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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-07
(45)【発行日】2022-03-15
(54)【発明の名称】液体中の含硫黄化合物の除去方法
(51)【国際特許分類】
   C12G 3/022 20190101AFI20220308BHJP
   C12G 3/00 20190101ALI20220308BHJP
   C12H 1/00 20060101ALI20220308BHJP
   B01J 20/02 20060101ALI20220308BHJP
   B01D 15/00 20060101ALI20220308BHJP
   B65D 25/14 20060101ALI20220308BHJP
   B65D 23/02 20060101ALI20220308BHJP
【FI】
C12G3/022 119Z
C12G3/00
C12H1/00
B01J20/02 A
B01J20/02 C
B01D15/00 K
B65D25/14 Z
B65D23/02 Z
【請求項の数】 24
(21)【出願番号】P 2016036069
(22)【出願日】2016-02-26
(65)【公開番号】P2016163880
(43)【公開日】2016-09-08
【審査請求日】2019-01-25
(31)【優先権主張番号】P 2015037904
(32)【優先日】2015-02-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】301025634
【氏名又は名称】独立行政法人酒類総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】徳永 信
(72)【発明者】
【氏名】石田 玉青
(72)【発明者】
【氏名】山本 裕典
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 貴之
(72)【発明者】
【氏名】村山 美乃
(72)【発明者】
【氏名】刀禰 美沙紀
(72)【発明者】
【氏名】磯谷 敦子
(72)【発明者】
【氏名】藤井 力
【審査官】小川 慶子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/098733(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/125847(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/113445(WO,A1)
【文献】特開2012-16321(JP,A)
【文献】特開2013-169191(JP,A)
【文献】特開2009-178087(JP,A)
【文献】特表2003-506469(JP,A)
【文献】Pharmaceutical Chemistry Journal,1999年,Vol.33,No.9,p.470-472
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12G 1/00-3/00
C12H 1/00
B01D 15/00-15/42
B01J 20/00-20/34
C02F 1/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
後周期遷移金属の微粒子を飲料と接触させることを含む、飲料中のポリスルフィドの除去方法であって、前記後周期遷移金属は、金、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、及びイリジウムからなる群より選択される少なくとも1種である、方法。
【請求項2】
前記微粒子が担体上に担持された形態にある、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記担体は、ケイ素材料、炭素材料、金属酸化物、粘土、合成又は天然ポリマー、炭酸塩、多孔性配位高分子及び窒化ホウ素からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記担体は、活性炭、ベントナイト、活性白土、珪藻土、シリカ、シリカ-アルミナ、アルミノケイ酸塩、キトサン、モンモリロナイト、フィチン酸、寒天、ゼラチン、アルギン酸ナトリウム、カラギナン、微小繊維状セルロース、小麦粉、グルテン、卵白、柿タンニン、タンニン、ポリビニルピロリドン、木材チップ、コラーゲン、パパイン、プロテアーゼ、ペクチナーゼ、ヘミセルラーゼ、エンドウたんぱく、β-グルカナーゼ、及びカゼイン又はカゼインナトリウムからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項2記載の方法。
【請求項5】
前記微粒子は、平均粒径が50nm以下である、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記ポリスルフィドがジメチルトリスルフィド又はジメチルジスルフィドである、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記飲料がアルコール飲料である、請求項1ないし6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項に記載の方法により、飲料中のポリスルフィドを除去することを含む、飲料の硫化物様のオフフレーバーを低減する方法。
【請求項9】
請求項1ないし7のいずれか1項に記載の方法により、飲料中のポリスルフィドを除去することを含む、硫化物様のオフフレーバーが低減された飲料の製造方法。
【請求項10】
前記飲料がアルコール飲料である請求項9記載の方法。
【請求項11】
担体上に担持された後周期遷移金属の微粒子を清酒と接触させることを含む、清酒中のポリスルフィドの除去方法であって、前記後周期遷移金属は、金、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、及びイリジウムからなる群より選択される少なくとも1種であり、前記微粒子の平均粒径が10nm以下である、方法。
【請求項12】
