(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-28
(45)【発行日】2022-03-08
(54)【発明の名称】曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220301BHJP
C22C 38/32 20060101ALI20220301BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20220301BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20220301BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/00 301A
C22C38/32
C21D9/46 T
C21D8/02 A
(21)【出願番号】P 2020533109
(86)(22)【出願日】2018-11-22
(86)【国際出願番号】 KR2018014462
(87)【国際公開番号】W WO2019124776
(87)【国際公開日】2019-06-27
【審査請求日】2020-06-16
(31)【優先権主張番号】10-2017-0178826
(32)【優先日】2017-12-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコ
【氏名又は名称原語表記】POSCO
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【氏名又は名称】原 裕子
(72)【発明者】
【氏名】キム、 スン―イル
(72)【発明者】
【氏名】カン、 ヒ―スン
(72)【発明者】
【氏名】タク、 ヒュン-ソク
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/142285(WO,A1)
【文献】特開2014-037589(JP,A)
【文献】特開2015-190015(JP,A)
【文献】特開2011-179030(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 ー 38/60
C21D 9/46
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.01~0.5%、Mn:0.8~1.5%、Al:0.01~0.1%、Cr:0.3~1.2%、Mo:0.001~0.5%、P:0.001~0.01%、S:0.001~0.01%、N:0.001~0.01%、Nb:0.001~0.06%、Ti:0.005~0.03%、V:0.001~0.2%、B:0.0003~0.003%、残部Fe及びその他の不可避不純物
からなり、
下記関係式1で表されるC、Mn、Cr、及びMoの含有量の関係(T)が1.0~2.5を満たし、
表層部領域(表層から厚さ方向にt/9(ここで、tは
熱延鋼板の厚さ(mm)を意味する)の領域)の微細組織が、面積分率
5~20%のフェライト及び
面積分率10~30%の焼戻しベイナイト複合組織と、
面積分率50~85%の焼戻しマルテンサイトと含み、残部として残留オーステナイト
を含み、
中心部領域(厚さ方向にt/4~t/2の領域)の微細組織が、面積分率80%以上の焼戻しマルテンサイトと、残部として残留オーステナイト、ベイナイト、焼戻しベイナイト、及びフェライトのうち1種以上を含む、曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板。
[関係式1]
T=
C+{
Mn/(0.85
Cr+1.3
Mo)}
(ここで、C、Mn、Cr、Moは各元素の重量含有量を意味する。)
【請求項2】
前記表層部領域の平均硬度値が前記中心部領域の平均硬度値よりも20~80Hv低い、請求項1に記載の曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項3】
前記熱延鋼板は、降伏強度が900MPa以上、-60℃におけるシャルピー衝撃靭性が30J以上、及び曲げ性指数(R/t)が4以下である、請求項1
又は2に記載の曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項4】
前記熱延鋼板は3~10mmの厚さ
(t)を有する、請求項1
から3のいずれか1項に記載の曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項5】
重量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.01~0.5%、Mn:0.8~1.5%、Al:0.01~0.1%、Cr:0.3~1.2%、Mo:0.001~0.5%、P:0.001~0.01%、S:0.001~0.01%、N:0.001~0.01%、Nb:0.001~0.06%、Ti:0.005~0.03%、V:0.001~0.2%、B:0.0003~0.003%、残部Fe及びその他の不可避不純物
からなり、下記関係式1で表されるC、Mn、Cr、及びMoの含有量の関係(T)が1.0~2.5を満たす鋼スラブを1200~1350℃の温度範囲で再加熱する段階と、
前記再加熱された鋼スラブを850~1150℃の温度範囲で仕上げ熱間圧延して熱延鋼板を製造する段階と、
前記仕上げ熱間圧延後の熱延鋼板を500~700℃の温度範囲まで10~70℃/sの冷却速度で冷却する段階と、
前記冷却後、500~700℃の温度範囲で巻取る段階と、
前記巻取後、350~500℃の温度範囲で補熱又は加熱する第1熱処理段階と、
