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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-14
(45)【発行日】2022-03-23
(54)【発明の名称】イメージング質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20220315BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20220315BHJP
【FI】
G01N27/62 Y
H01J49/00 040
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019568520
(86)(22)【出願日】2018-02-02
(86)【国際出願番号】 JP2018003600
(87)【国際公開番号】W WO2019150553
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2020-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中木村 有里子
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0131888(US,A1)
【文献】国際公開第2017/195271(WO,A1)
【文献】MCCOMBIE, Gregor,Spatial and Spectral Correlations in MALDI Mass Spectrometry Images by Clustering and Multivariate A,Analytical Chemistry,2005年10月01日,Vol.77/No.19,6118-6124
【文献】SEELEY, Erin H.,Molecular imaging of proteins in tissues by mass spectrometry,PNAS,2008年11月25日,Vol.105/No.47,18126-18131
【文献】藤吉弘亘,Gradientベースの特徴抽出-SIFTとHOG-,電子情報通信学会技術研究報告:信学技報,2007年09月,Vol.107/No.207,PP.211-224
【文献】庄野逸,局所画像特徴量~SIFT,HOGを題材に~,映像情報メディア学会誌,2013年,Vol.67/No.3,PP.256-258
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/00
H01J 49/26
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料上の2次元領域内の複数の測定点においてそれぞれ得られた質量分析データに基づいて、特定の質量電荷比を有する又は特定の質量電荷比範囲に含まれるイオンの2次元強度分布を示す質量分析イメージング画像を作成するイメージング質量分析装置であって、
a)試料上の参照画像を形成する情報を取得する参照画像情報取得部と、
b)前記参照画像との位置合わせを行うための質量分析イメージング画像を作成するための一若しくは複数の質量電荷比値又は質量電荷比範囲をユーザが指定する条件指定部と、
c)前記条件指定部によりユーザが指定した一若しくは複数の質量電荷比又は質量電荷比範囲に対応するイオンの質量分析イメージング画像を作成するとともに、該質量分析イメージング画像と前記参照画像との位置合わせを実行する位置合わせ部と、
d)前記位置合わせ部による位置合わせがなされた参照画像と、該位置合わせに使用された質量分析イメージング画像又はそれ以外の所定の質量分析イメージング画像とを重ね合わせた画像を作成する重ね合わせ処理部と、
を備えることを特徴とするイメージング質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイメージング質量分析装置であって、
前記条件指定部は、前記参照画像と位置合わせを行う質量分析イメージング画像を作成するための一若しくは複数の質量電荷比値又は質量電荷比範囲の候補を複数提示する候補提示部と、該候補提示部により提示された複数の候補のうちの一つをユーザが選択するための選択指示部と、を含むことを特徴とするイメージング質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載のイメージング質量分析装置であって、