前記担体は、ケイ素材料、炭素材料、金属酸化物、粘土、合成又は天然ポリマー、炭酸塩、多孔性配位高分子及び窒化ホウ素からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項11記載の方法。
【請求項13】
前記担体は、活性炭、ベントナイト、活性白土、珪藻土、シリカ、シリカ-アルミナ、アルミノケイ酸塩、キトサン、モンモリロナイト、フィチン酸、寒天、ゼラチン、アルギン酸ナトリウム、カラギナン、微小繊維状セルロース、小麦粉、グルテン、卵白、柿タンニン、タンニン、ポリビニルピロリドン、木材チップ、コラーゲン、パパイン、プロテアーゼ、ペクチナーゼ、ヘミセルラーゼ、エンドウたんぱく、β-グルカナーゼ、及びカゼイン又はカゼインナトリウムからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項11記載の方法。
【請求項14】
前記ポリスルフィドがジメチルトリスルフィド又はジメチルジスルフィドである、請求項11ないし13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
請求項11ないし14のいずれか1項に記載の方法により、清酒中のポリスルフィドを除去することを含む、清酒の老香を低減する方法。
【請求項16】
請求項11ないし14のいずれか1項に記載の方法により、清酒中のポリスルフィドを除去することを含む、老香が低減された清酒の製造方法。
【請求項17】
後周期遷移金属の微粒子を含む、飲料中のポリスルフィドの吸着剤であって、前記後周期遷移金属は、金、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、及びイリジウムからなる群より選択される少なくとも1種である、吸着剤。
【請求項18】
前記微粒子が担体上に担持された形態にある、請求項17記載の吸着剤。
【請求項19】
前記ポリスルフィドがジメチルトリスルフィド又はジメチルジスルフィドである、請求項17又は18記載の吸着剤。
【請求項20】
前記飲料がアルコール飲料である、請求項17ないし19のいずれか1項に記載の吸着剤。
【請求項21】
担体上に担持された後周期遷移金属の微粒子を含む、清酒中のポリスルフィドの吸着剤であって、前記後周期遷移金属は、金、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、及びイリジウムからなる群より選択される少なくとも1種であり、前記微粒子の平均粒径が10nm以下である、吸着剤。
【請求項22】
前記ポリスルフィドがジメチルトリスルフィド又はジメチルジスルフィドである、請求項21記載の吸着剤。
【請求項23】
有機溶媒又は液体燃料中のポリスルフィドの除去方法であって、
金の微粒子を有機溶媒又は液体燃料と接触させることを含み、
前記金の微粒子は、シリカ担体上に担持された金担持シリカの形態にあり、該金担持シリカは、金の錯体を利用した含浸法で、担体に錯体を含浸させた後、乾燥させずにすぐに焼成処理に付すことにより調製されたものである、方法。
【請求項24】
シリカ担体上に担持された形態の金微粒子を含む、有機溶媒又は液体燃料中のポリスルフィドの吸着剤の製造方法であって、金とアミノ酸又はアミノ酸類似化合物との錯体の水溶液及びシリカ担体を撹拌混和して担体に錯体を含浸させた後、乾燥させずにすぐに焼成することを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体中の含硫黄化合物の除去方法、及び清酒の老香をはじめとする飲料の硫化物様のオフフレーバーを低減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジメチルトリスルフィド(DMTS)は清酒の貯蔵により生成する物質で、硫黄様、タマネギ様のにおいを呈する。清酒の劣化臭である老香の主要構成成分である(非特許文献1)。DMTSをはじめとする含硫黄化合物は、清酒以外の様々な飲料においても硫化物様のオフフレーバーの原因となりうる(非特許文献2、3)。近年清酒の人気は諸外国においても高まりを見せており、外国への輸出では輸送・貯蔵の期間が長期化することから、貯蔵中の清酒におけるDMTSの発生を抑制することはますます重要な課題となっている。
【0003】
老香の制御方法としては、例えば、低温貯蔵、溶存酸素濃度の制御(非特許文献4)が知られている。しかし、これらの手法は冷房設備や窒素置換装置といった設備が必要であり、製造した全ての清酒についてこうした老香制御を均一に行なうこととするとコストがかかる。
【0004】
その他、吸着剤処理による老香の制御方法として、シリカゲルを吸着剤として用いる方法(特許文献1)、脱アルミニウム処理したY型ゼオライトを吸着剤として用いる方法(特許文献2)等が知られている。しかしながら、これらの吸着剤は必ずしも老香の主要構成成分に特化したものではない。
【0005】
一方、金ナノ粒子を金属酸化物担体上に担持した金ナノ粒子触媒は、吸着脱硫剤として、液体燃料中の硫黄含有有機化合物、具体的にはチオフェン環を有する有機化合物の吸着除去に使用できることが知られている(特許文献3)。しかしながら、飲料中のポリスルフィド等の含硫黄化合物の除去については全く開示されていない。チオフェン環以外の硫黄含有有機化合物の吸着除去や、金以外の金属ナノ粒子の利用についても何ら具体的に開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第4908296号
【文献】特公平3-29385号公報
【文献】特許第5170591号
【非特許文献】
【0007】
【文献】日本醸造協会誌, 101, 125-131, 2006
【文献】J. Agric. Food Chem. 48, 6196-6199, 2000
【文献】J. Am. Soc. Brew. Chem. 56, 99-103, 1998
【文献】日本醸造協会誌, 94, 827-832, 1999
