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特許7036324抗血液凝固剤、血液凝固改善装置、血液凝固改善方法、血管内皮細胞機能改善方法及び代謝改善方法
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  • 特許-抗血液凝固剤、血液凝固改善装置、血液凝固改善方法、血管内皮細胞機能改善方法及び代謝改善方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-07
(45)【発行日】2022-03-15
(54)【発明の名称】抗血液凝固剤、血液凝固改善装置、血液凝固改善方法、血管内皮細胞機能改善方法及び代謝改善方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/00 20060101AFI20220308BHJP
   A61P 7/02 20060101ALI20220308BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20220308BHJP
   A61P 9/06 20060101ALI20220308BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20220308BHJP
   A61P 17/14 20060101ALI20220308BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220308BHJP
【FI】
A61K33/00
A61P7/02
A61P9/04
A61P9/06
A61P9/10 101
A61P17/14
A61P43/00 107
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020520347
(86)(22)【出願日】2019-05-22
(86)【国際出願番号】 JP2019020352
(87)【国際公開番号】W WO2019225669
(87)【国際公開日】2019-11-28
【審査請求日】2021-02-22
(31)【優先権主張番号】P 2018110698
(32)【優先日】2018-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】515014222
【氏名又は名称】H2bank株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】518439103
【氏名又は名称】アニコム先進医療研究所株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096714
【弁理士】
【氏名又は名称】本多 一郎
(72)【発明者】
【氏名】石橋 徹
(72)【発明者】
【氏名】石原 玄基
【審査官】鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】特許第6129395(JP,B2)
【文献】特開2017-094033(JP,A)
【文献】国際公開第2007/021034(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/026785(WO,A1)
【文献】特開2015-127301(JP,A)
【文献】International Medicine,2012年,Vol.51,No.11,pp.1309-1313
【文献】Journal of Surgical Research,2012年,Vol.172,No.2,pp.334
【文献】Molecular and Cellular Biochemistry,2013年,Vol.373,No.1-2,pp.1-9
【文献】Obesity,2011年,Vol.19,No.7,pp.1396-1403
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 33/00
A61P 7/02
A61P 9/04
A61P 9/06
A61P 9/10
A61P 17/14
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素ガス又は水素ガスを含む混合ガスからな、von Willebrand因子活性減少剤
【請求項2】
水素分子を含む水からな、von Willebrand因子活性減少剤
【請求項3】
水素ガス又は水素ガスを含む混合ガスからなることを特徴とするミトコンドリアのハイドロゲナーゼ活性亢進剤。
【請求項4】
水素分子を含む水からなることを特徴とするミトコンドリアのハイドロゲナーゼ活性亢進剤。
【請求項5】
水素ガス又は水素ガスを含む混合ガスを対象に供給することを特徴とするミトコンドリアのハイドロゲナーゼ活性亢進装置。
【請求項6】
水素ガス又は水素ガスを含む混合ガスからなることを特徴とするミトコンドリアの膜電位を変化させるアンカップリング剤。
