(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-04
(45)【発行日】2022-03-14
(54)【発明の名称】食品の食感評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/02 20060101AFI20220307BHJP
A61B 5/389 20210101ALN20220307BHJP
A61B 5/11 20060101ALN20220307BHJP
【FI】
G01N33/02
A61B5/389
A61B5/11 310
(21)【出願番号】P 2017176359
(22)【出願日】2017-09-14
【審査請求日】2020-09-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000175283
【氏名又は名称】三栄源エフ・エフ・アイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】特許業務法人 ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池上 聡
(72)【発明者】
【氏名】中馬 誠
(72)【発明者】
【氏名】太田 美樹
(72)【発明者】
【氏名】丸岡 弘和
(72)【発明者】
【氏名】安部 晶大
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-060423(JP,A)
【文献】特開2013-031650(JP,A)
【文献】特開2012-139442(JP,A)
【文献】特開2014-008028(JP,A)
【文献】特開2016-052516(JP,A)
【文献】塩沢光一 他,日本咀嚼学会雑誌,1991年,Vol.1, No.1,pp.39-44
【文献】中川弥子 他,日本家政学会誌,1991年,Vol.42, No.4,pp.355-361
【文献】大喜多祥子 他,日本調理科学会誌,2015年,Vol. 48,No. 2,pp.95-102
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/02
A61B 5/11
A61B 5/389
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摂食において咀嚼を要する食品の食感を定量的に評価する食感評価方法であって、
被験者による試料の全摂食時間に対する咀嚼時間の割合を取得し、
前記全摂食時間は、咀嚼開始時点から嚥下終了時点までの継続時間であることを特徴とする、食感評価方法。
【請求項2】
全摂食時間および咀嚼時間の測定を筋電位測定によって行う、請求項1に記載の食感評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の食感を定量的に評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食に対する消費者の嗜好は益々多様化しており、食品のおいしさを評価する要素として、味や香りとともに、食品の歯ごたえ、噛み心地、口腔内でのまとまり感、固体感、口のこり、舌触りや喉ごしなど多岐にわたっている。
【0003】
従来、食品の歯ごたえや噛み心地といった食感は、食品の物理的特性を粘度計やテクスチャーアナライザー等の分析機器を用いて測定し評価する方法が行われている。
近年では、実際の摂食行為(咀嚼や嚥下等)や食品の経時的変化、口腔内における要素を加味した評価方法が開示され、より詳しく多面的に食品を評価する方法が検討されている。具体的には、最大咬合時における咀嚼筋の筋活動量に対する処理時間における咀嚼筋の筋活動量の比を算出することで、食感を定量的かつ客観的に推定し評価する方法(特許文献1)、被験者の左右両側の咬筋及び舌骨上筋群の筋電位を測定することで、下顎運動及び舌運動を把握することができ、これにより食感を客観的かつ生理学的に評価する方法(特許文献2)などが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-52516号公報
【文献】特開2012-139442号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし従来技術では、実際に食品を咀嚼した際の食感の官能評価と、取得した食品の物理的特性に関する計測値の相関関係が低く、改善の余地があった。