前記第1熱処理後、0.001~10℃/sの冷却速度で常温まで冷却する第1冷却段階と、
前記第1冷却後、850~1000℃の温度範囲で再加熱して、10~60分間維持する第2熱処理段階と、
前記第2熱処理後、10~100℃/sの冷却速度で0~100℃まで冷却する第2冷却段階と、
前記第2冷却後、100~500℃の温度範囲で再加熱して、10~60分間熱処理する第3熱処理段階と、
前記第3熱処理後、0.001~100℃/sの冷却速度で0~100℃まで冷却する第3冷却段階と、
を含
み、
前記第1熱処理段階は、下記関係式2で表されるR1の値が78~85を満たす条件で行い、
前記第2熱処理段階は、下記関係式3で表されるR2の値が120~130を満たす条件で行う、
請求項1から4のいずれか1項に記載の曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
[関係式1]
T=
C+
{Mn/(0.85
Cr+1.3
Mo)
}
(ここで、C、Mn、Cr、Moは各元素の重量含有量を意味する。)
[関係式2]
R1=Exp(-Q1/([T1]+273))×(25[t’]
0.2
)
(ここで、Q1=450+(122C)+(66Mn)+(42Cr)+(72Mo)-(52Si)、T1はコイルの外巻部温度(℃)、t’は維持時間(sec)である。)
[関係式3]
R2=Exp(-Q2/([T2]+273))×(108[t’’]
0.13
)
(ここで、Q2=860+(122C)+(66Mn)+(42Cr)+(72Mo)-(52Si)、T2は板材の表面温度(℃)であり、t’’は維持時間(sec)である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重装備や商用車などの素材として用いられる熱延鋼板に関し、より詳細には、曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、重装備のブームアーム(boom arm)用の素材として用いるための熱延鋼板は、溶接性及び衝撃性の向上のためにCu、Ni、Mo、Nb、Tiなどの合金成分を活用し、高い冷却速度で常温まで冷却することにより、マルテンサイト相を基地組織として有する高強度鋼を製造するか、又は曲げ性及び衝撃性を向上させようとする場合には、ベイナイト相を基地組織として有するように製造している。
【0003】
一例として、特許文献1では、Cu、Ni、及びMoを添加して960MPa以上の降伏強度を確保するとともに、耐衝撃性及び溶接性を確保しようとしている。ところが、多量の合金元素の添加により、硬化能が向上して高強度の確保は容易であったが、曲げ性を向上させることが難しく、製造原価が上昇するという問題がある。
【0004】
特許文献2の場合には、厚さが厚い熱延鋼板を製造するにあたり、Ti、Nbなどを適量添加し、表層部及び深層部の冷却速度をそれぞれ制御して表層部及び深層部の微細組織を異ならせて形成することにより、厚鋼板の物性を向上させようとしている。しかし、この方法には、厚さが薄い鋼板に適用するには限界があるという欠点がある。
【0005】
特許文献3では、ベイナイト基地組織を得るために、低炭素鋼にMn、Cr、Ni、及びMoなどの合金成分を特定の範囲に制限し、高降伏比及び曲げ性の向上を図っている。しかし、この場合、安定したベイナイト組織の確保のために多量の合金元素が必要であり、冷却停止温度の制御が困難となって、材質や曲げ性などに偏差が発生する可能性が大きく、形状品質も劣化するという問題がある。
【0006】
特許文献4には、熱延鋼板の微細組織をベイナイト-マルテンサイトに製造するために合金元素を特定の範囲に制限し、巻取温度を400℃以下又は250℃以下に制御する方法が開示されている。しかし、この場合にも、熱間圧延後に冷却を介して正確な巻取温度を制御することが難しく、形状品質が劣化するという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】欧州公開特許第2646582号公報
【文献】特開2010-196163号公報
【文献】米国公開特許第2016-0333440号公報
【文献】米国登録特許第7699947号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、高強度を有しながらも、曲げ成形性及び低温域耐衝撃性に優れた熱延鋼板及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一側面は、重量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.01~0.5%、Mn:0.8~1.5%、Al:0.01~0.1%、Cr:0.3~1.2%、Mo:0.001~0.5%、P:0.001~0.01%、S:0.001~0.01%、N:0.001~0.01%、Nb:0.001~0.06%、Ti:0.005~0.03%、V:0.001~0.2%、B:0.0003~0.003%、残部Fe及びその他の不可避不純物を含み、下記関係式1で表されるC、Mn、Cr、及びMoの含有量の関係(T)が1.0~2.5を満たし、表層部領域(表層から厚さ方向にt/9(ここで、tは厚さ(mm)を意味する)の領域)の微細組織が、面積分率15%以上のフェライト及び焼戻しベイナイト複合組織と、残部として残留オーステナイト及び焼戻しマルテンサイトのうち1種以上を含み、上記表層部領域を除いた中心部領域の微細組織が、面積分率80%以上の焼戻しマルテンサイトと、残部として残留オーステナイト、ベイナイト、焼戻しベイナイト、及びフェライトのうち1種以上を含む曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板を提供する。
