(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-16
(45)【発行日】2022-03-25
(54)【発明の名称】化学パルプの製造方法
(51)【国際特許分類】
D21C 3/02 20060101AFI20220317BHJP
D21C 3/06 20060101ALI20220317BHJP
【FI】
D21C3/02
D21C3/06
(21)【出願番号】P 2017241962
(22)【出願日】2017-12-18
【審査請求日】2020-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2016253518
(32)【優先日】2016-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000154727
【氏名又は名称】株式会社片山化学工業研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】505112048
【氏名又は名称】ナルコジャパン合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】特許業務法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】土居 摩記
(72)【発明者】
【氏名】小谷 安夫
【審査官】長谷川 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開昭52-040604(JP,A)
【文献】特開昭51-112903(JP,A)
【文献】特開平03-167547(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21B1/00-1/38
D21C1/00-11/14
D21D1/00-99/00
D21F1/00-13/12
D21G1/00-9/00
D21H11/00-27/42
D21J1/00-7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグノセルロース材料をアルカリ蒸解又は亜硫酸蒸解することにより化学パルプを製造する方法であって、
ラジカル捕捉剤を含有する薬液中でリグノセルロース材料を蒸解することを含
み、
前記ラジカル捕捉剤が、4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(H-TEMPO)、N,N’-ジ-sec-ブチル-1,4-フェニレンジアミン(PDA)、及び、N,N-ジエチルヒドロキシルアミン(DEHA)からなる群から選択される少なくとも1つである、製造方法。
【請求項2】
リグノセルロース材料を、ラジカル捕捉剤を含有するアルカリ性溶液中で蒸解することを含
み、
前記ラジカル捕捉剤が、4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(H-TEMPO)、N,N’-ジ-sec-ブチル-1,4-フェニレンジアミン(PDA)、及び、N,N-ジエチルヒドロキシルアミン(DEHA)からなる群から選択される少なくとも1つである、化学パルプを製造する方法。
【請求項3】
前記蒸解は、前記ラジカル捕捉剤を含有する薬液又は前記アルカリ性溶液の温度が80℃~200℃となるように加熱することを含む、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記蒸解は、リグノセルロース材料を、ラジカル捕捉剤と、硫化ナトリウム及び/又は水酸化ナトリウムとを含むアルカリ性溶液中で、80℃~200℃で加熱することを含む、請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
リグノセルロース材料を、アルカリ蒸解又は亜硫酸蒸解する方法であって、
ラジカル捕捉剤を含有する薬液中で、前記リグノセルロース材料を蒸解することを含
み、
前記ラジカル捕捉剤が、4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(H-TEMPO)、N,N’-ジ-sec-ブチル-1,4-フェニレンジアミン(PDA)、及び、N,N-ジエチルヒドロキシルアミン(DEHA)からなる群から選択される少なくとも1つである、蒸解方法。
