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特許7031832皮質広汎性脱分極の検知方法、検知システム、及びプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-28
(45)【発行日】2022-03-08
(54)【発明の名称】皮質広汎性脱分極の検知方法、検知システム、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/372 20210101AFI20220301BHJP
   A61B 5/01 20060101ALI20220301BHJP
   A61B 5/026 20060101ALI20220301BHJP
   A61B 5/1459 20060101ALI20220301BHJP
   A61B 5/37 20210101ALI20220301BHJP
【FI】
A61B5/372
A61B5/01 250
A61B5/026 120
A61B5/1459
A61B5/37
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2021050393
(22)【出願日】2021-03-24
【審査請求日】2021-09-21
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520421710
【氏名又は名称】ANT5株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142734
【弁理士】
【氏名又は名称】安 裕 希
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 倫保
(72)【発明者】
【氏名】井上 貴雄
(72)【発明者】
【氏名】アリンダム ガジェンドラ マハパトラ
【審査官】樋口 祐介
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0143574(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0085047(US,A1)
【文献】特開2015-221177(JP,A)
【文献】岡史朗,外9名,重症脳損傷患者におけるcortical spreading depolarization 発生時の脳温および脳循環代謝の変化,第61回日本脳循環代謝学会学術集会 一般演題 口演抄録,2018年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B5/00-5/398
A61B9/00-10/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得する取得ステップと、
前記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出する特徴量算出ステップと、
前記特徴量算出ステップにおいて算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い前記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するイベント抽出ステップと、
を含み、
前記特徴量は順列エントロピーであり、
前記イベント抽出ステップは、閾値を下回る負のピークを抽出する、皮質広汎性脱分極の検知方法。
【請求項2】
脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得する取得ステップと、
前記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出する特徴量算出ステップと、
前記特徴量算出ステップにおいて算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い前記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するイベント抽出ステップと、
を含み、
前記取得ステップは、脳の複数箇所に関する複数の波形データを取得し、
前記イベント抽出ステップは、前記複数の波形データの各々について算出された特徴量に基づき、前記複数箇所の各々において前記イベントが発生したタイミングを抽出し、
前記複数箇所に関して抽出された前記タイミングの頻度分布を取得する統計処理ステップと、
前記頻度分布に基づいて、皮質広汎性脱分極が発生したか否かを判定する判定ステップと、
をさらに含む皮質広汎性脱分極の検知方法。
【請求項3】
前記判定ステップは、前記頻度分布における頻度のピーク値が所定の範囲にある場合に、皮質広汎性脱分極が発生したと判定する、請求項に記載の皮質広汎性脱分極の検知方法。
【請求項4】
前記判定ステップは、前記頻度分布における第1の閾値を超えるピークのタイミングのうち、前記第1の閾値よりも大きい第2の閾値を超えるピークのタイミングを除去したタイミングを、皮質広汎性脱分極の発生タイミングとして判定する、請求項2又は3に記載の皮質広汎性脱分極の検知方法。
【請求項5】
前記取得ステップは、複数種類の生体情報に関する波形データを取得し、
前記統計処理ステップは、前記複数種類の生体情報に基づいて抽出された前記タイミングに基づいて前記頻度分布を取得する、
請求項2~4のいずれか1項に記載の皮質広汎性脱分極の検知方法。
【請求項6】
前記特徴量は順列エントロピーであり、
前記イベント抽出ステップは、閾値を下回る負のピークを抽出する、
請求項2~5のいずれか1項に記載の皮質広汎性脱分極の検知方法。
【請求項7】
前記特徴量はパワー密度であり、
前記イベント抽出ステップは、閾値を超える正のピークを抽出する、
請求項2~5のいずれか1項に記載の皮質広汎性脱分極の検知方法。
【請求項8】
前記ウィンドウの幅は、0.5分よりも長く10分未満である、請求項1~7のいずれか1項に記載の皮質広汎性脱分極の検知方法。
【請求項9】
前記特徴量算出ステップは、前記波形データに対して所定の周波数以下の周波数成分を遮断するフィルタ処理を施したデータに対して前記特徴量を算出する、請求項1~のいずれか1項に記載の皮質広汎性脱分極の検知方法。
【請求項10】
脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得するように構成された波形データ取得部と、
前記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出するように構成された特徴量算出部と、
前記特徴量算出部において算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い前記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するように構成されたイベント抽出部と、
を備え
前記特徴量は順列エントロピーであり、
前記イベント抽出部は、閾値を下回る負のピークを抽出するように構成されている、検知システム。
【請求項11】
脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得するように構成された波形データ取得部と、
