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特許7036481ヘミモルファイト含有の潤滑皮膜を形成させるための潤滑剤組成物および金属加工材の表面に該潤滑皮膜を形成する方法と、該潤滑皮膜を備えた金属加工材
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  • 特許-ヘミモルファイト含有の潤滑皮膜を形成させるための潤滑剤組成物および金属加工材の表面に該潤滑皮膜を形成する方法と、該潤滑皮膜を備えた金属加工材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-07
(45)【発行日】2022-03-15
(54)【発明の名称】ヘミモルファイト含有の潤滑皮膜を形成させるための潤滑剤組成物および金属加工材の表面に該潤滑皮膜を形成する方法と、該潤滑皮膜を備えた金属加工材
(51)【国際特許分類】
   C10M 103/06 20060101AFI20220308BHJP
   C10M 169/04 20060101ALI20220308BHJP
   C10M 143/02 20060101ALN20220308BHJP
   C10M 129/26 20060101ALN20220308BHJP
   C10M 135/10 20060101ALN20220308BHJP
   C10M 125/02 20060101ALN20220308BHJP
   C10M 125/10 20060101ALN20220308BHJP
   C10M 125/20 20060101ALN20220308BHJP
   C10N 10/04 20060101ALN20220308BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20220308BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20220308BHJP
   C10N 40/24 20060101ALN20220308BHJP
   C10N 50/02 20060101ALN20220308BHJP
【FI】
C10M103/06 Z
C10M169/04
C10M103/06 E
C10M143/02
C10M129/26
C10M135/10
C10M125/02
C10M125/10
C10M125/20
C10N10:04
C10N10:12
C10N30:06
C10N40:24 Z
C10N50:02
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021525818
(86)(22)【出願日】2021-02-08
(86)【国際出願番号】 JP2021004668
(87)【国際公開番号】W WO2021157745
(87)【国際公開日】2021-08-12
【審査請求日】2021-05-12
(31)【優先権主張番号】P 2020019229
(32)【優先日】2020-02-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】592010494
【氏名又は名称】株式会社オーアンドケー
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】塚本 哲也
【審査官】横山 敏志
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-195233(JP,A)
【文献】特開平09-286995(JP,A)
【文献】特開2002-363593(JP,A)
【文献】特開平05-195252(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M
C10N
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液中に水溶性亜鉛とコロイダルシリカとを含有する、ヘミモルファイト含有の潤滑皮膜を形成させるための潤滑剤組成物。
【請求項2】
さらに水溶性ポリマーを添加したことを特徴とする、請求項1に記載の潤滑剤組成物。
【請求項3】
さらに金属せっけん、ポリエチレンのいずれか1種以上を添加されていることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の潤滑剤組成物。
【請求項4】
さらに消石灰、炭酸カルシウム、二硫化モリブデン、カーボンのいずれか1種以上が添加されていることを特徴とする、請求項1~のいずれか1項に記載の潤滑剤組成物。
【請求項5】
さらに、亜硝酸塩、金属スルフォネートの少なくともいずれか1種以上が添加されていることを特徴とする、請求項1~のいずれか1項に記載の潤滑剤組成物。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載の潤滑剤組成物を金属素材の表面に付着させ、次いでこの金属素材を金属加工材へと塑性加工することによって、塑性加工で変形される際に金属加工材の表面にヘミモルファイトが含有された潤滑皮膜を形成させる潤滑皮膜形成方法。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか1項に記載の、溶液中に水溶性亜鉛とコロイダルシリカとを含有するヘミモルファイト含有の潤滑皮膜を形成させるための潤滑剤組成物によりヘミモルファイトを含有した潤滑皮膜を表面に形成させた金属加工材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、棒鋼などの金属素材の表面に塑性加工に好適な潤滑剤組成物を付着させて金属加工材の表面に潤滑皮膜を形成させる方法およびその潤滑皮膜を形成させるための潤滑剤組成物、および潤滑皮膜を有した金属加工材に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材などの金属素材を塑性加工する際には、加工工具と金属素材の間の直接の金属接触を防ぐために、材料表面に潤滑処理が施されている。とりわけ素材を加熱せずに常温下で成形加工する冷間圧造などの加工条件の厳しい場面での潤滑においては、極圧性を加味した圧造油、樹脂、石灰石鹸などでは潤滑性能に不足する場合がある。
