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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-11
(45)【発行日】2022-03-22
(54)【発明の名称】鋼材の腐食抑制方法
(51)【国際特許分類】
   E04G 23/02 20060101AFI20220314BHJP
   E04G 21/12 20060101ALI20220314BHJP
   C04B 24/12 20060101ALI20220314BHJP
   C04B 103/61 20060101ALN20220314BHJP
【FI】
E04G23/02 B
E04G21/12 104D
C04B24/12 Z
C04B103:61
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018029417
(22)【出願日】2018-02-22
(65)【公開番号】P2019143394
(43)【公開日】2019-08-29
【審査請求日】2019-02-06
(73)【特許権者】
【識別番号】591211917
【氏名又は名称】川田建設株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592211194
【氏名又は名称】キレスト株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】596148629
【氏名又は名称】中部キレスト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107375
【弁理士】
【氏名又は名称】武田 明広
(72)【発明者】
【氏名】北野 勇一
(72)【発明者】
【氏名】川口 千大
(72)【発明者】
【氏名】山崎 哲男
(72)【発明者】
【氏名】直江 幸司
【審査官】兼丸 弘道
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-002055(JP,A)
【文献】特開平03-088880(JP,A)
【文献】特許第5333705(JP,B1)
【文献】特開2002-371669(JP,A)
【文献】特開2014-125819(JP,A)
【文献】特開2015-078410(JP,A)
【文献】特開2015-124138(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
E04G 21/12
C04B 24/12
C04B 103:61
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
既設のポストテンション方式のPC構造物において、PC鋼材を挿通させたシース内にグラウトの充填不足による空洞部が存在している場合に、
まず、シース内の前記空洞部へ粉末状の防錆剤を0.15MPa以上の圧力で噴射して圧入し、前記空洞部内を圧送し、前記空洞部内で露出しているPC鋼材の表面に防錆剤を付着させ、次いで、前記空洞部へグラウトを注入することを特徴とする鋼材の腐食抑制方法。
【請求項2】
空洞部内へ圧入する防錆剤として、気化性防錆剤を用いることを特徴とする、請求項1に記載の鋼材の腐食抑制方法。
【請求項3】
空洞部内へ圧入する気化性防錆剤として、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、シクロヘキシルアミン安息香酸塩、ジシクロヘキシルアミン安息香酸塩、シクロヘキシルアミンカーバメート、ベンゾトリアゾール、4-メチルベンゾトリアゾール、5-メチルベンゾトリアゾール、又は、安息香酸アンモニウムのいずれかを主成分とするものを用いることを特徴とする、請求項2に記載の鋼材の腐食抑制方法。
【請求項4】
空洞部へ注入するグラウトとして、防錆剤を混入したものを用いることを特徴とする、請求項1~3のいずれかに記載の鋼材の腐食抑制方法。
【請求項5】
コンクリート構造物の躯体の一部に空洞部が存在し、この空洞部内で鋼材が露出している場合に、
