(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-24
(45)【発行日】2022-03-04
(54)【発明の名称】中和可能コバレントドラッグ
(51)【国際特許分類】
C12N 15/115 20100101AFI20220225BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20220225BHJP
A61K 47/54 20170101ALI20220225BHJP
A61P 7/02 20060101ALI20220225BHJP
【FI】
C12N15/115 Z
A61K31/7088
A61K47/54
A61P7/02
(21)【出願番号】P 2021576738
(86)(22)【出願日】2021-10-28
(86)【国際出願番号】 JP2021039891
【審査請求日】2021-12-27
(31)【優先権主張番号】P 2020203420
(32)【優先日】2020-12-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】521157683
【氏名又は名称】田淵 雄大
(73)【特許権者】
【識別番号】520484036
【氏名又は名称】ヤン ジェイ
(73)【特許権者】
【識別番号】521464905
【氏名又は名称】瀧 真清
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(72)【発明者】
【氏名】田淵 雄大
(72)【発明者】
【氏名】ヤン ジェイ
(72)【発明者】
【氏名】瀧 真清
【審査官】中山 基志
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-196355(JP,A)
【文献】国際公開第2018/003739(WO,A1)
【文献】特表2020-534345(JP,A)
【文献】宍戸裕子,スルホニルフルオリドの反応性を利用した共有結合性リガンドの創製研究 [論文内容及び審査の要旨],北海道大学,2018年09月25日,http://hdl.handle.net/2115/71889
【文献】NARAYANAN, Arjun et al.,Sulfonyl fluorides as privileged warheads in chemical biology,Chemical Science,2015年,Volume 6, Issue 5,pp. 2650-2659
【文献】TABUCHI, Yudai et al.,Inhibition of thrombin activity by a covalent-binding aptamer and reversal by the complementary stra,Chemical Communications,2021年02月15日,Volume 57, Issue 20,pp. 2483-2486
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N15/00-15/90
C07K1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸アプタマーと、前記核酸アプタマーにアジド-アルキン間クリックケミストリー反応を介して連結されたフッ化スルホニル基とを含む、中和可能コバレントドラッグ化合物であって、
前記アプタマーと前記フッ化スルホニル基とが、前記アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分を含むリンカーによって連結されている、
中和可能コバレントドラッグ化合物。
【請求項2】
前記リンカーが、-L
1-Y-L
2-という式で表わされ、ここで、Yは、前記アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分であり、L
1は前記核酸アプタマーに結合する第1のリンカー部分であり、L
2は前記フッ化スルホニル基に結合する第2のリンカー部分であり、
前記第2のリンカー部分のうち前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレンである、請求項1に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
【請求項3】
前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分のアリーレンが下記構造中に提供されている、
【化1】
請求項2に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
【請求項4】
前記リンカーは、前記核酸アプタマー中の核酸塩基に結合している、請求項1~3のいずれか一項に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
【請求項5】
前記核酸アプタマーが、
5’-GGTTGGTGTGGTTGG-3’
の配列(配列番号1)を有するトロンビン結合アプタマーである、請求項1~4のいずれか一項に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物を含む医薬組成物。
【請求項7】
請求項5に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物を含む抗凝固剤。
【請求項8】
患者における血液凝固を防止または抑制する方法における使用のための、請求項7に記載の抗凝固剤であって、前記方法は、前記患者に前記抗凝固剤を投与すること、および、前記抗凝固剤の投与後に、前記核酸アプタマーに対して相補的なオリゴヌクレオチドをさらに投与することを含む、抗凝固剤。
【請求項9】
請求項1~5のいずれか一項に記載の化合物、請求項6に記載の組成物、または請求項7もしくは8に記載の抗凝固剤と、
前記核酸アプタマーに対して相補的なオリゴヌクレオチドと
を含む、
中和可能コバレントドラッグシステム。
【請求項10】
標的蛋白質に対して共有結合を形成することができる中和可能コバレントドラッグの製造方法であって、
a)(a1)アルキニル基、シクロアルキニル基、もしくはヘテロシクロアルキニル基、または(a2)アジド基が連結または結合された、標的蛋白質に特異的な核酸アプタマー、および、
b)対応する(b1)アジド基、または(b2)アルキニル基、シクロアルキニル基、もしくはヘテロシクロアルキニル基とフッ化スルホニル基とが連結または結合された構造を有する、ウォーヘッド化合物
を反応させて、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応を行い、前記アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成された連結部分を含むリンカーを介して前記核酸アプタマーと前記フッ化スルホニル基とが連結された構造を取得することを含む、方法。
【請求項11】
前記ウォーヘッド化合物は、前記フッ化スルホニル基と前記アジド基またはアルキニル基、シクロアルキニル基、もしくはヘテロシクロアルキニル基とを連結する第2のリンカーを含み、
前記第2のリンカーのうち前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレンである、
請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分のアリーレンが下記構造中に提供されている、
【化2】
請求項11に記載の方法。
【請求項13】
核酸アプタマーと、前記核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含み、前記リンカーのうち前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレンである、中和可能コバレントドラッグ化合物。
【請求項14】
前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分のアリーレンが下記構造中に提供されている、
【化3】
請求項13に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、医薬として、あるいは生化学的ツールとして有用な、標的に特異的に結合する化合物および組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
標的蛋白質に対して特異的に共有結合を形成するコバレントドラッグ(共有結合性薬剤)の開発が近年脚光を浴びている(非特許文献1)。共有結合の形成に基づいて、コバレントドラッグは、半永久的に薬剤効果を発揮し得る。通常の(すなわち非共有結合性の)薬剤と比較して、コバレントドラッグはより低い投与頻度および/またはより少ない投与量で効果を発揮し得るため、患者のクオリティオブライフを向上させ得る次世代の薬剤候補として注目されている。
【0003】
反面、コバレントドラッグはその特性により、長期的でかつ除去・解毒が困難な、副作用や毒性を引き起こす可能性も有しており、安全性が懸念事項となる。これまでに、低分子およびペプチドを含め様々な分子に基づく共有結合性モダリティが開発されてきたが(非特許文献2、3)、効率的な中和、解毒、および/または薬効制御を可能とする共有結合性モダリティは見当たらない。
【0004】
非特許文献4は、SELEX(Systematic Evolution of Ligands by Exponential enrichment)法のライブラリーの5’末端にスルホニルフルオリド基を導入しSELEXスクリーニングを行った結果、上皮成長因子受容体(EGFR)への結合能を有するDNAアプタマーを得たことを報告している。しかしながら、非特許文献4では、アプタマー固有の標的結合能すなわち標的EGFRに対するドッキング能力は確認されていたが、EGFRに対する共有結合形成の能力は十分に検証されていなかったと見られる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Singh, J.; Petter, R. C.; Baillie, T. A.; Whitty, A., The resurgence of covalent drugs. Nat Rev Drug Discov 2011, 10 (4), 307-17.
【文献】Bauer, R. A., Covalent inhibitors in drug discovery: from accidental discoveries to avoided liabilities and designed therapies. Drug Discov Today 2015, 20 (9), 1061-73.
【文献】Gambini, L.; Baggio, C.; Udompholkul, P.; Jossart, J.; Salem, A. F.; Perry, J. J. P.; Pellecchia, M., Covalent Inhibitors of Protein-Protein Interactions Targeting Lysine, Tyrosine, or Histidine Residues. Journal of Medicinal Chemistry 2019, 62 (11), 5616-5627.
【文献】宍戸裕子、北海道大学博士学位論文、2018年9月25日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示は、従来のコバレントドラッグの短所を少なくとも部分的に克服する新規薬剤モダリティを提供する。別の側面において本開示は、改変された薬物動態を有することができるアプタマー型ドラッグを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は以下の実施形態を含む。
[1]
核酸アプタマーと、前記核酸アプタマーにアジド-アルキン間クリックケミストリー反応を介して連結されたフッ化スルホニル基とを含む、中和可能コバレントドラッグ化合物であって、
