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特許7036381Fe基合金及びその製造方法並びに回転軸部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-07
(45)【発行日】2022-03-15
(54)【発明の名称】Fe基合金及びその製造方法並びに回転軸部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220308BHJP
   C22C 38/36 20060101ALI20220308BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20220308BHJP
   C21D 9/28 20060101ALN20220308BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/36
C21D8/06 B
C21D9/28 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018133364
(22)【出願日】2018-07-13
(65)【公開番号】P2020012133
(43)【公開日】2020-01-23
【審査請求日】2020-10-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】近藤 雅晶
(72)【発明者】
【氏名】杉山 知平
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 洋明
(72)【発明者】
【氏名】鉄井 利光
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-121240(JP,A)
【文献】特開昭55-145150(JP,A)
【文献】特開2012-026040(JP,A)
【文献】特開2003-293094(JP,A)
【文献】特開昭63-089643(JP,A)
【文献】特開昭48-053923(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102251184(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/06
C21D 9/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr:10.0~20.0at%、W:3.5at%以下、Si:7.0at%以下、C:4.0at%以下、B:5.5~15.0at%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、
下記式(1)で表される指数R1が12.0以上であり、
下記式(2)で表される指数R2が9.0以上である化学成分を有し、
230GPa以上のヤング率を有している、Fe基合金。
式(1):R1=0.2[Cr]+1.2[C]+1.2[B]+0.8[W]+0.5[Mo]
式(2):R2=[B]+[W]
(但し、上記式(1)及び式(2)における[M]は元素Mの含有量(at%)である。)
【請求項2】
700MPa以上の耐力を有している、請求項1に記載のFe基合金。
【請求項3】
1.0%以上の伸びを有している、請求項1または2に記載のFe基合金。
【請求項4】
超硬合金からなる切削工具を用いてSCM453からなる基準合金の切削加工を行った際の前記切削工具における逃げ面の摩耗量を基準とした場合における、前記Fe基合金の切削加工を行った際の前記逃げ面の比摩耗量が30倍以下となる被削性を有している、請求項1~3のいずれか1項に記載のFe基合金。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のFe基合金からなる回転軸部材。
【請求項6】
Cr:10.0~20.0at%、W:3.5at%以下、Si:7.0at%以下、C:4.0at%以下、B:5.5~15.0at%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記式(1)で表される指数R1が12.0以上であり、下記式(2)で表される指数R2が9.0以上である化学成分を有する溶湯から鋳塊を作製する鋳造工程と、
前記鋳塊に熱間加工を施す熱間加工工程と、を有する、Fe基合金の製造方法。
式(1):R1=0.2[Cr]+1.2[C]+1.2[B]+0.8[W]+0.5[Mo]
式(2):R2=[B]+[W]
