(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-01
(45)【発行日】2022-03-09
(54)【発明の名称】良好な風香味特性を備える製パン用交雑酵母
(51)【国際特許分類】
C12N 1/18 20060101AFI20220302BHJP
C12N 1/16 20060101ALI20220302BHJP
A21D 8/04 20060101ALI20220302BHJP
A21D 10/00 20060101ALI20220302BHJP
A21D 13/00 20170101ALI20220302BHJP
【FI】
C12N1/18
C12N1/16 G
A21D8/04
A21D10/00
A21D13/00
(21)【出願番号】P 2018010966
(22)【出願日】2018-01-25
【審査請求日】2021-01-21
(31)【優先権主張番号】P 2017157283
(32)【優先日】2017-08-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名:日本食品科学工学会第64回大会事務局 刊行物名:日本食品科学工学会第64回大会講演集 発行年月日:平成29年 8月28日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載年月日:平成29年7月26日 掲載アドレス:https://www.noastec.jp/web/news/files/c0950692f1de61aeb120db6185cbf5be39699f1c.pdf https://www.noastec.jp/web/archive/adoption/files/H29-start.pdf
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名:日本食品科学工学会 第64回大会 開催日:平成29年 8月30日
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02470
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02507
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02508
(73)【特許権者】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人帯広畜産大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000231981
【氏名又は名称】日本甜菜製糖株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097825
【氏名又は名称】松本 久紀
(72)【発明者】
【氏名】小田 有二
(72)【発明者】
【氏名】三雲 大
(72)【発明者】
【氏名】森谷 浩
【審査官】池上 京子
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-526831(JP,A)
【文献】特開平7-143853(JP,A)
【文献】国際公開第2007/117145(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-1/38
A21D 2/00-17/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サッカロマイセス・バヤヌス(Saccharomyces bayanus) B9L3株(NITE P-02507)と、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae) H24U1M株(NITE P-02508)とを交雑することを特徴とする、サッカロマイセス(Saccharomyces)属に属する製パン用酵母の作出方法。
【請求項2】
製パン用酵母サッカロマイセス(Saccharomyces)sp.HB9株(NITE P-02470)。
【請求項3】
請求項2に記載の製パン用酵母を含有するパン生地。
【請求項4】
請求項3に記載のパン生地を発酵させ、その後焼成することを特徴とする、パン類の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製パン用酵母等に関するものである。詳細には、サッカロマイセス・バヤヌスに属する菌株とサッカロマイセス・セレビシエに属する菌株の交雑により作出した、より良好な風香味及び形状のパン類が製造可能な製パン用酵母、当該酵母を使用したパン類の製造方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