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、飲料を包含する各種の液体から、うま味成分や香気成分などのその他の成分を損なうことなく、DMTS等のポリスルフィドをはじめとする含硫黄化合物を特異的に除去することができ、特に清酒の老香を低コストで簡便に低減できる新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、ナノサイズ以下の後周期遷移金属の微粒子を吸着剤として用いることにより、酢酸イソアミルやカプロン酸エチル等の香気成分を損なうことなくDMTSを吸着除去できること、当該吸着剤によれば各種飲料のうま味・香気成分を損なうことなく硫化物様オフフレーバーの原因となる様々な含硫黄化合物を吸着除去できること、水系の液体のみならず親油性の有機化合物の液体からもDMTSの吸着除去が可能であることを見出し、本願発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、後周期遷移金属の微粒子を飲料と接触させることを含む、飲料中のポリスルフィドの除去方法であって、前記後周期遷移金属は、金、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、及びイリジウムからなる群より選択される少なくとも1種である、方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の飲料中のポリスルフィド除去方法により、飲料中のポリスルフィドを除去することを含む、飲料の硫化物様のオフフレーバーを低減する方法を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の飲料中のポリスルフィド除去方法により、飲料中のポリスルフィドを除去することを含む、硫化物様のオフフレーバーが低減された飲料の製造方法を提供する。さらに、本発明は、担体上に担持された後周期遷移金属の微粒子を清酒と接触させることを含む、清酒中のポリスルフィドの除去方法であって、前記後周期遷移金属は、金、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、及びイリジウムからなる群より選択される少なくとも1種であり、前記微粒子の平均粒径が10nm以下である、方法を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の清酒中のポリスルフィド除去方法により、清酒中のポリスルフィドを除去することを含む、清酒の老香を低減する方法を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の清酒中のポリスルフィド除去方法により、清酒中のポリスルフィドを除去することを含む、老香が低減された清酒の製造方法を提供する。さらに、本発明は、後周期遷移金属の微粒子を含む、飲料中のポリスルフィドの吸着剤であって、前記後周期遷移金属は、金、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、及びイリジウムからなる群より選択される少なくとも1種である、吸着剤を提供する。さらに、本発明は、担体上に担持された後周期遷移金属の微粒子を含む、清酒中のポリスルフィドの吸着剤であって、前記後周期遷移金属は、金、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、及びイリジウムからなる群より選択される少なくとも1種であり、前記微粒子の平均粒径が10nm以下である、吸着剤を提供する。さらに、本発明は、有機溶媒又は液体燃料中のポリスルフィドの除去方法であって、金の微粒子を有機溶媒又は液体燃料と接触させることを含み、前記金の微粒子は、シリカ担体上に担持された金担持シリカの形態にあり、該金担持シリカは、金の錯体を利用した含浸法で、担体に錯体を含浸させた後、乾燥させずにすぐに焼成処理に付すことにより調製されたものである、方法を提供する。さらに、本発明は、シリカ担体上に担持された形態の金微粒子を含む、有機溶媒又は液体燃料中のポリスルフィドの吸着剤の製造方法であって、金とアミノ酸又はアミノ酸類似化合物との錯体の水溶液及びシリカ担体を撹拌混和して担体に錯体を含浸させた後、乾燥させずにすぐに焼成することを含む、方法を提供する。

【発明の効果】
【0011】
本発明により、飲料のうま味成分や香気成分を損なうことなく、DMTS等のポリスルフィドをはじめとする含硫黄化合物を特異的に除去することができる手段が提供された。金や白金等の後周期遷移金属の微粒子は、酢酸イソアミルやカプロン酸エチル等の清酒の香気成分を損なうことなく、老香の主要構成成分であるDMTSを吸着除去することができる。従って、本発明によれば、うま味成分や香気成分を維持しつつ老香など硫化物様のオフフレーバーが低減された清酒等の飲料を提供することができる。また、本発明によれば、親油性の有機化合物の液体からもDMTSを吸着除去できるので、有機溶媒や液体燃料中の硫黄濃度を従来技術よりもさらに厳密に低減することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1-1】金/グリシン錯体を用いた含浸法(基準条件)により調製したAu担持シリカ(1 wt% Au/SiO2-(G-3))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図1-2】金/グリシン錯体を用いた含浸法(焼成時間を30分に変更)により調製したAu担持シリカ(1 wt% Au/SiO2-(G-7))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図1-3】金/グリシン錯体を用いた含浸法(焼成温度を200℃に変更)により調製したAu担持シリカ(1 wt% Au/SiO2-(G-8))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図1-4】市販のAu担持シリカ触媒(1 wt% Au/SiO2-(H))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図1-5】金/グリシン錯体を用いた含浸法(錯体溶解に水10 mL使用+エバポレーション乾燥)により調製したAu担持シリカ(1 wt% Au/SiO2-(G-1))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図1-6】金/グリシン錯体を用いた含浸法(シリカ担体をQ-3に変更)により調製したAu担持シリカ(1 