(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-14
(45)【発行日】2022-03-23
(54)【発明の名称】固体電解質及び全固体リチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 10/0562 20100101AFI20220315BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20220315BHJP
H01B 1/06 20060101ALI20220315BHJP
C01B 25/45 20060101ALI20220315BHJP
【FI】
H01M10/0562
H01M10/052
H01B1/06 A
C01B25/45 H
C01B25/45 M
C01B25/45 Z
(21)【出願番号】P 2019510197
(86)(22)【出願日】2018-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2018013486
(87)【国際公開番号】W WO2018181827
(87)【国際公開日】2018-10-04
【審査請求日】2020-10-28
(31)【優先権主張番号】P 2017066604
(32)【優先日】2017-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100169694
【氏名又は名称】荻野 彰広
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 孝
(72)【発明者】
【氏名】上野 哲也
(72)【発明者】
【氏名】磯道 岳歩
【審査官】小森 重樹
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-250264(JP,A)
【文献】特開平03-081908(JP,A)
【文献】特開2015-216220(JP,A)
【文献】特開2016-056054(JP,A)
【文献】特開2015-210970(JP,A)
【文献】国際公開第2017/038988(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/0562
H01M 10/052
H01B 1/06
C01B 25/45
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸ジルコニウム系の固体電解質であって、
前記固体電解質を構成するリン又はジルコニウムの一部が、価数変化できる元素によって置換されて
おり、
前記価数変化できる元素が、Ti、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Sb、Bi、Mo、Te、W、Ge、Seからなる群から選択される少なくとも一つである、固体電解質。
【請求項2】
前記固体電解質を構成するジルコニウムの一部
がSb、Bi、Mo、Te、Wからなる群から選択される少なくとも一つと置換している、又は、前記固体電解質を構成するリンの一部がGe、Mo、W、Cr、Mn、Fe、Se、Teからなる群から選択される少なくとも一つと置換している、請求項
1に記載の固体電解質。
【請求項3】
前記固体電解質を構成するジルコニウムの一部がTi
、Cr、Mn
、Sb、Bi、Mo、Te、Wからなる群から選択される少なくとも一つと置換している、又は、前記固体電解質を構成するリンの一部がGe、Mo、Sb、W、Bi、Cr、Mn、Fe、Se、Te、Vからなる群から選択される少なくとも一つと置換している、請求項
1に記載の固体電解質。
【請求項4】
一般式Li
xM1
yZr
2-yW
zP
3-zO
12で表記される化合物を含み、
前記M1はMn、Niからなる群から選択される少なくとも一つであり、
前記M1におけるMnの含有量をy
Mn、Niの含有量をy
Niとした場合に、
0≦y
Mn<1、0≦y
Ni<1、1+2y
Ni-z≦x≦1+2y
Mn+3y
Ni+5z、0≦y<1及び0≦z<1.5を満たす、請求項1~
3のいずれか一項に記載の固体電解質。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか一項に記載の固体電解質を有する全固体リチウムイオン二次電池。
【請求項6】
一対の電極層と、この一対の電極層の間に設けられた前記固体電解質を有する固体電解質層とが、相対密度80%以上であることを特徴とする請求項
5に記載の全固体リチウムイオン二次電池。
【請求項7】
前記一般式Li
xM1
yZr
2-yW
zP
3-zO
12で表記される化合物のみからなる、請求項
4に記載の固体電解質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質及び全固体リチウムイオン二次電池に関する。
本願は、2017年3月30日に、日本に出願された特願2017-066604号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
電池の電解質として、難燃性のポリマー電解質やイオン液体を用いることが検討されている。しかし、どちらの電解質も有機物を含む。このことから、これら材料を用いた電池においては、液漏れや液の枯渇等についての不安は拭いさることは難しい。
【0003】
一方、電解質としてセラミックスを用いる全固体リチウムイオン二次電池は、本質的に不燃であり、安全性が高く、液漏れや液の枯渇等についての不安も払しょくできる。このため全固体リチウムイオン二次電池は、近年注目されている。
【0004】
全固体リチウムイオン二次電池の固体電解質として、種々の材料が報告されている。例えば、特許文献1には固体電解質としてLiZr2(PO4)3を用いることができることが記載されている。一方で、LiZr2(PO4)3は60℃以下の温度でイオン伝導率の低い結晶構造に変化し、イオン伝導性が低下するという問題がある。
【0005】
また特許文献2及び3には、LiZr2(PO4)3のジルコニウムの一部をCa等の価数変化しにくい元素で置換することが記載されている。一部の元素を置換することで、結晶の安定相が変化し、室温でもイオン伝導性の高い菱面体晶が維持される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-51539号公報
【文献】特開2015-65022号公報
【文献】特開2015-76324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記のような場合、価数変化しにくい元素に置換した場合は、固体電解質中のLi量が変動した際に、電子的な絶縁性を保てなくなる。その結果、自己放電が生じ、全固体リチウムイオン二次電池の放電容量が低下する。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、イオン伝導性の高い結晶構造を維持し、Li量が変動した際にも電子的な絶縁性が維持できる固体電解質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するために、鋭意検討を重ねた。
その結果、リン酸ジルコニウム系の固体電解質の一部を価数変化ができる元素で置換することで、充放電時の電荷補償にジルコニウムや酸素が構成する準位が利用されることを抑制でき、電子的な絶縁性を維持できることを見出した。すなわち、上記課題を解決するために、以下の手段を提供する。
【0010】
(1)本発明の第1の態様にかかる固体電解質は、リン酸ジルコニウム系の固体電解質であって、前記固体電解質を構成するリン又はジルコニウムの一部が、価数変化できる元素によって置換されている。