【0003】
たとえば、石灰石鹸では皮膜の密着性が十分ではなく剥離しやすいので、場合によって鍛造時に十分な潤滑性が得られないことがあり、汎用性に劣るところがある。
そこで、冷間圧造などでは、リン酸塩皮膜処理に代表される化成処理が利用されている。また、「リン酸塩皮膜処理」に「石鹸処理」が組み合わされた処理(「ボンデライト・ボンダリューベ法」)も潤滑性を付与する処理として広く知られている(特許文献1参照。)。
【0004】
もっとも、リン酸塩被膜処理(たとえば、リン酸亜鉛皮膜処理)を工程に含む場合には、処理工程が複雑であるばかりでなく、化成処理の際に大量のスラッジが発生するため廃棄物が多い。また水洗水には、リンや亜鉛、窒素等が含まれるため、そのままでは廃水処理もできないなど、リン酸塩被膜処理を含む工程では、それらの廃棄にかかる環境負荷が大きく負担となっている。
【0005】
また、リン酸亜鉛皮膜処理により形成された皮膜を圧造後の加工品に付着させたまま、さらに加工品に対して熱処理を施すと、加熱により皮膜中のリンの一部が加工品の鋼中へと拡散することとなる。リンの拡散によって表層に浸リン層が形成される(浸リン現象)。すると、浸リン層の粒界が腐食しやすくなる。
ところで、近時、ねじやボルトは高強度化の傾向にある。そこで、ねじなどの製品でも、遅れ破壊に直面することが懸念されるようになってきた(非特許文献1参照。)。
【0006】
遅れ破壊とは、高強度鋼部品が静的な負荷応力を受けた状態である時間を経過したとき、外見上はほとんど塑性変形を伴うことなく、突然脆性的に破壊する現象である。遅れ破壊のメカニズムは未だ解明しきれておらず、その要因も複雑であるとされているが、水素が何がしかの関与をしており、また、浸リン現象も影響している。そして、要因の1つである浸リン現象は、リン酸皮膜が熱処理されるときに、リンが鋼中に拡散していくことで進行していくものである。
【0007】
冷間圧造にも耐えうる被膜であることからもわかるように、いったんリン酸塩皮膜が形成されてしまうと、熱処理の前にこれを除去しようとしても、被膜を除去することは容易ではない。
【0008】
リン酸塩被膜を形成させてから除去することが困難であることから、浸リン現象を避け、遅れ破壊の要因を減らすためには、そもそもリンを含有しない潤滑皮膜を潤滑に用いる試みが検討されている。
たとえば、処理対象であるステンレスの表面を被覆し、処理されたステンレスを伸線する際に用いられる潤滑剤のキャリア剤として硫酸カリウムを用いるものが提案されている(特許文献2参照。)。
【0009】
もっとも、この場合も潤滑処理後の長期保管時において、吸湿や、空気中の炭酸ガスによる錆の発生の問題が付きまとうこととなる。またこの提案における潤滑剤は、通常、別工程にて供給する必要が生じる。すると、従前の製造ラインにそのまま適用できないこととなるので、化成処理のラインに導入するには現場の配置などに調整が必要となるので、そのまま置換することはできず、代替手段としては不十分である。加えて別工程で潤滑剤を供給することになると、潤滑剤の付着が不均一になりがちであるから、所望の潤滑性を安定して得る観点からは、好ましくない。
またガラス系被膜の場合には、次工程でのめっき処理の際にめっき不良を招来する可能性もある。
【0010】
次に、錆の発生の抑制を狙って皮膜形成剤として珪酸塩を用いた潤滑剤も提案されている(たとえば特許文献3参照。)。
もっとも、錆の発生は比較的抑制できるものの、一般的に珪酸塩は潤滑性に劣りやすいものである。また、珪酸塩は、潤滑剤としての塗布後の吸湿が著しいことから、経時的に潤滑性が低下してしまうおそれがある。また、珪酸塩を用いた場合には、皮膜が強アルカリ性を呈することから、空気中の炭酸ガスが皮膜に吸着してしまうと、防錆性能、潤滑性能が変化してしまう場合がある。そして、この方法を導入するには、潤滑剤を従前の工程とは別工程にて供給する必要があり、操業上の導入に際しての自由度が低い。
【0011】
また、アルカリ金属硫酸塩及びアルカリ金属ホウ酸塩を必須成分とし、さらに脂肪酸のアルカリ金属塩、脂肪酸のアルカリ土類金属塩、固体潤滑剤及び水溶性熱可塑性樹脂を含む潤滑剤組成物が提案されている(特許文献4参照。)。この提案では、キャリア剤として、潤滑剤にpHが比較的中性に近い、ホウ酸塩を含有している。
そこで、廃棄した際の廃水処理においてホウ素等の環境負荷の問題が生じる。また、珪酸塩同様に、吸湿の問題は依然解消されていないことから、時間を経るにつれて潤滑性が低下するおそれがある。
【0012】
さて、リン酸塩被膜のような化成処理の場合には、潤滑処理時の水錆の発生はさほど大きな問題にはならない。ところが、付着型の潤滑剤の場合には、操業上、水錆の発生がより大きな問題となる。リン酸塩などの化成液は、処理液は酸性であるが、珪酸塩などの場合には処理液のpHが一般的に強アルカリ性であることから、処理時に表層に水酸化鉄が生成し製品が赤変する場合があるからである。そして、赤変した表面には、酸化鉄、水酸化鉄が含まれている。すると、酸化鉄、水酸化鉄が存在することによって、局部的な電池を生成することとなり、潤滑処理後に、さらに錆が成長する可能性もあることから、耐食性を低下させるおそれがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特公昭32-3711号公報
【文献】特開平9-286995号公報
【文献】特開2002-363593号公報
【文献】特開平10-36876号公報
【文献】特開平5-195233号公報
【文献】特開平5-195252号公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】船見国男「遅れ破壊に及ぼすりん酸亜鉛皮膜の影響」(材料Vol.43,No.484,29-35頁 1994年1月号)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
