(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-08
(45)【発行日】2022-03-16
(54)【発明の名称】炎症マーカー測定方法、炎症マーカー測定装置、炎症マーカー測定プログラム、および当該プログラムを記録した記録媒体
(51)【国際特許分類】
G01N 33/49 20060101AFI20220309BHJP
G01N 33/86 20060101ALI20220309BHJP
G01N 33/72 20060101ALI20220309BHJP
【FI】
G01N33/49 C
G01N33/49 B
G01N33/86
G01N33/72 A
(21)【出願番号】P 2017195393
(22)【出願日】2017-10-05
【審査請求日】2020-09-04
(31)【優先権主張番号】P 2017013292
(32)【優先日】2017-01-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000230962
【氏名又は名称】日本光電工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】八田国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】樋口 誠
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/006897(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/128684(WO,A1)
【文献】特開2015-178962(JP,A)
【文献】特表2009-501324(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0193878(US,A1)
【文献】国際公開第2015/112768(WO,A1)
【文献】FABRY, T. L. et al.,Mechanism of Erythrocyte Aggregation and Sedimentation,Blood,1987年,Vol.70, No.5,pp.1572-1576
【文献】DOBBE J. G. G. et al.,Syllectometry: The effect of aggregometer geometry in the assessment of red blood cell shape recovery and aggregation,IEEE TRANSACTIONS ON BIOMEDICAL ENGINEERING,2003年01月01日,Vol.50, No.1,pp.97-106
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液検体から測定されたシレクトグラムに基づいて算出された、赤血球の凝集に関するパラメータと、前記血液検体から測定された、赤血球の密度に関するパラメータと、を変数とする非線形な関数を用いて
、赤血球沈降速度およびフィブリノゲン濃度の少なくともいずれか一つの炎症マーカーを算出する炎症マーカー測定方法。
【請求項2】
前記非線形な関数は、平均赤血球容積、平均赤血球血色素量、平均赤血球血色素濃度、およびヘモグロビン濃度の少なくともいずれか一つをさらに変数とする、請求項1に記載の炎症マーカー測定方法。
【請求項3】
前記赤血球の密度に関するパラメータは、ヘマトクリット値、赤血球数、ヘモグロビン濃度、および前記血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つである、請求項1または2に記載の炎症マーカー測定方法。
【請求項4】
血液検体から測定されたシレクトグラムに基づいて算出された、赤血球の凝集に関するパラメータと、前記血液検体から測定された、赤血球の密度に関するパラメータと、を変数とする非線形な関数を用いて
、赤血球沈降速度およびフィブリノゲン濃度の少なくともいずれか一つの炎症マーカーを算出する炎症マーカー測定部を有する炎症マーカー測定装置。
【請求項5】
前記非線形な関数は、平均赤血球容積、平均赤血球血色素量、平均赤血球血色素濃度、およびヘモグロビン濃度の少なくともいずれか一つをさらに変数とする、請求項4に記載の炎症マーカー測定装置。
【請求項6】
前記赤血球の密度に関するパラメータは、ヘマトクリット値、赤血球数、ヘモグロビン濃度、および前記血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つである、請求項4または5に記載の炎症マーカー測定装置。
【請求項7】
血液検体から測定されたシレクトグラムに基づいて算出された、赤血球の凝集に関するパラメータと、前記血液検体から測定された、赤血球の密度に関するパラメータと、を変数とする非線形な関数を用いて
、赤血球沈降速度およびフィブリノゲン濃度の少なくともいずれか一つの炎症マーカーを算出する手順をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項8】
前記非線形な関数は、平均赤血球容積、平均赤血球血色素量、平均赤血球血色素濃度、およびヘモグロビン濃度の少なくともいずれか一つをさらに変数とする、請求項7に記載のプログラム。
【請求項9】
前記赤血球の密度に関するパラメータは、ヘマトクリット値、赤血球数、ヘモグロビン濃度、および前記血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つである、請求項7または8に記載のプログラム。
【請求項10】
請求項7~9のいずれか一項に記載されたプログラムが記録されたコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炎症マーカー測定方法、炎症マーカー測定装置、炎症マーカー測定プログラム、および当該プログラムを記録した記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
赤血球沈降速度(以下、ESR(Erythrocyte Sedimentation Rate)と称する)により炎症性疾患のスクリーニングを行うことが知られている。採血後に血液を血沈管に移し替えて1時間後に、下へ沈む赤血球と上に残る血漿層との境界線が何ミリメートル沈んだかを読み取ることでESRを計測するウェスターグレン法がESRの測定の参照法とされている。
【0003】
