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特許7029742電解研磨液及びそれを用いたステンレス鋼の電解研磨方法並びに耐食性に優れるステンレス鋼の製造方法
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  • 特許-電解研磨液及びそれを用いたステンレス鋼の電解研磨方法並びに耐食性に優れるステンレス鋼の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-24
(45)【発行日】2022-03-04
(54)【発明の名称】電解研磨液及びそれを用いたステンレス鋼の電解研磨方法並びに耐食性に優れるステンレス鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25F 3/24 20060101AFI20220225BHJP
   C23C 22/27 20060101ALI20220225BHJP
   C23C 22/78 20060101ALI20220225BHJP
   C23C 22/83 20060101ALI20220225BHJP
【FI】
C25F3/24
C23C22/27
C23C22/78
C23C22/83
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021182245
(22)【出願日】2021-11-09
【審査請求日】2021-12-19
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】515005080
【氏名又は名称】株式会社アサヒメッキ
(73)【特許権者】
【識別番号】307016180
【氏名又は名称】地方独立行政法人鳥取県産業技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100167645
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 一弘
(72)【発明者】
【氏名】川見 和嘉
(72)【発明者】
【氏名】木下 淳之
(72)【発明者】
【氏名】山中 尚
(72)【発明者】
【氏名】福田 洋二
(72)【発明者】
【氏名】玉井 博康
(72)【発明者】
【氏名】福谷 武司
(72)【発明者】
【氏名】田中 俊行
(72)【発明者】
【氏名】塚根 亮
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 好明
【審査官】大塚 美咲
(56)【参考文献】
【文献】特許第6869495(JP,B1)
【文献】特開昭62-214200(JP,A)
【文献】特開昭49-046582(JP,A)
【文献】特開2019-101002(JP,A)
【文献】特開2018-188728(JP,A)
【文献】特開2016-135898(JP,A)
【文献】特開2019-090085(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25F 3/24
C23C 22/27
C23C 22/78
C23C 22/83
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなるステンレス鋼用電解研磨液であって、前記リン酸濃度が25~50vol%、かつ前記有機スルホン酸濃度が50~75vol%、であることを特徴とするステンレス鋼用電解研磨液。
【請求項2】
前記有機スルホン酸がメタンスルホン酸であることを特徴とする請求項1に記載したステンレス鋼用電解研磨液。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかに記載のステンレス鋼用電解研磨液をステンレス鋼の電解研磨処理工程に採用するステンレス鋼の電解研磨方法。
【請求項4】
前記電解研磨処理工程がパルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理のいずれか一方または双方を含むことを特徴とする請求項3に記載したステンレス鋼の電解研磨方法。
【請求項5】
ステンレス鋼表面をリン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなり、前記リン酸濃度が25~50vol%、かつ前記有機スルホン酸濃度が50~75vol%のステンレス鋼用電解研磨液で電解研磨する電解研磨処理工程、
電解研磨処理されたステンレス鋼を、クロム酸と硫酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、ステンレス鋼表面に酸化クロム皮膜をする形成する皮膜形成工程、
皮膜形成工程で形成された酸化クロム皮膜を、クロム酸とリン酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を硬化する硬化処理工程、
硬化処理工程で硬化した酸化クロム皮膜を不働態化剤からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程、
とからなる不働態膜を被覆した耐食性を有するステンレス鋼の製造方法であって、
前記不働態化処理工程が、少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成されている、
ことを特徴とする耐食性を有するステンレス鋼の製造方法。
【請求項6】
前記電解研磨処理工程が、パルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理のいずれか一方または双方を含むことを特徴とする請求項5に記載した耐食性を有するステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
前記2以上の独立した不働態化処理工程が、それぞれ構成成分の異なる不働態化剤からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程であることを特徴とする請求項5または請求項6のいずれかに記載した耐食性を有するステンレス鋼の製造方法。
【請求項8】