[関係式1]
T=C+{Mn/(0.85Cr+1.3Mo)}
(ここで、C、Mn、Cr、Moは各元素の重量含有量を意味する。)
【0010】
本発明の他の一側面は、上述した合金組成及び関係式1を満たす鋼スラブを1200~1350℃の温度範囲で再加熱する段階と、上記再加熱された鋼スラブを850~1150℃の温度範囲で仕上げ熱間圧延して熱延鋼板を製造する段階と、上記仕上げ熱間圧延後、熱延鋼板を500~700℃の温度範囲まで10~70℃/sの冷却速度で冷却する段階と、上記冷却後、500~700℃の温度範囲で巻取る段階と、上記巻取後、350~500℃の温度範囲で補熱又は加熱する第1熱処理段階と、上記第1熱処理後、0.001~10℃/sの冷却速度で常温まで冷却する第1冷却段階と、上記第1冷却後、850~1000℃の温度範囲で再加熱して10~60分間維持する第2熱処理段階と、上記第2熱処理後、10~100℃/sの冷却速度で0~100℃まで冷却する第2冷却段階と、上記第2冷却後、100~500℃の温度範囲で再加熱して10~60分間熱処理する第3熱処理段階と、上記第3熱処理後、0.001~100℃/sの冷却速度で0~100℃まで冷却する第3冷却段階と、を含む曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、厚さごとの硬度偏差が小さく、曲げ性及び低温靭性に優れた熱延鋼板を提供することができる。
【0012】
特に、本発明の熱延鋼板は、降伏強度を900MPa以上、-60℃におけるシャルピー衝撃エネルギーを30J以上、及び曲げ性指数(R/t)を4以下に確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施例による発明鋼及び比較鋼の低温域衝撃靭性と曲げ性の関係をグラフ化して示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、重装備や商用車などの素材として用いるのに適した物性、特に曲げ性及び低温靭性に優れ、材質偏差が小さい熱延鋼板を開発するために深く研究した。
【0015】
その結果、合金組成及び製造条件を最適化して鋼板の厚さごとの硬度を制御し、意図する物性を得るのに有利な組織を有する高強度熱延鋼板を製造することができることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0016】
特に、本発明の技術的意義は、鋼板の厚さ方向を基準に、中心部に比べて表面部でより多くの脱炭を起こすことにより、表面部の組織を軟質相に形成させることで中心部に比べて表面部の硬度を下げることである。
【0017】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0018】
本発明の一側面による曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板は、C:0.05~0.15%、Si:0.01~0.5%、Mn:0.8~1.5%、Al:0.01~0.1%、Cr:0.3~1.2%、Mo:0.001~0.5%、P:0.001~0.01%、S:0.001~0.01%、N:0.001~0.01%、Nb:0.001~0.06%、Ti:0.005~0.03%、V:0.001~0.2%、B:0.0003~0.003%を含むことが好ましい。
【0019】
以下、上記熱延鋼板の合金組成を限定する理由について詳細に説明する。この際、特に言及しない限り、各元素の含有量は重量%を意味する。
【0020】
C:0.05~0.15%
炭素(C)は、鋼を強化させるのに最も経済的且つ効果的な元素である。かかるCの含有量が増加するほど、マルテンサイト又はベイナイト相の分率が増加して引張強度が向上する。
上記Cの含有量が0.05%未満の場合には、鋼の強化効果を十分に得ることが難しい。これに対し、その含有量が0.15%を超えると、熱処理中に粗大な炭化物及び析出物が過度に形成され、成形性及び低温域耐衝撃性が低下し、溶接性が劣化するおそれがある。
したがって、本発明では、上記Cの含有量を0.05~0.15%に制御することが好ましい。より好ましくは、0.07~0.13%に制御することが有利である。
【0021】
Si:0.01~0.5%
シリコン(Si)は、溶鋼を脱酸させ、固溶強化効果により強度を向上させる役割を果たす。また、粗大な炭化物の形成を遅延させて鋼板の成形性及び耐衝撃性を向上させるのに有利である。
かかるSiの含有量が0.01%未満の場合には、炭化物の形成を遅延させる効果が少なく、成形性及び耐衝撃性の向上が不十分である。これに対し、その含有量が0.5%を超えると、熱間圧延時の鋼板表面にSiによる赤スケールが形成されて、鋼板表面の品質が非常に悪くなるだけでなく、溶接性も低下するという問題がある。
したがって、本発明では、上記Siの含有量を0.01~0.5%に制御することが好ましい。より好ましくは、0.05~0.4%に制御するとよい。
【0022】
Mn:0.8~1.5%
マンガン(Mn)は、上記Siと同様に、鋼を固溶強化させるのに効果的な元素である。また、鋼の硬化能を増加させて、熱処理後の冷却中にマルテンサイト相及びベイナイト相の形成を容易にする。
上述した効果を十分に得るために、Mnを0.8%以上含有することが好ましい。但し、その含有量が1.5%を超えると、連続鋳造工程におけるスラブ鋳造時に厚さ中心部において偏析部が大きく発達し、熱処理後の冷却時には厚さ方向に不均一な組織が生成されて低温域耐衝撃性が劣化するという問題がある。
したがって、本発明では、上記Mnの含有量を0.8~1.5%に制御することが好ましい。より有利には、1.0~1.5%に制御することが好ましい。
