(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-14
(45)【発行日】2022-03-23
(54)【発明の名称】溶接電源、溶接システム、溶接電源の制御方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
B23K 9/095 20060101AFI20220315BHJP
B23K 9/173 20060101ALI20220315BHJP
B23K 9/12 20060101ALI20220315BHJP
【FI】
B23K9/095 501E
B23K9/173 A
B23K9/12 305
(21)【出願番号】P 2018180184
(22)【出願日】2018-09-26
【審査請求日】2020-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100104880
【氏名又は名称】古部 次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100125346
【氏名又は名称】尾形 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100166981
【氏名又は名称】砂田 岳彦
(72)【発明者】
【氏名】中司 昇吾
(72)【発明者】
【氏名】橋本 裕志
(72)【発明者】
【氏名】北村 佳昭
(72)【発明者】
【氏名】戸田 亮
【審査官】一ノ瀬 薫
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-513779(JP,A)
【文献】国際公開第2010/146844(WO,A1)
【文献】特開昭60-180675(JP,A)
【文献】特開2010-167426(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/095
B23K 9/173
B23K 9/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給する溶接電源において、
前記ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される場合に、母材の表面との距離が周期的に変動する当該ワイヤの先端位置に応じて前記溶接電流を変化させる制御手段
を有し、
前記制御手段は、周期的に変動する前記ワイヤの先端位置が、変動範囲の上下点で規定される波高の1/2の位置よりも前記母材側に位置する場合に、
前記ワイヤの先端位置が、前記変動範囲の最下点から前記波高の1/2に達するまでの間に、前記溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を開始する、
ことを特徴とする溶接電源。
【請求項2】
前記制御手段は、前記ワイヤの送給速度の指令値に従って、前記ワイヤの先端の位置を算出する
ことを特徴とする請求項1に記載の溶接電源。
【請求項3】
前記低電流期間は、
前記ワイヤの先端が正送給される期間から逆送給される期間に切り替わる時点における当該ワイヤの先端位置から、逆送給に切り替わった当該ワイヤの送給速度の指令値が最大になる時点における当該ワイヤの先端位置までの範囲内で開始される、
ことを特徴とする請求項
1に記載の溶接電源。
【請求項4】
前記低電流期間は、
逆送給に切り替わった前記ワイヤの送給速度の指令値が最大になった
時点における当該ワイヤの先端位置から、当該ワイヤの先端が逆送給される期間から正送給される期間に切り替わる時点における当該ワイヤの先端位置までの範囲内で終了される
ことを特徴とする請求項
1に記載の溶接電源。
【請求項5】
前記低電流期間は、
前記ワイヤの先端位置が、前記波高の1/2から前記変動範囲の最上点に達するまでの間で
終了される、
ことを特徴とする請求項
1に記載の溶接電源。
【請求項6】
前記ワイヤの送給速度の指令値と実測された送給速度との位相差に基づいて前記低電流期間の開始を補正する、請求項
3に記載の溶接電源。
【請求項7】
前記ワイヤの送給速度の指令値と実測された送給速度との位相差に基づいて前記低電流期間の終了を補正する、請求項
4又は
5に記載の溶接電源。
【請求項8】
前記溶接電流は、平均値より大きい電流が流れる第1の期間と当該平均値よりも小さい電流が流れる第2の期間とが周期的に繰り返すパルス波形を有し、
低電流期間は、前記第2の期間に対応し、当該低電流期間以外は、前記第1の期間に対応する、
ことを特徴とする請求項1に記載の溶接電源。
【請求項9】
前記第2の期間の終了端と前記第1の期間の開始端との間には立ち上がり遷移期間が設けられ、
前記第1の期間の終了端と前記第2の期間の開始端との間には立ち下がり遷移期間が設けられる、
ことを特徴とする請求項
8に記載の溶接電源。
【請求項10】
前記立ち上がり遷移期間における前記溶接電流は階段状に変化する、
ことを特徴とする請求項
9に記載の溶接電源。
【請求項11】
前記ワイヤ
の先端からの溶滴の離脱を検出する
離脱検出
部を更に有し、
前記ワイヤの先端が逆送給される期間中に当該ワイヤの離脱が前記
離脱検出
部で検出されなかった場合、前記制御手段は、当該ワイヤの先端が逆送給される期間の終了後に予め定めた一定速度で当該ワイヤを正送給させる制御を開始し、
前記ワイヤが一定速度で正送給される間に当該ワイヤの離脱が前記
離脱検出
部で検出された場合、前記制御手段は、当該ワイヤの先端が正送給される期間と逆送給される期間が周期的に繰り返される初期条件に切り替える
ことを特徴とする請求項1に記載の溶接電源。
【請求項12】
前記ワイヤ
の先端からの溶滴の離脱を検出する
離脱検出
部を更に有し、
前記ワイヤの先端が正送給される期間で当該ワイヤの送給速度の指令値が最大になる時点から、当該ワイヤの先端が逆送給される期間に切り替わる期間までの間で当該ワイヤの離脱が前記
離脱検出
部で検出された場合、前記制御手段は、当該ワイヤの先端が逆送給される期間から正送給される期間に切り替わる時点で予め定めた一定速度で当該ワイヤを正送給させる制御を開始し、
前記ワイヤが一定速度で正送給される間に当該ワイヤの離脱が前記
離脱検出
部で検出された場合、前記制御手段は、当該ワイヤの先端が正送給される期間と逆送給される期間が周期的に繰り返される初期条件に切り替える
ことを特徴とする請求項1に記載の溶接電源。
【請求項13】
消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給してアーク溶接する溶接システムにおいて、
前記ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される場合に、母材の表面との距離が周期的に変動する当該ワイヤの先端位置に応じて前記溶接電流を変化させる制御手段
を有