【請求項6】
前記薬液は、ラジカル捕捉剤を含有するアルカリ性溶液である、請求項5記載の蒸解方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、化学パルプの製造方法、及びリグノセルロース材料の蒸解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化学パルプ、すなわちリグノセルロース材料を化学的に処理してパルプを製造する方法としてはアルカリ蒸解法や亜硫酸蒸解法がある。本開示におけるアルカリ蒸解法としては、クラフト蒸解法、ソーダ蒸解法、サルファイト蒸解法、オルガノソルブ蒸解法など多種にわたる。また、本開示における亜硫酸蒸解法(亜硫酸法)は、アルカリ性亜硫酸法、中性亜硫酸法、酸性亜硫酸法、及び重亜硫酸法の各種亜硫酸法の総称である。
リグノセルロース材料を蒸解してパルプを製造する際、パルプ収率を向上させるとともに蒸解速度を高める点から、ジヒドロアントラキノン、テトラヒドロアントラキノン等のヒドロアントラキノン類を蒸解助剤として使用することが行われている(例えば、特許文献1)。また、蒸解工程用脱樹脂剤として、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルカルボン酸塩が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭54-82401号公報
【文献】特公昭53-28522号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、近年、アントラキノンの発がん性が指摘されている。例えば、欧州食品安全機関(EFSA)は、2012年に、アントラキノンについて発がん作用の可能性が排除できないとの意見を公表している。それを受け、ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)は、2013年に、食品包装用の紙に用いることが認められている物質のリストからアントラキノンを除外することを公表しておりアントラキノン類の使用を控える方向にある。また、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルカルボン酸塩を添加しても、パルプ収率及びパルプ品質を十分に向上することができないという問題がある。さらに、蒸解工程で得られるカッパー価が高いと、漂白工程における漂白剤(酸素、二酸化塩素、塩素、次亜塩素、過酸化水素、水酸化ナトリウム及びオゾン等)を大量に必要とするという問題がある。
【0005】
このため、従来法に代わって、パルプ収率の向上や、カッパー価の低減が可能な新たな蒸解助剤が求められている。
【0006】
本開示は、一又は複数の実施形態において、収率の向上及びカッパー価の低減の少なくとも一方が可能な化学パルプの製造方法及び蒸解方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は、一態様において、リグノセルロース材料をアルカリ蒸解又は亜硫酸蒸解することにより化学パルプを製造する方法であって、ラジカル捕捉剤を含有する薬液中でリグノセルロース材料を蒸解することを含む製造方法に関する。
【0008】
本開示は、一態様において、リグノセルロース材料を、ラジカル捕捉剤を含有するアルカリ性溶液中で蒸解することを含む、化学パルプを製造する方法に関する。
【0009】
本開示は、一態様において、リグノセルロース材料をアルカリ蒸解又は亜硫酸蒸解する方法であって、ラジカル捕捉剤を含有する薬液中で、前記リグノセルロース材料を蒸解することを含む蒸解方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、一又は複数の実施形態において、収率の向上及びカッパー価の低減の少なくとも一方が可能な化学パルプの製造方法及び蒸解方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】は、化学パルプの製造系のフローの一例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本開示は、ラジカル捕捉剤の存在下で蒸解を行うことにより、脱リグニンを促進し、精選収率を向上でき、及び/又はカッパー価を低減できるという知見に基づく。