【0011】
上記固体電解質は下記の特徴を好ましく有する。これら特徴は互いに組み合わせることも好ましい。
(2)上記態様にかかる固体電解質において、前記価数変化できる元素が、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Nb、Sb、Ta、Bi、Mo、Te、W、Ge、Seからなる群から選択される少なくとも一つであってもよい。
【0012】
(3)上記態様にかかる固体電解質を構成するジルコニウムの一部が、V、Nb、Sb、Ta、Bi、Mo、Te、Wからなる群から選択される少なくとも一つと置換されている、又は、固体電解質を構成するリンの一部がGe、Mo、W、Cr、Mn、Fe、Se、Teからなる群から選択される少なくとも一つと置換されているいずれかの構成でもよい。
【0013】
(4)上記態様にかかる固体電解質を構成するジルコニウムの一部が、Ti、V、Cr、Mn、Nb、Sb、Ta、Bi、Mo、Te、Wからなる群から選択される少なくとも一つと置換している、又は、固体電解質を構成するリンの一部が、Ge、Mo、Sb、W、Bi、Cr、Mn、Fe、Se、Te、Vからなる群から選択される少なくとも一つと置換しているいずれかの構成でもよい。
【0014】
(5)上記態様にかかる固体電解質は、一般式LixM1yZr2-yWzP3-zO12で表記される化合物を含み、前記M1はMn、Niからなる群から選択される少なくとも一つであり、前記M1におけるMnの含有量をyMn、Niの含有量をyNiとした場合に、0≦yMn<1、0≦yNi<1、1+2yNi-z≦x≦1+2yMn+3yNi+5z、0≦y<1及び0≦z<1.5を満たしてもよい。
【0015】
(6)第2の態様にかかる全固体リチウムイオン二次電池は、上記態様にかかる固体電解質を有する。
(7)上記全固体リチウムイオン二次電池は、一対の電極層と、この一対の電極層の間に設けられた前記固体電解質を有する固体電解質層とが、相対密度80%以上であってもよい。
(8)上記第一の態様にかかる固体電解質は、前記一般式LixM1yZr2-yWzP3-zO12で表記される化合物のみからなってもよい。
【発明の効果】
【0016】
上記態様にかかる固体電解質は、イオン伝導性の高い結晶構造を維持でき、かつ、Li量が変動した際にも電子的な絶縁性が維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の第1実施形態にかかる全固体リチウムイオン二次電池の好ましい例を示す概略断面模式図である。
【
図2A】固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化しにくい元素であるカルシウムに置換した固体電解質において、組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を示した図である。
【
図2B】固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化しにくい元素であるカルシウムに置換した固体電解質において、組成式あたりのLi数に対する、固体電解質の最高占有軌道(HOMO)-最低占有起動(LUMO)ギャップの大きさを示した図である。
【
図2C】固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化しにくい元素であるカルシウムに置換した固体電解質において、組成式あたりのLi数が変化した際の、固体電解質を構成するジルコニウム及びカルシウムの価数変化を示した図である。
【
図2D】固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化しにくい元素であるカルシウムに置換した固体電解質において、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を示した図である。
【
図3A】固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化できる元素であるマンガンに置換した本実施形態にかかる固体電解質において、組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を示した図である。
【
図3B】固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化できる元素であるマンガンに置換した本実施形態にかかる固体電解質において、組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを示した図である。
【
図3C】固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化できる元素であるマンガンに置換した本実施形態にかかる固体電解質において、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びマンガンの価数変化を示した図である。
【
図3D】固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化できる元素であるマンガンに置換した本実施形態にかかる固体電解質において、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質3を構成する酸素の価数変化を示した図である。
【
図4】価数変化しにくい元素で置換した固体電解質のバンド構造の模式図である。
【
図5】価数変化できる元素で置換した固体電解質のバンド構造の模式図である。
【
図6A】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をニッケルに置換したLi
1+0.5xNi
0.5Zr
1.5(PO
4)
3において、組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を測定した図である。
【
図6B】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をニッケルに置換したLi
1+0.5xNi
0.5Zr
1.5(PO
4)
3において、組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを測定した図である。
【
図6C】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をニッケルに置換したLi
1+0.5xNi
0.5Zr
1.5(PO
4)
3において、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びニッケルの価数変化を測定した図である。
【
図6D】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をニッケルに置換したLi
1+0.5xNi
0.5Zr
1.5(PO
4)
3において、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を測定した図である。
【
図7A】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をバナジウムに置換したLi
1+0.5xV
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の、組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を測定した図である。
【
