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特許7038363有機発光素子、それに用いられる発光材料および遅延蛍光体
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-10
(45)【発行日】2022-03-18
(54)【発明の名称】有機発光素子、それに用いられる発光材料および遅延蛍光体
(51)【国際特許分類】
   H01L 51/50 20060101AFI20220311BHJP
   C09K 11/06 20060101ALI20220311BHJP
   C07D 471/14 20060101ALI20220311BHJP
【FI】
H05B33/14 B
C09K11/06 640
C07D471/14 101
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018558049
(86)(22)【出願日】2017-12-20
(86)【国際出願番号】 JP2017045788
(87)【国際公開番号】W WO2018117179
(87)【国際公開日】2018-06-28
【審査請求日】2020-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2016246969
(32)【優先日】2016-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、産業技術力強化法17条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】516003621
【氏名又は名称】株式会社Kyulux
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】儘田 正史
(72)【発明者】
【氏名】安達 千波矢
(72)【発明者】
【氏名】中野谷 一
(72)【発明者】
【氏名】ヤン ユソク
【審査官】渡邊 吉喜
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/012457(WO,A1)
【文献】特表2012-523454(JP,A)
【文献】MASASHI MAMADA et al.,Highly Efficient Thermally Activated Delayed Fluorescence from an Excited-State Intramolecular Proto,ACS Central Science,米国,American Chemical Society,2017年07月07日,3,769-777
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 51/50
C09K 11/06
C07D 471/14
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な、一般式(2)で表される化合物を用いた有機発光素子。
【化1】
[一般式(2)において、X ~X は、各々独立にOまたはSを表す。R 11 ~R 22 は、各々独立に Hまたは置換基を表す。n、n1~n3は、各々独立に1~3のいずれかの整数を表す。R 11 とR 12 、R 12 とR 13 、R 13 とR 14 、R 15 とR 16 、R 16 とR 17 、R 17 とR 18 、R 19 とR 20 、R 20 とR 21 、R 21 とR 22 は、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。]
【請求項2】
記化合物の最低励起一重項エネルギー準位Sと最低励起三重項エネルギー準位Tの差ΔESTが0.3eV以下である、請求項に記載の有機発光素子。
【請求項3】
記化合物の逆項間交差の速度定数kRISCが1×10-2-1以上である、請求項1または2に記載の有機発光素子。
【請求項4】
前記一般式(2)のR11、R14、R15、R18、R19、R22Hである、請求項1~3のいずれか1項に記載の有機発光素子。
【請求項5】
記化合物を含む発光層を基板上に有する、請求項1~のいずれか1項に記載の有機発光素子。
【請求項6】
前記発光層は、前記化合物からなる発光材料を含む、請求項に記載の有機発光素子。
【請求項7】
前記素子が有機エレクトロルミネッセンス素子である、請求項1~のいずれか1項に記載の有機発光素子。
【請求項8】
前記素子が有機発光トランジスタである、請求項1~のいずれか1項に記載の有機発光素子。
【請求項9】
下記一般式(2)で表される化合物からなる発光材料。
【化2】
[一般式(2)において、X ~X は、各々独立にOまたはSを表す。R 11 ~R 22 は、各々独立に Hまたは置換基を表す。n、n1~n3は、各々独立に1~3のいずれかの整数を表す。R 11 とR 12 、R 12 とR 13 、R 13 とR 14 、R 15 とR 16 、R 16 とR 17 、R 17 とR 18 、R 19 とR 20 、R 20 とR 21 、R 21 とR 22 は、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。]
【請求項10】
下記一般式(2)で表される化合物からなる遅延蛍光体。
【化3】
[一般式(2)において、X ~X は、各々独立にOまたはSを表す。R 11 ~R 22 は、各々独立に Hまたは置換基を表す。n、n1~n3は、各々独立に1~3のいずれかの整数を表す。R 11 とR 12 、R 12 とR 13 、R 13 とR 14 、R 15 とR 16 、R 16 とR 17 、R 17 とR 18 、R 19 とR 20 、R 20 とR 21 、R 21 とR 22 は、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。]
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遅延蛍光を放射する化合物を用いた有機発光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
有機エレクトロルミネッセンス素子(有機EL素子)などの有機発光素子の発光効率を高める研究が盛んに行われている。特に、有機エレクトロルミネッセンス素子を構成する電子輸送材料、正孔輸送材料、発光材料などを新たに開発して組み合わせることにより、発光効率を高める工夫が種々なされてきている。その中には、熱活性化型の遅延蛍光材料を利用した有機エレクトロルミネッセンス素子に関する研究も見受けられる。
熱活性化型遅延蛍光材料とは、励起三重項状態に遷移したとき、熱エネルギーの吸収により励起三重項状態から励起一重項状態への逆項間交差を生じ、その励起一重項状態から基底状態へ戻る際に蛍光を放射する化合物である。こうした経路による蛍光は、逆項間交差を介さずに直接生じた励起一重項状態からの蛍光(通常の蛍光)よりも遅れて観測されるため、遅延蛍光と称されている。例えば、化合物の電流励起では、励起一重項状態と励起三重項状態の発生確率が25%:75%であるため、直接生じた励起一重項状態からの蛍光のみでは、発光効率の向上に限界がある。一方、熱活性型遅延蛍光材料では、75%の確率で発生する励起三重項状態のエネルギーも蛍光発光に有効利用できるため、より高い発光効率が望めることになる。
【0003】
従来の典型的な熱活性化型遅延蛍光材料として、基底状態においてドナー部位(D部位)とアクセプター部位(A部位)が結合した構造(D-A型構造)を含むものがあり、その具体例として下記の4種類の化合物が知られている(非特許文献1~4)。
【0004】
【化1】
【0005】
一方、基底状態においてこのようなD-A型構造を含まない熱活性化型の遅延蛍光材料については、下記の4種類の化合物を含めて、わずかしか知られていない(非特許文献5~8)。また、これらの化合物はいずれも発光量子収率が低いため、発光素子材料への実用的な利用は期待できない。
【化2】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Nature. 2012, 492, 234
【文献】ChemCommun. 2012, 48, 11392
【文献】ChemCommun. 2013, 49, 10385
【文献】Nat. Photon. 2014, 8, 326
【文献】JACS 1996, 118, 9391
【文献】JACS 1971, 93, 5611
【文献】J. Phys. Chem. 1986, 90, 6314
【文献】Adv. Mater. 2009, 21, 4802
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、これまでの基底状態においてD-A型構造を含まない熱活性化型遅延蛍光材料では十分な量子収率が得られない。これは、HOMO(Highest Occupied Molecular Orbital)とLUMO(LowestUnoccupied Molecular Orbital)の重なりが大きいために、それらの交換相互作用により、HOMOとLUMOでスピンの向きが同じである励起三重項状態のエネルギー準位が低くなって最低励起一重項エネルギーと最低励起三重項エネルギーとの差ΔESTが大きくなり、逆項間交差が生じにくいからであるとされている。中でも、基底状態においてD-A型構造を含まないうえに平面性も高い化合物は、優れた熱活性化型の遅延蛍光材料にはなり得ないと一般に考えられている。