【0023】
Al:0.01~0.1%
アルミニウム(Al)は、主に脱酸のために添加する成分である。その含有量が0.01%未満の場合には、脱酸効果を十分に得ることができない。これに対し、その含有量が0.1%を超えると、窒素と結合してAlN析出物を形成することにより、連続鋳造時のスラブにコーナークラックが発生しやすくなり、介在物の形成による欠陥も発生しやすくなる。
したがって、本発明では、上記Alの含有量を0.01~0.1%に制御することが好ましい。
【0024】
Cr:0.3~1.2%
クロム(Cr)は、鋼を固溶強化させ、冷却時のフェライト相変態を遅延させてマルテンサイト相及びベイナイト相の形成を助ける役割を果たす。
上述した効果を十分に得るために、Crを0.3%以上添加する必要があるが、その含有量が1.2%を超えると、Mnと同様に、厚さ中心部において偏析部が大きく発達し、厚さ方向に不均一な組織が生成されて低温域耐衝撃性が劣化するという問題がある。
したがって、本発明では、上記Crの含有量を0.3~1.2%に制御することが好ましい。より好ましくは、0.5~1.0%に制御することが有利である。
【0025】
Mo:0.001~0.5%
モリブデン(Mo)は、鋼の硬化能を増加させてマルテンサイト相及びベイナイト相の形成を容易にする。
かかるMoの含有量が0.001%未満の場合には、上述した効果を十分に得ることができず、0.5%を超えると、熱間圧延直後の巻取中に形成された析出物が熱処理中に粗大に成長し、低温域耐衝撃性が劣化するという問題がある。また、高価な元素であるため、その含有量が多すぎる場合には、経済的に不利であり、溶接性にも不利である。
したがって、本発明では、上記Moの含有量を0.001~0.5%に制御することが好ましく、より有利には、0.01~0.3%に制御することが好ましい。
【0026】
P:0.001~0.01%
リン(P)は、固溶強化効果が高い一方で、粒界偏析による脆性を起こし、耐衝撃性を劣化させるおそれがある。
これを考慮して、上記Pの含有量を0.01%以下に制御することが好ましい。但し、上記Pの含有量を0.001%未満に制御するためには、製造コストが多くかかり、経済的に不利である。
したがって、本発明では、上記Pの含有量を0.001~0.01%に制御することが好ましい。
【0027】
S:0.001~0.01%
硫黄(S)は、鋼中に存在する不純物であって、その含有量が0.01%を超えると、Mnなどと結合して非金属介在物を形成する。その結果、鋼の切断加工時に、微細な亀裂が発生しやすく、耐衝撃性を大幅に落とすという問題がある。
かかるSの含有量を0.001%未満に製造するためには、製鋼操業時の時間が多くかかり、生産性が低下するという問題がある。
したがって、本発明では、Sの含有量を0.001~0.01%に制御することが好ましい。
【0028】
N:0.001~0.01%
窒素(N)は、固溶強化元素であり、Ti又はAlなどと結合して粗大な析出物を形成する。上記Nの固溶強化効果は、炭素よりも優れているが、鋼中Nの量が増加するほど靭性が大きく低下するという問題がある。
これを考慮して、Nの含有量を0.01%以下に制御することが好ましい。但し、上記Nの含有量を0.001%未満に制御するためには、製鋼操業時の時間が多くかかり、生産性が低下するという問題がある。
したがって、本発明では、上記Nの含有量を0.001~0.01%に制御することが好ましい。
【0029】
Nb:0.001~0.06%
ニオブ(Nb)は、Ti、Vとともに、代表的な析出強化元素である。具体的には、熱間圧延中に炭化物、窒化物又は炭窒化物の形で析出することにより、再結晶遅延による結晶粒微細化の効果を発揮して、鋼の強度及び衝撃靭性を効果的に向上させる。
上述した効果を十分に得るために、Nbを0.001%以上添加することが好ましいが、その含有量が0.06%を超えると、熱処理中に粗大な複合析出物として成長し、低温域耐衝撃性が劣化するという問題がある。
したがって、本発明では、上記Nbの含有量を0.001~0.06%に制御することが好ましい。
【0030】
Ti:0.005~0.03%
チタン(Ti)は、Nb、Vとともに、代表的な析出強化元素である。特に、上記Tiは、Nとの強い親和力により、鋼中TiNを形成する。TiN析出物は、熱間圧延のための加熱過程中に結晶粒が成長することを抑制するという効果がある。また、TiNの形成により固溶Nが安定して、硬化能を向上させるために添加するBをBNとして消耗しないようにすることで、Bの活用を有利にする。一方、Nと反応して残ったTiは、Cと結合してTiC析出物を形成することにより鋼の強度向上を図る。
上述した効果を十分に得るためには、Tiを0.005%以上添加することが好ましいが、その含有量が0.03%を超えると、粗大なTiNが形成され、熱処理中における析出物の粗大化が原因となって低温域耐衝撃性が劣化するという問題がある。
したがって、本発明では、上記Tiの含有量を0.005~0.03%に制御することが好ましい。
【0031】
V:0.001~0.2%
バナジウム(V)は、Nb、Tiとともに、代表的な析出強化元素である。上記Vは、巻取後に析出物を形成して鋼の強度を向上させるのに効果的である。
上述した効果を得るために、Vを0.001%以上添加することが好ましい。但し、0.2%を超えると、粗大な複合析出物の形成により、低温域耐衝撃性が劣化し、経済的にも不利である。
したがって、本発明では、上記Vの含有量を0.001~0.2%に制御することが好ましい。
【0032】
B:0.0003~0.003%
ボロン(B)は、鋼中に固溶状態で存在する場合には、硬化能を向上させるという効果があり、結晶粒界を安定化させて低温域における鋼の脆性を改善させるという効果がある。