リン酸塩による化成処理を用いた潤滑は、従来より広く一般的に用いられてきている。リン酸塩による化成処理は、冷間圧造工程にも適用しうる優れた潤滑性能を呈する。もっとも、リン酸塩を潤滑に用いた加工品は、これを熱処理した後に、残留するリン成分が鋼中に侵入拡散してしまうことから、長期的にみると、遅れ破壊を招来するリスク要因となる。
【0016】
そこで、リン酸塩の適用を回避するべく、上述のとおり、リン酸塩以外の潤滑剤の工夫も種々に提案されている。しかし、これらの手段では、吸湿による発錆等の防錆性能の低下、潤滑性能の低下が懸念される。また、リン酸塩による化成処理の工程のラインにそのまま代替することができず、別工程として潤滑剤を付与するなど、導入に手間をかける必要があるが、そうした潤滑工程を経ても不均一となりやすいといった問題があり、リン酸塩に代わる潤滑剤としての性能は、未だ十分とはいえなかった。
【0017】
そこで、本願発明者は鋭意検討した結果、潤滑性能に優れたヘミモルファイト(Hemimorphite)[Zn4(OH)2Si27・H2O]を合成的に形成しうる潤滑剤組成物を用いることで、潤滑皮膜中に合成のヘミモルファイルトを含有させることができれば、へき開によって潤滑性が得られるので金属加工などにも好適に適用しうる潤滑性が得られるのではないか、と着想するに至った。
【0018】
もっとも、一般的にヘミモルファイト(異極鉱)は天然鉱物として知られる一方で、人工的な合成ヘミモルファイトについては、その容易な合成方法は知られていなかった。たとえば、従来の塑性加工工程にそのまま適用しうる潤滑剤と代替させるためには、余計な工程を加えることは製造現場での適用範囲を狭めてしまう。
ところが、水系の潤滑剤を用いる金属塑性加工の処理工程のような短時間の加工処理時間(10分以内)において、また冷間鍛造のような低温環境下(たとえば50℃以下)での使用過程において、その加工処理過程で人工的にヘミモルファイトを合成させることは容易ではなく、極短時間の間に、低温環境下で、簡易に表面に皮膜状にヘミモルファイトを生成させる方法自体は知られていなかった。
【0019】
なお、防錆を目的としてヘミモルファイトを利用する提案が従前なされているものの(特許文献5、6参照。なお、特許文献6は表層に亜鉛メッキ層が存在している物体を前提としている。)、これらの手段は未だに手順が簡易とはいえず、非常に手間がかかるものであった。たとえば、事前に亜鉛表面層を基材に付与することが必要になるうえに皮膜形成に時間も温度も要するのであることから、適用対象や適用場面が限られる。加えて、そもそもの防錆皮膜の形成手段としてみても、実用性において必ずしも十分とはいえなかった。
【0020】
そこで、ヘミモルファイトを用いた実用性のある潤滑皮膜を形成することが可能な潤滑剤組成物を得るためには、従前の潤滑剤の適用場面への置換に適するような、潤滑剤組成物の使用工程に適する簡便な使い方ができる潤滑剤組成物であって、さらに、低温環境下で短時間で簡易に鋼をはじめとする金属表面に皮膜生成が可能な潤滑剤組成物である必要がある。
【0021】
そこで、本発明の目的は、従来のリン酸塩による化成処理による潤滑に代替しうる、リン酸塩を用いない、脱リンの潤滑剤組成物であって、余計な工程を必要とせずとも、金属の塑性加工前に付与されるリン酸塩皮膜による潤滑に代替しうる、実用的に安定した潤滑性能を備える潤滑剤組成物であること、また、塑性加工後の金属加工材をさらに部品等に冷間圧造等の塑性加工を加える際に優れた潤滑性が維持される、リン酸塩皮膜に代わる新たなヘミモルファイトを含有する潤滑皮膜を形成させることのできる潤滑剤組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
そこで、本願発明者は、さらに検討した結果、酸化亜鉛をキレート剤にて溶解した水溶性亜鉛もしくはアルコールに亜鉛を付加させた亜鉛アルコキシドによる水溶性亜鉛と、水溶化している酸化ケイ素あるいはコロイダルシリカを溶液中に一定の割合で混合し、適宜反応を容易にする添加剤を加えた潤滑剤組成物を用いると、この潤滑剤組成物の溶液を金属素材の表面に付着させた後に、さらに鋼線等の金属加工材に変形させるべく冷間で塑性加工するだけで、該金属加工材の表面に人工的に合成したヘミモルファイトを含有した潤滑皮膜を形成させることができることを見出した。すなわち、短時間、低温での塑性加工であっても、形成された潤滑皮膜成分中に人工的に合成ヘミモルファイト(Zn4(OH)2Si27・H2O)が形成されて、金属加工材の表面の潤滑皮膜中に含有されることを見出した。
【0023】
形成された合成ヘミモルファイトを含有した皮膜は、潤滑性に優れることから、本発明は金属の塑性加工をする際の潤滑剤組成物としても十分な実用性ある特性を呈する潤滑皮膜を形成しうるものとなっている。天然のヘミモルファイトは{110}面において完全へき開性を示し、{101}面についてもへき開性を示す鉱石である。そこで合成ヘミモルファイトを含む皮膜を形成した場合にも、同様に、金属表面の固体皮膜は含有されるヘミモルファイトがへき開性を示すことから、金属加工材の表面に良好な潤滑性が提供されることとなるからである。
【0024】
へき開面は結晶格子間の結合が弱いので、すべり方向と平行に力が加わった場合には容易にへき開し、層状にすべり広がることとなるので、摩擦、摩耗を低減することとなることから、焼き付きが生じにくいものとなる。そこで、金属素材に対して冷間圧造といった塑性加工を付与する際に、加工後の金属加工材に対して潤滑性を付与することができる。
【0025】
そこで、本発明の課題を解決する第1の手段は、溶液中に水溶性亜鉛と珪酸化合物とを含有する、ヘミモルファイト含有の潤滑皮膜を形成させるための潤滑剤組成物である。
【0026】
また、第2の手段では、珪酸化合物がコロイダルシリカである第1の手段に記載の潤滑剤組成物である。
【0027】
その第3の手段は、さらに水溶性ポリマーを添加したことを特徴とする、第1または第2の手段に記載の潤滑剤組成物である。
【0028】
第4の手段は、さらに金属せっけん、ポリエチレンのいずれか1種以上を添加されていることを特徴とする、第1~第3のいずれか1の手段に記載の潤滑剤組成物である。
【0029】
第5の手段は、さらに消石灰、炭酸カルシウム、二硫化モリブデン、カーボンのいずれか1種以上が添加されていることを特徴とする、第1から第4のいずれか1の手段に記載の潤滑剤組成物である。