まず、空洞部へ粉末状の防錆剤を0.15MPa以上の圧力で噴射して圧入し、前記空洞部内を圧送し、空洞部内で露出している鋼材の表面に防錆剤を付着させ、次いで、空洞部内へグラウトを注入することを特徴とする鋼材の腐食抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート構造物の中に配置されている鋼材の腐食抑制方法に関し、特に、既設のポストテンション方式のプレストレストコンクリート(PC)構造物において、PC鋼材を挿通させたシース内に空洞部が存在している場合や、コンクリート構造物の躯体の一部に空洞部が存在し、この空洞部内で鋼材が露出している場合において、シース内空洞部内のPC鋼材、或いは、空洞部内で露出している鋼材の腐食を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポストテンション方式によってPC構造物の躯体が製作される場合、PC鋼材を挿通させたシース内には、その端部等に適切に接続したグラウトホースからPCグラウト(以下、単に「グラウト」と称する。)が注入され、シース内空間の全体に隙間なく行き渡るように充填される。しかしながら、1990年以前に建設されたポストテンション方式PC橋では、シース内へのグラウトの充填不足により、シース内に空洞部が存在していることがある。
【0003】
このような空洞部を放置すると、雨水等の浸入により、空洞部内で露出するPC鋼材が腐食してしまう恐れがある。そこで、このようなPC鋼材の腐食を抑制するため、シース内へ新たにグラウトを注入して空洞部を埋めるという補修工事(グラウトの再注入)が実施されている。
【0004】
但し、空洞部に塩化物イオンが残留している場合には、単にグラウトの再注入を行うだけでは十分な防錆効果を期待することができず、また、既存グラウト部に多量の塩化物イオンが含まれている場合には、再注入されたグラウトと既存グラウトとの境界部において「マクロセル腐食」が生じるおそれがある。
【0005】
このような問題への対策として、まず空洞部に亜硝酸リチウム水溶液を注入してPC鋼材を不動態化させ、当該水溶液を排出した後で、亜硝酸リチウムを添加したグラウトを空洞部へ注入する方法(特許文献1)や、陰イオン交換樹脂又は塩化物イオン固定化剤を混和させたグラウトを空洞部に注入することにより、塩化物イオンを吸着又は固定化させ、PC鋼材の腐食環境を軽減させようとする方法(特許文献2,3)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-002055号公報
【文献】特開2016-084244号公報
【文献】特開2017-206418号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1~3に記載されている従来方法(グラウトの再注入)を実施した場合において、再注入したグラウトをシース内の空洞部の全体に行き渡らせることができなかった場合には、十分な防錆効果を期待することができないという問題がある。
【0008】
具体的には、ポストテンション方式のPC構造物の躯体においては、緊張させたPC鋼材を固定するための定着具が躯体の奥深くに埋設されることが多く、シースの端部付近に新たにグラウトホースを設置することが困難であるほか、PC鋼材を挿通させた多数のシースが複雑に配置されるため、シース内へのグラウトの再注入に際しては、PC構造物製作時のように、グラウトホースをシース端部等に適切に装着することができず、また、従前の基準に従って設計された既設のPC構造物においては、緊張容量の小さいPC鋼材が用いられており、シース内の空隙が小さいこと等に起因して、再注入したグラウトをシース内の空洞部の全体に行き渡らせる(空洞部を完全に埋める)ことができず、空洞部の一部(二次空洞部)が残存してしまう、という事態が想定される。
【0009】