図7B】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をバナジウムに置換したLi
1+0.5xV
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の、組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを測定した図である。
【
図7C】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をバナジウムに置換したLi
1+0.5xV
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びバナジウムの価数変化を測定した図である。
【
図7D】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をバナジウムに置換したLi
1+0.5xV
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の、Li数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を測定した図である。
【
図8A】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をタンタルに置換したLi
1+0.5xTa
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の、組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を測定した図である。
【
図8B】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をタンタルに置換したLi
1+0.5xTa
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の、組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを測定した図である。
【
図8C】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をタンタルに置換したLi
1+0.5xTa
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びタンタルの価数変化を測定した図である。
【
図8D】LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をタンタルに置換したLi
1+0.5xTa
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を測定した図である。
【
図9A】LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をタングステンに置換したLi
1+0.5xZr
2W
0.5P
2.5O
12の、組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を測定した図である。
【
図9B】LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をタングステンに置換したLi
1+0.5xZr
2W
0.5P
2.5O
12の、組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを測定した図である。
【
図9C】LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をタングステンに置換したLi
1+0.5xZr
2W
0.5P
2.5O
12の、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びタングステンの価数変化を測定した図である。
【
図9D】LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をタングステンに置換したLi
1+0.5xZr
2W
0.5P
2.5O
12の、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を測定した図である。
【
図10A】LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をマンガンに置換したLi
1+0.5xZr
2Mn
0.5P
2.5O
12の、組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を測定した図である。
【
図10B】LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をマンガンに置換したLi
1+0.5xZr
2Mn
0.5P
2.5O
12の、組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを測定した図である。
【
図10C】LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をマンガンに置換したLi
1+0.5xZr
2Mn
0.5P
2.5O
12の、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びマンガンの価数変化を測定した図である。
【
図10D】LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をマンガンに置換したLi
1+0.5xZr
2Mn
0.5P
2.5O
12の、組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を測定した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好ましい実施形態及び好ましい例について、図を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合がある。したがって、図面に記載の各構成要素の寸法比率などは、同じであっても良いが、実際とは異なっていても良い。以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
また以下の説明において、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、数や位置やサイズや量や種類や部材や寸法や組み合わせ等について、省略、追加、変更、置換、交換などが可能である。
【0019】
[全固体リチウムイオン二次電池]
全固体リチウムイオン二次電池は、少なくとも一つの第1電極層1と、少なくとも一つの第2電極層2と、上下に隣り合う第1電極層1と第2電極層2とに挟まれた固体電解質3とを有する。第1電極層1、固体電解質3及び第2電極層2が順に積層されて、積層体4を構成する。第1電極層1は、それぞれが一端側(図では左側)に配設された端子電極5に接続され、第2電極層2は、それぞれが他端側(図では右側)に配設された、別の端子電極6に接続されている。すなわち、本例では、第1電極層1と第2電極層2は、互いに異なる2つの外部端子20に接続し、互いに直接接触することなく固体電解質3内に埋め込まれている。
【0020】
第1電極層1と、第2電極層2は、いずれか一方が正極層として機能し、他方が負極層として機能する。 以下、理解を容易にするために、第1電極層1を正極層1とし、第2電極層2を負極層2とする。
【0021】