このような状況下で、本発明者らは、基底状態においてD-A型構造を含まないにもかかわらず、発光素子材料として実用性が期待できる、量子収率が高い熱活性化型遅延蛍光材料を実現し、これを用いることにより発光効率が高い有機発光素子を提供することを目的として鋭意検討を進めた。さらに、そのような熱活性化型遅延蛍光材料でありながら、平面性も高い材料を開発することにより、高い熱化学的安定性を有し、量子収率が高く、且つ、分子配向性が良好な材料も実現し、より高い発光効率が得られる有機発光素子を提供することを目的として鋭意検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために鋭意検討を進めた結果、本発明者らは、分子内でヒドロン移動が起こる化合物群の中に、ヒドロン移動することによってHOMOとLUMOが顕著に分離し、遅延蛍光体としての性能が発現するものがあることを見出した。そして、そのような分子内ヒドロン移動が可能で、遅延蛍光を放射する化合物は、基底状態においてD-A型構造を持たせなくても、実用上十分な高い量子効率が得られ、それを用いることにより、発光効率が高い有機発光素子を提供しうることを明らかにした。本発明は、これらの知見に基づいて提案されたものであり、具体的に以下の構成を有する。
【0009】
[1] 遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を用いた有機発光素子。
[2] 前記化合物の分子内に、前記ヒドロン移動が可能な部位が3つ以上存在する、[1]に記載の有機発光素子。
[3] 前記ヒドロン移動が可能な部位が、オキソ基と2級アミノ基から構成される、[1]または[2]に記載の有機発光素子。
[4] 前記ヒドロン移動が可能な部位が、カルボニル基と2級アミノ基から構成される、[1]または[2]に記載の有機発光素子。
[5] 前記化合物が、環骨格構成原子数が20以上の縮環構造を含む、[1]~[4]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
[6] 前記化合物が、環骨格構成原子数が30以上の縮環構造を含む、[1]~[4]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
[7] 前記縮環構造が平面構造である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
[8] 前記縮環構造が共役二重結合を有する6員環を3つ以上含む、[1]~[7]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
[9] 前記共役二重結合を有する6員環同士が互いに縮合構造を形成していない、[8]に記載の有機発光素子。
[10] 前記縮環構造が、環骨格構成原子としてカルボニル基の炭素原子と2級アミノ基の窒素原子を含む、[4]~[9]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
[11] 前記遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物の最低励起一重項エネルギー準位Sと最低励起三重項エネルギー準位Tの差ΔESTが0.3eV以下である、[1]~[10]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
[12] 前記遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物の逆項間交差の速度定数kRISCが1×10-1以上である、[1]~[11]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
[13] 前記遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物が、下記一般式(1)で表される化合物である、[1]~[12]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
【化3】
[一般式(1)において、X~Xは、各々独立にOまたはSを表す。R~Rは、各々独立にHまたは置換基を表す。n、n1~n3は、各々独立に1~3のいずれかの整数を表す。RとR、RとR、RとRは、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。]
[14] 前記一般式(1)のRとR、RとR、RとRが、それぞれ互いに結合して、環状構造を形成している、[13]に記載の有機発光素子。
[15] 前記遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物が、下記一般式(2)で表される化合物である、[1]~[12]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
【化4】
[一般式(2)において、X~Xは、各々独立にOまたはSを表す。R11~R22は、各々独立にHまたは置換基を表す。n、n1~n3は、各々独立に1~3のいずれかの整数を表す。R11とR12、R12とR13、R13とR14、R15とR16、R16とR17、R17とR18、R19とR20、R20とR21、R21とR22は、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。]
[16] 前記一般式(2)のR11、R14、R15、R18、R19、R22Hである、[15]に記載の有機発光素子。
[17] 前記遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を含む発光層を基板上に有する、[1]~[16]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
[18] 前記発光層は、前記遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物からなる発光材料を含む、[17]に記載の有機発光素子。
[19] 前記素子が有機エレクトロルミネッセンス素子である、[1]~[18]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
[20] 前記素子が有機発光トランジスタである、[1]~[18]のいずれか1項に記載の有機発光素子。
【0010】
[21] 上記一般式(1)で表される化合物からなる発光材料。
[22] 上記一般式(1)で表される化合物からなる遅延蛍光体。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を有機発光素子の材料として使用する。遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、基底状態においてD-A型構造を持たせなくても、実用上十分な高い量子収率を示し、発光素子に適用する遅延蛍光材料として効果的に用いることができる。このため、本発明によれば、発光効率が高い有機発光素子が実現できるとともに、遅延蛍光材料の分子設計の自由度が広がり、平面性が高く、安定性もしくは配向性が良好な遅延蛍光材料を実現することも可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】有機エレクトロルミネッセンス素子の層構成例を示す概略断面図である。
図2】化合物1のジメチルホルムアミド溶液(DMF溶液)、テトラヒドロフラン溶液(THF溶液)、トルエン溶液(Toluene溶液)および単結晶の吸収スペクトルと発光スペクトル、並びに、化合物1について密度汎関数法(DFT)による計算で求めた吸収スペクトルと発光スペクトルである。
図3】化合物1の単独膜、ドープ膜およびトルエン溶液の吸収スペクトルと発光スペクトルである。
図4】化合物1のトルエン溶液について、窒素バブリングを行いながら測定した発光の過渡減衰曲線である。
図5】化合物1のテトラヒドロフラン溶液について、窒素バブリングを行いながら測定した発光の過渡減衰曲線である。
図6】化合物1の単結晶について測定した発光の過渡減衰曲線である。
図7】化合物1のドープ膜について、6K~300Kの温度で測定した発光の過渡減衰曲線である。
図8】化合物1のドープ膜で観測された6Kでの即時発光、300Kでの即時発光および300Kでの遅延発光の発光スペクトルである。
図9】化合物1のドープ膜に種々の強度でレーザ光を照射したときの発光強度を、レーザ光強度に対してプロットしたグラフである。
図10】化合物1のドープ膜について、種々の温度条件で観測された即時蛍光、遅延蛍光および燐光のフォトルミネッセンス量子効率を温度に対してプロットしたグラフである。
図11】逆項間交差の速度定数kRISCの対数を絶対温度の逆数に対してプロットしたグラフ(アレニウスプロット)である。
図12】化合物1の単独膜について、6K~300Kの温度で測定した発光の過渡減衰曲線である。
図13】化合物1の単独膜から観測された6Kでの即時発光、300Kでの即時発光および300Kでの遅延発光の発光スペクトルである。
図14】化合物1の薄膜についてAg/Ag電極を用いて測定し、フェロセン/フェロセニウム (Fc/Fc) を基準として示したサイクリックボルタンモグラムである。
図15】化合物1の薄膜について、光電子分光装置を用いて測定した(光電子放出数Yield)0.5の紫外線照射エネルギー依存性を示すグラフである。
図16】実施例2で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の発光スペクトルである。
図17】実施例2で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の電流密度-電圧特性を示すグラフである。
