(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-15
(45)【発行日】2022-03-24
(54)【発明の名称】薄膜の形成方法及び光学素子
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20220316BHJP
C23C 14/12 20060101ALI20220316BHJP
B32B 7/023 20190101ALI20220316BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20220316BHJP
G02B 1/115 20150101ALI20220316BHJP
【FI】
C23C14/06 P
C23C14/12
B32B7/023
B32B9/00 A
G02B1/115
(21)【出願番号】P 2017185532
(22)【出願日】2017-09-27
【審査請求日】2020-08-18
(73)【特許権者】
【識別番号】503109020
【氏名又は名称】吉田 國雄
(73)【特許権者】
【識別番号】591108455
【氏名又は名称】株式会社オカモトオプティクス
(74)【代理人】
【識別番号】100101269
【氏名又は名称】飯塚 道夫
(72)【発明者】
【氏名】吉田 國雄
(72)【発明者】
【氏名】岡本 隆幸
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-096701(JP,A)
【文献】国際公開第2013/122253(WO,A1)
【文献】特開2012-256041(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0302627(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 14/12
B32B 7/023
B32B 9/00
G02B 1/115
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽内において、高屈折率材料と低屈折率材料を交互に積み重ねた交互層により基板上に多層光学薄膜を製作する際に、
高屈折材料として誘電体材料
である酸化物或いはフッ化物を用い、低屈折材料としてプラスチック材料を用い、これら材料をスパッター、電子ビーム或いは抵抗加熱により順次加熱して蒸発させ
ると共に、誘電体材料を最終的にオーバーコートすることで、基板上に成膜するドライプロセスにて多層光学薄膜を形成することを特徴とする薄膜の形成方法。
【請求項2】
前記プラスチック材料を蒸発させて薄膜を形成する場合に、真空槽内にハロゲンガス、酸素ガス、或いは水素ガスを導入し、電子ビーム或いは抵抗加熱により前記プラスチック材料を蒸発させて成膜する請求項1項記載の薄膜の形成方法。
【請求項3】
高屈折材料として酸化物或いはフッ化物が用いられ、低屈折材料としてプラスチック材料が用いられ、これらの材料を交互に積み重ねた交互層によって、多層光学薄膜が基板上に形成されたことを特徴とする光学素子。
【請求項4】
前記基板として、石英ガラス、硼珪クラウンガラス、燐酸塩ガラスを含むガラス、蛍石、水晶、サファイヤの結晶、YAG
、Al
2O
3のレーザー用結晶、セラミックス、半導体、金属のいずれかよりなることを特徴とする請求項3項記載の光学素子。
【請求項5】
酸化物として、SiO
2、Al
2O
3、CeO
2、HfO
2、Ta
2O
5、ThO
2、TiO
2、ZrO
2、Sc
2O
3、Y
2O
3、La
2O
3、Nd
2O
3のいずれかとされ、
フッ化物として、MgF
2、AlF
3、CaF
2、LaF
3、NdF
3、YbF
3、YF
3のいずれかとされることを特徴とする請求項3又は請求項4項記載の光学素子。
【請求項6】