また、再注入したグラウトを空洞部の全体に行き渡らせることができた場合であっても、既存グラウトが従前のブリーディングが生じるタイプのグラウトであった場合は、既存グラウトの上部にブリーディングが発生し、この部位で疎雑なグラウトが形成されることも想定され、この場合も、再注入したグラウトと既存グラウト部との境界部付近においてシース内に二次空洞部が残存してしまう可能性がある。
【0010】
特許文献1~3に開示されている従来方法は、空洞部が存在するPC構造物に対してグラウトの再注入を実施した際に、再注入したグラウトをシース内の空洞部の全体に行き渡らせ、上述したような二次空洞部を残存させることなく、充填不足を完全に解消できることを前提条件としており、グラウトの再注入後において、二次空洞部が残存してしまった場合には、当該二次空洞部内で露出するPC鋼材においては十分な防錆効果を期待することができない。
【0011】
本発明は、このような従来技術における問題を解決しようとするものであって、グラウトの再注入後において二次空洞部が残存している場合であっても、PC鋼材(或いは、その他の鋼材)の腐食を効果的に抑制できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る鋼材の腐食抑制方法は、ポストテンション方式のPC構造物において、PC鋼材を挿通させたシース内に空洞部が存在している場合に、まず、シース内の空洞部へ粉末状の防錆剤を圧入し、空洞部内で露出しているPC鋼材の表面に防錆剤を付着させ、次いで、空洞部へグラウトを注入することを特徴としている。
【0013】
尚、空洞部内へ圧入する防錆剤として、気化性防錆剤(例えば、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、シクロヘキシルアミン安息香酸塩、ジシクロヘキシルアミン安息香酸塩、シクロヘキシルアミンカーバメート、ベンゾトリアゾール、4-メチルベンゾトリアゾール、5-メチルベンゾトリアゾール、又は、安息香酸アンモニウム)を用いることが好ましく、また、塩化物イオンが多量に残留しているケースにおいては、空洞部へ注入するグラウトとして、防錆剤を混入したものを用いることが好ましい。
【0014】
また、本発明に係る鋼材の腐食抑制方法は、コンクリート構造物の躯体の一部に空洞部が存在し、この空洞部内で鋼材が露出している場合に、まず、空洞部へ粉末状の防錆剤を圧入し、空洞部内で露出している鋼材の表面に防錆剤を付着させ、次いで、空洞部内へグラウト(専用のグラウト材、又は、モルタル、又は、コンクリート)を注入することを特徴としている。この場合も、空洞部内へ圧入する防錆剤として、気化性防錆剤を用いることが好ましく、また、空洞部へ注入するグラウトとして、防錆剤を混入したものを用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る鋼材の腐食抑制方法によれば、従来方法と比べ、防錆剤の使用量を100分の1以下に削減することができ、また、防錆剤の圧入後、直ちにグラウトの再注入を実施することができるため、作業の所要時間を、従来方法と比較して大幅に短縮することができる。
【0016】
更に、本発明に係る方法においては、グラウトの再注入後に二次空洞部が残存し、鋼材の一部が二次空洞部内で依然として気中に露出した状態となってしまった場合においても、また、二次空洞部内に雨水等が浸入し、滞留して、鋼材の一部が水中に露出した状態となってしまった場合においても、十分な防錆効果を期待することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明に係る鋼材の腐食抑制方法の説明図であって、適用対象となるポストテンション方式のPC構造物(コンクリート躯体1)等の部分断面図である。
図2図2は、本発明に係る鋼材の腐食抑制方法の説明図であって、グラウト7の再注入後において、二次空洞部8が残存した状況の一例を示す、コンクリート躯体1等の部分断面図である。
図3図3は、本発明に係る鋼材の腐食抑制方法の実施例1において使用した試験体10の構造を示す断面図である。