図18】実施例2で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の外部量子効率(EQE)-電流密度特性を示すグラフである。
図19】実施例3で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の発光スペクトルである。
図20】実施例3で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の電流密度-電圧特性を示すグラフである。
図21】実施例3で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の外部量子効率(EQE)-電流密度特性を示すグラフである。
図22】実施例4で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の発光スペクトルである。
図23】実施例4で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の電流密度-電圧特性を示すグラフである。
図24】実施例4で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の外部量子効率(EQE)-電流密度特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下において、本発明の内容について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様や具体例に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
本発明では、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を有機発光素子の材料として使用する。以下において、本発明の有機発光素子で用いる化合物について説明する。
【0015】
[遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物]
本発明の有機発光素子で用いる化合物は、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物である。
本発明における「遅延蛍光」とは、エネルギー供与により励起状態になった化合物が、励起三重項状態から励起一重項状態への逆項間交差を生じた後、その励起一重項状態から基底状態へ戻る際に放射する蛍光のことをいう。逆項間交差を介して放射される蛍光は、逆項間交差を介さずに、直接生じた励起一重項状態からの蛍光(即時蛍光)よりも通常遅れて観測される。本発明では、発光寿命が50ns以上の蛍光を放射する化合物を「遅延蛍光を放射」する化合物であるということとする。
本発明における「分子内ヒドロン移動」とは、化合物を構成する一の原子に結合しているHが、その原子との結合が切れて、若しくは、その原子との結合様式の変化を伴って、近傍に位置する他の原子と結合すること、または、Hが化合物を構成する一の原子と他の原子の両方に結合している場合に、そのHと一の原子との結合が切れて、若しくは、そのHと一の原子との結合様式の変化を伴って、そのHと他の原子との結合様式が変化することを言う。一の原子とH、および、他の原子とHとの結合様式として、共有結合、水素結合を挙げることができる。分子内ヒドロン移動の例として、一の原子と共有結合しているHが、その原子との共有結合が切れて他の原子に共有結合する場合を挙げることができる。分子内ヒドロン移動前における一の原子に共有結合しているHは、他の原子と水素結合していてもよく、分子内ヒドロン移動により他の原子と共有結合したHは、分子内ヒドロン移動前に共有結合していた一の原子と水素結合してもよい。分子内ヒドロン移動前にHが結合している原子(一の原子)、および、Hが移動する先の原子(他の原子)は、特に限定されないが、例えば電気陰性度が高い原子であり、具体的には窒素原子、酸素原子、硫黄原子、フッ素原子を挙げることができる。分子内ヒドロン移動の誘起因子は特に限定されないが、光照射や注入されたキャリアの再結合を挙げることができ、これらにより励起状態になった化合物が分子内ヒドロン移動を起こす現象はExcited-state intramolecular proton-transfer (ESIPT)として知られている。
本発明における「H」は、水素原子の同位体を包括する概念である。nは1、2または3であり、nは1または2であることが好ましい。nが1であるときは原子核が陽子1つで構成される軽水素原子(H)を表し、nが2であるときは原子核が陽子1つと中性子1つで構成される重水素原子(デューテリウムD)を表し、nが3であるときは原子核が陽子1つと中性子2つで構成される三重水素原子(トリチウムT)を表す。
本発明における「ヒドロン」は、水素陽イオンの同位体()を包括する概念である。nは1、2または3であり、nは1または2であることが好ましい。nが1であるときは陽子1つで構成されるプロトン(H)を表し、nが2であるときは陽子1つと中性子1つで構成されるデューテロン(D)を表し、nが3であるときは陽子1つと中性子2つで構成されるトリトン(T)を表す。
分子内ヒドロン移動が可能な化合物であることは、(1)その吸収発光スペクトルにおけるストークスシフトが100nmを超えること、(2)分子内で水素結合を形成可能な立体配座であること、または(3)ヒドロン移動の過程が放射過程に比べ非常に速く、ピコ秒オーダー以下で生じること等によって確認することができる。
【0016】
以上のような遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、基底状態においてD-A型構造やねじれ構造を持たせなくても、実用上十分な高い量子収率を示し、発光素子に適用する遅延蛍光材料として効果的に用いることができる。このため、本発明によれば、発光効率が高い有機発光素子が実現できるとともに、遅延蛍光材料の分子設計の自由度が広がり、平面性が高く、安定性もしくは配向性が良好な遅延蛍光材料を実現することも可能になる。このように配向性が良好な遅延蛍光材料を用いることにより、有機発光素子の発光効率をより高くすることができる。遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物が高い量子収率を有するのは、以下のメカニズムによるものと推定される。
すなわち、化合物に遅延蛍光を放射させて高い量子収率を得るには、その化合物の最低励起一重項エネルギー準位Sと最低励起三重項エネルギー準位Tの差ΔESTを小さくして励起三重項状態から励起一重項状態への逆項間交差を生じさせ易くする必要がある。そのため、従来の遅延蛍光材料では、その基底状態の分子にD-A型構造やねじれ構造を持たせることで、HOMO(Highest Occupied Molecular Orbital)とLUMO(LowestUnoccupied Molecular Orbital)を空間的に分離し、これらの交換相互作用を小さくすることでΔESTを小さくするようにしている。
これに対して、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物では、分子内ヒドロン移動前の状態でHOMOとLUMOが偏りなく分布していても、光照射や注入されたキャリアの再結合によりエネルギーが供給されると、励起状態になってヒドロン移動が誘起され、そのヒドロン移動部位周囲の電子状態が局所的に変化する。その結果、HOMOとLUMOが顕著に分離してΔESTが小さくなると推測される。このため、この化合物では、基底状態においてD-A型構造やねじれ構造を有していなくても遅延蛍光が効率よく放射され、高い量子収率を得ることができる。
【0017】
化合物の分子内に存在するヒドロン移動が可能な部位の数は1つ以上であればよく、例えば3つ以上であることが好ましい。ここで、「ヒドロン移動が可能な部位」とは、Hを含む原子団と、そのHが移動する先の原子または原子団の組み合わせのことをいい、例えば、2級アミノ基(-NHR)、水酸基(-OH)またはチオール基(-SH)と、オキソ基(=O)またはチオキソ基(=S)とを含む基の組み合わせを挙げることができる。具体例として、2級アミノ基(-NHR)とカルボニル基[-C(=O)-]の組み合わせ、水酸基(-OH)とカルボニル基[-C(=O)-]の組み合わせ、水酸基(-OH)とチオカルボニル基[-C(=S)-]の組み合わせ、水酸基(-OH)とアルデヒド基(-CHO)の組み合わせ、水酸基(-OH)と複素環窒素原子(ピリジン型窒素)の組み合わせ、2級アミノ基(-NHR)と複素環窒素原子(ピリジン型窒素)の組み合わせ等を挙げることができ、中でも、2級アミノ基とカルボニル基の組み合わせにより、「ヒドロン移動が可能な部位」が構成されていることが好ましい。2級アミノ基とカルボニル基の組み合わせでは、2級アミノ基(-NHR)の窒素原子からHが外れて、カルボニル基[-C(=O)-]の酸素原子へ結合し、Hが脱離した後の窒素原子がイミノ構造(-N=R)を形成し、Hに結合された酸素原子がHとともに水酸基(-OH)を形成することでヒドロン移動がなされる。ここで、上記の-NHRおよび-N=RのRは置換基を表し、-NHRまたは-N=Rが結合している原子団と結合して環構造を形成していてもよい。ヒドロン移動が可能な部位のうち、励起状態で実際にヒドロン移動が生じるのは、ヒドロン移動が可能な部位の全部であってもよいし、その一部であってもよい。また、分子内に存在するヒドロン移動が可能な部位の数が2つ以上である場合、複数のヒドロン移動が可能な部位は同一であっても異なっていてもよい。
【0018】
