(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-02
(45)【発行日】2022-03-10
(54)【発明の名称】糸およびそれを含んで成る構造物
(51)【国際特許分類】
D02G 3/02 20060101AFI20220303BHJP
B01D 39/16 20060101ALI20220303BHJP
B03C 3/28 20060101ALI20220303BHJP
【FI】
D02G3/02
B01D39/16 Z
B03C3/28
(21)【出願番号】P 2020060864
(22)【出願日】2020-03-30
【審査請求日】2021-03-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】501270287
【氏名又は名称】帝人フロンティア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100132263
【氏名又は名称】江間 晴彦
(74)【代理人】
【識別番号】100187584
【氏名又は名称】村石 桂一
(72)【発明者】
【氏名】宅見 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】藤堂 良
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特許第6428979(JP,B1)
【文献】国際公開第2019/069660(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/077957(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 39/00 - 39/20
B03C 3/00 - 3/88
D02G 1/00 - 3/48
D02J 1/00 - 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電場形成フィラメントを含んで成る糸であって、該糸の軸方向に外力を適用することで正または負の表面電位が発生し、該表面電位が1.0V以上であり、前記外力の維持または解放によって制御された表面電位を発生する糸。
【請求項2】
前記制御として、前記発生した表面電位が少なくとも所定の時間内で消失または所定の時間を超えて保持される、請求項1に記載の糸。
【請求項3】
前記制御として、前記外力の解放によって前記発生した表面電位の極性が反転する、請求項1に記載の糸。
【請求項4】
前記制御として、前記外力の解放によって、
(1)前記外力の適用により発生した表面電位が消失するか、または
(2)前記外力の適用により発生した表面電位の極性が反転する、
請求項1に記載の糸。
【請求項5】
前記(2)において、前記外力の適用により発生した表面電位の大きさと、前記外力の解放による極性が反転した表面電位の大きさが同等である、請求項4に記載の糸。
【請求項6】
前記(2)において、前記外力の適用および解放を繰り返すことによって前記表面電位の極性の反転が繰り返される、請求項4に記載の糸。
【請求項7】
前記適用した外力を維持した状態の糸において、前記発生した表面電位が所定時間内で消失する、請求項1に記載の糸。
【請求項8】
前記適用した外力を維持した状態の糸において、前記発生した表面電位が所定時間を超えて同じ極性で保持される、請求項1に記載の糸。
【請求項9】
前記外力の適用および解放により2%以下の範囲内で前記糸を伸縮させることを特徴とする、請求項1~
8のいずれかに記載の糸。
【請求項10】
前記電場形成フィラメントが圧電材料を含んで成ることを特徴とする、請求項1~
9のいずれかに記載の糸。
【請求項11】
前記圧電材料がポリ乳酸を含んで成ることを特徴とする、請求項
10に記載の糸。
【請求項12】
前記電場形成フィラメントの周りに誘電体が設けられていることを特徴とする、請求項1~
11のいずれかに記載の糸。
【請求項13】
前記誘電体が油剤を含んで成ることを特徴とする、請求項
12に記載の糸。
【請求項14】
請求項1~
13のいずれかに記載の糸を含んで成ることを特徴とする構造物。
【請求項15】
前記構造物がフィルタまたは布であることを特徴とする請求項
14に記載の構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸、より具体的には「電場形成フィラメント」(又は表面電荷により電場を形成することのできる繊維)を含んで成る糸であって、この糸の軸方向に外力を適用することで正または負の表面電位が発生し、このような外力の「維持」または「解放」によって「制御された表面電位」を発生する糸に関する。また、本発明は、このような糸を含んで成るフィルタや布などの構造物にも関する。
【背景技術】
【0002】
従前から帯電性を有する繊維材料がエレクトレットフィルタなどに使用されている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明者らは、従前のエレクトレットフィルタ、特にその中に含まれる帯電性を有する繊維材料には克服すべき課題があることに気付き、そのための改良を行う必要性があることを見出した。具体的には、以下の課題があることを本願発明者らは見出した。
【0005】
従前のエレクトレットフィルタは、概して、その製造時に付与した正負いずれか一方の電荷(又は電位)を利用して、その電気的な力によって気体中の塵埃を捕集する。
本願発明者らの研究により、塵埃の捕集効率(又は集塵力)の急激な低下は、繊維材料を選択することである程度までは抑制できるが(例えば特許文献1)、付与された電荷(又は電位)は時間の経過とともに消失または低減し、かかる電荷(又は電位)による集塵力もいずれは消失または低減することがわかった。また、このような集塵力は二度と復活しないこともわかった。
【0006】
そこで、本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、本発明の主たる目的は、任意の時間にわたって、発生した電位を保持したり、消失した電位を復活させたりする等の「制御された表面電位」を発生させることのできる糸の提供にある。また、このような糸を含んで成るフィルタや布などの構造物の提供も本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、電場形成フィラメント(又は表面電荷により電場を形成することのできる繊維)を含んで成る糸の軸方向に外力を適用することで正または負の表面電位を発生させた後、その外力を「維持」または「解放」することよって、例えば、任意の時間にわたって、発生した表面電位を保持したり、消失(又は緩和)させたり、消失した表面電位を復活させたり、表面電位の極性を反転させたりすることのできる糸、ひいては「制御された表面電位」を発生させることのできる糸を見出した。その結果、上記の主たる目的が達成された糸の発明を完成させるに至った。
【0008】
本発明によると、「電場形成フィラメント」を含んで成る糸であって、このような糸の軸方向に「外力」を適用することで正または負の表面電位が発生し、このような外力の「維持」または「解放」によって「制御された表面電位」を発生する糸(例えば、任意の時間にわたって、発生した表面電位を保持したり、表面電位を消失させたり、消失した表面電位を復活させたり、表面電位の極性を反転させたりすることのできる糸)を提供することができる。また、本発明では、このような糸を含んで成るフィルタや布などの構造物も提供することができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明により「制御された表面電位」を発生させることのできる糸、このような糸を含んで成るフィルタや布などの製品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1(A)は、糸1(S糸)の構成を示す図であり、
図1(B)は、
図1(A)のA-A線における断面図であり、
図1(C)は、
図1(A)のB-B線における断面図である。
【
図2】
図2(A)および
図2(B)は、ポリ乳酸の一軸延伸方向と、電場方向と、電場形成フィラメント(又は圧電繊維)10の変形との関係を示す図である。
【
図3】
図3(A)は、糸2(Z糸)の構成を示す図であり、
図3(B)は、
図3(A)のA-A線における断面図であり、
図3(C)は、
図3(A)のB-B線における断面図である。
【
図4】
図4は、電場形成フィラメント10の周りに誘電体100を備える本開示の糸の断面を模式的に示す断面図である。