前記電解研磨処理されたステンレス鋼が溶接加工を施したステンレス鋼であることを特徴とする請求項5から請求項7のいずれかに記載した耐食性を有するステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、電解研磨液及びそれを用いたステンレス鋼の電解研磨方法に関する。また、前記電解研磨方法により表面の平滑化処理を行ったステンレス鋼に処理コスト及び設備コストが安価でコスト優位性が高い湿式処理(ウエットプロセス)により形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した耐食性に優れるステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は表面に自然に形成されるナノオーダーの不働態酸化膜で被覆されているため化学プラントにおける主要な装置材料として、配管や容器部材として使用されている。化学プラントを構成する配管や容器部材は、海塩粒子の付着による孔食や隙間腐食を生じ易く、腐食の進行に伴う強度低下が安全対策において懸念されている。また、高温あるいは極低温の環境下における延性低下に伴う破断事故、高圧水素の貯蔵輸送における水素脆性が問題となっている。さらに、配管や容器部材は溶接加工が施される場合が多く、溶接加工部の耐食性にも優れることが求められている。
【0003】
このため、配管や容器部材、溶接加工部材を耐水素脆性及び耐食性に優れるバリア性皮膜で被覆することが検討されている。特許文献1、2には、ステンレス鋼に処理コスト及び設備コストが安価でコスト優位性が高い湿式処理(ウエットプロセス)により形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した耐食性及び耐水素脆性に優れるステンレス鋼並びにその製造方法が開示されている。
【0004】
一方、ステンレス鋼に湿式処理(ウエットプロセス)により均一な金属酸化物皮膜を形成するためには、被処理面(ステンレス鋼表面)の平滑性を高める必要がある。ステンレス鋼表面の平滑化には、研磨処理、特に、加工変質や加工硬化層を作らず、研磨面に不純物や汚染が少ないため研磨面が清浄となる電解研磨処理が採用されている。
しかしながら、電解研磨処理では、被研磨金属近傍に濃厚な粘性の高い陽極液層(Jacquet層)が形成され、電解加工の進行を妨げ、加工精度を低下させるという問題がある。また、電解研磨液は粘性の高い硫酸を使用するためアノード反応に伴う気泡が被研磨金属表面に滞留しやすく、気泡が電解加工の進行を妨げ、加工精度を低下させるという問題がある。
【0005】
特許文献3,4には、硫酸の代替として有機スルホン酸または有機スルホン酸塩を採用する電解研磨液について開示されている。しかしながら、特許文献3、4に開示された電解研磨液は、いずれも環境面、取扱安全性に着目したものであって、電解研磨液の粘性を低減するためのものではなく、安定化のため他の成分(例、有機塩基、アルコール類)を含んでいる。
特許文献5、6には、着色用ステンレス鋼の皮膜形成前処理として交互パルスをステンレス鋼に印加することが開示されている。しかしながら、いずれも電解研磨液は硫酸を含むものである。
また、特許文献7には、陽極酸化処理前のスマット除去にマイクロバブルの曝気処理が開示されている。しかしながら、電解研磨処理における被研磨金属近傍には濃厚な粘性の高い陽極液層(Jacquet層)の排除を目的としたものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-188728号公報
【文献】特許第6869495号公報
【文献】特開2016-135898号公報
【文献】特開2019- 90085号公報
【文献】特開平6 -220646号公報
【文献】特開平7 -252690号公報
【文献】特開2016-125100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本願発明は、処理コスト及び設備コストが安価でコスト優位性が高い湿式処理(ウエットプロセス)によりステンレス鋼の表面に形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した耐食性に優れるステンレス鋼の製造において、不働態化皮膜形成の前処理である電解研磨処理におけるステンレス鋼の表面の平滑性に優れる新たな電解研磨液及び電解研磨方法を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明の課題は、以下の態様により解決できる。具体的には、
【0009】
(態様1) リン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなるステンレス鋼用電解研磨液であって、前記リン酸濃度が25~50vol%、かつ前記有機スルホン酸濃度が50~75vol%、であることを特徴とするステンレス鋼用電解研磨液である。
電解研磨液の成分に硫酸を含まず、かつリン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみとすることで、電解研磨液の粘性を低減することができるからである。これにより、電解研磨処理において被研磨金属近傍に形成される陽極液層(Jacquet層)の粘性を低減でき、アノード反応に伴う気泡が被研磨金属表面に滞留しにくくなり、結果として電解加工の進行が均一となり、加工精度が向上して、被処理金属であるステンレス鋼の表面平滑性が向上するからである。
【0010】
(態様2) 前記有機スルホン酸がメタンスルホン酸であることを特徴とする態様1に記載したステンレス鋼用電解研磨液である。
有機スルホン酸としては、メタンスルホン酸が電解研磨液の粘性低減効果が優れるからである。
【0011】
(態様3) 態様1または態様2のいずれかに記載のステンレス鋼用電解研磨液をステンレス鋼の電解研磨処理工程に採用するステンレス鋼の電解研磨方法である。
態様1または態様2のステンレス鋼用電解研磨液をステンレス鋼の電解研磨処理に採用することで、表面の平滑性に優れるステンレス鋼が得られ、皮膜形成後のステンレス鋼の耐食性が向上するからである。
【0012】
(態様4) 前記電解研磨処理工程がパルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理のいずれか一方または双方を含むことを特徴とする態様3に記載したステンレス鋼の電解研磨方法である。
パルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理のいずれか一方または双方を電解研磨処理で併用することで、電解研磨処理において被研磨金属近傍に形成される陽極液層(Jacquet層)及びアノード反応に伴う気泡の滞留を排除でき、結果として電解加工の進行が均一となり、加工精度が向上して、被処理金属であるステンレス鋼の表面平滑性が向上するからである。
【0013】