し、
前記制御手段は、周期的に変動する前記ワイヤの先端位置が、変動範囲の上下点で規定される波高の1/2の位置よりも前記母材側に位置する場合に、
前記ワイヤの先端位置が、前記変動範囲の最下点から前記波高の1/2に達するまでの間に、前記溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を開始する、
ことを特徴とする溶接システム。
【請求項14】
消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給する溶接電源の制御方法において、
前記ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される場合に、母材の表面との距離が周期的に変動する前記ワイヤの先端位置に応じて前記溶接電流を変化させる、
ことを特徴とする溶接電源の制御方法
であり、
周期的に変動する前記ワイヤの先端位置が、変動範囲の上下点で規定される波高の1/2の位置よりも前記母材側に位置する場合に、
前記ワイヤの先端位置が、前記変動範囲の最下点から前記波高の1/2に達するまでの間に、前記溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を開始する、
溶接電源の制御方法。
【請求項15】
消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給してアーク溶接する溶接システムのコンピュータに、
前記ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される場合に、母材の表面との距離が周期的に変動する前記ワイヤの先端位置に応じて前記溶接電流を変化させる機能
を
実現させる
ためのプログラム
であり、
周期的に変動する前記ワイヤの先端位置が、変動範囲の上下点で規定される波高の1/2の位置よりも前記母材側に位置する場合に、
前記ワイヤの先端位置が、前記変動範囲の最下点から前記波高の1/2に達するまでの間に、前記溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を開始させる、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接電源、溶接システム、溶接電源の制御方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
ガスシールドアーク溶接は、自動車、鉄骨、建機、造船その他様々な業種の溶接で用いられているが、現場では、作業効率の更なる改善が求められている。例えばスパッタの低減が求められている。スパッタが母材(ワーク)に付着すると、その除去作業等のために作業効率が低下するためである。
【0003】
スパッタの低減に効果的とされる従来の方法に、溶接ワイヤの正送給と逆送給とを周期的に繰り返す方法がある。この方法は、短絡状態とアーク発生状態とを交互に繰り返す短絡移行時に用いられる。具体的には、溶接ワイヤの先端を溶融池に接触させて短絡させ、その後、電流によるピンチ力と逆送による引き戻しとによって短絡を安定的に解除し、溶滴を溶融池に強制的に移行させる方法となる。
【0004】
溶接ワイヤの送給に上記技術を活用する従来技術には、例えば特許文献1及び2がある。
特許文献1には、「溶接ワイヤの正送と逆送とを周期的に繰り返す溶接方法において、溶接状態の安定性を向上させる。溶接ワイヤの送給速度Fwの正送と逆送とを周期的に繰り返して短絡期間とアーク期間とを発生させ、アーク期間中は第1溶接電流Iw1を通電した後に第1溶接電流よりも小さい第2溶接電流Iw2を通電するアーク溶接制御方法において、アーク期間から短絡期間に移行した時点t21の送給速度Fwの位相を検出し、検出された位相に応じて第1溶接電流の値Iw1及び/又は通電期間Tw1を変化させる。これにより、外乱による短絡発生時の送給速度の位相が変動することを抑制することができるので、溶接状態の安定性を向上させることができる。」と記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、「溶接ワイヤと溶接対象物との間にピーク電流とベース電流とをパルス状に繰り返し供給するパルスアーク溶接制御方法であって、ピーク電流期間中の第1の時点からベース電流期間中の第2の時点までの所定期間の間は、前記溶接ワイヤの送給速度を、前記ピーク電流の立ち上がり時点の送給速度よりも低くする、あるいは、前記溶接ワイヤを前記溶接対象物から引き離す方向に送給する逆送とする。これによりアーク長を短くすると共に、溶滴離脱時の短絡を抑制する。」と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開2015/163101号
【文献】特開2014-83553号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の技術は、スパッタの低減を実現可能であるものの、短絡を伴う制御方法であって、溶滴移行の移行形態が短絡移行という性質上、必然的に適用可能である電流範囲は低くなるのが一般的である。このため、特許文献1に記載の技術では、低入熱の溶接が好まれる薄板の溶接には適しているが、高入熱の溶接が好まれる厚板の溶接に対しては、一定の溶込みを確保できないため、適していない。すなわち、特許文献1に記載の技術を厚板の溶接に適用する場合、入熱の不足による溶込み不足の発生に加え、ビードの外観が凸形状になる等の課題がある。具体的には、溶接電流に上限がある特許文献1に記載の技術を厚板の構造物に適用しても、溶着量が少ないために溶接効率が悪いだけでなく、低入熱のために溶接品質が十分に確保できない。
また、特許文献2に記載の技術は、パルス電流の周期的な変化を基準に定めた離脱予測期間にワイヤを逆送するための送給速度の指令値を制御することを記すのみであり、安定した離脱を実現する条件は記されていない。換言すると、スパッタの抑制を安定的に実現する条件が記されていない。
【0008】
本発明の目的は、消耗電極であるワイヤの先端の正送給と逆送給を周期的に繰り返すアーク溶接方式において、高い入熱で効率良く溶接できる高電流域(短絡移行以外の移行形態をとる電流域)の場合によってもスパッタの低減を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的のもと、本発明は、消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給する溶接電源において、ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される場合に、母材の表面との距離が周期的に変動するワイヤの先端位置に応じて溶接電流を変化させる制御手段を有し、制御手段は、周期的に変動するワイヤの先端位置が、変動範囲の上下点で規定される波高の1/2の位置よりも母材側に位置する場合に、ワイヤの先端位置が、変動範囲の最下点から波高の1/2に達するまでの間に、溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を開始する、ことを特徴とする溶接電源を提供する。