【0030】
第6の手段は、さらに、亜硝酸塩、金属スルフォネートの少なくともいずれか1種以上が添加されていることを特徴とする、第1から第5のいずれか1の手段に記載の潤滑剤組成物である。
【0031】
その第7の手段は、ヘミモルファイトを含有する、ヘミモルファイト含有の潤滑皮膜を形成させるための潤滑剤組成物である。
【0032】
その第8の手段は、ヘミモルファイトが合成ヘミモルファイトであることを特徴とする、第7の手段に記載の潤滑剤組成物である。
【0033】
その第9の手段は、ヘミモルファイトが体積平均径で10μm以下の粒子であることを特徴とする、第7又は第8のいずれかの手段に記載の潤滑剤組成物である。
【0034】
その第10の手段は、ゲル状の合成ヘミモルファイトを含有することを特徴とする、第7から第9のいずれか1の手段に記載の潤滑剤組成物である。
【0035】
その第11の手段は、第1~第10の手段に記載のいずれかの潤滑剤組成物を金属素材の表面に付着させ、次いでこの金属素材を金属加工材へと塑性加工することによって、塑性加工で変形される際に金属加工材の表面にヘミモルファイトが含有された潤滑皮膜を形成させる方法である。
【0036】
その第12の手段は、第7~第10の手段に記載の潤滑剤組成物を金属加工材の表面に付着させ、乾燥させることでヘミモルファイトが含有された潤滑皮膜を形成させる方法である。
【0037】
その第13の手段は、第1~10のいずれかの手段に記載の潤滑剤組成物によりヘミモルファイトを含有した潤滑皮膜を表面に形成させた金属加工材である。
【発明の効果】
【0038】
本発明の手段の潤滑剤組成物は、これを金属素材に浸漬あるいは塗布すること等によって棒鋼等の金属素材表面に簡便に付着させることができる。表面に潤滑剤組成物を付着させた金属素材を塑性加工して金属加工材に塑性変形させると、付着した潤滑剤組成物によって、金属加工材の表面に、塑性変形の際の圧力で低温下においても、ヘミモルファイトを含有する皮膜を形成させることができる。そこで、潤滑剤組成物を付着させた金属加工材表面に簡便に潤滑皮膜を付与することができる。そして、この潤滑剤組成物による潤滑皮膜は、リン酸塩皮膜に匹敵する優れた潤滑性能を呈する。
【0039】
また、ヘミモルファイトを含有する潤滑皮膜を有する金属加工材は潤滑性が高いので、この金属加工材をさらに冷間鍛造等の塑性加工によってねじや部品等の種々の機械材料を得ることができる。
【0040】
本発明の潤滑剤組成物が付着した金属素材に対して塑性加工するのみでヘミモルファイト含有の潤滑皮膜が表面に形成されることから、金属加工材の表面に十分な潤滑性が得られると同時に、さらに防錆性をも付与することができる。
【0041】
また、塑性加工等の、圧力が加わる箇所でヘミモルファイトが生成されることから、本発明の潤滑剤組成物はフリクションモディファイアーとして、摩擦による焼きつきを抑止するために用いることもできる。
【0042】
また、キャリア剤として優れた性能を持つカルシウムイオンと混合させたときには、コロイダルシリカを用いた潤滑剤組成物は、潤滑剤溶液の安定性を保ちやすくなるので、ケイ酸カリなどの無機塩の場合に比して潤滑剤組成物がより安定したものとなる。そこで、潤滑剤組成物の設計の幅が広く確保しやすくなり、本発明の潤滑剤組成物の適用場面の幅を拡げやすいものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】合成ヘミモルファイトの生成の前後におけるX線回折の測定結果を示す図である。(a)は溶液を加熱前の白色ゲル状物質が生成していない段階で乾燥させた残渣について測定した結果である。(b)は18時間加熱後に生じた白色ゲル状物質を乾燥させた計測結果である。(c)は既知のヘミモルファイトのピークを示すJCPDSのデータである。
図2図1(b)に用いた物質の走査型電子顕微鏡による二次電子画像である。
図3】後方押出し摩擦試験の装置概略図である。
図4】実施例1の潤滑剤組成物を付着させた適用材1の皮膜表面をラマン分光分析した結果である。
図5】ヘミモルファイトの天然結晶をラマン分光分析した参照図である。
図6】ヘミモルファイトの加熱合成に用いた還流装置の概略図である。
図7】表3の後方押し出し試験の結果(単位はkN)を示した棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0044】
本発明の潤滑剤組成物の溶液中に含有される各物質の組成について説明する。
本発明の潤滑剤組成物は、(1)水溶性亜鉛と(2)コロイダルシリカをはじめとする珪酸化合物を含有させた溶液である。これらの(1)および(2)は人工的にヘミモルファイト(Zn4(OH)2Si27・H2O)を生成させるために必要となる物質である。
これらの物質の配合としては、ZnとSiのモル比がヘミモルファイトの比率になるように、あらかじめ水溶性亜鉛とコロイダルシリカの成分量を調整して含有させるとよい。
【0045】
水溶性亜鉛は、ヘミモルファイトの形成におけるZnの供給源であり、水溶性である。たとえば、酸化亜鉛とキレート剤であるEDTA(エチレンジアミン四酢酸)とを用いて、酸化亜鉛をキレート剤に予め溶解させたものが適用しうるので、さらにEDTA・Zn・2Na・3H2O(キレスト株式会社製キレストZn)なども好適に用いることができる。また、水溶性亜鉛は、酸化亜鉛を酸性溶液(たとえば硝酸、硫酸、酢酸、塩酸あるいは有機酸など。)によって再溶解された水溶性亜鉛化合物などを用いることもできる。
【0046】
珪酸化合物とは、たとえば、水ガラス(珪酸ナトリウム)、あるいは珪酸ナトリウムに由来する湿式シリカ、乾式シリカ、沈降シリカ、ゲルシリカ、コロイダルシリカなどであって、水溶性あるいは溶液中に分散しうるものである。珪酸化合物はヘミモルファイトの形成におけるSiの供給源として必要である。
【0047】