前記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出するように構成された特徴量算出部と、
前記特徴量算出部において算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い前記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するように構成されたイベント抽出部と、
を備え、
前記波形データ取得部は、脳の複数箇所に関する複数の波形データを取得するように構成され、
前記イベント抽出部は、前記複数の波形データの各々について算出された特徴量に基づき、前記複数箇所の各々において前記イベントが発生したタイミングを抽出するように構成され、
前記複数箇所に関して抽出された前記タイミングの頻度分布を取得するように構成された統計処理部と、
前記頻度分布に基づいて、皮質広汎性脱分極が発生したか否かを判定するように構成された判定部と、
をさらに備える検知システム。
【請求項12】
硬膜下腔に配置され、脳に関する生体情報を表す信号を出力可能な硬膜下センサと、
前記硬膜下センサから出力される信号に対して所定の信号処理を施すことによりディジタルの波形データを生成可能な信号処理部と、
をさらに備え、
前記波形データ取得部は、前記信号処理部から前記波形データを取得し、
前記硬膜下センサは、
可撓性を有する材料により形成され、脳表に接触するように配置される基板と、
前記基板のうち脳表に接する側の複数箇所にそれぞれ実装された複数のセンサ部であって、各センサ部が、皮質脳波計測用の電極と、近赤外線スペクトロスコピーによる血流計測部と、レーザードップラーの原理により脳血流量を計測する血流計と、温度センサとの少なくともいずれかを含む複数のセンサ部と、
を有する、請求項10又は11に記載の検知システム。
【請求項13】
脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得する取得ステップと、
前記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出する特徴量算出ステップと、
前記特徴量算出ステップにおいて算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い前記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するイベント抽出ステップと、
をコンピュータに実行させ
前記特徴量は順列エントロピーであり、
前記イベント抽出ステップは、閾値を下回る負のピークを抽出する、プログラム。
【請求項14】
脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得する取得ステップと、
前記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出する特徴量算出ステップと、
前記特徴量算出ステップにおいて算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い前記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するイベント抽出ステップと、
をコンピュータに実行させ、
前記取得ステップは、脳の複数箇所に関する複数の波形データを取得し、
前記イベント抽出ステップは、前記複数の波形データの各々について算出された特徴量に基づき、前記複数箇所の各々において前記イベントが発生したタイミングを抽出し、
前記複数箇所に関して抽出された前記タイミングの頻度分布を取得する統計処理ステップと、
前記頻度分布に基づいて、皮質広汎性脱分極が発生したか否かを判定する判定ステップと、
をさらに前記コンピュータに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の脳における皮質広汎性脱分極の検知方法、検知システム、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、脳波等の生体情報を解析することにより、患者の病態を把握することが行われている。
例えば、特許文献1には、脳波信号を取得し、取得された脳波信号から注目帯域の信号データを取り出し、取り出された帯域の信号データに対し、設定された時間幅のウィンドウにおいて、信号データ値と、非線形振動子をシミュレートした値との差である誤差関数が最小となるようにして非線形振動子のパラメータを求め、求められた非線形性を示すパラメータの時間変化特性をもとに脳波信号の特徴を評価する方法が開示されている。特許文献1においては、上記脳波信号の評価対象がてんかんの状態についてのものとされている。
【0003】
非特許文献1には、てんかん発作間と発作後の脳波(EEG)を分類するための特徴量として、二乗平均平方根周波数及び優位周波数を、それらの寄与パラメータの比率とともに使用することが開示されている。
【0004】
非特許文献2には、てんかん焦点診断におけるエントロピーを特徴量とする脳波解析の有効性に関する研究が開示されている。非特許文献2においては、特徴量抽出の実験に用いられたエントロピーとして、シャノンエントロピー、レニーエントロピー、一般化エントロピー、位相エントロピー、近似エントロピー、サンプルエントロピー、及び順列エントロピーが挙げられている。
【0005】
非特許文献3には、経験的順列エントロピー(empirical permutation entropy)を特徴量として用いることによりてんかんの脳波データを解析することが開示されている。
【0006】
また、頭蓋内にセンサを配置することにより、生体情報を脳表において取得する技術も知られている。例えば、特許文献2及び非特許文献4に開示された硬膜下センサにおいては、脳血流、脳波、及び脳温を同時に複数のチャンネルで計測することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2015-47452号公報
【文献】特許第6296606号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Mahapatra他、著,「Classification of ictal and interictal EEG using RMS frequency, dominant frequency, root mean instantaneous frequency square andtheir parameters ratio」,Biomedical Signal Processing and Control 44 (2018) ,P. 168-180
【文献】菅野秀宣他、著、「発作間欠期脳波からエントロピーを特徴量としたてんかん焦点診断」,臨床神経生理学 48(3),P.107-112,2020年
【文献】Unakafova、他著、「Efficiently Measuring Complexity on the Basis of Real-World Data」,Entropy 2013, 15, P. 4392-4415
