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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-01
(45)【発行日】2022-03-09
(54)【発明の名称】疲労に関与する因子及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6851 20180101AFI20220302BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20220302BHJP
   C07K 16/18 20060101ALI20220302BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220302BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20220302BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20220302BHJP
   A61K 31/015 20060101ALI20220302BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220302BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z ZNA
C12Q1/686 Z
C07K16/18
G01N33/50 P
G01N33/53 D
G01N33/68
A61K31/015
A61P43/00 105
【請求項の数】 21
(21)【出願番号】P 2019212285
(22)【出願日】2019-11-25
(62)【分割の表示】P 2016545433の分割
【原出願日】2015-08-13
(65)【公開番号】P2020058355
(43)【公開日】2020-04-16
【審査請求日】2019-12-17
(31)【優先権主張番号】P 2014172962
(32)【優先日】2014-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506056240
【氏名又は名称】株式会社ウイルス医科学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】近藤 一博
(72)【発明者】
【氏名】小林 伸行
(72)【発明者】
【氏名】岡 直美
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/041501(WO,A1)
【文献】特開2007-330263(JP,A)
【文献】特開2013-150558(JP,A)
【文献】特開2012-019784(JP,A)
【文献】特開2002-173442(JP,A)
【文献】特許第6623162(JP,B2)
【文献】Saxena, S. et al.,A role for motoneuron subtype-selective ER stress in disease manifestations of FALS mice,Nat. Neurosci.,2009年,Vol. 12(5),pp. 627-636
【文献】Allen-Jennings, A. E. et al.,The roles of ATF3 in liver dysfunction and the regulation of phosphoenolpyruvate carboxykinase gene expression,J. Biol. Chem.,2002年,Vol. 277(22),pp. 20020-20025
【文献】Delfino, D. V. et al.,Decrease of Bcl-xL and augmentation of thymocyte apoptosis in GILZ overexpressing transgenic mice,Blood,2004年,Vol. 104(13),pp. 4134-4141
【文献】Ma, T. et al.,Suppression of eIF2α kinases alleviates AD-related plasticity and memory deficits,Nat. Neurosci.,2013年,Vol. 16(9),pp. 1299-1305
【文献】Leu, C. M. et al.,Nck, a missing adaptor between the B-cell receptor complex and the BCAP/PI3K/Akt pathway,Cell Mol. Immunol.,2013年,Vol. 11(2),pp. 120-122
【文献】渡辺恭良,疲労研究の最前線 ~疲労克服戦略~,特定非営利活動法人近畿アグリハイテクホームページ[online],2006年,pp. 1,3-15
【文献】近藤一博,ヘルペスウイルスの再活性化を用いた評価法,日本臨床,2007年06月01日,Vol.65(6),pp.1043-1048
【文献】近藤一博ほか,新しい疲労のみかた,体力科学,2014年01月24日,Vol.63(1),p.3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞中におけるリン酸化された真核生物翻訳開始因子2α(eIF-2α)の量を指標として被験対象生物の疲労度を評価することを特徴とする疲労度評価方法であって、ここで、該リン酸化されたeIF-2αの量が基準値より高ければ、該被験対象生物の疲労度が高いと評価し、さらにここで、該基準値は、
(i) 疲労負荷を受ける前、休息をとった後、抗疲労物質を摂取した後、または抗疲労法を実施した後の被験対象生物から採取された細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量である、または
(ii) 該被験対象生物と同一の生物種であって、疲労負荷を与えられていない、休息をとった後、抗疲労物質を摂取した後、または抗疲労法を実施した後の生物から採取された細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量である、
疲労度評価方法。
【請求項2】
細胞中におけるeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量を指標とする、抗疲労物質候補又は抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法であって、上記eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子が、growth arrest and DNA damage-inducible protein 34 (GADD34)、non-catalytic region of tyrosine kinase adaptor protein (Nck)1、Nck2、constitutive repressor of eIF-2α phosphorylation (CReP)、zinc finger protein 36 homolog (ZFP36)、およびglucocorticoid-induced leucine zipper (GILZ)からなる群から選ばれる少なくとも一種であり、
抗疲労物質候補の摂取又は抗疲労法候補の実施により、これらの摂取又は実施を行わない場合と比べて上記eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量が増加したときに、上記抗疲労物質候補又は抗疲労法候補が抗疲労効果を有すると評価することを特徴とする、抗疲労効果評価方法。
【請求項3】
上記細胞が、血液、肝臓、心臓、筋肉、脳、皮膚および膵臓から選ばれる少なくとも一種類であることを特徴とする、請求項1に記載の疲労度評価方法。
【請求項4】
上記細胞が、血液、肝臓、心臓、筋肉、脳、皮膚および膵臓から選ばれる少なくとも一種類であることを特徴とする、請求項2に記載の抗疲労効果評価方法。
【請求項5】
上記請求項1に記載の疲労度評価方法を実施するための手段を含む、疲労度評価キットであって、リン酸化されたeIF-2αに対する抗体を構成要素として含む、キット
【請求項6】
上記請求項2に記載の抗疲労効果評価方法を実施するための手段を含む、抗疲労効果評価キットであって、前記eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量を測定するためのプローブ、プライマー、または抗体を構成要素として含む、キット
【請求項7】
下記抗疲労力評価方法を実施するための手段を含む、抗疲労力評価キット:
細胞中の真核生物翻訳開始因子2α(eIF-2α)リン酸化シグナル抑制因子の量を指標として、被験対象生物の抗疲労力を評価することを特徴とする抗疲労力評価方法であって、当該eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量が、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量から予測される量よりも多ければ、抗疲労力が高いと評価することを特徴とする、抗疲労力評価方法;
ここで、当該eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子が、growth arrest and DNA damage-inducible protein 34 (GADD34)、non-catalytic region of tyrosine kinase adaptor protein (Nck)1、Nck2、constitutive repressor of eIF-2α phosphorylation (CReP)、zinc finger protein 36 homolog (ZFP36)、およびglucocorticoid-induced leucine zipper (GILZ)からなる群から選ばれる少なくとも一種であり、当該eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子が、リン酸化されたeIF-2α、activating transcription factor (ATF)3、ATF4、およびC/EBP-homologous protein (CHOP) からなる群から選ばれる少なくとも一種である
さらにここで、前記キットは、前記eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量を測定するためのプローブ、プライマー、または抗体を構成要素として含む
【請求項8】
採取した細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量を指標として被験対象生物の疲労度を評価するために前記キットを使用できることが表示されている、請求項5に記載のキット。
【請求項9】
採取した細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量を指標として被験対象生物の抗疲労効果もしくは抗疲労力を評価するために前記キットを使用できることが表示されている、請求項6または7に記載のキット。
【請求項10】
(i) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をする前に当該被験対象生物の細胞から採取された細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量を測定する、摂取前リン酸化eIF-2量測定工程と、
(ii) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした後に当該被験対象生物から採取された細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量を測定する、摂取後リン酸化eIF-2α量測定工程と、
(iii) (i)の摂取前リン酸化eIF-2α量測定工程、及び (ii)の摂取後リン酸化eIF-2α量測定工程によって得られた、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の前後におけるリン酸化されたeIF-2αの量の変化の測定結果に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施前後における細胞中のリン酸化eIF-2α量の変化を算出する、リン酸化eIF-2α量変化算出工程と、
(iv) (iii)のリン酸化eIF-2α量変化算出工程によって 得られた当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の前後における細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量の変化に基づき、抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした後の被験対象生物から採取された細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量が減少したときに、当該抗疲労物質候補または抗疲労法候補の生体における抗疲労効果が高いと判定する、抗疲労効果判定工程
とを含む、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法。
【請求項11】
(i) 抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした被験対象生物と、抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をしなかった被験対象生物から採取されたそれぞれの細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量を測定するリン酸化eIF-2α量測定工程と、
(ii) (i)のリン酸化eIF-2α量測定工程によって得られた、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の有無によるリン酸化されたeIF-2αの量の変化の測定結果に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の有無による細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量の変化を算出する、リン酸化eIF-2α量変化算出工程と、
(iii) (ii)のリン酸化eIF-2α量変化算出工程によって得られた当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の有無による細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量変化に基づき、抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした被験対象生物から採取された細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量が減少したとき、当該抗疲労物質候補または抗疲労法候補の生体における抗疲労効果が高いと判定する抗疲労効果判定工程
とを含む、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法。
【請求項12】
請求項1に記載の疲労度評価方法、または、請求項5もしくは8に記載の疲労度評価キットのいずれかを用いて、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果を測定することを特徴とする、請求項10または11に記載の抗疲労効果評価方法。
【請求項13】
抗疲労物質または抗疲労法をスクリーニングするための、請求項10ないし12のいずれか一項に記載の抗疲労効果評価方法。
【請求項14】
(i) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をする前に当該被験対象生物から採取された細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量を測定する、摂取前測定工程と、
(ii) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした後に当該被験対象生物から採取された細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量を測定する、摂取後測定工程と、
(iii) (i)の摂取前測定工程、及び(ii)の摂取後測定工程によって得られた、当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の実施前後におけるeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化の測定結果に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施前後における細胞中のeIF2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の変化を算出する、算出工程と、
(iv) (iii)の算出工程によって得られた当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の実施前後における細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化に基づき、抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした後の被験対象生物から採取された細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量が増加したとき、または、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量が減少したとき、当該抗疲労物質候補または抗疲労法候補の生体における抗疲労効果が高いと判定する、抗疲労効果判定工程
とを含む、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法であって、
ここで、該eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子が、growth arrest and DNA damage-inducible protein 34 (GADD34)、non-catalytic region of tyrosine kinase adaptor protein (Nck)1、Nck2、constitutive repressor of eIF-2α phosphorylation (CReP)、zinc finger protein 36 homolog (ZFP36)、およびglucocorticoid-induced leucine zipper (GILZ)からなる群から選ばれる少なくとも一種であり、
該eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子が、リン酸化されたeIF-2α、または、C/EBP-homologous protein (CHOP)である、抗疲労効果評価方法。
【請求項15】
(i) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした被験対象生物と、しなかった被験対象生物の細胞から採取されたそれぞれの細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量を測定する、測定工程と、
(ii) (i)の測定工程によって得られた、当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の実施の有無によるeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化の測定結果に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の有無による細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化を算出する、算出工程と、
(iii) (ii)の算出工程によって得られた当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の実施の有無による細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化に基づき、抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした被験対象生物から採取された細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量が増加したとき、または、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量が減少したとき、当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の生体における抗疲労効果が高いと判定する、抗疲労効果判定工程
とを含む、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法であって、
ここで、該eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子が、growth arrest and DNA damage-inducible protein 34 (GADD34)、non-catalytic region of tyrosine kinase adaptor protein (Nck)1、Nck2、constitutive repressor of eIF-2α phosphorylation (CReP)、zinc finger protein 36 homolog (ZFP36)、およびglucocorticoid-induced leucine zipper (GILZ)からなる群から選ばれる少なくとも一種であり、
該eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子が、リン酸化されたeIF-2α、または、C/EBP-homologous protein (CHOP)である、抗疲労効果評価方法。
【請求項16】
Salubrinalの投与により疲労を生じさせることを特徴とする、非ヒト動物の疲労モデル動物としての使用
【請求項17】
ATF3遺伝子またはその遺伝子産物を導入することを特徴とする、遺伝子改変非ヒト動物の疲労モデル動物としての使用
【請求項18】
ATF3遺伝子の発現または該遺伝子の遺伝子産物の機能を阻害して抗疲労能を付与することを特徴とする、遺伝子改変非ヒト動物の抗疲労モデル動物としての使用
【請求項19】
ISRIBの投与により抗疲労能を付与することを特徴とする、非ヒト動物の抗疲労モデル動物としての使用
【請求項20】
細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量を指標として、被験者の疲労がnonpathological fatigueであるかpathological fatigueであるかを判定することを特徴とする、疲労の質を評価する方法であって、ここで、上記被験者の自覚的疲労感が強いにも関わらず、上記被験者から採取した細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量が基準値より高ければ、上記被験者の疲労がnonpathological fatigueであると判定し、基準値より高くなければ、上記被験者の疲労がpathological fatigueであると判定し、さらにここで、該基準値は、健常者から採取された細胞中のリン酸化されたeIF-2αの量である、疲労の質を評価する方法。
【請求項21】
eIF-2αリン酸化が関係するシグナル伝達経路の効果を抑制する物質を含む、抗疲労薬であって、該物質がISRIBである、抗疲労薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトの疲労度を評価する方法およびその利用法、疲労度を評価するためのキット、ならびに抗疲労物質または抗疲労法の抗疲労力測定方法、および疲労モデル動物に関する。
【背景技術】
【0002】
疲労は、日常生活において非常に身近な問題であり、ストレスの多い現代人の中では、さまざまな疲労に悩む人が多い。疲労には、「生理的疲労」と呼ばれる、健常者において心身に運動や労働などの負荷が生じた際に発現する疲労と、「病的疲労」と呼ばれる、何らかの原疾患に付随する疲労がある。最近では、「病的疲労」の中でも特に、慢性疲労症候群(CFS)やうつ病などの中枢神経系の疾患による疲労は、脳に異常な疲労感が生じるもので、「pathological fatigue」として、生理的疲労や末梢臓器や末梢組織の疾患による病的疲労と区別される。生理的疲労とpathological fatigue以外の病的疲労は、合わせて「nonpathological fatigue」と呼ばれ、末梢の臓器や組織に対する疲労負荷が何らかの方法で脳に伝わり、脳が疲労を感じることで発生する。これに対し、pathological fatigueは、末梢には原因はなく、脳に何らかの異常が生じていることで疲労感を感じるものである(非特許文献1)。すなわち、nonpathological fatigueは末梢臓器や末梢組織に原因がある疲労、pathological fatigueは脳の疾患による疲労と言える。なお、pathological fatigueとnonpathological fatigueには今のところ適切な邦訳がないため、本明細書では英語での名称をそのまま使用する。 本明細書におけるnonpathological fatigueは、生理的疲労のすべてと、末梢臓器や末梢組織の疾患が疲労の原因となる病的疲労を含んだ疲労を表す。また、特に断っていない場合は、本明細書における疲労はnonpathological fatigueを示す。
【0003】
疲労が大きな社会問題であるにも関わらず、疲労に関する科学的・医学的研究は、断片的に行われていたに過ぎず、疲労をいかに定量的・客観的に表すかという決定的手段または定量尺度については、確立されていない。本発明者らの先行特許である唾液中ヒトヘルペスウイルスによる疲労測定法(特許文献1、2)では、客観的な疲労(特にnonpathological fatigueの)測定が可能であるが、測定対象が中長期的な疲労の測定に限られ、疲労負荷試験などの急性の疲労の測定には不向きであった。また、疲労のメカニズムを解明していない点や、ヒトにのみ適用可能であり動物モデルによる疲労の研究や試験への応用ができないといった問題点もあった。疲労のメカニズムの理解や、負荷試験や動物実験は、抗疲労物質のスクリーニングや、疲労の予防法や回復法の開発に不可欠な要因であるため、これらの疑問に答え、疲労を客観的に測定する方法は強く求められていた。
【0004】
疲労のメカニズムに関しては、少し前まで「疲労」の代表的な例として、筋肉疲労が主に研究されており、その指標として、筋肉中の乳酸産生量の増加が注目されていた。一般に「疲労物質」イコール乳酸であるという説が広まったのはこのことによる。しかし、本来乳酸は重要なエネルギー源であり、乳酸が筋肉活動を阻害するという説は、現在では否定的に捉えられている。その他、筋肉疲労にともなって、pHが低下する現象が知られている。しかし、これらは筋肉への負荷(運動負荷)という一定のストレスを与えたときには確かにみられる現象であるが、筋肉という局所にとどまる現象であると考えられる。「疲労」は、生体に現れるもっと幅広い大きな生理現象と考えられ、これら以外のメカニズムの解明が必要であると考えられる様になった(非特許文献2)。
【0005】
次に、疲労のメカニズムとして熱心に研究されたのが、慢性疲労症候群(CFS)であった。CFS研究からは、疲労のメカニズムとして、酸化ストレス、炎症性サイトカイン、自律神経機能障害、免疫異常などが上げられ、これらが疲労、特に慢性的な疲労のバイオマーカーとして有力視されてきた。しかし、その一方で、CFSの疲労はpathological fatigueであるため、脳の疾患が関係しない条件における疲労を代表するものではないことが指摘されている。さらに、CFS自体に関しても、何らかの感染による神経疾患であるとする説や、うつ病の一種と考えるのが適切であるとする説が有力となりつつあり、CFSのバイオマーカーとして得られた指標がそのまま疲労の指標として使用可能であるかどうかは、疑問視される様になった。
【0006】
疲労の動物実験においても、CFSに類似の慢性疲労状態を再現することに重点が置かれ、非生理的な強い過労における疲労のメカニズムが検討されている。また、疲労メカニズムの研究においては、感染モデルと呼ばれるウイルス感染を模したモデルが用いられることもある。しかし何れの動物モデルも、CFSと類似の慢性化した病的な疲労状態を再現したものとなっている。この様な状況により、生理的な条件による疲労のメカニズムは、ほとんど解明されていない(非特許文献3、4)。
【0007】
疲労のメカニズムを研究する際に説明すべき、疲労、特に生理的疲労の重要な特徴として、休息によって容易に回復するという性質(可逆性または易回復性と呼ばれる)が挙げられる。この性質は、疲労という生理現象を定義する際の重要な要素であり、疲労のメカニズムの解明にも必要な要素であると考えられる。
【0008】
疲労の発生機構は何らかのストレス応答と関係すると考えられるが、ストレス応答の種類やシグナル伝達経路は非常に多く、疲労に特異的なメカニズムやシグナル伝達経路を絞り込むことは非常に難しい。さらに、DNAマイクロアレイを用いた研究によって、疲労刺激に反応して1,000種類を超える遺伝子の発現が変化することが知られており、このことからも疲労のメカニズムやシグナル伝達経路の同定が極めて困難であることが予想された。
また、DNAマイクロアレイによる疲労の分子バイオマーカー検索は、疲労による発現量の変化によってスクリーニングを行うことが多い。シグナル伝達においては、変化の大きいものが必ずしも特異的な変化を反映するとは限らないため、この様な検索方法で、正しく疲労特異的な分子バイオマーカーが検索可能であるかには疑問があった。
このため、疲労の分子バイオマーカーには、疲労負荷によって増加するという条件の他に、実験動物への導入によって疲労を誘導できること、当該分子の機能阻害によって疲労が減弱できること、可能な限りシグナル伝達経路の上流にあること、疲労の原因となる物質との関係が示されること、などの条件が要求される(非特許文献5)。
【0009】
上述のように、筋肉疲労やCFSに関する疲労のメカニズムや測定法は提案されているが、日常生活における生理的疲労は、先に述べたように、多くの現代人が感じているものであるにも関わらず、そのメカニズムや客観的な評価方法について、ほとんど報告がなされていない。さらに、生理的疲労と病的疲労の判別や、pathological fatigueと nonpathological fatigueの判別が可能なバイオマーカーも明らかでなく、これらを評価したり判別したりする方法も確立されていない。日常生活における疲労は、たとえ生理的疲労であっても、そのまま放置すると精神疾患などの健康障害や過労死に直結するおそれもある。過労・疲労による精神疾患の問題や過労死の問題は医学的、経済的、社会的にも非常に重要であると認識されているにもかかわらず、肝心な疲労の科学的メカニズムについてほとんど解明されていない。このため、近年、社会問題化しているこれらの問題を防止するためにも疲労のメカニズムに基づく客観的な疲労度の評価方法が必要とされている。
【0010】
さらに、市場に氾濫する栄養ドリンクなどの医薬品または健康食品等の多くは、抗疲労効果を売り物としたものであるため、その機能性に対する科学的な裏づけが消費者のみならず市場・社会全体において広く求められている。また、疲労や疲労の影響や障害を予防あるいは抑制する、または回復させる効果を総称して抗疲労効果と呼ぶが、抗疲労効果には、疲労を予防または防止する効果(疲労予防効果)と、生じた疲労や疲労の影響を回復または抑制する効果(疲労回復効果)が含まれる。抗疲労物質や抗疲労法を効率良く利用するには、これらが疲労予防効果と疲労回復効果のどちらを有するかなどの作用機序を評価し、適切に使用することが必要である。
【0011】
この様な状況を背景に、本発明者らは客観的疲労測定法の開発や、疲労のメカニズムに関する研究を行った(非特許文献6~12)。この研究で得た発明者しか知り得ない未発表のノウハウを利用して、本特許明細書にある発明を得た。
【0012】
以上のように、疲労による障害の可能性を評価し、これに対し適切な防止策を講じるためには、疲労を定量的に測定するに留まらず、疲労が生理的疲労であるのか病的疲労であるのか、pathological fatigueであるのかnonpathological fatigueであるのかなど、疲労の種類を客観的に評価し、これらに適切に対処することが可能な抗疲労物質や抗疲労法を利用することが必要である。このため、簡便かつ客観的に疲労の質および量を評価することができる方法およびその利用法の開発が強く求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】「疲労度評価方法およびその利用」特許第4218842号公報(2009年2月4日発行)
【文献】「疲労度評価方法およびその利用」特許第4812708号公報(2011年11月9日発行)
【非特許文献】
【0014】
【文献】What is fatigue? Pathological and nonpathological fatigue. Jason LA, Evans M, Brown M, Porter N. PM&R. 2010;2(5):327-31.