コロイダルシリカは、SiO2またはその水和物のコロイドで、コロイド状シリカとも称されている。コロイダルシリカは、分散性に優れた粒子で、常温ではなかなか沈殿しないゾル状である。安価な水ガラスを原料とする方法や、アルコキシドの加水分解といった液相合成法、四塩化珪素の熱分解によるアエロジル合成のような気相合成法などで得ることができる。このように本発明にいうコロイダルシリカとはコロイド状二酸化ケイ素のことであるから、フュームドシリカも含む。水溶性溶剤を分散媒とすることのできるコロイダルシリカであることが好ましい。たとえば、アルカリ性においてシリカ粒子表面のシラノール基群が水酸イオン(OH-)と結合していることによって、陰電荷を帯びた各シリカ粒子は相互に反発し合い、結合することなく、溶液中に分散して安定性を保つことができるものが挙げられる。なお、コロイダルシリカの平均一次粒子径はたとえば、1~100nmとする。
以下の説明では、コロイダルシリカを例に説明することとする。
【0048】
溶液(分散媒)としては、水、もしくはメタノール、エタノール、イソプロパノール、n-プロパノール、イソブタノール、n-ブタノール等のアルコール系溶剤、あるいはエチレングリコール等の多価アルコール系溶剤、その他としてエチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル等の多価アルコール誘導体などがある。水を好適に用いることができる。
【0049】
本発明では、ヘミモルファイトを含有する潤滑皮膜を形成させるために、水溶性亜鉛とコロイダルシリカのみであれば、粘性が低く金属素材表面に付着させる必要がある。そこで、造膜性、粘性、分散性の観点から、水溶性ポリマーを潤滑剤組成物に添加することができる。水溶性ポリマーとしては、酢酸ビニル樹脂、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどが挙げられる。酢酸ビニル樹脂は水溶性であり、皮膜性の保持に有用であることから、金属素材の表面にヘミモルファイト生成に関わる水溶性亜鉛やコロイダルシリカ、ヘミモルファイト前駆物質、あるいはヘミモルファイトを好適に保持することができる。また、メチルセルロースなどは増粘性を付与しうる。
【0050】
さらに、上記の潤滑剤組成物を乳化分散させるために、微量の乳化剤を添加してもよい。乳化剤には、公知のアニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤及び両性イオン界面活性剤等の界面活性剤、保護コロイド能を有する水溶性高分子等が適用しうる。たとえば、アニオン性界面活性剤としては、ラウリン酸ナトリウム、ステアリン酸ナトリウム、オレイン酸ナトリウム、ラウリルアルコール硫酸エステルアンモニウム、ラウリル硫酸エステルナトリウムなどが挙げられる。カチオン系界面活性剤としては、たとえば、メチルアンモニウムクロライド、ラウリルアンモニウムクロライド、ステアリルアンモニウムクロライド、ジメチルアンモニウムクロライド、トリメチルアンモニウムクロライド、ラウリルトリメチルアンモニウムクロライド、ポリオキシエチレンモノラウリルアミンなどが挙げられる。ノニオン系界面活性剤としては、たとえば、ポリエチレングリコールラウリン酸エステル、ポリエチレングリコールオレイン酸ジエステル、グリセリンオレイン酸モノエステル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリエチレングリコールジステアリン酸エステルなどが挙げられる。
【0051】
金属せっけんは、ヘミモルファイトを生成する本発明の潤滑剤組成物を用いて、より効率的に塑性加工に適するように、補助潤滑としての機能を付与するためのものである。金属せっけんとしては、たとえば、カルシウムステアレート、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸アルミなどが挙げられるがこれらに限られない。また、ポリエチレンは、融点が低いので、ダイス面上で溶融することで滑ることができるので、補助潤滑に有効である。
【0052】
本発明における潤滑剤組成物には、さらに消石灰、炭酸カルシウム、二硫化モリブデン、カーボンを、適宜添加することができる。とりわけ、消石灰、炭酸カルシウムはキャリア剤として機能することができる。また、二硫化モリブデン、カーボンは、摩擦を低減して焼きつきを低減させる目的で添加する。
【0053】
また、潤滑皮膜による防錆性を向上させるために、潤滑剤組成物に亜硝酸塩や金属スルフォネートを添加することができる。亜硝酸塩としては、たとえば亜硝酸ナトリウムが挙げられるが、防錆性を向上させるものであれはこれに限らない。金属スルフォネートとしては、例えばカルシウムスルフォネート、ナトリウムスフフォネート、バリウムスルフォネートなどが挙げられる。
【0054】
なお、潤滑剤組成物のpHは、pH10~12を保つように調製することが好ましい。アルカリ性に保つことで、金属材料を浸漬したときに表層に不動態被膜が生じることから、防錆性が向上し、長期保管時の空気中での暴露による錆びの発生を抑止することにもなる。
【0055】
また、本発明の潤滑剤組成物としては、水溶性亜鉛とコロイダルシリカを含有した潤滑剤組成物を、金属素材に付着させた後、塑性加工により変形させる際に、ヘミモルファイトを形成させることで、金属加工材の表面に潤滑皮膜として形成させることができるが、さらに、予めヘミモルファイトを予め潤滑剤組成物中に分散させておくこともできる。この場合のヘミモルファイトは、天然鉱物由来あるいは合成のヘミモルファイトの微粉末を分散させて用いることができるが、それ以外にもゲル状のヘミモルファイトおよびその前駆物質を潤滑剤組成物溶液中に含有させるものであってもよい。
【0056】
合成ヘミモルファイトの微粉末は、たとえば、本発明の水溶性亜鉛とコロイダルシリカを含有した潤滑剤組成物を、塑性加工のような圧力下で皮膜形成させた後、皮膜を粉砕することで生成してもよいが、その他に、ゲル状のヘミモルファイト含有物を乾燥、固化させた後、これを粉砕して得ることもできる。
【0057】
ゲル状のヘミモルファイト含有物は、たとえば、次の手順で得ることができる。Zn:Siのモル比で約4:2の水溶性亜鉛とコロイダルシリカとを混合した溶液に、適宜H2Oを加えた後、80~90℃で加熱することで、この溶液中にゲル状の物質を形成させることで得ることができる。
【0058】