【文献】山川俊貴他、著,「Implantable Multi-Modality Probe forSubdural Simultaneous Measurement of Electrophysiology, Hemodynamics, and Temperature Distribution」,IEEE TRANSACTIONS ON BIOMEDICAL ENGINEERING, VOL. 66, NO. 11, NOVEMBER 2019, P. 3204-3211
【文献】杉本至健他、著,「くも膜下出血に出現する広汎性脱分極(CSD) CSDが病的な大脳皮質に到達すると血流は低下する」,株式会社日本医事新報社,週刊日本医事新報4791号,2016年02月20日,P.52
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
例えば重症脳卒中や重症頭部外傷においては、脳血管自動調節能の低下により、頭蓋内生理環境の変化に大きな影響を及ぼすため、障害の治療や脳機能温存の制御が非常に困難になる。そこで、頭蓋内にセンサを留置し、急性期モニタリングにおける各種信号から特徴量を抽出し臨床指標とすることが検討されている。
【0010】
例えば、脳卒中の緊急手術を行った場合、2週間程度の観察期を経て2回目の手術を行うことが多い。通常、医師は、この観察期に、脳波のほか脳動脈血圧や頭蓋内圧を観察して脳内の病態変化を把握し、投薬治療や2回目手術の計画を立てる。しかしながら、脳内の病態変化の把握は、医師の経験によるところが大きい。そのため、脳波等の客観的なデータに基づき、経験によることなく、脳内の状態を迅速に把握できる技術が望まれている。
【0011】
脳において発生する異常な現象として、皮質広汎性脱分極(Cortical Spreading Depolarization:CSD)が知られている。CSDは、脳灰白質において神経及びグリア細胞の脱分極が、2~6mm/分程度の速度で波紋のように伝搬する現象のことである。CSDは、片頭痛の前兆として現れる他、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、頭部外傷においても発生することがわかっている(非特許文献5参照)。
【0012】
CSDには、様々な脳循環代謝の変化が伴う。具体的には、脱分極、及び、細胞内外のイオン勾配を維持するために発生する再分極により、エネルギー需要が増加すると共に、カリウムイオン(K+)や一酸化窒素(NO)等の種々の血管作動因子が放出される。このようなCSDが、正常な大脳皮質に到達すると、脱分極に伴い血流が増加するが、反対に、病的な大脳皮質にCSDが到達すると、抵抗血管が収縮し(脳血管攣縮と呼ばれる)、脳血流が低下してしまう。つまり、CSDは、虚血に先行して出現する現象といえる。そこで、CSDを迅速に検知することができれば、患者の病態を予測して事前に投薬等の処置を行ったり、予後の管理に役立てたりすることが可能となる。
【0013】
CSDは、脳波の直流成分(脳定常電位)が一時的に低下する現象、所謂ネガティブDCシフト(以下、単にDCシフトともいう)として観察される。しかしながら、CSDの可能性を示すDCシフトを、脳波の計測と並行して迅速且つ精度良く検出することは困難である。また、DCシフトは必ずしもCSDに伴ってのみ観察されるわけではないため、検出されたDCシフトに基づいてCSDが発生したか否かを判定することも困難である。
【0014】
本発明は上記に鑑みてなされたものであって、皮質広汎性脱分極が発生している可能性を迅速に検知することができる皮質広汎性脱分極の検知方法、検知システム、及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため、本発明の一つの態様である皮質広汎性脱分極の検知方法は、脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得する取得ステップと、前記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出する特徴量算出ステップと、前記特徴量算出ステップにおいて算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い前記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するイベント抽出ステップと、を含むものである。
【0016】
上記皮質広汎性脱分極の検知方法において、前記ウィンドウの幅は、0.5分よりも長く10分未満であっても良い。
【0017】
上記皮質広汎性脱分極の検知方法において、前記ウィンドウは、隣接するウィンドウとの間で一部がオーバーラップしても良い。
【0018】
上記皮質広汎性脱分極の検知方法において、前記特徴量は順列エントロピーであり、前記イベント抽出ステップは、閾値を下回る負のピークを抽出しても良い。
【0019】
上記皮質広汎性脱分極の検知方法において、前記特徴量はパワー密度であり、前記イベント抽出ステップは、閾値を超える正のピークを抽出しても良い。
【0020】
上記皮質広汎性脱分極の検知方法において、前記特徴量算出ステップは、前記波形データに対して所定の周波数以下の周波数成分を遮断するフィルタ処理を施したデータに対して前記特徴量を算出しても良い。
【0021】
上記皮質広汎性脱分極の検知方法において、前記取得ステップは、脳の複数箇所に関する複数の波形データを取得し、前記イベント抽出ステップは、前記複数の波形データの各々について算出された特徴量に基づき、前記複数箇所の各々において前記イベントが発生したタイミングを抽出し、前記複数箇所に関して抽出された前記タイミングの頻度分布を取得する統計処理ステップと、前記頻度分布に基づいて、皮質広汎性脱分極が発生したか否かを判定する判定ステップと、をさらに含んでも良い。
【0022】
上記皮質広汎性脱分極の検知方法において、前記判定ステップは、前記頻度分布における頻度のピーク値が所定の範囲にある場合に、皮質広汎性脱分極が発生したと判定しても良い。
【0023】
上記皮質広汎性脱分極の検知方法において、前記取得ステップは、複数種類の生体情報に関する波形データを取得し、前記統計処理ステップは、前記複数種類の生体情報に基づいて抽出された前記タイミングに基づいて前記頻度分布を取得しても良い。
【0024】
本発明の別の態様である検知システムは、脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得するように構成された波形データ取得部と、前記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出するように構成された特徴量算出部と、前記特徴量算出部において算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い前記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するように構成されたイベント抽出部と、を備えるものである。
【0025】
