IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ マツダ株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-車両の制御装置 図1
  • 特許-車両の制御装置 図2
  • 特許-車両の制御装置 図3
  • 特許-車両の制御装置 図4
  • 特許-車両の制御装置 図5
  • 特許-車両の制御装置 図6
  • 特許-車両の制御装置 図7
  • 特許-車両の制御装置 図8
  • 特許-車両の制御装置 図9
  • 特許-車両の制御装置 図10
  • 特許-車両の制御装置 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-28
(45)【発行日】2022-03-08
(54)【発明の名称】車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/1755 20060101AFI20220301BHJP
   B60T 8/172 20060101ALI20220301BHJP
   B60W 40/114 20120101ALI20220301BHJP
   B60W 40/068 20120101ALI20220301BHJP
【FI】
B60T8/1755 A ZYW
B60T8/172 B
B60W40/114
B60W40/068
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018081362
(22)【出願日】2018-04-20
(65)【公開番号】P2019188904
(43)【公開日】2019-10-31
【審査請求日】2021-04-13
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100059959
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 稔
(74)【代理人】
【識別番号】100067013
【弁理士】
【氏名又は名称】大塚 文昭
(74)【代理人】
【識別番号】100088694
【弁理士】
【氏名又は名称】弟子丸 健
(74)【代理人】
【識別番号】100162824
【弁理士】
【氏名又は名称】石崎 亮
(72)【発明者】
【氏名】高原 康典
(72)【発明者】
【氏名】津村 和典
(72)【発明者】
【氏名】梅津 大輔
(72)【発明者】
【氏名】藤下 裕文
【審査官】保田 亨介
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-273030(JP,A)
【文献】特開2001-354131(JP,A)
【文献】国際公開第2011/096072(WO,A1)
【文献】特開2000-142360(JP,A)
【文献】特開平04-372446(JP,A)
【文献】特開2012-131385(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T7/12-8/1769
8/32-8/96
B60W10/00-10/30
30/00-50/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵装置と、左右の車輪に異なる制動力を付与可能なブレーキ装置と、制御器と、を有する車両の制御装置であって、
前記制御器は、
前記操舵装置の戻し操作時に、前記車両に発生しているヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを前記車両に付加するように前記ブレーキ装置を制御する車両ヨー制御を実行し、
前記車両ヨー制御により付加するヨーモーメントとして、前記操舵装置の操舵角に応じた目標ヨーレートと前記車両に実際に生じている実ヨーレートとの差に基づいて、第1のヨーモーメントを設定し、
前記車両ヨー制御により付加するヨーモーメントとして、前記操舵装置の操舵速度に基づいて第2のヨーモーメントを設定し、
前記車両の走行路の路面摩擦係数が所定値未満であると判定したときには前記第1のヨーモーメントを前記車両ヨー制御により付加する一方で、前記路面摩擦係数が前記所定値以上であると判定したときには前記第2のヨーモーメントを前記車両ヨー制御により付加するよう構成され、
前記制御器は、前記目標ヨーレートと前記実ヨーレートとの差の変化速度が大きくなるほど、前記第1のヨーモーメントを大きく設定するよう構成されている、ことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
前記制御器は、前記操舵装置の操舵速度及び車速に応じた目標横ジャークに基づいて、前記第2のヨーモーメントを設定するよう構成されている、請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項3】
操舵装置と、左右の車輪に異なる制動力を付与可能なブレーキ装置と、制御器と、を有する車両の制御装置であって、
前記制御器は、
前記操舵装置の戻し操作時に、前記車両に発生しているヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを前記車両に付加するように前記ブレーキ装置を制御する車両ヨー制御を実行し、
前記車両ヨー制御により付加するヨーモーメントとして、前記操舵装置の操舵角に応じた目標ヨーレートと前記車両に実際に生じている実ヨーレートとの差に基づいて、第1のヨーモーメントを設定し、
前記車両ヨー制御により付加するヨーモーメントとして、前記操舵装置の操舵速度に基づいて第2のヨーモーメントを設定し、
前記第1のヨーモーメントと前記第2のヨーモーメントとのうちで大きい方を前記車両ヨー制御により付加するよう構成され、
前記制御器は、前記目標ヨーレートと前記実ヨーレートとの差の変化速度が大きくなるほど、前記第1のヨーモーメントを大きく設定するよう構成されている、ことを特徴とする車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の制御装置に係わり、特に、操舵装置と左右の車輪に異なる制動力を付与可能なブレーキ装置とを備えた車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、スリップ等により車両の挙動が不安定になった場合に安全方向に車両の挙動を制御するもの(横滑り防止装置等)が知られている。具体的には、車両のコーナリング時等に、車両にアンダーステアやオーバーステアの挙動が生じたことを検出し、それらを抑制するように車輪に適切な減速度を付与するようにしたものが知られている。
【0003】