【
図5】
図5は、本発明の一実施形態に係る糸(Z糸)の「制御された表面電位」を模式的に示す概念図である。
【
図6】
図6は、本発明の一実施形態に係る糸(S糸)の「制御された表面電位」を模式的に示す概念図である。
【
図7】
図7は、本発明の一実施形態に係る糸(Z糸)の表面電位の「消失」を模式的に示す概念図である。
【
図8】
図8は、本発明の一実施形態に係る糸(Z糸)の表面電位の「極性の反転」を模式的に示す概念図である。
【
図9】
図9は、本発明の一実施形態に係る糸(Z糸)の表面電位の「保持」を模式的に示す概念図である。
【
図10】
図10は、実施例1において「糸A」の表面電位を測定した結果を示すグラフである。
【
図11】
図11は、実施例2において「糸A」の表面電位を測定した結果を示すグラフである。
【
図12】
図12は、実施例2において「糸B」の表面電位を測定した結果を示すグラフである。
【
図13】
図13は、実施例3において「糸A」(前処理a)の表面電位を測定した結果を示すグラフである。
【
図14】
図14は、実施例3において「糸A」(前処理b)の表面電位を測定した結果を示すグラフである。
【
図15】
図15は、実施例4において「糸A」(前処理a)の表面電位を測定した結果を示すグラフである。
【
図16】
図16は、実施例4において「糸A」(前処理b)の表面電位を測定した結果を示すグラフである。
【
図17】
図17は、実施例4において「糸A」(前処理c)の表面電位を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下では、本発明の一実施形態に係る糸(以下、「本開示の糸」または単に「糸」と省略して記載する場合もある)について詳細に説明する。必要に応じて、図面を参照して説明を行うものの、図面における各種の要素は、本発明の理解のために模式的かつ例示的に示したに過ぎず、外観や寸法比などは実物とは異なり得る。
【0012】
本開示の糸は、「電場形成フィラメント」(又は表面電荷により電場を形成することのできる繊維)を含んで成るものであり、このような糸の軸方向に外力を適用することで正または負の表面電位が発生し、このような外力の「維持」または「解放」によって「制御された表面電位」を発生させることができることを特徴として有する。
【0013】
本明細書で言及する各種の数値範囲は、特に明記しない限り、下限および/または上限の数値そのものも含むことを意図している。つまり、例えば1~10といった数値範囲を例にとれば、下限値の”1”を含むと共に、上限値の”10”をも含むものとして解釈され得る。
また、各種数値に”約”または”程度”が付されている場合もあるが、この”約”および”程度”といった用語は、数パーセント、例えば±10パーセント、±5パーセント、±3パーセント、±2パーセント、±1パーセントの変動を含み得ることを意味する。
【0014】
以下、[糸の基本構成]および[糸の特徴]について詳しく説明する。
【0015】
[糸の基本構成]
本開示の糸は、複数の「電場形成フィラメント」を含んで成る。電場形成フィラメントの数に特に制限はなく、例えば、2本以上、2~500本、好ましくは10~350本、より好ましくは20~200本程度の電場形成フィラメントが本開示の糸に含まれてよい。
【0016】
本開示おいて、「電場形成フィラメント」とは、「外部からのエネルギーにより電荷を発生して電場を形成することができる繊維(フィラメント)」を意味する(以下、「電荷発生繊維」と称する場合もある)。電場形成フィラメントとして、例えば、特許第6428979号公報に記載の電荷発生繊維などを使用してよい。
【0017】
電場形成フィラメントの寸法(長さ、太さ(径)など)や、形状(断面形状など)に特に制限はない。このような電場形成フィラメントを有して成る本開示の糸は、太さの異なる複数の電場形成フィラメントを含んでよい。従って、本開示の糸は、長さ方向において、径が一定であっても、一定でなくてもよい。
【0018】
電場形成フィラメントは、長繊維であっても、短繊維であってもよい。電場形成フィラメントは、例えば0.01mm以上の長さ(寸法)を有してよい。長さは、所望の用途に応じて、適宜、選択すればよい。
【0019】
電場形成フィラメントの太さ(径)に特に制限はなく、電場形成フィラメントの長さに沿って、同一(一定)であっても、同一でなくてもよい。電場形成フィラメントは、例えば0.001μm(1nm)~1mmの太さを有してよい。太さは、所望の用途に応じて、適宜、選択すればよい。
【0020】
電場形成フィラメントの形状、特に断面形状に特に制限はないが、例えば円形、楕円形、異形の断面を有していてよい。円形の断面形状を有することが好ましい。
【0021】
電場形成フィラメントは、光電効果を有する材料、焦電効果を有する材料、圧電効果(外力による分極現象)または圧電性(機械的ひずみを与えたときに電圧を発生する、あるいは逆に電圧を加えると機械的ひずみを発生する性質)を有する材料(以下、「圧電材料」又は「圧電体」と称する場合もある)を含んで成ることが好ましい。なかでも、圧電材料を含んで成る繊維(以下、「圧電繊維」と称する場合もある)を使用することが特に好ましい。圧電繊維は、圧電気により電場を形成することができるため、電源が不要であるし、感電のおそれもない。
尚、圧電繊維に含まれる圧電材料の寿命は、例えば、薬剤等による抗菌効果よりも長く持続する。また、このような圧電繊維では、アレルギー反応を引き起こす可能性も低い。
【0022】
「圧電材料」は、圧電効果または圧電性を有する材料であれば特に制限なく使用することができ、圧電セラミックスなどの無機材料であっても、ポリマーなどの有機材料であってもよい。
【0023】
「圧電材料」(又は「圧電繊維」)は、「圧電性ポリマー」を含んで成ることが好ましい。
「圧電性ポリマー」として、「焦電性を有する圧電性ポリマー」や、「焦電性を有していない圧電性ポリマー」などが挙げられる。
【0024】
「焦電性を有する圧電性ポリマー」とは、概して、焦電性を有し、温度変化を与えるだけで、その表面に電荷(又は電位)を発生させることができるポリマー材料から成る圧電材料を意味する。このような圧電性ポリマーとして、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)などが挙げられる。特に、人体の熱エネルギーによって、その表面に電荷(又は電位)を発生させることができるものが好ましい。
【0025】
「焦電性を有していない圧電性ポリマー」とは、概して、ポリマー材料から成り、上記の「焦電性を有する圧電性ポリマー」を除く圧電性ポリマーを意味する。このような圧電性ポリマーとして、例えば、ポリ乳酸(PLA)などが挙げられる。ポリ乳酸としては、L体モノマーが重合したポリ-L-乳酸(PLLA)や、D体モノマーが重合したポリ-D-乳酸(PDLA)などが知られている。
【0026】
尚、本開示の糸は、電場形成フィラメント(又は電荷発生繊維)として、芯糸に導電体を用いて、当該導電体に絶縁体を巻き(カバリング)、該導電体に電圧を加えて電荷を発生させる構成を有するものであってもよい。
【0027】
本開示の糸は、複数の電場形成フィラメントを単に引きそろえただけの糸(引きそろえ糸)であってよく、撚りをかけた糸(撚り合わせ糸)であってもよい。尚、糸の撚り合わせ方法に特に制限はなく、従来公知の方法を使用することができる。
【0028】
例えば、
図1(A)に示す通り、糸1は、複数の電場形成フィラメント10を撚り合わせることによって構成することもできる。
図1(A)に示す態様では、糸1は、電場形成フィラメント10を左旋回して撚られた左旋回糸(以下、「S糸」と称する)であるが、電場形成フィラメント10を右旋回して撚られた右旋回糸(以下、「Z糸」と称する)であってもよい(例えば、
図3(A)の糸2を参照のこと)。このように、本開示の糸は、撚り合わせ糸の場合、「S糸」、「Z糸」のいずれであってもよい。
【0029】
本開示の糸において、電場形成フィラメント10の間隔は、約0μm~約10μm、一般的には5μm程度である。尚、電場形成フィラメント10の間隔が0μmである場合、電場形成フィラメント同士が互いに接触していることを意味する。
【0030】
以下、本開示の糸を詳述するために、電場形成フィラメントとして圧電材料を含んで成り、かかる圧電材料が「ポリ乳酸」である態様を一例として挙げて、
図1~
図3を参照しながら、本開示の糸の例をより詳しく説明する。
【0031】
圧電材料として使用することができるポリ乳酸(PLA)は、キラル高分子であり、主鎖が螺旋構造を有する。ポリ乳酸は、一軸延伸されて分子が配向すると、圧電性を発現することができる。さらに熱処理を加えて結晶化度を高めると圧電定数が高くなる。このように結晶化度を高めることで表面電位の値を向上させることができる。
