(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-02
(45)【発行日】2022-03-10
(54)【発明の名称】多能性幹細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20220303BHJP
【FI】
C12N5/071
(21)【出願番号】P 2018557524
(86)(22)【出願日】2017-07-21
(86)【国際出願番号】 JP2017026565
(87)【国際公開番号】W WO2018116511
(87)【国際公開日】2018-06-28
【審査請求日】2020-04-28
(31)【優先権主張番号】P 2016245644
(32)【優先日】2016-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】516381943
【氏名又は名称】学校法人神戸女学院
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】塩見 尚史
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/100140(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/004989(WO,A1)
【文献】特開2011-050379(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子組換えを行う工程を含まず、
ポリアミンを含む培地中でヒトまたはマウスの体細胞を培養することにより、多能性幹細胞を取得する、多能性幹細胞の製造方法
であって、
前記ポリアミンは、スペルミン、スペルミジン、プトレシン、および、それらのアセチル化体、並びに、それらポリアミンの2つ以上の重合体、からなる群から選択される少なくとも1種である、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞(ES細胞)は、胚盤胞期の内部細胞塊から作られる細胞であり、様々な細胞に分化できる多能性幹細胞である。1998年にカリフォルニア大学のジェームズ・トムソンらが、ヒトのES細胞の作製に成功したことをきっかけに、ES細胞を様々な細胞に分化させ、再生医療に利用することが期待されてきた。しかし、ヒトのES細胞を作製するにはヒトの受精卵を用いる必要があり、医療への利用は生命倫理上問題がある。そのため、現在ではES細胞を再生医療に利用することは見送られている。
【0003】
これに対して、山中らは乳腺由来の体細胞から、ES細胞と同等の機能を有する多能性幹細胞(iPS細胞)の作製にマウスで成功し、その後、ヒトのiPS細胞の作製にも成功している(非特許文献1:Cell、30巻、861頁-872頁、2007年)。ヒトのiPS細胞は、4つの遺伝子(SOX2、OCT3/4、c-Myc、Klf-4遺伝子)を、遺伝子組み換えにより同時に体細胞に導入して発現させることにより得られる。iPS細胞はES細胞と同様の性質を有して、様々な細胞や臓器に分化できる上に、ヒト胚を使用しないことから、再生医療への利用が期待されている。しかし、iPS細胞は、遺伝子操作により得るため、体細胞あたりのiPS細胞の変換率は非常に低い。そのため、現在までiPS細胞の作製方法と選別方法に様々な改良が加えられてきた(特許文献1:特開2008-283972号公報、特許文献2:特開2009-165480号公報、特許文献3:特開2014-000083号公報、特許文献4:国際公開第2013/163296号)。しかしながら、依然として体細胞からiPS細胞への変換率は低く、取得までに時間がかかることがiPS細胞の問題点の1つである。
【0004】
さらに、細胞は細胞表面に提示したHLA抗原により、自己と他人を区別している。iPS細胞で作製した細胞組織や臓器を再生医療に利用するためには、このHLA抗原の型を一致させる必要がある。言い換えれば、iPS細胞による再生医療では、すべてのHLA型を有するiPS細胞群を準備し、それをすべての細胞や臓器に分化したものを前もって準備しておく必要がある。しかし、HLA抗原の型は非常に多岐にわたっており、HLA抗原の型が一致する確率は千人から1万人に一人にすぎない。HLA型を有するiPS細胞群とそこから分化した細胞群を準備することは不可能ではないが、現実的には極めて困難である。さらに、細胞の自己と他人の区別は、HLA抗原以外でも行われているため、HLA抗原型の一致したiPS細胞により、再生医療を行ったとしても、患者は自己免疫反応が生じ、免疫抑制剤を投与し続ける必要がある。このことは、患者にとって大きい負担を強いることになる。
【0005】
上記の2つの問題は、「患者から直接細胞を取り出し、それを再生医療に使う」ことにより解決できる。しかし、iPS細胞では、(1)4つの遺伝子を遺伝子操作により導入し選別するため、作製の時間と手間がかかる、(2)iPS細胞を得る確率は低く再生医療に十分な細胞を確保するまでに時間がかかる、(3)遺伝子を導入するために得られたiPS細胞の安全確認に時間がかかる、(4)ひとり当たりに膨大な労力が必要になり高額の医療費が発生するなどの理由により、患者自身の細胞を再生医療に利用することは極めて困難である。
【0006】
一方、遺伝子組換えを用いることなく、短時間、高効率で多能性幹細胞を作製する方法を開発できれば、患者自身の細胞から、多能性幹細胞を作製することが可能になり、再生医療の実現性は非常に高まる。このような細胞の作製法に関する報告は、現在2つしか報告されていない。
【0007】
