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特許7038879Cu-Ti系銅合金板材、その製造方法、および通電部品
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  • 特許-Cu-Ti系銅合金板材、その製造方法、および通電部品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-10
(45)【発行日】2022-03-18
(54)【発明の名称】Cu-Ti系銅合金板材、その製造方法、および通電部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/00 20060101AFI20220311BHJP
   C22C 9/06 20060101ALI20220311BHJP
   C22C 9/02 20060101ALI20220311BHJP
   C22C 9/04 20060101ALI20220311BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20220311BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20220311BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20220311BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20220311BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20220311BHJP
【FI】
C22C9/00
C22C9/06
C22C9/02
C22C9/04
C22F1/08 B
H01B5/02 Z
H01B1/02 A
H01B13/00 501Z
C22F1/00 604
C22F1/00 606
C22F1/00 622
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 661A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 686B
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694A
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021119492
(22)【出願日】2021-07-20
【審査請求日】2021-12-24
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】姜 婉青
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 宏
(72)【発明者】
【氏名】須田 久
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 宏治
(72)【発明者】
【氏名】菅原 章
【審査官】立木 林
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-15679(JP,A)
【文献】国際公開第2012/029717(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00ー9/10
C22F 1/00-3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Ti:1.0~5.0%、Ag:0~0.30%、Al:0~1.0%、B:0~0.20%、Be:0~0.15%、Co:0~1.0%、Cr:0~1.0%、Fe:0~1.0%、Mg:0~1.0%、Mn:0~1.0%、Ni:0~1.5%、P:0~0.20%、S:0~0.20%、Si:0~1.0%、Sn:0~1.2%、V:0~1.0%、Zn:0~2.0%、Zr:0~1.0%であり、前記元素のうちAg、Al、B、Be、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Ni、P、S、Si、Sn、V、ZnおよびZrの合計含有量が3.0%以下であり、残部Cuおよび不可避的不純物からなる組成を有し、板面に平行な観察面に設けた測定領域についてのEBSD(電子線後方散乱回折法)測定において、S方位{2 3 1}<3 -4 6>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をAS、R方位{1 3 2}<4 -2 1>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をAR、P方位{0 1 1}<1 -1 1>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をAP、Cube方位{0 0 1}<1 0 0>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をACとするとき、下記(1)式に従うA値が0.5~20である銅合金板材。
A=(AS+AR)/(AP+AC) …(1)
【請求項2】
板面に平行な観察面の前記EBSD測定において、結晶方位差が5°を超える境界を結晶粒界とみなした場合のArea Fraction法による平均結晶粒径が2.0~30.0μmである請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項3】
日本伸銅協会技術標準JCBA T307:2007に従うB.W.でのW曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tが2.5以下である請求項1または2に記載の銅合金板材。
