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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-28
(45)【発行日】2022-03-08
(54)【発明の名称】無線通信システム及び方法
(51)【国際特許分類】
   H04L 69/14 20220101AFI20220301BHJP
   H04W 4/00 20180101ALI20220301BHJP
   H04W 12/06 20210101ALI20220301BHJP
   H04W 76/10 20180101ALI20220301BHJP
   H04W 80/06 20090101ALI20220301BHJP
【FI】
H04L69/14
H04W4/00 111
H04W12/06
H04W76/10
H04W80/06
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017131013
(22)【出願日】2017-07-04
(65)【公開番号】P2019016849
(43)【公開日】2019-01-31
【審査請求日】2020-06-11
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、総務省、電波資源拡大のための研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】グエン キエン
(72)【発明者】
【氏名】キブリア ミルザ ゴーラン
(72)【発明者】
【氏名】石津 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】児島 史秀
【審査官】佐々木 洋
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0215345(US,A1)
【文献】特開2006-121192(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0153583(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0318484(US,A1)
【文献】特開平08-228192(JP,A)
【文献】特開2011-250142(JP,A)
【文献】特開2014-110639(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04L 69/14
H04W 4/00
H04W 12/06
H04W 76/10
H04W 80/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無線通信端末と、上記無線通信端末とMPTCP(Multi Path Transmission Control Protocol)を利用して無線通信を行う複数の基地局と、上記基地局から接続されているサーバとを有する無線通信システムにおいて、
上記無線通信端末は、当該無線通信端末と各基地局との間に形成される複数の通信回線毎に割り当てられた複数のアドレスを保有し、MPTCPコネクションを確立する際には、認証識別子Aを含むと共に上記サーバに対する接続要求を行うためのSYNパケットを複製した上で、これらを上記各アドレスを介して上記各通信回線へそれぞれ送信し、
上記サーバは、上記各通信回線から送信されてくるSYNパケットをそれぞれ受信し、これに含まれる認証識別子Aに基づいて認証可能か否かを判別し、この認証可能である旨を判別した場合には、認証識別子Bを含むと共に接続を許可するためのSYN-ACKパケットを上記各通信回線を介してそれぞれ上記無線通信端末に返信し、
上記無線通信端末は、最先に受信したSYN-ACKパケットが伝送された通信回線を選択し、これを介して上記サーバに対し、認証識別子Aと認証識別子Bとを含むとともに、接続開始するためのACKパケットを送信し、更に当該通信回線を介して通信を開始すること
を特徴とする無線通信システム。
【請求項2】
上記無線通信端末は、最先に受信したSYN-ACKパケットを除くSYN-ACKパケットを受信した場合には、これが伝送された通信回線について、上記選択した通信回線を介して通信が開始された後に使用開始すること
を特徴とする請求項記載の無線通信システム。
【請求項3】
無線通信端末と、上記無線通信端末とMPTCP(Multi Path Transmission Control Protocol)を利用して無線通信を行う複数の基地局と、上記基地局から接続されているサーバとの間で無線通信を行う無線通信方法において、