wt% Au/SiO2-(G-9))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図1-7】DR法により調製したAu担持シリカ(0.5 wt% Au/SiO2-(DR))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図2-1】金/β-アラニン錯体を用いた含浸法により調製したAu担持シリカ(1 wt% Au/SiO2-(A))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図2-2】金/4-アミノ酪酸錯体を用いた含浸法により調製したAu担持シリカ(1 wt% Au/SiO2-(GABA))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図3-1】硝酸銀を用いた含浸法により調製したAg担持シリカAg担持シリカ(1 wt% Ag/SiO2)のDMTS吸着能を調べた結果である。
図3-2】塩化白金酸を用いた含浸法により調製したPt担持シリカ(1 wt% Pt/SiO2)のDMTS吸着能を調べた結果である。
図3-3】硝酸パラジウムを用いた含浸法により調製したPd担持シリカ(1 wt% Pd/SiO2)のDMTS吸着能を調べた結果である。
図4-1】金/β-アラニン錯体を用いてアルミニウム含有メソポーラスシリカ(Al-MCM41)担体上に金粒子を含浸担持させたAu担持アルミニウム含有メソポーラスシリカ(1 wt% Au/Al-MCM-41-(A))のDMTS吸着能を調べた結果である。
図4-2】金/β-アラニン錯体を用いてモンモリロナイト担体上に金粒子を含浸担持させたAu担持モンモリロナイト(1 wt% Au/Mont)のDMTS吸着能を調べた結果である。
図5】各種吸着剤で処理した清酒の官能評価の結果である。
図6-1】Au担持シリカのヘキサン中DMTS吸着能を調べた結果である(実験1回目)。
図6-2】Au担持シリカのヘキサン中DMTS吸着能を調べた結果である(実験2回目)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明では、液体中の含硫黄化合物を吸着除去する吸着剤として、後周期遷移金属の微粒子を用いる。
【0014】
含硫黄化合物とは、化学構造中に硫黄原子を含む化合物である。本発明で対象となる含硫黄化合物には、飲料や有機溶媒、液体燃料等の液体中に発生ないしは存在して、飲料においては硫化物様のオフフレーバーの原因となり得る、様々な含硫黄化合物が包含される。具体例として、ジメチルトリスルフィド(DMTS)及びジメチルジスルフィド(DMDS)等のポリスルフィドを挙げることができる。これらのポリスルフィド、特にDMTSは、清酒の劣化臭である老香の主要構成成分であることが知られており、また清酒以外のアルコール飲料を包含する様々な飲料においても、製造過程ないしは貯蔵中に発生して硫化物様のオフフレーバーの原因となることが知られている。また、液体燃料のサルファ―フリー化など、親油性の有機化合物の液体においても含硫黄化合物濃度を低減させる技術が求められている。液体を上記吸着剤で処理することで、液体中の含硫黄化合物を吸着除去することができ、飲料においては硫化物様のオフフレーバーを低減することができる。硫化物様オフフレーバー又は老香の低減という語には、これらの発生の防止も含まれる。
【0015】
本発明で対象となる液体には、無機系及び有機系の各種の液体が包含される。親油性の液体でもよいし、親水性の液体でもよい。1つの態様において、対象となる液体は飲料である。別の態様において、対象となる液体は有機溶媒である。さらなる他の態様において、対象となる液体は液体燃料である。
【0016】
飲料は特に限定されず、アルコール飲料でも非アルコール飲料でもよい。アルコール飲料としては、清酒、ワイン、ビール、ウイスキー、ブランデー、混成酒等の各種アルコール飲料が挙げられ、中でも特に好ましい例として清酒を挙げることができる。非アルコール飲料としては、野菜、果物等を原料としたジュース類、コーヒー、紅茶、日本茶、麦茶、中国茶、炭酸飲料等の各種の飲料を挙げることができる。
【0017】
有機溶媒の具体例としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、ナフタレン、フェノール、クレゾール、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、及びこれらのアルキル基等による置換体、並びにこれらの2種以上の混合物を挙げることができる。
【0018】
液体燃料には、各種の有機液体燃料が包含され、具体例としては、ガソリン、灯油、軽油、重油などの化石液体燃料、バイオエタノール、バイオディーゼル、バイオエチルtert-ブチルエーテル(バイオETBE)、バイオメタノール、バイオブタノールなどのバイオ液体燃料、並びにこれらの2種以上の混合物を挙げることができる。
【0019】
本発明において、後周期遷移金属には、金、銀、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、イリジウム、鉄、コバルト、ニッケル、銅、及び亜鉛が包含され、これらの金属のうちの少なくとも1種を使用可能である。中でも好ましく使用し得る金属として、金、銀、白金、及びパラジウムからなる群より選択される少なくとも1種、特に金を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0020】
後周期遷移金属の微粒子の粒子サイズ(粒子の直径)は、平均粒径が50nm以下、好ましくは30nm以下、例えば20nm以下、又は10nm以下であり得る。金属微粒子の平均粒径が小さいほど、含硫黄化合物DMTSの吸着能が高い傾向があることが、金粒子を用いた実験により確認されている(下記実施例参照)。もっとも、含硫黄化合物の吸着に特に適した粒子サイズは金属の種類に応じて異なり得るので、微粒子のサイズは適宜選択することができる。微粒子サイズの下限値は特に限定されず、金属原子1個~数個程度からなる粒子であっても含硫黄化合物の吸着に使用可能である。なお、後周期遷移金属の原子半径は概ね1.4~1.8Åである。
【0021】