前記アプタマーと前記フッ化スルホニル基とが、前記アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分を含むリンカーによって連結されている、
中和可能コバレントドラッグ化合物。
[2]
前記リンカーが、-L
1-Y-L
2-という式で表わされ、ここで、Yは、前記アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分であり、L
1は前記核酸アプタマーに結合する第1のリンカー部分であり、L
2は前記フッ化スルホニル基に結合する第2のリンカー部分であり、
前記第2のリンカー部分のうち前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレンである、[1]に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
[3]
前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分のアリーレンが下記構造中に提供されている、
【化1】
[2]に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
[4]
前記リンカーは、前記核酸アプタマー中の核酸塩基に結合している、[1]~[3]のいずれか一項に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
[5]
前記核酸アプタマーが、
5’-GGTTGGTGTGGTTGG-3’
の配列(配列番号1)を有するトロンビン結合アプタマーである、[1]~[4]のいずれか一項に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
[6]
[1]~[5]のいずれか一項に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物を含む医薬組成物。
[7]
[5]に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物を含む抗凝固剤。
[8]
患者における血液凝固を防止または抑制する方法における使用のための、[7]に記載の抗凝固剤であって、前記方法は、前記患者に前記抗凝固剤を投与すること、および、前記抗凝固剤の投与後に、前記核酸アプタマーに対して相補的なオリゴヌクレオチドをさらに投与することを含む、抗凝固剤。
[9]
[1]~[5]のいずれか一項に記載の化合物、[6]に記載の組成物、または[7]もしくは[8]に記載の抗凝固剤と、
前記核酸アプタマーに対して相補的なオリゴヌクレオチドと
を含む、
中和可能コバレントドラッグシステム。
[10]
標的蛋白質に対して共有結合を形成することができる中和可能コバレントドラッグの製造方法であって、
a)(a1)アルキニル基、シクロアルキニル基、もしくはヘテロシクロアルキニル基、または(a2)アジド基が連結または結合された、標的蛋白質に特異的な核酸アプタマー、および、
b)対応する(b1)アジド基、または(b2)アルキニル基、シクロアルキニル基、もしくはヘテロシクロアルキニル基とフッ化スルホニル基とが連結または結合された構造を有する、ウォーヘッド化合物
を反応させて、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応を行い、前記アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成された連結部分を含むリンカーを介して前記核酸アプタマーと前記フッ化スルホニル基とが連結された構造を取得することを含む、方法。
[11]
前記ウォーヘッド化合物は、前記フッ化スルホニル基と前記アジド基またはアルキニル基、シクロアルキニル基、もしくはヘテロシクロアルキニル基とを連結する第2のリンカーを含み、
前記第2のリンカーのうち前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレンである、
[10]に記載の方法。
[12]
前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分のアリーレンが下記構造中に提供されている、
【化2】
[11]に記載の方法。
[13]
核酸アプタマーと、前記核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含み、前記リンカーのうち前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレンである、中和可能コバレントドラッグ化合物。
[14]
前記フッ化スルホニル基に結合する末端部分のアリーレンが下記構造中に提供されている、
【化3】
[13]に記載の中和可能コバレントドラッグ化合物。
【発明の効果】
【0008】
本開示の実施形態による化合物および組成物は、コバレントドラッグとしての特性を有するだけでなく、所望のタイミングで薬効を制御でき、潜在的な副作用または毒性を防止、除去、または解毒することができる。従ってこれらは新規薬剤モダリティを体現するコバレントドラッグとして有用になり得る。当該モダリティはコバレントドラッグの安全性を高めるものであり、従って医療におけるコバレントドラッグの応用を加速させ得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、異なる位置にリンカーが結合されたトロンビン結合アプタマー(TBA)へのフッ化スルホニル基の導入効率を示すHPLCのデータである。
【
図2】
図2は、フッ化スルホニル基が連結されたTBAが標的に対して共有結合を形成するか否かを示すモビリティシフト実験のデータである。
【
図3】
図3の(a)は、無修飾TBA、アルキンリンカー修飾TBA、およびウォーヘッド修飾TBAのCDスペクトルの比較を示す。(b)は、ウォーヘッド修飾TBAが、トロンビンへの結合について無修飾TBAと競合することを示すデータである。
【
図4】
図4は、ウォーヘッド修飾TBAによる共有結合形成反応における濃度依存性を調べた実験結果を示す。
【
図5】
図5は、血清蛋白質の存在下でウォーヘッド修飾TBAがトロンビンに特異的に結合して共有結合を形成し、さらに相補鎖がその共有結合複合体に特異的に結合することを示すデータである。相補鎖はFAMで標識されており蛍光イメージングで検出されている。
【
図6】
図6は、フィブリノゲンから重合フィブリンを生じさせる能力を指標にして、TBAによるトロンビン活性阻害を調べた結果を示す。(a)は、無修飾TBAもしくはウォーヘッド修飾TBA
3の存在下または非存在下における重合フィブリン蓄積率を示す。(b)および(c)は、トロンビン活性阻害についての無修飾TBA(b)およびウォーヘッド修飾TBA
3(c)の濃度依存性を示す。
【
図7】
図7は、様々な位置にフッ化スルホニル基が連結されたSARS-CoV-2スパイクタンパク質結合アプタマー(a、b)およびVEGF結合アプタマー(c)による、標的に対する共有結合形成を示す。
【
図8】
図8(a)(b)は、相補鎖によるウォーヘッド修飾アプタマーの中和を示すデータである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示は、一態様において、核酸アプタマーと、核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含む、化合物を提供する。より具体的には、一実施形態において、核酸アプタマーと、該核酸アプタマーにアジド-アルキン間クリックケミストリー反応を介して連結されたフッ化スルホニル基とを含む、化合物が提供される。それに加えてまたはそれに代えて、ある実施形態では、核酸アプタマーと、該核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含み、該リンカーのうちフッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレン(arylene)である、化合物が提供される。本開示ではこれらの化合物は中和可能コバレントドラッグ化合物とも呼ばれ得る。このような構造を有することにより、該化合物は、核酸アプタマー部分を介して標的を特異的に認識して結合し、フッ化スルホニル基を介してその標的に対する共有結合を形成することができる。
【0011】
本実施形態の文脈において「ドラッグ」とは、標的物質、特に標的蛋白質に特異的に結合できる物質を表す。従って、例えば標的酵素の活性部位に結合して酵素活性を阻害できるドラッグなどは特に好ましいが、ドラッグは必ずしもそのような作用を有する必要はなく、例えば単純に結合標識または標的化部分として使用されるドラッグも企図される。従って、「ドラッグ」という用語は広くインビボまたはインビトロで使用され得る「結合剤」として解されるべきである。一側面において、本実施形態の化合物あるいはコバレントドラッグ化合物は、アプタマー部分を介して標的を特異的に認識し結合する結合剤と捉えることができる。特異的に認識され結合される標的は、特定の一物質、または、共通もしくは類似の構造を有する特定の複数の物質であり得る。「コバレントドラッグ」とは、標的に対してさらに共有結合を形成する能力を有するドラッグであることを意味する。
【0012】
核酸アプタマーの技術自体は当業者によく知られている。リボスイッチの一部分として存在する天然の核酸アプタマーも知られているが、技術的応用においてより典型的な核酸アプタマーは人工的な核酸アプタマーであり、より具体的には、ランダム配列のライブラリーから標的物質に対する結合能についてスクリーニングすることによって選抜された核酸分子、またはそのように選抜された核酸分子の配列を一部修正(例えば切り詰めおよび/または化学修飾)して得られた核酸分子である。これらは通常、天然には存在しない配列を含む(もしくはそのような配列からなる)天然には存在しない遊離核酸断片、あるいは少なくとも天然条件下ではその標的分子に遭遇することがない配列を含む(もしくはそのような配列からなる)天然には存在しない遊離核酸断片である。アプタマーは、所望の標的物質に対して結合するものとして取得または作製されるものであるから、必然的に、それぞれのアプタマーには特異的な標的が知られている。従って、当業者は核酸アプタマーを明確に認識することができるだけでなく、それに対応する標的も認識することができる。
【0013】
多数のアプタマーがパブリッシュされており、本実施形態において使用され得る。その例としては、本願で言及される刊行物またはそれらが引用する刊行物に記載された、トロンビン結合アプタマー、凝固系第IXa因子結合アプタマー、第Xa因子結合アプタマー、ヴォン・ヴィレブランド因子結合アプタマー、組織因子経路インヒビター結合アプタマー、血管内皮細胞成長因子結合アプタマー、血小板由来成長因子結合アプタマー、補体蛋白質C5結合アプタマー、ヌクレオリン結合アプタマー、CXCL12結合アプタマー、CCL2結合アプタマー、ヘプシジン結合アプタマー、Toll様受容体9結合アプタマー、SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合アプタマー、VEGF結合アプタマー等が挙げられるがこれらに限定されない。さらなるアプタマーの例ならびにアプタマーに関連する既存技術および試薬の記述は、例えば、aptagen.com、bioanalysis-zone.com、genemedsyn.com、linaris.de、cambio.co.uk、basepairbio.com等に見出すことができる。
【0014】
核酸アプタマーはマイクロモーラー未満(好ましくは100ナノモーラー未満、より好ましくは10ナノモーラー未満)の解離定数値Kdで表される結合親和性で標的物質に特異的に結合することができ、本実施形態の、フッ化スルホニル基が連結された核酸アプタマーも標的物質に対するそのような特異的結合能力および親和性を維持することができる。通常、アプタマーと標的との結合は、多数の非共有結合性相互作用の総和として得られる。
【0015】