上記検知システムにおいて、前記波形データ取得部は、脳の複数箇所に関する複数の波形データを取得するように構成され、前記イベント抽出部は、前記複数の波形データの各々について算出された特徴量に基づき、前記複数箇所の各々において前記イベントが発生したタイミングを抽出するように構成され、前記複数箇所に関して抽出された前記タイミングの頻度分布を取得するように構成された統計処理部と、前記頻度分布に基づいて、皮質広汎性脱分極が発生したか否かを判定するように構成された判定部と、をさらに備えても良い。
【0026】
上記検知システムは、硬膜下腔に配置され、脳に関する生体情報を表す信号を出力可能な硬膜下センサと、前記硬膜下センサから出力される信号に対して所定の信号処理を施すことによりディジタルの波形データを生成可能な信号処理部と、をさらに備え、前記波形データ取得部は、前記信号処理部から前記波形データを取得し、前記硬膜下センサは、可撓性を有する材料により形成され、脳表に接触するように配置される基板と、前記基板のうち脳表に接する側の複数箇所にそれぞれ実装された複数のセンサ部であって、各センサ部が、皮質脳波計測用の電極と、近赤外線スペクトロスコピーによる血流計測部と、レーザードップラーの原理により脳血流量を計測する血流計と、温度センサとの少なくともいずれかを含む複数のセンサ部と、を有しても良い。
【0027】
本発明の別の態様であるプログラムは、脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得する取得ステップと、前記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出する特徴量算出ステップと、前記特徴量算出ステップにおいて算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い前記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するイベント抽出ステップと、をコンピュータに実行させるものである。
【0028】
上記プログラムにおいて、前記取得ステップは、脳の複数箇所に関する複数の波形データを取得し、前記イベント抽出ステップは、前記複数の波形データの各々について算出された特徴量に基づき、前記複数箇所の各々において前記イベントが発生したタイミングを抽出し、前記複数箇所に関して抽出された前記タイミングの頻度分布を取得する統計処理ステップと、前記頻度分布に基づいて、皮質広汎性脱分極が発生したか否かを判定する判定ステップと、をさらに前記コンピュータに実行させても良い。
【0029】
本発明によれば、生体情報の時間的な変化を示す波形データに対して設定されたウィンドウごとに特徴量を算出し、この特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い上記波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するので、皮質広汎性脱分極が発生している可能性を迅速に検知することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】本発明の実施形態に係る皮質広汎性脱分極の検知方法を示すフローチャートである。
図2図1に示す皮質広汎性脱分極の検知方法が実行される検知システムの一例を示すブロック図である。
図3】本発明の実施形態において使用可能な硬膜下センサの一例を示す模式図である。
図4図3に示す硬膜下センサを硬膜下腔に配置した状態を例示する模式図である。
図5】皮質脳波の直流成分の波形を示すグラフである。
図6図5に示す波形にハイパスフィルタ処理を施すことにより得られた波形を示すグラフである。
図7図6に示す波形に基づいて算出された順列エントロピーを示すグラフである。
図8図6に示す波形に基づいて算出されたパワー密度を示すグラフである。
図9図6に示す波形に基づいて算出された振幅の時間変化を示すグラフである。
図10図6に示す波形に基づいて算出された周波数の時間変化を示すグラフである。
図11図6に示す波形に基づいて算出された実効周波数の時間変化を示すグラフである。
図12図6に示す波形に基づいて算出されたサンプルエントロピーを示すグラフである。
図13図5に示す波形に基づいて算出された各種特徴量を示すグラフである。
図14】皮質脳波の直流成分を6チャンネルにわたって計測した波形を示すグラフである。
図15図14に示す波形に対してハイパスフィルタ処理を施すことにより得られた波形を示すグラフである。
図16図15に示す波形に基づいて算出された特徴量(順列エントロピー)を示すグラフである。
図17図16に示す特徴量に基づいて抽出されたイベントのタイミングを示すグラフである。
図18】抽出されたイベントのタイミングをラスタ表示で示すグラフである。
図19】チャンネル1~6において抽出されたイベントのタイミングの頻度分布を示すヒストグラムである。
図20図19に示すヒストグラムをスムージングしたグラフである。
図21図20に示すグラフから抽出されたCSDの発生タイミングを示すグラフである。
図22】脳温、皮質脳波の直流成分、及びヘモグロビン濃度を3チャンネルにわたって計測した波形を示すグラフである。
図23図22に示す波形にハイパスフィルタ処理を施すことにより得られた波形を示すグラフである。
図24図23に示す波形に基づいて抽出されたイベントのタイミングと、抽出されたタイミングの頻度分布と、頻度分布に基づいて判定されたCSDの発生タイミングとを示すグラフである。
図25図24に示す頻度分布及びCSDの発生タイミングを拡大したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態に係る皮質広汎性脱分極の検知方法、検知システム、及びプログラムについて、図面を参照しながら説明する。なお、これらの実施の形態によって本発明が限定されるものではない。また、各図面の記載において、同一部分には同一の符号を付して示している。
【0032】
以下の説明において参照する図面は、本発明の内容を理解し得る程度に形状、大きさ、及び位置関係を概略的に示しているに過ぎない。即ち、本発明は各図で例示された形状、大きさ、及び位置関係のみに限定されるものではない。また、図面の相互間においても、互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれている場合がある。
【0033】
以下に説明する皮質広汎性脱分極(Cortical Spreading Depolarization:CSD)の検知方法は、演算装置において実行することにより、CSDが発生している可能性を迅速且つ自動で検知する方法である。
【0034】
CSDは、脳灰白質において神経及びグリア細胞の脱分極が、2~6mm/分程度の速度で波紋のように伝搬する現象である。そのため、CSDが発生すると、脳波においては直流成分(DC成分、即ち脳定常電位)が一時的に低下する現象、所謂、ネガティブDCシフト(以下、単にDCシフトともいう)が観察される。しかしながら、DCシフトは、必ずしもCSDに伴ってのみ観察されるわけではなく、例えば、電極と脳表との接触状態の変化や、電気的ノイズ又は振動ノイズ等の要因によっても生じ得る。そのため、CSDを確度良く検知するためには、DCシフトなどのイベントを精度良く検出すること、及び、検出されたイベントがCSDに起因するものか否かを判定することが重要となる。