【文献】「疲労のメカニズム」渡辺恭良(医学のあゆみ 2009; 228 (6): 598-604)
【文献】「過労モデル動物を用いた研究からわかってきた疲労のメカニズム」田中雅彰(医学のあゆみ 2009; 228 (6): 610-4)
【文献】「免疫学的疲労モデルにおける疲労の分子神経メカニズム」片渕俊彦(医学のあゆみ 2009; 228 (6): 615-9)
【文献】「末梢血遺伝子発現プロファイルからみたイミダゾールジペプチドの抗疲労効果の検証」中村誠二, 杉野友啓, 梶本修身, 松原謙一, 的場亮、第33回日本分子生物学会(2010年、神戸)、http://www.dna-chip.co.jp/research/pdf/r4_MBSJ2010.pdf
【文献】厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)分担研究報告書(平成21-23年度)、自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者に対する客観的な疲労診断法の確立と慢性疲労診断指針の作成、「慢性疲労患者における唾液の生物学的評価」、近藤一博
【文献】厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)分担研究報告書(平成25年度)、慢性疲労症候群の病因病態の解明と画期的診断・治療法の開発、「唾液中HHV-6、HHV-7による慢性疲労症候群と労働による疲労の鑑別」、近藤一博
【文献】「Identification of Novel HHV-6 Latent Protein associated with Mood Disorders and Molecular Mechanism of Fatigue due to Overwork」、Kazuhiro Kondo et al.、国際疲労学会(International Conference on Fatigue Science 2008)抄録 S2-03
【文献】「Identification of a novel molecular mechanism and a major cause of fatigue」、Kazuhiro Kondo、第36回国際生理学会世界大会(The 36th Congress of the International Union of Physiological Sciences 2009)抄録 RS LB-52-1
【文献】「新しい疲労のみかた」、近藤一博、小林伸行、岡直美、第68回日本体力医学会(2013年)抄録 特別講演2
【文献】「疲労のバイオマーカー: 客観的な疲労の測定法」、近藤一博、Medical Technology誌 2013年 41(6) 583-584ページ
【文献】「心身相関の源流にある「疲労」を科学する」、近藤一博、心身医学 2014年 54巻9号828-833ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
疲労の測定法は、一見客観的に見えても、実際には脳における疲労感の認識機構が介在していることが多く、生理的疲労を含むnonpathological fatigueにおける末梢臓器や末梢組織の疲労を直接測定することは困難であった。
【0016】
nonpathological fatigueの原因は主として末梢組織にあり、pathological fatigueの原因は脳にあるため、その予防法や治療法に大きな違いがあると考えられる。このため、客観的疲労測定法は、これらの疲労を簡便に判別できるべきである。
【0017】
また、唾液中ヒトヘルペスウイルスによる疲労測定法は、疲労を客観的に測定できる数少ない方法の一つであるが、測定には1週間以上の疲労の蓄積を待つ必要があった。抗疲労物質や抗疲労法の効率的なスクリーニングには、短時間の疲労負荷における疲労測定が可能であることが要求される。
【0018】
さらに、唾液中ヒトヘルペスウイルスによる疲労測定法は、ヒトにおいてのみ測定が可能であった。抗疲労物質や抗疲労法の効率的なスクリーニングには、実験動物においても使用可能な客観的疲労測定法が必要である。
【0019】
抗疲労物質や抗疲労法を開発するためには、疲労の動物モデルが必要であり、様々な負荷を与えることで動物を疲労させることが行われている。しかし、実験動物はヒトと異なり、自分の状態を訴えることができないため、与えた負荷によって疲労以外の現象が生じているかどうかは判別できない。そこで、疲労物質や疲労シグナル伝達、または抗疲労効果に関係する物質やシグナル伝達を動物に導入することで、純粋に疲労に関係する現象のみを生じさせる疲労モデル動物が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記の課題に鑑み鋭意検討した結果、疲労という現象(nonpathological fatigueまたは生理的疲労)の本態の重要な部分が以下の現象、すなわち、(1)臓器を構成する細胞のタンパク質合成機構をになう真核生物翻訳開始因子2α(eukaryotic initiation factor-2 alpha subunit: eIF-2α)のリン酸化、(2)eIF-2αのリン酸化によって生じる臓器細胞や血液細胞におけるeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子(eIF-2αリン酸化シグナルを伝達する因子)の増加、特にactivating transcription factor (ATF)4、ATF3、C/EBP-homologous protein (CHOP)の増加、(3)ATF3およびCHOPを介したTNF-αなどの炎症性サイトカインの増加とこれらの炎症性サイトカインの増加によって生じる脳での疲労感の認識、によって構成されることを独自に見出し、これらを評価する実験系を利用して日常生活における疲労度を測定することができる本発明を完成させるに至った。
【0021】
eIF-2αのリン酸化は、タンパク合成が抑制される現象であり、ATF3は通常、炎症性サイトカインの産生を抑制する機能が有名である。このため、炎症性サイトカインの産生増加を特徴とする疲労現象と、eIF-2αリン酸化やATF3産生が関係するシグナル伝達経路とを結びつけて考えることは難しかった。
【0022】
さらに本発明者らは、疲労の際には、eIF-2αのリン酸化やこれに伴うシグナル伝達を抑制する因子(eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子)、特にgrowth arrest and DNA damage-inducible protein 34 (GADD34)、non-catalytic region of tyrosine kinase adaptor protein (Nck)1、Nck2、constitutive repressor of eIF-2α phosphorylation (CReP)、zinc finger protein 36 homolog (ZFP36)、glucocorticoid-induced leucine zipper (GILZ)などの産生が亢進することを見出した。
これらのeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子は、疲労によるeIF-2αのリン酸化に伴って誘導されることから、eIF-2αのリン酸化シグナル抑制因子の増加は、現時点よりも少し過去に疲労の増加が生じていたことを示す。また、eIF-2αのリン酸化シグナル抑制因子は、疲労の本態であるeIF-2αのリン酸化またはeIF-2αリン酸化によって誘導される疲労のシグナル伝達を抑制することで、疲労を回復または抑制する作用を持つ。このため、eIF-2αのリン酸化シグナル抑制因子が強く誘導されることは、疲労回復力が強いことを意味する。したがって、eIF-2αのリン酸化シグナル抑制因子の量を指標として被験対象生物の抗疲労力(疲労回復力)を評価することもでき、そのような方法も本発明に含まれる。かかる抗疲労力評価方法は、好適には、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量が、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量から予測される量よりも有意に多ければ、被験対象生物の抗疲労力が高いと評価することを特徴とする。換言すれば、本発明の抗疲労力評価方法は、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量に対するeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量の割合が所定の基準値より高い場合に、被験対象生物の抗疲労力が高いと評価することを特徴とする。上記基準値は、具体的なeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子とeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の組合せごとに予め設定された基準値であってもよく、例えば、抗疲労物質候補を摂取する前または抗疲労法候補を実施する前の、当該eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量に対するeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量の割合を基準値とすることができる。一方、抗疲労物質候補を摂取した後または抗疲労法候補を実施した後の、当該eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量に対するeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量の割合が抗疲労物質候補の摂取前または抗疲労法候補前の値よりも高い値を示す被験対象生物は、抗疲労物質候補または抗疲労法候補によって抗疲労力が高くなったと評価することができる。
なお、本明細書において、「疲労の回復」とは「疲労負荷によって生じる疲労のシグナル伝達およびその効果を、疲労負荷が無くなってから減少させる働き」を意味し、「疲労負荷によって生じる疲労のシグナル伝達およびその効果を、疲労負荷がある時点で減少させる働き」については「疲労の抑制」と表現する。また、「疲労の発生を防止したり、疲労を回復させる力や疲労を抑制する力を高めることで、疲労の影響を軽減すること」を「疲労の予防」と称し、疲労の回復、抑制、および予防の総称として「抗疲労」と表現する。なお、疲労を回復させる力と疲労を抑制する力を合わせて疲労回復力と表現する場合がある。本発明のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子は、疲労負荷時に作用すれば疲労を抑制し、疲労負荷終了後に作用すれば疲労を回復する。また、この因子の作用を上昇させることは疲労の予防につながる。
【0023】
eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子のうち、GADD34およびCRePは、eIF-2αのリン酸化を解除する(リン酸化されたeIF-2αの脱リン酸化を促進する)機構により抗疲労効果を発揮し、Nck1およびNck2は、PKR等によるeIF-2αのリン酸化を抑制する機構により抗疲労効果を発揮する。これらの因子の抗疲労効果は、本発明者らが本発明における疲労のメカニズムと疲労シグナル伝達経路を明らかにするまで知られていなかった。
また、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子のうち、ZFP36、GILZも同様に、疲労の回復・抑制に関与する。これらのうちZFP36は、別名Tristetraprolinとも呼ばれ、ARE(AU-rich element)に結合するタンパク質であり、ARE-RNAの不安定化を促進する。ZFP36は、この機能によってTNFαのmRNAを不安定化させその産生を低下させる細胞内蛋白である。また、GILZは、別名TSC22D3とも呼ばれ、グルココルチコイドより誘導されるロイシンジッパー含有タンパクである。GILZは転写因子AP-1とNF-kappaBのDNA結合を阻害することで、これらの転写因子が関与するシグナル伝達を妨害し、マクロファージや樹状細胞の抗炎症シグナルを抑制することが知られている。両者は免疫現象に影響を与えることで抗疲労効果を発揮する(免疫機構を抑制して抗疲労効果を発揮する)が、この様な疲労との関係は本発明者らが本発明における疲労シグナル伝達経路を発見するまで明らかではなかった。
【0024】
本発明者らが検討した結果、動物にATF3を導入することによって疲労を発生させることができた。また、逆に干渉RNAを用いて動物のATF3産生を抑制することによって、疲労を減弱させることができた。このことは、ATF3が疲労の発生を司る因子であることを示している。また、ATF3に代表されるeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の導入によって筋肉の運動や、臓器の負担などの影響なしに、純粋に疲労が生体機能、特に脳機能に与える影響を検討可能な動物モデルが確立できたことを示している。さらに、ATF3に代表されるeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子を抑制することで、疲労を減弱できることも示している。このように、ATF3に代表されるeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子は、「疲労の発生に関係する因子」として作用し得る。
【0025】
また本発明者らは、疲労の発生に関係する因子であるeIF-2αのリン酸化シグナルを、薬剤によって阻害することによって抗疲労効果が得られることを見いだした。
eIF2のαのリン酸化は、integrated stress response(ISR)と呼ばれるストレス応答に関係する因子でもある。ストレス応答に関係するシグナル伝達経路や因子は、熱ショックタンパク、視床下部-下垂体-副腎-軸(HPA axis)、カテコラミン、酸化ストレス、エピジェネティックな応答、細胞膜の変化、脂質の変化、等々、非常に多くの種類が知られている。このため、疲労とストレスが関係することは知られているものの、何れのストレス応答が疲労との関係を持つかは、本発明者らが発見するまで知られていなかった。また、確実な証拠が得られていたわけではないが、多くの研究グループは、疲労と関係するストレス応答として、酸化ストレスやHPA axisを有力視していた。これらの理由から、ISRと疲労との関係は注目されなかった。また、ISRに関しては、免疫疾患、精神疾患、認知証、ガンなどの重要な疾患との関係が注目され、疲労、特に本発明の対象である生理的な疲労との関係を考察する上での阻害要因となっていた。
【0026】
また、本発明者らは、eIF-2αの脱リン酸化を阻害する薬剤であるsalubrinalによって疲労の増強や疲労回復の遅延が生じることを見いだした。このことは、eIF-2αのリン酸化やeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子が疲労の発生に関係することや、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子が疲労の回復や抑制に関与することを改めて証明する証拠であると考えられる。さらに、eIF-2αの脱リン酸化を阻害する薬剤が疲労の増強や疲労回復の遅延を生じさせるという事実は、逆にeIF-2αの脱リン酸化を促進する物質が抗疲労効果を持つことを示す。さらに、eIF-2αの脱リン酸化を促進する効果をもって、抗疲労法や抗疲労物質の候補の効果判定が可能になることも示している。
【0027】
また本発明者らは、通常の疲労におけるeIF-2αのリン酸化を誘導する因子(eIF-2αリン酸化誘導因子)が、主として、干渉RNAを構成するsmall interfering RNA(siRNA)やmicroRNA(miRNA)といった細胞機能調節に関わるRNA分子であり、これらがprotein kinase RNA-activated (PKR)を介してeIF-2αリン酸化を生じさせることを見出した。また、siRNAやmiRNAに関わる遺伝子(干渉RNA関連因子)、特にDiGeorge Syndrome Critical Region Gene 8 (Dgcr8)、Droshaといった因子も疲労によって増加することを見出した。
また、eIF-2αのリン酸化の原因として、小胞体ストレスも疲労の際のeIF-2αリン酸化誘導因子となり得ることを見出し、小胞体ストレスに関連する因子、特にglucose-regulated protein 78kDa (GRP78)やX-box binding protein 1 (XBP-1)といった因子も疲労によって増加することを見出した。本明細書では、干渉RNAに関連したeIF-2αリン酸化誘導因子と、eIF-2αリン酸化を誘導する小胞体ストレスなどの他のストレスに関係する因子とを、まとめてeIF-2αリン酸化誘導関連因子と呼ぶ。eIF-2αリン酸化誘導関連因子は、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子を活性化することで疲労の発生に関係し、干渉RNA関連因子は、eIF-2αリン酸化誘導関連因子を間接的に測定するための指標となる。すなわち、eIF-2αリン酸化誘導関連因子および干渉RNA関連因子は、ATF3に代表されるeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子と同様に「疲労の発生に関係する因子」として作用し得る。
【0028】
疲労の際に観察される干渉RNAの増加やprotein kinase RNA-activated (PKR)の活性化は、インフルエンザなどの遺伝子にRNAを持つウイルスの感染時や、Poly(I:C)投与による疑似感染モデルなどに生じる二重鎖RNAに対する反応にも共通している。しかし、ウイルス感染の症状は発熱、数日間続く倦怠感、食欲低下が主要なものであり、生理的疲労の性質である、発熱がない、休息によって速やかに疲労感が改善する、食欲はむしろ上昇するなどといった特徴とは非常に異なったものとなっている。またCFSの原因はウイルス感染によると考えられているため、感染モデルによる疲労は、CFSの疲労に近いと考えられている。CFSの疲労と生理的疲労とは異なる機序によって生じると考えられるため、上記の情報は、細胞内に存在するRNAと生理的疲労とを結びつける障害となりうるものであった。