【0032】
図1(A)に示す通り、一軸延伸されたポリ乳酸を含んで成る電場形成フィラメント(又は圧電繊維)10は、厚み方向を第1軸、延伸方向900を第3軸、第1軸および第3軸の両方に直交する方向を第2軸と定義したとき、圧電歪み定数としてd
14およびd
25のテンソル成分を有する。
【0033】
したがって、ポリ乳酸は、一軸延伸された方向に対して45度の方向に歪みが生じた場合に最も効率よく電荷(又は電位)を発生することができる。
【0034】
ポリ乳酸の数平均分子量(Mn)は、例えば6.2×104であり、重量平均分子量(Mw)は、例えば1.5×105である。尚、分子量は、これらの値に限定されるものではない。
【0035】
図2(A)および
図2(B)は、ポリ乳酸の一軸延伸方向と、電場方向と、電場形成フィラメント(又は圧電繊維)10の変形との関係を示す図である。
図2(A)に示すように、電場形成フィラメント10は、第1対角線910Aの方向に縮み、第1対角線910Aに直交する第2対角線910Bの方向に伸びると、紙面の裏側から表側に向く方向に電場を生じさせることができる。すなわち、電場形成フィラメント10は、紙面表側では、負の電荷を発生させることができる。電場形成フィラメント10は、
図2(B)に示すように、第1対角線910Aの方向に伸び、第2対角線910Bの方向に縮む場合も電荷(又は電位)を発生することができるが、極性が逆になり、紙面の表面から裏側に向く方向に電場を生じさせることができる。すなわち、電場形成フィラメント10は、紙面表側では、正の電荷を発生させることができる。
【0036】
ポリ乳酸は、延伸による分子の配向処理で圧電性が生じ得るため、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等の他の圧電性ポリマーまたは圧電セラミックスのように、ポーリング処理を行う必要がない。一軸延伸されたポリ乳酸の圧電定数は、5~30pC/N程度であり、ポリマーの中では非常に高い圧電定数を有する。さらに、ポリ乳酸の圧電定数は経時的に変動することがなく、極めて安定している。
【0037】
電場形成フィラメント10は、断面が円形状の繊維であることが好ましい。電場形成フィラメント10は、例えば、圧電性ポリマーを押し出し成型して繊維化する手法、圧電性ポリマーを溶融紡糸して繊維化する手法(例えば、紡糸工程と延伸工程とを分けて行う紡糸・延伸法、紡糸工程と延伸工程とを連結した直延伸法、仮撚り工程も同時に行うことのできるPOY-DTY法、または高速化を図った超高速紡糸法などを含む)、圧電性ポリマーを乾式あるいは湿式紡糸(例えば、溶媒に原料となるポリマーを溶解してノズルから押し出して繊維化するような相分離法もしくは乾湿紡糸法、溶媒を含んだままゲル状に均一に繊維化するようなゲル紡糸法、または液晶溶液もしくは融体を用いて繊維化する液晶紡糸法などを含む)により繊維化する手法、または圧電性ポリマーを静電紡糸により繊維化する手法等により製造され得る。なお、電場形成フィラメント10の断面形状は、円形に限るものではない。
【0038】
例えば
図1に示す糸1は、このようなポリ乳酸を含んで成る電場形成フィラメント10を複数本で撚ってなる糸(マルチフィラメント糸)(S糸)であってよい(撚り方に特に制限はない)。各電場形成フィラメント10の延伸方向900は、それぞれの電場形成フィラメント10の軸方向に一致している。したがって、電場形成フィラメント10の延伸方向900は、糸1の軸方向に対して、左に傾いた状態となる。尚、その角度は、撚り回数に依存する。
【0039】
このようなS糸である糸1に「外力」として例えば張力(好ましくは軸方向の張力)または応力(好ましくは軸方向の引張応力)をかけた場合、糸1の表面には負(-)の電荷(又は電位)が発生し、その内側には正(+)の電荷(又は電位)を発生させることができる。
【0040】
糸1は、この電荷により生じ得る電位差によって電場を形成することができる。この電場は近傍の空間にも漏れて他の部分と結合電場を形成することができる。また、糸1に生じる電位は、近接する所定の電位、例えば人体等の所定の電位(グランド電位を含む)を有する物体に近接した場合に、糸1と該物体との間に電場を生じさせることもできる。
【0041】
次に、
図3を参照すると、糸2は、Z糸であるため、電場形成フィラメント(又は圧電繊維)10の延伸方向900は、糸2の軸方向に対して、右に傾いた状態となる。尚、その角度は、糸の撚り回数に依存する。
【0042】
このようなZ糸である糸2に「外力」として例えば張力(好ましくは軸方向の張力)または応力(好ましくは軸方向の引張応力)をかけた場合、糸2の表面には正(+)の電荷(又は電位)が発生し、その内側には負(-)の電荷(又は電位)を発生させることができる。
【0043】
糸2も、この電荷により生じ得る電位差によって電場を形成することができる。この電場は近傍の空間にも漏れて他の部分と結合電場を形成することができる。また、糸2に生じる電位は、近接する所定の電位、例えば人体等の所定の電位(グランド電位を含む)を有する物体に近接した場合に、糸2と該物体との間に電場を生じさせることもできる。
【0044】
さらに、S糸である糸1と、Z糸である糸2とを近接させた場合には、糸1と糸2との間に電場を生じさせることもできる。
【0045】
糸1と糸2とで生じる電荷(又は電位)の極性は互いに異なる。各所の電位差は、繊維同士が複雑に絡み合うことにより形成され得る電場結合回路、または水分等で糸の中に偶発的に形成され得る電流パスで形成され得る回路により定義され得る。
【0046】
糸1、糸2については、特許第6428979号公報を読むとより深く理解することができる。また、特許第6428979号公報は、本明細書中に参照することで組み込まれる。
【0047】
本開示の糸は、上記の態様に限定して解釈されるべきではない。また、本開示の糸の製造方法についても特に制限はなく、上記の製造方法に限定されるものではない。
【0048】
さらに、本開示の糸は、電場形成フィラメントの周りに「誘電体」が設けられてよい。例えば、
図4の断面図で模式的に示す通り、電場形成フィラメント(又は圧電繊維)10の周りには誘電体100を設けることができる。
【0049】
本開示において「誘電体」とは、「誘電性」(電場により電気的に正負に分極(又は誘電分極又は電気分極)する性質)を有する材料または物質を含んで成るものを意味し、その表面には電荷を溜めることができる。
【0050】
誘電体は、電場形成フィラメントの長手軸方向および周方向に存在してよく、電場形成フィラメントを完全に被覆していても、部分的に被覆していてもよい。尚、誘電体が電場形成フィラメントを部分的に被覆する場合、被覆されていない部分は、電場形成フィラメント自体がそのまま露出していてよい。
【0051】
従って、誘電体は、電場形成フィラメントの長手軸方向において、全体的に設けられていても、部分的に設けられていてよい。また、誘電体は、電場形成フィラメントの周方向において、全体的に設けられていても、部分的に設けられていてもよい。
【0052】
また、誘電体は、その厚みが均一であっても、不均一であってもよい(例えば、
図4を参照のこと)。
【0053】
誘電体は、複数の電場形成フィラメントの間に存在していてもよく、この場合、複数の電場形成フィラメントの間に誘電体が存在しない部分があってもよい。また、誘電体の中に気泡や空洞が存在していてもよい。
【0054】
誘電体は、誘電性を有する材料または物質を含む限り特に制限はない。誘電体として、主に繊維産業において表面処理剤(又は繊維処理剤)として使用できることが知られている誘電性の材料(例えば、油剤、帯電防止剤など)を用いてもよい。
【0055】
本開示の糸において、誘電体は、油剤を含んで成ることが好ましい。油剤として、電場形成フィラメントの製造で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられる油剤(製糸油剤)などを使用することができる(例えば、アニオン性、カチオン性またはノニオン性の界面活性剤など)。また、製布(たとえば製編、製織など)の工程で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられる油剤(例えば、アニオン性、カチオン性またはノニオン性の界面活性剤など)や、仕上工程で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられる油剤(例えば、アニオン性、カチオン性またはノニオン性の界面活性剤など)も使用することができる。ここでは代表例として、フィラメント製造工程、製布工程、仕上げ工程などを挙げたが、これらの工程に限定されるものではない。油剤として、特に電場形成フィラメントの摩擦を低減するために用いられる油剤などを使用することが好ましい。
