(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-10
(45)【発行日】2022-03-18
(54)【発明の名称】蓄熱保温性繊維
(51)【国際特許分類】
D01F 8/06 20060101AFI20220311BHJP
D01F 8/12 20060101ALI20220311BHJP
D01F 8/14 20060101ALI20220311BHJP
【FI】
D01F8/06
D01F8/12 Z
D01F8/14 Z
(21)【出願番号】P 2017069379
(22)【出願日】2017-03-30
【審査請求日】2019-09-30
(73)【特許権者】
【識別番号】305037123
【氏名又は名称】KBセーレン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小原 正之
【審査官】鈴木 祐里絵
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-314716(JP,A)
【文献】特開2008-240182(JP,A)
【文献】特開2014-043659(JP,A)
【文献】特開2002-294520(JP,A)
【文献】特開平03-227402(JP,A)
【文献】特開2003-027337(JP,A)
【文献】特開2011-208329(JP,A)
【文献】特開2016-069785(JP,A)
【文献】特開平03-234819(JP,A)
【文献】特開昭60-110920(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F8/00-8/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
海部と10個以上、20個以下の島部とからなり、海部と島部との接合面が繊維長さ方向に連続した海島構造を有し、以下の(a)~(
e)を満たす蓄熱保温性繊維。
(a)島成分が赤外線吸収剤を2質量%以上、15質量%以下含有するポリプロピレン樹脂
(b)海成分が染色可能な熱可塑性樹脂
(c)繊維横断面における海部の面積比率が30%以上、70%以下
(d)繊維横断面における海部の最小厚みが1μm以上
(e)島成分に230℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレートが、9g/10min以上、30g/10min以下のポリプロピレン樹脂を用いる
【請求項2】
染色可能な熱可塑性樹脂が、ポリエステル樹脂またはポリアミド樹脂である請求項1記載の蓄熱保温性繊維。
【請求項3】
170℃の乾熱雰囲気下の乾熱処理後に融着および溶断のない請求項1または2に記載の蓄熱保温性繊維。
【請求項4】
密度が、1.25g/cm
3以下である請求項1~3いずれか一項に記載の蓄熱保温性繊維。
【請求項5】
単糸繊度が、1dtex以上である請求項1~4いずれか一項に記載の蓄熱保温性繊維。
【請求項6】
請求項1~5いずれか一項に記載の蓄熱保温性繊維から
構成される繊維構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線吸収剤を含有したポリプロピレン樹脂と熱可塑性樹脂を用いた蓄熱保温性に優れる海島型複合繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
防寒衣料用途など保温性を求められる繊維は、吸湿発熱繊維、太陽光を熱に変換する繊維、中空繊維など数多く提案されている。
吸湿発熱繊維は湿気を吸収した時に発熱することで保温性を高めているが、すぐに放熱してしまい持続性が低い。
一方、太陽光を熱に変換する繊維は太陽光が照射されると常に発熱するため、保温性とその持続性に優れている。特許文献1では、芯部に酸化錫で表面被覆された酸化チタンを含有したポリエステルを配し、鞘部に特定のポリエチレンテレフタレートを配した芯鞘繊維とすることで染色性の良好な蓄熱保温繊維が提案されている。また、特許文献2では酸化アンチモンをドーピングした酸化第二スズと遠赤外線放射性微粒子を含むことで優れた保温性と共に白度を有する機能性繊維を得られることが提案されている。
