(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-04
(45)【発行日】2022-03-14
(54)【発明の名称】遺伝子治療の成功見込みを予測する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/867 20060101AFI20220307BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20220307BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20220307BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20220307BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220307BHJP
【FI】
C12N15/867 Z
C12Q1/02
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
G01N33/53 D
(21)【出願番号】P 2019515627
(86)(22)【出願日】2017-09-27
(86)【国際出願番号】 GB2017052888
(87)【国際公開番号】W WO2018060697
(87)【国際公開日】2018-04-05
【審査請求日】2020-08-17
(32)【優先日】2016-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】502104011
【氏名又は名称】ブルーネル ユニバーシティ ロンドン
(74)【代理人】
【識別番号】110002321
【氏名又は名称】特許業務法人永井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】テーミス, マイケル
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-524590(JP,A)
【文献】Safia Reja,A study of mechanisms of genotoxicity in mammalian cells by retrovirus vectors intended for gene therapy,A thesis submitted for the degree of Doctor of Philosophy,2013年,p. 1-213,http://bura.brunel.ac,uk/handle/2438/8561
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00
C12Q 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
個体における遺伝子治療手法の成功見込みを予測する
ために、個体がレトロウイルスにより引き起こされるDNA損傷に耐えることが可能かどうかを見極める方法であって、
前記遺伝子治療手法は、レトロウイルスによって引き起こされるDNA損傷及び前記個体のゲノム内への外因性核酸の組込みを含み、
レトロウイルスを使用して、前記個体からの細胞試料中に二本鎖切断の形態でDNA損傷を誘発すること、
及び
DNA二本鎖切断の修復を完全に実施できない個体に、レトロウイルスベクター遺伝子治療を受ける危険性を通知するため、
前記試料中の前記個体の細胞が前記二本鎖切断を修復する能力を評価
し、前記個体がDNA内の二本鎖切断を修復する能力があるかどうかを見極めることを含む、方法。
【請求項2】
前記試料中の前記個体の細胞が前記DNA損傷を修復する能力の評価は、前記試料中のDNA損傷修復のマーカーを検出することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記試料中の前記個体の細胞が前記DNA損傷を修復する能力の評価は、前記試料中の1つ以上のタンパク質の修飾を検出することを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記修飾はリン酸化である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記マーカー又は前記タンパク質の修飾は、抗体に基づく方法を用いて検出される、請求項2、3、又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記検出は、前記個体に対するDNA修復形態を導くように2回以上の時点に実施される、請求項2~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記検出は、感染後の0分、5分、30分、1時間、6時間、12時間、24時間、48時間、及び72時間のうちの少なくとも1回の時点に実施される、請求項2~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記検出は、各時点に存在するマーカー又は修飾タンパク質の量の測定値を取得することを含む、請求項2~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
