(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-08
(45)【発行日】2022-03-16
(54)【発明の名称】神経細胞の作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0793 20100101AFI20220309BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20220309BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220309BHJP
C12N 5/071 20100101ALN20220309BHJP
C07K 14/48 20060101ALN20220309BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12Q1/02
G01N33/50 Q
C12N5/071
C07K14/48
(21)【出願番号】P 2018107613
(22)【出願日】2018-06-05
【審査請求日】2021-01-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000226437
【氏名又は名称】日光ケミカルズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301068114
【氏名又は名称】株式会社コスモステクニカルセンター
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】八田国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】横田 真理子
(72)【発明者】
【氏名】矢作 彰一
【審査官】中野 あい
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-221189(JP,A)
【文献】Fragrance Journal, 2016.12.15, vol. 44, no. 12, pp. 14-21
【文献】Journal of Dermatological Science, 2017, vol. 86, no. 2. p. e44 (P05-13[O2-25])
【文献】臨床免疫・アレルギー科, 2017.06.25, vol. 67, no. 6, pp. 574-580
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
汚染物質に表皮細胞を接触させて得られる試料を準備し、前記試料と、前記汚染物質に接触させていないコントロールと、を比較した場合の
NGF(nerve growth factor)の分泌量の変化を測定
し、
この際、前記汚染物質が芳香族炭化水素受容体アゴニストである、汚染物質による皮膚刺激のin vitro評価方法。
【請求項2】
前記試料が、培養した表皮細胞に汚染物質を添加した後、培養上清を神経細胞に添加することで得られる、請求項
1に記載の評価方法。
【請求項3】
前記コントロールと比較してNGFの分泌量が増加した場合に、前記汚染物質は皮膚刺激性があると判断される、請求項1または2に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
掻痒性皮膚疾患は、アトピー性皮膚炎、蕁麻疹、接触性皮膚炎、尋常性乾癬、乾皮症、痒疹など痒みを伴う疾患である。通常、健常な皮膚では、末梢知覚神経は表皮と真皮の境界である基底層までしか到達していないが、上記疾患を有する皮膚では、末梢知覚神経が表皮内にまで多数伸長しており、これが痒みを引き起こすことが知られている。末梢知覚神経の伸長には、主にケラチノサイトが産生する神経成長因子(NGF;nerve growth factor)と、軸索伸長反発因子であるセマフォリン3A(Sema3A)とが関与していることが知られている(非特許文献1)。具体的には、NGFが相対的に増加すると末梢知覚神経が伸長し、Sema3Aが相対的に増加すると末梢知覚神経の伸長が抑制されることが報告されている。さらに近年では、末梢知覚神経の伸長が、痒みのみならず、皮膚が外部から受ける刺激に対して過敏になる敏感肌にも関与することが報告されている(特許文献1)。よって、末梢知覚神経の伸長を抑制することで、掻痒性皮膚疾患や敏感肌の予防、治療および/または改善が期待できるため、知覚神経伸長を抑制する様々な有効成分の検討が行われている。