イオンの2次元強度分布が明瞭に観察可能である質量分析イメージング画像を画像解析により探索する画像探索部をさらに備え、
前記候補提示部は、前記画像探索部による探索の結果得られた一又は複数の質量分析イメージング画像の質量電荷比を候補として提示することを特徴とするイメージング質量分析装置。
【請求項4】
請求項3に記載のイメージング質量分析装置であって、
前記画像探索部は、質量分析イメージング画像を構成する画像データから画像の情報量又は特徴量を計算し、該情報量が大きい画像を与える質量電荷比又は該特徴量が前記参照画像の特徴量に類似している画像を与える質量電荷比を候補として選択することを特徴とするイメージング質量分析装置。
【請求項5】
請求項4に記載のイメージング質量分析装置であって、
前記画像の情報量は画像のエントロピー又はエッジの量のいずれかであることを特徴とするイメージング質量分析装置。
【請求項6】
請求項4に記載のイメージング質量分析装置であって、
前記画像の特徴量はSIFT、SURF、Haar-like、又はHOGのいずれかであることを特徴とするイメージング質量分析装置。
【請求項7】
請求項2に記載のイメージング質量分析装置であって、
試料の種類についての情報をユーザが入力する試料情報入力部と、
試料の種類と対応付けて、該試料の種類において観測される特定の一又は複数の化合物についての質量電荷比を記憶しておく質量電荷比情報記憶部と、
をさらに備え、前記候補提示部は、前記試料情報入力部によりユーザが入力した試料の種類に対応する質量電荷比を前記質量電荷比情報記憶部から取得し、それを候補として提示することを特徴とするイメージング質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料上の2次元領域内の多数の測定点それぞれについてマススペクトルデータを取得することが可能であるイメージング質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析イメージング法は、生体組織切片などの試料の2次元領域内の複数の測定点(微小領域)に対しそれぞれ質量分析を行うことにより、特定の質量を有する物質の空間分布を調べる手法であり、創薬やバイオマーカ探索、各種疾病・疾患の原因究明などへの応用が進められている。質量分析イメージングを実施するための質量分析装置は一般にイメージング質量分析装置と呼ばれている。
【0003】
イメージング質量分析装置では一般に、試料上の各測定点について所定の質量電荷比(m/z)範囲に亘るマススペクトルデータ(nが2以上であるMSnスペクトルデータを含む)が得られる。そして、観察したい化合物分子の質量電荷比をユーザが指定すると、その指定された質量電荷比に対応する各測定点の信号強度が抽出され、その強度をグレイスケールやカラースケールに従って可視化して各測定点の位置に対応付けた2次元画像(MSイメージング画像)が作成され、表示部の画面上に表示される。
【0004】
近年、こうしたイメージング質量分析装置を利用し、生体組織切片等を対象とした薬物動態解析や各器官での化合物分布の相違、或いは、癌等の病理部位と正常部位との間での化合物分布の差異などを解析する研究が盛んに行われている。こうした解析の際には一般的に、MSイメージング画像上でユーザが 複数の関心領域(ROI)を設定し、その複数の関心領域の間での、或いは異なる試料同士の同じ関心領域についての平均信号強度などを比較する作業が行われる。しかしながら、MSイメージング画像では生体組織の内部構造を明瞭に観察できないことも多いため、MSイメージング画像上で適切な関心領域を設定することは必ずしも容易ではない。
そのため、関心領域を的確に設定するためには、試料切片の光学顕微鏡画像や染色画像、蛍光顕微鏡画像などの、生体組織の内部構造が明瞭に観察可能な画像(以下、こうした画像をまとめて「参照画像」という)と目的とする化合物の分布が範囲されているMSイメージング画像とを重ね合わせた画像のほうが都合がよい。
【0005】
非特許文献1に記載されているような、光学顕微鏡が一体に組み込まれているイメージング質量分析装置において、或る試料について光学顕微鏡により光学顕微画像を撮影したあとに引き続いて同じ試料についてイメージング質量分析が行われるような場合、つまり試料が装置から取り出されることがない場合には、光学顕微画像とMSイメージング画像とで試料上の位置と画像上での位置との対応関係が確保できる。つまり、二つの画像上での任意の同じ位置の画素における情報は、試料上での同じ位置についての情報であることが保証される。そのため、基本的には、光学顕微画像とMSイメージング画像とをそのまま重ね合わせることができる。