上述した効果を十分に得るためには、Bを0.0003%以上添加することが好ましい。但し、その含有量が0.003%を超えると、熱延中に再結晶挙動を遅延させながら、硬化能が過度に増加して成形性が劣化するという問題がある。
したがって、本発明では、上記Bの含有量を0.0003~0.003%に制御することが好ましい。
【0033】
本発明では、上述した組成範囲で制御されるC、Mn、Cr、及びMoの成分関係が下記関係式1で表され、その値(T)が1.0~2.5を満たすことが好ましい。
[関係式1]
T=[C]+{[Mn]/(0.85[Cr]+1.3[Mo])}
(ここで、C、Mn、Cr、Moは各元素の重量含有量を意味する。)
【0034】
上記関係式1は、鋼板の厚さ中心部で主に形成されるMn、Crなどの偏析に起因する厚さ方向ごとの微細組織と材質の差を最小限にするためのものである。
【0035】
本発明では、C、Mn、Cr、Moの含有量が高いほど、鋼板の微細組織の硬化能が大きく、低い冷却速度でも簡単にマルテンサイト相が形成され、強度の確保に有利である。しかし、C、Mn、Cr、Moは、鋼板の厚さ中心部において局部的に偏析されて中心部の微細組織を不均一にする。結果として、表層部の微細組織と材質が異なるようになって、曲げ成形性及び低温域耐衝撃性が劣化するようになる。したがって、偏析の影響を減少させる必要がある。
【0036】
このために、本発明では、Mnの含有量を減少させ、これに代わってCr、Moを添加することにより、鋼板の厚さごとの材質差を減少させることができ、曲げ成形性及び低温域耐衝撃性を向上させることができる。但し、Cr及びMoは、高価な元素であり、過度に含有される場合には、偏析現象を同一に示すため、上記関係式1によりC、Mn、Cr、Moの含有量を制御するものである。
【0037】
具体的には、上記関係式1の値が1.0未満の場合には、Cr及びMoの含有量が過多となって偏析現象によって曲げ性及び低温域耐衝撃性が劣化し、経済的にも不利である。これに対し、上記関係式1の値が2.5を超えると、Mn及びCの中心部偏析が増加し、同様に曲げ性及び低温域耐衝撃性が劣化するという問題がある。
【0038】
本発明の他の成分は鉄(Fe)である。但し、通常の製造過程では、原料や周囲の環境から意図されない不純物が必然的に混入されることがあるため、これを排除することはできない。これらの不純物は、通常の製造過程における技術者であれば誰でも分かるものであるため、そのすべての内容を具体的に本明細書に記載しない。
【0039】
上述した合金組成及び関係式1を満たす本発明の熱延鋼板は、焼戻しマルテンサイト相を基地組織として含むことが好ましい。
【0040】
より好ましくは、鋼板の厚さごとの硬度差を最小限にするために、上記熱延鋼板の表層部領域は、面積分率15%以上のフェライト及び焼戻しベイナイト複合組織と、残部として残留オーステナイト及び焼戻しマルテンサイトのうち1種以上を含み、上記表層部領域を除いた中心部領域は、面積分率80%以上の焼戻しマルテンサイトと、残部として残留オーステナイト、ベイナイト、焼戻しベイナイト、及びフェライトのうち1種以上を含むことが好ましい。
【0041】
上記表層部領域におけるフェライト及び焼戻しベイナイト複合組織の分率が15%未満の場合には曲げ性が劣化するという問題がある。
【0042】
この際、上記フェライトを面積分率で5~20%、焼戻しベイナイトを面積分率で10~30%含むことができる。より有利には、5~10%のフェライト及び10~20%のベイナイトを含むことができる。
【0043】
上記表層部領域内のフェライト及び焼戻しベイナイト相を除いた残部組織は、残留オーステナイト及び焼戻しマルテンサイトのうち1種以上を含むことが好ましいが、主に焼戻しマルテンサイトを含むことがより好ましい。
【0044】
この際、上記焼戻しマルテンサイトは、面積分率で、50~85%含まれることが有利である。上記焼戻しマルテンサイトの分率が50%未満の場合には、強度の確保が難しく、これに対し、85%を超えると、相対的に軟質相の分率が不十分となって曲げ性が劣化するおそれがある。
【0045】
本発明において、表層部領域とは、表層から厚さ方向にt/9(ここで、tは厚さ(mm)を意味する)までの領域を意味する。
【0046】
上記中心部領域における焼戻しマルテンサイト相の分率が80%未満の場合には、目標レベルの強度を確保することができないため好ましくない。
【0047】
上記中心部領域内の焼戻しマルテンサイト相を除いた残部組織として、残留オーステナイト、ベイナイト、焼戻しベイナイト、及びフェライトのうち1種以上を含むことができるが、主に焼戻しベイナイトを含むことが好ましい。
【0048】
本発明において、中心部領域とは、上記表層部領域を除いた残りの領域を意味し、より好ましくは、熱延鋼板の厚さ方向にt/4~t/2の領域に限定することができる。
【0049】
上記のように、表層部領域及び中心部領域内の微細組織として、焼戻しマルテンサイト相を基地組織とし、上記表層部領域内に一定の分率以上に軟質相(フェライト+焼戻しベイナイト)を形成することにより、上記表層部領域と中心部領域の間の硬度差を誘発することができる。
【0050】
好ましくは、上記表層部領域の平均硬度値が、上記中心部領域の平均硬度値よりも20~80Hv低いことが好ましい。より有利には、30~60Hv程度低い硬度値を有することができる。
【0051】
一方、上記中心部は300~400Hvの硬度値を有することができる。
【0052】
さらに、本発明の熱延鋼板は、降伏強度が900MPa以上、曲げ性指数(R/t)が4以下、及び-60℃におけるシャルピー衝撃靭性が30J以上であるため、高強度に加えて、曲げ性及び低温靭性に優れるように確保することができる。
