(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-03
(45)【発行日】2022-03-11
(54)【発明の名称】人工ダイヤモンドコーティング領域を処理する方法及びシステム
(51)【国際特許分類】
B23K 26/361 20140101AFI20220304BHJP
B23K 26/00 20140101ALI20220304BHJP
B23K 26/082 20140101ALI20220304BHJP
【FI】
B23K26/361
B23K26/00 N
B23K26/082
(21)【出願番号】P 2017167036
(22)【出願日】2017-08-31
【審査請求日】2020-08-27
(73)【特許権者】
【識別番号】593185670
【氏名又は名称】イムラ アメリカ インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100114915
【氏名又は名称】三村 治彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120363
【氏名又は名称】久保田 智樹
(74)【代理人】
【識別番号】100125139
【氏名又は名称】岡部 洋
(72)【発明者】
【氏名】糸魚川 文広
(72)【発明者】
【氏名】小野 晋吾
(72)【発明者】
【氏名】須藤 正明
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-175141(JP,A)
【文献】特開2015-085336(JP,A)
【文献】特開平04-164807(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00 - 26/70
B28D 1/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工ダイヤモンドコーティング領域を処理する方法であって、
パルス幅が1フェムト秒以上10ピコ秒以下の超短パルスレーザを超短パルスレーザ源から出射するステップと、
人工ダイヤモンドコーティングが施されたワーク加工面における前記超短パルスレーザのフルエンスが人工ダイヤモンドコーティング領域の加工閾値未満となるように、光学系装置を介して前記超短パルスレーザを前記ワーク加工面に照射
することにより、前記ワーク加工面の結晶性を向上するステップと、
前記光学系装置を介して照射される前記超短パルスレーザと前記ワーク加工面との相対位置又は相対姿勢を制御して、前記光学系装置を介して照射される前記超短パルスレーザを前記ワーク加工面に対して走査するステップと
を備える方法。
【請求項2】
前記加工閾値は16.2mJ/cm
2である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ワーク加工面におけるフルエンスが、5.6mJ/cm
2以上14.9mJ/cm
2以下である、請求項1または2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
前記ワーク加工面におけるフルエンスが、10.0mJ/cm
2以上14.9mJ/cm
2以下である、請求項1または2のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記照射するステップが、前記超短パルスレーザの光軸が前記ワーク加工面に交差する状態で前記超短パルスレーザをデフォーカスするステップを含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
ナノ秒UVパルスレーザをナノ秒UVレーザ源から出射するステップと、
前記ナノ秒UVパルスレーザをビーム形成光学系によってビーム形成するステップと、
前記ビーム形成されたナノ秒UVパルスレーザを前記ワーク加工面に対して平行に接触及び走査して前記ワーク加工面を整形するステップと
をさらに備える、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記照射するステップが、前記超短パルスレーザをビーム形成するステップ及び前記ビーム形成された超短パルスレーザを前記ワーク加工面に対して平行に接触させるステップを含み、
前記走査するステップが、前記ワーク加工面に対して平行に接触した超短パルスレーザを前記ワーク加工面に対して平行に走査するステップを含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記ワーク加工面における前記超短パルスレーザのフルエンスが前記ワーク加工面の加工閾値以上となるように、前記光学系装置を介して前記超短パルスレーザを前記ワーク加工面に対して平行に接触させるステップと、
前記ワーク加工面に対して平行に接触した前記超短パルスレーザと前記ワーク加工面との相対位置又は相対姿勢を制御して前記超短パルスレーザを前記ワーク加工面に対して走査するステップと
をさらに備える、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記人工ダイヤモンドコーティングが、化学気相蒸着によって形成された多層ダイヤモンドコーティングである、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記ワーク加工面が切削工具の刃先の一部又は全部である、請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
人工ダイヤモンドコーティング領域を処理するシステムであって、
パルス幅が1フェムト秒以上10ピコ秒以下の超短パルスレーザを出射する超短パルスレーザ源と、
前記超短パルスレーザのプロファイルを調整する光学系装置と、
人工ダイヤモンドコーティングが施されたワーク加工面の位置及び姿勢を制御するワーク保持機構と、
前記プロファイルが調整された超短パルスレーザの前記ワーク加工面におけるフルエンスが人工ダイヤモンドコーティング領域の加工閾値未満となる状態で、前記プロファイルが調整された超短パルスレーザが前記ワーク加工面を走査
することにより前記ワーク加工面の結晶性を向上するように前記光学系装置及び前記ワーク保持機構を制御する制御装置と
を備えるシステム。
【請求項12】
前記加工閾値は16.2mJ/cm
2である、請求項11に記載のシステム。
【請求項13】
前記ワーク加工面におけるフルエンスが、5.6mJ/cm
2以上14.9mJ/cm
2以下となるように構成された、請求項11に記載のシステム。
【請求項14】
前記ワーク加工面におけるフルエンスが、10.0mJ/cm
2以上14.9mJ/cm
2以下となるように構成された、請求項11に記載のシステム。
【請求項15】
前記光学系装置が、前記超短パルスレーザの光軸が前記ワーク加工面に交差する状態で前記超短パルスレーザをデフォーカスするデフォーカス光学系からなる、請求項11から13のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項16】
ナノ秒UVパルスレーザを出射するナノ秒UVレーザ源と、
前記ナノ秒UVパルスレーザをビーム形成するビーム形成光学系と、
前記ビーム形成されたナノ秒UVパルスレーザを光軸方向に垂直な方向に移動させるビーム走査機構と
をさらに備え、
前記制御装置が、前記ビーム形成されたナノ秒UVパルスレーザが前記ワーク加工面に対して平行に接触及び走査するように、前記ビーム走査機構又は前記ワーク保持機構を制御するように構成された、請求項15に記載のシステム。
【請求項17】
前記光学系装置が、前記超短パルスレーザをビーム形成するビーム形成光学系及び前記ビーム形成された超短パルスレーザを光軸方向に垂直な方向に移動させるビーム走査機構を含み、
前記制御装置が、前記ビーム形成された超短パルスレーザが前記ワーク加工面に対して平行に接触及び走査するように、前記ビーム走査機構又は前記ワーク保持機構を制御するように構成された、請求項11から14のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項18】