また、防寒衣料は通常の衣料よりも繊維を多く使い、重量感のあるものになるため、繊維の軽量化も重要となる。軽量性繊維としてはポリオレフィンを使用した繊維が挙げられるが、ポリオレフィンは染色性がなく、衣料用途への展開は困難である。そこで、特許文献3では繊維横断面中空率が50%以上のポリエステル繊維からなる紡績糸が提案されている。この提案では、中空部によって、紡績糸へ軽量性と保温性を付与している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2003-027337号公報
【文献】特開2015-014076号公報
【文献】特開2007-070768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、十分な保温性を得るために特許文献1、2のように、酸化アンチモンをドーピングした酸化第二スズなどの無機微粒子を配合すると、繊維の比重が大きくなり、防寒衣料等が重量感のある衣料となり易い。
また、特許文献3の実施例記載のようなポリエチレンテレフタレートの中空繊維はポリエチレンテレフタレートの比重が1.38と高く、軽量性を向上させるために中空率を高くしているが、中空率が高い場合には、仮撚加工や撚糸等の工程で中空部の割れや潰れが生じるため、軽量性の付与には限界があった。
したがって、防寒衣料として十分な保温性を有し、かつ軽量である染色可能な蓄熱保温性繊維を得ることを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、島成分を、赤外線吸収剤を含有させた軽量性に優れるポリプロピレン樹脂とし、海成分を、染色可能な熱可塑性樹脂とし、海部と島部を特定の繊維横断面形状とする海島構造を有する蓄熱保温性繊維である。
すなわち、本発明の要旨は、海部と10個以上、20個以下の島部の接合面が繊維長さ方向に連続した海島構造を有し、以下の(a)~(d)を満たす蓄熱保温性繊維である。
(a)島成分が赤外線吸収剤を2質量%以上、15質量%以下含有するポリプロピレン樹脂
(b)海成分が染色可能な熱可塑性樹脂
(c)繊維横断面における海部の面積比率が30%以上、70%以下
(d)繊維横断面における海部の最小厚みが1μm以上
中でも、染色可能な熱可塑性樹脂はポリエステル系樹脂またはポリアミド系樹脂であることが好ましい。また、前記繊維が170℃の乾熱雰囲気下で乾熱処理後に融着および溶断のないことが好ましい。さらに、前記繊維の単糸繊度が1dtex以上であり、密度が1.25g/cm3以下であることが好ましい。
また本発明は、上記繊維からなる繊維構造物でもある。
【発明の効果】
【0006】
本発明の蓄熱保温性繊維は、繊維の重量感を改良し、防寒衣料として十分な機能を有する蓄熱保温性と染色性に優れた繊維を提供できる。また本発明の蓄熱保温性繊維は、ポリエステル繊維やポリアミド繊維等の熱可塑性樹脂繊維との併用ができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、本発明の蓄熱保温性繊維の横断面形状の例を示す。
【
図2】
図2は、本発明の範囲外の蓄熱保温性繊維の横断面形状の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の蓄熱保温性繊維は、海成分からなる海部と島成分からなる島部とから構成される。
【0009】
本発明の蓄熱保温性繊維は、海成分が染色可能な熱可塑性樹脂、島成分がポリプロピレン樹脂から構成され、島成分は赤外線吸収剤を含有する。
【0010】
赤外線吸収剤としては、例えば、アンチモンドープ酸化スズ(ATO)やスズドープ酸化インジウム(ITO)等が挙げられる。ATOの場合、ポリプロピレン樹脂に対し、2質量%以上、15質量%以下含有することが好ましい。含有量が2質量%未満であると十分な蓄熱保温性を得ることができず、15質量%を超えると紡糸時の曳糸性が極端に悪化する。あるいは、紡糸できても延伸工程での糸切れが生じ、さらには、延伸後の品質も満足できないものとなり易い。より好ましくは、3質量%以上、12質量%以下である。ITOの場合も、ATOと同様の割合で、ポリプロピレン樹脂に含有することが好ましい。
