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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-08
(45)【発行日】2022-03-16
(54)【発明の名称】シート状細胞培養物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20220309BHJP
【FI】
C12N5/077
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018047912
(22)【出願日】2018-03-15
(65)【公開番号】P2019154361
(43)【公開日】2019-09-19
【審査請求日】2020-10-09
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】鮫島 正
(72)【発明者】
【氏名】野口 枝莉
(72)【発明者】
【氏名】菅野 智規
【審査官】宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-192467(JP,A)
【文献】特開2016-052270(JP,A)
【文献】国際公開第2015/152025(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/017267(WO,A1)
【文献】特開2009-082005(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養基材から剥離されたシート状細胞培養物の縮みを抑制する方法であって、剥離されたシート状細胞培養物を低栄養等張液により灌流することを含み、ここで灌流は、剥離されたシート状細胞培養物の両面に対して、少なくとも3回行われ、灌流は、剥離されたシート状細胞培養物を低栄養等張液に浸漬させることにより行われ、灌流には、毎回新たな低栄養等張液が使用される、前記方法。
【請求項2】
灌流が、シート状細胞培養物の剥離直後から剥離後6時間までの間に行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
さらに、シート状細胞培養物を伸展させることを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
シート状細胞培養物の伸展が、シート状細胞培養物が浸漬された低栄養等張液入りの容器を振盪することにより行われる、請求項に記載の方法。
【請求項5】
さらに、シート状細胞培養物を低栄養等張液に浸漬させたまま保存することを含む、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
シート状細胞培養物が、筋芽細胞を含む、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
低栄養等張液が、2~8℃である、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
低栄養等張液が、ハンクス平衡塩液である、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、シート状細胞培養物の製造において、シート状細胞培養物を剥離、移送および保存する際に、シート状細胞培養物の癒着、ひっつき、縮みなどを防止するための方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、間葉系幹細胞、心臓幹細胞、ES細胞、iPS細胞等の利用が試みられている(非特許文献1)。
【0003】
このような試みの一環として、スキャフォールドを利用して形成した細胞構造物や、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発されてきた(特許文献1)。
しかしながら、細胞シートは一般に脆弱であり、培養基材からの単離時やその後の操作中に皺や破れなどを生じやすく、移送、保存、移植などの操作には相当の熟練が必要であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2007-528755号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Haraguchi et al., Stem Cells Transl Med. 2012;1(2):136-41
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示の目的は、シート状細胞培養物を形成後に、剥離、移送、保存等の操作において、シート状細胞培養物の癒着、ひっつき、縮みなどを抑制し、それによりシート状細胞培養物の破れ、しわ、破損を防止することで、高品質のシート状細胞培養物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
再生医療等に用いるシート状細胞培養物、特にシート状骨格筋芽細胞培養物などの脆弱なシート状細胞培養物を製造する場合、形成した培養基材からの剥離時や剥離後には、シート状細胞培養物が撚れたり縮んだりして破損が生じやすく、また撚れたり縮んだりしたままにしておくと、その状態で癒着やひっつきなどが生じ、シート状細胞培養物の品質が低下してしまうという問題があった。
【0008】
本発明者らは、骨格筋芽細胞のシート状細胞培養物を研究する中で、培養基材上に形成した骨格筋芽細胞のシート状細胞培養物を剥離し、剥離した骨格筋芽細胞のシート状細胞培養物を移送および保存する際にハンクス平衡塩液(HBSS)等の等張の緩衝液を用いると撚れや縮みが少なく、癒着やひっつきも生じにくいという新たな知見を見出した。かかる知見に基づいてさらに鋭意研究を続けた結果、本開示を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本開示に下記に掲げるものに関する:
[1]培養基材上に形成されたシート状細胞培養物を剥離する際に縮みを抑制する方法であって、
(a)少なくとも一部が培養基材に接着したシート状細胞培養物の上面 を、低栄養等張液で浸漬すること、および
(b)低栄養等張液中でシート状細胞培養物を剥離すること、
を含む、前記方法。
[2]培養基材が、血清で被覆されている、[1]の方法。
[3]培養基材が、温度応答性材料で被覆されている、[1]または[2]の方法。
[4]シート状細胞培養物が、筋芽細胞を含む、[1]~[3]の方法。
[5]低栄養等張液が、2~8℃である、[1]~[4]の方法。
[6]低栄養等張液が、ハンクス平衡塩液である、[1]~[5]の方法。
[7]浸漬により、シート状細胞培養物に残存した製造工程由来不純物が除去されることを特徴とする、[1]~[6]の方法。
[8]さらに、剥離したシート状細胞培養物を伸展させることを含む、[1]~[7]の方法。
[9]シート状細胞培養物の伸展が、シート状細胞培養物が浸漬された低栄養等張液入りの容器を振盪することにより行われる、[8]の方法。
【0010】
[10]培養基材から剥離されたシート状細胞培養物の縮みを抑制する方法であって、剥離されたシート状細胞培養物を低栄養等張液により灌流することを含む、前記方法。
[11]灌流が、剥離されたシート状細胞培養物の両面に対して行われる、[10]の方法。
[12]灌流が、剥離されたシート状細胞培養物を低栄養等張液に浸漬させることにより行われる、[10]または[11]の方法。
[13]シート状細胞培養物を浸漬させた低栄養等張液を除去し、新たな低栄養等張液を入れて再度シート状細胞培養物を浸漬させることを少なくとも1回行う、[12]の方法。
[14]灌流が、シート状細胞培養物の剥離直後から剥離後6時間までの間に行われる、[10]~[13]の方法。
[15]さらに、シート状細胞培養物を伸展させることを含む、[10]~[14]の方法。
[16]シート状細胞培養物の伸展が、シート状細胞培養物が浸漬された低栄養等張液入りの容器を振盪することにより行われる、[15]の方法。
[17]さらに、シート状細胞培養物を低栄養等張液に浸漬させたまま保存することを含む、[10]~[16]の方法。
[18]シート状細胞培養物が、筋芽細胞を含む、[10]~[17]の方法。