前記制御装置がさらに、前記ビーム形成された超短パルスレーザから前記ワーク加工面に与えられるエネルギーが前記ワーク加工面の加工閾値未満の値及び該加工閾値以上の値の間で切り換えられるように、前記ビーム走査機構又は前記ワーク保持機構を制御するように構成された、請求項17に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、人工ダイヤモンドコーティング領域を処理する方法及びシステムに関し、より詳細には人工ダイヤモンドコーティングの結晶性を向上するための方法及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
切削工具などの刃部に人工ダイヤモンドコーティングを施す技術が知られている。例えば、特許文献1は、連続する山形歯からなる刃部が形成されたブレードの切断性能を向上するために刃部に人工ダイヤモンドコーティングが施されることを開示する。また、特許文献2は、切削工具を用いて軟質金属に切削加工をする際に軟質金属においてバリが発生しないようにするために切削工具の刃先部分の側面に人工ダイヤモンドコーティングが施されることを開示する。その他人工ダイヤモンド乃至はDLC(Diamond Like Carbon)コーティングに関しては、種々の技術が報告されている(非特許文献1~11参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-55407号公報
【文献】特開2004-42195号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】角谷均、「高圧合成ダイヤモンドの新展開」、精密工学会誌、Vol.76、No.12、2010
【文献】八田章光、住友卓、平木昭夫、伊藤利通、「プラズマCVD法による高品質ダイヤモンドの合成」、プラズマ・核融合学会誌、Vol.76、No.9、2000
【文献】渡邉政嘉、吉川昌範、「ダイヤモンドコーティング切削工具によるセラミックスの切削」、精密工学会誌、Vol.56、No.9、2009
【文献】Htet Sein、Wagar Ahmed、Mark Jackson、Robert Woodwards、Riccardo Polini、「Performance and characterisation of CVD diamond coated,sintered diamond and WC-Co cutting tools for dental and micromachining applications」、Thin Solid Films、Vol.447-448、30、2004
【文献】Diane.S.knight、William.B.White、「Characterization of diamond films by Raman spectroscopy」、Journal of Materials Research、Vol.4、Issue 2、1989
【文献】M.Pandey、R.D‘ Cunha、A.K.Tyagi、「Defects in CVD diamond: Raman and XRD studies」、Journal of Alloys and Compounds、Vol.333、Issues 1-2、2002
【文献】Hiroyuki Kuriyama、Seiichi Kiyama、Shigeru Noguchi、Takashi Kuwahara、Satoshi Ishida、Tomoyuki Nohda、Keiichi Sano、Hiroshi Iwata、Hiroshi Kawata、Masato Osumi、「Enlargement of Poly-Si Film Grain Size by Eximer Laser Annealing and Its Application to High Performance Poly-Si Thin Film Transistor」、Jpn.Appl.Phys.、1991
【文献】J.W.Lee、H.Shichijo、H.L.Tsai、R.J.Matyi、「Defect reduction by thermal annealing of GaAs layers grown by molecular beam epitaxy on Si substrates」、Appl.Phys.Lett、1987
【文献】T.Sameshima、S.Usui、M.Sekiya、「XeCl Eximer laser annealing used in the fabrication of poly-Si TFT‘s」、IEEE Electron Device Letters、1986
【文献】閻紀旺、「高速レーザ照射による単結晶Si研削加工ダメージの完全修復」
【文献】P.Merel、M.Tabbal、M.Chaker、S.Moisa、J.Margot、「Direct evaluation of the sp3 content in diamond-like-carbon films by XPS」、Applied Surface Science、1998
【文献】糸魚川文広、井上京士、小野晋吾、須藤正明、「フェムト秒レーザ照射によるCVDダイヤモンドコーティングの改質」、一般社団法人、日本機械学会、No.17-1、日本機械学会2017年度年次大会
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、ダイヤモンドは炭素のsp3結合からなり、グラファイト(黒鉛)は炭素のsp2結合からなり、DLCはダイヤモンドとグラファイトの両方の結合からなるアモルファス構造(非晶質構造)を有する。すなわち、DLCでは、ダイヤモンド結合であるsp3とグラファイト結合であるsp2が混在する。sp3結合では炭素原子が密に結合されているため、sp3結合はsp2結合よりも強く、ダイヤモンド特有の高い硬度に寄与する。CVDのように人工的に合成されたダイヤモンドは、DLCのような性質を示すことが多い。したがって、人工ダイヤモンドを用いるアプリケーションにおいてダイヤモンドに近い高い硬度が求められる場合には、その結晶構造を改質してsp3結合の割合を増加させることが望ましい。このように、DLCの結晶性の向上が望まれる場合がある。
【0006】
そこで、本開示は、ワークに施された人工ダイヤモンドコーティング領域におけるダイヤモンドの結晶性を向上するための方法及びシステムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様によると、人工ダイヤモンドコーティング領域を処理する方法が提供される。その方法は、パルス幅が1フェムト秒以上10ピコ秒以下の超短パルスレーザを超短パルスレーザ源から出射するステップと、人工ダイヤモンドコーティングが施されたワーク加工面における超短パルスレーザのフルエンスを人工ダイヤモンドコーティング領域の加工閾値未満となるように、光学系装置を介して超短パルスレーザをワーク加工面に照射するステップと、光学系装置を介して照射される超短パルスレーザとワーク加工面との相対位置又は相対姿勢を制御して、光学系装置を介して照射される超短パルスレーザをワーク加工面に対して走査するステップとを備える。
【0008】
本開示の他の態様によると、人工ダイヤモンドコーティング領域を処理するシステムが提供される。そのシステムは、パルス幅が1フェムト秒以上10ピコ秒以下の超短パルスレーザを出射する超短パルスレーザ源と、超短パルスレーザのプロファイルを調整する光学系装置と、人工ダイヤモンドコーティングが施されたワーク加工面の位置及び姿勢を制御するワーク保持機構と、プロファイルが調整された超短パルスレーザのワーク加工面におけるフルエンスが人工ダイヤモンドコーティング領域の加工閾値未満となる状態で、プロファイルが調整された超短パルスレーザがワーク加工面を走査するように光学系装置及びワーク保持機構を制御する制御装置を備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、ワークに施された人工ダイヤモンドコーティング領域におけるダイヤモンドの結晶性を向上するための方法及びシステムが実現される。これにより、ワークの高精度な加工が可能となり、ワークが工具として使用される場合の工具の長寿命化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】第1の実施形態による工具作製用のシステムを示すブロック図である。