核酸アプタマーはDNA、RNA、またはそれらの組合せであり得、例えば一本鎖DNA、一本鎖RNA、またはそれらの組合せであり得る。一本鎖核酸アプタマーには、分子内で部分的に自己相補鎖を形成するものもある。核酸アプタマーという用語には、当業者に知られる1種類以上の核酸修飾または非天然核酸部分(非天然骨格部分および非天然糖部分等)を含むものも包含される。例えばヌクレアーゼ耐性その他の目的でアプタマー中に使用することができる様々な核酸修飾および非天然核酸部分が知られている(Zhou et al., Nat Rev Drug Discov, 2017, 16(3): 181-202)。その例としては2’-フルオロ化、2’-アミノ化、2’-O-メチル化、逆方向(inverted)チミジンによる3’修飾、ホスホロチオエート、LNA、およびポリエチレングリコール(PEG)修飾が挙げられるがこれらに限定されない。核酸アプタマーの長さは典型的には10ヌクレオチド(塩基)以上であり、より典型的には15ヌクレオチド以上である。核酸アプタマーの長さは典型的に100ヌクレオチド以下、より典型的には50ヌクレオチド以下であるが、これらより長い場合もあり得る。
【0016】
本実施形態の文脈で使用される用語「中和」とは、当該ドラッグまたは化合物のアプタマー部分による結合(あるいは結合能)を解除することを意味し、「中和可能」とは、そのような中和を人為的に誘導できることを意味する。アプタマー部分による結合が解除されることにより、アプタマー部分の結合自体により媒介される薬理的効果も解除できることが理解される。例えば、アプタマー部分が標的酵素の活性部位に結合して基質のアクセスを妨げることにより酵素を阻害するドラッグであれば、中和によりその酵素阻害効果を解除することができる。中和は部分的な中和であってもよく、その場合、薬効の完全な消失ではなく薬効の緩和が達成され得る。あるいは、アプタマー部分の結合が副作用を生じているドラッグであれば、中和によりその副作用を解除することができる。
【0017】
具体的には、核酸アプタマーに対する相補鎖を加えてアプタマー・標的間の相互作用構造に干渉することによって、中和を行うことができる。そのような相補鎖を解毒剤(antidote)と呼ぶこともあるが、これは当該ドラッグまたは化合物に必ずしも毒性があることは意味せず、解毒剤とはあくまで上記に定義される中和を行うための剤として理解されるべきである。解毒剤についてはさらに詳しく後述する。また、「中和」とは、あくまでアプタマー部分自体の結合(あるいは結合能)を解除することを意味するのであって、フッ化スルホニル基を介して新たに形成された共有結合は「中和」によって解除(切断)されない。実際、解毒剤を加えて中和を行うと、標的への結合が解除された核酸アプタマー部分が、フッ化スルホニル基を介して形成された共有結合点を起点にするリンカーによって標的分子に繋ぎ止められた状態になると考えられる。
【0018】
フッ化スルホニル基は、-SO2Fという式で表され、生理的条件下で蛋白質の少なくともセリン、スレオニン、リジン、チロシン、システイン、またはヒスチジン残基と反応して共有結合を形成できることが知られる反応性の求電子化学基である(Narayanan et al., Chemical Science 2015, 6(5), 2650-2659)。このように標的と共有結合を形成する反応性の基をウォーヘッド(warhead、弾頭)と呼ぶこともある。本開示において、フッ化スルホニル基が連結された核酸アプタマーを「ウォーヘッド修飾」アプタマーと呼ぶこともある。Narayanan et al.の論文に一部が例示されているように、フッ化スルホニル基を有する多様な化合物が合成されており、フッ化スルホニル基を導入するための多様な合成経路が当業者にとって利用可能である。
【0019】
上記核酸アプタマーとフッ化スルホニル基とを共有結合的に連結できる限り、多種多様な化学的リンカーを本実施形態において使用できることが当業者に理解される。化学的リンカーは典型的に炭化水素系骨格を有する。炭化水素系骨格には、炭化水素骨格に結合した、および/または炭化水素骨格に挿入された他の原子も含むものも包含される。本開示において、「連結」という用語は、2つの部分が間に他の原子(複数可)を挟んで間接的に結合している状態を意味し、これは2つの部分が間に他の原子を挟まずに直接互いに共有結合している状態と対比される。すなわち、1つの部分(核酸アプタマー)がリンカー構造の一端に結合し、もう1つの部分(フッ化スルホニル基)がそのリンカー構造の別の一端に結合している場合、2つの部分は「連結」されている。「共有結合的に連結」とは、一連の共有結合によって核酸アプタマーとフッ化スルホニル基が繋がっていることを意味する。つまり、リンカーの一端に核酸アプタマーが、他端にフッ化スルホニル基が共有結合しており、リンカー自体の主骨格も原子間の共有結合からなる。
【0020】
当業者は、デザインするリンカーの長さ、親水性、柔軟性、および立体障害性のようなパラメータ、ならびに合成の便宜に応じて、通常の知識に基づいて適切なリンカーを選択し使用することができる。リンカーは例えば、炭素数1~10のアルキレン、炭素数2~10のアルケニレン、炭素数2~10のアルキニレン、ヘテロアルキレン、シクロアルキレン、ヘテロシクロアルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレンその他の二価複素環基、-CONH-(もしくは-NHCO-)、-CO-、-NH-、-O-、またはこれらの組合せを含む、またはそれからなる、二価の基であり得るが、これらに限定されない。ヘテロアルキレンは、アルキレン骨格の炭素原子が各箇所につき1つの酸素、窒素、または硫黄原子のようなヘテロ原子で置き換えられたものを表し、エーテル部分、ならびにポリエチレンオキシおよびポリプロピレンオキシのようなポリエーテル部分も含まれる。-S-部分を含まないリンカーも企図される。シクロアルキレンおよびヘテロシクロアルキレンはそれぞれ環状のアルキレンおよびヘテロアルキレンを表す。ヘテロシクロアルキレンには、クラウンエーテルが含まれる。本開示においてリンカーを構成する基には置換および非置換のものが包含される。例えば、アルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、複素環、および/または-NH-の水素原子が置換され得る。典型的な置換基の例としては、炭素数1~10のアルキルおよびアルキルオキシ、アリール、ヒドロキシル、アミノ、ハロゲン、ならびにこれらの組合せが挙げられるがこれらに限定されない。
【0021】
核酸アプタマーにフッ化スルホニル基がアジド-アルキン間クリックケミストリー反応を介して連結されている実施形態におけるリンカーは、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分を含む。場合によっては他の反応基および反応機序により形成される連結部分も可能であるが、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応を用いてきわめて効率的に核酸アプタマーとフッ化スルホニル基との連結および中和可能コバレントドラッグ化合物の製造を行うことができる。
【0022】
しかしながら、核酸アプタマーにアジド-アルキン間クリックケミストリー反応を介してフッ化スルホニル基を連結することの意義は、単なる反応の効率性ということにとどまらない。非特許文献4は、先端にチオール官能基(-SH)を有するリンカーをSELEXライブラリーの5’末端に結合させ、ビニル-SO2Fという構造のウォーヘッド化合物をこれに反応させることによって、-C2H4-SO2Fというウォーヘッド(ESFとも呼ぶ)がチオエーテルを介して連結されたライブラリーとし、そこからスクリーニングを行って目的の標的結合性アプタマーを得ることを開示していた。しかし本発明者らは、そのような連結方法を用いたウォーヘッド修飾アプタマーは共有結合形成能を欠くことを見出した(本願の実施例欄参照)。実際、非特許文献4では、本願実施例のような完全な還元・変性条件下におけるアプタマーと標的蛋白質との共有結合形成の検証をしていなかったと見られ、アプタマー部分の結合(ドッキング)能の存在はともかくとして、共有結合形成能の不在が看過されていた可能性がある。一方、本発明者らが同じESFウォーヘッドをアジド-アルキン間クリックケミストリー反応を介してアプタマーに連結したところ、標的に対して明らかな共有結合形成能が獲得された。従って、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応によるウォーヘッドの連結というアプローチは、過去には完成していなかった発明が(予測外に)このアプローチの使用によって初めて完成できたといえるほど、重要な特徴である。連結方法によってこのような共有結合能の違いが生じる理由としては、穏和な溶液環境で短時間で行えるアジド-アルキン間クリックケミストリーの反応条件がウォーヘッド化合物の不安定性ないし分解を抑制できる可能性が考えられ、窒素リッチな環を含む連結構造が核酸、標的蛋白質、および/または-SO2F基に対して何らかの好ましい物理的化学的作用を提供する可能性等も考えられる。
【0023】
アジド-アルキン間クリックケミストリー反応自体は公知であり、当業者は、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分の構造を明確に認識することができる。アジド-アルキン間クリックケミストリー反応は、アジド基(-N=N
+=N
-)と炭素間三重結合(-C≡C-)部分との間で起こる[3+2]環化付加反応として記述することもできる。アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分の好ましい一例は下記化学式(I)で表される2価の基である。
【化4】
これは銅(I)触媒アジド-アルキン環化付加(CuAAC)と呼ばれるアジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分である。上記で示す構造式の左側(左腕)が核酸アプタマーに連結または結合され右側(右腕)がフッ化スルホニル基に連結または結合される態様が好ましいが、その逆であってもよい。
【0024】
アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分の別の例は、下記一般式(II)で表される2価の基である。下記一般式(II)中、8員環は置換基(例えばメチル、メトキシ、O=、フッ素原子、または芳香族環もしくは脂肪族環の融合)によって置換されていてもよく、例えばビシクロ[6.1.0]構造の一部であってもよい。また、下記一般式(II)中、8員環は、他の環との融合に関与していない1つ以上の炭素が窒素等の非炭素原子で置き換えられたヘテロ環であってもよく、典型的には、リンカー(下記一般式(II)中の左側の結合腕)の結合部分の炭素が窒素で置き換えられ得る。
【化5】
【0025】
上記一般式(II)で表される連結部分の具体的な一例を下記化学式(IIa)に示す。
【化6】
【0026】
上記一般式(II)で表される連結部分のさらに別の具体例を下記化学式(IIb)に示す。
【化7】
【0027】
上記式(II)、(IIa)および(IIb)で表される構造は、歪み促進型アジドーアルキン環化付加(SPAAC)と呼ばれるアジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分の例である。SPAACは銅触媒を用いる必要がないため、銅フリークリックケミストリー反応とも呼ばれる。
【0028】
上記で示した構造式の左側(左腕)が核酸アプタマーに連結または結合され右側(右腕)がフッ化スルホニル基に連結または結合されてもよいし、その逆であってもよい。後述するように、アジド基が核酸アプタマー側から提供されるかあるいはフッ化スルホニル基側から提供されるかによって、連結部分の向きが逆になる。
【0029】