[19]低栄養等張液が、2~8℃である、[10]~[18]の方法。
[20]低栄養等張液が、ハンクス平衡塩液である、[10]~[19]の方法。
【0011】
[21]培養基材から剥離されたシート状細胞培養物を保存する際に縮みを抑制する方法であって、シート状細胞培養物を、低栄養等張液に浸漬することを含む、前記方法。
[22]浸漬が、シート状細胞培養物の剥離後6時間以降に行われる、[21]の方法。
[23]さらに、シート状細胞培養物を伸展させることを含む、[21]または[22]の方法。
[24]シート状細胞培養物の伸展が、シート状細胞培養物が浸漬された低栄養等張液入りの容器を振盪することにより行われる、[23]の方法。
[25]シート状細胞培養物が、筋芽細胞を含む、[21]~[24]の方法。
[26]低栄養等張液が、常温である、[21]~[25]の方法。
[27]低栄養等張液が、浸漬開始時に2~8℃である、[21]~[26]の方法。
[28]低栄養等張液が、ハンクス平衡塩液である、[21]~[27]の方法。
【発明の効果】
【0012】
本開示の方法により、シート状細胞培養物を形成した後の、剥離、移送、保存、移植などの操作によりシート状細胞培養物に癒着、ひっつき、縮みなどが生じてしまうリスクを回避し、それによりシート状細胞培養物の破れ、しわ、破損を防止し、簡便に操作することが可能となる。したがって結果として、高い品質を保ったシート状細胞培養物を簡便に製造することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示を詳細に説明する。
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願、公開された出願および他の出版物は、その全体を参照により本明細書に援用する。また本明細書において参照された出版物と本明細書の記載に矛盾が生じた場合は、本明細書の記載が優先されるものとする。
【0014】
本開示において「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。シート状細胞培養物は、1の細胞層から構成されるもの(単層)であっても、2以上の細胞層から構成されるもの(積層(多層)体、例えば、2層、3層、4層、5層、6層など)であってもよい。また、シート状細胞培養物は、細胞が明確な層構造を示すことなく、細胞1個分の厚みを超える厚みを有する3次元構造を有してもよい。例えば、シート状細胞培養物の垂直断面において、細胞が水平方向に均一に整列することなく、不均一に(例えば、モザイク状に)配置された状態で存在していてもよい。
【0015】
シート状細胞培養物は、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、シート状細胞培養物の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られているが、本開示のシート状細胞培養物は、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、本開示のシート状細胞培養物は、好ましくは、シート状細胞培養物を構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
【0016】
シート状細胞培養物を構成する細胞は、シート状細胞培養物を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、接着細胞(付着性細胞)を含む。接着細胞は、例えば、接着性の体細胞(例えば、心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞など)および幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞、iPS(induced pluripotent stem)細胞などの多能性幹細胞、間葉系幹細胞等)などを含む。体細胞は、幹細胞、特にiPS細胞から分化させたもの(iPS細胞由来接着細胞)であってもよい。シート状細胞培養物を構成する細胞の非限定例としては、例えば、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞など)、間葉系幹細胞(例えば、骨髄、脂肪組織、末梢血、皮膚、毛根、筋組織、子宮内膜、胎盤、臍帯血由来のものなど)、心筋細胞、線維芽細胞、心臓幹細胞、胚性幹細胞、iPS細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、上皮細胞(例えば、口腔粘膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、鼻粘膜上皮細胞など)、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞など)、肝細胞(例えば、肝実質細胞など)、膵細胞(例えば、膵島細胞など)、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞等が挙げられる。iPS細胞由来接着細胞の非限定例としては、iPS細胞由来の心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞などが挙げられる。
【0017】
本開示において「筋芽細胞」は、横紋筋細胞の前駆細胞であり、骨格筋芽細胞および心筋芽細胞を含む。
本開示において「骨格筋芽細胞」は、骨格筋に存在する筋芽細胞を意味する。骨格筋芽細胞は当該技術分野でよく知られており、骨格筋から任意の既知の方法(例えば、特開2007-89442号公報に記載の方法など)により調製することもできるし、商業的に入手することもできる(例えば、Lonza、Cat# CC-2580)。骨格筋芽細胞は、限定されずに、例えば、CD56、α7インテグリン、ミオシン重鎖IIa、ミオシン重鎖IIb、ミオシン重鎖IId(IIx)、MyoD、Myf5、Myf6、ミオゲニン、デスミン、PAX3などのマーカーにより同定することができる。特定の態様において、骨格筋芽細胞はCD56陽性である。さらに特定の態様において、骨格筋芽細胞はCD56陽性およびデスミン陽性である。骨格筋芽細胞は、骨格筋を有する任意の生物、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、げっ歯類(マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジなどの哺乳動物に由来してもよい。一態様において、骨格筋芽細胞は哺乳動物の骨格筋芽細胞である。特定の態様において、骨格筋芽細胞はヒト骨格筋芽細胞である。
【0018】
本開示において「心筋芽細胞」は、心筋に存在する筋芽細胞を意味する。心筋芽細胞は当該技術分野でよく知られており、Isl1などのマーカーにより同定することができる。心筋芽細胞は、心筋を有する任意の生物、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、げっ歯類(マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジなどの哺乳動物に由来してもよい。一態様において、心筋芽細胞は哺乳動物の心筋芽細胞である。特定の態様において、心筋芽細胞はヒト心筋芽細胞である。
本開示において「心筋細胞」は、心筋細胞の特徴を有する細胞を意味し、心筋細胞の特徴としては、限定されずに、例えば、心筋細胞マーカーの発現、自律的拍動の存在などが挙げられる。心筋細胞マーカーの非限定例としては、例えば、c-TNT(cardiac troponin T)、CD172a(別名SIRPAまたはSHPS-1)、KDR(別名CD309、FLK1またはVEGFR2)、PDGFRA、EMILIN2、VCAMなどが挙げられる。心筋細胞としては、iPS細胞由来の心筋細胞が好ましく例示される。
【0019】