たとえば、キレストZn(キレスト社)を1814g、コロイダルシリカ(ADEKA社製AT-30)347gを同量の純粋で希釈した後、図6に示す装置を用いて、85℃にて還流しながら18時間加熱したところ、当初は無色透明であった液体中に、18時間経過後には、白色のゲル状物質が生成した。そこで、加熱前の液体と、生成後の白色ゲル状物質とをそれぞれ乾燥させ、その残渣をX線回折装置で測定した。結果を図1に示す。測定には、MiniFlex600(リガク製)のX線回折装置を用い、40kV,15mAの出力、ステップ幅0.0200degで2θで5~90degの範囲を測定した。図1(a)に示すように、ゲル化前は、ほぼ非晶質であった。他方、ゲル化した後は、図1(b)に示すように、キレストZnのピークが低角側に観察されたことに加えて、ヘミモルファイトのピークが観察された。
【0059】
これらの白色のゲル状の物質を乾燥、固化させたものをSEMで観察した。図2に結果を二次電子画像として示す。
また、固化物の表面をEDXで簡易に同定すると、Si,Znの組成比は、at%でZn:47.7%、Si:25.6%と示された。EDXによる組成表示は誤差が大きいことから参考程度ではあるものの、Zn:Siは、ヘミモルファイトにおけるZnとSiのモル比の4:2に近く、X線回折の結果とも矛盾しない結果を示した。
【0060】
なお、コロイダルシリカが過多であると、ゲル化しやすくなることがあるが、予め反応がスムーズに進むように原材料のZnとSiのモル比をヘミモルファイトにおけるZnとSiのモル比に合わせて調整しておくと、ヘミモルファイトの生成過程においてヘミモルファイトの前駆物質が含有される場合にも、トラブルを招来しにくく、ヘミモルファイトの生成を阻害されることがない。
【0061】
上記のようにして合成ヘミモルファイトを含有する物質を得ることができるので、潤滑剤組成物の原材料として白色ゲル状物質あるいは、白色ゲル状物質を乾燥後に微細に粉砕した粉末を用いることができる。なお、予め溶液中に含有させるヘミモルフィトの粒度分布は、たとえばマイクロトラック(レーザー回折・散乱法)により体積分布を測定し、体積平均径を確認することができる。そこで、適宜分級することで粒度を調整しうる。
【0062】
次に、本発明の実施の形態を実施例を用いて以下に説明する。もちろん、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0063】
(実施例1)
本発明の溶液の一例として、以下の成分を混合して潤滑剤組成物を得た。
キレストZn:5%、
アデライトAT-30:1.2%、
カルシウムステアレート:3%、
炭酸カルシウム:2.5%、
純水:残部
【0064】
上記の配合例は一例であるから、これに限らず、たとえば、実施例1に加えて、さらに、ZnとSiのモル比を4:2としつつ、さらに水性ポリマーとして酢酸エマルジョン樹脂、カルシウムステアレート、ポリエステル、二硫化モリブデン、カルシウムスルフォネート、乳化剤などを添加し、pHを10程度に調整することも本発明の好適な一例である。添加する物質は上述の記載から適宜組み合わせることができる。
【0065】
また、予めヘミモルファイトの合成により上述の白濁したゲル状の物質を生成しておき、これを酢酸エマルジョン樹脂、カルシウムステアレート、ポリエステル、二硫化モリブデン、カルシウムスルフォネート、乳化剤などと組み合わせて、潤滑剤組成物とすることもできる。金属素材に塗布してこれを冷間で塑性加工すると、加わった圧力でヘミモルファイトの皮膜が金属加工材の表面に安定して形成される。
【0066】
その他にも、水溶性ポリマーに合成ヘミモルファイトの粉末を少量添加し、皮膜形成可能な潤滑剤組成物としてもよい。その場合もさらに適宜、カルシウムステアレート、ポリエステル、二硫化モリブデン、カルシウムスルフォネート、乳化剤などを組み合わせてもよい。
【0067】
(潤滑性の評価試験)
潤滑性の評価のために、バウデン試験、リング圧縮テスト、後方押出し試験を実施した。
【0068】
[バウデン試験]
バウデン試験とは、往復型の滑り摩擦試験機を使用した試験であり、試験片と球形の接触子との間に一点の荷重をかけながら摺動させることで、動摩擦係数を測定することができる。
まず、試験片として、JIS(日本産業規格)のSCM435の直径5.5mmの線材(金属素材に相当するもの。)を塩酸(18%)にて脱スケールし、水洗後本発明の潤滑剤組成物(1-1、1-2)に1分間浸漬し、1分間乾燥の後、再度1分間浸漬し、ドライヤーにて線材表面に付着した潤滑剤組成物を乾燥させた状態の試験材(適用材1-1,適用材1-2)を作製した。
【0069】
また、比較のため、同様の線材に対して、本発明の潤滑剤組成物を付着させることに代えて、リン酸塩皮膜処理後Na石鹸に浸漬したもの(ボンデライト・ボンダリューベ法:比較材1-1)と、リン酸亜鉛処理後に石灰石鹸に浸漬したもの(ボンデ―石灰:比較材1-2)、石灰石鹸に親戚したもの(比較剤1-3)を作成した。
【0070】
次に、伸線ダイスにて試験材を直径5.5mmから直径5.25mmまで伸線し、試験片とした。この試験片に対して直径5mmの固定ピン(SUJ-2製)により付与する荷重:5Kgf、ストローク:10mm、すべり速度:20mm/minの試験条件で、バウデン式試験機で往復運動させる摺動試験を実施した。摺動を繰り返して、摩擦係数が上昇して0.25に達するまでに要した摺動回数を記録した。
【0071】
これらのバウデン試験の結果(摺動回数)を表1に示す。
(適用材1-1):実施例1の潤滑剤組成物を付着させたもの。
(適用材1-2):実施例1の水溶性亜鉛をZnキレート剤からZnアルコキシドに変更した潤滑剤組成物を付着させたもの。
(比較材1-1):リン酸塩皮膜処理後Na石鹸に浸漬したもの(ボンデライト・ボンダリューベ法)
(比較材1-2):リン酸亜鉛処理後に石灰石鹸に浸漬したもの(ボンデ-石灰)
(比較材1-3):石灰石鹸に浸漬したもの
(比較材1-4):実施例1の潤滑剤組成物からコロイダルシリカを除外したものを付着させたもの
(比較材1-5):実施例1の潤滑剤組成物から水溶性亜鉛のZnキレートを除外したものを付着さえたもの
【0072】
[表1] 摩擦係数が0.25に達するまでに要した摺動回数
(適用材1-1):6200回
(適用材1-2):6695回
(比較材1-1):5004回
(比較材1-2):1393回