【請求項4】
マトリックス(金属素地)中に存在する粒子径0.1μm以上の第二相粒子の個数密度が5×10個/mm以下である請求項1~3のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項5】
圧延方向の引張強さが850MPa以上である請求項1~4のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項6】
板厚が0.02~0.50mmである請求項1~5のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の銅合金板材を材料に用いた通電部品。
【請求項8】
質量%で、Ti:1.0~5.0%、Ag:0~0.30%、Al:0~1.0%、B:0~0.20%、Be:0~0.15%、Co:0~1.0%、Cr:0~1.0%、Fe:0~1.0%、Mg:0~1.0%、Mn:0~1.0%、Ni:0~1.5%、P:0~0.20%、S:0~0.20%、Si:0~1.0%、Sn:0~1.2%、V:0~1.0%、Zn:0~2.0%、Zr:0~1.0%であり、前記元素のうちAg、Al、B、Be、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Ni、P、S、Si、Sn、V、ZnおよびZrの合計含有量が3.0%以下であり、残部Cuおよび不可避的不純物からなる組成を有する熱間加工材に、圧延率50~99%の冷間圧延を施す工程と、
380~620℃で1~20時間保持する第1熱処理を施した後、180~420℃で1~20時間保持する第2熱処理を下記(3)式に従う条件で施す工程と、
圧延率10~99%の冷間圧延を施す工程と、
板材の圧延方向に12.5~20.0N/mmの張力を付与した状態で700~950℃に加熱する条件で、溶体化処理を施す工程と、
300~600℃で1時間以上保持する条件で、時効処理を施す工程と、
を上記の順に有する、請求項1~6のいずれか1項に記載の銅合金板材の製造方法。
T1≧T2+40℃ …(3)
ここで、T1は第1熱処理の保持温度(℃)、T2は第2熱処理の保持温度(℃)である。
【請求項9】
前記第1熱処理と前記第2熱処理の間で、圧延率70%以下の冷間圧延を施す、請求項8に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項10】
前記溶体化処理と前記時効処理の間で、圧延率60%以下の冷間圧延を施す、請求項8または9に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項11】
前記時効処理の後に、
圧延率60%以下の冷間圧延を施す工程と、
300~620℃で600秒以下の時間保持する低温焼鈍を施す工程と、
を上記の順に有する、請求項8~10のいずれか1項に記載の銅合金板材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絞り加工性を改善したCu-Ti系銅合金板材、その製造方法、および前記板材を材料に用いた通電部品に関する。
【背景技術】
【0002】
Cu-Ti系銅合金(チタン銅)は、各種銅合金の中でも強度レベルが高く、耐応力緩和性も良好である。その高い強度を維持しながら延性、曲げ加工性、疲労特性などを改善する技術も開発されてきたことから、Cu-Ti系銅合金はコネクタ、リレー、スイッチ等の通電部品やばね部品として広く使用されるに至っている。
【0003】
特許文献1、2には、Cu-Ti系銅合金において、粒界反応相の面積率や形態を所定範囲にすることにより強度と延性のバランスを改善する技術が開示されている。その延性の評価は引張試験での破断伸びによって行われている。
【0004】
特許文献3には、Cu-Ti系銅合金において、Cube方位の集積割合を特定範囲に制御することにより強度と曲げ加工性を改善する技術が開示されている。
【0005】
特許文献4には、Cu-Ti系銅合金において、板面における{200}結晶面のX線回折強度が高いCube方位の集合組織に制御することにより強度と曲げ加工性を改善する技術が開示されている。
【0006】
特許文献5には、Cu-Ti系銅合金において、比較的粗大な粒界反応相を有する結晶粒界の存在割合を制限することにより疲労特性を改善する技術が開示されている。
【0007】
一方、近年ではスマートフォンをはじめとする電子端末機器などの高性能化、高機能化に伴い、それに用いる通電部品やばね部品の材料には、従来にも増して、優れた加工性が要求されるようになっている。例えば、曲げ加工性の他、絞り加工性や張出し加工性についても重要視されるケースが増えている。特許文献6には、Cu-Co-Si系銅合金において、ランクフォード値を高めることによって絞り加工性を改善する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2015-140476公報
【文献】特開2015-140477公報
【文献】WO2012/029717号公報
【文献】特開2011-26635号公報
【文献】特開2017-39959号公報
【文献】特開2015-28201公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のように、Cu-Ti系銅合金は本来高い強度レベルを有し、比較的良好な曲げ加工性を付与することも可能な銅合金であるが、絞り加工性に関しては改善の余地がある。特許文献1~5に記載の技術では、Cu-Ti系銅合金の強度と、延性、曲げ加工性あるいは疲労特性との両立を図ることは可能であるが、絞り加工性を十分に改善することは困難である。特に、優れた曲げ加工性を維持しながら絞り加工性を安定して改善することは、一層難しい。一方、特許文献6のCu-Co-Si系銅合金に関する技術は、Cu-Ti系銅合金の絞り加工性の改善手段には利用できない。Cu-Co-Si系銅合金とCu-Ti系銅では合金系が異なるので、絞り加工に適した集合組織に制御する条件が異なる可能性があると考えている。