ここで、制御手段は、ワイヤの送給速度の指令値に従って、ワイヤの先端の位置を算出してもよい。
【0010】
なお、低電流期間は、ワイヤの先端が正送給される期間から逆送給される期間に切り替わる時点におけるワイヤの先端位置から、逆送給に切り替わったワイヤの送給速度の指令値が最大になる時点におけるワイヤの先端位置までの範囲内で開始されてもよい。
さらに、低電流期間は、逆送給に切り替わったワイヤの送給速度の指令値が最大になった時点におけるワイヤの先端位置から、ワイヤの先端が逆送給される期間から正送給される期間に切り替わる時点におけるワイヤの先端位置までの範囲内で終了されてもよい。もしくは、低電流期間は、ワイヤの先端位置が、波高の1/2から変動範囲の最上点に達するまでの間で終了されてもよい。
ここで、ワイヤの送給速度の指令値と実測された送給速度との位相差に基づいて低電流期間の開始を補正してもよいし、ワイヤの送給速度の指令値と実測された送給速度との位相差に基づいて低電流期間の終了を補正してもよい。
【0011】
また、溶接電流は、平均値より大きい電流が流れる第1の期間と平均値よりも小さい電流が流れる第2の期間とが周期的に繰り返すパルス波形を有し、低電流期間は、第2の期間に対応し、低電流期間以外は、第1の期間に対応してもよい。
ここで、第2の期間の終了端と第1の期間の開始端との間には立ち上がり遷移期間が設けられ、第1の期間の終了端と第2の期間の開始端との間には立ち下がり遷移期間が設けられてもよい。なお、立ち上がり遷移期間における溶接電流は階段状に変化してもよい。
【0012】
また、ワイヤの先端からの溶滴の離脱を検出する離脱検出部を更に有し、ワイヤの先端が逆送給される期間中にワイヤの離脱が離脱検出部で検出されなかった場合、制御手段は、ワイヤの先端が逆送給される期間の終了後に予め定めた一定速度でワイヤを正送給させる制御を開始し、ワイヤが一定速度で正送給される間にワイヤの離脱が離脱検出部で検出された場合、制御手段は、ワイヤの先端が正送給される期間と逆送給される期間が周期的に繰り返される初期条件に切り替えてもよい。
また、ワイヤの先端からの溶滴の離脱を検出する離脱検出部を更に有し、ワイヤの先端が正送給される期間でワイヤの送給速度の指令値が最大になる時点から、ワイヤの先端が逆送給される期間に切り替わる期間までの間でワイヤの離脱が離脱検出部で検出された場合、制御手段は、ワイヤの先端が逆送給される期間から正送給される期間に切り替わる時点で予め定めた一定速度でワイヤを正送給させる制御を開始し、ワイヤが一定速度で正送給される間にワイヤの離脱が離脱検出部で検出された場合、制御手段は、ワイヤの先端が正送給される期間と逆送給される期間が周期的に繰り返される初期条件に切り替えてもよい。
【0013】
また、本発明は、消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給してアーク溶接する溶接システムにおいて、ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される場合に、母材の表面との距離が周期的に変動するワイヤの先端位置に応じて溶接電流を変化させる制御手段を有し、制御手段は、周期的に変動するワイヤの先端位置が、変動範囲の上下点で規定される波高の1/2の位置よりも母材側に位置する場合に、ワイヤの先端位置が、変動範囲の最下点から波高の1/2に達するまでの間に、溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を開始する、溶接システムを提供する。
また、本発明は、消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給する溶接電源の制御方法において、ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される場合に、母材の表面との距離が周期的に変動するワイヤの先端位置に応じて前記溶接電流を変化させる、溶接電源の制御方法であり、周期的に変動するワイヤの先端位置が、変動範囲の上下点で規定される波高の1/2の位置よりも母材側に位置する場合に、ワイヤの先端位置が、変動範囲の最下点から波高の1/2に達するまでの間に、溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を開始する、溶接電源の制御方法である。
また、本発明は、消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給してアーク溶接する溶接システムのコンピュータに、ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される場合に、母材の表面との距離が周期的に変動するワイヤの先端位置に応じて溶接電流を変化させる機能を実現させるためのプログラムであり、周期的に変動するワイヤの先端位置が、変動範囲の上下点で規定される波高の1/2の位置よりも母材側に位置する場合に、ワイヤの先端位置が、変動範囲の最下点から波高の1/2に達するまでの間に、溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を開始させる、プログラムを提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、消耗電極であるワイヤの先端の正送給と逆送給を周期的に繰り返すアーク溶接方式において、高い入熱で効率良く溶接できる高電流域(短絡移行以外の移行形態となる電流域)の場合によってもスパッタの低減を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本実施の形態に係るアーク溶接システムの構成例を示す図である。
【
図2】溶接電源の制御系部分の構成例を説明する図である。
【
図3】ワイヤ送給速度の時間変化を説明する波形図である。
【
図4】溶接ワイヤの先端位置の時間変化を説明する波形図である。
【
図5】本実施の形態における溶接電流の制御例を説明するフローチャートである。
【
図6】溶接電流の電流値を指定する電流設定信号の制御例を示す図である。
【
図7】溶接ワイヤの先端位置に応じて溶接電流を変化させる制御手法の特徴を説明する図である。
【
図8】離脱が有る場合と離脱が無い場合のそれぞれについてのイベントの遷移の関係を説明する図表である。
【
図9】変形例に係る電流設定信号の波形を示す図である。(A)~(C)は立ち上がりが階段状に遷移する場合、(D)は立ち上がりも立ち下がりも階段状に遷移する場合、(E)は立ち上がりが階段状であり、立ち下がりが減少の傾斜で遷移する場合である。