(態様5) ステンレス鋼表面をリン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなり、前記リン酸濃度が25~50vol%、かつ前記有機スルホン酸濃度が50~75vol%のステンレス鋼用電解研磨液で電解研磨する電解研磨処理工程、電解研磨処理されたステンレス鋼を、クロム酸と硫酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、ステンレス鋼表面に酸化クロム皮膜をする形成する皮膜形成工程、皮膜形成工程で形成された酸化クロム皮膜を、クロム酸とリン酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を硬化する硬化処理工程、硬化処理工程で硬化した酸化クロム皮膜を不働態化剤からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程、とからなる不働態膜を被覆した耐食性を有するステンレス鋼の製造方法であって、前記不働態化処理工程が、少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成されていることを特徴とする耐食性を有するステンレス鋼の製造方法である。
ステンレス鋼表面をリン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなり、前記リン酸濃度が25~50vol%、かつ前記有機スルホン酸濃度が50~75vol%のステンレス鋼用電解研磨液で電解研磨処理することで、被研磨金属であるステンレス鋼表面近傍に形成される陽極液層(Jacquet層)の滞留が抑制され、電解加工の進行が均一となり、加工精度が向上して、ステンレス鋼表面が平滑化するからである。結果として、平滑化したステンレス鋼表面に形成された皮膜厚みが均一となり、耐食性が低下する原因となる皮膜が薄い部分や皮膜欠損(ピンホール)が生じないからである。そして、不働態化したステンレス表面に形成される不働態化皮膜の耐食性が強化されるからである。
また、すべて工程をウエットプロセスとすることで、大面積の処理が可能であり、量産性が高く、処理コストが安価で生産性が高くなり、装置構造も単純であり、設備コストも安価であるため、コスト優位性が高く処理コストが安い耐食性を有するステンレス鋼を製造することができるからである。
さらに、不働態化処理工程を少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程として、不働態化処理を逐次的に追加することで、膜厚100nmを超える不働態化した酸化クロム皮膜の緻密性(例えば、孔食電位の上昇)が向上して、耐食性が向上するからである。
【0014】
(態様6) 前記電解研磨処理工程が、パルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理のいずれか一方または双方を含むことを特徴とする態様5に記載した耐食性を有するステンレス鋼の製造方法である。
パルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理のいずれか一方または双方を電解研磨処理で併用することで、電解研磨処理において被研磨金属近傍に形成される陽極液層(Jacquet層)及びアノード反応に伴う気泡の滞留を排除でき、結果として電解加工の進行が均一となり、加工精度が向上して、被処理金属であるステンレス鋼の表面平滑性が向上するからである。
【0015】
(態様7) 前記2以上の独立した不働態化処理工程が、それぞれ構成成分の異なる不働態化剤からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程であることを特徴とする態様5または態様6のいずれかに記載した耐食性を有するステンレス鋼の製造方法である。
不働態化剤の構成成分を変えることで、逐次的に不働態化処理の各処理段階での不働態化が適切に進み、膜厚100nmを超える不働態化した酸化クロム皮膜の緻密性(例えば、孔食電位の上昇)が向上して、耐食性が向上するからである。
【0016】
(態様8) 前記電解研磨処理されたステンレス鋼が溶接加工を施したステンレス鋼であることを特徴とする態様5~態様7のいずれかに記載した耐食性を有するステンレス鋼の製造方法である。
溶接加工を施した水素用鋼構造物に耐水素脆性及び耐食性を付与するためには、前記態様5~態様7のいずれかを満たす耐食性を担保する製造方法が必要だからである。
【発明の効果】
【0017】
本願発明によれば、処理コスト及び設備コストが安価でコスト優位性が高い湿式処理(ウエットプロセス)によりステンレス鋼の表面に形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した耐食性に優れるステンレス鋼の製造方法を提供できる。また、本願発明の新たな電解研磨液及び電解研磨方法を採用することにより、湿式処理による不働態化皮膜の形成前のステンレス鋼表面の優れた平滑性を実現できる。これにより、不均一な不働態皮膜や加工変質層の形成が阻害されて均一な不働態皮膜が形成される。結果として、耐食性に優れるステンレス鋼を提供できる。さらに、本願発明は、溶接加工が施された水素用鋼構造物に耐食性を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本願発明の電解研磨方法に供する電解研磨装置の実施態様の1つを示す模式図である。
図2】本願発明のパルス電圧印加処理におけるパルス波形(電圧波形)を示す模式図である。
図3】本願発明の耐食性に優れる機能膜を被覆したステンレス鋼の製造方法の流れを示す工程図である。
図4】本願発明の実施態様の1つで得られた耐食性に優れる機能膜を被覆したステンレス鋼の断面SEM写真である。
図5】本願発明の実施態様の1つと比較態様とについて、不働態皮膜作製条件と孔食電位の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本願発明について、実施態様に従って説明する。ただし、以下の説明は、本願発明の理解のためであって、本願発明を限定するものではない。
【0020】
1.電解研磨液
本願発明は、リン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなるステンレス鋼用電解研磨液であって、前記リン酸濃度が25~50vol%、かつ前記有機スルホン酸濃度が50~75vol%、であることを特徴とするステンレス鋼用電解研磨液である。すなわち、本願発明のステンレス鋼用電解研磨液は、溶媒としての水、溶質としてのリン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみで構成されている。電解研磨液の溶質を粘性の高い硫酸に代えて有機スルホン酸とすることで、電解研磨液の粘性を下げることができ、電解研磨処理によるアノード反応に伴い金属表面に発生する気泡の滞留を抑制できるからである。また、電解研磨液を安定化するためのエチレングリコールモノエチルエーテル,エチレングリコールモノブチルエステルやグリセリン等の添加剤を含まないのも、電解液の安定化より、気泡の発生抑制が金属表面の平滑化に効果があるからである。