【0010】
以上の問題に鑑み、本発明では絞り加工性が改善されたCu-Ti系銅合金板材を提供する。特に、高強度と優れた曲げ加工性を具備しながら絞り加工性が改善されたCu-Ti系銅合金板材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは詳細な検討の結果、Cu-Ti系銅合金板材の結晶配向を厳密にコントロールすることによって、絞り加工性を改善することが可能であることを見出した。具体的には、本明細書では以下の発明を開示する。
【0012】
[1]質量%で、Ti:1.0~5.0%、Ag:0~0.30%、Al:0~1.0%、B:0~0.20%、Be:0~0.15%、Co:0~1.0%、Cr:0~1.0%、Fe:0~1.0%、Mg:0~1.0%、Mn:0~1.0%、Ni:0~1.5%、P:0~0.20%、S:0~0.20%、Si:0~1.0%、Sn:0~1.2%、V:0~1.0%、Zn:0~2.0%、Zr:0~1.0%であり、前記元素のうちAg、Al、B、Be、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Ni、P、S、Si、Sn、V、ZnおよびZrの合計含有量が3.0%以下であり、残部Cuおよび不可避的不純物からなる組成を有し、板面に平行な観察面に設けた測定領域についてのEBSD(電子線後方散乱回折法)測定において、S方位{2 3 1}<3 -4 6>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をAS、R方位{1 3 2}<4 -2 1>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をAR、P方位{0 1 1}<1 -1 1>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をAP、Cube方位{0 0 1}<1 0 0>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をACとするとき、下記(1)式に従うA値が0.5~20である銅合金板材。
A=(AS+AR)/(AP+AC) …(1)
[2]板面に平行な観察面の前記EBSD測定において、結晶方位差が5°を超える境界を結晶粒界とみなした場合のArea Fraction法による平均結晶粒径が2.0~30.0μmである上記[1]に記載の銅合金板材。
[3]日本伸銅協会技術標準JCBA T307:2007に従うB.W.でのW曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tが2.5以下である上記[1]または[2]に記載の銅合金板材。
[4]マトリックス(金属素地)中に存在する粒子径0.1μm以上の第二相粒子の個数密度が5×10個/mm以下である上記[1]~[3]のいずれかに記載の銅合金板材。
[5]圧延方向の引張強さが850MPa以上である上記[1]~[4]のいずれかに記載の銅合金板材。
[6]板厚が0.02~0.50mmである上記[1]~[5]のいずれかに記載の銅合金板材。
[7]上記[1]~[6]のいずれかに記載の銅合金板材を材料に用いた通電部品。
[8]上記[1]に記載した組成を有する熱間加工材に、圧延率50~99%の冷間圧延を施す工程と、
380~620℃で1~20時間保持する第1熱処理を施した後、180~420℃で1~20時間保持する第2熱処理を下記(3)式に従う条件で施す工程と、
圧延率10~99%の冷間圧延を施す工程と、
板材の圧延方向に12.5~20.0N/mmの張力を付与した状態で700~950℃に加熱する条件で、溶体化処理を施す工程と、
300~600℃で1時間以上保持する条件で、時効処理を施す工程と、
を上記の順に有する、上記[1]~[6]のいずれかに記載の銅合金板材の製造方法。
T1≧T2+40℃ …(3)
ここで、T1は第1熱処理の保持温度(℃)、T2は第2熱処理の保持温度(℃)である。
[9]前記第1熱処理と前記第2熱処理の間で、圧延率70%以下の冷間圧延を施す、上記[8]に記載の銅合金板材の製造方法。
[10]前記溶体化処理と前記時効処理の間で、圧延率60%以下の冷間圧延を施す、上記[8]または[9]に記載の銅合金板材の製造方法。
[11]前記時効処理の後に、
圧延率60%以下の冷間圧延を施す工程と、
300~620℃で600秒以下の時間保持する低温焼鈍を施す工程と、
を上記の順に有する、上記[8]~[10]のいずれかに記載の銅合金板材の製造方法。
【0013】
本明細書において、「板材」とは金属の展性を利用して成形されたシート状の金属材料を意味する。薄いシート状の金属材料は「箔」と呼ばれることもあるが、そのような「箔」もここでいう「板材」に含まれる。コイル状に巻き取られた長尺のシート状金属材料も「板材」に含まれる。本明細書ではシート状の金属材料の厚さを「板厚」と呼んでいる。また、「板面」とは板材の板厚方向に対して垂直な表面である。「板面」は「圧延面」と呼ばれることもある。
【0014】
結晶方位{hkl}<uvw>の表記は、結晶の{hkl}面が板面(圧延面)に平行であり、かつ結晶の<uvw>方向が圧延方向に平行であることを意味する。本発明で対象とする銅合金の結晶構造はfcc(面心立方格子)である。上記h、k、l、およびu、v、wの指数は、fcc構造のユニットセルに基づく結晶の指数である。EBSD(電子線後方散乱回折法)による平均結晶粒径および上記の面積AS、AR、AP、ACは以下のようにして求めることができる。
【0015】
[EBSDによる平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACの求め方]