【
図2】第1の実施形態における光学系装置の模式図である。
【
図3】第1の実施形態の第1実施例における、PLGによる表層除去を説明する図である。
【
図4】第1の実施形態の第1実施例における各領域のSEM像を示す図である。
【
図5】第1の実施形態の第1実施例における各領域のラマンスペクトルを示す図である。
【
図6】第1の実施形態の第1実施例における各領域のC(1s)のXPSスペクトルを示す図である。
【
図7】第1の実施形態の第1実施例における各領域のN(1s)のXPSスペクトルを示す図である。
【
図8】第1の実施形態の第1実施例における各領域のO(1s)のXPSスペクトルを示す図である。
【
図9A】第1の実施形態の第1実施例における各領域のX線吸収分光測定(オージェ電子収量法)の結果を示す図である。
【
図9B】第1の実施形態の第1実施例における各領域のX線吸収分光測定(全電子電子収量法)の結果を示す図である。
【
図10】第1の実施形態の第2実施例における刃先の耐摩耗性試験を説明する図である。
【
図11】第1の実施形態の第2実施例における切削試験後の刃先の光学顕微鏡写真である。
【
図12】第1の実施形態の第2実施例における切削試験後の刃先のSEM像を示す図である。
【
図13】第2の実施形態による工具作製用のシステムを示すブロック図である。
【
図14】第2の実施形態における各領域のSEM像を示す図である。
【
図16】PLGによる整形処理を説明する図である。
【
図17】PLGにおけるレーザの光軸方向への加工の進展を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<人工ダイヤモンドコーティングの概要>
1.人工ダイヤモンド
ダイヤモンドは宝石として価値を有する一方で、高い工業的利用価値も有する。ダイヤモンドは、最も高い硬度、高い熱伝導率、小さい熱膨張係数を有し、これにより耐摩耗性、熱拡散性、熱衝撃耐性に優れ、工学的に理想的な性質を有する。この性質によって、上記の高い工業的利用価値がもたらされる。そのため、光学分野、電気・電子分野、機械工作の分野などの幅広い分野でダイヤモンドの応用が進められており、ダイヤモンドは特に研磨、切削などの工業的用途に広く利用されている。しかし、天然ダイヤモンドの利用には、一般に、ダイヤモンド自体のコストが高いこと、天然ダイヤモンドの埋蔵量が少ないこと、及び採掘にもコストがかかることといった問題が伴う。また、ダイヤモンドは地球内部の非常に高温高圧な環境で生成されるために定まった形状で産出されない。したがって、産出されたダイヤモンドを成形することが必要となる。またさらに、ダイヤモンドの高い硬度は、それ自体が利点である一方で、加工性の低さをもたらしてしまう。そのため、天然ダイヤモンドの利用は全体として高コストなものとなってしまう。
【0012】
そこで、近年、人工的にダイヤモンドを合成する技術が開発されてきた。人工ダイヤモンドは、主に高温高圧合成(HPHT)(例えば、非特許文献1参照)又は化学気相蒸着(Chemical Vapor Deposition:CVD)(例えば、非特許文献2参照)によって合成される。
【0013】
人工ダイヤモンドを合成する技術に伴い、天然ダイヤモンドと同様に、光学分野、電気・電子分野、機械工作の分野などの幅広い分野で人工ダイヤモンドの応用が進められている。上記の人工ダイヤモンド合成手法の利点は、ダイヤモンドの合成にかかる費用が天然ダイヤモンドの利用にかかる費用に比べて格段に少ないことである。さらに、合成方法によって異なるものの、人工ダイヤモンドは、硬度、熱・電気伝導性、電子移動度において天然ダイヤモンドよりも優れた特性を有する。この特性によって、研磨剤、切削工具、ヒートシンク、半導体などとしての人工ダイヤモンドの利用がさらに容易となった。特に、切削工具の表面にCVDダイヤモンドをコーティングした多層CVDダイヤモンドコーティング工具は安価であり、切削性能にも優れることから、その利用が拡大している(例えば、非特許文献3及び4参照)。
【0014】
2.CVDダイヤモンドコーティング
CVDダイヤモンドコーティング工具の製造方法は以下の通りである。まず、工具母材表面にダイヤモンドの核が生成される。次に、工具母材表面の核が成長してダイヤモンド粒となり、ダイヤモンド粒同士が結合して膜を形成する。このCVDによって作られるダイヤモンド膜は、ダイヤモンドの多結晶体である。通常、多結晶といわれているダイヤモンド焼結体にはCoやSiなどの焼結助剤が混入しているため、ダイヤモンドの占める割合は70~90%程度である。これに対して、気相合成ダイヤモンドでは100%がダイヤモンドであるため、焼結体とは大きく異なる。
【0015】
CVDダイヤモンドコーティング工具は安価でかつ切削性能も優れているため、産業的利用価値が高い。しかし、高硬度ゆえの加工の難しさは、天然ダイヤモンドにおいても人工ダイヤモンドにおいても同じである。例えば、CVDダイヤモンドコーティング工具においては、精密切削で必要とされるシャープな刃先を機械的な研磨によって得ようとすると多大な時間を要してしまうこと、刃先における粒子の脱落やチッピングが発生してしまうことなどが問題となる。現存する主なダイヤモンドの加工法としては、前述したダイヤモンドの粉を用いた研磨加工、放電加工、イオンビーム加工及びレーザ加工が挙げられる。
【0016】
ここで、レーザ加工は光と材料の相互作用によるものであり、レーザのパルス幅とパワー密度によって加工の形態が異なる。
図15に、レーザのパワー密度とパルス幅に対する加工形態を示す。
図15に示すように、レーザ加工の形態は、蒸発又は溶融を伴う熱的なプロセスとアブレーションによる非熱的なプロセスの2つに大別される。熱的なプロセスには、切断加工や穴加工などの除去プロセス、溶接加工などの接合プロセス、表面改質や曲げ加工などの加熱プロセスなどがある。非熱的なプロセスの代表的な例として、アブレーション加工があり、これは、樹脂、セラミックスなどの穴あけや溝加工といった微細加工に多く利用される。このアブレーション加工では、ピコ秒レーザ又はフェムト秒レーザなど、その発光時間が10
-12~10
-15秒という非常に短いレーザが用いられる。この中でも、超短パルスレーザを用いたダイヤモンド加工は短い加工時間しか要さず、非接触加工であり、かつアブレーション加工であることから、熱的影響が小さく、精度が高いという点でダイヤモンドの加工に適する。したがって、ダイヤモンドのレーザ加工技術の更なる発展によって、工業的な優位性がもたらされることが期待される。
【0017】
3.パルスレーザ研削(PLG)
工具刃先をレーザで成形する手法としてパルスレーザ研削(Pulse Laser Grinding:PLG)がある。
図16は、PLGの模式図である。短パルスレーザLが長焦点の単レンズによって緩い角度で集光され、円筒状の加工可能領域Laが形成される((a)鳥観図参照)。この加工可能領域Laによって、ワーク(材料)Wの加工面Waに垂直に数μmの切り込みが与えられる。そして、加工可能領域Laが、加工面Waに接触した状態で加工面Waに対して平行に繰り返し走査される((b)上面図及び(c)正面図参照)。この切り込みの付与と走査とが繰り返され、切り込みの厚さだけワークWが除去されて任意の加工面が得られる。
【0018】
PLGを用いることの最大の利点は、凹凸の少ない良好な加工面が得られることである。レーザ光のスポット内は均一なパワーを持たず、何らかの分布を持っている。一般的に、レーザは中心のパワーが最も強く、半径方向に外側に向かうほど弱くなっていく。レーザによる加工単位はパワー分布によって決まるため、スポットの外側では加工単位が小さくなる。
図17は、レーザの光軸方向への加工の進展を示す模式図である。PLGによって最終的に仕上げられる面は加工閾値をわずかに上回る最小の加工単位の集積によって形成されるため、上記のように良好な面が得られる。