【請求項7】
水素分子を含む水からなり、ミトコンドリアの膜電位を変化させることを特徴とするミトコンドリアのアンカップリング剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素ガス又は水素ガスを含む混合ガス、又は水素分子を含む水からなる抗血液凝固剤、血液凝固改善装置、血液凝固改善方法、血管内皮細胞機能改善方法及び代謝改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素分子は、活性酸素種に対するスカベンジャー機能を有することが知られており、水素による生命機能の改善作用もスカベンジャー機能を中心に考えられてきた。
【0003】
ガス状分子である水素を摂取する方法としては、水などの生体適応液に水素分子を含有させて飲むことが一般的であるが、他にも、水素分子含有気体の吸引や、水素分子含有液体を用いて直接的に電子供与を可能とする点滴や経皮吸収などの方法がある。
【0004】
水素による生命機能改善作用は、近年ますます注目され、特にヒトおよびペットの健康に不可欠となりつつある。しかしながら、これまでの水素の生命作用のほとんどは、スカベンジャー機能、すなわち、ヒドロキシラジカルやペルオキシナイトライトなど、極めて反応性が高い活性酸素種への電子供与によって説明されてきた(例えば、非特許文献1、2)。その範囲においては、水素分子の生命作用の一部しか説明できず、ひいては水素分子の適用が結果的に制限され、あるいはその生命作用の理解という重要な側面が損なわれてきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Vascular Health and Risk Management, 2014,10, 591-597
【文献】Current Pharmaceutical Design, 2013, 19, 6375-6381
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、医学・医療・健康産業・農業・畜産・水産業の各分野において、水素分子が生命機能を改善させるための、活性酸素種に対するスカベンジャー機能以外の方法すなわちミトコンドリアの機能改善及びそれを利用した抗血液凝固剤、血液凝固改善装置、血液凝固改善方法、血管内皮細胞機能改善方法及び代謝改善方法を与えることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、水素が、活性酸素種に対するスカベンジャー機能以外の機能を有することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
脳梗塞や心筋梗塞によるダメージは命に関わるが、その時に、虚血状態のミトコンドリアに再灌流とともに酸素が供給されると、活性酸素が爆発的に発生し、予後の増悪を招くことが分かりつつある。分子レベルでは、本来はミトコンドリアの呼吸鎖において、complex IからIVへと順方向に電子が伝達される流れが、例えば虚血状態からの再灌流の際に生じるRET(reverse electron transport)では電子がcomplex Iへと逆流し、それによって、活性酸素が爆発的に発生すると考えられている。本発明者等は、水素が、ミトコンドリア、特に電子伝達系に作用して、この事象を抑制しうることを見いだした。
【0009】
水素分子は非常に安定で、分子は生体内の通常の状態では解離しないが、本発明者等が見いだしたところによれば、特にミトコンドリアのcomplex I とIIIにおいて、水素分子が電子とプロトンに解離することによって、逆流あるいは停滞することによって活性酸素の発生源となっている電子の流れに整流作用を与えるものである。
【0010】
また、水素によるミトコンドリアの電子の流れの整流作用は、活性酸素の発生自体を抑制する結果として、生体の血管内皮細胞機能を改善することが分かった。
【0011】
さらに、本発明者等は、水素を生体に投与すると、ミトコンドリアのハイドロゲナーゼ活性を亢進させることができること、及び、生体の血液凝固性を改善できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0012】
さらに、本発明者等は、水素を生体に投与すると、ミトコンドリアのuncoupling(脱共役)をもたらし、結果として、体温の上昇などの代謝改善作用をもたらしうることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明は、以下の[1]~[10]である。
[1]水素ガス又は水素ガスを含む混合ガスからなることを特徴とする抗血液凝固剤。
[2]水素分子を含む水からなることを特徴とする抗血液凝固剤。
[3]水素分子が、ミトコンドリアのハイドロゲナーゼ活性を亢進させることにより血液凝固を改善する[1]または[2]の抗血液凝固剤。
[4]水素ガス又は水素ガスを含む混合ガスを対象に供給することを特徴とする血液凝固改善装置。