その1つは、STAP細胞である(非特許文献2:Nature、505巻、641頁-647頁、2014年、特許文献4)。理化学研究所の小保方らのグループは、紅茶の成分を使うことでiPS細胞と同等の細胞であるSTAP細胞を作製できることを発見した。しかし、その後に数多くの検証がなされ、STAP細胞は、ES細胞自身を用いた可能性が高く、STAP細胞の作製方法を提示した論文そのものが、捏造または誤りであることが立証された。
【0008】
もう1つは、2016年にKimらにより報告された研究(非特許文献3:Biochemical and Biophysical Research Communications、472巻、589頁-591頁、2016年)であり、これが最新の研究である。彼らは癌細胞に刺激を与え、生き残った細胞がiPS細胞に近い細胞であることを発見した。この論文は、「STAP細胞を作製できた」という見出しで、一部の報道が誤って報道したが、当該論文で得られた細胞は、iPS細胞マーカーを発現しておらず、多能性幹細胞ではない。論文の著者自身の結論も「多能性幹細胞は得られなかった」と結論している。
【0009】
すなわち、2016年現在においても、化合物で刺激することにより多能性幹細胞を誘導する方法は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2008-283972号公報
【文献】特開2009-165480号公報
【文献】特開2014-000083号公報
【文献】国際公開第2013/163296号
【非特許文献】
【0011】
【文献】Cell、30巻、861頁-872頁、2007年
【文献】Nature、505巻、641頁-647頁、2014年
【文献】Biochemical and Biophysical Research Communications、472巻、589頁-591頁、2016年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
遺伝子組換えを用いることなく、短時間、高効率でiPS細胞と同等の機能を有する多能性幹細胞を製造できれば、患者自身の細胞を使って、多能性幹細胞を製造することも可能であり、再生医療の実現性は非常に高まる。しかしながら、上述のとおり、そのような多能性幹細胞の製造方法は、これまで全く見出されていない。
【0013】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、iPS細胞と同等の機能を有する多能性幹細胞を得ることのできる、多能性幹細胞の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、以下のとおりである。
[1] ポリアミン、または、DNAメチル化阻害物質を含む培地中で、動物細胞を培養することにより、多能性幹細胞を取得する、多能性幹細胞の製造方法。
[2] 前記ポリアミンは、スペルミン、スペルミジン、プトレシン、および、それらのアセチル化体、並びに、それらポリアミンの2つ以上の重合体、からなる群から選択される少なくとも1種である、[1]に記載の製造方法。
[3] 前記DNAメチル化阻害物質は、DNAメチル化酵素をコードする遺伝子の発現を阻害するsiRNA、5-アザ-2’-デオキシシチジン、シネフンギン、ゼブラリン、エチオニン、アセチルメチオニン、および、セレノメチオニンからなる群から選択される少なくとも1種である、[1]または[2]に記載の製造方法。
【0015】
本発明者は、細胞を初期化する働きのある物質について、数多くの物質を用いて探索し、得られた細胞の性質を調べた。本発明者の鋭意努力の結果、ポリアミンに、細胞の初期化に関する遺伝子群の発現を誘導する働きがあることを発見した。さらに、本発明者は、ポリアミンが結果的にDNAのメチル化を阻害し、それが細胞を初期化していることを発見し、DNAメチル化阻害物質を用いても同様の細胞を得られることを見出した。また、ポリアミン、または、DNAメチル化阻害剤による細胞の分化誘導を進めると、ES細胞またはiPS細胞のマーカータンパク質を有する細胞に変化し、当該細胞が多能性幹細胞になることを発見した。
【0016】
それだけでなく、当該多能性幹細胞は、多能性を保持した状態で培養可能であり、胚様体に分化させる培地で、内胚葉、中胚葉、外胚葉などの様々な体細胞に再分化することも確認でき、本発明を完成するに至った。
【0017】
以下、本明細書において、ポリアミンを用いて得られた多能性幹細胞をPIS細胞(Polyamine-Induced Stem cells)と呼び、DNAメチル化阻害剤を用いて得られた多能性幹細胞をDIS細胞(Demethylation-Induced Stem Cells)と呼ぶ場合がある。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、iPS細胞と同等の機能を有する多能性幹細胞を得ることのできる、多能性幹細胞の製造方法を提供することができる。なお、本発明の製造方法は、全く新しい方法であるだけでなく、遺伝子組換えを用いることなく、動物細胞から多能性幹細胞を得た点において、本発明の有用性は極めて高い。
【0019】
さらに、PIS細胞およびDIS細胞では、1~3日で得られる上に、当該細胞への転換効率も非常に高く、細胞の分離も容易という優れた特徴がある。iPS細胞は、時間と手間がかかるだけでなく、iPS細胞を得る確率は低いことから、PIS細胞およびDIS細胞はiPS細胞の作製方法と比較して、進歩性が極めて高い。
【0020】