実際には、干渉RNAの増加が疲労の原因となっているものの、これに続いて、eIF-2αのリン酸化によるタンパク合成阻害および過剰なサイトカイン産生を阻害する因子であるATF3の増加、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の増加といった、発明者が今回初めて疲労との関係を明らかにした現象によって、発熱を伴わない、易回復性であるなどの生理的疲労の特徴が説明される。しかし、これは発明者の今回の発明があって初めて説明が可能な現象であり、既知の情報からはRNAと生理的疲労とを結びつけることは困難である。
【0029】
すなわち、本発明にかかる疲労度評価方法は、上記の課題を解決するために、臓器中または血液の細胞中における、リン酸化されたeIF-2αおよびeIF-2αのリン酸化によって誘導されるシグナル分子(eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子)、eIF-2αのリン酸化やこれに伴うシグナル伝達を抑制する因子(eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子)、eIF-2αのリン酸化を誘導する因子および当該誘導に関連する因子(eIF-2αリン酸化誘導関連因子)、ならびに干渉RNAの調節に関わる分子(干渉RNA関連因子)からなる群より選択される少なくとも1種の上記の因子の量を指標として疲労度を評価することを特徴とする。また、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子は、疲労のバイオマーカーとして利用可能であると同時に、これらの因子の誘導能の多寡が疲労回復力の強弱と関係する。上記の方法では簡便かつ客観的にヒトおよび実験動物の疲労度および疲労回復力を評価でき、疲労回復又は抑制効果を持つ医薬品をはじめ、栄養ドリンクや健康食品といった栄養補助食品などの抗疲労物質や抗疲労法の効果効能を定量的に求めることも可能である。さらに、短時間の疲労負荷などで引き起こされる即時的な疲労を簡便、客観的かつ高感度に定量することも可能である。
【0030】
本発明で同定した疲労のシグナル伝達経路に基づく疲労測定法は、生理的疲労を含むnonpathological fatigue、すなわち末梢に原因のある疲労を測定する方法であるため、対象者において問題となっている疲労現象の原因が、末梢にあるか脳や精神的なものにあるかを事前に判別しておくことによって、疲労測定の効率や精度が高くなると考えられる。
本発明者らは、以前に発明者が発明した唾液中ヒトヘルペスウイルス7(HHV-7)を利用した疲労測定法「疲労度評価方法およびその利用」(登録番号 特許第4812708号)による測定で、疲労していないと判定されたヒトでは、疲労感として認識される自覚症状の強さ、すなわち疲労感のVisual Analog Scale(VAS) が、うつ症状の強さと強く相関することを見出した。一方、この検査によって、疲労していると判別されたヒトでは、疲労感とうつ症状との間に相関関係はなかった。このことにより、疲労のVASと唾液中ヒトヘルペスウイルス7(HHV-7)の組合せによる、うつ状態の簡易診断法という新たな診断法が見出された。
【0031】
本発明にかかる疲労評価キットは、上記の課題を解決するために、上述の疲労度評価方法を実施するためのものであることを特徴としている。
【0032】
本発明にかかる抗疲労物質および疲労回復法の効果の測定方法は、上記の課題を解決するために、上述の疲労度評価方法および疲労度評価キットのいずれかを用いて、動物およびヒトにおいて抗疲労物質および疲労回復法の抗疲労力を測定することを特徴としている。
【0033】
すなわち、上記の課題を解決するために、より具体的には下記の発明が提供される。
〔1〕細胞中の真核生物翻訳開始因子2α(eIF-2α)リン酸化関連因子の量を指標として、被験対象生物の疲労度を評価することを特徴とする、疲労度評価方法。
〔2〕上記eIF-2αリン酸化関連因子の量が多ければ、疲労度が高いと評価することを特徴とする、〔1〕に記載の疲労度評価方法。
〔3〕上記eIF-2αリン酸化関連因子の量を、eIF-2αリン酸化関連因子のmRNA発現量またはタンパク産生量として測定する、〔2〕に記載の疲労度評価方法。
〔4〕上記eIF-2αリン酸化関連因子の量が多ければ、被験対象生物にnonpathological fatigueが生じていると評価することを特徴とする、〔1〕ないし〔3〕のいずれかに記載の疲労度評価方法。
〔5〕上記eIF-2αリン酸化関連因子が、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子、eIF-2αリン酸化誘導関連因子および干渉RNA関連因子からなる群より選択される、〔1〕ないし〔4〕のいずれかに記載の疲労度評価方法。
〔6〕上記eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子が、リン酸化されたeIF-2α、activating transcription factor (ATF)3、ATF4、およびC/EBP-homologous protein (CHOP) からなる群から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする、〔5〕に記載の疲労度評価方法。
〔7〕上記eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子が、growth arrest and DNA damage-inducible protein 34 (GADD34)、non-catalytic region of tyrosine kinase adaptor protein (Nck)1、Nck2、constitutive repressor of eIF-2α phosphorylation (CReP)、zinc finger protein 36 homolog (ZFP36)、およびglucocorticoid-induced leucine zipper (GILZ)からなる群から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする、〔5〕に記載の疲労度評価方法。
〔8〕上記eIF-2αリン酸化誘導関連因子が、干渉RNAを構成するSmall interfering RNA(siRNA)およびmicroRNA(miRNA)を含む細胞機能調節に関わるRNA分子、protein kinase RNA-activated (PKR)、ならびにglucose-regulated protein 78kDa (GRP78)およびX-box binding protein 1 (XBP-1)を含むeIF-2αのリン酸化を誘導する小胞体ストレスに関係する因子からなる群から選ばれる少なくとも一種であり、上記干渉RNA関連因子が、DiGeorge Syndrome Critical Region Gene 8 (Dgcr8)、およびDroshaからなる群から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする、〔5〕に記載の疲労度評価方法。
〔9〕上記細胞が、血液、肝臓、心臓、筋肉、脳、皮膚および膵臓から選ばれる少なくとも一種類であることを特徴とする、〔1〕ないし〔8〕のいずれかに記載の疲労度評価方法。
〔10〕上記〔1〕ないし〔9〕のいずれかに記載の疲労度評価方法を実施するための手段を含む、疲労度評価キット。
〔11〕採取した細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子の量を指標として被験対象生物の疲労度を評価するために前記キットを使用できることが表示されている、〔10〕に記載のキット。
〔12〕細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子の量を指標として、被験対象生物の疲労がnonpathological fatigueであるかpathological fatigueであるかを評価することを特徴とする、疲労の質を評価する方法。
〔13〕上記eIF-2αリン酸化関連因子が、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子またはeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子である、〔12〕に記載の疲労の質を評価する方法。
〔14〕(i) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をする前に当該被験対象生物の細胞から採取された細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子の量を測定する、摂取前eIF-2αリン酸化関連因子量測定工程と、
(ii) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした後に当該被験対象生物から採取された細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子の量を測定する、摂取後eIF-2αリン酸化関連因子量測定工程と、
(iii) (i)の摂取前eIF-2αリン酸化関連因子量測定工程、及び(ii)の摂取後eIF-2αリン酸化関連因子量測定工程によって得られた、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の前後におけるeIF-2αリン酸化関連因子量の変化の測定結果に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施前後における細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子量の変化を算出する、eIF-2αリン酸化関連因子量変化算出工程と、
(iv) (iii)のeIF-2αリン酸化関連因子量変化算出工程によって得られた当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の前後における細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子量の変化に基づき、当該抗疲労物質候補または抗疲労法候補の生体における抗疲労力を測定する、抗疲労力測定工程と
を含む、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法。
〔15〕(i) 抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした被験対象生物と、抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をしなかった被験対象生物から採取されたそれぞれの細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子の量を測定するeIF-2αリン酸化関連因子量測定工程と、
(ii) (i)のeIF-2αリン酸化関連因子量測定工程によって得られた、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の有無によるeIF-2αリン酸化関連因子量の変化の測定結果に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の有無による細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子量の変化を算出する、eIF-2αリン酸化関連因子量変化算出工程と、
(iii) (ii)のeIF-2αリン酸化関連因子量変化算出工程によって得られた当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施の有無による細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子の量変化に基づき、当該抗疲労物質候補または抗疲労法候補の生体における抗疲労力を測定する抗疲労力測定工程と
を含む、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法。
〔16〕上記〔1〕ないし〔9〕のいずれかに記載の疲労度評価方法および〔10〕または〔11〕のいずれかに記載の疲労度評価キットのいずれかを用いて、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果を測定することを特徴とする、〔14〕または〔15〕のいずれかに記載の抗疲労効果評価方法。
〔17〕抗疲労物質または抗疲労法をスクリーニングするための、〔14〕ないし〔16〕のいずれかに記載の抗疲労効果評価方法。
〔18〕細胞中の〔7〕に記載のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量を指標として、被験対象生物の抗疲労力を評価することを特徴とする抗疲労力評価方法。
〔19〕上記eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量が、〔6〕に記載のeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量から予測される量よりも多ければ、抗疲労力が高いと評価することを特徴とする、〔18〕に記載の抗疲労力評価方法。
〔20〕上記eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量と上記eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量を、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子のmRNA発現量またはタンパク産生量として測定する、〔19〕に記載の抗疲労力評価方法。
〔21〕(i) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をする前に当該被験対象生物から採取された細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量を測定する、摂取前測定工程と、
(ii) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした後に当該被験対象生物から採取された細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量を測定する、摂取後測定工程と、
(iii) (i)の摂取前測定工程、及び(ii)の摂取後測定工程によって得られた、当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の実施前後におけるeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化の測定結果に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施前後における細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の変化を算出する、算出工程と、
(iv) (iii)の算出工程によって得られた当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の実施前後における細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化に基づき、当該抗疲労物質候補または抗疲労法候補の生体における抗疲労力を測定する、抗疲労力測定工程と
を含む、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法。
〔22〕(i) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした被験対象生物と、しなかった被験対象生物の細胞から採取されたそれぞれの細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量を測定する、測定工程と、
(ii) (i)の測定工程によって得られた、当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の実施の有無によるeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化の測定結果に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の有無による細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化を算出する、算出工程と、
(iii) (ii)の算出工程によって得られた当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の実施の有無による細胞中のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の量とeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の量の変化に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または当該抗疲労法候補の生体における抗疲労力を測定する、抗疲労力測定工程と
を含む、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法。
〔23〕〔6〕または〔8〕のいずれかに記載の遺伝子のうちの少なくとも一種またはその遺伝子産物を導入して疲労を生じさせることを特徴とする、疲労モデル動物。
〔24〕eIF-2αリン酸化によって疲労を生じさせることを特徴とする、疲労モデル動物。
〔25〕ATF3遺伝子またはその遺伝子産物を導入して疲労を生じさせることを特徴とする、疲労モデル動物。
〔26〕〔7〕に記載の遺伝子のうちの少なくとも一種またはその遺伝子産物を導入して抗疲労能を付与することを特徴とする、抗疲労モデル動物。
〔27〕eIF-2αリン酸化やこれに伴うシグナル伝達を抑制することによって抗疲労能を付与することを特徴とする、抗疲労モデル動物。
〔28〕〔7〕に記載の遺伝子のうちの少なくとも一種の遺伝子産物の機能を阻害して抗疲労効果を抑制することを特徴とする、疲労モデル動物。
〔29〕細胞中のeIF-2αリン酸化関連因子の量を指標として、被験者の疲労がnonpathological fatigueであるかpathological fatigueであるかを判定することを特徴とする、疲労の質を評価する方法。
〔30〕上記被験者の自覚的疲労感が強いにも関わらず、上記被験者から採取した細胞中の〔6〕ないし〔8〕のいずれかに記載のeIF-2αリン酸化関連因子の量が通常に比して多くなければ、上記被験者の疲労がpathological fatigueであると判定することを特徴とする、〔29〕に記載の疲労の質を評価する方法。