【0006】
本発明は、これらの課題、すなわち食感の官能評価と食品の物理的特定に関する計測値の相関関係を高めた食感評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題について検討を重ね、被験者による試料の全摂食時間および咀嚼時間を計測し、全摂食時間に対する咀嚼時間の割合を取得することによって、食感の官能評価と良好な相関関係を有する定量的な評価ができるとの知見を得て、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、以下の態様を有する食品の食感評価方法に関する。
項1)
摂食において咀嚼を要する食品の食感を定量的に評価する食感評価方法であって、
被験者による試料の全摂食時間に対する咀嚼時間の割合を取得することを特徴とする、食感評価方法。
項2)
全摂食時間および咀嚼時間の測定を筋電位測定によって取得する、項1に記載の食感評価方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、食品の食感評価を定量的に行うことが可能となり、またかかる評価内容は食感の官能評価と良好な相関関係を有するものとなった。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、被験者による試料の全摂食時間および咀嚼時間を計測し、全摂食時間に対する咀嚼時間の割合を取得することによって、官能評価と良好な相関関係を有する定量的な評価ができるものである。
【0011】
本発明で食感評価できる食品は、摂食において咀嚼を要する食品が対象となる。具体的には、アイスクリーム、ラクトアイス、アイスミルク、氷菓などの冷菓、ゼリー、プリン、杏仁豆腐などのゲル状食品、ヨーグルト、チーズ、バター、マーガリンなどの乳製品類、マンゴー、洋梨、マスカット、ブドウ、リンゴ、バナナ、メロン、モモなどの果物類、ニンジン、タマネギ、キュウリ、ナス、キャベツ、レタス、ネギ、ピーマンなどの野菜類、米、小麦、大麦、トウモロコシ、大豆、小豆などの穀物類、牛肉、豚肉、鳥肉、山羊肉、羊肉などの肉類、鮪、鰯、秋刀魚、鯛、鮭、鮎、海老、帆立、蟹、アサリなどの魚介類、グミ、クッキー、ビスケット、スナック菓子、チョコレート、キャンディー、ケーキなどの菓子類、餅、麺、シリアル、バー、かまぼこ、タブレットなどの加工食品、あるいはこれらを組み合わせた食品が例示できる。
【0012】
これらの食品は、一般に入手可能なものであり、そのような食品の食感を定量的に評価できるところに本発明の有用性がある。
【0013】
食品の食感を定量的に評価することによって、単純に硬い柔らかいだけでなく、例えば果実を模したゼリーの食感がどの程度本物の果実に近似しているか、といった評価を定量的に行うことが可能となる。
【0014】
また、全摂食時間と咀嚼時間の割合からは、計測した食品が、嚥下するまでにどれくらい咀嚼しなければならないか、という食品の嚥下し易さを示す一つの指標を提供することにもなる。この値が高い食品は、嚥下する直前まで咀嚼が必要な口腔内の温度や唾液で溶解し難い食品であることが分かる。一方、この値が低い食品は、嚥下できる状態までそれほど咀嚼を必要とせず、口中での滞留時間の長い食品であることがわかる。例えるならば、この値の高い食品は「かたまり感」、「固体感」、「まとまり感」、「繊維感」、「チューイング感」、「口残り感」や「ボディ感」の高い食品であり、値の低い食品は「口どけ感」「口当たり感」の良い食品であると評価できる。
【0015】
本発明の食感評価方法で取得する計測値は、被験者が食品を口中に含み咀嚼を開始してから嚥下するまでの「全摂食時間」と、口中に含み咀嚼を開始してから咀嚼が終わるまでの「咀嚼時間」である。すなわち全摂食時間は、口腔内に食品を取り込んだ後、咀嚼を始めた時点(咀嚼開始時点)から嚥下が終了する時点(嚥下終了時点)までの継続時間と定義でき、咀嚼時間は、前記咀嚼開始時点から、咀嚼を終了した時点(咀嚼終了時点)までの継続時間と定義できる。咀嚼終了時点は、嚥下終了時点より常に早い時点であり、従って全摂食時間よりも咀嚼時間は短くなる。これは咀嚼終了時点から後嚥下終了時点までの間に、噛み砕かれた食品を飲み込み易い食塊にまとめる動作や、口中全体で口当たりや味の余韻を感じるため、或いは嚥下等に費やされている。例えば、摂食時間における咀嚼時間の割合が多い食品は、咀嚼に時間を要する「かたまり感」のある食感であり、また咀嚼が終わるとすぐに嚥下することができるよう容易に食塊にできる「まとまり感」のよいものであると推察できる。一方、全摂食時間に対する咀嚼時間の割合が少ない食品は、咀嚼に時間を要さず噛み砕くことができる程度のかたさであり、口中での「口どけ感」や「口当たり感」が良く、嚥下前にこれらの食感を楽しむことができる食品であると推察できる。