測定対象である板材試料の板面(圧延面)をバフ研磨仕上げとし、その後イオンミリングにより平滑化した観察面を得る。その観察面内に観察倍率500倍に相当する視野の観察領域(例えば240×180μmの矩形領域)を無作為に設定し、その観察領域についてEBSD(電子線後方散乱回折法)によりステップサイズ0.5μmで電子線を照射して、隣接する測定点の結晶方位差が5°を超える境界を結晶粒界とみなした場合のArea Fraction法による平均結晶粒径の測定を試みる(これを「初期倍率での測定」という。)。その際、結晶粒の一部が測定領域の境界線からはみ出している結晶粒についてはその境界線が結晶粒界の一部であるとみなして結晶粒径の測定対象に含める。双晶境界も結晶粒界として扱う。また、EBSDデータ解析用ソフトウェアを用いて、測定領域の中に、S方位{2 3 1}<3 -4 6>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をAS、R方位{1 3 2}<4 -2 1>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をAR、P方位{0 1 1}<1 -1 1>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積をAP、Cube方位{0 0 1}<1 0 0>からの結晶方位差が10°以内である領域の面積ACを、それぞれ算出する。
初期倍率での測定によって求めた平均結晶粒径が5.0μmを超え20.0μm未満の範囲にある場合は、初期倍率での測定によって上記のステップサイズで求めた平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACの値を、それぞれ当該試料についての平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACとして採用する。
【0016】
(修正倍率での測定)
上記の初期倍率での測定において平均結晶粒径が5.0μm以下となった場合は、ステップサイズを0.5μmから0.1μmに変更して観察倍率2500倍に相当する視野の観察領域(例えば36×48μmの矩形領域)について同様の方法で平均結晶粒径の再測定を試みるとともに、各測定点のデータから面積AS、AR、AP、ACを再度算出する。
その結果、平均結晶粒径が3.0μm以下となった場合は、ステップサイズを更に0.1μmから0.05μmに変更して観察倍率5000倍に相当する視野の観察領域(例えば18×24μmの矩形領域)について同様の方法で平均結晶粒径の再測定を行うとともに、各測定点のデータから面積AS、AR、AP、ACを再度算出する。
一方、上記の初期倍率での測定において平均結晶粒径が20.0μm以上となった場合は、ステップサイズを0.5μmから1.0μmに変更して観察倍率200倍に相当する視野の観察領域(例えば450×600μmの矩形領域)について同様の方法で平均結晶粒径の再測定を行うとともに、各測定点のデータから面積AS、AR、AP、ACを再度算出する。
初期倍率での測定によって求めた平均結晶粒径が5.0μmを超え20.0μm未満の範囲になかった場合には、以上のようにして、最後に設定した倍率での測定によって、そのときに設定したステップサイズで求めた平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACの値を、それぞれ当該試料についての平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACとして採用する。
【0017】
以上の手法によるEBSD測定を、上記観察面内に無作為に設定した互いに重複しない異なる5以上の観察領域について行い、それら合計5以上の観察領域で求めたそれぞれの平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACの値についての相加平均値を算出し、その相加平均値を当該板材試料の平均結晶粒径(μm)および面積AS、AR、AP、ACとする。ここで、面積AS、AR、AP、ACの単位は、実際の面積(例えばμm)の値を観察領域総面積に占める割合に換算した面積率(%)で表示しても構わない。なお、面積AS、AR、AP、ACそれぞれに該当するマッピング領域に重複部分が生じる場合は、その重複部分についても、それぞれ単独に面積の算出に加える。
【0018】
[第二相粒子の個数密度の求め方]
板面(圧延面)を電解研磨してCu素地のみを溶解させて、第二相粒子を露出させた観察面を調製し、その観察面をSEMにより10,000倍の倍率で観察し、SEM画像上に観測される長径0.1μm以上の第二相粒子の総個数を観察総面積(mm)で除した値を第二相粒子個数密度(個/mm)とする。ただし、観察総面積は、無作為に設定した重複しない複数の観察視野により合計0.001mm以上とする。観察視野から一部がはみ出している第二相粒子は、観察視野内に現れている部分の長径が0.05μm以上であればカウント対象とする。ここで、ある粒子の「長径」とは、SEM画像上の当該粒子の外縁上の任意の2点を結ぶ線分の中で、最も長い線分の長さである。
【0019】
図1に、上記の観察面についてのSEM画像を例示する。この画像下部に表示される白のスケールバーの長さが1μmに相当する。第二相粒子には「粒状析出物」と「粒界反応相」の2つのタイプがある。粒界反応相は、隣接する一群の層状粒子によって形成されている。観察面が一群の層状粒子を切断する角度によって、観察面に現れる粒界反応相の見え方は異なってくる。粒界反応相タイプの第二相粒子の場合は、一群の層状粒子が存在する画像上の領域を1つの粒子とみなし、上記「第二相粒子の個数密度の求め方」に従う方法で長径を定める。図1の例では、符号Aで示す楕円の中にある一群の粒子の存在範囲を1つの第二相粒子とみなす。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高強度のCu-Ti系銅合金板材において、絞り加工性を改善したものが提供可能である。このCu-Ti系銅合金板材は、曲げ加工性にも優れる。したがって本発明は、複雑な形状への優れた加工性が要求される通電部品やばね部品の素材として、Cu-Ti系銅合金の工業的普及に寄与しうる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】Cu-Ti系合金板材の板面を電解研磨調製した観察面における粒界反応相が生成している箇所のSEM写真。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[化学組成]
