(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-16
(45)【発行日】2022-03-25
(54)【発明の名称】肉の製造方法及び肉の分析方法
(51)【国際特許分類】
A23B 4/023 20060101AFI20220317BHJP
G01N 23/223 20060101ALI20220317BHJP
A23L 17/00 20160101ALI20220317BHJP
A23L 13/00 20160101ALI20220317BHJP
【FI】
A23B4/023 A
G01N23/223
A23L17/00 B
A23L13/00 A
A23L17/00 A
(21)【出願番号】P 2018233659
(22)【出願日】2018-12-13
【審査請求日】2019-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】390023456
【氏名又は名称】株式会社極洋
(73)【特許権者】
【識別番号】000173511
【氏名又は名称】公益財団法人函館地域産業振興財団
(74)【代理人】
【識別番号】100125450
【氏名又は名称】河野 広明
(72)【発明者】
【氏名】前川 貴浩
(72)【発明者】
【氏名】川端 康之亮
(72)【発明者】
【氏名】村山 文仁
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 允朗
(72)【発明者】
【氏名】木下 康宣
(72)【発明者】
【氏名】菅原 智明
【審査官】澤田 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特許第6360928(JP,B2)
【文献】特許第6464354(JP,B2)
【文献】材料と環境,2015年,64,pp.289-296
【文献】WINTEC TECHNORIDGE,2012年,297,pp.2-3
【文献】医療関連感染,2016年,9(2),pp.33-41
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23B,A23L,G01N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナトリウム元素又は塩素元素を含む第1溶液を畜肉の一部に注入する注入工程と、
前記第1溶液が注入された前記畜肉を、ナトリウム元素又は塩素元素を含む第2溶液中に浸漬する浸漬工程と、
前記注入工程において前記第1溶液が注入された
、凍結乾燥状態の前記畜肉における表面側から内部側にかけてのみの複数の異なる領域の、前記ナトリウム元素の濃度、前記塩素元素の濃度、及び、前記ナトリウム元素の濃度及び/又は前記塩素元素の濃度から換算される塩化物濃度の群から選択される少なくとも1種の濃度を、少なくとも以下の(1)及び(2)の段階において、蛍光X線分析装置により測定する測定工程と、
(1)前記注入工程の後であって、前記浸漬工程の前
(2)前記浸漬工程における浸漬から前記畜肉が取り出された
後
注入工程後の経過時間を横軸とし、該複数の異なる領域の測定結果の偏差を該複数の異なる領域の測定結果の平均値で除した値を縦軸としたときに、前記測定工程において得られた前記(1)の測定結果と前記(2)の測定結果とを直線で結んだときの該直線と、前記浸漬工程後に冷凍又は冷蔵して保管する保管工程後の前記少なくとも1種の濃度を前記蛍光X線分析装置により測定した参考値としての測定結果を起点とする前記横軸に平行な直線との交点、に基づいて、前記畜肉を製造するために要する時間を予測する予測工程と、を含む、
畜肉の製造方法。
【請求項2】
前記領域が、前記畜肉の前記第1溶液が注入された部位と、前記畜肉の前記第1溶液が注入されていない部位とを含む、
請求項1に記載の畜肉の製造方法。
【請求項3】
ナトリウム元素又は塩素元素を含む第1溶液を畜肉の一部に注入する注入工程と、
前記第1溶液が注入された前記畜肉を、ナトリウム元素又は塩素元素を含む第2溶液中に浸漬する浸漬工程と、
前記注入工程において前記第1溶液が注入された
、凍結乾燥状態の前記畜肉における表面側から内部側にかけてのみの複数の異なる領域の、前記ナトリウム元素の濃度、前記塩素元素の濃度、及び、前記ナトリウム元素の濃度及び/又は前記塩素元素の濃度から換算される塩化物濃度の群から選択される少なくとも1種の濃度を、少なくとも以下の(1)及び(2)の段階において、蛍光X線分析装置により測定する測定工程と、
(1)前記注入工程の後であって、前記浸漬工程の前
(2)前記浸漬工程における浸漬から前記畜肉が取り出された
後
注入工程後の経過時間を横軸とし、該複数の異なる領域の測定結果の偏差を該複数の異なる領域の測定結果の平均値で除した値を縦軸としたときに、前記測定工程において得られた前記(1)の測定結果と前記(2)の測定結果とを直線で結んだときの該直線と、前記浸漬工程後に冷凍又は冷蔵して保管する保管工程後の前記少なくとも1種の濃度を前記蛍光X線分析装置により測定した参考値としての測定結果を起点とする前記横軸に平行な直線との交点、に基づいて、前記畜肉を製造するために要する時間を予測する予測工程、を含む、
畜肉の分析方法。
【請求項4】
前記領域が、前記畜肉の前記第1溶液が注入された部位と、前記畜肉の前記第1溶液が注入されていない部位とを含む、
請求項3に記載の畜肉の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉の製造方法及び肉の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
市民の生活水準が向上し豊富な食材が供給可能な環境下では美食家が増える。他の食材と同様、平均的な消費者が畜肉や魚肉に代表される肉(商品)を選ぶ目は、市民の生活水準が向上するにつれて肥えてくるため、消費者の肉に対する目は、非常に厳しいといえる。肉を製造販売する企業にとっては、消費者の舌を満足させる商品の開発と提供を常に追い求めていくことが市場において求められる。
【0003】
これまで比較的多くの塩分を含む肉の製造販売においては、その塩分濃度の、一個体の肉内におけるばらつきは、いわば経験的に把握され、調整されてきた面が少なからず存在していた。肉に含まれ得る塩分濃度という指標は、加工又は調理された肉の仕上がり状態、あるいはその肉の味を含む種々の品質に関わってくる。