【0006】
しかしながら、イメージング質量分析装置で取得したMSイメージング画像とそのイメージング質量分析装置とは別体である光学顕微鏡や蛍光顕微鏡などで撮影した参照画像とを重ね合わせる場合や、イメージング質量分析装置に組み込まれている光学顕微鏡で試料の光学顕微画像等を撮影したあとに該試料を一旦取り出して何らかの処理を行ったあと装置に戻してイメージング質量分析を行ったような場合には、光学顕微画像とMSイメージング画像とで試料上の位置と画像上での位置との対応関係が異なることがある。その場合、光学顕微画像とMSイメージング画像とをそのまま重ね合わせることはできず、少なくとも一方の画像について移動、回転、変形(拡大・縮小)、トリミングなどの位置合わせのための画像処理を行ったうえで、重ね合わせを行う必要がある。こうした位置合わせのための画像処理については、例えば特許文献1~3等に開示されている。また、生体由来の試料切片についての光学顕微画像とMSイメージング画像との位置合わせを自動で行ったうえで重ね合わせることの具体的な試みについては非特許文献2に開示されている。
【0007】
参照画像とMSイメージング画像とを正確に位置合わせするには、参照画像とMSイメージング画像に現れている化合物の2次元分布とができるだけ類似していることが望ましい。そのためには、画像重ね合わせの際の位置合わせに利用するMSイメージング画像として適切であるm/z値のMSイメージング画像を選択する必要がある。どのようなm/z値のMSイメージング画像上の2次元分布パターンが参照画像に近いのかをユーザ(解析者)が事前に知っている場合もあるが、一般的には、そうした事前の知識や情報が全くない場合が多い。
【0008】
その場合、通常、特定のm/z値におけるMSイメージング画像の代わりに、全てのm/z値のイオン強度を積算したTIC(Total Ion Count又はTotal Ion Current)のMSイメージング画像が用いられる。しかしながら、TICは特異的な分布を示さない化合物由来のイオンの強度も含むため、夾雑成分が多い場合などには試料の内部構造が反映されたようなMSイメージング画像しか得られず、参照画像との位置合わせに適さないことがある。
【0009】
一方、TICのMSイメージング画像を使用せず、解析者が適当に選んだ複数のm/z値のMSイメージング画像を表示画面上で目視で確認し、最も適切だと判断したMSイメージング画像を使用して参照画像との位置合わせを行う方法が採られることもある。しかしながら、こうした方法は非常に手間が掛かり効率的でないうえに、解析者の経験や技量に依存するので実施可能な者が限られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2009-25275号公報
【文献】国際公開第2017/002226号
【文献】特開2013-257282号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】「iMScope TRIO イメージング質量顕微鏡 光学画像・MSイメージング質量分析の重ね合わせ」、[online]、[平成29年3月29日検索]、株式会社島津製作所、インターネット<URL: http://www.an.shimadzu.co.jp/bio/imscope/overlay.htm>
【文献】「オートマティック・ジェネリック・レジストレーション・オブ・マス・スペクトロメトリー・イメージング・データ・トゥー・ヒストロジー・ユージング・ノンリニア・ストーカスティック・エンベディング(Automatic Generic Registration of Mass Spectrometry Imaging Data to Histology Using Nonlinear Stochastic Embedding)」、アナリティカル・ケミストリー(Analytical chemistry)、2014年、Vol. 86、pp. 9204-9211
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その主たる目的は、参照画像とMSイメージング画像との重ね合わせのために両画像の位置合わせを行う際に、その位置合わせに適切であるMSイメージング画像を作成するためのm/z値又はm/z値範囲をユーザが容易に指定したり選択したりすることができるイメージング質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料上の2次元領域内の複数の測定点においてそれぞれ得られた質量分析データに基づいて、特定の質量電荷比を有する又は特定の質量電荷比範囲に含まれるイオンの2次元強度分布を示す質量分析イメージング画像を作成するイメージング質量分析装置であって、