一方、赤血球の沈降現象が観測される前段階においては、赤血球の連銭形成から凝集反応(以下、「赤血球凝集」と称する)が観測されるが、血液中に炎症性タンパクであり血液凝固因子でもあるフィブリノゲンが増加すると赤血球凝集が促進する。この赤血球凝集による光学密度変化からESRを算出するキャピラリーフォトメトリ法によれば、1分程度の短時間でESRを測定できる。
【0004】
参照法であるウェスターグレン法によるESRの測定値は、血液中に占める血球の体積の割合を示すヘマトクリット値による影響が比較的大きいとされている。このため、炎症の程度を正しく反映するESRの測定値を得るために、ヘマトクリットでの補正式が報告されている。
【0005】
一方、キャピラリーフォトメトリ法によるESRの測定値は、ヘマトクリット値の影響が比較的小さいとも言われており、キャピラリーフォトメトリ法によるESRの測定値は、参照法によるESRの測定値との乖離が比較的大きいという問題がある。この理由としては粒子の沈降において、粒子密度の増加に伴い沈降速度が減少する沈降干渉が挙げられる。キャピラリーフォトメトリ法では、赤血球凝集以降の沈降期におけるヘマトクリットの大小による沈降干渉の影響が考慮されていないことが挙げられる。
【0006】
そこで、Fabryの式を用いてヘマトクリット値よる補正を行いキャピラリーフォトメトリ法とウェスターグレン法の比較を行った非特許文献1が開示されている。
【0007】
また、フィブリノゲン測定方法として、希釈したクエン酸加血漿に高濃度トロンビンを加えてフィブリノゲンがフィブリンに転化するまでの時間からフィブリノゲン濃度を求めるClauss法(トロンビン時間法)がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Evaluation of the TEST 1 erythrocyte sedimentation rate system and intra- and inter-laboratory quality control using new latex control materials (Clin Chem Lab Med 2010;48(7):1043-1048)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、上記非特許文献1に記載されたFabryの式による補正では、上述した参照法によるESRの測定値との乖離がまだ大きいという問題がある。
【0010】
また、Clauss法では血漿分離、希釈、トロンビン試薬添加といった煩雑な操作が必要となる。
【0011】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであり、参照法またはClauss法との乖離が少ない、短時間で簡便に炎症マーカーを測定する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上記課題は、以下の手段によって解決される。
【0013】
血液検体から測定されたシレクトグラムに基づいて算出された、赤血球の凝集に関するパラメータと、当該血液検体から測定された、赤血球の密度に関するパラメータと、を変数とする非線形な関数を用いて、赤血球沈降速度およびフィブリノゲン濃度の少なくともいずれか一つの炎症マーカーを算出する炎症マーカー測定方法。
【発明の効果】
【0014】
血液検体のシレクトグラムに基づいて算出された、赤血球の凝集に関するパラメータと、当該血液検体の赤血球の密度に関するパラメータと、を変数とする非線形な関数を用いて炎症マーカーである赤血球沈降速度又はフィブリノゲン濃度を算出する。これにより、参照法またはClauss法と乖離が少ない、短時間で簡便な炎症マーカーの測定を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】炎症マーカー測定装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】炎症マーカー測定装置の概略を示す模式図である。
【
図3】炎症マーカー測定装置の構成要素である制御部の構成を示すブロック図である。
【
図5】ウェスターグレン法により測定されたESRと凝集パラメータとの関係を示す分布図と、ウェスターグレン法により測定されたESRと凝集パラメータを変数とする回帰式により算出されたESRとの関係を示す分布図を示す図である。
【
図6】ウェスターグレン法により測定されたESRとヘマトクリット値で補正した凝集パラメータとの関係を示す分布図と、ウェスターグレン法により測定されたESRと凝集パラメータおよびヘマトクリット値を変数とする回帰式により算出されたESRとの関係を示す分布図を示す図である。
【
図7】ウェスターグレン法により測定されたESRとヘマトクリット値および平均赤血球容積で補正した凝集パラメータとの関係を示す分布図と、ウェスターグレン法により測定されたESRと凝集パラメータ、ヘマトクリット値、および平均赤血球容積を変数とする回帰式により算出されたESRとの関係を示す分布図を示す図である。
【
図8】ESR測定方法の手順を示すフローチャートである。
【
図9】Clauss法により測定されたフィブリノゲン濃度と凝集パラメータとの関係を示す分布図と、Clauss法により測定されたフィブリノゲン濃度と凝集パラメータを変数とする回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度との関係を示す分布図を示す図である。
【
図10】Clauss法によるフィブリノゲン濃度とHCTで補正した凝集パラメータとの関係を示す分布図と、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と、凝集パラメータおよびHCTを変数とする回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度との関係を示す分布図を示す図である。
【
図11】Clauss法によるフィブリノゲン濃度と、HCTおよび平均赤血球容積で補正した凝集パラメータとの関係を示す分布図と、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と、凝集パラメータ、HCT、および平均赤血球容積を変数とする回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度との関係を示す分布図を示す図である。
【
図12】フィブリノゲン濃度の測定方法の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係る炎症マーカー測定方法、炎症マーカー測定装置、炎症マーカー測定プログラム、および当該プログラムを記録した記録媒体について詳細に説明する。図中、同一の部材には同一の符号を用いた。図面における寸法比率は説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0017】