(比較材1-3): 843回
(比較材1-4):1846回
(比較材1-5): 890回
【0073】
この試験では、摩擦係数が0.25に達するまでに3000回以上の摺動回数を要する潤滑剤であれば、実用上の潤滑性に優れていると評価しうる。
表1に示す試験結果から、本発明の潤滑剤組成物を付着させたものは、リン酸塩皮膜処理のボンデライト・ボンダリューベ法やボンデ-石灰と比しても、同等かそれ以上に優れていることが確認された。繰り返しの摺動に強いことからも、塑性加工における変形の際に容易には潤滑切れせず、特性を維持しうることが示されている。
【0074】
本発明の潤滑剤から、水溶性亜鉛もしくはコロイダルシリカのいずれかを欠いた場合には、比較材1-4や比較材1-5に示すように、潤滑剤組成物としての性能は大幅に摺動回数が低下した。
【0075】
[リング圧縮テスト]
外径:15mm、内径:7.5mm、高さ:5mmのリング状の試験片について、プレス機にて圧縮し、加工後のリング形状における摩擦係数を求めた。リング状試験片を平面圧縮板で圧縮すると、界面の潤滑状態により圧縮後の内径が異なる現象が知られているので、これを応用して摩擦係数を求めることができる。本発明の実施例1の潤滑剤組成物を付着させたリングを(適用材2)、リン酸塩皮膜処理後Na石鹸に浸漬したリングを(比較材2-1)、石灰石鹸に浸漬したリングを(比較材2-2)をそれぞれ試験片として、プレス後の高さが50mmのとき、および60mmのときの、摩擦係数を計測した。結果を表2に示す。
【0076】
[表2]
(適用材2) 50mm:0.108
60mm:0.097
(比較材2-1) 50mm:0.100
60mm:0.090
(比較材2-2) 50mm:0.130
60mm:0.117
【0077】
リング圧縮テストにおいても、本発明の潤滑剤組成物を付着させた適用材は、石灰石鹸に比して潤滑性に大きく優れており、リン酸塩皮膜処理後Na石鹸に浸漬したものに近い潤滑性能を示している。
【0078】
[後方押出し試験]
後方押出し形摩擦試験法として、図3に示す円筒状のダイ(4)の内空に試料(1)をセットし、前方をノックアウトパンチ(3)で閉塞し、試料(1)の後方中央からパンチ(2)を前方に向けて押当てて試料(1)の外周を円筒状に後方へ押し出す。その際の、後方押し出し荷重をパンチホルダー(5)に設けた歪みゲージ(6)にて測定した。
【0079】
試験機は、H1F200S-11(コマツ社製)を用いて、各種の潤滑剤を付着させた以下の試料(3a)~(3l)について、後方押し出し試験を実施して潤滑性を評価した。
・試料(3a):(比較例3-1) ボンデライト・ボンダリューベ法。試料にボンデ処理(リン酸亜鉛皮膜)後、水洗し、ナトリウム石鹸が主成分のリューベ液に浸漬したものである。ナトリウム石鹸がボンデ被膜と反応し、表層に亜鉛せっけんを生成し、良好な潤滑性を示す。
・試料(3b):(比較例3-2) ボンデ石灰。試料にリン酸亜鉛皮膜を生成後、水洗し、石灰せっけん液に浸漬し、乾燥したものである。
・試料(3c):(比較例3-3) 石灰せっけん。試料に消石灰(もしくは生石灰)と、ステアリン酸ナトリウムの複分解反応により混合物を生成したものである。付着した生成成分は、カルシウムステアレートと消石灰の混合物が主成分である。
・試料(3d):(発明例3-1) 試料に水溶性亜鉛(キレストZn)とコロイダルシリカ(アデライトAT-30)、残部純水からなる潤滑剤組成物を付着させたものである。
・試料(3e):(発明例3-2) 試料(3d)の成分の潤滑剤組成物を塗布後、105℃にて2時間加熱した。
・試料(3f):(発明例3-3) 試料に水溶性亜鉛(キレストZn)とコロイダルシリカ(アデライトAT-30)、二硫化モリブデン、残部純水からなる潤滑剤組成物を付着させたものである。
・試料(3g):(発明例3-4) 試料に水溶性亜鉛(キレストZn)とコロイダルシリカ(アデライトAT-30)、バリウムテアレート、残部純水からなる潤滑剤組成物を付着させたものである。
・試料(3h):(発明例3-5) 試料に水溶性亜鉛(キレストZn)とコロイダルシリカ(アデライトAT-30)、水溶性ポリマー、残部純水からなる潤滑剤組成物を付着させたものである。
・試料(3i):(発明例3-6) 試料に水溶性亜鉛(キレストZn)とコロイダルシリカ(アデライトAT-30)、カーボン粉末、残部純水からなる潤滑剤組成物を付着させたものである。
・試料(3j):(発明例3-7) 試料に水溶性亜鉛(キレストZn)とコロイダルシリカ(アデライトAT-30)、バリウムステアレート、水溶性ポリマー、残部純水からなる潤滑剤組成物を付着させたものである。
・試料(3k):(発明例3-8) 試料に水溶性亜鉛(キレストZn)とコロイダルシリカ(アデライトAT-30)、バリウムステアレート、二硫化モリブデン、残部純水からなる潤滑剤組成物を付着させたものである。
・試料(3l):(発明例3-9) 試料に水溶性亜鉛(キレストZn)とコロイダルシリカ(アデライトAT-30)、バリウムステアレート、二硫化モリブデン、水溶性ポリマー、カーボン粉末、残部純水からなる潤滑剤組成物を付着させたものである。
【0080】
[表3]
(比較例3-1):849kN
(比較例3-2):862kN
(比較例3-3):858kN
(発明例3-1):849kN
(発明例3-2):844kN
(発明例3-3):840kN
(発明例3-4):842kN
(発明例3-5):840kN
(発明例3-6):844kN
(発明例3-7):836kN
(発明例3-8):840kN
(発明例3-9):825kN
【0081】
後方押し出し試験は試験片表面に極めて強い力が加わることから、非常にシビアな条件での潤滑性能が確認される試験であり、所定の形状に加工する際に必要となった荷重が小さいものほど潤滑性が高いと評価しうる。
【0082】
表3の後方押し出し試験の結果を図7に棒グラフで示す。(比較例3-1)は、リン酸塩被膜処理で最も優れているボンデライト・ボンダリューベ法による試験結果であるところ、比較例(3-1)を基準としたとき、(発明例3-1)の本発明の水溶性亜鉛とコロイダルシリカからなる潤滑剤組成物は、ボンデライト・ボンダリューベ法と同等の潤滑性を示した。