【0056】
油剤として、例えば、竹本油脂株式会社製デリオン・シリーズ、松本油脂製薬株式会社製マーポゾール・シリーズ、マーポサイズ・シリーズ、丸菱油化工業株式会社製パラテックス・シリーズなどが挙げられる。
【0057】
油剤は、電場形成フィラメントに沿って、全体的に存在していても、少なくとも一部に存在していてもよい。また、電場形成フィラメントを糸に加工した後、洗濯によって油剤の少なくとも一部または全部が電場形成フィラメントから脱落していてもよい。
【0058】
また、電場形成フィラメントの摩擦を低減するために用いられる誘電体は、洗濯時に使用される洗剤や柔軟剤などの界面活性剤であってもよい。
【0059】
洗剤として、例えば、花王株式会社製アタック(登録商標)・シリーズ、ライオン株式会社製トップ(登録商標)・シリーズ、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社製アリエール(登録商標)・シリーズなどが挙げられる。
【0060】
柔軟剤として、例えば、花王株式会社製ハミング(登録商標)・シリーズ、ライオン株式会社製ソフラン(登録商標)・シリーズ、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社製レノア(登録商標)・シリーズなどが挙げられる。
【0061】
誘電体は、導電性(電気を通す性質)を有していてよく、その場合、誘電体は、帯電防止剤を含んで成ることが好ましい。帯電防止剤として、電場形成フィラメントの製造で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられる帯電防止剤などを使用することができる。帯電防止剤として、特に電場形成フィラメントのほぐれを低減するために用いられる帯電防止剤を使用することが好ましい。
【0062】
帯電防止剤として、例えば、株式会社日新化学研究所製カプロン・シリーズ、日華化学株式会社製ナイスポール・シリーズ、デートロン・シリーズなどが挙げられる。
【0063】
帯電防止剤は、電場形成フィラメントに沿って、全体的に存在していても、少なくとも一部に存在していてもよい。また、電場形成フィラメントを糸に加工した後、洗濯によって帯電防止剤の少なくとも一部または全部が電場形成フィラメントから脱落していてもよい。
【0064】
また、上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などは、電場形成フィラメントの周りに存在していなくてもよい。すなわち、電場形成フィラメント、ひいては本開示の糸は、上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などを含まない場合もある。その場合、電場形成フィラメントの間に存在する空気(又は空気層)が誘電体として機能し得る。従って、この場合、誘電体は空気を含んで成る。
【0065】
例えば、電場形成フィラメントの周りに上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などが付着した糸を洗濯や溶剤浸漬によって処理することで上述の表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などを含まない糸を使用してもよい。その場合、無垢の電場形成フィラメントが露出することになる。あるいは、本発明において、無垢の電場形成フィラメントのみを含んで成る糸を使用してもよい。
【0066】
また、本発明では、例えば洗濯や溶剤浸漬などの処理によって、上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などが部分的に除去されて無垢の電場形成フィラメントが部分的に露出した糸を使用してもよい。
【0067】
誘電体の厚み(又は電場形成フィラメントの間隔)は、約0μm~約10μm、好ましくは約0.5μm~約10μm、より好ましくは約2.0μm~約10μm、一般的には5μm程度である。
【0068】
[糸の特徴]
本開示の糸は、上述の「電場形成フィラメント」を含んで成り、「糸の軸方向」に「外力(F)を適用する」ことで正または負の「表面電位」を発生させることができ、「外力(F)」の「維持」または「解放」によって「制御された表面電位」が発生することを主たる特徴として有する。
【0069】
本開示において「糸の軸方向」とは、糸の主軸方向(又は一軸方向)を意味する。例えば、糸が「引きそろえ糸」である場合には引きそろえられた後の糸の軸方向(又は引きそろえられた電場形成フィラメントの軸方向)を意味し、「撚り合わせ糸」の場合には撚りをかけた後の糸の軸方向を意味する。
【0070】
本開示において「外力(F)」とは、糸への外部からのエネルギー(E)による任意の力を意味し、例えば張力(又は引張力)などを意味し、応力(引張応力)なども含まれる。
【0071】
本開示において「外力(F)を適用する」とは、糸に外部からのエネルギー(E)を付与することを意味し、例えば張力(又は引張力)、応力(引張応力)などを糸に付与することを意味する。
【0072】
本開示において糸の「表面電位」とは、糸の表面に発生する電位(又は電荷)を意味し、例えば、以下にて詳しく説明する通り、電気力顕微鏡(Electric Force Microscope (EFM))などを用いて測定することができる。
【0073】
本開示において「外力(F)」の「維持」とは、糸に適用された外力(F)を持続又は維持させることを意味し、例えば、外力(F)により糸が軸方向に伸びて変位する場合(例えば、糸の任意の軸方向の初期の長さ(L0)から糸の変位後の長さ(L1)への変位において)、少なくとも糸の変位後の長さ(L1)を拘束(又は固定)することを意味する。
【0074】
本開示において「外力(F)」の「解放」とは、糸に適用された外力(F)を除荷することを意味し、例えば、外力(F)により糸が軸方向に伸びて変位する場合(例えば、糸の任意の軸方向の初期の長さ(L0)から糸の変位後の長さ(L1)への変位において)、糸に付与された外力(F)を除荷すること、好ましくは初期の長さ(L0)に戻すことを意味する。
【0075】
本開示において「制御された表面電位」が発生するとは、上記「外力(F)」の「維持」および/または「解放」によって、「外力(F)」の適用により発生した「表面電位」を意図的に変化させること(又は調節すること)を意味する。例えば、任意の時間にわたって、「外力(F)」の適用により発生した「表面電位」を変化させること(又は調節又はコントロールすること)を意味する。より具体的には、少なくとも、外力(F)の適用により発生した表面電位が所定の時間内で「消失」すること、所定の時間を超えて「保持」されること、外力(F)の適用により発生した表面電位の極性が「反転」することや、消失した表面電位が「復活」することなどを意味する。尚、本発明において「制御された表面電位」は上記の例示に限定されるものではない。
【0076】
例えば
図5の(A)欄に示すように、本開示の糸(例えば、上述の「糸2」(Z糸))では、(I)糸の軸方向に外力(F)を「適用」することで正(+)の表面電位が「発生」し、(II)外力(F)を「維持」することで糸の表面にさらに負(-)の表面電位が発生して表面電位が互いに打ち消しあってゼロ(0)となって表面電位が「消失」し、(III)外力(F)を「解放」することで外力(F)の「適用」により発生した正(+)の表面電位が消失して負(-)の表面電位だけが残り、その結果、表面電位の極性が「反転」し得る。
このような(A)欄に示す「制御された表面電位」は、主に(II)の表面電位の「消失」(又は緩和)に基づくものであり、そのメカニズムについて、糸の構成と共に以下にて詳しく説明する。ただし、本発明は、以下に記載のメカニズムに拘泥されるものではない。
【0077】
(A)のメカニズム
例えば、本開示の糸(「糸2」(Z糸))において、その軸方向に外力(F)(例えば張力又は応力)を「適用」することで糸の表面には正(+)の表面電位が発生し、その内側には負(-)の電位が発生する(I)。ここで、外力(F)を「維持」すると、例えば、糸(具体的には電場形成フィラメント)の表面の「誘電性」に起因して負(-)の表面電位を発生させることができ、正(+)負(-)の表面電位が打ち消しあってゼロ(0)となり、表面電位が「緩和」されて正(+)の表面電位が「消失」し得る(II)。