【0003】
また、知覚神経伸長を抑制する有効成分の検討においては、神経細胞を伸長させて評価するのが一般的である。例えば、ラット副腎髄質褐色細胞腫に由来する継代細胞であるPC12細胞は、神経成長因子(NGF;nerve growth factor)の刺激により神経様細胞に分化をするので、知覚神経伸長を抑制する有効成分の評価に用いられている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-221189号公報
【文献】特開2010-1264号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】難治性痒みの発現メカニズム 乾燥、透析、アトピー性皮膚炎に伴う痒みについて、高森 健二、日皮会誌:118(10),1931-1939,2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、神経伸長に影響を及ぼす原因物質を模索するとともに、当該原因物質による伸長した神経細胞の作製方法、および皮膚刺激のin vitro評価方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、汚染物質を用いてコントロールの神経細胞の長さよりも神経細胞の長さが伸長している細胞を作製する、神経細胞の作製方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、汚染物質を刺激物質として、伸長した神経細胞を作製することができる。また、汚染物質で刺激された伸長した神経細胞を用いて、汚染物質による皮膚刺激に対する有効成分のスクリーニングを行うことが可能となる。よって、汚染物質で刺激された伸長した神経細胞を用いることで、効果的に鎮痒作用あるいは敏感肌を抑える有効成分を開発することが可能となる。さらに、例えば、神経伸長を指標として、汚染物質による皮膚への刺激を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例3における、汚染物質の添加によるN1E-115細胞の神経伸長の画像である。
【
図2】実施例4における、汚染物質の添加によるヒトiPS細胞由来の神経細胞の神経伸長の画像である。
【
図3】実施例5における、汚染物質の添加によるヒトiPS細胞由来の神経細胞の神経伸長に対するLPAによる抑制効果の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の構成を更に詳細に説明する。
【0011】
本発明の一実施形態は、汚染物質を用いてコントロールの神経細胞の長さよりも神経細胞の長さが伸長している細胞を作製する、神経細胞の作製方法である。このような方法によれば、伸長した神経細胞を作製することができ、後述するような有効成分の探索に用いることができる。
【0012】
大気汚染の原因とされる汚染物質による人体への影響としては、汚染物質を直接吸入する恐れがあることから、呼吸器系に対する影響が広く論じられてきた。さらに、皮膚も生体における最外層の臓器であり常に外界に曝されていることから、呼吸器系と同様にして、汚染物質に直接接触する可能性を潜在的に有している。
【0013】
日本では大気汚染防止法により、それらの多くが規制の対象となっており、排出基準等が定められるなど、対策が講じられている。しかしながら、PM(粒子状物質)に関しては、近隣諸国から越境輸送されてくることが、日本周辺で昨今非常に深刻な問題となりつつある。なお、大気汚染防止法では法規制の対象である粒子状物質として「自動車排ガスの中の粒子状物質」を指定しており、同法関連法規では粒子状物質が「自動車排ガスの中の粒子状物質」に限定して用いられている。
【0014】
一方、皮膚においては、掻痒性皮膚疾患や敏感肌は非常に多くの患者が悩まされている疾患であり、これらの疾患の原因は限定されておらず、乾燥や紫外線、体質や加齢によるものなどがある。本発明者らは、大気汚染物質の付着による炎症の可能性に着目した。
【0015】