シート状細胞培養物を構成する細胞は、シート状細胞培養物による治療が可能な任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、げっ歯目動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ウサギなどが含まれる。また、シート状細胞培養物を構成する細胞の種類の数は特に限定されず、1種類のみ細胞で構成されていてもよいが、2種類以上の細胞を用いたものであってもよい。シート状細胞培養物を形成する細胞が2種類以上ある場合、最も多い細胞の含有比率(純度)は、シート状細胞培養物の形成終了時において、50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは75%以上である。
【0020】
細胞は異種由来細胞であっても同種由来細胞であってもよい。ここで「異種由来細胞」は、シート状細胞培養物が移植に用いられる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、サルやブタに由来する細胞などが異種由来細胞に該当する。また、「同種由来細胞」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト細胞が同種由来細胞に該当する。同種由来細胞は、自己由来細胞(自己細胞または自家細胞ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する細胞と、同種非自己由来細胞(他家細胞ともいう)を含む。自己由来細胞は、移植しても拒絶反応が生じないため、本開示においては好ましい。しかしながら、異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用することも可能である。異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用する場合は、拒絶反応を抑制するため、免疫抑制処置が必要となることがある。なお、本明細書中で、自己由来細胞以外の細胞、すなわち、異種由来細胞と同種非自己由来細胞を非自己由来細胞と総称することもある。本開示の一態様において、細胞は自家細胞または他家細胞である。本開示の一態様において、細胞は自家細胞である。本開示の別の態様において、細胞は他家細胞である。
【0021】
シート状細胞培養物は、既知の任意の方法(例えば、特許文献1、特許文献2、特開2010-081829、特開2011-110368など参照)で製造することができる。シート状細胞培養物の製造方法は、典型的には、細胞を培養基材上に播種するステップ、播種した細胞をシート化するステップ、形成されたシート状細胞培養物を培養基材から剥離するステップを含むが、これに限定されない。細胞を培養基材上に播種するステップの前に、細胞を凍結するステップおよび細胞を解凍するステップを行ってもよい。さらに、細胞を解凍するステップの後に細胞を洗浄するステップを行ってもよい。これら各ステップは、シート状細胞培養物の製造に適した既知の任意の手法で行うことができる。本開示の製造方法は、シート状細胞培養物を製造するステップを含んでもよく、その場合、シート状細胞培養物を製造するステップは、サブステップとして上記シート状細胞培養物の製造方法に係るステップの1または2以上を含んでもよい。ある一態様において、細胞を解凍するステップの後、細胞を培養基材上に播種するステップの前に細胞を増殖させるステップを含まない。
【0022】
培養基材は、細胞がその上で細胞培養物を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、種々の材質の容器、容器中の固形もしくは半固形の表面などを含む。容器は、培養液などの液体を透過させない構造・材料が好ましい。かかる材料としては、限定することなく、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられる。また、容器は、少なくとも1つの平坦な面を有することが好ましい。かかる容器の例としては、限定することなく、例えば、細胞培養物の形成が可能な培養基材で構成された底面と、液体不透過性の側面とを備えた培養容器が挙げられる。かかる培養容器の特定の例としては、限定されずに、細胞培養皿、細胞培養ボトルなどが挙げられる。容器の底面は透明であっても不透明であってもよい。容器の底面が透明であると、容器の裏側から細胞の観察、計数などが可能となる。また、容器は、その内部に固形もしくは半固形の表面を有してもよい。固形の表面としては、上記のごとき種々の材料のプレートや容器などが、半固形の表面としては、ゲル、軟質のポリマーマトリックスなどが挙げられる。培養基材は、上記材料を用いて作製してもよいし、市販のものを利用してもよい。好ましい培養基材としては、限定することなく、例えば、シート状細胞培養物の形成に適した、接着性の表面を有する基材が挙げられる。具体的には、親水性の表面を有する基材、例えば、コロナ放電処理したポリスチレン、コラーゲンゲルや親水性ポリマーなどの親水性化合物を該表面にコーティングした基材、さらには、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックスや、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、インテグリンファミリーなどの細胞接着因子などを表面にコーティングした基材などが挙げられる。また、かかる基材は市販されている(例えば、Corning(R) TC-Treated Culture Dish、Corningなど)。培養基材は全体または部分が透明であっても不透明であってもよい。
【0023】
培養基材は、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面が被覆されていてもよい。かかる材料としては、限定されずに、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性材料、アゾベンゼン基を有する光吸収性高分子、トリフェニルメタンロイコハイドロオキシドのビニル誘導体とアクリルアミド系単量体との共重合体、および、スピロベンゾピランを含むN-イソプロピルアクリルアミドゲル等の光応答性材料などの公知のものを用いることができる(例えば、特開平2-211865、特開2003-33177参照)。これらの材料に所定の刺激を与えることによりその物性、例えば、親水性や疎水性を変化させ、同材料上に付着した細胞培養物の剥離を促進することができる。温度応答性材料で被覆された培養皿は市販されており(例えば、CellSeed Inc.のUpCell(R))、これらを本開示の製造方法に使用することができる。
【0024】
培養基材は、種々の形状であってもよいが、平坦であることが好ましい。また、その面積は特に限定されないが、例えば、約1cm~約200cm、約2cm~約100cm、約3cm~約50cmなどであってよい。例えば、培養基材として直径10cmの円形の培養皿が挙げられる。この場合、面積は56.7cmとなる。
培養基材は血清でコート(被覆またはコーティング)されていてもよい。血清でコートされた培養基材を用いることにより、より高密度のシート状細胞培養物を形成することができる。「血清でコートされている」とは、培養基材の表面に血清成分が付着している状態を意味する。かかる状態は、限定されずに、例えば、培養基材を血清で処理することにより得ることができる。血清による処理は、血清を培養基材に接触させること、および、必要に応じて所定期間インキュベートすることを含む。
【0025】
血清としては、異種血清および/または同種血清を用いることができる。異種血清は、シート状細胞培養物を移植に用いる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清に該当する。また、「同種血清」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清に該当する。同種血清は、自己血清(自家血清ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する血清、およびレシピエント以外の同種個体に由来する同種他家血清を含む。なお、本明細書中で、自己血清以外の血清、すなわち、異種血清と同種他家血清を非自己血清と総称することもある。
培養基材をコートするための血清は、市販されているか、または、所望の生物から採取した血液から定法により調製することができる。具体的には、例えば、採取した血液を室温で約20分~約60分程度放置して凝固させ、これを約1000×g~約1200×g程度で遠心分離し、上清を採取する方法などが挙げられる。