【0011】
赤外線吸収剤の粒子径としては、例えば、平均粒子径10μm以下であることが好ましい。平均粒子径が10μmを超えると紡糸フィルターの目詰まり、断糸等が生じ易くなる。より好ましくは、10nm以上、5μm以下であり、さらに好ましくは、10nm以上、3μm以下である。
【0012】
本発明の蓄熱保温性繊維において、島成分のポリプロピレン樹脂とは、ポリプロピレン(PP)が主成分である樹脂をいう。プロピレン単独重合体であっても、他の成分を繰り返し単位として含む共重合体であってもよい。共重合体としては、プロピレンに、例えば、エチレン、ブテン-1、ヘキセン-1等を1種以上共重合したものが挙げられる。
【0013】
本発明において、樹脂の融点とは、示差走査熱量計(DSC)を用いて、窒素雰囲気下、10℃/minで300℃まで昇温した時の吸熱ピークのピークトップが示す値のことをいう。
【0014】
ポリプロピレン樹脂の融点は145℃以上、200℃以下が好ましい。融点が145℃より低いと、十分な耐熱性が得られない傾向がある。融点が200℃より高いと、溶融紡糸において、海成分の熱可塑性樹脂との複合が困難となる傾向がある。また、上記の範囲であると、ポリエステル樹脂やポリアミド樹脂等の熱可塑性樹脂からなる繊維を混用して繊維構造物とした際、通常実施する、プレセットやファイナルセット等の後加工における乾熱処理(例えば、120~190℃の乾熱処理)や染色処理(例えば、100~135℃の湿熱処理)を行うのに、十分良好な耐熱性を備えるものを得られ易い。より好ましいポリプロピレン樹脂の融点は、160℃以上、200℃以下である。
【0015】
ポリプロピレン樹脂の230℃、荷重2.16kgにおけるメルトフレート(MFR)は、9g/10min以上、30g/10min以下が好ましい。すなわち、MFRが9g/10min以上であれば、島部同士の融合による凝集塊が生じ難い傾向があるため、海部と島部の剥離が生じ難くなる。この結果、紡糸工程や延撚工程での製糸安定性は良好となり、染色した後に白化現象等の染色斑も生じ難い傾向がある。また繊維の機械的強度を良好に保つ点からは、MFRが30g/10min以下であることが好ましい。よって、MFRが上記の範囲内であると、島部同士の融合が生じ難く、海部と島部の剥離がなく、機械的強度の良好な繊維を得られ易い。中でも、MFRは9g/10min以上が好ましく、20g/10min以下が好ましい。より好ましくは9g/10min以上、15g/10min以下である。
【0016】
本発明の蓄熱保温性繊維において、海成分は、染色可能な熱可塑性樹脂であれば特に限定されることはない。具体例として、例えば、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリビニルアルコール樹脂が挙げられる。これらの中でも、耐熱性や機械的特性の観点からポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂が好ましい。
【0017】
海成分の熱可塑性樹脂は、融点は180℃以上、280℃以下が好ましい。
本発明において島部は、海部の海成分に覆われており、通常のプレセットやファイナルセット等の後加工における乾熱処理でも問題のない良好な耐熱性を備えている。海成分の融点が低すぎると、乾熱処理により、海部の融解が生じ、風合いが硬くなる傾向がある。 また高すぎると、海成分との複合紡糸が難しくなる傾向がある。よって、耐熱性、安定した製糸性や海部と島部との剥離を抑制し易い点から、上記の範囲が好ましい。より好ましい海成分の熱可塑性樹脂の融点は、210℃以上、270℃以下であり、さらに好ましくは220℃以上、265℃以下である。
【0018】