【0021】
(1-1)リン酸
本願発明のステンレス鋼用電解研磨液に採用するリン酸は、いわゆる正リン酸(HPO)である。
【0022】
(1-2)有機スルホン酸
本願発明のステンレス鋼用電解研磨液に採用する有機スルホン酸は、炭素原子にスルホ基(-SOH)の結合した化合物の総称であり、芳香族スルホン酸(ArSOH、Arはアリール基)、脂肪族スルホン酸(RSOH、Rはアルキル基)がある。水溶液中では、プロトン(H)を放出して酸としての性質を示す。
具体的には、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、p-フェノールスルホン酸、ビニルスルホン酸がある。本願発明の有機スルホン酸としては、メタンスルホン酸が好適に採用できる。
【0023】
本願発明の電解液組成としては、リン酸濃度が25~50vol%、かつ有機スルホン酸濃度が50~75vol%の範囲で選択できる。有機スルホン酸濃度をリン酸濃度より同等以上とすることで、電解研磨液の粘性を低減することができるからである。
【0024】
2.電解研磨方法
本願発明の電解研磨方法は、上述した電解研磨液を採用した電解研磨方法であり、パルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理のいずれか一方または双方を採用することができる。
【0025】
(2-1)電解研磨
電解研磨は、外部電源により、電解研磨液中で、被研磨金属をアノード(陽極)として直流電流を流して、微細な凹凸のある被研磨金属表面の凸部分の溶解により被研磨金属表面を平滑化し光沢化する研磨方法である。バフ研磨などの物理的研磨と異なり加工変質や加工硬化層を作らず、研磨面に不純物や汚染が少ないため研磨面が清浄となるという長所がある。
電解研磨浴における陽極分極曲線(Jacquet曲線)では、電極電位に依存しない一定電流(限界電流)範囲が存在する。この限界電流範囲において、被研磨金属近傍には濃厚な粘性の高い陽極液層(Jacquet層)が形成される。この陽極液層(Jacquet層)は溶出カチオンの拡散を抑制し、これによって研磨が行われると考えられる。すなわち、被研磨金属表面状の凹凸により、粘性液層中の濃度勾配に差異を生じ、拡散電流が影響して凸部に電流が集中するようになり、表面の凹凸が消失して研磨が行われる。
【0026】
(2-2)パルス電圧印加処理
図1は、本願発明の電解研磨方法に供する電解研磨装置100の実施態様の1つを示す模式図である。本実施態様では、外部電源として直流電源と負荷との間に設けたスイッチング素子でON、OFF制御するパルス電圧発生装置20を電解研磨処理槽10に設置して行う。被研磨金属21をアノード(陽極)として導線22によりパルス電圧発生装置20と接続する。
本願発明の電解研磨方法は、特定の電流密度に調整した電解研磨液23中において、電解時にパルス波形(矩形波)の電圧を被研磨金属21に印加するパルス電圧印加処理を採用することで被研磨金属21表面の平滑性を向上することができる。
【0027】
図2は、本願発明のパルス電圧印加処理におけるパルス波形(電圧波形)を模式的に示したものであり、それぞれ、印加電圧(E-E)、電圧印加時間(Ton)、電圧休止時間(Toff)である。電圧印加時間(Ton)及び電圧休止時間(Toff)の繰返し周期(Tcycle)は、5~20secである。電圧印加時間(Ton)及び電圧休止時間(Toff)の比率は、7:3~8:2が好適に採用できる。例えば、繰返し周期(Tcycle)が10secの場合、電圧印加時間(Ton)はそれぞれ7sec、8sec、電圧休止時間(Toff)は、それぞれ2sec、3secである。パルス電圧印加処理を採用することで、電圧休止時間(Toff)において、被研磨金属の印加電圧(E-E)がゼロ(E)となり、被研磨金属近傍の濃厚な粘性の高い陽極液層(Jacquet層)が拡散するからである。
電流密度は10~30A/dm、好ましくは10~30A/dmであり、電解研磨時間(Tall)は、5~10minである。ただし、印加電圧(E-E)、電圧印加時間(Ton)、電圧休止時間(Toff)、電解研磨時間(Tall)は、被研磨金属の表面の粗さ、被研磨金属の材質により適宜変更することができる。
【0028】
(2-3)ミクロ曝気処理
本願発明の電解研磨処理を行う電解研磨処理槽10には、リン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなる電解研磨液23が貯留されている。この電解研磨処理槽10には、マイクロバブル発生装置11が外側面に設けられ、マイクロバブル送気菅12が内側面に設けられている。マイクロバブル13は、マイクロバブル送気菅12を通じて電解研磨処理槽10の底部から供給される。また、電解研磨処理槽10の底部には散気装置14が設けられ、外側面に設けられたコンプレッサー15から内側面に設けられた送気菅16を通じて供給された気体が多数の小孔が形成された散気面(図示せず)から気泡として供給される。供給されたマイクロバブル13と散気装置14から供給される微細気泡は旋回流17として電解研磨処理槽10で撹拌旋回される。これにより、電解研磨処理のアノード反応に伴い被研磨金属21の表面に滞留する気泡が被研磨金属21の表面から剥離され、被研磨金属21の表面へ再付着することがなくなる。結果として、被研磨金属21の表面に滞留する気泡がなくなり、被研磨金属21の表面が均一に電解研磨されて被研磨金属21の表面平滑性が向上する。
【0029】
マイクロバブルの作用を得るには、平均気泡径の異なるマイクロバブル、すなわち平均気泡径10~40μmの第1マイクロバブルと平均気泡径80~150μmの第2マイクロバブルをスマット除去槽に加えればよい。ここで、平均気泡径とは、マイクロバブル2400個の直径分布において、標本数最大の直径をいう。平均気泡径の異なるマイクロバブルを用いることで、スマット除去性が向上するからである。スマット除去槽に加えるマイクロバブルの平均気泡径は吐出量により制御する。本願発明の平均気泡径10~40μmの第1マイクロバブルと平均気泡径80~150μmの第2マイクロバブルを加えるためには、吐出量は105~150L/minに制御する必要がある。
マイクロバブルの平均気泡径は、10~150μmの範囲が好ましい。10μm未満の場合は、バブル発生装置が大型になり気泡径を制御することが難しいからであり、150μmを超えるとバブル浮上速度が増加し電解研磨処理槽10でのバブルの寿命が短くなるからである。