存在するマーカー又は修飾タンパク質の量は、前記細胞試料中の細胞核あたりの増殖巣の数を測定して決定する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記試料中の前記個体の細胞が前記DNA損傷を修復する能力の評価は、γH2AXの存在を検出することを含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記試料中の前記個体の細胞が前記DNA損傷を修復する能力の評価は、リン酸化53BP1の存在を検出することを含む、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記試料中の前記個体の細胞が前記DNA損傷を修復する能力の評価は、γH2AX及び/又はリン酸化53BP1のその後の消失を監視することを含む、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
前記試料は前記個体由来のT細胞を含む、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
レトロウイルスによって運ばれる導入遺伝子の前記細胞試料中の発現の成功を測定すること含む、請求項1~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記導入遺伝子はβ-ガラクトシダーゼである、請求項14に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願が優先権を主張する英国特許出願第1616470.9号、及び本出願に付随する要約での開示は、参照により本明細書内に組み込まれる。
【0002】
本発明は、遺伝子治療の成功見込みを予測する方法に関するもので、この遺伝子治療手法は、遺伝子治療ベクターにより引き起こされるDNA損傷を伴う。特にこの遺伝子治療は、DNA損傷の修復を必要とする組込みベクターを使用してもよい。
【背景技術】
【0003】
遺伝子治療は、健全で機能性の遺伝子を提供し、その遺伝子の異常で非機能性の相対物を置換する産物を生成して、遺伝性疾患を処置又は治療することを意図している。これは、非ウイルスベクター又はウイルスベクターを使用して達成できる。これらのベクターは、患者の染色体の外側(エピソーム)に、又は患者の(組込まれた)染色体内に留まるDNAを導入できる。例えば、レトロウイルス、レンチウイルス及びアデノ随伴ウイルスに基づくベクターは、恒久的な遺伝子導入のために宿主染色体内に組込まれる。多くの遺伝子治療の応用では、標的宿主のゲノムを組み込んで(そのゲノムの一部を形成して)、治療用遺伝子の恒久的な導入を達成できるベクターを使用する。
【0004】
組み換えDNA技術の進展に伴ない、特定の遺伝性疾患が単一遺伝子の欠陥コピーによって引き起こされるという発見により、1960年代及び1970年代の科学者は、患者細胞内への遺伝子の機能性コピーの導入又は欠陥コピーの置換により、これらの遺伝性疾患を治療又は治癒させる可能性を考えるに至った。これは数十年間に亘る目標であり続け、理論としては単純であるが、遺伝子治療の実用的な成功は限定的であった。置換遺伝子は、患者の正常な細胞に効果的に導入される必要があり、細胞が分裂する際に複製するように安定であることが要求され(上述の通り、これは患者の染色体への組込みにより達成してもよい)、機能性のタンパク質を必要な場所及び必要な時間に生成するように発現させる必要がある。疾患を治療する機能性遺伝子の発現を引き起こす困難さに加えて、遺伝子治療は、ある場合には、例えば腫瘍形成、白血病、及び他の癌を引き起こして患者に危害を加えることが分かってきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Daniel et al. (2004) J. Virol. 78, 8573-8581.
【文献】Lau et al. (2004) EMBO J. 23, 3421-3429.
【文献】Mumbrekar et al. (2014) Int. J. Radiat. Oncol. Biol. Phys. 88, 671-676.