大気汚染物質中に存在する芳香族炭化水素受容体のアゴニストを表皮細胞に適用すると該アゴニストが芳香族炭化水素受容体(AhR;Aryl Hydrocarbon Receptor)に結合する。この結合によって表皮バリア機能破壊や炎症応答、あるいは色素沈着が引き起こされることが知られており、これらのメカニズムとして細胞接着分子(ICAM-1;intercellular adhesion molecule-1)、インターロイキン1-α(IL-1α;Interleukin-1α)、インターロイキン-6(IL-6;Interleukin-6)、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP;matrix metalloproteinase)、シクロオキシゲナーゼ(COX;cyclooxygenase)、プロオピオメラノコルチン(POMC;Pro-opiomelanocortin)、小眼球症関連転写因子(MITF;Microphthalmia-associated transcription factor)の関与が報告されている(Krutmann J.et al.J Dermatol Sci. 2014 Dec;76(3):163-8)。
【0016】
かような技術的背景の中で、本発明者らは、皮膚に対する汚染物質の接触が神経細胞に対して影響を及ぼす可能性について鋭意研究した。その結果、表皮細胞へ汚染物質を接触させることで神経成長因子(NGF)が分泌されることを見出した。さらに汚染物質の表皮細胞の刺激によって、神経細胞の伸長をもたらすことを確認し、伸長した神経細胞の作製方法を完成させた。
【0017】
汚染物質としては、一般的な大気汚染物質であればいずれも用いることができる。大気汚染物質は、種々の型の化学物質および/または生体異物及び粒子から成り、主要な物質としては、自動車、火力発電所、焼却炉、暖炉などの排煙、火山噴火による噴出物、土壌粒子などに由来する粒子状物質(PM;particulate matter);粉塵、燃焼などに由来する一酸化炭素、硫黄酸化物(二酸化硫黄など)、窒素酸化物(二酸化窒素など)などの排出ガス;炭化水素と窒素酸化物などが光化学反応を起こして生じるオゾン(O3)や多環芳香族炭化水素(PAHs;polycyclic aromatic hydrocarbons)などの光化学オキシダント;燃焼や石油製品からの揮発などが由来の揮発性有機化合物(VOC;Volatile Organic Compounds;ホルムアルデヒドなどのアルデヒド類;ダイオキシン類;石綿などが挙げられる。
【0018】
なお、大気汚染防止法では法規制の対象である粒子状物質として「自動車排ガスの中の粒子状物質」を指定しており、同法関連法規では粒子状物質が「自動車排ガスの中の粒子状物質」に限定して用いられている。したがって、大気汚染物質としては、自動車排ガスの中の粒子状物質であることが好ましく、ディーゼル排ガスの粒子状物質であることがより好ましい。
【0019】
大気汚染物質としては、評価試験の再現性の観点から一定のモデル物質を用いることが好ましい。汚染物質のモデル化合物としては、芳香族炭化水素受容体(AhR;Aryl Hydrocarbon Receptor)のアゴニストを用いることができる。炭化水素受容体アゴニストとしては、多環芳香族炭化水素(Polycyclic aromatic hydrocarbons;PAHs)が挙げられる。ここで多環芳香族炭化水素には窒素置換多環芳香族炭化水素も含まれる。多環芳香族炭化水素(Polycyclic aromatic hydrocarbons;PAHs)としては、例えばアメリカ国立標準技術研究所(NIST;National Institute of Standards and Technology)から入手可能な標準物質のうち、NIST SRM(Standard Reference Material)1975(Diesel Particulate Extract)、NIST SRM1650b(Diesel Particulate Matter)、NIST SRM2975(Diesel Particulate Matter)などが挙げられ、特にNIST SRM1975が好ましい。これらの標準物質の詳細についてはアメリカ国立標準技術研究所のウェブサイト(https://www.nist.gov/)より入手可能である。例えば、NIST SRM1975は、ディーゼル排ガスの粒子状物質の混合物であり、多環芳香族炭化水素の混合物である。ここで、多環芳香族炭化水素には、フェナントレン、フルオランテン、ベンズ(a)アントラセン、クリセン、トリフェニレン、ベンゾ(b)フルオランテン、ベンゾピレン、ニトロピレン、ニトロアントラセン、ニトロクリセンなどが挙げられる。
【0020】
コントロールとは、通常の神経細胞を指し、汚染物質での刺激を受けていない神経細胞を指す。
【0021】
神経細胞の作製方法の具体的手順としては、これに限定されるものではないが、汚染物質を表皮細胞に接触させることを有することが好ましい。通常皮膚の最外層は角層および表皮細胞であることから、汚染物質の接触方法としては、まず、表皮細胞と接触させるのが望ましい。