【0026】
培養基材上でインキュベートする場合、血清は原液で用いても、希釈して用いてもよい。希釈は、任意の媒体、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7など)等で行うことができる。希釈濃度は、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約0.5%~約100%(v/v)、好ましくは約1%~約60%(v/v)、より好ましくは約5%~約40%(v/v)である。
【0027】
インキュベート時間も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約1時間~約72時間、好ましくは約2時間~約48時間、より好ましくは約2時間~約24時間、さらに好ましくは約2時間~約12時間である。インキュベート温度も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約0℃~約60℃、好ましくは約4℃~約45℃、より好ましくは室温~約40℃である。
【0028】
インキュベート後に血清を廃棄してもよい。血清の廃棄手法としては、ピペットなどによる吸引や、デカンテーションなどの慣用の液体廃棄手法を用いることができる。本開示の好ましい態様においては、血清廃棄後に、培養基材を無血清洗浄液で洗浄してもよい。無血清洗浄液としては、血清を含まず、培養基材に付着した血清成分に悪影響を与えない液体媒体であれば特に限定されず、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7など)等で行うことができる。洗浄手法としては、慣用の培養基材洗浄手法、例えば、限定することなく、培養基材上に無血清洗浄液を加えて所定時間(例えば、約5秒~約60秒間)撹拌後、廃棄する手法などを用いることができる。
【0029】
本開示において、培養基材を、成長因子でコートしてもよい。ここで、「成長因子」は、細胞の増殖を、それがない場合に比べて促進する任意の物質を意味し、例えば、上皮細胞成長因子(EGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)などを含む。成長因子による培養基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、例えば、約0.0001μg/mL~約1μg/mL、好ましくは約0.0005μg/mL~約0.05μg/mL、より好ましくは約0.001μg/mL~約0.01μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
【0030】
本開示において、培養基材を、ステロイド剤でコートしてもよい。ここで「ステロイド剤」は、ステロイド核を有する化合物のうち、生体に、副腎皮質機能不全、クッシング症候群などの悪影響を及ぼし得るものをいう。かかる化合物としては、限定されずに、例えば、コルチゾール、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等が含まれる。ステロイド剤による培養基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、デキサメタゾンとして、例えば、約0.1μg/mL~約100μg/mL、好ましくは約0.4μg/mL~約40μg/mL、より好ましくは約1μg/mL~約10μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
【0031】
培養基材は、血清、成長因子およびステロイド剤のいずれか1つでコートしても、これらの任意の組合わせ、すなわち、血清と成長因子、血清とステロイド剤、血清と成長因子とステロイド剤、または、成長因子とステロイド剤の組合わせでコートしてもよい。複数の成分でコートする場合、これらの成分を混合して同時にコートしてもよいし、別々のステップでコートしてもよい。
【0032】
培養基材は、血清等でコートした後直ちに細胞を播種してもよいし、コートした後に保存しておき、その後細胞を播種することもできる。コートした基材は、例えば約4℃以下、好ましくは約-20℃以下、より好ましくは約-80℃以下に保つことにより長期間保存することができる。
培養基材への細胞の播種は、既知の任意の手法および条件で行うことができる。培養基材への細胞の播種は、例えば、細胞を培養液に懸濁した細胞懸濁液を培養基材(培養容器)に注入することにより行ってもよい。細胞懸濁液の注入には、スポイトやピペットなど、細胞懸濁液の注入操作に適した器具を用いることができる。
【0033】
本開示において、シート状細胞培養物が「収縮する」とは、培養基材に接着したシート状細胞培養物を基材から剥離した時、剥離後にシート状細胞培養物の面積が小さくなることを意味する。また本開示において、シート状細胞培養物が「縮む」とは、シート状細胞培養物の外縁部が丸まったり撚れたりすることを意味する。縮んだ状態のまま放置すると、丸まったり撚れたりした部分からシート状細胞培養物が癒着を生じてしまう。
【0034】
本開示において、「等張」という語は、二種の液体の浸透圧が同等である状態を意味するが、本開示においては別段の記載のない限り「生理的等張」を意味し、細胞内液や血液などの生理的液体と同等の浸透圧を有することをいう。したがって本開示において、「等張液」は別段の記載のない限り「生理的等張液」と同義であり、細胞内液や血液などの生理的液体と同等の浸透圧を有する液体を意味する。等張液としては、これに限定するものではないが、例えばハンクス平衡塩液、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、リンゲル液、基礎培地などが挙げられる。
【0035】
本開示において、「低栄養」または「低栄養状態」とは、その条件下におかれた細胞集団の細胞数が、所定の期間増殖も死滅もせず維持される条件であること、すなわち所定の期間細胞数が実質的に変化しない条件であることを意味する。「細胞数が実質的に変化しない」とは、ある時点における細胞数Aと、所定の期間経過後の別の時点における細胞数Bに実質的な差がないことを意味し、具体的には、例えば細胞数Aが細胞数Bの約70%、約80%、約90%、約95%、約100%、約105%、約110%、約120%、約130%などである場合が挙げられる。2つの時点は任意に選択されてよいが、通常の培養条件下で培養した場合には細胞の増殖が確認できる程度の間隔が空いていることが好ましい。かかる間隔としては、例えば3日、4日、5日、6日、7日などである。
【0036】
低栄養状態は、様々な条件により達成でき、当業者であれば対象の細胞に合わせて適宜低栄養状態を作り出すことができる。低栄養状態の要件としては、典型的には例えば、細胞の生命維持に必要なエネルギーは供給可能であること、および/または細胞の分裂に必要な要素に欠けていること、などが挙げられる。具体的には例えば、代謝に必要な糖分などのエネルギーが供給可能である環境、および/または細胞分裂に必要な必須アミノ酸が供給不可能である環境などが挙げられる。
一態様において、低栄養は、低糖である。「低糖」とは糖が含まれてはいるがその割合が低い状態を意味し、したがって低糖には糖フリー状態は含まれない。かかる態様の例としては、具体的には例えば、低糖は低グルコースであり、低グルコースはグルコースフリーではない。低糖としては、典型的には例えば、糖が1000mg/L未満含まれる組成などが挙げられる。別の低糖条件の液としては、例えば、追加の糖類を含まない一般的な培養液における糖類の条件と比較して含有される糖類を1%未満まで低下させた条件などが含まれる。低糖状態の液に含まれる糖の量としては、具体的には例えば1000mg/L未満であり、好ましくは500mg/L未満であり、より好ましくは200mg/L未満であり、さらに好ましくは100mg/mL未満である。
別の一態様において、低栄養は、アミノ酸フリー状態、すなわちアミノ酸を含まない。かかる態様の例としては、具体的には例えば、必須アミノ酸を含まない。
【0037】