製パン工程において製パン用酵母は、パン生地に含まれる糖をエタノールへと変換する際に発生する炭酸ガスで生地を膨張させるとともに、副生成するアルコール、有機酸、エステル等によってパンに特有の風香味を与えている。このような製パン用として入手可能な酵母製品は、20~30℃でのパン生地発酵力という形質で選抜されてきたため、ほとんどすべての菌株はサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に分類されている。
【0003】
エタノール発酵力が強いサッカロマイセス・セレビシエは多くの産業に幅広く利用されているが、特に20~30℃で発酵が行われる製パンに使用されるのは、上記の通り、この温度域での活性が高いサッカロマイセス・セレビシエに限られている。しかしながら、このような選択基準などから、それらの形質は比較的均一であり、これまでにない特徴を有する製パン用酵母を求めるのには限界がある。
【0004】
これまでの製パン用酵母にない性質のひとつとして挙げられるのが、より良好な風香味や形状のパンになるような形質である。例えば、これまでにパンの風香味を改善する方法としては、製造工程の改変(特許文献1)、副原料の種類及び配合の工夫(特許文献2)、発酵風味液の添加(特許文献3)、自然界から分離した新規な酵母菌株の使用(特許文献4)、薬剤耐性を付与した酵母変異株の適用(特許文献5)などがあり、これらは一定の効果はあるとされているが、現状これで十分とは言えない。
【0005】
このような技術背景において、より良好な風香味や形状等のパン類の製造が可能な、これまでにない性質・特徴を有する製パン用酵母等の開発が当業界において求められていた。
【0006】
一方で、醸造産業においては、サッカロマイセス・セレビシエに属する酵母以外に、8~10℃での増殖、発酵が良好なサッカロマイセス・バヤヌス(Saccharomyces bayanus)に属する酵母がビールやワイン等の醸造に使用されることがある。また、市販のワイン醸造用乾燥酵母には、サッカロマイセス・セレビシエとサッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム(Saccharomyces bayanus var. uvarum;サッカロマイセス・ウバルムとも呼ばれる)との交雑株が使用されている製品もあり(非特許文献1)、さらに、サッカロマイセス・バヤヌスとサッカロマイセス・セレビシエの交雑による作出株をワイン醸造に使用すると風味が改善されたという報告もなされている(非特許文献2)。しかしながら、サッカロマイセス・バヤヌスに属する酵母は低温発酵性であるため、中温域の発酵能が必要とされる製パンに使用することは無理という考えが一般的で、これを親株とした交雑株なども含めてこれまでほとんど製パンに試されたことはなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2015-165779号公報
【文献】特開2015-037393号公報
【文献】特開2015-173633号公報
【文献】特開2012-191851号公報
【文献】特開2002-253211号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】International Journal of Food Microbiology,204,101-110,2015
【文献】Applied Microbiology and Biotechnology,99,8597-8609,2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、より良好な風香味や形状等のパン類が製造可能な実用的な製パン用酵母、当該酵母を用いたパン類の製造方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究の結果、サッカロマイセス・バヤヌス(Saccharomyces bayanus) B9L3株と、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae) H24U1M株とを交雑することで、より良好な風香味及び形状のパン類を製造できる実用的な製パン用酵母を取得することができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。
(1)製パン用酵母サッカロマイセスsp. HB9株(NITE P-02470)。
(2)(1)に記載の製パン用酵母を含有するパン生地。
(3)(2)に記載のパン生地を発酵させ(例えば20~30℃、好ましくは27~30℃の温度帯で発酵させ)、その後(発酵終了後)焼成することを特徴とする、パン類の製造方法。