【0053】
上記曲げ性指数のRは、90度曲げ時のパンチのRであり、tは材料の厚さ(mm)を意味する。
【0054】
本発明の熱延鋼板は3~10mmの厚さを有することができる。
【0055】
以下、本発明の他の一側面である曲げ性及び低温靭性に優れた高強度熱延鋼板を製造する方法について詳細に説明する。
【0056】
本発明による高強度熱延鋼板は、本発明で提案する合金組成及び下記関係式1を満たす鋼スラブを[再加熱-熱間圧延-冷却-巻取り]といった一連の工程を経た後、[熱処理-冷却]の工程を段階的に行うことにより製造することができる。
【0057】
以下、上記各工程の条件について詳細に説明する。
【0058】
[鋼スラブ再加熱]
本発明では、熱間圧延を行う前に、鋼スラブを再加熱して均質化処理する工程を行うことが好ましい。この際、1200~1350℃で再加熱工程を行うことが好ましい。
再加熱温度が1200℃未満の場合には析出物が十分に再固溶されず、粗大な析出物及びTiNが残存するという問題がある。これに対し、その温度が1350℃を超えると、オーステナイト結晶粒の異常粒成長によって強度が低下するため好ましくない。
【0059】
[熱間圧延]
上記再加熱された鋼スラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造することが好ましい。この際、850~1150℃の温度範囲で仕上げ熱間圧延を行うことが好ましい。
上記仕上げ熱間圧延時における温度が850℃未満の場合には、再結晶遅延が過度になって延伸された結晶粒が発達し、異方性が激しくなって成形性が低下するという問題がある。これに対し、その温度が1150℃を超えると、鋼板の温度が高くなり、結晶粒サイズが粗大化して、熱延鋼板の表面品質が劣化するという問題がある。
【0060】
[冷却及び巻取]
上記によって製造された熱延鋼板を500~700℃の温度範囲まで10~70℃/sの冷却速度で冷却した後、その温度で巻取ることが好ましい。
この際、冷却終了温度(巻取温度)が500℃未満の場合には、ベイナイト相及びマルテンサイト相が局部的に形成されて圧延板の材質が不均一になり、形状が悪くなるという問題がある。これに対し、その温度が700℃を超えると、粗大なフェライト相が発達し、鋼中硬化能元素の含有量が高い場合には、MA(martensite/austenite constituent)組織が形成されて微細組織が不均一になるという問題がある。
一方、上述した温度範囲で冷却時に、冷却速度が10℃/s未満の場合には、目標温度までの冷却時間が過度になって生産性が低下するという問題がある。これに対し、70℃/sを超えると、ベイナイト相及びマルテンサイト相が局部的に形成されて材質が不均一になり、形状も劣化するという問題がある。
【0061】
[段階的熱処理-冷却]
「第1熱処理工程」
上記した方法によって巻取られたコイルが常温まで冷却される前に、350~500℃の温度範囲で補熱又は加熱する第1熱処理工程を行うことが好ましい。この際、関係式2を満たすように制御することが好ましい。
上記第1熱処理工程は、熱延鋼板の表層部を脱炭するための工程であって、この工程を経ることにより表層部における約100μm深さの領域は、炭素含有量が鋼板厚さのt/4領域の炭素含有量に比べて0.3~0.8倍に減少するようになる。この際、脱炭層の深さは、温度、維持時間、合金成分によって変化し、特に炭素の拡散はMn、Cr、Mo、Siなどの鋼中炭素の活動度及び炭化物の形成に影響を与える合金成分に依存するようになる。
【0062】
そこで、本発明では、下記関係式2で表されるR1の値が78~85を満たすように制御することが好ましい。上記R1の値が78未満の場合には、炭素の拡散が容易ではなく、温度及び維持時間が十分ではないため脱炭効果が不十分になる。一方、R1の値が85を超えても、それ以上脱炭層が増加できず、逆に経済的に不利となる。これは、巻取られたコイルは、その構造が鋼板が積層されている状態であることから、表層に酸化層が形成されると、酸素の流入が制限されて、表層酸化層の形成により時間に応じて脱炭過程が徐々に減少するためである。
【0063】
したがって、第1熱処理時に下記関係式2を満たすように補熱又は加熱を行うことにより熱延鋼板表層部の微細組織を軟質相に形成するのに有利となる。
【0064】
本発明では、上記第1熱処理は、上述の工程によって巻取られたコイル自体で行うことができる。この際、熱処理温度は、巻取られたコイルの外巻部温度、すなわち、巻取られたコイルの最も外側から測定することができる。上記熱処理温度を測定する方法は、特に限定されないが、一例として、接触式温度計などを用いることができる。
[関係式2]
R1=Exp(-Q1/([T1]+273))×(25[t’]0.2)
(ここで、Q1=450+(122[C])+(66[Mn])+(42[Cr])+(72[Mo])-(52[Si])、T1はコイルの外巻部温度(℃)、t’は維持時間(sec)である。)
【0065】
「第1冷却工程」
上記第1熱処理を行った後、常温まで0.001~10℃/sの冷却速度で冷却する第1冷却工程を経ることが好ましい。
上記第1冷却は、自然空冷又は強制冷却で行うことができ、冷却速度に応じた微細組織の変化及び表層部脱炭層の変化はないが、生産性を考慮して0.001~10℃/sで冷却することが好ましい。
【0066】
「第2熱処理工程」
次に、上記第1冷却が完了したコイルを850~1000℃の温度範囲で再加熱する第2熱処理段階を経ることが好ましい。
上記第2熱処理工程は、熱延鋼板の微細組織をオーステナイトに相変態させてから冷却することで、基地組織としてマルテンサイト相を形成させるための工程である。したがって、上記第2熱処理工程は、第1冷却が完了したコイルをせん断した後、850~1000℃の温度範囲で再加熱することが好ましい。