また、上述したような車両の挙動が不安定になるような走行状態における安全性向上のための制御とは異なり、日常運転領域から稼動するハンドル操作に連係した加減速を自動的に行い、限界運転領域で横滑りを低減させるようにした車両の運動制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。特に、この特許文献1には、車両の前後方向の加減速を制御する第1のモードと、車両のヨーモーメントを制御する第2のモードと、を備えた車両の運動制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許5143103号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したように、特許文献1に開示された技術では、第2のモードにおいて、ヨーモーメントを車両に付加している。このヨーモーメントを車両に付加する制御は、典型的にはステアリングホイール(以下では単に「ステアリング」とも表記する。)が切り戻し操作されるときに実行される。すなわち、ステアリングが切り戻し操作されたときに、車両の旋回を抑えるべく、換言すると車両の直進方向への復帰を促進させるべく、車両に発生しているヨーレートとは逆回りのヨーモーメントが付加されるように、ブレーキ装置により旋回外輪に制動力が付与される。以下では、このようなヨーモーメントを車両に付加する制御を適宜「車両ヨー制御」と呼ぶ。
【0006】
典型的には、上記のような車両ヨー制御では、ステアリングの切り戻し操作時における操舵速度に応じたヨーモーメントが付加される。この車両ヨー制御では、切り戻し操作時における操舵速度が大きくなるほど、当該制御により付加されるヨーモーメントが大きくなる。
【0007】
ところで、雪道等の路面摩擦係数μが低い走行路(以下では適宜「低μ路」と呼ぶ。これに対して、路面摩擦係数μが高い走行路を以下では適宜「高μ路」と呼ぶ。)での旋回時に車両ヨー制御を実行すれば、低μ路での操安性能を向上できるものと考えられる。しかしながら、雪道等の低μ路の走行時には、高μ路の走行時に比べて、ドライバによるステアリングの切り戻し操作時の速度(操舵速度)が遅くなる傾向にある。そのため、上述したような車両ヨー制御により操舵速度に応じたヨーモーメントを付加する構成では、低μ路の走行時において車両ヨー制御により十分なヨーモーメントを付加できない場合がある。
【0008】
本発明は、上述した従来技術の問題点を解決するためになされたものであり、操舵装置の戻し操作時にヨーモーメントを車両に付加する車両の制御装置において、走行路の路面摩擦係数(路面μ)に応じたヨーモーメントを適切に付与することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明は、操舵装置と、左右の車輪に異なる制動力を付与可能なブレーキ装置と、制御器と、を有する車両の制御装置であって、制御器は、操舵装置の戻し操作時に、車両に発生しているヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを車両に付加するようにブレーキ装置を制御する車両ヨー制御を実行し、車両ヨー制御により付加するヨーモーメントとして、操舵装置の操舵角に応じた目標ヨーレートと車両に実際に生じている実ヨーレートとの差に基づいて、第1のヨーモーメントを設定し、車両ヨー制御により付加するヨーモーメントとして、操舵装置の操舵速度に基づいて第2のヨーモーメントを設定し、車両の走行路の路面摩擦係数が所定値未満であると判定したときには第1のヨーモーメントを車両ヨー制御により付加する一方で、路面摩擦係数が所定値以上であると判定したときには第2のヨーモーメントを車両ヨー制御により付加するよう構成され、制御器は、目標ヨーレートと実ヨーレートとの差の変化速度が大きくなるほど、第1のヨーモーメントを大きく設定するよう構成されている、ことを特徴とする。
このように構成された本発明では、走行路の路面摩擦係数が低いとき、つまり低μ路走行時には、目標ヨーレートと実ヨーレートとの差に応じた第1のヨーモーメントを車両ヨー制御により付加する一方で、走行路の路面摩擦係数が高いとき、つまり高μ路(中μ路も含めてよい)走行時には、操舵速度に応じた第2のヨーモーメントを車両ヨー制御により付加する。低μ路での旋回時には、高μ路での旋回時と比べて、目標ヨーレートと実ヨーレートとの差(ヨーレート差)が顕著に現れる傾向にある。したがって、そのようなヨーレート差に応じた第1のヨーモーメントを低μ路において適用することで、低μ路での旋回時において車両ヨー制御により十分なヨーモーメントを付加することが可能となる。一方で、高μ路での旋回時には適度な操舵速度が生じるので、高μ路では操舵速度に応じた第2のヨーモーメントを適用する。これにより、高μ路での旋回時において車両ヨー制御により十分なヨーモーメントを付加することができる。
以上より、本発明によれば、路面μに適したヨーモーメントを車両ヨー制御により車両に適切に付加することができ、低μ路及び高μ路の両方において、旋回時の操安性能、具体的にはステアリング操作に応じた迅速な車両挙動の安定化性能を適切に向上させることができる。
【0011】
本発明において、好ましくは、制御器は、操舵装置の操舵速度及び車速に応じた目標横ジャークに基づいて、第2のヨーモーメントを設定するよう構成されている。
このように構成された本発明によれば、ドライバによる操舵速度に対応する目標横ジャークに応じた大きさのヨーモーメントを、車両の旋回を抑える方向に適切に付与することができる。
【0013】
更に他の観点では、上記の目的を達成するために、本発明は、操舵装置と、左右の車輪に異なる制動力を付与可能なブレーキ装置と、制御器と、を有する車両の制御装置であって、制御器は、操舵装置の戻し操作時に、車両に発生しているヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを車両に付加するようにブレーキ装置を制御する車両ヨー制御を実行し、車両ヨー制御により付加するヨーモーメントとして、操舵装置の操舵角に応じた目標ヨーレートと車両に実際に生じている実ヨーレートとの差に基づいて、第1のヨーモーメントを設定し、車両ヨー制御により付加するヨーモーメントとして、操舵装置の操舵速度に基づいて第2のヨーモーメントを設定し、第1のヨーモーメントと第2のヨーモーメントとのうちで大きい方を車両ヨー制御により付加するよう構成され、制御器は、目標ヨーレートと実ヨーレートとの差の変化速度が大きくなるほど、第1のヨーモーメントを大きく設定するよう構成されている、ことを特徴とする。
このように構成された本発明では、目標ヨーレートと実ヨーレートとの差に応じた第1のヨーモーメントと操舵速度に応じた第2のヨーモーメントとを用い、これら第1及び第2のヨーモーメントのうちで大きい方を適用するようにする。低μ路において旋回が行われる状況では第1のヨーモーメントが第2のヨーモーメントよりも大きくなる傾向にあり、また、高μ路において旋回が行われる状況では第2のヨーモーメントが第1のヨーモーメントよりも大きくなる傾向にある。したがって、第1及び第2のヨーモーメントのうちで大きい方のヨーモーメントを選択すると、結果的に、低μ路では第1のヨーモーメントが適用されることとなり、また、高μ路では第2のヨーモーメントが適用されることとなる。したがって、このような本発明によっても、低μ路及び高μ路の両方において、旋回時の操安性能、具体的にはステアリング操作に応じた迅速な車両挙動の安定化性能を適切に向上させることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、操舵装置の戻し操作時にヨーモーメントを車両に付加する車両の制御装置において、走行路の路面摩擦係数に適したヨーモーメントを付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施形態による車両の制御装置を搭載した車両の全体構成を示すブロック図である。