リンカーの他の部分は上述した基の組合せであり得る。例えば、リンカーのうち、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分に対して核酸アプタマー側および/またはフッ化スルホニル基側が、炭素数1~10のアルキレン、炭素数2~10のアルケニレン、炭素数2~10のアルキニレン、ヘテロアルキレン、シクロアルキレン、ヘテロシクロアルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、-CONH-(もしくは-NHCO-)、-CO-、-NH-、-O-、またはこれらの組合せを含むか、またはそれからなる二価の基であり得る。
【0030】
核酸アプタマーとフッ化スルホニル基とをアジド-アルキン間クリックケミストリー反応を介して連結するリンカーは、-L1-Y-L2-という式で表すことができ、ここで、Yは、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分であり、L1は核酸アプタマーに結合するリンカー部分(後述する第1のリンカーに相当する)であり、L2はフッ化スルホニル基に結合するリンカー部分(後述する第2のリンカーに相当する)である。-L1-Y-L2-全体が後述する第3のリンカーに相当する。具体的な一例において、第3のリンカーは、-C≡C-(CH2)4-(I)-CH2-CO-C6H4-という構造からなり、ここで(I)は上記化学式(I)を表す。
【0031】
上記L
2のうち、フッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレン(例えばp-フェニレン)またはヘテロシクロアルキレン(例えば1,4-ピペラジニレン)であることが好ましい。そのような実施形態のなかでも、フッ化スルホニル基に結合する末端部分が、上記アリーレンを提供する構造として下記構造すなわちカルボニルフェニレンを有することが特に好ましい。
【化8】
例えば、L
2(第2のリンカー部分)がアセチル-ベンゼン部分すなわちメチレン-カルボニル-フェニレンであってもよい。
【0032】
アプタマー型共有結合性薬剤の文脈において異なるウォーヘッド構造がどのような挙動をするかを決定することは未開拓の領域であり予測が困難であった。ここでは、フッ化スルホニル基が上記のようにアリーレンに結合した構造として提供されるアリール型ウォーヘッドが、アプタマー型共有結合性薬剤の文脈において、例えば非特許文献4で使用されていたアルキル型ウォーヘッドと比べて、アプタマー標的に対する共有結合形成能が格段に高いことが見出された。この共有結合形成能の違いは著しく、該アリール型ウォーヘッドは、上述したアジド-アルキン間クリックケミストリーではなく例えば非特許文献4と同じチオール媒介法のような他の方法により連結した場合でも、アプタマー標的に対する共有結合形成を提供することができた。
【0033】
従って一態様において本開示は、核酸アプタマーと、該核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含み、該リンカーのうちフッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレンである、中和可能コバレントドラッグ化合物を提供する。該アリーレンは例えば上記カルボニルフェニレンあるいはアセチル-ベンゼン部分の形態で提供されることが特に好ましい。この実施形態において、核酸アプタマーとフッ化スルホニル基との連結はアジド-アルキン間クリックケミストリーを介していなくてもよく、他の反応基および反応機序により形成される連結および連結部分が可能である。しかしながら、当該アリール型ウォーヘッドをアジド-アルキン間クリックケミストリーを介して核酸アプタマーに連結すると、アプタマー標的に対する共有結合形成効率において著しい相乗効果が得られるため好ましい。
【0034】
上述したように、リンカーの長さおよび具体的組成は実施者のデザインに応じて変動させ得るが、あくまで目安として、リンカーの炭素数は典型的には2~100の範囲内であり得、より典型的には5~50の範囲内である。また、あくまで目安として、リンカーの長さ、すなわちリンカーが最大伸張したときの核酸アプタマーとフッ化スルホニル基との間の距離は典型的には100Å以内であり得、より典型的には50Å以内、あるいは30Å以内である。リンカーの長さは典型的に5Å以上であり得、より典型的には10Å以上である。リンカーの長さを長くすると、フッ化スルホニル基は、よりアプタマー結合部位から離れた部位、あるいは、アプタマー上のリンカー結合点からより離れた部位への共有結合形成が可能になる。通常は標的分子内に共有結合が形成されるが、アプタマー結合時に標的分子近傍に存在する別の分子に対して共有結合が形成される可能性もある。
【0035】
核酸アプタマーのうち、リンカーが結合される位置は、比較的自由に変更できることが見出された。当業者は、過度な試行錯誤なく、核酸アプタマー中で適切なリンカー結合位置を適宜決定することができる。好ましい一実施形態では、リンカーは、核酸アプタマー中の一核酸塩基に結合している。リンカーは、非5’末端かつ非3’末端に、例えば内部の核酸塩基に結合していてもよい。別の実施形態では、リンカーは、核酸アプタマーの5’末端または5’末端リン酸(すなわち、5’末端に結合したリン酸基)に結合され得る。別の実施形態では、リンカーは、核酸アプタマーの3’末端もしくは3’末端リン酸(すなわち、3’末端に結合したリン酸基)に結合され得、または、いずれかのヌクレオチド/ヌクレオシドのリボース環の3’位に結合され得る(その場合、2’-5’ホスホジエステル結合が利用され得る)。さらに別の実施形態では、リンカーは、核酸アプタマーを構成するいずれかのヌクレオチド/ヌクレオシドのリボース環の2’位に結合され得る。
【0036】
これらの位置に、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応のために使用可能なアルキン構造またはアジド基が連結または結合されたヌクレオチド/ヌクレオシド、およびそのようなヌクレオチド/ヌクレオシドを組み込む任意の配列のオリゴヌクレオチドは、市販されているか、または当業者が合成することができる。また、上記の各位置にアルキン構造またはアジド基が連結または結合されたヌクレオチドを組み込む任意の配列のオリゴヌクレオチドの合成サービスが市販もされている。そのようなアルキン修飾またはアジド修飾オリゴヌクレオチドのための試薬または受託合成サービスを提供している会社の例としてはIntegrated DNA Technologies社、株式会社日本遺伝子研究所、および Sigma-aldrich社が挙げられるが、これらに限定されない。これらの構造は、従来、例えば核酸の蛍光標識などに利用されてきた。
【0037】
リンカーが、核酸アプタマー中の核酸塩基に結合している場合、その塩基はアデニン(A)、グアニン(G)、イノシン(I)(ヒポキサンチン)、シトシン(C)、チミン(T)、およびウラシル(U)のうちのいずれでもあり得るが、A、C、TまたはUが好ましく、TまたはUが特に好ましい。例えばCおよびUについては、それらの塩基を構成するピリミジン環の5位にリンカーが結合し得る。Tについては、チミン塩基を構成するピリミジン環の5位のメチル基がリンカーで置き換えられるかたちでリンカーが結合し得、その結果として、上記のようにリンカーが結合したUと同じ構造になる。本明細書では、このような状態も、T(チミン)塩基を構成するピリミジン環の5位にリンカーが結合していると呼び得る。A、G、およびIについては、それらの塩基を構成するプリン環の7位にリンカーが結合し得る。その場合、プリン環7位の窒素原子は炭素原子に置き換えられ得る。
【0038】
一実施形態において、本化合物の一部分を構成する核酸アプタマーは、
5’-GGTTGGTGTGGTTGG-3’
の配列(配列番号1)を有するトロンビン結合アプタマーである。すなわち、配列番号1の配列を有する核酸アプタマーと、その核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含む化合物あるいは中和可能コバレントドラッグ化合物が提供される。トロンビンは、フィブリノゲンを切断してフィブリンを産生することにより、血液の凝固に関わる酵素である。このトロンビン結合核酸アプタマー自体は、Bock et al., Nature, 1992, 355, 564-566に記述されている。上記配列の5’側および/または3’側にさらなる核酸配列が追加されていてもよい。実際、Bock et al.は、上記15マーよりはるかに長い96ヌクレオチド長(そのうち60ヌクレオチドがランダム配列であり36ヌクレオチドがPCR増幅用のプライマー結合配列である)の核酸集団からのスクリーニングでトロンビン結合能を有するアプタマークローンを複数単離したのであり、上記15マーは、それら複数のトロンビン結合クローン間に共通して存在しており(あるいは、「保存」されており)かつ単離されてもトロンビン結合能を維持するコア配列であった。このように、標的結合能を担うコア配列の5’側および/または3’側に追加的配列が存在し得ることは他の核酸アプタマーにおいても典型的に見られる。
【0039】
上記で既に説明したとおり、この実施形態においても、当該トロンビン結合アプタマーの様々な部位にリンカーが結合され得る。例えば、上記15マーの第3位T、第9位T、または第12位Tの塩基にリンカーが結合された化合物が提供される。当該トロンビン結合アプタマーはDNAアプタマーであるから、元来T塩基を有している。T塩基のピリミジン環の5位メチル基がリンカーで置き換わるかたちで、リンカーが結合している場合、そのようなリンカー修飾T塩基は、対応するリンカー修飾U塩基と同じ構造になるが、ここでは元のアプタマーがT塩基の配列を有するものであるから、「T塩基にリンカーが結合している」という。RNAアプタマーのU塩基に同種類のリンカーが結合している場合には、結果として同じ構造になっていても「U塩基にリンカーが結合している」と呼ばれ得る。
【0040】
別の一実施形態において、本化合物の一部分を構成する核酸アプタマーは、
5’-CAGCACCGACCTTGTGCTTTGGGAGTGCTGGTCCAAGGGCGTTAATGGACA-3’
の配列(配列番号2)を有するSARS-CoV-2スパイクタンパク質結合アプタマーである。すなわち、配列番号2の配列を有する核酸アプタマーと、その核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含む化合物あるいは中和可能コバレントドラッグ化合物が提供される。この核酸アプタマー自体は、Song et al., Anal. Chem., 2020, 92, 9895-9900に記述されている。SARS-CoV-2は、2020年の時点でパンデミックを引き起こしている新型コロナウイルスであり、そのスパイクタンパク質は、ヒトの呼吸器系等の細胞上に発現されるACE2受容体に結合してヒトへの感染開始を媒介するウイルスタンパク質である。配列番号2のDNAアプタマーは、スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(receptor binding domain:RBD)に結合すること、およびRBDへの結合についてACE2と競合することという指標に基づいてSong et al.によって同定されたものである。上記配列の5’側および/または3’側にさらなる核酸配列が追加されていてもよい。インビトロまたはインビボでACE2受容体へのSARS-CoV-2の結合を阻害する方法における使用ための上記化合物またはそれを含む組成物の実施形態も企図される。対象のACE2受容体へのSARS-CoV-2の結合を阻害する方法であって、対象に有効量の上記化合物またはそれを含む組成物を投与することを含む方法の実施形態も企図される。
【0041】
上記で既に説明したとおり、これらの実施形態においても、当該核酸アプタマーの様々な部位にリンカーが結合され得る。例えば、上記配列番号2の51マーの第12位T、第29位T、または第42位Tの塩基にリンカーが結合された化合物が提供される。
【0042】
さらに別の一実施形態において、本化合物の一部分を構成する核酸アプタマーは、
5’-CAATTGGGCCCGTCCGTATGGTGGGT-3’