本発明で用いる遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、縮環構造を含むことが好ましく、環骨格構成原子数が20以上の縮環構造を含むことがより好ましく、環骨格構成原子数が30以上の縮環構造を含むことがさらに好ましい。また、この化合物が含む縮環構造は平面構造であることが好ましく、環骨格構成原子としてカルボニル基の炭素原子と2級アミノ基の窒素原子を含むことも好ましい。ここで、「平面構造」とは、縮環構造を構成する全ての炭素原子がsp2混成軌道をとっていることをいう。その中でも、分子全体も平面構造をとっているものが好ましい。分子全体が平面構造をとるとは、分子を構成するH以外の全原子が一平面上に配置しうる構造を有することをいう。化合物が平面構造であることにより、その分子配向性が高くなり、有機発光素子の発光効率をより高くすることができる。また、化合物が含む縮環構造は、共役二重結合を有する6員環を3つ以上含むことも好ましく、それらの6員環同士が互いに縮合構造を形成していないことがより好ましい。縮環構造が、共役二重結合を有する6員環としてベンゼン環を含む場合、一のベンゼン環の2つの炭素原子が他のベンゼン環の2つの炭素原子へ、それぞれ2価の連結基を介して連結した構造を有することが好ましく、それらの連結基の間でヒドロン移動が起こることがより好ましい。さらに、化合物が含む縮環構造は、回転対称構造をとっていることが好ましく、3回対称構造をとっていることがより好ましい。
【0019】
本発明で用いる遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、最低励起一重項エネルギー準位Sと最低励起三重項エネルギー準位Tの差ΔESTが0.3eV以下であることが好ましく、0.25eV以下であることがより好ましく、0.2eV以下であることがさらに好ましく、0.15eV以下であることがさらにより好ましく、0.1eV以下であることが特に好ましい。また、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、最低励起三重項状態から最低励起一重項状態への逆項間交差の速度定数kRISCが、1×10-1以上であることが好ましく、1×10-1以上であることがより好ましく、3×10-1以上であることがさらに好ましく、1×10-1以上であることがさらにより好ましく、1×10-1eV以上であることが特に好ましい。これにより、遅延蛍光が効率よく放射され、高い量子収率を得ることができる。ここで、化合物のΔESTおよびkRISCは、即時蛍光と遅延蛍光の発光寿命測定により算出することができる。具体的な測定方法および測定条件は、実施例の項を参照することができる。
本発明で用いる遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、熱化学的安定性が比較的高い。ガラス転移温度(Tg)は80℃以上であることが好ましく、130℃以上であることがより好ましく、180℃以上であることがさらに好ましい。熱化学的安定性が高い化合物を用いれば、化合物の劣化に起因する素子の劣化(寿命の悪化)を防ぐことができる。また、素子を製造する際に高い温度で処理を行うことが可能であることから、素子設計の自由度を上げ、工業的な応用性を高めることができる。
【0020】
本発明で用いる化合物は、下記一般式(1)で表される化合物であることが好ましい。
【化5】
【0021】
一般式(1)において、X~Xは、各々独立にOまたはSを表す。R~Rは、各々独立にHまたは置換基を表す。n、n1~n3は、各々独立に1~3のいずれかの整数を表し、1または2であることが好ましい。RとR、RとR、RとRは、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。R~Rのうちの2つ以上が置換基である場合、複数の置換基は互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0022】
一般式(1)で表される化合物の中には、特に下記一般式(2)で表される化合物が好ましく包含される。
【化6】
【0023】
一般式(2)において、X~Xは、各々独立にOまたはSを表す。R11~R22は、各々独立にHまたは置換基を表す。置換基の数は特に制限されず、R11~R22のすべてが無置換(すなわちH)であってもよい。また、R11~R22のうちR11、R14、R15、R18、R19、R22Hであることが好ましい。R11~R22のうちの2つ以上が置換基である場合、複数の置換基は互いに同一であっても異なっていてもよい。n、n1~n3は、各々独立に1~3のいずれかの整数を表し、1または2であることが好ましい。R11とR12、R12とR13、R13とR14、R15とR16、R16とR17、R17とR18、R19とR20、R20とR21、R21とR22は、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。
【0024】
一般式(1)および一般式(2)において、R~R22がとりうる置換基として、例えばヒドロキシ基、ハロゲン原子、シアノ基、炭素数1~20のアルキル基、炭素数1~20のアルコキシ基、炭素数1~20のアルキルチオ基、炭素数1~20のアルキル置換アミノ基、炭素数2~20のアシル基、炭素数6~40のアリール基、炭素数3~40のヘテロアリール基、炭素数2~10のアルケニル基、炭素数2~10のアルキニル基、炭素数2~10のアルコキシカルボニル基、炭素数1~10のアルキルスルホニル基、炭素数1~10のハロアルキル基、アミド基、炭素数2~10のアルキルアミド基、炭素数3~20のトリアルキルシリル基、炭素数4~20のトリアルキルシリルアルキル基、炭素数5~20のトリアルキルシリルアルケニル基、炭素数5~20のトリアルキルシリルアルキニル基およびニトロ基等が挙げられる。これらの具体例のうち、さらに置換基により置換可能なものは置換されていてもよい。より好ましい置換基は、ハロゲン原子、シアノ基、炭素数1~20の置換もしくは無置換のアルキル基、炭素数1~20のアルコキシ基、炭素数6~40の置換もしくは無置換のアリール基、炭素数3~40の置換もしくは無置換のヘテロアリール基、炭素数1~20のジアルキル置換アミノ基である。さらに好ましい置換基は、フッ素原子、塩素原子、シアノ基、炭素数1~10の置換もしくは無置換のアルキル基、炭素数1~10の置換もしくは無置換のアルコキシ基、炭素数6~15の置換もしくは無置換のアリール基、炭素数3~12の置換もしくは無置換のヘテロアリール基である。
【0025】
とR、RとR、RとR、R11とR12、R12とR13、R13とR14、R15とR16、R16とR17、R17とR18、R19とR20、R20とR21、R21とR22は、互いに結合して環状構造を形成していてもよい。環状構造は芳香環であっても脂肪環であってもよく、またヘテロ原子を含むものであってもよく、さらに環状構造は2環以上の縮合環であってもよい。ここでいうヘテロ原子としては、窒素原子、酸素原子および硫黄原子からなる群より選択されるものであることが好ましい。形成される環状構造の例として、ベンゼン環、ナフタレン環、ピリジン環、ピリダジン環、ピリミジン環、ピラジン環、ピロール環、イミダゾール環、ピラゾール環、トリアゾール環、イミダゾリン環、オキサゾール環、イソオキサゾール環、チアゾール環、イソチアゾール環、シクロヘキサジエン環、シクロヘキセン環、シクロペンタエン環、シクロヘプタトリエン環、シクロヘプタジエン環、シクロヘプタエン環などを挙げることができる。
とR、RとR、RとRが互いに結合して形成する環状構造は、芳香族環であることが好ましく、環骨格構成原子が炭素原子のみからなる芳香族環であることがより好ましく、ベンゼン環を含むことがさらに好ましく、ベンゼン環であることが特に好ましい。RとR、RとR、RとRは、それぞれが互いに結合して環状構造を形成していることが好ましい。
【0026】
一般式(1)および一般式(2)で表される化合物では、2級アミノ基(-NH-)とカルボニル基[-C(=O)-]またはチオカルボニル基[-C(=S)-]とが、ヒドロン移動が可能な部位を構成し、励起エネルギーの供与により、2級アミノ基(-NH-)の窒素原子からHが外れて、カルボニル基[-C(=O)-]の酸素原子またはチオカルボニル基[-C(=S)-]の硫黄原子へ結合し、Hが脱離した後の窒素原子がイミノ構造(-N=)を形成し、Hに結合された酸素原子または硫黄原子がHとともに水酸基(-OH)またはチオール基(-SH)を形成する。このとき、一般式(1)および一般式(2)で表される化合物では、上記のヒドロン移動が可能な部位の全てでヒドロン移動が起こりうる。そのため、例えば、一般式(2)で表され、R11~R22が全てHである下記式(A)で表される化合物を例にすると、励起エネルギーの供与により、ヒドロン移動が起こりうる1個のHが移動した下記式(A-1)で表される構造と、2個のHが移動した下記式(A-2)で表される構造と、3個のHが移動した下記式(A-3)で表される構造をとりうる。本発明の化合物は、いずれの状態が発光種になって発光してもよいが、ヒドロン移動が可能な部位の1個がヒドロン移動した状態、例えば、式(A-1)~(A-3)の中では式(A-1)の表される状態が発光種となって発光することが好ましい。
なお、この段落以降に記載される一般式において、Hの表記が省略されている水素原子は軽水素原子(H)であっても重水素原子(H、D)であっても三重水素原子(H、T)であってもよい。好ましいのは、軽水素原子(H)または重水素原子(H、D)である場合であり、典型例としてすべてが軽水素原子(H)であるものを挙げることができる。また、この段落以降に記載される具体的な化合物の構造式において、Hの表記が省略されている水素原子は軽水素原子(H)を表す。これらの具体的な化合物の水素原子の一部または全部を重水素原子(H、D)または三重水素原子(H、T)に代えた化合物も容易に例示することができる。