【0004】
本願発明者らは、これまでに走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析装置(SEM-EDS)分析法を用いた低塩塩漬魚肉中の食塩濃度分析技術を開示している(非特許文献1)。また、過去には、SEM-EDS分析法による塩漬魚肉の乾燥にともなう食塩の分散過程の解析結果が開示されている(非特許文献2)。また、本願出願人の一部によってこれまでに出願され、日本国において権利化されたSEM-EDSにより測定する測定工程を含む技術が開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】佐藤,他5名、「SEM-EDSを用いた低塩塩漬魚肉中の食塩濃度分析技術に関する研究」,公益社団法人日本食品科学工学会 第63回大会講演集,2016年8月25日,p93
【文献】大泉,他3名、「SEM-EDSによる塩漬魚肉の乾燥にともなう食塩の分散過程の解析」,公益社団法人日本食品科学工学会 第59回大会講演集,2012年8月30日,p115
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、畜肉や魚肉に代表される肉の中の塩分濃度のばらつき方は、肉に対する塩分の供給方法及び肉の保管方法の違いによって大きく異なる。そのため、例えば、単に食塩溶液中に肉を浸漬することによって塩分を供給した肉と、注射針を用いて食塩水を肉の中に注入することによって塩分を供給した肉と、注射針を用いて食塩水を肉の中に注入した上で更に該肉を食塩溶液中に浸漬することによって塩分を供給した肉とでは、その供給時における塩分濃度のばらつき方のみならず、供給後の塩分濃度のばらつきの時間変化の状況も全く異なる。
【0008】
従って、ある特定の塩分の供給方法を採用した上で、塩分濃度、及び塩分濃度のばらつきを、それらの時間変化も含めて分析しなければ、最終的な製品(肉)の状況を確度高く把握又は予測することはできない。例えば、肉を食するときに、肉の中の塩分濃度のばらつきが大きいと味の偏りが生じてしまう。また、肉の中の塩分濃度のばらつきが大きい状態のままで製造元から出荷されると、例えばスーパーマーケットに陳列している間にも時間変化に伴って肉の中の塩分濃度の変動が生じ易く、又は該変動が大きくなる。
【0009】
従って、肉全体に亘って塩分濃度のばらつきを低減するための科学的かつ定量的な肉の製造方法及び肉の分析方法を見出すことができれば、肉を取り扱う業界の発展に大きく貢献することになる。従って、生産者、物流に携わる者、及び需要者(消費者)にとって、肉の品質に影響を及ぼし得る塩分濃度のばらつきを定量的に知ること、及び/又は該ばらつきを抑えることは、特に「食の安心・安全」が注目されている昨今の事情を踏まえれば、極めて重大な関心事であるといえる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、肉全体に亘って塩分濃度のばらつきを低減するための肉の製造方法及び肉の分析方法の実現に大きく貢献するものである。なお、本願における「塩分」の代表的な例は、ナトリウム元素(Na)、塩素元素(Cl)、及び、該ナトリウム元素と該塩素元素とからなる塩化物の群から選択される少なくとも1種である。また、本願における「塩分濃度」の代表的な例は、該ナトリウム元素の濃度、該塩素元素の濃度、及び、該ナトリウム元素の濃度及び/又は該塩素元素の濃度から換算される塩化物濃度の群から選択される少なくとも1種の濃度である。
【0011】
本発明者は、これまでの研究と分析により、単に食塩溶液中に浸漬することによって塩分を供給した肉(代表的には、可食の肉)よりも、複数の注射針を用いて食塩溶液を肉中に注入する方法(以下、便宜上「注入法」という)を実施した上で更に食塩溶液中に浸漬することによって塩分を供給した肉(代表的には、可食の肉)の方が、肉全体に亘って塩分濃度のばらつきが低減され易いという知見を得ていた。そこで、肉における(注入された領域かそれ以外の領域かを限定しない)ある領域の、いわば局所的な塩分濃度(該濃度のばらつきを含む)と、その時間変化とを定量的に把握することができれば、肉の品質に影響を及ぼす塩分濃度のばらつきをより確度高く把握し得るとともに、塩分濃度のばらつきが十分に低減されるまでの時間を予測し得ると考え、鋭意研究に取り組んだ。
【0012】
その結果、本発明者は、注入法を採用した上で、肉における複数の異なる領域の、蛍光X線分析法による測定結果の時間変化を定量的に把握することによって、塩分濃度のばらつきが十分に低減された肉(代表的には、可食の肉)を製造し得ることを見出した。本発明は、上述の各視点に基づいて創出された。
【0013】
上述の技術的効果を奏させるための本発明の1つの肉の製造方法は、ナトリウム元素又は塩素元素を含む第1溶液を肉の一部に注入する注入工程と、該第1溶液が注入された該肉を、ナトリウム元素又は塩素元素を含む第2溶液中に浸漬する浸漬工程と、該肉の複数の異なる領域の、前述のナトリウム元素の濃度、前述の塩素元素の濃度、及び、該ナトリウム元素の濃度及び/又は該塩素元素の濃度から換算される塩化物濃度の群から選択される少なくとも1種の濃度を、少なくとも以下の(1)及び(2)の段階において、蛍光X線分析装置により測定する測定工程と、を含む。
(1)前記注入工程の後であって、前記浸漬工程の前
(2)前記浸漬工程における浸漬から前記肉が取り出された後
【0014】
この肉の製造方法によれば、肉中の複数の異なる領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきを、それらの時間変化も含めて定量的に把握することができる。従って、各領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきの時間変化に基づいて、肉中の塩分濃度のばらつきが十分に低減された状態を知る、又は予測することが可能となるため、塩分濃度のばらつきが十分に低減された肉をより信頼性高く又はより安定的に製造することができる。なお、この肉の製造方法によれば、肉を食するときに、肉中の塩分濃度のばらつきに基づく味の偏りを低減し得るとともに、例えばスーパーマーケットに陳列している間の時間変化に伴う該塩分濃度の変動を生じ難く、又は該変動を小さくし得る。