〔31〕唾液中のヒトヘルペスウイルスの量を指標として、被験者の精神状態および/または自覚的疲労感の原因を評価することを特徴とする、被験者の精神状態および/または自覚的疲労感の原因を評価する方法。
〔32〕上記被験者の自覚的疲労感に比して、上記被験者の唾液中のヒトヘルペスウイルス量が少なければ、上記被験者の自覚的疲労感がうつ症状によると評価することを特徴とする、〔31〕に記載の方法。
〔33〕上記被験者が健常な被験者であり、上記被験者が、上記被験者の唾液中のヒトヘルペスウイルス量による疲労測定によって疲労していないと判定されれば、上記被験者の疲労感はうつ症状によるものと判定されることを特徴とする、〔31〕ないし〔32〕に記載の方法。
〔34〕上記被験者が健常な被験者であり、上記被験者が、上記被験者の唾液中のヒトヘルペスウイルス量による疲労測定によって疲労していないと判定されるにも関わらず、自覚的疲労感が強い場合に、上記被験者がうつ状態にあると判定されることを特徴とする、〔31〕ないし〔33〕のいずれかに記載の方法。
〔35〕上記ヒトヘルペスウイルス量を、ヒトヘルペスウイルスDNA量またはヒトヘルペスウイルスタンパク量として測定する、〔31〕ないし〔34〕のいずれかに記載の方法。
〔36〕上記ヒトヘルペスウイルスが、ヒトヘルペスウイルス6とヒトヘルペスウイルス7から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする、〔31〕ないし〔35〕のいずれかに記載の方法。
〔37〕eIF-2αリン酸化が関係するシグナル伝達経路の効果を抑制することによって抗疲労効果を発揮する、抗疲労物質または抗疲労法。
〔38〕eIF-2αのリン酸化が関係するシグナル伝達経路の効果を抑制する効果の強さを指標として抗疲労効果の強さを評価することを特徴とする、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法。
〔39〕eIF-2αの脱リン酸化を促進することによって抗疲労効果を発揮する、抗疲労物質または抗疲労法。
〔40〕eIF-2αの脱リン酸化を促進する効果の強さを指標として抗疲労効果の強さを評価することを特徴とする、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労効果評価方法。
〔41〕以下からなる群より選択される物質を有効成分として含有する、抗疲労剤(疲労回復剤、疲労抑制剤、または疲労予防剤):
(i)〔6〕または〔8〕に記載の因子のうちの少なくとも一種の発現または機能を阻害する物質;
(ii)〔7〕に記載の因子のうちの少なくとも一種;および
(iii)〔7〕に記載の因子のうちの少なくとも一種の発現または機能を増強する物質。
〔42〕以下からなる群より選択される物質を有効成分として含有する、抗疲労剤(疲労回復剤、疲労抑制剤、または疲労予防剤):
(a)eIF-2αのリン酸化を阻害する物質(eIF-2αリン酸化阻害剤);
(b)eIF-2αの脱リン酸化を促進する物質(eIF-2α脱リン酸化促進剤);および
(c)eIF-2αのリン酸化によって誘導されるシグナル伝達経路の活性を抑制する物質(eIF-2αリン酸化シグナル阻害剤)。
〔43〕上記疲労が、生理的疲労を含むnonpathological fatigueである、〔41〕または〔42〕に記載の抗疲労剤。
〔44〕上記疲労が、末梢臓器または末梢組織に原因がある疲労である、〔41〕または〔42〕に記載の抗疲労剤。
〔45〕上記疲労が、睡眠不足による精神疲労または肉体疲労である、〔41〕または〔42〕に記載の抗疲労剤。
〔46〕以下からなる群より選択される工程を含む、疲労を軽減する(疲労を回復させるかまたは抑制する)方法:
(i)〔6〕または〔8〕に記載の因子のうちの少なくとも一種の発現または機能を阻害する効果を発揮する抗疲労物質を摂取するかまたは当該効果を発揮する抗疲労法を実施する工程;および
(ii)〔7〕に記載の因子のうちの少なくとも一種の発現または機能を増強する効果を発揮する抗疲労物質を摂取するかまたは当該効果を発揮する抗疲労法を実施する工程。
〔47〕以下からなる群より選択される効果を発揮する抗疲労物質を摂取するかまたは当該効果を発揮する抗疲労法を実施する工程を含む、疲労を軽減する(疲労を回復させるかまたは抑制する)方法:
(a)eIF-2αのリン酸化を阻害する;
(b)eIF-2αの脱リン酸化を促進する;および
(c)eIF-2αのリン酸化によって誘導されるシグナル伝達経路の活性を抑制する。
〔48〕上記疲労が、生理的疲労を含むnonpathological fatigueである、〔46〕または〔47〕に記載の方法。
〔49〕上記疲労が、末梢臓器や末梢組織に原因がある疲労である、〔46〕または〔47〕に記載の方法。
〔50〕上記疲労が、睡眠不足による精神疲労または肉体疲労である、〔46〕または〔47〕に記載の方法。
〔51〕抗疲労剤(疲労回復剤または疲労抑制剤)の製造における、以下からなる群より選択される抗疲労物質の使用:
(i)〔6〕または〔8〕に記載の因子のうちの少なくとも一種の発現または機能を阻害する物質;
(ii)〔7〕に記載の因子のうちの少なくとも一種;および
(iii)〔7〕に記載の因子のうちの少なくとも一種の発現または機能を増強する物質。
〔52〕抗疲労剤(疲労回復剤または疲労抑制剤)の製造における、以下からなる群より選択される抗疲労物質の使用:
(a)eIF-2αのリン酸化を阻害する物質(eIF-2αリン酸化阻害剤);
(b)eIF-2αの脱リン酸化を促進する物質(eIF-2α脱リン酸化促進剤);および
(c)eIF-2αのリン酸化によって誘導されるシグナル伝達経路の活性を抑制する物質(eIF-2αリン酸化シグナル阻害剤)。
〔53〕疲労の軽減(疲労の回復または抑制)において用いるための、以下からなる群より選択される抗疲労物質:
(i)〔6〕または〔8〕に記載の因子のうちの少なくとも一種の発現または機能を阻害する物質;
(ii)〔7〕に記載の因子のうちの少なくとも一種;および
(iii)〔7〕に記載の因子のうちの少なくとも一種の発現または機能を増強する物質。
〔54〕疲労の軽減(疲労の回復または抑制)において用いるための、以下からなる群より選択される抗疲労物質:
(a)eIF-2αのリン酸化を阻害する物質(eIF-2αリン酸化阻害剤);
(b)eIF-2αの脱リン酸化を促進する物質(eIF-2α脱リン酸化促進剤);および
(c)eIF-2αのリン酸化によって誘導されるシグナル伝達経路の活性を抑制する物質(eIF-2αリン酸化シグナル阻害剤)。
〔55〕以下の工程のいずれかを含む、抗疲労物質(例えば抗疲労剤)または抗疲労法を実施するための抗疲労器具の製造方法:
(1)当該抗疲労物質または当該抗疲労法による、eIF-2αのリン酸化を阻害する効果の強さを評価する工程;
(2)当該抗疲労物質または当該抗疲労法による、eIF-2αの脱リン酸化を促進する効果の強さを評価する工程;
(3)当該抗疲労物質または当該抗疲労法による、eIF-2αのリン酸化が関係するシグナル伝達経路の効果を抑制する効果の強さを評価する工程;あるいは
(4)〔14〕ないし〔16〕または〔21〕または〔22〕のいずれかに記載の方法によって、当該抗疲労物質または当該抗疲労法の抗疲労効果を評価する工程。
【発明の効果】
【0034】
本発明にかかる疲労度評価方法、疲労度評価キット、その利用方法、及び抗疲労物質と抗疲労法の抗疲労力(抗疲労効果)測定方法は、被験者の臓器、血液または唾液を採取することにより、被験者のnonpathological fatigueが定量的に評価できるという効果を奏する。また、nonpathological fatigueとpathological fatigueの判別を行うことも可能となる。さらに、本発明にかかる方法及びキットは、いずれも簡便であるだけでなく、長時間にわたる拘束も必要としないため、被験者にとっては苦痛やわずらわしさを感じさせることがない。また、方法等も実施者にとっても簡便であり、被験者及び実施者の両者にとって非常に取り扱いやすいものであるという効果を奏する。それゆえ、抗疲労物質や抗疲労法のスクリーニング方法や、抗疲労能を謳った食品等のin vivo評価およびin vitro評価に利用することができ、非常に有用な技術である。
【0035】
本発明の中で、eIF-2αリン酸化関連の分子バイオマーカーを利用した方法は、ヒトと同様に動物さらには、培養細胞にも使用が可能である。また本発明は、生理的疲労を専門的に解析可能な動物モデルも提供する。これにより、抗疲労物質や抗疲労法のスクリーニングがヒトでの試験において行うよりもはるかに効率良く行え、より良い製品の開発に貢献することが可能となる。
【0036】
本発明にかかる疲労度評価キットによれば、例えば、被験者から採取された血液中のeIF-2αリン酸化関連因子の量を測定し、その量を算出することで、疲労抑制又は回復効果がある医薬品、食品および抗疲労法の効果効能を評価できる。さらに、変化したeIF-2αリン酸化関連因子の種類と量を総合的に測定することで、当該物質や方法が疲労発生のどの段階で作用するのか、疲労抑制効果をもつのか、疲労回復効果をもつのかなどの詳細な検討が可能となる。すなわち、疲労抑制又は回復効果がある医薬品又は食品の生体における効果効能を簡便かつ定量的に求めることができる。
【0037】
本発明の方法によれば、ヒトの疲労症状に対して、抗疲労物質や抗疲労法が疲労の発生機構のどの段階に作用して、どの程度改善効果を有するのか、すなわち、抗疲労物質や抗疲労法の有する抗疲労力について、簡便かつ確実、さらに定量的に、測定することができる。このことにより、異なったメカニズムで抗疲労効果を発揮する抗疲労物質や抗疲労法を複合的に使用することによって、より強力で確実な抗疲労効果を科学的に得ることが可能となる。
【0038】
本発明は、日常生活における疲労度を簡便かつ定量的に測定・評価するための方法、キット及びその利用法を提供するものである。このため、本発明によれば、日常生活において、疲労度を客観的に知ることができ、疲労が知らず知らずのうちに蓄積して引き起こされる種々の疾患の発生を回避できる。さらに、疲労の蓄積による最大の死因の一つである自殺の引き金になる、うつ症状を簡便に判定することも可能となるので、疲労を意識せずに働き続けることにより発生する過労死や自殺の発生率を低下させることもできる。
【0039】
さらに、本発明によれば、市場に数多く供給される、疲労回復、滋養強壮・栄養補給を謳う医薬品や食品さらには疲労回復効果を謳った健康器具や電化製品などがどの程度生体において抗疲労力を発揮するのか、といった情報を消費者及び社会に提供することができる。これらの情報は、消費者にとって、疲労の予防や、滋養強壮に有効な抗疲労食品や医薬品、健康器具などを選択する際の一つの目安として利用することができるものであり、これらの点において、本発明は非常に有用かつ社会的インパクトの強い発明である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
図1】実施例1における疲労によるeIF-2α、PKRのリン酸化とATF4タンパク産生の亢進を示すウェスタンブロッティングの写真および各バンドを定量化したグラフである。
図2】実施例2における精神疲労による各種臓器でのATF3の増加を示す図である。
図3】実施例3における肉体疲労による各種臓器でのATF3の増加を示す図である。
図4】実施例4におけるヒトの末梢血液を用いたATF3による肉体疲労の測定を示す図である。
図5】実施例5における肉体疲労と精神疲労による肝臓でのCHOPの増加を示す図である。
図6】実施例6におけるヒトの末梢血液を用いたCHOPによる肉体疲労の測定を示す図である。
図7】実施例7におけるATF3導入による疲労の誘導を示す図である。
図8】実施例8におけるATF3の発現抑制による疲労の軽減効果を示す図である。
図9-1】実施例9におけるATF3導入によるATF3と炎症性サイトカインの遺伝子発現を示す図である。
図9-2】図9-1の続きを示す図である。
図10-1】実施例10における疲労による干渉RNAの誘導を示す図である。
図10-2】図10-1の続きを示す図である。
図11】実施例11における疲労による干渉RNA関連分子の誘導を示す図である。
図12】実施例12におけるヒトの血液中の干渉RNA関連分子による疲労の測定を示す図である。
図13】実施例13におけるヒトの血液中の小胞体ストレス関連分子による疲労の測定を示す図である。
図14】実施例14におけるPoly(I:C)の腹腔投与によるATF3の遺伝子発現がほとんどないことを示す図である。
図15-1】実施例15における精神疲労と肉体疲労による各種臓器でのeIF-2αリン酸化抑制因子の増加を示す図である。
図15-2】図15-1の続きを示す図である。
図16】実施例16におけるヒトの血液中のeIF-2αリン酸化抑制因子による疲労の測定を示す図である。
図17】実施例17におけるeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子とeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子を用いた疲労回復法と抗疲労成分の効果判定を示す図である。
図18】実施例18における慢性疲労症候群患者の疲労関連因子による疲労測定を示す図である。
図19】実施例19におけるうつ病性障害患者の疲労測定結果を示す図である。
図20】実施例20における疲労のVASと唾液中ヒトヘルペスウイルス7(HHV-7)の組合せによる、うつ状態の簡易診断法を示す図である。
図21】実施例21における精神疲労による各臓器でのZFP36の増加を示す図である。
図22】実施例22における精神疲労による各臓器でのTSC22D3の増加を示す図である。
図23】実施例23における肉体疲労による各臓器でのZFP36の増加を示す図である。
図24】実施例24における肉体疲労による各臓器でのTSC22D3の増加を示す図である。
図25】実施例25における精神疲労によるヒトの末梢血でのZFP36の増加を示す図である。
図26】実施例26におけるeIF-2αリン酸化シグナル阻害剤ISRIBによるマウスの強制水泳移動距離の増加を示す図である。
図27】実施例27におけるeIF-2αの脱リン酸化阻害剤salubrinalによるマウスの強制水泳移動距離の減少を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、本発明にかかる疲労度評価方法、キット、及び利用法について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0042】
本明細書における「疲労」とは、身体的あるいは精神的負荷を連続して与えられたときにみられる一時的な身体的・精神的機能および体力の質的あるいは量的な低下現象で、生理的疲労と病的疲労に分類される。本明細書における「生理的疲労」とは、健康な人が、身体的あるいは精神的負荷を連続して与えられたときにみられる一時的な身体的および精神的作業能力の質的あるいは量的な低下現象を意味する。「病的疲労」とは、慢性疲労症候群、精神疾患、中枢神経系疾患、心臓病、肝炎、貧血、各種感染症、悪性腫瘍などの疾患にともなう疲労を意味する。
【0043】
「病的疲労」の中でも特に、慢性疲労症候群(CFS)やうつ病などの中枢神経系の疾患による疲労は、特に疲労の負荷がないにも関わらず脳が異常な疲労感を感じるもので、「pathological fatigue」として生理的疲労や他の病的疲労と区別される。生理的疲労やpathological fatigue以外の病的疲労は「nonpathological fatigue」と呼ばれ、末梢の臓器や組織における疲労が何らかの方法で脳に伝わり、脳が疲労を感じることで生じる。これに対し、pathological fatigueは、末梢には原因はなく、脳に異常が生じていることで疲労感を感じるものである。すなわち、nonpathological fatigueは末梢臓器や末梢組織に原因がある疲労、pathological fatigueは脳の疾患による疲労と言える。本明細書におけるnonpathological fatigueは、生理的疲労のすべてと、末梢臓器や末梢組織が疲労の原因となる病的疲労を含んだ疲労を表す。
【0044】
「生理的疲労」はさらに、「急性疲労」と「持続的疲労」に分類される。本明細書における「急性疲労」とは、適切な休息によって回復する一過性の疲労を意味する。また、「持続的疲労」とは、日々の回復が不完全なために疲労が蓄積した、長期間にわたる疲労を意味する。本明細書における中長期的疲労とは、上記持続的疲労に至る前の急性疲労を意味する。
【0045】
「急性疲労」、及び「持続的疲労」はそれぞれ、「精神疲労」と「肉体疲労」に分類される。本明細書における「精神疲労」とは、複雑な計算や記憶、または思考などの心理活動ばかりでなく、我慢や緊張または時間に追われて作業をすることの焦操感など、感情や意思の活動が過度に要求された場合に生じる、睡眠不足、眼精疲労、心的ストレスを含む疲労を意味する。また、本明細書における「肉体疲労」とは、肉体的作業の遂行や運動によって起こる疲労を意味する。さらに、本明細書における「疲労負荷」とは、上記疲労を与えることを意味する。
【0046】
本明細書における「疲労度」とは、上記に挙げた各種の「疲労」の結果生じた、過度の肉体的、精神的な活動または、疾患の影響により生じた「疲労感」を伴う身体・精神機能および体力の減弱状態の度合いをいう。
【0047】
本明細書における「疲労感」とは、上記に挙げた各種の「疲労」の結果生じた、脳が疲労を感じる感覚で、「疲れ」や「倦怠感」などの独特の不快感と休養を求める欲求を伴う感覚である。
【0048】
本発明は、上記に挙げた各種の「疲労」の全てを対象とするものであるが、なかでも、nonpathological fatigueであることが好ましい。nonpathological fatigueの中でも急性疲労または中長期疲労であることが好ましい。なお、nonpathological fatigueには、ガン患者の疲労など、病気による疲労も含まれ、このような疲労の測定も本発明の重要な使用法の一つである。また、本発明の対象は、うつ症状や精神疾患にともなう、病的疲労のうちのpathological fatigueが好ましい。
【0049】
本発明を実施するために最適な疲労に関連する因子(疲労関連因子)の条件としては、ヒトおよび動物のnonpathological fatigueに関連する因子であること、および測定することが簡単に行えることが挙げられる。
【0050】