【0078】
本発明において、例えば、糸を構成する「電場形成フィラメント」の周りに上述の「誘電体」を設けることによって負(-)の表面電位を誘発または発生させることができる。
「誘電体」として、例えば、正(+)の表面電位を緩和又は中和するように寄与することができる誘電体、具体的には負(-)の表面電位を誘起し得る油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などを用いることが好ましい。「誘電体」として、負(-)の表面電位を誘起し得る界面活性剤を含む油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などを使用することがより好ましい。特にアニオン性、具体的にはアニオン性の官能基を有する界面活性剤を使用することが好ましい。
【0079】
例えば
図7に示す通り、外力の「適用」により正(+)の表面電位が発生し、外力の「維持」により負(-)の表面電位が発生することで表面電位が打ち消しあってゼロ(0)となり、表面電位が「緩和」されて表面電位が「消失」する(例えば
図5の(A)欄の(II))。
【0080】
この場合、発生する表面電位は、通常0.3V以上、例えば1.0V以上、好ましくは2.0V以上、より好ましくは3.0V以上、特に好ましくは4.0V以上である。
表面電位の「消失」(又は緩和)に要する時間T1は、例えば10秒、好ましくは2~3秒である。
【0081】
例えば
図8に示す通り、上記の
図5の(I)~(III)、特に外力の「適用」(I)と「解放」(III)とを繰り返すことで表面電位の極性を「反転」させることや「復活」させることもできる。
【0082】
この場合、反転した表面電位は、通常0.3V以上、例えば1.0V以上、好ましくは2.0V以上、より好ましくは3.0V以上、特に好ましくは4.0V以上であり、反転する前の表面電位と「同等」であることが好ましい。
本開示において、表面電位が「同等」であるとは、反転の前後での表面電位の差が、数パーセント、例えば±10パーセント未満、±5パーセント以下、±3パーセント以下、±2パーセント以下、±1パーセント以下であることを意味する。また、表面電位の極性の「反転」の繰り返し又は「復活」に要する時間T2は、例えば10秒以下、好ましくは2~5秒である。
【0083】
次に、
図5の(B)欄に示すように、本開示の糸(「糸2」(Z糸))では、(IV)糸の軸方向に外力(F)を「適用」することで正(+)の表面電位が「発生」し、(V)外力(F)を「維持」することで正(+)の表面電位を「保持」することができ、その後(VI)外力(F)を「解放」することで外力(F)の「適用」により発生した正(+)の表面電位が「消失」して表面電位がゼロ(0)となってよい。
このような(B)欄に示す「制御された表面電位」は、主に(V)の表面電位の「保持」に基づくものであり、そのメカニズムについて、糸の構成と共に以下にて詳しく説明する。ただし、本発明は、以下に記載のメカニズムに拘泥されるものではない。
【0084】
(B)のメカニズム
例えば
図5の(B)欄に示すように本開示の糸(「糸2」(Z糸))において、その軸方向に外力(F)(例えば張力又は応力)を「適用」することで糸の表面には正(+)の電位が発生し、その内側には負(-)の電位が発生し得る(IV)。ここで、外力(F)を「維持」すると、正(+)の表面電位が「保持」され得る(V)。
【0085】
本発明において、糸(具体的には電場形成フィラメント)の表面で上述の(II)のように負(-)の表面電位を誘起せずに正(+)の表面電位を「保持」する方法として、例えば、無垢の電場形成フィラメントのみから糸を形成することや、上記(II)の正(+)の表面電位を緩和又は中和するように寄与することができる誘電体、具体的には負(-)の表面電位を誘起し得る油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などを一部または全部除去して無垢の電場形成フィラメントを露出させることなどが考えられる。この場合、無垢の電場形成フィラメントの周りには「空気」や「空気層」が「誘電体」として設けられていることになる。
【0086】
また、本発明において、例えば、糸を構成する「電場形成フィラメント」の周りに「誘電体」として、さらに正(+)の表面電位を誘起し得る油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などを用いることも好ましい。「誘電体」として、正(+)の表面電位を誘起し得る界面活性剤を含む油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などを使用することがより好ましい。特にカチオン性、具体的にはカチオン性の官能基を有する界面活性剤を使用することが好ましい。
【0087】
例えば
図9(a)に示す通り、外力の「適用」により正(+)の表面電位が発生し、外力の「維持」により正(+)の表面電位が「保持」されている。
表面電位の大きさ(H
3)は、通常0.3V以上、例えば1.0V以上、好ましくは2.0V以上、より好ましくは3.0V以上、特に好ましくは4.0V以上である。
表面電位の保持時間(T
3)は、例えば10秒以上、好ましくは20秒以上である。
【0088】
尚、
図9(a)では、「外力の維持」により「表面電位が保持」される理想的な状況を示している。
【0089】
本開示の糸において「外力」と「表面電位」との間には相関関係があってもよい。例えば「外力」と「表面電位」とが同様のタイムスケールで減少してよい。「外力」の経時的な減少(又は緩和)と「表面電位」の経時的な減少(又は減衰)がほぼ同時であることが好ましい(ほぼ同一又は同様のタイムスケールを有していること又はタイムスケールがほぼ一致していることが好ましい)。
【0090】
例えば
図5の(B)欄の(V)に示すように外力(F)の「維持」により表面電位が「保持」される状況においても、外力の経時的な減少(緩和)に伴って、表面電位が経時的に減少(減衰)してよく、そのタイムスケールはほぼ同一であってもよい。
【0091】
例えば
図9(b)では表面電位が経時的に減少(減衰)する場合を示すが、このような場合も外力(F)の「維持」による表面電位の「保持」に含まれる。
尚、本開示の糸はこのような表面電位の経時的な減少(減衰)を示す態様に限定されるものではない。
【0092】
図9(b)において表面電位の減少量(又は減衰量)(H
r)は、表面電位(H
3)に対して特に制限はない(ただし、表面電位の保持時間(T
3)において、表面電位の減少量(H
r)は表面電位(H
3)に対して100%となる場合は含まれない)。
【0093】
また、従来公知の方法に従って「外力」の経時的な変化(例えば減少又は緩和)および「表面電位」の経時的な変化(例えば減少又は減衰)について、それぞれカーブフィッティング(曲線あてはめ、曲線回帰)を行うと、両者の時定数(τ)の値が近いとの結果が得られることから、「外力の経時的な変化」と「表面電位の経時的な変化」との間にも相関関係があると考えられる。
【0094】
本開示の糸において、時定数(τ)は、例えば40分以下、好ましくは1分以下である。尚、「時定数(τ)」とは、本開示の糸に外力を加えたとき又は表面電位が発生したとき若しくは発生したと定めたときから所定の状態になるまでの外力または表面電位の変化時間を表す定数を意味し、所定の状態になるまでの時間の目安となる数である。
【0095】
さらに、
図9(c)のグラフに示す通り、発生した表面電位が低下した後に「保持」される場合もある。この場合、発生した表面電位の大きさ(H
4)は、通常0.3V以上、例えば1.0V以上、好ましくは2.0V以上、より好ましくは3.0V以上、特に好ましくは4.0V以上であり、保持される表面電位(H
m)は、表面電位(H
4)の少なくとも20%以上、例えば30%~100%、好ましくは40%~100%、より好ましくは50%~100%の範囲内である。表面電位(H
m)は、例えば
図9(b)に示すグラフと同様にさらに経時的に減少(減衰)してもよい。
表面電位の保持時間(T
4)は、例えば10秒以上、好ましくは20秒以上である。
尚、適用した外力を解放すると表面電位は消失し得る(
図5の(B)欄の(VI))。
【0096】
上述のように本開示の糸(例えば「糸2」(Z糸))に外力(F)を「適用」することで正(+)の表面電位が発生し、このような外力を「維持」および/または「解放」することで上述のような「制御された表面電位」を発生させることができる。
【0097】
また、本開示の糸(例えば「糸1」(S糸))においても同様に外力(F)を適用することで負(-)の表面電位が発生し、このような外力を「維持」および/または「解放」することで例えば