【0013】
ラジカル捕捉剤の存在下で蒸解を行うことにより、上記の効果が奏される理由は明らかではないが、以下のように推定される。
すなわち、N,N'-ジ-sec-ブチル-1,4-フェニレンジアミン(PDA)等のラジカル捕捉剤の存在下でリグノセルロース材料の蒸解を行うことによって、遊離又は断片化したリグニンやセルロース等由来のラジカルに、水素又はラジカル捕捉剤自身が反応する。この反応により、リグニン同士のラジカルカップリング反応や、リグニンとセルロースとのラジカルカップリング反応を抑制できる。その結果、リグニンが再重合することを防止でき、また、リグノセルロース材料におけるラジカル重合反応も防止できる。これらによって、脱リグニンを促進でき、セルロースのリグノセルロース化を抑制することにより、従来よりも精選収率(パルプ収率)を向上できるものと考えられる。なお、本開示において「精選収率(パルプ収率)」とは、蒸解後の未晒パルプからノット粕等の未蒸解繊維を除去した後のパルプ(精選パルプ)の乾燥重量を、蒸解に用いた原料(リグノセルロース材料)全体の絶乾重量に対する百分率のことをいう。但し、本開示はこれらのメカニズムに限定されるものではない。
【0014】
本開示において「化学パルプ」とは、リグノセルロース材料を化学的に処理して脱リグニンして得られたパルプである。化学パルプとしては、一又は複数の実施形態において、亜硫酸パルプ、溶解亜硫酸パルプ、アルカリパルプ、クラフトパルプ、又は溶解クラフトパルプ等が挙げられる。
【0015】
化学パルプを製造する方法としては、アルカリ蒸解法又は亜硫酸蒸解法がある。アルカリ蒸解法としては、一又は複数の実施形態において、水酸化ナトリウム水溶液、又は水酸化ナトリウムと硫化ナトリウムとの混合液等の強いアルカリ性水溶液を蒸解薬液として、例えば、140~180℃でセルロース原料を蒸解し、パルプを得る方法が挙げられる。アルカリ蒸解法としては、一又は複数の実施形態において、クラフト蒸解法、ソーダ蒸解法、サルファイト蒸解法、又はオルガノソルブ蒸解法等の様々な方法が挙げられる。また亜硫酸蒸解法としては、一又は複数の実施形態において、アルカリ性亜硫酸法、中性亜硫酸法、酸性亜硫酸法、又は重亜硫酸法の各種亜硫酸法が挙げられる。
【0016】
本開示において「蒸解」とは、木材や非木材のリグノセルロース材料を薬品を用いて、高温・高圧処理を行い、リグノセルロース材料からリグニン等の非繊維素物を溶解又は除去してセルロース等の繊維素を分離することをいう。本開示における蒸解としては、アルカリ蒸解法又は亜硫酸蒸解法がある。蒸解は、一又は複数の実施形態において、リグノセルロース材料と、ラジカル捕捉剤を含有するアルカリ溶液(蒸解液)とを釜で加熱することにより行うことができる。本開示における「蒸解」は、繊維化(パルピング)のための蒸解釜を用いた高温高圧下での蒸解のみならず、脱リグニンのための酸素蒸解(例えば、酸素脱リグニン工程における酸素蒸解装置(O2リアクター)で行われる蒸解)を含みうる。本開示における高温処理としては、一又は複数の実施形態において、80℃以上に加熱することが挙げられる。本開示の製造方法における蒸解は、一又は複数の実施形態において、ラジカル捕捉剤を含有する薬液又は前記アルカリ性溶液の温度が80℃~200℃となるように加熱することを含む。本開示における高圧処理としては、一又は複数の実施形態において、0.2MPa以上に加圧することが挙げられ、好ましくは0.3MPa以上若しくは1.0MPa以上であり、又は3.0MPa以下であり、好ましくは2.0MPa以下である。
【0017】
本開示において「リグノセルロース材料」は、木材チップ等の各種木材であってもよいし、ワラ等の非木材であってもよい。木材としては、一又は複数の実施形態において、針葉樹(N材)チップ及び広葉樹(L材)チップが挙げられる。針葉樹としては、一又は複数の実施形態において、カラマツ、アカマツ、スギ等が挙げられる。広葉樹としては、一又は複数の実施形態において、ユーカリ及びアカシア等が挙げられる。リグノセルロース材料は、一又は複数の実施形態において、単一種類のリグノセルロース材料であってもよいし、2種類以上のリグノセルロース材料が混合されたものであってもよい。本開示におけるリグノセルロース材料は、上記木材チップ等のみならず、蒸解釜(蒸解工程)で排出されるパルプスラリー(例えば、未晒し又は未漂白パルプ等)を含みうる。
【0018】