【0027】
【化7】
【0028】
以下において、一般式(1)で表される化合物の具体例を例示する。ただし、本発明において用いることができる一般式(1)で表される化合物はこれらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。なお、以下の具体例において「H」と表記されているものはH(軽水素原子)を表し、「D」と表記されているものはH(重軽水素原子)を表す。
【0029】
【化8】
【0030】
【化9】
【0031】
【化10】
【0032】
【化11】
【0033】
【化12】
【0034】
【化13】
【0035】
【化14】
【0036】
【化15】
【0037】
【化16】
【0038】
【化17】
【0039】
本発明で用いる遅延蛍光を放射し分子内ヒドロン移動が可能な化合物、例えば一般式(1)で表される化合物の分子量は、例えば化合物を含む有機層を蒸着法により製膜して利用することを意図する場合には、1500以下であることが好ましく、1200以下であることがより好ましく、1000以下であることがさらに好ましく、800以下であることがさらにより好ましい。分子量の下限値は、通常247以上であり、好ましくは290以上である。
化合物は、分子量にかかわらず塗布法で成膜してもよい。塗布法を用いれば、分子量が比較的大きな化合物であっても成膜することが可能である。
【0040】
また、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な重合性モノマーを重合させた重合体であってもよい。
例えば、一般式(1)や一般式(2)で表される構造中にあらかじめ重合性基を存在させておいて、その重合性基を重合させることによって得られる重合体を、有機発光素子の材料として用いることが考えられる。具体的には、一般式(1)のR~Rや一般式(2)のR11~R22のいずれかに重合性官能基を含むモノマーを用意して、これを単独で重合させるか、他のモノマーとともに共重合させることにより、繰り返し単位を有する重合体を得て、その重合体を有機発光素子の材料として用いることが考えられる。あるいは、一般式(1)や一般式(2)で表される構造を有する化合物どうしをカップリングさせることにより、二量体や三量体を得て、それらを有機発光素子の材料として用いることも考えられる。
【0041】
一般式(1)で表される構造を含む繰り返し単位を有する重合体の例として、下記一般式(11)または(12)で表される構造を含む重合体を挙げることができる。
【化18】
【0042】
一般式(11)または(12)において、Qは一般式(1)で表される構造を含む基を表し、LおよびLは連結基を表す。連結基の炭素数は、好ましくは0~20であり、より好ましくは1~15であり、さらに好ましくは2~10である。連結基は-X11-L11-で表される構造を有するものであることが好ましい。ここで、X11は酸素原子または硫黄原子を表し、酸素原子であることが好ましい。L11は連結基を表し、置換もしくは無置換のアルキレン基、または置換もしくは無置換のアリーレン基であることが好ましく、炭素数1~10の置換もしくは無置換のアルキレン基、または置換もしくは無置換のフェニレン基であることがより好ましい。
一般式(11)または(12)において、R101、R102、R103およびR104は、各々独立に置換基を表す。好ましくは、炭素数1~6の置換もしくは無置換のアルキル基、炭素数1~6の置換もしくは無置換のアルコキシ基、ハロゲン原子であり、より好ましくは炭素数1~3の無置換のアルキル基、炭素数1~3の無置換のアルコキシ基、フッ素原子、塩素原子であり、さらに好ましくは炭素数1~3の無置換のアルキル基、炭素数1~3の無置換のアルコキシ基である。
およびLで表される連結基は、Qを構成する一般式(1)の構造のR~R12のいずれかに結合することができる。1つのQに対して連結基が2つ以上連結して架橋構造や網目構造を形成していてもよい。
【0043】
繰り返し単位の具体的な構造例として、下記式(13)~(16)で表される構造を挙げることができる。
【化19】
【0044】
これらの式(13)~(16)を含む繰り返し単位を有する重合体は、一般式(1)の構造のR~R12のいずれかにヒドロキシ基を導入しておき、それをリンカーとして下記化合物を反応させて重合性基を導入し、その重合性基を重合させることにより合成することができる。
【化20】
【0045】
分子内に一般式(1)で表される構造を含む重合体は、一般式(1)で表される構造を有する繰り返し単位のみからなる重合体であってもよいし、それ以外の構造を有する繰り返し単位を含む重合体であってもよい。また、重合体の中に含まれる一般式(1)で表される構造を有する繰り返し単位は、単一種であってもよいし、2種以上であってもよい。一般式(1)で表される構造を有さない繰り返し単位としては、通常の共重合に用いられるモノマーから誘導されるものを挙げることができる。例えば、エチレン、スチレンなどのエチレン性不飽和結合を有するモノマーから誘導される繰り返し単位を挙げることができる。
【0046】
[一般式(1)で表される化合物の合成方法]
一般式(1)で表される化合物の合成法は特に制限されない。一般式(1)で表される化合物の合成は、例えばDyesPigments 1990, 12, 301に記載される合成法や条件を用いて行うことができる。また、一般式(1)で表される化合物は、その他の公知の合成反応を組み合わせることによっても合成することができる。
【0047】
[有機発光素子]
本発明の有機発光素子では、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を使用する。遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、実用上十分な高い量子収率を示し、有機発光素子の発光材料として効果的に用いることができる。また、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、有機発光素子のホストまたはアシストドーパントとして用いることもできる。例えば、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を発光材料として用いた有機発光素子は、この化合物が遅延蛍光材料として機能することにより、発光効率が高いという特徴を有する。その原理を、有機エレクトロルミネッセンス素子を例にとって説明すると以下のようになる。
【0048】
有機エレクトロルミネッセンス素子においては、正負の両電極より発光材料にキャリアを注入し、励起状態の発光材料を生成し、発光させる。通常、キャリア注入型の有機エレクトロルミネッセンス素子の場合、生成した励起子のうち、励起一重項状態に励起されるのは25%であり、残り75%は励起三重項状態に励起される。従って、励起三重項状態からの発光であるリン光を利用するほうが、エネルギーの利用効率が高い。しかしながら、励起三重項状態は寿命が長いため、励起状態の飽和や励起三重項状態の励起子との相互作用によるエネルギーの失活が起こり、一般にリン光の量子収率が高くないことが多い。一方、遅延蛍光材料は、項間交差等により励起三重項状態へとエネルギーが遷移した後、三重項-三重項消滅あるいは熱エネルギーの吸収により、励起一重項状態に逆項間交差され蛍光を放射する。有機エレクトロルミネッセンス素子においては、なかでも熱エネルギーの吸収による熱活性化型の遅延蛍光材料が特に有用であると考えられる。有機エレクトロルミネッセンス素子に遅延蛍光材料を利用した場合、励起一重項状態の励起子は通常通り蛍光を放射する。一方、励起三重項状態の励起子は、外気の熱やデバイスが発する熱を吸収して励起一重項へ項間交差され蛍光を放射する。このとき、励起一重項からの発光であるため蛍光と同波長での発光でありながら、励起三重項状態から励起一重項状態への逆項間交差により、生じる光の寿命(発光寿命)は通常の蛍光よりも長くなるため、これらよりも遅延した蛍光として観察される。これを遅延蛍光として定義できる。このような熱活性化型の励起子移動機構を用いれば、キャリア注入後に熱エネルギーの吸収を経ることにより、通常は25%しか生成しなかった励起一重項状態の化合物の比率を25%以上に引き上げることが可能となる。100℃未満の低い温度でも強い蛍光および遅延蛍光を発する化合物を用いれば、デバイスの熱で充分に励起三重項状態から励起一重項状態への項間交差が生じて遅延蛍光を放射するため、発光効率を飛躍的に向上させることができる。
【0049】
遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を発光層の発光材料として用いることにより、有機フォトルミネッセンス素子(有機PL素子)や有機エレクトロルミネッセンス素子(有機EL素子)などの優れた有機発光素子を提供することができる。有機フォトルミネッセンス素子は、基板上に少なくとも発光層を形成した構造を有する。有機エレクトロルミネッセンス素子は、少なくとも陽極、陰極、および陽極と陰極の間に有機層を形成した構造を有する。有機層は、少なくとも発光層を含むものであり、発光層のみからなるものであってもよいし、発光層の他に1層以上の有機層を有するものであってもよい。そのような他の有機層として、正孔輸送層、正孔注入層、電子阻止層、正孔阻止層、電子注入層、電子輸送層、励起子阻止層などを挙げることができる。正孔輸送層は正孔注入機能を有した正孔注入輸送層でもよく、電子輸送層は電子注入機能を有した電子注入輸送層でもよい。具体的な有機エレクトロルミネッセンス素子の構造例を図1に示す。図1において、1は基板、2は陽極、3は正孔注入層、4は正孔輸送層、5は発光層、6は電子輸送層、7は陰極を表わす。