【0019】
PLGによる手法を工具成形に用いることによって以下の利点が期待される。
(1)工具成形が加工対象材料の硬度に制約されず、それがダイヤモンドのように非常に硬い材料であっても短時間での加工が可能となる。
(2)工具成形が非接触加工であることによって、加工対象が脆性材料又は焼結材料であっても刃先のチッピングや粒子の脱落が抑制される。
(3)レーザ光線は光ファイバーなどを介しても伝送可能なため、レーザの取り回しが良く、他軸加工へ応用することによって自由に形状を創製することが可能となる。
(4)短パルスレーザを用いることによって、加工形態がアブレーション加工となる。これにより、加工対象が焼結材料のような粒子及びバインダーからなる材料であっても、均一な加工が可能となる。
(5)レーザ照射時の熱又はプラズマによって加工対象の一部が化学変化するので、加工対象物の表面改質が可能となる。
【0020】
4.人工ダイヤモンドの結晶性
CVDで合成されたダイヤモンドは、化学的品質において天然ダイヤモンドよりも劣ることがある。CVDで合成されたダイヤモンドのコーティング膜を分析すると、膜内部と比較して表面においては、アモルファスカーボンが多く含まれていることが多く、DLC膜のような性質を示す事が多い(例えば、非特許文献5及び6参照)。
【0021】
この問題に対しても、レーザ照射によって解決できる可能性がある。シリコンなどの結晶性材料に対して短パルスレーザを照射することによって結晶性が向上する効果、すなわちアニーリング効果が得られることが報告されている(例えば、非特許文献7~10参照)。また、DLC膜に対して短パルスレーザを低フルエンスで照射することによって、結晶内のsp3炭素量が増加することも報告されている(例えば、非特許文献11及び12参照)。
【0022】
そこで、以下の各実施形態では、ワークに施された人工ダイヤモンドコーティングにおけるsp3結合の割合を増加させてダイヤモンドの結晶性を向上するための方法及びシステムが提示される。
【0023】
<第1の実施形態>
図1は、第1の実施形態による工具作製の処理に用いられるシステム1を示すブロック図である。システム1は、超短パルスレーザ源10、デフォーカス光学系20、ワーク保持機構30、ナノ秒UVレーザ源40、レーザ走査装置50及び制御装置60を有する。ワーク5は、例えば刃部を有する機械工具などであり、ワーク保持機構30によって保持される。ワーク5は、その刃部などからなる所定のワーク加工面5a(人工ダイヤモンドコーティング領域)を有する。
【0024】
概略として、主に超短パルスレーザ源10、デフォーカス光学系20及びワーク保持機構30がワーク加工面5aの改質処理(結晶性の向上)に寄与し、主にナノ秒UVレーザ源40及びレーザ走査装置50がワーク加工面5aの整形処理に寄与する。そして、制御装置60が、超短パルスレーザ源10、デフォーカス光学系20、ワーク保持機構30、ナノ秒UVレーザ源40及びレーザ走査装置50の全部又は一部を統括的又は個別的に制御する。なお、超短パルスレーザ源10、デフォーカス光学系20及びワーク保持機構30と、ナノ秒UVレーザ源40及びレーザ走査装置50とは、異なる制御装置によって個別に制御されてもよい。
【0025】
超短パルスレーザ源10は、超短パルスレーザLf0(以下、「超短パルスレーザLf0」という)を出射する。本開示において、パルス幅が1フェムト秒~10ピコ秒のパルスレーザを「超短パルスレーザ」というものとする。また、超短パルスレーザLf0の波長は、約1μmであればよい。
【0026】
デフォーカス光学系20は、光学系装置の一例である。
図2に、デフォーカス光学系20の模式図を示す。デフォーカス光学系20は、集光用のレンズ21、アイリス22及び駆動部23を有し、超短パルスレーザLf0をデフォーカスする。説明の便宜上、レンズ21を通過する前の超短パルスレーザを超短パルスレーザLf0といい、レンズ21を通過した後のデフォーカスされた超短パルスレーザを超短パルスレーザLf1といい、双方を総称して超短パルスレーザLfというものとする。駆動部23は、レンズ21及びアイリス22の一方又は両方を駆動する。駆動部23がワーク加工面5aに対するレンズ21の相対距離を調整することによって、ワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLf1のフルエンスが調整される。また、駆動部23がアイリス22の径を調整することによって、ワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLf1の照射範囲が決定される。すなわち、デフォーカス光学系20の各要素とワーク加工面5aとの相対移動によって、ワーク加工面5aにおけるフルエンス及び照射範囲が決定される。なお、レンズ21の焦点位置はレンズ21とアイリス22の間にあるものとし、超短パルスレーザLf1の光軸はワーク加工面5aに交差する(例えば、直交する)。
【0027】
図1に戻り、ワーク保持機構30は、ワーク5を載置するワーク固定ステージである。ただし、ワーク保持機構30は、ワーク5を載置するステージに限らず、ワーク5を把持する機構、ワーク5を吸引によって保持する機構、ワーク5を相互の嵌合、挿通などによって保持する機構であってもよい。水平面をX-Y平面とし、鉛直方向をZ方向とした場合、ワーク保持機構30によって、ワーク5のX方向、Y方向及びZ方向の移動、X-Y平面内での回転、Z軸に対する所定角度での傾斜、その他の移動が可能となる。なお、走査方向(例えば、Z方向)へはミクロンオーダーでワーク5を移動可能であることが望ましい。
【0028】
ワーク保持機構30がワーク5を位置決め及び移動することによって、超短パルスレーザLf1の照射がワーク加工面5aに対して走査される。本実施形態では、ワーク保持機構30の動作によって、超短パルスレーザLf1とワーク加工面5aの相対位置又は相対姿勢が制御されるが、この相対位置又は相対姿勢の制御は、超短パルスレーザ源10及びデフォーカス光学系20の動作によっても可能である。
【0029】
ナノ秒UVレーザ源40は、ナノ秒UVパルスレーザLn0(以下、「UVパルスレーザLn0」という)を出射する。ナノ秒UVレーザ源40は、PLGによる機械工具などの整形に適したものであればよい。
【0030】
レーザ走査装置50は、ビーム形成光学系51及びビーム走査機構52を含む。
ビーム形成光学系51はミラー、レンズなどを有する。レンズはワーク5の加工幅に対して比較的長いレイリー長を有する長焦点距離のレンズであり、例えば、単レンズ若しくは複合レンズ、アキシコンレンズ、DOE(Diffractive Optical Element)又はそれらの複合である。アキシコレンズ及びDOEによってビームプロファイルを任意の形にすること又はレイリー長を増加させることが可能となる。説明の便宜上、ビーム形成光学系51を通過する前のパルスレーザをUVパルスレーザLn0といい、ビーム形成光学系51を通過した後のビーム形成されたパルスレーザをUVパルスレーザLn1といい、双方を総称してUVパルスレーザLnというものとする。
【0031】
ビーム走査機構52は、ガルバノ式などのスキャナ、リニアステージなど、UVパルスレーザLn1をワーク5に対して高い再現性で走査できる機構であればよい。ビーム走査機構52とビーム形成光学系51とは一体化されていてもよい。
図16に示した態様と同様にして、レーザ走査装置50(ビーム走査機構52)によるUVパルスレーザLn1の走査によって、PLGが実行される。すなわち、レーザ走査装置50は、UVパルスレーザLn1がワーク加工面5aに対して平行に接触及び走査させる。
【0032】
制御装置60は、CPU60a、メモリ60b及び入出力インターフェース60cを含む。CPU60aは、レーザ制御部61、光学系制御部62、ステージ制御部63、レーザ制御部64、走査制御部65及び統括制御部66を含む。CPU60aの各部、メモリ60b及び入出力インターフェース60cは、バスを介して相互にデータ及び信号のやり取りが可能な態様で接続される。メモリ60bは、プログラム、データなどを記憶するROM、RAMなどのメモリを含む。入出力インターフェース60cは、キーボード、マウス、タッチパネルなどの入力部、及びディスプレイ(タッチパネル)、スピーカなどの出力部を含む。