図2】本発明の実施形態による車両の制御装置の電気的構成を示すブロック図である。
図3】本発明の実施形態による姿勢制御処理のフローチャートである。
図4】本発明の実施形態による付加減速度設定処理のフローチャートである。
図5】本発明の実施形態による付加減速度と操舵速度との関係を示したマップである。
図6】本発明の第1実施形態による目標ヨーモーメント設定処理のフローチャートである。
図7】本発明の第1実施形態による低μ路走行時の車両ヨー制御に関する各パラメータのタイムチャートである。
図8】本発明の第1実施形態による高μ路走行時の車両ヨー制御に関する各パラメータのタイムチャートである。
図9】本発明の第2実施形態による目標ヨーモーメント設定処理のフローチャートである。
図10】本発明の第2実施形態において目標ヨーモーメントを補正するためのマップである。
図11】本発明の第3実施形態による目標ヨーモーメント設定処理のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態による車両の制御装置を説明する。
【0017】
<システム構成>
まず、図1により、本発明の実施形態による車両の制御装置を搭載した車両のシステム構成を説明する。図1は、本発明の実施形態による車両の制御装置を搭載した車両の全体構成を示すブロック図である。
【0018】
図1において、符号1は、本実施形態による車両の制御装置を搭載した車両を示す。車両1の車体前部には、駆動輪(図1の例では左右の前輪2)を駆動する駆動源として、エンジン4が搭載されている。エンジン4は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃エンジンであり、本実施形態では点火プラグを有するガソリンエンジンである。
【0019】
また、車両1は、主に、当該車両1を操舵するための操舵装置(ステアリングホイール6などを含む操舵システムに相当する)と、この操舵装置においてステアリングホイール6に連結されたステアリングコラム(図示せず)の回転角度としての操舵角を検出する操舵角センサ8と、車輪速を検出する車輪速センサ10と、ヨーレートを検出するヨーレートセンサ12と、を有する。これらの各センサは、それぞれの検出値をPCM(Power-train Control Module)14に出力する。なお、車輪速センサ10は、図1では、説明の便宜上、1つの車輪速センサ10のみを示しているが、車輪速センサ10を各輪に設けてもよい。
【0020】
また、車両1は、各車輪に設けられたブレーキ装置16のホイールシリンダやブレーキキャリパにブレーキ液圧を供給するブレーキ制御システム18を備えている。ブレーキ制御システム18は、各車輪に設けられたブレーキ装置16において制動力を発生させるために必要なブレーキ液圧を生成する液圧ポンプ20を備えている。液圧ポンプ20は、例えばバッテリから供給される電力で駆動され、ブレーキペダルが踏み込まれていないときであっても、各ブレーキ装置16において制動力を発生させるために必要なブレーキ液圧を生成することが可能となっている。また、ブレーキ制御システム18は、各車輪のブレーキ装置16への液圧供給ラインに設けられた、液圧ポンプ20から各車輪のブレーキ装置16へ供給される液圧を制御するためのバルブユニット22(具体的にはソレノイド弁)を備えている。例えば、バッテリからバルブユニット22への電力供給量を調整することによりバルブユニット22の開度が変更される。また、ブレーキ制御システム18は、液圧ポンプ20から各車輪のブレーキ装置16へ供給される液圧を検出する液圧センサ24を備えている。液圧センサ24は、例えば各バルブユニット22とその下流側の液圧供給ラインとの接続部に配置され、各バルブユニット22の下流側の液圧を検出し、検出値をPCM(Power-train Control Module)14に出力する。
【0021】
ブレーキ制御システム18は、PCM14から入力された制動力指令値や液圧センサ24の検出値に基づき、各車輪のホイールシリンダやブレーキキャリパのそれぞれに独立して供給する液圧を算出し、それらの液圧に応じて液圧ポンプ20の回転数やバルブユニット22の開度を制御する。なお、ブレーキ制御システム18の液圧ポンプ20やバルブユニット22などは、本発明における「ブレーキアクチュエータ」に相当する。
【0022】
次に、図2により、本発明の実施形態による車両の制御装置の電気的構成を説明する。図2は、本発明の実施形態による車両の制御装置の電気的構成を示すブロック図である。
【0023】
本実施形態によるPCM14は、上述したセンサ8、10、12、24の検出信号の他、エンジン4の運転状態を検出する各種センサが出力した検出信号に基づいて、エンジン4の各部(典型的には点火プラグ26。その他には、スロットルバルブや、ターボ過給機や、可変バルブ機構や、燃料噴射弁や、EGR装置等)、及びブレーキ制御システム18に対する制御を行うべく、制御信号を出力する。
【0024】
PCM14及びブレーキ制御システム18は、それぞれ、1つ以上のプロセッサ、当該プロセッサ上で解釈実行される各種のプログラム(OSなどの基本制御プログラムや、OS上で起動され特定機能を実現するアプリケーションプログラムを含む)、及びプログラムや各種のデータを記憶するためのROMやRAMの如き内部メモリを備えるコンピュータにより構成される。詳細は後述するが、PCM14及びブレーキ制御システム18は本発明における「制御器」に相当する。
【0025】
なお、図1及び図2では、ステアリングホイール6に連結されたステアリングコラムの回転角度(操舵角センサ8により検出される角度)を操舵装置の操舵角として用いる例を示したが、他の例では、ステアリングコラムの回転角度の代わりに又はステアリングコラムの回転角度と共に、操舵系における各種状態量(アシストトルクを付与するモータの回転角や、ラックアンドピニオンにおけるラックの変位等)を操舵装置の操舵角として用いてもよい。
【0026】
<車両の姿勢制御>
次に、車両の制御装置が実行する具体的な制御内容を説明する。まず、図3により、本発明の実施形態において車両の制御装置が行う姿勢制御処理の全体的な流れを説明する。図3は、本発明の実施形態による姿勢制御処理のフローチャートである。
【0027】
図3の姿勢制御処理は、車両1のイグニッションがオンにされ、PCM14などに電源が投入された場合に起動され、所定周期(例えば50ms)で繰り返し実行される。