【文献】Federico et al. (2016) PLoS Genet 12, e1005792.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、個体での遺伝子治療手法の成功見込みを予測する方法を提供することを探究する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様によれば、個体での遺伝子治療手法の成功見込みを予測する方法が提供され、この遺伝子治療手法は、遺伝子治療ベクターによって引き起こされるDNA損傷を伴い、この方法は、個体由来の細胞試料中にDNA損傷を誘発すること、及びその試料中の個体の細胞がDNA損傷を修復できる能力を評価することを含み、その目的は、遺伝子治療ベクターによって引き起こされたDNA損傷に個体が耐えることが可能かを判断することにある。
【発明の効果】
【0008】
この方法により、標的細胞ゲノムへの核酸の導入の成功を見極め、それによりDNA損傷を引き起こす遺伝子治療ベクターに曝露される個体を害する見込みを予測できる。従ってこの方法により、遺伝子治療手法がその個体にとって安全であるかどうかを予測できる。
【0009】
遺伝子治療手法は、外因性核酸の個体ゲノム中への組込みを伴ってもよい。
【0010】
遺伝子治療手法でのDNA損傷は、外因性核酸の個体ゲノム中への組込みによって引き起こされる場合がある。
【0011】
DNA損傷は、遺伝子治療ベクターにより、測定中に誘発されることもあり、特定の態様ではウイルスによるものかもしれない。
【0012】
試料中の個体細胞がDNA損傷を修復する能力は、試料中のDNA損傷修復に関与する1つ以上のタンパク質の存在を検出して評価できる。
【0013】
試料中の個体細胞によるDNA損傷を修復する能力の評価は、試料中のDNA損傷の修復に関与する1つ以上のタンパク質のリン酸化などの修飾の検出を含んでもよい。
【0014】
タンパク質又はタンパク質の修飾は、免疫細胞化学などの抗体に基づく方法を使用して検出してもよい。
【0015】
この検出は、2回以上の時点に実施して個体に対するDNA修復の形態を捉えることが好ましい。
【0016】
この検出は、感染後の0分、5分、30分、1時間、6時間、12時間、24時間、48時間、及び72時間の時点、及び1回さらに、例えば2回、3回、4回、5回、6回、7回又はそれ以上の回数のうちの任意の組合わせにより実施してもよい。この検出は、これらのすべての時点に実施してもよい。
【0017】
この検出は、各時点に存在するタンパク質量又は修飾タンパク質量の測定値を取得してもよい。
【0018】
存在するタンパク質量又は修飾タンパク質量は、細胞試料中の細胞核内の増殖巣の数を測定して決定してもよい。
【0019】
試料中の個体細胞がDNA損傷を修復する能力を評価するには、γH2AX及び/又はリン酸化53BP1などのDNA損傷修復のマーカーの存在を検出することを含んでもよい。
この試料は、個体由来のT細胞を含んでもよい。
【図面の簡単な説明】
【0020】
本発明の態様を、添付の図面を参照して一例のみにより以下に説明する。
【
図1】DNA損傷の修復能力がある経路を持つ細胞中のDNA修復形態を示す。
【
図2】DNA損傷の修復能力がある経路を持たない細胞中のDNA修復形態を示す。
【
図3】DNA損傷の修復能力がある経路を持つ細胞、及びそれを持たない細胞中のβ-ガラクトシダーゼ活性に対する染色試験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の態様は、遺伝子治療ベクターにより引き起こされるDNA損傷からその身を守る能力があるかどうかを個人に通知するように使用できる予測安全測定法を提供し、それにより個人及び医療専門家が遺伝子治療を受けるかどうかに関して情報に基づく選択を行うことが可能になる。
【0022】
例として、ヒト免疫不全ウイルスは、遺伝子を細胞に導入し、続いてこのウイルス(ベクター)を宿主ゲノム内に組込むことが可能なように修飾されている。これにより、標的宿主のゲノム内にベクターを恒久的に導入する。これらのベクターはこの導入を行い、その後に複製することがないように操作されており、安全な遺伝子導入を実施できる。このベクターは、同じ遺伝子が宿主に存在しているが変異していて、それにより遺伝性疾患となる疾患を処置又は治療することができる遺伝子を保有するように操作される。遺伝子治療では、正常遺伝子又は変異していない遺伝子を追加することを含む。
【0023】