(但し、上記式(1)及び式(2)における[M]は元素Mの含有量(at%)である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe基合金及びその製造方法並びに回転軸部材に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車用ターボチャージャにおけるタービンホイールやコンプレッサホイールなどの高速で回転する回転体は、Fe基合金から構成された回転軸部材によって支持されている。回転軸部材を高速で回転させると、回転軸部材に加わる遠心力が大きくなる。このような状況において回転軸部材の塑性変形を抑制するため、回転軸部材には、高い強度が求められている。更に、回転軸部材には、製造過程における被削性や、使用中の信頼性を確保するため、ある程度高い靭性が求められている。
【0003】
近年、例えば自動車用ターボチャージャにおける性能向上等を目的として、回転軸部材の回転速度を更に早くすることが望まれている。かかる状況においては、回転軸部材の振れ、つまり、遠心力による径方向外方への弾性変形や、回転軸部材の共振がより発生しやすくなる。回転軸部材の振れや共振が発生すると、回転軸部材に保持された回転体と、ハウジングやケースなどの回転体の周囲に配置される部品とのクリアランスが狭くなり、場合によっては両者が接触するおそれもある。
【0004】
そこで、高速回転中の回転軸部材の振れや共振を抑制するため、回転軸部材の剛性を向上させる技術が提案されている。例えば特許文献1には、鉄を主成分とするマトリックス相中に4A族(チタン族)元素のホウ素化物を主成分とする強化相が分散した鉄基複合材料からなる高剛性部をもつ回転軸部材が記載されている。また、特許文献2には、鉄または鉄合金よりなるマトリックスと、該マトリックス中に分散保持された4A族元素のホウ素化物と、を含む高剛性鋼が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-234918号公報
【文献】特開2001-59146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の鉄基複合材料及び特許文献2の高剛性鋼は、鋼材の剛性を従来よりも高めるために、鋼材中に4A族元素のホウ素化物を析出させている。しかし、このホウ素化物は、鋼材の剛性を高める一方で、被削性を低下させる作用を有している。それ故、特許文献1の鉄基複合材料及び特許文献2の高剛性鋼は、溶製法によって作製された従来の鋼材に比べて被削性に劣るという問題がある。
【0007】
また、特許文献1の鉄基複合材料及び特許文献2の高剛性鋼は、粉末冶金法によって作製されている。しかし、粉末冶金法は、溶製法に比べて製造に要するコストが高いため、回転軸部材の大量生産には適していない。
【0008】
このように、特許文献1の鉄基複合材料及び特許文献2の高剛性鋼は、被削性及び製造コストの面で未だ改善の余地がある。それ故、回転軸部材としては、溶製法によって作製された従来の鋼材が使用されているのが実情である。
【0009】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、溶製法によって作製することができ、高い剛性、強度及び靭性を備え、被削性に優れたFe基合金及びその製造方法並びにこのFe基合金からなる回転軸部材を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様は、Cr(クロム):10.0~20.0at%、W(タングステン):3.5at%以下、Si(シリコン):7.0at%以下、C(炭素):4.0at%以下、B(ホウ素):5.5~15.0at%を含み、残部がFe(鉄)及び不可避的不純物からなり、かつ、
下記式(1)で表される指数R1が12.0以上であり、
下記式(2)で表される指数R2が9.0以上である化学成分を有し、
230GPa以上のヤング率を有している、Fe基合金にある。
式(1):R1=0.2[Cr]+1.2[C]+1.2[B]+0.8[W]+0.5[Mo]
式(2):R2=[B]+[W]
(但し、上記式(1)及び式(2)における[M]は元素Mの含有量(at%)である。)
【発明の効果】
【0011】
前記Fe基合金におけるCr、W、Si、C、Bの含有量は、それぞれ前記特定の範囲である。また、前記Fe基合金は、前記各元素の含有量を前記特定の範囲とした上で、更に、前記式(1)で表される指数R1及び前記式(2)で表される指数R2が前記特定の範囲となる化学成分を有している。このように、単に各元素の範囲を規定するだけではなく、各元素の含有量の組み合わせによって算出される指数R1及び指数R2の範囲を規定することにより、回転軸部材用として好適な強度及び靭性を実現しつつ、従来よりも剛性を向上させることができる。更に、前記特定の化学成分を有するFe基合金は、溶製法によって容易に作製することができる。