本発明の板材には、Cu-Ti系銅合金を適用する。以下、合金成分に関する「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0023】
Tiは、スピノーダル分解によるTiの変調構造の形成や、析出による微細第二相粒子の形成をもたらし、強度上昇に寄与する元素である。また、耐応力緩和性向上にも寄与する。ここではTi含有量1.0%以上の合金を対象とする。2.0%以上であることがより好ましい。過剰なTi含有は、熱間加工性や冷間加工性を低下させる要因となる他、溶体化処理の適正温度域を狭める要因ともなるので、Ti含有量は5.0%以下とする。4.0%以下、あるいは3.5%以下に管理してもよい。
【0024】
Ag、Al、B、Be、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zrは任意元素である。必要に応じてこれらの1種以上を含有させることができる。例えば、Ni、Co、Feは、Tiとの金属間化合物を形成して強度の向上に寄与する。また、これらの元素の金属間化合物が結晶粒の粗大化を抑制するので、より高温域での溶体化処理が可能になり、Tiを十分に固溶させる上で有利となる。Snは、固溶強化作用と耐応力緩和性の向上作用を有する。Znは、はんだ付け性および強度を向上させる他、鋳造性の改善にも有効である。Mgは、耐応力緩和性の向上作用と脱S作用を有する。Al、Siは、Tiとの化合物を形成できる。Cr、Zrは分散強化、結晶粒の粗大化抑制に有効である。Mn、Vは、Sなどと高融点化合物を形成しやすく、またB、Pは鋳造組織の微細化効果を有するので、それぞれ熱間加工性の改善に寄与しうる。
【0025】
上記任意元素の含有量は、Ag:0~0.30%、Al:0~1.0%、B:0~0.20%、Be:0~0.15%、Co:0~1.0%、Cr:0~1.0%、Fe:0~1.0%、Mg:0~1.0%、Mn:0~1.0%、Ni:0~1.5%、P:0~0.20%、S:0~0.20%、Si:0~1.0%、Sn:0~1.2%、V:0~1.0%、Zn:0~2.0%、Zr:0~1.0%の範囲とすることが望ましい。また、前記元素のうちAg、Al、B、Be、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Ni、P、S、Si、Sn、V、ZnおよびZrの合計含有量は3.0%以下とすることが望ましく、1.0%以下とすることがより好ましく、0.5%以下に管理してもよい。
【0026】
[結晶配向]
発明者らの詳細な検討によれば、Cu-Ti系銅合金板材の集合組織を厳密にコントロールすることによって絞り加工性を改善することが可能になることがわかった。具体的には、下記(1)式で表されるA値が0.5~20である結晶配向とすることが、Cu-Ti系銅合金板材の絞り加工性を顕著に向上させる上で極めて有効である。
A=(AS+AR)/(AP+AC) …(1)
ここで、AS、AR、AP、ACは、板面に平行な観察面に設けた測定領域についてのEBSD(電子線後方散乱回折法)測定によって定まる以下の面積である。
AS:S方位{2 3 1}<3 -4 6>からの結晶方位差が10°以内である領域
AR:R方位{1 3 2}<4 -2 1>からの結晶方位差が10°以内である領域
AP:P方位{0 1 1}<1 -1 1>からの結晶方位差が10°以内である領域
AC:Cube方位{0 0 1}<1 0 0>からの結晶方位差が10°以内である領域
【0027】
EBSD測定は上掲の「EBSDによる平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACの求め方」に記載した方法に従う。上記のA値が0.5~20である結晶配向によって、絞り加工性の改善において重要な加工要素である「張出し性」が顕著に向上する。A値は0.5~10であることがより好ましく、0.5~5であることが更に好ましい。
【0028】
[平均結晶粒径]
結晶粒の微細化はCu-Ti系銅合金板材の曲げ加工性や耐疲労特性の改善に有利となることが知られているが、上述の結晶配向に調整された板材では絞り加工性の一層の改善にも有利となることがわかった。ここでは、板面に平行な観察面についての前記EBSD測定において、結晶方位差が5°を超える境界(双晶境界も含む)を結晶粒界とみなした場合のArea Fraction法による平均結晶粒径を採用する。その平均結晶粒径は2.0~30.0μmであることが好ましく、2.0~15.0μmであることがより好ましく、3.0~10.0μmであることが更に好ましい。EBSD測定は上掲の「EBSDによる平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACの求め方」に記載した方法に従う。
【0029】
[第二相粒子]