【
図10】他の変形例に係る電流設定信号の波形を示す図である。(A)は立ち上がりが増加の傾斜であり、立ち下がりが減少の傾斜で遷移する場合、(B)は立ち上がりが増加の傾斜であり、立ち下がりが曲線付きの傾斜で遷移する場合、(C)は立ち上がりが階段状であり、立ち下がりが曲線付きの傾斜で遷移する場合、(D)は立ち上がりが傾斜付きの傾斜であり、立ち下がりが減少の傾斜で遷移する場合、(E)は周波数成分が重畳している例である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る溶接電源、溶接システム、溶接電源の制御方法及びプログラムの実施形態の例を説明する。なお、各図は、本発明の説明のために作成されたものであり、本発明の実施の形態は、図示の内容に限らない。
【0017】
<システムの全体構成>
図1は、本実施の形態に係るアーク溶接システム1の構成例を示す図である。
アーク溶接システム1は、溶接ロボット120と、ロボットコントローラ160と、溶接電源150と、送給装置130と、シールドガス供給装置140とを備えている。
溶接電源150は、プラスのパワーケーブルを介して溶接電極に接続され、マイナスのパワーケーブルを介して被溶接物(以下「母材」又は「ワーク」ともいう)200と接続されている。この接続は、逆極性で溶接を行う場合であり、正極性で溶接を行う場合、溶接電源150は、プラスのパワーケーブルを介して母材200に接続され、マイナスのパワーケーブルを介して溶接電極に接続される。
また、溶接電源150と消耗式電極(以下「溶接ワイヤ」ともいう)100の送給装置130とも信号線によって接続され、溶接ワイヤの送り速度を制御することができる。
【0018】
溶接ロボット120は、エンドエフェクタとして、溶接トーチ110を備えている。溶接トーチ110は、溶接ワイヤ100に通電させる通電機構(コンタクトチップ)を有している。溶接ワイヤ100は、コンタクトチップからの通電により、先端からアークを発生し、その熱で溶接の対象である母材200を溶接する。
さらに、溶接トーチ110は、シールドガスノズル(シールドガスを噴出する機構)を備える。シールドガスは、炭酸ガス、アルゴン+炭酸ガス(CO2)等の混合ガスのどちらでもよい。なお、炭酸ガスがより好ましく、混合ガスの場合はArに10~30%の炭酸ガスを混合した系が好ましい。シールドガスは、シールドガス供給装置140から供給される。
本実施の形態で使用する溶接ワイヤ100は、フラックスを含まないソリッドワイヤとフラックスを含むフラックス入りワイヤのどちらでもよい。溶接ワイヤ100の材質も問わない。例えば材質は、軟鋼でも良いし、ステンレス、アルミニウム、チタンでも良い。さらに、溶接ワイヤ100の径も特に問わない。本実施の形態の場合、好ましくは、径の上限を1.6mm、下限を0.8mmとする。
【0019】
ロボットコントローラ160は、溶接ロボット120の動作を制御する。ロボットコントローラ160は、予め溶接ロボット120の動作パターン、溶接開始位置、溶接終了位置、溶接条件、ウィービング動作等を定めたティーチングデータを保持し、溶接ロボット120に対してこれらを指示して溶接ロボット120の動作を制御する。また、ロボットコントローラ160は、ティーチングデータに従い、溶接作業中の電源を制御する指令を溶接電源150に与える。
ここでのアーク溶接システム1は、溶接システムの一例である。また、溶接電源150は、溶接電流を変化させる制御手段の一例でもある。
【0020】
<溶接電源の構成>
図2は、溶接電源150の制御系部分の構成例を説明する図である。
溶接電源150の制御系部分は、例えばコンピュータによるプログラムの実行を通じて実行される。
溶接電源150の制御系部分には、電流設定部36が含まれる。本実施の形態における電流設定部36は、溶接ワイヤ100に流れる溶接電流を規定する各種の電流値を設定する機能と、溶接電流の電流値が抑制される期間が開始される時間と終了する時間を設定する機能(電流抑制期間設定部36A)と、溶接ワイヤ100の先端位置の情報を求めるワイヤ先端位置変換部36Bとを有する。
本実施の形態の場合、パルス電流であって、電流設定部36は、ピーク電流Ip、ベース電流Ib、溶滴離脱用の定常電流Iaを設定する。本実施の形態の場合、溶接電流は、基本的に、ピーク電流Ipとベース電流Ibの2値で制御される。このため、電流値が抑制される期間が開始される時間t1は、ベース電流Ibが開始する時間(ベース電流開始時間)を表し、電流値が抑制される期間が終了する時間t2はベース電流Ibが終了する時間(ベース電流終了時間)を表す。
【0021】
溶接電源150の電源主回路は、交流電源(ここでは三相交流電源)1と、1次側整流器2と、平滑コンデンサ3と、スイッチング素子4と、トランス5と、2次側整流器6と、リアクトル7とで構成される。
交流電源1から入力された交流電力は、1次側整流器2により全波整流され、さらに平滑コンデンサ3により平滑されて直流電力に変換される。次に、直流電力は、スイッチング素子4によるインバータ制御により高周波の交流電力に変換された後、トランス5を介して2次側電力に変換される。トランス5の交流出力は、2次側整流器6によって全波整流され、さらにリアクトル7により平滑される。リアクトル7の出力電流は、電源主回路からの出力として溶接チップ8に与えられ、消耗電極としての溶接ワイヤ100に通電される。
【0022】
溶接ワイヤ100は、送給モータ24によって送給され、母材200との間にアーク9を発生させる。本実施の形態の場合、送給モータ24は、溶接ワイヤ100の先端を平均速度よりも速い速度で母材200に送り出す正送給期間と、溶接ワイヤ100の先端を平均速度よりも遅い速度で母材200に送り出す逆送給期間とが周期的に切り替わるように、溶接ワイヤ100を送給する。逆送給期間における溶接ワイヤ100の先端は、母材200から遠ざかる方向に移動する。
送給モータ24による溶接ワイヤ100の送給は、送給駆動部23からの制御信号Fcによって制御される。送給速度の平均値は、ほぼ溶融速度と同じである。本実施の形態の場合、送給モータ24による溶接ワイヤ100の送給も溶接電源150により制御される。
【0023】
電流設定部36には、溶接チップ8と母材200との間に加える電圧の目標値(電圧設定信号Vr)が電圧設定部34から与えられる。
ここでの電圧設定信号Vrは、電圧比較部35にも与えられ、電圧検出部32によって検出された電圧検出信号Voと比較される。電圧検出信号Voは、実測値である。
電圧比較部35は、電圧設定信号Vrと電圧検出信号Voとの差分を増幅し、電圧誤差増幅信号Vaとして電流設定部36に出力する。
電流設定部36は、アーク9の長さ(すなわちアーク長)が一定になるように溶接電流を制御する。換言すると、電流設定部36は、溶接電流の制御を通じて定電圧制御を実行する。