【0016】
全摂食時間及び咀嚼時間の計測は、咀嚼開始時点から咀嚼終了時点或いは嚥下終了時点までの時間を被験者自らがストップウォッチで計測する、或いはその他の機械的な方法によって計測者が計測する方法が挙げられる。被験者は計測者に咀嚼開始や咀嚼終了或いは嚥下終了までの時間をハンドスイッチや挙手、ベルなどの合図で知らせてもよく、合図の方法は限定されない。また、被験者の喉にマイクを装着し、摂食時の音もしくは振動を記録することによって、咀嚼開始時点、咀嚼終了時点、嚥下終了時点を測定することができる。
【0017】
或いは特許文献1に記載されているような被験者の左右咬筋のいずれかまたは両方に表面電極を装着し筋電位を測定する方法によってもよい。この場合、咀嚼開始時点は、食品を口に含んだ後、最初の咬筋のシグナルが現れる瞬間(最初の咬筋のシグナルは殆どの場合、咀嚼開始と同時に出現する)であり、咀嚼終了時点は最後の咀嚼のための咬筋のシグナルが消失する瞬間であり、嚥下終了時点は、嚥下時における最後の咬筋シグナルが消失する瞬間であると定義できる。また、嚥下終了時点を測定する方法として、咬筋のみに限らず舌骨上筋群などの摂食に関わる筋肉の筋電位測定により計測することもできる。上述の方法のうち1つの方法のみで測定することも、複数の方法を併用して測定することもできるが、測定方法として好ましいのは筋電位測定である。
【0018】
上記で得られた全摂食時間における咀嚼時間の割合を、式1に基づき咀嚼割合として算出する。
(式1)
咀嚼割合(%) = 咀嚼時間/全摂食時間×100
このとき全摂食時間は、咀嚼開始時点から嚥下終了時点までの継続時間、咀嚼時間は咀嚼開始時点から咀嚼終了時点までの継続時間を示す。
【0019】
本発明では、上記咀嚼割合の値をもって食感の評価を行う。
評価方法の一例として、凍結果実および凍結果実の食感を模した冷菓の食感評価を行う場合について説明する。
【0020】
評価方法の手順としては、まず凍結果実に関する情報として上記咀嚼割合を取得する。次いで模した冷菓の咀嚼割合を取得し、両者の咀嚼割合の数値を比較することによって、食感の評価を行う。具体的な評価としては、模した冷菓の咀嚼割合の数値が高い場合は「かたまり感」の高い、かための食感であることがわかる。また数値が低い場合は、「口どけ感」のよいやわらかめの食感であることがわかる。さらに、凍結果実に模したゼリーの開発を行う際に両者の数値を比較し、凍結果実から得られた数値に模した冷凍ゼリーの数値が近ければ、近似した食感を有する冷凍ゼリーが得られていると判断できることとなる。
【0021】
即ち、本発明は食感の評価方法としてだけではなく、冷凍果実とそれを模した冷凍ゼリーのように、食品の食感がどれくらい近似しているかを評価する目安を提供するものである。
上述の咀嚼割合の数値が近ければ、近似した食感を有していることは、凍結果実と冷菓の官能評価との相関関係から証明できる。
前記咀嚼割合によって得られた数値と、実際に食品を食して得た官能評価が良好な相関関係を有していることを確認し、本発明は完成した。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】咀嚼開始時点、咀嚼終了時点及び嚥下終了時点を示す筋電位シグナル波形
【実施例】
【0023】
以下、本発明の内容を以下の実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。なお、処方中、特に記載がない限り単位は「質量部」とした。
【0024】
本実施例では、咀嚼時間等の測定に筋電位測定を利用した。
<測定手順>
1)筋電位の測定には双電極を用いた。被験者の左右咬筋に双電極を貼付した。また嚥下音測定用として喉マイクを喉頭部付近の皮膚表面に装着した。
2)当該被験者が試料を咀嚼した際に生じる電位差を電極にて測定し、アンプにて増幅してMP-150システムを用いて取り込み、経過時間とともに波形として記録した(波形分析ソフト:Biopac Systems社製 AcqKnowledge)。合わせて喉マイクより得られる嚥下音についてもMP-150システムにより波形として記録した。また咀嚼開始時と咀嚼終了時、嚥下終了時にはハンドスイッチにより合図した。
3)上記2)の工程で得られた筋電位シグナル波形(
