんど無い表面の場合(従来の市販の器具に相当)>
食品用器具の表面が凹凸のほとんど無い表面1(従来の市販の器具)の場合、この表面1に粘着性食品材料2が付着すると、ディンプル等のテクスチャ(表面凹凸形状)を有する面に対し接触面積が大きいので付着力も大きく、粘着性食品材料2を引き剥がし難い(
図2(A)参照)。
【0036】
すなわち、
図2(A)の鏡面のような表面1に粘着性食品材料2が付着すると接触面積が広く、大きな引き剥し力が必要となるため、粘着性食品材料2を表面1から引き剥がそうと外力を加えると(例えば手で一部を掴んで持ち上げると)、粘着性食品材料2が引き剥がす途中で分離して表面1側に多量に粘着性食品材料2が残りそのまま付着してしまうことになる。
【0037】
<ディンプルのみの場合>
これに対し、食品用器具の表面にディンプル3が形成されている場合はそのディンプル3が空気溜りとなり、
図2(A)の凹凸の無い表面1の場合に対し、粘着性食品材料2の接触する面積が小さいので付着力は小さくなる(
図2(B)参照)。
【0038】
また、この状態(
図2(B)の状態)で粘着性食品材料2を表面1から引き剥がそうと外力を加えると(例えば手などで一部を掴んで持ち上げると)、
図3(A)に示すように、ディンプル3の縁部から粘着性食品材料2が変形し持ち上がることにより空間が形成され、その空間にディンプル3(空気溜り)内の空気が入り込み、引き剥がれのきっかけとなり、
図2(A)の凹凸の無い表面1の場合に比べて容易に引き剥がれるようになる。
【0039】
しかし、空気溜りの容積が拡張することでディンプル3の内部(内側)は大気圧に対し負(負圧)になり易くなるため、吸盤のように、粘着性食品材料2を表面1側に引き付けてしまうことがあり、粘着性食品材料2が引き剥がす途中で分離して、引き剥がしている側(例えば手)に残るものと、表面1側に残るものと、で分かれてしまい、結局粘着性食品材料2が表面1に付着してしまうといった現象が起こることとなり、分離し易い粘着性食品材料2の場合には、より付着し難い表面特性を見い出すことが望まれる。
【0040】
<ディンプル及びグルーブ或いは複合ディンプル(ディンプルオンディンプル)の場合>
上述した空気溜りが負圧になることによる付着抑制効果の阻害要因を排除する手法について、本発明者等は種々の検討・実験を繰り返し、その結果、ディンプル3が存在する表面1にディンプル3の内部と大気(外気)を連通させて、ディンプル3の内部が負圧にならないようにすることが有効であることに至った。
【0041】
具体的には、
図3(B)に示すように、表面1に複数形成されているディンプル3に連通するような適当な諸元のグルーブ(線状の溝)4をランダムに無数に存在させることで、このグルーブ4がディンプル3と外部(粘着性食品材料2の外側)とを結ぶ空気導入/連通経路となり、ディンプル3の内部及び粘着性食品材料2の底面に形成された空間が負圧になるのを抑制するため、
図3(A)のディンプルのみを形成した場合に比べて、より確実に粘着性食品材料2が表面1から引き剥がれ易くなる。
【0042】
つまり、グルーブ4によりディンプル3を外部(外気)と連通させることによって、外部からディンプル3の内部や粘着性食品材料2の底面への空気の導入が行われ、これにより粘着性食品材料2の引き剥がし時のディンプル3の負圧化が抑制され、表面1からの引き剥がし力を低減させることができる。
【0043】
すなわち、本実施の形態は、表面1に複数形成されているディンプル3の凹部と、グルーブ4の凹部と、が接続されるように、ランダムに無数にディンプル3とグルーブ4を形成することで、粘着性食品材料2の下側に存在して空気溜りとなっているディンプル3に、グルーブ4を介して外側から空気を導入できるようにして、粘着性食品材料2を表面1から引き剥がす際に、粘着性食品材料2の底面に接触しているディンプル3の内部が負圧になるのを防止し、以って粘着性食品材料2を表面1から一層引き剥がし易くすることができるようにしたものである。
【0044】
なお、複合ディンプル(ディンプルオンディンプル)の場合も同様に、大きなディンプルと小さなディンプルを複数形成することで、隣接する大きなディンプル間をこの小さなディンプルを介して連通させ、これが隣接するディンプル間で連鎖することとなるので、粘着性食品材料2の下側に存在して空気溜りとなっているディンプル3に外側から空気を導入でき、粘着性食品材料2を表面1から引き剥がす際に、大きなディンプル3の内部が負圧になるのを防止することができる。従って、複合ディンプル(ディンプルオンディンプル)の場合も、ディンプルのみを形成した場合に比べて、より効果的に粘着性食品材料2を表面1から引き剥がし易くすることができる。
【0045】
<実際の粘着性食品材料の付着実験>
ここで、実際に、粘着性食品材料の一例としてハンバーグの素(挽肉と、玉ねぎ、パン粉などを混ぜた一般的なもの)を、凹凸の無い表面(