なお、上記した粒子サイズは、透過型電子顕微鏡(TEM)による直接観察、又は粉末X線回折(XRD)により測定された結晶子径である。本発明においては、少なくともいずれか一方の方法で測定した粒子サイズが上記の範囲内であればよい。
【0022】
後周期遷移金属の微粒子は、担体上に担持された形態であってよい。担体の種類は特に限定されず、後周期遷移金属をナノサイズ以下の粒子状でその表面に担持することができる担体であればいかなるものであってもよい。本発明において使用可能な担体の具体例を挙げると、ケイ素材料(シリカ、シリカ-アルミナ、アルミノケイ酸塩等)、炭素材料(活性炭、及び各種の多孔性炭素材料等)、金属酸化物(酸化鉄、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化コバルト、酸化ジルコニウム、酸化セリウム、酸化マンガン、酸化亜鉛、酸化ニッケル、酸化マグネシウム、酸化タングステン等)、粘土(ベントナイト、活性白土、珪藻土、モンモリロナイト等)、合成又は天然ポリマー(各種の合成樹脂、ポリビニルピロリドン、キトサン、微小繊維状セルロース、タンニン、寒天、ゼラチン等)、炭酸塩(炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸バリウム等)、多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP、金属イオンとそれらを架橋する有機配位子とで構成される結晶性の高分子構造体であり、金属有機構造体(Metal-Organic Framework; MOF)とも呼ばれる)、窒化ホウ素等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0023】
飲料中の含硫黄化合物の除去ないしはオフフレーバーの低減に用いる場合には、必要に応じて、食品衛生法及び酒税法等の関連のある規制法令において飲料への使用が認められている担体を使用してもよい。そのような担体の具体例を挙げると、活性炭、ベントナイト、活性白土、珪藻土、シリカ、シリカ-アルミナ、アルミノケイ酸塩、キトサン、モンモリロナイト、フィチン酸、寒天、ゼラチン、アルギン酸ナトリウム、カラギナン、微小繊維状セルロース、小麦粉、グルテン、卵白、柿タンニン、タンニン、ポリビニルピロリドン、木材チップ、コラーゲン、パパイン、プロテアーゼ、ペクチナーゼ、ヘミセルラーゼ、エンドウたんぱく、β-グルカナーゼ、及びカゼイン又はカゼインナトリウムが挙げられる。これらの担体も本発明において好ましく使用し得る担体の例であるが、中でも飲料、とりわけ清酒の老香低減において特に好ましく使用し得る担体として、活性炭(ただし清酒に対してはケッチェンブラックを除く)、ベントナイト、活性白土、珪藻土、シリカ、シリカ-アルミナ、アルミノケイ酸塩、キトサン、及びモンモリロナイトから選択される少なくとも1種を挙げることができる。もっとも、清酒等の飲料に対して使用する場合であっても、例えば器具として認められる範囲においては、上記のような食品添加物として認可されている担体に限定されず、様々な担体を採用することができる。
【0024】
後周期遷移金属微粒子を担持させた担体は、いかなる形状・形態であってもよい。例えば、粉末状、顆粒状、ペレット状でもよいし、また飲料容器(酒瓶など)などの液体用容器の少なくとも内壁面に固定化された形態であってもよい。そのような液体用容器を用いることで、流通過程において含硫黄化合物を除去することも可能になる。例えば、製造後消費ないしは使用されるまでに液体中に発生する含硫黄化合物をも吸着除去し、飲料においては硫化物様のオフフレーバーの発生、清酒においては老香の発生を低減することができる。
【0025】
担体の比表面積は特に限定されないが、金属微粒子のサイズを小さくするためには比表面積が大きい多孔質の担体(例えば、概ね30m2/g程度以上、特に100m2/g程度以上)を好ましく使用し得る。比表面積の上限も特に限定されないが、通常3000m2/g程度以下である。
【0026】
後周期遷移金属の微粒子は触媒の分野で特によく知られており、該分野においては、担体上に担持させた形態にある金属微粒子触媒を製造するための様々な手法が知られている。具体的には、析出沈殿法、共同沈殿法、析出還元法、ゾル固定化法、固相混合法、気相グラフティング法、含浸法等を挙げることができる。金微粒子の担持に関しては、例えば国際公開公報WO 2012/144532に記載された方法も挙げることができる。本発明で含硫黄化合物の除去に用いる金属微粒子は、いかなる方法で製造されたものであってもよい。当業者であれば、用いる金属の種類に応じて適当な製造方法を選択し、本発明における条件を満たす金属微粒子を製造することができる。また、市販品の例として、ナノサイズの金属微粒子が金属酸化物などに担持された触媒の市販品が種々存在し、本発明においてはそのような市販品を使用することも可能である。
【0027】
含浸法は、担体上に後周期遷移金属の微粒子を担持させた材料を低コストで製造する好ましい方法の一つである。上述のWO 2012/144532に記載された方法も含浸法であり、酢酸金を用いて塩化物イオンフリーの含浸液を調製するという手法である。そのほか、下記実施例に記載されるように、後周期遷移金属にアミノ酸又はアミノ酸類似化合物(これらをまとめて「アミノ酸系化合物」ということがある)が配位した金属/アミノ酸系化合物錯体を用いて含浸液を調製することも可能である。
【0028】
後周期遷移金属/アミノ酸系化合物錯体は、アミノ酸又はアミノ酸類似化合物を塩基性のアルコール水溶液溶媒中に溶解し、これに後周期遷移金属の可溶性化合物のアルコール水溶液を添加し、さらにアルコールを加えて錯体を析出させ、これを回収し適宜アルコールで再沈殿後に洗浄することにより調製することができる。後周期遷移金属の可溶性化合物は、金の場合は塩化金酸、白金の場合は塩化白金酸、硝酸白金、パラジウムの場合は塩化パラジウム、硝酸パラジウム等を挙げることができる。なお、後周期遷移金属/アミノ酸錯体として、金とグリシン、ヒスチジン、及びトリプトファンとの錯体が知られている(Pharmaceutical Chemistry Journal, 1999, vol.33, No.9, p.11-13)。
【0029】