(第1実施形態)
図1は、炎症マーカー測定装置の構成を示すブロック図である。
図2は、炎症マーカー測定装置の概略を示す模式図である。
図3は、炎症マーカー測定装置の構成要素である制御部の構成を示すブロック図である。
【0018】
炎症マーカーにはESRおよびフィブリノゲン濃度が含まれる。本実施形態においては、炎症マーカーとしてESRを測定する。
【0019】
炎症マーカー測定装置10は、血液取得部100、血球計数測定部110、シレクトグラム測定部120、血液排出部130、操作入力部140、データ出力部150、電源部160、および制御部170を有する。血液取得部100、血球計数測定部110、シレクトグラム測定部120、血液排出部130、操作入力部140、データ出力部150、および電源部160は、それぞれ制御部170に接続され、制御部170により制御される。シレクトグラム測定部120および制御部170は、炎症マーカー測定部を構成する。
【0020】
血液取得部100は、医療従事者などによって炎症マーカー測定装置10の図示しない導入口にセットされた採血管から血液検体を取得し、取得した血液検体を血球計数測定部110およびシレクトグラム測定部120に分配する。血液取得部100は、分注部101、第1配管102、第1吸引ポンプ103、電磁弁104、およびノズル105を有する。
【0021】
分注部101は、第1配管102を通じて第1吸引ポンプ103およびノズル105に接続される。第1配管102の一端部には、血液検体を希釈する希釈液をノズル105を通じて供給するための供給口が設けられる。
【0022】
血液検体は、あらかじめ患者から採取され、採血管内に収容される。採血管には、抗凝固剤として、たとえばEDTA(Ethylenediaminetetraacetic Acid)が血液検体に添加され得る。
【0023】
分注部101は、図示しない移動機構を備える。移動機構は、ノズル105を直交座標系のXYZ方向に移動可能な機構であり、ノズル105を採血管上の位置から鉛直上下方向(Z方向)に移動させ得る。さらに、移動機構は、ノズル105を水平方向(X方向およびY方向)に移動させ得る。移動機構は、ノズル105を血球計数測定部110上およびシレクトグラム測定部120上の各所定位置に移動させる。当該各所定位置は、ノズル105が血球計数測定部110およびシレクトグラム測定部120にそれぞれ血液検体を注入するのに適した位置である。
【0024】
採血管内の血液検体は、電磁弁104が制御されることで、ノズル105を介して第1吸引ポンプ103によって吸引され、ノズル105に保持される。ノズル105は、血球計数測定部110上およびシレクトグラム測定部120上の各所定位置に移動され、それぞれの所定位置から血液検体を血球計数測定部110およびシレクトグラム測定部120に所定量注入する。
【0025】
分注部101は、採血管から吸引された血液検体を収容する図示しない検体収容部を備えてもよい。この場合、採血管内の血液検体は、第1吸引ポンプ103によって吸引されてノズル105を通じて検体収容部に収容される。このとき、血液検体が採血管から検体収容部に流入するように、電磁弁104が制御される。
【0026】
血球計数測定部110は、第1測定ユニット111および第2測定ユニット112を有する。第1測定ユニット111および第2測定ユニット112は、それぞれチャンバおよび検出部を有する。チャンバは、ノズル105により注入された血液検体を保持する。検出部は、血液検体の血球計数を測定する。
【0027】
血液検体は、第1測定ユニット111のチャンバに注入され、希釈液により200倍に希釈され、溶血剤により溶血された後、白血球数などが検出部により測定される。さらに、血液検体は、第2測定ユニット112のチャンバに注入され、希釈液により4万倍に希釈され、赤血球数などが検出部により測定される。各チャンバは、血液排出部130に接続されており、使用済みの血液検体は、開閉可能な電磁弁vがそれぞれ開くことにより、血液排出部130に排出される。
【0028】
血球計数の測定項目は、たとえば、白血球数(WBC)、赤血球数(RBC)、ヘモグロビン濃度(HGB)、ヘマトクリット値(HCT)、平均赤血球容積(MCV)、平均赤血球ヘモグロビン量(MCH)、平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)、血小板数(PLT)、リンパ球パーセント(LY%)、単球パーセント(MO%)、顆粒球パーセント(GR%)、リンパ球(LY)、単球(MO)、および顆粒球(GR)を含むがこれらに限定されない。測定項目のうち、たとえば血球数および血球の大きさは電気抵抗法により測定される。HGBは比色法の測定原理に基づいて測定される。HCTは血球パルスにより波高値積算方式(RBCヒストグラムにより算出)で測定される。なお、これらの血球計数の測定技術はいずれも公知であるため説明を省略する。血球計数の測定データは、制御部170に送信される。
【0029】
シレクトグラム測定部120は、チャンバ121、透明管122、透過光検出部123、第2配管124、および第2吸引ポンプ125を有する。シレクトグラム測定部120は、血液検体のシレクトグラムを測定する。シレクトグラムとは、血液検体にずり応力を印加することで生じさせた血液検体の流れを停止させたときの、停止前後にわたる、血液検体を透過する光の強度の推移を示すグラフである。
【0030】
チャンバ121は、ノズル105を通じて注入された血液検体を収容する。
【0031】
透明管122は、たとえば透明のガラス管である。透明管122の下端はチャンバ121に連通され、上端は第2配管124を通じて第3配管132に接続される。チャンバ121内の血液検体は、透明管122内を第2吸引ポンプ125に吸引されることで一定のずり応力が印加される。ずり応力が印加されることにより、血液検体は、透明管122を一定の流速で流れる。その後、血液検体は、第2吸引ポンプ125の停止、または透過光検出部123から第2吸引ポンプ125の間に設置された電磁弁(図示せず)の切替または遮断により流れが停止される。
【0032】
透過光検出部123は、光源と光検出器とを有する。光源は透明管122内の血液検体に光を照射する。光検出器は、血液検体に照射された照射光のうち、血液検体を透過した透過光の強度(以下、「透過光強度」と称する)を検知する。光源は、たとえば近赤外線発生器で構成され得る。光検出器は、フォトダイオードで構成され得る。