前記プラスチック材料として、アクリル、ポリプロピレン、ポリアミド、テフロン(登録商標)の何れかが用いられることを特徴とする請求項3から請求項5の何れか1項記載の光学素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低屈折率材料と高屈折材料の交互層で製作した多層光学薄膜の層数を大幅に減らすことで、製作が容易かつ低コストであるだけでなく、蒸着された薄膜が亀裂、剥離、破壊等されづらい薄膜の形成方法及びこの方法により製造された光学素子に関する。また、本発明は、反射防止膜、反射鏡、偏光子、フイルター等の光学素子を容易かつ安価に製作できるだけでなく、深紫外波長域から赤外波長域までのまでの広範囲な波長域で使用するカメラ、ディスプレイ、レーザー装置、天体望遠鏡などの光学素子においても好適なものである。
【背景技術】
【0002】
光学薄膜を用いた反射防止膜、反射鏡、偏光子、フイルター等を製作する主な方法として、大量の純水を用いる化学的処理法の他に、真空蒸着法が従来から採用されていた。
この真空蒸着法による反射防止膜として、蒸着用基板の屈折率よりも低い蒸着材料を膜厚λ/4(λ:入射光の波長)で蒸着用基板面上に蒸着する単層膜、或いは低屈折率と高屈折率の蒸着材料を2層以上積層して形成する多層膜により形成されるものが知られていた。 尚、高反射鏡等の反射鏡、偏光子、フイルターなどは、真空蒸着法によって蒸着用基板面上に低屈折率の蒸着材料と高屈折率の蒸着材料を通常、10層以上の多層に積層して製作されている。
【0003】
しかしながら、真空蒸着法で製作された光学薄膜はその屈折率が一様(均質膜)ではなく、屈折率が膜の厚み方向に変化(不均質膜)している。そして、光学薄膜は使用に際して周囲の雰囲気に晒されるため、光学薄膜の光学的特性は周囲の雰囲気に大きく影響される。
【0004】
ここで、屈折率が膜の厚み方向に変化(不均質膜)する際の指標となる光学薄膜の充填率(パッキング密度:Packing density)をpとすれば、下記(1)式によって充填率pを定義できる。
p=V1/V2・・・(1)式
尚、V1は光学薄膜の均質膜部分の体積を示し、V2は光学薄膜の全体積(均質膜部分と不均質部分を併せた体積)を示す。この様に定義すると、光学薄膜での充填率pの値は、通常0.7~1.0の範囲であり、0.8~0.95が最も多く、1になることは非常に少ない。
【0005】
したがって、充填率pが1より小さいので、光学薄膜の屈折率は光学薄膜の均質膜部分の屈折率よりも小さくなる。光学薄膜の屈折率nは下記(2)式で表すことができる。
n=pns+(1-p)nv ・・・(2)式
ここで、nsは光学薄膜の均質膜部分の屈折率、nvは空隙層の屈折率である。
以上より(2)式から、光学薄膜の屈折率nを下げるには、空隙層を大きくして充填率pを小さくすればよい、ということが分かる。
【0006】
他方、先行技術としては、発明者らがすでに出願して公開された下記特許文献1が知られている。すなわち、蒸着用基板面上に、酸化物、フッ化物、半導体、金属とされる4種類のうちの何れかの物質とプラスチックとからなる2種類の物質を同時に、この蒸着用基板の表面までプラスチックが浸入するように蒸着して、混合薄膜を形成するというものである。但し、特許文献1で開示された技術では、高屈折率材料と低屈折率材料とを積層して多層構造の光学薄膜を得ることはできたが、製造コストを十分に低減できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そして、上記した従来の光学薄膜の形成方法では以下に述べるような問題点があった。
すなわち、従来の真空蒸着法によって2種類の誘電体材料のみで高屈折率材料と低屈折率材料とを積層して製作された多層構造の光学薄膜は、屈折率が最小のMgF2であっても1.38と大きい。このため、このMgF2を低屈折率材料として採用しても光学特性の優れた高反射膜、偏光膜、各種のフイルターなどを製作するには数十層以上の層数が必要であり、製造コストが増大する問題点があった。
【0009】
その上、蒸着基板と蒸着材料の熱膨張が大きく異なるため、形成された光学薄膜に内部応力が生じる結果、光学薄膜に引っ張り応力により亀裂が発生したり、或いは圧縮応力により剥離したりする問題点もあった。
【0010】