海成分のポリエステル樹脂としては、ジカルボン酸類またはそのエステル形成誘導体とジオールまたはそのエステル形成誘導体を原料として重縮合反応によって製造される線状飽和ポリエステルであればよく、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリ乳酸等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。特に、ポリエチレンテレフタレートを主体とするものが好ましく、またホモポリエステルであってもコポリエステルであってもよい。共重合成分としてはアジピン酸、セバシン酸、フタル酸、イソフタル酸、ナフタレン-2,6-ジカルボン酸、ジフェニルジカルボン酸、5-ナトリウムスルホイソフタル酸、ジフェニルスルホンジカルボン酸、p-オキシエトキシ安息香酸等のジカルボン酸類またはそのエステル形成誘導体成分、またはポリエチレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、ポリヘキサンメチレングリコールなどのポリアルキレングリコール成分を含んでいるものが挙げられる。これらの共重合成分は互いに1種ずつ用いてもよいし、2種以上用いることもできる。
【0019】
海成分のポリアミド樹脂としては、ポリアミド6、ポリアミド10、ポリアミド12、ポリアミド66などの単独の重合体または共重合体が挙げられ、これらに限定されるものではない。
【0020】
海成分と島成分は、本発明の効果を損なわない範囲内で、添加物を添加することにより改質が行われたものであっても良い。添加物としては相溶化剤、熱安定化剤、酸化防止剤、蛍光増白剤等が挙げられる。また、添加物は単独で用いても良いし併用しても良い。
【0021】
本発明の蓄熱保温性繊維の断面形状について、以下説明する。
【0022】
本発明の蓄熱保温性繊維は、1つ以上の海部と、2つ以上の島部とを、長さ方向に連続して形成された海島構造を有する複合繊維である。また海部と島部との接合面は、繊維長さ方向に途切れずに連続してなる海島構造を有することが好ましい。
【0023】
本発明の蓄熱保温性繊維は、繊維表面に海成分が露出している。すなわち、繊維横断面(繊維長さ方向に垂直な繊維断面)においては、外周に海部が露出している。
【0024】
図1は、本発明の蓄熱保温性繊維の繊維横断面の断面形状の一例を示す図である。この例では、丸断面の繊維の海部aに、丸断面の19個の島部bが繊維中央に寄り合う形で配置されている。島部bの19個は、繊維中央に丸断面が1個、繊維中央の周囲に略等間隔に第1の円周上に配置された丸断面が6個、第1の円周上の外周に略等間隔に配置された丸断面の12個から構成される。このように島部は、繊維中央に1個、その周りに、二重円上に島部が配置されている。また、海部の最小厚みは1μm以上で構成される。ここで、海部の最小厚みとは、繊維外周と島部外周との最短距離であり、繊維外周の法線(繊維外周の一点を通り、この点における接線に垂直な直線)をひいたときに最も近い島部の外周までの距離を示す。例えば、
図1の蓄熱保温性繊維において、繊維外周上の点pから法線をひき、島部bの外周との交点をqとする。繊維横断面中で、この点pと点qを結ぶ線分p-qの最も短い長さXが海部の最小厚みとなる。
海部の最小厚みが1μm未満の場合、島部の赤外線吸収剤が繊維表面へ露出することを抑制し難くなる。赤外線吸収剤が繊維表面に露出すると、紡糸工程、延伸工程、製織編工程でガイドやローラーを激しく摩耗し易くなる。また、延伸工程、製織編工程、染色工程において、海成分と島成分との剥離が生じ易くなる。このため、製糸安定性や製織編安定性の悪化、白化現象等の染色斑が生じ易い。また、乾熱処理による、島部の融解が生じ、風合いが硬くなり易い。
より好ましい海部の最小厚みは、1.2μm以上である。海部の最小厚みの上限は、後述するが、島部の密集度を上げない観点から、4.0μm以下であることが好ましい。
【0025】