【0033】
透過光検出部123は、透明管122内を流れる血液検体の流れが停止される前後にわたって透過光強度を検知し、検知結果を制御部170に送信する。すなわち、透過光検出部123は、シレクトグラムを測定し、制御部170に送信する。
【0034】
シレクトグラム測定部120はヒータ等によって測定時の血液温度が一定になるように調節される。
【0035】
【0036】
シレクトグラムの横軸は時間を示し、縦軸は透過光強度を示している。
図4に示すシレクトグラムの例においては、透過光検出部123の光検出器として用いられたフォトダイオードの出力電圧が、透過光強度として示されている。
【0037】
シレクトグラムにおいては、透明管122内を流れる血液検体の流れが停止された時間t0において、透過光強度が最小値Vminとなる。これは、流れが停止された瞬間においては、赤血球の凝集がほとんど生じていないため、透明管122内において均一に分散した赤血球により照射光が反射および吸収されることで、透過光強度が小さくなることに起因する。透過光強度は、時間t0において最小値Vminとなった後、増加する。これは、流れが停止されることで赤血球の凝集が開始され、凝集により増大する赤血球の隙間を照射光が透過するためである。赤血球が凝集するのは、炎症に伴い増加する正に帯電したフィブリノゲン等の血中タンパクにより、負に帯電している赤血球間の反発が妨げられるからである。
【0038】
シレクトグラムに基づいて、赤血球の凝集に関するパラメータ(以下、「凝集パラメータ」と称する)を算出する。凝集パラメータには、赤血球の凝集と対応関係にあるパラメータが広く含まれ得る。
【0039】
凝集パラメータを算出するために、時間t
0から所定時間経過後の時間t
Aが設定される。当該所定時間は、シレクトグラムにおいて透過光強度の増加速度がある程度低下して飽和する任意の時間に設定され得る。時間t
Aのときの透過光強度が、凝集パラメータを算出する際の凝集パラメータの最大値V
maxとして設定される。凝集パラメータには、シレクトグラムに基づいて次のように算出されるパラメータAIが含まれ得る。パラメータAIは、シレクトグラムにおいて、時間間隔t
A-0を一辺とし、透過光強度の最大値V
maxと透過光強度の最小値V
minとの差AMPを他辺とする長方形の領域Sの面積に対する、当該領域Sのうちシレクトグラムの曲線より下の領域Bの面積の比として算出される。領域Sは、
図4において斜線部として示されている。すなわち、パラメータAIは、シレクトグラムにおいて、領域Aの面積と領域Bの面積の和に対する領域Bの面積の比(すなわち、B/(A+B))として算出される。領域Aの面積は、領域Sのうちシレクトグラムの曲線より上の領域である。凝集パラメータには、AIの他、Bの面積、Aの面積、AMP、および時間t
1/2の各値が含まれ得る。時間t
1/2は、時間t
0のときの透過光強度の最小値V
minから透過光強度がAMP/2増加したときの時間である。
【0040】
血液排出部130は、第2吸引ポンプ125、排出タンク131、および第3配管132を有する。なお、上述したように、第2吸引ポンプ125は、シレクトグラム測定部120の構成要素を兼ねる。第2吸引ポンプ125は、血球計数測定部110およびシレクトグラム測定部120から使用済みの血液検体を吸引する。排出タンク131は、第2吸引ポンプ125によって吸引された使用済みの血液検体を貯留する。ESR測定用に第3吸引ポンプを追加し並列に用いてもよい。
【0041】
操作入力部140は、たとえばタッチパネルであり、医療従事者などによる指示およびデータの入力を受け付ける。医療従事者などによる指示には、ESRの測定の指示および血球計数の測定の指示が含まれる。入力されるデータには、ESRを算出するための関数が含まれる。後述するように、ESRを算出するための関数は、凝集パラメータおよび赤血球の密度に関するパラメータに基づいてESRを算出するための非線形な関数である。赤血球の密度に関するパラメータは、たとえば、HCT、RBC、HGB、および血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つであり得る。
【0042】
データ出力部150は、血球計数およびESRを含む測定データ、各種設定メニュー、各種操作メニュー、およびメッセージを出力する。ここで、出力には、たとえばデータ信号としての出力、データが印刷された用紙の出力、およびディスプレイの表示画面への表示が含まれる。データ出力部150には、データ送受信用コネクター、プリンター、およびディスプレイが含まれる。
【0043】
データ出力部150は、医療従事者などによる指示に応じて、血球計数の測定結果とESRの特定結果とを併せて表示し得る。特に、HCTがESRと同時に表示されることにより、医療従事者などが測定で得られたESRを評価する際にHCTを考慮するように促すことができ、スクリーニングが容易になる。また、HCTとともにHGB、白血球などについてもESRとともに表示可能であるので、医療従事者などが、貧血などの疾患や炎症を伴う疾患のスクリーニングがしやすくなる。
【0044】
血球計数部で測定したHCTと、シレクトグラム測定部120から得られた透過光強度から推定されるHCTを比較し、ESRの測定が適切に実施されていない可能性がある旨を示唆するメッセージをデータ出力部150に表示し得る。
【0045】
電源部160は、血液取得部100、血球計数測定部110、シレクトグラム測定部120、血液排出部130、操作入力部140、データ出力部150、および制御部170に必要な電力を供給する。
【0046】
制御部170は、血液取得部100、血球計数測定部110、シレクトグラム測定部120、血液排出部130、操作入力部140、データ出力部150、および電源部160を制御するとともに各部から必要なデータを受信する。
【0047】
図3に示すように、制御部170は、CPU(Central Processing Unit)171、RAM(Random Access Memory)172、ROM(Read Only Memory)173、およびHDD(Hard Disk Drive)174を有し、これらの構成要素はバス175により相互に通信可能に接続される。
【0048】
CPU171は、プログラムにしたがって制御部170の各構成要素を制御するとともに、各種演算を行うプロセッサーである。CPU171は、HDD174に記憶された炎症マーカー測定プログラムPを実行することにより、ESRを測定する。
【0049】