【0015】
また、本発明の1つの肉の分析方法は、ナトリウム元素又は塩素元素を含む第1溶液を肉の一部に注入する注入工程と、該第1溶液が注入された該肉を、ナトリウム元素又は塩素元素を含む第2溶液中に浸漬する浸漬工程と、該肉の複数の異なる領域の、前述のナトリウム元素の濃度、前述の塩素元素の濃度、及び、該ナトリウム元素の濃度及び/又は該塩素元素の濃度から換算される塩化物濃度の群から選択される少なくとも1種の濃度を、少なくとも以下の(1)及び(2)の段階において、蛍光X線分析装置により測定する測定工程と、を含む。
(1)前記注入工程の後であって、前記浸漬工程の前
(2)前記浸漬工程における浸漬から前記肉が取り出された後
【0016】
この肉の分析方法によれば、肉中の複数の異なる領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきを、それらの時間変化も含めて定量的に把握することができる。従って、各領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきの時間変化に基づいて、肉中の塩分濃度のばらつきが十分に低減された状態を知る、又は予測することが可能となる。
【0017】
ところで、上述の各発明における測定工程においては、例えば上述の(1)と(2)の各段階で測定される箇所が必ずしも完全に一致することを要しないため、「(測定)点」という表現ではなく「領域」と記載している。また、前述の(1)と(2)の各段階で測定される肉が互いに異なる場合も、上述の各発明において採用し得る一態様である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の1つの肉の製造方法及び本発明の1つの肉の分析方法によれば、肉中の複数の異なる領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきを、それらの時間変化も含めて定量的に把握することができる。従って、各領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきの時間変化に基づいて、肉中の塩分濃度のばらつきが十分に低減された状態を知る、又は予測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】第1の実施形態の予備的実験における試料の作製工程図である。
【
図2】第1の実施形態の予備的実験によって得られたCl強度の検量線である。
【
図3】第1の実施形態の魚肉の製造方法の一部又は魚肉の分析方法の一部を示す処理工程図である。
【
図4】第1の実施形態における、魚が開かれた状態の一例を示す模式図((a)皮側,(b)身側)である。
【
図5】第1の実施形態の測定工程における、魚肉中の各領域を示す図である。
【
図6】第1実施形態における、味覚官能試験の結果を示すグラフである。
【
図7】第2の実施形態における、注入工程の後であって浸漬工程の前の段階と、浸漬工程における浸漬から魚肉が取り出された後の段階との計2回の測定工程に基づく、部位Aのうちの皮の近傍(領域X)と、部位Cのうちの中央部(領域Y)との塩分濃度差の時間変化を示すグラフである。
【
図8】第3の実施形態の畜肉の製造方法の一部を示す処理工程図である。
【
図9】第3の実施形態の畜肉(肉片)の一例を示すとともに、該実施形態の測定工程における畜肉(肉片)中の各領域を示す図である。
【
図10】第3の実施形態における、味覚官能試験の結果を示すグラフである。
【
図11】第3の実施形態の畜肉の製造方法及び分析方法の一部を示す処理工程図である。
【
図12A】第3の実施形態における、注入工程の後であって浸漬工程の前の段階と、浸漬工程における浸漬から畜肉が取り出された後の段階との測定工程に基づく、9つの領域のCl強度(cps/mA)のばらつきの時間変化を示すグラフである。
【
図12B】第3の実施形態における、注入工程の後であって浸漬工程の前の段階と、浸漬工程における浸漬から畜肉が取り出された後の段階との測定工程に基づく、9つの領域の塩素元素の濃度から換算される塩化物濃度(%)のばらつきの時間変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施形態として、魚肉の製造方法及び魚肉の分析方法を、添付する図面に基づいて詳細に述べる。また、図中、本実施形態の要素は必ずしも互いの縮尺を保って記載されるものではない。
【0021】
<第1の実施形態>
以下に、本実施形態の魚肉の製造方法及び魚肉の分析方法について説明する。
【0022】
[予備的実験(検量線の取得)]
まず、本願発明者らは、予備的実験として、本実施形態の魚肉の製造方法及び魚肉の分析方法を実施するための検量線を取得した。
【0023】
具体的には、該検量線を取得するための試料が作製された。
図1は、本実施形態の予備的実験における試料の作製工程図である。
【0024】
まず、水揚げした後、頭及び内臓が取り除かれた状態で冷凍された魚体(例えば、サケ、以下、単に「魚」ともいう。)を解凍する作業が行われる(ステップPS1)。その後、魚のヒレ(背びれ等)を取り除く作業が行われる(ステップPS2)。なお、本実施形態のステップPS1においては、水揚げ後に頭及び内臓が取り除かれた状態で冷凍された魚が用いられているが、本実施形態はそのような状態の魚に限定されない。例えば、頭及び内臓を取り除くことなく冷凍された魚、内臓のみが取り除かれた状態で冷凍された魚も、採用し得る本実施形態の一態様である。換言すれば、魚体における頭又は内臓の有無にかかわらず、水揚げ後に周囲の氷又はその他の公知の冷却方法によって冷凍された魚体が、予備的実験の魚体となり得る。
【0025】
その後、魚を開く作業(例えば、三枚に開く作業)が行われる(ステップPS3)。さらにその後、魚体中の内臓等が除去された上で、皮及び骨も除去される(ステップPS4)。なお、魚を三枚ではなく、二枚に開いても良いことは言うまでもない。また、内臓等が除去されることが上述のステップPS2において行われることも、採用し得る他の一態様である。
【0026】