【0012】
それ故、前記の態様によれば、溶製法によって作製することができ、高い剛性、強度及び靭性を備え、被削性に優れたFe基合金を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例における、試験材のヤング率と指数R1との相関関係を表す説明図である。
図2】実施例における、引張試験片の平面図である。
図3】実施例における、被削性の評価において切削加工を行った後の円柱状試験片の平面図である。
図4】実施例における、切削加工後のチップの逃げ面を走査型電子顕微鏡にて観察した図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
前記Fe基合金の化学成分及びその限定理由について説明する。
【0015】
・Cr(クロム):10.0~20.0at%
前記Fe基合金は、必須成分として、Crを含有している。Crは、Fe母相を強化する作用を有している。Fe基合金中のCrの含有量を前記特定の範囲とすることにより、Fe母相のヤング率を向上させ、ひいてはFe基合金の剛性を向上させることができる。また、この場合には、Fe基合金の強度を向上させることもできる。
【0016】
Crの含有量が10.0at%未満の場合には、CrによるFe母相の強化が不十分となり、Fe基合金の剛性及び強度の低下を招くおそれがある。Crの含有量が20.0at%を超える場合には、Fe基合金の剛性を向上させることができる一方で、強度の低下を招くおそれがある。
【0017】
・B(ホウ素):5.5~15.0at%
前記Fe基合金は、必須成分として、Bを含有している。Bは、他の元素とともにFe母相中に析出し、Fe基合金を強化する作用を有している。Fe基合金中のBの含有量を前記特定の範囲とすることにより、Fe母相のヤング率を向上させ、ひいてはFe基合金の剛性を向上させることができる。
【0018】
Bの含有量が5.5at%未満の場合には、Bを含む析出物によるFe母相の強化が不十分となり、Fe基合金の剛性の低下を招くおそれがある。Bの含有量が15.0at%を超える場合には、Bを含む析出物の析出量が過度に多くなり、かえってFe基合金の被削性の低下を招くおそれがある。
【0019】
・Mo(モリブデン):7.0at%以下、W(タングステン):3.5at%以下
前記Fe基合金は、任意成分として、Mo及びWのうち少なくとも1種を含有していてもよい。これらの元素は、他の元素とともにFe母相中に析出し、Fe基合金を強化する作用を有している。Fe基合金中のMoの含有量及びWの含有量をそれぞれ前記特定の範囲とすることにより、Fe基合金の強度をより向上させることができる。なお、前述した「Mo:7.0at%以下」という概念には、Moの含有量が0%である場合が包含される。同様に、「W:3.5at%以下」という概念には、Wの含有量が0%である場合が包含される。Moの含有量またはWの含有量が前記特定の範囲を超える場合には、これらの元素を含む析出物の析出量が過度に多くなり、かえってFe基合金の被削性の低下を招くおそれがある。
【0020】
・Si(シリコン):7.0at%以下
前記Fe基合金は、任意成分として、Siを含有していてもよい。Siは、Fe母相中に固溶し、Fe基合金を強化する作用を有している。Fe基合金中のSiの含有量を前記特定の範囲とすることにより、Fe基合金の強度をより向上させることができる。なお、前述した「Si:7.0at%以下」という概念には、Siの含有量が0%である場合が包含される。Siの含有量が前記特定の範囲を超える場合には、Fe基合金が過度に強化され、かえって靭性の低下を招くおそれがある。
【0021】
・C(炭素)4.0at%以下
前記Fe基合金は、任意成分として、Cを含有していてもよい。Cは、Bと同様に、他の元素とともにFe母相中に析出し、Fe基合金を強化する作用を有している。Fe基合金中のCの含有量を前記特定の範囲とすることにより、Fe母相のヤング率をより向上させ、ひいてはFe基合金の剛性をより向上させることができる。また、この場合には、Fe基合金の強度をより向上させることもできる。なお、前述した「C:4.0at%以下」という概念には、Cの含有量が0%である場合が包含される。Cの含有量が4.0at%を超える場合には、Cを含む析出物の析出量が過度に多くなり、かえってFe基合金の被削性の低下を招くおそれがある。
【0022】
・Ti(チタン):2.5at%未満