a)試料上の参照画像を形成する情報を取得する参照画像情報取得部と、
b)前記参照画像との位置合わせを行うための質量分析イメージング画像を作成するための一若しくは複数の質量電荷比値又は質量電荷比範囲をユーザが指定する条件指定部と、
c)前記条件指定部によりユーザが指定した一若しくは複数の質量電荷比又は質量電荷比範囲に対応するイオンの質量分析イメージング画像を作成するとともに、該質量分析イメージング画像と前記参照画像との位置合わせを実行する位置合わせ部と、
d)前記位置合わせ部による位置合わせがなされた参照画像と、該位置合わせに使用された質量分析イメージング画像又はそれ以外の所定の質量分析イメージング画像とを重ね合わせた画像を作成する重ね合わせ処理部と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
上記「参照画像」とは、上述したように試料が例えばマウスの肝臓、脾臓、脳などの器官(臓器)の切片などである場合、その生体組織の内部構造が明瞭に観察可能な画像であり、例えば単純な光学顕微鏡画像、光学顕微鏡による染色画像、蛍光顕微鏡画像、位相差顕微画像、デジタルホログラフィック顕微画像などである。こうした参照画像を取得する顕微鏡自体は本発明に係るイメージング質量分析装置に含まれていてもいなくてもよく、含まれていない場合、上記「参照画像情報取得部」は、本発明に係るイメージング質量分析装置には含まれない顕微鏡等で撮影された画像を構成するデータを読み込む手段又は読み込んで記憶部に格納されたデータを該記憶部から読み出す手段である。
【0015】
本発明に係るイメージング質量分析装置において、条件指定部は例えば、参照画像と位置合わせを行う質量分析イメージング画像の質量電荷比値の入力をユーザに促すような表示を表示部の画面上に表示する。参照画像上で観測される模様や異なる組織の境界などのパターンと2次元分布が類似している化合物の種類などをユーザが事前に知っている場合には、ユーザはその化合物分子に対応する質量電荷比値を例えば表示されているテキストボックス中に入力する、又は、化合物名と質量電荷比とが対応付けられている化合物一覧表から適宜の化合物名を選択すればよい。なお、質量電荷比値を入力する際には、一つだけでなく複数入力できるようにしてもよいし、上限と下限とを入力することで任意の質量電荷比範囲を指定できるようにしてもよい。
【0016】
こうしてユーザにより質量電荷比や質量電荷比範囲が指定される、又は、指定された化合物に応じて質量電荷比が決まると、位置合わせ部は、特定された質量電荷比を有する又は質量電荷比範囲に含まれるイオンの強度情報を抽出し、その2次元分布を反映した質量分析イメージング画像を作成する。そして、作成された質量分析イメージング画像と参照画像とについて、試料上の同じ部位についての画像の重ね合わせが可能であるように位置合わせを行う。
【0017】
上述したように「位置合わせ」は、画像の移動、回転、変形(拡大・縮小)、トリミングなどの画像処理を含むが、もちろん、当初から位置が合っている場合もあるから、必ずしも何らかの処理が行われるとは限らない。また、作成された質量分析イメージング画像と参照画像との位置合わせを行ったあとに両画像を重ね合わせる処理を実行してもよいが、実際に参照画像との重ね合わせが行われる質量分析イメージング画像は位置合わせに使用された質量分析イメージング画像でなくてもよい。
即ち、条件指定部により指定される質量電荷比値や質量電荷比範囲は、あくまでも位置合わせに適切である質量分析イメージング画像を作成するための質量電荷比値や質量電荷比範囲であり、参照画像と重ね合わせた重ね合わせ画像を得るための質量分析イメージング画像を作成する質量電荷比値や質量電荷比範囲であるとは限らない。
【0018】
一方、参照画像上のパターンと2次元分布が類似している化合物の種類などの事前知識をユーザが持っていない場合、ユーザが適切な質量電荷比値を数値入力したり化合物名を指定したりすることは困難である。
そこで、本発明に係るイメージング質量分析装置において、好ましくは、前記条件指定部は、前記参照画像と位置合わせを行う質量分析イメージング画像を作成するための一若しくは複数の質量電荷比値又は質量電荷比範囲の候補を複数提示する候補提示部と、該候補提示部により提示された複数の候補のうちの一つをユーザが選択するための選択指示部と、を含む構成とするとよい。
【0019】