図1に示すように、正極層1と負極層2は、固体電解質3を介して交互に積層されている。正極層1と負極層2の間で、固体電解質3を介したリチウムイオンの授受により、全固体リチウムイオン二次電池10の充放電が行われる。
【0022】
「固体電解質」
固体電解質3は、リン酸ジルコニウム系の固体電解質である。リン酸ジルコニウム系の固体電解質とは、リン、ジルコニウム、及び酸素が基本骨格の主となる部分を構成する固体電解質を意味する。前記固体電解質は、リン酸ジルコニウム系化合物又はその置換化合物を含んでも良く、実質的にリン酸ジルコニウム系化合物又はその置換化合物のみからなっても良い。前記リン酸ジルコニウム系化合物又はその置換化合物は、リン、ジルコニウム、及び酸素を、基本の構成元素として含むことが好ましい。固体電解質の、代表的な例がLiZr2(PO4)3であり、リン酸ジルコニウム系の固体電解質の例は、この一部の元素を置換したものも含む。
【0023】
固体電解質3は、固体電解質を構成するリン又はジルコニウムの一部がその他の元素によって置換されている。固体電解質を構成する元素の一部が置換により変化すると、固体電解質3の結晶構造の安定状態が変化する。その結果、固体電解質3は室温付近でも三斜晶構造をとらずに、菱面体晶を維持できる。菱面体晶構造は、三斜晶構造よりリチウムイオンの伝導経路が多く、イオン伝導性に優れる。
【0024】
また本実施形態にかかる固体電解質3において、リン又はジルコニウムの一部と置換している元素は、価数変化できる元素である。価数変化できる元素により、固体電解質中のリン又はジルコニウムの一部を置換すると、充放電時の電荷補償に、基本骨格を構成するジルコニウムや酸素が有する電子が用いられることを抑制できるため、電子的な絶縁性を維持することができる。以下、具体的な例を基に説明する。
【0025】
図2Aから2Dは、固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化しにくい元素であるカルシウムに置換した固体電解質中のLi量を変化させた時の特性を示した図である。具体的には、これら図は、一般式Li
1+0.5xCa
0.5Zr
1.5(PO
4)
3で表記される固体電解質の特性を示す。
【0026】
図2Aから2Dにおいて、
図2Aは組成式あたりのLi数が変化した際の、固体電解質の電位の変化を示す図である。
図2Bは組成式あたりのLi数に対する、固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを示す図である。
図2Cは組成式あたりのLi数が変化した際の、固体電解質を構成するジルコニウム及びカルシウムの価数変化を示す図である。
図2Dは組成式あたりのLi数が変化した際の、固体電解質を構成する酸素の価数変化を示す図である。Zr1、Zr2、Zr3は、結晶構造上のジルコニウムが存在するサイトを意味する。
【0027】
図2Bに示すように、カルシウムで置換した場合は、組成式あたりのLi数が2.0から僅かにずれただけで、固体電解質のHOMO-LUMOギャップが急激に小さくなる。HOMO-LUMOギャップが小さくなるということは、固体電解質が電子的な絶縁性を維持できなくなっていることを意味する。
【0028】
HOMO-LUMOギャップが急激に小さくなるのは、固体電解質の基本骨格を構成するジルコニウムや酸素の電子が、充放電時の電荷補償に利用されるためである。基本骨格を構成するジルコニウムや酸素の電子が電荷補償に利用されると、固体電解質内にキャリアが供給され、固体電解質は電子的な絶縁性を維持できなくなる。
【0029】
固体電解質の基本骨格を構成するジルコニウムや酸素の電子が充放電時の電荷補償に利用されていることは、
図2C及び
図2Dから確認できる。
図2CではZr1の価数が、固体電解質中に含まれるLi数が2.0を超えた辺りで急激に変化している。また
図2Dでは酸素の価数が、固体電解質中に含まれるLi数が2.0を下回った辺りから変化している。すなわち、ジルコニウムや酸素の電子が、充放電時の電荷補償に利用されていると言える。
【0030】
全固体リチウムイオン二次電池における固体電解質は、正極及び負極間のリチウムイオンの授受に寄与するものである。そして電子は、端子電極及び外部端子を介して正極及び負極間を移動する。固体電解質の電子的な絶縁性が維持できなくなると、端子電極及び外部端子を介して正極及び負極間を移動すべき電子が、固体電解質を通して移動してしまうため、外部回路との電子のやりとりを遮断しても全固体リチウムイオン二次電池は充電状態を維持できなくなる。
【0031】
すなわち、固体電解質を構成するジルコニウムの一部を価数変化しにくい元素であるカルシウムに置換した固体電解質は、組成式あたりのLi数が2.0近傍でしか電子的な絶縁性を維持できない。
【0032】
これに対し、
図3Aから3Dは、本実施形態にかかる固体電解質3の特性を示した図である。固体電解質3は、ジルコニウムの一部が、価数変化ができるマンガンで置換されている。ここで示す固体電解質3は、一般式Li
1+0.5xMn
0.5Zr
1.5(PO
4)
3で表記される。
【0033】
図3Aから3Dにおいて、
図3Aは組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を示す図である。
図3Bは組成式あたりのLi数に対する固体電解質3のHOMO-LUMOギャップの大きさを示す図である。
図3Cは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質3を構成するジルコニウム及びマンガンの価数変化を示す図である。
図3Dは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質3を構成する酸素の価数変化を示す図である。
【0034】
図3Bに示すようにマンガンで置換した場合は、組成式あたりのLi数が0.7付近から2.4付近までの広い範囲において、固体電解質3が0.5eV以上のHOMO-LUMOギャップを保っており、電子的な絶縁性を維持している。これは価数変化できる置換元素が充放電時の電荷補償に寄与し、固体電解質3の基本骨格を構成するジルコニウムや酸素の電子が充放電時の電荷補償に利用されることを抑制するためである。
【0035】
図3Cにおいて、マンガンの価数は大きく変化しているが、Zr1~Zr3の価数は大きく変動していない。また
図3Dにおいて、酸素の価数も大きく変動していない。すなわち、価数変化するマンガンが電荷補償を担い、固体電解質3内にキャリアが供給されなくなるため、固体電解質3は電子的な絶縁性を維持できる。
【0036】
この結果、本実施形態にかかる固体電解質3を用いた全固体リチウムイオン二次電池は、組成式あたりのLi数が大きく変化しても、適切に動作する。また
図3Aに示すように、広い範囲のLi数を利用できるため、電子的な絶縁性を維持できる。
【0037】
上述の内容は、固体電解質のバンド構造からは、以下のように説明できる。
図4は、価数変化しにくい元素を置換した固体電解質のバンド構造の模式図である。図中、DOSは状態密度を示す。
図4示すように、価数変化しにくい元素を置換した固体電解質は、価電子帯Vの中にHOMO準位が存在し、伝導帯Cの中にLUMO準位が存在する。HOMO準位には固体電解質の基本骨格を構成する酸素を含む電子軌道の準位が含まれ、LUMO準位には固体電解質の基本骨格を構成するジルコニウムを含む電子軌道の準位が含まれる。
【0038】
図4に示す固体電解質は、特定のLi数(
図2A~2Dにおいては組成式あたりのLi数が2.0)の際に、符号L0の位置にフェルミレベルが存在する。この状態では、HOMO準位とLUMO準位の間にギャップが存在し、固体電解質は電子的な絶縁性を有する。
【0039】