【0035】
(皮質広汎性脱分極の検知方法)
図1は、本発明の実施形態に係る皮質広汎性脱分極の検知方法を示すフローチャートである。図1に示すように、本実施形態に係る皮質広汎性脱分極の検知方法は、概略的に以下のように実行される。
【0036】
まず、脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得する(ステップS10)。
【0037】
続いて、取得された波形データに対して所定の時間間隔でウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出する(ステップS11)。特徴量としては、例えば順列エントロピー(permutation entropy)やパワー密度(power density)を用いることができる。
【0038】
続いて、算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、CSDに伴い波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出する(ステップS12)。例えば、生体情報が脳波の直流成分である場合、イベントとして、脳定常電流が一時的に低下する所謂ネガティブDCシフトが発生したタイミングが抽出される。閾値処理は、特徴量に応じて適宜設定される。後で詳述するように、例えば、特徴量として順列エントロピーを用いる場合、閾値を下回る負のピークにおいてイベントが発生したと判断することができる。また、特徴量としてパワー密度を用いる場合、閾値を超える正のピークにおいてイベントが発生したと判断することができる。
【0039】
これらのステップS10~S12は、脳の複数箇所においてそれぞれ計測された生体情報に基づく複数の波形データについて実行される。
【0040】
続いて、脳の複数箇所に関して抽出された上記イベントの発生タイミングの頻度分布を取得する(ステップS13)。
【0041】
そして、脳の複数箇所における上記イベントの発生タイミングの頻度分布に基づいて、CSDが発生したか否かを判定する(ステップS14)。例えば、頻度のピーク値が所定の範囲にある場合、そのピーク近傍においてCSDが発生したと判定することができる。
【0042】
(検知システムの構成例)
図2は、本発明の実施形態に係る皮質広汎性脱分極の検知方法が実行される検知システムの一例を示すブロック図である。図2に示す検知システム1は、硬膜下センサ10と、信号処理部20と、情報処理装置30とを備える。被検者の脳波等の生体情報を計測しながら、ネガティブDCシフト等のイベントをリアルタイムに検出し、CSDの可能性を迅速に判定する場合には、図2に例示するように、情報処理装置30にセンサ及び信号処理部が接続されたシステムが用いることができる。
【0043】
硬膜下センサ10は、硬膜下腔に配置され、脳に関する生体情報を表す信号を出力可能なセンサである。図3は、本実施形態において使用可能な硬膜下センサの一例を示す模式図である。図4は、硬膜下センサを硬膜下腔に配置した状態を例示する模式図である。
【0044】
図3に示すように、硬膜下センサ10は、可撓性を有する材料により形成され、脳表に接触するように配置される基板100と、基板100のうち脳表に接する側に実装された複数(図3においては3つ)のセンサ部110とを備える。
【0045】
基板100は、柔軟性のある所謂フレキシブル基板であり、例えばポリイミド等の樹脂材料により形成されている。基板100及びセンサ部110は、後述する電極113の頂点近傍を除き、パリレン(登録商標)等の生体適合性を有する材料により一体的に被覆されている。
【0046】
基板100は、複数のセンサ部110が配置されたセンサ領域101と、一端側においてセンサ領域101の基端部と連続する配線領域102とを含んでいる。配線領域102の他端側には、当該硬膜下センサ10を信号処理部20に接続するためのコネクタが実装されている。センサ領域101及び配線領域102には、センサ部110とコネクタとを接続する配線パターンが形成されている。
【0047】
各センサ部110は、皮質脳波(Electrocorticogram:EcoG)計測用の電極113を含んでいる。電極113は例えば白金により形成され、脳表の電位を取得する。
【0048】
また、各センサ部110は、近赤外線スペクトロスコピー(Near-infrared spectroscopy:NIRS)の原理を用いた血流計測部、測温素子(サーミスタ)、脳圧センサ、加速度センサ、レーザードップラーの原理により脳血流量を計測するドップラー血流計等を含んでも良い。例えば、図3には、近赤外光を発光可能な発光素子111及び近赤外光を受光可能な受光素子112を含む血流計測部と、温度センサ120とが示されている。また、センサ領域101に脳圧センサ130を実装しても良い。
【0049】
発光素子111は、脳内に向けて近赤外光を放射する。受光素子112は、脳内において反射された近赤外光を受光し、この近赤外光の光信号を電気信号に変換して出力する。なお、本実施形態においては、発光素子111と受光素子112との間に電極113を配置することにより、発光素子111から放射され、脳内において反射された近赤外光が、電極113により再び脳内の方向に反射されるようにしている。それにより、脳内において反射された近赤外光を効率良く受光素子112に入射させ、脳の灰白質部分に関する信号の感度向上を図ることができる。
【0050】
図4に示すように、硬膜下センサ10を使用する際には、頭皮201を切開して頭蓋骨202にバーホール203を形成し、さらに硬膜204を小さく切開する。この硬膜204の隙間から硬膜下腔205に、センサ領域101を、表面104が硬膜204側、裏面105が脳表206側となるように挿入する。図3に示すように、センサ領域101は細長い形状を有しているため、頭骸骨202及び硬膜24を大きく切開することなく、所望の位置にセンサ領域101を配置することができる。
【0051】
センサ領域101には複数のセンサ部110が配置されているので、図4に例示するように硬膜下センサ10を配置することで、脳の複数箇所における生体情報を同時に取得することができる。例えば、図3に示す硬膜下センサ10によれば、3つのセンサ部110により、脳表の3箇所における皮質脳波、脳血流、及び脳温を計測することができる。もちろん、硬膜下センサ10に実装可能なセンサ部110は3つに限定されず、さらに増やしても良い。
【0052】
もっとも、脳波を含む各種生体情報の計測にあたっては、必ずしも図3に例示する硬膜下センサ10を用いる必要はない。例えば、脳波計測用の電極がマトリックス状又は同心円状に配置されたセンサを用いても良いし、その他の公知の手段を用いても良い。
【0053】
再び図2を参照すると、信号処理部20は、硬膜下センサ10の各チャンネルから出力される信号に増幅及びAD変換等の信号処理を施し、ディジタルの検出信号(波形データ)を情報処理装置30に入力する。
【0054】
情報処理装置30は、汎用のパーソナルコンピュータを用いて構成することができる。情報処理装置30は、外部インタフェース31と、プロセッサ33と、記憶部32とを備える。また、情報処理装置30に、操作入力部34及び表示部35を設けても良い。