この構成において条件指定部は、質量電荷比値の入力をユーザに促すような表示を行うだけでなく又はそうした表示を行う代わりに、候補提示部が、一若しくは複数の質量電荷比値又は質量電荷比範囲の候補を、ユーザが選択可能な形式例えばメニューリストやプルダウンリスト等の形式で以て、表示部の画面上に表示する。ユーザは提示された候補の中で適当だと推定されるものを選択指示部により選択指示する。
これにより、ユーザの事前知識が乏しくても、適切な位置合わせが可能である可能性が高い質量分析イメージング画像を作成するための質量電荷比値や質量電荷比範囲を選ぶことが可能となる。
【0020】
また、本発明に係る上記構成のイメージング質量分析装置の一実施態様として、
イオンの2次元強度分布が明瞭に観察可能である質量分析イメージング画像を画像解析により探索する画像探索部をさらに備え、
前記候補提示部は、前記画像探索部による探索の結果得られた一又は複数の質量分析イメージング画像の質量電荷比を候補として提示する構成とすることができる。
【0021】
なお、上記画像探索部では、質量分析イメージング画像を構成する画像データから画像の情報量又は特徴量を計算し、該情報量が大きい画像を与える質量電荷比又は該特徴量が前記参照画像の特徴量に類似している画像を与える質量電荷比を候補として選択する構成とすることができる。
【0022】
ここで利用することができる画像の情報量とは、例えばエントロピー、エッジの量などである。また、ここで利用することができる画像の特徴量とは、SIFT(Scale-Invariant Feature Transform)、SURF(Speeded Up Robust Features)、Haar-like、HOG(Histograms of Oriented Gradient)など、顔認識などに一般的に使用されているものである。
【0023】
この構成によれば、参照画像と画像パターンが類似した質量分析イメージング画像を作成するための質量電荷比値が候補として提示されるので、ユーザが試料に関する事前の知識を何ら持たない場合であっても、位置合わせに適切である可能性が高い質量電荷比値や質量電荷比範囲を的確に選ぶことが可能となる。
【0024】
また、本発明に係る上記構成のイメージング質量分析装置の別の実施態様として、
試料の種類についての情報をユーザが入力する試料情報入力部と、
試料の種類と対応付けて、該試料の種類において観測される特定の一又は複数の化合物についての質量電荷比を記憶しておく質量電荷比情報記憶部と、
をさらに備え、
前記候補提示部は、前記試料情報入力部によりユーザが入力した試料の種類に対応する質量電荷比を前記質量電荷比情報記憶部から取得し、それを候補として提示する構成としてもよい。
【0025】
上記「試料の種類」とは、例えば生体組織の切片が試料であれば、マウスの脳、マウスの肝臓、ヒトの肝臓など、生物(動物)の種類と組織、器官、臓器の名称などが考えられる。こうした試料の種類が特定されたとき、その試料に含まれる特徴的な化合物の種類等は事前に調べておくことができるから、或る程度既知である。そこで、そうした特徴的な化合物に対応する一又は複数の質量電荷比値を試料の種類に対応付けて質量電荷比情報記憶部に格納しておけばよい。こうした情報は装置の製造メーカが用意することが可能であるが、ユーザが用意してもよいことは当然である。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係るイメージング質量分析装置によれば、参照画像と質量分析イメージング画像との重ね合わせのために両画像の位置合わせを行う際に、その位置合わせに適切である質量分析イメージング画像を作成するための質量電荷比値や質量電荷比値範囲をユーザが容易に指定したり選択したりすることができる。また、ユーザ自身が適切な質量電荷比値や質量電荷比値範囲を知らなかったり、それらを導き出す情報を持っていなかったりする場合でも、装置が提示する候補から選択すればよいので、解析についての経験や技量が乏しい者であっても適切な質量電荷比値や質量電荷比値範囲を指示することが可能となる。また、ユーザ自身が質量分析イメージング画像を確認しながら位置合わせに適切かどうかを判定する必要もないので、ユーザが作業にあたる時間が短くて済み作業効率が改善される。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の一実施例であるイメージング質量分析装置の概略構成図。
図2】本実施例のイメージング質量分析装置におけるイメージング質量分析部で測定される試料上の測定領域の概念図。