RAM172は揮発性の記憶デバイスであり、炎症マーカー測定プログラムP、測定データ、および、後述するESRを算出するための関数を一時的に記憶する。
【0050】
ROM173は、不揮発性の記憶デバイスであり、炎症マーカー測定プログラムPが実行される際に使用する各種設定データを含む各種データを記憶する。
【0051】
HDD174は、オペレーティングシステム、および炎症マーカー測定プログラムPを含む各種プログラム、ならびに測定データ、ESRを算出するための関数、および患者の基本情報を含む各種データを格納する。患者の基本情報には、患者のID、氏名、および年齢が含まれる。なお、採血管には患者のIDが印刷されたラベルが添付されており、患者のIDにより採血管および測定データが管理され得る。
【0052】
ESRを算出するための関数(回帰式)について説明する。
【0053】
図5は、ウェスターグレン法により測定されたESRと凝集パラメータとの関係を示す分布図と、ウェスターグレン法により測定されたESRと凝集パラメータを変数とする回帰式により算出されたESRとの関係を示す分布図を示す図である。以下、説明を簡単にするために、例として、凝集パラメータXは、上述したAIであるものとして説明する。また、ウェスターグレン法により測定されたESRを、単に「参照法によるESR」と称する。
【0054】
凝集パラメータXを変数としてESRを算出するための非線形の回帰式を作成し、当該回帰式に
図5の左の分布図においてプロットされている凝集パラメータXの各値を代入することで算出されるESRと、参照法によるESRとを比較する。当該比較は、
図5の右の分布図に示すように、参照法によるESRと、回帰式により算出されたESRとの関係を分布図としてプロットすることで行い得る。なお、回帰式は、最小二乗法により、参照法によるESRとの偏差の平方和が最小となる非線形の式(たとえば指数関数または累乗関数)とし得る。
【0055】
図5の右の分布図から明らかなように、シレクトグラムに基づく凝集パラメータXのみを変数とする回帰式により算出されたESRは、参照法によるESRと良好な相関関係が得られない。したがって、凝集パラメータXのみを変数とする回帰式によりESRを算出しても参照法によるESRとの乖離が十分に低減できない。
【0056】
図6は、参照法によるESRとHCTで補正した凝集パラメータとの関係を示す分布図と、参照法によるESRと凝集パラメータおよびHCTを変数とする回帰式により算出されたESRとの関係を示す分布図を示す図である。
【0057】
赤血球の密度に関するパラメータによって凝集パラメータXも変化する。たとえば、赤血球の密度に関するパラメータであるHCTが増加すると凝集パラメータXも増加する。そこで、凝集パラメータXをHCTで除算することで、補正をする。すなわち、補正後の凝集パラメータX
HCTを、a・X/HCT(aは実験により最適化される定数、Xは凝集パラメータの値、HCTはヘマトクリット値)とする。そして、補正後の凝集パラメータX
HCTを変数としてESRを算出するための非線形の回帰式を作成し、当該回帰式に
図6の左の分布図においてプロットされている補正後の凝集パラメータX
HCTの各値を代入することで算出されるESRと、参照法によるESRとを比較する。当該比較は、
図6の右の分布図に示すように、参照法によるESRと、回帰式により算出されたESRとの関係を分布図としてプロットすることで行い得る。なお、凝集パラメータXの補正は、HCTの増大に対し凝集パラメータXを減少させるものであればよく、たとえば、凝集パラメータXからHCT(またはHCTに定数を乗じた値)を減算する補正であってもよい。上述した補正後の凝集パラメータX
HCTを変数とする回帰式は、HCTで補正された凝集パラメータX
HCTを変数とするため、凝集パラメータXおよびHCTを変数とする回帰式とも言える。回帰式は、最小二乗法により、参照法によるESRとの偏差の平方和が最小となる非線形の式(たとえば指数関数または累乗関数)とすることができる。
【0058】
上述したように、赤血球の密度に関するパラメータには、HCT、RBC、HGB、および血液検体を透過する透過光の強度が含まれる。したがって、凝集パラメータXは、HCT、RBC、HGB、および血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つに基づいて補正され得る。すなわち、凝集パラメータXは、HCT、RBC、HGB、および血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つに基づいて、これらのパラメータの影響を差し引く補正がされ得る。
【0059】
図6の右の分布図から明らかなように、凝集パラメータXおよびHCTを変数とする非線形の回帰式により算出されたESRは、参照法によるESRと良好な相関関係が得られる。したがって、凝集パラメータXおよびHCTを変数とする非線形の回帰式によりESRを算出することで、参照法によるESRとの乖離を低減できることが判る。このため、当該回帰式をESRを算出するための関数として用い得る。
【0060】
図7は、参照法によるESRとHCTおよび平均赤血球容積で補正した凝集パラメータとの関係を示す分布図と、参照法によるESRと凝集パラメータ、HCT、および平均赤血球容積を変数とする回帰式により算出されたESRとの関係を示す分布図を示す図である。
【0061】
Stokesの式によれば、赤血球の凝集塊の径の二乗に比例して赤血球の沈降速度も大きくなる。したがって、ESRは、赤血球の容積に関するパラメータの影響を受ける。そこで、HCTで補正した凝集パラメータX
HCTを平均赤血球容積(MCV)でさらに補正する。赤血球の容積に関するパラメータには、平均赤血球容積(MCV)、平均赤血球ヘモグロビン量(MCH)、平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)、およびHGBの少なくともいずれか一つが含まれる。以下、説明を簡単にするために、赤血球の容積に関するパラメータが平均赤血球容積であるとして説明する。球体の体積は4/3・π・r
3(rは球体の半径)であるので、赤血球の沈降速度は平均赤血球容積の2/3乗に比例すると考えられる。しかし、赤血球は完全な球体ではないため、補正後の凝集パラメータX
HCT_MCVを、X
HCT・MCV
b(b:実験により最適化される定数、X
HCT:HCTで補正された凝集パラメータの値、MCV:平均赤血球容積の値)とする。そして、補正後の凝集パラメータX
HCT_MCVを変数としてESRを算出するための非線形の回帰式を作成し、当該回帰式に
図7の左の分布図においてプロットされている補正後の凝集パラメータX