感染プロセス中に、DNA保有分子又はウイルスは細胞に侵入する。DNA保有分子又はウイルスは、細胞のゲノムDNAを切開し、切開部を形成した場所内にDNA保有分子又はウイルスゲノムを挿入するタンパク質を保持する。DNAを組み込むように、ベクターは通常、宿主DNAを切開してその後に治療用の「外来」DNAを挿入するその独自のインテグラーゼ酵素を使用する。このプロセスを完結するように、宿主細胞のタンパク質は未完成の修復を完了し、その結果、DNA又はウイルスゲノムが恒久的に宿主内に組み込まれる。修復プロセスでは、二本鎖の切断として破損又は損傷したDNAを識別する細胞が必要である。次いで細胞は修復タンパク質を切断部位に送ってそれらを修復するように宿主に通知するために、いくつかの修復タンパク質を漸加して、切断部位での局所のタンパク質を改変する。例えば、ヒストンH2AX及び53BP1は、DNA損傷が検出された際にリン酸化されるタンパク質である。それらのタンパク質は、損傷が修復されて、その後に脱リン酸化される。
【0024】
このDNA損傷修復プロセスは、非相同末端結合(NHEJ)経路と呼ばれる。この損傷の修復ができない患者に遺伝子治療を行うと、その患者はゲノム損傷により癌を発症する場合がある。この特許出願に説明する測定法は、DNA破壊からDNA修復までの破壊形態を測定する。その測定法は、宿主がこの修復を実行できるかどうかを示し、患者が安全に遺伝子治療に耐えられるかどうかを予測する。従って、機能しているDNA損傷修復経路は、外来DNAを宿主ゲノムにうまく組込むために必要となる(Daniel et al. (2004); Lau et al. (2004); Mumbrekar et al. (2014); Federico et al. (2016))。
【0025】
現在までに、患者が遺伝子治療の前にNHEJ経路を実行できるかどうかを決定する事前検査法は存在しなかった。この経路内のいくつかの酵素のうちの1つでも対象の患者内で変異するのなら、組込みDNA保有分子又はウイルスを使用した遺伝子治療は、宿主DNAに損傷(変異)を引き起こし、癌さらには死をもたらす場合がある。
【0026】
本発明の予測安全測定法を使用して、特にその自然の生命サイクル中に標的宿主DNAを破壊してそれ自身を標的細胞ゲノム内に挿入し(組込み)、それにより宿主DNA内への恒久的な滞留を達成する遺伝子治療ベクター(通常はプラスミドDNA又はウイルス)によって引き起こされるDNA損傷を対象者が修復できるかどうかを決定する。
【0027】
DNA修復プロセスは、個体の細胞には自然なものであるが、修復プロセスに関与する遺伝子の変異又は疾患による消失の結果として、その個体には利用可能ではない場合がある。この測定法は、個体のDNAを修復する能力を測定する。
【0028】
DNA損傷を修復できるかどうかを試験する測定法は公知である。しかしながら、これらの測定法は、遺伝子治療ベクターへの曝露によって引き起こされるDNA損傷を修復する能力を評価する予測測定法としては、個別化した形式では個体に適用又は提供されてこなかった。殆どの場合には、個体は自己のDNAを修復できる。しかしながら、これらの細胞内では損傷したDNAを修復する本質的な天然プロセスが損なわれているか欠けているので、この修復を完全に実施できない個体もあり、この危険性につきその個体に通知する必要がある。この危険性の予後は周知であり、腫瘍に至る段階を伴うと理解されている。重要なことには、この測定法は遺伝的疾患を処置又は治療する遺伝子治療に耐えられる個体を識別する。本発明の態様では、これら個体が遺伝子治療ベクターによって治療される場合に、特に個体にDNA損傷の危険性を気付かせることを目的として、その測定法が役立つものとなる。
【0029】
一態様において、試験での工程は、以下に示す対象のDNAを修復する対象が持つ能力を測定することを含む。
【0030】
1.個体からの細胞の単離
測定法を実施する前に、患者から細胞又は組織の試料を採取する必要がある。細胞は血液試料又は体の任意部分から取得でき、それは定型の手法による。複雑ではないものの、実際にはこれは医療専門家により実施される。一例では、測定用にT細胞試料を取得する。
【0031】
2.定型の細胞培養
細胞は、組込み遺伝子治療ウイルスなどのDNA損傷手段への曝露の前に、当業者に周知の標準的な手法を用いて培養すべきである。細胞培養では、DNA損傷が発生したことを示す作用物質の測定値、及びそれに続く修復による経時的(通常0.5時間~72時間)に発生するこれら指示物質の消失の測定値を取得できるように、十分な量の細胞が感染することを可能にする。通常、1,000~1,000,000個の細胞が免疫検出に必要である。
【0032】
3.個体の細胞へのDNA損傷手段の適用