【0030】
マイクロバブルの平均気泡径は、SALD-7100(島津製作所)、Multisizer4(Beckman Coulter)、音響式気泡径分布測定装置(西日本流体技研)などの液中パーティクルカウンターや気泡径分布計測装置で計測できる。しかしながら、本願発明では、平均気泡径の異なるマイクロバブルの発生を制御することが重要であるため、一定時間に発生する気泡の映像に基づく静止画像から得られる気泡形状を画像処理により実際に計測することにより、24000個の平均径を算出する方法を採用した。
【0031】
本願発明では、気体供給管と多数の小孔が形成された散気面及び気体が供給される内部空間を有する散気用部材とを備えるディフューザーなどの散気装置を用いることができる。散気用部材の形状は特に限定されず、多数の均一な小孔が全面に亘って均一に形成された散気面を備える筒状の散気菅、または箱状物の一面が散気面となった散気板を用いることができる。散気面の小孔は、良好な撹拌を行うため、直径が0.3~2.0mm程度であることが好ましい。散気による気泡の上昇に伴って旋回流を発生させることで、金属表面に滞留する気泡の除去効率は上がる。旋回流速は0.5~1.5m/secが好ましい。
【0032】
3.耐食性を有するステンレス鋼
本願発明は、上述した電解研磨液及び電解研磨処理をしたステンレス鋼(溶接加工を施したステンレス鋼を含む。以下、同じ。)表面に、処理コスト及び設備コストが安価でコスト優位性が高い湿式処理(ウエットプロセス)により形成された耐食性に優れる機能膜を被覆したステンレス鋼の製造方法である。
【0033】
図3は、本願発明の耐食性に優れる機能膜を被覆したステンレス鋼の製造方法の流れを示す工程図である。具体的には、ステンレス鋼の表面を電解研磨する電解研磨処理工程、電解研磨処理されたステンレス鋼の表面に金属酸化物皮膜を形成する皮膜形成工程、金属酸化物皮膜を硬化させる硬化処理工程、硬化させた金属酸化物皮膜を酸化剤により不働態化させる不働態化処理工程、とからなる。また、本願発明は電解研磨処理工程において、パルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理を併用すること、不働態化処理工程が少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成され、不働態化処理を逐次的に進めることに特徴がある。
以下、本願発明について、ステンレス鋼、電解研磨処理工程、皮膜形成工程、硬化処理工程、不働態化処理工程、耐食性評価(孔食電位測定)の順に説明する。
【0034】
(3-1)ステンレス鋼
本願発明の耐食性を有するステンレス鋼に供するステンレス鋼としては、化学プラントにおける主要な装置材料として、配管や容器部材として使用されているステンレス鋼、水素を貯蔵する高圧貯蔵容器、水素を輸送する高圧パイプラインに使用されるステンレス鋼を好適に用いることができる。具体的には、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼がある。耐食性や高強度が要求される高圧貯蔵容器や高圧パイプラインには、マルテンサイト系ステンレス鋼(例えば、410C、420、430、440C、440B)、オーステナイト系ステンレス鋼(例えば、304、304L、321、347、316L)が好適に用いることができる。
本願発明の耐食性を有するステンレス鋼には、化学プラントにおける主要な装置材料である配管、容器部材、水素用構造鋼構造物を構成する溶接接合を施したステンレス鋼も含まれる。例えば、水素貯蔵用圧力容器はステンレス鋼板で形成した各部材を溶接接合して容器を構成し、内面を酸洗処理して製造する。水素を輸送する高圧パイプはステンレス鋼板を鋼帯の状態で溶接造管ラインを通して製造する。パイプラインとするためには複数のパイプを溶接接合して製造する。
【0035】
(3-2)研磨処理工程
研磨処理工程は、ステンレス材料表面の酸化皮膜や不純物(非金属介在物)、加工変質層等の表面欠陥を除去または低減して、ステンレス鋼表面に均一で緻密な耐水素脆性及び耐食性を付与できる金属酸化物皮膜を形成する前処理としての役割を担う。
本願発明の電解研磨処理工程では、上述した電解研磨液及び電解研磨方法を採用する。上述した電解研磨液及び電解研磨方法を採用することで、ステンレス鋼の表面粗さを0.1μm未満、とりわけ0.05μmに抑えることができるからである。表面粗さは、後述する皮膜形成工程に影響するからである。ここで、「表面粗さ」とは、JIS B 0601に規定する算術平均粗さ(Ra)をいう。
【0036】
(3-3)皮膜形成工程
皮膜形成工程は、耐食性を担う金属酸化物皮膜(以下、「耐食性金属酸化物皮膜」という。)をステンレス鋼表面に形成して、ステンレス鋼に耐食性を付与する役割を担う。
【0037】
(3-3-1)皮膜形成
耐食性金属酸化物皮膜の形成には、ステンレス発色技術を採用する。ステンレス発色技術とは、ステンレス鋼表面に形成される陽極酸化膜の干渉色によりステンレス鋼を発色させる技術をいう。形成される陽極酸化膜(本願発明でいう「耐食性金属酸化物皮膜」)の厚さは陽極と参照極との電位差(発色電位)に関連する。クロム酸と硫酸混合溶液中で酸化クロム皮膜を形成する、いわゆるインコ法(特開昭48-011243号公報参照)が広く採用される。
耐食性金属酸化物皮膜の厚さは、100nmを超えるものであり、好ましくは、110nm~350nm、より好ましくは、150nm~300nmである。
【0038】
(3-3-2)皮膜形成速度
耐食性金属酸化物皮膜の形成速度(以下、「皮膜形成速度」という。)を制御することで、皮膜の密着性、均一性を高めて耐食性が低下する原因となる皮膜が薄い部分や皮膜欠損(ピンホール)の発生を抑制できる。
皮膜形成速度は、発色液組成と温度で制御できる。発色液組成としては、硫酸とクロム酸の混合比(クロム酸/硫酸)は、クロム酸15~30wt/v%に対し、硫酸40~50wt/v%が好適である。クロム酸濃度を低減することで、耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の形成速度を低くすることができ、金属酸化物皮膜の生成厚みを精密に制御できるからである。
皮膜形成速度は、発色電位速度(mV/sec)で制御することができる。発色電位速度は、0.002~0.08mV/sec、好ましくは0.005~0.065mV/secである。発色電位速度が0.002mV/sec未満であると金属酸化物皮膜の生成が遅れ生産性が低下するからである。発色電位速度が0.08mV/secを超えると形成される金属酸化物皮膜の厚みが不均一となり、耐食性が低下する原因となる塗膜が薄い部分や塗膜欠損(ピンホール)が生じるからである。