この状態から固体電解質にLiがさらに加わると、LUMO準位が電子を受け取り、フェルミレベルの位置は符号L0の位置から符号L1の位置まで移動する。一方で、固体電解質からLiが抜けると、HOMO準位から電子が奪われる。すなわち、HOMO準位にホールが入り、フェルミレベルの位置が符号L0の位置から符号L2まで移動する。いずれの場合においても、バンド構造は金属的になる。その結果、固体電解質の電子的な絶縁性が急激に低下し(
図2B)、使用できる組成式あたりのLi数の範囲が狭くなる(
図2A)。
【0040】
これに対し、
図5は価数変化できる元素で置換した固体電解質3のバンド構造の模式図である。
図5示すように、価数変化できる元素を置換した固体電解質は、価電子帯Vと伝導帯Cの間に、電子によって占有されていない非占有の非占有不純物準位3aと電子によって占有された占有不純物準位3bの少なくとも一方を有する。すなわちこの場合は、価電子帯Vの中にHOMO準位が存在せず、伝導帯Cの中にLUMO準位が存在しない。
【0041】
図5に示すように、符号L0の位置にフェルミレベルが存在する状態から固体電解質にLiが入ると、非占有不純物準位3aがまず還元され、非占有不純物準位3aに電子が入る(フェルミレベルの位置が符号L0から符号L1’に移る)。一方で、符号L0の位置にフェルミレベルが存在する状態から固体電解質から電子が抜けると、まず占有不純物準位から電子が奪われ、占有不純物準位3bにホールが入る(フェルミレベルの位置が符号L0から符号L2’に移る)。そのため、非占有不純物準位3aと伝導帯Cとの間、又は、占有不純物準位3bと価電子帯Vとの間にはエネルギーギャップが保たれる。その結果、固体電解質3は電子的な絶縁性を保つことができ(
図3B)、使用できるLi数の範囲が広がる(
図3A)。
【0042】
このように本実施形態に係る固体電解質3は、リン又はジルコニウムの一部が価数変化できる元素により置換されることで、基本骨格を構成するジルコニウムや酸素が有する電子が、充放電時の電荷補償に用いられることを抑制し、電子的な絶縁性を保つことができる。
【0043】
固体電解質3のリン又はジルコニウムの一部を置換する価数変化できる元素としては、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Nb、Sb、Ta、Bi、Mo、Te、W、Ge、Seからなる群から選択される少なくとも一つを用いることができる。これらの元素で置換すると、固体電解質3が室温でも菱面体晶構造を維持できる。またいずれも価数変化可能であり、充放電時の電化補償にジルコニウムまたは酸素が構成する準位を使わずに済むため、電子的な絶縁性を維持できる。
【0044】
また価数変化できる元素がジルコニウムの一部を置換する場合、価数変化できる元素はV、Nb、Sb、Ta、Bi、Mo、Te、Wからなる群から選択される少なくとも一つであることが好ましい。また価数変化できる元素がリンの一部を置換する場合、価数変化できる元素は、Ge、Mo、W、Cr、Mn、Fe、Se、Teからなる群から選択される少なくとも一つであることが好ましい。
【0045】
固体電解質3のジルコニウム又はリンの一部がこれらの元素で置換されると、非占有不純物準位3a及び占有不純物準位3bが、何れも価電子帯Vと伝導帯Cのギャップ間にそれぞれ形成される。
【0046】
上述のように、放電時は非占有不純物準位3aが電荷補償に利用され、充電時は占有不純物準位3bが電荷補償に利用される。固体電解質3が非占有不純物準位3aと占有不純物準位3bとをバランスよく有することで、充放電のいずれにおいても固体電解質3が電子的な絶縁性を維持できる。
【0047】
また価数変化できる元素がジルコニウムの一部を置換する場合、価数変化できる元素はTi、V、Cr、Mn、Nb、Sb、Ta、Bi、Mo、Te、Wからなる群から選択される少なくとも一つであってもよく、価数変化できる元素がリンの一部を置換する場合、価数変化できる元素がGe、Mo、Sb、W、Bi、Cr、Mn、Fe、Se、Te、Vからなる群から選択される少なくとも一つであってもよい。
【0048】
これらの元素は、価数変化できる元素の中でも比較的価数の大きな元素である。固体電解質3の基本骨格を形成するリン又はジルコニウムと、置換される元素の価数差が大きいと、その価数差を調整するために、価数差の倍数分だけ酸素が構成する準位が酸化される。そのため、導入される不純物準位の数が多くなり、電子的な絶縁性を維持できる組成式当たりのLi量の範囲を広げることができる。
【0049】
また固体電解質3は、具体的には以下の一般式(1)で表記される化合物でもよい。 LixM1yZr2-yWzP3-zO12 ・・・(1)
ここでM1はMn、Niからなる群から選択される少なくとも一つである。M1におけるMnの含有量をyMn、Niの含有量をyNiとした場合に、0≦yMn<1、0≦yNi<1、1+2yNi-z≦x≦1+2yMn+3yNi+5z、0≦y<1及び0≦z<1.5を満たす。yは0~0.2にあることがより好ましい。zは0~0.2にあることがより好ましい。
【0050】
<正極層および負極層>
図1に示すように、正極層1は、正極集電体層1Aと、正極活物質を含む正極活物質層1Bとを有する。負極層2は、負極集電体層2Aと、負極活物質を含む負極活物質層2Bとを有する。
【0051】
正極集電体層1A及び負極集電体層2Aは、電子伝導率が高い層であることが好ましい。そのため、正極集電体層1A及び負極集電体層2Aには、例えば、銀、パラジウム、金、プラチナ、アルミニウム、銅、ニッケル等から選択される少なくとも一つを用いることが好ましい。これらの中いずれか1つのみから形成されることも好ましい。これらの物質の中でも、銅は正極活物質、負極活物質及び固体電解質と反応しにくい。そのため、正極集電体層1A及び負極集電体層2Aに銅を用いると、例えばこれら層を銅のみで形成する、又は銅を主成分として形成すると、全固体リチウムイオン二次電池10の内部抵抗を低減できる。なお、正極集電体層1Aと負極集電体層2Aを構成する物質は、同一でもよいし、異なってもよい。
【0052】
正極活物質層1Bは、正極集電体層1Aの片面又は両面に形成される。例えば、正極層1と負極層2のうち、積層体4の積層方向の最上層に正極層1が形成されている場合、最上層に位置する正極層1の上には対向する負極層2が無い。そのため、最上層に位置する正極層1において正極活物質層1Bは、積層方向下側の片面のみにあればよい。
【0053】
負極活物質層2Bも正極活物質層1Bと同様に、負極集電体層2Aの片面又は両面に形成される。例えば、正極層1と負極層2のうち、積層体4の積層方向の最下層に負極層2が形成されている場合、最下層に位置する負極層2において負極活物質層2Bは、積層方向上側の片面のみにあればよい。
【0054】
正極活物質層1B及び負極活物質層2Bは、電子を授受する正極活物質及び負極活物質をそれぞれ含む。この他、必要に応じて、導電助剤や結着剤等を含んでもよい。正極活物質及び負極活物質は、リチウムイオンを効率的に挿入、脱離できることが好ましい。
【0055】
正極活物質及び負極活物質には、例えば、遷移金属酸化物や、遷移金属複合酸化物を用いることが好ましい。具体的には、リチウムマンガン複合酸化物Li2MnaMa1-aO3(0.8≦a≦1、Ma=Co、Ni)、コバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、リチウムマンガンスピネル(LiMn2O4)、一般式:LiNixCoyMnzO2(x+y+z=1、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1)で表される複合金属酸化物、リチウムバナジウム化合物(LiV2O5)、オリビン型LiMbPO4(ただし、Mbは、Co、Ni、Mn、Fe、Mg、Nb、Ti、Al、Zrより選ばれる1種類以上の元素)、リン酸バナジウムリチウム(Li3V2(PO4)3又はLiVOPO4)、Li2MnO3-LiMcO2(Mc=Mn、Co、Ni)で表されるLi過剰系固溶体、チタン酸リチウム(Li4Ti5O12)、LisNitCouAlvO2(0.9<s<1.3、0.9<t+u+v<1.1)で表される複合金属酸化物等を用いることができる。