上記無線通信端末において、当該無線通信端末と各基地局との間に形成される複数の通信回線毎に割り当てられた複数のアドレスを保有し、MPTCPコネクションを確立する際には、認証識別子Aを含むと共に上記サーバに対する接続要求を行うためのSYNパケットを複製した上で、これらを上記各アドレスを介して上記各通信回線へそれぞれ送信するSYNパケット送信ステップと、
上記サーバは、上記各通信回線から送信されてくるSYNパケットをそれぞれ受信し、これに含まれる認証識別子Aに基づいて認証可能か否かを判別し、この認証可能である旨を判別した場合には、認証識別子Bを含むと共に接続を許可するためのSYN-ACKパケットを上記各通信回線を介してそれぞれ上記無線通信端末に返信するSYN-ACKパケット返信ステップと、
上記無線通信端末は、最先に受信したSYN-ACKパケットが伝送された通信回線を選択し、これを介して上記サーバに対し、認証識別子Aと認証識別子Bとを含むとともに、接続開始するためのACKパケットを送信し、更に当該通信回線を介して通信を開始する通信開始ステップとを有すること
を特徴とする無線通信方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TCP又はMPTCPを利用して無線通信を行う無線通信システム及び方法に関し、特に無線通信開始時の初期化時間を短縮化する上で好適な無線通信システム及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、携帯通信端末から、互いに異なる特性や性能を有する複数の無線アクセスネットワーク(RAN)にアクセスしてこれらを利用するための各種研究が進められている。特にこのようなRAN及びインターネットでは、信頼性の高い通信を実現するために使用されるプロトコルとしてTCPを利用する場合が多い。しかしながら、この通常のTCPでは、通信回線の送信側と受信側に、それぞれ1つのTCP機能を実現する手段(以下、TCP手段と称する。)を有している。このため、通常のTCPであれば、一度に一つの通信回線しか利用することができない。
【0003】
このため、近年においては、MPTCP(Multipath TCP)という手法が提案されている。MPTCPは、インターネットを用いて、端末間や端末-サーバ間で通信する際に、1つのTCPセッションを複数の通信回線やインタフェースを用いて行う技術であり、複数の通信回線(通信経路)を同時に利用することができる。このため、従来のTCPに比べて、通信を高速化したり、無線など不安定な伝送媒体での信頼性を向上させたりすることができる。従って、MPTCPは、スループットを飛躍的に向上させることが可能となる。
【0004】
このようなTCPやMPTCPに基づいて無線通信を行うシステムは、無線通信端末と、この無線通信端末とTCPやMPTCPを利用して無線通信を行う基地局と、基地局から接続されているサーバとを備えている。そして、無線通信端末とサーバとの間で通信リンクを確立する前に、これらの間でデータを送受信することで初期化の処理を行うことになるが、この初期化時間は極力短時間とされていることが望ましい。
【0005】
この通信リンク確立前の初期化時間を短縮化する技術として、例えば非特許文献1に示す開示技術が提案されている。この非特許文献1に示す開示技術は、通信速度は高速化することで初期化時間を短縮化するコンセプトであるが、例えば互いに異なる特性や性能を有するいわゆるマルチRANには適用が困難になる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Ford, C. Raiciu, M. Handley, O. Bonaventure, RFC 6824: TCP Extensions for Multipath Operation with Multiple Addresses
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
いわゆるマルチRANにおいて、初期化時間が長くなる根本的な問題は、接続要求を行うための初期化情報を送信する際においてトランスポートプロトコル自体が柔軟性を持っていないところにある。無線通信端末は、デフォルトゲートウェイとして指定された通信回線を介して初期化情報を送信する必要がある。これはTCPのみならずMPTCPを含む全てのトランスポートプロトコルにおいても同様である。
【0008】
図6は、かかるトランスポートプロトコルの柔軟性の欠如について説明するための図である。この図6は、トランスポートプロトコルとしてTCPを利用する場合の例である。