以下において、有機エレクトロルミネッセンス素子の各部材および各層について説明する。なお、基板と発光層の説明は有機フォトルミネッセンス素子の基板と発光層にも該当する。
【0050】
(基板)
本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子は、基板に支持されていることが好ましい。この基板については、特に制限はなく、従来から有機エレクトロルミネッセンス素子に慣用されているものであればよく、例えば、ガラス、透明プラスチック、石英、シリコンなどからなるものを用いることができる。
【0051】
(陽極)
有機エレクトロルミネッセンス素子における陽極としては、仕事関数の大きい(4eV以上)金属、合金、電気伝導性化合物およびこれらの混合物を電極材料とするものが好ましく用いられる。このような電極材料の具体例としてはAu等の金属、CuI、インジウムチンオキシド(ITO)、SnO、ZnO等の導電性透明材料が挙げられる。また、IDIXO(In-ZnO)等非晶質で透明導電膜を作製可能な材料を用いてもよい。陽極はこれらの電極材料を蒸着やスパッタリング等の方法により、薄膜を形成させ、フォトリソグラフィー法で所望の形状のパターンを形成してもよく、あるいはパターン精度をあまり必要としない場合は(100μm以上程度)、上記電極材料の蒸着やスパッタリング時に所望の形状のマスクを介してパターンを形成してもよい。あるいは、有機導電性化合物のように塗布可能な材料を用いる場合には、印刷方式、コーティング方式等湿式成膜法を用いることもできる。この陽極より発光を取り出す場合には、透過率を10%より大きくすることが望ましく、また陽極としてのシート抵抗は数百Ω/□以下が好ましい。さらに膜厚は材料にもよるが、通常10~1000nm、好ましくは10~200nmの範囲で選ばれる。
【0052】
(陰極)
一方、陰極としては、仕事関数の小さい(4eV以下)金属(電子注入性金属と称する)、合金、電気伝導性化合物およびこれらの混合物を電極材料とするものが用いられる。このような電極材料の具体例としては、ナトリウム、ナトリウム-カリウム合金、マグネシウム、リチウム、マグネシウム/銅混合物、マグネシウム/銀混合物、マグネシウム/アルミニウム混合物、マグネシウム/インジウム混合物、アルミニウム/酸化アルミニウム(Al)混合物、インジウム、リチウム/アルミニウム混合物、希土類金属等が挙げられる。これらの中で、電子注入性および酸化等に対する耐久性の点から、電子注入性金属とこれより仕事関数の値が大きく安定な金属である第二金属との混合物、例えば、マグネシウム/銀混合物、マグネシウム/アルミニウム混合物、マグネシウム/インジウム混合物、アルミニウム/酸化アルミニウム(Al)混合物、リチウム/アルミニウム混合物、アルミニウム等が好適である。陰極はこれらの電極材料を蒸着やスパッタリング等の方法により薄膜を形成させることにより、作製することができる。また、陰極としてのシート抵抗は数百Ω/□以下が好ましく、膜厚は通常10nm~5μm、好ましくは50~200nmの範囲で選ばれる。なお、発光した光を透過させるため、有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極または陰極のいずれか一方が、透明または半透明であれば発光輝度が向上し好都合である。
また、陽極の説明で挙げた導電性透明材料を陰極に用いることで、透明または半透明の陰極を作製することができ、これを応用することで陽極と陰極の両方が透過性を有する素子を作製することができる。
【0053】
(発光層)
発光層は、陽極および陰極のそれぞれから注入された正孔および電子が再結合することにより励起子が生成した後、発光する層であり、発光材料を単独で発光層に使用しても良いが、好ましくは発光材料とホスト材料を含む。発光材料としては、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物群から選ばれる1種または2種以上を用いることができる。本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子および有機フォトルミネッセンス素子が高い発光効率を発現するためには、発光材料に生成した一重項励起子および三重項励起子を、発光材料中に閉じ込めることが重要である。従って、発光層中に発光材料に加えてホスト材料を用いることが好ましい。ホスト材料としては、励起一重項エネルギー、励起三重項エネルギーの少なくとも何れか一方が発光材料よりも高い値を有する有機化合物を用いることができる。その結果、発光材料に生成した一重項励起子および三重項励起子を、発光材料の分子中に閉じ込めることが可能となり、その発光効率を十分に引き出すことが可能となる。もっとも、一重項励起子および三重項励起子を十分に閉じ込めることができなくても、高い発光効率を得ることが可能な場合もあるため、高い発光効率を実現しうるホスト材料であれば特に制約なく本発明に用いることができる。本発明の有機発光素子または有機エレクトロルミネッセンス素子において、発光は発光層に含まれる発光材料(遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物)から生じる。この発光は蛍光発光および遅延蛍光発光の両方を含む。但し、発光の一部或いは部分的にホスト材料からの発光があってもかまわない。
ホスト材料を用いる場合、発光材料である化合物、すなわち遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物が発光層中に含有される量は0.1重量%以上であることが好ましく、1重量%以上であることがより好ましく、また、50重量%以下であることが好ましく、20重量%以下であることがより好ましく、10重量%以下であることがさらに好ましい。
発光層におけるホスト材料としては、正孔輸送能、電子輸送能を有し、かつ発光の長波長化を防ぎ、なおかつ高いガラス転移温度を有する有機化合物であることが好ましい。
【0054】
(注入層)
注入層とは、駆動電圧低下や発光輝度向上のために電極と有機層間に設けられる層のことで、正孔注入層と電子注入層があり、陽極と発光層または正孔輸送層の間、および陰極と発光層または電子輸送層との間に存在させてもよい。注入層は必要に応じて設けることができる。
【0055】
(阻止層)
阻止層は、発光層中に存在する電荷(電子もしくは正孔)および/または励起子の発光層外への拡散を阻止することができる層である。電子阻止層は、発光層および正孔輸送層の間に配置されることができ、電子が正孔輸送層の方に向かって発光層を通過することを阻止する。同様に、正孔阻止層は発光層および電子輸送層の間に配置されることができ、正孔が電子輸送層の方に向かって発光層を通過することを阻止する。阻止層はまた、励起子が発光層の外側に拡散することを阻止するために用いることができる。すなわち電子阻止層、正孔阻止層はそれぞれ励起子阻止層としての機能も兼ね備えることができる。本明細書でいう電子阻止層または励起子阻止層は、一つの層で電子阻止層および励起子阻止層の機能を有する層を含む意味で使用される。
【0056】
(正孔阻止層)
正孔阻止層とは広い意味では電子輸送層の機能を有する。正孔阻止層は電子を輸送しつつ、正孔が電子輸送層へ到達することを阻止する役割があり、これにより発光層中での電子と正孔の再結合確率を向上させることができる。正孔阻止層の材料としては、後述する電子輸送層の材料を必要に応じて用いることができる。
【0057】
(電子阻止層)
電子阻止層とは、広い意味では正孔を輸送する機能を有する。電子阻止層は正孔を輸送しつつ、電子が正孔輸送層へ到達することを阻止する役割があり、これにより発光層中での電子と正孔が再結合する確率を向上させることができる。
【0058】
(励起子阻止層)
励起子阻止層とは、発光層内で正孔と電子が再結合することにより生じた励起子が電荷輸送層に拡散することを阻止するための層であり、本層の挿入により励起子を効率的に発光層内に閉じ込めることが可能となり、素子の発光効率を向上させることができる。励起子阻止層は発光層に隣接して陽極側、陰極側のいずれにも挿入することができ、両方同時に挿入することも可能である。すなわち、励起子阻止層を陽極側に有する場合、正孔輸送層と発光層の間に、発光層に隣接して該層を挿入することができ、陰極側に挿入する場合、発光層と陰極との間に、発光層に隣接して該層を挿入することができる。また、陽極と、発光層の陽極側に隣接する励起子阻止層との間には、正孔注入層や電子阻止層などを有することができ、陰極と、発光層の陰極側に隣接する励起子阻止層との間には、電子注入層、電子輸送層、正孔阻止層などを有することができる。阻止層を配置する場合、阻止層として用いる材料の励起一重項エネルギーおよび励起三重項エネルギーの少なくともいずれか一方は、発光材料の励起一重項エネルギーおよび励起三重項エネルギーよりも高いことが好ましい。
【0059】
(正孔輸送層)
正孔輸送層とは正孔を輸送する機能を有する正孔輸送材料からなり、正孔輸送層は単層または複数層設けることができる。
正孔輸送材料としては、正孔の注入または輸送、電子の障壁性のいずれかを有するものであり、有機物、無機物のいずれであってもよい。使用できる公知の正孔輸送材料としては例えば、トリアゾール誘導体、オキサジアゾール誘導体、イミダゾール誘導体、カルバゾール誘導体、インドロカルバゾール誘導体、ポリアリールアルカン誘導体、ピラゾリン誘導体およびピラゾロン誘導体、フェニレンジアミン誘導体、アリールアミン誘導体、アミノ置換カルコン誘導体、オキサゾール誘導体、スチリルアントラセン誘導体、フルオレノン誘導体、ヒドラゾン誘導体、スチルベン誘導体、シラザン誘導体、アニリン系共重合体、また導電性高分子オリゴマー、特にチオフェンオリゴマー等が挙げられるが、ポルフィリン化合物、芳香族第3級アミン化合物およびスチリルアミン化合物を用いることが好ましく、芳香族第3級アミン化合物を用いることがより好ましい。