の配列(配列番号3)を有するVEGF結合アプタマーである。すなわち、配列番号3の配列を有する核酸アプタマーと、その核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含む化合物あるいは中和可能コバレントドラッグ化合物が提供される。この核酸アプタマー自体は、Kaur and Yung, PLoS ONE, 2021, 7:e31196に記述されている。VEGF(vascular endothelial growth factor:血管内皮細胞増殖因子)は、広く癌細胞で過剰発現される強力な血管新生性の分裂促進因子である。この核酸アプタマーは、より長い既存のVEGF結合アプタマーを切り詰めることによってKaurらによって作られた、Kd値0.5±0.32nMというきわめて高い標的結合親和性を有するものである。上記配列の5’側および/または3’側にさらなる核酸配列が追加されていてもよい。
【0043】
これらの実施形態においても、当該核酸アプタマーの様々な部位にリンカーが結合され得る。例えば、上記配列番号3の26マーの第4位T、第17位T、または第22位Tの塩基にリンカーが結合された化合物が提供される。
【0044】
別の態様では、上述したいずれかの中和可能コバレントドラッグ化合物を含む、医薬組成物が提供される。換言すると、本開示は、医薬として使用するための上記中和可能コバレントドラッグ化合物を提供する。上記中和可能コバレントドラッグ化合物を対象に投与することを含む方法も提供される。本開示における投与または治療の対象は、動物、特に哺乳類であり得る。対象はヒトであってもよい。本開示において、「対象」という用語は「患者」という用語と互換的に用いられ得る。
【0045】
医薬組成物は、薬学的に許容される担体または賦形剤をさらに含み得る。そのような担体または賦形剤の典型的な一例は水である。当業者は、標的蛋白質が存在する部位または領域に有効量の医薬組成物を送達するための適切な投与経路を適宜選択することができる。投与経路の例としては、経口、静脈内、動脈内、筋肉内、皮下、経皮、腹腔内、髄腔内、経直腸、経膣、および吸入が挙げられるがこれらに限定されない。
【0046】
具体的な一態様において、上記配列番号1の配列を有する核酸アプタマーとその核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含む中和可能コバレントドラッグ化合物を含む、抗凝固剤が提供される。換言すると、本開示は、抗凝固剤として使用するための該中和可能コバレントドラッグ化合物を提供する。本開示で言及される抗凝固剤は、血液の凝固を防止または抑制する薬剤である。抗凝固剤もまた、薬学的に許容される担体または賦形剤をさらに含むことができる。そのような担体または賦形剤の典型的な一例は水である。
【0047】
抗凝固剤は、インビトロ、エクスビボ、およびインビボのいずれの状況においても有用性を見出し得る。一実施形態において、抗凝固剤は、患者における血液凝固を防止または抑制する方法における使用のための、上記抗凝固剤あるいは化合物が提供される。本開示はまた、患者における血液凝固を防止または抑制する方法であって、該患者に有効量の上記抗凝固剤あるいは化合物を投与することを含む方法を提供する。抗凝固剤は、例えば静脈内投与、動脈内投与、または経口投与で患者に投与され得る。患者は例えば長期的抗凝固処置を必要としている患者である。患者は例えば血栓症、深部静脈血栓症、血管閉塞性疾患、血栓性塞栓症、心筋梗塞、心房細動、脳卒中、全身性炎症疾患(例えばCOVID-19に伴うもの)を有する患者、またはこれらの疾患のリスクがあるもしくは予防の必要性を有する患者であり得るがこれらに限定されない。患者は、人工血管置換術を受ける患者でもあり得る。
【0048】
あるいは、患者はカテーテル治療、人工弁置換、または冠動脈バイパス術を受ける患者であってもよい。これらの処置においては抗凝固剤としてのヘパリンの使用が一般的であるが、本実施形態の抗凝固剤はヘパリンの代替となり得る。特に、ヘパリン起因性血小板減少およびアンチトロンビン欠乏症を有する稀な患者ではヘパリンが使えないことがあるため、本実施形態の抗凝固剤の使用が有益となり得る。
【0049】
上記方法は、患者に抗凝固剤を投与することと、抗凝固剤を投与した後に、抗凝固剤を構成する核酸アプタマーに対して相補的なオリゴヌクレオチドをさらに投与することとを含むことができる。本開示において、核酸アプタマーに対して相補的なオリゴヌクレオチドは、37℃において生理食塩水(0.9%w/v NaCl)中でその核酸アプタマーと特異的ハイブリダイズをすることができるオリゴヌクレオチドであり得る。相補的オリゴヌクレオチドは、核酸アプタマーと特異的にハイブリダイズすることによりアプタマー-標的間の相互作用構造に干渉し、標的に対するアプタマーの特異的結合を解除することができる。核酸アプタマーに基づく薬剤との関係で、相補的オリゴヌクレオチドを「解毒剤」と呼ぶこともある。核酸アプタマーに基づく結合をその相補的オリゴヌクレオチドによって解除することは確立された技術である(Rusconi et al., Nat Biotechnol, 2004, 22 (11), 1423-8;Stoll et al., Molecules, 2017, 22 (6), 954;Bompiani et al., Curr Pharm Biotechnol, 2012, 13 (10), 1924-34;下記実施例も参照)。適切な相補的オリゴヌクレオチドの具体的配列は当業者が通常の知識に基づいて決定することができる。
【0050】
上記抗凝固剤を投与した後に、相補的オリゴヌクレオチドを投与する具体的なタイミングは、実施者が適宜決定することができる。例えば、抗凝固剤の十分な薬効が得られた後、または、有害な副作用もしくは過剰作用が生じ始めた後に、相補的オリゴヌクレオチドを投与し得る。相補的オリゴヌクレオチドの投与経路は、抗凝固剤の投与経路と同じであってもよいし、抗凝固剤の投与経路と異なっていてもよい。
【0051】
当業者に理解されるように、核酸アプタマーが相補的オリゴヌクレオチドにハイブリダイズ出来る限り、本開示における相補的オリゴヌクレオチドの種類は限定されず、核酸アプタマーと同じであっても異なっていてもよい。例えば、DNAアプタマーに対する解毒剤がオリゴヌクレオチドRNAであってもよいし、オリゴヌクレオチドDNAであってもよい。本開示における相補的オリゴヌクレオチドには、当業者に知られる1種類以上の核酸修飾または非天然核酸部分を含むものも包含される。また、相補的オリゴヌクレオチドの長さも特に限定されず当業者が適宜決定することができ、例えば10~50ヌクレオチド(塩基)長であり得る。相補的オリゴヌクレオチドは例えば核酸アプタマーの少なくとも半分の長さに渡って相補的であるオリゴヌクレオチドであり得る。本開示において相補的オリゴヌクレオチドは相補鎖とも呼ばれる。
【0052】
上記の例のように、核酸アプタマー部分を有する中和可能コバレントドラッグ化合物とその相補的オリゴヌクレオチドとは、組合せとして提供され、あるいは組合せとして使用され得る。従って別の態様では、上述した化合物、組成物、または抗凝固剤と、その化合物、組成物、または抗凝固剤中の核酸アプタマーに対して相補的なオリゴヌクレオチドとを含む、中和可能コバレントドラッグシステムが提供される。このシステムは、キットとして提供および/または使用されてもよい。化合物、組成物、または抗凝固剤と、相補的オリゴヌクレオチドとは、通常は別個に投与される別個の製剤であるが、それらの製剤が同じ包装中に提供されてもよいし、別々の包装中に提供されてもよい。該システムまたはキットは、該相補的オリゴヌクレオチドが該化合物、組成物、または抗凝固剤の薬学的作用を中和する旨が説明された使用説明書をさらに含んでいてもよい。使用説明書は、例えば、化合物、組成物、もしくは抗凝固剤および/または相補的オリゴヌクレオチドの包装中に同封され得、あるいは、包装上に印刷されていてもよい。
【0053】
本開示は、別の態様において、
標的蛋白質に対して共有結合を形成することができる中和可能コバレントドラッグの製造方法であって、
a)(a1)アルキニル基、シクロアルキニル基、もしくはヘテロシクロアルキニル基、または(a2)アジド基が連結または結合された、標的蛋白質に特異的な核酸アプタマー、および、
b)対応する(b1)アジド基、または(b2)アルキニル基、シクロアルキニル基、もしくはヘテロシクロアルキニル基とフッ化スルホニル基とが連結または結合された構造を有する、ウォーヘッド化合物
を反応させて、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応を行い、該アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成された連結部分を含むリンカーを介して上記核酸アプタマーと上記フッ化スルホニル基とが連結された構造を取得することを含む、方法を提供する。
【0054】
この製造方法によって、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分を含むリンカーを有する上述した中和可能コバレントドラッグ化合物を製造できることが理解されるべきである。本製造方法の態様についてここで提供される構造的および機能的な説明は、上記化合物の態様にも適用することができ、その逆も然りである。標的蛋白質およびそれに対する特異的核酸アプタマーの組合せは当業者が公知のもののなかから選択することができる。本実施形態の方法は、核酸アプタマーをコバレントドラッグ化する方法、あるいは核酸アプタマーに共有結合機能性を付与する方法として記述することもできる。
【0055】
本開示では、アルキニル基、シクロアルキニル基、およびヘテロシクロアルキニル基を含め、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応に使用可能な炭素間三重結合(-C≡C-)を有する基を「アルキン構造」とも呼ぶ。
【0056】
アルキニル基は、末端アルキンに基づくものでも、内部アルキンに基づくものでもよい。アジド-アルキン間クリックケミストリー反応に用いられ得るシクロアルキニル基およびヘテロシクロアルキニル基は当業者に知られており、通常は7員または8員のものであり、置換基(例えばメチル、メトキシ、O=、フッ素原子、または芳香族環もしくは脂肪族環の融合)によって置換されていてもよい。ヘテロシクロアルキニル基は、シクロアルキニル基の環の1つ以上の炭素が窒素等の非炭素原子で置き換えられたものである。典型的には、環のうちリンカーに結合する部分の炭素が窒素で置き換えられ得る。シクロアルキニル基およびヘテロシクロアルキニル基は上述したSPAACに用いることができ、従って銅(I)イオンの不在下でクリックケミストリー反応を起こすことができる。アジド基は-N3という式で表される基である。
【0057】
SPAACに用いられ得るものとして当業者に知られるアルキン構造の例として、OCT(シクロオクチン)、MOFO(モノフルオロシクロオクチン)、DIFO(ジフルオロシクロオクチン)、DIMAC(ジメトキシアザシクロオクチン)、DIFBO(ジフルオロベンゾシクロオクチン)、DIBO(ジベンゾシクロオクチン)、DIBAC(ジベンゾアザシクロオクチン)、BARAC(ビアリールアザシクロオクチンオン)、およびBCN(ビシクロ[6.1.0]ノニン)にそれぞれ由来する1価の基が挙げられる。
【0058】
ヘテロシクロアルキニル基の一具体例を下記化学式IIIに、シクロアルキニル基の一具体例を下記化学式IVに示す。
【化9】
【化10】
【0059】
上記(a1)の基または(a2)の基は、核酸アプタマーに直接結合していてもよく、あるいはリンカーを介して核酸アプタマーに連結されていてもよい。特にシクロアルキニル基、ヘテロシクロアルキニル基、およびアジド基は、典型的にリンカーを介して核酸アプタマーに連結される。本開示において、核酸アプタマーと上記(a1)または(a2)の基とを連結するリンカーを第1のリンカーと呼ぶこともある。
【0060】