【0024】
電流設定部36は、電圧設定信号Vrと電圧誤差増幅信号Vaとに基づいて、ピーク電流Ipの値、ベース電流Ibの値、ピーク電流Ipを与える期間、又は、ピーク電流Ipの値、ベース電流Ibの値の大きさを再設定し、再設定された期間又は値の大きさに応じた電流設定信号Irを電流誤差増幅部37に出力する。
本実施の形態の場合、ピーク電流Ipを与える期間は、ベース電流Ibを与えられる期間以外の期間である。換言すると、ピーク電流Ipを与える期間は、電流が抑制されていない期間(電流非抑制期間)である。このピーク電流Ipを与える期間は、第1の期間の一例である。
一方、ベース電流Ibを与える期間を電流抑制期間ともいう。電流抑制期間は低電流期間の一例であるとともに、第2の期間の一例でもある。
電流誤差増幅部37は、目標値として与えられた電流設定信号Irと電流検出部31で検出された電流検出信号Ioとの差分を増幅し、電流誤差増幅信号Edとしてインバータ駆動部30に出力する。
インバータ駆動部30は、電流誤差増幅信号Edによってスイッチング素子4の駆動信号Ecを補正する。
【0025】
電流設定部36には、溶接ワイヤ100の先端からの溶滴の離脱を検知する信号(離脱検出信号Drl)も入力される。離脱検出信号Drlは、離脱検出部33から出力される。離脱検出部33は、電圧検出部32が出力する電圧検出信号Voの変化を監視し、その変化から溶接ワイヤ100からの溶滴の離脱を検知する。離脱検出部33は、検出手段の一例である。
ここでの離脱検出部33は、例えば電圧検出信号Voを微分又は二階微分した値を検出用の閾値と比較することにより、溶滴の離脱を検出する。検出用の閾値は、不図示の記憶部に予め記憶されている。
なお、離脱検出部33は、実測値である電圧検出信号Voと電流検出信号Ioとから算出される抵抗値の変化に基づいて離脱検出信号Drlを生成してもよい。
【0026】
電流設定部36には、送給される溶接ワイヤ100の平均送給速度Faveも与えられる。平均送給速度Faveは、平均送給速度設定部20が不図示の記憶部に記憶されているティーチングデータに基づいて出力する。
電流設定部36は、与えられた平均送給速度Faveに基づいて、ピーク電流Ip、ベース電流Ib、定常電流Ia、ベース電流Ibが開始する時間t1、ベース電流Ibが終了する時間t2の値を決定する。
本実施形態では、
図2の通り、平均送給速度Faveを電流設定部36に入力しているが、電流設定部36に入力される信号は平均送給速度Faveに関連する値を設定値として、平均送給速度Faveに置き換えて用いても良い。例えば、不図示の記憶部に平均送給速度と、その平均送給速度に対して最適な溶接が可能となる平均電流値のデーターベースが記憶されている場合、平均電流値を設定値として、平均送給速度Faveに置き換えて用いても良い。
平均送給速度Faveは、振幅送給速度設定部21と送給速度指令設定部22にも与えられる。
ここでの振幅送給速度設定部21は、入力された平均送給速度Faveに基づいて、振幅Wfと周期Tfの値を決定する。振幅送給とは、平均送給速度Faveよりも送給速度が速い期間(正送給期間)と平均送給速度Faveに対して送給速度が遅い期間(逆送給期間)が交互に現れる送給方式をいう。振幅Wfは平均送給速度Faveに対する変化幅を与え、周期Tfは繰り返し単位である振幅変化の時間を与える。振幅送給速度設定部21は、決定された振幅Wfと周期Tfの値に応じた振幅送給速度Ffを生成して出力する。
【0027】
送給速度指令設定部22は、振幅送給速度Ffと平均送給速度Faveとに基づいて、送給速度指令信号Fwを出力する。
本実施の形態の場合、送給速度指令信号Fwは、次式で表される。
Fw=Ff+Fave …式1
ただし、式1で表される送給速度指令信号Fwは、溶接ワイヤ100の先端からの溶滴の離脱が想定する期間内に検知されている場合に限られる。
想定する期間内に溶滴の離脱が検出されなかった場合、送給速度指令設定部22は、送給速度指令信号Fwを一定速度による送給制御に切り替える。例えば平均送給速度Faveによる送給に切り替える。平均送給速度Faveによる送給から式1で表される送給制御への切り替えは、溶滴の離脱が検知されるタイミングに応じて定まる。具体的な制御例については後述する。
送給速度指令設定部22は、離脱検出部33から与えられる離脱検出信号Drlにより、振幅送給のどの位相で離脱が発生したかを検知する。
【0028】
送給速度指令信号Fwは、位相ずれ検出部26と、送給誤差増幅部28と、電流設定部36に出力される。
送給誤差増幅部28は、目標速度である送給速度指令信号Fwと送給モータ24による溶接ワイヤ100の送給速度を実測した送給速度検出信号Foとの差分を増幅し、誤差分を補正した速度誤差増幅信号Fdを送給駆動部23に出力する。
送給駆動部23は、速度誤差増幅信号Fdに基づいて制御信号Fcを生成し、送給モータ24に与える。
ここでの送給速度変換部25は、送給モータ24の回転量などを溶接ワイヤ100の送給速度検出信号Foに変換する。
本実施の形態における位相ずれ検出部26は、送給速度指令信号Fwと測定値である送給速度検出信号Foとを比較し、位相ずれ時間Tθdを出力する。なお、位相ずれ検出部26は、振幅送給を規定するパラメータ(周期Tf、振幅Wf、平均送給速度Fave)を可変した場合における送給モータ24の送給動作を測定して位相ずれ時間Tθdを求めても良い。
【0029】
位相ずれ時間Tθdは、電流設定部36のワイヤ先端位置変換部36Bに与えられる。ワイヤ先端位置変換部36Bは、送給速度指令信号Fwと位相ずれ時間Tθdとに基づいて、母材200を基準面とした溶接ワイヤ100の先端位置を算出し、算出された先端位置の情報を電流抑制期間設定部36Aに与える。
ここで、電流抑制期間設定部36Aは、溶接ワイヤ100の先端位置の情報に基づいて、又は、溶接ワイヤ100の先端位置の情報と送給速度指令信号Fwとに基づいて溶接電流を抑制する期間(すなわち、電流設定信号Irをベース電流Ibに制御する期間)を設定する。
ここでの電流設定部36は、溶接ワイヤ100の先端位置に応じて溶接電流を変化させる制御手段の一例である。
【0030】
<溶接電流の制御例>
以下では、溶接電源150による溶接電流の制御例について説明する。
溶接電流の制御は、溶接電源150を構成する電流設定部36によって実現される。前述したように、本実施の形態における電流設定部36は、プログラムの実行を通じて制御を実現する。
本実施の形態における電流設定部36は、溶接ワイヤ100の送給速度指令信号Fwと溶接ワイヤ100の先端位置の情報とに基づいて溶接電流の電流値の切り替えを制御する。このため、溶接電流の制御の説明に先立って、送給速度指令信号Fwの時間変化と溶接ワイヤ100の先端位置の時間変化について説明する。
【0031】