【0060】
(電子輸送層)
電子輸送層とは電子を輸送する機能を有する材料からなり、電子輸送層は単層または複数層設けることができる。
電子輸送材料(正孔阻止材料を兼ねる場合もある)としては、陰極より注入された電子を発光層に伝達する機能を有していればよい。使用できる電子輸送層としては例えば、ニトロ置換フルオレン誘導体、ジフェニルキノン誘導体、チオピランジオキシド誘導体、カルボジイミド、フレオレニリデンメタン誘導体、アントラキノジメタンおよびアントロン誘導体、オキサジアゾール誘導体等が挙げられる。さらに、上記オキサジアゾール誘導体において、オキサジアゾール環の酸素原子を硫黄原子に置換したチアジアゾール誘導体、電子吸引基として知られているキノキサリン環を有するキノキサリン誘導体も、電子輸送材料として用いることができる。さらにこれらの材料を高分子鎖に導入した、またはこれらの材料を高分子の主鎖とした高分子材料を用いることもできる。
【0061】
有機エレクトロルミネッセンス素子を作製する際には、上記の遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を発光層に用いるだけでなく、発光層以外の層にも用いてもよい。その際、各層に含まれる遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物は、発光層に用いるものと、発光層以外の層に用いるものとで、同一であっても異なっていてもよい。例えば、上記の注入層、阻止層、正孔阻止層、電子阻止層、励起子阻止層、正孔輸送層、電子輸送層などにも、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を用いてもよい。これらの層の製膜方法は特に限定されず、ドライプロセス、ウェットプロセスのどちらで作製してもよい。
【0062】
以下に、有機エレクトロルミネッセンス素子に用いることができる好ましい材料を具体的に例示する。ただし、本発明において用いることができる材料は、以下の例示化合物によって限定的に解釈されることはない。また、特定の機能を有する材料として例示した化合物であっても、その他の機能を有する材料として転用することも可能である。なお、以下の例示化合物の構造式におけるnは3~10の整数を表す。
【0063】
まず、発光層のホスト材料としても用いることができる好ましい化合物を挙げる。
【0064】
【化21】
【0065】
【化22-1】

【化22-2】
【0066】
【化23】
【0067】
【化24】
【0068】
【化25】
【0069】
次に、正孔注入材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0070】
【化26】
【0071】
次に、正孔輸送材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0072】
【化27】
【0073】
【化28】
【0074】
【化29】
【0075】
【化30】
【0076】
【化31】
【0077】
【化32】
【0078】
次に、電子阻止材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0079】
【化33】
【0080】
次に、正孔阻止材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0081】
【化34】
【0082】
次に、電子輸送材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0083】
【化35】
【0084】
【化36】
【0085】
【化37】
【0086】
次に、電子注入材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0087】
【化38】
【0088】
さらに添加可能な材料として好ましい化合物例を挙げる。例えば、安定化材料として添加すること等が考えられる。
【0089】
【化39】
【0090】
上述の方法により作製された有機エレクトロルミネッセンス素子は、得られた素子の陽極と陰極の間に電界を印加することにより発光する。このとき、励起一重項エネルギーによる発光であれば、そのエネルギーレベルに応じた波長の光が、蛍光発光および遅延蛍光発光として確認される。また、励起三重項エネルギーによる発光であれば、そのエネルギーレベルに応じた波長が、りん光として確認される。通常の蛍光は、遅延蛍光発光よりも蛍光寿命が短いため、発光寿命は蛍光と遅延蛍光で区別できる。
一方、りん光については、本発明の化合物のような通常の有機化合物では、励起三重項エネルギーは不安定で熱等に変換され、寿命が短く直ちに失活するため、室温では殆ど観測できない。通常の有機化合物の励起三重項エネルギーを測定するためには、極低温の条件での発光を観測することにより測定可能である。
【0091】
本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子は、単一の素子、アレイ状に配置された構造からなる素子、陽極と陰極がX-Yマトリックス状に配置された構造のいずれにおいても適用することができる。本発明によれば、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を発光層に含有させることにより、発光効率が大きく改善された有機発光素子が得られる。本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子などの有機発光素子は、さらに様々な用途へ応用することが可能である。例えば、本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子を用いて、有機エレクトロルミネッセンス表示装置を製造することが可能であり、詳細については、時任静士、安達千波矢、村田英幸共著「有機ELディスプレイ」(オーム社)を参照することができる。また、特に本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子は、需要が大きい有機エレクトロルミネッセンス照明やバックライトに応用することもできる。
【0092】
また、本発明の有機発光素子は、有機発光トランジスタであってもよい。有機発光トランジスタは、例えば発光層を兼ねる活性層に、ゲート絶縁層を介してゲート電極が積層されるとともに、該活性層にソース電極およびドレイン電極が接続された構造を有する。こうした有機発光トランジスタの活性層に、遅延蛍光を放射し、分子内ヒドロン移動が可能な化合物を用いることにより、キャリア移動度および発光特性のいずれにも優れた有機発光トランジスタを実現することができる。
【実施例
【0093】
以下に実施例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下に示す材料、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。なお、発光特性の評価は、ソースメータ(ケースレー社製:2400シリーズ)、外部量子効率測定装置(浜松ホトニクス(株)製C9920-12型)、光学分光器(浜松ホトニクス(株)製PMA-12型)、蛍光分光光度計(HORIBA製Fluoromax-4型)、絶対PL量子収率測定装置(浜松ホトニクス(株)製Quantaurus-QY型)、小型蛍光寿命測定装置(浜松ホトニクス(株)製Quantaurus-Tau型)およびストリークカメラ(浜松ホトニクス(株)製C4334型)を用いて行った。
また、以下において、「即時蛍光」とは発光寿命が50ns未満の蛍光のことをいい、「遅延蛍光」とは 発光寿命が50ns以上の蛍光のことをいう。
また、各実施例で使用した下記の化合物1は、Dyes Pigments 1990, 12, 301に記載される合成法を用いて合成した。この化合物は、融点が500℃より高く、1Paにおける昇華温度が290℃より高い。また、室温から昇温したときに重量が5%減少した温度が466℃であり、かなり熱的に安定な化合物である。また、300℃以下で明瞭なガラス転移温度(Tg)は観測されなかった。なお、下記の化合物1の構造式におけるHは軽水素原子(H)を表す。
【0094】
【化40】
【0095】
[化合物1を用いた有機フォトルミネッセンス素子の作製と評価]
(実施例1)
化合物1をジメチルホルムアミド、テトラヒドロフランまたはトルエンに溶解して各種溶液(濃度10-5mol/L)を調製した。
昇華法により化合物1の単結晶を作製して有機フォトルミネッセンス素子とした。得られた単結晶は、X線構造解析より全ての原子が同一平面上にあり、H以外の原子のRMS(二乗平均平方根)が0.036オングストロームであり、高い平面性を有していた。
石英基板上に真空蒸着法にて、真空度10-3Pa以下の条件にて化合物1の薄膜(以下、「単独膜」という)を50~100nmの厚さで形成して有機フォトルミネッセンス素子とした。
これとは別に、石英基板上に真空蒸着法にて、真空度10-3Pa以下の条件にて化合物1とDPEPOとを異なる蒸着源から蒸着し、化合物1の濃度が6~15重量%である薄膜(以下、「ドープ膜」という)を50~100 nmの厚さで形成して有機フォトルミネッセンス素子とした。
以下では、作製した化合物1の各溶液、単結晶、単独膜およびドープ膜を総称して「測定サンプル」という。