HCT_MCVの各値を代入することで算出されるESRと、参照法によるESRとを比較する。当該比較は、
図7の右の分布図に示すように、参照法によるESRと、回帰式により算出されたESRとの関係を分布図としてプロットすることで行い得る。なお、上述した補正後の凝集パラメータX
HCT_MCVを変数とする回帰式は、HCTで補正された後にさらに平均赤血球容積で補正された凝集パラメータX
HCT_MCVを変数とする。したがって、当該回帰式は、凝集パラメータ、HCT、および平均赤血球容積を変数とする回帰式とも言える。回帰式は、最小二乗法により、参照法によるESRとの偏差の平方和が最小となる非線形の式(たとえば指数関数または累乗関数)とすることができる。
【0062】
図7の右の分布図から明らかなように、凝集パラメータX、HCT、および平均赤血球容積を変数とする回帰式により算出されたESRは、参照法によるESRとさらに良好な相関関係が得られる。したがって、凝集パラメータX、HCT、および平均赤血球容積を変数とする回帰式によりESRを算出することで、参照法によるESRとの乖離をさらに低減できることが判る。このため、当該回帰式をESRを算出するための関数として用い得る。
【0063】
上述したように、ESRを算出するための関数は、凝集パラメータおよびHCTを変数とする非線形の回帰式、または凝集パラメータ、HCT、および平均赤血球容積を変数とする非線形の回帰式である。そして、当該回帰式を得る際の参照法によるESRとの最小二乗法によるフィッティングは、HCT(または、HCTおよび平均赤血球容積)により補正された補正後の凝集パラメータを変数とする非線形の関数を用いて行われる必要がある。これは、参照法によるESRとのフィッティングに用いられる回帰式に非線形の関数を用いるため、フィッティング後の回帰式に対しHCTなどによる補正をしても正確なESRを算出できないからである。
【0064】
図8は、ESR測定方法の手順を示すフローチャートである。本フローチャートは、炎症マーカー測定プログラムPにしたがって制御部170により実行され得る。
【0065】
制御部170は、血液取得部100により採血管から血液検体を取得し、血球計数測定部110およびシレクトグラム測定部120に供給する(S101)。本ステップは、医療従事者などにより操作入力部140に入力された指示に基づいて開始される。以下、説明を簡単にするために、医療従事者などによる指示がESRの測定であるものとして説明する。なお、上述したように、ESRの測定は、凝集パラメータ、赤血球の密度に関するパラメータ、ならびに平均赤血球容積、平均赤血球ヘモグロビン量、平均赤血球ヘモグロビン濃度、およびHGBの少なくともいずれか一つの測定値に基づいて算出することで実行される。したがって、医療従事者などによる指示がESRの測定のみであっても、並行して血球計数の測定が行われ得る。
【0066】
制御部170は、血球計数測定部110により血球計数を測定するとともに、シレクトグラム測定部120によりシレクトグラムを測定して凝集パラメータを算出する(S102)。
【0067】
制御部170は、ステップS102で算出された凝集パラメータをHCTで補正する(S103)。
【0068】
制御部170は、ステップS103で補正された凝集パラメータをさらに平均赤血球容積で補正する(S104)。
【0069】
制御部170は、ステップS104で補正された凝集パラメータに基づいてESRを算出する(S105)。
【0070】
ステップS103~S105の手順は、凝集パラメータ、赤血球の密度に関するパラメータ、および平均赤血球容積の測定値に基づいてESRを算出する手順と等価である。すなわち、ESRを算出するための関数の変数に、凝集パラメータ、赤血球の密度に関するパラメータ、および平均赤血球容積を代入してESRを算出する手順と等価である。したがって、ステップS103~S105の手順は実質的に同時に実行され得る。
【0071】
本実施形態は以下の効果を奏する。
【0072】
測定されたシレクトグラムに基づく赤血球の凝集に関するパラメータと、測定された赤血球の密度に関するパラメータと、を変数とする非線形な関数を用いてESRを算出する。これにより、参照法による測定値との乖離が低減されたESRの測定を短時間で実現できる。
【0073】
さらに、平均赤血球容積、平均赤血球血色素量、平均赤血球血色素濃度、およびHGBの少なくともいずれか一つをさらに上記関数の変数とする。これにより、参照法による測定値との乖離をさらに低減できる。
【0074】
さらに、赤血球の密度に関するパラメータを、HCT、RBC、HGB、および前記血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つとする。これにより、測定項目や測定環境に応じてより簡単かつ柔軟に、参照法による測定値との乖離が低減されたESRを測定できる。
【0075】
(第2実施形態)
本発明の第2実施形態について説明する。本実施形態と第1実施形態とで異なる点は、本実施形態においては、凝集パラメータおよび赤血球の密度に関するパラメータを変数とする非線形な関数などを用いて、炎症マーカーとしてフィブリノゲン濃度を測定する点である。その他の点については、本実施形態は第1実施形態と同様であるため、重複する説明は省略する。
【0076】
フィブリノゲンとは、上述したように、炎症に伴い増加する正に帯電した血中タンパクである。正に帯電しているフィブリノゲンにより負に帯電している赤血球間の反発が妨げられるため、フィブリノゲン濃度が増加するに従い、赤血球の凝集が顕著となる。
【0077】
フィブリノゲン濃度の測定は、凝集パラメータと、赤血球の密度に関するパラメータとを変数とする非線形な関数を用いてフィブリノゲン濃度を算出することにより行われる。当該非線形な関数は、MCV、MCH、MCHC、およびHGBの少なくともいずれか一つをさらに変数とし得る。
【0078】
フィブリノゲン濃度を算出するための関数(回帰式)について説明する。なお、フィブリノゲン濃度は、通常Clauss法(トロンビン時間法)により測定される。
【0079】
図9は、Clauss法により測定されたフィブリノゲン濃度と凝集パラメータとの関係を示す分布図と、Clauss法により測定されたフィブリノゲン濃度と凝集パラメータを変数とする回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度との関係を示す分布図を示す図である。以下、説明を簡単にするために、例として、凝集パラメータYは、上述したAIであるものとして説明する。また、Clauss法により測定されたフィブリノゲン濃度を「Clauss法によるフィブリノゲン濃度」と称する。