本開示において「低栄養等張液」とは、等張液のうち低栄養のものを意味する。典型的には例えば、所定量の炭水化物を含む等張液および/または必須アミノ酸を供給できない等張液であり、具体的には例えば、所定量の糖を含むがアミノ酸(とくに必須アミノ酸)を含まない等張液、所定量の糖および必須アミノ酸の合成阻害剤を含む等張液などが挙げられる。低栄養等張液に含まれ得る炭水化物は、典型的には糖であり、これに限定するものではないが、例えばグルコース、ショ糖、マルトース、フルクトース、ガラクトースなどが挙げられ、対象の細胞種などに応じて適宜選択することができる。糖の所定含有量は、含まれる糖の種類や細胞の必要維持期間(浸漬時間)により異なり得る。例えばグルコースの場合、細胞の生命維持の必要量という観点から、例えば約100mg/L以上、約500mg/L以上、約1000mg/L以上、約1500mg/L以上、約2000mg/L以上などが挙げられる。また、等張性の維持という観点から、例えば約50000mg/L以下、約40000mg/L以下、約30000mg/L以下、約25000mg/L以下、約20000mg/L以下、約15000mg/L以下、約10000mg/L以下、約5000mg/L以下、約4500mg/L以下などが挙げられる。したがってグルコースの含有量の範囲としては、これら上限値および下限値の任意の組み合わせであってよく、これに限定するものではないが、例えば約100~500000mg/L、約500~25000mg/L、約500~4500mg/L、約1500~4500mg/L、約500~1500mg/Lの範囲などが挙げられる。当業者であれば、含まれる糖の種類に従って所定の含有量を算出可能である。
【0038】
低栄養等張液としては、例えばハンクス平衡塩液、アール平衡塩液、ブドウ糖等張液など、所定量の糖を含み、かつアミノ酸を含まない組成として知られる等張液の他、例えば生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、リンゲル液などの、炭水化物およびアミノ酸を含まない組成として知られる等張液に、所定量の炭水化物を入れしたものであってもよい。所定量の炭水化物としては、例えばハンクス平衡塩液やアール平衡塩液であれば一般的に1000~4500mg/Lのグルコースを含有し、ブドウ糖等張液であれば約50000mg/Lのグルコースを含有する。一態様において、低栄養等張液には、UW液、Euro-Collins液、Hypothermosol(登録商標)など、従来臓器の冷蔵保存用溶液として知られた保存液は含まない。
【0039】
本開示の低栄養等張液は、乳酸を含んでもよい。したがって本開示の一態様において、低栄養等張液は、乳酸を含まない。また、本開示の低栄養等張液は、ピルビン酸を含んでもよい。したがって本開示の一態様において、低栄養等張液は、ピルビン酸を含まない。また、本開示の低栄養等張液は、アスコルビン酸を含んでもよい。したがって本開示の一態様において、低栄養等張液は、アスコルビン酸を含む。また、本開示の低栄養等張液は、脂肪酸を含んでもよい。したがって本開示の一態様において、低栄養等張液は、脂肪酸を含まない。また、本開示の低栄養等張液は、カルシウムを含んでもよい。したがって本開示の一態様において、低栄養等張液は、カルシウムを含み、好ましくは約1~2mM、より好ましくは約1.2~1.8mMの濃度のカルシウムを含む。また、本開示の低栄養等張液は、コレステロールを含んでもよい。したがって本開示の一態様において、低栄養等張液は、コレステロールを含まない。好ましい一態様において、低栄養等張液は、乳酸、ピルビン酸、脂肪酸およびコレステロールを含まず、アスコルビン酸を含み、カルシウムを約1~2mM、好ましくは約1.2~1.8mMの濃度で含む。
【0040】
本開示において、「炭水化物」とは、単糖を構成単位とする有機化合物の総称であり、単糖類、少糖類、多糖類のほか、糖誘導体なども包含する。本明細書において「糖」または「糖分」という語は、炭水化物のうち、細胞により代謝されてエネルギーに変換されるものまたは成分をいい、典型的には単糖類を表すが、系中で分解されて細胞に代謝され得るものも含まれる。
【0041】
<1>本開示の縮み抑制方法
本開示の一側面は、培養基材上に形成されたシート状細胞培養物を剥離する際にシート状細胞培養物の縮みを抑制する方法(以下、本開示の剥離方法と記載)が提供される。
本開示のシート状細胞培養物の剥離方法は以下の工程を含む:
(a)少なくとも一部が培養基材に接着したシート状細胞培養物の上面を、低栄養等張液で浸漬すること。
【0042】
工程(a)において、少なくとも一部が培養基材に接着したシート状細胞培養物の上面の低栄養等張液への浸漬は、典型的には培養容器に低栄養等張液を入れることにより達成される。浸漬されるシート状細胞培養物は、少なくとも一部が培養基材に接着した状態であればよいが、好ましくは培養基材に全体が接着した状態である。一態様において、シート状細胞培養物の低栄養等張液への浸漬は、シート状細胞培養物の形成のために用いていた培地を除去し、低栄養等張液を入れる、すなわち培地を低栄養等張液に置換することにより達成される。
【0043】
本開示の剥離方法の一態様において、上記工程(a)に続いて、任意に以下の工程(b)を含む:
(b)低栄養等張液中でシート状細胞培養物を剥離すること。
工程(b)において、低栄養等張液に浸漬された、培養基材に接着したシート状細胞培養物は、低栄養等張液中に浸漬した状態で静置しておくことにより自然に剥離させてもよいし、低栄養等張液中で培養基材から能動的に剥離してもよい。好ましい一態様において、シート状細胞培養物を能動的に剥離する。能動的な剥離の方法は、シート状細胞培養物を損傷させるものでなければ特に限定されず、例えば基材ごと低栄養等張液を振盪させる方法、低栄養等張液を(例えばピペッティングなどにより)基材に接着したシート状細胞培養物の接着縁に噴出することで剥離する方法などが挙げられる。
【0044】
本開示の剥離方法によれば、シート状細胞培養物を剥離する際、基材から剥離されたシート状細胞培養物が、剥離中に剥離済みの端部が撚れたり縮んだりし、そのままひっつき、癒着してしまうのを回避できる。これは、低栄養等張液に浸漬することにより、シート状細胞培養物を構成する細胞の生理活動が低下することにより、細胞間接着力が弱まるためと考えられる。
【0045】
本開示の剥離方法の一態様において、浸漬は、上述のとおりシート状細胞培養物の形成のために用いていた培地を除去し、低栄養等張液に置換することにより行われる。かかる態様においては、浸漬を行うことにより、シート状細胞培養物に残存する製造工程由来不純物を除去することができる。本開示において「製造工程由来不純物」とは、典型的には、シート状細胞培養物の製造段階での各工程に由来する以下に列挙するものが含まれる。すなわち、細胞基材に由来するもの(例えば、宿主細胞由来蛋白質、宿主細胞由来DNAなど)、細胞培養液に由来するもの(例えば、インデューサー、抗生物質、培地成分、異種血清など)、あるいは細胞培養以降の工程である目的物質の抽出、分離、加工、精製工程に由来するものなどである(例えば、医薬審発第571号参照)。
【0046】
本開示の剥離方法において、任意にさらに以下の工程(c)を含んでもよい:
(c)シート状細胞培養物を伸展させる工程。
工程(c)は、剥離の工程中に撚れたり折れ曲がったりしたシート状細胞培養物を伸展させる工程である。伸展工程(c)は、剥離工程(b)の後に行うことができる。伸展工程(c)は低栄養等張液中で行ってもよいし、低栄養等張液を除去した後に行い、その後低栄養等張液を再度加えてもよい。低栄養等張液除去後に伸展工程(c)を行う場合、例えば低栄養等張液をシート状細胞培養物が重なっている部分に滴下し、必要に応じて振動させる、などの手法により行うことができる。低栄養等張液中で伸展工程(c)を行う場合、低栄養等張液中に浸漬したシート状細胞培養物を、容器ごと振盪させる、などの手法により行うことができる。簡便性などの観点から、伸展工程は、好ましくは低栄養等張液中で、シート状細胞培養物が浸漬された低栄養等張液入りの容器を振盪することにより行われる。
伸展工程は(c)は、常温下で行ってもよいし、冷蔵条件下、例えば例えば0~10℃または2~8℃など、で行ってもよい。また伸展に低栄養等張液を用いる場合、かかる低栄養等張液もまた、常温であってもよいし冷蔵条件、例えば0~10℃または2~8℃であってもよい。
【0047】