本実施形態においては、その後、上述のステップPS4の工程を経た魚肉を、公知のペースト化方法を用いて魚肉ペーストを作製する(ステップPS5)。さらにその後、食塩を水に溶解させることによって複数の異なる塩分濃度に調製した塩水の各々と、該魚肉ペーストとを混合する。その結果、複数の異なる塩分濃度の塩水を含有する魚肉ペーストである、各試料が作製される(ステップPS6)。なお、本実施形態においては、所望の塩分濃度によっては、塩水ではなく、塩を直接魚肉ペーストに接触させることによって該所望の塩分濃度を有する試料を作製することも採用され得る。
【0027】
その後、公知の凍結方法を採用した凍結工程(ステップPS7)を経ることにより、予備的実験のための試料が作製される。
【0028】
本実施形態においては、上述の工程によって作製された、塩分濃度が異なる複数の試料のナトリウム元素の強度(以下、「Na強度」ともいう)及び塩素元素の強度(以下、「Cl強度」ともいう)(いずれも、単位は、「cps/mA」)を、蛍光X線分析法によって測定した。なお、本実施形態の蛍光X線分析装置は、株式会社堀場製作所製、型式XGT-7200AHT1である。また、該試料の塩分濃度は、電量滴定法を用いて求められた値を採用する。本実施形態においては、東亜ディーケーケー株式会社製(型式SAT-210)の電量滴定装置が用いられた。
【0029】
図2は、本実施形態の予備的実験によって得られた塩素元素に基づく検量線である。なお、
図2は、Cl強度(cps/mA)をx軸に表し、電量滴定塩分濃度(%)をy軸に表した場合のグラフである。また、本予備的実験においては、
図2のグラフ上に示されている点の数が試料数である。
【0030】
図2に基づいて検量線を作成すると、下式(F1)に示される数式が得られた。
(数1)
y=(2×10
-9)x
2+(2×10
-6)x+0.0043 ・・・(F1)
【0031】
上述のとおり、一例としての検量線を得ることができる。
【0032】
なお、本実施形態においては、塩素元素の強度(換言すれば、「塩素元素の濃度」)を代表的に採用しているが、本実施形態における検量線の取得対象は塩素元素に限定されない。例えば、ナトリウム元素の強度(換言すれば、「ナトリウム元素の濃度」)、塩素元素の強度(換言すれば、「塩素元素の濃度」)、又は該ナトリウム元素の強度及び/又は該塩素元素の強度から換算される塩化物の濃度の群から選択される少なくとも1種の濃度が検量線の取得対象として採用されることにより、本実施形態と同様の効果が奏され得る。
【0033】
例えば、塩分濃度が異なる複数の試料のナトリウム元素の強度(以下、「Na強度」ともいう)(単位:cps/mA)を、蛍光X線分析法によって測定することにより、電量滴定塩分濃度(%)とNa強度(cps/mA)との関係を示すグラフを得ることができる。なお、本実施形態では、蛍光X線分析法においてより検出限界が低いCl強度を採用している。
【0034】
[魚肉の製造方法及び魚肉の分析方法]
次に、本実施形態の魚肉の製造方法及び魚肉の分析方法においては、
図3に示す各処理工程が、それぞれの方法における全工程の一部を担っている。
【0035】
具体的には、
図3に示すように、水揚げして冷凍されていた魚体(例えば、サケ、以下、単に「魚」ともいう。)を解凍する作業が行われる(ステップS1)。その後、魚のヒレ(背びれ等)を取り除く作業が行われる(ステップS2)。なお、既に述べたステップPS1及びステップPS2と同様に、ステップS1及びステップS2においても、魚体における頭又は内臓の有無にかかわらず、水揚げ後に周囲の氷又はその他の公知の冷却方法によって冷凍された魚体が、本実施形態の魚体となり得る。
【0036】
その後、魚を開く作業が行われる。本実施形態においては、
図4(a),(b)に示すように、一例として、二枚に開かれた状態が形成される(ステップS3)。さらにその後、魚体中の内臓等が除去された上で、魚体の形を整える作業が行われることによって皮つきの魚肉が形成される(ステップS4)。
【0037】
本実施形態においては、その後、食塩、より具体的にはナトリウム元素及び塩素元素からなる塩化物を水に溶解させることによって形成した(食塩の濃度として)約8質量%の濃度の塩水(本実施形態における「第1溶液」)を、複数の針から同時に吐出させて注入することができる注射器を用いて、皮つきの魚肉中に、身側(
図4(b)に示す側)から注入する作業(注入工程)が行われる(ステップS5)。この注入工程においては、注射器を用いた注入作業が、魚肉における互いに異なる場所に対して、できるだけ均等に注入されるように複数回行われる。
【0038】
注入工程が行われた後、上述の予備的実験と同様に、蛍光X線分析法により、該魚肉の複数の異なる領域の塩分濃度(第1塩分濃度(「第1濃度」ともいう))を測定する測定工程が行われる(
図3のV1)。なお、この測定工程の前に、市販の凍結真空乾燥装置を用いて魚肉の凍結乾燥を行うことが好ましい。
【0039】
また、本実施形態の測定工程においては、大気圧下において、センサー領域(約0.36πmm2)、測定面積約62mm×約62mm(検量線用)及び約45mm×約45mm(検量線以外の測定用)、測定時間が約1000秒、及び電圧が約30kVという測定条件が採用された。なお、この測定工程の例においては、積算回数が3回であった。
【0040】
本実施形態の測定工程において採用された領域は、
図4のRに示す破線の部位(
図4においては複数個所のRが描かれている)を切断した切り身のうち、
図5に示す9個の領域である。具体的には、注入工程において注入が開始される側である身側から皮側にかけて3つ領域(身側からZ、Y、X)が測定される。本実施形態においては、「身の近傍」(領域Z)は、身の端部から1cm以下の範囲の魚肉をいい、「皮の近傍」(領域X)は、皮から1cm以下の範囲の魚肉をいう。また、中央部(領域Y、特に限定されないが、代表的には
図5における身の端部から1cm超2cm未満の深さ領域)は、領域Zと領域Xとの間の略中間に位置する領域である。
【0041】
また、本実施形態においては、注射針によって注入された部位Aと、注入されていない部位B,部位Cの塩分濃度及びそのばらつきが測定される。より具体的には、
図5に示すように、部位Cは、注射針によって注入された部位A(より具体的には、1つの魚肉に対して互いに異なる場所に注入された場合の各部位A)から最も離れている。また、部位Bは、部位Aと部位Cとの間の略中間に位置する部位である。
【0042】