【0055】
外部インタフェース31は、当該情報処理装置30を外部機器と接続し、外部機器との間でデータの送受信を行うインタフェースである。本実施形態において、外部インタフェース31は、信号処理部20により信号処理が施されたディジタルの検出信号(波形データ)を受信する。
【0056】
記憶部32は、例えばROMやRAMといった半導体メモリやハードディスク等のコンピュータ読取可能な記憶媒体を用いて構成される。記憶部32は、オペレーティングシステムプログラム、ドライバプログラム、各種機能を実行するアプリケーションプログラム、及び、これらのプログラムの実行中に使用される各種パラメータ等を記憶する。詳細には、記憶部32は、CSDが発生している可能性を示す脳状態を検知するためのプログラムを記憶するプログラム記憶部321と、信号処理部20から入力された波形データを記憶する波形データ記憶部322と、脳状態の検知において使用される閾値を記憶する閾値記憶部323とを含む。
【0057】
プロセッサ33は、例えばCPUを用いて構成され、記憶部32に記憶された各種プログラムを読み込むことにより、CSDが発生している可能性を示す脳状態を検知するための各種処理を実行する。プロセッサ33が記憶部32に記憶されたプログラムを実行することにより実現される機能部には、波形データ取得部331と、特徴量算出部332と、イベント抽出部333と、統計処理部334と、判定部335とが含まれる。
【0058】
波形データ取得部331は、硬膜下センサ10により検出され、信号処理部20により信号処理が施されたディジタルの検出信号(波形データ)を取得する。具体的には、脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の波形データを取得する。
【0059】
特徴量算出部332は、波形データ取得部331により取得された波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出する。
【0060】
イベント抽出部333は、特徴量に閾値処理を施すことにより、CSDに伴い波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出する。
【0061】
統計処理部334は、脳の複数箇所に関して抽出された上記イベントの発生タイミングの頻度分布を取得する。
判定部335は、イベントが発生したタイミングの頻度分布に基づいて、CSDが発生したか否かを判定し、判定結果を出力する。
【0062】
操作入力部34は、例えば、調整ツマミ、スイッチ類、キーボード、マウスなどのポインティングデバイス等を含む入力デバイスであり、情報処理装置30に対する命令や情報の入力を受け付ける。
【0063】
表示部35は、例えば液晶又は有機EL(エレクトロルミネッセンス)によって形成された表示パネル及び駆動部を含むディスプレイであり、情報処理装置30の制御の下で、各種波形データや、CSDが発生したか否かの判定結果等を表示する。
【0064】
(皮質広汎性脱分極の検知方法の詳細)
以下、皮質広汎性脱分極の検知方法の各ステップを、実施例を参照しながら詳細に説明する。本実施例においては、脳表の6箇所において計測された皮質脳波(ECoG)の直流成分を生体情報として用いた。
【0065】
(第1の実施例)
(1)波形データの取得
まず、脳波の直流成分を示す波形データを取得する。直流成分は、脳波の検出信号に対して1Hzよりも高い周波数を遮断するローパスフィルタ処理を施すことにより取得することができる。
【0066】
図5は、皮質脳波の直流成分の波形を示すグラフである。図5において、縦軸は電圧(mV)を示している。また、横軸は時系列に取得されたデータのサンプル番号を示し、時間軸に相当する。図5に示すグラフは、サンプリング周波数を200Hzとして取得されたものであり、約6時間分のデータに相当する。図5に示す矢印は、本願発明者がマニュアルで抽出したCSDに伴うネガティブDCシフトの発生タイミングを示す。
【0067】
(2)特徴量の算出
続いて、脳波の直流成分に対し、所定の時間間隔で設定されたウィンドウごとに特徴量を算出する。ウィンドウの幅は、0.5分より長く10分未満とすることが好ましく、1分以上5分以下とすることがより好ましい。また、ウィンドウは、隣接するウィンドウとの間で一部がオーバーラップするように設定しても良い。
【0068】
この際、各ウィンドウに含まれる波形データに対し、0.001Hz~0.0025Hz近傍の遮断周波数によるハイパスフィルタ処理を施しても良い。ここで、ハイパスフィルタ処理を施すのは、脳波の直流成分のままであると基線が大きく揺らぎ、100mV以上の大きな電位の変動も生じ得るため、脳神経生理学的に意義が少ないと考えられる信号を予め除去するためである。なお、ハイパスフィルタ処理は、ウィンドウごとに実行しても良いし、波形データ全体に対して行っても良い。また、脳波の波形データから直流成分を抽出するためのローパスフィルタ処理と、エンベロープを一定にするためのハイパスフィルタ処理とを同時に行っても良い。
【0069】
図6は、図5に示す波形に対し、0.0025Hz以下の周波数成分を遮断するハイパスフィルタ処理を施すことにより得られた波形を示すグラフである。図6に示す矢印は、図5と同様、ネガティブDCシフトの発生タイミングを示す。
【0070】
特徴量としては、順列エントロピー又はパワー密度を用いることが好ましい。
ここで、順列エントロピーとは、隣接する値の比較に基づく時系列の複雑さを表すパラメータである(参考:Bandt、他著「Permutation Entropy: A Natural Complexity Measure for Time Series」、PHYSICAL REVIEW LETTERS, VOLUME 88, NUMBER 17, 29 APRIL 2002, P. 174102-1 to P. 174102-4)。
【0071】
順列エントロピーは、各種順列の存在確率p(π)をシャノンエントロピーに適用することで、次式(1)によって求めることができる。
【数1】
【0072】
式(1)において、符号πは、n次の順列(n≧2)の種類を表す。例えば、n=2の場合、時系列で隣接する2つのデータ値{x1,x2}における順列の種類は、増加(x1<x2)と減少(x1>x2)の2種類である。また、n=3の場合、時系列で隣接する3つのデータ値{x1,x2,x3}における順列の種類は、x1<x2<x3,x1<x2>x3(ただしx1<x3),x1<x2>x3(ただしx1>x3),x1>x2<x3(ただしx1<x3),x1>x2<x3(ただしx1>x3),x1>x2>x3の6種類である。したがって、πはn!種類の順列を取りうる。
【0073】
また、符号p(π)は、時系列のデータ{xtt=1,...,Tにおいて、π種類のうちの各種の順列が存在している確率であり、概念的には次式(2)で表すことができる。
【数2】
【0074】