図4図4は、本発明に係る鋼材の腐食抑制方法の実施例2における試験(PC鋼材の引張試験)の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面に沿って、本発明に係る「鋼材の腐食抑制方法」の実施形態について説明する。図1は、本発明に係る鋼材の腐食抑制方法の説明図であって、適用対象となるポストテンション方式のPC構造物(コンクリート躯体1)、シース2、及び、PC鋼材3、既存グラウト部4a,4b(製作時に注入したグラウトが硬化してなる部分)の部分断面図である。
【0019】
上述の通り、ポストテンション方式のPC構造物においては、グラウトがシース内空間の全体にわたって隙間なく充填されていることが望ましいが、充填不足により、図1に示すように、シース2内に空洞部5が存在していることがある。本発明に係る鋼材の腐食抑制方法は、このような空洞部5が存在している場合において好適に実施することができるものであり、空洞部5におけるPC鋼材3の腐食を効果的に抑制することができる。
【0020】
具体的には、まず、空洞部5の両端部付近に開口部(注入口及び排気口)を一つずつ形成する。例えば、空洞部5の下端部付近(下方側の既存グラウト部4aの近傍位置)に注入口6aを形成するとともに、上端部付近(上方側の既存グラウト部4bの近傍位置)に排気口6bを形成する。尚、注入口6a及び排気口6bは、外側からコンクリート躯体1の内部に向けて削孔を行い、シース2を貫通させて形成し、これらを介して外部空間から空洞部5内へのアクセスが可能な状態とする。
【0021】
そして、排気口6bを閉じた状態で注入口6aからシース2内の空洞部5へ粉末状の防錆剤を圧入(噴射)し、空洞部5において露出しているPC鋼材3の表面に防錆剤を付着させる。次いで、排気口6bを開放した状態で注入口6aからシース2内の空洞部5へ新たにグラウト7を注入し、グラウト7が空洞部5内に十分に充填されるまで、余分なグラウトを排出口6bから排出させる。
【0022】
尚、空洞部5に供給する防錆剤としては、水中及び気中のいずれの環境においても、鋼材の腐食抑制が可能な気化性防錆剤、例えば、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、シクロヘキシルアミン安息香酸塩、ジシクロヘキシルアミン安息香酸塩、シクロヘキシルアミンカーバメート、ベンゾトリアゾール、4-メチルベンゾトリアゾール、5-メチルベンゾトリアゾール、又は、安息香酸アンモニウムを主成分とするものを使用し、これを最大寸法が概ね0.15mm以下の粉末の状態とし、空洞部5の長さ1mあたり1~10gの割合で、0.15MPa以上(好ましくは0.4MPa程度)の圧力で噴射して空洞部5内に圧入する。
【0023】
また、図1に示す例では、空洞部5内へアクセスするための開口部として、空洞部5の両端部付近に注入口6aと排気口6bとをそれぞれ形成しているが、これらの間隔が1.5mを超えるような場合には、中間位置(注入口6aと排気口6bとの間のいずれかの位置)に、中間開口部(図示せず)を適宜(一つ或いはそれ以上)形成してもよい。中間開口部を形成することによって、隣接する二つの開口部(注入口6aと中間開口部、中間開口部同士、又は、排気口6bと中間開口部)の離間距離がいずれも1.5mを超えない状態とし、注入口6aから粉末状の防錆剤を圧入した後(或いは、同時に)、中間開口部からも粉末状の防錆剤を圧入することにより、空洞部5内で露出するPC鋼材3の表面全体に、防錆剤を均等に付着させることができる。
【0024】
また、グラウトの再注入に際しては、空洞部5における残留塩分の状態に応じて、所定の防錆効果が得られる防錆剤を混入したものを用いることもできる。
【0025】
本発明に係る鋼材の腐食抑制方法においては、次のような効果(従来技術と比較して有利な効果)を期待することができる。まず、特許文献1に開示されている従来の方法(空洞部が存在するPC構造物に対してグラウトの再注入を実施する際に、事前に、空洞部に防錆剤の水溶液を注入し、排出させる方法)においては、防錆剤水溶液を空洞部内に充満させる必要があり、例えばシース内径が40mm程度である場合は、空洞部の長さ1mあたり防錆剤が1L(約1000~1200g)程度必要となるのに対し、本発明に係る方法による場合、空洞部5の長さ1mあたり1~10gの防錆剤(粉末状気化防錆剤)を使用するだけで、十分な防錆効果を得ることができ、防錆剤の使用量を100分の1以下に削減することができる。