【0039】
(3-3-3)発色液
発色液組成としては、クロム酸と硫酸の混合比(クロム酸/硫酸)は、クロム酸15~30wt/vl%に対し、硫酸40~50wt/vl%が好適である。クロム酸濃度を低減することで、耐食性金属酸化物皮膜の形成速度を低くすることができ、耐食性金属酸化物皮膜の生成厚みを精密に制御できるからである。発色液の温度は、60~90℃である。
【0040】
(3-3-4)マンガンイオン
発色液中のクロム酸濃度の低減に伴う耐食性金属酸化物皮膜の形成速度を補うために、マンガンイオン(Mn2+)を添加することができる。メッキ液に用いるマンガン塩としては、塩化マンガン(MnCl2)、硫酸マンガン(MnSO4)、硝酸マンガン(Mn(NO3)2)などがあり、これらの中の1種または2種以上を用いることができる。メッキ液中のマンガンイオン(Mn2+)濃度は、0.5~300mmol/Lが好ましく、5~150mmol/Lがより好ましい。マンガンイオン(Mn2+)濃度が0.5mmol/L未満では、耐食性金属酸化物皮膜の形成を促す効果がなく、マンガンイオン(Mn2+)濃度が300mmol/Lを超えると不溶な部分が残って、耐食性金属酸化物皮膜の形成に影響を及ぼすからである。
【0041】
(3-4)硬化処理工程
硬化処理工程は、ステンレス鋼表面に形成された耐食性金属酸化物皮膜を硬化させて強固にする役割を担う。
【0042】
(3-4-1)硬化処理
硬化処理は、皮膜形成工程により本願金属酸化物皮膜が形成されたステンレス鋼を陰極とし、陰極電解により皮膜を硬化させる。皮膜形成工程により形成された本願金属酸化物皮膜は、10~20nmの空孔が1cm2当たり1011個程度分布している。この空孔は、耐食性を低下させる原因となるものであり、硬化処理により空孔を封じることができる。また、ルーズな皮膜を強固にすることもできる。
【0043】
(3-4-2)硬化処理液
硬化処理液としては、クロム酸とリン酸の混合比(クロム酸/リン酸)は、クロム酸15~30wt/v%に対し、反応促進剤としてリン酸0.2~0.3wt/v%が好適である。電流密度0.2~1.0A/dm2で、5~10min行う。
【0044】
(3-5)不働態化処理工程
不働態化処理工程は、硬化処理された本願金属酸化物皮膜をさらに緻密化及び緻密化して、本願金属酸化物皮膜の耐食性を更に向上させる役割を担う。
【0045】
(3-5-1)不働態化処理
不働態化処理は、不働態化させる能力のある酸化剤(以下、「不働態化剤」という。)を含む水溶液中で行う。不働態化剤としては、硝酸、クロム酸、過マンガン酸、モリブデン酸、亜硝酸、硝酸塩(例、硝酸マグネシウム)、クロム酸塩(例、重クロム酸ナトリウム)がある。
また、重クロム酸ナトリウムを添加すると後述する孔食電位が貴となり、耐孔食性が向上する。添加する重クロム酸ナトリウムは1.5~3.5wt%が好適である。
不働態化処理方法としては、(a)硝酸その他強力な酸化剤を含む溶液に浸漬する方法、(b)酸化剤を含む溶液中でのアノード分極による方法、がある。本願発明はウエットプロセスであるため(a)または(b)の方法を採用することができる。この不働態化処理により皮膜形成工程及び硬化処理工程で形成された厚さが100nmを超える耐食性金属酸化物皮膜の耐食性が強化される。
【0046】
(3-5-2)逐次不働態化処理
本願発明の不働態化処理は、不働態化処理工程が少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成され、不働態化処理を逐次的に進めることに特徴がある。不働態化剤の構成を変えた少なくとも2以上の独立した不働態化処理を行うことで、皮膜形成工程及び硬化処理工程で形成された厚さが100nmを超える耐食性金属酸化物皮膜の耐食性が強化されるからである。
【0047】
(3-5-3)耐食性金属酸化物皮膜の厚さ
本願発明の耐食性金属酸化物皮膜の厚さは、皮膜を形成した破断面のSEM観察により計測した。断面形態のSEM観察の条件は、加速電圧:10.0kV、検出モード:2次電子検出、倍率:10000倍とした。図4に本願発明の実施態様で得られた耐食性に優れる機能膜を被覆したステンレス鋼の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した断面SEM写真を示す。
【0048】
(3-6)耐食性評価
(3-6-1)孔食電位測定
孔食電位はJIS G0577(2014年、ステンレス鋼の孔食電位測定方法)に準拠する方法で測定した。3.5wt%NaCl溶液(293K)中のアノード分極曲線から電流密度0.1mA・cm-2に対応する電位(V´c100)を測定した。
【実施例
【0049】
次に本願発明の効果を奏する実施態様を実施例として示す。また、そのまとめを表1(電解研磨処理条件と表面粗さ)及び表2(不働態皮膜作製条件と孔食電位)に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
<まとめ>
表1に示すとおり、本願発明のリン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなるステンレス鋼用電解研磨液は、硫酸を含むステンレス鋼用電解研磨液(比較例1-1~1-4)に比べて算術平均粗さ(Ra)は、有意に低い。また、パルス電圧印加処理とミクロ曝気処理を行うことで算術平均粗さ(Ra)は低減する。
【0052】
1.電解研磨処理サンプル作製
<実施例1-1>
以下の電解研磨処理条件により、本願発明の電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品1-1」という。)。
(1)電解研磨処理
被研磨材料としてステンレス鋼(SUS304、80×60×2mm、2B仕上げ 平板)に電極(+)を取り付け、以下の処理条件で電解研磨を行った。
[電解研磨処理条件]
・電解研磨液組成 リン酸50ml/L、メタンスルホン酸50ml/L
・処理温度 80℃
・処理時間 5min
・電流密度 15A/dm
(2)表面粗さ計測
研磨処理品1-1の算術平均粗さ(Ra)を表面粗さ測定機(テーラーホブソン製、フォームタリサーフPGI―PLS)計測した。表面粗さは、0.08μmであった。
【0053】
<実施例1-2>
電解研磨処理条件(電解研磨液組成 リン酸25ml/L、メタンスルホン酸75ml/L)に変更した点を除き、実施例1-1と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品2-2」という。)。研磨処理品2-2の算術平均粗さ(Ra)は、0.08μmであった。
【0054】
<実施例1-3>