【0056】
正極活物質層1B又は負極活物質層2Bを構成する活物質には明確な区別がない。2種類の化合物の電位を比較して、決めることができる。例えば、より貴な電位を示す化合物を正極活物質として用い、より卑な電位を示す化合物を負極活物質として用いることができる。
【0057】
また、正極集電体層1A及び負極集電体層2Aは、それぞれ正極活物質及び負極活物質を含んでもよい。それぞれの集電体層に含まれる活物質の含有比は、集電体として機能する限り特に限定はされない。すなわち集電体に含まれる活物質の量は任意に選択できる。例えば、正極集電体/正極活物質、又は負極集電体/負極活物質が体積比率で90/10から70/30の範囲であることが好ましい。なお前記正極集電体と負極集電体の体積は、活物質以外の集電体材料の体積を意味する。
【0058】
正極集電体層1A及び負極集電体層2Aが、正極活物質又は負極活物質をそれぞれ含むことにより、正極集電体層1Aと正極活物質層1B及び負極集電体層2Aと負極活物質層2Bとの密着性が向上する。
【0059】
(端子電極)
端子電極5,6は、
図1に示すように、積層体4の側面(正極層1および負極層2の端面の露出面)に接して形成されている。端子電極5,6は外部端子に接続されて、積層体4への電子の授受を担う。
【0060】
端子電極5,6には、電子伝導率が大きい材料を用いることが好ましい。例えば、銀、金、プラチナ、アルミニウム、銅、スズ、ニッケル、ガリウム、インジウム、およびこれらの合金などを用いることができる。
【0061】
「全固体リチウムイオン二次電池の製造方法」
(固体電解質の製造方法)
固体電解質3は任意に選択される方法、例えば、固相反応法等を用いて作製できる。具体的には、基本骨格を構成するリン、ジルコニウムを含む化合物と、置換する元素を含む化合物を、混合、焼成することで、固体電解質3を作製できる。置換する元素の置換量、及び置換サイト等は、混合時のモル比を調整することで制御できる。
【0062】
固体電解質3の組成は、蛍光X線分析(XRF)または高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP)を用いて確認できる。また固体電解質3が菱面体晶を維持しているかは、X線構造回折(XRD)により確認できる。
【0063】
(積層体の形成)
積層体4を形成する方法としては、任意の方法を選択でき、例えば、同時焼成法を用いてもよいし、逐次焼成法を用いてもよい。
【0064】
同時焼成法は、各層を形成する材料を積層した後、一括焼成により積層体を作製する方法である。逐次焼成法は、各層を順に作製する方法であり、各層を作製する毎に焼成工程を行う方法である。同時焼成法を用いた方が、逐次焼成法を用いる場合と比較して、少ない作業工程で積層体4を形成できる。また、同時焼成法を用いた方が、逐次焼成法を用いる場合と比較して、得られる積層体4が緻密になる。以下、同時焼成法を用いて積層体4を製造する場合を例に挙げて説明する。
【0065】
同時焼成法は、積層体4を構成する各材料のペーストを作成する工程と、各ペーストを塗布乾燥して複数のグリーンシートを作製する工程と、グリーンシートを積層して積層シートとし、これを同時焼成する工程とを有する。
まず、積層体4を構成する正極集電体層1A、正極活物質層1B、固体電解質3、負極活物質層2B、及び負極集電体層2Aの各材料をペースト化する。
【0066】
各材料をペースト化する方法は、特に限定されない。例えば、ビヒクルに各材料の粉末を混合してペーストが得られる。ここで、ビヒクルとは、液相における媒質の総称である。ビヒクルには、溶媒、及びバインダーが好ましく含まれる。
前記方法により、正極集電体層1A用のペースト、正極活物質層1B用のペースト、固体電解質3用のペースト、負極活物質層2B用のペースト、及び負極集電体層2A用のペーストを作製する。
【0067】
次いで、グリーンシートを作成する。グリーンシートは、作製したペーストをPET(ポリエチレンテレフタラート)フィルムなどの基材上に塗布し、必要に応じ乾燥させた後、基材をシートから剥離して得られる。ペーストの塗布方法は、特に限定されない。例えば、スクリーン印刷、塗布、転写、及びドクターブレード等の公知の方法を採用できる。
【0068】
次に、作製したそれぞれのグリーンシートを、所望の順序、積層数で積み重ね、積層シートとする。グリーンシートを積層する際には、必要に応じアライメント、及び切断等を行う。例えば、並列型又は直並列型の電池を作製する場合には、正極集電体層の端面と負極集電体層の端面が一致しないようにアライメントを行い、グリーンシートを積み重ねることが好ましい。
【0069】
積層シートは、以下に説明する正極活物質層ユニット及び負極活物質層ユニットを別々に作製し、これを積層する方法を用いて作製してもよい。正極活物質層ユニットと負極活物質層ユニットは同じ形状やサイズであっても良いし、異なる形状やサイズであっても良い。
まず、PETフィルムなどの基材上に、固体電解質3用ペーストをドクターブレード法により塗布し、乾燥して、シート状の固体電解質3を形成する。次に、固体電解質3上に、スクリーン印刷により正極活物質層1B用ペーストを印刷して乾燥し、正極活物質層1Bを形成する。次いで、正極活物質層1B上に、スクリーン印刷により正極集電体層1A用ペーストを印刷して乾燥し、正極集電体層1Aを形成する。さらに、正極集電体層1A上に、スクリーン印刷により正極活物質層1B用ペーストを印刷して乾燥し、正極活物質層1Bを形成する。
【0070】
その後、PETフィルムを剥離することで正極活物質層ユニットが得られる。正極活物質層ユニットは、固体電解質3/正極活物質層1B/正極集電体層1A/正極活物質層1Bがこの順で積層された積層シートである。
同様の手順にて、負極活物質層ユニットを作製する。負極活物質層ユニットは、固体電解質3/負極活物質層2B/負極集電体層2A/負極活物質層2Bがこの順に積層された積層シートである。
【0071】
次に、一枚の正極活物質層ユニットと一枚の負極活物質層ユニット一枚とを積層する。この際、正極活物質層ユニットの固体電解質3と負極活物質層ユニットの負極活物質層2B、もしくは正極活物質層ユニットの正極活物質層1Bと負極活物質層ユニットの固体電解質3とが接するように積層する。これによって、正極活物質層1B/正極集電体層1A/正極活物質層1B/固体電解質3/負極活物質層2B/負極集電体層2A/負極活物質層2B/固体電解質3がこの順で積層された積層シートが得られる。
【0072】
なお、正極活物質層ユニットと負極活物質層ユニットとを積層する際には、正極活物質層ユニットの正極集電体層1Aが一の端面にのみ延出し、負極活物質層ユニットの負極集電体層2Aが他の面にのみ延出するように、各ユニットをずらして積み重ねる。その後、ユニットを交互に積み重ねた積層体の固体電解質3が表面に存在しない側の面に、別途用意した所定厚みの固体電解質3用シートをさらに積み重ね、積層シートとする。
【0073】
次に、作製した積層シートを一括して圧着する。圧着は、加熱しながら行うことが好ましい。圧着時の加熱温度は任意に選択できるが、例えば、40~95℃とする。
次に、圧着した積層シートを、例えば、窒素、水素および水蒸気雰囲気下で500℃~750℃に加熱し脱バインダーを行う。その後、一括して同時焼成し、焼結体からなる積層体4とする。積層シートの焼成は、例えば、窒素、水素および水蒸気雰囲気下で、600℃~1000℃に加熱することにより行う。焼成時間は、例えば、0.1~3時間とする。