また、患者から取得した細胞をiPS細胞に分化して再生医療に利用することは、既に記載の理由により困難であり、そのことが再生医療の実用化における大きな障害となっている。本発明のPIS細胞またはDIS細胞を作製する方法では、さまざまな細胞を短時間且つ高効率でPIS細胞またはDIS細胞に変換できる。このため、患者の一部の組織または脂肪組織等を採取すれば、再生医療に十分なPIS細胞またはDIS細胞の細胞量を短期間で確保することができる。即ち、PIS細胞またはDIS細胞を作製する方法を利用すれば、患者自身の細胞を用いて短期間で再生医療を行うことが可能になり、治療後に免疫抑制剤を使用する必要がなく、理想的な再生医療を行うことが可能である。iPS細胞と比較した場合、この点において本発明の進歩性および有効性は極めて高い。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、肺由来線維芽細胞TIG-1-20からPIS細胞への変化の様子を示す。
図1のAは、スペルミンで誘導前のTIG-1-20細胞を示す。
図1のBは、40μMのスペルミンで6時間誘導後にTIG-1-20細胞に起こる変化の様子を示す。
図1のCは、40μMのスペルミンで36時間誘導することにより得られたPIS細胞を示す。
【
図2】
図2は、リアルタイムPCRにより測定したmRNAの発現量を示す。縦軸は、TIG-1-20のmRNA量に対するPIS細胞のmRNA量の比率(倍)を示す。
【
図3】
図3は、Human ES/iPS Cell Characterization Kitにより活性染色または免疫染色を施したPIS細胞を示す。左からアルカリホスファターゼの活性染色、SSEA4、TRA-1-60、TRA-1-81に対する抗体を用いた蛍光免疫染色。灰色に見える部分が蛍光部位を示す。
【
図4】
図4は、Cardiomyocyte Differentiation KitによりPIS細胞を心筋細胞に誘導した様子を示す。
図4のAは、EBを形成している様子を示す。
図4のBは、EBから前駆心筋細胞が形成される様子を示す。
図4のCは、微細動のある心筋細胞の様子を示す。
【
図5】
図5は、マウス前駆白色脂肪細胞株3T3-L1をPIS細胞に分化した様子を示す。
図5のAは、3T3-L24細胞の様子を示す。
図5のBは、形成されたEBの様子を示す。
【
図6】
図6は、マウス前駆白色脂肪細胞C3H10T1/2株をDIS細胞に分化した様子を示す。
図6のAは、DIS細胞(DIS-SI細胞)の様子を示す。
図6のBは、DIS細胞(DIS-Aza細胞)の様子を示す。
図6のCは、DIS-Aza細胞を分化して得られた血球系細胞の初期分化の様子を示す。
図6のDは、得られた神経幹細胞と神経様物資の初期分化の様子を示す。
【
図7】
図7は、PIS細胞をさまざまな胚葉に高効率で分化させた様子を示す。
図7のAは、外胚葉に分化した様子を示す。
図7のBは、中胚葉に分化した様子を示す。
図7のCは、内胚葉に分化した様子を示す。
【
図8】
図8は、PIS細胞を褐色脂肪細胞に分化した様子を示す。
図8のAは、褐色脂肪細胞に分化した細胞がUCP1を発現している様子を示す。
図8のBは、褐色脂肪細胞に分化した細胞が脂肪を蓄積している様子を示す。
【
図9】
図9は、マウス脂肪細胞3T3-L24をPIS細胞に分化した細胞が、高効率で神経幹細胞および成熟神経細胞に分化した様子を示す。
図9のAは、神経幹細胞に分化した様子を示す。
図9のBとCは、神経幹細胞が神経細胞に分化した様子を示し、
図9のBは成熟神経細胞のマーカー遺伝子TubulinIIIを発現している様子を示す。
図9のCは成熟神経細胞のマーカー遺伝子MAP2を発現している様子を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、培地に、ポリアミン、または、DNAメチル化阻害物質を添加し、動物細胞を(ES細胞またはiPS細胞と類似の形態を有するまで)培養することにより、多能性幹細胞を取得する、多能性幹細胞の製造方法である。
【0023】
なお、動物細胞とは、培養により増殖可能で正常な動物の細胞であればよい。ここで、動物はヒトを含み、好ましくは哺乳動物である。ヒト以外の哺乳動物としては、特に限定されないが、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギなどが挙げられる。哺乳動物以外の動物としては、例えば、ショウジョウバエなどの昆虫類などが挙げられる。
【0024】
動物細胞としては、例えば、線維芽細胞、表皮細胞、乳腺細胞、脂肪細胞、筋芽細胞、骨芽細胞、肝細胞、血管内皮細胞、または、それらの前駆細胞などが挙げられる。他の動物細胞としては、例えば、血球系幹細胞、間葉系幹細胞、神経幹細胞などの幹細胞が挙げられる。
【0025】
例えば、ヒトの細胞は、ヒト正常細胞の分譲を行っている保存機関(ATCC、JCRBなど)から分譲を受けるか、ヒト正常細胞の販売を行う市販のメーカーから購入するか、または、ヒトから細胞を取り出すことにより取得できる。例えば、ヒトなどの動物の組織から細胞を取り出して用いる場合は、組織検査の装置を用いた組織の一部のサンプリング、手術等による組織の部分的切除、脂肪吸引等の方法により、組織を得た後、トリプシン等の酵素により細胞を分離し、動物細胞用の培地で培養する。
【0026】
(ポリアミン)
本発明に用いられるポリアミン(polyamine)は、直鎖脂肪族炭化水素に第一級アミノ基あるいは第二級アミノ基が合計で2つ以上結合した化合物を意味する。
【0027】
ポリアミンとしては、例えば、スペルミン(CAS登録番号71-44-3)、スペルミジン(CAS登録番号124-20-9)、プトレシン(CAS登録番号110-60-1)、および、それらのアセチル化体、並びに、それらポリアミンの2つ以上の重合体が挙げられる。
【0028】