【0026】
また、特許文献1に開示されている従来方法においては、空洞部への防錆剤水溶液の注入後、所定の浸漬時間(例えば20時間)の経過を待ち、不動態被膜の形成が確認された後で、防錆剤水溶液を空洞部から排出させる工程が必要となり、防錆剤水溶液の注入から、次の工程であるグラウトの再注入までに相当な時間がかかってしまうのに対し、本発明に係る方法による場合、気化防錆剤の圧入後において上記のような排出工程は不要であり、直ちにグラウトの再注入を実施することができ、所要時間を大幅に短縮することができる。
【0027】
更に、特許文献1~3に開示されている従来方法は、空洞部が存在するPC構造物に対してグラウトの再注入を実施した際に、再注入したグラウトをシース内の空洞部の全体に行き渡らせ、二次空洞部を残存させることなく、充填不足を完全に解消できることを前提条件としており、図2に示すように、グラウト7の再注入後において、二次空洞部8が残存してしまった場合には、二次空洞部8内で露出するPC鋼材3においては十分な防錆効果を期待することができない。
【0028】
より具体的には、特許文献1に開示されている従来方法による場合、まず、PC鋼材を亜硝酸リチウム水溶液によって不動態化させ、その後、グラウトの再注入を実施することになるが、グラウトの再注入後に二次空洞部8(図2参照)が残存してしまった場合、二次空洞部8において露出するPC鋼材の不動態膜が、浸入した雨水等によって洗い流されてしまい、防錆効果が低減してしまう可能性がある。
【0029】
また、特許文献2,3に開示されている方法は、再注入されるグラウトに防錆機能を有する材料を混入させるというものであり、再注入されたグラウトによって確実に覆われたPC鋼材においては防錆効果を期待できるが、二次空洞部8内において露出するPC鋼材においては、防錆効果を期待することはできない。
【0030】
これに対し、本発明に係る方法による場合、気化性防錆剤が粉末の状態で空洞部5内に圧入され、空洞部5内において露出するPC鋼材の表面に防錆剤を均等に付着させることができ、かつ、空洞部5に供給する防錆剤として、水中及び気中のいずれの環境においても鋼材の腐食抑制が可能な気化性防錆剤が用いられているため、グラウト7の再注入後に二次空洞部8が残存し、PC鋼材の一部が二次空洞部8内で依然として気中に露出した状態となってしまった場合においても、また、二次空洞部8内に雨水等が浸入、滞留して、PC鋼材の一部が水中に露出した状態となってしまった場合においても、十分な防錆効果を期待することができる。
【0031】
更に、本発明に係る方法においては、既存グラウト部と再注入グラウトとの境界部における「マクロセル腐食」の発生を効果的に抑制することができる。
【0032】
以下、本発明に係る鋼材の腐食抑制方法における防錆効果の確認を目的として本発明の発明者らが行った各種試験の結果を、本発明の実施例(実施例1,2)として説明する。
【実施例1】
【0033】
既設のポストテンション方式PC構造物の上縁定着ケーブル曲上げ部において、グラウトの充填不足により空洞部が形成されていることを想定して、図3に示すような実物大の試験体10を多数用意し、これらの試験体10を対象として、各種の条件を変化させて本発明に係る鋼材の腐食抑制方法(本発明1~3)を実施するとともに、他の方法(比較例1)を実施することにより、各方法における腐食抑制効果の検証を行った。
【0034】
具体的には、試験体10として、長さ1m、内径40mmの円筒状のアクリル管12(図1に示すシース2に相当)の中に、直径7mmのPC鋼材3を挿入したものを用意し、それらを設置面(水平面)に対し25°の傾斜状態でそれぞれ固定して使用した。尚、各アクリル管12の下端部側から100mmの位置に注入口6aを形成し、上端部側から400mmの位置に排気口6bを形成した。また、アクリル管12の両端部に蓋材19を装着して閉塞し、アクリル管12の内側空間全体を、グラウトの充填不足によってシース2内に形成された空洞部5(図1参照)に相当する部分と仮定した。