錯体調製に使用可能なアミノ酸の種類は特に限定されない。代表的な例としては、天然のタンパク質を構成する20種のα-アミノ酸が挙げられるが、これらに限定されず、β-、γ-及びδ-アミノ酸も包含される。また、アミノ酸はD体でもL体でもよい。具体例を挙げると、アルギニン、ヒスチジン、リジン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、グリシン、ロイシン、バリン、イソロイシン、セリン、スレオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、シスチン又はシステイン、グルタミン、アスパラギン、プロリン、メチオニン、β-アラニン、γ-アミノ酪酸(4-アミノ酪酸)、カルニチン、γ-アミノレブリン酸、γ-アミノ吉草酸、δ-アミノ吉草酸(5-アミノ吉草酸)、ε-アミノカプロン酸(6-アミノカプロン酸)などが挙げられる。
【0030】
錯体調製に使用可能なアミノ酸類似化合物も、アミノ酸に類似した構造を有する限り特に限定されない。アミノ酸類似化合物の例としては、
アミノ酸分子の少なくとも1個(例えば全部、又は1個若しくは2個、又は1個)のアミノ基がスルフヒドリル基に置き換わった化合物;
アミノ酸分子の少なくとも1個(例えば全部、又は1個若しくは2個、又は1個)のアミノ基に少なくとも1個のアルキル基が結合した化合物(アルキル基の炭素数は例えば1~5個、1~4個、1~3個、1個若しくは2個、又は1個);
アミノ酸分子の主鎖及び側鎖を構成する炭素原子の少なくとも1個(例えば1~5個、又は1~3個、又は1個若しくは2個、又は1個)が窒素原子、酸素原子及び硫黄原子から選択される少なくとも1つに置き換わった化合物;並びに
アミノ酸分子の主鎖及び側鎖を構成する炭素原子の少なくとも1個(例えば1~5個、1~4個、1~3個、1個若しくは2個、又は1個)に、アルキル基、水酸基及びハロゲン原子からなる群より選択される少なくとも1つが結合した化合物(アルキル基の炭素数は例えば1~5個、1~4個、1~3個、1個若しくは2個、又は1個)
等を挙げることができる。
【0031】
アミノ酸類似化合物の具体例としては、チオリンゴ酸(アスパラギン酸の-NH2基が-SH基に置き換わったアスパラギン酸類似化合物)、p-クロロフェニルアラニン(フェニル基のパラ位が塩素原子で置換されたフェニルアラニン類似化合物)、β-クロロアラニン(β炭素が塩素原子で置換されたアラニン類似化合物)、ヒドロキシプロリン(ヒドロキシル化されたプロリン、コラーゲン構成成分)、ヒドロキシリジン(ヒドロキシル化されたリジン、コラーゲン構成成分)、サルコシン(Nメチルグリシン、グリシンのアミノ基に1個のメチル基が結合したグリシン類似化合物)などを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0032】
後周期遷移金属/アミノ酸系化合物錯体の担体への含浸担持は、錯体を少量の水に溶解し、これに担体を添加して数分~数十分程度撹拌混和した後、100℃~600℃程度で数分~十数時間程度焼成することにより行なえばよい。錯体を利用した含浸法では、担体の種類は制限されず、通常は使用困難な酸性担体でも使用可能である。担体と錯体水溶液を撹拌混和して担体に錯体を含浸させた後、乾燥させずにすぐに焼成処理に付すことにより、担体上の金属微粒子のサイズを小さくすることができる。
【0033】
液体と接触させる後周期遷移金属微粒子の吸着剤は、複数種類を組み合わせて用いてもよい。例えば、同一の担体上に複数の金属微粒子が同時に担持されたものを用いてもよいし、同一種類の金属微粒子が異なる種類の担体に担持されたものを混合して用いてもよい。あるいは、異なる金属微粒子が同一種類又は異なる種類の担体に担持されたものを混合して用いてもよい。
【0034】
吸着剤による液体製品の処理は、液体製品の製造過程(典型的には最終工程)において実施してよい。また、液体製品の製造後、末端消費者に提供するまでの間に、液体製品を吸着剤と接触させる処理をおこなってもよく、これにより、液体製品の輸送・保管中に生じた含硫黄化合物をも除去することができる。さらにまた、上述したように、酒瓶などの飲料容器をはじめとする各種の液体用容器の少なくとも内壁に吸着剤を固定化したものを用いれば、容器内に液体を封入した後に発生した、ないしは封入時に混入した含硫黄化合物も吸着除去することができる。飲料に対しては、上記のように吸着剤を用いることで、製造過程で発生した硫黄化合物の他、輸送・貯蔵中に生じた硫黄化合物も除去することができ、これにより硫化物様オフフレーバーを低減することができる。
【実施例
【0035】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0036】
1.Au担持シリカ(Au/SiO2)を用いたDMTS吸着実験1
市販の金ナノ粒子触媒(ハルタゴールド社製の1wt% Au/SiO2、金粒子サイズ7.1 nm)、析出還元(DR)法により調製した金担持シリカ、及び金/アミノ酸錯体を用いた含浸法により調製したAu担持シリカを用いて、DMTS吸着実験を行なった。
【0037】
<Au担持シリカの調製>
(1) DR法
ナスフラスコに水250mL、シリカゲル990 mg、[Au(en)2Cl3]を11 mg加えた。0℃で30分撹拌した後、0.01 MのNaBH4 3.8 mLを10分かけてゆっくり滴下した。1時間撹拌した後、ろ取し、水で洗い、真空乾燥させた。得られたAu担持シリカAu/SiO2-(DR)の平均粒径(XDRにより測定)は11.0 nmであった。
【0038】
(2) 金/アミノ酸錯体を用いた含浸法
(2-1) 金/グリシン錯体の調製
ビーカー内で水酸化ナトリウム2.5 mmol、グリシン2.5 mmolを水2 mLに溶かし、エタノール3mLを加えた。フラスコで塩化金酸四水和物0.32 mmolを水1 mLに溶かし、エタノール4mLを加えた。フラスコの塩化金酸溶液をビーカーに加え、エタノール6 mLで洗い出した後、冷凍庫に一晩放置した。透明の上澄みを取り除き、少量の水で沈殿物を溶かし、エタノールで再沈殿させ、遠心分離器で上澄みを捨てた。エタノールで遠心洗浄を2回行った。金/グリシン錯体Au(gly)(OH)2をろ取し、真空乾燥させた。
【0039】
(2-2) 担体への金の含浸担持