【0009】
無線通信端末71は、複数の通信回線(ネットワークP1、ネットワークP2)毎に割り当てられた複数のアドレス(アドレスQ1、アドレスQ2)を保有している。無線通信端末71は、アドレスQ1、アドレスQ2の何れかを介してネットワークP1、ネットワークP2の何れかにアクセスすることができる。このとき、デフォルトゲートウェイとして指定されているのがネットワークP1である場合は、仮にネットワークP2からの方が初期化情報を高速に送受信できるとしても、あくまでこのネットワークP1を介して初期化情報を送受信しなければならない。即ち、このトランスポートプロトコルは、デフォルトゲートウェイを介して初期化を行うことが必須となり柔軟性に欠くものとなっている。
【0010】
図6に示す例では、無線通信端末71からサーバ72のアドレスRに向けて、初期化情報としてのSYNパケットをデフォルトゲートウェイとしてのネットワークP1を介して送信する。サーバ72は、かかるSYNパケットを受信し、同じく初期化情報としての接続を許可するためのSYN-ACKパケットをネットワークP1を介して無線通信端末71へ送信する。無線通信端末71は、SYN-ACKパケットを受けてサーバ72対し接続開始するためのACKパケットを送信する。このACKパケットがサーバ72により受信された後に通信が開始されることとなる。
【0011】
図7は、トランスポートプロトコルとしてMPTCPを利用する場合の例である。MPTCPを利用する場合も同様に、デフォルトゲートウェイとして指定されているのがネットワークP1である場合は、無線通信端末71は、当該ネットワークP1を介してSYNパケットを送信する。このSYN+MP_CAPABLEパケット内には認証識別子A(Key-A)が含まれている。
【0012】
サーバ72は、送信されてくるSYN+MP_CAPABLEパケットを受信し、認証識別子B(Key-B)を含むと共に接続を許可するためのSYN-ACK+MP_CAPABLEパケットを無線通信端末71に返信する。無線通信端末71は、SYN-ACK+MP_CAPABLEパケットを受けてサーバ72対し、認証識別子Aと認証識別子Bとを含むとともに、接続開始するためのACK+MP_CAPABLEパケットを送信する。このACK+MP_CAPABLEパケットがサーバ72により受信された後に通信が開始されることとなる。
【0013】
その後、追加パスが発生する都度、この通信回線に参加するための処理動作を実行する。即ち、アドレスQ2に基づくネットワークP2を利用して、SYN+MP_JOINパケット、SYN-ACK+MP_JOINパケット、ACK+MP_JOINパケットを無線通信端末71とサーバ72との間で送受信する。サーバ72はACK+MP_JOINパケットを受領した後、更にサーバ72から無線通信端末71に対してACKを送ることにより、当該無線通信端末71自身が参加可能であることを判別することが可能となる。即ち、このネットワークP2は、あくまでネットワークP1による通信リンク確立後に始めて参加可能となる。このため、ネットワークP1がネットワークP2よりもレイテンシが高い場合、MPTCPのパフォーマンスは悪化してしまう。
【0014】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、互いに異なる特性や性能を有するいわゆるマルチRANにおいて無線通信リンクを確立する際における初期化時間の短縮化を図ることが可能な無線通信システム及び方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
発明に係る無線通信システムは、無線通信端末と、上記無線通信端末とMPTCP(Multi Path Transmission Control Protocol)を利用して無線通信を行う複数の基地局と、上記基地局から接続されているサーバとを有する無線通信システムにおいて、上記無線通信端末は、当該無線通信端末と各基地局との間に形成される複数の通信回線毎に割り当てられた複数のアドレスを保有し、MPTCPコネクションを確立する際には、認証識別子Aを含むと共に上記サーバに対する接続要求を行うためのSYNパケットを複製した上で、これらを上記各アドレスを介して上記各通信回線へそれぞれ送信し、上記サーバは、上記各通信回線から送信されてくるSYNパケットをそれぞれ受信し、これに含まれる認証識別子Aに基づいて認証可能か否かを判別し、この認証可能である旨を判別した場合には、認証識別子Bを含むと共に接続を許可するためのSYN-ACKパケットを上記各通信回線を介してそれぞれ上記無線通信端末に返信し、上記無線通信端末は、最先に受信したSYN-ACKパケットが伝送された通信回線を選択し、これを介して上記サーバに対し、認証識別子Aと認証識別子Bとを含むとともに、接続開始するためのACKパケットを送信し、更に当該通信回線を介して通信を開始することを特徴とする。