図3】本実施例のイメージング質量分析装置におけるMSイメージング画像と参照画像との重ね合わせ処理の手順を示すフローチャート。
図4】本実施例のイメージング質量分析装置におけるm/z値候補選択の際の処理の説明図。
図5】参照画像とMSイメージング画像との重ね合わせ画像上でのROI設定の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明に係るイメージング質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例によるイメージング質量分析装置の概略構成図、図2は本実施例のイメージング質量分析装置におけるイメージング質量分析部で測定される試料上の測定領域の概念図である。
【0029】
本実施例のイメージング質量分析装置は、イメージング質量分析部4と、参照画像撮影部5と、データ処理部1と、操作部2と、表示部3と、を備える。操作部2及び表示部3はユーザインタフェイスである。
イメージング質量分析部4は例えばマトリクス支援レーザ脱離イオン化イオントラップ飛行時間型質量分析装置を含み、生体組織切片などの試料6上の2次元的な測定領域内の多数の測定点(微小領域)に対してそれぞれ質量分析を実行して測定点毎にマススペクトルデータを取得するものである。参照画像撮影部5は光学顕微鏡や蛍光顕微鏡、或いは位相差顕微鏡などであり、試料の光学顕微画像、染色画像、蛍光画像、位相差顕微画像などの参照画像を取得するものである。
【0030】
データ処理部1は、イメージング質量分析部4で収集された各測定点におけるマススペクトルデータ及び参照画像撮影部5による撮像によって得られた参照画像データを受けて所定の処理を行うものであり、条件設定部10、参照画像データ入力部11、MSイメージングデータ格納部12、参照画像データ格納部13、MSイメージング画像作成部14、参照画像作成部15、画像探索部16、画像重ね合わせ処理部17、表示処理部18など、を機能ブロックとして備える。条件設定部10は、m/z入力受付処理部101、m/z値候補提示部102、m/z選択指定部103、m/z値候補記憶部104を機能ブロックとして含む。
【0031】
通常、データ処理部1の実体はパーソナルコンピュータ(又はより高性能なワークステーション)であり、該コンピュータにインストールされた専用のソフトウェアを該コンピュータ上で動作させることにより、上記各ブロックの機能が達成される構成となっている。その場合、操作部2はキーボードやマウス等のポインティングデバイスであり、表示部3はディスプレイモニタである。
また、ここでは参照画像撮影部5が装置構成に含まれるため、非特許文献1に記載の装置のように光学顕微観察とイメージング質量分析とが連続的に可能である構成とすることもできるが、参照画像撮影部5はイメージング質量分析装置とは別体であってもよい。
【0032】
図2に示すように、本実施例のイメージング質量分析装置において、マウス肝臓切片等の試料6上に測定領域60が設定されると、イメージング質量分析部4はその測定領域60の範囲内の多数の測定点61についてそれぞれ質量分析を実行し、所定の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータを取得する。その結果、測定領域60内の測定点61の数に相当するマススペクトルデータの集合(これを以下「MSイメージングデータ」という)が得られ、このデータがデータ処理部1に入力されてMSイメージングデータ格納部12に格納される。
【0033】
一方、参照画像撮影部5は同じ試料(又は上記のマウス肝臓切片試料のごく近傍の別の切片試料)6についての例えば染色画像を撮影する。なお、このときに得られる染色画像の撮影範囲は、質量分析が実施される測定領域60と一致していなくてもよい。参照画像データ入力部11は参照画像撮影部5で得られた参照画像を構成する画像データを読み込み、参照画像データ格納部13に格納する。
【0034】
上述したようにMSイメージングデータ格納部12にMSイメージングデータが格納され、参照画像データ格納部13に参照画像データが格納されている状態で、データ処理部1において実行される特徴的な処理について以下に説明する。
図3は本実施例のイメージング質量分析装置におけるMSイメージング画像と参照画像との重ね合わせ処理の手順を示すフローチャートである。この画像の重ね合わせは、後述するように詳細に解析したいROIを正確に設定するために行うものである。
【0035】