本発明の蓄熱保温性繊維の繊維横断面において、島部の個数を40個以下にすることが好ましい。島部の個数が40個以下であれば、適度な強度を備えた海部と島部の剥離が生じ難い蓄熱保温性繊維が安定的に得られ易くなる。一方、島部の個数が40個を超える場合は繊維中の島部の密集度が大きくなり、紡糸過程で互いの島部同士が融合し凝集塊が発生し易くなり、海部と島部の剥離が生じ易くなる傾向がある。また、より安定した繊維横断面の形成を確保する点から、配置される島部の個数は20個以下がより好ましい。島部をこのような個数とすることにより島部同士の凝集を抑制することがさらに容易になる。加えて、海部と島部の接合面積を大きくしつつ剥離を防ぐ点から、配置される島部の個数は3個以上が好ましく、より好ましくは10個以上である。
【0026】
本発明の蓄熱保温性繊維の繊維横断面において、海部と島部の剥離を抑制する点からは、応力が分散し易いように、島部が繊維の中心と同心円の円周上に略等間隔に配置されることが好ましい。ここで、島部が配置される円は一重円でも、二重円以上でもよいが、二重円以上であることが好ましい。二重円以上であると、後工程で熱処理した際に、収縮応力をより分散し易くなり、海部と島部の剥離をより効率的に抑制できる。
【0027】
本発明の蓄熱保温性繊維の繊維横断面において、繊維横断面全体に対する海部の面積比率が30%以上で構成される。すなわち、繊維横断面において、海部の面積比率が30%未満であると、島部と島部の間の海部の間隔が狭くなり、島部同士が融合し、海部と島部の剥離が生じ易くなる。また、染色後に淡色となる傾向があるため、好ましくは面積比率が35%以上であり、より好ましくは、40%以上である。
【0028】
本発明の蓄熱保温性繊維の繊維横断面において、繊維横断面全体に対する島部の面積比率は、70%以下が好ましい。島部の面積比率は、軽量性、染色性とのバランスを考慮して、適宜設定するとよい。
【0029】
本発明の蓄熱保温性繊維の繊維横断面において、島部は、島部同士が融合しない範囲で、中心部に配置することが好ましい。例えば、繊維横断面において、繊維半径をrとした場合、繊維中心点から[半径r×0.90]以下の範囲に島部を配置することが好ましく、より好ましくは[半径r×0.85]以下の範囲に島部を配置することである。これにより、海部の最小厚みを1μm以上にし易く、製糸安定性や製織編安定性の悪化、白化現象等の染色斑を抑制し易い傾向がある。
【0030】
本発明の蓄熱保温性繊維において、総繊度は、製糸安定性の点から、40dtex以上、200dtex以下が好ましい。より好ましくは40dtex以上、150dtex以下、さらに好ましくは40dtex以上、100dtex以下である。
【0031】
また、本発明の蓄熱保温性繊維において、単糸繊度は1dtex以上で構成されることが好ましい。単糸繊度が1dtex未満では海部の最小厚みを1μm以上に維持することが難しい傾向があり、製糸安定性や製織編安定性の悪化、白化現象等の染色斑が起こり易くなる。また、布帛にした時の風合いの点から、単糸繊度は5dtex以下が好ましい。5dtexを超えると布帛にした時に風合いが硬いものとなり易い。より好ましくは4dtex以下、さらに好ましくは3dtex以下である。
【0032】
本発明の蓄熱保温性繊維において、強度は、後加工の点から、2.0cN/dtex以上、5.5cN/dtex以下が好ましい。さらに好ましくは2.5cN/dtex以上、5.0cN/dtex以下である。
【0033】
本発明の蓄熱保温性繊維において、伸度は、後加工の点から、20%以上、45%以下が好ましい。さらに好ましくは25%以上、40%以下である。
【0034】
本発明の蓄熱保温性繊維の密度について説明する。島成分のポリプロピレンは密度が0.91g/cm3程度と軽量性に優れている。一方、本発明において、海成分は、染色可能な熱可塑性樹脂からなる。そのため、本発明の蓄熱保温性繊維の密度は、繊維横断面における島部の面積比率に応じて変化する。軽量性の点から密度の小さいポリプロピレン樹脂からなる島成分の面積比率が大きい程良いが、染色性の点からポリプロピレンより密度の大きい熱可塑性樹脂からなる島成分の面積比率が大きい方が好ましい。これらのバランスを考慮すると、繊維横断面における海部の面積比率の下限は30%であり、好ましくは35%、より好ましくは40%である。海部の面積比率の上限は70%であり、好ましくは65%、より好ましくは60%である。このような範囲であれば軽量性と染色性の両方に優れた蓄熱保温性繊維を得ることが容易となる。