姿勢制御処理が開始されると、図3に示すように、ステップS1において、PCM14は、車両1の各種情報を取得する。具体的には、PCM14は、操舵角センサ8が検出した操舵角、車輪速センサ10が検出した車輪速、ヨーレートセンサ12が検出したヨーレート等を含む、車両1の各種センサが出力した検出信号を取得する。この場合、PCM14は、車輪速センサ10が検出した車輪速に基づき車速を取得する。なお、車輪速とは別の車速に関連するパラメータをセンサにより検出して、車速を取得してもよい。
【0028】
次に、ステップS2において、PCM14は、付加減速度設定処理を実行し、車両1に付加すべき付加減速度を設定する。
続いて、ステップS3において、PCM14は、目標ヨーモーメント設定処理を実行し、車両ヨー制御により車両1に付加すべき目標ヨーモーメントを設定する。
【0029】
次に、ステップS4において、PCM14は、ステップS2において設定された付加減速度を車両1に付加するようにエンジン4を制御する。この場合、PCM14は、設定された付加減速度を車両1に付加するように、エンジン4の出力トルクを減少させる。典型的には、PCM14は、エンジン4において点火時期を遅角させるように点火プラグ26を制御して、エンジン4の出力トルクを減少させる。
【0030】
また、ステップS4において、ブレーキ制御システム18は、ステップS3において設定された目標ヨーモーメントを車両1に付加するようにブレーキ装置16を制御する、つまり車両ヨー制御を実行する。ブレーキ制御システム18は、ヨーモーメント指令値と液圧ポンプ20の回転数との関係を規定したマップを予め記憶しており、このマップを参照することにより、ステップS3の目標ヨーモーメント設定処理において設定されたヨーモーメント指令値に対応する回転数で液圧ポンプ20を作動させる(例えば、液圧ポンプ20への供給電力を上昇させることにより、制動力指令値に対応する回転数まで液圧ポンプ20の回転数を上昇させる)。
【0031】
また、ブレーキ制御システム18は、例えば、ヨーモーメント指令値とバルブユニット22の開度との関係を規定したマップを予め記憶しており、このマップを参照することにより、ヨーモーメント指令値に対応する開度となるようにバルブユニット22を個々に制御し(例えば、ソレノイド弁への供給電力を上昇させることにより、制動力指令値に対応する開度までソレノイド弁の開度を増大させる)、各車輪の制動力を調整する。なお、ブレーキ制御システム18は、ステップS3において目標ヨーモーメントが設定されなかった場合には、上記のステップS4の制御を行わない。
【0032】
以上述べたステップS4の後、PCM14は、姿勢制御処理を終了する。
【0033】
<付加減速度設定処理>
【0034】
次に、図4及び図5により、図3の姿勢制御処理のステップS2で実行される、本発明の実施形態による付加減速度設定処理について説明する。図4は、本発明の実施形態による付加減速度設定処理のフローチャートであり、図5は、本発明の実施形態による付加減速度と操舵速度との関係を示したマップである。
【0035】
図4に示すように、付加減速度設定処理が開始されると、ステップS11において、PCM14は、図3の姿勢制御処理のステップS1において取得した操舵角に基づき操舵速度を算出する。
【0036】
次に、ステップS12において、PCM14は、ステアリングホイール6の切り込み操作中(即ち操舵角(絶対値)が増大中)且つ操舵速度が所定の閾値S1以上であるか否かを判定する。
その結果、切り込み操作中且つ操舵速度が閾値S1以上である場合(ステップS12:Yes)、ステップS13に進み、PCM14は、操舵速度に基づき付加減速度を設定する。この付加減速度は、ドライバの意図した車両挙動を正確に実現するために、ステアリング操作に応じて車両1に付加すべき減速度である。
【0037】
具体的には、PCM14は、図5のマップに示した操舵速度と付加減速度との関係に基づき、ステップS11において算出した操舵速度に対応する付加減速度を設定する。
図5における横軸は操舵速度を示し、縦軸は付加減速度を示す。図5に示すように、操舵速度が閾値S1未満である場合、対応する付加減速度は0である。即ち、操舵速度が閾値S1未満である場合、PCM14は、ステアリング操作に基づき車両1に減速度を付加するための制御(具体的にはエンジン4の出力トルクの低減)を行わない。
一方、操舵速度が閾値S1以上である場合には、操舵速度が増大するに従って、この操舵速度に対応する付加減速度は、所定の上限値Dmaxに漸近する。即ち、操舵速度が増大するほど付加減速度は増大し、且つ、その増大量の増加割合は小さくなる。この上限値Dmaxは、ステアリング操作に応じて車両1に減速度を付加しても、制御介入があったとドライバが感じない程度の減速度に設定される(例えば0.5m/s2≒0.05G)。
さらに、操舵速度が閾値S1よりも大きい閾値S2以上の場合には、付加減速度は上限値Dmaxに維持される。
ステップS13の後、PCM14は付加減速度設定処理を終了し、メインルーチンに戻る。
【0038】
また、ステップS12においてステアリングホイール6の切り込み操作中ではない(即ち操舵角が一定又は減少中)か、操舵速度が閾値S1未満である場合(ステップS12:No)、PCM14は付加減速度設定処理を終了し、メインルーチンに戻る。
【0039】
PCM14は、上述した付加減速度設定処理において操舵角の増大速度に基づき設定した付加減速度を実現するように、図3の姿勢制御処理のステップS4においてエンジン4の出力トルクを減少させる。このように、ステアリングホイール6の切り込み操作が行われた場合に、その操舵速度に基づきエンジン4の出力トルクを減少させることにより前輪2の垂直荷重を増大させ、ドライバによる切り込み操作に対して良好な応答性で車両1の挙動を制御することができる。
【0040】
<目標ヨーモーメント設定処理>
次に、図3の姿勢制御処理のステップS3で実行される目標ヨーモーメント設定処理に関する幾つかの実施形態(第1乃至3実施形態)について説明する。
【0041】
(第1実施形態)
まず、図6により、本発明の第1実施形態における目標ヨーモーメント設定処理について説明する。図6は、本発明の第1実施形態による目標ヨーモーメント設定処理のフローチャートである。
【0042】
図6に示すように、目標ヨーモーメント設定処理が開始されると、ステップS31において、PCM14は、図3の姿勢制御処理のステップS1において取得した操舵角及び車速に基づき目標ヨーレート及び目標横ジャークを算出する。具体的には、PCM14は、車速に応じた係数を操舵角に乗ずることにより目標ヨーレートを算出する。また、PCM14は、操舵速度及び車速に基づき目標横ジャークを算出する。
【0043】
次に、ステップS32において、PCM14は、図3の姿勢制御処理のステップS1において取得したヨーレートセンサ12が検出したヨーレート(実ヨーレート)とステップS31で算出した目標ヨーレートとの差(ヨーレート差)Δγを算出する。
【0044】