上記条件を満たす疲労関連因子としては、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子(リン酸化されたeIF-2α、ATF3、ATF4、CHOP)、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子(GADD34、Nck1、Nck2、CReP、ZFP36、GILZ)、eIF-2αリン酸化誘導関連因子(siRNA、miRNAなどの干渉RNA、PKR、 GRP78、XBP-1)、および干渉RNA関連因子(Dgcr8、Drosha)などのeIF-2αリン酸化関連因子、ならびに、ヒトヘルペスウイルス(HHV-6、HHV-7)が好適であると考えられる。なお、本明細書において、これらの因子について用いる「遺伝子」なる用語は、当該因子であるタンパク質もしくは干渉RNA分子またはそれらをコードするポリヌクレオチドのいずれをも含む概念を意味し、当該タンパク質もしくは干渉RNA分子と、当該ポリヌクレオチドとの両方について言及する場合には、当該因子について「遺伝子または遺伝子産物」と表現する場合がある。
【0051】
また、これらの因子は疲労負荷によって細胞中でのmRNA量またはタンパク量(当該因子がsiRNAやmiRNAなどの干渉RNA分子である場合、当該RNAの量)が増加するので、ヒトでは血液細胞中のmRNA量またはタンパク量(あるいは干渉RNAの量)を、動物モデルでは、血液や各種臓器中のmRNA量またはタンパク量(あるいは干渉RNAの量)を測定すれば、疲労に伴う変化を簡単に測定することができる。ヒトヘルペスウイルスに関しては、唾液中にウイルスDNAが放出されることが知られているので、唾液中のウイルスDNAを測定すれば、簡便に測定することができる。
【0052】
さらに、eIF2αおよび一部のeIF-2αリン酸化関連因子には、リン酸化によって疲労の発生を誘導し、脱リン酸化によって抗疲労効果と関係する因子がある。ヒトでは血液やバイオプシー、病理標本、法医学標本における各種臓器中でのリン酸化の度合いを、動物モデルでは血液や各種臓器中でのリン酸化の度合いを測定すれば、疲労に伴う変化を簡単に測定することができる。
【0053】
以下に、本発明の概要を簡単に説明する。ここで述べる方法の概要は、後述するキット及び利用方法にも共通する部分が多分に存在する。
【0054】
(1)疲労度評価方法
本発明者らは、ヒトにおいては被験者から採取された血液について、動物においては採取された血液または各種臓器や組織について細胞中に存在する上記疲労関連因子の量を測定することにより、ヒトおよび動物の疲労度を簡便かつ定量的に測定することができることを見出した。なおヘルペスウイルスに関しては、ヒトのみが適応となり、唾液を測定に用いる。この方法は、大掛かりな装置が必要ないだけでなく、ヒトにおける血液の採取時間が短いことから、被験者にとって時間的拘束が少なく、また、方法の実施者にとっても非常に簡便な方法である。
【0055】
本発明の対象となる疲労関連因子としては、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子(リン酸化されたeIF-2α、ATF3、ATF4、CHOP)、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子(GADD34、Nck1、Nck2、CReP、ZFP36、GILZ)、eIF-2αリン酸化誘導関連因子(siRNA、miRNAなどの干渉RNA、PKR、GRP78、XBP-1)、干渉RNA関連因子(Dgcr8、Drosha)、ヒトヘルペスウイルス(HHV-6、HHV-7)が好適である。
【0056】
本発明の対象となる細胞は血液および各種臓器や組織から選ばれる少なくとも一種以上であればよいが、ヒトでは血液が、実験動物では各種臓器が好適である。
【0057】
血液の採取方法は、mRNAによる測定の利便性を考慮して、Paxgene RNA採血管による採血が好適である。動物モデルでは、RNA保護剤を用いる方法が望ましい。
【0058】
細胞中の上記疲労関連因子の量の測定は従来公知の方法であればよく、具体的な手法、条件などは、当業者であれば適宜設定可能である。mRNA、siRNA、miRNAなどのRNA分子の量を測定する方法やタンパク質の量を測定する方法などがある。
【0059】
上記疲労関連因子のmRNAの量を測定する方法としては、例えば、血液細胞からRNAを精製し、それぞれの疲労関連因子に特異的なリアルタイムPCR(Real-time PCR)用のプライマーとプローブを用いて、mRNA量をReal-time PCR法により測定する方法等が挙げられる。siRNAやmiRNAなどのRNA分子の量についても同様に、当該RNA分子に特異的なリアルタイムPCR(Real-time PCR)用のプライマーとプローブを用いて発現量を測定することができる。ウイルスDNAに関しては、唾液中のDNAを精製し、ウイルス特異的なReal-time PCR法により測定する方法(参考資料:特許第4218842号、特許第4812708号)等が挙げられる。本発明においては、リアルタイムPCR法 (Real-time PCR) が好適である。
【0060】
上記疲労関連因子タンパクの量を測定する方法としては、例えば、ウイルスタンパクに対する抗体を用いた免疫測定法(イムノアッセイ法)がある。代表的な免疫測定法として、例えばサンドイッチELISA法などが挙げられる(参考文献:J. Clin. Microbiol. 1983 May;17(5):942-4.「Typing of herpes simplex virus isolates by enzyme-linked immunosorbent assay: comparison between indirect and double-antibody sandwich techniques.」Gerna G, Battaglia M, Revello MG, Gerna MT.)。
【0061】
また、本発明に係る疲労度測定方法においては、被験対象生物から採取された細胞中の疲労関連因子の量がより多いかまたは少なければ当該生物の疲労度がより高いと評価することができるが、細胞中の上記疲労関連因子の量がより多ければ被験者および被験動物の疲労度がより高いと評価することが好適である。これは、後述する実施例に示すように、被験者および被験動物の疲労度が高まれば、それに応じて上記疲労関連因子の細胞中の発現量が上昇することから導かれる。細胞中の上記疲労関連因子の量は、所定の基準値(対照値)と比較して評価することが好適である。すなわち、好適には、本発明に係る疲労度測定方法は、被験対象生物から採取された細胞中の上記疲労関連因子の量が所定の基準値より有意に多ければ、当該被験対象生物の疲労度が高いと評価することを特徴とする。本発明の一態様において、上記基準値は、疲労負荷を受ける前、十分な休息をとった後(好ましくは休息の直後)、抗疲労物質を摂取した後、または抗疲労法を実施した後の被験対象生物から採取された細胞中の上記疲労関連因子の量である。あるいは、上記基準値は、当該被験対象生物と同一の生物種であって、疲労負荷を与えられていない、休息をとった、抗疲労物質を摂取した、または抗疲労法を実施した生物から採取された細胞中の上記疲労関連因子の量であってもよく、当該基準値は予め測定された値であってもよい。
ヒトヘルペスウイルスの場合は、後述する実施例に示すように、自覚的疲労感との比較が重要である。
【0062】
さらに、本発明にかかる疲労度評価方法の一部あるいは全部をコンピュータ等の従来公知の演算装置(情報処理装置)を利用して行うことも可能であることは、当業者には明らかである。例えば、本発明にかかる疲労度評価方法は、血液細胞中の上記疲労関連因子の量を測定する測定工程と、血液細胞中の疲労関連因子の量の測定結果に応じて被験者の疲労度を評価する評価工程とを含むと換言できるが、この中でも、特に評価工程に演算装置を利用することができる。
【0063】
(2)疲労度評価キット
次に、本発明にかかる疲労度評価キットについて説明する。本発明にかかる疲労度評価キットは、ヒトまたは動物における疲労度を評価するキットである。すなわち、上記(1)欄で説明した本発明にかかる疲労度評価方法を実施するためのキットであればよい。詳細には、被験生物の細胞中の上記疲労関連因子の量を測定する手段を含むキットであればよい。本発明における細胞中の上記疲労関連因子の量を測定する手段としては、従来公知の測定方法を実施するために必要な手段であればよい。従来公知の測定方法を実施するために必要な手段とは、具体的には、例えば、上記(1)欄で説明した細胞中の上記疲労関連因子の量を測定する方法を実施するために必要な試薬、器具、装置、触媒その他のものをいい、好ましくは本発明の対象となる疲労関連因子の量を特異的に測定するためのプローブ、プライマー、または抗体等が挙げられる。本発明にかかる疲労度評価キットは、被験生物の細胞を採取するための手段を含んでいてもよい。また、その包装材に付されたラベル又は添付された文書に、細胞中の上記疲労関連因子のうち少なくとも一種の量を指標として被験者の疲労度を評価するために使用できることが表示されていてもよい。
【0064】
さらに本発明にかかる疲労度評価キットを用いる疲労度評価には、コンピュータなどの従来公知の演算装置を使用してもよい。
【0065】
(3)疲労度評価方法及び疲労度評価キットの利用法
以上のように、本発明にかかる疲労度評価方法、疲労度評価キットを用いて、被験生物が抗疲労物質を摂取する前後または抗疲労法を実施する前後において、被験生物の細胞中の上記疲労関連因子の量を測定することで、当該抗疲労物質または抗疲労法候補の被験生物生体内における抗疲労力(抗疲労効果)を定量的に測定・評価することができる。さらに、かかる方法、キットはいずれも簡便であるだけでなく、大掛かりな装置や長時間における拘束が必要ないため、被験者及び実施者の両者にとって非常に取り扱いやすいものであるという利点がある。
【0066】
このため、本発明にかかる疲労度評価方法、疲労度評価キットのいずれかを用いて、抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労力(抗疲労効果)を測定する方法も本発明に含まれる。かかる抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労力測定方法は、例えば、
(i) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をする前に当該被験対象生物から採取された細胞中の上記疲労関連因子の量を測定する摂取前上記疲労関連因子量測定工程と、
(ii) 被験対象生物が抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施をした後に当該被験対象生物から採取された細胞中の上記疲労関連因子の量を測定する摂取後上記疲労関連因子量測定工程と、
(iii) (i)の摂取前上記疲労関連因子量測定工程、及び(ii)の摂取後上記疲労関連因子量測定工程によって得られた、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施前後における上記疲労関連因子量の変化の測定結果に基づき、当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施前後における細胞中の上記疲労関連因子量の変化を算出する上記疲労関連因子量変化算出工程と、
(iv) (iii)の上記疲労関連因子量変化算出工程によって得られた当該抗疲労物質候補の摂取または抗疲労法候補の実施前後における細胞中の上記疲労関連因子量変化に基づき、当該抗疲労物質候補または抗疲労法候補の生体における抗疲労力を測定する抗疲労力測定工程と
を含む方法と換言することもできる。
【0067】
本発明の抗疲労物質候補または抗疲労法候補の抗疲労力を測定する方法においては、さらに、かかる抗疲労物質候補の投与または抗疲労法候補の実施をした被験生物と、当該抗疲労物質候補を投与しなかった、または抗疲労法候補を実施しなかった被験生物において、上記抗疲労力測定方法を実施する方法とすることもできる。
【0068】
被験生物における抗疲労物質候補の摂取方法、または抗疲労法候補の実施方法は、当業者であれば適宜設定可能である。本明細書における「摂取」とは、被験生物における当該物質の飲食品としての摂取のみならず、当該物質の経口投与、及び非経口投与のいずれをも意味する。
【0069】
本明細書における「抗疲労」とは、疲労の回復、抑制、または予防効果を意味する。抗疲労のメカニズムは、結果として疲労を軽減するものであればよく、疲労を予防するものでもよいし、疲労の回復または抑制を促進するものでもよい。抗疲労効果は、抗疲労物質の摂取の他、抗疲労法の実施によってももたらされる。「抗疲労物質」とは、疲労を回復、抑制または予防する効果を有する何らかの方法で体内に摂取可能な分子であり、薬剤、栄養成分、香り成分、気体分子、液体分子、及び生体機能補完物質を含む。「生体機能補完物質」とは、生体のバランスを整える物質を意味し、免疫機能を高める機能を有する物質等を含む。「抗疲労法」とは、疲労を回復、抑制または予防する効果を有する、体操などの運動法、マッサージ、鍼灸などを含む施術、アロマテラピーや催眠術を含む民間療法、寝具などを含む家具、健康器具、照明、エアーコンディショナー、パソコンなどの電化製品を含む抗疲労器具の使用を含む。
【0070】
また、本発明にかかる疲労度評価方法、疲労度評価キットは、例えば、抗疲労物質や抗疲労法のスクリーニング方法に利用することができる。すなわち、本発明にかかる抗疲労物質や抗疲労法のスクリーニング方法は、上記疲労度評価方法、疲労度評価キットのいずれかを利用して、抗疲労物質や抗疲労法をスクリーニングする方法であればよく、その具体的な方法、条件などは限定されるものではない。
【0071】
上記スクリーニング方法によれば、例えば、抗疲労食品として利用可能と思われる食品を被験生物に経口摂取させて、実際にin vivoで優れた抗疲労能を示す食品を簡便かつ客観的に選択することができる。したがって、上記スクリーニング方法により得られた抗疲労物質や抗疲労食品は、生体における効果が証明されたものであり、市場において高い評価を獲得することができる。抗疲労法も同様にin vivoでの選択が可能で、市場において高い評価を獲得することができる。
【0072】
本発明にかかる新規抗疲労物質や新規抗疲労法は、上記スクリーニング方法により取得されたものであればよく、上記のスクリーニング方法により取得された抗疲労物質や抗疲労法も本発明に含まれる。そのような抗疲労物質や抗疲労法は、好ましくは、(i)eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子、eIF-2αリン酸化誘導関連因子または干渉RNA関連因子(すなわち、疲労の発生に関係する因子)のうちの少なくとも一種の発現または機能を阻害し;かつ/あるいは(ii)eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子(すなわち、疲労の回復または抑制に関係する因子)のうちの少なくとも一種の発現または機能を増強することによって抗疲労効果を発揮することができる。
【0073】
抗疲労効果は、好ましくは、eIF-2αリン酸化が関係するシグナル伝達経路の効果を抑制することによって発揮され、例えば、eIF-2αのリン酸化を阻害する、eIF-2αの脱リン酸化を促進する、またはeIF-2αリン酸化によって誘導されるシグナル伝達経路の活性を抑制することによって発揮される。したがって、本発明にかかる抗疲労物質や抗疲労法の抗疲労効果の強さは、当該抗疲労物質や抗疲労法による、eIF-2αのリン酸化が関係するシグナル伝達経路の効果を抑制する効果の強さを指標として評価することができる。そのような効果を発揮する抗疲労物質は抗疲労剤として有用であり得、例えば、eIF-2αのリン酸化によって誘導されるシグナル伝達経路の活性を抑制する物質(eIF-2αリン酸化シグナル阻害剤)であるISRIB、eIF-2αのリン酸化を阻害する物質(eIF-2αリン酸化阻害剤)であるGSK2606414等を挙げることができるが、eIF-2αのリン酸化が関係するシグナル伝達経路の効果を抑制する物質を有効成分として含有する限りにおいて特に限定されない。
【0074】
また、本発明は、eIF-2αのリン酸化が関係するシグナル伝達経路の効果を抑制する(例えば、eIF-2αのリン酸化を阻害する、eIF-2αの脱リン酸化を促進する、またはeIF-2αリン酸化によって誘導されるシグナル伝達経路の活性を抑制する)効果を発揮する抗疲労物質を摂取するかまたは当該効果を発揮する抗疲労法を実施する工程を含む、疲労を軽減する(疲労を回復させるかまたは抑制する)方法にも関する。本発明にかかる抗疲労物質や抗疲労法、および本発明にかかる疲労を軽減する(疲労を回復させるかまたは抑制する)方法が対象とする疲労は、好ましくは、生理的疲労を含むnonpathological fatigue、すなわち末梢臓器や末梢組織に原因がある疲労であり、例えば、睡眠不足による精神疲労または肉体疲労が挙げられる。
【0075】
また、疲労が社会問題化されるにつれて、抗疲労機能を謳った抗疲労物質、抗疲労食品、抗疲労法が種類、数量とともに増加してきており、これらの食品や方法の抗疲労力を適切に評価する方法の開発も強く求められているが、本発明にかかる疲労度評価方法、疲労度評価キットおよびその利用法によれば、この要求にも応えることができる。
【0076】
さらに、本発明で示される疲労度評価方法は、nonpathological fatigueとpathological fatigueとを判別する方法(疲労の質を評価する方法)、すなわち、疲労現象の原因が末梢にあるか脳や精神的なものにあるかを判別する方法として利用することができる。また、当該方法をVASなどの自覚的疲労度の測定と組合せることによって、健常者におけるうつ状態を検出することが可能であり、労働者のメンタルヘルスやメンタルケアにおける簡便で客観的な評価方法となる。
【0077】
以下、添付した図面に沿って実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0078】
本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例1】
【0079】
マウスに疲労負荷を与えることによって、肝臓細胞のeIF-2αのリン酸化とその関連因子の変化を検討した。
【0080】
(1)方法