金/グリシン錯体15 mgを乳鉢に入れ、水を0.5mL加えて溶かし、そこに990 mgのSiO2(富士シリシア化学、CARiACT Q-15、比表面積200m2/g)を加えて30分間撹拌混和した。その後、乾燥させずにすぐ空気焼成(300℃、4時間)を行ない、金粒子をSiO2上に担持させた。
【0040】
(2-3) 含浸担持の条件検討
上記(2-2)の条件を基準とし、条件を種々に変更して含浸担持の条件検討を行なった。検討した条件及びその結果(担持された金粒子の平均粒径、XRDにより測定)を併せて下記表1に示す。
【0041】
【表1】
【0042】
<DMTS吸着実験方法>
エタノールにDMTS及び内部標準のジエチレングリコールジメチルエーテルを加えて混合した。このうちの10μLをエタノール4 mLで希釈し、DMTS濃度を1.48×10-4 mmol(4.69 pm)に調整した。この溶液にAu/SiO2を加え、ガスクロマトグラフィー(GC)で吸着の様子を確認した。Au/SiO2の使用量は、Au/DMTS=15~20になるように調整した。
【0043】
<結果>
金ナノ粒子のサイズが小さい条件[1]、[3]及び[4]のAu/SiO2、並びに市販のAu/SiO2(ハルタゴールド、Au/SiO2-(H))を用いて吸着実験を行なった結果を図1-1~図1-4に示す。また金ナノ粒子がやや大きい条件[2]及び[5]のAu/SiO2、並びにDR法のAu/SiO2を用いて吸着実験を行なった結果を図1-5~図1-7に示す。担体上に担持された金粒子のサイズが小さいほどDMTSの吸着能が高い傾向が認められた。金箔で吸着実験を行なったところ、DMTSは全く吸着されなかった。
【0044】
2.Au担持シリカ(Au/SiO2)を用いたDMTS吸着実験2
グリシン以外のアミノ酸及びアミノ酸類似化合物を用いて金/アミノ酸系化合物錯体を調製し、これを用いてAu担持シリカを調製し、DMTS吸着実験を行なった。
【0045】
<Au担持シリカの調製>
アミノ酸としてβ-アラニン、4-アミノ酪酸、リジン、アスパラギン、D,L-アラニン、5-アミノ吉草酸、6-アミノカプロン酸、メチオニン、グルタミン酸、ヒスチジン、トリプトファンを、アミノ酸類似化合物としてチオリンゴ酸を用いて、上記1(2-1)と同様の手順により金/アミノ酸系化合物錯体を調製した。金/アミノ酸系化合物錯体(金10 mg相当)を乳鉢に入れ、水0.5 mLを加えて溶かし、そこに990 mgのSiO2を加えて30分間撹拌混和した。その後、乾燥させずに300℃で4時間空気焼成を行ない、Au担持シリカを得た。一部のアミノ酸については、錯体の調製及びAu担持シリカの調製を2回実施した。
【0046】
各Au担持シリカの平均粒径をXRD測定したところ、β-アラニン使用で4.5nmないしは2.6nm、4-アミノ酪酸使用で4.1nmないしは7.9nm、リジン使用で12.3nm、アスパラギン使用で7.7nmないしは6.9nm、5-アミノ吉草酸使用で7.3nm、6-アミノ酸カプロン酸使用で8.5nm、メチオニン使用で14.0nm、グルタミン酸使用で5.2nm、ヒスチジン使用で6.5nm、トリプトファン使用で5.0nm、チオリンゴ酸使用で3.5nmであった。リジン及びメチオニンでは金の粒径が若干大きくなったが、これは、金/リジン錯体及び金/メチオニン錯体の水への溶解性が他の錯体よりも低く、溶け残りがある状態で含浸担持させたためであると考えられる。
【0047】
<DMTS吸着実験方法>
上記1と同様の手順により実施した。
【0048】
<結果>
金/β-アラニン錯体を用いたAu担持シリカAu/SiO2-(A)の結果を図2-1に、金/4-アミノ酪酸錯体を用いたAu担持シリカAu/SiO2-(GABA)の結果を図2-2に示す。いずれも良好なDMTS吸着能を有していた。
【0049】
3.金属の検討
金以外の金属として、銀、ルテニウム、白金、パラジウムを検討した。シリカ担体に各金属を含浸担持させ、DMTSの吸着性能を吸着実験により評価した。
【0050】
<シリカ担体への含浸担持>
市販の金属塩(金属10 mg相当)を乳鉢に入れ、少量の水を加えて溶かし、そこに990 mgのSiO2を加えて30分間撹拌混和した。その後、一晩乾燥させ、それぞれ下記表2に示した条件で空気焼成を行なった。銀、白金に関しては、空気焼成の後、300℃、4時間で水素還元を行った。
【0051】
【表2】
【0052】
<結果>
調製された金属粒子のサイズを測定したところ、銀粒子は3.0 nm(TEMにより測定)、白金粒子は<2.0 nm(XRDにより測定)、パラジウム粒子は5.2 nmであった(XRDにより測定)。
【0053】
銀、白金、パラジウムについてのDMTS吸着実験の結果を図3-1~3-3に示す。いずれも高い吸着性能を有していた。
【0054】
4.担体の検討
金/β-アラニン錯体を用いて、シリカアルミナ担体、ケッチェンブラック担体及びモンモリロナイト担体上に金粒子を含浸担持させ、DMTSの吸着実験を行なった。
【0055】
<アルミニウム含有メソポーラスシリカ担体>
金/アミノ酸錯体(金10 mg相当)を乳鉢に入れ、水0.5 mLを加えて溶かし、そこに990 mgのシリカアルミナ(アルミニウム含有メソポーラスシリカMCM-41、シグマアルドリッチ社)を加えて30分間撹拌混和した。その後、乾燥させずに300℃で4時間空気焼成を行なうことで、Au担持アルミニウム含有メソポーラスシリカ(Au/Al-MCM-41-(A))を得た。透過型電子顕微鏡(TEM)画像から算出した金粒子の平均粒径は2.5 nmであり、シリカ担体の場合と同様に粒子径の小さい金粒子を担持させることができた。
【0056】
<ケッチェンブラック担体>
金/β-アラニン錯体(金5 mg相当)を乳鉢に入れ、水0.5 mLを加えて撹拌し、そこに495 mgのケッチェンブラック(ライオン株式会社)を加えて30分撹拌混和した。その後、乾燥させずに300℃で30分空気焼成を行い、Au担持ケッチェンブラック(Au/C-(A))を得た。ケッチェンブラック担体上に担持された金粒子サイズは4.7nmであり、シリカ担体の場合と同様に粒子径の小さい金粒子を担持させることができた。
【0057】
<モンモリロナイト担体>