【0033】
レーザ制御部61は、超短パルスレーザ源10による超短パルスレーザLf0の出射のオン/オフを制御する。また、超短パルスレーザLf0のパルス幅、波長、パワーなどは、レーザ制御部61を介して設定又は制御されてもよいし、超短パルスレーザ源10において設定されてもよい。後者の場合には、レーザ制御部61は、超短パルスレーザ源10による超短パルスレーザLf0の出射のオン/オフのみを制御することになる。
【0034】
光学系制御部62は、デフォーカス光学系20の駆動部23を介してレンズ21の位置又は向き、アイリス22の開口を制御して、超短パルスレーザLf1のプロファイルを調整してワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLf1のフルエンス及び照射範囲を調整する。ステージ制御部63は、ワーク保持機構30の動作を制御して、ワーク5、すなわちワーク加工面5aの平面移動、垂直移動、回転、傾斜などを制御する。
【0035】
レーザ制御部64は、ナノ秒UVレーザ源40によるUVパルスレーザLn0の出射のオン/オフを制御する。また、UVパルスレーザLn0のパルス幅、波長、パワーなどは、レーザ制御部64を介して設定又は制御されてもよいし、ナノ秒UVレーザ源40において設定されてもよい。後者の場合には、レーザ制御部64は、ナノ秒UVレーザ源40によるUVパルスレーザLn0の出射のみを制御することになる。
【0036】
走査制御部65は、レーザ走査装置50(ビーム走査機構52)によるワーク5に対するUVパルスレーザLn1の走査を制御する。これにより、UVパルスレーザLn1は、ワーク加工面5aに対して平行に接触した状態で、ワーク加工面5aに対して平行に往復走査又は一方向走査される。また、走査制御部65及びビーム走査機構52によって、UVパルスレーザLn1の光軸とワーク加工面5aとの距離(すなわち、ワーク加工面5aに対するUVパルスレーザLn1の接触レベル)も調整されるようにしてもよい。
【0037】
統括制御部66は、改質処理において、レーザ制御部61による超短パルスレーザLf0のオン/オフと、ステージ制御部63によるワーク加工面5aに対する超短パルスレーザLf1の走査とを同期させ、この同期動作を再現及び反復させる。また、統括制御部66は、整形処理において、レーザ制御部64によるUVパルスレーザLn0のオン/オフと、走査制御部65によるワーク加工面5aに対するUVパルスレーザLn1の走査とを同期させ、この同期動作を再現及び反復させる。なお、UVパルスレーザLn1の走査は、走査制御部65を介したレーザ走査装置50の動作に代えて、又はそれとともに、ステージ制御部63を介してワーク保持機構30により行ってもよい。また、改質処理と整形処理の順序又は反復が規定されている場合には、統括制御部66は、改質処理と整形処理を一連の処理として実行させることができる。
【0038】
上述したように、システム1は、例えば刃部を有する工具の作製において利用され得る。システム1による作製方法は、ワーク加工面5aの整形処理及び改質処理を含む。整形処理と改質処理の順序は限定されない。すなわち、整形処理の後に改質処理が行われてもよいし、改質処理の後に整形処理が行われてもよい。以下に、工具作製に関する第1実施例及び第2実施例を示す。
【0039】
<第1の実施形態の第1実施例>
本実施例では、CVD多層ダイヤモンドコーティングが被覆されたワーク加工面5aに超短パルスレーザLfが低フルエンスで照射され、そのワーク加工面5aにおける結晶性の変化が確認された。ワーク表層がPLGによって除去され、その露出領域に対して超短パルスレーザLfが低フルエンスで照射された。
【0040】
図3は、本実施例におけるPLGによる表層除去を説明する図である。ワーク5は母材部分5b及び多層CVDダイヤモンドコーティング領域5cを有する。
図3の(a)に示すように、ビーム状のUVパルスレーザLnが多層CVDダイヤモンドコーティング領域5cの一方の面に対して走査される。これにより、
図3の(b)に示すように、多層CVDダイヤモンドコーティング領域5cの一部分5dが除去される。その結果として、
図3の(c)に示すように、多層CVDダイヤモンドコーティング領域5cの露出面5eが得られる。
【0041】
以下に、本実施例におけるUVパルスレーザLn1の照射条件(PLG条件)を示す。
波長:355nm
パワー:2.8W
パルス幅:7ns
周波数:15kHz
焦点距離:100mm
スポット径:20μm
パワー密度:8.4GW/cm2
走査速度:30mm/s
【0042】
次に、改質処理として、上記のPLGによって得られた露出面5eに対して低いフルエンスの超短パルスレーザLf1で照射を行った。この超短パルスレーザLfが照射された領域を照射領域5fというものとする。なお、フルエンスが16.2mJ/cm2以上となると、ワーク5の表面が除去(すなわち、加工)されることが確認された。したがって、改質処理は、16.2mJ/cm2未満のフルエンスで行われる。なお、以下の説明において、16.2mJ/cm2未満のフルエンスのことを「低フルエンス」というものとする。
【0043】
以下に、本実施例における超短パルスレーザLfの照射条件を示す。
波長:1041nm
パルス幅:550fs
周波数:100kHz
焦点でのスポット径:2μm
フルエンス:5.6、10.0、14.9、16.2mJ/cm2
走査速度:2.0mm/s
走査回数:10、30、50
【0044】
図4(a)~(e)に、本実施例における照射領域5fのSEM像を示す。
図4において、(a)は超短パルスレーザが照射されなかった場合のSEM像であり、(b)~(e)は、それぞれ、フルエンスが5.9mJ/cm
2、6.8mJ/cm
2、7.9mJ/cm
2、9.2mJ/cm
2の場合のSEM像である。このSEM像取得に際して、低フルエンスの超短パルスレーザLfによって照射した領域をレーザ加工によって線加工した。
図4(b)~(e)には、この線加工部分が示されている。なお、
図4の各SEM画像において、中心よりも左側が元の表面であり、右側がPLGによって露出されたコーティング内部の領域である(白線と白線の間の領域)。
図4に示すように、SEM画像上では、フルエンスの差に起因する表面状態の実質的な差異は確認されなかった。
【0045】
改質処理の効果を確認するため、超短パルスレーザ未照射領域(以下、「未照射領域」という)及び照射領域5fに関して、ラマン分光分析、XPS(X線光電分光法)による分析、シンクロトロン光によるX線吸収分光測定、及びXDR(X線回析)測定を行った。以下に、各分析結果を示す。
【0046】
(1)ラマン分光分析
図5(a)~(e)に、本実施例における未照射領域及び照射領域5fのラマンスペクトルを示す。
図5の各図において、横軸はラマンシフト(cm
-1)であり、縦軸は強度(任意単位)である。
図5において、(a)は超短パルスレーザが照射されなかった場合のラマンスペクトルであり、(b)~(e)は、それぞれ、フルエンスが5.6mJ/cm
2、6.8mJ/cm
2、7.9mJ/cm
2、9.2mJ/cm
2の場合のラマンスペクトルである。
図5(a)~(e)から分かるように、低フルエンスの照射によって1350cm
-1付近のDバンドのピーク強度が増加した。そして、フルエンスの増加に対してDバンドのピーク強度の増加量が大きいことが分かる。すなわち、CVDダイヤモンド多層膜に対して低フルエンスで超短パルスレーザLfを照射すると、ラマンスペクトルが、sp3炭素からなるダイヤモンドに特有のDバンドピークを有する状態に近づくこと、すなわち人工ダイヤモンドの結晶性の向上による改質が行われたことが分かる。
【0047】
(2)XPSによる分析
図6に、本実施例における未照射領域及び照射領域5fのC(1s)のXPSスペクトルを示す。
図7に、本実施例における未照射領域及び照射領域5fのN(1s)のXPSスペクトルを示す。