電解研磨処理条件(電流密度 20A/dm)に変更した点を除き、実施例1-1と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品1-3」という。)。研磨処理品1-3の算術平均粗さ(Ra)は、0.09μmであった。
【0055】
<実施例1-4>
電解研磨処理条件(電解研磨液組成 リン酸25ml/L、メタンスルホン酸75ml/L)に変更した点を除き、実施例1-2と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品1-4」という。)。研磨処理品1-4の算術平均粗さ(Ra)は、0.09μmであった。
【0056】
<実施例2-1>
以下の電解研磨処理条件により、本願発明の電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品2-1」という。)。
(1)電解研磨処理
被研磨材料としてステンレス鋼(SUS304、80×60×2mm、2B仕上げ 平板)に電極(+)を取り付け、以下の処理条件で電解研磨を行った。
[電解研磨処理条件]
・電解研磨液組成 リン酸50ml/L、メタンスルホン酸50ml/L
・処理温度 80℃
・処理時間 5min
・電流密度 15A/dm
[パルス電圧処理]
パルス電圧発生装置(千代田エレクトロニクス社製 NC-025025S20X)を、印加電圧8V、繰返し周期10sec、電圧印加時間7sec、電圧休止時間3secに設定して、電解研磨処理にパルス電圧処理を加えた。
(2)表面粗さ計測
研磨処理品2-1の算術平均粗さ(Ra)を表面粗さ測定機(テーラーホブソン製、フォームタリサーフPGI―PLS)計測した。表面粗さは、0.08μmであった。
【0057】
<実施例2-2>
電解研磨処理条件(処理時間 10min、電流密度 20A/dm)に変更した点を除き、実施例2-1と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品2-2」という。)。研磨処理品2-2の算術平均粗さ(Ra)は、0.08μmであった。
【0058】
<実施例2-3>
以下の電解研磨処理条件により、本願発明の電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「「研磨処理品2-3」という。)。
(1)電解研磨処理
被研磨材料としてステンレス鋼(SUS304、80×60×2mm、2B仕上げ 平板)に電極(+)を取り付け、以下の処理条件で電解研磨を行った。
[電解研磨処理条件]
・電解研磨液組成 リン酸50ml/L、メタンスルホン酸50ml/L
・処理温度 80℃
・処理時間 5min
・電流密度 15A/dm
[パルス電圧処理]
パルス電圧発生装置(千代田エレクトロニクス社製 NC-025025S20X)を、印加電圧8V、繰返し周期10sec、電圧印加時間7sec、電圧休止時間3secに設定して、電解研磨処理にパルス電圧処理を加えた。
[ミクロ曝気処理]
マイクロバブル発生装置(関西オートメ機器株式会社製;HBKA80-0.2S1-SDX型)により、2400カウント当たり、平均気泡径30μmと平均気泡径100μmのマイクロバブルを吐出量(120L/min)で発生させた。マイクロバブルの平均気泡径は、画像処理法(マイクロバブル画像の実測)で計測した。併せて、円筒型散気装置(株式会社西田製作所製、サイズφ70mm×1000mm)から気泡を給気速度(100L/min)でスマット処理槽の底部から発生させて、電解研磨槽に上下旋回流を発生させた。処理時間は180secであった。
(2)表面粗さ計測
研磨処理品の算術平均粗さ(Ra)を表面粗さ測定機(テーラーホブソン製、フォームタリサーフPGI―PLS)計測した。表面粗さは、0.07μmであった。
【0059】
<実施例2-4>
電解研磨処理条件(処理時間 10min、電流密度 20A/dm)に変更した点を除き、実施例2-3と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「電解研磨品2-4」という。)。研磨処理品2-4の算術平均粗さ(Ra)は、0.07μmであった。
【0060】
<実施例3-1>
パルス電圧発生装置(千代田エレクトロニクス社製 NC-025025S20X)を、印加電圧8V、繰返し周期10sec、電圧印加時間8sec、電圧休止時間2secに設定した点を除き、実施例2-1と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「電解研磨品3-1」という。)。研磨処理品2-1の算術平均粗さ(Ra)は、0.06μmであった。
【0061】
<実施例3-2>
パルス電圧発生装置(千代田エレクトロニクス社製 NC-025025S20X)を、印加電圧8V、繰返し周期10sec、電圧印加時間8sec、電圧休止時間2secに設定した点を除き、実施例2-2と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「電解研磨品3-2」という。)。研磨処理品3-2の算術平均粗さ(Ra)は、0.06μmであった。
【0062】
<実施例3-3>
パルス電圧発生装置(千代田エレクトロニクス社製 NC-025025S20X)を、印加電圧8V、繰返し周期10sec、電圧印加時間8sec、電圧休止時間2secに設定した点を除き、実施例2-3と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「電解研磨品3-3」という。)。研磨処理品3-3の算術平均粗さ(Ra)は、0.05μmであった。
【0063】
<実施例3-4>
パルス電圧発生装置(千代田エレクトロニクス社製 NC-025025S20X)を、印加電圧8V、繰返し周期10sec、電圧印加時間8sec、電圧休止時間2secに設定した点を除き、実施例2-4と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「電解研磨品3-4」という。)。研磨処理品3-4の算術平均粗さ(Ra)は、0.05μmであった。
【0064】
<比較例1-1>
電解研磨処理条件を(電解研磨液組成 リン酸42.5ml/L、硫酸22.5ml/L、メタンスルホン酸25ml/L)に変更した点を除き、実施例1-1と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品4-1」という。)。研磨処理品4-1の算術平均粗さ(Ra)は、0.11μmであった。
【0065】
<比較例1-2>