細胞が必要な数又は集密度/密度に達したなら、手段を適用してDNAに損傷を引き起こす。遺伝子治療用ベクター、紫外線などの放射線、又はベンゾ[a]ピレンのような化学物質などの任意のDNA損傷手段を測定に使用してもよい。好ましい態様において、DNA損傷手段は、インテグラーゼのようなDNA切断酵素を使用するウイルスなどの遺伝子治療ベクターである。可能なウイルスの例は、モロニーマウス白血病ウイルス(MLV)のようなレトロウイルス、又はヒト免疫不全ウイルス(HIV)のようなレンチウイルス、又はアデノ随伴ウイルス(AAV)である。当業者には、他のウイルスもまた適切であることが分かっている。しかしながら、これらのウイルスは製造に費用を要する可能性があるので、他の態様においては、放射線や化学物質などのより安価なDNA損傷手段を使用してもよい。
【0033】
ウイルスは、市販品を入手するか、又は当業者なら実験室で増殖できる。化学物質などのDNA損傷手段は市販品を入手できる。紫外線又は放射線は、損傷する放射線を発生させる光源、又はコバルト源などの放射線源を必要とする。
他の可能性のあるDNA損傷手段は、当業者には公知である。
【0034】
4.DNA損傷の修復に関与するタンパク質の検出
DNA損傷は、接着細胞又は浮遊細胞(例えばT細胞)に対し実施してもよい。複数組の細胞は、DNAの損傷及び修復が測定される各時点に対し調製される。通常これらの時点は、使用される手段によって異なる。ウイルスの場合には、好ましい時点は、0、6、12、24、48及び72時間となる。化学物質又は放射線では、その時点は、0、0.5、6、12、24、48及び72時間となる。
【0035】
DNAの損傷手段を患者の細胞試料に適用した後に、この測定法ではDNA損傷の修復に関与するタンパク質の存在を検出する。好ましい態様では、DNA損傷のバイオマーカーを検出して個体の修復形態を捉える。これらのバイオマーカーは、リン酸化ヒストンH2AX(γH2AX)又はリン酸化53BP1であってもよい。これにより、DNAの損傷修復経路が個体中で機能するか否かの指標を提供する。
【0036】
これらのタンパク質の検出は、当業者に周知の技術を用いて実施できる。例えば、個体の細胞の固定及び免疫細胞染色あるいは個体から採取した組織生検への免疫組織化学を利用して、DNA損傷の修復に関与するタンパク質の存在を検出できる。
【0037】
5.DNA損傷を修復するタンパク質の測定
DNA損傷を修復するタンパク質の出現及び消失を経時的に測定して、修復経路が機能するかどうかに関する評価を実施できる。γH2AX又はリン酸化53BP1を検出する場合に、機能する修復経路を持つ個体は、これらのリン酸化タンパク質の出現及びその後の消失を示すはずである。修復経路が損傷した個体はタンパク質の出現は示すが、DNA損傷は修復されないので、時間が経過してもリン酸化は残留することになる。
【0038】
この測定法では、経時的に修復されたDNAの免疫検出値又は単に測定値を用いて正常な修復形態を示すDNA修復の形態を測定する。これを正常な修復の表現型を示す標準と比較する。従って、健全なNHEJ経路を持つことが分かっている細胞に対して、並行して測定を実施してもよい。感染していない患者細胞及びNHEJに能力のある細胞株などの適切な対照を測定に含めてもよい。
【0039】
遺伝子治療ベクターによる処理前に個体がDNA損傷を修復する能力を示すDNA損傷修復の測定法は、個別化された形式での予測安全性試験としてまだ適用されていない。その検査は、その手段を受ける前の個体にとって有益なものとなる。確立された測定法を個別化された形式で個体の細胞に適用することで、この予測試験は、潜在的に危害を引き起こす見込みがある遺伝子治療を受けるかどうかについての個人としての選択を可能にする。
【0040】
本発明の態様は、修復タンパク質が使用されるDNA損傷の修復に基づく試験に関する。DNAが損傷を受けるとこれらの分子は修飾され、修復が行われるとそれらの活性は消失する。この試験では、細胞ベクターの感染後のDNAの損傷及び修復を監視できる。取得した形態は、宿主感染細胞が修復を実行できるかどうかを実証している。例えば患者のT細胞に適用すると、この測定法は、組込みベクターを使用して安全な遺伝子導入を行うように、患者の安全性又は「適格性」に関する取得情報を提供する。
【0041】
本出願に説明した測定法の使用は、DNA損傷ベクター又は遺伝子治療ベクターに曝露された患者への危害を防ぐのを助け、使用してないなら危害を受けたであろう患者の治療において、より前向きな臨床成果に繋がり、保健事業費用の節約になる。さらに、それは遺伝子治療の安全性を研究する動物実験の使用の削減に繋がるはずである。
【0042】
この測定法はキットの形態により実施するように合理化できることが想定される。従ってこの測定法には、DNA修復タンパク質の存在及び排除のために、DNAの修復プロセスが細胞によって完了したことを示す「計量棒(dip-stick)」を介しての免疫検出を利用することができる。
【実施例】
【0043】
実施例1:DNA損傷の修復能力がある経路を持つ細胞及びそれを持たない細胞に対するDNA修復形態の測定
細胞培養