次に、ステップS33において、PCM14は、ステップS1において取得した車輪速に基づき、車両1の走行路の路面μ(路面摩擦係数)を判定する。具体的には、PCM14は、まず、非駆動輪(後輪)の車輪速を演算する(なお車輪速センサ10により非駆動輪の車輪速を検出してもよい)。次に、PCM14は、この非駆動輪の車輪速と、駆動輪(前輪2)の車輪速(典型的には車輪速センサ10により検出される)とに基づき、駆動輪のスリップ比を演算する。基本的には、非駆動輪の車輪速に対する駆動輪の車輪速の差が大きいほど、駆動輪のスリップ比は大きな値となる。次に、PCM14は、この駆動輪のスリップ比と駆動輪駆動力とに基づき、路面μを判定する。例えば、駆動輪のスリップ比と駆動輪駆動力とに基づき路面μを規定したマップを事前に作成しておき、PCM14は、そのようなマップを参照して、現在の駆動輪のスリップ比及び現在の駆動輪駆動力に対応する路面μを取得する。なお、駆動輪駆動力は、エンジン生成トルクと変速機ギヤ比と最終ギヤ比とを乗算することで求められる。
【0045】
次に、ステップS34において、PCM14は、ステップS33で取得した路面μが所定値未満であるか否かを判定する。このステップS34では、PCM14は、路面μと所定値とを比較することで、走行路が低μ路であるか否かを判定している。したがって、ステップS34で用いる所定値には、低μ路での路面μに応じた値が適用される。なお、PCM14は、ステップS33において路面μの値を実際に求めて、ステップS34においてこの路面μの値が所定値未満であるか否かを判定する代わりに、ステップS33において車輪速の変化速度に基づき走行路が低μ路、中μ路及び高μ路のいずれであるかを大まかに判定し、ステップS34において走行路が低μ路であるか否かを判定してもよい。なお、この場合に、中μ路を高μ路に含めてもよい。
【0046】
ステップS34において、路面μが所定値未満であると判定された場合(ステップS34:Yes)、つまり走行路が低μ路である場合、PCM14はステップS35に進む。ステップS35において、PCM14は、ステアリングホイール6の切り戻し操作中(即ち操舵角が減少中)であり、且つ、ヨーレート差Δγを時間微分することで得られるヨーレート差の変化速度Δγ′が閾値Y1以上であるか否かを判定する。
【0047】
その結果、切り戻し操作中且つヨーレート差の変化速度Δγ′が閾値Y1以上である場合(ステップS35:Yes)、ステップS36に進み、PCM14は、ヨーレート差の変化速度Δγ′に基づき、車両1の実ヨーレートとは逆回りの第1の目標ヨーモーメントを設定する。具体的には、PCM14は、所定の係数をヨーレート差の変化速度Δγ′に乗ずることで、車両ヨー制御により車両1に付加すべき第1の目標ヨーモーメントの大きさを算出する。この後、PCM14は、目標ヨーモーメント設定処理を終了し、メインルーチンに戻る。これにより、低μ路の走行時には、車両ヨー制御によって第1の目標ヨーモーメントが車両1に付加されることとなる。
なお、ステップS36において第1の目標ヨーモーメントを設定するために用いられる所定の係数については、低μ路での旋回時において、車両ヨー制御によって操安性能が適切に確保される大きさの第1の目標ヨーモーメントが設定されるように、事前の適合によりその値が決められている。
【0048】
一方、ステップS35において、ステアリングホイール6の切り戻し操作中ではない(即ち操舵角が一定又は増大中である)場合、ステップS37に進み、PCM14は、ヨーレート差の変化速度Δγ′が実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向(即ち車両1の挙動がオーバーステアとなる方向)であり且つヨーレート差の変化速度Δγ′が閾値Y1以上であるか否かを判定する。具体的には、PCM14は、目標ヨーレートが実ヨーレート以上の状況の下でヨーレート差が減少している場合や、目標ヨーレートが実ヨーレート未満の状況の下でヨーレート差が増大している場合に、ヨーレート差の変化速度Δγ′は実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向であると判定する。
【0049】
その結果、ヨーレート差の変化速度Δγ′が実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向であり且つヨーレート差の変化速度Δγ′が閾値Y1以上である場合(ステップS37:Yes)、ステップS36に進み、PCM14は、上記と同様にして、ヨーレート差の変化速度Δγ′に基づき、車両1の実ヨーレートとは逆回りの第1の目標ヨーモーメントを設定する。
【0050】
他方で、ステップS34において、路面μが所定値以上であると判定された場合(ステップS34:No)、つまり走行路が低μ路でない場合、更に換言すると走行路が高μ路(中μ路も含む。以下同様とする。)である場合、PCM14はステップS38に進む。ステップS38において、PCM14は、ステアリングホイール6の切り戻し操作中(即ち操舵角が減少中)であり、且つ、操舵速度が所定の閾値S3以上であるか否かを判定する。
【0051】
その結果、切り戻し中且つ操舵速度が閾値S3以上である場合(ステップS38:Yes)、ステップS39に進み、PCM14は、ステップS31で算出した目標横ジャークに基づき、車両1の実ヨーレートとは逆回りの第2の目標ヨーモーメントを設定する。具体的には、PCM14は、所定の係数を目標横ジャークに乗ずることで、車両ヨー制御により車両1に付加すべき第2の目標ヨーモーメントの大きさを算出する。この後、PCM14は、目標ヨーモーメント設定処理を終了し、メインルーチンに戻る。これにより、高μ路の走行時には、車両ヨー制御によって第2の目標ヨーモーメントが車両1に付加されることとなる。
なお、ステップS39において第2の目標ヨーモーメントを設定するために用いられる所定の係数については、高μ路での旋回時において、車両ヨー制御によって操安性能が適切に確保される大きさの第2の目標ヨーモーメントが設定されるよう、事前の適合によりその値が決められている。
【0052】
他方で、ステップS37においてヨーレート差の変化速度Δγ′が実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向ではないかヨーレート差の変化速度Δγ′が閾値Y1未満である場合(ステップS37:No)、又は、ステップS38においてステアリングホイール6の切り戻し操作中ではない(即ち操舵角が一定又は増大中である)か操舵速度が閾値S3未満である場合(ステップS38:No)、PCM14は、目標ヨーモーメント設定処理を終了し、メインルーチンに戻る。この場合には、PCM14は、目標ヨーモーメントを設定していないので、車両ヨー制御を実行しない。
【0053】
次に、図7及び図8を参照して、本発明の第1実施形態による車両の制御装置の作用を説明する。図7は、本発明の第1実施形態による車両の制御装置を搭載した車両1に低μ路(圧雪路など)においてほぼ一定車速で旋回走行を行わせたときの、車両ヨー制御に関わる各パラメータの時間変化例を示すタイムチャートである。