本発明は上記背景に鑑みてなされたもので、低屈折率材料と高屈折材料の交互層で製作した多層光学薄膜の層数を大幅に減らすことで、製作が容易かつ低コストであるだけでなく、蒸着された薄膜が亀裂、剥離、破壊等されづらい薄膜の形成方法及びこの方法で製作された光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記目的を達成するために、請求項1の薄膜の形成方法は、真空槽内において、高屈折率材料と低屈折率材料を交互に積み重ねた交互層により基板上に多層光学薄膜を製作する際に、高屈折材料として誘電体材料である酸化物或いはフッ化物を用い、低屈折材料としてプラスチック材料を用い、これら材料をスパッター、電子ビーム或いは抵抗加熱により順次加熱して蒸発させると共に、誘電体材料を最終的にオーバーコートすることで、基板上に成膜するドライプロセスにて多層光学薄膜を形成することを特徴とする。
この際、請求項2によれば、前記プラスチック材料を蒸発させて薄膜を形成する場合に、真空槽内にハロゲンガス、酸素ガス、或いは水素ガスを導入し、電子ビーム或いは抵抗加熱により前記プラスチック材料を蒸発させて成膜することを特徴とする。
【0012】
上記請求項によるプラスチック材料によってプラスチック薄膜が形成されるが、この薄膜は低コストで製作でき、不均質膜を形成するために充填率が非常に小さい。このため、このプラスチック材料は低屈折材料としては有用であるが、プラスチック薄膜は非常に傷つき易い弱点がある。但し、プラスチック薄膜面上に誘電体材料を最終的にオーバーコートすることで、傷つき難い硬度とすることで弱点を解消できる。
【0013】
また、上記請求項によれば、真空槽内のドライプロセスで材料を順次加熱して基板上に蒸着して成膜することとした。このようにドライプロセスを採用すれば、化学的処理法のように大量の純水を用いることなく真空中において多層膜を形成することができ、廃液処理の問題も生じない。
【0014】
さらに、従来の誘電体材料による低屈折材料と比較して大幅に屈折率が低いプラスチック材料を低屈折材料として形成されたプラスチック薄膜は、上記のように不均質膜で充填率が小さいために、薄膜形成の際に発生する応力は、従来のものと比較して1/10以下の小さい値となる。
【0015】
したがって、低屈折率材料のプラスチック材料からなる薄膜と高屈折率材料の誘電体材料からなる薄膜とを交互に積み重ねた交互層により形成された多層光学薄膜を用いて、高反射鏡、偏光子、バンドパスフイルターなどの光学素子を製作する場合、薄膜の層数を大幅に減らすことができ、応力による薄膜損傷の問題点も解決できる。
【0016】
他方、高強度のレーザー光の照射により光学薄膜が損傷することがある。これは光学薄膜内の吸収物質がレーザー光を吸収して光学薄膜内に急激な温度上昇を生じるのに伴い、圧力上昇によって損傷を発生するためである。これに対して、請求項1のプラスチック材料による薄膜は内部に空隙が存在するため、圧力上昇が緩和され、薄膜のレーザー損傷閾値を高くすることができる。
【0017】
以上より、請求項1に係る薄膜の形成方法によれば、充填率が低く超低屈折率のプラスチック材料を低屈折材料として用いることにより、低屈折率材料と高屈折材料の交互層で製作した多層光学薄膜の層数を大幅に減らせて、多層光学薄膜の製作が容易かつ低コストとなる。さらに、蒸着された薄膜が亀裂、剥離、破壊等されづらく高い強度の多層光学薄膜が得られる。
【0018】
請求項3の光学素子は、高屈折材料として酸化物或いはフッ化物が用いられ、低屈折材料としてプラスチック材料が用いられ、これらの材料を交互に積み重ねた交互層によって、多層光学薄膜が基板上に形成されたことを特徴とする。
【0019】
請求項3の光学素子によれば、低屈折材料としてプラスチック材料を採用したことで、上記のように薄膜形成の際に発生する応力が、従来のものと比較して1/10以下の小さい値となり、応力による薄膜損傷を低減しつつ、薄膜の層数を大幅に減らした高反射鏡、偏光子、バンドパスフイルターなどに適用できる。また、プラスチック材料による薄膜を採用したのに伴い、層内に空隙が存在する結果として、圧力上昇が緩和され、薄膜のレーザー損傷閾値を高くすることもできる。
【0020】
以上より、上記した請求項1の薄膜の形成方法と同様に、充填率が低く超低屈折率のプラスチック材料を低屈折材料として用いることにより、低屈折率材料と高屈折材料の交互層で製作した多層光学薄膜の層数を大幅に減らせて、多層光学薄膜を有した光学素子の製作が容易かつ低コストとなる。さらに、蒸着された薄膜が亀裂、剥離、破壊等されづらく高い強度の多層光学薄膜を有した光学素子が得られる。