本実施形態においては、魚肉の塩分濃度及びそのばらつきをより正確に把握するために、上述の予備的実験によって得られた検量線の式(特に、F1)と、本実施形態の魚肉について実測された値から算出されるデータとを対比することによって、該魚肉における領域の塩分濃度が導出された。
【0043】
表1は、本実施形態の注入工程が行われた後の段階において実施された測定工程によって得られた、魚肉の塩分濃度及びそのばらつきを示している。なお、表1に加えて、後述する表2及び表3のいずれかの塩分濃度は、対応する各工程後の魚肉の測定対象領域を測定することによって得られたCl強度を上述の予備的実験によって得られた検量線の式に当て嵌めることによって算出される塩分濃度である。
【0044】
【0045】
表1に示すように注入工程が行われた後の段階においては、部位Aの塩分濃度が高く、部位Aから離れるにつれて塩分濃度が低下する傾向が確認された。
【0046】
なお、本実施形態の測定工程において測定の対象となる魚肉は、その魚肉が属する製造ロットにおいて製造される全ての魚肉であることを要しない。換言すれば、その製造ロットの魚肉の一部に対して本実施形態の測定工程が行われることも採用し得る一態様である。なお、そのような一部の魚肉に対してのみ本実施形態の測定工程が行われることは、製造効率を向上させる観点、製造コストの低減を実現する観点、及び/又は製造された魚肉の均質性を高める観点から好適である。
【0047】
本実施形態においては、注入工程の後に、皮つきの魚肉が、食塩、より具体的にはナトリウム元素及び塩素元素からなる塩化物を水に溶解させることによって形成した(食塩の濃度として)約8質量%の濃度の塩水(本実施形態における「第2溶液」)中に浸漬される、浸漬工程(ステップS6)が行われる。本実施形態の浸漬工程においては、10時間以上の浸漬状態が維持される。なお、本実施形態においては、第1溶液と第2溶液が同濃度の塩水であったが、互いに異なる濃度(例えば、食塩の濃度として数質量%~25質量%)の塩水を用いることも、採用し得る他の一態様である。また、本実施形態においては、第1溶液と第2溶液がいずれも塩水であったが、人体に影響を及ぼさない他の物質を追加的に溶解した第1溶液及び/又は第2溶液を用いることも、採用し得る他の一態様である。
【0048】
浸漬工程が行われた後、すなわち、浸漬工程における浸漬から魚肉が取り出された後に、再度、上述と同様に、蛍光X線分析法により、該魚肉の複数の異なる領域の塩分濃度(第2塩分濃度(「第2濃度」ともいう))を測定する測定工程が行われる(
図3のV2)。
【0049】
表2は、本実施形態の浸漬工程が行われた後の段階において実施された測定工程によって得られた魚肉の塩分濃度及びそのばらつきを示している。
【0050】
【0051】
表2に示すように、部位によらずに領域Zの塩分濃度が増加している。他方、領域X及び領域Yについては、注入工程が行われた後の段階と比較して、塩分濃度のばらつきが低減されているとともに、均一性が向上していることが確認された。領域Zの塩分濃度の増加は、主として、浸漬工程において領域Zが最も第2溶液と近い位置にあるために生じた現象であると考えられる。
【0052】
本実施形態においては、浸漬工程の後に、魚肉を所定の時間、冷凍庫(冷蔵機能を備える。以下、同じ。)内に保管する保管工程(ステップS7)が行われる。さらにその後、魚肉の凍結工程(ステップS8)を経た後、本実施形態の魚肉が製造される。なお、本実施形態においては、保管工程後の魚肉の塩分濃度及びそのばらつきを把握するために、保管工程後においても、上述と同様の測定工程が行われた(
図3のV3)。以下の表3は、約9時間の保管工程が行われた後の該測定工程による結果である。また、表4は、約24時間の保管工程が行われた後の該測定工程による結果である。
【0053】
【0054】
【0055】
表3及び表4に示すように、身の近傍(領域Z)における塩分濃度のばらつき(部位A~C間の最大差)が、保管工程における保管時間が長くなるほど低減されていることが分かる。特に、身の近傍(領域Z)における塩分濃度の各部位の値が、保管工程における保管時間が長くなるほど顕著に低減することが確認された。
【0056】
具体的には、浸漬工程が行われた後の第2塩分濃度における身の近傍(領域Z)とその他の領域(領域X又は領域Z)との最大差が12.35%であったが、表3に示す保管工程後の最大差は5.59%であり、表4に示す保管工程後の最大差は3.23%であった。従って、保管工程によって塩分濃度に関する魚肉の高度な均質化が実現されていることは特筆に値する。加えて、表4に示すように、皮の近傍(領域X)、身の近傍(領域Z)、及び中央部(領域Y)のいずれにおいても、塩分濃度のばらつき(部位A~C間の最大差)が1%以下にまで低減されていることが分かる。
【0057】
また、第1塩分濃度、第2塩分濃度、及び保管工程後の塩分濃度において、各領域(領域X、Y、Z)における部位A~Cの塩分濃度の最大差(例えば、第1塩分濃度の領域XにおけるA~Cの最大差1.45%)に着目すると、興味深い1つの知見が得られる。具体的には、各測定時(
図3のV1~V3)における皮の近傍(領域X)の該最大差の変化が、他の領域(領域Y又は領域Z)における該最大差の変化よりも小さいことが確認された。
【0058】
魚肉の一部を測定することによって該魚肉の全体としての塩分濃度のばらつきの指標を見出すという観点から言えば、皮の付いてない身側は、注入工程における注入条件(例えば、注射針の注入深さ)によっては、塩分濃度のばらつきが抑えられた状態を知るための指標としては好ましくないと考えられる。というのも、例えば、浸漬工程によって塩分濃度がばらつくことも想定され得るため、時間変化によって該最大差に大きな変動が生じ得るためである。そのため、皮の近傍(領域X)の塩分濃度の時間変化を調べることが、魚肉全体として塩分濃度のばらつきを代表する一例となり得る。従って、塩分濃度に関する魚肉の高度な均質化を目的として魚肉を製造する場合は、皮の近傍(Xの領域)の塩分濃度を代表値の1つとして調べることによって、魚肉全体に亘って塩分濃度のばらつきが低減された魚肉の製造を実現し得ると考えられる。
【0059】