【0054】
図7のチャート(a)は、操舵角の時間変化を示すチャートである。チャート(a)に示すように、車両1が右旋回する方向にステアリングホイール6の切り込み操作が行われることにより右旋回方向に操舵角が増大し、その後切り戻し操作に応じて操舵角が減少する。更に、ステアリングホイール6が中立位置で一時的に保持され、その後、左旋回方向にステアリングホイール6の切り込み操作が行われることにより左旋回方向に操舵角が増大し、その後切り戻し操作に応じて操舵角が減少する。
【0055】
チャート(b)はヨーレートの時間変化を示すチャートであり、破線が目標ヨーレート、実線が実ヨーレートを示している。また、チャート(c)は、実ヨーレートと目標ヨーレートとのヨーレート差Δγを示すチャートである。チャート(b)、(c)に示すように、車速に応じた係数を操舵角に乗ずることにより得られる目標ヨーレートは操舵角から遅れることなく変化するのに対し、実ヨーレートは目標ヨーレートよりもやや遅れて変化している。また、圧雪路などの低μ路で車両1が旋回走行を行っているので、前輪2のスリップアングルは車両1が高μ路で旋回走行を行う場合と比較して大きくなる。
【0056】
したがって、チャート(b)、(c)に示すように、右旋回方向にステアリングホイール6の切り込み操作が行われることにより右旋回方向に操舵角が増大するにつれ、実ヨーレートより目標ヨーレートが大きくなる方向にヨーレート差が増大する。その後、切り戻し操作による操舵角の減少に応じて目標ヨーレートは減少するが、実ヨーレートは目標ヨーレートからやや遅れて減少し始める。このため、ヨーレート差は急激に減少し、一時的に実ヨーレートが目標ヨーレートよりも大きくなる。即ち、ステアリングホイール6の切り戻し操作に対し、ヨーレート差は実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向に向かって急激に変化する。
【0057】
その後、実ヨーレートも減少し始めるとヨーレート差はほぼ0のまま維持される。続いて左旋回方向に切り込み操作が行われることにより左旋回方向に操舵角が増大するにつれ、実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向にヨーレート差が再び増大する。その後、切り戻し操作が行われることにより操舵角が減少すると、目標ヨーレートが直ちに減少し始めるのに対して実ヨーレートの減少はやや遅れるので、右旋回の場合と同様に、ステアリングホイール6の切り戻し操作に対し、ヨーレート差は実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向に向かって急激に変化する。
【0058】
チャート(d)はヨーレート差の変化速度を示すチャートである。上述したように、右旋回及び左旋回の何れにおいても、ステアリングホイール6の切り戻し操作が行われるときに、ヨーレート差は実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向に向かって急激に変化する。即ち、チャート(d)に示すように、ヨーレート差の変化速度は、ステアリングホイール6の切り戻し操作が開始されると直ちに実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向に増大する。
【0059】
チャート(e)は目標横加速度を示すチャートであり、チャート(f)は目標横ジャークを示すチャートである。チャート(e)、(f)に示すように、操舵角に基づき算出される目標横加速度は、操舵角から遅れることなく変化する。ステアリングホイール6の切り戻し操作による操舵角の減少に応じて目標横加速度が減少するときには、その減少速度に応じて、目標横ジャークが車両1の旋回方向とは逆方向に増大する。
【0060】
チャート(g)は目標ヨーモーメントの変化を示すチャートである。このチャート(g)において、実線は、今回の車両ヨー制御により付加される目標ヨーモーメントを示している。図7に示す例では、車両1が低μ路を走行しているので、車両ヨー制御において第1の目標ヨーモーメント、すなわちヨーレート差の変化速度Δγ′に基づき設定された第1の目標ヨーモーメントが適用される(図6のステップS34、S36参照)。なお、チャート(g)において、第1の目標ヨーモーメントとの比較のために、目標横ジャークに基づき設定された第2の目標ヨーモーメントを破線で示している。
【0061】
上述したように、低μ路で車両1が旋回走行を行った場合、実ヨーレートと目標ヨーレートとのヨーレート差が大きくなりやすく、特に切り戻し操舵を行うときにヨーレート差の変化速度が大きくなる。そのため、チャート(g)に示すように、右旋回中に切り戻し操作を行った場合と、左旋回中に切り戻し操作を行った場合の何れにおいても、ヨーレート差の変化速度Δγ′に基づき設定された第1の目標ヨーモーメントの方が目標横ジャークに基づき設定された第2の目標ヨーモーメントよりも大きくなっている。このような第1の目標ヨーモーメントを車両ヨー制御により車両1に付加することで、圧雪路のような低μ路でステアリングホイール6の切り戻し操作を行ったときに、実ヨーレートの応答遅れに起因するヨーレート差の急激な変化に応じて旋回を直ちに抑える方向のヨーモーメントを車両1に適切に付加することができる。これにより、低μ路での旋回時に、ドライバのステアリング操作に応じて素早く車両挙動を安定化させることができる。
【0062】
次に、図8は、本発明の第1実施形態による車両の制御装置を搭載した車両1に高μ路(乾燥アスファルト路など)においてほぼ一定車速で旋回走行を行わせたときの、車両ヨー制御に関わる各パラメータの時間変化例を示すタイムチャートである。
【0063】
図8のチャート(a)は、操舵角の時間変化を示すチャートである。チャート(a)に示すように、車両1が左旋回する方向にステアリングホイール6の切り込み操作が行われることにより左旋回方向に操舵角が増大し、その後切り戻し操作に応じて操舵角が減少する。更に、ステアリングホイール6が中立位置で一時的に保持され、その後、右旋回方向にステアリングホイール6の切り込み操作が行われることにより右旋回方向に操舵角が増大し、その後切り戻し操作に応じて操舵角が減少する。
【0064】
チャート(b)はヨーレートの時間変化を示すチャートであり、破線が目標ヨーレート、実線が実ヨーレートを示している。また、チャート(c)は、実ヨーレートと目標ヨーレートとのヨーレート差Δγを示すチャートである。チャート(b)、(c)に示すように、車速に応じた係数を操舵角に乗ずることにより得られる目標ヨーレートは操舵角から遅れることなく変化するのに対し、実ヨーレートは目標ヨーレートよりも極僅かに遅れて変化している。しかしながら、乾燥アスファルト路などの高μ路で車両1が旋回走行を行っているので、図7に示した低μ路での旋回走行の場合と比較して前輪2のスリップアングルは小さい。
【0065】