さらに、(発明例3-3)~(発明例3-9)のように、本発明の潤滑剤組成物にさらに、バリウムステアレート、二硫化モリブデン、水溶性ポリマー、カーボン粉末などを添加すると、(発明例3-1)に比して、さらに潤滑性が向上することが確認された。
【0083】
(発明例3-2)は、後方押し出し試験の前に、潤滑剤組成物を付着させた状態で熱をかけて乾燥させた結果、表面にヘミモルファイトが形成された状態となっているので、潤滑性が向上した。
【0084】
以上のように、本発明の実施例1を用いた潤滑剤組成物は、石灰石鹸による処理よりも潤滑性が高く、金属加工材を塑性加工する際の潤滑性能として十分な特性であって、ボンデライト・ボンダリューベ法に劣らない同等の実用的な潤滑性を示した。そこで、脱リンを果たしつつも実用的な潤滑性を確保しうることから遅れ破壊の一要因を回避しつつ実用的な潤滑性能を備えることができ、さらに、従前の工程に余計な手順を持ち込むことなく潤滑性を付与できるので、潤滑剤組成物の適用場面に製造工程上の限定が少ないものとなっている。
【0085】
(潤滑皮膜中のヘミモルファイトについて)
次に、バウデン試験に用いた後の適用材1について、潤滑皮膜中におけるヘミモルファイトをラマン分光分析によって表面観察した。ラマン分光分析の結果を図4に示す。図5に、天然ヘミモルファイトの表面を観察したラマン分光分析の結果を対比として示す。
【0086】
図4の潤滑皮膜のラマン分光のピークは図5の天然のヘミモルファイトにみられるピーク位置と合致しており、ヘミモルファイトであることが同定された。このように、実施例1の潤滑剤組成物を塗布した金属素材を金属加工材に塑性変形すると、塑性変形の加工により皮膜表面に圧力が加わるだけで、室温等の低温環境であっても、潤滑皮膜中にヘミモルファイトの結晶が生成していることが確認された。
【0087】
(本発明の潤滑剤組成物の金属素材表面への適用について)
本発明の潤滑剤組成物は、金属素材の表面に付着させて用いるが、金属素材表面への付着には、潤滑剤組成物の溶液中に金属素材を浸漬させたり、あるいは金属素材に潤滑剤組成物の溶液を塗布したり噴霧したりすることで金属素材の表面に潤滑剤組成物を付着させるなどのいずれの手段も適用可能である。いずれの付着手段によっても、潤滑剤組成物が表面に付着した金属素材は、これを金属加工材へと塑性加工することができ、その塑性加工中に室温等の低温下でなんらかの応力が加われば、その圧力によって、ヘミモルファイトが生成されるので、金属加工材の表面にヘミモルファイトの含有する潤滑皮膜を形成させることができる。この金属加工材の表面には潤滑皮膜により潤滑性が付与されているので、引き続き圧造等の加工をしていくことができる。またこの潤滑皮膜は吸湿等により変化しにくいことから、長期に安定した性能を保持しうる。
【0088】
また、天然あるいは合成ヘミモルファイトを含有する潤滑剤組成物を金属素材表面に塗布することで潤滑性を付与することもできる。
【0089】
このようにして皮膜処理された金属素材および金属加工材は、潤滑性能、防錆性に優れるものとなる。そこで、たとえば金属加工材としてヘミモルファイト含有の潤滑皮膜が形成されている鋼線は、さらに補助潤滑剤を付与せずとも、十分に鋼線をダイスで細線へと伸線させることが可能である。
【0090】
(防錆性について)
実施例1の潤滑剤組成物を付着させた適用材4、リン酸塩皮膜処理後Na石鹸に浸漬した比較材4-1、石灰石鹸に浸漬した比較材4-2の各棒鋼について、24時間飽和湿度の湿潤環境下に放置する湿潤試験を実施した。また、1週間室内暴露試験を実施した。
結果、4-2の石灰石鹸は24時間の湿潤試験で大きく発錆が認められ、1週間の暴露試験では全面が激しく腐食していた。4-1のボンデ処理のものでは、24時間の湿潤試験では点在的に発錆した箇所が認められた。また、1週間の暴露試験では、全面ではないが部分的に錆の進行が認められた。これに対して、適用材4では、24時間の湿潤試験では発錆は認められず、高い防錆性を示した。1週間の暴露試験では、部分的に錆の進行が認められたものの、発錆の進行度合いはボンデ処理と同等以上のレベルであり、石灰石鹸に比して高い防錆性が示された。
【0091】
以上のとおり、本発明の潤滑剤組成物を用いると、従来の潤滑皮膜に比較して、以下のような特徴の潤滑皮膜を得られる。
(1)本発明の潤滑剤塑性物はリンを含有していないので、潤滑皮膜の付着した金属加工材あるいは金属加工材をさらに二次加工した製品を焼入れした場合に、リン酸亜鉛等の化成処理で懸念されているような侵リン現象による遅れ破壊を招来する懸念がない。
(2)従前から広く知られる石灰せっけんによる潤滑に比較して、潤滑性能が格段に優れており、リン酸亜鉛処理皮膜と同等以上の優れた潤滑性を示すことから、従来はリン酸亜鉛処理に依拠せざる得なかった冷間圧造などの塑性加工においても適用可能な潤滑皮膜となっている。
(3)珪酸塩系の潤滑剤に比較するとアルカリ度が低いので、浸漬時の水錆の発生を抑制することができる。
(4)潤滑成分中にホウ素を用いていないため、本発明の潤滑剤組成物は、廃液として廃棄する際の環境負荷が低く、成分中にBを含有する潤滑剤よりも環境に優しい。
(5)本発明の潤滑剤組成物を適用すると、リン酸塩処理時に発生するようなスラッジが生じにくいので、環境面で優れている。
(6)ボンデ等の化成処理では、化成処理後に水洗する必要があるが、本発明の潤滑剤組成物は潤滑皮膜を付着形成させる付着型であるので、水洗にともなう廃液が生じないことから、この面でも環境負荷が小さい。
(7)本発明の潤滑剤組成物は、優れた潤滑性に加えて防錆性にも非常に優れた皮膜を得ることができる。
(8)本発明の潤滑剤組成物は付着型であるため、処理時間の短縮が可能となるほか、工程数も増えることがないので、従前の製造ラインに適用しやすく、インライン処理にも対応が可能となるなど、適用範囲が広い。
(9)本発明の潤滑剤組成物は、水ガラス系の潤滑剤のように、めっき不良を招来することもない。
【符号の説明】
【0092】
1 試料
2 パンチ
3 ノックアウトパンチ
4 ダイ
5 パンチホルダー
6 歪みゲージ
7 ロードセル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7