上記再加熱温度が850℃未満の場合には、オーステナイトに変態せずに残留したフェライト相が存在して最終製品の強度が劣化する。これに対し、1000℃を超えると、過度に粗大なオーステナイト相が形成されて、鋼の低温域耐衝撃性が劣化するという問題がある。
【0067】
上述した温度範囲で再加熱した後、その温度で10~60分間維持することが好ましい。この際、維持時間が10分未満の場合には、鋼板の厚さ中心部において未変態されたフェライト相が存在するようになって強度が劣化する。これに対し、60分を超えると、粗大なオーステナイト相が形成されて、鋼の低温域耐衝撃性が劣化する。
【0068】
より好ましくは、上記第2熱処理時における再加熱温度及び維持時間は、下記関係式3を満たすことが好ましい。具体的に、下記関係式3で表されるR2の値が120~130を満たす条件で制御されると、目標とする曲げ性及び低温域耐衝撃性がともに優れるように確保することが可能になる。
[関係式3]
R2=Exp(-Q2/([T2]+273))×(108[t’’]0.13)
(ここで、Q2=860+(122[C])+(66[Mn])+(42[Cr])+(72[Mo])-(52[Si])、T2は板材の表面温度(℃)であり、t’’は維持時間(sec)である。)
【0069】
巻取られたコイルをせん断して再加熱時の鋼板が大気に露出することにより、第1熱処理工程時に形成された表層部脱炭層上に酸化層が追加で形成され、脱炭が進行する。これにより、鋼板内部の炭素の拡散によって鋼板の厚さ(t)方向に表層~t/9領域における平均炭素含有量がt/4~t/2の領域における平均炭素含有量に比べて0.70~0.95倍に減少するようになる。その後、冷却過程における表層部には、マルテンサイトに比べて軟質相であるフェライト及びベイナイト相が形成される。
【0070】
「第2冷却工程」
上記第2熱処理を行った後、10~100℃/sの冷却速度で0~100℃まで冷却する第2冷却工程を経ることが好ましい。
上記第2熱処理後の冷却時における冷却終了温度を100℃以下に制御することにより、熱延鋼板の中心部領域(好ましくは、厚さ方向にt/4~t/2の領域)にマルテンサイト相が面積分率80%以上形成されることができる。したがって、冷却終了温度を、好ましくは0~100℃、より好ましくは、常温~100℃に制御することが好ましい。ここで、常温は15~35℃を意味することができる。
【0071】
また、冷却速度が10℃/s未満の場合には、中心部領域にマルテンサイト相を80%以上形成することが難しくなる。その結果、強度の確保が困難であり、不均一な組織の形成によって鋼の低温域耐衝撃性も劣化するという問題がある。これに対し、100℃/sを超えると、鋼板表層部の微細組織のうちフェライト相及びベイナイト相が十分に形成されないため曲げ性が劣化し、形状品質も劣化する。
【0072】
「第3熱処理工程」
続いて、上記第2冷却が完了した板材を100~500℃の温度範囲で再加熱する第3熱処理段階を経ることが好ましい。
上記第3熱処理段階は焼戻し熱処理段階であって、この過程で、鋼中の固溶炭素が転位に固着されてマルテンサイト相が焼戻しマルテンサイト相に変態することにより、目標とする強度レベルを確保することが可能である。
特に、表層部内に形成されたベイナイト相及びマルテンサイト相がそれぞれ焼戻しベイナイト及び焼戻しマルテンサイト相に形成されて、曲げ特性が向上するという効果を得ることができる。
【0073】
この際、熱処理温度が100℃未満の場合には、焼戻し効果を十分に得ることができなくなる。これに対し、その温度が500℃を超えると、強度が急激に減少し、焼戻し脆性の発生によって鋼の延性及び衝撃性が劣化する。
【0074】
また、上述した温度範囲において、熱処理時における熱処理時間が10分未満の場合には、上述した効果を十分に得ることができず、これに対し、60分を超えると、焼戻しマルテンサイト相で粗大な炭化物が形成されて、強度、延性、及び低温衝撃性の物性がすべて劣化するという問題がある。
【0075】
「第3冷却工程」
上記第3熱処理を行った後、0.001~100℃/sの冷却速度で0~100℃まで冷却する第3冷却工程を経ることが好ましい。
上記した方法によって焼戻し熱処理を行った後、焼戻し脆性を抑制するために、100℃以下に冷却することが好ましい。この際、冷却速度が0.001℃/s未満の場合には、鋼の耐衝撃性が劣化する可能性がある。これに対し、100℃/sを超えると、焼戻し脆性を十分に抑制できないおそれがある。より好ましくは、0.01~50℃/sの冷却速度で行うことができる。
【実施例】
【0076】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。但し、下記実施例は、本発明を例示して、より詳細に説明するためのものにすぎず、本発明の権利範囲を限定するためのものではない点に留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項と、それから合理的に類推される事項によって決定されるものであるためである。
【0077】
(実施例)
下記表1に示した合金組成を有する鋼スラブを製造した後、これを1250℃で再加熱し、下記表2に示した条件で仕上げ圧延して約5mmの熱延鋼板を製造した。次に、これを30℃/sの冷却速度で巻取温度まで冷却してから巻取りすることで熱延コイルを製造した。
【0078】