Cu-Ti系銅合金の金属組織に観察される析出相には、結晶粒内あるいは結晶粒界に存在する粒状析出物と、結晶粒界から結晶粒内に向かって層状に成長する粒界反応相とがある。ここでいう第二相粒子には、粒状析出物と粒界反応相の両方が含まれる。粒界反応相の場合は、前述のように、一群の層状粒子が存在する画像上の領域を1つの粒子とみなす。発明者らの検討によれば、上述の結晶配向に調整されたCu-Ti系銅合金板材では、粒子径(長径)が0.1μm以上である第二相粒子の存在量を低減することも絞り加工性の一層の改善に有効であることがわかった。また、絞り加工性を改善しながら、曲げ加工性を高いレベルにまで引き上げるためにも、粒子径(長径)が0.1μm以上である第二相粒子の存在量を低減することが有効である。種々検討の結果、絞り加工性と優れた曲げ加工性の両立を重視する場合には、粒子径(長径)が0.1μm以上である第二相粒子の個数密度が、5×10個/mm以下である組織状態とすることが望ましい。粒子径(長径)が0.1μm以上である第二相粒子の個数密度は、1×10個/mm以下であることがより好ましく、2×10個/mm以下であることが更に好ましい。
【0030】
なお、第二相粒子を構成する析出物としては、Cu-Ti系金属間化合物の他、添加する合金元素の種類に応じてNi-Ti系、Co-Ti系、Fe-Ti系などの金属間化合物が存在しうる。
【0031】
[曲げ加工性]
通電部品等への加工に際しては曲げ加工を伴うことが多い。Cu-Ti系合金においては、日本伸銅協会技術標準JCBA T307:2007に従うB.W.でのW曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tが2.5以下である曲げ加工性を有することが好ましい。B.W.(Bad Way)は、曲げ軸が圧延平行方向となることを意味する。上記MBR/tは1.5以下であることがより好ましく、0.5以下であることが更に好ましい。
【0032】
JCBA T307:2007には「本標準は、厚さ0.1mm以上0.8mm以下の銅および銅合金薄板条の曲げ加工性評価に適用する。」と記載され、曲げ半径については、0、0.05、0.1、0.15、0.2、0.25、0.3、0.4、0.5、0.6、0.8、1.0、1.2、1.4、1.6、1.8、2.0(mm)の標準曲げ半径の中から選択することが望ましいと記載されている。発明者らの検討によれば、板厚が0.1mm未満のCu-Ti系銅合金板材においても、上記の標準曲げ半径によるW曲げ試験によって、曲げ加工性の評価が可能であることが確認された。したがって、本発明ではJCBA T307:2007に示されるB.W.でのW曲げ試験方法を、板厚が0.1mm未満(例えば0.02mm以上0.1mm未満)の場合にも拡張して、そのまま適用する。
【0033】
[引張強さ]
圧延方向の引張強さは、850MPa以上であることが好ましく、950MPa以上であることがより好ましい。圧延方向の引張強さが1100MPa以上である強度レベルに調整することも可能である。
【0034】
[製造方法]
以上説明した銅合金板材は、例えば以下のような製造工程により製造することができる。
溶解・鋳造→熱間加工→冷間圧延1→第1熱処理→(冷間圧延2)→第2熱処理→冷間圧延3→溶体化処理→(冷間圧延4)→時効処理→(冷間圧延5)→(低温焼鈍)
上記において、括弧を付した工程は省略可能である。なお、上記工程中には記載していないが、熱間加工後には必要に応じて面削が行われ、各熱処理後には必要に応じて酸洗、研磨、あるいは更に脱脂が行われる。以下、上述の結晶配向を有し、かつ曲げ加工性にも優れるCu-Ti系銅合金板材を製造するために適した製造方法を開示する。
【0035】
[溶解・鋳造]
るつぼ炉などを用いて鋳片を製造すればよい。Tiの酸化を防止するために、不活性ガス雰囲気または真空溶解炉で行うのがよい。
【0036】
[熱間加工、冷間圧延1]
熱間加工前の鋳片加熱は例えば900~960℃で1~5時間保持とすることができる。熱間加工の方法は特に限定されない。通常、熱間鍛造や熱間圧延が採用される。熱間圧延の場合、トータルの熱間圧延率は例えば60~97%とすればよい。熱間加工終了後には、水冷などにより急冷することが好ましい。次いで、冷間圧延を行う。この段階での冷間圧延を本明細書では「冷間圧延1」と呼ぶ。冷間圧延1での圧延率は例えば50~99%とすることができる。
ここで、圧延率は下記(2)式によって表される。
圧延率(%)=100×(t-t)/t …(2)
:圧延前の板厚(mm)
:圧延後の板厚(mm)
【0037】
[第1熱処理、冷間圧延2、第2熱処理]
溶体化処理に先がけ、2段階の熱処理を行う。その前段の熱処理を「第1熱処理」、後段の熱処理を「第2熱処理」と呼ぶ。第1熱処理と第2熱処理の間で、必要に応じて冷間圧延を行ってもよい。この段階での冷間圧延を本明細書では「冷間圧延2」と呼ぶ。これら各工程は以下の条件で行う。
第1熱処理:380~620℃で1~20時間保持する。
冷間圧延2:必要に応じて圧延率70%以下の冷間圧延を行う。その場合、圧延率は10%以上を確保することがより効果的である。
第2熱処理:180~420℃で1~20時間保持する。
ただし、第1熱処理の保持温度T1(℃)と第2熱処理の保持温度T2(℃)が下記(3)式の条件を満たすようにする。
T1≧T2+40℃ …(3)
中間での冷間圧延を省略する場合は、第1熱処理と第2熱処理を、同じバッチ式熱処理炉において途中で温度を下げるヒートパターンを採用することによって連続的に実施することができる。その場合、T1(℃)からT2(℃)までの平均冷却速度は0.5℃/min以上とすることが好ましい。
【0038】
上記の条件での2段階熱処理によって析出物のサイズと個数を制御することができる。また、最終的に上述の(1)式を満たす結晶配向を実現することができる。したがって、この2段階熱処理は、強度、曲げ加工性、絞り加工性を高いレベルで具備するCu-Ti系銅合金板材を得るために極めて有効な工程である。
【0039】
[冷間圧延3]
溶体化処理の前に冷間圧延を行い、格子ひずみを導入しておく。この段階での冷間圧延を本明細書では「冷間圧延3」と呼ぶ。冷間圧延3での圧延率は10~99%の範囲とすることができ、70%以上とすることが好ましい。
【0040】
[溶体化処理、冷間圧延4]