【0035】
本発明において、耐熱性について説明する。本発明の蓄熱保温性繊維は、170℃の乾熱処理で溶融および融着が発生しないものであることが好ましい。通常、製織、製編された生地は、プレセットやファイナルセット等の乾熱処理を行う必要がある。ポリエステル繊維やポリアミド繊維を用いた生地の場合、通常120℃~190℃で熱処理が行われる。その際に耐熱性が低い繊維を併用すると、乾熱処理時に繊維の融着または溶断が発生し、風合いの硬い生地や穴が開いた生地となってしまい、衣料用途や産業資材用途等に用いることができなくなる。この点から、耐熱性は高いほど良く、170℃の乾熱処理で融着および溶断が発生しないことが好ましい。
【0036】
本発明の蓄熱保温性繊維は、ステープル、紡績糸、フィラメント等の形態で用いることができる。また、海部と島部の剥離が生じ難く、白化現象を抑制することができる。さらに、十分な強度や伸度を有しているため、長繊維としても、好適に使用できる。
【0037】
本発明の蓄熱保温性繊維を用いて、種々の繊維構造物を得ることができる。繊維構造物としては、例えば、撚糸、組紐などの糸束、仮撚糸やタスラン加工糸などの加工糸、紡績糸、各種混繊糸、織編物や不織布等の布帛、詰め綿等の形態をとることができる。
特に、ポリエステル繊維やポリアミド繊維等の熱可塑性樹脂からなる繊維と混繊や交織や交編した織編物・不織布等の布帛とした繊維構造物であれば、染色性、耐熱性、軽量性などの特徴を、適宜、活用して用いることができる点で好ましい。
【0038】
次に、本発明の蓄熱保温性繊維を製造する方法の好適な例について説明する。
【0039】
まず、上記島成分のポリプロピレン樹脂および上記海成分の熱可塑性樹脂を準備する。
準備した海成分と島成分を別々に溶融して、上記断面形状となるように、紡糸口金より吐出し、冷却した後、延伸して、本発明の蓄熱保温性繊維を得ることができる。
ここで赤外線吸収剤を島成分に添加する方法としては特に限定はないが、均一分散させるという点から二軸押出機を用いて島成分のポリプロピレン樹脂に赤外線吸収剤を予め混練し、マスターチップ化することが好ましい。
【0040】
紡糸温度は、ポリプロピレン樹脂と熱可塑性樹脂の耐熱性や紡糸性の点から220℃以上、300℃以下が好ましく、250℃以上、290℃以下がより好ましい。紡糸速度は800m/min以上、4500m/min以下が好ましく、1000m/min以上、3800m/min以下がより好ましい。
【0041】
本発明の蓄熱保温性繊維は、海部と島部が繊維の長さ方向に連続した状態で途切れずに互いに接合していることが好ましい。この場合、延伸工程、製織編工程及び染色工程等で海部と島部の剥離が生じ難く、製糸安定性の悪化、白化現象を抑制し易い。一方、繊維の長さ方向において、島部の樹脂が途切れると、製糸安定性の悪化、白化現象等の染色斑を抑制することは困難となる傾向があるため好ましくない。
【0042】
延伸温度は、製糸安定性の点から90℃以上、120℃以下が好ましく、95℃以上、110℃以下がより好ましい。延伸倍率は、安定的に蓄熱保温性繊維の断面形状を得る点から2.0倍以上、3.5倍以下程度が好ましい。
【0043】
なお、本発明の蓄熱保温性繊維を製造する際には、溶融紡糸した後に一旦巻き取り延伸する方法や、溶融紡糸した後、一旦巻き取ることなく延伸する直接紡糸延伸法など任意の方法を採用することができる。
【0044】
このようにして得られた本発明の蓄熱保温性繊維は、海部と島部の剥離がなく、製糸安定性が良好で、耐熱性が良好なため、延伸工程、仮撚工程、製編織工程、精練工程、染色工程等の各工程でも、剥離しにくく、各工程での取り扱い性に優れる。特に、染色の際に、白化現象等の染色斑が生じたりしないため、濃色に染色ができる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の実施例を示して具体的に説明するが、下記実施例は本発明を例示するものであって、本発明を限定するものではない。なお、各種物性の測定及び評価の方法は下記のように行った。