ユーザ(解析者)が操作部2で所定の操作を行うと、条件設定部10は、参照画像との重ね合わせの際の位置合わせに利用したいMSイメージング画像のm/z値の候補を自動的に選択する処理を行うか否かをユーザが指定するための画面を表示部3に表示する。m/z値候補提示部102はこの画面においてユーザが候補自動選択を指定したか否かを判定する(ステップS1)。
【0036】
候補自動選択が指定されていない場合にはステップS1からS2へと進み、ユーザによる手動選択を実行する。ここで選択したいm/z値は、MSイメージング画像において試料6の内部構造つまりは生体組織の構造が明瞭に観察できるものであることが望ましい。生体試料の場合、こうした条件に適合するm/z値は、試料の種類、具体的には生物の種類と部位(器官、臓器、組織等)によって概ね決まっている。そこで、こうした試料の種類に対応付けて一又は複数の適切なm/z値をm/z値候補記憶部104に格納しておく。m/z値候補記憶部104に格納される情報は装置や測定条件に依存するものではないので、本装置の製造メーカが事前に調べてm/z値候補記憶部104に記憶させておくことができる。もちろん、m/z値候補記憶部104の情報はユーザ側で適宜に追加したり編集したりできるようにしておいてもよい。
【0037】
例えば条件設定画面内に又はポップアップされる別の画面内に、試料の種類をユーザが入力したり予め用意した多数の選択肢の中から選択指示したりする試料種類の入力欄を設ける。そして、ユーザが試料の種類を入力したり選択指示したりする(ステップS2)と、m/z値候補提示部102は指示されたその試料の種類に対応するm/z値をm/z値候補記憶部104から取得し、それを一覧形式で画面上に表示する(ステップS3)。そのあと、後述するステップS6へ進む。
【0038】
ステップS1において候補自動選択が指定されていると判定された場合には、m/z値候補を自動的に、つまりユーザの関与なく、内部のデータ処理により選択する。
図4はこの候補自動選択の際の処理の説明図である。
【0039】
即ち、MSイメージング画像作成部14は、m/z値毎に各測定点のイオン強度データをMSイメージングデータ格納部12から取得し、そのm/z値におけるイオン強度の2次元分布を示すMSイメージング画像を作成する。画像探索部16は、この多数のMSイメージング画像の中で2次元分布が明瞭に観察可能な画像を探索し、そのm/z値を求める(ステップS4)。
【0040】
具体的には、まずMSイメージング画像を構成する全ての測定点の信号強度値から任意のビン数で以てその強度値(画素値)と出現頻度(画素数)との関係を示すヒストグラムを作成する。そして画素値の出現頻度に基づいて画像の情報量を示す一つの指標であるエントロピー(平均情報量)を計算する。こうした求まったエントロピーが高いほど、画素値のヒストグラムは一様分布に近づき、2次元分布が明瞭に観察できる画像となる。一方、エントロピーが低い場合には、或るビンのみが突出したようなヒストグラムであり、画像全体の画素値が似通った値となるため2次元分布は殆ど観察できない。そこで、画像探索部16は、例えば計算されたエントロピー値が所定の閾値以上であるm/z値を選定する。或いは、エントロピー値が大きい順に所定個数のm/z値を選定するようにしてもよい。
【0041】
なお、2次元分布が明瞭に観察可能な画像を探索できさえすれば、画像解析の手法は上記記載の方法に限らない。例えば、画像のエントロピーを用いる代わりに、画像のエッジを検出してエッジの量を求め、エッジ量の多い画像のm/z値を選定してもよい。或いは、上述したSIFT、SURF、haar-like、HOGなどの画像の特徴量を用いてもよい。画像の特徴量を利用する場合には、計算した特徴量と参照画像の同種の特徴量との類似性を調べ、類似性が高い特徴量を示す画像のm/z値を選定すればよい。
そして、上記画像解析によって、一又は複数のm/z値の候補が得られたならば、m/z値候補提示部102はそれを一覧形式で画面上に表示する(ステップS5)。
【0042】
ユーザは表示された一覧表から適宜のm/z値を操作部2により指示する。m/z選択指定部103はこの指示を受けると(ステップS6でYes)、m/z値を確定させる。また、ステップS3において表示されたm/z値候補の一覧からユーザが適宜のm/z値を指示したときにも同様に、m/z値は確定する。一方、ユーザによるm/z値の選択指示がない場合には、ステップS6からS1へと戻り、上記処理を実施する。
【0043】