本開示において「ラジカル捕捉剤」とは、蒸解中に生成するラジカル種と結合する又は結合可能な化合物、若しくは生成したラジカル種を起因とする重合反応を抑制する又は抑制可能な化合物をいう。本開示のラジカル捕捉剤は、一又は複数の実施形態において、フリーラジカル捕捉剤ともいうことができる。
【0019】
ラジカル捕捉剤としては、一又は複数の実施形態において、アミン系ラジカル捕捉剤、テトラメチルピペリジンオキシル系ラジカル捕捉剤、フェノール系ラジカル捕捉剤、又はキノン系ラジカル捕捉剤等が挙げられる。
【0020】
アミン系ラジカル捕捉剤としては、一又は複数の実施形態において、N,N'-ジ-sec-ブチル-1,4-フェニレンジアミン(PDA)、N,N'-ビス(1,4-ジメチルペンチル)-1,4-フェニレンジアミン、N-(1,4-ジメチルペンチル)-N'-フェニル-1,4-フェニレンジアミン、N-フェニル-N'-(1,3-ジメチルブチル)-1,4-フェレンジアミン、N-フェニル-N'-イソプロピル-1,4-フェニレンジアミン、N,N'-ジ-フェニル-1,4-フェニレンジアミン又はN,N'-ジ-2-ナフチル-1,4-フェニレンジアミン等のフェニレンジアミン系ラジカル捕捉剤、N,N-ジエチルヒドロキシルアミン(DEHA)又はN,N-ジメチルヒドロキシルアミン等のヒドロキシルアミン系ラジカル捕捉剤、トリブチルアミン、ジフェニルアミン、フェノチアジン、又はフェニル-α-ナフチルアミン等が挙げられる。
【0021】
テトラメチルピペリジンオキシル系ラジカル捕捉剤としては、一又は複数の実施形態において、4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(H-TEMPO)、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル、4-アミノ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル、4-シアノ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル、4-ベンゾキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル、4-メトキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル、4-オキソ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル、4-アセトアミド-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル、又はビス-(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル)-セバケート等が挙げられる。
【0022】
フェノール系ラジカル捕捉剤としては、一又は複数の実施形態において、2-メチルフェノール、2-エチルフェノール、2-プロピルフェノール、2-メトキシフェノール、2,4-ジメチルフェノール、2,6-ジメチルフェノール、2,6-ジメトキシフェノール、2-tert-ブチル-4-メチルフェノール、2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール、又は4-ターシャリーブチルカテコール等が挙げられる。
【0023】
キノン系ラジカル捕捉剤としては、一又は複数の実施形態において、ヒドロキノン、ベンゾキノン、メトキノン、エチルハイドロキノン、プロピルハイドロキノン、ブチルハイドロキノン、ペンチルハイドロキノン、ヘキシルハイドロキノン、ターシャリーブチルハイドロキノン、ヒドロキシハイドロキノン、又はナフトキノン等が挙げられる。
【0024】
[化学パルプの製造方法]
本開示は、一態様において、化学パルプを製造する方法(本開示の製造方法)に関する。本開示の製造方法は、一態様において、リグノセルロース材料を、アルカリ蒸解又は亜硫酸蒸解することにより化学パルプを製造する方法であって、ラジカル捕捉剤を含有する薬液中でリグノセルロース材料を蒸解することを含む。また、本開示の製造方法は、一態様において、ラジカル捕捉剤を含有するアルカリ性溶液中で蒸解することを含む化学パルプの製造方法に関する。
【0025】