(4)サッカロマイセス・バヤヌス B9L3株(NITE P-02507)と、サッカロマイセス・セレビシエ H24U1M株(NITE P-02508)とを交雑することを特徴とする、サッカロマイセス属に属するより良好な風香味及び形状のパン類が製造可能な製パン用酵母の作出方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、サッカロマイセス・バヤヌス B9L3株と、サッカロマイセス・セレビシエ H24U1M株とを交雑することにより、より良好な風香味及び形状のパン類が製造可能であり且つ実際の製パンに十分使用できる発酵力を有する製パン用酵母菌株を作出でき、当該酵母菌株をパン類製造に用いることで、パン類の高品質化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施例1で行った交雑株取得の工程概略を示す図である。
【
図2】実施例2で行った、HB9株(黒丸印)、NBRC1344株(三角印)、H24株(菱形印)、HP467株(四角印)の各菌株を使用して作成した中種パン生地からの炭酸ガス発生量(ml/5分/20g生地)を示すグラフである。なお、横軸は発酵時間(hr)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明においては、まずワイン醸造用酵母として知られているサッカロマイセス・バヤヌス NBRC1344株のリジン要求性変異株であるB9L3株と、製パン用酵母として知られているサッカロマイセス・セレビシエ H24株のウラシル要求性変異株であるH24U1M株とを交雑する。
【0015】
このリジン要求性変異株B9L3株やウラシル要求性変異株H24U1M株の取得は定法により行えば良く、特段の限定はないが、例えば、UVや化学物質(エチルメタンスルホン酸(EMS)、N-メチル-N-ニトロソグアニジン(NTG)、亜硝酸等)などでNBRC1344株、H24株を変異処理した後に所定の選択培地(リジン要求性変異株の場合はα-アミノアジピン酸含有培地など、ウラシル要求性変異株の場合は5-フルオロオロチン酸含有培地など)で選択する方法などが例示される。そして、これら変異株を用いて希少接合(rare mating)や胞子対細胞接合(spore to cell mating)などにより交雑を行うのが好ましく、希少接合による交雑が特に好ましいが、交雑法についてもこれらに限定されるものではない。なお、希少接合とは、酵母の二倍体栄養細胞中に発生するa接合型細胞又はα接合型細胞と一倍体栄養細胞との交雑により生じた三倍体交雑株を選択する方法を意味し、胞子対細胞接合とは、酵母の胞子(一倍体)と酵母の一倍体栄養細胞との間の異性間の接合により生じた二倍体交雑株を選択する方法を意味する。
【0016】
このようなB9L3株とH24U1M株の交雑により、HB9株などの、より良好な風香味及び形状のパン類を製造できる製パン用酵母交雑株が容易に取得できる。そして、このHB9株は、この交雑により取得できた交雑株の中で極めて有用な製パン用酵母であり、以下に示すような菌学的性質を有する。
【0017】
(A)形態学的性質
YPD液体培地(乾燥酵母エキス1.0%、ハイポリペプトン2.0%、グルコース2.0%)で30℃、1日間培養したときの細胞は球形又は楕円形で、大きさは5~7μm×6~9μmで、多極出芽する。また、YPD寒天平板培地で30℃、1日間培養したときのコロニーは淡褐色で、光沢がある。また、SPO寒天培地(酢酸カリウム1.0%、酵母エキス0.1%、グルコース0.05%、寒天2.0%)上で25℃、14日培養すると胞子形成が認められる。
(B)生理的性質
温度20~37℃で生育する。
(C)糖の発酵性
グルコース:+
ガラクトース:+
スクロース:+
マルトース:+
ラクトース:-
ラフィノース:+
トレハロース:-
メリビオース:+
(D)炭素源の資化性
グルコース:++
ガラクトース:++
L-ソルボース:-
スクロース:++
マルトース:++
セロビオース:-
トレハロース:+
ラクトース:-
メリビオース:-
ラフィノース:+
メレジトース:-
イヌリン:-
可溶性デンプン:-
D-キシロース:-
L-アラビノース:-
D-アラビノース:-
D-リボース:-
L-ラムノース:-
リビトール:-
D-マンニトール:-
グリセロール:+
エタノール:++
α-メチルグルコシド:+
サリシン:-
コハク酸:-
クエン酸:-
ミオイノシトール:-
D-グルコサミン:-
【0018】
また、交雑親株であるB9L3株及びH24U1M株は、以下に示すような菌学的性質を有する。
【0019】
<B9L3株>
(A)形態学的性質
YPD液体培地(乾燥酵母エキス1.0%、ハイポリペプトン2.0%、グルコース2.0%)で30℃、1日間培養したときの細胞は球形又は楕円形で、大きさは6~9μm×4~7μmで、多極出芽する。また、YPD寒天平板培地で30℃、1日間培養したときのコロニーは淡褐色で、光沢がある。また、SPO寒天培地(酢酸カリウム1.0%、酵母エキス0.1%、グルコース0.05%、寒天2.0%)上で25℃、7日培養しても胞子の形成は認められない。
(B)生理的性質
温度20~33℃で生育する。
(C)糖の発酵性
グルコース:+
ガラクトース:-
スクロース:+
マルトース:+
ラクトース:-
ラフィノース:+
トレハロース:-
メリビオース:-
(D)炭素源の資化性
グルコース:+
ガラクトース:-
L-ソルボース:-
スクロース:+
マルトース:+