電解研磨処理条件を(電解研磨液組成 リン酸42.5ml/L、硫酸22.5ml/L、メタンスルホン酸25ml/L)に変更した点を除き、実施例1-3と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品4-2」という。)。研磨処理品4-2の算術平均粗さ(Ra)は、0.10μmであった。
【0066】
<比較例1-3>
電解研磨処理条件を(電解研磨液組成 リン酸25ml/L、硫酸75ml/L)に変更した点を除き、実施例1-1と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品4-3」という。)。研磨処理品4-3の算術平均粗さ(Ra)は、0.15μmであった。
【0067】
<比較例1-4>
電解研磨処理条件を(電解研磨液組成 リン酸25ml/L、硫酸75ml/L)に変更した点を除き、実施例1-3と同様に電解研磨処理サンプルを作製した(以下、「研磨処理品4-4」という。)。研磨処理品4-4の算術平均粗さ(Ra)は、0.16μmであった。
【0068】
<比較例2-1>
電解研磨処理を行わないステンレス鋼(SUS304)の算術平均粗さ(Ra)は、0.31μmであった。
【0069】
【表2】
【0070】
2.耐食性を有するステンレス鋼サンプル作製
<実施例4-1>
(1)皮膜形成処理
研磨処理品1-1を以下の条件で皮膜形成処理(発色処理)を行い、皮膜形成品1-1を作製した。
〔皮膜形成処理条件〕
・発色液組成 酸化クロム250g/L、硫酸500g/L、硫酸マンガン6.3g/L
・処理温度 65℃
・処理時間 35min
・発色電位速度 0.011mV/sec
【0071】
(2)硬化処理
皮膜形成品1-1を以下の条件で硬化処理を行い、硬化処理品1-1を作製した。
〔硬化処理条件〕
・硬化液組成 酸化クロム250g/L、リン酸2.5g/L
・処理温度 25℃
・処理時間 10min
・電流密度 0.5A/dm2
【0072】
(3)不働態化処理
硬化処理品1-1を以下の条件1及び条件2で逐次不働態化処理を行い、不働態化処理品1-1を作製した。
〔不働態化処理条件1〕
・不働態化液組成 硝酸25vol%、重クロム酸ナトリウム2.5wt%
・処理温度 25℃
・処理時間 10min
〔不働態化処理条件2〕
・不働態化液組成 硝酸マグネシウム50vol%
・処理温度 60℃
・処理時間 360min
【0073】
(4)不働態皮膜厚み
断面形態のSEM観察による皮膜厚みは、図4に示すように5点の計測値(241nm,314nm,266nm,230nm,242nm)で、平均260nmであった。
【0074】
<実施例4-2~4-6>
研磨処理品1-3、2-1、2-3、2-2、2-4につき、実施例4-1と同様の皮膜形成処理、硬化処理、不働態化処理を逐次行い、不働態処理品1-3、2-1、2-3、2-2、2-4を作製した。
【0075】
<実施例4-7~4-8>
研磨処理品3-1、3-3につき、実施例4-1と同様の皮膜形成処理、硬化処理、及び以下の不働態化処理を逐次行い、不働態処理品3-1、3-3を作製した。
【0076】
(1)不働態化処理
硬化処理品3-1、3-2を以下の条件1及び条件2で逐次不働態化処理を行い、不働態化処理品3-1、3-3を作製した。
〔不働態化処理条件1〕
・不働態化液組成 硝酸25vol%、重クロム酸ナトリウム2.5wt%
・処理温度 25℃
・処理時間 10min
〔不働態化処理条件2〕
・不働態化液組成 硝酸マグネシウム50vol%
・処理温度 60℃
・処理時間 360min
【0077】
<実施例4-9~4-10>
研磨処理品3-2、3-4につき、実施例4-1と同様の皮膜形成処理、硬化処理、及び以下の不働態化処理を逐次行い、不働態処理品3-2、3-4を作製した。
【0078】
<比較例3-1~3-6>
研磨処理品1-1、1-3、2-2、2-4、3-2、3-4を比較例とした。
【0079】
<比較例4-1、4-4>
研磨処理品1-1、2-1につき、不働態化処理のみ逐次行い、不働態処理品4-1、4-4を作製した。不働態化処理条件は、実施例4-7と同様とした。
【0080】
<比較例4-2、4-3、4-5、4-6>
研磨処理品1-1、1-3、2-1、2-3につき、不働態化処理のみ逐次行い、不働態処理品4-2、4-3、4-5、4-6を作製した。不働態化処理条件は、実施例4-1と同様とした。
【0081】
2.耐食性評価
(1)耐孔食性評価(孔食電位)
実施例品(実施例4-1~実施例3-4)、比較例品(比較例3-1~比較例4―6)についてJIS G0577(2014年、ステンレス鋼の孔食電位測定方法)に準拠する方法で測定した。
図5は、不働態皮膜作製条件と孔食電位の関係を示すグラフである。実施例品(実施例4-1~4-10)の孔食電位は比較例品(比較例3-1~3-6)に比べて有意に高く、皮膜形成処理、硬化処理、不働態化処理を逐次行って不働態化皮膜を形成することで耐食性が向上している。また、実施例品(実施例4-1~4-10)の孔食電位のバラつき(n=10,σ=0.019)は、比較例品(比較例4-1~4-6)のバラつき(n=6,σ=0.12)に比べて小さい。皮膜形成工程、硬化処理工程を施すことにより、孔食電位が安定する。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本願発明により、耐食性に優れるステンレス鋼の製造方法を提供できる。
【符号の説明】
【0083】
100 電解研磨装置
10 電解研磨処理槽
11 マイクロバブル発生装置
12 マイクロバブル送気管
13 マイクロバブル
14 散気装置
15 コンプレッサー
16 送気管
17 旋回流
20 パルス電圧発生装置
21 被研磨金属
22 導線
23 電解研磨液
31 不働態化皮膜
32 ステンレス鋼
【要約】
【課題】不働態化皮膜形成の前処理である電解研磨処理におけるステンレス鋼の表面の平滑性に優れる新たな電解研磨液及び電解研磨方法を提案する。
【解決手段】リン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなるステンレス鋼用電解研磨液であって、リン酸濃度が25~50vol%、かつ有機スルホン酸濃度が50~75vol%の電解研磨液である。電解研磨処理にパルス電圧印加処理、ミクロ曝気処理を併用できる。不働態膜を被覆した耐食性を有するステンレス鋼の製造方法は、リン酸及び少なくとも1種の有機スルホン酸のみからなるステンレス鋼用電解研磨液で電解研磨する電解研磨処理工程と、不働態化処理工程が、少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程を逐次行うことを特徴とする。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5