【0080】
図9の左の分布図に示す、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と凝集パラメータYとの関係から、凝集パラメータYを変数としてフィブリノゲン濃度を算出するための回帰式を作成する。そして、作成した回帰式に、
図9の左の分布図においてプロットされている凝集パラメータYの各値を代入することで算出されるフィブリノゲン濃度と、Clauss法によるフィブリノゲン濃度とを比較する。当該比較は、
図9の右の分布図に示すように、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と、回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度との関係を分布図としてプロットすることで行い得る。なお、回帰式は、最小二乗法により、Clauss法によるフィブリノゲン濃度との偏差の平方和が最小となる線形または非線形の式(たとえば、一次関数、指数関数、または累乗関数)とし得る。
【0081】
図9の右の分布図から明らかなように、シレクトグラムに基づく凝集パラメータYのみを変数とする回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度は、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と良好な相関関係が得られない。したがって、凝集パラメータYのみを変数とする回帰式によりフィブリノゲン濃度を算出してもClauss法によるフィブリノゲン濃度との乖離が比較的大きく、高精度にフィブリノゲン濃度を測定できない。
【0082】
図10は、Clauss法によるフィブリノゲン濃度とHCTで補正した凝集パラメータとの関係を示す分布図と、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と、凝集パラメータおよびHCTを変数とする回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度との関係を示す分布図を示す図である。
【0083】
赤血球の密度に関するパラメータによって凝集パラメータYも変化する。たとえば、赤血球の密度に関するパラメータであるHCTが増加すると凝集パラメータYも増加する。そこで、凝集パラメータYからHCT(またはHCTに定数を乗じた値)を減算することで、補正をする。すなわち、補正後の凝集パラメータY
HCTを、Y-c・HCT(cは実験により最適化される定数、Yは凝集パラメータの値、HCTはヘマトクリット値)とする。そして、
図10の左の分布図に示す、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と補正後の凝集パラメータY
HCTとの関係から、補正後の凝集パラメータY
HCTを変数としてフィブリノゲン濃度を算出するための回帰式を作成する。そして、作成した回帰式に
図10の左の分布図においてプロットされている補正後の凝集パラメータY
HCTの各値を代入することで算出されるフィブリノゲン濃度と、Clauss法によるフィブリノゲン濃度とを比較する。当該比較は、
図10の右の分布図に示すように、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と、回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度との関係を分布図としてプロットすることで行い得る。なお、凝集パラメータYの補正は、HCTの増大に対し凝集パラメータYを減少させるものであればよく、たとえば、凝集パラメータYをHCT(またはHCTに定数を乗じた値)で除算する補正であってもよい。上述した補正後の凝集パラメータY
HCTを変数とする回帰式は、HCTで補正された凝集パラメータY
HCTを変数とするため、凝集パラメータYおよびHCTを変数とする回帰式とも言える。回帰式は、最小二乗法により、Clauss法によるフィブリノゲン濃度との偏差の平方和が最小となる非線形の式(たとえば指数関数または累乗関数)とすることができる。
【0084】
上述したように、赤血球の密度に関するパラメータには、HCT、RBC、HGB、および血液検体を透過する透過光の強度が含まれる。したがって、凝集パラメータYは、HCT、RBC、HGB、および血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つに基づいて補正され得る。すなわち、凝集パラメータYは、HCT、RBC、HGB、および血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つに基づいて、これらのパラメータの影響を差し引く補正がされ得る。
【0085】
図10の右の分布図から明らかなように、凝集パラメータYおよびHCTを変数とする非線形の回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度は、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と良好な相関関係が得られる。したがって、凝集パラメータYおよびHCTを変数とする非線形の回帰式によりフィブリノゲン濃度を算出することで、Clauss法によるフィブリノゲン濃度との乖離を低減できることが判る。このため、当該回帰式をフィブリノゲン濃度を算出するための関数として用い得る。
【0086】
図11は、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と、HCTおよび平均赤血球容積で補正した凝集パラメータとの関係を示す分布図と、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と、凝集パラメータ、HCT、および平均赤血球容積を変数とする回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度との関係を示す分布図を示す図である。
【0087】
上述のStokesの式は赤血球の沈降を前提とする。このため、赤血球の沈降を前提としないフィブリノゲン濃度に対してはStokesの式を適用できないと考えることもできる。しかし、赤血球の凝集には赤血球の表面積および体積が影響する。このため、補正後の凝集パラメータYHCT_MCVを、d・YHCT・MCVe(d:実験により最適化される定数、YHCT:HCTで補正された凝集パラメータの値、MCV:平均赤血球容積の値、e:実験により最適化される定数)とする。