ポリアミンのアセチル化体(アセチル化ポリアミン)としては、例えば、N-アセチルプトレシン、N-アセチルスペルミジン、N-アセチルスペルミン、ジアセチルプトレシン、ジアセチルスペルミジン、ジアセチルスペルミンが挙げられる。なお、ポリアミンの2つ以上の重合体は、化学合成により得ることができる。
【0029】
ポリアミンは、炭素鎖3~4の間隔でアミノ基(-NH2基または-NH-基)が存在することで、ヒストンまたは染色体に作用し、細胞を初期化する遺伝子群の発現を誘導する特徴がある。したがって、上記以外のポリアミン(生体内に存在する他のポリアミン、化学合成により得られた他のポリアミンなど)のうち、スペルミン、スペルミジン、プトレシン等と類似の構造を有する化合物も、本発明に用いることができる。なお、ポリアミンの遺伝子発現を誘導する能力は、スペルミン、スペルミジン、プトレシンの順に強く、直鎖分子の長さが長いほど、モル濃度当たりの遺伝子の発現を誘導する効果は大きい。
【0030】
なお、ポリアミンは水溶性のため、10~100mM程度の濃度のポリアミン水溶液を作製し、0.2μmの濾過フィルターにより滅菌処理した後、適切な濃度になるように培地に添加して使用することができる。
【0031】
(DNAメチル化阻害物質)
本発明に用いられるDNAメチル化阻害物質としては、例えば、以下の2種類が挙げられる。
【0032】
DNAメチル化阻害物質の1種としては、DNAメチル化酵素をコードする遺伝子(DNMT)の発現を阻害するsiRNAが挙げられる。DNAメチル化酵素とは、細胞を複製する際に親細胞から娘細胞にDNAのメチル化情報を正確に伝える酵素(DNMT1)、娘細胞のDNAをメチル化する酵素(DNMT3)などである。siRNAとは、特定の遺伝子のmRNAと相補する短いRNAであり、該特定の遺伝子の発現を阻害することができる。ヒトやマウスでは、DNMT1コード遺伝子またはDNMT3コード遺伝子が、DNMTをコードする遺伝子に該当し、例えば、それらの発現を阻害するsiRNAとして、キアゲン社のsiRNAをマニュアルに従って添加することにより、DNAのメチル化を効率よく阻害することができる。
【0033】
DNAメチル化阻害物質の他の1種としては、メチオニン類似物質が挙げられる。メチオニン類似物質は、メチル化反応の反応基質であるアデノシルメチオニンの合成を阻害することにより、メチル化反応を阻害する。
【0034】
メチオニン類似物質としては、例えば、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5-Aza-dc,CAS登録番号2353-33-5)、シネフンギン(CAS登録番号58944-73-3)、ゼブラリン(CAS登録番号360-10-6)、エチオニン(CAS登録番号13073-35-3)、アセチルメチオニン(CAS登録番号567-82-7)、セレノメチオニン(CAS登録番号3211-76-5)が挙げられる。これらのメチオニン類似物質は、水溶性であるため、10-100mM程度の濃度の水溶液を調製し、該水溶液を0.2μmの濾過フィルターにより滅菌処理した後、適切な濃度になるように培地に添加して使用することができる。
【0035】
ポリアミンによる多能性幹細胞(PIS細胞)、または、DNAメチル化阻害物質による多能性幹細胞(DIS細胞)への誘導は、動物細胞をポリアミンまたはDNAメチル化阻害物質の在下で培養することにより実施できる。細胞培養用のフラスコ、デッィシュあるはプレートに、細胞の増殖で使用される通常の培地を添加し、細胞を播種し、通常の培養温度(37℃程度)のCO2インキュベーターで培養することにより、細胞をフラスコ底面で増殖している状態にする。ヒト細胞の増殖で使用される通常の培地として、例えば、最少培地(Minimum Essential medium:MEM)やiPS細胞用の培地などを利用することができ、25cm2の培養フラスコの場合、10万~100万個程度の細胞を播種することが好ましい。
【0036】
フラスコ底面に細胞が付着して細胞の増殖が開始した後、適切な濃度のポリアミン水溶液、または、DNAメチル化阻害物質の水溶液を添加し、さらに通常の培養温度(37℃程度)のCO2インキュベーターで1~4日間程度培養する。当該操作により、細胞内には無数の小さな球体が生じ、フラスコ底面に付着していた細胞が浮遊し、小さな球体の入った球状の細胞となって、ES細胞またはiPS細胞と類似の形態に変化する。この細胞が、多能性幹細胞のPIS細胞またはDIS細胞である。
【0037】
ポリアミンまたはDNAメチル化阻害物質の添加量が少ない場合、PIS細胞またはDIS細胞への変化が起こらず、添加量が多い場合、細胞のアポトーシス(細胞死)が誘導される。そのため、ポリアミンまたはDNAメチル化阻害物質は、PIS細胞またはDIS細胞への変化が起こる最低濃度で添加し、可能な限りアポトーシスを起こさないようにする必要がある。ポリアミンまたはDNAメチル化阻害物質の添加濃度と培養時間は、細胞種と細胞数に依存する。そのため、ポリアミンまたはDNAメチル化阻害物質の添加濃度は、光学顕微鏡観察により、PIS細胞またはDIS細胞に変化することを確認できる最少濃度を、予備実験により確認することが望ましい。
【0038】
例えば、10~100万個の正常な線維芽細胞、脂肪細胞の場合、スペルミンを10μM~100μM程度添加した培地で1~2日間培養すれば、それらの細胞をPIS細胞に変化させることができる。さらに、上記の繊維芽細胞等に対しては、DNMTをコードする遺伝子の発現を阻害するsiRNAを5~10nM程度添加した培地、5-Aza-dcを20~80μM程度添加した培地、または、エチオニンを1~10mM程度添加した培地で、1~3日間培養すれば、それらの細胞をDIS細胞に変化させることができる。