前記Fe基合金は、任意成分として、Tiを含有していてもよい。しかし、Tiは、他の元素とともにFe母相中に析出しやすい。Tiの含有量が過度に多くなると、Fe母相中にTiを含む析出物が多数形成され、Fe基合金の被削性の著しい低下を招くおそれがある。Tiの含有量を2.5at%未満に規制することにより、かかる問題を回避することができる。同様の観点から、Tiの含有量は、2.0at%以下とすることがより好ましく、1.0at%以下とすることがさらに好ましく、0.5at%以下とすることがさらに好ましく、0.05at%以下とすることが特に好ましい。なお、前述した「Ti:2.5at%未満」という概念には、Tiの含有量が0%である場合が包含される。
【0023】
・その他の元素
前記Fe基合金中には、剛性、被削性、強度及び靭性を損なわない範囲であれば、前述した元素以外の元素が含まれていてもよい。通常、Fe基合金中の元素の含有量が不可避的不純物としての量を超えない程度であれば、Fe基合金の剛性、被削性、強度及び靭性が損なわれることはない。
【0024】
・指数R1、R2
前記Fe基合金は、前述したように各元素の含有量を規定した上で、更に、前記式(1)で表される指数R1が12.0以上であり、前記式(2)で表される指数R2が9.0以上である化学成分を有している。
式(1):R1=0.2[Cr]+1.2[C]+1.2[B]+0.8[W]+0.5[Mo]
式(2):R2=[B]+[W]
【0025】
但し、上記式(1)及び式(2)における[M]は元素Mの含有量(at%)である。
【0026】
前記式(1)は、各元素の含有量と、剛性の指標となるヤング率との相関関係を表す式であり、前記式(2)は、各元素の含有量と、強度の指標となる耐力との相関関係を表す式である。前記式(1)及び前記式(2)は、種々の化学成分を有するFe基合金を多数準備し、これらのFe基合金のヤング率及び耐力を測定した上で、各元素の含有量とこれらの物性値との相関関係を統計的手法によって導き出すことにより決定された。
【0027】
前記Fe基合金における指数R1の値を12.0以上とすることにより、Fe基合金のヤング率を高め、ひいてはFe基合金の剛性を高めることができる。Fe基合金の剛性をより高める観点からは、指数R1の値を14.0以上とすることが好ましく、16.0以上とすることがより好ましく、18.0以上とすることがさらに好ましい。指数R1の値が12.0未満の場合には、Fe基合金の剛性の低下を招くおそれがある。
【0028】
Fe基合金の剛性を高める観点からは、指数R1の値は上限を有しない。また、指数R1の値は、式(1)中の各元素の含有量が最大である場合に最大となる。それ故、前記Fe基合金における指数R1は、最小値である12.0から前述した最大値、つまり33.1までの範囲内の値を採り得る。
【0029】
しかし、前記Fe基合金中に含まれるFe以外の元素の含有量が過度に多くなると、材料コストの増大を招くおそれがある。Fe基合金の剛性を向上する効果を得つつ材料コストの増大を回避する観点からは、指数R1の値を20.0以下とすることが好ましく、19.5以下とすることがより好ましく、19.0以下とすることがさらに好ましい。
【0030】
また、前記Fe基合金における指数R2の値を9.0以上とすることにより、Fe基合金の強度を高めることができる。指数R2の値が9.0未満の場合には、Fe基合金の強度の低下を招くおそれがある。
【0031】
Fe基合金の強度を高める観点からは、指数R2の値は上限を有しない。また、指数R2の値は、式(2)中の各元素の含有量が最大である場合に最大となる。それ故、前記Fe基合金における指数R2は、最小値である9.0から前述した最大値、つまり18.5までの範囲内の値を採り得る。
【0032】
しかし、前記Fe基合金中に含まれるFe以外の元素の含有量が過度に多くなると、材料コストの増大を招くおそれがある。Fe基合金の強度を向上する効果を得つつ材料コストの増大を回避する観点からは、指数R2の値を15.0以下とすることが好ましく、14.0以下とすることがより好ましく、13.0以下とすることがさらに好ましい。
【0033】
・ヤング率:230GPa以上
前記Fe基合金は、230GPa以上のヤング率を有している。そのため、前記Fe基合金の剛性をより向上させることができる。それ故、前記Fe基合金からなる回転軸部材を高速で回転させた際に、遠心力による振れや共振をより効果的に抑制することができる。回転軸部材の振れや共振をより効果的に抑制する観点からは、前記Fe基合金は、235GPa以上のヤング率を有していることがより好ましく、240GPa以上のヤング率を有していることがさらに好ましい。
【0034】
・耐力:700MPa以上