DNA損傷手段に曝露された細胞(実際には患者試料由来の細胞)を、それらの増殖を支える完全培地内で増殖させた。この場合に、
図1及び
図2に示される接着細胞株は、それぞれMcf10a(修復能力あり)及びXp14br(修復能力なし)である。これら接着細胞には、抗生物質あり又はなしの10%FBSを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM:Dulbecco's Modified Eagle Medium)を使用した。これらの細胞を、5%CO
2及び95%大気からなる加湿環境かつ37℃に保持した培養器内で、92mmのプラスチック培養皿中に単層として増殖させた。細胞が80%の培養密度に達したら、ガラス製パスツールピペットで培養液を吸引し、続いて37℃でリン酸緩衝生理食塩水(PBS)により洗浄して死滅細胞片を除去した。これにより、DNA損傷を受ける健全な分裂細胞を提供する。
【0044】
細胞のDNA損傷手段への曝露
(T細胞のような)接着培養細胞又は浮遊培養細胞のいずれかを測定に使用してもよい。上述のように、この実施例では接着細胞を使用した。
【0045】
接着細胞を、トリプシン処理後の組織培養皿から70%又は100%の培養密度にした1mLの細胞懸濁液をポリプッレプ・スライドに移し換え、翌日のDNA損傷手段への曝露の前に一晩放置して増殖させた。(懸濁培養細胞では、細胞が懸濁状態で存在する管内で曝露を実施する。)
【0046】
細胞を、複製能力のないHIV遺伝子治療ベクターにより6~12時間感染させるDNA損傷に曝露するか、又は適切な時間(約0.5~1時間)放射線照射した。曝露後に、DNA損傷細胞を0.5、1、6及び24時間の時点で採取して、細胞を固定した後に免疫検出を用いてDNAの損傷又は修復を評価した。
【0047】
免疫細胞化学での固定
次いで、DNA損傷手段に曝露された1×103個の標的細胞をスライドに移し換えた。(懸濁状態の細胞は管内で処理される。)固定過程は培養液の吸引を伴った。次にスライドを5mLの4%ホルムアルデヒド及び45mLのPBS内に入れて、15分間放置した。これに続いて、細胞を取り出して、免疫検出を実施するまで4℃でPBS内に載置した
【0048】
懸濁状態の細胞に対し、固定法は、懸濁培養細胞を1200gで遠心分離し、これを氷冷のPBSに入れ替えることを含み、次に遠心分離後に吸引又は取り出した。次いで、管内の細胞を上述のようなホルムアルデヒド/PBS中に載置した。
【0049】
免疫細胞化学でのγH2AX染色
固定後に、0.2%のTriton(登録商標)X-100を用いて4℃で10分間細胞を透過処理し、続いて遮断緩衝液(50μLのTriton(登録商標)X-100と50mLのPBS中に0.1gのBSA)を加えて1時間遮断した。次いでスライド上の細胞を、遮断緩衝液中で抗ホスホヒストンH2AX(セリン139)とマウスモノクローナルIgG1抗体(1:1,000)からなる一次抗体溶液とともに培養した。過剰の一次抗体を、TBST溶液(1LのdH2O中に8.8gのNaCl+0.2gのKCl+3gのTris塩基+500μLのTween20、pH7.4)中で5分間3回洗浄して除去し、続いて遮断緩衝液内のAlexa Fluor(登録商標)488ウサギ抗マウスIgG抗体(1:1000)からなる二次抗体溶液中で、室温で1時間培養した。細胞をTBST中で5分間3回、次いでPBS中で5分間3回洗浄し、その後にスライド上で各回3分間エタノール(70%、90%及び100%)中で脱水した。風乾した後に、DAPIを含有する15μLの封入剤を各スライドに添加し、カバーガラス(Fisher Scientific)で覆い、透明なマニキュア液を用いて密封した。100倍のZEISS Plan-NEOFLUAR 1.3油浸対物レンズとZeiss Axiocamカラーカメラを備えたZeiss Axioplan 2顕微鏡をAXIOVISION 4.2ソフトウェアの制御により使用して、室温で画像を取得した。
【0050】
DNA修復の検出
抗体によって染色されたように見える細胞/細胞核あたりの増殖巣の数を数えて、DNA損傷を示すように適切な統計ソフトウェアを用いてプロットした。
図1及び
図2に示されるように、DNA損傷後のいくつかの適切な時点に曝露後の細胞に染色を続けて、γH2AXの出現及び消失によるDNAの損傷及び修復の形態を示した。
【0051】
DNA損傷を、H2AXの非リン酸化型からDNA損傷時にリン酸化型になる(DNA損傷修復経路に関与するタンパク質のうちの1つの代表的分子としての)γH2AXヒストンの免疫細胞化学を使用して測定した。DNAの修復後に、タンパク質は脱リン酸化され、それにより検出は不可能となる。従って、0.5~72時間にわたって修復は監視可能である。
図1は、NHEJ経路を介したDNA損傷修復が可能なMcf10a細胞を表している。