金/アミノ酸錯体(金10 mg相当)を乳鉢に入れ、水0.5 mLを加えて溶かし、そこに990 mgのモンモリロナイト(シグマアルドリッチ社)を加えて30分間撹拌混和した。その後、乾燥させずに300℃で4時間空気焼成を行なった。得られたAu担持モンモリロナイト(Au/Mont)の金粒子サイズは約10 nmであり(透過型電子顕微鏡(TEM)画像から算出)、シリカ担体の場合と同様にモンモリロナイトを担体として用いた場合も粒子径の小さい金粒子を担持させることができた。
【0058】
Au担持アルミニウム含有メソポーラスシリカ及びAu担持モンモリロナイトを用いたDMTS吸着実験の結果を図4-1及び図4-2にそれぞれ示す。いずれも良好なDMTS吸着能を有していた。
【0059】
5.吸着剤による清酒中のDMTS除去試験
<方法>
(1) 20mL容ガラスバイアルに清酒20mLと吸着剤を入れ、密栓する
(2) 室温(約24℃)で静置(24h)
(3) 遠心分離により吸着剤を除去
(4) 清酒のDMTS濃度を測定(SBSE-GC-MS)
【0060】
<結果>
各種の吸着剤(酸化セリウム(第一稀元素、173 m2/g)、金/酸化セリウム(HDP法で調製)、シリカ(フジシリシアQ-15)、金/シリカ(SG法で調製)、酸化チタン(P-25、日本アエロジル)、金/酸化チタン(HDP法で調製)、金/アルミナ(HDP法で調整、アルミナはJRC-ALO-5)を用いた清酒中DMTS除去試験の結果を表3に示す。AuSiO2が最もよくDMTSを吸着した。その他にも効果がみられるものがあり、吸着剤の添加量を増やすとDMTS除去率も増加した。金を担持しない酸化物担体には吸着効果はみられなかった。
【0061】
【表3】
【0062】
ハルタゴールド社製の金ナノ粒子触媒AuC(ケッチェンブラック担体に金ナノ粒子を担持させたもの)、活性炭、及び金箔についても、上記と同様の方法で吸着剤としての性能を評価した。結果を表4に示す。AuCはDMTS除去効果が非常に大きいが、活性炭のみでも効果があった。金箔には効果がみられなかった。
【0063】
【表4】
【0064】
吸着剤処理が香気成分(吟醸香成分)に及ぼす影響を調べた。結果を表5に示す。AuSiO2は、香気成分をほとんど吸着しなかった。AuCは、酢酸イソアミルとカプロン酸エチルを半分以上吸着してしまった。
【0065】
【表5】
【0066】
6.吸着剤処理した清酒の官能評価
<試験方法>
(1)試料調製
清酒試料は、40℃1か月間貯蔵した清酒に5年前の市販清酒を4:1でブレンドしたものを用いた。この清酒サンプルをR瓶に500mL入れ、金/アミノ酸錯体を用いて調製した金ナノ粒子吸着剤又は活性炭を添加した(表6)。吸着剤処理は室温で約24時間、活性炭処理は室温で約1時間とした。処理後に0.45μmのフィルターで加圧ろ過し、洗浄済みのR瓶に移して官能評価試料とした。同じ清酒試料で、添加物を加えずに0.45μmのフィルターで加圧ろ過したものをコントロールとした。
【0067】
【表6】
【0068】
【表7】
【0069】
(2)官能評価
清酒官能評価の経験(5年以上)のある酒類総合研究所職員6名をパネルとした。色の影響を排除するため、試料容器はアンバーグラスを用いた。香り4項目、味4項目、及び総合評価の計9項目について、下記の通りに尺度評価を行なった。各項目について、6名の評価結果の平均値を算出し、有意差の有無を調べた。統計解析にはJMP ver.9を用いた。
【0070】
香り:
「吟醸香」、「老香」、「硫化物様」、「甘臭・カラメル様・焦げ」について、ほとんど感じない(0点)~とても強い(4点)の5段階評価
味:
「濃淡」(薄い~濃い)、「甘辛」(辛い~甘い)、「刺激味・きめ」(なめらか~あらい)、「あと味」(もたつく~きれあり)をそれぞれ5段階評価(いずれも-2点~+2点)
総合評価:
すばらしい(1点)~難点あり(5点)の5段階評価
【0071】
結果を図5に示す。老香および硫化物様については、吸着剤および活性炭処理でコントロールに比べて顕著に低減した(p < 0.05)。その他の項目については、試料間で統計的な有意差は見られなかった。総合評価についても統計的な有意差はないものの、吸着剤処理の平均値が最も良かった。
【0072】
7.吸着剤によるワイン及びジュース中のDMTS除去試験
<方法>
試料調製:
ワイン試料は、市販のワイン(コバヤシワイナリーのドメーヌ シャルドネ)をアルコール度数10%となるように超純水で希釈し、これにDMTSを1.3μg/L添加して調製した。野菜ジュース試料は、市販の野菜ジュース(カゴメの野菜一日これ一本)を超純水で2倍希釈し、これにDMTSを1.3μg/L添加して調製した。
【0073】
吸着剤:TN150およびLV430
製造ロットの異なる2種類のAu/SiO2(Au担持シリカ、Au平均粒径 TN150: 4.6 nm、LV430: 3.3 nm)を用いた。
【0074】
実験手順:
(1) 20mL容ガラスバイアルに試料20mLと吸着剤を入れ、密栓する
(2) 室温(約24℃)で静置(24h)
(3) 遠心分離(2600rpm、10分)
(4) 上清のDMTS濃度を測定(SBSE-GC-MS)
【0075】
<結果>
24時間処理後の各試料のDMTS濃度の測定結果を表8に示す。DMTS濃度は、2回の分析における測定値の平均値を示した。いずれも95%以上のDMTSを吸着除去し、0.1μg/L未満までDMTS濃度を低減することができた。
【0076】
【表8】
【0077】
8.吸着剤によるヘキサン中のDMTS除去試験
<方法>
(1) ヘキサンにDMTS及び内部標準としてトリデカンを加える
(2) (1)の溶液をヘキサンで希釈する(DMTS濃度: 6.0 ppm)
(3) (2)の試料4.0 mLにAu/SiO2(300℃, 0.5 h焼成, Au平均粒径5.1 nm)50.0 mgを加える
(4) GCで経時的にDMTS残量を測定する
【0078】
<結果>
2回の実験の結果を図6-1(1回目)、図6-2(2回目)、及び表9に示す。6時間~24時間でヘキサン中のDMTSを完全に除去できた。これにより、親油性の有機化合物の液体からも後周期遷移金属の微粒子を用いてDMTSを吸着除去できることが確認された。
【0079】
【表9】
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図1-4】
図1-5】
図1-6】
図1-7】
図2-1】
図2-2】
図3-1】
図3-2】
図3-3】
図4-1】
図4-2】
図5
図6-1】
図6-2】