本実施形態の魚肉の製造方法及び魚肉の分析方法によれば、魚肉中の複数の異なる領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきを、それらの時間変化も含めて定量的に把握することができる。従って、各領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきの時間変化に基づいて、魚肉中の塩分濃度のばらつきが十分に低減された状態を知る、又は予測することが可能となるため、塩分濃度のばらつきが十分に低減された魚肉を製造することができる。
【0060】
なお、本実施形態においては、上述のとおり、注入工程の後であって浸漬工程の前の段階と、浸漬工程における浸漬から魚肉が取り出された後の段階と、保管工程の後の段階との計3回の測定工程が行われているが、本実施形態は、その3回の測定工程のみが行われる態様には限定されない。例えば、上述の3回の測定工程に代えて、注入工程の後であって浸漬工程の前の段階と、浸漬工程の後(つまり、浸漬工程における浸漬から魚肉が取り出された後)、1時間~2時間が経過した段階、及び/又は、浸漬工程の後、3時間~4時間が経過した段階において1回又は複数回測定工程が行われることも、採用し得る他の一態様である。前述の段階においても測定工程が行われることにより、より確度高く、魚肉中の複数の異なる領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきを、それらの時間変化も含めて定量的に把握することができる。
【0061】
[味覚に関する官能試験]
本発明者らは、さらに、本実施形態の保管工程によって実現し得る塩分濃度に関する魚肉の高度な均質化が、実際にその魚肉を食したときの味覚に反映することを確認するための官能試験を行った。
【0062】
具体的には、(A)注入工程が行われた後、(B)浸漬工程が行われた後、(C)約9時間の保管工程が行われた後、及び(D)約24時間の保管工程が行われた後の、(A)~(D)4種類の略同じ大きさであって同じ鮮度の各々の魚肉(サケ)について、8人のパネラーが、4点(最も美味しいと感じる)から1点(最も美味しくないと感じる)までの4段階評価で点数評価した。なお、前述のとおり、数字が大きいほど美味しいと該パネラーが感じたことを示す。加えて、4つの各試験区分に対して、必ず異なる点数となるように、換言すれば、同じ点数とならないように各パネラーが評価した。
【0063】
図6は、味覚官能試験の結果を示すグラフである。横軸のAは注入工程が行われた後の魚肉の評価点を示し、Bは浸漬工程が行われた後の魚肉の評価点を示し、Cは約9時間の保管工程が行われた後の魚肉の評価点を示し、Dは約24時間の保管工程が行われた後の魚肉の評価点を示す。また、A~Dの各段階における評価点数の平均値は縦軸の棒グラフとして表されている。
【0064】
図6に示すように、保管工程が実施されたCとDにおいて評価点が3点以上という高い値になった。従って、魚肉中の塩分濃度のばらつきが低減された、保管工程を経た魚肉は、味覚上も美味しい魚肉になることが確認された。
【0065】
<第2の実施形態>
本実施形態の魚肉の製造方法及び魚肉の分析方法は、第1の実施形態の魚肉の製造方法及び魚肉の分析方法における保管工程の後の測定工程(
図3のV3)が行われない代わりに後述する予測工程が行われる点を除いて、第1の実施形態と同様である。従って、第1の実施形態と重複する説明は省略され得る。
【0066】
まず、第1の実施形態と同様に、
図3のステップS1からステップS6までの各工程、並びにステップS5及びステップS6の後の、第1の実施形態と同様の蛍光X線分析法による測定工程が行われる。
【0067】
ここで、本発明者は、第1の実施形態の魚肉の製造方法及び魚肉の分析方法を用いて、浸漬工程(ステップS6)後の測定工程まで終えた魚肉についての、特に以下の2つの領域(J1)及び(K1)に着目した。というのも、下記の(J1)の領域が注入工程において最も時間的に早く塩分濃度が高くなる領域であるという特徴を有し、下記の(K1)の領域が、最も時間的に遅れて塩分が浸透する領域であるという特徴を有するためである。
(J1)部位Aのうちの皮の近傍(領域X)
(K1)部位Cのうちの中央部(領域Y)
【0068】
図7は、本実施形態における、注入工程の後であって浸漬工程の前の段階と、浸漬工程における浸漬から魚肉が取り出された後の段階との計2回の測定工程に基づく、上述の(J1)と(K1)と間の塩分濃度差の時間変化を示すグラフである。なお、
図7の例においては、注入工程後、速やかに測定工程が行われた。また、該測定工程後に速やかに浸漬工程が22時間行われた後に測定工程が行われた場合の結果を示している。また、注入工程後の経過時間が横軸に記載されている。また、
図7のグラフにおける点線は、注入工程後と、浸漬工程後における、(J1)の塩分濃度の値と(K1)の塩分濃度の値との差を示すそれぞれのプロットを直線で結んだ場合の、該直線と横軸(x軸)との交点を示すための線である。
【0069】
図7に示すように、注入工程後と、浸漬工程後における、(J1)の塩分濃度の値と(K1)の塩分濃度の値との差を示すそれぞれのプロットを直線で結んだ場合の、該直線と横軸(x軸)との交点、すなわち塩分濃度の差が0(ゼロ)になる点は、約35時間を示していることが分かる。この値は、第1の実施形態において、蛍光X線分析法による測定結果によって塩分濃度のばらつきが低減されたことが確認された保管工程の段階の魚肉と同等であることが分かる。また、第1の実施形態において説明したとおり、約35時間という時点は、味覚に関する官能試験におけるCとDの間に位置するため、味覚においても好ましい魚肉が製造され得ることが示されている。
【0070】
従って、本実施形態においては、ステップS6の後の測定工程後に、
図7に基づいて、塩分濃度(%)の差が0(ゼロ)になる点を算出することにより、塩分濃度のばらつきが低減された時点を予測する予測工程が実現され得ることを示している。その結果、本実施形態によれば、浸漬工程における浸漬から魚肉が取り出された後の、塩分のばらつきの変化(更に言えば、ばらつきが軽減する時間)を予測することが可能となるため、塩分濃度のばらつきが十分に低減された魚肉を、より確度高く製造し得る。
【0071】
<第2の実施形態の変形例>
ところで、第2の実施形態においては、注入工程後と、浸漬工程後における、(J1)の塩分濃度の値と(K1)の塩分濃度の値との差を示すそれぞれのプロットを直線で結んだ場合の、該直線と横軸(x軸)との交点(すなわち、塩分濃度の差が0(ゼロ)になる時点)を算出することにより、魚肉中の塩分濃度のばらつきが十分に低減された状態を予測することが可能となることを説明しているが、塩分濃度の差が0(ゼロ)になる点以外の点又は数値範囲であっても、塩分濃度のばらつきが低減された時点を予測する予測工程が実現され得る。