本開示の剥離方法に用いられる培養基材としては、上述した培養基材を用いることができる。好ましい一態様において、培養基材は、血清で被覆されている。別の好ましい一態様において、培養基材は、温度応答性材料で被覆されている。より好ましい一態様において、培養基材は、温度応答性材料および血清で被覆されている。
【0048】
本開示の剥離方法で剥離されるシート状細胞培養物に用いられる細胞としては、上述した細胞を用いることができる。好ましい一態様においてシート状細胞培養物は、筋芽細胞を含む。別の好ましい一態様において、シート状細胞培養物は、心筋細胞を含む。より好ましい一態様において、シート状細胞培養物に含まれる心筋細胞は、iPS細胞由来の心筋細胞である。
【0049】
本開示の剥離方法に用いられる低栄養等張液としては、上述した低栄養等張液を用いることができる。好ましい一態様において、低栄養等張液は、ハンクス平衡塩液(HBSS)であり、特に好ましくはHBSS(+)である。
また、シート状細胞培養物を構成する細胞の生理活動を低下させるという観点から、低栄養等張液は、好ましくは室温以下である。また、細胞へのダメージを極力小さくするという観点から、低栄養等張液は、好ましくは0℃以上である。好ましい一態様において、低栄養等張液は、0~10℃であり、より好ましくは2~8℃である。
【0050】
本開示の一側面において、培養基材から剥離されたシート状細胞培養物を灌流することにより、シート状細胞培養物の縮みを抑制する方法(以下、本開示の灌流方法と記載)が提供される。
本開示のシート状細胞培養物の灌流方法は以下の工程を含む:
(A)剥離されたシート状細胞培養物を低栄養等張液により灌流すること。
本開示において、「灌流」とは、組織や移植片などの表面や内部に液体を流すことをいう。
工程(A)は、少なくとも1回行われるが、複数回繰り返してよく、例えば1回、2回、3回、4回、5回、6回繰り返されてよい。好ましい一態様において、灌流は3回行われる。
【0051】
本開示の灌流方法は、剥離後のシート状細胞培養物を低栄養等張液により灌流することにより、基材から剥離されたシート状細胞培養物の縮みを抑制するものである。通常シート状細胞培養物を培養基材から剥離した後、遊離状態のシート状細胞培養物は構成する細胞同士の細胞間接着力により引っ張られているため収縮が生じており、その過程において撚れや縮みが生じやすい。しかしながら本開示の方法によれば、低栄養等張液で灌流することで細胞の生理活動が低下することにより、細胞間接着力が弱まるため、撚れや縮みを効果的に抑制することができる。また、低栄養等張液中により灌流することにより、撚れや折れ曲がりなどによりシート状細胞培養物に重なりが生じても、当該箇所が癒着、ひっつきを起こすのを妨げることができるため、高品質のシート状細胞培養物を提供することができる。
【0052】
本開示のシート状細胞培養物の灌流は、剥離されたシート状細胞培養物の表面に低栄養等張液を接触させることにより行われる。かかる灌流は、剥離されたシート状細胞培養物の表面に低栄養等張液を流し続けることによって行われてもよいし、剥離されたシート状細胞培養物を低栄養等張液に浸漬することにより行われてもよい。好ましい一態様において、灌流は剥離されたシート状細胞培養物の両面に対して行われる。
別の好ましい一態様において、灌流は、剥離されたシート状細胞培養物を低栄養等張液に浸漬させることにより行われる。シート状細胞培養物の低栄養等張液への浸漬は、剥離されたシート状細胞培養物を低栄養等張液中に導入することにより実施してもよいし、剥離されたシート状細胞培養物が入っている容器に低栄養等張液を入れることにより実施してもよい。シート状細胞培養物を直接操作することによる撚れや破損などのリスクを低減するという観点から、灌流は、好ましくは剥離されたシート状細胞培養物が入っている容器に低栄養等張液を入れてシート状細胞培養物を浸漬させることにより実施する。
【0053】
剥離されたシート状細胞培養物が入っている容器に低栄養等張液を入れることにより、シート状細胞培養物を低栄養等張液に浸漬させる場合、好ましくはシート状細胞培養物を形成した培養容器に低栄養等張液を入れる。すなわちシート状細胞培養物を培養容器中の培養基材上で形成後、該シート状細胞培養物を剥離し、その後剥離されたシート状細胞培養物を移動することなく、前記培養容器中に低栄養等張液を入れる。シート状細胞培養物の培養基材からの剥離を液体中で実施した場合、好ましくは剥離に用いた液体を除去した後、低栄養等張液を入れる。
【0054】
本開示の灌流方法の一態様において、上記(A)に続いて、任意に以下の工程(B)を含む:
(B)低栄養等張液を除去し、新たな低栄養等張液を入れて再度シート状細胞培養物を浸漬させること。
低栄養等張液への浸漬は、複数回行ってよい。複数回行う場合、例えば複数の低栄養等張液入り容器に、シート状細胞培養物を順番に導入することにより行ってもよいし、シート状細胞培養物の入った容器に低栄養等張液を入れて浸漬した後、低栄養等張液を除去し、新たな低栄養等張液を入れることを複数回繰り返してもよい。
工程(B)は、少なくとも1回行われるが、複数回繰り返してよく、例えば1回、2回、3回、4回、5回、6回繰り返されてよい。好ましい一態様において、再浸漬は3回行われる。
【0055】
一般にシート状細胞培養物は、培養基材上で形成された後、細胞間接着力が強く作用することにより収縮力が生じる。かかる収縮力が培養基材とシート状細胞培養物との間の接着力を上回った場合、シート状細胞培養物は自然に剥離することとなる。本発明者らにより、かかる収縮力は、シート形成開始から約12時間程度までの間は強く作用していることがわかっている。したがって、シート形成開始後12時間までにシート状細胞培養物を培養基材から剥離した場合は、強い収縮力が作用し、シート状細胞培養物の面積は小さくなる(すなわち、シート状細胞培養物が収縮する)。また、シート形成開始後12時間以降に剥離した場合でも、収縮力の作用は弱くなるためシート状細胞培養物の面積の変化はシート形成開始12時間までと比較すると大きくはないが、やはりシート状細胞培養物はある程度収縮する。かかる収縮によりシート状細胞培養物は撚れや縮みを生じる。本開示の灌流方法により、かかる収縮力により生じる撚れや縮み、およびその結果生じる癒着などを抑制することができる。したがって本開示の灌流方法は、好ましい一態様において、シート形成開始12時間までに実施される。別の好ましい一態様において、本開示の灌流方法はシート状細胞培養物の培養基材からの剥離直後から剥離後6時間までの間に行われる。
【0056】
本開示の灌流方法の一態様において、任意にさらに以下の工程(C)を含んでもよい:
(C)シート状細胞培養物を伸展させること。
工程(C)は、剥離や液体の除去の工程中に撚れたり折れ曲がったりしたシート状細胞培養物を伸展させる工程を意味する。伸展工程(C)は、灌流工程(A)または再灌流工程(B)の前、灌流工程(A)または再灌流工程(B)の後あるいは灌流工程(A)と再灌流工程(B)の間または再灌流工程(B)が複数回ある場合は各工程(B)の間に行うことができる。伸展工程(C)は低栄養等張液中で行ってもよいし、低栄養等張液を除去した後に行い、その後低栄養等張液を再度加えてもよい。低栄養等張液除去後に伸展工程(C)を行う場合、例えば低栄養等張液をシート状細胞培養物が重なっている部分に滴下し、必要に応じて振動させる、などの手法により行うことができる。低栄養等張液中で伸展工程(C)を行う場合、低栄養等張液中に浸漬したシート状細胞培養物を、容器ごと振盪させる、などの手法により行うことができる。簡便性などの観点から、伸展工程(C)は、好ましくはシート状細胞培養物が浸漬された低栄養等張液入りの容器を振盪することにより行われる。
伸展工程は(C)は、常温下で行ってもよいし、冷蔵条件下、例えば0~10℃または2~8℃など、で行ってもよい。また伸展に低栄養等張液を用いる場合、かかる低栄養等張液もまた、常温であってもよいし冷蔵条件、例えば0~10℃または2℃~8℃であってもよい。
【0057】
本開示の灌流方法の一態様において、任意にさらに以下の工程(D)を含んでもよい:
(D)シート状細胞培養物を低栄養等張液に浸漬させ、そのまま保存すること。
工程(D)は、工程(A)の後であればいつ行ってもよいが、好ましくは他の工程が終わった後、最後に行われる。
【0058】