当業者は、デザインするリンカーの長さ、親水性、柔軟性、および立体障害性のようなパラメータ、ならびに合成の便宜に応じて、適切な第1のリンカーを選択し使用することができる。第1のリンカーは例えば、炭素数1~10のアルキレン、炭素数2~10のアルケニレン、炭素数2~10のアルキニレン、ヘテロアルキレン、シクロアルキレン、ヘテロシクロアルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、-CONH-(もしくは-NHCO-)、-CO-、-NH-、-O-、またはこれらの組合せを含む、またはそれからなる、二価の基であり得るが、これらに限定されない。リンカーを構成する上記の基には置換および非置換のものが包含される。例えば、アルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、および/または-NH-の水素原子が置換され得る。典型的な置換基の例としては、炭素数1~10のアルキルおよびアルキルオキシ、アリール、ヒドロキシル、アミノ、ハロゲン、ならびにこれらの組合せが挙げられるがこれらに限定されない。
【0061】
核酸アプタマー(左)をアルキニル基(右)に連結する第1のリンカーの非限定的な具体例を以下に記載する:-(CH2)n-(nは1~10の整数);-O-CH2-;-(CH2)n-NHCO-(CH2)2-O-CH2-(nは1~10の整数);-C≡C-(CH2)n-(nは1~10の整数);および-C≡C-(CH2CH2O)n-(CH2)2-(nは1~10の整数)。第1のリンカーの特定の一具体例は、-C≡C-(CH2)4-である。
【0062】
核酸アプタマー(左)をシクロアルキニル基またはヘテロシクロアルキニル基(右)に連結する第1のリンカーの非限定的な具体例を以下に記載する: -(CH2CH2O)n-(CH2)2-NHCO-(CH2)4-(CO)-(nは1~10の整数);-(CH2)n-NHCO-(CH2)4-(CO)-(nは1~10の整数);-(CH2)n-(nは1~10の整数);-(CH2)2-O-(CH2)2-NHCOO-CH2-;-(CH2)n-NHCOO-CH2-(nは1~10の整数);-(CH2)6-NHCO-(CH2)3-CONH-(CH2CH2O)2-(CH2)2-NHCOO-CH2-。
【0063】
上記(a)の基に対して、(b)の基が「対応する」とは、(a)の基と(b)の基の組合せによってアジド-アルキン間クリックケミストリー反応を行える関係にあることを意味する。すなわち、例えば(a)の基がアルキン構造の基(a1)である場合には(b)の基はアジド基(b1)であり、逆に、(a)の基がアジド基(a2)である場合には(b)の基はアルキン構造の基(b2)となる。
【0064】
ウォーヘッド化合物という用語は、本開示に記載される連結反応、例えばアジド-アルキン間クリックケミストリー反応に関与する2つの化合物のうち1つであって、コバレントドラッグにおける共有結合形成能を提供するフッ化スルホニル基を有する化合物を意味する。ウォーヘッド化合物における上記(b1)の基または(b2)の基は、フッ化スルホニル基に直接結合していてもよく、あるいはリンカーを介してフッ化スルホニル基に連結されていてもよい。本開示において、フッ化スルホニル基と上記(b1)または(b2)の基とを連結するリンカーを第2のリンカーと呼ぶこともある。
【0065】
当業者は、デザインするリンカーの長さ、親水性、柔軟性、および立体障害性のようなパラメータ、ならびに合成の便宜に応じて、適切な第2のリンカーを選択し使用することができる。第2のリンカーは例えば、炭素数1~10のアルキレン、炭素数2~10のアルケニレン、炭素数2~10のアルキニレン、ヘテロアルキレン、シクロアルキレン、ヘテロシクロアルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、-CONH-(もしくは-NHCO-)、-CO-、-NH-、-O-、またはこれらの組合せを含む、またはそれからなる、二価の基であり得るが、これらに限定されない。特に、第2のリンカーのうちフッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレン(例えばp-フェニレン)またはヘテロシクロアルキレン(例えば1,4-ピペラジニレン)であることが好ましい。例えば、第2のリンカーのうちフッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレンであり、そのアリーレンが、上述したカルボニルフェニレンとして提供され得る。第2のリンカーがアセチル-ベンゼン部分であってもよい。リンカーを構成する上記の基には置換および非置換のものが包含される。例えば、アルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、および/または-NH-の水素原子が置換され得る。典型的な置換基の例としては、炭素数1~10のアルキルおよびアルキルオキシ、アリール、ヒドロキシル、アミノ、ハロゲン、ならびにこれらの組合せが挙げられるがこれらに限定されない。第2のリンカーの特定の一具体例は-CH2-CO-C6H4-である。
【0066】
ウォーヘッド化合物の非限定的な具体例を下記化学式(V)~(X)に示す。下記各式において、アジド基とフッ化スルホニル基とを連結している部分が第2のリンカーである。下記化合物はいずれもアジド基を有するものであるが、アジド基のかわりに(b2)基すなわちアルキニル基、シクロアルキニル基、またはヘテロシクロアルキニル基、または他の反応基を有するウォーヘッド化合物も企図される。
【化11】
【0067】
従って一実施形態において、ウォーヘッド化合物は下記構造を有し、
【化12】
ここでZはアジド基またはアルキニル基、シクロアルキニル基、もしくはヘテロシクロアルキニル基または他の反応基であり得る。
【0068】
アジド-アルキン間クリックケミストリー反応の具体的な反応条件は当業者によく知られている。例えば、トリス(3-ヒドロキシプロピルトリアゾリルメチル)アミンのような銅(I)安定化リガンドおよびアスコルビン酸のような還元剤、ならびに硫酸銅(II)の存在下で、アルキン構造含有化合物とアジド基含有化合物とを水溶液中で混合することによって、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応を行うことができる。SPAACの場合、銅触媒系は不要である。アジド-アルキン間クリックケミストリー反応は室温で行うことができる。
【0069】
アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により、アルキン構造とアジド基に由来して上述した連結部分が形成される。結果として、この連結部分を含むリンカー(本開示において「第3のリンカー」と呼ぶ)を介して上記核酸アプタマーと上記フッ化スルホニル基とが連結された構造が生じる。この構造が、中和可能コバレントドラッグ化合物の実施形態を提供し、また、中和可能コバレントドラッグの有効成分を提供することができる。第3のリンカーは、-(第1のリンカー)-(上記連結部分)-(第2のリンカー)-という構造を有する2価の基であり得る。
【0070】
本方法は、上記アジド-アルキン間クリックケミストリー反応を行う前に、a)の核酸アプタマーを化学合成することをさらに含み得る。本実施形態におけるa)の核酸アプタマー成分は、本質的に修飾ヌクレオチドであり、公知のオリゴヌクレオチド化学合成法を適用して合成することができる。好適な化学合成法の一例はホスホロアミダイト法であるが、必ずしもこれに限定されない。
【0071】
例えば、上記(a1)または(a2)の基が連結または結合された核酸塩基を有するヌクレオシドを(例えばホスホロアミダイト誘導体の形態で)、所望の配列の所望の残基における基質として用いて、オリゴヌクレオチドを化学合成することによって、(a1)または(a2)の基が連結または結合された核酸アプタマーを化学合成することができる。
【0072】
核酸アプタマーは、高い標的特異性を提供できること、解毒可能であること、それ自体が免疫反応をほとんど引き起こさないことといった利点を有することから、高い薬効および安全性を有し得、医薬品として有望視されている。一方、生体内での安定性が低いこと、より具体的には腎臓での除去に起因して循環中の半減期が短いことが、アプタマー型医薬の弱点であると考えられており、その医療応用が遅れている一因となっている。本開示の実施形態で提供されるアプタマー型コバレントドラッグは、標的蛋白質に対して結合した後、ひとたびウォーヘッド部分が標的蛋白質に対し共有結合を形成すれば、標的蛋白質上または標的蛋白質近傍に保持され、標的蛋白質への影響を維持し続けることができる。従ってアプタマー型コバレントドラッグは例えば、受動的で短い半減期を有する従来のアプタマー型医薬とは異なる薬物動態において薬効の持続を得ることが可能であり、その薬効を所望の時点で中和することも可能である。
【実施例】
【0073】
以下、実施例を示して本開示の実施形態をさらに詳細に説明するが、これらの実施例は例示であって、本発明はこれらの具体的実施形態に限定されない。材料と方法のセクション3~5では代表的な実験条件のみを記載している。実験条件、特に試薬濃度と反応時間は、同じセットの実験内では揃えたが、異なるセットの実験間では異なっていた場合もある。
【0074】
[材料と方法]
1.全般的事項
Bock et al., Nature, 1992, 355, 564-566に記載された、配列5’-GGT3TGGTGT9GGT12TGG-3’(配列番号1)からなる無修飾のトロンビン結合アプタマー(TBA:thrombin binding aptamer)、および、上記配列の第3位T、第9位T、または第12位Tがそれぞれアルキンリンカー修飾Tで置き換えられた配列からなる3種類のアルキンリンカー修飾TBAを、Integrated DNA Technologies社においてカスタム合成した。これらのアルキンリンカー修飾Tは、チミン(T)塩基のピリミジン環の5位に、通常のメチル基の代わりに、-C≡C-(CH2)4-C≡CHが結合したものである。ここで、-C≡C-(CH2)4-を第1のリンカー、-C≡CHをアルキニル基として認識することができる。同様に、対応するチオールリンカー修飾TBAもカスタム合成した。チオールリンカー修飾Tは、チミン(T)塩基のピリミジン環の5位に、-CH=CH-CONH-(CH2)6-NHCO-(CH2)2-SHが結合したものである。
【0075】
上記と同様にして、Song et al., Anal. Chem., 2020, 92, 9895-9900に記載された配列5’-CAGCACCGACCT12TGTGCTTTGGGAGTGCT29GGTCCAAGGGCGT42TAATGGACA-3’ (配列番号2)からなる無修飾のSARS-CoV-2スパイクタンパク質結合アプタマー、および上記配列の第12位T、第29位T、または第42位Tがそれぞれアルキンリンカー修飾Tで置き換えられた配列からなる3種類のアルキンリンカー修飾アプタマーを合成した。さらに、同様にして、Kaur and Yung, PLoS ONE, 2021, 7:e31196に記載された配列5’-CAAT4TGGGCCCGTCCGT17ATGGT22GGGT-3’(配列番号3)からなる無修飾のVEGF結合アプタマー、および、上記配列の第4位T、第17位T、または第22位Tがそれぞれアルキンリンカー修飾Tで置き換えられた配列からなる3種類のアルキンリンカー修飾アプタマーを合成した。
【0076】
ヒトαトロンビンは米国のHaematologic Technologies社から(# HCT-0020)、ヒト血漿由来フィブリノゲンは米国のAldrich社から(#9001-32-5)、ヒト血清は米国Aldrich社から(#H4522)それぞれ購入した。SARS-CoV-2スパイクタンパク質のRBD(# SPD-C52H3)は米国ACROBiosystems社から購入した。
【0077】