【0046】
(1)融点
示差走査熱量計(DSC)(リガク製 「DSC 8230」)を用いて、窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで300℃まで昇温し、吸熱ピークのピークトップを熱可塑性樹脂の融点とした。
【0047】
(2)製糸安定性
10kgの糸を生産した際の平均糸切れ回数で製糸安定性を評価し、下記の基準でB以上を合格とした。
A:糸切れ回数が1回未満の場合
B:糸切れ回数が1回以上、3回未満の場合
C:糸切れ回数が3回以上の場合
【0048】
(3)島部状況(融合・剥離)の確認、及び海部の最小厚み
得られた蓄熱保温性繊維の任意の2箇所を長さ方向に垂直に切断し、切断面を電子顕微鏡により1500倍で観察し、島部の融合および剥離の発生状況を確認した。これらの欠点が未発生のものは「良好」とした。また、同様の切断面にて海部の最小厚みを測定した。
【0049】
(4)繊維の強度・伸度
JIS L1013に準じて、島津製作所製オートグラフAGSを用いた引張試験を行い、測定長:200mm、引張り速度:200mm/minの条件下にて、繊維が破断したときの破断強度、および破断伸度をそれぞれ5回測定し、その平均値を求めた。
【0050】
(5)密度、軽量性の評価
得られた蓄熱保温性繊維はJIS K7112 D法に準じた密度勾配管法により密度を算出した。密度勾配管に重液として塩化亜鉛水溶液、軽液としてエタノールを用いて調整した浸漬液を用意し、23℃の恒温槽24時間静置した。試料を密度勾配管にいれ1時間静置した後、浮沈状態を確認した。軽量性は下記の基準に基づいて評価した。
○:密度が1.25g/cm3以下
×:密度が1.25g/cm3を超える
【0051】
(6)耐熱性評価
得られた蓄熱保温性繊維で作製した筒編地を開反した後、20cm×25cmの枠で固定し、170℃の熱風にて1分間乾熱処理を行った。糸の状態は乾熱処理後の布帛を電子顕微鏡により1000倍で観察した。また、手触りで風合いを確認し、下記の基準により評価した。
○:糸融着および溶断がなく、風合いが硬くならない場合
×:糸融着または溶断があり、風合いが硬くなる場合
【0052】
(7)染色性評価
得られた蓄熱保温性繊維で作製した筒編地を、70℃で20分間の精練を行い、水洗、風乾し、分散染料(ダイアニックス(登録商標) ブルー ACE)2.0%o.w.f、浴比1:50、130℃で1時間の高圧染色後、還元洗浄を常法で行い、下記の基準により評価した。
○:白化現象がない場合
△:白化現象がないが、染色斑がある場合
×:白化現象がある場合
【0053】
(8)蓄熱保温性評価
得られた蓄熱保温性繊維で作製した筒編地と基準とした繊維の筒編地(基準生地)の裏面に5mmの空間を設け、黒紙を配置し、黒紙中央部に熱電対温度センサーを取り付け、試料表面より50cm上部から500Wのレフランプを10分間照射した。基準とした繊維の筒編地との温度差の測定を行い、下記の基準により評価した。
○:照射10分後に温度差が+3℃以上、かつ消灯1分後に温度差が+2℃以上ある場合
×:照射10分後に温度差が+3℃未満、または消灯1分後に温度差が+2℃未満の場合
【0054】
〔実施例1〕
ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ製「SA01A」、MFR9g/10min、融点164℃)に対して、赤外線吸収剤のアンチモンドープ酸化スズ(ATO)を4質量%添加したポリプロピレン樹脂を島成分に、ポリエチレンテレフタレート(融点258℃)を海成分に用い、海部:島部の面積比率が40:60となるように供給し、
図1のように19個の島成分が繊維中央に配置される口金から288℃で紡出し、延伸倍率2.7倍で延伸し、3000m/minの速度で巻取り、67dtex/24fの蓄熱保温性繊維を得た。得られた蓄熱保温性繊維の繊維横断面における海部の最小厚みは1.2μmであり、海部と島部の界面での剥離は認められず、製糸安定性は良好であった。170℃で1分間の乾熱処理後も融着および溶断はなく耐熱性に優れたものであった。染色性は白化現象の発生がなく、密度も1.115g/cm