前記Fe基合金は、700MPa以上の耐力を有していることが好ましい。この場合には、前記Fe基合金の強度をより向上させることができる。それ故、前記Fe基合金からなる回転軸部材を高速で回転させた際に、遠心力による塑性変形をより効果的に抑制することができる。回転軸部材の塑性変形をより効果的に抑制する観点からは、前記Fe基合金は、740MPa以上の耐力を有していることがより好ましく、780MPa以上の耐力を有していることがさらに好ましい。
【0035】
・伸び:1.0%以上
前記Fe基合金は、1.0%以上の伸びを有していることが好ましい。この場合には、前記Fe基合金の被削性及び使用中の信頼性をより向上させることができる。回転軸部材の被削性及び使用中の信頼性をより向上させる観点からは、前記Fe基合金は、2.0%以上の伸びを有していることがより好ましく、3.0%以上の伸びを有していることがさらに好ましい。
【0036】
・被削性
前記Fe基合金は、超硬合金からなる切削工具を用いてSCM453からなる基準合金の切削加工を行った際の前記切削工具における逃げ面の摩耗量を基準とした場合における、前記Fe基合金の切削加工を行った際の前記逃げ面の比摩耗量が30倍以下となる被削性を有していることが好ましい。この場合には、切削加工時の加工コストの増加を抑制することができる。回転軸部材の被削性をより向上させる観点からは、前記Fe基合金における比摩耗量は基準合金における摩耗量の28倍以下であることがより好ましく、25倍以下であることがさらに好ましい。
【0037】
前記Fe基合金は、例えば、Cr:10.0~20.0at%、W:3.5at%以下、Si:7.0at%以下、C:4.0at%以下、B:5.5~15.0at%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、前記式(1)で表される指数R1が12.0以上であり、前記式(2)で表される指数R2が9.0以上である化学成分を有する溶湯から鋳塊を作製する鋳造工程と、
前記鋳塊に熱間加工を施す熱間加工工程と、を有する、Fe基合金の製造方法により作製することができる。
【0038】
鋳造工程においては、まず、前述した各元素を、単体、混合物または化合物の形態でFeの溶湯中に添加し、溶湯の化学成分を前記特定の範囲に調整する。例えば、Cr源としては、例えば、単体Cr、フェロクロム及びCrB2等を採用することができる。Mo源としては、例えば、単体Mo等を採用することができる。W源としては、例えば、単体W等を採用することができる。Si源としては、例えば、単体Si等を採用することができる。C源としては、例えば、単体C及びB4C等を採用することができる。B源としては、例えば、CrB2及びB4C等を採用することができる。
【0039】
次いで、前記特定の化学成分を有する溶湯から鋳塊を作製する。鋳造方法は特に限定されることはない。熱間加工工程においては、鋳造工程により得られた鋳塊に熱間圧延や熱間鍛造等の熱間加工を行う。熱間加工工程における加工回数は、1回であってもよいし、複数回であってもよい。加工回数が複数回である場合には、加工途中のインゴットに再加熱などの熱処理を行うこともできる。
【0040】
熱間加工工程が完了した後、必要に応じて、展伸材に溶体化処理等の熱処理を行ってもよい。また、展伸材に時効処理を行うこともできる。熱間加工によって所望する形状の展伸材が得られる場合には、展伸材をそのままFe基合金として利用することができる。また、熱間加工によって得られた展伸材に、冷間加工、熱処理及び切削加工等を適宜組み合わせて行うことにより、展伸材を所望の形状に成形することもできる。
【実施例
【0041】
前記Fe基合金の実施例を説明する。なお、前記Fe基合金の態様は以下の実施例の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。
【0042】
本例では、まず、表1に示す化学成分を有する溶湯から、直径40mm、長さ90mmの円柱状を呈する鋳塊を作製した。なお、表1中の「B源の形態」欄には、鋳造時に使用した化合物を記載した。また、表1中に示した記号「Bal.」は、残部を示す記号である。
【0043】
次いで、得られた鋳塊に熱間加工としての熱間圧延を行う熱間加工工程を実施した。本例の熱間圧延においては、まず、インゴットを1100℃の温度に10分間保持した。その後、インゴットに溝ロールを用いた圧延を繰り返し行った。また、溝ロールによる圧延を3回行うごとに展伸材を1100℃の温度まで再加熱した。より具体的には、以下の順序で加熱と圧延とを行うことにより、12.9mm×12.9mmの角棒状を呈する展伸材を作製した。なお、下記の記載内におけるカッコ内の数値は、圧延後の展伸材の断面形状における一辺の長さである。