図3は、送給速度指令信号Fwの時間変化を説明する波形図である。横軸は時間(位相)であり、縦軸は速度である。縦軸の単位はメートル毎分または回転数である。ただし、数値は一例である。例えば溶接ワイヤ100(
図2参照)の直径を1.2mmとする場合、平均送給速度Faveは12~25メートル毎分である。もっとも、後述するグロビュール移行または、スプレー移行を維持するためには、溶接ワイヤ100の突出し長さにもよるが、送給速度を8メートル毎分以上にすることが望ましい。例えば溶接ワイヤ100の突出し長さを25mmとする場合、溶接電流は225A程度となる。短絡移行とグロビュール移行の臨界領域は、およそ250Aである。
【0032】
図3では、平均送給速度Faveよりも速い速度を正値で表し、平均送給速度Faveよりも遅い速度を負値で表している。なお、溶接ワイヤ100(
図2参照)は母材200(
図2参照)に近づくように送出される。
本実施の形態の場合、送給速度指令信号Fwは、周期Tfと振幅Wfで規定される正弦波形状で変化する。以下では、送給速度が平均送給速度Faveよりも速い期間を正送給期間といい、反対に送給速度が平均送給速度Faveよりも遅い期間を逆送給期間という。また、説明の都合上、各送給期間の前半を前期、後半を後期という。
平均送給速度Faveは、ワイヤ溶融速度Fmとみなすことができる。
以下では、
図3に示すように、正送給期間と逆送給期間が周期的に繰り返される振幅送給を初期条件ということがある。
【0033】
図4は、溶接ワイヤ100(
図2参照)の先端位置(ワイヤ先端位置)の時間変化を説明する波形図である。横軸は時間(位相)であり、縦軸は母材200の表面(母材表面)から法線方向上方への距離(高さ)を表している。
ただし、
図4では、溶接ワイヤ100が平均送給速度Faveで送給される場合における距離(高さ)を基準距離とし、基準距離よりも大きい距離を正値、基準距離よりも小さい距離を負値で表している。
図4に示すように、溶接ワイヤ100の先端位置が時間の経過とともに母材表面に近づく期間が正送給期間であり、溶接ワイヤ100の先端位置が時間の経過とともに母材表面から遠ざかる期間が逆送給期間である。
図4では、溶接ワイヤ100の先端位置が母材表面に最も近づいた位置(最下点)に対応する時点をT0、T4で表し、溶接ワイヤ100の先端位置が母材表面から最も遠ざかった位置(頂点)に対応する時点をT2で表している。ここでの頂点は、最上点の一例である。
【0034】
また、基準距離に対応する時点をT1、T3とする。T1は、溶接ワイヤ100の先端位置が母材表面に最も近づいた位置(最下点)から最も遠ざかる位置(頂点)に向かう中間の時点である。T3は、溶接ワイヤ100の先端位置が母材表面に最も遠ざかった位置から最も近づく位置に向かう中間の時点である。
図4に示すように、溶接ワイヤ100の先端位置と平均送給速度Faveとの差分が振幅であり、溶接ワイヤ100の先端位置の変化幅が波高である。
【0035】
図5は、本実施の形態における溶接電流の制御例を説明するフローチャートである。
図5に示す制御は、電流設定部36(
図2参照)において実行される。図中の記号Sはステップである。
図5に示す制御は、溶接ワイヤ100の先端位置の変化(1周期)に対応する。このため、
図5においては、時間Tが時点T0の状態をステップ1とする。
本実施の形態における電流設定部36は、電流設定信号Irの制御のために、溶接ワイヤ100の先端位置を算出する。
平均送給速度Faveは、ワイヤ溶融速度Fmと同等である。従って、送給速度指令信号Fwとワイヤ溶融速度Fm(≒Fave)の差分を積分すれば、溶接ワイヤ100の先端位置を求めることができる。
そこで、電流設定部36は、次式に基づいて、溶接ワイヤ100の先端位置を設定する。
ワイヤ先端位置=∫(Fw-Fave)・dt …式2
式2で計算される先端位置の変化は、
図4に対応する。
【0036】
ただし、溶接ワイヤ100の送給に送給モータ24(
図2参照)を用いる場合、指令と実際の送給速度(すなわち送給速度検出信号Fo)との間に位相ずれが生じる場合がある。そこで、電流設定部36は、位相ずれ検出部26から与えられる位相ずれ時間Tθdにより、平均送給速度Fave及び送給速度指令信号Fwから計算される溶接ワイヤ100の先端位置に応じて計算されるベース電流開始時間t1を補正する。具体的には、次式に示すように、ベース電流開始時間t1の値を再設定する。
t1=t1+Tθd …式3
同じく、電流設定部36は、位相ずれ時間Tθdにより、平均送給速度Fave及び送給速度指令信号Fwから計算されるベース電流終了時間t2を補正する。
t2=t2+Tθd …式4
ここでは、送給速度の観点からベース電流開始時間t1とベース電流終了時間t2を制御する場合について説明しているが、位置制御の観点でも同様である。
【0037】
図6は、溶接電流の電流値を指定する電流設定信号Irの制御例を示す図である。横軸は時間であり、縦軸は電流検出信号Ioである。図中の時点T0、T1、T2、T3、T4は、それぞれ
図4の時点T0、T1、T2、T3、T4に対応する。ここでの時点T0、T1、T2、T3、T4は、平均送給速度Fave及び送給速度指令信号Fwから計算された溶接ワイヤ100の先端位置から決定される。
図6に示すようにベース電流開始時間t1は、溶接ワイヤ100の先端が最下点に位置する時点T0(すなわち、正送給期間から逆送給期間に切り替わる時点)から遅れた位相を表現する。なお、
図6には、ベース電流開始時間t1の最大値をt1’で表している。
図5の説明に戻る。
溶接ワイヤ100の先端位置が最下点(すなわち時点T0)になると、電流設定部36は、時点T0から計測を開始した時間Tがベース電流開始時間t1以上であるか否かを判定する(ステップ2)。
ステップ2の判定結果が否定(False)の間、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてピーク電流Ipを出力する(ステップ3)。
この期間は、
図6における電流非抑制期間に対応する。
【0038】
ところで、ベース電流Ibに切り替わる直前のピーク電流Ipの供給期間は、ピーク電流Ipによる溶接ワイヤ100の溶融が進み、その先端に形成される溶滴が大きく成長している期間である。また、溶接ワイヤ100の先端位置は、母材表面に近づいていく期間でもある。この期間は、短絡が発生しやすく、短絡に伴うスパッタが発生しやすい期間でもある。
そこで、本実施の形態では、時間t1が経過するまではピーク電流Ipを与え、短絡の発生を防止又は抑制する。換言すると、短絡が生じないように、溶接電流の供給を制御する。
本実施の形態の場合、ピーク電流Ipの好ましい範囲は、300A~650Aである。また、ベース電流Ibの好ましい範囲は、10A~250Aである。
【0039】