【0039】
上記ポリアミンまたは上記siRNAを含有する培地で培養することにより得られたPIS細胞またはDIS細胞は、上記ポリアミンまたは上記siRNAを含有する培地で1~4日間程度培養できる。しかし、アポトーシスにより、次第に生存率が低下するため、光学顕微鏡によりPIS細胞への変化を確認すると、0~1日以内に、浮遊したPIS細胞またはDIS細胞を含む培養液を回収し、通常の速度(800~2000rpmで3分間程度)で遠心分離を行うことにより、PIS細胞を集めることが好ましい。
【0040】
また、培地には、培養の際に、PIS細胞の生存率の低下を防ぐための阻害剤を添加してもよい。生存率の低下を防ぐための阻害剤としては、例えば、Rock阻害剤およびアポトーシス阻害剤が使用できる。Rock阻害剤としては、例えば、Y-27632、チアゾビビン、SB431542、PD0325901、アポトーシス阻害剤としては、例えば、p53阻害剤、Bax阻害剤、カスパーゼ阻害剤が挙げられる。
【0041】
一方、DNAメチル化阻害物質として、5-アザ-2’-デオキシシチジン、シネフンギン、ゼブラリン、エチオニン、アセチルメチオニン、セレノメチオニンを用いた場合、DNAのメチル化だけでなく様々なメチル化を阻害し、強い細胞毒性を有する。したがって、細胞の浮遊が起こるとすぐに、浮遊したDIS細胞を含む培養液を回収し、通常の速度(800~2000rpmで3分間程度)で遠心分離を行うことによりDIS細胞を集めることが好ましい。
【0042】
遠心分離により回収したPIS細胞またはDIS細胞は、細胞からの分化が非常に高い割合で起こるため、胚様体(EB)を経由した内胚葉、外胚葉、中胚葉への再分化を直接行うことができる。しかしながら、再生医療に使う場合、「ES細胞またはiPS細胞と同等の形質を安定して発現させ、且つPIS細胞またはDIS細胞のみを選別する」必要がある。この場合は、ES細胞またはiPS細胞様の多能性の形質を獲得し且つ保持するための培地に添加することが好ましい。PIS細胞またはDIS細胞の多能性の形質を獲得し且つ保持するための培地として、例えば、ヒトの細胞の場合、Cellartis(登録商標) DEF-CS 500 Culture System(タカラバイオ株式会社)、mTeSR1(ベリタス社)など多くの市販の培地を用いることができる。また、当該培地での培養において、PIS細胞の生存率の低下を防ぐためには、Rock阻害剤Y-27632、チアゾビビン、SB431542、PD0325901を添加することも可能である。
【0043】
これらの培地でPIS細胞またはDIS細胞の集合体を培養すると、弱く付着(または浮遊)する。ピペッティング(ピペットにより培養液を吸引、排出を繰りかえして懸濁する操作)により当該細胞を浮遊させ、培地と細胞を回収し、遠心分離により細胞を集めた後、新しい培地に移す操作を行う。PIS細胞またはDIS細胞に分化していないもとの体細胞は、強固に付着するため、ピペッティングでは剥がれず、PIS細胞の集合体またはDIS細胞の集合体のみを回収できる。
【0044】
さらに、PIS細胞またはDIS細胞の集合体を、Tryp LE Select(Gibco)、0.25%トリプシン溶液(Gibco)、Accutase-Solution(フナコシ社)等によって、細胞が分散した状態にし、Cellartis(登録商標) DEF-CS 500 Culture System(タカラバイオ株式会社)で培養した場合、個々のPIS細胞を培養器の底面に弱く付着した状態で増殖させることができる。
【0045】
Rock阻害剤およびアポトーシス阻害剤を添加して培養した場合、細胞にわずかな収縮が見られるが、細胞の浮遊は起こらない。この場合、Tryp LE Select、0.25%トリプシン、Accutase-Solution等により細胞を剥離させ、細胞をPBS等で洗浄後、DEF-CS 500 Culture Sytem等のiPS細胞用の培地で1-3日間培養すればよい。こうして得られたPIS細胞は、DEF-CS 500 Culture SytemあるいはStemSure(登録商標) ゼラチン溶液(和光純薬(株))等のゼラチン溶液でプレートをコートすることで、付着培養することができる。これにより、細胞の障害が修復され、アポトーシスを起こさず、且つ、高効率でPIS細胞を得ることができる。
【0046】
PIS細胞またはDIS細胞がiPS細胞と同等の形質を有することは、iPS細胞に特異的なSOX2、Oct3/4、c-Mycなどの遺伝子マーカーの発現、アルカリホスファターゼ活性の発現、または、SSEA-4、TRA1-60、TRA1-81などの表面抗原マーカーの発現等を調べることにより確認でき、遺伝子の発現上昇の確認にはRT-PCRまたはリアルタイムPCRを、iPS細胞に特異的な酵素または表面抗原の確認には、抗体を用いた免疫染色、ウエスタンブロッティングまたはFACSを利用すればよい。
【0047】
PIS細胞またはDIS細胞から様々な細胞への分化誘導は、iPS細胞で使用される誘導方法と同様の方法により行うことができる。
【0048】
PIS細胞またはDIS細胞は、iPS細胞と同様に、Embryoid body(EB)を経て、内胚葉、中胚葉、外胚葉などに分化し、その後、心筋細胞、脂肪細胞、神経細胞など様々な体細胞に分化できる。細胞の分化において、iPS細胞と同様に、均一なEBを形成することで、PIS細胞またはDIS細胞の分化効率が高まる。
【0049】
均一なEBの形成には、数多くの市販のプレートが存在し、それら利用することも有効な手段である。例えば、胚様体形成プレートAgrowell(ベリタス社)、リピジュア(登録商標)-コートプレート(日油株式会社)、EZSPHERE(AGCテクノグラス)などを用いることで均一なEBを得ることができる。