【0021】
上記請求項3の光学素子において、前記基板として、石英ガラス、硼珪クラウンガラス、燐酸塩ガラスを含むガラス、蛍石、水晶、サファイヤの結晶、YAG 、Al2O3のレーザー用結晶、セラミックス、半導体、金属のいずれかよりなることを特徴とする。
【0022】
上記請求項3の光学素子において、酸化物として、SiO2、Al2O3、CeO2、HfO2、Ta2O5、ThO2、TiO2、ZrO2、Sc2O3、Y2O3、La2O3、Nd2O3のいずれかとされ、
フッ化物として、MgF2、AlF3、CaF2、LaF3、NdF3、YbF3、YF3のいずれかとされることを特徴とする。
【0023】
上記請求項3の光学素子において、前記プラスチック材料として、アクリル、ポリプロピレン、ポリアミド、テフロン(登録商標)の何れかが用いられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る薄膜の形成方法及びこの方法で製作された光学素子によれば、低屈折率材料と高屈折材料の交互層で製作した多層光学薄膜の層数を大幅に減らすことで、製作が容易かつ低コストであるだけでなく、蒸着された薄膜が亀裂、剥離、破壊等されづらくなるという優れた効果を有する。
【0025】
具体的には、折率勾配を持ち、既存の低屈折率蒸着物質よりも屈折率が非常に小さいプラスチック材料を低屈折材料として用いたことにより、層数を30%程度も減らすことができる。そして、この結果として、反射防止膜、反射鏡、偏光子、フイルター等の光学素子を容易かつ安価に製作できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本実施の形態を説明するためにプラスチック薄膜を基板面上に成膜した状態を示す図であって、(A)は層の厚さと屈折率の関係を表したグラフを示す図であり、(B)は層の構成を示す断面図である。
【
図2】本実施の形態に係る高屈折率の誘電体材料と低屈折率のプラスチックの交互層で基板面上に多層膜を成膜した状態における各層の厚さと屈折率の関係を表したグラフを示す図である。
【
図3】Al
2O
3とテフロン(登録商標)を組み合わせて成膜した5層構成の光学素子による反射率と、Al
2O
3とMgF
2を組み合わせて成膜した5層構成のサンプルによる反射率を比較し、波長との関係で表したグラフを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明に係る薄膜の形成方法及び光学素子の実施の形態を各図面に基づき、詳細に説明する。
まず、プラスチック材料によるプラスチック薄膜を基板面上に成膜することに関して説明する。
図1は、本実施の形態を説明するためにプラスチック薄膜を基板面上に成膜した状態を示す図である。このうちの
図1(A)は層の厚さと屈折率の関係を表したグラフであり、
図1(B)は層の構成を示す断面図である。
【0028】
光学素子に用いられる蒸着用基板1の面上にプラスチック材料を蒸着した場合、
図1(B)に示すプラスチック薄膜3が形成される。ここに、4は空気層であり、この空気層4の屈折率は1.0である。また、n
sは蒸着用基板1の屈折率であり、n
pはプラスチック薄膜3の底面層の屈折率であり、n
1はプラスチック薄膜3の表面層の屈折率である。
【0029】
上記プラスチック材料をプラスチック薄膜3として蒸着する際の蒸着物質としては、アクリル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、テフロン(登録商標)の何れかとすることが考えられる。そして、このプラスチック薄膜3を蒸着用基板1上に形成するには、真空中において電子ビームや抵抗加熱によってプラスチック材料を蒸発させる真空蒸着法が用いられる。
【0030】
蒸着用基板1上に形成された上記のプラスチック薄膜3は不均質膜であるために、
図1(A)で示すような屈折率の勾配を有する。この際のプラスチック薄膜3の充填率pは約65%となり、石英製の基板に蒸着した場合における反射率は約0.1%に相当する。
【0031】