【0018】
発明に係る無線通信システムは、第3発明において、上記無線通信端末は、最先に受信したSYN-ACKパケットを除くSYN-ACKパケットを受信した場合には、これが伝送された通信回線について、上記選択した通信回線を介して通信が開始された後に使用開始することを特徴とする。
【0020】
発明に係る無線通信方法は、無線通信端末と、上記無線通信端末とMPTCP(Multi Path Transmission Control Protocol)を利用して無線通信を行う複数の基地局と、上記基地局から接続されているサーバとの間で無線通信を行う無線通信方法において、上記無線通信端末において、当該無線通信端末と各基地局との間に形成される複数の通信回線毎に割り当てられた複数のアドレスを保有し、MPTCPコネクションを確立する際には、認証識別子Aを含むと共に上記サーバに対する接続要求を行うためのSYNパケットを複製した上で、これらを上記各アドレスを介して上記各通信回線へそれぞれ送信するSYNパケット送信ステップと、上記サーバは、上記各通信回線から送信されてくるSYNパケットをそれぞれ受信し、これに含まれる認証識別子Aに基づいて認証可能か否かを判別し、この認証可能である旨を判別した場合には、認証識別子Bを含むと共に接続を許可するためのSYN-ACKパケットを上記各通信回線を介してそれぞれ上記無線通信端末に返信するSYN-ACKパケット返信ステップと、上記無線通信端末は、最先に受信したSYN-ACKパケットが伝送された通信回線を選択し、これを介して上記サーバに対し、認証識別子Aと認証識別子Bとを含むとともに、接続開始するためのACKパケットを送信し、更に当該通信回線を介して通信を開始する通信開始ステップとを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
上述の如き処理動作方法に基づいて3ウェイ・ハンドシェイクに基づいてTCPコネクションやMPTCPコネクションを確立する本発明によれば、デフォルトゲートウェイの指定を行うことなく、最も通信遅延の短い通信回線を介して初期化処理を行う。換言すれば、本発明によれば、最良の利用可能なパスを介してTCPコネクションやMPTCPコネクションを確立することができる。これにより、仮にデフォルトゲートウェイの通信遅延が長い場合において初期化処理が長時間化してしまうことを防止でき、最も通信遅延の短い通信回線を介して初期化処理が実現できるため、初期化処理を大幅に短縮化することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施形態に係る無線通信システムの構成図である。
図2】実施形態に係る無線通信端末の機能ブロック図である。
図3】実施形態に係る無線通信システムによるTCPを利用した無線通信の動作を示すフローチャートである。
図4】実施形態に係る無線通信システムによるMPTCPを利用した無線通信の動作を示すフローチャートである。
図5】実施形態に係る無線通信端末による実験結果を示す図である。
図6】トランスポートプロトコルの柔軟性の欠如について説明するための図である。
図7】トランスポートプロトコルとしてMPTCPを利用する場合の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本実施形態に係る無線通信システム及び無線通信方法について実施形態を用いて説明するが、本実施形態では、TCPに加え、複数の通信回線で通信を行い、それらを(アプリケーションから見ると)一つのTCPコネクションであるかのように見せる技術であるMPCTP(MultiPath TCP)を利用する。このMPCTPでは、同一宛先に対してTCPコネクション(物理リンクとも称する)を複数の通信回線に対して確立することができ、複数のTCPコネクションを1つに束ねて(アグリゲーション)上位層とのインタフェースを提供する(MPTCPは、トランスポート層の技術)。すなわちMTCTPでは、複数の通信回線を利用してデータ通信しているため、全ての通信回線が切断されない限りTCPのコネクションは維持されるという利点がある。
【0024】
例えば、WiFiで通信中にエリア外に移動した場合、ネットワーク層での接続が一旦失われることになるが、この際に都度、TCPセッションが切断されると、アプリケーションの処理などに支障が生じる虞があるが、MPTCPは、複数の通信回路を同時に利用することで、マルチホーミング(通信経路の冗長性確保や負荷分散)を実現しているため、このような問題が生じにくい。さらに、MPTCPは、既存のTCPを拡張する(ヘッダ内のオプションを利用する)ものであるため、既存のファイヤウォールやNATの変更なしに用いることが可能である。