水を1cm張ったケージにマウス(C57BL/6NCrSlc)を24時間置いた。負荷直後のマウス及び対照群として負荷を与えていないマウスから肝臓を摘出し、凍結した。Cell Lysateの中で肝臓を超音波破砕し、そのライセートをUltra-15 遠心式フィルターユニット Ultracel-100 (MILLIPORE)にて遠心、flow throughをUltra-15 遠心式フィルターユニット Ultracel-30 (MILLIPORE)にて遠心し、ライセートを濃縮した。ライセートをSDS-PAGEで分離し、PKR (phospho T451) antibody (ab4818) (abcam) (希釈倍率:1/1000), Anti-PKR antibody [YE350] (ab32052) (abcam) (希釈倍率:1/1000), Phospho-eIF-2α(Ser51) (119A11) antibody (Cell Signaling) (希釈倍率:1/1000), Anti-EIF2S1 (Bio Matrix Research Inc) (希釈倍率:1/100), Anti-ATF4 antibody (ProteinTech Group, Inc) (希釈倍率:1/100), Anti-ACTB (Bio Matrix Research Inc) (希釈倍率:1/200)を1次抗体として、VECTASTAIN ABC キット (VECTOR)を利用して、X線フィルムで検出した。X線フィルム画像における各バンドのdensityをImageJ 1.38(National Institutes of Health)にて定量化した。
【0081】
(2)結果
24時間の疲労負荷によって、肝臓細胞のeIF-2αのリン酸化(図1中、P-eIF2)とeIF-2αのリン酸化によって誘導されるシグナル因子であるATF4の産生が亢進することが判った。eIF-2αのリン酸化の亢進の原因には、小胞体ストレス、紫外線刺激、酸化ストレスなどの要因が挙げられるが、Protein kinase RNA-activated (PKR)のリン酸化(図1中、P-PKR)が同時に観察されたことから、何らかのRNAがeIF-2αのリン酸化に関与していることが示された(図1)。
疲労は生体の危険を知らせるアラームであると考えられているが、その内容は、生体の働き過ぎや休息不足を知らせ、生体に「休め」と指令するシグナルである。eIF-2αのリン酸化は、細胞のタンパク合成を強制的に停止させる「休め」のシグナルであり、疲労シグナルが細胞レベルでも発揮されるというこの発見は、疲労の概念と良く一致しており、疲労の根元をなすものと考えられる。
【実施例2】
【0082】
マウスの不眠モデルを用いて、不眠による精神的疲労による臓器中のATF3の増加を測定した。
【0083】
(1)方法
水を1cm張ったケージにマウス(C57BL/6NCrSlc)を置き、負荷直後のマウス(4h, 6h, 8h, 12h, 24h, 36h負荷)及び対照群として負荷を与えていないマウス(0h)から経時的に臓器を摘出(n=2~14)し、凍結した。凍結した臓器をホモジナイズし、BioRobot EZ1 workstationとEZ1 RNA Universal Tissue Kit (QIAGEN, Inc.)を用いてRNAを精製し、PrimeScript RT reagent Kit (Takara Bio, Inc.)を用いてcDNA を合成した。ATF3、GAPDHのmRNAをApplied Biosystems 7300 real-time PCR System (Applied Biosystems)を利用して測定した。測定はduplicateで下記の条件で行った。
リアルタイムPCR条件:FastStart TaqMan Probe Master (ROX) (Roche Diagnostics) 12.5 μl、PCR forward primer (100 μM) 0.225 μl、PCR reverse primer (100 μM) 0.225 μl、TaqManプローブ (10 μM) 0.625 μl、cDNA 2 μl、PCR-grade water 9.425 μlの計25 μl。初期ステップ 95℃ 10 分、次に95℃ 10秒、60℃ 31 秒を45 サイクル。
プローブ及びプライマーの配列は下記の通り。
ATF3 probe, 5'-FAM- CGCCTCAGACTTGGTGACTGACATCTCCA-TAMRA-3'(配列番号:1)
ATF3 forward primer, 5'- AGTCAGTTACCGTCAACAACAGA- 3'(配列番号:2)
ATF3 reverse primer, 5'- CCGCCTCCTTTTCCTCTCATC- 3'(配列番号:3)
GAPDH probe, 5'-FAM- TGGTCACCAGGGCTGCCATTTGCA-TAMRA-3'(配列番号:4)
GAPDH forward primer, 5'- TGAAGGTCGGTGTGAACGG- 3'(配列番号:5)
GAPDH reverse primer, 5'- CCATGTAGTTGAGGTCAATGAAGG- 3'(配列番号:6)
データの解析はSequence Detection Software version 1.4 (Applied Biosystems)を用いた。図の値は平均±標準誤差で示した。
【0084】
(2)結果
ATF3は、8時間程度の不眠においても増加し、日常的に経験する精神的な労働の疲労の測定に利用可能であることがわかった。また、ATF3の増加は、脳、筋肉、心臓、肝臓と多岐にわたり、これらの臓器における疲労の度合いを個別に評価できることがわかった (図2)。
【実施例3】
【0085】
マウスの強制水泳モデルを用いて、肉体疲労直後と休息後の各種臓器でのATF3の増加を測定した。
【0086】
(1)方法
足が着かない程の充分な深さの水を張ったプール(直径22cm)でマウス(C57BL/6NCrSlc)を強制的に泳がせ、負荷直後のマウス(30分, 1時間, 2時間負荷)及び対照群として負荷を与えていないマウス(0時間)から経時的に臓器を摘出(n=2~12)し、凍結した。さらに、強制水泳(FS)を2時間行った後、通常のケージで2時間休息を与えた後に臓器を摘出し、凍結した(図3中、FS 2h + 休息2h)。実施例2で示した実験と同様の方法で、ATF3、GAPDHのmRNAをTaqMan PCR法にて定量した。図の値は平均±標準誤差で示した。
【0087】
(2)結果
水泳1時間および2時間において、脳、筋肉、心臓、肝臓といった様々な臓器で、ATF3の増加が観察された。また、2時間程度の休息によって、ATF3は急速に減少した。このことは、ATF3の測定によって各種臓器における肉体疲労と回復が定量的に測定可能であることを示している。また、この疲労モデルにおける水泳は、重りなどの負荷をかけていない状態で行っているため、日常の運動負荷のレベルを逸脱しない疲労負荷であると考えられる(図3)。
【実施例4】
【0088】
ヒトの末梢血検体を使用して、ATF3による疲労測定を行った。
【0089】
(1)方法
健常者(n=2)にサイクルエルゴメーター (Aerobike 75XL2 ME; Combi Wellness Co.)を用いて、無酸素性作業閾値 (Anaerobics Threshold;AT)80%の強度で自転車漕ぎを4 時間行った。負荷前後に血液をPAXgene Blood RNA 採血管 (日本BD)に採取した。血液RNAをPAXgene Blood RNA Kit (QIAGEN, Inc.)を用いて精製し、PrimeScript RT reagent Kit (Takara Bio, Inc.)を用いて、cDNA を合成した。血液中ATF3とβ-アクチンのmRNAをApplied Biosystems QuantStudio real-time PCR System (Applied Biosystems)を用いて、TaqMan Arrayで以下条件のduplicateで定量した。プローブ、プライマーセット:ATF3 (Hs00231069_m1), ACTB (Hs01060665_g1); 1 portあたり、TaqMan Gene Expression Master Mix (Applied Biosystems) 50 μl、cDNA 10 μl、PCR-grade water 40 μl。PCR条件: 初期ステップ:50℃ 2分、次に95℃ 10 分、95℃ 15 秒、60℃ 1 分を40サイクル。データの解析はExpressionSuite Software version v1.0.3 (Applied Biosystems)を用いた。図の値は平均±標準誤差で示した。
【0090】
(2)結果
運動疲労負荷によってヒトの末梢血検体中のATF3が増加していることが確認された。これにより、ヒトの末梢血液を利用した検査において、ATF3による疲労測定が可能であることが示された(図4)。
【実施例5】
【0091】
マウスの不眠モデルを用いた不眠による精神的疲労と強制水泳モデルを用いた肉体疲労を、肝臓中のCHOPの発現増加によって測定した。
【0092】
(1)方法
実施例2及び3で示した実験と同様の方法で、疲労負荷をかけたマウス肝臓(n=2~4)でのCHOP及びGAPDHのmRNAを定量した。プローブ及びプライマーの配列は下記の通り。
CHOP probe, 5'-FAM-TCCTCTGTCAGCCAAGCTAGGGACGC-TAMRA-3'(配列番号:7)
CHOP forward primer, 5'-CCTATATCTCATCCCCAGGAAACG- 3'(配列番号:8)
CHOP reverse primer, 5'-TGTGCGTGTGACCTCTGTTG- 3'(配列番号:9)
図の値は平均±標準誤差で示した。
【0093】
(2)結果
水泳2時間(図5左側グラフにおけるFS 2h)ならびに不眠8時間および24時間(図5右側グラフにおける8hおよび24h)において、肝臓におけるCHOP発現量の増加が観察された。このことは、CHOP発現量の測定によって臓器における肉体疲労と精神疲労が定量的に測定可能であることを示している (図5)。
【実施例6】
【0094】
ヒトの末梢血検体を使用して、CHOPによる疲労測定を行った。
【0095】
(1)方法
実施例4で示した実験と同様の方法で、自転車漕ぎ負荷前後(n=2)の血液中CHOP(プローブ、プライマーセット:Hs00358796_g1)及びACTBのmRNAを測定した。図の値は平均±標準誤差で示した。
【0096】
(2)結果
運動疲労負荷によってヒトの末梢血検体中のCHOP発現量が増加していることが確認された。これにより、ヒトの末梢血液を利用した検査において、CHOPによる疲労測定が可能であることが示された(図6)。
【実施例7】
【0097】
ATF3によって疲労が誘導されることを確認した。
【0098】
(1)方法
i) ATF3発現プラスミドベクターの構築
Codon Usageをマウスに最適化したマウスATF3(Mm ATF3)の合成遺伝子(Mm ATF3-opt(配列番号:64))を作製し、GFPコード領域を除去したpEGFP-N1発現ベクター(pEGFP(-)-N1)に組み込み、得られたプラスミドをMm ATF3-opt/ pEGFP(-)-N1とした。
【0099】
ii) Hydrodynamic delivery systemによるATF3の生体内一過性発現
マウスの生体内でATF3を一過性発現させるために、TransIT(r) Hydrodynamic Delivery System(TaKaRa)を使用した。方法は標準プロトコールに従った。ATF3発現プラスミドはMm ATF3-opt/ pEGFP(-)-N1を使用した。
【0100】
iii) ATF3生体内一過性発現マウスの行動試験
ATF3発現プラスミドMm ATF3-opt/ pEGFP(-)-N1のマウス生体内投与から0, 4, 8, 16時間後に10分間のオープンフィールド試験を行い、移動距離をTopScan(CleverSys社)で測定した。統計学的有意(*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001)はWelch's t testを用いて算出した。
【0101】
(2)結果
ATF3発現マウスはプラスミド導入後4, 8時間で自発行動が有意に低下し、導入後16時間で自発運動量の回復が観察された。従って、ATF3の発現によってマウスには疲労が生じ、脳が疲労感を感じ、このために自発運動が低下したことが示された。また、ATF3によって誘導された疲労は短時間で回復し、生理的疲労の特徴を有していることが示された(図7)。
【実施例8】
【0102】
ATF3特異的な干渉RNAによるATF3の発現抑制によって疲労が軽減されるかどうかを検討した。
【0103】
(1)方法
マウス(C57BL/6NCrSlc)を回転滑車付きケージ (日本クレア)にて飼育した。滑車の回転数は1回転を3カウントとして、コンピューターシステム(日本クレア)により記録した。午前中にATF3に対するStealth RNAi siRNA (MSS273298) (Life Technologies) 40 μgとTKプロモーターで発現するLuciferase発現ベクター(pLuc-TK) 1μgをTransIT-QR Hydrodynamic Delivery Solution (Mirus Bio LCC.)を利用して、ハイドロダイナミック法で導入した(n=6)。対照として、発現抑制効果を認めないStealth RNAi siRNA Negative Control Hi GC (12935-400) 40 μg (Life Technologies)とpLuc-TK 1μgを導入した(n=2)。導入後、水を1cm張ったケージにマウスを8時間置いた後に、回転ケージに戻し、自発運動量を測定した。負荷当日の夜間運動量を前日との比率で算出した。自発運動測定後、マウスから肝臓を摘出、超音波破砕し、Luciferase Reporter Assay System (Promega)により、Luciferase活性を測定した。Luciferase活性を認めないマウスはハイドロダイナミック法による遺伝子導入に失敗したものとして解析から除いた。図の値は平均±標準誤差で示した(図8)。
【0104】
(2)結果
マウスの自発運動量を測定した結果、ATF3に対する特異的な干渉RNA(siRNA)を導入したものにおいて自発運動量が多いことがわかった。この結果は、ATF3の産生を阻害すると疲労が抑制されることを示しており、疲労の本態においてATF3が重要な働きをしていることを示している(図8)。
【実施例9】
【0105】
ATF3導入による疲労関連因子の変化を観察した。
【0106】
(1)方法
実施例7と同様のMm ATF3-opt/ pEGFP(-)-N1のHydrodynamic Delivery Systemによる生体内形質転換後0, 4, 8, 16時間のマウス各4匹の肝臓を採取し、ATF3および炎症関連因子の遺伝子発現量を比較した。図9は、A) 内在性ATF3の遺伝子発現、B) 炎症性サイトカインIL-1βの遺伝子発現、C)炎症性サイトカインIL-6の遺伝子発現、D)炎症性サイトカインTNF-αの遺伝子発現をそれぞれ示している。棒グラフは平均値を示し、エラーバーは標準誤差を示す。統計学的有意(*p<0.05)はWelch's t testを用いて算出した。
プライマー、プローブの配列は、以下の通り。
ATF3:
Probe: 5'-TCCTCAATCTGGGCCTTCAGCTCAGCAT-3'(配列番号:10)
Primer-F : 5'-TGTCGAAACAAGAAAAAGGAGAAGA-3'(配列番号:11)
Primer-R: 5'-GCAGGTTGAGCATGTATATCAAATG-3'(配列番号:12)
IL-1β:
Probe; 5'-TGCTCTCATCAGGACAGCCCAGGTCA-3'(配列番号:13)
Primer-F: 5'-CCTGAACTCAACTGTGAAATGCC-3'(配列番号:14)
Primer-R: 5'-CTGCTGCGAGATTTGAAGCTG-3'(配列番号:15)
IL-6:
Probe: 5'-ACCACTCCCAACAGACCTGTCTATACCACT-3'(配列番号:16)
Primer-F: 5'-CCGGAGAGGAGACTTCACAGA-3'(配列番号:17)
Primer-R: 5'-GTTGTTCATACAATCAGAATTGCCATT-3'(配列番号:18)
TNF-α:
Probe: 5'-ATTCGAGTGACAAGCCTGTAGCCCACG-3'(配列番号:19)
Primer-F: 5'-CCAGACCCTCACACTCAGATCAT-3'(配列番号:20)
Primer-R: 5'-CCTCCACTTGGTGGTTTGCTAC-3'(配列番号:21)
【0107】
(2)結果
ATF3-optとマウスの内在性ATF3は、タンパクのアミノ酸配列は同じであるが、DNAの塩基配列が異なるため、Real-time PCR法によって、ATF3がATF3を誘導する能力があるかどうかを検討することが可能である。この検討の結果、図8Aに示される様に、ATF3がATF3の発現を誘導することと、その効果が比較的短時間であることが判った。このことは、ATF3がポジティブ・フィードバックによって一時的に大きなATF3発現誘導効果を発揮するものの、その効果は速やかに解消され、疲労が短時間で回復するという生理的疲労としての性質を有していることを示している。
【0108】
また、疲労を脳に伝え、疲労感を発生させると考えられている炎症性サイトカインに関しては、ATF3が関与する生理的疲労では、TNF-αが主として働いていることが判った。また、CFSの疲労感において主要な働きをすると考えられているIL-1βやIL-6は、むしろ低下していることが判った。ATF3は、IL-1βやIL-6に関しては抑制的に働くことが知られており、CFSにおける慢性的に持続する疲労の原因となるIL-1βやIL-6を抑制することで、生理的疲労の特徴である易回復性や可逆性をもたらしていると考えられる(図9)。
【実施例10】
【0109】
全身的な生理的疲労の原因となる疲労物質はこれまでに同定されていなかった。疲労物質は、生体の働き過ぎや休息不足を生体に知らせるアラームであるので、疲労のアラームのトリガーは、生命活動によって生体内に蓄積される老廃物または代謝物であると考えられる。また、実施例1から、この現象にRNAが関係している可能性が考えられたので、生体調節に重要な働きを持つ干渉RNAを疲労物質の候補として検討した。干渉RNAにはsiRNAやmiRNAがあるが、多くの分子種があり、通常はmRNAに特異的に結合して効果を発揮する。今回発明者が着目したのは、この様な本来の干渉RNAの機能とは無関係な、干渉RNAの細胞内の総量である。疲労によって干渉RNAの総量が増加し、PKRを介してeIF-2αのリン酸化を生じさせる可能性を検討した。
【0110】
(1)方法
実施例2及び3で示した実験と同様の方法で疲労負荷をかけたマウス心臓及び肝臓(n=1)から、micro RNA (miRNA)を含むRNAをmiRNeasy 分離 Kit (Qiagen)を用いて精製した。RT2 miRNA First Strand Kit (SABioscoences)を用いて、それぞれの臓器RNA 100 ngに含まれるmiRNAから逆転写を行い、標準プロトコールに従い、cDNAを計10 μl合成した。そのcDNAにRNase-free water 90 μlを加えた希釈cDNA 100 μl、2X RT2 SYBR Green PCR Master Mix 5.0 ml、およびwater 4.9 mlからなる計10mlの反応液を調製した。反応液を25 μlずつRT2 miRNA PCR Array(SABioscoences)に分注し、以下の条件で網羅的にmiRNAを定量化した。