本開示の灌流方法に供されるシート状細胞培養物に用いられる細胞としては、上述した細胞を用いることができる。好ましい一態様においてシート状細胞培養物は、筋芽細胞を含む。別の好ましい一態様において、シート状細胞培養物は、心筋細胞を含む。より好ましい一態様において、シート状細胞培養物に含まれる心筋細胞は、iPS細胞由来の心筋細胞である。
【0059】
本開示の灌流方法に用いられる低栄養等張液としては、上述した低栄養等張液を用いることができる。好ましい一態様において、低栄養等張液は、好ましくは緩衝液、より好ましくはハンクス平衡塩液(HBSS)であり、特に好ましくはHBSS(+)である。
また、シート状細胞培養物を構成する細胞の生理活動を低下させるという観点から、低栄養等張液は、好ましくは室温以下である。また、細胞へのダメージを極力小さくするという観点から、低栄養等張液は、好ましくは0℃以上である。好ましい一態様において、低栄養等張液は、0~10℃であり、より好ましくは2~8℃である。
本開示の一側面において、工程(A)、(B)、(D)のみから構成されてもよい。
【0060】
本開示の一側面において、培養基材から剥離されたシート状細胞培養物を保存する際に縮みを抑制する方法(以下、本開示の保存方法と記載)が提供される。
本開示のシート状細胞培養物の保存方法は以下の工程を含む:
(i)低栄養等張液に、剥離されたシート状細胞培養物を浸漬すること。 浸漬工程は(i)は、常温下で行ってもよいし、冷蔵条件下、例えば0~10℃または2~8℃など、で行ってもよい。また浸漬に用いる低栄養等張液の温度は、シート状細胞培養物を構成する細胞にダメージがない限り特に制限されず、常温であってもよいし冷蔵条件、例えば0~10℃または2~8℃、などであってもよい。好ましい一態様において、低栄養等張液は、浸漬開始時において冷蔵条件、例えば0~10℃または2~8℃、である。別の好ましい一態様において、低栄養等張液は、浸漬開始時において常温である。また、保存の間に低栄養等張液の温度が変化してもよい。
【0061】
シート状細胞培養物を再生医療等に用いる場合は、時間の経過とともにシート状細胞培養物の品質が低下するため、シート状細胞培養物を培養基材から剥離した後速やかに使用することが好ましいが、実際には適用までにある程度の時間保存しておく必要がある。本開示の保存方法は、剥離後のシート状細胞培養物を低栄養等張液に浸漬することにより、シート状細胞培養物の品質を低下させずにある程度の時間保存することを可能にするものである。品質低下の要因としては、シート状細胞培養物を構成する細胞の活性の低下やシート状細胞培養物の物理的特性の変化などが挙げられる。例えば、シート状細胞培養物は基材から剥離後、構成細胞同士の細胞間接着力により引っ張られ、縮みが生じやすい。本開示の保存方法によれば、低栄養等張液に浸漬したまま保存することで細胞の生理活動が適度に低下し、細胞間接着力が弱まるため、縮みを低減させることができる。また、低栄養等張液中に浸漬することにより、仮に撚れや折れ曲がりなどによりシート状細胞培養物に重なりが生じても、当該箇所が癒着、ひっつきを起こすのを妨げることができるため、高品質のシート状細胞培養物を提供することができる。
【0062】
シート状細胞培養物の浸漬は、剥離されたシート状細胞培養物を保存用容器に入った低栄養等張液中に導入することにより実施してもよいし、剥離されたシート状細胞培養物が入っている保存用容器に低栄養等張液を入れることにより実施してもよいが、シート状細胞培養物を直接操作することによる撚れや破損などのリスクを低減するという観点から、好ましくは剥離されたシート状細胞培養物が入っている保存用容器に低栄養等張液を入れることにより実施する。
【0063】
保存用容器は、培養容器とは別に保存のために用意された容器であってもよいし、培養容器をそのまま保存用として用いてもよい。シート状細胞培養物を直接操作することによる撚れや破損などのリスクを低減するという観点から、好ましくは培養容器をそのまま保存用として用いる。すなわちシート状細胞培養物を培養容器中の培養基材上で形成後、該シート状細胞培養物を剥離および洗浄し、その後剥離されたシート状細胞培養物を移動することなく、前記培養容器中に低栄養等張液を入れる。
【0064】
本開示の保存方法の一態様において、任意にさらに以下の工程(C)を含んでもよい:
(ii)シート状細胞培養物を伸展させること。
工程(ii)は、剥離や洗浄の工程中に撚れたり折れ曲がったりしたシート状細胞培養物を伸展させる工程を意味する。伸展工程(ii)は、浸漬工程(i)の前、浸漬工程(i)の後または浸漬中に行うことができる。伸展工程(ii)は低栄養等張液中で行ってもよいし、低栄養等張液を除去した後に行い、その後低栄養等張液を再度加えてもよい。低栄養等張液除去後に伸展工程を行う場合、例えば低栄養等張液をシート状細胞培養物が重なっている部分に滴下し、必要に応じて振動させる、などの手法により行うことができる。低栄養等張液中で伸展工程(ii)を行う場合、低栄養等張液中に浸漬したシート状細胞培養物を、容器ごと振盪させる、などの手法により行うことができる。簡便性などの観点から、伸展工程(ii)は、好ましくはシート状細胞培養物が浸漬された低栄養等張液入りの容器を振盪することにより行われる。
伸展工程は(ii)は、常温下で行ってもよいし、冷蔵条件下、例えば0~10℃または2~8℃など、で行ってもよい。また伸展に低栄養等張液を用いる場合、かかる低栄養等張液もまた、常温であってもよいし冷蔵条件、例えば0~10℃または2~8℃であってもよい。好ましくは常温下である。
【0065】
本開示の保存方法で保存されるシート状細胞培養物に用いられる細胞としては、上述した細胞を用いることができる。好ましい一態様においてシート状細胞培養物は、筋芽細胞を含む。別の好ましい一態様において、シート状細胞培養物は、心筋細胞を含む。より好ましい一態様において、シート状細胞培養物に含まれる心筋細胞は、iPS細胞由来の心筋細胞である。
【0066】
本開示の保存方法に用いられる低栄養等張液としては、上述した低栄養等張液を用いることができる。好ましい一態様において、低栄養等張液は、ハンクス平衡塩液(HBSS)であり、特に好ましくはHBSS(+)である。
本開示の保存方法において、保存温度は、シート状細胞培養物を構成する細胞にダメージがない限り特に制限されないが、保存後のシート状細胞培養物の使用時の簡便性の観点から、好ましくは冷凍条件(低栄養等張液が凍結する温度)ではない。保存操作そのものの簡便性の観点から、好ましくは常温である。
【0067】
<2>本開示の製造方法
本開示の一側面において、上記本開示の剥離方法、灌流方法および保存方法をすべて含むシート状細胞培養物の製造方法もまた提供される。
本開示のシート状細胞培養物の製造方法は以下の工程(I)~(V)を含む:
(I)培養基材上にシート状細胞培養物を構成する細胞を、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で播種すること;
(II)(I)で播種された細胞を細胞培養液中でシート化し、シート状細胞培養物を形成すること;
(III)(II)で得られたシート状細胞培養物を、低栄養等張液に浸漬し、剥離すること
(IV)剥離されたシート状細胞培養物が浸漬されている低栄養等張液を除去し、新たな低栄養等張液を入れること
(V)低栄養等張液浸漬されたシート状細胞培養物を保存すること
【0068】
本開示の製造方法の培養基材、細胞および低栄養等張液としては、上述したものを用いることができる。
(I)において、培養基材への細胞の播種は、既知の任意の手法および条件で行うことができる。培養基材への細胞の播種は、例えば、細胞を培養液に懸濁した細胞懸濁液を培養基材(培養容器)に注入することにより行ってもよい。細胞懸濁液の注入には、スポイトやピペットなど、細胞懸濁液の注入操作に適した器具を用いることができる。
【0069】