【0025】
MPTCPは、TCPと同様の方法で接続を初期化する(SYN、SUN/ACK、ACKを使用する)。ただし、SYNパケットは、MP_CAPABLEオプションを含んでいる。また、パケットには、チェックサムと暗号の使用のためのいくつかの追加のフラグや、MPTCP接続に後で追加されたサブフローを認証するための認証識別子が含まれている。
【0026】
無線通信端末が、MPTCP対応である場合、それはMP_CAPABLE信号(すなわち、認証キーおよびフラグを有する)を送信する。信号が正常に受信されると、初期化処理が完了する。受信側のサーバがMPTCP対応でない場合、次の進捗状況はTCPと同じである。MPTCP対応のデバイスは、TCPに比べて余分なインタフェースがある場合、MPTCPは、JOINオプション付きの新しいSYNパケットを送信する。フロー確立が成功した場合、データ伝送のために新たなTCPフローが作成され、その結果、デバイスは2つのリンク(例えば、LTEとWiFi)を介して同時にデータを送信する。
【0027】
しかしながら、初期化時間が長くなる根本的な問題は、接続要求を行うための初期化情報を送信する際においてトランスポートプロトコル自体が柔軟性を持っていないところにある。つまり、デフォルトゲートウェイとして指定された通信回線を介して初期化情報を送信する必要があり、その指定されたデフォルトゲートウェイが、他のゲートウェイよりもレイテンシが高い場合、TCPやMPTCPのパフォーマンスは悪化してしまう。
【0028】
本発明者らは、上述した問題点を解決するために、デフォルトゲートウェイの指定を行うことなく、最も通信遅延の短い通信回線を介して初期化処理を行うことで、無線通信開始に至るまでの時間を大幅に短縮することができることを突き止めた。実際には、無線通信端末と各基地局との間に形成される複数の通信回線毎に割り当てられた複数のアドレスを保有し、TCPコネクションを確立する際には、SYNパケットを複製した上で、これらを上記各アドレスを介して各通信回線へそれぞれ送信する。そして、この無線通信端末に最先に受信したSYN-ACKパケットが伝送された通信回線を選択し、これを介してTCP又はMPTCPの通信リンクを確立する。
【0029】
図1は、実施形態に係る無線通信システム1の構成図である。図1に示すように、無線通信システム1は、無線通信端末2と、サーバ3とを備え、無線通信端末2及びサーバ3間は、異なる第1,第2の通信回線6,7(物理リンク)を利用して同時接続可能に構成されている。即ち、無線通信システム1は、互いに異なる特性や性能を有する複数の無線アクセスネットワーク(RAN)を構成するものである。無線通信端末2は、例えば、スマートフォンやタブレット端末、モバイルPC等である。
【0030】
第1の通信回線6は、例えば、3G、4G、LTE(long Term Evolution)等の通信回線である。無線通信端末2とサーバ3とが第1の通信回線6を利用する場合、基地局4を介してデータが送受信される。また、第2の通信回線7は、例えば、WiFi(登録商標)等を利用した通信回線である。無線通信端末2とサーバ3とが第2の通信回線7を利用する場合、基地局5を介してデータが送受信される。即ち、この無線通信端末2は、各基地局4、5との間に形成される複数の通信回線6、7毎に割り当てられた複数のアドレスA1、A2を保有し、当該アドレスA1、A2を介してデータを送受信する。
【0031】
なお、基地局4、5は、いわゆるアンテナを有する局で構成される以外に、アクセスポイント等も含まれる。また、通信回線6、7は、上述した3G、4G、LTE、WiFi(登録商標)等を利用する場合以外にいかなる無線通信が行われるものであってもよい。また以下に説明する例では、この通信回線6、7の2回線が形成される場合を例にとり説明をするが、これに限定されるものではなく、複数の回線が形成されるものであればいかなるものであってもよい。
【0032】
図2は、実施形態に係る無線通信端末2の機能ブロック図である。なお、図2に示す無線通信端末2の機能は、CPU(Central Processing Unit)やMPU(Micro processing Unit)等のプロセッサが、HDDや不揮発性メモリ(例えば、フラッシュメモリ)等の記憶媒体に格納されているプログラムを読み込むことにより実現される。
【0033】