【0035】
本発明に係る鋼材の腐食抑制方法は、上述の通り、注入口からシース内の空洞部へ粉末状の防錆剤を圧入し、空洞部において露出している鋼材の表面に防錆剤を付着させた後、注入口からシース内の空洞部へグラウトを再注入するというものである。本実施例の試験においては、グラウトの再注入の前に空洞部(アクリル管12内)へ圧入する粉末状の防錆剤として、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライトを主成分とする気化性防錆剤を用いた。この気化性防錆剤は、白色又は微黄色の粉末で、pHは6.0~7.0、水に対し約3%溶解するものである。また、この防錆剤の防錆性能は、JIS Z 1519「鉄鋼用気化性さび止め剤」の1種L形の規格に合格するものである。尚、この防錆剤は、「毒物及び劇物取締法」の対象物ではない。
【0036】
アクリル管12内への気化性防錆剤の圧入は、アクリル管12の下端部側の注入口6aから、コンプレッサーを用いて、0.4MPaの空気圧にて圧送(噴射)して行った。その際、気化性防錆剤の圧入量として、「0.3g」(本発明1)、「1g」(本発明2)、「3g」(本発明3)の3種類のバリエーションを設定した。
【0037】
上記のような条件で気化性防錆剤の圧入を行ったところ、気化性防錆剤の微粉末がアクリル管12内において一気に飛散し、アクリル管12の内周面、及び、PC鋼材3の表面に概ね均等に付着することが確認された。
【0038】
次に、本発明1~3の各試験体において、注入口6aからアクリル管12内へ、手動ポンプを用いてノンブリーディング型のグラウトを注入した。また、比較例1の試験体(気化性防錆剤の圧入を行っていないもの)においても、同様にグラウトを注入した。尚ここでは、グラウトの再注入後において二次空洞部8(図2参照)が残存したことを想定して、グラウトの注入は、図3に示す破線H2の位置までとし、当該破線H2の上方側に、二次空洞部8に相当する部分を残存させた。
【0039】
更に、グラウトの再注入後に、二次空洞部8に雨水等が浸入したことを想定して、アクリル管12内へのグラウトの注入から7日後に、排気口6bからアクリル管12内へ(図3に示す破線H1の位置まで)液体(「水道水」又は「NaCl 0.6%水溶液」)を注入した。
【0040】
その結果、図3において破線H1と破線H2の間の領域においては、PC鋼材3は、アクリル管12内に注入された液体中に没することになり、この部分をここでは便宜上「水中部」と称することとし、また、破線H1よりも上方の領域においては、PC鋼材3は空気中に露出することになり、この部分を「気中部」と称することとする。
【0041】
液体の注入後、各試験体10を密閉状態とし、室内にて3ヶ月間にわたって暴露して、各試験体10における腐食状況を観察した。その結果を次表に示す。
【表1】
【0042】
上記表1の通り、気化性防錆剤を圧入せず、水中部に「NaCl 0.6%水溶液」を注入した比較例1の試験体においては、PC鋼材3の腐食が、水中部、及び、水中部に近接する気中部で確認されたが、気化性防錆剤を1g(空洞部1mあたり)以上圧入すれば、水中部に「NaCl 0.6%水溶液」を注入した場合においても、水中部及び気中部の双方でPC鋼材3の腐食を抑制できることが確認された。
【実施例2】
【0043】
グラウトの充填不足により空洞部が形成されている既設のポストテンション方式PC構造物において、シース内(空洞部)へのグラウトの再注入を行った場合に、再注入したグラウトと既存グラウト部との境界部において生じ得る「マクロセル腐食」に関し、用意した試験体を対象として、本発明に係る鋼材の腐食抑制方法(本発明4,5)を実施するとともに、他の方法(比較例4~6)を実施することにより、「マクロセル腐食」に対する抑制効果の検証を行った。
【0044】
具体的には、試験体として、長さ300mm、内径40mmの円筒状のアクリル管(図1に示すシース2に相当)の中に、直径7mmのPC鋼材を挿入し、これらを設置面上で鉛直に立て、アクリル管の半分の高さまでグラウトを注入し、その後7日間の養生期間を経てグラウトを硬化させた(図1に示す既存グラウト部4aに相当する部分をアクリル管内の下半部に形成するとともに、図1に示す空洞部5に相当する部分をアクリル管内の上半部に形成した)ものを多数用意した。