[5]水素分子が、ミトコンドリアのハイドロゲナーゼ活性を亢進させることにより血液凝固を改善する[4]の血液凝固改善装置。
[6]水素分子を含む水または水素ガスを対象に投与する工程を備えることを特徴とする血液凝固改善方法。
[7]水素分子を含む水または水素ガスを対象に投与する工程を備えることを特徴とする血管内皮細胞機能改善方法。
[8]水素分子が、ミトコンドリアにおける電子の整流作用を介することで活性酸素の発生を抑制することにより血管内皮細胞機能を改善する[7]の血管内皮細胞機能改善方法。
[9]水素分子が、ミトコンドリアにおける電子の整流作用を介することにより活性酸素発生を抑制し、ミトコンドリアの機能を改善する、あるいはミトコンドリアを保護するミトコンドリアを保護するミトコンドリアの保護方法。
[10]水素分子を対象に投与する工程を有し、水素分子が、対象内において、ミトコンドリアに対するuncoupling作用によりミトコンドリア膜電位を低下させる、代謝改善方法。
【発明の効果】
【0014】
水素は、地球上に酸素が存在しない太古における生命エネルギーを支えた電子供与分子であり、水素イオン還元および水素分子酸化を担うことで原始生命を進化させてきたハイドロゲナーゼは、ミトコンドリア呼吸鎖におけるコンプレックスIと進化上リンクしており、エネルギー源であった。水素によるミトコンドリアのハイドロゲナーゼ活性の亢進作用は、ヒトを含む特に高等生物において、その生命機能の根源である細胞呼吸の機能不全、ミトコンドリアの病的状態における電子の逆流や漏れ(electron leakage)、特にRET(reverse electron transport)を、水素分子がミトコンドリア内において電子とプロトンに解離することによって整流作用を及ぼすことによって健康に寄与するという上記作用に関連するものであると考えられる。
【0015】
本発明の水素分子によるミトコンドリアの電子伝達系における水素分子の整流作用、ハイドロゲナーゼ活性の亢進作用、血液凝固の改善作用およびそれを利用した血管内皮細胞機能改善剤、血液凝固改善剤、装置は、従来説明されてきた水素分子による活性酸素種のスカベンジャーとしての機能では説明することができない新たな作用・用途である。
【0016】
本発明とその背景となる新規知見は、水素摂取による生体作用をより明快に解明でき、新たな水素の摂取方法などに寄与することができる。さらに重要なことは、これにより、これまで細胞外からのコントロールが困難であったミトコンドリアが担う電子伝達機能という生命のエネルギー代謝の根源をなす部分について、その病的状態を健全化するための創薬にも役立つので、その産業上の有効性は計り知れない。
【0017】
本発明は、副作用のない医療あるいは健康増進方法として、極めて有効であり、今後の創薬にとって基本的な情報を与えるものであり、健康上の利点のみならず、その産業上の有効性は計り知れない。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施例8の結果を表すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の抗血液凝固剤は、ガス状の水素分子(水素ガス)又はそれを含む混合ガス、又は水素ガスを含む水からなるものである。
【0020】
水素ガス又は水素ガスを含む混合ガスの場合、対象者(又は動物)に対して、従来公知の水素ガス供給装置を用いて水素ガスを投与することができる。投与は、具体的に水素分子含有気体の吸引や、経皮吸収などがある。水素ガスの投与量は、生体1kgあたり、1日に70~350mgが好ましく、100~200mgがより好ましい。混合ガスの場合、生体にとって有害でなければ、水素以外の含有ガスは特に限定されず、例えば酸素や大気などが挙げられる。深海潜水においては、水素ガスとヘリムガス、酸素ガスの混合気体が1990年代よりすでに実用されている。
【0021】
水素ガスを含む水は、そのまま飲用に供することで生体に投与することができる。水素ガスを水に含ませる場合、含有濃度は特に限定されないが、好ましくは、1.6ppm~8ppmであり、より好ましくは7ppm~8ppmである。
また、水素ガスを含む水には、塩や栄養分など生体に投与しても有毒ではない従来公知の成分を含んでいてもよい。
【0022】
本発明の抗血液凝固剤は、von Willebrand 因子活性を減少させることができる。von Willebrand因子(VWF)は血管内皮細胞や骨髄巨核球から産生される高分子量の糖蛋白質であり、マルチマー構造を形成し、分子量は約500kDaから大きいもので20,000kDaに及ぶ。VWFは、一次止血において重要な役割を果たす因子であり、血管の損傷部位において血小板を内皮下結合組織へ粘着させる機能を有する。VWFはマルチマーとして存在し、大きさは様々であるが、高分子量のマルチマーほど止血能が高い。またVWFは血液凝固第VIII因子(FVIII)と結合し血漿中のFVIIIを安定化させる機能も有する。VWF因子活性を下げるということは血液を凝固しにくくさせるということである。