【0050】
また、様々な細胞への分化もiPS細胞の場合と全く同じ培地で行うことができる。様々な細胞への分化誘導を行える市販の試薬が数多く存在し、それら利用することも有効な手段である。例えば、胚体内胚葉(ED)への分化はCellartis(登録商標) Definitive Endoderm ChiPSC18(タカラバイオ株式会社)、心筋細胞や肝細胞への分化はPSdif-Cardio Cardiomyocyte Differentiation Kit(フナコシ株式会社)、Cellartis(登録商標) iPS Cell to Hepatocyte Differentiation System(タカラバイオ株式会社)、神経細胞への分化には、SETMdiff Neural Induced Medium(ベリタス社)を用いることにより、PIS細胞またはDIS細胞から効率よく細胞を分化することができる。
【実施例】
【0051】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明する。しかしながら、以下の実施例は本発明の例示であって、本発明を限定することを意図するものではない。
【0052】
実施例1:ポリアミンに細胞を初期化する能力があることの証明
【0053】
この実験は、ポリアミンが、初期化する能力があることを証明するために実施した。
【0054】
ヒト肺由来の線維芽細胞TIG-1-20をJCRB細胞バンク(JCRB0501株)より入手した。ヒト線維芽細胞TIG-1-20(分裂回数33回、10万個)を、6mLの最少培地(MEM)を含む25cm2の培養フラスコで、1日間培養し、細胞を付着させた。10mMのプトレシン、200μMのスペルミジン、または40μMのスペルミンを添加したものと、それらを添加していないもの(コントロール)とを、37℃で1日間CO2インキュベーター中で培養した。
【0055】
スペルミンを添加して培養したときの結果を、
図1に示した。繊維芽細胞TIG-1-20(
図1A)の細胞内に6時間後には細かな粒子上のものが出現し(
図1B)、その後培養を続けると、細胞がフラスコ底部からはがれてES細胞に近い細胞(
図1C)に変化した。
【0056】
細胞が剥がれてから12時間後、培地中に懸濁した当該細胞(PIS細胞)を遠心分離(800rpm、3分間)により回収し、Cellartis(登録商標) DEF-CS 500 Culture System(タカラバイオ株式会社)を用いて培養した。培養は、24穴のプレートにDEF-CS COAT-1のPBS(+)希釈液を1時間処理した後、PIS細胞を6mLの培地添加剤を添加したDEF-CS Basal Mediumに懸濁し、2mLずつ3ウェルに分注して、37℃で2日間培養した。細胞をピペッティングにより剥がし、遠心分離(800rpm、3分間)によりPIS細胞を回収した。得られた細胞は、RNeasy Lipid Tissue Mini KitとQuantiTech Reverse Transcription Kit (キアゲン社)を用いて、mRNAの抽出とcDNAの合成を行い、リアルタイムPCR用のプライマーとリアルタイムPCR(キアゲン社)を用いて、TERT、DMNT1、SOX2、OCT3/4のmRNAの発現量を調べた。
【0057】
リアルタイムPCRの結果を
図2に示した。DNMT1遺伝子は、DNA複製の際に、親細胞DNAのメチル化情報を娘細胞に伝える役割のメチル化転移酵素をコードする遺伝子である。
図2に示すように、PIS細胞では、DNMT1の発現が完全に抑制されており、DNAのメチル化の初期化が起こることがわかった。また、テロメアを伸長するテロメラーゼをコードする遺伝子(TERT遺伝子)の発現が著しく増加した。つまり、老化により短くなったテロメア伸長(初期化)が起こっていた。さらに、ES細胞のマーカー遺伝子であり細胞の初期化を誘導するSOX2とOCT3/4遺伝子の発現量が増加していた。以上のように、ポリアミンは、細胞の初期化を誘導することが立証された。
【0058】
実施例2:PIS細胞がiPS細胞と同等の形質を有していることの証明
【0059】
この実験は、PIS細胞が、iPS細胞に特異的なタンパク質を発現していることを証明するために行った。
【0060】
実施例1で用いた方法と全く同じ方法によりPIS細胞を、Cellartis(登録商標) DEF-CS 500 Culture System(タカラバイオ株式会社)を用いて培養し、形質の安定したPIS細胞を得た。当該培地中で、弱く付着したPIS細胞をピペティングにより懸濁した後、1,500rpmで4分間遠心分離して細胞を集めた。
【0061】
得られたPIS細胞は、Human ES/iPS Cell Characterization Kit (Applied Stem Cell社)により、アルカリホスファターゼ活性と3つの表面抗原(SSEA-4、TRA-1-60、TRA-1-81)の確認を行った。また、iPS細胞は、アルカリホスファターゼを発現する特徴がある。さらに、SSEA-4、TRA-1-60、TRA-1-81は、iPS細胞のマーカー遺伝子であり、iPS細胞に特異的に発現するタンパク質である。
【0062】
PIS細胞を0.2mL用のサンプルチューブに入れ、懸濁細胞の状態で固定化処理、透過処理、ブロッキングをした後、1次抗体および2次抗体を結合させた。2次抗体で標識した細胞は、マウント液と1:1で混合してスライドグラスを作製し、蛍光顕微鏡(EVOS社、EVOS FL Auto)により蛍光を確認した。結果を
図3に示した。
【0063】