図3)に相当する市販のステンレス製ボールを用いて捏ねた場合の付着状況を、
図4に示す。
【0046】
そして、この市販のステンレス製ボールの表面性状に近い表面(SUS304を♯400で仕上げた表面)の3D画像を
図5(A)に示す。
また、SUS304を♯700で仕上げた略鏡面と言える表面の3D画像を
図5(B)に示す。
【0047】
なお、本実施の形態に係る3D画像は、実際の面性状計測データからのものであり、KEYENCE社製の形状測定レーザーマイクロスコープVK-X100を用いて取得した。
【0048】
図5(A)、
図5(B)から、市販のステンレス製ボールの表面には、キズなどが少なく、また凹凸がほとんど無い平面であることが確認できる。
また、
図4から、粘着性食品材料であるハンバーグの素が市販のステンレスボールの表面に、ハンバーグの素の一種である主に肉が付着していることが確認できる。
【0049】
これに対し、実際に、粘着性食品材料の一例としてハンバーグの素を、本実施の形態に係る付着抑制処理面(
図3(B)相当)を有するステンレス製ボールを用いて捏ねた場合の付着状況を、
図6に示す。この
図6に示されている通り、肉の付着はほとんどなく、大幅に粘着性食品材料の付着が抑制されていることが確認できる。
【0050】
図7に、本実施の形態に係る付着抑制処理面(
図3(B)相当)の3D画像を示す。なお、当該画像も実際の面性状計測データからのものである。
図7の3D画像の通り、ランダムに無数のディプル、グルーブが認められ、ディプルとグルーブが連通していることも確認できる。
【0051】
ところで、本実施の形態に係る付着抑制処理(ディンプルやグルーブを形成する処理)は、
図5(B)に示したような鏡面は勿論、
図5(A)に示したような#400で仕上げた面に処理しても、処理後のいわゆる面租度は同等に仕上げることが可能であり、処理前の面粗度に影響され難いといった特徴がある。
【0052】
次に、本実施の形態に係るディンプルの形成方法について説明する。
【0053】
<単一ディンプル、複合ディンプルの形成方法>
本付着抑制面は、投射材(メディア)を被処理面に投射することによりディンプル等を形成する投射加工とすることができ、付着抑制のためのディンプルは単一サイズのディンプルだけ(
図3(A)相当)としても良いし、サイズの異なるメディアを混ぜ合わせて複数のサイズのディンプルが混在するように形成したディンプル面も複合ディンプル面としても良いものである。また、上述したように、大きなディンプルの上に小さなディンプルを形成した複合ディンプル面とすることも可能である。
なお、投射加工の一例である微粒子ピーニング処理(WPC処理)については後述する。
【0054】
<ディンプル+グルーブ(
図3(B)、
図7相当)>
本付着抑制面は、ランダムに無数のディンプルを形成することによる付着抑制効果発揮を、ディンプル面にグルーブを付加することにより、一層高めることができる面となる。
このようなグルーブ形成方法としては、下記のような手法が挙げられる。
(1)砥粒研削処理
砥粒研削処理:粘弾性を有する高分子材料にSiCやダイヤモンド等を担持させた投射材を用い、被加工物表面の極微細な突起を研磨除去すると共に、極微細なグルーブをランダムに無数に形成する処理。詳細については後述する。
(2)サンドペーパーで研磨する方法
(3)食器・調理具洗浄みがき用研磨粒子入り不織布で研磨する方法
(4)その他、グルーブを形成できる処理方法であれば如何なる方法であっても可
(5)その他、グルーブと同等機能を有するテクスチャ(表面凹凸形状)を形成できる方法であれば採用可能である。
【0055】
ここで、微粒子ピーニング処理(WPC処理)について説明する。
WPC(Wide Peening and Cleaning)処理とは、「微粒子ピーニング」、「精密ショットピーニング」、「FPB(Fine Particle Bombarding)」などと称される表面処理で、金属製品の表面に、目的に応じた材質の微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させる表面改質処理である。
【0056】
なお、微粒子ピーニング処理としては、例えば、特許第5341971号に記載されている金属製品の熱処理方法(WPC処理)を適用することができる。
具体的には、下記のような噴射装置からショット(投射材)を噴射してWPC処理対象に衝突させることにより行う。
【0057】
〔噴射装置〕
本発明に係る微粒子ピーニング処理は、既知のブラスト装置によりショットを噴射して金属製品の表面に衝突させる。
【0058】