合成されたウォーヘッド化合物をNMRで同定し、アプタマーへの連結をHPLCで確認した。NMR実験は、500MHz核磁気共鳴装置(JNM-ECA500、日本電子株式会社)を使用して25℃で行った。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析は、光ダイオードアレイ(PDA)および/またはLCQ-Fleetイオントラップ質量分析計に接続されC18逆相カラム(Hypersil GOLD、2.1×100 mm、米国Thermo Fisher Scientific社)が備え付けられたAgilent 1100 HPLCシステム(米国Agilent Technologies社)上で、0.1%ギ酸を含むアセトニトリル0-100%勾配を流速300μL/分で用いて行った。アプタマーの小規模定量分析を、蛍光検出器およびそれに続くPDAに接続された逆相セミミクロHPLCシステム(C18カラムを伴うPU-2085、日本分光株式会社)を用いて行った。20 mMトリエチルアミンアセテート水溶液(pH 7.4)を含むアセトニトリル0-60%勾配を流速200μL/分で26分間に渡り使用することによってアプタマーを分離した。
【0078】
無修飾TBA、アルキンリンカー修飾TBA(T
3)、およびウォーヘッドが連結されたTBA(TBA
3)のCD(circular dichroism、円偏光二色性)スペクトルを測定した。具体的には。D-PBS(pH 7.4)中に10μMのこれらのアプタマーを37℃で保持し、100 nm/分にて220~340 nmのスペクトルをスキャンした(J-720W円二色性分散計、日本分光株式会社)。3重の測定の平均を取ってプロットした。無修飾TBAのCDスペクトルは以前の報告(Nagatoishi et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 2007, 352, 812-817)と合致しており、溶液中のG四重鎖構造の存在を示していた(
図3a)。
【0079】
染色したゲルおよびゲル内蛍光の画像は全てChemDoc XRS+(米国Bio-Rad Laboratories社)により撮影し、Image Lab(商標)ソフトウェア(米国Bio-Rad Laboratories社)を使用してバンド強度を定量化した。
【0080】
2.共有結合性アプタマーの合成
2.1.ウォーヘッド化合物
1の合成
【化13】
以下の手順により、ウォーヘッド化合物
1を調製規模で合成した。
4-(2-ブロモアセチル)-ベンゼン-1-スルホニルフルオリド(71.1μmol、米国Aldrich社、#00364)とアジ化ナトリウム(64.6μmol、和光純薬、#195-11092)を、323μLのジメチルスルホキシド(DMSO)中で混合した。反応混合物を室温で10分間ボルテックスし、続いて冷水(0.5 mL)と混合して、酢酸エチル(1 mL)で抽出した。回収した有機相を飽和NaHCO
3(0.5 mL×2)および鹹水(0.5 mL×2)で洗浄し、Na
2SO
4上で乾燥させ、蒸発させて、黄色固形物として純粋な産物を得た(11.8 mg、収率49%)。
1Hおよび
13C NMRによって、上図右側に示すウォーヘッド化合物
1が同定された。該化合物において、アセチル-ベンゼン部分を第2のリンカーとして認識することができる。
【0081】
2.2.ウォーヘッドが連結されたアプタマーの合成
トリス(3-ヒドロキシプロピルトリアゾリルメチル(水中に0.5μmol、米国Aldrich社、#762342)と硫酸銅(II) (水中に0.25μmol、米国Aldrich社、#451657)を混合した。次に、各アルキンリンカー修飾アプタマー(水中に10 nmol)と50 mMウォーヘッド化合物1(DMSO中に0.5μmol)を加え、さらにアスコルビン酸(水中に0.4μmol、米国Aldrich社、# A92902)を添加した後1時間にわたり室温で混合物を反応させた。反応産物を、エタノール沈殿により精製した。具体的には、粗製反応産物に3M酢酸ナトリウム(水中に9μmol)および-20℃に冷却したエタノールを加え、-20℃で1時間インキュベートした。その後遠心分離を行い(15000 rpm、20分、4℃)、上清を除去し、沈殿物を70%エタノール溶液で洗浄した後にヌクレアーゼフリー水に溶解した。HPLC分析により、それぞれウォーヘッドが連結された純粋なアプタマーが同定された。
【0082】
チオールリンカー修飾アプタマーに対しては、以下の条件で、ウォーヘッド化合物4-(2-ブロモアセチル)-ベンゼン-1-スルホニルフルオリドまたはエテンスルホニルフルオリドをチオール基に反応させてチオエーテル連結させた:100 mM Tris-HCl pH8.8中、チオールリンカー修飾アプタマー50μM、TCEP 2.5 mM、ウォーヘッド化合物10 mMの混合物を4℃で3時間反応させた後、エタノール沈殿によりウォーヘッド修飾アプタマーを回収。前者のウォーヘッド化合物を用いた場合は、カルボニル-ベンゼン-スルホニルフルオリドの形態のウォーヘッド(BSF)の連結が得られ、後者のウォーヘッド化合物を用いた場合は、エチル-スルホニルフルオリドの形態のウォーヘッド(ESF)の連結が得られた。
【0083】
3.ウォーヘッドが連結されたアプタマーの共有結合形成能
3.1.共有結合モビリティシフトアッセイ
無修飾TBA、ならびに核酸配列の上記3箇所のいずれかにウォーヘッドが連結されたTBA(TBA3、TBA9、およびTBA12と呼ぶ)(各100μM)を、それぞれリン酸緩衝食塩水(PBS、pH 7.4)中でトロンビン(25μM)と混合し、37℃で12時間インキュベートした。その後混合物を1Xサンプルバッファーと混ぜ、12.5%ドデシル硫酸ナトリウム・ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)により分離した。ゲル上の全蛋白質をクーマシーブリリアントブルー(CBB)染色により可視化した。TBAがトロンビンに共有結合すると、ゲル上でトロンビンのモビリティシフトとして検出することができた。ここではトロンビン結合アプタマーに関する代表的実験について説明しているが、SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合アプタマーおよびVEGF結合アプタマーについても本質的に同じ実験手順が用いられた。
【0084】
共有結合形成におけるTBA濃度依存性を調べるため、PBS(pH7.4)中で異なるモル濃度のTBA3を定濃度(25μM)のトロンビンと混合し、37℃で12時間または3時間インキュベートした。上記と同様にSDS-PAGE ゲルのCBB染色により蛋白質を可視化した。未反応のトロンビン(すなわち、アプタマーと共有結合反応を起こしていないトロンビン)のバンドを、Image Lab(商標)ソフトウェアにより定量化した。TBA3を加えなかった試料における未反応のトロンビンのバンドの強度を100%として標準化し、他の各試料におけるそのバンドの相対的強度を決定した。定濃度のTBA3、定濃度のトロンビン、および異なる濃度の無修飾TBAを混合する競合実験も行った。
【0085】
3.2.蛋白質消化およびLC-MS/MSによる共有結合部位の分析
PBS(pH7.4)中でTBA3(100μM)とトロンビン(25μM)を混合して37℃で3時間インキュベートした。上記と同様にSDS-PAGE ゲルのCBB染色により蛋白質を可視化した。TBAが共有結合したトロンビンに相当する染色バンドをゲルから切り出した。ゲル中の蛋白質を65℃で10分間、25 mMジチオスレイトールで還元し、続いて室温、暗所で1時間にわたりヨードアセトアミドを用いてアルキル化した。消化は、25 mMのn-オクチル-ベータ-D-チオグルコシド(和光純薬、#349-05361)の存在下で修飾トリプシン(米国Promega社、#V5111)を用いて37℃で12時間にわたり行った。得られたペプチドを、LC-MS/PDAシステムを用いて分析した。トリプシン消化ペプチドは、0.1%ギ酸を含むアセトニトリル0%-50%勾配を用いて、流速300μL/分で55分間にわたって分離され、それから溶出したペプチドが質量分析計に直接スプレーされた。質量分析計はデータ依存モードで操作し外部較正した。サーヴェイMSスキャンを200-2000 m/zレンジで取得した。スキャンごとに、高強度の複数荷電イオンをイオントラップ中で衝突誘起解離によって断片化した。動的排除ウィンドウを30秒間以内で適用した。全てのタンデム質量スペクトルは40 %の標準化衝突エネルギーを用いて収集された。Xcaliburソフトウェアv.2.07(米国Thermo Scientific社)を用いてデータを取得し分析した。
【0086】
4.トロンビン阻害活性の評価
4.1.比濁法アッセイによるトロンビン阻害活性の評価
PBS(pH 7.4)中で異なるモル濃度の無修飾TBAまたはTBA3を定濃度のトロンビン(25μM)と混合し、37℃で3時間インキュベートした。その後、各反応混合物をフィブリノゲンのPBS(pH 7.4)溶液に加えて、2.5 nMトロンビンおよび1 mg/mLフィブリノゲンの最終濃度とし、10-mmプラスチックセルを用いてNanoPhotometer(商標)(ドイツ国Implen社)により10秒ごとに、重合フィブリンの最大吸収波長(288 nm)における吸光度を測定した。各実験において、0秒の時点における吸光度を0として標準化し、他の各時点における相対的吸光度を決定した。
【0087】
4.2.凝固時間の変化によるトロンビン阻害活性の評価
13 nMトロンビンおよび2 mg/mLフィブリノゲンの最終濃度としたことを除き上記4.1.と同じように混合を行った。凝固自動測定装置であるBFT IIアナライザー(ドイツ国SIEMENS Healthineers社)により凝固時間の変化を測定した。
【0088】
5.オンデマンド中和特性の確認
5.1.相補鎖解毒剤の結合
TBAに対する相補鎖(すなわち解毒剤)DNAオリゴヌクレオチドの配列は5’-CCAACCACACCAACC-3’(配列番号4)であった。また、5’末端をフルオレセインで標識した同じ相補鎖も合成した(FAM修飾相補鎖という)。
【0089】
PBS(pH 7.4)中でトロンビン(25μM)をTBA3(100μM)の有りまたは無しで処理し、37℃で3時間インキュベートした。結合の特異性を確認するために、この処理を40% (v/v)ヒト血清の存在下で行う実験も行った。続いて混合物をFAM標識相補鎖(400μM)の有りまたは無しで37℃で30分間処理した。各試料を1Xサンプルバッファーと混合し、12.5% SDS-PAGEで分離し、ゲル内蛍光イメージングによって分析した。全タンパク質をCBB染色によって可視化した。
【0090】
5.2.比濁法アッセイによる、トロンビン阻害活性中和の評価
PBS(pH 7.4)中で無修飾TBA(3.5 nM)またはTBA3(1.2 nM)をトロンビン(25μM)と混合し、37℃で3時間インキュベートした。次に各反応混合物に、異なる濃度の相補鎖解毒剤を加え、37℃で30分間インキュベートした。それから、各反応混合物をフィブリノゲンのPBS(pH 7.4)溶液に加えて、2.5 nMトロンビンおよび1 mg/mLフィブリノゲンの最終濃度とし、10-mmプラスチックセルを用いてNanoPhotometer(商標)により10秒ごとに、重合フィブリンの最大吸収波長(288 nm)における吸光度を測定した。各実験において、0秒の時点における吸光度を0として標準化し、他の各時点における相対的吸光度を決定した。
【0091】
5.3.凝固時間の変化による、トロンビン阻害活性中和の評価
アプタマーおよび相補鎖解毒剤の添加濃度を表1の通りとし、13 nMトロンビンおよび2 mg/mLフィブリノゲンの最終濃度としたことを除き上記5.2.と同じように混合を行った。BFT IIアナライザーにより凝固時間の変化を測定した。
【0092】
6.統計学的分析
数値は平均±SDとして表された。群間の統計学的有意差は対応t検定により決定した。< 0.05のp値を統計学的に有意とみなした(*p < 0.05, **p < 0.01, ***p < 0.001, ****p < 0.0001, *****p < 0.00001)。GraphPad Prism 6.0ソフトウェア(米国GraphPad Software社)を使用して分析を行った。
【0093】
[結果と考察]
図1は、核酸アプタマーにフッ化スルホニル基(ウォーヘッド)を連結させる反応を経た後の反応混合物をHPLCで分析した結果を示す。