【0022】
さらに、汚染物質を表皮細胞に接触させた後、神経細胞を接触させることが好ましく、培養された表皮細胞に汚染物質を添加した後、培養上清を神経細胞に添加することを有することがより好ましい。
【0023】
表皮細胞の培養に用いる培地は、細胞に合わせて適宜選択すればよい。培地の種類は特に限定されないが、例えば、任意の細胞培養基本培地や分化培地、初代培養専用培地等を用いることができる。具体的には、イーグル最小必須培地(EMEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、α-MEM、グラスゴーMEM(GMEM)、IMDM、RPMI1640、ハムF-12、MCDB培地、ウィリアムス培地E、Hepatocyte thaw medium、MSC専用培地およびこれらの混合培地等が挙げられるが、これらには限定されず、細胞が増殖や分化に必要な成分が含まれる培地であれば利用可能である。さらに、血清、各種成長因子、分化誘導因子、抗生物質、ホルモン、アミノ酸、糖、塩類等を添加した培地を使用してもよい。培養温度も特に制限されないが、通常は25~40℃程度で行う。
【0024】
表皮細胞の培養時間は、特に制限されるものではないが、好ましくは4~48時間である。
【0025】
細胞培養は、シングルもしくはマルチウェルプレートなどの培養用のプレート、シャーレ、ディッシュ、フラスコ、バッグ等の各種容器に細胞を撒くことができる。また、細胞培養容器は、大量培養装置や潅流培養装置などの培養装置における細胞培養容器の形態であってもよい。
【0026】
また、汚染物質の添加量は特に限定されないが、1~10mg/ml培地であることが好ましく、2~8mg/ml培地であることがより好ましい。汚染物質添加後の培養時間は、特に制限されるものではないが、細胞の増殖速度などを考慮して適宜決定することが可能である。ここで、培養の時間は、好ましくは4~48時間である。
【0027】
表皮細胞は、単層培養に限定されず、培養再構成皮膚を用いてもよい。
【0028】
表皮細胞としては、正常ヒト表皮細胞(NHEKs; Normal human epidermal keratinocytes)、ヒト表皮角化細胞株(HaCaT)、三次元培養表皮モデル(RHEEs;Reconstructed human epidermal equivalents)等を使用することができる。表皮細胞としては、好ましくは正常ヒト表皮細胞(NHEKs)である。市販品としては、クラボウ社製、Life technologies社製、Promo cell社製、Lonza社製、MatTek社製、EPISKIN社製等から入手することができる。
【0029】
汚染物質と表皮細胞とを接触した後に接触させる神経細胞(コントロールの神経細胞)としては、ラット副腎髄質褐色細胞腫に由来するPC12細胞、実際皮膚に存在する神経由来の細胞としてマウス神経芽細胞腫N1E-115細胞、ヒト脳由来神経細胞(HN神経細胞;Human Neurons神経細胞)、またはヒトiPS由来神経細胞等が挙げられる。特に限定されるものではないが、細胞種および細胞供給の安定性といった観点からヒトiPS由来神経細胞を用いることが好ましい。神経細胞は、DSファーマバイオメディカル株式会社等から入手することができる。
【0030】
本発明の他の態様は、上記作製方法により得られた神経細胞である。
【0031】
従来、神経伸長に影響を及ぼす因子として汚染物質の存在は確認されていなかったが、本発明者らは、汚染物質が掻痒性皮膚疾患や敏感肌の原因となる神経細胞の神経伸長を引き起こすことを見出した。これにより、汚染物質によって伸長した神経細胞を用いて、汚染物質とともに有効成分を添加することで、汚染物質による皮膚への刺激および汚染物質による刺激に対する改善作用を有する有効成分の評価が可能となる。
【0032】
このような評価は、神経突起伸長を抑制するための薬剤の開発や評価に用いることができる。さらに、このような評価は、掻痒性皮膚疾患を治療するための薬剤の開発や評価に用いることができる。
【0033】
したがって、本発明の他の態様は、汚染物質による神経突起伸長を抑制する有効成分を評価する方法である。
【0034】