その後、下記表2に示した条件で段階的熱処理(第1~第3)-冷却(第1~第3)の工程を行って、最終熱延板材を製造した。この際、第1熱処理時における補熱又は加熱温度をコイルの外巻部温度に設定した。上記第1熱処理後の冷却は常温まで行った。また、第2熱処理時における加熱温度は、板材の表面温度を基準に設定した。一方、第2熱処理及び第2冷却工程を完了した後、第3熱処理工程は400℃で10分間行って、その後、平均0.1℃/sの冷却速度で100℃以下まで冷却した。
ここで、巻き取られたコイルの外巻部温度は、上記コイルの最も外側で測定した温度を意味する。
【0079】
上述した工程を経て製造された熱延板材の微細組織を観察するために、ナイタール(Nital)エッチング法でエッチングした後、光学顕微鏡(1000倍率)及び走査型電子顕微鏡(1000倍率)で分析した。この際、残留オーステナイト相はEBSDを用いて1000倍率で測定した。その結果を下記表3に示した。
【0080】
また、それぞれの熱延板材の強度、曲げ性、耐衝撃性、及び硬度を測定し、その結果を下記表4に示した。
【0081】
先ず、降伏強度(YS)、引張強度(TS)、及び伸び率(El)は、0.2%オフセット(off-set)の降伏強度、引張強度、及び破壊伸び率を意味し、JIS5号規格の試験片を圧延方向と垂直した方向に採取して試験した。
【0082】
曲げ性は、圧延方向と垂直した方向から採取した試験片に対して、半径(r)が10、12、15、17、20、22、25mmの上部金型を用いて、90°曲げ試験を行い、亀裂が発生しない最小曲げ半径(r/t)を測定した。
【0083】
耐衝撃性は、試験片の厚さを3.3mmtに製作し、-60℃における衝撃エネルギー(Charpy V-notched Energy)を測定して評価し、3回ずつ行った後の平均値を算出した。
【0084】
硬度は、鋼板の厚さ(t、mm)の方向に表層~t/9地点及びt/4~t/2地点において5回測定した後の平均値を算出し、マイクロビッカース(Micro-Vickers)硬度試験によって測定した。
【0085】
【表1】
(比較鋼3及び7は、合金組成が本発明を満たすものの、下記製造工程の条件を満たしていないため比較鋼として分類した。)
【0086】
【表2】
(表2において、R1は[Exp(-Q1/([T1]+273))×(25[t’]
0.2]の値、R2は[Exp(-Q2/([T2]+273))×(108[t’’]
0.13]の値を意味する。Q1は[450+(122[C])+(66[Mn])+(42[Cr])+(72[Mo])-(52[Si])]の値、Q2は[860+(122[C])+(66[Mn])+(42[Cr])+(72[Mo])-(52[Si])]の値を示したものである。また、R1の計算式において、T1はコイルの外巻部温度(℃)、t’は維持時間(sec)であり、R2の計算式において、T2は板材の表面温度(℃)である。)
【0087】
【表3】
(表3において、T-M:焼戻しマルテンサイト、T-B:焼戻しベイナイト、F:フェライト、R-A:残留オーステナイト相を意味する。)
【0088】
【表4】
(表4において、硬度偏差は中心部領域(t/4~t/2地点)の平均硬度値から表層部領域(表層~t/9点)の平均硬度値を引いた値を示したものである。)
【0089】
上記表1~4に示すように、成分系及び製造条件をすべて満たす発明鋼1~7は、表層部及び中心部の微細組織が焼戻しマルテンサイト相を主相として含み、且つ表層部内に焼戻しベイナイト相及びフェライト相が適切な分率で形成されることにより、目標とする物性をすべて満たすことができた。
【0090】
これに対し、成分系及び製造条件のうち1つ以上が本発明を満たさない比較鋼1~8は、すべての場合において物性が劣化した。
【0091】
具体的には、比較鋼1は、Mnに対するCrの含有量が高く、関係式1を満たさないことから、表層部における焼戻しマルテンサイト相が十分に形成されない上に、焼戻しベイナイト相が過度に形成されて、目標とする強度が確保できず、低温域衝撃靭性の改善効果を得ることができなかった。
【0092】
比較鋼2は、Mnの含有量が過度になって中心部における偏析による微細組織の不均一性が大きく現れ、結果として、低温域衝撃靭性及び曲げ特性が劣化した。
【0093】
比較鋼3は、Mn、Cr、Moなどに比べてSiの含有量が相対的に高く、関係式2を満たさない場合であって、熱処理中の炭素の拡散及び脱炭による表層部の軟質層が十分に形成されたが、硬化能が不足して中心部における焼戻しマルテンサイト相が十分に形成されなかった。その結果、目標レベルの強度を確保することができなかった。
【0094】
比較鋼4は、製造された熱延コイルの第1熱処理時に関係式2を満たすことができず、表層部の脱炭効果が不足しており、結果として、表層部硬度と中心部硬度の差がほとんどなく、曲げ性が劣化した。
【0095】
比較鋼5も同様に、関係式2を満たさないことから、初期の脱炭層が円滑に形成されず、第2熱処理時に関係式3を満たすことができなかった。結果として、表層部におけるフェライト及び焼戻しベイナイト相が十分に形成されず、低温域衝撃靭性及び曲げ性が劣化した。
【0096】
比較鋼6は、関係式3を外れることにより、表層部におけるフェライト相が十分に形成されず、低温域衝撃靭性及び曲げ性が劣化した。
【0097】
比較鋼7は、第2熱処理時における熱処理温度が比較的高すぎて関係式3を満たすことができず、過度な熱処理によって初期のオーステナイト結晶粒が粗大になって低温域衝撃靭性が劣化した。
【0098】
比較鋼8は、関係式1~3をすべて満たさない場合であって、中心部偏析の形成によって中心部の微細組織が不均一になり、表層部におけるフェライト及び焼戻しベイナイト相の分率が十分ではなく、低温域衝撃靭性及び曲げ性がすべて劣化した。
【0099】
図1は上記発明鋼1~7及び比較鋼1~8の低温域衝撃靭性と曲げ性の関係をグラフ化して示したものである。