【0045】
そして、次表に示す条件で、本発明4,5の試験体(条件毎に2体ずつ)に対し、気化性防錆剤の圧入を行い、次いで空洞部(アクリル管の上半部)へのグラウトの再注入を行った。一方、比較例4~6の試験体(条件毎に2体ずつ)に対しては、気化性防錆剤の圧入を行わずに、空洞部(アクリル管の上半部)へのグラウトの再注入のみを行った。その後、水を十分に張った容器内に各試験体を収容し、湿空状態として、グラウトの再注入の7日後から、50℃×6日+20℃×1日を1サイクル(7日間)として、合計20サイクル(140日間)の促進試験を行った。
【0046】
【表2】
【0047】
尚、試験体内に既存グラウト部を形成するためのグラウト(表2に示す「配合G」)として、水セメント比48%の普通セメントグラウト(従前のブリーディングが発生するグラウトを想定)に、塩化物イオンを30kg/m混入したもの(多量の塩化物イオンが供給された場合を想定)を使用した。また、再注入グラウトについては、「配合L」として、ノンブリーディング型のグラウトを使用し、「配合V」として、配合Lのグラウトに、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライトを主成分とする気化性防錆剤を30kg/m(30g/L)混入したものを使用した。
【0048】
上記試験の終了後、各試験体からPC鋼材を取り出して、鋼材の引張試験を実施した。別途、試験に供していない(健全な)PC鋼材の引張試験を実施し、引張強さの残存率を求めた。その結果を図4に示す。
【0049】
図4のグラフに示す通り、グラウトの再注入を行った試験体(本発明4,5、及び、比較例4,5)から取り出した鋼材のいずれにおいても、既存グラウトのみとした試験体(比較例6)から取り出したPC鋼材と比べ、引張強さの残存率が下回ることはなかった。また、グラウトの再注入の前に気化性防錆剤を圧入した試験体(本発明4,5)のPC鋼材では、気化性防錆剤の圧入を行わなかった試験体(比較例4,5)のPC鋼材と比べ、引張強さの残存率が向上することが確認された。
【0050】
以上の実験結果より、既存グラウト部に含まれる塩化物イオン量が30kg/mとなる状況において、気化性防錆剤30kg/mを添加したグラウトを再注入することや、グラウトの再注入の前に気化性防錆剤を圧入することで、既存グラウト部と再注入グラウトとの境界部における「マクロセル腐食」が抑制される状態になることが確認された。
【0051】
尚、上記実施形態及び実施例においては、既設のポストテンション方式のPC構造物において、グラウトの充填不足によってシース内に空洞部が存在している場合に実施される鋼材(PC鋼材)の腐食抑制方法について説明したが、本発明に係る鋼材の腐食抑制方法の適用対象は、ポストテンション方式のPC構造物におけるPC鋼材には限定されず、他のコンクリート構造物の躯体中の鋼材に対しても適用することができる。
【0052】
例えば、鉄筋コンクリート構造物中において、コンクリート躯体の一部に欠損(空洞部)が生じ、この空洞部内で鉄筋等の鋼材が空気中に露出している場合において、まず、空洞部内へアクセス可能な開口部を形成し、この開口部から空洞部内へ粉末状の防錆剤を圧入(噴射)し、空洞部内で露出している鋼材の表面に防錆剤を付着させ、次いで、空洞部内へグラウトを注入する。(尚、ここに言う「グラウト」とは、グラウト専用材料を使用する場合だけではなく、グラウト専用材料以外のモルタル或いはコンクリート等を、グラウトとして使用する場合も含む。)この場合も、上記実施形態及び実施例の場合と同様に、鋼材の腐食を抑制することができる。
【符号の説明】
【0053】
1:コンクリート躯体、
2:シース、
3:PC鋼材、
4a,4b:既存グラウト部、
5:空洞部、
6a:注入口、
6b:排気口、
7:グラウト、
8:二次空洞部、
10:試験体、
12:アクリル管、
19:蓋材
図1
図2
図3
図4