図2は、DNA修復を担うPKcs遺伝子が変異し、それにより修復が損なわれたXp14br細胞を表している。
【0052】
図1は、DNA損傷の修復能力があるMcf10a細胞の結果を示す。使用したDNA損傷手段は、放射線照射(暗灰色柱)及びHIV LVを減衰させる遺伝子治療(黒色柱)である。対照には、非感染細胞(薄灰色柱)及びDNA損傷を引き起こさないが細胞には感染できる変異型インテグラーゼを有するMut8 HIV LV(白色柱)が含まれる。
【0053】
図1により、DNA損傷手段に曝露していない細胞にはγH2AXの増殖巣の増加がないことを示している。放射線照射に曝露された細胞は、0.5時間でDNA損傷を表す増殖巣の増加を示し、24時間までの増殖巣の消失によって示されるように経時的に修復される。ウイルスに感染した細胞の場合には、DNA損傷は6時間後の時点に発生し、修復は24時間までに完了するように思われる。
【0054】
図2は、DNA損傷修復に欠損のある細胞Xp14brの(PKcs変異した)細胞の結果を示す。
図2により、細胞の放射線照射がDNA損傷を引き起こし、この損傷は24時間の時点までには修復されないことを示している。この結果はウイルス感染細胞にも当てはまる。興味深いことに理由は分からないが、DNA損傷修復に欠損のある細胞の感染は、より早い1時間の時点でDNA損傷を引き起こすように思われる。
【0055】
陽染性の増殖巣が残っていないのなら、これはDNA損傷が消失し修復が完了したことを示している。これには通常は48~72時間を要する。これらのデータは、個体にDNA損傷の修復能力がない場合に、そのDNAは修復されず損傷を受けたままに残り、癌に繋がる可能性があることを示している。
【0056】
DNAを修復する酵素ATMが欠損したAT5BIVA細胞を用いた実験も実施した。その結果は、(本明細書内には示さないが)
図2に示した結果と非常に類似していた。
【0057】
γH2AXに加えて、あるいはそれに代えて、他のDNA損傷修復タンパク質を検出及び測定してもよく、一例として、リン酸化及び脱リン酸化した53BP1 DNA修復タンパク質の出現が挙げられる。
【0058】
実用として、患者の血液試料から採取された好ましい細胞はT細胞であってもよい。これらの細胞は、組織皿の基層への付着を必要とせず、懸濁状態で増殖でき、Gibco CTS細胞培地中でさらに増殖できる。当業者なら、懸濁状態で増殖させた細胞の使用で、上記の実施手順を容易に適合できる。
その他の変更も当業者には明白である。
【0059】
実施例2:β-ガラクトシダーゼ発現及び細胞生存の測定
健全なDNAの損傷/修復経路が感染中及び感染後に遺伝子導入及び細胞生存の成功を可能にすることは、遺伝子治療ベクターにより感染した細胞の遺伝子発現及び細胞生存の成功との違いを測定することで証明できる。ベクターが保持する遺伝子は、(免疫染色、又は遺伝子発現から生成されるタンパク質の存在に関する化学的な色変化、又はベクターが保持する遺伝子によるRNA生成の測定などによる)いくらかの定型的な測定法を用いてその発現を示すことができる。その測定法の一例は、β-ガラクトシダーゼ遺伝子の遺伝子導入の結果として、存在するβ-ガラクトシダーゼ活性に対して染色することである。細胞の生存は、健全な細胞によってのみメチレンブルーのようなマーカー色素は無くても測定することができ、死滅しつつある細胞又は死滅細胞によっては測定できない。
【0060】
12ウェルプレートは、それぞれ1.5又は2.0×105細胞/mLで播種され、細胞が再付着するまで37℃で放置された。ウイルス産生細胞由来の濃縮ベクター又はベクター上清のいずれかを用いて、感染効率(細胞に対するベクターの比率)が1~1000の範囲となるように、使用するベクターの適切な希釈系列を増殖培養液に添加した。次いで、増殖培養液をウェルから取り出し、3×1.0mL容量(12ウェルプレート)の適切なウイルス希釈物により置き換えた。1プレートあたり数個のウェルを感染させずに陰性対照として役立てた。プレートを37℃、48時間で交換して、感染及びβ-ガラクトシダーゼレポーター遺伝子の発現が進展できるようにした。
【0061】
48時間後に、培養液を吸引し、細胞を暖めたPBSで緩やかに洗浄した。細胞の単層を細胞固定溶液(2%ホルムアルデヒド及び7%グルタルアルデヒドを含むPBS)に室温で15分間浸漬することにより固定し、PBSでもう一度洗浄し、次いで(室温で光を遮って)予め調製したX-Gal溶液により一晩染色した。このX-Gal化合物は、β-ガラクトシダーゼの発色基質であり、分子中のガラクトースと5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル部分との間のβ-1、4結合の加水分解により、不溶性の青色沈殿物を生成する。したがって、試料内のβ-ガラクトシダーゼ酵素の分布は、青い色素の出現により明らかにされる。