PCR条件:初期ステップ:95℃ 10分、次に95℃ 15秒、60℃ 31 秒、72℃ 30秒を40サイクル。
PCR Array Data Analysis Web Portal (http://www.sabiosciences.com/pcrarraydataanalysis.php)にて、データを解析した。
【0111】
(2)結果
図10では、各種の干渉RNAの解析結果の代表例を示しているが、肝臓(図10-1)においても心臓(図10-2)においても、疲労負荷における各種干渉RNAの増加が示された。同時に計算された干渉RNAの総量も同様に増加していた。また、干渉RNAの増加は、運動疲労(図10におけるFS 2h)においても精神的疲労(図10における8hおよび24h)においても観察された。このことより、生理的疲労の最初のトリガーとなる疲労原因物質は干渉RNAであることが示された(図10)。
【実施例11】
【0112】
干渉RNAは測定に手間と費用がかかるため、干渉RNAの増加を正確に反映し、簡便に測定が可能な分子バイオマーカーの検索を行った。候補としたのは、干渉RNAの産生に関わる酵素であるDgcr8とDroshaである。
【0113】
(1)方法
実施例2及び3で示した実験と同様の方法で、疲労負荷をかけたマウス肝臓(n=2)のDgcr8、Drosha及びGAPDHのmRNAを定量した。プローブ及びプライマーの配列は下記の通り。
Dgcr8 probe, 5'-FAM- TGCGAAGAATAAAGCTGCCCGAGCCA-TAMRA-3'(配列番号:22)
Dgcr8 forward primer, 5'- CGGATCTGGAACTGCAAGCA- 3'(配列番号:23)
Dgcr8 reverse primer, 5'- GTTCTTCACTGTCTTTAGGCTTCTC- 3'(配列番号:24)
Drosha probe, 5'-FAM- AGTTCCTCTGCTACCTTGGCTTGCGT-TAMRA-3'(配列番号:25)
Drosha forward primer, 5'- ACAGAGTACTTGTTCATTCATTTCCC - 3'(配列番号:26)
Drosha reverse primer, 5'- TGTCGTTGGTGATGGCATACTC- 3'(配列番号:27)
図の値は平均±標準誤差で示した。
【0114】
(2)結果
干渉RNAの産生に関わる酵素であるDGCR8とDroshaの発現量が、運動疲労(図11中、FS 2h)と精神的疲労(図11中、8h、12h、24h)によって増加することが判った。この結果、これらも生理的疲労の測定に使用可能なバイオマーカーとなることが示された(図11)。
【実施例12】
【0115】
ヒトの末梢血検体を使用して、Dgcr8とDroshaによる疲労測定を行った。
【0116】
(1)方法
実施例4で示した実験と同様の方法で、自転車漕ぎ負荷前後(n=2)の血液中Dgcr8 (プローブ、プライマーセット:Hs00256062_m1)、Drosha (プローブ、プライマーセット:Hs00203008_m1)及びACTBのmRNAを定量した。図の値は平均±標準誤差で示した。
【0117】
(2)結果
運動疲労負荷によってヒトの末梢血検体中のDgcr8とDroshaが増加していることが確認された。これにより、ヒトの末梢血液を利用した検査において、Dgcr8またはDroshaによる疲労測定が可能であることが示された(図12)。
【実施例13】
【0118】
ヒトの末梢血検体を使用して、GRP78とXBP-1による疲労測定を行った。
【0119】
(1)方法
実施例4で示した実験と同様の方法で、自転車漕ぎ負荷前後(n=2)の血液中GRP78 (probe、プライマーセット:Hs00607129_gH)、XBP1 (probe、プライマーセット:Hs00231936_m1)及びACTB mRNAを定量した。図の値は平均±標準誤差で示した。
【0120】
(2)結果
運動疲労負荷によってヒトの末梢血検体中のGRP78とXBP-1の発現量が増加していることが確認された。これにより、ヒトの末梢血液を利用した検査において、GRP78やXBP-1を利用した疲労測定が可能であることが示された(図13)。
【実施例14】
【0121】
ATF3発現によって、生理的疲労と、感染やCFSによる疲労のモデルとされるPoly(I:C)腹腔投与モデルとの区別が可能かどうかを検討した。
【0122】
(1)方法
Poly(I:C)のマウス腹腔投与から6時間後のマウス各3匹の肝臓を採取し、ATF3の遺伝子発現量を比較した。また、2時間の強制水泳を行ったマウス4匹のATF3遺伝子発現をFS 2hrとして示した。
【0123】
Poly(I:C)の腹腔投与:
マウスにPoly(I:C)を腹腔投与するために、Poly(I:C)ナトリウム塩(Sigma-Aldrich)をエンドトキシンフリー生理食塩水(大塚製薬)で希釈し、0, 1, 2 mg/ml Poly(I:C)水溶液を調製した。6週齢のC57BL/6NCrSlcマウスの腹腔に、0, 5, 10 mg/kgとなるようにPoly(I:C)水溶液を投与した(約100μl)。腹腔投与後のマウスは飼育ケージに戻した。
【0124】
Poly(I:C)腹腔投与マウスの遺伝子発現解析:
Poly(I:C)腹腔投与後の時間経過に伴うATF3遺伝子発現量を確認した結果、6時間後に発現量が最大となることが判明した(データ示さず)。そこで、Poly(I:C)のマウス腹腔投与から6時間後にマウスの肝臓を採取した。肝臓のRNAを精製し、ATF3のmRNA量をreal-time RT-PCRで定量した。リファレンス遺伝子としてβ-アクチン遺伝子を用いた。また、比較のため、2時間の強制水泳(FS)を実施したマウスのATF3発現量も測定した。real-time RT-PCRで使用したプライマープローブの配列は、以下の通り。
ATF3:
Probe: 5'-TCCTCAATCTGGGCCTTCAGCTCAGCAT-3'(配列番号:10)
Primer-F : 5'-TGTCGAAACAAGAAAAAGGAGAAGA-3'(配列番号:11)
Primer-R: 5'-GCAGGTTGAGCATGTATATCAAATG-3'(配列番号:12)
棒グラフは平均値を示し、エラーバーは標準誤差を示す。統計学的有意(**p<0.01)はWelch's t testを用いて算出した。統計学的有意(*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001)はWelch's t testを用いて算出した。
【0125】
(2)結果
2時間のFSによりATF3は強く誘導されるが、Poly(I:C)腹腔投与6時間後のATF3発現量はこれに比べて著しく低かった。別の試験によって、Poly(I:C)腹腔投与後に誘導されるATF3は、6時間後が最高値であることは確認してある。また、他の実施例により精神的疲労においてもATF3は2時間のFSと同程度に上昇することが判っている。このため、CFSやウイルス感染のモデルであると考えられているPoly(I:C)腹腔投与モデルで観察される疲労は生理的疲労とは異なることが示された(図14)。
【実施例15】
【0126】
精神疲労や肉体疲労が、各種臓器でのeIF-2αリン酸化抑制因子の増加によって評価できるかどうかを検討した。
【0127】
(1)方法
実施例2及び3で示した実験と同様の方法で、疲労負荷をかけたマウス心臓及び肝臓 (n=2~4)のGADD34、Nck1、Nck2、CReP及びGAPDHのmRNAを定量した。プローブ及びプライマーの配列は下記の通り。
ADD34 probe, 5'-FAM- TCTCAGCGAAGTGTACCTTCCGAGCT-TAMRA-3'(配列番号:28)
GADD34 forward primer, 5'- GGCGGCTCAGATTGTTCAAAG- 3'(配列番号:29)
GADD34 reverse primer, 5'- CAGCAAGGAAATGGACTGTGAC- 3'(配列番号:30)
Nck1 probe, 5'-FAM- CACCAGGCACCAGGCAGAAATGGCAT-TAMRA-3'(配列番号:31)
Nck1 forward primer, 5'- GCTGGCAATCCTTGGTATTATGG- 3'(配列番号:32)
Nck1 reverse primer, 5'- CCCTTGTGCTTTTAGTGATACTGAG- 3'(配列番号:33)
Nck2 probe, 5'-FAM- TCCTCGCCCAGTGACTTCTCCGTGT-TAMRA-3'(配列番号:34)
Nck2 forward primer, 5'- CGACTTCCTCATTAGGGACAGC- 3'(配列番号:35)
Nck2 reverse primer, 5'- CACCTTGAAGTGCTTGTTTCTCC- 3'(配列番号:36)
CReP probe, 5'-FAM- AGGCTCTTGCTGGAGAAAGATACACCCA-TAMRA-3'(配列番号:37)
CReP forward primer, 5'- AAGAAGATAATTGTCCAGGCTGTG- 3'(配列番号:38)
CReP reverse primer, 5'- CTCATCACCACTTATATAATACTCAGTAAC- 3'(配列番号:39)
図の値は平均±標準誤差で示した。
【0128】
(2)結果
精神疲労(図15中、FS 2h)および運動疲労(図15中、8h、12h、24h)の負荷によって、マウスの心臓及び肝臓でのeIF-2αリン酸化抑制因子(GADD34、Nck1、Nck2、CReP)の発現量が増加することが判った。このことより、eIF-2αリン酸化抑制因子によって精神疲労および肉体疲労の評価ができることが示された(図15)。
【実施例16】
【0129】
被験者の疲労が血液細胞中のeIF-2αリン酸化抑制因子の増加によって評価できるかどうかを検討した。
【0130】
(1)方法
実施例4で示した実験と同様の方法で、自転車漕ぎ負荷前後(n=2)の血液中GADD34 (プローブ、プライマーセット:Hs00169585_m1)、Nck1 (プローブ、プライマーセット:Hs01592377_m1)、Nck2 (プローブ、プライマーセット:Hs02561903_s1)、CReP (プローブ、プライマーセット:Hs00262481_m1)、及びACTBのmRNAを定量した。図の値は平均±標準誤差で示した。
【0131】
(2)結果
運動疲労の負荷によって、ヒトの血液細胞中のeIF-2αリン酸化抑制因子(GADD34、CReP、Nck1)が増加することが判った。このことより、eIF-2αリン酸化抑制因子によって精神疲労および肉体疲労の評価ができることが示された(図16)。
【実施例17】
【0132】
eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子の代表としてATF3を、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子の代表としてGADD34を用いて、eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子またはeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子、あるいは両者の組合せによる、抗疲労物質や抗疲労法の効果判定が可能であるかどうかを検討した。
早い山登りにおいては疲労が生じるのに対し、ハイキングは疲労回復の方法として良く知られている抗疲労法である。また、イミダペプチドは、鳥のムネ肉から抽出された高濃度のイミダゾールジペプチドを含む製剤で、様々な検討から抗疲労効果があることが確認されている抗疲労物質である。この様な抗疲労物質および抗疲労法の効果がeIF-2αリン酸化シグナル伝達因子ATF3と、eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子GADD34によってどの様に判定されるかを検討した。
【0133】
(1)方法
山をオーバーペース気味に登った群(早い山登り群)(n=5)及び休憩を入れながらゆっくり歩いて登った群(ハイキング群)(n=8)において、山登り前後で採血し、実施例4で示した実験と同様の方法で、山登り前後の血液中RNAを精製し、cDNAを合成した。
また、健常者(n=6)にイミダペプチド240 (日本予防医薬) 1本/日を1週間摂取させた群では、摂取2週間前と摂取後で採血し、血液中RNAを精製し、cDNAを合成した。
ATF3、GADD34及びGAPDHのmRNA量をApplied Biosystems 7300 real-time PCR System (Applied Biosystems)を利用して測定した。測定はduplicateで下記の条件で行った。
リアルタイムPCR条件:FastStart TaqMan Probe Master (ROX) (Roche Diagnostics) 12.5 μl、PCR forward primer (100 μM) 0.225 μl、PCR reverse primer (100 μM) 0.225 μl、TaqManプローブ (10 μM) 0.625 μl、cDNA 2 μl、PCR-grade water 9.425 μlの計25 μl。初期ステップ 95℃ 10 分、次に95℃ 10秒、60℃ 31 秒を45 サイクル。
プローブ及びプライマーの配列は下記の通り。
ATF3 probe, 5'-FAM-CCCTCGGGGTGTCCATCACAAAAGCC-TAMRA-3'(配列番号:40)
ATF3 forward primer, 5'-CGCTGGAATCAGTCACTGTCAG- 3' (配列番号:41)
ATF3 reverse primer, 5'-CCTTCTTCTTGTTTCGGCACTTTG- 3' (配列番号:42)
GADD34 probe, 5'-FAM- GCCTTTAGGGGAGTCTCAGGGTCCG-TAMRA-3' (配列番号:43)
GADD34 forward primer, 5'-GCCCAGAAACCCCTACTCATG- 3' (配列番号:44)
GADD34 reverse primer, 5'-AGGAAATGGACAGTGACCTTCTC- 3' (配列番号:45)
GAPDH probe, 5'-FAM-CGCCCAATACGACCAAATCCGTTGACTCC-TAMRA-3' (配列番号:46)
GAPDH forward primer, 5'- CACCATGGGGAAGGTGAAGG- 3' (配列番号:47)
GAPDH reverse primer, 5'-CAATATCCACTTTACCAGAGTTAAAAGC- 3' (配列番号:48)
データの解析はSequence Detection Software version 1.4 (Applied Biosystems)を用いた。図の値は平均±標準誤差で示した。
【0134】
(2)結果
eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子ATF3単独での判定では、ハイキングとイミダペプチドによって、ATF3の比率が開始当初よりも低下していることが判った。このことから、使用前後でATF3の低下がみられれば、該当する抗疲労物質候補や抗疲労法候補に抗疲労効果があると判定できることが判った。eIF-2αリン酸化シグナル抑制因子GADD34単独でも、イミダペプチドの抗疲労効果と対応して、GADD34の強い誘導がみられた。
eIF-2αリン酸化シグナル伝達因子ATF3とeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子GADD34の総合的判断では、早い山登りでは、GADD34の強い誘導がみられるものの、ATF3の効果を打ち消すに至っていないが、ハイキングでは、GADD34の効果がATF3の効果を上回ることで、ATF3を低下させ、抗疲労効果を発揮することが示された。また、イミダペプチドにおいては、イミダペプチドがGADD34を強く誘導し、かつATF3を強く抑制することで、強い抗疲労効果を発揮することが示された(図17)。
【実施例18】
【0135】
疲労関連因子によるpathological fatigueの評価をCFS患者を例にあげて示す。
【0136】
(1)方法
CFS患者(n=79)及び健常者(n=69)より採血し、実施例17で示した実験と同様の方法で、ATF3,CHOP、GADD34、Nck1、Nck2、CReP及びGAPDHのmRNAを定量した。CHOP、Nck1、Nck2、CRePのプローブ、プライマー配列は以下の通り。
CHOP probe, 5'-FAM-TCCTCCTCAGTCAGCCAAGCCAGAGA-TAMRA-3'(配列番号:49)
CHOP forward primer, 5'-CCTATGTTTCACCTCCTGGAAATG- 3'(配列番号:50)
CHOP reverse primer, 5'-GTGACCTCTGCTGGTTCTGG- 3'(配列番号:51)
Nck1 probe, 5'-FAM- CATCAGCAGGAGATGCAGAATCTGGCACAC-TAMRA-3'(配列番号:52)
Nck1 forward primer, 5'- GCTCGGAAAGCATCTATTGTGAAA- 3'(配列番号:53)
Nck1 reverse primer, 5'- ATGTTGAGGTCATAGAGACGTTCC- 3'(配列番号:54)
Nck2 probe, 5'-FAM- TCTCCCCGTGCTCGCTGGTGAAGAT-TAMRA-3'(配列番号:55)
Nck2 forward primer, 5'- GAGCGGAAGAACAGCCTGAAG- 3'(配列番号:56)
Nck2 reverse primer, 5'- GGCCCTGACGAGGTAGAGC- 3'(配列番号:57)
CReP probe, 5'-FAM- TGTGTCTTCCTCCAGAAAGAACGTCACGCT-TAMRA-3'(配列番号:58)
CReP forward primer, 5'- GAAAGTGAATGTCCAGACTCGGTA- 3'(配列番号:59)
CReP reverse primer, 5'- ACTCAGTAACTTCTTCAAGGAAGGT- 3'(配列番号:60)
図の値は中央値で示した。2群間の比較はMann-WhitneyのU検定で行った。
【0137】
(2)結果