例えば、空気式のブラスト装置としては各種の型式のものを使用することができるが,例えばショットの投入されたタンク内に圧縮空気を供給し,該圧縮空気により搬送されたショットを別途与えられた圧縮空気流に乗せてブラストガンより噴射する直圧式のブラスト装置,タンクから落下したショットを圧縮空気に乗せて噴射する重力式のブラスト装置,圧縮空気の噴射により生じた負圧によりショットを吸引して圧縮空気と共に噴射するサクション式のブラスト装置等の各種のブラスト装置を使用することができる。
【0059】
〔ショット〕
本発明において使用されるショット(メディア)は、
図1(A)、
図1(B)に示された諸元(仕様)のディンプルを形成できるものであれば、特に限定されるものではなく、アルミナシリカビーズ、ハイスビーズなどを使用することができる。
【0060】
上記のような噴射装置により、ショット(群)を圧縮空気と混合し、噴射圧力0.3~0.6MPa、噴射速度100~200m/秒、噴射距離100mm~250mmで噴射して、WPC処理対象表面(粘着性食品材料が接触する表面)に、無数の微小ディンプル(略球面状に陥没した無数の微小凹部)を形成する。
【0061】
また、研磨加工の一つである砥粒研削処理について説明する。
(1)研磨砥粒:微小粒径(例えば粒径5μm以下)のダイヤモンドその他の研磨剤(炭化ケイ素、コランダム:アルミナなど)を単独もしくは樹脂等に担持させて研磨に用いる。
(2)複雑形状部材の研磨のために、上記の研磨砥粒を、部材に投射 (投射処理) 或いはバレル容器内で部材と共に運動させる(バレル処理)
(3)投射処理
以下の2通りが想定される。
(a)研磨砥粒を空気あるいは各種気体と混合し、ノズルから圧送し、被加工部材に投射する。
(b)研磨砥粒を回転羽根等により機械的に速度を付加し,被加工部材に投射する。
(4)バレル処理
通常のバレル処理と同様(研磨砥粒を、バレル容器内で部材と共に運動させる)
【0062】
なお、砥粒研削処理の具体的な例として、不二製作所のシリウス加工(URL:http://www.fujimfg.co.jp/ApplicationSirius.htm)、噴射式ラップマシン「SMAP」東洋研磨材工業株式会社製(URL:http://www.toyo-kenmazai-kogyo.jp/smap.html)などを利用することができる。
【0063】
ここで、砥粒研削処理は、微小粒径(粒径5μ以下)のダイヤモンド等の研磨剤を樹脂(弾性変形する担体)に担持させた研磨砥粒を投射等により処理対象(加工材)に衝突させることで、小さな研磨剤(樹脂担体はφ1mm~2mm程度の大きさで、ダイヤモンド研磨材はφ0.25μmから1μm程度の粒径)を使用しているので、複雑な三次元形状の凹部などまで入り込んで研磨することができるといった特徴を備えている。
【0064】
すなわち、粘弾性を有する高分子材料に担持させた研磨砥粒が処理対象(加工材)と衝突する際に、その衝突により担体が弾性変形するため、加工対象の形状に沿って変形することができるので、加工材を必要以上に荒らすことなく加工対象の微細形状に合わせて精密に研磨することができる、といった効果がある。
【0065】
このように、砥粒研磨処理は、担体が弾性変形しながら研磨するため、複雑な微小形状に対してもこれに沿って研磨を行うことができる。よって、ディンプル3の入り口縁部、グルーブ4の入り口縁部を、
図8に示すように丸める(R形状化)研磨ができるので、粘着性食品材料2への食い込み等が抑制されると共に、粘着性食品材料2の底面と表面1との接触面積も低減でき、以って粘着性食品材料2の底面と表面1との付着力をより一層低減できると共に、更には、ディンプル3やグルーブ4の空気通路としての機能も持たせることができるため、一層確実かつ強力に粘着性食品材料の表面への付着抑制効果を奏させることに貢献可能である。
【0066】
本実施の形態に係る器具は、特に限定されるものではなく、食品等の加工或いは生産ラインに利用されている器具(加工用器具、処理器具)、家庭用の器具(処理器具、調理器具)も含むことができると共に、更には、粘着性食品材料が接触する器具或いは部材の表面であれば本発明は適用可能である。
【0067】
また、上記の具体例(付着実験)では金属製ボールについて例示したが、本発明に係る粘着性食品材料が接触する器具或いは部材は、金属製に限定されるものではなく、プラスチックなどの樹脂製材料のものにも適用可能である。
【0068】
また、本実施の形態では、ハンバーグや餃子の素や挽肉(生肉)の塊などの練り物などの他、うどん、パスタなどの麺類、餃子等の皮などを、粘着性食品材料として説明したが、本発明はこれらに限定されるものはなく、器具等の表面に付着して問題となる食材であれば適用可能である。
【0069】
本発明は、上述した発明の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々変更を加え得ることは可能である。
【符号の説明】
【0070】
1 粘着性食品材料が接触する器具(或いは部材)
2 粘着性食品材料
3 ディンプル(略球面状微小凹部)
4 グルーブ(線状溝)