図6に示すような「制御された表面電位」を同様に発生させることができる。
【0098】
このように本発明では「制御された表面電位」として、(A)発生した表面電位の「緩和」に基づくタイプ(例えば
図5、
図6の(I)、(II)、(III))と、(B)発生した表面電位の「保持」に基づくタイプ(例えば
図5、
図6の(IV)、(V)、(VI))の2種類がある。
【0099】
[表面電位の測定]
本開示の糸の「表面電位」の測定方法を説明する。具体的には、本開示の糸の表面電位は少なくとも以下の条件(a)~(d)により測定することができる。
(a)本開示の糸(又は本開示の糸の測定サンプル)を伸張(又は伸縮)すること、好ましくは一軸方向に所定量で伸張すること(例えば0~2%、好ましくは0~1%、より好ましくは0~0.5%の範囲(ただし、いずれも「0%」は含まない)での伸張)、
(b)導電繊維(例えばCu/Sn線)からなる芯材に本開示の糸をカバリング(又は巻回により被覆)すること(例えば1150T/mでのカバリング)(本明細書中、本開示の糸を導電繊維にカバリングしたものを「測定サンプル」と呼ぶ)(尚、本開示の糸は、引きそろえ糸でも撚り合わせ糸でもよく、芯材に引きそろえ糸をカバリングすることで撚り合わせ糸としてもよい)、
(c)上記芯材を接地すること(従って、芯材は0Vの電位を有することになる)、および
(d)少なくとも外力の適用前、適用後、解放後において、電気力顕微鏡(EFM)により本開示の糸の表面電位を測定すること。
尚、上記条件(a)、(b)、(c)の順番に特に制限はない。例えば(b)、(c)の後に(a)を行ってもよい。(b)、(c)、(a)、(d)の順番で測定することが好ましい。
【0100】
尚、上記(a)において、本開示の糸または測定サンプルをある程度(例えば0~0.5%程度)まで予め伸張させておいて、そこから更に外力を適用して糸を全体として例えば0~2%程度で伸張(又は伸縮)することによって糸の表面電位を測定してもよい。
【0101】
本開示の糸または測定サンプルにおいて、外力の適用および解放により上述のように例えば2%以下、好ましくは1%以下、より好ましくは0.5%以下の範囲内で糸を伸縮させることが好ましい。そうすることで糸における「表面電位」の「発生」、「消失」、「極性の反転」、「復活」などを適切に制御または調節することができる。このように、本開示の糸では、2%以下の小さな伸縮によって糸の表面電位を簡便に調節することができる。
【0102】
[好ましい実施形態の例示]
本開示の糸の「制御された表面電位」の制御として、少なくとも外力の適用により発生した表面電位が所定の時間内で「消失」することが好ましい(例えば、
図5、
図6の(II)、(VI)の場合など、特に
図5、
図6の(II)の場合など)。ここで「所定の時間」とは、例えば10秒、好ましくは2秒~3秒である。このように本開示の糸では、10秒以下の短い時間で表面電位を消失させることができ、ひいては表面電位の「消失」を自在に制御することができる。
【0103】
本開示の糸の「制御された表面電位」の制御として、少なくとも外力の適用により発生した表面電位が所定の時間を超えて「保持」されることが好ましい(例えば、
図5、
図6の(V)の場合など)。ここで「所定の時間」とは、例えば10秒、好ましくは20秒である。このように本開示の糸では、例えば10秒を超える長い時間にわたって表面電位を保持することもでき、ひいては表面電位の「保持」を自在に制御することができる。
【0104】
本開示の糸の「制御された表面電位」の制御として、糸に適用された外力の「解放」によって、上記外力の適用により発生した表面電位の極性が「反転」すること(例えば、
図5、
図6の(III)の場合など)が好ましい。このように本開示の糸では、極性を反転させることができる。また、外力の適用と解放を繰り返すことで消失した極性を「復活」させることもできる。
【0105】
あるいは、本開示の糸の「制御された表面電位」の制御として、糸に適用された外力の「解放」によって、(1)上記外力の適用により発生した表面電位が「消失」すること(例えば、
図5、
図6の(VI)の場合など)、または(2)上記外力の適用により発生した表面電位の極性が「反転」すること(例えば、
図5、
図6の(III)の場合など)が好ましい。このように本開示の糸では、発生した表面電位を「消失」させたり、「反転」させたりすることで、表面電位を自在に制御することができる。
【0106】
上記(2)において、上記外力の適用により発生した表面電位の大きさと、上記外力の解放による極性が反転した表面電位の大きさが同等であることが好ましい(例えば、
図8)。このように本開示の糸では、正負の両方にほぼ同じ大きさで表面電位を発生させることができるので周期的に表面電位を発生させることができる。
【0107】
あるいは、上記(2)において、上記外力の適用および解放を繰り返すことによって上記表面電位の極性の反転が繰り返されることが好ましい(例えば、
図8)。このように本開示の糸では、極性を反転させることができ、消失した極性を「復活」させることもできる。
【0108】
本開示の糸において、適用した外力を維持した状態で上記外力の適用により発生した表面電位が所定時間内で「消失」することが好ましい(例えば、
図5、6の(II))。ここで「所定の時間」とは、例えば10秒、好ましくは2秒~3秒である。このように本開示の糸では、例えば10秒以下の短い時間で表面電位を消失させることができ、ひいては表面電位の「消失」を自在に制御することができる。
【0109】
本開示の糸において、適用した外力を維持した状態で上記外力の適用により発生した表面電位が所定時間を超えて同じ極性で「保持」されることが好ましい。ここで「所定の時間」とは、例えば10秒、好ましくは20秒である。このように本開示の糸では、例えば10秒を超える長い時間にわたって表面電位を保持することもでき、ひいては表面電位の「保持」を自在に制御することができる。
【0110】
本開示の糸において、外力の適用により発生した表面電位は、通常0.3V以上、例えば1.0V以上、好ましくは2.0V以上、より好ましくは3.0V以上、特に好ましくは4.0V以上である。表面電位が例えば1.0V以上であると、集塵力とともに、発生した電位により抗菌作用も奏することができる。
【0111】
本開示の糸において、電場形成フィラメントが「圧電材料」を含んで成ることが好ましい。「圧電材料」として「ポリ乳酸」を含んで成ることが好ましい。電場形成フィラメントがポリ乳酸などの圧電材料を含むことで表面電位をより適切に制御することができる。
【0112】
「ポリ乳酸」の結晶化度は15~55%の範囲内であることが好ましい。このような範囲内であると、ポリ乳酸結晶に由来する圧電性が高くなり、ポリ乳酸の圧電性による分極をより効果的に生じさせることができる。
【0113】
本開示の糸において、電場形成フィラメントの周りに誘電体が設けられていることが好ましい。誘電体を設けることで外力の適用により発生した表面電位を消失させることや、保持することができる。例えば、外力の適用により発生した表面電位の極性と反対の極性を誘起し得る誘電体を用いることで極性が互いに打ち消し合って、外力の適用により発生した表面電位を消失させることができる(例えば
図5、6の(II))。また、例えば、誘電体が空気であれば、電場形成フィラメントの周りには空気層が存在することになり、すなわち無垢の電場形成フィラメントを露出させることができるので、外力の適用により発生した表面電位をより適切に維持することができる(例えば
図5、6の(V))。
【0114】
誘電体が油剤を含んで成ることが好ましい。油剤として、アニオン性の界面活性剤(好ましくはアニオン性の官能基を有するもの)、カチオン性の界面活性剤(好ましくはカチオン性の官能基を有するもの)、ノニオン性の界面活性剤を含むものが特に好ましい。誘電体がこのような油剤を含むことで、そのアニオン性、カチオン性、ノニオン性などの官能基に応じて、表面電位をより適切に制御することができる。
【0115】
本開示の糸の太さ(単繊維繊度)は、0.005~10dtexであることが好ましい。単繊維繊度が小さくなるとフィラメント数が多くなりすぎて、毛羽立ち易くなる。一方で、単繊維繊度が大きくフィラメント数が少なすぎると風合いが損なわれる。なお、ここで言う単繊維繊度とは、1本の糸の単繊維繊度である。糸をさらに合糸した場合でも、合糸される前の1本の糸の単繊維繊度を意味する。
【0116】