【0062】
細胞を計数するために、X-Gal染色溶液を吸引してPBSにより置換した。可動の試料誘導装置を備えたOlympus CK40倒立型光学顕微鏡でプレートを観察し、ウェルを検査して計数のために最も有益なウイルス希釈物を見出した。理想的には、計数する希釈液は、1ウェルあたり約50~500個の青色細胞を含むべきである。48時間の測定中に単一の感染細胞の分裂から生じた二重細胞及び三重細胞は、単一の陽性事象として数えた。計数した各ウェル中の青色細胞数は数取器を用いて記録し、各希釈液からの全ウェルを平均した。
【0063】
細胞の生存を測定するために、ガラス血球計算盤又はInvitrogen Countessのいずれかを用いて細胞の計数を行った。このInvitrogen Countessは、その測定範囲が限定されるので(1×104~1×107細胞/mL)、細胞濃度がこの数値より低い場合には、従来のNeubauerガラス血球計算盤を代わりに使用した。血球計算盤を使用して細胞を計数する際に、1mLのトリプシンを使用して細胞をペトリ皿から分離した。細胞を分離したら、それらを10mLの完全培地中に回収した。10μLの細胞懸濁液に10μLのトリパンブルーを添加して、細胞数から死細胞の排除を可能にした。トリパンブルーと混合した10μLの細胞懸濁液をガラス血球計算盤に載せて、Olympus CK2顕微鏡を使用して20倍の倍率で細胞の計数を行った。
【0064】
細胞の生存率測定には、血球計算盤及びトリパンブルーなどの細胞の生存率の定量標準が得られる染料を使用した。トリパンブルーを排除する細胞は生存していると考えられ、この染料を吸収する細胞は死滅している。これを実施するために、細胞をまず1mLの1×トリプシン-EDTAで分離し、細胞懸濁液を1mLのDMEM培地により作製した。次に100~200μLの細胞懸濁液を新しい微量遠心管に入れ、等容量で0.4%(w/v)のトリパンブルーを添加し、上下にピペット操作してよく混合した。血球計算盤を使用して細胞を計数し、(全細胞数に対する生存細胞の比率)×100を計算して、その生存率を百分率として測定した。
【0065】
健全なDNA修復経路を持つ細胞は遺伝子導入を提供し、かつ損傷したDNA修復経路を持つ細胞が健全なDNAの修復経路を持つ細胞の水準まで遺伝子導入に成功しないことを示すために、感染した細胞を、成功した遺伝子導入の証拠がベクターによって導入される遺伝子の陽性発現により提示される測定法により測定した。
【0066】
図3では、β-ガラクトシダーゼ遺伝子を保持するレトロウイルス(モロニーマウス白血病ウイルス)に感染した細胞が、β-ガラクトシダーゼ遺伝子の発現(白い矢印)の存在に対する染色の結果として、暗い外観によって陽性に感染したことを示している。顕微鏡下でこの水準を数えることで、感染及び遺伝子導入の成功の尺度にできる。画像は、Zeiss Axiovert 25顕微鏡を用いて倍率100倍で撮影した。この例では、MCF10a細胞及びMRC5細胞は健全なDNA損傷/修復経路を持つが、AT5BIVA細胞及びXP14BR細胞はその経路を持たない。
結果を下記の表1に示す。
【表1】
【0067】
表1は、処置後72時間の感染細胞及び対照である未感染細胞のMcf10a、MRC5、AT5BIVA及びXp14BR細胞に対する感染率及び生存率を示す。これらの細胞をレトロウイルス(MLV)又はレンチウイルス(LV)に感染させた。健全なDNA損傷/修復経路を持つMCF10a細胞及びMRC5細胞はどちらも、(β-ガラクトシダーゼ遺伝子発現の陽性細胞を計数した後に)高水準で感染及びこれらの細胞の生存が成功したことを示す。変異したDNA損傷/修復経路を持つAT5BIVA及びXP14BR細胞は、有意に低い感染及び生存の水準を示していた。これらのデータでは、健全なDNA損傷/修復経路では、遺伝子導入及び細胞生存の両方の成功が予測でき、一方でレトロウイルス又はレンチウイルス感染に曝露された場合に、変異したDNA損傷/修復経路を持つ細胞では、遺伝子発現の成功に繋がる感染は低水準であり、細胞毒性は高水準であることが予測されることを示している。
【0068】
実施例2で得られた結果は、(例えば実施例1に記載したように)DNA損傷/修復測定を用いて、健全なDNA修復経路持つ細胞及びそれを持たない細胞で、この成功の差を示す測定法を用いてDNA導入及び細胞生存の成功を予測できることを示す。
【0069】
全ての任意かつ好ましい特徴項目、並びに説明した態様の改変及び従属請求項は、本明細書内に教示された本発明の全ての態様において使用可能である。さらに、従属請求項の個々の特徴項目、並びに全ての任意かつ好ましい特徴項目及び説明した態様の改変は、互いに組み合わせ可能かつ交換可能である。