図1において、未反応物、すなわちアルキニル基が連結されているがフッ化スルホニル基は連結されていないアプタマーに相当するピークを枠で囲っている。その枠の右隣に見られる大きなピークが反応物、すなわちフッ化スルホニル基がさらに連結されたアプタマーに相当する。トロンビン結合アプタマー(TBA)の、試験されたいずれの部位においても、精製することなく90%以上のウォーヘッド導入効率が得られたことがわかる。
【0094】
図2(a)は、無修飾TBA、またはアジド-アルキン間クリックケミストリーを介してフッ化スルホニル基が連結されたTBAを、トロンビン(thrombin)と37℃で12時間インキュベートした後に、反応混合物をSDS-PAGEで分離し、CBBで蛋白質を可視化した結果を示す。示されたゲルの第1レーンは分子量マーカーである。トロンビン単独は約36 kDaの分子量を有する(第2レーン)。これに無修飾TBAを結合させても、還元・変性条件であるSDS-PAGEゲル中に流すとトロンビンのモビリティに変化は起こらない(第3レーン)。対照的に、核酸配列の第3位、第12位、または第9位にリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されたTBA(それぞれ、TBA
3、TBA
12、およびTBA
9)を結合させた場合には、アプタマーがトロンビンに対して共有結合を形成し、そのためSDS-PAGE上でトロンビンのモビリティのシフト、すなわち分子量の増加が確認された(第4~6レーン、「thrombin-TBA」)。TBA
3については、共有結合したトロンビンのバンドをゲルから切り出して、トリプシン消化したペプチド断片の質量分析を行った。その結果、IYIHPRというペプチドが少なくとも1つの共有結合位置として同定された(データは図示していない)。
【0095】
図2(a)の結果は、ウォーヘッドの取り付け場所を変動させても多かれ少なかれ共有結合が形成され得たことを示している。核酸アプタマーは、遺伝物質として機能しているのではなく、全体として非常に多数の相互作用点を提供する結合物体として機能する。本実験ではチミン塩基にウォーヘッドを連結しているが、チミンである必然性はなく、他の塩基や核酸末端などにウォーヘッドを連結することも可能であることが理解される。インシリコのシミュレーションでは、TBAのT
3およびT
12はトロンビン結合面にほぼ位置するのに対し、T
9はトロンビン結合面から離れていると推測されている。TBA
3およびTBA
12と比べてTBA
9の共有結合形成率が低いという観察(第6レーン)はその推測と合致している。個々のアプリケーションに応じて、共有結合形成率を適度に加減することが有利になる場合もあり得る。この結果は、ウォーヘッドの連結位置を変えることによってコバレントドラッグの効果を調節し得ることを示している。
【0096】
図2(a)では、2分子のアプタマーが共有結合されたトロンビンに相当するバンドの存在も観察された(「thrombin-TBA×2」)。この結果は、12時間のインキュベーション時間のあいだ、1番目のアプタマー分子がトロンビン分子に結合して共有結合を形成した後にアプタマー部分の非共有結合がいったん解離し、その隙に2番目のアプタマー分子が同じトロンビン分子に結合して共有結合を形成したことを示唆している。この1番目のアプタマー分子のように、いったん解離したアプタマーは、本来ならば血流に乗って除去されてしまうかもしれないが、共有結合形成をしていれば標的の近傍にとどまり再結合の機会を有し得る。
【0097】
図2(b)の右端のレーンは、TBAのT
3位に、非特許文献4と同じチオールリンカーを結合させ、そこに非特許文献4と同じアルキル型ESFウォーヘッドのチオエーテル連結(thio)を形成したものであるが、
図2(a)の結果とはきわめて対照的に、得られたウォーヘッド修飾アプタマーは、アプタマー標的に対してまったく共有結合を生じさせることができなかった。一方、
図2(c)の右から2番目のレーンは、この同じESFウォーヘッドをアジド-アルキン間クリックケミストリー(click)を介してTBAのT
3位に連結したものであるが、この場合は、アリール型BSFウォーヘッド(
図2cの右端のレーンおよび
図2a)ほどのレベルではないものの明確な共有結合が得られた。なお、発明者らの一連の実験において、アプタマー型共有結合性薬剤の文脈におけるアリール型ウォーヘッドの顕著な優位性も明らかとなった。このことは、チオエーテル連結に係る
図2(b)の右から2番目のレーンにおいて右端レーンと異なり検出可能な共有結合形成があること、および、アジド-アルキン間クリックケミストリー連結に係る
図2(c)の右から1番目と2番目のレーンの比較において認識できる。まとめると、
図2の結果は、アプタマー型共有結合性薬剤におけるアジド-アルキン間クリックケミストリー連結の使用および/またはアリール型ウォーヘッドの使用の重要性を示している。
【0098】
以下では、
図2の実験で最も共有結合形成率が高かったTBA
3を使用して実験を行った。また、以下の全ての実施例においてアジド-アルキン間クリックケミストリー連結されたBSFウォーヘッドを用いた。アルキンリンカー修飾TBAまたはウォーヘッド修飾TBAの構造をCDスペクトルで解析したところ、無修飾のTBAと同様の立体構造を示した(
図3a)。さらに、標的トロンビンとウォーヘッド修飾TBAとを混合する際に、無修飾のTBAを共存させた実験を行ったところ、両TBA間の明らかな競合が観察された(
図3b)。すなわち、共存する無修飾TBAを増やしていくと、ウォーヘッド修飾TBAが共有結合できる率が減少していった。従って、標的上でウォーヘッド修飾TBAと無修飾TBAは同様の結合サイトを有していることが明らかとなった。
図3の結果は、アプタマーが元々持つ基本的な特性が、ウォーヘッドの連結によってほとんどまたは全く影響を受けていないことを示している。
【0099】
図4(a)は、ウォーヘッド修飾TBAによる共有結合形成反応における濃度依存性を示すデータである。
図4(b)では、SDS-PAGEゲル上で、共有結合を形成していない未反応トロンビンのバンドの強度を定量化した。試験されたいずれの濃度においても、ウォーヘッド修飾TBAは、ヒトの体温(37℃)にてトロンビンを認識して速やかに共有結合を形成することができた。ウォーヘッド修飾アプタマーが標的蛋白質に特異的非共有結合をする際に、フッ化スルホニル基の近傍に位置する標的蛋白質上の求核性アミノ酸がフッ化スルホニル基と反応して共有結合を形成するものと考えらえる。
【0100】
図5の実験では、血清蛋白質の存在下でウォーヘッド修飾TBAとトロンビンを混合した。さらにその後、FAM修飾相補鎖も加えた。FAMに由来する蛍光を検出したゲル内蛍光イメージングの写真を、CBB染色の写真の右隣に示している。多量の血清蛋白質の存在にもかかわらず、ウォーヘッド修飾TBAに共有結合されてモビリティシフトを起こしたのはトロンビンだけであること、そして、そのモビリティシフトを起こしたトロンビン分子だけがFAM修飾相補鎖に結合したことを確認することができる。これらのデータは、ウォーヘッド修飾アプタマーと相補鎖のそれぞれの高い特異性を示している。
【0101】
トロンビンはフィブリノゲンを切断してフィブリンを生じさせるセリンプロテアーゼ酵素であり、このフィブリンが重合して重合フィブリンとなる。重合フィブリンは、比濁法アッセイにおいて288 nmの吸光度を測定することによって定量できる。
図6の実験では、フィブリノゲンから重合フィブリンを生じさせる活性を指標にして、TBAによるトロンビン活性阻害を調べた。
図6(a)に見られるように、TBA
3は、無修飾TBAと比べてトロンビン阻害能が著しく増強されていた。アプタマーの濃度依存性を調べたところ、無修飾TBA(
図6b)と比較して、ウォーヘッド修飾TBA
3(
図6c)は、約3.5倍の阻害活性を有していた。つまり、ウォーヘッド修飾TBA
3は、より低い濃度でトロンビン活性を阻害することができた。
【0102】
さらに、凝固自動測定装置を用いて、トロンビン阻害による凝固時間の変化を調べた。その結果、ウォーヘッド修飾TBAは、低濃度(1 nM)では無修飾TBAに比べて約2倍、高濃度(5 nM)では約5倍以上、凝固時間を延長させた(表1)。無修飾TBAも、100 nMの高濃度で添加された場合には、凝固時間を200秒以上に延長させることができた(表中に示していない)。
【0103】
【0104】
同様の手法を用いて、トロンビン結合アプタマーに限らず任意のアプタマーをコバレントドラッグ化することができる。
図7(a)は、配列番号2のSARS-CoV-2スパイクタンパク質結合アプタマーの第12位T塩基にフッ化スルホニル基を連結させたものであるウォーヘッド修飾アプタマーを、SARS-CoV-2スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)と37℃で12時間インキュベートした後に、上記と同様にSDS-PAGEによるモビリティシフトアッセイを行った結果を示す。RBDは、ヒト宿主細胞へのウイルス結合を担う蛋白質ドメインであり、該アプタマーは、RBDがヒト受容体に結合することを阻害できる(Song et al.)。ウォーヘッド修飾アプタマーは、RBDと共有結合反応を起こしてSDS-PAGE上でモビリティシフトを生じさせた(
図7a左)。
図7a右は、共有結合を形成していない(つまりシフトしていない)未反応RBDのバンドの割合を定量化した結果を示している。アプタマー中の異なる場所にフッ化スルホニル基を連結させても同様の結果が得られた(
図7b)。RBDとほぼ同濃度のBSA(ウシ血清アルブミン)を共存させてインキュベートした場合にも、RBDに対するアプタマーの共有結合形成は実質的に影響されず(
図7b)、またBSAのバンドのモビリティシフトも起こらなかった(図示していない)。これらのデータもまた、アプタマーの標的特異性が、ウォーヘッドの連結および共有結合形成によって失われないことを示している。
【0105】
図7(c)は、VEGF結合アプタマーの異なる箇所にフッ化スルホニル基を連結させたものであるウォーヘッド修飾アプタマーとVEGFとを混合して行った同様のモビリティシフトアッセイの結果を示す。いずれのウォーヘッド修飾アプタマーも、VEGFと共有結合反応を起こしてSDS-PAGE上でモビリティシフトを生じさせた。
【0106】
高い標的特異性に加えて、相補鎖による解毒が可能であることも、アプタマー型ドラッグの特徴である。
図8および上記表1の後段は、ウォーヘッドの連結および共有結合形成を伴ってもアプタマーのこの特徴が維持されることを確認するデータである。1.2 nMのウォーヘッド修飾トロンビン結合アプタマー(TBA
3)をトロンビンと37℃でインキュベートした後、異なる濃度の相補鎖を加えてさらにインキュベートし、その後フィブリノゲンを加えて、重合フィブリンの蓄積率(
図8)または凝固に要する時間(表1)に基づいてトロンビン活性を測定した。ウォーヘッド修飾TBA
3によるトロンビン阻害は、相補鎖によって濃度依存的に中和され、16 nMの相補鎖を添加した場合にはトロンビン活性がほぼ無阻害の状態にまで回復している(
図8a)。この実験系において相補鎖のEC
50は4.6±0.3 nMと計算された(
図8b)。対応する、無修飾TBAを用いた実験では、2.3±0.2 nMというEC
50が得られ、無修飾TBAの方が相補鎖に対する感受性が僅かに高いと見られたが(図示していない)、共有結合を起こしたウォーヘッド修飾TBAの効果を相補鎖で中和できることは
図8の結果から明らかであった。凝固時間に関する表1のデータもまた、相補鎖の投与によってアプタマーの効果を中和できることを明確に裏付けている。
【要約】
従来のコバレントドラッグの短所を少なくとも部分的に克服する新規薬剤モダリティを提供する。核酸アプタマーと、核酸アプタマーにリンカーを介して連結されたフッ化スルホニル基とを含む、中和可能コバレントドラッグ化合物が提供される。その化合物を含む組成物、およびその化合物の製造方法も提供される。上記化合物または組成物と、核酸アプタマーに対して相補的なオリゴヌクレオチドとを含む、中和可能コバレントドラッグシステムも提供される。
【配列表】