【0072】
具体的には、例えば、
図7に示すグラフにおいて示す、注入工程後と、浸漬工程後における、(J1)の塩分濃度の値と(K1)の塩分濃度の値との差を示すそれぞれのプロットを直線で結んだ場合に、塩分濃度の差が所定の範囲内(一例として、1%以下(より好適には、0.5%以下であり、更に好適には0.1%以下))の範囲に収まる時間帯を算出することによっても、塩分濃度のばらつきが低減された時点を予測する予測工程が実現され得る。その結果、本変形例においても、浸漬工程における浸漬から魚肉が取り出された後の時間を予測することが可能となるため、塩分濃度のばらつきが十分に低減された魚肉を、より確度高く製造し得る。
【0073】
<第1及び第2の実施形態の変形例>
また、第1の実施形態、第2の実施形態、及び第2の実施形態の変形例においては、サケが魚体及び魚肉の例として採用されているが、魚体及び魚肉の例は、サケに限定されない。第1の実施形態において、例えば、可食の魚肉である、ブリ、サバ、アジ、赤魚、又はタラ、あるいはその他の魚体及び魚肉を製造対象又は分析対象として採用した場合であっても、第1の実施形態又は第2の実施形態の効果の少なくとも一部を奏し得る。
【0074】
また、第1の実施形態、第2の実施形態、及び第2の実施形態の変形例においては、皮つきの魚肉が採用されているが、上述の各実施形態が採用する魚肉は、皮の有無を問わない。換言すれば、皮がついていない魚肉であっても、上述の各実施形態の効果と同等の、又は少なくとも一部の効果が奏され得る。例えば、肉厚な魚肉が採用された場合は、注入工程を行う際に皮が付いていなくても、内部の魚肉自身が、いわば皮に代わる「壁」としての役割を果たし得ることにより、上述の効果と同様な効果が奏され得る。また、たとえ肉厚ではない魚肉が採用された場合であっても、注入工程における注射針が挿入される深度を調整することによって上述と同様の効果を奏し得る。
【0075】
<第3の実施形態>
次に、本実施形態の畜肉の製造方法及び畜肉の分析方法について説明する。
【0076】
本実施形態の畜肉の製造方法及び畜肉の分析方法においては、
図8に示す各処理工程が、それぞれの方法における全工程の一部を担っている。また、
図9は、本実施形態の畜肉(肉片)、及び後述する本実施形態の測定工程における畜肉(肉片)中の各領域を示す図である。
【0077】
[畜肉の製造方法]
まず、凍結していた市販の畜肉の一例である豚肉(ロース肉)の肉片を解凍する(ステップS1)。なお、本実施形態においては、縦が約15cm、横が約10cm、厚みが約15cmの該畜肉が採用された。また、
図9は、平面視における該畜肉の一例を示している。従って、紙面に垂直な該畜肉の厚みは図示されない。加えて、本実施形態における解凍処理(ステップS1)が行われない場合であっても、本実施形態の効果と同様の効果が奏され得る。
【0078】
その後、該畜肉に対して、食塩、より具体的にはナトリウム元素及び塩素元素からなる塩化物を水に溶解させることによって形成した(食塩の濃度として)約8質量%の濃度の塩水(本実施形態における「第1溶液」)を、複数の針から同時に吐出させて注入することができる注射器を用いて、該畜肉中に、表面側(
図9に示す側)から注入する作業(注入工程)が行われる(ステップS2)。この注入工程においては、注射器を用いた注入作業が、該畜肉における互いに異なる場所に対して、できるだけ均等に注入されるように複数回行われる。また、本実施形態においては、
図9においてK-Kの一点鎖線によって区切られる2つの領域のうち、注射針が挿入された側を測定対象としている。一方、注射針が挿入された側とは異なる側の内部の畜肉(肉片)は、いわば第1の実施形態の皮に代わる「壁」としての役割を果たし得る。なお、K-Kの一点鎖線の位置は、畜肉の質、保管状況、及び/又は外部環境(温度、湿度など)等の種々の条件によって適宜変更され得る。
【0079】
注入工程の後に、該畜肉が、食塩、より具体的にはナトリウム元素及び塩素元素からなる塩化物を水に溶解させることによって形成した(食塩の濃度として)約8質量%の濃度の塩水(本実施形態における「第2溶液」)中に浸漬される、浸漬工程(ステップS3)が行われる。本実施形態の浸漬工程においては、1時間の浸漬状態が維持される。なお、本実施形態においては、第1溶液と第2溶液が同濃度の塩水であったが、互いに異なる濃度(例えば、食塩の濃度として数質量%~25質量%)の塩水を用いることも、採用し得る他の一態様である。また、本実施形態においては、第1溶液と第2溶液がいずれも塩水であったが、人体に影響を及ぼさない他の物質を追加的に溶解した第1溶液及び/又は第2溶液を用いることも、採用し得る他の一態様である。
【0080】
浸漬工程の後に、該畜肉を所定の時間、冷凍庫内に保管する保管工程(ステップS4)が行われる。さらにその後、畜肉の凍結工程(ステップS5)が行われる。
【0081】
[味覚に関する官能試験]
本発明者らは、本実施形態の保管工程によって実現し得る塩分濃度に関する畜肉の高度な均質化が、実際にその畜肉を食したときの味覚に反映することを確認するための官能試験を行った。
【0082】
具体的には、(E)注入工程が行われた後、(F)浸漬工程が行われた後、及び(G)浸漬工程後に約22時間の保管工程が行われた後の、(E)~(G)3種類の略同じ大きさであって同じ鮮度の各々の畜肉(豚肉)について、8人のパネラーが、3点(最も美味しいと感じる)から1点(最も美味しくないと感じる)までの3段階評価で点数評価した。なお、前述のとおり、数字が大きいほど美味しいと該パネラーが感じたことを示す。加えて、3つの各試験区分に対して、必ず異なる点数となるように、換言すれば、同じ点数とならないように各パネラーが評価した。
【0083】
図10は、本実施形態における、味覚官能試験の結果を示すグラフである。横軸のEは注入工程が行われた後の畜肉の評価点を示し、Fは浸漬工程が行われた後の畜肉の評価点を示し、Gは約22時間の保管工程が行われた後の畜肉の評価点を示す。また、E~Gの各段階における評価点数の平均値が縦軸の棒グラフとして表されている。
【0084】