図2に示すように、無線通信端末2は、第1の通信IF(Inter face)21と、第2の通信IF(Inter face)22と、複製処理部24と、記憶部25と、制御部26とを少なくとも備えている。第1の通信IF21は、第1の通信回線6を利用する際に使用されるインタフェースであり、例えば、3G、4G、LTE(long Term Evolution)等の通信方式に対応している。第2の通信IF22は、第2の通信回線7を利用する際に使用されるインタフェースであり、例えば、WiFi(登録商標)等の無線LANの通信方式に対応している。
【0034】
複製処理部24は、当該無線通信端末2から送信すべきSYNパケットの複製等を行う。この複製処理部24において複製されたSYNパケットは、それぞれ第1の通信IF21、第2の通信IF22に対してそれぞれ送られる。
【0035】
記憶部25には、本発明に係る無線通信を実行する上で必要なプログラムが予め記憶されている。制御部26は、記憶部25に記憶されているプログラムを読み出してこれを実行し、また無線通信端末2全体を制御する。
【0036】
図3は、実施形態に係る無線通信端末2によりTCPを利用した無線通信の動作を示すフローチャートである。以下、図1図3を参照して、本実施形態に係る無線通信端末2の動作(無線通信方法)について説明する。
【0037】
先ず通信の要求者としての無線通信端末2は、TCPコネクションを確立する際において、基地局4、5を介してサーバ3に対してSYNパケットを送信する。このとき無線通信端末2は、自身の複製処理部24においてSYNパケットを複製する。無線通信端末2は、複製することで2つのSYN(A1)パケットと、SYN(A2)パケットを得る。無線通信端末2は、SYN(A1)パケットをアドレスA1を介して通信回線6を通じてアドレスBのサーバ3へと送信する。同様に無線通信端末2は、SYN(A2)パケットをアドレスA2を介して通信回線7を通じてアドレスBのサーバ3へと送信する。このとき、従来技術のようにデフォルトゲートウェイの概念を採用することなく、通信回線6、7の両方を利用してそれぞれSYN(A1)パケット、SYN(A2)パケットを送信する。
【0038】
このとき、各通信回線6、7間において通信遅延特性が全く同一である場合よりもむしろ両者間において微差がある場合が殆どである。仮に通信回線7の方が通信回線6よりも通信遅延が短い場合には、通信回線7から送信されるSYN(A2)パケットの方が、SYN(A1)パケットよりも早くサーバ3に到達することになる。そして、SYN(A1)パケットはSYN(A2)パケットに遅れてサーバ3に到着することとなる。
【0039】
サーバ3は、これらSYNパケットを受信した場合には、接続を許可するためのSYN-ACKパケットを生成する。SYN-ACKパケットは、通信要求者としての無線通信端末2に対してその接続を許可するためのパケットである。また、サーバ3は、無線通信端末2との間で無線通信リンクの確立を準備するために、接続用の情報を記憶する領域を割り当てる。
【0040】
サーバ3は、SYN(A1)パケットを受信した場合には、SYN-ACK(A1)パケットを生成し、これを通信回線6を介して無線通信端末2へ返信する。サーバ3は、SYN(A2)パケットを受信した場合には、SYN-ACK(A2)パケットを生成し、これを通信回線6を介して無線通信端末2へ返信する。このとき、SYN(A2)パケットの方が、SYN(A1)パケットよりも早くサーバ3に到達することになるため、SYN-ACK(A2)パケットの方が先にサーバ3から返信され、その後にSYN-ACK(A1)パケットが続くことになる。
【0041】
無線通信端末2は、サーバ3から送信されてきたSYN-ACK(A2)パケットの方を先に受信し、その後にSYN-ACK(A1)パケットを受信することになる。無線通信端末2は、最先に受信したSYN-ACKパケット(A2)が伝送された通信回線7を選択し、これを介してサーバ3に対し接続開始するためのACK(A2)パケットを送信する。その後、当該通信回線7を介して無線通信端末2とサーバ3との間でTCPコネクションを確立し、無線通信を開始する。
【0042】
一方、無線通信端末2は、後からSYN-ACK(A1)パケットの受信を受けて特段制御を行うことなく、これが送信されてくる通信回線6を利用してTCPコネクションを確立することは行わない。即ち、無線通信端末2は、最先に受信したSYN-ACKパケット(A2)を除くSYN-ACKパケット(A1)を受信した場合には、当該SYN-ACKパケット(A1)が伝送された通信回線6へのACKパケットの送信を停止するように制御することになる。
【0043】