また、薄膜内に発生する応力は、石英製の基板を250℃に加熱してその面上に比較例とされる誘電体蒸着材料を成膜した場合、約400~700kgf/cm2となったが、同じく石英製の蒸着用基板1を250℃に加熱してプラスチック材料をその面上に蒸着してプラスチック薄膜3を成膜した場合、約50~60kgf/cm2となった。つまり、プラスチック薄膜3の内部に発生する応力は比較例の約1/10の値となった。
【0032】
他方、このプラスチック薄膜3のレーザー耐力は、パルス発振のYAGレーザー(波長:1.06μm、パルス幅:10ns)の照射に対して213J/cm2 であった。これは誘電体蒸着材料で成膜した薄膜の最高値に匹敵する値である。
【0033】
次に、本実施形態に係る光学素子について説明する。
高屈折材料の誘電体材料としてのAl2O3からなる誘電体薄膜2と、低屈折材料のプラスチック材料としてのポリテトラフルオロエチレンであるテフロン(登録商標)からなるプラスチック薄膜3とを各5層ずつ、順次相互に積層した交互層によって多層光学薄膜が蒸着用基板1上に形成された光学素子とする。但し、機械的な強度を高めるために、最終的には酸化物であるSiO2やAl2O3あるいはフッ化物であるMgF2などの誘電体薄膜2をさらにオーバーコートするので、誘電体薄膜2は実質的に6層となる。
【0034】
このような光学素子によれば、低屈折材料としてプラスチック材料を採用したことで、上記のように薄膜形成の際に発生する応力が、従来のものと比較して1/10以下の小さい値となった。このため、応力による薄膜損傷を低減しつつ、薄膜の層数を大幅に減らすことができ、この光学素子を高反射鏡、偏光子、バンドパスフイルターなどに適用できる。また、プラスチック材料によるプラスチック薄膜3を採用したのに伴い、層内に空隙が存在する結果として、圧力上昇が緩和され、薄膜のレーザー損傷閾値を高くすることもできる。
【0035】
図2は、上記のように蒸着用基板1の面上に誘電体材料による誘電体薄膜2とプラスチック材料によるプラスチック薄膜3を交互に蒸着して積み重ねて交互層を製作した場合の屈折率のグラフである。ここでプラスチック薄膜3の屈折率は層の厚み方向に沿って変化する屈折率勾配を示していることがわかる。4は空気層であり、この空気層4の屈折率は1.0である。また、n
sは蒸着用基板1の屈折率であり、n
hは誘電体薄膜2の屈折率であり、n
pはプラスチック薄膜3の底面層の屈折率であり、n
1はプラスチック薄膜3の表面層の屈折率である。
【0036】
他方、上記の蒸着用基板1の材料としては、石英ガラス、硼珪クラウンガラス、燐酸塩ガラスを含むガラス、蛍石(CaF2)、水晶(SiO2)、サファイヤ(Al2O3)などの結晶、YAG 、Al2O3のレーザー用結晶、セラミックス、半導体、プラスチック、金属の何れかを使用することが考えられる。すなわち、ガラスとして例えば、石英ガラス、硼珪クラウンガラス、燐酸塩ガラスを用い、レーザー用結晶として例えば、YAG 、Al2O3を用いることとする。
【0037】
さらに、上記の誘電体材料には、酸化物或いはフッ化物が用いられる。ここで、酸化物としては、SiO2、Al2O3、CeO2、HfO2、Ta2O5、ThO2、TiO2、ZrO2、Sc2O3、Y2O3、La2O3、Nd2O3の何れかを用いることができ、フッ化物としては、MgF2、AlF3、CaF2、LaF3、NdF3、YbF3、YF3の何れかを用いることができる。
【0038】
尚、上記のプラスチック材料には前述と同様に、アクリル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、テフロン(登録商標)の何れかを使用することが考えられる。
【0039】
次に、このような光学素子を作成する際の薄膜の形成方法について具体的に説明する。
まず、蒸着用基板1上に薄膜を形成するために、図示しない真空槽内に蒸着用基板1の他、高屈折材料としての誘電体材料及び低屈折材料としてのプラスチック材料を設置する。さらに、蒸着用基板1を120~350℃の範囲の温度として、ドライプロセスにてこれら誘電体材料及びプラスチック材料を順次加熱して蒸着用基板1上に成膜して多層光学薄膜を形成する。なお、多層光学薄膜の交互層を形成するのに際して、膜厚は監視用の光モニターで測定し、蒸発速度は水晶振動子で監視する。
【0040】