図8に、本実施例における未照射領域及び照射領域5fのO(1s)のXPSスペクトルを示す。各図において、横軸は結合エネルギー(eV)であり、縦軸はXPS強度(任意単位)である。データは、PLG加工前の表面(Surface)、PLG加工後の未照射領域の表面(Inner part)のXPS強度をそれぞれ示す。さらに、データは、5.6J/cm
2での照射の場合の照射領域5fの表面、10.0J/cm
2での照射の場合の照射領域5fの表面、14.9J/cm
2での照射の場合の照射領域5fの表面、及び16.2mJ/cm
2での照射の場合の照射領域5fの表面のXPS強度をそれぞれ示す。
【0048】
表1に、
図6~
図8に基づいてそれぞれのピーク面積強度から算出した定量分析結果を示す。なお、数値は任意単位である。表1によると、照射領域5fにおけるフルエンスの増加に伴い、C(1s)の量が増加し、N(1s)の量が減少し、O(1s)の量が減少していることが分かった。
【表1】
【0049】
表2に、C(1s)のピークを分離した結果得られる、フルエンスに対するsp3炭素量を示す。各値は、未照射領域の値で正規化されている。少なくともフルエンスが14.9J/cm
2まではフルエンスの増加に対してsp3炭素量も増加することが確認され、16.2J/cm
2未満のフルエンスにおいてsp3炭素量の増加が期待されることが分かった。これにより、低フルエンスでの超短パルスレーザの照射による改質効果が確認された。
【表2】
【0050】
(3)シンクロトロン光によるX線吸収分光測定
未照射領域(超短パルスレーザ未照射領域)と照射領域(超短パルスレーザ照射領域)に対してシンクロトロン光によるX線吸収分光測定を行った。超短パルスレーザの照射条件は、以下の通りである。
波長:1045nm
パルス幅:700fs
出力パワー:400mW
周波数:100kHz
フルエンス:14.9mJ/cm2
【0051】
図9A及び
図9Bに、上記X線吸収分光測定の結果を示す。
図9Aがオージェ電子収量法(AEY)による測定結果であり、
図9Bが全電子電子収量法(TEY)による測定結果である。
図9A及び
図9Bにおいて、横軸がエネルギーE(eV)であり、縦軸が正規化電子収量(×μE)である。
図9A及び
図9Bによると、未照射領域(破線)に対して照射領域(実線)では、C-O結合の値が減少し、C-C結合の値及びその低域側(290eV付近)の値が増加したことが確認された。C-O結合の値の減少は、超短パルスレーザの照射による表面の酸化層の除去によるものと考えられる。C-C結合の値及び上記低域側の値の増加は、ダイヤモンド結晶に特有な値への変化を表すものであり、超短パルスレーザ照射領域の表層にダイヤモンドが形成されたことを示している。
【0052】
(4)XRD測定
上記(3)において得られた照射領域が結晶性か非結晶性かを確認するために、XRD測定を実施した。0.2°の斜入射によるX線解析測定結果を行ったところ、超短パルスレーザ照射領域では、未照射領域に対して、ダイヤモンド特性を表すピークが上昇し、結晶性が20%向上したことが確認された。
【0053】
このように、本実施例において、CVD多層ダイヤモンドコーティングが被覆されたワーク加工面5aに超短パルスレーザLfが低フルエンスで照射されることによって、そのワーク加工面5aにおける結晶性が向上することが確認された。
【0054】
<第1の実施形態の第2実施例>
本実施例では、CVD多層ダイヤモンドコーティングが被覆された刃物に超短パルスレーザLfが低フルエンスで照射され、その刃物の耐摩耗性の変化が確認された。まず、超合金母材に人工ダイヤモンドコーティングを被覆した切削工具(刃部)が、PLGによって形状整形された。その整形された加工面に対して超短パルスレーザが、低フルエンスで照射された。そして、この照射後の刃物を用いて1000mの切削が実施された。
【0055】
PLGによる整形方法は、第1実施例において説明したものと同様である(
図3参照)。UVパルスレーザの照射条件(PLG条件)は、以下の通りである(第1実施例と同様である)。
波長:355nm
パワー:2.8W
パルス幅:7ns
周波数:15kHz
焦点距離:100mm
スポット径:20μm
パワー密度:8.4GW/cm
2
走査速度:30mm/s
【0056】
改質処理における超短パルスレーザの照射条件は、以下の通りである。
波長:1041nm
パルス幅:550fs
周波数:100kHz
焦点でのスポット径:2μm
フルエンス:14.9mJ/cm2
走査速度:2.0mm/s
走査回数:50回
【0057】
耐摩耗性の測定は、
図10に示すように、刃部Eを有する工具Tを丸棒Bに対して走査する。具体的には、超短パルスレーザ未照射の刃部E(以下、「未照射刃部」という)及び超短パルスレーザ照射済みの刃部E(以下、「照射済み刃部」という)を丸棒Bに対してそれぞれ1000mにわたって正面施削する切削試験によって実施された。試験結果は、以下の通りである。
【0058】
図11に、切削試験後の各刃部の刃先の光学顕微鏡写真を示す。
図11の(a)は未照射刃部の写真であり、(b)は照射済み刃部の写真である。未照射刃部及び照射済み刃部においても、欠け、剥離などの欠損がなく定常に摩耗が進行したことが分かる。
【0059】
図12に、未照射刃部及び照射済み刃部のSEM像を示す。
図12の(a)は未照射刃部のSEM像であり、(b)は照射済み刃部のSEM像である。各SEM像において、上側(横方向に延在する2本の隣接する白色帯状部分の上側)がすくい面であり、下側(同白色帯状部分の下側)が逃げ面である。逃げ面の摩耗幅に注目すると、照射済み刃部では、未照射刃部と比較して摩耗量が小さいことが分かる。これは、超短パルスレーザの照射による表面改質によって、刃先の後退量が抑制されたことを示す。すなわち、超短パルスレーザの低フルエンスでの照射によって人工ダイヤモンドコーティングのダイヤモンドとしての結晶性が向上し、硬度が増加したことが確認された。
【0060】
このように、本実施例において、CVD多層ダイヤモンドコーティングが被覆された刃物(刃部)に超短パルスレーザLfが低フルエンスで照射されることによって、その刃部の耐摩耗性が向上することが確認された。
【0061】
以上のように、本実施形態による人工ダイヤモンドコーティング領域を処理するシステム1は、パルス幅が1フェムト秒以上10ピコ秒以下の超短パルスレーザLfを出射する超短パルスレーザ源10と、超短パルスレーザLfのプロファイルを調整するデフォーカス光学系20(光学系装置)と、人工ダイヤモンドコーティングが施されたワーク加工面5aの位置及び姿勢を制御するワーク保持機構30と、プロファイルが調整された超短パルスレーザLfのワーク加工面5aにおけるフルエンスが人工ダイヤモンドコーティング領域の加工閾値未満、例えば16.2mJ/cm2未満となる状態で、プロファイルが調整された超短パルスレーザLfがワーク加工面5aを走査するようにデフォーカス光学系20及びワーク保持機構30を制御する制御装置60を備える。
【0062】
また、本実施形態による人工ダイヤモンドコーティング領域を処理する方法は、パルス幅が1フェムト秒以上10ピコ秒以下の超短パルスレーザLfを超短パルスレーザ源10から出射するステップと、人工ダイヤモンドコーティングが施されたワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLfのフルエンスが人工ダイヤモンドコーティング領域の加工閾値未満、例えば16.2mJ/cm2未満となるように、デフォーカス光学系20(光学系装置)を介して超短パルスレーザLfをワーク加工面5aに照射するステップと、デフォーカス光学系20を介して照射される超短パルスレーザLfとワーク加工面5aとの相対位置又は相対姿勢を制御して、デフォーカス光学系20を介して照射される超短パルスレーザLfをワーク加工面5aに対して走査するステップとを備える。
【0063】
このように、人工ダイヤモンドコーティングが施されたワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLfのフルエンスが16.2mJ/cm2未満となるように超短パルスレーザLfのプロファイルが調整され、この超短パルスレーザLfがワーク加工面5aに照射及び走査される。これにより、ワーク加工面5aの人工ダイヤモンドコーティングが改質され、この人工ダイヤモンドコーティング領域におけるダイヤモンドの結晶性が向上する。また、これにより、ワーク5の高精度な加工が可能となり、ワーク5が工具として使用される場合の工具の長寿命化が可能となる。