図3は、染色体を蛍光染色した図であり、蛍光物質により、活性染色または免疫染色の図である。蛍光がある場合、
図3の写真では灰色に示される。
図3から明らかなように、アルカリホスファターゼ活性の強い活性およびSSEA-4、TRA-1-60、TRA-1-81抗原の強い発現を確認した。以上のように、PIS細胞はiPS細胞に特異的なタンパク質を発現していることを証明できた。
【0064】
実施例3:PIS細胞が様々な細胞に分化する能力を保持していることの確認
【0065】
この実験は、PIS細胞が、胚様体を形成し、様々な細胞に再分化できる能力があることを証明するために行った。
【0066】
実施例2において得られたPIS細胞を用いて、心筋細胞に分化させる実験を行った。PSdif-Cardio Cardiomyocyte Differentiation Kit(フナコシ株式会社)を用い、当該キットが提供するマニュアルに従って、培養を行った。心筋細胞に分化誘導した結果を
図4に示した。PIS細胞は、EBを形成し(
図4A)、前駆心筋細胞(
図4B)に変化し、最終的には微細な振動をする心筋細胞(
図4C)に変化した。以上のように、PIS細胞は、胚葉体および体細胞に分化する能力を有する多能性幹細胞であることを証明できた。
【0067】
実施例4:ヒト線維芽細胞以外の細胞でもPIS細胞を作製できることの確認
【0068】
この実験は、ヒト線維芽細胞以外の細胞から、PIS細胞を作製できることを確認するために行った。
【0069】
マウス前駆脂肪細胞株3T3-L1(
図5A)をEDCCより入手した。3T3-L1株を6mLのDMEM(Dulbecco's modified Eagle Medium)を含む25cm
2の培養フラスコで1日間培養し、細胞を付着させた。1mMのスペルミンを添加したものを、37℃で3日間CO
2インキュベーター中で培養した。その結果、実施例1と同様に、ES細胞様の細胞(PIS-L1細胞)を得ることができ、
図5のBに示すようにPIS-L1細胞は、EBを形成した。以上のように、PIS細胞の作製方法は、ヒト線維芽細胞だけでなく、マウス脂肪細胞など様々な種の様々な細胞に適用できる方法であることを証明できた。
【0070】
実施例5:DNAメチル化阻害物質に細胞を初期化する能力があり、DIS細胞に変化することの証明
【0071】
この実験は、DNAメチル化阻害剤に、細胞をES細胞の状態まで初期化する能力があり、DIS細胞を作製できることを証明するために実施した。
【0072】
キアゲン社のDNAメチル化酵素(DNMT1、DNMT3AおよびDNMT3B)をコードする遺伝子の発現を阻害するsiRNA(カタログ番号SI000189910、SI00982338およびSI00165382)を入手した。また、マウス脂肪細胞由来株C3H10T1/2(EC90110523-F0)をECACCより入手した。24穴のプレートを用いて、DMEM中で該細胞を1日間培養し、細胞をプレートの各ウェルの底面に付着させた。siRNAによる遺伝子のサイレンシングは、RNAi Human/Mouse Starter Kit(キアゲン社)を用いて行った。これら3つのsiRNA(5nM)を含む200μLのDMEM(血清を含まない)に、6μLのHyperfect Transfer Reagentを加えてsiRNAの沈澱物を形成した後、1日間培養した。その後、200μLのLIF(Wako(株) カタログ番号129-05601)を添加したES細胞用無血清培地(DSファーマバイオ社)と交換しさらに3日間培養した。その結果、
図6のAに示すように、マウス脂肪細胞由来株C3H10T1/2は、DIS細胞(DIS-SI細胞)に変化したが、変化しないマウス脂肪細胞由来株C3H10T1/2は細胞底面に付着したままであり、DIS-SI細胞のみを培地から回収できた。
【0073】
5-Aza-dcについても同様の実験を行った。C3H10T1/2株を500mLのDMEMを含む25cm
2の培養フラスコで1日間培養し、細胞を付着させた40μMの5-Aza-dcを添加したDMEMで培養した後、6mLのLIF(Wako(株) カタログ番号129-05601)と40μMの5-Aza-dcを添加したES細胞用無血清培地(DSファーマバイオ社)と交換しさらに3日間培養した。その結果、
図6のBに示すように、前駆脂肪細胞の3T3-L1は、DIS細胞(DIS-Aza細胞と呼ぶ)に変化したが3T3-L1細胞は細胞底面に付着したままであり、DIS-Aza細胞のみを培地から回収できた。
【0074】
さらに、得られたDIS-Aza細胞をマウスES細胞から造血系細胞への分化培地であるES-Cut Hematopoietic Differentiation Kit with Cytokine(ベリタス社、カタログ番号ST-03160)を用いて、初期分化を行った。その結果、
図6のCに示すように血球系細胞への初期分化を確認した。また、神経前駆細胞への分化培地(STEMdiff Neural Induction Medium、ベリタス社)を用いて、DIS-Aza細胞を神経細胞に分化させた。
図6のDに示すように、DIS-Aza細胞は、神経幹細胞および神経様細胞に分化した。以上のように、DNAメチル化阻害物質を用いてもポリアミンと同様に、細胞を多能性幹細胞に初期化する能力があり、様々な細胞に分化するDIS細胞を作製できることを証明できた。
【0075】
実施例6:高効率でPIS細胞を作製できることの確認
【0076】
この実験は、(1)体細胞を高効率でPIS細胞にでき、(2)得られたPIS細胞を高効率で外胚葉、中胚葉または内胚葉に分化することが可能であり、(3)高効率で様々な細胞に分化できることを証明するために実施した。
【0077】