【0023】
また、本発明の抗血液凝固剤は、血液のプロトロンビン時間を長くすることができる。プロトロンビンは血液凝固因子の第II因子で、トロンボプラスチンという物質を加えると固まる。そこで血漿にトロンボプラスチンを加え、固まるまでの時間を測定したものが、プロトロンビン時間と定義される。また、本発明の抗血液凝固剤は、血液の部分トロンボプラスチン時間を長くすることができる。部分トロンボプラスチン時間は、内因系の血液凝固能力を測定する検査である。血液凝固の過程には、内因系といわれる経路と、外因系といわれる経路があり、それぞれ多くの血液凝固因子が関わっている。
【0024】
本発明の抗血液凝固剤は、血液の凝固を抑制することにより、脳梗塞や心筋梗塞なのどの塞栓症や血栓症、動脈硬化といった病気の発生を予防することも期待できる。
【0025】
本発明の抗血液凝固剤は、好ましくはミトコンドリアのハイドロゲナーゼ活性を亢進させることにより血液凝固を改善するものである。
【0026】
本発明の血液凝固改善装置は、水素ガス又はそれを含む混合ガスを対象に供給することを特徴とするものであり、水素ガス又はそれを含む混合ガスを対象(ヒトや動物)に供給することができれば、構成は特に限定されず、従来公知の医療用水素ガス(水素混合ガス)供給装置を用いることができる。従来公知の医療用水素ガス(水素混合ガス)供給装置としては、例えば、エコモ・インターナショナル社の水素ガス発生装置が挙げられる。
また、本発明の血液凝固方法は、水素分子を含む水または水素ガスを対象に投与する工程を備えることを特徴とするものである。
【0027】
本発明の血管内皮細胞機能改善方法は、対象(ヒト又は動物をいう。)に水素を供給する工程を備えるものであり、水素分子が、ミトコンドリアにおける電子の整流作用を介することで活性酸素の発生を抑制することにより血管内皮細胞機能を改善する、あるいはミトコンドリアを保護するものである。血管内皮細胞機能の改善は、Reactive Hyperemia Index(反応性充血指数、RHI)により評価することができる。RHIは、血流反応性血管拡張機能を反映するものである。すなわち、水素分子によって、ミトコンドリアの電子の整流作用効果が奏され、血管が拡張し、血流量が増大する。
【0028】
ミトコンドリアは、食物からのエネルギーを主にNADHあるいはFADH2の形に変換し、中でもNADHから取り出した電子をcomplex Iを含む電子伝達系を介し酸素に渡し水へと還元すると同時に膜を挟んでプロトンの濃度勾配を作ることにより、ATP合成装置(complex V)を駆動させるエネルギー変換装置である。
NADHから酸素への電子の流れが通常の呼吸における順方向(forward electron transport (FET))であるが、血流不全や虚血などによって細胞が低酸素状態(hypoxia)に陥ると、例えばコハク酸などが上昇し、complex IIにおいてキノン(Q:ヒトではQ10)から還元されたキノール(QH2)がcomplex Iの方に逆流し、逆にNAD+がcomplex IにおいてNADHに還元される(reverse electron transport(RET))。この電子の流れにより、通常よりも多くの電子が漏れることになり(electron leakage)、例えば再灌流時に、酸素が多く供給されると、漏れた電子によって非酵素的に酸素が一電子還元され、スーパーオキサイドが多く生じ、その結果生産される過酸化水素(H202)やヒドロキシラジカルによって、細胞や組織障害を引き起こす。
血管機能に極めて重要である血管内皮細胞においては、上記活性酸素種が過剰になると、一酸化窒素(NO)による正常な血管拡張作用が阻害され、多くの生活習慣病で中心的な役割を果たす内皮細胞機能不全の大きな原因となる。
【0029】
本発明においては、例えば水素(H2)を用いているが、水素は電子とプロトンのみからなり、プロトンがミトコンドリアの電子伝達系において解離しプロトンと電子を供給することができれば、電子伝達系において、これまで知られていない電子の流れを供給することになる。特にcomplex Iは、水素を電子供給源としていたヒドロゲナーゼから進化しており、特にその活性中心における構造は進化上よく保存されている。虚血状態において問題となる上記RETあるいは、FETにおけるスーパーオキサイドの発生に対して、水素が電子の流れを変える(つまり整流作用を及ぼす)ことによって、病的な活性酸素過剰状態を改善できるかについて、以下の実験において実施例として得ることができた。
このことは、水素と同様に電子およびプロトンの両者を適切に供与できる分子が、ミトコンドリアの電子伝達系において優れた整流機能を持つ分子として健康に寄与できることを意味する。
【実施例
【0030】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。
【0031】
[実施例1]