セロビオース:-
トレハロース:+
ラクトース:-
メリビオース:-
ラフィノース:-
メレジトース:-
イヌリン:-
可溶性デンプン:-
D-キシロース:-
L-アラビノース:-
D-アラビノース:-
D-リボース:-
L-ラムノース:-
リビトール:-
D-マンニトール:-
グリセロール:-
エタノール:-
α-メチルグルコシド:-
サリシン:-
コハク酸:-
クエン酸:-
ミオイノシトール:-
D-グルコサミン:-
【0020】
<H24U1M株>
(A)形態学的性質
YPD液体培地(乾燥酵母エキス1.0%、ハイポリペプトン2.0%、グルコース2.0%)で30℃、1日間培養したときの細胞は球形又は楕円形で、大きさは4~6μm×3~5μmで、多極出芽する。また、YPD寒天平板培地で30℃、1日間培養したときのコロニーは淡褐色で、光沢がある。また、SPO寒天培地(酢酸カリウム1.0%、酵母エキス0.1%、グルコース0.05%、寒天2.0%)上で25℃、7日培養しても胞子の形成は認められない。
(B)生理的性質
温度20~35℃で生育する。
(C)糖の発酵性
グルコース:+
ガラクトース:+
スクロース:+
マルトース:+
ラクトース:-
ラフィノース:+
トレハロース:-
メリビオース:-
(D)炭素源の資化性
グルコース:++
ガラクトース:++
L-ソルボース:-
スクロース:++
マルトース:++
セロビオース:-
トレハロース:+
ラクトース:-
メリビオース:-
ラフィノース:+
メレジトース:+
イヌリン:-
可溶性デンプン:-
D-キシロース:-
L-アラビノース:-
D-アラビノース:-
D-リボース:-
L-ラムノース:-
リビトール:-
D-マンニトール:-
グリセロール:-
エタノール:++
α-メチルグルコシド:-
サリシン:-
コハク酸:-
クエン酸:-
ミオイノシトール:-
D-グルコサミン:-
【0021】
これらHB9株、B9L3株及びH24U1M株は、いずれも独立行政法人製品評価技術基盤機構・特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、HB9株は2017年(平成29年)5月11日付け、B9L3株及びH24U1M株は2017年(平成29年)7月14日付けで寄託されており、その受託番号は、それぞれNITE P-02470、NITE P-02507及びNITE P-02508である。
【0022】
そして、このHB9株などの製パン用酵母交雑株を用いて、小麦粉、水、砂糖、食塩、油脂、酵母等を混捏したパン生地を発酵後、焼成する工程を一気に行うスクラッチ方式などによりパン類製造を行うことができるが、製パン法はこれに限定されるものではない。なお、本発明の製パン用酵母、例えばHB9株は、低温パン生地発酵力(4~27℃程度の温度帯でのパン生地発酵力)も一定程度以上有しているため、低温のパン生地を通常の発酵温度帯(27~30℃程度)まで昇温を行うのと共に(同時並行で)生地の発酵を行い、通常の発酵温度帯に到達してからも必要であれば発酵を継続し、発酵終了後に焼成等を行う工程も可能であり、パン生地が4~27℃の温度帯でも発酵が一定程度以上進み、且つ、その後にパン生地が27~30℃の温度帯となっても十分に発酵が進むため、低温のパン生地を用いるパン類製造の製造時間短縮も可能である。
【0023】
このようにして、優れた低温増殖能を備えるワイン醸造用酵母であるサッカロマイセス・バヤヌスに属する菌株のリジン要求性変異株であるB9L3株と、高いパン生地発酵力等を兼ね備える製パン用酵母であるサッカロマイセス・セレビシエ H24株のウラシル要求性変異株であるH24U1M株との交雑により、より良好な風香味及び形状のパン類が製造可能であり、低温パン生地発酵力も一定程度以上有する実用的な製パン用酵母菌株を作出でき、当該酵母菌株をパン類製造に用いることで、パン類の高品質化を図ることができる。
【0024】
なお、本発明においてより良好な風香味及び形状のパン類とは、焼成後のパン類の形状(内部形状を含む)、香り、味、焼色、色相、及びこれら項目の総合評価の少なくとも1以上が市販パン酵母で作製した同種パン類と同等以上であることを意味し、特に、焼成後のパン類の内部形状、香り、味、総合評価の少なくとも1以上が市販パン酵母で作製した同種パン類よりも優れていることを意味する。
【0025】
また、本発明において製パン用酵母が低温パン生地発酵力も一定程度以上有するという基準は、小麦粉100重量%当たり糖5重量%を含んでなるパン生地における炭酸ガス発生量が、低温域の代表温度として、4℃で24時間測定(パン生地10g)した場合に15mL以上となり、さらに通常の製パン用酵母発酵温度帯の代表温度として、30℃で2時間測定(パン生地10g)した場合に45mL以上となる発酵力を有し、且つ、この30℃でのパン生地発酵力に対するこの4℃でのパン生地発酵力の比率が35%以上であることを意味する。
【0026】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではなく、本発明の技術的思想内においてこれらの様々な変形が可能である。