さらに、本開示の糸の繊維強度は、1~5cN/dtexであることが好ましい。これにより、糸は、高い電位を発生するためにより大きな変形が生じたとしても、破断することなく耐えることができる。繊維強度は、2~10cN/dtexがより好ましく、3~10cN/dtexがさらに好ましく、3.5~10cN/dtexが最も好ましい。同様の趣旨により、本開示の糸の伸度は、10~50%であることが好ましい。
【0117】
[本開示の糸の用途]
本開示の糸は、日常用、工業用の糸として広く使用することができる。そのため所望の用途に応じて様々な構造物(例えばフィルタや布など)に加工することができる。
本開示の糸の具体的な用途は、以下に記載の通りであるが、本開示の糸の用途は以下に記載のものに限定されるものではない。
【0118】
(1)フィルタ
本開示の糸は、この糸の軸方向に外力を適用することで正または負の表面電位が発生し、このような外力の「維持」または「解放」によって「制御された表面電位」を発生することができる。例えば、「表面電位」の「発生」、「保持」、「消失」、「極性の反転」、「復活」などを任意の時間にわたって適切に制御または調節することができる。
【0119】
従って、本開示の糸を当該分野で周知の方法などにより「フィルタ」に加工することで上述の「制御された表面電位」を有するフィルタ、好ましくはエレクトレットフィルタを提供することができる。
【0120】
このようなエレクトレットフィルタでは、「表面電位」の「発生」、「保持」、「消失」あるいは「極性の反転」などが自在であることから、塵埃の捕集や塵埃の廃棄の操作がより簡便となる。具体的には、フィルタを引っ張るだけの簡単な操作で塵埃の捕集や塵埃の廃棄を簡便に行うことができる。
また、本開示の糸は「表面電位」が「復活」することから、塵埃の捕集効率(又は集塵力)の急激な低下を回避することができる。具体的には、フィルタを引っ張るだけの簡単な操作で「表面電位」が「復活」して塵埃の捕集効率が回復する。
【0121】
(2)布
本開示の糸は、電場形成フィラメント(又は電荷発生繊維)として、外部からのエネルギーにより電位(又は電荷)を発生して電場を形成することができる繊維を有して成るため、糸の近傍に電場が形成され、あるいは糸と糸との間、または人体等の所定の電位(グランド電位を含む)を有する物体に近接した場合、電場を生じさせることができる。
従って、本開示の糸は、このような電場による電気的刺激によって、直接的に抗菌性を発揮することができる(例えば、土戸哲明,高麗寛紀,松岡英明,小泉淳一著、講談社:微生物制御-科学と工学を参照;例えば、高木浩一,高電圧・プラズマ技術の農業・食品分野への応用,J.HTSJ,Vol.51,No.216を参照)。
【0122】
さらに、このような電気的刺激に関連して、例えば1.0V以上の電位を発生させることで細胞が死滅することが知られている(高電圧パルスによる細胞穿孔のメカニズム -遺伝子導入法の基礎- 葛西道生・稲葉浩子著、第1595頁)。従って、本開示の糸により細胞を死滅させるなどの優れた抗菌性を示すことができる。
【0123】
また、本開示の糸は、汗等の水分を介して、近接する他の繊維または人体等の所定の電位を有する物体に近接した場合に電流を流すこともできる。従って、本開示の糸は、このような電流によっても抗菌性を発揮する場合がある。
【0124】
このようなことから本開示の糸は、例えば、人体等の所定の電位を有する物体に近接して用いられる物品または製品に適用した場合、発生した電場または電流の作用、特に電場の直接的な作用によって上記のような抗菌性を発揮することができる。
【0125】
本開示の糸を適用することができる物品または製品としては、特に制限されるわけではないが、例えば、衣料(全般)、履物(全般)、マスク等の医療用品(全般)などが挙げられる。より具体的には、以下の用途などが考えられる。
【0126】
例えば、衣料全般、特に肌着(特に靴下)、タオル、履物全般、例えば、靴およびブーツ等の中敷き、スポーツウェア全般、帽子、寝具(布団、マットレス、シーツ、枕、枕カバー等を含む)、歯ブラシ、フロス、各種フィルタ類(浄水器、エアコンまたは空気清浄器のフィルタ等)、ぬいぐるみ、ペット関連商品(ペット用マット、ペット用服、ペット用服のインナー)、各種マット品(足、手、または便座等)、カーテン、台所用品(スポンジまたは布巾等)、シート(車、電車または飛行機等のシート)、オートバイ用ヘルメットの緩衝材およびその外装材、ソファ、医療用品全般、例えば、包帯、ガーゼ、マスク、縫合糸、医者および患者の服、サポーター、サニタリ用品、スポーツ用品(ウェアおよびグローブのインナー、または武道で使用する籠手等)、あるいは包装資材等が挙げられる。
【0127】
衣料のうち、特に靴下(またはサポーター)は、歩行等の動きによって、関節に沿って必ず伸縮が生じるため、本開示の糸は、高頻度で電位(又は電荷)を発生することができる。また、靴下は、汗などの水分を吸い取り、菌などの増殖の温床となるが、本開示の糸は、菌の増殖を抑制することができるため、防臭のための菌対策用途として、顕著な効果を生じる。
【0128】
尚、本開示の糸は、抗菌性が求められるあらゆる用途に適していると考えられ、その用途は、上記の用途に特に限定されるものではない。
【0129】
従って、本開示の糸は、当該分野で周知の方法などによって織物、編物、不織布などの布に適切に加工することができ、上記の用途において、抗菌性を奏する布として適切に使用することができる。
【0130】
以下、実施例により、本開示の糸について、さらに詳しく説明する。尚、本開示の糸は、以下の実施例の記載に限定されるものではない。
【実施例】
【0131】
実施例で使用する「糸A」および「糸B」を準備した。
【0132】
糸A
84dtex-24フィラメント(結晶化度41%、結晶サイズ12nm、配向度97%のポリ乳酸)を「糸A」として使用した。各フィラメントの表面には負(-)の電位(又は電荷)を誘起することのできる界面活性剤が製糸油剤(誘電体)として付着していた。
【0133】
糸B
84dtex-24フィラメント(結晶化度41%、結晶サイズ12nm、配向度97%のポリ乳酸)を「糸B」として使用した。フィラメントの表面には何も付着しておらず、無垢のフィラメントが糸の表面に露出していた(誘電体:空気)。
【0134】
糸の表面電位を以下の手順に従って測定した。測定条件については以下の実施例1~4においてそれぞれ詳しく説明する。
【0135】
表面電位を測定するための手順
まず、測定対象となる糸を導電繊維(Cu/Sn線)からなる芯材に巻き付けることで測定サンプルを準備する(カバリング(Z糸):1150T/m、軸方向の長さ:40mm)。カバリング形状を維持するために85℃(空気中)にて40分間加熱処理する。この加熱処理により結晶化度は45%となった。
次に、測定サンプルの芯材(導電繊維)を接地させる(従って導電繊維の電位は0Vである)。
測定サンプルの両端を剛体の治具で挟み込み、イオナイザで除電した後、測定サンプルを軸方向に伸張する。
少なくとも糸への外力の適用前、適用後、解放後において、電気力顕微鏡(トレックジャパン社製、Model 1100TN)により糸の表面電位を測定する。
【0136】
実施例1
本開示の「糸A」(Z糸)の表面電位を上記の測定手順および以下の測定条件に従って測定した。
【0137】
測定条件
伸縮:0.25%(40mmの初期長から予め0.5%だけ伸張させてイオナイザで除電した後、そこから0.75%までさらに伸張させて「0.5%~0.75%」の間で伸縮を繰り返した)(外力の「適用」および「解放」を繰り返した)。
引張り速度:0.1mm/sec
【0138】
表面電位の測定結果を
図10のグラフに示す。
図10のグラフから糸の伸縮を繰り返すことにより、表面電位の極性が「反転」し、本開示の糸の表面電位が
図5の(A)欄に示す挙動を示すことが実証された。また、表面電位は正負のいずれにおいても1.5Vを超えていて、その大きさが同等であることも分かった。また、正負の合計で3.0V以上にわたって表面電位を調節することができた。
【0139】
実施例2
本開示の「糸A」および「糸B」(いずれもZ糸)の表面電位を上記の測定手順および以下の測定条件に従って測定した。
【0140】
測定条件
引張り量:0.5%(0.2mm)(外力の「適用」を維持した)
引張り速度:0.1mm/sec
【0141】
表面電位の測定結果を
図11(糸A)および
図12(糸B)のグラフに示す。
【0142】
図11のグラフに示すように「糸A」では外力の適用により正(+)の電位が発生し、それとともに油剤に起因して反対極性の電位(又は電荷)が誘起されて、正(+)の表面電位が緩和されて、2秒以内に表面電位が消失することがわかった(
図5の(A)欄の(II)の「消失」)。
【0143】