上述の如き処理動作方法に基づいて3ウェイ・ハンドシェイクに基づいてTCPコネクションを確立する本発明によれば、デフォルトゲートウェイの指定を行うことなく、最も通信遅延の短い通信回線を介して初期化処理を行う。換言すれば、本発明によれば、最良の利用可能なパスを介してTCPコネクションを確立することができる。これにより、仮にデフォルトゲートウェイの通信遅延が長い場合において初期化処理が長時間化してしまうことを防止でき、最も通信遅延の短い通信回線を介して初期化処理が実現できるため、初期化処理を大幅に短縮化することが可能となる。
【0044】
図4は、実施形態に係る無線通信端末2によりMPTCPを利用した無線通信の動作を示すフローチャートである。以下、図1図2図4を参照して、本実施形態に係る無線通信端末2の動作(無線通信方法)について説明する。
【0045】
先ず通信の要求者としての無線通信端末2は、TCPコネクションを確立する際において、基地局4、5を介してサーバ3に対してSYN+MP_CAPABLE(Key-A)パケットを送信する。このとき無線通信端末2は、自身の複製処理部24においてSYN+MP_CAPABLE(Key-A)を複製する。無線通信端末2は、複製することで2つのSYN(A1)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットと、SYN(A2)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットを得る。ここでKey-Aは、MP_CAPABLE信号における認証キーおよびフラグであり、いわゆる認証識別子Aである。無線通信端末2は、SYN(A1)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットをアドレスA1を介して通信回線6を通じてアドレスBのサーバ3へと送信する。同様に無線通信端末2は、SYN(A2)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットをアドレスA2を介して通信回線7を通じてアドレスBのサーバ3へと送信する。このとき、従来技術のようにデフォルトゲートウェイの概念を採用することなく、通信回線6、7の両方を利用してそれぞれSYN(A1)+MP_CAPABLE(Key-A)パケット、SYN(A2)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットを送信する。
【0046】
このとき、各通信回線6、7間において通信遅延特性が全く同一である場合よりもむしろ両者間において微差がある場合が殆どである。仮に通信回線7の方が通信回線6よりも通信遅延が短い場合には、通信回線7から送信されるSYN(A2)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットの方が、SYN(A1)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットよりも早くサーバ3に到達することになる。そして、SYN(A1)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットはSYN(A2)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットに遅れてサーバ3に到着することとなる。
【0047】
サーバ3は、これらSYN+MP_CAPABLE(Key-A)パケットを受信した場合には、認証識別子Aに基づいて認証可能か否かを判別し、この認証可能である旨を判別した場合には、認証識別子Bを含むと共に接続を許可するためのSYN-ACK+MP_CAPABLE(Key-B)パケットを生成する。SYN-ACK+MP_CAPABLE(Key-B)パケットは、通信要求者としての無線通信端末2に対してその接続を許可するためのパケットである。ここでKey-Bは、MP_CAPABLE信号における認証キーおよびフラグであり、いわゆる認証識別子Bである。また、サーバ3は、無線通信端末2との間で無線通信リンクの確立を準備するために、接続用の情報を記憶する領域を割り当てる。
【0048】