具体的手順としては特に限定されるものではないが、汚染物質および有効成分を表皮細胞に接触させた後、神経細胞を接触させる方法;汚染物質を表皮細胞に接触させた後、有効成分を添加し、さらに神経細胞を接触させる方法;汚染物質を表皮細胞に接触させた後、神経細胞を接触させ、その後有効成分を添加する方法;などいずれの方法であってもよいが、汚染物質および有効成分を表皮細胞に接触させた後、神経細胞を接触させる方法であることが好ましい。表皮細胞から放出される因子による神経伸長の制御を評価する方が、直接的に汚染物質および有効成分を神経細胞へ添加するよりも現実的な条件であると言える。
【0035】
この際の評価基準としては、例えば、汚染物質のみを添加した場合の神経突起の長さよりも、有効成分をさらに添加した場合の神経突起の長さが短くなっていれば、有効成分として有用であると判断できる。汚染物質のみを添加した場合の神経突起の長さに対して、有効成分をさらに添加した場合の神経突起の長さが好ましくは95%以下、より好ましくは90%以下であれば、有効成分として判断できる。
【0036】
本発明の他の実施形態は、汚染物質に表皮細胞を接触させて得られる試料を準備し、試料と、汚染物質に接触させていないコントロールと、を比較した場合の変化を測定する、汚染物質による皮膚刺激のin vitro評価方法である。
【0037】
汚染物質に表皮細胞を接触させる方法としては、培養された表皮細胞に汚染物質を添加することが好ましい。具体的方法は、上述したとおりである。
【0038】
汚染物質に、表皮細胞および神経細胞を接触させる順序については特に限定されないが、汚染物質に表皮細胞を接触させた後、神経細胞を接触させることが好ましく、培養された表皮細胞に汚染物質を添加してさらに培養後、培養上清を神経細胞に添加することがより好ましい。
【0039】
本形態において、汚染物質は、芳香族炭化水素受容体アゴニストであることが好ましい。芳香族炭化水素受容体アゴニストについては上述したとおりである。
【0040】
コントロールと比較した場合の変化としては、神経細胞の神経伸長(長さ)変化であることが好ましい。神経細胞の長さの測定方法は、下記実施例に記載の方法で測定する。そして、大気汚染物質を接触させた場合にコントロールと比較して神経細胞が伸長した場合に、当該大気汚染物質は皮膚刺激性があると判断される。具体的には、大気汚染物質による神経伸長は、コントロールの神経の長さに対して、105%以上となることが好ましく、110%以上となることがより好ましい。
【0041】
また、他の実施形態としては、コントロールと比較した場合の変化が、神経成長因子の分泌量の変化である。神経成長因子の分泌量は、下記実施例に記載の方法で測定する。そして、大気汚染物質を接触した場合にコントロールと比較して神経成長因子の分泌量が増加した場合に、当該大気汚染物質は皮膚刺激性があると判断される。具体的には、大気汚染物質による神経成長因子の分泌量は、コントロールの神経成長因子の分泌量に対して、105%以上となることが好ましく、108%以上となることがより好ましい。神経成長因子の分泌量は、例えば、培養された表皮細胞に汚染物質を添加してさらに培養後、培養上清中の神経成長因子の分泌量を測定すればよい。神経成長因子の分泌量は、免疫学的測定法(イムノアッセイ)により検出することができる。
【0042】
さらに、他の実施形態としては、コントロールと比較した場合の変化が、セマフォリン3Aの発現量の変化である。セマフォリン3Aの発現量は、下記実施例に記載の方法で測定する。そして、大気汚染物質を接触した場合にコントロールと比較してセマフォリン3Aの発現量が増加した場合に、当該大気汚染物質は皮膚刺激性があると判断される。具体的には、大気汚染物質によるセマフォリン3Aの発現量は、コントロールのセマフォリン3Aの発現量に対して、95%以下となることが好ましく、90%以下となることがより好ましい。
【0043】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲がこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0044】
汚染物質モデルとして、アメリカ国立標準技術研究所より購入したNIST SRM1975を、表皮細胞として、正常ヒト表皮細胞(NHEKs)を用いた。
【0045】
また、汚染物質による刺激の改善作用を有する有効成分としては、表皮細胞の分化を制御することで皮膚のバリア改善作用を有することが知られているリゾフォスファチジン酸(製品名:LPA、日光ケミカルズ社製)を評価物質として評価を行った。
実施例1.汚染物質による、表皮細胞からの神経成長因子(NGF)の分泌作用
1、実験方法