【0074】
前記焼結体から成る積層体4において、活物質および固体電解質の相対密度が80%以上であってもよい。相対密度が高い方が結晶内のリチウムイオン拡散パスがつながりやすくなり、イオン伝導性が向上する。
【0075】
前記焼結体から成る積層体4において、電極層と固体電解質層の間に、元素の相互拡散によって形成される中間層を含んでいても良い。中間層を含むことにより、異物質間の界面抵抗を低減させることができる。
【0076】
前記焼結体から成る積層体4において、電極層に、金属イオン濃度または酸素イオン濃度の異なるコア領域とシェル領域を有するコアシェル構造を有していても良い。コアシェル構造を有することにより、電子伝導率を向上させることができる。
【0077】
得られた焼結体(積層体4)は、アルミナなどの研磨材とともに円筒型の容器に入れて、バレル研磨してもよい。これにより積層体4の角の面取りをすることができる。そのほかの方法として、積層体4をサンドブラストにて研磨しても良い。この方法では特定の部分のみを削ることができるため好ましい。
なお本発明において、正極層、負極層、及び正極層と前記負極層とに挟まれた前記固体電解質の組み合わせは、相対密度が80%以上であることが好ましい。85%以上であっても、90%以上であっても、95%以上であっても良い。相対密度は、理論密度に対する実測密度の比率を(%)で示した値である。原料が完全に緻密化した状態の時の密度を理論密度としてもよい。測定方法は任意の方法を使用でき、例えば重量や体積を測定し、寸法法やアルキメデス法で相対密度を得ても良い。
【0078】
上記の手順で作製された積層体4の端部に、端子電極5,6を形成することで、全固体リチウムイオン二次電池を作製できる。端子電極5,6はスパッタリング等の手段で作製できる。
【0079】
上述のように、本実施形態にかかる全固体リチウムイオン二次電池は、イオン伝導性が高く、かつ、容量が大きい。イオン伝導性については固体電解質3がイオン伝導率の高い菱面体晶を維持するため高く維持され、放電容量は固体電解質3が電子的な絶縁性を維持することで自己放電を抑制できるため大きくなる。
【0080】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述した。上述したように、各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨から逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、及びその他の変更が可能である。
【実施例】
【0081】
「充放電時の固体電解質の特性変化」
図2A~2D及び
図3A~3Dに示すように、組成式当たりのLi数を変化させた際の固体電解質の特性を、固体電解質の電位、固体電解質のHOMO-LUMOギャップ、及び固体電解質を構成する元素の価数変化を測定することで、確認した。この測定結果は、全固体リチウムイオン二次電池を充放電した際の固体電解質の特性変化に対応する。これらの電子状態は、実験的手法によれば、組成を変えながらUV-Visスペクトルまたは紫外線光電子分光法(UPS)と逆光電子分光(IPES)によって系統的に調べることにより測定できる。シミュレーションによれば、Vienna Ab initio Simulation Package(VASP)、wien2k、PHASE、CASTEP等を用いた第一原理シミュレーションにより測定できる。今回は、Vienna Ab initio Simulation Package(VASP)を用いた第一原理シミュレーションによって測定した。
【0082】
(実施例1-1)
実施例1-1では、LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をニッケルに置換したLi
1+0.5xNi
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の特性変化を測定した。その結果が、
図6A~6Dである。
図6A~6Dにおいて、
図6Aは組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を示す図である。
図6Bは組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを示す図である。
図6Cは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びニッケルの価数変化を示す図である。
図6Dは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を示す図である。
【0083】
図6Bに示すように、ジルコニウムの一部をニッケルに置換した場合も、Li数が1.6付近から2.8付近の範囲で、固体電解質は電子的な絶縁性を維持した。このことは、
図6C及び6Dに示すジルコニウム及び酸素の価数が、Li数の変動に対して大きく変化しないことからも確認できる。
【0084】
(実施例1-2)
実施例1-2では、LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をバナジウムに置換したLi
1+0.5xV
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の特性変化を測定した。その結果が、
図7A~7Dである。
図7A~7Dにおいて、
図7Aは組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を示す図である。
図7Bは組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを示す図である。
図7Cは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びバナジウムの価数変化を示す図である。
図7DはLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を示す図である。
【0085】
図7Bに示すように、ジルコニウムの一部をバナジウムに置換した場合も、Li数が0.2付近から2.3付近の広い範囲で、固体電解質は電子的な絶縁性を維持した。このことは、
図7C及び7Dに示すジルコニウム及び酸素の価数が、Li数の変動に対して大きく変化しないことからも確認できる。
【0086】
(実施例1-3)
実施例1-3では、LiZr
2(PO
4)
3のジルコニウムの一部をタンタルに置換したLi
1+0.5xTa
0.5Zr
1.5(PO
4)
3の特性変化を測定した。その結果が、
図8A~8Dである。
図8A~8Dにおいて、
図8Aは組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を示す図である。
図8Bは組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを示す図である。
図8Cは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びタンタルの価数変化を示す図である。
図8Dは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を示す図である。
【0087】
図8Dに示すように、ジルコニウムの一部をタンタルに置換した場合も、Li数が0.1付近から1.7付近の範囲で、固体電解質は電子的な絶縁性を維持した。このことは、
図8C及び8Dに示すジルコニウム及び酸素の価数が、Li数の変動に対して大きく変化しないことからも確認できる。