なお、短絡の発生の可能性がある間は、逆送給期間が開始した後も、ピーク電流Ipの供給が望まれる。この期間は、おおよそ時点T0~T1の間である。このため、ピーク電流Ipが供給される期間(電流非抑制期間)の終了は、時点T0~T1の間で実行されることが望ましい。すなわち、時点T0とその近傍は、アークの力で押しのけられた溶融池の中に、囲われるようにワイヤ先端の溶滴が位置する、いわゆる「埋もれアーク」の状態になり、短絡しやすい状況になるため、ピーク電流Ipが供給される期間の終了を時点T0~T1の間で実行することによって、アークによる溶融池表面の押し下げ作用や溶滴の持ち上げ作用を維持することができ、「埋もれアーク」時における短絡の発生を防止できる。
従って、望ましくは、溶接ワイヤ100の先端が最下点に位置する時点T0よりも少し経過した時点(例えば時点T0を起点として約π/18~π/3(すなわち10~60°))で、ベース電流Ibへの切り替えが実行されるように時間t1を設定することが望ましい。
【0040】
図5の説明に戻る。
ステップ2の判定結果が肯定(True)になると、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてベース電流Ibの出力を開始する(ステップ4)。前述したように、ベース電流Ibへの切り替えが開始した時点では、溶接ワイヤ100の送給は、既に逆送給期間に切り替わっており、溶接ワイヤ100の先端は、母材表面から遠ざかる方向への移動を始めている。
ピーク電流Ipが大きい場合、溶接ワイヤ100の先端から離脱する溶滴は、適用したシールドガスや電流域によって変化する移行形態によって異なるが、例えば、グロビュール移行となる場合には溶接ワイヤ100の直径よりも大きい大粒の形状となり、スプレー移行となる場合には小粒の形状となる。
なお、シールドガスに炭酸ガスを用いた場合には、アークが緊縮して溶滴の底部(溶融池表面と対向する部分)にアーク反力が集中することから、溶滴を持ち上げる力が大きくなり、グロビュール移行となる。また、シールドガスがアルゴンガスまたはアルゴンの混合率が高いガスを用いた場合には、スプレー移行になる。
【0041】
溶接ワイヤ100の先端が最下点に位置する時点T0近傍における溶滴は、溶融池近傍に位置しているのでアーク長が短くなる。また、時点T0以降は、逆送給期間に切り替わる。すなわち、溶接ワイヤ100の先端は、引き上げられるように移動する。成長した溶滴全体には、正送給方向(母材200(
図2参照)に近づく方向)への慣性力が作用しているのに対し、溶接ワイヤ100には逆方向(母材200から遠ざかる方向)に移動するため、溶滴はより懸垂形状へと変化し、更に離脱が促進される。
しかも、離脱が予測される期間で溶接電流の電流値をベース電流Ibに切り替えておくことで、ピーク電流Ipが供給される期間よりも、アーク反力を低下させることができる。この結果、溶滴を持ち上げる力が更に弱くなり、溶滴は、一段と懸垂形状になり易い状況になる。
なお、T0~T1の期間は、前述の通り、ワイヤ先端の溶滴が溶融池に埋もれた「埋もれアーク」の状態になるため、溶滴に対し、ピンチ力等を起因としたせん断力が大きく働き、離脱がより促進される。
このように、溶接電流を抑制している期間(電流抑制期間)中に、溶滴を溶接ワイヤ100の先端から離脱させることで、スパッタの低減が期待できる。
【0042】
図5の説明に戻る。
電流設定信号Irをベース電流Ibに切り替えた電流設定部36(
図2参照)は、時間Tがベース電流終了時間t2以上であるか否かを判定する(ステップ5)。
図6では、ベース電流終了時間t2の最大値をt2’で示している。
ステップ5の判定結果が否定(False)の間、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてベース電流Ibを出力する(ステップ4)。
ベース電流Ibの供給が開始された後、溶接ワイヤ100の先端は、溶滴の離脱を伴いながら頂点(先端が母材200から最も遠ざかった位置)まで引き上げられるように移動される。
溶滴の離脱後は、溶接ワイヤ100を溶融させて溶滴を形成するために、ベース電流Ibの供給期間(電流抑制期間)を終了し、ピーク電流Ipを供給する期間(電流非抑制期間)に切り替える必要がある。
【0043】
従って、ベース電流Ibの供給は、時点T1~T2の間に終了することが望ましい。
一方で、ベース電流Ibからピーク電流Ipへの切り替えが早すぎると、溶滴の成長が過多になり、溶接ワイヤ100が最下点に位置した時点で短絡が発生し易くなる、肥大化した溶滴が持ち上がりすぎる、肥大化した溶滴が離脱しにくくなる等の問題が発生する。
このため、更に望ましくは、ベース電流Ibの供給期間の終了(ベース電流終了時間t2)は、2π/3~π(120~180°)の間とする。
ステップ5の判定結果が肯定(True)になると、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてピーク電流Ipの出力を開始する(ステップ6)。
続いて、電流設定部36は、時点T0から計測を開始した時間Tが時点T4になったか否かを判定する(ステップ7)。
ステップ7の判定結果が否定(False)の間、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてピーク電流Ipを出力する(ステップ6)。
一方、ステップ7の判定結果が肯定(True)になると、電流設定部36は、ステップ1に戻る。
以上の制御により、電流設定信号Irは、ピーク電流Ipとベース電流Ibを周期的に繰り返すパルス波形となる。
【0044】
図7は、溶接ワイヤ100の先端位置に応じて溶接電流を変化させる制御手法の特徴を説明する図である。
図7における従来例は、特許文献1に代表される振幅送給で採用される手法、具体的には送給速度の位相を基準に通電期間を変化させる手法に対応する。
本実施の形態の場合、移行形態がグロビュール移行またはスプレー移行等の短絡移行以外の移行形態を好適な対象としているのに対し、従来例は短絡移行である。このため、実施の形態の手法は、従来例よりも高入熱かつ高能率の溶接が可能となる。また、本実施の形態の場合、形成されるビードの外観がフラットになるのに対し、短絡移行の形態を用いた従来例は凸形状になる。
また、本実施の形態の場合、溶け込み深さが深く、溶着量も多くなるのに対し、従来例は、溶け込み深さが浅く、溶着量も少ないという違いがある。
この特性の違いから、従来例はおおよそ9mm以下の薄板のアーク溶接を用途とするのに対し、本実施の形態の手法はおおよそ9mm以上の中厚板のアーク溶接を用途とする。
【0045】
<溶滴の離脱のタイミングと制御の関係>
図5に示す溶接電流の制御は、ベース電流Ibが供給される期間(電流抑制期間)に溶滴が溶接ワイヤ100の先端から離脱することを前提としているが、現実の溶接では、想定通りの離脱が生じない可能性を考慮する必要がある。
溶滴の離脱は、離脱検出部33(
図2参照)により検出され、離脱検出信号Drlとして電流設定部36(
図2参照)及び送給速度指令設定部22(