【実施例1】
【0027】
(交雑株の取得)
本発明の交雑株は、次のような方法で取得した。
【0028】
独立行政法人製品評価技術基盤機構の微生物コレクションから入手したサッカロマイセス・バヤヌス NBRC1344株から北本の方法(日本醸造協会誌,84[1],34-37,1989)によってリジン要求性変異株B9L3株を分離した。一方、冷凍生地用パン酵母菌株サッカロマイセス・セレビシエに由来して接合型aを示す一倍体菌株H24株から、北本の方法(日本醸造協会誌,84[12],849-853,1989)によってウラシル要求性変異株H24U1M株を分離した。
【0029】
次に、このB9L3株とH24U1M株を用いて、希少接合により交雑を行った。具体的には、この両株について、一白金耳分の菌体を試験管(直径1.8cm×長さ10.5cm)の中のYPD培地(乾燥酵母エキス:1.0%、ハイポリペプトン:2.0%、グルコース:2.0%、寒天:2.0%)3mlに接種し、30℃で振盪培養(150rpm)した。24時間後、培養液1mlを無菌的に遠心分離にかけて回収した菌体を滅菌水で2回洗浄した。この菌体を液体MM培地(Yeast nitrogen base without amino acids:0.67%、グルコース:2.0%)3mlに懸濁し、30℃で24時間、振盪培養(150rpm)した。この培養液0.03mlを別の新しい液体MM培地(最少液体培地)に接種し、同様に48時間振盪培養したところ、植菌直後は透明であった培養液は菌体の増殖により白濁した。この培養液中の増殖した酵母細胞をMM寒天平板培地上で画線接種することにより交雑株HB9株を純粋分離した。この交雑株取得の工程概略を
図1に示した。
【実施例2】
【0030】
(パン生地発酵力確認試験)
実施例1で得られた交雑株HB9株の30℃におけるパン生地発酵力を、NBRC1344株、H24株、及び、市販パン酵母分離株であるサッカロマイセス・セレビシエ HP467株と比較確認するため、以下の試験を実施した。
【0031】
HB9株、NBRC1344株、H24株、HP467株の各菌株を、50ml三角フラスコ中のYPD培地(乾燥酵母エキス:1.0%、ハイポリペプトン:2.0%、グルコース:2.0%)10mlで30℃、24時間往復振盪培養(150rpm)し、そのうちの0.6mlを300mlバッフル付き三角フラスコ中のYPS培地(バクト酵母エキス:2.0%、バクトペプトン:4.0%、KH2PO4:0.2%、MgSO4・7H2O:0.1%、NaCl:2.0%、アデカノールLG-294:0.05%、スクロース:2.0%)60mlに接種してHB9株とNBRC1344株は48時間、H24株とHP467株は24時間、30℃で旋回振盪培養(150rpm)した。培養後の菌体は遠心分離で回収し、蒸留水で2回洗浄してから乾燥させた吸収板の上に数分間置いて培養湿菌体を得た。培養菌体の固形分は約30%になるが、一部を乾燥させて正確な数値を算出し、以下の実験では固形分33%に換算した重量として培養菌体を生地調製に使用した。
【0032】
各酵母について、小麦粉(強力)10g、スクロース0.5g及びNaCl0.2gを含む蒸留水5.5mlと、酵母菌体0.2gを含む懸濁液1.0mlを1分間混捏した。調製した低糖パン生地(小麦粉重量に対して5%スクロース及び2%NaClを含む)は2.4cm×20cmの試験管に入れ、発生する炭酸ガス量を飽和食塩水中のメスシリンダーに導いて、30℃で2時間当たりに発生する炭酸ガス発生量をパン生地発酵力として測定した。なお、これらの操作はすべて30℃で行った。
【0033】
この結果を下記表1に示す。交雑株HB9株は、30℃での低糖パン生地発酵力が45.4ml/2h/10g小麦粉であり、市販パン酵母であるHP467株と同程度であった。つまり、交雑株HB9株は、ワイン醸造用酵母であり通常のパン生地発酵温度では発酵力が低いNBRC1344株のリジン要求性変異株を親株のひとつとしながら、市販パン酵母と同程度の低糖パン生地発酵力を有する株であることが明らかとなった。
【0034】
【0035】
さらに、HB9株の30℃及び4℃における低糖パン生地発酵力の比率を、H24株及びHP467株と比較確認するため、以下の試験を実施した。
【0036】
上記で得られたHB9株、H24株、HP467株の各酵母について、同様に、小麦粉(強力)10g、スクロース0.5g及びNaCl0.2gを含む蒸留水5.5mlと、酵母菌体0.2gを含む懸濁液1.0mlを1分間混捏して調製した低糖パン生地(小麦粉重量に対して5%スクロース及び2%NaClを含む)を2.4cm×20cmの試験管に入れ、発生する炭酸ガス量を飽和食塩水中のメスシリンダーに導いて、30℃では2時間、4℃では24時間当たりに発生する炭酸ガス発生量をパン生地発酵力としてそれぞれ測定した。なお、これらの操作はすべて30℃又は4℃で行った。
【0037】