m/z値が確定するとMSイメージング画像作成部14は、そのm/z値に対応する各測定点のイオン強度データをMSイメージングデータ格納部12から取得し、そのm/z値におけるイオン強度の2次元分布を示すMSイメージング画像を作成する。また、参照画像作成部15は参照画像データ格納部13から読み出した画像データに基づき参照画像を作成する。そして、画像重ね合わせ処理部17は、作成されたMSイメージング画像と参照画像とについて位置合わせがなされるように一方又は両方の画像を適宜加工し、それらを重ね合わせた画像を作成する(ステップS7)。
【0044】
なお、画像パターンが類似している複数の画像の位置合わせや画像の重ね合わせに際しての具体的な処理は既知の手法を用いればよい。例えば特許文献1~3、非特許文献2などに記載の手法を利用することができるし、それ以外の方法でもよい。
【0045】
そして、ステップS7において重ね合わせ画像が作成されると、表示処理部18はその作成された画像を表示部3の画面上に表示する(ステップS8)。図5は、参照画像とMSイメージング画像との重ね合わせ画像上でのROI設定の説明図である。解析者は重ね合わせ画像が表示されると、例えばその画像上で詳細に解析したい部位をROIとして指定する。ROIが指定されると、そのROIとそれ以外の領域とは実質的に区分され、例えばROIに含まれる測定点のみの平均マスペクトルの算出等が可能である。また図5に示すように、ROIを含む拡大画像を表示することも可能である。
【0046】
図3にフローチャートで示した一連の処理は、参照画像との重ね合わせるべき或いは重ね合わせるのに適したMSイメージング画像のm/z値をユーザが事前に知らないことが前提である。どのようなm/z値のMSイメージング画像上の2次元分布が参照画像に近いのか、或いは、どんな化合物の2次元分布が参照画像に近いのか、をユーザが事前に知っている場合には、m/z値候補一覧という情報なしにユーザは適切なm/z値或いは化合物を指定することができる。
【0047】
こうした場合には、ユーザは以下の手順を作業を行えばよい。即ち、ユーザが所定の操作を行うと、m/z入力受付処理部101は所定の条件設定画面を表示部3の画面上に表示する。条件設定画面には例えば、様々な化合物とm/z値とを対応付けた化合物一覧表が配置されている。
【0048】
ユーザは事前の情報に基づいて、試料に含まれることが既知である或いは試料に含まれると推測される化合物を化合物一覧表の中からクリック操作等により選択指示する。すると、m/z入力受付処理部101はこの入力を受け付け、MSイメージング画像作成部14は指示された化合物に対応するm/z値における各測定点のイオン強度データをMSイメージングデータ格納部12から取得し、そのm/z値におけるイオン強度の2次元分布を示すMSイメージング画像を作成する。一方、参照画像作成部15は参照画像データ格納部13から読み出した画像データに基づき参照画像を作成する。そして、画像重ね合わせ処理部17は、ステップS7と同様の処理により、作成されたMSイメージング画像と参照画像とについて位置合わせがなされるように一方又は両方の画像処理を行ったうえで、それらを重ね合わせた画像を作成する。
【0049】
また、条件設定画面には例えば、参照画像との重ね合わせの際の位置合わせに利用したいMSイメージング画像のm/z値を直接入力するためのテキストボックス等の入力欄が配置され、ユーザがその入力欄にm/z値を数字で記入することでm/z値を指定できるようにしてもよい。また、一つのm/z値だけでなく、例えば一つの化合物とその同位体など、複数のm/z値を入力し、それら複数のm/z値におけるMSイメージングデータを測定点毎に加算したデータに基づくMSイメージング画像が作成されるようにしてもよい。さらには、適宜のm/z値範囲を入力し、そのm/z値範囲に含まれるMSイメージングデータ全体を測定点毎に加算したデータに基づくMSイメージング画像が作成されるようにしてもよい。
いずれにしても、この場合には、ユーザが指定したm/z値やm/z範囲、或いはユーザが指定した化合物に対応するm/z値におけるMSイメージング画像と参照画像との重ね合わせが行われ、その重ね合わせ画像上でのROIの設定が可能となる。
【0050】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0051】
1…データ処理部
10…条件設定部
101…m/z入力受付処理部
102…m/z値候補提示部
103…m/z選択指定部
104…m/z値候補記憶部
11…参照画像データ入力部
12…MSイメージングデータ格納部
13…参照画像データ格納部
14…MSイメージング画像作成部
15…参照画像作成部
16…画像探索部
17…画像重ね合わせ処理部
18…表示処理部
2…操作部
3…表示部
4…イメージング質量分析部
5…参照画像撮影部
6…試料
図1
図2
図3
図4
図5