図7は、図6に示す波形に基づいて算出された順列エントロピーを示すグラフである。図7において、縦軸は順列エントロピーの値を示す。また、横軸は時系列のサンプル番号を示し、時間軸に相当する。図7においては、本願発明者がマニュアルで抽出したCSDに伴うネガティブDCシフトの発生タイミング(図5の矢印参照)に対応するデータを「◇」で示している。図7に示すように、ネガティブDCシフトが発生しているときの順列エントロピーのほとんどは、ネガティブDCシフトが発生していないときの順列エントロピーと比べて低めの値に集中している。これより、特徴量として順列エントロピーを用いる場合、ネガティブDCシフトに対応するデータをそれ以外のデータから容易に分離して抽出できることがわかる。
【0075】
また、特徴量としてパワー密度を用いることもできる。パワー密度とは、振幅の2乗の時間平均値である。図8は、図6に示す波形に基づいて算出されたパワー密度を示すグラフである。図8において、縦軸はパワー密度の値を示し、横軸は時系列のサンプル番号を示す。図8においても、本願発明者がマニュアルで抽出したCSDに伴うネガティブDCシフトの発生タイミングに対応するデータを「◇」で示している。図8に示すように、ネガティブDCシフトが発生していないときのパワー密度は、概ね、低めの値に集中している。これに対し、ネガティブDCシフトが発生しているときのパワー密度は、ある程度高めの値に分散している。これより、特徴量としてパワー密度を用いる場合にも、ネガティブDCシフトに対応するデータをそれ以外のデータから容易に分離して抽出できることがわかる。
【0076】
比較例として、別の特徴量を算出した例を図9図12に示す。図9は、図6に示す波形に基づいて算出された振幅の時間変化を示すグラフである。図10は、図6に示す波形に基づいて算出された周波数の時間変化を示すグラフである。図11は、図6に示す波形に基づいて算出された実効周波数の時間変化を示すグラフである。図12は、図6に示す波形に基づいて算出されたサンプルエントロピーを示すグラフである。図9図12において縦軸は各特徴量の値を示す。横軸は時系列のサンプル番号を示し、時間軸に相当する。また、図7及び図8と同様、CSDに伴うネガティブDCシフトの発生タイミングに対応するデータを「◇」で示している。
【0077】
図9図12のいずれにおいても、ネガティブDCシフトに対応するデータと、それ以外のデータとが混在している。そのため、特徴量として振幅、周波数、実効周波数、サンプルエントロピーを用いる場合、ネガティブDCシフトに対応するデータをそれ以外のデータから分離して抽出することは困難であることがわかる。
【0078】
図13は、図5に示す波形に基づいて算出された各種特徴量を示すグラフである。図13に示す一点鎖線は、本願発明者がマニュアルで抽出したCSDに伴うネガティブDCシフトの発生タイミング(図5及び図6の矢印参照)を示す。図13に示すように、順列エントロピー(Permutation Entropy)及びパワー密度(Power Density)においては、負のピーク(谷)又は正のピークが、ネガティブDCシフトの発生タイミングと良く一致している。これに対し、振幅(Amplitude Modulation)、周波数(Frequency Modulation)、実効周波数(RMS Frequency)、及びサンプルエントロピー(Sample Entropy)においては、各種特徴量の変化とネガティブDCシフトの発生タイミングとの間に、有意な相関は見られない。これらのグラフからも、ネガティブDCシフトの検出にあたっては、順列エントロピー及びパワー密度を特徴量として用いることが有効であることがわかる。
【0079】
(3)イベントが発生したタイミングの抽出
続いて、算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、CSDに伴うイベントとして、ネガティブDCシフトが発生したタイミングを抽出する。閾値処理は、特徴量に応じて適宜設定される。
【0080】
例えば、特徴量が順列エントロピーである場合、図13に示すように、順列エントロピーにおける負のピーク(谷)は、ネガティブDCシフトの発生タイミングと良く一致している。そのため、閾値を下回る負のピークを、イベントが発生したタイミングとして抽出することができる。或いは、図7に示すように、ネガティブDCシフトの発生タイミングにおける順列エントロピーは、それ以外のタイミングにおける順列エントロピーに対して、有意に小さい値となる。従って、順列エントロピーが閾値Th以下となるタイミングを抽出しても良い。
【0081】
また、特徴量がパワー密度である場合、図13に示すように、パワー密度における正のピークは、ネガティブDCシフトの発生タイミングと良く一致している。そのため、閾値を超える正のピークを、イベントが発生したタイミングとして抽出することができる。或いは、図8に示すように、ネガティブDCシフトの発生タイミングにおけるパワー密度は、それ以外のタイミングにおけるパワー密度に対して、有意に大きい値となる。従って、順列エントロピーが閾値Th以上となるタイミングを抽出しても良い。
【0082】
図14は、皮質脳波の直流成分を6チャンネルにわたって計測した波形を示すグラフである。図15は、図14に示す波形に対して、遮断周波数0.0025Hzのハイパスフィルタ処理を施すことにより得られた波形を示すグラフである。図16は、図15に示す波形に基づいて算出された特徴量(順列エントロピー)を示すグラフである。図17は、図16に示す特徴量に基づいて抽出されたイベント(ネガティブDCシフト)のタイミングを示すグラフである。図18は、抽出されたイベントのタイミングをラスタ表示で示すグラフである。図16図18において、横軸は、波形にウィンドウを設定することにより算出された特徴量のデータ番号を示し、時間軸に相当する。図16及び図17において、縦軸は特徴量の値を示す。図17において「△」で示す箇所が、イベントとして抽出された箇所である。
【0083】
(4)統計処理
次に、脳の複数箇所の各々に関してイベントが抽出されたタイミングの頻度分布を取得する。図19は、図18に示すチャンネル1~6において抽出されたイベントのタイミングの頻度分布を示すヒストグラムである。図20は、図19に示すヒストグラムをスムージングしたグラフである。図19及び図20において、横軸は、特徴量のデータ番号を示し、時間軸に相当する。
【0084】
(5)判定
続いて、イベントが発生したタイミングの頻度分布に基づいて、CSDが発生したか否かを判定する。
【0085】
上述したように、CSDは脳灰白質において神経及びグリア細胞の脱分極がゆっくりと伝搬する現象である。そのため、CSDが発生すると、脳の異なる位置においてネガティブDCシフトが時間差を伴って観察される。そこで、脳の複数箇所において観察されたネガティブDCシフトのタイミングの頻度分布を解析することで、観察されたネガティブDCシフトがCSDに起因するものであるか否かを判定することができる。
【0086】
具体的には、頻度分布において、所定の閾値Th1以上のピークが見られるタイミング近傍において、CSDが発生したと判定することができる。ただし、頻度分布におけるピークが所定の閾値Th2(Th2>Th1)を超える場合、即ち、複数箇所(チャンネル1~6)においてネガティブDCシフトがほぼ同時に観察された場合、これらのネガティブDCシフトは、CSDに起因するものではないと考えられる。従って、頻度分布において、閾値Th1を超えるピークのうち、閾値Th2を超えるピークを除去した結果を、CSDの発生タイミングとして判定することがより好ましい。