図12のグラフに示すように「糸B」でも外力の適用により正(+)の電位が発生するが、油剤などが付着されていないために反対極性の電位(又は電荷)は誘起されず、20秒以上にわたって正(+)の表面電位が保持されることがわかった(
図5の(B)欄の(V)の「保持」)。尚、外力の適用を「解放」すると、表面電位は消失した(
図5の(B)欄の(VI)の「消失」)。
また、
図12のグラフに示す通り、4.0V以上の表面電位を発生させることができた。
【0144】
実施例3
本開示の「糸A」(Z糸)の表面電位を上記の測定手順および以下の測定条件に従って測定した。
【0145】
測定条件
前処理a:無処理
前処理b:表面電位を測定する前に測定サンプルを25℃の溶剤(イソプロピルアルコール(IPA))中で2分間にわたって前処理(溶剤浸漬)した。
引張り量:0.5%(0.2mm)(外力の「適用」を維持した)
引張り速度:0.1mm/sec
【0146】
表面電位の測定結果を
図13(糸A、前処理a:無処理)および
図14(糸A、前処理b:溶剤浸漬)のグラフに示す。
【0147】
図13のグラフ(糸A、前処理a:無処理)では、油剤が除去されずに付着していたため、
図11に示すグラフと同様に油剤により反対極性の電位(又は電荷)が誘起されて、外力による正(+)の表面電位が緩和されて3秒以内に表面電位が消失することがわかった(
図5の(A)欄の(II)の「消失」)。
【0148】
図14のグラフ(糸A、前処理b:溶剤浸漬)では、「前処理b」(溶剤浸漬)によって油剤が除去されたことから反対極性の電位(又は電荷)は誘起されず、20秒以上にわたって表面電位が保持されることがわかった(
図5の(B)欄の(V)の「保持」)。尚、外力の適用を「解放」すると、表面電位は消失した(
図5の(B)欄の(VI)の「消失」)。
【0149】
実施例4
本開示の「糸A」(Z糸)の表面電位を上記の測定手順のうち、カバリング形状を維持する目的の加熱処理条件のみ「120℃(空気中)」にて「40分間」に変更した。この加熱処理により結晶化度は54%となった(結晶サイズ14nm、配向度97%)。測定は以下の条件に従って実施した。
【0150】
測定条件
前処理a:無処理
前処理b:表面電位を測定する前に測定サンプルを常温の溶剤(イソプロピルアルコール(IPA))中で2分間にわたって前処理(溶剤浸漬)した。
前処理c:表面電位を測定する前に測定サンプルをSEKマーク繊維製品の洗濯方法(一般社団法人繊維評価技術協議会 製品認証部)の「標準洗濯法」に準拠した方法で2回洗濯することで前処理した。
引張り量:0.5%(0.2mm)(外力の「適用」を維持した)
引張り速度:0.1mm/sec
【0151】
表面電位の測定結果を
図15(糸A、前処理a:無処理)、
図16(糸A、前処理b:溶剤浸漬)および
図17(糸A、前処理c:洗濯)のグラフに示す。
【0152】
図15のグラフ(糸A、前処理a:無処理)では、油剤が除去されずに付着していたため、
図11、
図13に示すグラフと同様に油剤により負(-)の電位(又は電荷)が誘起されて、外力による正(+)の表面電位が緩和されて8秒以内に表面電位が消失することがわかった(
図5の(A)欄の(II)の「消失」)。
また、
図15のグラフに示す通り4.0V以上の表面電位を発生させることができた。
【0153】
図16のグラフ(糸A、前処理b:溶剤浸漬)では、「前処理b」(溶剤浸漬)によって油剤が除去されたことから反対極性の電位(又は電荷)は誘起されず、20秒以上にわたって表面電位が保持されたことがわかった(
図5の(B)欄の(V)の「保持」)。尚、外力の適用を「解放」すると、表面電位は消失した(
図5の(B)欄の(VI)の「消失」)。
また、
図16のグラフに示す通り、約8Vの表面電位を発生させることができた。
【0154】
実施例4では、実施例3と比べ、カバリング形状を維持するための加熱条件を「120℃」に向上することにより結晶化度が向上し、表面電位をさらに向上させることができた。
【0155】
同様に
図17のグラフ(糸A、前処理c:洗濯)においても、「前処理c」(洗濯)によって油剤が除去されたことから反対極性の電位(又は電荷)は誘起されず、20秒以上にわたって表面電位が保持されることがわかった(
図5の(B)欄の(V)の「保持」)。尚、外力の適用を「解放」すると、表面電位は消失した(
図5の(B)欄の(VI)の「消失」)。
【0156】
このような実施例から、本開示の糸により、表面電位の「発生」、「維持」、「消失」、「復活」、「極性の反転」などが所定又は所望の時間にわたって制御できること、ひいては上述の「制御された表面電位」が達成できたことが実証されている。
また、本開示の糸では少なくとも1.0V以上の表面電位が発生することから、このような電位による「抗菌性」も奏することができる。
さらに、本開示の糸では10秒未満の短い時間で表面電位を消失させたり(例えば
図11、13、15)、10秒を超える長い時間にわたって表面電位を保持することができるので(例えば、
図12、14、16、17)、周期的な速い動作(例えば1Hz以上のキーボード操作や歩行などの動作)にあわせて10秒未満の短い時間で本開示の糸を含む衣服などで抗菌性を発揮させたり、あるいは非周期的な動作(1Hz未満の清聴や静止状態など)においても10秒を超える長い時間にわたって抗菌性を発揮させることができる。
本明細書の開示内容は、以下の態様を含み得る。
(態様1)
電場形成フィラメントを含んで成る糸であって、該糸の軸方向に外力を適用することで正または負の表面電位が発生し、前記外力の維持または解放によって制御された表面電位を発生する糸。
(態様2)
前記制御として、前記発生した表面電位が少なくとも所定の時間内で消失または所定の時間を超えて保持される、態様1に記載の糸。
(態様3)
前記制御として、前記外力の解放によって前記発生した表面電位の極性が反転する、態様1に記載の糸。
(態様4)
前記制御として、前記外力の解放によって、
(1)前記外力の適用により発生した表面電位が消失するか、または
(2)前記外力の適用により発生した表面電位の極性が反転する、
態様1に記載の糸。
(態様5)
前記(2)において、前記外力の適用により発生した表面電位の大きさと、前記外力の解放による極性が反転した表面電位の大きさが同等である、態様4に記載の糸。
(態様6)
前記(2)において、前記外力の適用および解放を繰り返すことによって前記表面電位の極性の反転が繰り返される、態様4に記載の糸。
(態様7)
前記適用した外力を維持した状態の糸において、前記発生した表面電位が所定時間内で消失する、態様1に記載の糸。
(態様8)
前記適用した外力を維持した状態の糸において、前記発生した表面電位が所定時間を超えて同じ極性で保持される、態様1に記載の糸。
(態様9)
前記表面電位が、少なくとも以下の条件(a)~(d):
(a)前記糸を伸張すること、
(b)導電繊維からなる芯材に前記糸をカバリングすること、
(c)前記芯材を接地すること、および
(d)少なくとも外力の適用前、適用後、解放後において、電気力顕微鏡により前記糸の表面電位を測定すること
で測定される、態様1~8のいずれかに記載の糸。
(態様10)
前記外力の適用および解放により2%以下の範囲内で前記糸を伸縮させることを特徴とする、態様1~9のいずれかに記載の糸。
(態様11)
前記表面電位が1.0V以上であることを特徴とする、態様1~10のいずれかに記載の糸。
(態様12)
前記電場形成フィラメントが圧電材料を含んで成ることを特徴とする、態様1~11のいずれかに記載の糸。
(態様13)
前記圧電材料がポリ乳酸を含んで成ることを特徴とする、態様12に記載の糸。
(態様14)
前記電場形成フィラメントの周りに誘電体が設けられていることを特徴とする、態様1~13のいずれかに記載の糸。
(態様15)
前記誘電体が油剤を含んで成ることを特徴とする、態様14に記載の糸。
(態様16)
態様1~15のいずれかに記載の糸を含んで成ることを特徴とする構造物。
(態様17)
前記構造物がフィルタまたは布であることを特徴とする態様16に記載の構造物。
【産業上の利用可能性】
【0157】
本発明は、様々な製品に利用することができる。例えば、糸が使用される日用製品(特に衣料製品の全般)、工業製品(特にフィルタ)において好適に用いることができる。また、抗菌性が求められる日用製品(特に衣料製品の全般)においても好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0158】
1,2: 糸
10: 電場形成フィラメント
100: 誘電体
900: 延伸方向
910A: 第1対角線
910B: 第2対角線