7ppm水素水(エコモ・インターナショナル社)を1日1本(約500ml)、4週間にわたり飲用した成人について、4週間後、公知の方法に従い、当該成人のvon Willebrand 因子活性、PT(プロトロンビン時間)及びPTT(部分トロンボプラスチン時間)を測定した。
その結果、水素水の飲用を始めてから4週間後に、von Willebrand 因子活性が約7%減少し、PT(プロトロンビン時間)が約4%延長、PTT(部分トロンボプラスチン時間)が約5%延長した。飲用前後において、この成人男性のvon Willebrand 因子活性、PT(プロトロンビン時間)及びPTT(部分トロンボプラスチン時間)はいずれも正常値範囲内であった。
【0032】
[実施例2]
ヒト培養細胞から抽出したミトコンドリアによるNADHの酸化あるいはNAD+の還元に対する水素の影響を調べた。RETを観察する条件として、1mM NAD+および10mM コハク酸を基質として、buffer(50mM リン酸(pH 7.5)、1mM EDTA、0.2mM Q10 (ubiquinone10) 0.1 mg/ml bovine serum albumin(BSA、脂肪酸を含まないもの)内にて、30℃ 25分反応させ、NADH濃度(毎分の平均値)を測定した。
水素非存在下で306 pmol/mlのNADHが検出されたが、水素(約25μM)の存在下では、165pmol/mlとNADH濃度が減少すなわちNADHが酸化された。
このことは水素がRETの条件下において電子の流れをFETに傾かせたことを意味する。
【0033】
[実施例3]
上記実施例2の実験条件に加えて、complex IIIのインヒビターであるStrobilurin Bを実験系に添加し、complex IIIから発生する活性酸素を抑制した上で、complex Iからの活性酸素(superoxide dismutase (SOD)存在下、スーパーオキサイドをH202に変換し、H202として測定)を測定したところ、水素非存在下で16.4μMであったが、水素存在下で1.36μMと約12分の一に減少していた。
このことは、RETを引き起こす条件下において、水素が活性酸素の発生を抑制するとともに、電子の流れをFET側にシフトさせたことを意味する。
【0034】
[実施例4]
電子の流れとは別に活性酸素の発生についてさらに観察するため、complex Iのインヒビターであり、水溶性のキノンであるQ1を本来の電子伝達体であるQ10(脂溶性で、脂質であるミトコンドリア膜内を移動し、電子伝達系における電子とプロトンの運搬体として機能する)の代わりに用いた以外は上記実施例2と同様の条件とした。その結果、水素非存在下で10μMであったH202が、水素存在下で195μMとなった。上記Q10存在下における実験とは逆にH2O2が約20倍に上昇した。
これは、解離した水素分子から供与された電子が、complex IIIの主たる活性酸素発生部位であるQo部位において酸素を一電子還元しスーパーオキサイドを発生させたことと、complex Iのキノン結合部位に、電子受容体ではあるが完全に還元されて膜内へと移動できない水溶性のQ1がセミキノンラジカルとなり、スーパーオキサイドを発生させたものと考えられる。このことから、実際に水素はcomplex Iのキノン結合部位あるいはcomplex IIIのキノン結合部位(Qo)において解離し、電子を放出することが示唆された。逆にQ10など生理的にミトコンドリアにて電子運搬隊として電子を受け取る分子が存在する場合には、水素が活性酸素を生じさせない電子供与体であることを意味する。
【0035】
[実施例5]
さらに、細胞浸透性陽イオン蛍光色素Tetramethylrhodamine Ethyl Ester(TMRE)を用いてミトコンドリアの膜電位に対する水素の影響を観察したところ、膜電位を示すTMREのシグナルが、水素分子存在下にて、約10%低下した(uncouplingが引き起こされた)。Complex I あるいはcomplex IIIにおいて解離した水素分子から放出された酸化還元エネルギーによって、膜を挟んだプロトンの濃度勾配が変化したことによると考えられる。
7ppm水素水(エコモ・インターナショナル社)を1日2本(約500ml)、約6ヶ月にわたり飲用した成人について、6ヶ月後、体温を測定したところ、基礎体温が飲用前に比べ、正常範囲において約0.5℃上昇していた。これは、上記水素分子による脂肪細胞ミトコンドリアへのuncoupling作用によるものと思われた。
このことは、膜電位のuncoupling作用を意味し、代謝改善において重要な役割を果たすuncoupling protein 脱共役タンパク質に近い作用を水素がもたらすことを意味する。最近、褐色脂肪細胞や、ベージュ脂肪細胞による脂肪消費とそれに伴う熱産生及び代謝改善が、生活習慣病予防などに重要であることがわかってきた。