図1)より、全摂食時間と咀嚼時間を測定した。
・全摂食時間:咀嚼開始時点は最初の筋電位シグナルが出現した時点、嚥下終了時点は最後の嚥下時の筋電位のシグナルが消失した時点とし、咀嚼開始時点から嚥下終了時点までの継続時間を全摂食時間とした。
・咀嚼時間:咀嚼終了時点は、最後の咀嚼時の筋電位シグナルが消失した時点とし、上述の咀嚼開始時点から咀嚼終了時点までの継続時間を咀嚼時間とした。
咀嚼による筋電位シグナルと嚥下による筋電位シグナルは、同時に測定された嚥下音およびハンドスイッチのシグナルから区別することができる。
4)測定された全摂食時間における咀嚼時間の割合を咀嚼割合として算出し、同時に行った官能評価の評価値(100点満点)と併せてグラフ化した(
図2)。
【0025】
<実施例>
3名の被験者(健常有歯顎者 男性2名、女性1名 平均年齢26.3才)により、次の試料について、上記手順に基づき評価を行った。
・アイスバー(市販品) … りんご風味の棒つきアイス(氷菓)
・冷凍マンゴー(解凍5分後) … マンゴー果実を5gの大きさにカットし冷凍し、室温下で5分間解凍したもの
・マンゴーアイス(市販品) … 冷凍マンゴーの食感に近い食感の棒つきアイス。マンゴー果汁を25%以上含む。
・冷凍マンゴーゼリー … 表1の処方に基づいて調製したマンゴーゼリーを冷凍したもの。冷凍マンゴーの食感に近い食感の冷凍ゼリー。
・冷凍マスカット(解凍5分後) … マスカットの実を冷凍し、室温下で5分間解凍したもの
・冷凍マスカットゼリー … 表2の処方に基づいて調製したマスカットゼリーを冷凍したもの。冷凍マスカットの食感に近い食感の冷凍ゼリー。
・冷凍洋なし(コンポート 解凍2分後) … 洋なし(コンポート)を5gの大きさにカットし冷凍し、室温で2分間解凍したもの
・冷凍洋なしゼリー … 表3の処方に基づいて調製した洋なしゼリーを冷凍したもの。冷凍洋なしの食感に近い食感の冷凍ゼリー。
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
<測定1>
各被験者が上記試料を各自口中に含み、自由に咀嚼し嚥下までの動作を行った。一連の動作によって得られた全摂食時間及び咀嚼時間を基に、咀嚼割合(全摂食時間に占める咀嚼時間の割合)を算出し、表4に示す。
【0030】
【0031】
<測定2>
測定1と同時に、各被験者は下記基準に基づき、官能評価を行った。結果を表5に示す。
【0032】
【0033】
官能評価値の基準: VAS法に基づき、各試料の「かたまり感」を評価した。摂食時、固体状の食感を強く、長く感じるものは高く、逆に固体状の食感をあまり感じないものは低く評価される。尚、かたまり感の評価は、摂食時に固体状の食感が強く、長く続くものを「かたまり感が高い」、固体状の食感がすぐになくなってしまうものを「かたまり感が低い」と評価される。「かたまり感」の高い食品を例示するとキャラメルなどが挙げられ、低いものとしてはアイスやゼラチンゼリーなどが挙げられる。
【0034】
<結果>
表4の咀嚼割合と、表5の官能評価値をグラフ化したものを
図2に示す。
【0035】
図2より、本発明による食感評価方法によれば、咀嚼割合の値と官能評価値が相関していることがわかる。
咀嚼割合の値が高いと、口中の試料を嚥下する直前まで咀嚼していることを意味し、該試料が嚥下するためには何度も咀嚼を有する「かたまり」である、或いは咀嚼を繰り返すことにより食感を楽しめる「チューイング感」を有していると評価することができる。
また、グラフ横軸の官能評価値と併せて評価することで、例えば冷凍マスカット(解凍5分後)と冷凍マスカットゼリーのプロットが近接していることから、両者の食感は非常に近似していると判断することができる。このような場合、本願発明は、本物のマスカットに似たゼリーを調製する際の評価方法として利用することができる。
【0036】
上記の通り、本発明によれば、食品摂食時のかたまり感や固体感といった感覚を、従来の機器測定法では評価することは困難であり、客観的・定量的な評価方法は存在しなかった。本発明による評価方法を用いることにより、市場にある食品のかたまり感等の食感を評価・比較することが可能となり、消費者のニーズやトレンドを調査する際に有効に活用することができる。また、新規食品の設計における指標ともなる。
さらに、かたまり感は果実の食感とも関連の強い食感であり、果肉食感を模して調製された擬似果肉食品(模擬果肉ゼリー等)が、果実そのものの果肉食感にどれだけ近いかを評価する指標としても利用できる。