【0064】
またさらに、ワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLfのフルエンスは、5.6mJ/cm2以上14.9mJ/cm2以下であることが好ましく、10.0mJ/cm2以上14.9mJ/cm2以下であることがより好ましい。これにより、上記の改質処理による結晶性向上の効果が一層得られる。
【0065】
特に本実施形態では、デフォーカス光学系20は、超短パルスレーザLfの光軸がワーク加工面5aに交差する状態で超短パルスレーザLfをデフォーカスするように構成される。すなわち、上記調整ステップは、超短パルスレーザLfの光軸がワーク加工面5aに交差する状態で超短パルスレーザLfをデフォーカスするステップを含む。これにより、ワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLfのフルエンスの調整が容易かつ確実に実行され得る。
【0066】
さらに、上記システム1は、ナノ秒UVパルスレーザ(UVパルスレーザLn)を出射するナノ秒UVレーザ源40と、UVパルスレーザLnをビーム形成するビーム形成光学系51と、ビーム形成されたUVパルスレーザLnを光軸方向に垂直な方向に移動させるビーム走査機構52とを含み、制御装置60は、ビーム形成されたUVパルスレーザLnがワーク加工面5aに対して平行に接触及び走査するように、ビーム走査機構52又はワーク保持機構30を制御するように構成される。すなわち、上記方法は、UVパルスレーザLnをナノ秒UVレーザ源40から出射するステップと、UVパルスレーザLnをビーム形成光学系51によってビーム形成するステップと、ビーム形成されたUVパルスレーザLnをワーク加工面5aに対して平行に接触及び走査してワーク加工面5aを整形するステップとをさらに備える。これにより、PLGによるワーク5の整形処理が、上記改質処理に容易に付加され得る。
【0067】
また、人工ダイヤモンドコーティングは、CVDによって形成された多層ダイヤモンドコーティングであればよい。上記方法及びシステム1は、CVD多層ダイヤモンドコーティングを有するワークに対して好適に適用可能である。
【0068】
特に、ワーク加工面5aが切削工具の刃先の一部又は全部であることが好ましい。上記方法及びシステム1は、刃物などの硬度及び耐摩耗性が要求される切削工具に好適に適用可能である。
【0069】
<第2の実施形態>
上記第1の実施形態では、整形処理がナノ秒UVパルスレーザ(UVパルスレーザ)Lnによって行われ、改質処理が超短パルスレーザLfによって行われる構成を示した。本実施形態では、両処理とも超短パルスレーザLfによって行われる構成を示す。具体的には、第1の実施形態の構成では、超短パルスレーザLfがデフォーカスされてワーク加工面5aに照射されたが、本実施形態の構成では、超短パルスレーザLfがビーム形成されてワーク加工面5aに接触照射される。
【0070】
図13は、第2の実施形態による工具作製の処理に用いられるシステム2を示すブロック図である。システム2は、超短パルスレーザ源10、ワーク保持機構30、レーザ走査装置55及び制御装置600を有する。なお、本実施形態において、第1の実施形態と実質的に同じ構成要素には同一の符号を付し、その重複する説明を省略又は簡略化する。本実施形態のシステム2も、第1の実施形態のシステム1と同様に、刃部を有する工具の刃先整形及び改質に利用され得る。
【0071】
レーザ走査装置55は、光学系装置の一例である。レーザ走査装置55は、ビーム形成光学系56及びビーム走査機構52を含む。ビーム形成光学系56は、ミラー、レンズなどを有し、レンズはワーク5の加工幅に対して比較的長いレイリー長を有する長焦点距離のレンズであり、例えば、単レンズ若しくは複合レンズ、アキシコンレンズ、DOEまたはそれらの複合である。また、ビーム形成光学系56は、空間変調器を含んでいてもよい。アキシコレンズ及びDOEによってビームプロファイルを任意の形にすること又はレイリー長を増加させることが可能となる。また、空間変調器によってビームプロファイルを可変とすることができる。説明の便宜上、ビーム形成光学系56を通過する前の超短パルスレーザを超短パルスレーザLf0といい、ビーム形成光学系56を通過した後のビーム形成されたパルスレーザを超短パルスレーザLf2といい、双方を総称して超短パルスレーザLfというものとする。レーザ走査装置55は、超短パルスレーザLf2をワーク加工面5aに対して平行に接触及び走査させる。
【0072】
制御装置600は、CPU60a、メモリ60b及び入出力インターフェース60cを含む。CPU60aは、レーザ制御部61、ステージ制御部63、走査制御部65及び統括制御部66を含む。
【0073】
走査制御部65は、レーザ走査装置55(ビーム走査機構52)によるワーク5に対する超短パルスレーザLf2の走査を制御する。これにより、超短パルスレーザLf2がワーク加工面5aに対して平行に接触した状態で、ワーク加工面5aに対して一方向走査又は往復走査することができる。また、走査制御部65及びビーム走査機構52によって、超短パルスレーザLn2の光軸とワーク加工面5aとの距離(すなわち、ワーク加工面5aに対する超短パルスレーザLf2の接触レベル)も調整され得る。
【0074】
統括制御部66は、改質処理及び整形処理において、レーザ制御部61による超短パルスレーザLf0の出力と、走査制御部65によるワーク加工面5aに対する超短パルスレーザLf2の走査とを同期させ、この同期動作を再現及び反復させる。なお、超短パルスレーザLf2の走査は、走査制御部65を介したビーム走査機構52の動作に代えて、又はそれとともに、ステージ制御部63を介してワーク保持機構30によって行ってもよい。また、改質処理と整形処理の順序又は反復が規定されている場合には、統括制御部66は、改質処理と整形処理を一連の処理として実行させることができる。
【0075】
整形処理(PLG)及び改質処理のいずれにおいても、超短パルスレーザLf2のビームがワーク加工面5aに接触照射される。ただし、整形処理時の超短パルスレーザLf2のワーク加工面5aにおけるエネルギー(フルエンス)は改質処理時のものよりも高く、整形処理時のフルエンスはワーク5の加工閾値よりも高く、改質処理時のフルエンスは加工閾値よりも低いことが望ましい。超短パルスレーザLf2のビームのプロファイルは、超短パルスレーザ源10又はレーザ走査装置55(ビーム形成光学系56)によって調整される。特に、PLGによる整形処理時には、ビーム外側からビーム中心にかけて低強度から急峻に高強度に立ち上がるようなプロファイルのビームが形成される。すなわち、ワーク加工面5aに対する超短パルスレーザLf2のビームの接触レベルが、整形処理には高く、改質処理には低くなるように構成される。
【0076】
ワーク加工面5aに対する超短パルスレーザLf2のビームの接触レベル、そしてこれに伴うワーク加工面5a上のフルエンスは、ビーム走査機構52によって調整されてもよいし、ワーク保持機構30によって調整されてもよいし、あるいは、フルエンスの調整は、ビーム形成光学系56によるビームプロファイルの変更によって行われてもよい。上記フルエンスの調整がビーム走査機構52又はワーク保持機構30によって行われる場合、超短パルスレーザLf2の光軸とワーク加工面5aとの距離が調整される。すなわち、同じプロファイルを有するビーム形成された超短パルスレーザLfが異なるレベルでワーク加工面5aに接触するようにレーザ走査装置55又はワーク保持機構30が制御される。これにより、超短パルスレーザLf2とワーク加工面5aとの位置決めの制御のみで改質処理及び整形処理を行うことが可能となり、ビーム形成側の制御構成が簡素化される。また、上記フルエンスの調整がビーム形成光学系56によって行われる場合、超短パルスレーザLf2の光軸とワーク加工面5aの位置関係が固定された状態で、ビーム外側からビーム中心にかけての強度の立ち上りが調整される。これにより、超短パルスレーザLfのプロファイルの調整のみで改質処理及び整形処理を行うことが可能となり、走査側の制御構成が簡素化される。