ラジカル捕捉剤を含有させる薬液としては、一又は複数の実施形態において、亜硫酸パルプ、溶解亜硫酸パルプ、ソーダパルプ、クラフトパルプ、及び溶解クラフトパルプ等の化学パルプの製造における蒸解工程で使用される薬液(蒸解液)、及び酸素脱リグニン工程で使用される薬液等が挙げられる。
【0026】
ラジカル捕捉剤を含有する薬液としては、一又は複数の実施形態において、ラジカル捕捉剤を含有するアルカリ性溶液が挙げられる。
【0027】
ラジカル捕捉剤を含有させるアルカリ性溶液としては、一又は複数の実施形態において、アルカリ蒸解に用いる蒸解液等が挙げられる。本開示の製造方法で使用するラジカル捕捉剤を含有する薬液又はアルカリ性溶液(蒸解液)は、一又は複数の実施形態において、ラジカル捕捉剤と、硫化ナトリウム(Na2S)と、水酸化ナトリウム(NaOH)とを含み、好ましくは主成分として硫化ナトリウムと水酸化ナトリウムとを含み、蒸解助剤としてラジカル捕捉剤を含む。ラジカル捕捉剤を含有する薬液又はアルカリ性(蒸解液)における硫化度は、一又は複数の実施形態において、10%~35%であり、好ましくは27%~30%である。アルカリ添加量(活性アルカリ添加率(AA))は、一又は複数の実施形態において、5%~35%であり、好ましくは13%~30%である。硫化度は、(Na2S)/(NaOH+Na2S)×100で表される。活性アルカリは、NaOH+Na2Sに換算して表される。
【0028】
本開示の製造方法で使用するラジカル捕捉剤を含有する薬液及びアルカリ性溶液は、一又は複数の実施形態において、実質的に有機溶媒を含有しない。本開示において実質的に含有しないこととしては、一又は複数の実施形態において、薬液又はアルカリ性溶液における有機溶媒の濃度が、5重量%以下、4重量%以下、3重量%以下、2重量%以下、1重量%以下、0.5重量%以下、略0重量%、又は0重量%である。
【0029】
ラジカル捕捉剤を含有させるアルカリ性溶液としては、一又は複数の実施形態において、酸素脱リグニン工程で使用される薬液(処理液)等が挙げられる。本開示の製造方法で使用するラジカル捕捉剤を含有するアルカリ性溶液としては、一又は複数の実施形態において、少なくとも、ラジカル捕捉剤と、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウム等のアルカリ薬剤を含む。該アルカリ性溶液のpHは、一又は複数の実施形態において、11以上若しくは12以上であり、又は14以下若しくは13.5以下である。
【0030】
本開示の製造方法で使用するラジカル捕捉剤を含有する薬液(蒸解液)としては、一又は複数の実施形態において、ラジカル捕捉剤を含む亜硫酸溶液、又はラジカル捕捉剤を含む亜硫酸水素溶液(重亜硫酸溶液)等が挙げられる。
【0031】
ラジカル捕捉剤の添加量は、一又は複数の実施形態において、原料となるリグノセルロース材料の絶乾重量に応じて適宜決定できる。ラジカル捕捉剤の添加量は、一又は複数の実施形態において、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して、0.005重量%~5重量%であり、好ましくは0.01重量%~4重量%であり、より好ましくは0.05重量%~3重量%である。本開示におけるラジカル捕捉剤の添加量は、一又は複数の実施形態において、本開示の蒸解が行われる処理液中のラジカル捕捉剤の濃度を含む。
【0032】
本開示の製造方法は、一又は複数の実施形態において、ラジカル捕捉剤を添加する工程を含んでいてもよい。ラジカル捕捉剤は、ラジカル捕捉剤を含有する薬液中でリグノセルロース材料が蒸解可能なように添加されれば、添加箇所は特に限定されない。ラジカル捕捉剤の添加箇所としては、一又は複数の実施形態において、蒸解工程に先立つ原料チップ供給工程からリグノセルロース材料をアルカリ蒸解又は亜硫酸蒸解する蒸解工程までの少なくとも一カ所が挙げられる。ラジカル捕捉剤は、一又は複数の実施形態において、蒸解が行われる蒸解釜に添加してもよいし、収率を向上させる点から、蒸解釜へ原料チップを供給する原料チップ供給工程のいずれかに添加することが好ましい。原料チップ供給工程における添加箇所としては、一又は複数の実施形態において、チップビン(
図1の13)、スチーミングベッセル(
図1の14)、メタルトラップ、チップシュート、及び高圧フィーダー等が挙げられる。また、蒸解液(白液および黒液)の注入循環ラインに添加してもよい。蒸解釜での蒸解後の脱リグニン工程の酸素蒸解装置に添加してもよい。ラジカル捕捉剤は、一又は複数の実施形態において、一度に添加してもよいし、分割して添加してもよい。