図2参照)に与えられている。
本実施の形態における送給速度指令設定部22は、予め定めた期間内に液滴の離脱が検出されなかった場合、溶接ワイヤ100の送給速度を、送給速度指令信号Fwによる制御から一定速度による制御に切り替えるとともに、電流設定信号Irを定常電流Iaに設定する。ここでの送給速度の制御には、速度切替信号SWが用いられる。
【0046】
以下では、一定速度で溶接ワイヤ100が送給される期間を定速送給期間という。定速送給期間の溶接電流は、定電圧制御で流れる定常電流Iaに設定される。
すなわち、溶滴の離脱が想定する期間内に実行されなかった場合、溶接ワイヤ100の送給は振幅送給から定速送給に切り替えられ、溶接電流は定常電流Iaに切り替えられる。
例えば時点T2になった時点で、時点T0~T2の期間内(すなわち逆送給期間)に溶滴の離脱が検出されていなかった場合、送給速度指令設定部22は、振幅送給期間から定速送給期間に制御を切り替える。
なお、定速送給期間中に溶滴の離脱が検出された場合、送給速度指令設定部22は、振幅送給期間に復帰する。ここでは、時点T1から復帰する。
【0047】
溶滴の離脱が検出されても、想定外の期間に離脱が発生する場合も考えられる。例えば時点T3~T4の間(すなわち、溶接ワイヤ100の送給速度が最大になってから逆送給が開始されるまでの間)で溶滴の離脱が検出された場合、送給速度指令設定部22は、時点T4から定速送給期間に制御を切り替える。
すなわち、溶接ワイヤ100の送給は振幅送給から定速送給に切り替えられ、溶接電流は定常電流Iaに切り替えられる。
定速送給期間中に溶滴の離脱が検出された場合、送給速度指令設定部22は、振幅送給期間に復帰する。ここでは、時点T1から復帰する。
図8は、離脱が有る場合と離脱が無い場合のそれぞれについてのイベントの遷移の関係を説明する図表である。
図8では、逆送給期間の前期(時点T0~T1の)を状態Aと表現し、逆送給期間の後期(時点T1~T2)を状態Bと表現し、正送給期間の前期(時点T2~T3)を状態Cと表現し、正送給期間の後期(時点T3~T4)を状態Dと表現し、定速送給期間を状態Eと表現する。
【0048】
状態Aでは、溶滴の離脱が検出されても検出されなくても、送給速度指令設定部22の制御は状態Bに移行する。
状態Bで溶滴の離脱が検出された場合、送給速度指令設定部22の制御は、状態Cに移行するが、溶滴の離脱が検出されない場合、送給速度指令設定部22の制御は、状態E(すなわち定速送給期間)に移行する。
状態Cでは、溶滴の離脱が検出されても検出されなくても、送給速度指令設定部22の制御は、状態Dに移行する。
状態Dで溶滴の離脱が検出された場合、送給速度指令設定部22の制御は、状態E(すなわち定速送給期間)に移行するが、溶滴の離脱が検出されない場合、電流設定部36の制御は状態Aに移行する。
状態Eで溶滴の離脱が検出された場合、送給速度指令設定部22の制御は状態Bに移行するが、溶滴の離脱が検出されない場合、送給速度指令設定部22の制御は維持される。
なお、送給制御の切り替えは、送給速度指令設定部22に代えて送給駆動部23で行ってもよい。
【0049】
<他の実施の形態>
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明の技術的範囲は上述の実施の形態に記載の範囲に限定されない。上述の実施の形態に、種々の変更又は改良を加えたものも、本発明の技術的範囲に含まれることは、特許請求の範囲の記載から明らかである。
例えば前述の実施の形態の説明では、送給駆動部23(
図2参照)と電流設定部36(
図2参照)をいずれも溶接電源150(
図2参照)に内蔵する場合について説明したが、これらの両方または一方をロボットコントローラ160や送給装置130に内蔵してもよい。
例えば送給駆動部23と電流設定部36の両方をロボットコントローラ160に内蔵してもよい。また、送給駆動部23と電流設定部36の両方を送給装置130に内蔵してもよい。また、送給駆動部23は溶接電源150に内蔵するが、電流設定部36はロボットコントローラ160または送給装置130に内蔵してもよい。また、送給駆動部23はロボットコントローラ160に内蔵し、電流設定部36は送給装置130に内蔵してもよい。
【0050】
また、前述の実施の形態においては、電流設定部36の内部に、電流抑制期間設定部36A及びワイヤ先端位置変換部36Bを設ける場合について説明したが、各部を独立した機能として電流設定部36とは別に設けても良い。その場合、独立の機能として電流設定部36の外部に抽出された機能は、ロボットコントローラ160や送給装置130に内蔵されてもよい。
また、前述の実施の形態においては、電流設定信号Ir(
図6参照)をピーク電流Ipとベース電流Ibの2値で規定される矩形波として定義しているが、溶滴の成長過多を防止するために、ベース電流Ibからピーク電流Ipへの遷移は、段階状でもよいし、増加の傾斜でもよいし、曲線付きの傾斜でもよい。同様に、ピーク電流Ipからベース電流Ibへの遷移は、段階状でもよいし、減少の傾斜でもよいし、曲線付きの傾斜でもよい。
【0051】
図9及び
図10に、電流設定信号Irの変形例を示す。
図9は、変形例に係る電流設定信号Irの波形を示す図である。(A)~(C)は立ち上がりが階段状に遷移する場合、(D)は立ち上がりも立ち下がりも階段状に遷移する場合、(E)は立ち上がりが階段状であり、立ち下がりが減少の傾斜で遷移する場合である。
図9では、階段の段数が2段であるが、3段以上でもよい。
なお、(A)は1段目と2段目の変化が均等である例であり、(B)は1段目の変化が小さく2段目の変化が大きい例であり、(C)は1段目の変化が大きく2段目の変化が小さい例である。
【0052】
図10は、他の変形例に係る電流設定信号Irの波形を示す図である。(A)は立ち上がりが増加の傾斜であり、立ち下がりが減少の傾斜で遷移する場合、(B)は立ち上がりが増加の傾斜であり、立ち下がりが曲線付きの傾斜で遷移する場合、(C)は立ち上がりが階段状であり、立ち下がりが曲線付きの傾斜で遷移する場合、(D)は立ち上がりが傾斜付きの傾斜であり、立ち下がりが減少の傾斜で遷移する場合、(E)は周波数成分が重畳している例である。
図10の場合も、階段の段数は2段に限らない。また、立ち上がりと立ち下がりの両方が曲線付きの傾斜でもよい。
また、前述の実施の形態においては、直流の定電圧により溶接電流を制御しているが(
図2参照)が、溶接電流は所定の定電流により制御しても構わない。
【符号の説明】
【0053】
1…アーク溶接システム、23…送給駆動部、33…離脱検出部、36…電流設定部、36A…電流抑制期間設定部、36B…ワイヤ先端位置変換部、100…消耗式電極(溶接ワイヤ)、110…溶接トーチ、120…溶接ロボット、130…送給装置、140…シールドガス供給装置、150…溶接電源、160…ロボットコントローラ、200…母材