したがって、チャート(b)、(c)に示すように、左旋回方向にステアリングホイール6の切り込み操作が行われることにより左旋回方向に操舵角が増大するにつれ、目標ヨーレートと実ヨーレートがほぼ同様に増大し、その後、切り戻し操作による操舵角の減少に応じて目標ヨーレートと実ヨーレートはほぼ同様に減少する。この間、ヨーレート差は急激に変化することなく0の近傍でほぼ一定に保たれる。続いて右旋回方向に切り込み操作が行われることにより右旋回方向に操舵角が増大し、その後、切り戻し操作が行われることにより操舵角が減少したときにも、左旋回の場合と同様に、ヨーレート差は急激に変化することなくほぼ一定に保たれる。
【0066】
チャート(d)はヨーレート差の変化速度を示すチャートである。上述したように、左旋回及び右旋回の何れにおいても、ヨーレート差は急激に変化することなくほぼ一定に保たれる。即ち、チャート(d)に示すように、ヨーレート差の変化速度は、左旋回及び右旋回の何れにおいても比較的小さい値に保たれる。
【0067】
チャート(e)は目標横加速度を示すチャートであり、チャート(f)は目標横ジャークを示すチャートである。チャート(e)、(f)に示すように、操舵角に基づき算出される目標横加速度は、操舵角から遅れることなく変化する。ステアリングホイール6の切り戻し操作による操舵角の減少に応じて目標横加速度が減少するときには、その減少速度に応じて、目標横ジャークが車両1の旋回方向とは逆方向に増大する。
【0068】
チャート(g)は目標ヨーモーメントの変化を示すチャートである。このチャート(g)において、実線は、今回の車両ヨー制御により付加される目標ヨーモーメントを示している。図8に示す例では、車両1が高μ路を走行しているので、車両ヨー制御において第2の目標ヨーモーメント、すなわち目標横ジャークに基づき設定された第2の目標ヨーモーメントが適用される(図6のステップS34、S39参照)。なお、チャート(g)において、第2の目標ヨーモーメントとの比較のために、ヨーレート差の変化速度Δγ′に基づき設定された第1の目標ヨーモーメントを破線で示している。
【0069】
上述したように、高μ路で車両1が旋回走行を行った場合、実ヨーレートと目標ヨーレートとのヨーレート差が急激に変化することなく0の近傍でほぼ一定に保たれるので、ヨーレート差の変化速度は比較的小さい値に保たれる。そのため、チャート(g)に示すように、右旋回中に切り戻し操作を行った場合と、左旋回中に切り戻し操作を行った場合の何れにおいても、目標横ジャークに基づき設定された第2の目標ヨーモーメントの方が、ヨーレート差の変化速度Δγ′に基づき設定された第1の目標ヨーモーメントよりも大きくなっている。このような第2の目標ヨーモーメントを車両ヨー制御により車両1に付加することで、高μ路でステアリングホイール6の切り戻し操作を行ったときに、操舵角の減少による目標横ジャークの立ち上がりに応じて旋回を直ちに抑える方向のヨーモーメントを車両1に適切に付加することができる。これにより、高μ路での旋回時に、ドライバのステアリング操作に応じて素早く車両挙動を安定化させることができる。
【0070】
以上述べた第1実施形態によれば、路面μに適した目標ヨーモーメントを車両ヨー制御により車両1に適切に付加することができ、低μ路及び高μ路の両方において、旋回時の操安性能(具体的にはステアリング操作に応じた迅速な車両挙動の安定化性能)を向上させることができる。
【0071】
なお、上記した実施形態では、スリップ比などに基づき路面μを判定していたが、路面μを判定する方法はこれに限定されない。他の1つの例では、外気温センサの検出値が所定値以下である場合、典型的には外気温が氷点下である場合に、路面μが所定値未満である(つまり走行路が低μ路である)と判定してもよい。別の例では、雨滴センサが雨滴を検出した場合に、路面μが所定値未満である(つまり走行路が低μ路である)と判定してもよい。更に別の例では、ワイパーが所定時間作動している場合に、路面μが所定値未満である(つまり走行路が低μ路である)と判定してもよい。
【0072】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態による目標ヨーモーメント設定処理について説明する。上述した第1実施形態では、ヨーレート差の変化速度に応じた第1の目標ヨーモーメントと目標横ジャークに応じた第2の目標ヨーモーメントとを用意し、これら2つの目標ヨーモーメントのうちで適用する目標ヨーモーメントを路面μに応じて切り替えていた。具体的には、PCM14は、低μ路では第1の目標ヨーモーメントを適用し、高μ路では第2の目標ヨーモーメントを適用していた(図6参照)。これに対して、第2実施形態では、PCM14は、第1実施形態でいうところの第2の目標ヨーモーメントのみを用いるようにし、この目標ヨーモーメントを路面μに応じて補正する。具体的には、PCM14は、路面μが低いときは、そうでないときよりも、目標横ジャークに応じた第2の目標ヨーモーメントを大きくする。なお、第2実施形態においては、第2の目標ヨーモーメントのみを用い、第1及び第2の目標ヨーモーメントを区別する必要がないので、この第2の目標ヨーモーメントのことを単に「目標ヨーモーメント」と呼ぶ。
【0073】
図9及び図10により、本発明の第2実施形態による目標ヨーモーメント設定処理について具体的に説明する。図9は、本発明の第2実施形態による目標ヨーモーメント設定処理のフローチャートであり、図10は、本発明の第2実施形態において目標ヨーモーメントを補正するためのマップである。なお、以下では、第1実施形態と同様の制御や処理については、その説明を適宜省略する。
【0074】
図9に示すように、目標ヨーモーメント設定処理が開始されると、ステップS41において、PCM14は、図3の姿勢制御処理のステップS1において取得した操舵角及び車速に基づき目標横ジャークを算出する。具体的には、PCM14は、操舵速度及び車速に基づき目標横ジャークを算出する。
【0075】
次いで、ステップS42において、PCM14は、ステップS1において取得した車輪速に基づき、車両1の走行路の路面μ(路面摩擦係数)を判定する。具体的には、PCM14は、非駆動輪(後輪)の車輪速と駆動輪(前輪2)の車輪速とに基づき駆動輪のスリップ比を演算し、この駆動輪のスリップ比と駆動輪駆動力とに基づき路面μを判定する。例えば、PCM14は、駆動輪のスリップ比と駆動輪駆動力とに基づき路面μを規定したマップを参照して、現在の駆動輪のスリップ比及び現在の駆動輪駆動力に対応する路面μを取得する。なお、第1実施形態の末尾で述べたような変形例の手法を用いて、路面μを判定してもよい。
【0076】
次いで、ステップS43において、PCM14は、ステアリングホイール6の切り戻し操作中(即ち操舵角が減少中)であり、且つ、操舵速度が所定の閾値S3以上であるか否かを判定する。その結果、切り戻し中且つ操舵速度が閾値S3以上である場合(ステップS43:Yes)、ステップS44に進み、PCM14は、ステップS41で算出した目標横ジャークに基づき、車両1の実ヨーレートとは逆回りの目標ヨーモーメントを設定する。具体的には、PCM14は、所定の係数を目標横ジャークに乗ずることで目標ヨーモーメントの大きさを算出する。