3と軽量性に優れていた。また、蓄熱保温性評価ではATOを添加していないポリプロピレン樹脂を島成分に用い
た以外は実施例1と同様の方法で作製した複合繊維を用いて得られた基準生地と比較して、照射10分後に+5.5℃、消灯1分後に+5.2℃と蓄熱保温性に優れていた。得られた結果を表1に示す。
【0055】
〔実施例2〕
海部:島部の面積比率を60:40とした以外は実施例1と同様の方法で蓄熱保温性繊維を作製した。得られた蓄熱保温性繊維の繊維横断面における海部の最小厚みは1.5μmであり、海部と島部の界面での剥離は認められず、製糸安定性や耐熱性、染色性は良好であった。密度も1.210g/cm3と軽量性に優れていた。また、蓄熱保温性評価では、照射10分後に+3.5℃、消灯1分後に+3.6℃と蓄熱保温性に優れていた。得られた結果を表1に示す。
【0056】
〔参考例3〕
島成分が7個配置される口金を用いた以外は実施例1と同様の方法で蓄熱保温性繊維を作製した。得られた蓄熱保温性繊維は、繊維横断面が繊維中心に1個とその同心円の円周上に同一間隔で6個の合計7個の丸断面であった。また繊維横断面における海部の最小厚みは1.2μmであり、海部と島部の界面での剥離は認められず、製糸安定性や耐熱性は良好であった。染色性は白化が生じなかったが、染色斑となった。密度も1.120g/cm3と軽量性に優れていた。また、蓄熱保温性評価では、照射10分後に+5.3℃、消灯1分後に+4.8℃と蓄熱保温性に優れていた。得られた結果を表1に示す。
【0057】
〔比較例1〕
ポリエチレンテレフタレート樹脂に対して、ATOを6.5質量%添加したポリエチレンテレフタレート樹脂を島成分に用いた以外は実施例1と同様の方法で蓄熱保温性繊維を作製した。製糸安定性や耐熱性、染色性は良好だが、密度は1.417g/cm3と重量感のある繊維となった。また、蓄熱保温性評価では、照射10分後に+3.6℃、消灯1分後に+4.1℃と蓄熱保温性に優れていた。得られた結果を表1に示す。
【0058】
〔比較例2〕
図1の海部の海部の最小厚みXが0μmとなるように19個の島成分が配置される口金を用いた以外は実施例1と同様の方法で蓄熱保温性繊維を作製した。得られた蓄熱保温性繊維の一部の島部は表面へ露出していた。また、海部と島部との界面で剥離がみられ、製糸安定性は不良であり、染色後は白化現象が生じた。170℃で1分間の乾熱処理で融着および溶断が発生し、耐熱性は良くなかった。密度は1.121g/cm
3と軽量性に優れていた。蓄熱保温性評価では、照射10分後に+3.2℃、消灯1分後に+3.4℃と蓄熱保温性に優れていた。得られた結果を表1に示す。
【0059】
〔比較例3〕
海部:島部の面積比率を25:75とした以外は実施例1と同様の方法で蓄熱保温性繊維を作製した。得られた蓄熱保温性繊維は島成分が融合し、1つの芯を有する芯鞘となっていた。染色後は白化現象が生じた。密度は1.048g/cm3と軽量性に優れていた。蓄熱保温性評価では、照射10分後に+5.0℃、消灯1分後に+5.1℃と蓄熱保温性に優れていた。得られた結果を表1に示す。
【0060】
【0061】
実施例1~3で得られた蓄熱保温性繊維は、耐剥離性、耐熱性、軽量性、蓄熱保温性が良好で染色可能であったが、比較例から得られた蓄熱保温性繊維は耐剥離性、染色性、耐熱性、軽量性、蓄熱保温性の少なくとも一つが不良であった。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の蓄熱保温性繊維は、防寒衣料として十分な保温性を有し、かつ軽量で可染性を有していることから、種々の繊維構造体とすることができ、防寒衣料用品等に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0063】
a 海部
b 島部
p 繊維外周の接点
q 繊維外周の法線と島部外周の交点
X 海部の最小厚み