【0088】
そして、
図11の左の分布図に示す、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と補正後の凝集パラメータY
HCT_MCVとの関係から、補正後の凝集パラメータY
HCT_MCVを変数としてフィブリノゲン濃度を算出するための回帰式を作成する。そして、作成した回帰式に
図11の左の分布図においてプロットされている補正後の凝集パラメータY
HCT_MCVの各値を代入することで算出されるフィブリノゲン濃度と、Clauss法によるフィブリノゲン濃度とを比較する。当該比較は、
図11の右の分布図に示すように、Clauss法によるフィブリノゲン濃度と、回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度との関係を分布図としてプロットすることで行い得る。なお、上述した補正後の凝集パラメータY
HCT_MCVを変数とする回帰式は、HCTで補正された後にさらに平均赤血球容積で補正された凝集パラメータY
HCT_MCVを変数とする。したがって、当該回帰式は、凝集パラメータ、HCT、および平均赤血球容積を変数とする回帰式とも言える。回帰式は、最小二乗法により、Clauss法によるフィブリノゲン濃度との偏差の平方和が最小となる非線形の式(たとえば指数関数または累乗関数)とすることができる。
【0089】
図11の右の分布図から明らかなように、凝集パラメータY、HCT、および平均赤血球容積を変数とする回帰式により算出されたフィブリノゲン濃度は、Clauss法によるフィブリノゲン濃度とさらに良好な相関関係が得られる。したがって、凝集パラメータY、HCT、および平均赤血球容積を変数とする回帰式によりフィブリノゲン濃度を算出することで、Clauss法によるフィブリノゲン濃度との乖離をさらに低減できることが判る。このため、当該回帰式をフィブリノゲン濃度を算出するための関数として用い得る。
【0090】
フィブリノゲン濃度を算出するための関数は、凝集パラメータYおよびHCTを変数とする非線形の回帰式、または凝集パラメータY、HCT、および平均赤血球容積を変数とする非線形の回帰式である。そして、当該回帰式を得る際のClauss法によるフィブリノゲン濃度との最小二乗法によるフィッティングは、HCT(または、HCTおよび平均赤血球容積)により補正された補正後の凝集パラメータを変数とする非線形の関数を用いて行われる必要がある。これは、Clauss法によるフィブリノゲン濃度とのフィッティングに用いられる回帰式に非線形の関数を用いるため、フィッティング後の回帰式に対しHCTなどによる補正をしても正確なフィブリノゲン濃度を算出できないからである。
【0091】
図12は、フィブリノゲン濃度の測定方法の手順を示すフローチャートである。本フローチャートは、炎症マーカー測定プログラムPにしたがって制御部170により実行され得る。
【0092】
制御部170は、血液取得部100により採血管から血液検体を取得し、血球計数測定部110およびシレクトグラム測定部120に供給する(S201)。本ステップは、医療従事者などにより操作入力部140に入力された指示に基づいて開始される。以下、説明を簡単にするために、医療従事者などによる指示がフィブリノゲン濃度の測定であるものとして説明する。なお、上述したように、フィブリノゲン濃度の測定は、凝集パラメータ、赤血球の密度に関するパラメータ、ならびに平均赤血球容積、平均赤血球ヘモグロビン量、平均赤血球ヘモグロビン濃度、およびHGBの少なくともいずれか一つの測定値に基づいて算出することで実行される。したがって、医療従事者などによる指示がフィブリノゲン濃度の測定のみであっても、並行して血球計数の測定が行われ得る。
【0093】
制御部170は、血球計数測定部110により血球計数を測定するとともに、シレクトグラム測定部120によりシレクトグラムを測定して凝集パラメータを算出する(S202)。
【0094】
制御部170は、ステップS202で算出された凝集パラメータをHCTで補正する(S203)。
【0095】
制御部170は、ステップS203で補正された凝集パラメータをさらに平均赤血球容積で補正する(S204)。
【0096】
制御部170は、ステップS204で補正された凝集パラメータに基づいてフィブリノゲン濃度を算出する(S205)。
【0097】
ステップS203~S205の手順は、凝集パラメータ、赤血球の密度に関するパラメータ、および平均赤血球容積の測定値に基づいてフィブリノゲン濃度を算出する手順と等価である。すなわち、フィブリノゲン濃度を算出するための関数の変数に、凝集パラメータ、赤血球の密度に関するパラメータ、および平均赤血球容積を代入してフィブリノゲン濃度を算出する手順と等価である。したがって、ステップS203~S205の手順は実質的に同時に実行され得る。
【0098】
本実施形態は以下の効果を奏する。
【0099】
測定されたシレクトグラムに基づく赤血球の凝集に関するパラメータと、測定された赤血球の密度に関するパラメータと、を変数とする非線形な関数を用いてフィブリノゲン濃度を算出する。これにより、高精度なフィブリノゲン濃度の測定を実現できる。
【0100】
さらに、平均赤血球容積、平均赤血球血色素量、平均赤血球血色素濃度、およびHGBの少なくともいずれか一つをさらに上記関数の変数とする。これにより、さらに高精度なフィブリノゲン濃度の測定を実現できる。
【0101】
さらに、赤血球の密度に関するパラメータを、HCT、RBC、HGB、および前記血液検体を透過する透過光の強度の少なくともいずれか一つとする。これにより、測定項目や測定環境に応じてより簡単かつ柔軟に、高精度なフィブリノゲン濃度の測定を実現できる。
【0102】
以上、本発明の実施形態に係る炎症マーカー測定方法、炎症マーカー測定装置、炎症マーカー測定プログラム、および当該プログラムを記録した記録媒体について説明したが、本発明は上述した実施形態に限定されない。
【0103】
たとえば、上記実施形態においては、血球計数測定部に第1測定ユニットおよび第2測定ユニットが設けられている。しかし、炎症マーカーの測定のみ必要とされる場合は、白血球に関する血球計数の測定を行う第1測定ユニットを省略できる。
【0104】
また、上記実施形態においてプログラムにより実行される機能の一部または全部を電子回路などのハードウェアにより実行してもよい。
【符号の説明】
【0105】
10 炎症マーカー測定装置、
100 血液取得部、
110 血球計数測定部、
120 シレクトグラム測定部、
130 血液排出部、
140 操作入力部、
150 データ出力部、
160 電源部、
170 制御部。