【0077】
次いで、ステップS45において、PCM14は、ステップS42で取得した路面μに基づき、ステップS44で設定した目標ヨーモーメントを補正する。具体的には、PCM14は、図10に示すマップに基づき目標ヨーモーメントを補正する。
【0078】
図10は、本発明の第2実施形態において目標ヨーモーメントを補正するためのマップである(このマップは予め作成されメモリ等に記憶されている)。図10は、横軸に路面μを示し、縦軸に目標ヨーモーメントを補正するためのゲインを示している。例えば、このゲインは、路面μに応じた0から1までの値に設定されている(0≦ゲイン≦1)。図10に示すように、路面μが低くなるほど、ゲインが大きくなるように、マップが規定されている。
【0079】
ステップS45において、PCM14は、このようなマップを参照して、ステップS42で取得した路面μに対応するゲインを取得し、このゲインによってステップS44で設定した目標ヨーモーメントを補正する。具体的には、PCM14は、ゲインを目標ヨーモーメントに対して乗算することで、最終的に適用すべき目標ヨーモーメントを決定する。図10に示すマップは路面μが低くなるほどゲインが大きくなるよう規定されているので、路面μが低くなるほど最終的な目標ヨーモーメントが大きくなる。このようなステップS45の後、PCM14は、目標ヨーモーメント設定処理を終了し、メインルーチンに戻る。
【0080】
他方で、ステップS43においてステアリングホイール6の切り戻し操作中ではない(即ち操舵角が一定又は増大中である)か操舵速度が閾値S3未満である場合(ステップS43:No)、PCM14は、目標ヨーモーメント設定処理を終了し、メインルーチンに戻る。この場合には、PCM14は、目標ヨーモーメントを設定していないので、車両ヨー制御を実行しない。
【0081】
以上説明した第2実施形態によれば、第1実施形態と異なり、目標横ジャークに応じた目標ヨーモーメントのみを用いるが、この目標ヨーモーメントを路面μが低くなるほど大きくするので、高μ路での旋回時の操安性能は勿論のこと、低μ路での旋回時の操安性能も適切に確保することができる。すなわち、低μ路では目標横ジャークに応じた目標ヨーモーメントが小さくなる傾向にあるが(図7のチャート(g)の破線参照)、第2実施形態によれば、そのような目標ヨーモーメントを低μ路において大きくする補正を行うので、低μ路での旋回時の操安性能を確保できるのである。このようなことから、第2実施形態によっても、低μ路及び高μ路の両方において、旋回時の操安性能、具体的にはステアリング操作に応じた迅速な車両挙動の安定化性能を適切に向上させることができる。
【0082】
なお、図10に示すマップでは、路面μの値に応じてゲインを連続的に変化させていたが、変形例では、路面μの値に応じてゲインを段階的に変化させてもよい。具体的には、この変形例では、路面μが所定値未満ではゲインを第1所定値に設定し、路面μが所定値以上ではゲインを第1所定値よりも小さい第2所定値に設定すればよい。こうすることは、低μ路ではゲインを第1所定値に設定し、高μ路ではゲインを第2所定値(<第1所定値)に設定することに相当する。したがって、このような変形例を適用する場合には、図9のステップS42において、路面μの値を実際に求める代わりに、走行路が低μ路及び高μ路のいずれであるかを大まかに判定すればよい。
【0083】
(第3実施形態)
次に、本発明の第3実施形態による目標ヨーモーメント設定処理について説明する。第1実施形態では、2つの目標ヨーモーメントを用いて、路面μに応じて適用する目標ヨーモーメントを切り替える一方で、第2実施形態では、1つの目標ヨーモーメントのみを用いて、この目標ヨーモーメントを路面μに応じて補正していた。すなわち、第1及び第2実施形態の両方とも、路面μに基づき目標ヨーモーメントを設定していた。これに対して、第3実施形態では、路面μを特に考慮することなく、目標ヨーモーメントを設定する。
【0084】
具体的には、第3実施形態では、PCM14は、第1実施形態と同様に、ヨーレート差の変化速度に応じた第1の目標ヨーモーメントと目標横ジャークに応じた第2の目標ヨーモーメントとを用い、これら第1及び第2の目標ヨーモーメントのうちで大きい方を適用するようにする。上述したように、低μ路において旋回が行われる状況では自ずと第1の目標ヨーモーメントが第2の目標ヨーモーメントよりも大きくなる傾向にあり(図7のチャート(g)参照)、また、高μ路において旋回が行われる状況では自ずと第2の目標ヨーモーメントが第1の目標ヨーモーメントよりも大きくなる傾向にあるので(図8のチャート(g)参照)、第1及び第2の目標ヨーモーメントのうちで大きい方を選択するようにすれば、路面μを敢えて用いなくても、路面μに適した目標ヨーモーメントが適用されることとなるのである。
【0085】
図11により、本発明の第3実施形態による目標ヨーモーメント設定処理について具体的に説明する。図11は、本発明の第3実施形態による目標ヨーモーメント設定処理のフローチャートである。なお、以下では、第1実施形態と同様の制御や処理については、その説明を適宜省略する。
【0086】
図11のステップS51~S57は、それぞれ、図6のステップS31~S32、S35~S39と同一であるため、その説明を省略する。ここでは、ステップS58のみについて説明する。ステップS58では、PCM14は、ステップS54で設定した第1の目標ヨーモーメントとステップS57で設定した第2の目標ヨーモーメントとの内で大きい方を、最終的に適用する目標ヨーモーメントとして設定する、つまりヨーモーメント指令値に設定する。そして、PCM14は、目標ヨーモーメント設定処理を終了し、メインルーチンに戻る。これにより、設定された目標ヨーモーメントが車両ヨー制御によって車両1に付加されることとなる。
なお、ステップS54及びステップS57の両方において目標ヨーモーメントが設定されなかった場合(つまりステップS54、S57の処理が両方とも実行されなかった場合)、PCM14は、ステップS58において目標ヨーモーメントを設定しない。この場合には、PCM14は車両ヨー制御を実行しない。
【0087】
このような第3実施形態によれば、第1及び第2の目標ヨーモーメントのうちで大きい方の目標ヨーモーメントを選択するので、結果的に、低μ路では第1の目標ヨーモーメントが適用されることとなり、また、高μ路では第2の目標ヨーモーメントが適用されることとなる。したがって、第3実施形態によっても、低μ路及び高μ路の両方において、旋回時の操安性能、具体的にはステアリング操作に応じた迅速な車両挙動の安定化性能を適切に向上させることができる。
【符号の説明】
【0088】
1 車両
2 前輪
4 エンジン
6 ステアリングホイール
8 操舵角センサ
10 車輪速センサ
12 ヨーレートセンサ
14 PCM
16 ブレーキ装置
18 ブレーキ制御システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11