表皮細胞を2.0×104 cellsの播種密度で96-well plateに播種した。培地として倉敷紡績株式会社製HuMediaKG2を用いた。24時間培養後、汚染物質モデルNIST SRM1975(アメリカ国立標準技術研究所(NIST)、標準参照物質、Diesel Particulate Extract)を表1の各濃度で添加し、24時間培養を行った。その後、培養上清中のNGF分泌量をαLISA法(パーキンエルマー社製)にて測定した。NIST SRM1975添加後の細胞は、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)にて洗浄後BCA法でタンパク量を測定し、単位タンパク当たりのNGF分泌量として表した。なお、統計処理はStudent-t検定を用いて解析を行った。
※αLISA法:ELISA法(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay;イライザ、エライザ法)試料溶液中に含まれる目的の抗原あるいは抗体を、特異抗体あるいは抗原で捕捉すると共に、酵素反応を利用して検出・定量する方法。
【0046】
BCA法:タンパク質の定量方法。アルカリ条件下でタンパク質によって2価の銅イオン(Cu2+)が1価の銅イオン(Cu+)に還元される原理と、1価の銅イオンが2分子のビシンコニン酸(BCA;Bicinchoninic Acid)と配位結合して紫色に呈色する原理を組合せた方法。
2、結果
結果を表1に示した。表1中、Meanは平均値を、S.D.は標準偏差を、t-testはt検定におけるコントロールに対する有意差を、それぞれ示す。
【0047】
NIST SRM1975未添加コントロールと比較して、NIST SRM1975を添加した細胞では、添加濃度依存的にNGF分泌量の増加が認められた。
【0048】
【0049】
実施例2.汚染物質による、表皮細胞における神経伸長反発因子(Sema3A)の発現抑制作用
1、実験方法
表皮細胞を2.0×104 cellsの播種密度で96-well plateに播種した。培地として倉敷紡績株式会社製HuMediaKG2を用いた。24時間培養後、NIST SRM1975を表2に記載の濃度で添加し、24時間培養を行った。その後、TaqMan(登録商標) Gene Expression Cells-to-CT(登録商標) Kitのプロトコルに準拠しcDNAを作成し、TaqMan(登録商標) Gene Expression Assayを用いて、当該キットのプロトコルに準拠し、Sema3Aの発現量をReal time RT-PCR法(アプライドバイオシステムズ社製)にて測定した。なお、プライマーとしては、Assay ID: Hs00173810を使用した。Sema3Aの発現量はNIST SRM1975未添加コントロールの発現量を1とした相対比で表した。なお、統計処理はStudent-t検定を用いて解析を行った。表1中、Meanは平均値を、S.D.は標準偏差を、t-testはt検定におけるコントロールに対する有意差を、それぞれ示す。
※Real time RT-PCR法:定量PCRのひとつで、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)による増幅を経時的に測定することで、増幅幅に基づいて鋳型となるDNAの定量を行う方法。
2、結果
結果を表2に示した。NIST SRM1975未添加コントロールと比較して、NIST SRM1975を添加した細胞では、添加濃度依存的にSema3A発現量の低下が認められた。
【0050】
【0051】
実施例3.汚染物質によるマウス神経芽細胞腫N1E-115細胞の神経伸長作用
1、実験方法
表皮細胞を2.0×10
4 cellsの播種密度で96-well plateに播種した。培地として倉敷紡績株式会社製HuMediaKG2を用いた。その後、NIST SRM1975を5mg/ml培地の濃度で添加し、24時間培養を行った。培養後、PBSで細胞を洗浄してSRM1975を除去し、新鮮な倉敷紡績株式会社製HuMediaKB2培地を添加し、上記雰囲気下で24時間培養した。NIST SRM1975の刺激により表皮細胞から分泌された因子を含む培養上清を回収した。別途、96-well plateに、DMEM培地(ダルベッコ改変イーグル培地)中、DSファーマバイオメディカル株式会社製神経細胞(N1E-115)を0.5×10
4 cellsの播種密度で播種し、24時間培養後、表皮細胞の培養上清を添加し、24時間培養した。神経細胞(N1E-115)はブリリアントグリーンで染色し、位相差顕微鏡(倍率100倍)で観察した。
2、結果
結果を