ヒト肺由来の線維芽細胞TIG-1-20(分裂回数30-35回)を、6mLの最少培地(MEM)を用いて、25cm2の培養フラスコ中で1日間培養し、フラスコの底面に付着させた。培養フラスコに、Rock阻害剤である20μMのY-27632および5μMのチアゾビビンと、アポトーシス阻害剤である60μMのp53阻害剤(Cyclic pifthrin―α―hydrobtomide)および30μMのBax阻害剤(Bax Inhibitor Peptide V5)とを添加して8時間培養し、この4種類の阻害剤を十分に細胞内に取り込ませた。その後、100mMのスペルミン溶液を添加して、24時間培養した。培養した細胞は、阻害剤の影響によりRockの活性化とアポトーシスとが抑制されるためにやや縮んだ状態になるが、それ以外には変化が見られなかった。また、Hoechst 33342で核染色した場合も、アポトーシス時に起こる染色体の断片化は見られなかった。
【0078】
培養フラスコに、Tryp-LE Select溶液(Gibco)0.8mLを添加して細胞をはがし、PBS溶液10mLに入れた後、遠心分離(800rpm、3分間)により細胞を回収した。上澄みを取り除いた後、PBS溶液10mLを用いて同様の操作を行った。得られた細胞を、DEF-CS 500 Culture System(タカラバイオ株式会社)を用いて2日間培養し、細胞の修復を行うと同時に、安定したPIS細胞を得た。その後、このPIS細胞を、Stem XVivo Ectoderm Kit、Stem XVivo Mesoderm Kit、Stem XVivo Endoderm Kit (R&D Systems社)を用いて、外胚葉、中胚葉または内胚葉に分化させた。分化した細胞は、これらのキットに含まれている抗ヒトOct2ヤギ抗体、抗ヒトBrachyuryヤギ抗体および抗ヒトSOX17ヤギ抗体を一次抗体として用い、Alexa Fluor(登録商標) 555を結合した抗ヤギIgGウサギ抗体を二次抗体として用いて、蛍光免疫染色を行った。その結果、
図7のA~Cに示すように、ほとんどの細胞が効率良く(90%以上)、外胚葉、中胚葉または内胚葉に分化していることを確認した。
【0079】
さらに、PIS細胞に対し、PS-dif BA Brown Adipocyte Differentiation Kit(ベリタス社)を用いて、中胚葉への誘導および褐色脂肪細胞への分化を行った。得られた細胞は、抗UCP1ウサギ抗体(Biosis社:bs192R)を用いて免疫染色した。また、0.1mMのオレイン酸を添加して培養した。その結果、分化した細胞は、褐色を呈するだけでなく、
図8のAに示すようにUCP1を発現しており、
図8のBに示すように脂肪を蓄積する性質があった。このことから、PIS細胞が褐色脂肪細胞に分化していることを確認した。また、生存した細胞の褐色脂肪細胞へ分化効率は90%以上であり、非常に高効率で分化できることを確認した。
【0080】
実施例7:脂肪細胞からPIS細胞を作製でき、高効率で分化できることの確認
【0081】
この実験は、体内に多量に存在し、且つ脂肪吸引等で多量に得られる脂肪細胞から、効率よくPIS細胞を作製および分化させることが可能であることを証明するために実施した。
【0082】
マウス脂肪細胞3T3-L24(N.Shiomi et al.(2011) JBiSE 4, 684)を、6mLのDMEMを用いて、25cm2の培養フラスコで1日間培養し、フラスコの底面に付着させた。培養フラスコに、Rock阻害剤である20μMのY-27632および5μMのチアゾビビンと、アポトーシス阻害剤である60μMのp53阻害剤(Cyclic pifthrin-α-hydrobtomide)および30μMのBax阻害剤(Bax Inhibitor Peptide V5)と、を添加して8時間培養し、この4種類の阻害剤を十分に細胞内に取り込ませた。その後、100mMのスペルミン溶液を添加して、2日間培養した。Tryp-LE Select溶液(Gibco)1mLを添加して細胞をはがし、PBS溶液10mLに入れた後、遠心分離(800rpm、3分間)により細胞を回収した。上澄みを取り除いた後、PBS溶液10mLを用いて同様の操作を行った。さらに、得られた細胞は、StemMedium(登録商標)マウスES細胞用無血清培地(DSファーマバイオメディカル株式会社)を用いて2日間培養し、細胞の修復を行うと同時に、形質の安定したPIS細胞を得た。
【0083】
StemSure(登録商標) 0.1w・v%ゼラチン溶液(和光純薬工業株式会社)を用いてコーティングされた24ウェルの培養プレートの各ウェルに、神経分化培地NDiff(登録商標) 227(タカラバイオ株式会社:Y40002)を2mL入れ、PIS細胞を3日間培養して神経幹細胞に誘導した。さらに、これらの細胞を、Neurocult(登録商標) Differentiation Medium (ベリタス社)を用いて神経細胞やグリア細胞に分化させた。得られた神経系の細胞に対し、抗β―チューブリンIIIウサギ抗体とMAP2ウサギ抗体を一次抗体、Cy3結合抗ウサギヤギ抗体を二次抗体として、免疫染色を行った。その結果、
図9のAに示すように、ほぼ100%の細胞が神経幹細胞に分化した。
図9のBとCに示すように、さらに神経幹細胞から分化した細胞も、ほぼ100%が成熟神経細胞であることを確認した。
【0084】
今回開示された実施形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明の多能性幹細胞の製造方法は、iPSの作製よりも、はるかに簡便、迅速かつ高効率である。したがって、再生医療の分野の様々な治療に利用可能であり、産業上の利用価値は極めて高い。