化合物1のジメチルホルムアミド溶液(DMF溶液)、テトラヒドロフラン溶液(THF溶液)、トルエン溶液(Toluene溶液)および単結晶について、吸収スペクトル(単結晶については530nmの励起スペクトル)および330nm励起光による発光スペクトルを測定した結果、並びに、密度汎関数法(DFT)による計算で求めた化合物1の吸収スペクトル、および密度汎関数法(DFT)による計算で求めた、式(A-1)で表される化合物1のヒドロン移動体の発光スペクトルを図2に示し、大気下で測定したフォトルミネッセンス量子収率および窒素バブリングを行いながら測定した各溶液のフォトルミネッセンス量子収率を表1に示す。
化合物1の単独膜、ドープ膜およびトルエン溶液について、吸収スペクトルおよび330nm励起光による発光スペクトルを測定した結果を図3に示し、大気下およびアルゴン気流下で測定したフォトルミネッセンス量子収率を表2に示す。
【0096】
【表1】
【0097】
【表2】
【0098】
図2、3から、いずれの測定サンプルも、吸収極大波長が250~350nmの範囲にあるのに対して、発光極大波長は500~600nmの範囲にあり、ストークスシフトが100nmを超えていた。また、各測定サンプルの吸収発光スペクトルは、DFT計算により求めた吸収発光スペクトルとよく一致していた。これらのことから、化合物1が、分子内ヒドロン移動する化合物であることを確認することができた。また、表1、2に示すように、化合物1を含む測定サンプルは、いずれも高い量子収率を有していた。
一方、化合物1のアミノ基のHをメチル基に置換した、下記の構造を有する3種の化合物の混合物のトルエン溶液について、同様の測定を行った。その結果、発光スペクトルは発光極大波長が550nmあたりの大きなストークスシフトの他に、400nm以下の小さなストークスシフトの発光を示した。このことから、化合物1は、そのアミノ基のHがヒドロン移動する化合物であって、そのヒドロン移動に起因して発光するものであることを確認することができた。
【0099】
【化41】
【0100】
化合物1のトルエン溶液(Toluene溶液)について、窒素バブリングを行いながら測定した発光の過渡減衰曲線を図4に示し、化合物1のテトラヒドロフラン溶液(THF溶液)について、窒素バブリングを行いながら測定した発光の過渡減衰曲線を図5に示し、化合物1の単結晶について測定した発光の過渡減衰曲線を図6に示す。ここで、発光の過渡減衰曲線の測定は、340nm励起光を用いて行った。図4、5中の「IRF」は装置応答関数を示す。
図4~6から、時間経過とともに徐々に発光強度が減衰する遅延蛍光を確認することができた。ここで、トルエン溶液の発光寿命は、即時蛍光で6.9ns、遅延蛍光で74μsであり、テトラヒドロフラン溶液の発光寿命は、即時蛍光で4.6ns、遅延蛍光で90μsであり、単結晶の発光寿命は、即時蛍光で8.2ns、遅延蛍光で1.2μsであった。
なお、比較のため、下記の構造を有する比較化合物1について、同様にして、各種溶液および単結晶を作製して吸収発光スペクトルおよび発光の過渡減衰曲線を測定したところ、遅延蛍光は観測されず、発光も弱いものであった。なお、下記の比較化合物1の構造式におけるHは軽水素原子(H)を表す。
【0101】
【化42】
【0102】
化合物1のドープ膜について、337nm励起光(窒素ガスレーザー)を用い、6K~300Kの温度で測定した発光の過渡減衰曲線を図7に示し、6Kでの即時発光、300Kでの即時発光および300Kでの遅延発光の発光スペクトルを図8に示し、種々の強度でレーザ光を照射したときの発光強度をレーザ光強度に対してプロットしたグラフを図9に示す。
図7を見ると、温度が高くなる程、発光寿命が長くなっており、熱活性型遅延蛍光材料に特徴的な温度依存性が認められた。また、図9のプロットの傾きが1であることからも、化合物1がtriplet-triplet annihilationによる遅延蛍光材料ではなく、熱活性型の遅延蛍光材料であることを確認することができた。
化合物1のドープ膜について、種々の温度条件で測定した全発光(即時蛍光+遅延蛍光)、即時蛍光および遅延蛍光のフォトルミネッセンス量子効率を温度に対してプロットしたグラフを図10に示す。6Kでは即時蛍光のみ観測され、遅延蛍光は観測されなかった。逆項間交差の速度定数kRISCの対数を絶対温度の逆数に対してプロットしたグラフ(アレニウスプロット)を図11に示す。
化合物1の室温での逆項間交差の速度定数kRISCは3×10-1であり、図11のアレニウスプロットから求められた化合物1のΔESTは200meVであった。
化合物1の単独膜について、337nm励起光を用い、6K~300Kの温度で測定した発光の過渡減衰曲線を図12に示し、6Kでの即時発光、300Kでの即時発光および300Kでの遅延発光の発光スペクトルを図13に示す。
図12から、化合物1の単独膜についても、熱活性型遅延蛍光材料に特徴的な温度依存性が認められた。
化合物1のHOMO準位とLUMO準位を求めるため、インジウム・スズ酸化物(ITO)電極上に設けた化合物1の薄膜についてAg/Ag電極を用いて測定し、フェロセン/フェロセニウム (Fc/Fc) を基準として示したサイクリックボルタンモグラムを図14に示し、光電子分光装置(理研計器社製:AC-3)を用いて測定した(光電子放出数Yield)0.5の紫外線照射エネルギー依存性を図15に示す。図14、15から、化合物1の|HOMO|は約6.0eV、|LUMO|は約3.0eVであり、各図から求められたHOMO準位およびLUMO準位の値は概ね一致していた。
【0103】
[化合物1を用いた有機エレクトロルミネッセンス素子の作製と評価]
以下の実施例2~5で作製した有機エレクトロルミネッセンス素子の層構成を表2に示す。表2の層構成の欄において、「/」は層同士の境界を表し、「/」を境にして、左側に記載された層の上に右側に記載された層が積層されていることを意味する。
【0104】
【表3】
【0105】
(実施例2)
膜厚100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)からなる陽極が形成されたガラス基板上に、各薄膜を真空蒸着法にて、真空度10-4Paで積層した。まず、ITO上にTAPCを30nmの厚さに形成した。続いて、TCTAを20nmの厚さに形成し、その上に、CzSiを10nmの厚さに形成した。次に、化合物1とPPTを異なる蒸着源から共蒸着し、30nmの厚さの層を形成して発光層とした。この時、化合物1の濃度は10重量%とした。次に、PPTを40nmの厚さに形成した。さらにフッ化リチウム(LiF)を0.8nmの厚さに蒸着し、次いでアルミニウム(Al)を100nmの厚さに蒸着することにより陰極を形成し、有機エレクトロルミネッセンス素子とした。
作製した有機エレクトロルミネッセンス素子について、6V、9V、12Vの電圧で測定した発光スペクトルを図16に示し、電流密度-電圧特性を図17に示し、外部量子効率(EQE)-電流密度特性を図18に示す。化合物1を発光材料として用いた有機エレクトロルミネッセンス素子は13.7%の高い外部量子効率を達成した。
【0106】
(実施例3)
ITO上にTAPCを30nmの厚さに形成する代わりに、NPDを30nmの厚さに形成したこと以外は、実施例2と同様にして有機エレクトロルミネッセンス素子を作製した。
作製した有機エレクトロルミネッセンス素子について、6V、9V、12Vの電圧で測定した発光スペクトルを図19に示し、電流密度-電圧特性を図20に示し、外部量子効率(EQE)-電流密度特性を図21に示す。化合物1を発光材料として用いた有機エレクトロルミネッセンス素子は9.4%の高い外部量子効率を達成した。
【0107】
(実施例4)
膜厚100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)からなる陽極が形成されたガラス基板上に、各薄膜を実施例1と同様の条件で真空蒸着法にて積層した。まず、ITO上にNPDを35nmの厚さに形成し、その上に、mCPを10nmの厚さに形成した。次に、化合物1とPPTを異なる蒸着源から共蒸着し、30nmの厚さの層を形成して発光層とした。この時、化合物1の濃度は10重量%とした。次に、PPTを40nmの厚さに形成した。さらにフッ化リチウム(LiF)を
0.8nmの厚さに蒸着し、次いでアルミニウム(Al)を100nmの厚さに蒸着することにより陰極を形成し、有機エレクトロルミネッセンス素子とした。
作製した有機エレクトロルミネッセンス素子について、6V、9V、12Vの電圧で測定した発光スペクトルを図22に示し、電流密度-電圧特性を図23に示し、外部量子効率(EQE)-電流密度特性を図24に示す。化合物1を発光材料として用いた有機エレクトロルミネッセンス素子は5.7%の外部量子効率を達成した。
【0108】
【化43-1】

【化43-2】
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明の有機発光素子で用いる化合物は、基底状態においてD-A型構造を持たせなくても遅延蛍光を放射し、素子材料として実用十分な高い量子収率を示す。このため、本発明によれば、発光効率が高い有機発光素子が実現できるとともに、遅延蛍光材料の分子設計の自由度が広がり、平面性が高く安定性もしくは配向性が良好な遅延蛍光材料を実現することも可能になる。このため、本発明は産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0110】
1 基板
2 陽極
3 正孔注入層
4 正孔輸送層
5 発光層
6 電子輸送層
7 陰極
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24