溶体化処理は、板材の圧延方向に12.5~20.0N/mmの張力を付与した状態で、700~950℃に加熱する条件で行う。700~950℃での保持時間は10~300秒とすることが好ましい。前記の2段階熱処理を経た板材においては、溶体化処理で上記の張力を付与して適度な応力を導入することによって、最終的に(1)式を満たす結晶配向を実現することができる。張力は、例えば連続焼鈍炉を通板させながら加熱ゾーンの両端にあるブライドルロールの駆動力によって制御することができる。
【0041】
溶体化処理後には必要に応じて圧延率60%以下の範囲で冷間圧延を施すことができる。その場合、圧延率は10%以上を確保することがより効果的である。この段階での冷間圧延を本明細書では「冷間圧延4」と呼ぶ。
【0042】
[時効処理]
次いで、300~600℃で1時間以上保持する条件での時効処理を施す。通常、24時間以内の保持時間において、最適な時効処理条件を設定することができる。
【0043】
[冷間圧延5、低温焼鈍]
時効処理後には必要に応じて冷間圧延および低温焼鈍を施すことができる。この段階での冷間圧延を本明細書では「冷間圧延5」と呼ぶ。冷間圧延5(仕上冷間圧延)では、圧延率を60%以下とする必要があり、50%以下、あるいは30%以下の範囲に管理してもよい。また、冷間圧延5での圧延率は10%以上を確保することがより効果的である。低温焼鈍は、300~620℃で600秒以下の時間保持する条件で行うことができる。上記温度域での保持時間は15秒以上を確保することがより効果的である。
最終的な板厚は、例えば0.02~0.50mmの範囲とすることができる。
【実施例
【0044】
表1に示す化学組成の銅合金を溶製し、鋳造した。得られた鋳片を940℃で1時間加熱したのち抽出して、熱間圧延を施し、水冷した。トータルの熱間圧延率は80~95%である。熱間圧延後、表層の酸化層を機械研磨により除去(面削)し、板厚10mmの熱延材を得た。各熱延材に表2、表3の「冷間圧延1」の欄に記載した条件で冷間圧延を施した。
【0045】
その後、一部の例(比較例34、43~45)を除き、表2、表3に示す条件で第1熱処理と第2熱処理を施した。第1熱処理と第2熱処理の間には必要に応じて表2、表3の「冷間圧延2」の欄に記載した条件で冷間圧延を施した。圧延率の欄が「-」(ハイフン)表示の例は、その冷間圧延を省略したことを意味する(以下の「冷間圧延4」、「冷間圧延5」において同じ。)。比較例34では第1熱処理と第2熱処理を省略した。比較例43~45では第2熱処理を省略した。第1熱処理および第2熱処理は、一部の例(比較例42~44)を除き、バッチ式熱処理炉を用いて窒素雰囲気下で行った。比較例42~44では連続焼鈍炉を用いた。このうち比較例44における第1熱処理では、材料温度が700℃に到達したのち、直ちに冷却するヒートパターンを採用した。第1熱処理と第2熱処理の間の中間冷間圧延(冷間圧延2)を省略したものでは、一部の例(比較例31)を除き、第1熱処理と第2熱処理を同じ炉内で継続して行った。その場合、第1熱処理の保持温度から第2熱処理の保持温度まで、平均冷却速度を0.5~10℃/minとするヒートパターンを採用した。比較例31では第1熱処理後に材料を炉から一旦取り出し、その後、再び炉に装入して同じ保持温度(300℃)での2回の熱処理を試みた。
【0046】
次いで、表2、表3の「冷間圧延3」の欄に記載した条件で冷間圧延を施した。その後、表2、表3に記載の条件で溶体化処理を施した。溶体化処理は連続焼鈍炉を用いて行った。その際、連続熱処理炉の加熱ゾーンの両端にあるブライドルロールの駆動力によって張力を制御した。
【0047】
溶体化処理後に、必要に応じて表2、表3の「冷間圧延4」の欄に記載した条件で冷間圧延を施した。その後、表2、表3に記載の条件で時効処理を施した。時効処理はバッチ式熱処理炉を用いて窒素雰囲気下で行った。
【0048】
時効処理後に、一部の例(本発明例2、比較例36)を除き、表2、表3の「冷間圧延5」の欄に記載した条件で冷間圧延を施し、次いで表2、表3に記載の条件で低温焼鈍を施した。
以上のようにして、表2、表3に記載の最終板厚を有するCu-Ti系銅合金板材を得た。これらの板材を供試材として、以下の調査を行った。
【0049】
(平均結晶粒径、結晶配向)
供試材から採取したサンプルの板面(圧延面)をバフ研磨仕上げとし、その後イオンミリング装置(サンユー電子株式会社製、SVM-741)により加速電圧4kVで処理することによって、EBSD測定用の観察面を作製した。その試料表面をFE-SEM(日本電子株式会社製JSM-7200F)により加速電圧15kVで観察し、FE-SEMに設置されているEBSD装置(Oxford Instruments社製、Symmetry)を用いて、上掲の「EBSDによる平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACの求め方」に従い、平均結晶粒径と結晶配向を求めた。結晶配向を評価するA値については、上述の面積AS、AR、AP、ACを観察領域総面積に占める割合に換算した面積率(%)で表し、それらの値を用いて上述の(1)式により求めた。初期の観察倍率は500倍(観察範囲は240×180μmに相当)とし、測定ステップサイズは0.5μmとした。観察視野は無作為に選択した重複しない5視野とした。初期倍率での測定によって求めた平均結晶粒径が5.0μmを超え20.0μm未満の範囲から外れた場合は、上掲の「修正倍率での測定」に示した方法に従い、平均結晶粒径および面積AS、AR、AP、ACを定めた。クリーンアップ処理はGrain Dilationをズレ角5°、最小結晶粒径2ピクセルとして、1回だけ行った。EBSDデータ解析用ソフトウェアとして、株式会社TSLソリューションズ製OIM-Analysis7.3.1を利用した。
【0050】
(第二相粒子の個数密度)