【0044】
1100℃保持→圧延(38.2mm)→圧延(35.0mm)→圧延(31.7mm)→再加熱→圧延(28.7mm)→圧延(25.9mm)→圧延(23.5mm)→再加熱→圧延(21.3mm)→圧延(19.3mm)→圧延(17.5mm)→再加熱→圧延(15.8mm)→圧延(14.3mm)→圧延(12.9mm)
【0045】
熱間圧延を行った後、展伸材を1100℃の温度に1時間保持して溶体化処理を行った。溶体化処理の後、展伸材を一旦水冷し、次いで600~700℃の温度に40~100時間保持して時効処理を行った。以上により、表1に示す試験材A1~A25を作製した。なお、試験材A1~A25の化学成分は、溶湯の化学成分と同一と推定される。
【0046】
得られた試験材A1~A25を用い、以下の方法により剛性、強度、靭性及び被削性の評価を行った。
【0047】
・剛性の評価
試験材に切削加工を施し、長さ60.0±0.05mm、幅10.0±0.05mm、厚み2.0±0.05mmの板状試験片を作製した。この板状試験片のヤング率を共振法によって測定した。なお、ヤング率の測定は、室温下において行った。各試験材のヤング率は、表1に示す通りであった。
【0048】
また、図1に、各試験材における、前記式(1)により算出される指数R1とヤング率との相関関係を表すプロットを示した。図1の縦軸はヤング率(GPa)であり、横軸は指数R1の値である。図1に示したように、試験材のヤング率は、指数R1の値が大きくなるほど高くなっている傾向があることが理解できる。
【0049】
・強度及び靭性の評価
試験材に切削加工を施し、図2に示す形状を有する引張試験片1を作製した。引張試験片1の全長Ltは40mmであり、その両端に、M8×1.25の雄ネジが切られた雄ネジ部11を有している。各雄ネジ部11の長さは8mmである。
【0050】
引張試験片1の長手方向における中央には、直径4±0.05mmの円柱状を呈する平行部12が配置されている。平行部12の長さLcは16mmであり、原標点距離Loは14mmである。平行部12と各雄ネジ部11との間は、平行部12から雄ネジ部11へ向かうにつれて緩やかに拡開するテーパ部13によって接続されている。テーパ部13は、引張試験片1を径方向外方から視た平面視における曲率半径Rが5mm以上となるように湾曲している。
【0051】
JIS Z2241:2011に準じた方法により、室温下において引張試験片1の引張試験を行った。そして、得られた応力-歪曲線に基づき、耐力及び伸びの値を算出した。各試験材の耐力及び伸びの値は、表1に示した通りであった。
【0052】
・被削性の評価
各試験材に切削加工を施し、直径12mm、長さ125mmの円柱状試験片2を作製した。次いで、超硬合金製のチップを備えた切削工具を用い、図3に示すように円柱状試験片2の先端21から長さ95mmの範囲に亘って切削加工を行い、切削部22を形成した。切削部22の直径が6mmに達した時点で切削加工を終了した。そして、図4に一例を示すように、チップ3の逃げ面31を電子顕微鏡により観察した。
【0053】
図4に示すように、切削加工後のチップ3における逃げ面31とすくい面32との間には、摩耗痕33が形成されていた。本例においては、逃げ面31とすくい面32との境界311を基準としたときの逃げ面31側への摩耗痕33の延出量wを、切削加工における逃げ面31の摩耗量とした。
【0054】
また、試験材からなる円柱状試験片2とは別に、基準合金としてのSCM453からなる円柱状試験片2を準備し、上記と同様の方法により切削加工を行った。そして、チップ3の摩耗痕33を電子顕微鏡により観察し、切削加工による逃げ面31の摩耗量を測定した。
【0055】
以上により得られた試験材の切削加工における逃げ面31の摩耗量(μm)を、基準合金の切削加工における逃げ面31の摩耗量(μm)で除することにより、試験材の切削加工における逃げ面31の比摩耗量(倍)を算出した。各試験材における逃げ面31の比摩耗量は、表1に示した通りであった。
【0056】
【表1】
【0057】
表1に示したように、試験材A1~A6は、各成分の含有量が前記特定の範囲内であることに加え、指数R1及び指数R2の値がそれぞれ前記特定の範囲を満たす化学成分を有している。これらの試験材は、高い剛性、強度及び靭性を備え、被削性に優れていた。
【0058】
試験材A7における指数R1の値は前記特定の範囲よりも小さく、試験材A7のB量は前記特定の範囲よりも少ない。そのため、試験材A7のヤング率及び耐力は試験材A1~A6に比べて低かった。
【0059】