図1に示した。NIST SRM1975未添加の表皮細胞培養上清添加では、神経細胞(N1E-115)の神経伸長は認められなかった。一方、NIST SRM1975を添加した表皮細胞の培養上清では神経細胞(N1E-115)の神経伸長が認められたことから、汚染物質の皮膚曝露による神経細胞の伸長が確認された。
実施例4.汚染物質によるヒトiPS由来神経細胞の神経伸長作用
1、実験方法
表皮細胞をT25フラスコに1.5×10
6cellsの播種密度で播種した。培地として倉敷紡績株式会社製HuMediaKG2を用いた。24時間培養後、上記培地で希釈したN1ST SRM1975を表3に示す最終濃度となるように添加し、24時間培養を行った。培養後、PBSで細胞を洗浄してSRM1975を除去し、新鮮な倉敷紡績株式会社製HuMediaKB2培地を添加し、24時間培養した。NIST SRM1975の刺激により表皮細胞から分泌された因子を含む培養上清を回収した。
【0052】
別途、96-well plateにヒトiPS由来神経細胞(hiPS)を2.2×10
4cellsの播種密度で播種した。培地として表皮細胞の培養上清およびhiPS分化培地の混合培地を用いた。24時間培養後、表皮細胞の培養上清を添加し、上記雰囲気で48時間培養した。神経細胞(ヒトiPS由来神経細胞)は細胞骨格を抗β-tubulin抗体、細胞核をHoechstでそれぞれ染色し、蛍光顕微鏡(倍率100倍)で観察した(
図2)。視野中に観察される神経細胞の突起の長さを測定し、平均値を算出した。表3中、神経細胞の突起の長さを、未添加コントロールの神経細胞の長さの平均値を100%とした相対値で表した。
2、結果
結果を表3および
図2に示した。NIST SRM1975未添加の表皮細胞培養上清添加では、神経細胞(ヒトiPS細胞)の神経伸長は認められなかった。一方、NIST SRM1975を添加した表皮細胞の培養上清では神経細胞(ヒトiPS細胞)の神経伸長が認められたことから、汚染物質の皮膚曝露による神経細胞の伸長が確認された。なお、50ng/mLのNGFを培養上清の代わりに神経細胞に添加した例(表3における比較対象)の結果も併せて記載する。
【0053】
【0054】
実施例5.汚染物質によるヒトiPS細胞の神経伸長作用に対する、LPAの抑制作用
1、実験方法
表皮細胞をT25フラスコに1.5×106cellsの播種密度で播種した。培地として倉敷紡績株式会社製HuMediaKG2を用いた。24時間培養後、NIST SRM1975および日光ケミカルズ株式会社製「LPA」(LPA含量25質量%)を添加し、24時間培養を行った。培養後、PBSで汚染物質を洗浄後、新鮮な倉敷紡績株式会社製HuMediaKB2培地を添加し、24時間培養した。NIST SRM1975の刺激により表皮細胞から分泌された因子を含む培養上清を回収した。
【0055】
別途、96-well plateに、ヒトiPS由来神経細胞(hiPS)を2.2×10
4 cellsの播種密度で播種した。培地として表皮細胞の培養上清およびhiPS分化培地の混合培地を用いた。24時間培養後、表皮細胞の培養上清を添加し、上記雰囲気下で48時間培養した。神経細胞(ヒトiPS細胞)は細胞骨格を抗β-tubulin抗体、細胞核をHoechstでそれぞれ染色し、蛍光顕微鏡(倍率100倍)で観察した(
図3)。視野中に観察される神経細胞の突起の長さを測定し、平均値を算出した。表4中、神経細胞の突起の長さを、未添加コントロールの神経細胞の長さの平均値を100%とした相対値で表した(Mean(1))。また、SRM1975および10μg/mL LPA添加については、SRM1975添加後の神経細胞の長さの平均値を100%とした相対値でも表した(Mean(2))。
2、結果
SRM1975およびLPAを添加して培養した表皮細胞の培養上清を用いた場合には、神経細胞の突起の長さがコントロールと同等レベルであった。すなわち、本願の評価計を用いて、大気汚染物質により神経伸長が誘導される条件において神経伸長抑制作用を有する有効成分の評価を行うことができる。
【0056】
【0057】
以上のことから、本発明によれば、汚染物質で刺激を受けた伸長した神経細胞の作製方法が提供される。また、汚染物質による刺激に対する有効成分のスクリーニングを行うことで、効果的に鎮痒作用あるいは敏感肌を抑える有効成分を開発することが可能となることから、これらを有効成分とした化粧品あるいは医薬品を提供することが可能になる。さらに、本発明の評価法を用いることで、汚染物質による神経伸長を指標として、汚染物質による皮膚への刺激を評価することが可能となる。