【0033】
図1に、化学パルプの製造方法のフローの一例を示す。
図1のフローには、リグノセルロース材料の原料チップ供給工程、蒸解工程、及び酸素脱リグニン工程が含まれる。
(原料チップ供給工程)
チッパー(図示せず)でチップ化されたリグノセルロース材料のチップ11は、チップサイロ12に保管される。チップサイロ12で保管されたチップは、チップスクリーン(図示せず)にて選定されてチップビン13に送られた後、スチーミングベッセル14においてチップ内部の気相が水蒸気に置換される。
(蒸解工程)
スチーミングベッセル14において浸透性が高められたチップは、浸透塔15において、アルカリ性蒸解液の導入により蒸解液のチップ内部への浸透が促進される。その後、蒸解釜16において、パルプ材料である木材チップと、水酸化ナトリウム等を含有する溶液とを混合し加圧蒸煮することで、非繊維成分が溶解された黒液とパルプとが混在するパルプスラリーが排出される。また、浸透塔15は場合によっては前加水分解釜(PHV)塔として酸を用いた前加水分解するために使用されることもある。
(酸素脱リグニン工程)
蒸解釜16から排出されたパルプスラリーは、黒液洗浄塔17で洗浄された後、スクリーン18、デッカー19及び未晒し高濃度ストレージタワー20を経た後、酸素蒸解装置21に導入される。酸素蒸解装置21において、さらなる脱リグニン化が行われた後、漂白工程(図示せず)に移送される。
【0034】
蒸解時の加熱温度は、一又は複数の実施形態において、80℃~200℃であり、好ましくは140℃~180℃である。本開示の製造方法は、一又は複数の実施形態において、リグノセルロース材料を、ラジカル捕捉剤を含有するアルカリ性溶液である薬液中で、80℃~200℃で加熱することを含む蒸解工程を含む。
【0035】
蒸解時の加熱時間は、一又は複数の実施形態において、30分~400分であり、好ましくは50分~300分である。
【0036】
本開示の製造方法において、上記の蒸解に先立ち、リグノセルロース材料の前処理を行うことを含んでもよい。前処理としては、一又は複数の実施形態において、水熱処理(前加水分解処理)等が挙げられる。水熱処理は、一又は複数の実施形態において、チップ状のリグノセルロース材料を熱水又は水蒸気で処理することにより行うことができる。
【0037】
[蒸解方法]
本開示は、一態様において、リグノセルロース材料をアルカリ蒸解又は亜硫酸蒸解する方法(本開示の蒸解方法)に関する。本開示の蒸解方法は、一態様において、ラジカル捕捉剤を含有する薬液中で、前記リグノセルロース材料を蒸解することを含む。蒸解は、本開示の製造方法と同様に行うことができる。
【0038】
[蒸解助剤]
本開示は、一態様において、ラジカル捕捉剤を含有する、化学パルプを製造するための蒸解助剤に関する。ラジカル捕捉剤としては、上記のものが挙げられる。
【0039】
本開示は、以下の、一又は複数の実施形態に関しうる;
〔1〕 リグノセルロース材料をアルカリ蒸解又は亜硫酸蒸解することにより化学パルプを製造する方法であって、
ラジカル捕捉剤を含有する薬液中でリグノセルロース材料を蒸解することを含む、製造方法。
〔2〕 リグノセルロース材料を、ラジカル捕捉剤を含有するアルカリ性溶液中で蒸解することを含む、化学パルプを製造する方法。
〔3〕 前記蒸解は、前記ラジカル捕捉剤を含有する薬液又は前記アルカリ性溶液の温度が80℃~200℃となるように加熱することを含む、〔1〕又は〔2〕に記載の製造方法。
〔4〕 前記蒸解温度は、80℃~200℃である、〔1〕又は〔2〕に記載の製造方法。
〔5〕 前記蒸解は、リグノセルロース材料を、ラジカル捕捉剤と、硫化ナトリウム及び/又は水酸化ナトリウムを含むアルカリ性溶液中で、80℃~200℃で加熱することを含む、〔1〕から〔4〕のいずれかに記載の製造方法。
〔6〕 リグノセルロース材料を、アルカリ蒸解又は亜硫酸蒸解する方法であって、
ラジカル捕捉剤を含有する薬液中で、前記リグノセルロース材料を蒸解することを含む、蒸解方法。
〔7〕 前記薬液は、ラジカル捕捉剤を含有するアルカリ性溶液である、〔6〕記載の蒸解方法。
【0040】
以下、実施例及び比較例を用いて本開示をさらに説明する。ただし、本開示は以下の実施例に限定して解釈されない。