サーバ3は、SYN(A1)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットを受信した場合には、SYN-ACK(A1)+MP_CAPABLE(Key-B)パケットを生成し、これを通信回線6を介して無線通信端末2へ返信する。サーバ3は、SYN(A2)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットを受信した場合には、SYN-ACK(A2)+MP_CAPABLE(Key-B)パケットを生成し、これを通信回線6を介して無線通信端末2へ返信する。このとき、SYN(A2)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットの方が、SYN(A1)+MP_CAPABLE(Key-A)パケットよりも早くサーバ3に到達することになるため、SYN-ACK(A2)+MP_CAPABLE(Key-B)パケットの方が先にサーバ3から返信され、その後にSYN-ACK(A1)+MP_CAPABLE(Key-B)パケットが続くことになる。
【0049】
無線通信端末2は、サーバ3から送信されてきたSYN-ACK(A2)+MP_CAPABLE(Key-B)パケットの方を先に受信し、その後にSYN-ACK(A1)+MP_CAPABLE(Key-B)パケットを受信することになる。無線通信端末2は、最先に受信したSYN-ACKパケット(A2)+MP_CAPABLE(Key-B)が伝送された通信回線7を選択し、これを介してサーバ3に対し接続開始するためのACK(A2)+MP_CAPABLE(Key-A,Key-B)パケットを送信する。ACK(A2)+MP_CAPABLE(Key-A,Key-B)パケットは、認証識別子Aと認証識別子Bの双方を含む。その後、当該通信回線7を介して無線通信端末2とサーバ3との間でTCPコネクションを確立し、無線通信を開始する。
【0050】
一方、無線通信端末2は、後からSYN-ACK(A1)+MP_CAPABLE(Key-B)パケットの受信を受け、ACK(A1)+MP_CAPABLE(Key-A,Key-B)パケットをサーバ3に対して送信し、更にサーバ3から無線通信端末2に対してACK(A1)を送ることにより、通信回線6もMPTCPコネクション参加可能であることを判別することが可能となる。この通信回線6は、選択された通信回線7を介して通信が開始された後に使用開始可能となる。
【0051】
即ち、最先に受信したSYN-ACKパケットを除くSYN-ACKパケットを受信した場合には、これが伝送された通信回線について、上記選択した通信回線を介して通信が開始された後に使用開始することになる。
【0052】
上述の如き処理動作方法に基づいて3ウェイ・ハンドシェイクに基づいてMPTCPコネクションを確立する本発明によれば、デフォルトゲートウェイの指定を行うことなく、最も通信遅延の短い通信回線を介して初期化処理を行う。これにより、仮にデフォルトゲートウェイの通信遅延が長い場合において初期化処理が長時間化してしまうことを防止でき、最も通信遅延の短い通信回線を介して初期化処理が実現できるため、初期化処理を大幅に短縮化することが可能となる。
【実施例
【0053】
図5は、実施形態に係る無線通信端末による実験結果を示す図である。以下、図5を参照して、本実施形態に係る無線通信端末の実験結果について説明する。なお、本実施例では、図1を参照して説明した無線通信端末2及びサーバ3に相当するモバイルデバイスとサーバを用意し、通信回線として通信回線6及び通信回線7を同時利用する場合を想定する。通信回線6の短時間当たりのデータ通信量であるスループット(Mbps:Megabyte per second)は100Mbpsであり、一方向遅延は10~500msまで変化する。また通信回線7は、10msの遅延で同じ帯域幅を有する。各処理動作では、各通信回線6、7に片道遅延として10%のジッタを追加する。
【0054】
本実施例では、上述した図4に示すMPTCPの処理化フローに従って処理動作を実行する本発明例と、従来における図7に示すように、デフォルトゲートウェイとして指定された通信回線6を介して初期化処理を実行する比較例についてそれぞれ性能比較を行う。性能比較では、本発明例、比較例それぞれについて3MBのファイルをダウンロードした場合におけるダウンロード時間をそれぞれ計測した。
【0055】
ダウンロード時間の計測結果を図5に示す。この図5では、横軸を通信回線6における片道遅延時間(ms)とし、縦軸はダウンロード時間(ms)としている。この図5に示すように本発明例は、比較例と比べてダウンロード時間が大幅に短縮されていることが示されている。このため、本発明に基づいて初期化処理を実行することにより初期化時間を短縮化させることができることを実験的に裏付けることができた。
【符号の説明】
【0056】
1 無線通信システム
2 無線通信端末
3 サーバ
4、5 基地局
6、7 通信回線
24 複製処理部
25 記憶部
26 制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7