ここで、高屈折率材料としての誘電体材料の誘電体薄膜2を形成するには、真空蒸着法、スパッタリング法、抵抗加熱、或いは電子ビームを用いる。具体的には、高屈折率材料が酸化物の場合は、酸素ガスを真空槽内に導入して電子ビーム、或いはスパッターで酸化物を蒸発させる。また、高屈折率材料がフッ化物の場合は、抵抗加熱、或いは電子ビームでフッ化物を蒸発させる。また、プラスチック薄膜3を形成するには、真空中で電子ビームや抵抗加熱によってプラスチック材料を蒸発させる真空蒸着法を用いる。
【0041】
この際、プラスチック材料を蒸発させてプラスチック薄膜3を形成する場合に、真空槽内にハロゲンガス、酸素ガス、或いは水素ガスを真空槽内に導入して成膜するが、このプラスチック薄膜は低コストで製作でき、不均質膜を形成するために充填率が非常に小さい。但し、プラスチック薄膜面上に誘電体材料を最終的にオーバーコートすることで、傷つき難い硬度とすることで弱点を解消することができる。またこのときの蒸着用基板1の材料、誘電体材料及びプラスチック材料には前述と同様のものを採用することもできる。
【0042】
ここで、本実施形態に係る誘電体材料としてのAl
2O
3とプラスチック材料としてのテフロン(登録商標)を組み合わせて各5層ずつ順次相互に積層した交互層によって蒸着用基板1上に多層光学薄膜を設けた光学素子を作製する。また、比較例として、Al
2O
3とフッ化マグネシウム(MgF
2)を組み合わせて各5層ずつ順次相互に積層した交互層によって基板上に多層光学薄膜を設けたサンプルを作製する。これらに関しての反射率を比較したグラフを
図3に示す。尚この際、低屈折率材料であるテフロンの屈折率は1.25であり、MgF
2の屈折率は1.38である。
【0043】
そして、本実施形態の上記光学素子による高反射鏡のデータを特性曲線Cとし、上記サンプルによる高反射鏡のデータを特性曲線Dとする。YAGレーザーの3倍高調波である355nmの波長においては、特性曲線Cの反射率が約32%であるのに対して、特性曲線Dの反射率が約21%であった。つまり、355nmの波長においては反射率が両者間で大きく異なることから、高屈折率の誘電体材料と超低屈折率な値を持つテフロンとの交互層で製作した光学素子を高反射鏡とすれば、積層する層数を約30%も減らせる可能性があることをこの
図3のグラフは示している。
【0044】
また、プラスチック材料は幅広い帯域でも屈折率を維持できるのに合わせて、本発明の光学素子は、深紫外波長域である190nmから赤外波長域の8000nmの広波長域にわたって透明で超低屈折率とできるだけでなく、透明であるプラスチック材料と高屈折率の誘電体材料との交互層で多層光学薄膜を形成し、これらの波長範囲の光学系機器に最適な光学特性を提供できる。これに伴って本発明により、光学薄膜を蒸着した光学機器用の光学素子や高出力レーザーを含むレーザー用の光学素子における性能や特性を大幅に向上できる。
【0045】
なお、上記実施形態では誘電体薄膜とプラスチック薄膜を各5層としたが、実際には数十層とすることが考えられる。但し、いずれにしても本発明は薄膜の層数を従来比で30%程度減らすことができる。さらに、高屈折率材料と低屈折率材料との相違であるが、具体的な屈折率の上限や下限を問題としているのではなく、基板上に交互層からなる多層光学薄膜を製作する際における2種類の材料間の屈折率に高低の相違があれば良い。
【0046】
以上、本発明に係る実施例を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づいて種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明に係る薄膜の形成方法で得られた多層光学薄膜による光学素子は、深紫外波長域から可視域はもちろんのこと、特に近赤外域から赤外域での高出力レーザーを含むレーザーシステム用の光学素子、天体観測用の光学素子や光学機器用の光学素子、例えばデジタルカメラ、ビデオカメラ、液晶プロジェクター、スマートフォンやフェイスブックなどのディスプレイ、絵画、ディスプレイ用の保護ガラスなどに最適である。
【符号の説明】
【0048】
1 蒸着用基板(基板)
2 誘電体薄膜
3 プラスチック薄膜
4 空気層
ns 蒸着用基板の屈折率
np プラスチック薄膜の底面層の屈折率
n1 プラスチック薄膜の表面層の屈折率
nh 誘電体薄膜の屈折率