一態様において、播種される細胞集団には、上記シート状細胞培養物を構成する細胞から選択される1種以上の細胞が含まれ、好ましくは上記シート状細胞培養物を形成する細胞から選択される2種以上の細胞からなる。シート状細胞培養物を形成する2種類以上の細胞のうち、最も多い細胞の含有比率(純度)は、シート状細胞培養物の形成終了時において、50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは75%以上である。一態様において、本発明の製造方法は、細胞を播種する前に、細胞集団を凍結する工程および該凍結細胞集団を解凍する工程を含む。前記態様において、解凍して得られた細胞集団は、その後細胞を増殖させたうえで播種してもよいが、好ましい一態様において、凍結細胞集団を解凍する工程と工程(I)との間に細胞を増殖させる工程を含まない。かかる態様で製造されたシート状細胞培養物は、凍結細胞集団を解凍する工程と工程(I)との間に細胞を増殖させる工程を含む態様で製造されたシート状細胞培養物より、例えば、サイトカイン産生能、生着能、血管誘導能および組織再生能などの活性が高い。ここで、活性が高いとは、比較対象のシート状細胞培養物の活性を基準として、限定されずに、例えば、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上または100%以上、活性が高いことを意味する。好ましい一態様において、本発明の骨格筋芽細胞を含むシート状細胞培養物は、骨格筋芽細胞を60%~99%含む。別の好ましい一態様において、本発明の心筋細胞を含むシート状細胞培養物は、50%~70%の心筋細胞を含む。
【0070】
本発明の製造方法により製造されるシート状細胞培養物は、好ましくは心疾患の処置のために用いられるシート状細胞培養物である。したがって、本発明の好ましい一態様において、播種される細胞集団は、骨格筋芽細胞および線維芽細胞を含む。本発明の別の好ましい一態様において、播種される細胞集団は、心筋細胞および血管内皮細胞を含む。本発明の別の好ましい一態様において、播種される細胞集団は、骨格筋芽細胞、線維芽細胞および血管内皮細胞を含む。
【0071】
「実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度」とは、成長因子を実質的に含まない非増殖系の培養液で培養した場合に、シート状細胞培養物を形成することができる細胞密度を意味する。この播種密度は、成長因子を含む培養液を用いる手法におけるものよりも高いものであり、細胞がコンフルエントに達する密度以上であってもよい。かかる密度としては、これに限定するものではないが、例えば、1.0×10個/cm以上である。播種密度の上限は、細胞培養物の形成が損なわれず、細胞が分化に移行しなければ特に制限されないが、例えば、3.4×10個/cm未満であってもよい。一態様において、「細胞が実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度」は、細胞がコンフルエントに達する密度もしくはそれ以上、または、コンフルエント密度以上である。
【0072】
「細胞が実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度」は、ある態様では1.0×10~3.4×10個/cm、別の態様では3.0×10~3.4×10個/cm、さらに別の態様では3.5×10~3.4×10個/cm、さらに別の態様では1.0×10~3.4×10個/cm、さらに別の態様では3.0×10~1.7×10個/cm、別の態様では3.5×10~1.7×10個/cm、さらに別の態様では1.0×10~1.7×10個/cmである。上記範囲は、上限が3.4×10個/cm未満である限り、上限および下限の両方、または、そのいずれか一方を含んでもよい。したがって、上記密度は、例えば、3.0×10個/cm以上3.4×10個/cm未満(下限を含み、上限は含まない)、3.5×10個/cm以上3.4×10個/cm未満(下限を含み、上限は含まない)、1.0×10個/cm以上3.4×10個/cm未満(下限を含み、上限は含まない)、1.0×10個/cm超3.4×10個/cm未満(下限も上限も含まない)、1.0×10個/cm超1.7×10個/cm以下(下限は含まないが、上限は含む)であってもよい。
【0073】
工程(II)において、播種した細胞をシート化するステップは、既知の任意の手法および条件で行うことができる。かかる手法の非限定例は、例えば、特許文献1、WO 2014/185517などに記載されている。細胞のシート化は、細胞同士が接着分子や、細胞外マトリックスなどの細胞間接着機構を介して互いに接着することにより達成されると考えられている。したがって、播種した細胞をシート化するステップは、例えば、細胞を、細胞間接着を形成する条件下で培養することにより達成することができる。かかる条件は、細胞間接着を形成することができればいかなるものであってもよいが、通常は一般的な細胞培養条件と同様の条件であれば細胞間接着を形成することができる。かかる条件としては、例えば、約37℃、5%COでの培養が挙げられる。また、培養は通常の圧力下(大気圧下、非加圧下)で行うことができる。培養は任意の大きさおよび形状の容器で行うことができる。シート状細胞培養物の大きさや形状は、培養容器の細胞付着面の大きさ・形状を調整すること、または、培養容器の細胞付着面に、所望の大きさ・形状の型枠を設置し、その内部で細胞を培養することなどにより任意に調節することができる。本開示において、播種した細胞をシート化するための培養を、「シート化培養」と称することもある。
【0074】
本開示の一態様において、播種細胞中に筋芽細胞を含む場合、細胞の培養は、所定の期間内、好ましくは、筋芽細胞が分化に移行しない期間内に行われる。したがって、この態様において、筋芽細胞は、培養期間中、未分化の状態に維持される。筋芽細胞の分化への移行は、当業者に知られた任意の方法で評価することができる。例えば、骨格筋芽細胞の場合は、MHCの発現、クレアチンキナーゼ(CK)活性、細胞の多核化、筋管の形成などを分化の指標とすることができる。培養期間は、例えば、約48時間以内、約40時間以内、約36時間以内、約30時間以内、約26時間以内、約12時間以内とすることができる。特定の態様において、培養期間は約2時間~約36時間、約2時間~約30時間、約2時間~約26時間、約2時間~約12時間などであってよい。
【0075】
工程(III)については、上記の本開示の剥離方法を用いることができる。
工程(IV)については、上記の本開示の洗浄方法を用いることができる。
工程(V)については、上記の本開示の保存方法を用いることができる。
【実施例
【0076】
本開示を以下の例を参照してより詳細に説明するが、これは本開示の特定の具体例を示すものであり、本開示はこれらに限定されるものではない。
【0077】
例1.シート状細胞培養物の製造
ヒト骨格筋から定法により調製した骨格筋芽細胞(線維芽細胞を含む)を用いてシート状細胞培養物を調製した。温度応答性培養皿(UpCell(R)12穴マルチウェル、セルシード)に、20%ヒト血清含有DMEM/F12培地(Thermo Fisher Scientific Inc.)に懸濁したヒト骨格筋芽細胞およびヒト線維芽細胞の細胞混合物を、3.7×10個/ウェルとなるように播種し、37℃、5%CO下で2~12時間シート化培養を行った。シート化培養後、培地を除去し、700μLの冷却したHBSS(+)(Thermo Fisher Scientific Inc.)を添加し、除去した。これを繰り返し2回目の緩衝液添加後10分静置し、その後静かにピペッティングしてシート状細胞培養物を完全に剥離させた。剥離したシート状細胞培養物を観察し、縮みや癒着がないことを確認した。また、剥離したシート状細胞培養物に撚れや重なりがあった場合、振盪操作を行い伸展して撚れや重なりを除去した。
シート状細胞培養物を完全に剥離した後、HBSS(+)を除去し、新たに常温のHBSS(+)を加えてシート状細胞培養物を浸漬させることにより、両面を灌流した。かかる添加と除去の工程をもう1回行った。HBSS(+)を除去した後、新たなHBSS(+)を1mL加え(合計3回添加と除去を繰り返し)た後、室温で静置した。得られたシート状細胞培養物は、撚れや縮み、癒着などが観察されなかった。静置したシート状細胞培養物に撚れや重なりが観察された場合、振盪操作を行い伸展した。
得られたシート状細胞培養物を更に常温で静置し、10時間~5日間シート状細胞培養物を保存した。保存したシート状細胞培養物は、撚れや縮み、癒着などが観察されなかった。保存したシート状細胞培養物に撚れや重なりが観察された場合、振盪操作を行い伸展した。