この結果を下記表2に示す。交雑株HB9株は、30℃でのパン生地発酵力に対する4℃でのパン生地発酵力の比率が35%を超え、これは市販パン酵母菌株よりも高く、低温のパン生地においても一定程度以上の発酵力を有する株であることが明らかとなった。
【0038】
【0039】
さらには、HB9株、NBRC1344株、H24株、HP467株の各菌株を使用し、糖を添加しない中種パン生地からの炭酸ガス発酵の経時変化を確認した。まず、各酵母について、小麦粉(日清製粉カメリヤ)100g、酵母菌体2.0g及び蒸留水61.4mlをピンミキサーで3分間混捏し、捏ね上げたときの温度が24.0±1.0℃になるように生地を調製した。そして、パン生地20gを分割し、5分当たりに発生する炭酸ガス量の変化をファーモグラフ(アトー株式会社製品)にて測定した。
【0040】
この結果を
図2に示した。なお、測定開始後1時間以降における炭酸ガス発生は、酵母細胞が小麦粉中のデンプンからアミラーゼ類の作用で生成するマルトースを発酵することによるものであるが、それを消費し尽くすと低下する。上記表1の結果と同様に、交雑株HB9株は、中種生地発酵力が低いNBRC1344株のリジン要求性変異株を親株のひとつとしながら、市販パン酵母HP467株と同程度の中種パン生地発酵力を有する株であることが明らかとなり、また、HB9株の炭酸ガス発生はHP467株よりもやや遅れるものの4.6時間で発酵が完了しており、マルトース発酵性が高まっていることも明らかとなった。
【実施例3】
【0041】
(パン品質確認試験)
実施例1で得られた交雑株HB9株、あるいは市販パン酵母サッカロマイセス・セレビシエ HP467株を使用して中種法で作製した食パンの品質を比較確認するため、以下の試験を実施した。
【0042】
小麦粉(カメリヤ)210g、酵母培養菌体7.2g(HB9株)又は6.0g(HP467株、いずれも固形分33%)、アスコルビン酸溶液0.15ml(20mg/ml)及び蒸留水126mlをピンミキサーで3分間混捏し、捏ね上げたときの温度が24.0±1.0℃になるように中種生地を調製した。これを30℃、4.5時間発酵させた後、小麦粉90g、砂糖15.0g、食塩6.0g、ショートニング15.0g及び蒸留水75mlを加えて、約4分間混捏し、捏ね上げたときの温度が30.0±0.5℃になるように本捏生地を調製した。さらに、30℃、20分のフロアタイム後、生地を100gずつ手で分割して丸めて30℃、15分のベンチタイムをとった。これをモルダーで成型し、38℃、湿度85%の最終発酵を55分行ってから180℃、25分焼成した。これを室温で放冷後、重量と容積を測定して比容積を算出した。
【0043】
この結果を下記表3に示す。HB9株を使用して作製した食パンの比容積は、HP467株を使用して作製した食パンの比容積よりは若干低いものの、5.0以上で十分に評価できる値であった。
【0044】
【0045】
次に作製した各食パンについて、訓練された8人のパネリストでボリューム、形状、焼色、内部形状、やわらかさ、色相、香り、味及び総合評価について官能評価を行った。評価基準は、HP467株を使用して作製した食パンを50点として設定し、HB9株を使用して作製した食パンを0点(不良)~100点(良好)で比較・評価した点数から平均値を算出した。
【0046】
この結果を下記表4に示す。HB9株を使用して作製した食パンはいずれの評価項目においてもHP467株を使用して作製した食パンと同等以上であり、特に、内部形状、香り、味、総合評価の4項目においては、HP467株を使用して作製した食パンを上回るきわめて良好な評価であった。
【0047】
【0048】
以上より、サッカロマイセス・バヤヌス B9L3株と、サッカロマイセス・セレビシエ H24U1M株とを交雑することにより、より良好な風香味及び形状のパン類が製造可能であり、低温パン生地の発酵力も有する実用的な製パン用酵母菌株を作出でき、当該菌株を適用することにより風香味及び形状がより好適なパン類等を効果的に製造できるようになることが示された。
【0049】
本発明を要約すれば、以下の通りである。
【0050】
本発明は、より良好な風香味や形状等のパン類が製造可能な実用的な製パン用酵母、当該酵母を用いたパン類の製造方法等を提供することを目的とする。
【0051】
そして、サッカロマイセス・バヤヌス B9L3株と、サッカロマイセス・セレビシエ H24U1M株とを交雑することで、より良好な風香味及び形状のパン類を製造できる実用的な製パン用酵母の取得ができ、当該酵母をパン類製造に用いることで風香味及び形状がより好適なパン類を製造できる。
【受託番号】
【0052】
本発明において寄託されている微生物の受託番号を下記に示す。
(1)サッカロマイセス(Saccharomyces)sp. HB9株(NITE P-02470)。
(2)サッカロマイセス・バヤヌス(Saccharomyces bayanus) B9L3株(NITE P-02507)。
(3)サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae) H24U1M株(NITE P-02508)。