上掲の「第二相粒子の個数密度の求め方」に従って粗大第二相粒子の個数密度を求めた。観察面調製のための電解研磨液として蒸留水、リン酸、エタノール、2-プロパノールを2:1:1:1で混合した液を使用した。電解研磨は、BUEHLER社製の電解研磨装置(エレクトロメット4)を用いて、電圧15V、時間20秒の条件で行った。その試料表面をFE-SEM(日本電子株式会社製、JSM-7200F)により倍率10,000倍で観察した。観察視野は無作為に選択した重複しない10視野とした。10視野の観察総面積は0.001038mmである。各観察視野でカウントされた長径0.1μm以上の第二相粒子の合計数を観察総面積で除することにより、第二相粒子の個数密度(個/mm)を求めた。
【0051】
(曲げ加工性)
日本伸銅協会技術標準JCBA T307:2007に従うB.W.でのW曲げ試験による、割れが発生しない最小曲げ半径MBRと板厚tとの比MBR/tを求めた。試験片サイズは圧延直角方向長さ30mm、圧延方向長さ10mmとした。曲げ半径はJCBA T307:2007に記載の標準曲げ半径を採用した。1つの曲げ半径について試験数n=3で試験を行い、3本の試験片の全てにおいて曲げ部表面に割れが認められなかった最小の標準曲げ半径をその供試材についてのMBRとした。曲げ部表面の割れ有無の判定はJCBA T307:2007に従って行った。曲げ部表面の外観観察において「しわ:大」と判定されたサンプルについては、最も深いしわの部分について曲げ軸方向に垂直に切断した試料を作製し、その研磨断面を光学顕微鏡で観察することによって板厚内部へ進展するクラックが生じていないかどうかを確認し、そのようなクラックが生じていない場合に「割れが認められない」と判定した。
結果を以下の評価記号で表し、△評価以上のものを合格と判断した。
評価記号 MBR/tの範囲
◎ 0.5以下
○ 0.5を超え1.5以下
△ 1.5を超え2.5以下
× 2.5を超える
【0052】
(引張強さ)
各供試材から圧延方向(LD)の引張試験片(JIS 5号)を採取し、試験数n=3でJIS Z2241に準拠した引張試験行い、引張強さを測定した。n=3の平均値を当該供試材の成績値とした。
【0053】
(導電率)
各供試材の導電率をJIS H0505に準拠してダブルブリッジ、平均断面積法により測定した。
【0054】
(エリクセン値)
Cu-Ti系銅合金板材の絞り加工性を改善するには、絞り加工の張出し要素を向上させることが極めて重要である。ここでは、日本伸銅協会技術標準JCBA T319:2003に準ずるエリクセン試験により張出し加工性がどの程度向上しているかを調べることによって、絞り加工性を評価した。JCBA T319:2003には「この規格は、厚さ0.1~2mmの金属薄板のエリクセン値を測定する試験方法、試験機について規定する。」と記載されている。発明者らの検討によれば、板厚が0.1mm未満のCu-Ti系銅合金板材においても、当該規格に準ずるエリクセン試験によって、Cu-Ti系銅合金板材の絞り加工性を評価することが可能であることが、確認された。試験数n=3で試験を行い、3回のエリクセン値の平均値を、その供試材の成績値とし、結果を以下の評価記号で表し、○評価以上のものを合格と判断した。
評価記号 エリクセン値の範囲
◎ 6.0以上
○ 3.0以上6.0未満
× 1.5以上3.0未満
×× 1.5未満
以上の結果を表4、表5に示す。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
【表3】
【0058】
【表4】
【0059】
【表5】
【0060】
化学組成および製造条件を上述の規定に従って厳密にコントロールした本発明例の板材はいずれも、A値が本発明の規定範囲を満たす結晶配向を有し、エリクセン値による絞り加工性の評価が良好であった。また、強度レベルも高く、曲げ加工性にも優れていた。これに対し、A値が本発明の規定範囲を外れる比較例の板材は、絞り加工性の改善効果が認められなかった。
【0061】
各比較例においてA値が本発明の規定範囲を外れた主な要因は、以下の通りである。
No.31:第1熱処理の保持温度が低すぎた。
No.32:第2熱処理の保持温度が高すぎた。
No.33:第2熱処理の保持温度が低すぎた。
No.34:第1熱処理および第2熱処理を実施しなかった。
No.35:溶体化処理での張力が高すぎた。
No.36:第1熱処理の保持温度が高すぎた。
No.37:第1熱処理の保持温度が高すぎた。
No.38:Ti含有量が高すぎた。
No.39:Ti含有量が低すぎた。
No.40:溶体化処理での張力が低すぎた。
No.41:溶体化処理の温度が高すぎた。
No.42:第1熱処理の保持時間が短すぎた。第2熱処理の保持温度が高すぎ、保持時間が短すぎた。溶体化処理での張力が低すぎた。
No.43:第1熱処理の保持温度が高すぎ、保持時間が短すぎた。第2熱処理を実施しなかった。溶体化処理での張力が低すぎた。
No.44:第1熱処理の保持温度が高すぎ、保持時間が短すぎた。第2熱処理を実施しなかった。溶体化処理での張力が低すぎた。
No.45:第2熱処理を実施しなかった。溶体化処理での張力が低すぎた。
No.46:溶体化処理での張力が低すぎた。
No.47:第1熱処理の保持温度が高すぎた。溶体化処理での張力が低すぎた。
【要約】
【課題】絞り加工性が良好で、より好ましくは曲げ加工性も高く維持された高強度のCu-Ti系銅合金板材を提供する。
【解決手段】質量%で、Ti:1.0~5.0%であり、Ag、Al、B、Be、Co、Cr、Fe、Mg、Mn、Ni、P、S、Si、Sn、V、Zn、Zrの1種以上を適量含有する組成を有し、板面に平行な観察面のEBSD(電子線後方散乱回折法)により測定されるS方位{231}<3-46>から方位差10°以内の領域の面積AS、R方位{132}<4-21>から方位差10°以内の領域の面積AR、P方位{011}<1-11>から方位差10°以内の領域の面積AP、Cube方位{001}<100>から方位差が10°以内の領域の面積ACにより、次式、A=(AS+AR)/(AP+AC)で定まるA値が0.5~20である銅合金板材。
【選択図】なし
図1