【0087】
図21は、図20に示すグラフから抽出されたCSDの発生タイミングを示すグラフである。図21において、横軸は、特徴量のデータ番号を示し、時間軸に相当する。図21に示す横の破線は閾値(Th)を示し、マーク「▼」は、CSDとして判定された箇所を示す。また、図21に示す縦の実線は、本願発明者がマニュアルで抽出したCSDの起始部を示す。図21に示すように、本実施例においてCSDと判定されたタイミングは、本願発明者がマニュアルで抽出したCSDのタイミングの近傍であることがわかる。
【0088】
以上説明したように、本実施形態によれば、脳波の直流成分の波形データに対して所定の時間間隔でウィンドウを設定し、ウィンドウごとに特徴量を算出し、この特徴量に対して閾値処理を施すことにより、ネガティブDCシフトを迅速且つ自動で検出することができる。従って、このように検出されたネガティブDCシフトに基づいて、CSDの発生を迅速に検知することが可能となる。
【0089】
また、本実施形態によれば、特徴量として順列エントロピー又はパワー密度を用いることにより、ネガティブDCシフトを精度良く抽出することができる。従って、このような特徴量を用いて抽出されたネガティブDCシフトのタイミングに基づいて、CSDが発生したか否かを精度良く検知することが可能となる。
【0090】
また、本実施形態によれば、脳の複数箇所における生体情報から検出されたネガティブDCシフトのタイミングの頻度分布に基づいて、CSDが発生したか否かを自動で且つ確度良く判定することが可能となる。
【0091】
(第2の実施例)
上記第1の実施例においては、脳波の直流成分の波形データを用いてネガティブDCシフトを検出し、CSDの発生を検知することとした。しかしながら、NIRSの原理により計測されるヘモグロビン濃度や、レーザードップラーの原理により計測される脳血流量や、脳温といった生体情報も、CSDが発生すると脳波の直流成分と同様に、データ値が一時的に変化する。そこで、第2の実施例においては、生体情報として、脳波の直流成分に加え、脳温及びヘモグロビン濃度を用いることにより、CSDを検知する例を説明する。
【0092】
図22は、脳温(BrT)、皮質脳波の直流成分(EcoG)、及びヘモグロビン濃度(脱酸素化ヘモグロビン濃度:HHb、酸素化ヘモグロビン濃度:O2Hb、総ヘモグロビン濃度:HbT)を3チャンネルにわたって計測した波形を示すグラフである。また、図23は、図22に示す各波形に対してハイパスフィルタ処理を施すことにより得られた波形を示すグラフである。このうち、皮質脳波の直流成分については遮断周波数を0.0025Hzとし、脳温及び各種ヘモグロビン濃度については遮断周波数を0.001Hzとした。図22及び図23に示す破線は、本願発明者がマニュアルで抽出したCSDに伴うネガティブDCシフトの発生タイミングを示す。図23に示すように、各チャンネルにおける脳温及びヘモグロビン濃度も、脳波の直流成分と同様に、ネガティブDCシフトのタイミング近傍で、値が一時的に変化する挙動が観察される。第2の実施例においては、これらの脳温、皮質脳波の直流成分、及び各種ヘモグロビン濃度の各波形データに対してウィンドウを設定することにより、特徴量を算出した。特徴量としては、順列エントロピーを用いた。そして、算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、各波形データから、CSDに伴うイベント(ネガティブDCシフト等)を抽出した。
【0093】
図24は、図23に示す波形に基づいて抽出されたイベントのタイミング(チャンネル1~15)と、抽出されたタイミングの頻度分布(チャンネル16)と、頻度分布に基づいて判定されたCSDの発生タイミング(チャンネル17)とを示すグラフである。図25は、図24に示す頻度分布(チャンネル16)及びCSDの発生タイミング(チャンネル17)を拡大したグラフである。
【0094】
図24及び図25に示す頻度分布は、図24のチャンネル1~15に示す全てのタイミングを足し合わせることにより求めた。また、図25に示すように、頻度分布において閾値Th1を超えるピークのうち、閾値Th2を超えないピークを、CSDの発生タイミングとして検知した。なお、図24及び図25に示す破線は、本願発明者がマニュアルで抽出したCSDの発生タイミングを示す。
【0095】
図25に示すように、脳温、皮質脳波、及びヘモグロビン濃度の波形データに基づいて検知されたCSDの発生タイミングは、本願発明者がマニュアルで抽出したCSDの発生タイミングと概ね一致していることがわかる。
【0096】
第2の実施例によれば、生体情報として、皮質脳波に加え脳温及びヘモグロビン濃度を用いることによりデータ数を増やすことができるので、CSDを検知する確度を向上させることが可能となる。
【0097】
なお、第2の実施例においては、生体情報として、皮質脳波、脳温、及びヘモグロビン濃度のデータを用いたが、脳温のみ、ヘモグロビン濃度のみ、脳血流量のみ、或いは、脳温とヘモグロビン濃度の組み合わせ、脳温と脳血流量の組み合わせなど、様々な生体情報やそれらの組み合わせでCSDの検知を行うことができる。ただし、生体情報に応じてデータの分解能(オーダー)を適宜選択することが好ましい。
【0098】
本発明は、以上説明した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、他の様々な形で実施することができる。例えば、上記実施形態に示した全構成要素からいくつかの構成要素を除外して形成しても良いし、上記実施形態に示した構成要素を適宜組み合わせて形成しても良い。
【符号の説明】
【0099】
1…検知システム、10…硬膜下センサ、20…信号処理部、30…情報処理装置、31…外部インタフェース、32…記憶部、33…プロセッサ、34…操作入力部、35…表示部、100…基板、101…センサ領域、102…配線領域、104…表面、105…裏面、110…センサ部、111…発光素子、112…受光素子、113…電極、120…温度センサ、130…脳圧センサ、201…頭皮、202…頭蓋骨、203…バーホール、204…硬膜、205…硬膜下腔、206…脳表、321…プログラム記憶部、322…波形データ記憶部、323…閾値記憶部、331…波形データ取得部、332…特徴量算出部、333…イベント抽出部、334…統計処理部、335…判定部
【要約】
【課題】皮質広汎性脱分極が発生している可能性を迅速に検知することができる皮質広汎性脱分極の検知方法等を提供する。
【解決手段】皮質広汎性脱分極の検知方法は、脳波の直流成分と、脳内のヘモグロビン濃度と、脳血流量と、脳温とのうち少なくともいずれかを含む1種類以上の生体情報の時間的な変化を示す波形データを取得する取得ステップと、上記波形データに対して所定の時間間隔で設定されたウィンドウを設定し、該ウィンドウごとに所定の特徴量を算出する特徴量算出ステップと、特徴量算出ステップにおいて算出された特徴量に対して閾値処理を施すことにより、皮質広汎性脱分極に伴い波形データの値が一時的に変化するイベントが発生したタイミングを抽出するイベント抽出ステップと、を含む。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25