【実施例】
【0041】
[薬剤]
H-TEMPO(Hydroxy-TEMPO):4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル
PDA:N,N'-ジ-sec-ブチル-1,4-フェニレンジアミン
DEHA:N,N-ジエチルヒドロキシルアミン
【0042】
[実施例1]
アカマツチップ15g(絶乾重量)を、100mlの金属容器に詰めた。ついで、下記表1に示すラジカル捕捉剤を添加した蒸解液を用いて、アカマツチップを下記条件で蒸解処理した。
具体的には、チップに、水酸化ナトリウム及び硫化ナトリウムから調製した活性アルカリ22%で且つ硫化度29%のクラフトパルプ蒸解液を液比(チップの絶乾重量に対する蒸解液重量の比:液/チップ)4で加えた後、ラジカル捕捉剤を加え、ついで170℃で2時間蒸解を行った。得られた未晒パルプについて、下記方法にしたがって精選収率及びカッパー価を測定した。その結果を下記表1に示す。なお、ラジカル捕捉剤の添加量は、チップの絶乾重量に対するラジカル捕捉剤の重量%である。
また、ブランク(BL)として、ラジカル捕捉剤を添加せずに、同様の処理及び測定を行った。その結果を表1に示す。
<蒸解条件>
装置:耐圧容器、窒素置換
加熱条件:170℃、1.4MPa、2時間
白液(蒸解液):アルカリ添加量22%、硫化度29%、液比4(W/W)
ラジカル捕捉剤:H-TEMPO,PDA又はDEHA 1重量%
【0043】
[精選収率]
得られた未晒パルプを布袋に入れて、水道水で充分に洗浄した後、フラットスクリーン(熊谷理機工業製)により未蒸解繊維を除去し、脱水して得られたものを精選パルプとした。
蒸解前のチップの絶乾重量と精選パルプの絶乾重量とをそれぞれ測定し、後者を前者で除した数を重量%で表記して精選収率とした。
【0044】
[カッパー価]
精選パルプのカッパー価をJIS P 8211の方法により測定した。
【0045】
【0046】
表1に示すように、ラジカル捕捉剤を添加した実施例1-1~1-3は、ブランクと比較していずれもカッパー価が低く、かつ精選収率が高かった。つまり、いずれのラジカル捕捉剤においても、精選収率及びカッパー価の双方を向上できた。
【0047】
[実施例2]
アカマツチップ35g(絶乾重量)を使用し、下記蒸解条件で蒸解処理を300mlの金属耐圧容器内で行った以外は、実施例1と同様に試験を行った。その結果を下記表2に示す。
<蒸解条件>
装置:耐圧容器、窒素置換なし(大気)
加熱条件:165℃、1.6MPa、2時間
白液(蒸解液):アルカリ添加量22%、硫化度29%、液比4(W/W)
ラジカル捕捉剤:H-TEMPO 0.1又は0.5重量%
【0048】
【0049】
表2に示すように、H-TEMPOを添加した実施例2-1及び2-2は、いずれの濃度でもブランクと比較して精選収率が向上した。
【0050】
[実施例3]
アカマツチップ18g(絶乾重量)を使用し、ラジカル捕捉剤として0.05重量%又は0.01重量%PDAを使用し、実施例1と同様に試験を行った。その結果を下記表3に示す。
<蒸解条件>
装置:耐圧容器、窒素置換
加熱条件:170℃、1.4MPa、2時間
白液(蒸解液):アルカリ添加量22%、硫化度29%、液比4(W/W)
ラジカル捕捉剤:PDA 0.01又は0.05重量%
【0051】
【0052】
表3に示すように、PDAを添加した実施例3-1及び3-2は、いずれの濃度でもブランクと比較してカッパー価が低下した。
【0053】
[実施例4]
アカシアチップ40g(絶乾重量)を使用し、下記蒸解条件で蒸解処理を300mlの金属耐圧容器内で行った以外は、実施例1と同様に試験を行った。その結果を下記表4に示す。
<蒸解条件>
装置:耐圧容器、窒素置換なし(大気)
加熱条件:165℃、1.6MPa、2時間
白液(蒸解液):アルカリ添加量16%、硫化度29%、液比4(W/W)
ラジカル捕捉剤:H-TEMPO 0.1重量%
【0054】
【0055】
表4に示すように、H-TEMPOを含む薬液中で蒸解した実施例4は、ブランクと比較して、得られた化学パルプのカッパー価が低く、かつ精選収率が高かった。つまり、リグノセルロース材料が広葉樹(L材)である場合であっても、針葉樹(N材)の場合と同様に、ラジカル捕捉剤を含有する薬液中で蒸解することにより、精選収率及びカッパー価の双方を向上できた。