試験材A8、A9、A11のCr量は前記特定の範囲よりも少ない。また、これらの試験材における指数R1の値及び指数R2の値は前記特定の範囲よりも小さい。そのため、これらの試験材のヤング率及び耐力は試験材A1~A6に比べて低かった。
【0060】
試験材A10の指数R2の値は前記特定の範囲であるものの、指数R1の値は前記特定の範囲よりも小さく、また、Cr量は前記特定の範囲よりも少ない。そのため、試験材A10のヤング率及び耐力は試験材A1~A6に比べて低かった。
【0061】
試験材A12、A14、A18における指数R2の値は前記特定の範囲よりも小さい。そのため、これらの試験材の耐力は試験材A1~A6に比べて低かった。なお、これらの試験材における指数R1の値は前記特定の範囲内であったため、これらの試験材のヤング率は試験材A1~A6と同等となった。また、試験材A1と試験材A12との比較から、Wの添加によってFe基合金の強度の向上が可能であることが理解できる。
【0062】
試験材A13における指数R2の値は前記特定の範囲よりも小さく、Ti量は前記特定の範囲よりも多い。そのため、試験材A13の耐力は試験材A1~A6に比べて低く、更に比摩耗量は試験材A1~A6に比べて大きかった。なお、試験材A13における指数R1の値は前記特定の範囲であったため、試験材A13のヤング率は試験材A1~A6と同等となった。
【0063】
試験材A15のTi量は前記特定の範囲よりも多い。そのため、試験材A15の比摩耗量は試験材A1~A6に比べて大きかった。なお、試験材A15における指数R1の値は前記特定の範囲内であったため、試験材A15のヤング率は試験材A1~A6と同等となった。また、試験材A15における指数R2の値は前記特定の範囲よりも小さいものの、試験材A15の耐力は試験材A1~A6と同等であった。これは、試験材A15中に添加したMo、Si及びC等の添加元素の総量が比較的多く、これらの元素によって試験材A15が強化されたためと考えられる。
【0064】
試験材A16、A17における指数R2の値は前記特定の範囲よりも小さい。そのため、これらの試験材の耐力は試験材A1~A6に比べて低かった。なお、試験材A16、A17における指数R1の値は前記特定の範囲内であったため、これらの試験材のヤング率は試験材A1~A6と同等となった。また、試験材A16と試験材A17との比較から、Siの添加によってFe基合金の強度の向上が可能であることが理解できる。
【0065】
試験材A19のC量は前記特定の範囲よりも多く、B量は前記特定の範囲よりも小さい。また、試験材A19における指数R2の値は前記特定の範囲よりも小さい。そのため、試験材A19の比摩耗量は試験材A1~A6に比べて大きく、また、試験材A19の耐力は試験材A1~A6に比べて低かった。なお、試験材A19における指数R1の値は前記特定の範囲内であったため、試験材A19のヤング率は試験材A1~A6と同等となった。
【0066】
試験材A20、A22、A24のTi量は前記特定の範囲よりも多い。そのため、これらの試験材の比摩耗量は試験材A1~A6に比べて大きかった。なお、試験材A20、A22、A24における指数R1の値及び指数R2の値は前記特定の範囲内であったため、これらの試験材のヤング率及び耐力は試験材A1~A6と同等となった。
【0067】
試験材A21のCr量は前記特定の範囲よりも多く、指数R2の値は前記特定の範囲よりも小さい。それ故、試験材A21の耐力は試験材A1~A6に比べて低かった。なお、試験材A21における指数R1の値は前記特定の範囲内であったため、試験材A21のヤング率は試験材A1~A6と同等となった。
【0068】
試験材A23における指数R2の値は前記特定の範囲よりも小さく、Mo量及びTi量は前記特定の範囲よりも多い。そのため、試験材A23の比摩耗量は試験材A1~A6に比べて大きく耐力は試験材A1~A6に比べて低かった。なお、試験材A23における指数R1の値は前記特定の範囲内であったため、試験材A23のヤング率は試験材A1~A6と同等となった。
【0069】
試験材A25のCr量は前記特定の範囲よりも多く、指数R2の値は前記特定の範囲よりも小さい。それ故、これらの試験材の耐力は試験材A1~A6に比べて低かった。なお、試験材A25における指数R1の値は前記特定の範囲内であったため、試験材A25のヤング率は試験材A1~A6と同等となった。更に、試験材A25は、Cr量が多く、指数R2の値が小さい試験材A21に比べてMo、Si及びC等の添加元素の総量が多い。そのため、試験材A25は、試験材A21よりも比摩耗量が大きくなった。
【0070】
以上の結果から、前記特定の化学成分を有するFe基合金は、回転軸部材の素材として好適であることが理解できる。
【符号の説明】
【0071】
1 引張試験片
2 円柱状試験片
図1
図2
図3
図4