【0077】
改質処理が整形処理よりも先に行われる場合、まず、改質処理において、超短パルスレーザLf2のビームのエネルギー(フルエンス)がワーク5の加工閾値を超えないような接触レベルでワーク加工面5aに接触照射され、そのビームがワーク加工面5aに平行に走査される。これにより、ワーク加工面5aが改質され、加工閾値が上昇する。その後、整形処理において、超短パルスレーザLf2のビームのエネルギー(フルエンス)がワーク5の加工閾値以上となるような接触レベルでワーク加工面5aに接触照射され、そのビームがワーク加工面5aに平行に走査される。これにより、ワーク加工面5aの整形処理が行われる。なお、ワーク5の加工閾値などに応じて改質処理が整形処理の後に行われる構成も可能である。
【0078】
図14に、CVD多層ダイヤモンドコーティングを有するワーク加工面5aのSEM像を示す。
図14の(a)は改質処理及び整形処理が行われた場合のSEM像であり、(b)は改質処理が行われずに整形処理のみが行われた場合のSEM像である(各図において上下の図の間では照射条件が異なる)。
図14に示すように、改質処理を行ったことによってワーク加工面5aの凹凸(例えば、ナノ周期構造に起因する凹凸)が減少し、より高精度な加工が可能となることが分かった。
【0079】
以上のように、本実施形態による人工ダイヤモンドコーティング領域を処理するシステム2は、パルス幅が1フェムト秒以上10ピコ秒以下の超短パルスレーザLfを出射する超短パルスレーザ源10と、超短パルスレーザLfのプロファイルを調整するレーザ走査装置55(光学系装置)と、人工ダイヤモンドコーティングが施されたワーク加工面5aの位置及び姿勢を制御するワーク保持機構30と、プロファイルが調整された超短パルスレーザLfのワーク加工面5aにおけるフルエンスが人工ダイヤモンドコーティング領域の加工閾値未満、例えば16.2mJ/cm2未満となる状態で、プロファイルが調整された超短パルスレーザLfがワーク加工面5aを走査するようにレーザ走査装置55及びワーク保持機構30を制御する制御装置60とを備える。
【0080】
また、本実施形態による人工ダイヤモンドコーティング領域を処理する方法は、第1の実施形態と同様に、パルス幅が1フェムト秒以上10ピコ秒以下の超短パルスレーザLfを超短パルスレーザ源10から出射するステップと、人工ダイヤモンドコーティングが施されたワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLfのフルエンスが人工ダイヤモンドコーティング領域の加工閾値未満、例えば16.2mJ/cm2未満となるように、レーザ走査装置55(光学系装置)を介して超短パルスレーザLfをワーク加工面5aに照射するステップと、レーザ走査装置55を介して照射される超短パルスレーザLfとワーク加工面5aとの相対位置又は相対姿勢を制御して、レーザ走査装置55を介して照射される超短パルスレーザLfをワーク加工面5aに対して走査するステップとを備える。
【0081】
これにより、本実施形態でも、第1の実施形態と同様に、ワーク5に施された人工ダイヤモンドコーティング領域におけるダイヤモンドの結晶性を向上することが可能となる。これにより、ワーク5の高精度な加工が可能となり、ワーク5が刃部を有する工具として使用される場合の工具の長寿命化が可能となる。
【0082】
特に本実施形態では、レーザ走査装置55は、超短パルスレーザLfをビーム形成するビーム形成光学系56及びビーム形成された超短パルスレーザLfを光軸方向に垂直な方向に移動させるビーム走査機構52を含み、制御装置600は、ビーム形成された超短パルスレーザがワーク加工面5aに対して平行に接触及び走査するように、ビーム走査機構52又はワーク保持機構30を制御するように構成される。すなわち、上記照射するステップは、超短パルスレーザLfをビーム形成するステップ及びビーム形成された超短パルスレーザLfをワーク加工面に対して平行に接触させるステップを含み、走査するステップは、ワーク加工面に対して平行に接触した超短パルスレーザLfをワーク加工面に対して平行に走査するステップを含む。これにより、ワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLfのフルエンスの調整が容易かつ確実に実行され得る。
【0083】
また、制御装置600は、ビーム形成された超短パルスレーザLfからワーク加工面5aに与えられるエネルギーがワーク加工面5aの加工閾値未満の値と加工閾値以上の値の間で切り換えられるように、ビーム走査機構52又はワーク保持機構30を制御するように構成される。すなわち、上記方法は、ワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLfのフルエンスがワーク加工面5aの加工閾値以上となるように、レーザ走査装置55を介して超短パルスレーザLfをワーク加工面5aに対して平行に接触させるステップと、ワーク加工面5aに対して平行に接触した超短パルスレーザLfとワーク加工面5aとの相対位置又は相対姿勢を制御して超短パルスレーザLfをワーク加工面5aに対して走査するステップとをさらに備える。これにより、超短パルスレーザLfのフルエンスを調整することによって、1つの超短パルスレーザ源10を用いて整形処理及び改質処理を行うことができ、システム2の構成及び制御を簡素化することができる。
【0084】
また、第1の実施形態と同様に、改質処理において、ワーク加工面5aにおける超短パルスレーザLfのフルエンスは、5.6mJ/cm2以上14.9mJ/cm2以下であることが好ましく、10.0mJ/cm2以上14.9mJ/cm2以下であることがより好ましい。また、第1の実施形態と同様に、人工ダイヤモンドコーティングは、CVDによって形成された多層ダイヤモンドコーティングであってもよい。また、第1の実施形態と同様に、ワーク加工面5aが切削工具の刃先の一部又は全部であることが好ましい。
【0085】
<変形例>
以上に本発明の好適な実施形態を示したが、本発明は、例えば以下に示すように種々の態様に変形可能である。
【0086】
(1)整形処理の有無に関する変形
上記各実施形態では、システム1又は2において整形処理及び改質処理の双方が行われる構成を示したが、システム1又は2は改質処理のためのみに使用されてもよい。すなわち、すでに整形処理されたワーク加工面5aを有するワーク5(人工ダイヤモンドコーティングされたワーク加工面5aを有するワーク5)がワーク保持機構30に保持され、超短パルスレーザLfの低フルエンスでの照射及び走査による改質処理が行われてもよい。
【0087】
(2)第1及び第2の実施形態の組合せ
上記第1の実施形態では、整形処理がナノ秒UVパルスレーザ(UVパルスレーザ)Lnのビーム形成照射によって実行され、改質処理が超短パルスレーザLfのデフォーカス照射によって実行された。また、第2の実施形態では、整形処理及び改質処理が超短パルスレーザLfのビーム形成照射によって実行された。一方、整形処理が第1の実施形態と同様にUVパルスレーザLnのビーム形成照射によって実行され、改質処理が第2の実施形態と同様に超短パルスレーザLfのビーム形成照射によって実行される構成も可能である。この場合、ビーム形成光学系51又は56及びビーム走査機構52がUVパルスレーザLn及び超短パルスレーザLfの双方に共通化される。そして、ビーム形成光学系51又は56に入射されるナノ秒UVレーザ源40からのUVパルスレーザLnと超短パルスレーザ源10からの超短パルスレーザLfとが整形処理と改質処理の間で切り換えられる。
【符号の説明】
【0088】
1、2 システム
5 ワーク
5a ワーク加工面(DLCコーティング領域)
10 超短パルスレーザ源
20 デフォーカス光学系(光学系装置)
30 ワーク保持機構
40 ナノ秒UVレーザ源
50、55 レーザ走査装置(光学系装置)
51、56 ビーム形成光学系
52 ビーム走査機構
60、600 制御装置
Lf 超短パルスレーザ
Ln ナノ秒UVパルスレーザ(UVパルスレーザ)