水素がuncouplingを引き起こす条件としては、ミトコンドリアのハイドロゲナーゼ活性が起動される際に、水素が作用した時点のミトコンドリアの膜電位によって影響を受け、例えば、complex IにおいてNADHから電子を伝達するFe-Sクラスターの列の、最終電子受容クラスターであるN2 clusterの酸化還元電位は、プロトン勾配による電気化学ポテンシャル(すなわち膜電位)に影響されて変化することが影響すると考えられる。水素がuncouplingを引き起こす機序としては、作用時の膜電位およびcomplex IのN2クラスターあるいはcomplex IIIにおけるシトクロムCおよびRieske Fe-Sクラスター、hame bL、haem bHなどの酸化還元電位との関係性が重要であると考えられる。
【0036】
[実施例6]
RETの観察に用いる条件として、より生理的条件に近づけるため、上記実施例2の実験系について、1mM NAD+および10mM コハク酸に加えさらに、5μM NADHを基質として加え(通常細胞内ではNADH/ NAD+比は1/100以下である)、buffer(50mM リン酸(pH 7.5)、1mM EDTA、0.2mM Q10 (ubiquinone10)0.1 mg/ml bovine serum albumin(BSA、脂肪酸を含まないもの)内にて、30℃ 25分反応させ、NADH濃度(毎分の平均値)を測定した。水素非存在下で282 pmol/mlのNADHが検出されたが、水素の存在下(約25μM)では、1118 pmol/mlとNADH濃度が増加すなわちNAD+がNADHに還元された。
このことは水素がRETの条件下においても、NADHの濃度によっては、電子の流れをさらにRETに傾かせたことを意味する。
【0037】
[実施例7]
上記実施例6の実験系において、complex IIIのインヒビターであるStrobilurin Bにてcomplex IIIから発生する活性酸素を抑制した上で、complex Iからの活性酸素(superoxide dismutase (SOD)存在下、スーパーオキサイドをH202に変換し、H202として測定)を測定したところ、水素非存在下で23μMであったが、水素存在下で3.9μMと約5分の一に減少していた。
このことは、NADH存在下、RETを増加させる条件下においても、水素が活性酸素の発生を抑制するとともに、電子の流れをNADHの濃度によってはさらにRET側にシフトさせたことを意味する。上記実施例2のNADHを含まない条件下での結果と比べると、FET側からRET側にシフトしており、水素はNADHの比率に応じで電子が流れる方向を調整しかつ両条件下において活性酸素の発生を抑制していることから、水素は電子の漏れを抑制しかつ流れの方向を変換する電子の整流作用を有することを意味すると考えられる。
【0038】
[実施例8]
RHI値が2未満の血管内皮機能不良群32例(RHI<2, プラセボ群15例、7pppm水素飲用群17例)のRHIの改善を測定した。7pppm水素飲用群17例は、7ppmの水素が含まれる水を1日あたり約500ml飲用し、プラセボ群は純水を1日あたり約500ml飲用し、飲用前(初回測定)、飲用開始後1h、飲用開始後24h(計2回飲用)、2週間経過時のRHIを測定した。RHIの測定は、日本光電のエンドパット2000(Itamar Medical社製)を用いて、その仕様書に従って行った。初回測定(baseline)より、1h、24h、2週間時点でのデータを図1に示す。
測定の結果、血管内皮機能不良群32例(RHI値<2)における7ppm水素水飲用によるRHI改善は、2週間の継続摂取により有意に認められた。末梢細血管内皮細胞に対する7ppm水素水継続飲用の意義として、RHI値不良群、すなわち、心・血管疾患の比較的ハイリスクな群に対して血管内皮機能を改善する可能性が明らかとなった。
【0039】
血管内皮細胞は、血管を裏打ちする細胞であるが、実は人体最大の内分泌器官であり総重量約1.5kg にもなる。生活習慣病の撲滅のためには、第一に健康的機能を確保しなければならない組織と言える。
非侵襲的なエンドパット検査の指尖3D脈波から得られるRHI(reactive hyperemia index)は、末梢血管における内皮細胞機能を反映している。メタボリックシンドロームなどの生活習慣病におけるリスクファクターとは独立に、ヒトの生命予後を予測できるファクターとして認識されつつあり、強力な健診ツールとして世界の医療機関で使用されている。
RHIが低値である集団は、将来心血管疾病に罹患するリスクが極めて高いことが明らかになっている。この集団における血管機能を改善する方法としては、drugを除くと運動や食餌のコントロールのみしかないのが現状である。副作用のない非侵襲的改善方法として、水素が心臓血管疾患への罹患リスクが高いRHI低値集団に果たす役割を明らかにすることは重要である。
【0040】
[実施例9]
シアン化合物存在下、酸素の水への還元を阻害したミトコンドリア呼吸鎖において、水素分子を混入させることによりミトコンドリアの呼吸活性が測定された。
【0041】
[実施例10]
シアン化合物存在下、酸素の水への還元を阻害したミトコンドリア呼吸鎖において、水素分子を混入させることによりミトコンドリア・コンプレックスIIIの呼吸活性が測定された。

図1