【0088】
(実施例1-4)
実施例1-4では、LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をタングステンに置換したLi
1+0.5xZr
2W
0.5P
2.5O
12の特性変化を測定した。その結果が、
図9である。
図9A~9Dにおいて、
図9Aは組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を示す図である。
図9Bは組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを示す図である。
図9Cは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びタングステンの価数変化を示す図である。
図9Dは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を示す図である。
【0089】
図9Bに示すように、リンの一部をタングステンに置換した場合も、Li数が0.2付近から3.8付近の範囲で、固体電解質は電子的な絶縁性を維持した。このことは、
図9C及び9Dに示すジルコニウム及び酸素の価数が、Li数の変動に対して大きく変化しないことからも確認できる。
【0090】
(実施例1-5)
実施例1-5では、LiZr
2(PO
4)
3のリンの一部をマンガンに置換したLi
1+0.5xZr
2Mn
0.5P
2.5O
12の特性変化を測定した。その結果が、
図10A~10Dである。
図10A~10Dにおいて、
図10Aは組成式あたりのLi数が変化した際の電位の変化を示す図である。
図10Bは組成式あたりのLi数に対する固体電解質のHOMO-LUMOギャップの大きさを示す図である。
図10Cは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成するジルコニウム及びマンガンの価数変化を示す図である。
図10Dは組成式あたりのLi数が変化した際の固体電解質を構成する酸素の価数変化を示す図である。
【0091】
図10Bに示すように、リンの一部をマンガンに置換した場合も、Li数が0付近から2.3付近の範囲で、固体電解質は電子的な絶縁性を維持した。このことは、
図10C及び10Dに示すジルコニウム及び酸素の価数が、Li数の変動に対して大きく変化しないことからも確認できる。
【0092】
上述のように、LiZr
2(PO
4)
3のリン又はジルコニウムの一部を価数が変化することができる元素で置換すると、
図2A~2Dに示す価数変化しにくい元素で置換した場合と異なり、いずれの場合も固体電解質はLi数が大きく変動しても広い範囲で電子的な絶縁性を維持することができた。
【0093】
「固体電解質のバンド構造」
上述のように実施例1-1~実施例1-5に示す固体電解質は、いずれもLi数が変化しても広い範囲で電子的な絶縁性を維持できる。一方で、それぞれの物質ごとで、固体電解質が電子的な絶縁性を維持できる組成式あたりのLi数の範囲が異なっている。この違いを検討するために、Vienna Ab initio Simulation Package(VASP)を用いて、LiZr2(PO4)3のジルコニウム又はリンの一部を、置換元素で置換することで、置換元素の何倍分の非占有不純物準位及び占有不純物準位が、バンドギャップ間に形成されるかを、測定した。その結果を表1及び表2に示す。
【0094】
また同時に、置換により固体電解質の基本骨格を形成する酸素準位が、置換される元素の何倍分で、酸化されるかも測定した。固体電解質の基本骨格を形成する酸素準位が酸化された場合、固体電解質中の電子数を増やす必要が生じ、組成式あたりのLi数が少ない場合は電子的な絶縁性を失ってしまう。
【0095】
【0096】
【0097】
上記表1及び表2の結果において、実施例1-1は実施例2-7、実施例1-2は実施例2-2、実施例1-3は実施例2-12、実施例1-4は実施例2-20、実施例1-5は実施例2-23に対応し、
図2A~2Dに示すCaで置換した例は比較例2-1に、
図3A~3Dに示すジルコニウムをマンガンに置換した例は実施例2-4に対応する。
【0098】
上記表1及び表2の結果と、実施例1-1~実施例1-5と、
図2A~2D及び
図3A~3Dの結果を照らし合わせると、固体電解質への占有不純物準位及び非占有不純物準位の導入量が多くなると、組成式当たりのLi数が大きく変動しても、固体電解質が電子的な絶縁性を維持できる傾向にあった。
【0099】
「固体電解質の実測」
上述の結果はシミュレーションの結果であるため、実際に固体電解質を作製し、固体電解質のイオン伝導率及び電子伝導率を実測した。また実際に全固体リチウムイオン二次電池を作製し、その容量を測定した。その結果を表3及び4に示す。
【0100】
実施例3-1~3-16にかかる固体電解質は、LixM1yZr2-yWzP3-zO12で表記される。M1はMn又はNiの少なくとも一方である。表におけるyMnはMnの含有量であり、yNiはNiの含有量である。x、y、zは、表3と4に示される。一方で、比較例3-1にかかる固体電解質はLixZr(PO3)4であり、比較例3-2にかかる固体電解質はLixCayZr2-y(PO3)4である。
【0101】
【0102】
【0103】
イオン伝導率は、固体電解質の焼結体を作製し、Ptスパッタにより焼結体に電極を形成し、交流インピーダンス測定により求めた。交流インピーダンス測定は、印加電圧振幅を10mVとし、測定周波数を0.01Hz~1MHzとした。交流インピーダンス測定により得られるナイキストプロットから室温におけるLiイオン伝導率を求めた。
【0104】
電子伝導率は、固体電解質の焼結体を作製して求めた。作製した焼結体に電圧を1V印加した際に流れる電流値を測定し、直流抵抗を求め、電子伝導率を算出した。
【0105】
全固体リチウムイオン二次電池を実際に作製し、充放電試験を行った。測定条件は、充電及び放電時の電流はいずれも2.0μA、充電時及び放電時のカットオフ電圧をそれぞれ4.0V及び0Vとし、放電容量を記録した。全固体リチウムイオン二次電池は、固体電解質3/正極活物質層1B/正極集電体層1A/正極活物質層1B/固体電解質3/負極活物質層2B/負極集電体層2A/負極活物質層2B/固体電解質3をこの順で積層し、同時焼成法により作製した。正極集電体層及び負極集電体層はCuとし、正極活物質層及び負極活物質層はどちらもLi3V2(PO4)3とした。
【0106】
表3に示すように、LixZr2(PO3)4の一部を元素置換した固体電解質(実施例3-1~3-16、及び比較例3-2)は、室温で菱面体晶構造を維持し、高いイオン伝導性を示した。また置換元素を価数が変化できる元素(実施例3-1~3-16)とすることで、全固体リチウムイオン二次電池の放電容量が大きくなった。全固体リチウムイオン二次電池を構成する固体電解質が電子的な絶縁性を維持し、全固体リチウムイオン二次電池の自己放電が抑制されたためと考えられる。この結果は、シミュレーションの結果とよく対応している。
【産業上の利用可能性】
【0107】
イオン伝導性の高い結晶構造を維持し、Li量が変動した際にも電子的な絶縁性を維持できる固体電解質を提供する。
【符号の説明】
【0108】
1 正極層
1A 正極集電体層
1B 正極活物質層
2 負極層
2A 負極集電体層
2B 負極活物質層
3 固体電解質
3a 非占有不純物準位
3b 占有不純物準位
4 積層体
5,6 端子電極
10 全固体リチウムイオン二次電池
C 伝導帯
L0 位置0
L1 位置1
L2 位置2
L1’位置1’
L2’位置2’
LUMO 最低非占有軌道
HOMO 最高占有軌道
V 価電子帯