CFS患者は何れも強い自覚的疲労感を訴えているにも関わらず、生理的疲労の場合とは異なり、血液細胞中の疲労関連因子の増加は観察されなかった。eIF-2αリン酸化抑制因子であるGADD34とNck1に関しては、生理的疲労と逆に有為な減少が観察された。このことは、疲労関連因子の測定が、生理的疲労とpathological fatigueの区別に有用であることを示している(図18)。
【実施例19】
【0138】
疲労関連因子によるpathological fatigueの評価を、うつ病患者を例にあげて示す。
【0139】
(1)方法
うつ病性障害患者(Dep)(n=19)及び健常者(n=18)より採血し、実施例4で示した実験と同様の方法で、血液中ATF3、GADD34及びGAPDH (プローブ、プライマーセット:Hs99999905_m1) のmRNAを定量した。図の値は中央値で示した。2群間の比較はMann-WhitneyのU検定で行った。
【0140】
(2)結果
うつ病患者も、自覚的疲労感を訴える場合が非常に多いにも関わらず、生理的疲労の場合とは異なり、血液細胞中の疲労関連因子の増加は観察されなかった。eIF-2αリン酸化抑制因子であるGADD34に関しては、生理的疲労と逆に有為な減少が観察された。このことは、うつ病においても、疲労関連因子の測定が、生理的疲労とpathological fatigueの区別に有用であることを示している(図19)。
【実施例20】
【0141】
生活、とくに労働にともなう疲労では、疲労とうつ病の関係や、疲労によるうつ症状による作業効率の低下が問題となっている。本発明者らは客観的な疲労の評価方法として唾液中ヒトヘルペスウイルスによる客観的疲労判定法をすでに発明している。この方法によって、健常労働者の精神状態に関する情報を得ることが可能であるかどうかを検討した。
【0142】
(1)方法
健常労働者(n=41)から唾液を唾液採取用チューブSalivette (Sarstedt AG & Co.)に採取した。採取後、4℃ で1,700 g、5~15分間遠心し、flow-throughを解析まで-80℃で保存した。解凍し、唾液400 μlから、BioRobot EZ1 workstation及びEZ1 virus mini kit v2.0 (QIAGEN, Inc.)を用いて、ウイルスDNAを精製した。DNAはelution buffer 90 μlに溶出した。唾液中HHV-7 DNAはApplied Biosystems 7300 real-time PCR System (Applied Biosystems) を使用して、TaqMan PCR法にてduplicateで定量した。PCR条件は以下の通り:Premix Ex Taq (Perfect Real Time) (Takara Bio Inc.) 25 μl、PCR forward primer (100 μM) 0.45 μl、PCR reverse primer (100 μM) 0.45 μl、TaqManプローブ (10 μM) 1.25 μl、Rox reference dye 1 μl、ウイルスDNA 5 μl、PCR-grade water 16.85 μlの計50 μl。初期ステップ 95℃ 30秒、次に95℃ 5秒、60℃ 31 秒を50 サイクル。
HHV-7を定量するプローブ及びプライマーの配列は下記の通り。
HHV-7 probe, 5′-FAM-CCTCGCAGATTGCTTGTTGGCCATG-TAMRA-3′(配列番号:61)
HHV-7 forward primer, 5′-CGGAAGTCACTGGAGTAATGAC-3′(配列番号:62)
HHV-7 reverse primer, 5′-CCAATCCTTCCGAAACCGAT-3′(配列番号:63)
データの解析はSequence Detection Software version 1.4 (Applied Biosystems)を用いた。
疲労度の低い群と高い群は、唾液中HHV-7 DNA量を、100,000コピー/mlまたは40,000コピー/mlで境界線を引くことで分けた。うつ症状をBeck Depression Inventory (BDI)、自覚的疲労度をvisual analogue scale (VAS)で評価した。
【0143】
(2)結果
疲労度の低い群(図20左)と高い群(図20右)における、自覚的疲労度(VAS)と、うつ状態を表すスコア(BDI)との相関を検討した(図20は、100,000コピー/mlを境界とした例を示す)。
その結果、驚くべきことに、唾液中のHHV-7による疲労測定法において、疲労度が低いと判定された群では、被験者のうつ症状が病的な状態に至らない状態においても、被験者の自覚的疲労度とうつ症状にかなり強い相関があることが判った。相関係数は、境界線が40,000コピー/ml の場合は、相関係数0.73、p<0.01、境界線が100,000コピー/ml の場合は相関係数 0.69、p<0.001であった。疲労が高い場合は、何れの場合も、自覚的疲労度とうつ症状には相関関係がなかった(図20)。
健康な労働者の精神状態が客観的に観察されたことは、疲労評価法の研究を含む従来の研究からは予測し得なかった成果であり、尚且つ、唾液検査と自覚症状だけの検査項目で、非常に簡便で専門家の診断を必要としない、うつ症状やうつ病のスクリーニング法になりうるものと考えられた(図20)。
【実施例21】
【0144】
マウスの不眠モデルを用いて、不眠による精神的疲労による臓器中のZFP36の増加を測定した。
【0145】
(1) 方法
実施例2で示した実験装置と同様の装置で、疲労負荷をかけたマウス(C57BL/6NCrSlc)の肝臓、心臓、筋肉(n=4)および脳(n=6)のZFP36及びβ-アクチン(ACTB)のmRNAをTaqMan PCR法を用いて定量した。疲労負荷の時間は、肝臓は2時間または24時間、心臓、筋肉は、4時間または24時間、脳は4時間または8時間で行った。各遺伝子のmRNA発現は、β-アクチンmRNA量との比率で評価した。プローブ及びプライマーの配列は下記の通り。
ZFP36 probe, 5'-FAM- TGAGCCATGACCTGTCATCCGACCACG -TAMRA-3'(配列番号:65)
ZFP36 forward primer, 5'- TCTGCCATCTACGAGAGCCTC -3'(配列番号:66)
ZFP36 reverse primer, 5'- GAGTCCGAGTTTATGTTCCAAAGTC -3'(配列番号:67)
ACTB probe, 5'-FAM- CACACCCGCCACCAGTTCGCCATG -TAMRA-3'(配列番号:68)
ACTB forward primer, 5'- CGCGAGCACAGCTTCTTTG -3'(配列番号:69)
ACTB reverse primer, 5'- CGACCAGCGCAGCGATATC -3'(配列番号:70)
【0146】
(2) 結果
ZFP36は、2時間~24時間程度の不眠においても有意に増加し、日常的に経験する精神的な労働の疲労の際に、ZFP36が増加していることが判った。このことから、精神的疲労において、疲労によるeIF-2αのリン酸化に伴うシグナル伝達をZFP36が抑制することで、抗疲労効果を発揮することが判った。また、ZFP36は、精神的疲労のバイオマーカーとして、疲労の測定に利用可能であることもわかった。また、ZFP36の増加は、肝臓、心臓、筋肉、脳と多岐にわたり、これらの臓器における疲労抑制効果や疲労の度合いを個別に評価できることがわかった。統計学的有意はt検定で行い、何れの臓器においても、コントロール群(睡眠)と精神疲労負荷群(不眠)間においてp<0.05であった (図21A:肝臓、心臓、筋肉、図21B:脳)。
【実施例22】
【0147】
マウスの不眠モデルを用いて、不眠による精神的疲労による臓器中のTSC22D3(GILZ)の増加を測定した。
【0148】
(1) 方法
実施例21で示した実験と同様の方法で、疲労負荷をかけたマウスの疲労負荷をかけたマウス(C57BL/6NCrSlc)の肝臓、心臓、筋肉(n=4)のTSC22D3及びβ-アクチン(ACTB)のmRNAをTaqMan PCR法を用いて定量した。TSC22D3のプローブ及びプライマーの配列は下記の通り。
TSC22D3 probe, 5'-FAM- TTCTTCACGAGGTCCATGGCCTGCTCA -TAMRA-3'(配列番号:71)
TSC22D3 forward primer, 5'- GTGGTGGCCCTAGACAACAAG -3'(配列番号:72)
TSC22D3 reverse primer, 5'- CCTCTCTCACAGCGTACATCAG -3'(配列番号:73)
【0149】
(2) 結果
TSC22D3は、4時間および24時間の不眠においても有意に増加し、日常的に経験する精神的な労働の疲労の際に、TSC22D3が増加していることが判った。このことから、精神的疲労において、疲労によるeIF-2αのリン酸化に伴うシグナル伝達をTSC22D3が抑制することで、抗疲労効果を発揮することが判った。また、TSC22D3は、精神的疲労のバイオマーカーとして、疲労の測定に利用可能であることもわかった。また、TSC22D3の増加は、肝臓、心臓、筋肉、と多岐にわたり、これらの臓器における疲労抑制効果や疲労の度合いを個別に評価できることがわかった。統計学的有意はt検定で行い、何れの臓器においても、コントロール群(睡眠)と精神疲労負荷群(不眠)間においてp<0.05であった (図22)。
【実施例23】
【0150】
マウスの強制水泳モデルを用いて、肉体疲労直後のZFP36の増加を測定した。
【0151】
(1) 方法
実施例3で示した実験と同様の方法で、疲労負荷をかけたマウス (C57BL/6NCrSlc)の肝臓、心臓、脳、末梢血(n=6)のZFP36及びβ-アクチン(ACTB)のmRNAをTaqMan PCR法を用いて定量した。疲労負荷の時間は、肝臓、心臓、脳は1時間、末梢血は30分間で行った。各遺伝子のmRNA発現は、β-アクチンmRNA量との比率で評価した。プローブ及びプライマーの配列は実施例21の通り。
【0152】
(2) 結果
ZFP36は、30分間~1時間程度の運動負荷においても有意に増加し、日常的に経験する肉体労働の疲労の際に、ZFP36が増加していることが判った。このことから、肉体疲労において、疲労によるeIF-2αのリン酸化に伴うシグナル伝達をZFP36が抑制することで、抗疲労効果を発揮することが判った。また、ZFP36は、肉体疲労のバイオマーカーとして、疲労の測定に利用可能であることもわかった。また、ZFP36の増加は、肝臓、心臓、脳、末梢血と多岐にわたり、これらの臓器における疲労抑制効果や疲労の度合いを個別に評価できることがわかった。統計学的有意はt検定で行い、何れの臓器においても、運動前群と運動後群間においてp<0.05であった (図23A:肝臓、心臓、図23B:末梢血、脳)。
【実施例24】
【0153】
マウスの強制水泳モデルを用いて、肉体疲労直後のTSC22D3の増加を測定した。
【0154】
(1) 方法
実施例23で示した実験と同様の方法で、疲労負荷をかけたマウス (C57BL/6NCrSlc)の心臓、脳、末梢血(n=6)のTSC22D3及びβ-アクチン(ACTB)のmRNAをTaqMan PCR法を用いて定量した。疲労負荷の時間は、心臓、脳は1時間、末梢血は30分間で行った。各遺伝子のmRNA発現は、β-アクチンmRNA量との比率で評価した。プローブ及びプライマーの配列は実施例22の通り。
【0155】
(2) 結果
TSC22D3は、30分間~1時間程度の運動負荷においても有意に増加し、日常的に経験する肉体労働の疲労の際に、TSC22D3が増加していることが判った。このことから、肉体疲労において、疲労によるeIF-2αのリン酸化に伴うシグナル伝達をTSC22D3が抑制することで、抗疲労効果を発揮することが判った。また、TSC22D3は、肉体疲労のバイオマーカーとして、疲労の測定に利用可能であることもわかった。また、TSC22D3の増加は、心臓、脳、末梢血と多岐にわたり、これらの臓器における疲労抑制効果や疲労の度合いを個別に評価できることがわかった。統計学的有意はt検定で行い、何れの臓器においても、運動前群と運動後群間においてp<0.05であった (図24)。
【実施例25】
【0156】
ヒトの末梢血検体を使用して、ZFP36の測定を行った。
【0157】
(1) 方法
睡眠不足による精神的疲労が顕著であると考えられる、睡眠時無呼吸症候群(SAS)と診断された患者(図25: A, B, n=56; C, n=13)及び健常者(図25: A, B, n=21; C, n=18)を対象とした。血液をPAXgene Blood RNA 採血管 (日本BD)に採取した。血液RNAをPAXgene Blood RNA Kit (QIAGEN, Inc.)を用いて精製し、PrimeScript RT reagent Kit (Takara Bio, Inc.)を用いて、cDNA を合成した。血液中ATF3、Nck1、ZFP36とβ-アクチン(ACTB)のmRNAをApplied Biosystems QuantStudio real-time PCR System (Applied Biosystems)を用いて、TaqMan Arrayで以下条件のduplicateで定量した。プローブ、プライマーセット:ATF3 (Hs00231069_m1), Nck1 (Hs01592377_m1), ZFP36 (Hs00185658_m1), ACTB (Hs01060665_g1); 1 portあたり、TaqMan Gene Expression Master Mix (Applied Biosystems) 50 μl、cDNA 10 μl、PCR-grade water 40 μl。PCR条件: 初期ステップ:50℃ 2分、次に95℃ 10 分、95℃ 15 秒、60℃ 1 分を40サイクル。データの解析はExpressionSuite Software version v1.0.3 (Applied Biosystems)を用いた。図25の値は平均±標準誤差で示した。* P < 0.05, *** P < 0.001, **** P < 0.0001, Welch's t test.
【0158】
(2) 結果
SASでは、ヒトの末梢血検体中のATF3、Nck1及びZFP36が健常者(対照)と比べて増加していることが確認された。これにより、睡眠不足や精神的疲労を生じているヒトの末梢血液を利用した検査において、ATF3、Nck1及びZFP36による疲労測定が可能であることが示された(図25)。
【実施例26】
【0159】
ISRIBによるeIF-2αのリン酸化が関係するシグナル伝達経路の阻害による抗疲労効果の測定
低分子化合物Integrated Stress Response inhibitor (ISRIB)はISRの経路を阻害することで、記憶の増強などの効果を発揮することが知られていた。本発明者らは、本発明者らによる発見の裏付けと、抗疲労薬の開発を目的とし、ISRIBなどのISR阻害機能をもつ物質が抗疲労効果を持つかどうかを検討した。
【0160】
(1) 方法
ISRIBを2.5mg/kg腹腔注射したマウス(n=4)と、溶媒のみ注射した対照マウス(n=4)において、実施例3と同様のマウスの強制水泳実験装置を用いて、強制水泳50分後から10分間のマウスの移動距離(強制水泳開始後50分~60分の移動距離)をTopScan(CleverSys社)で測定した。
【0161】
(2) 結果
ISRIBを腹腔注射したマウスと、溶媒のみ注射した対照マウスの、強制水泳50分後から10分間の移動距離は、ISRIB群の方が有意に長かった。この結果より、ISRIBによって強制水泳の疲労が減少し、50分後においても、より長距離の水泳が可能となったことが判る。統計学的有意はマン=ホイットニーのU検定で行い、コントロール群とISRIB群間においてp<0.05であった (図26)。
【0162】
このことは、eIF-2αのリン酸化が疲労の増加をもたらすことを示すとともに、eIF-2αのリン酸化が関係するシグナル伝達経路を抑制する物質が抗疲労薬等の抗疲労物質として有用であることや、eIF-2αのリン酸化が関係するシグナル伝達経路を抑制する効果をもって、抗疲労薬等の抗疲労物質、抗疲労器具の実施等の抗疲労法の候補の抗疲労効果判定が可能であることを示すと考えられる。
【実施例27】
【0163】
SalubrinalによるeIF-2αの脱リン酸化の阻害による疲労回復機構の抑制
前述のeIF-2αリン酸化シグナル抑制因子であるGADD34およびCrePが関係する疲労回復機構であるeIF-2αの脱リン酸化を阻害する薬剤salubrinalによる、疲労増強効果を見いだした。
【0164】
(1) 方法
DMSO 3mlに20mg/ml のsalubrinal stock solutionを37.5μlを入れたもの100μlを腹腔注射したマウス(salubrinal)と、溶媒であるDMSOのみを100μl腹腔注射したマウス(対照)の、強制水泳開始10分後から10分間の移動距離(強制水泳開始後10分~20分の移動距離)を、実施例26と同様の実験系を用いて測定した。
【0165】
(2) 結果
Salubrinalを腹腔注射したマウスと、溶媒のみ注射した対照マウスの、強制水泳10分後から10分間の移動距離は、salubrinal群の方が有意に短かった。この結果より、salubrinalによって強制水泳の疲労抑制・回復が抑制され、強制水泳における移動距離が減少したものと考えられる。統計学的有意はt検定で行い、コントロール群とsalubrinal群間においてp<0.05であった (図27)。
この結果は、eIF-2αの脱リン酸化が抗疲労効果、とくに疲労抑制・回復効果をもつことを示すとともに、eIF-2αの脱リン酸化を促進する物質が抗疲労薬等の抗疲労物質として有用であることや、eIF-2αの脱リン酸化の効果をもって、抗疲労薬等の抗疲労物質、抗疲労器具の実施等の抗疲労法の候補の抗疲労効果判定が可能であることを示すものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0166】
本発明にかかる疲労度評価方法は、ストレスや疲労メカニズムの解明に利用することができ、ストレス解消方法の開発、疲労の程度評価、疲労にともなうメンタル面の評価をすることができる。また、本発明を利用することにより、市場に出回る抗疲労を謳う健康食品、特定保健用食品、栄養ドリンクおよび生体機能補完物質や、電化製品、家具、民間療法などの効果の定量化(評価)が可能になる。よって本発明は、医療業、製薬業、健康食品産業、健康機器産業等の広範な分野に利用が可能である。
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【配列表】
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