図10に示すように、保管工程が実施された畜肉(G)において評価点が最も高く、浸漬工程が行われた後の畜肉(F)の評価点が2番目に高く、注入工程が行われた後の畜肉(E)の評価点が、最も低い値になった。従って、保管工程を経ることによって塩分濃度のばらつきが低減された畜肉は、味覚上も美味しい畜肉になることが確認された。
【0085】
<蛍光X線分析法を用いた畜肉の製造方法及び分析方法>
次に、本発明者らは、上述の官能試験結果を踏まえて、該官能試験結果と、蛍光X線分析法を用いて測定する測定工程を備えた製造方法及び分析方法において得られる分析結果との相関性について調査した。
【0086】
図11は、本実施形態の畜肉の製造方法及び分析方法の一部を示す処理工程図である。
図11の各処理が施されることにより、本実施形態の畜肉を製造することができる。
【0087】
本実施形態においては、注入工程が行われた後(
図11のV1)、浸漬工程が行われた後(
図11のV2)、及び保管工程が行われた後(
図11のV3)において、蛍光X線分析法を用いた第1の実施形態と同様の測定工程が行われた。なお、本実施形態においては、図示していないが、V1、V2、及びV3の各測定工程が行われる前に、測定対象となる畜肉に対して凍結処理が施されている。これは、各測定工程において畜肉の時間経過による状態変化の影響を可能な限り抑える意図である。従って、該凍結処理が行われない場合であっても該測定工程が機能しないということではない。
【0088】
より具体的には、
図11に示す各工程によって作製された、塩分濃度が異なる複数の試料のNa強度(cps/mA)及びCl強度(cps/mA)を、蛍光X線分析法によって測定した。
【0089】
また、本実施形態の測定工程においては、第1の実施形態と同様に、大気圧下において、センサー領域(約0.36πmm2)、測定面積約62mm×約62mm(検量線用)及び約45mm×約45mm(検量線以外の測定用)、測定時間が約1000秒、及び電圧が約30kVという測定条件が採用された。なお、この測定工程の例においては、積算回数が3回であった。
【0090】
本実施形態の測定工程において採用された領域は、
図9に示す9個の領域である。具体的には、注入工程において注入が開始される側である表面側から内部側にかけて3つの領域(表面側からN、M、L)が測定される。本実施形態においては、「表面の近傍」(領域N)は、肉の表面から1cm以下の範囲の畜肉をいい、「肉の内部(一点鎖線K-K側)」(領域L)は、一点鎖線K-Kから1cm以下の範囲の畜肉をいう。また、中央部(領域M、特に限定されないが、一例としての
図9における肉の表面端部から1cm超10cm未満の深さ領域)は、領域Nと領域Lとの間の略中間に位置する領域である。
【0091】
また、本実施形態においては、注射針によって注入された部位Pと、注入されていない部位Q,部位Rの塩分濃度及びそのばらつきが測定される。より具体的には、
図9に示すように、部位Rは、注射針によって注入された部位P(より具体的には、1つの畜肉に対して互いに異なる場所に注入された場合の各部位P)から最も離れている。また、部位Qは、部位Pと部位Rとの間の略中間に位置する部位である。
【0092】
本実施形態においては、注入工程が行われた後(
図11のV1)の測定工程においては、蛍光X線分析法により、該畜肉の複数の異なる領域の塩分濃度(第1塩分濃度(「第1濃度」ともいう))を測定する測定工程が行われる(
図8のV1)。なお、この測定工程の前に、市販の凍結真空乾燥装置を用いて畜肉の凍結乾燥を行うことが好ましい。以下の表5は、注入工程が行われた後の該測定工程による結果である。なお、表5及び後述する表6及び表7においては、
図9に示す測定対象となる各領域の数値として、Cl強度(cps/mA)を代表させて上段に記載し、塩素元素から換算される塩化物濃度(食塩濃度)を下段のカッコ内に記載している。なお、該塩化物濃度は、ナトリウム元素の濃度及び/又は塩素元素の濃度に基づいて、第1の実施形態における魚肉を対象とする検量線を用いて算出され得る。
【0093】
【0094】
表5に示すように、注入工程が行われた後の段階においては、第1の実施形態と同様に、部位Pの塩分濃度が高く、部位Pから離れるにつれて塩分濃度が低下する傾向が確認された。
【0095】
また、浸漬工程が行われた後(
図11のV2)の測定工程においては、浸漬工程における浸漬から畜肉が取り出された後に、再度、上述と同様に、蛍光X線分析法により、該畜肉の複数の異なる領域の塩分濃度(第2塩分濃度(「第2濃度」ともいう))を測定する測定工程が行われる(
図8のV2)。以下の表6は、1時間の浸漬工程が行われた後の、表5に対応する該測定工程による結果である。
【0096】
【0097】
表6に示すように、部位によらず、注入工程が行われた後の段階と比較して、塩分濃度のばらつきが低減されているとともに、均一性が大きく向上していることが確認された。大変興味深いことに、この浸漬工程による塩分濃度の均一性の向上は、魚肉のそれよりも優れていると言える。ここで、浸漬工程による塩分濃度の均一化に関して畜肉と魚肉との違いを生じさせるメカニズムは現時点では明らかではないが、本発明者らは、魚肉と畜肉の肉質の違いが影響していると考えている。具体的には、魚肉の場合は畜肉に比べて筋繊維が細くて繊細で、緻密な組織構造を有していることが、特に、浸漬工程による塩分濃度の均一性に関する上述の違いを生じさせていると考えられる。
【0098】
また、本実施形態においては、保管工程後の畜肉の塩分濃度及びそのばらつきを把握するために、保管工程後においても、上述の同様の測定工程が行われた(
図11のV3)。以下の表7は、約22時間の保管工程が行われた後の、表5に対応する該測定工程による結果である。
【0099】
【0100】
表7に示すように、部位によらず、浸漬工程が行われた後の段階と比較して、塩分濃度のばらつきがより低減されているとともに、均一性がより向上していることが確認された。
【0101】
また、表5~表7に示す結果より、塩分濃度のばらつき(部位P~R間の最大差)は、注入工程が行われた後の段階よりも、浸漬工程が行われた後の段階の方が小さく、浸漬工程が行われた後の段階よりも、保管工程が行われた後の段階の方が小さくなることが確認された。
【0102】
従って、魚肉と同様に、畜肉においても、上述の官能試験結果と、蛍光X線分析法を用いて測定する測定工程を備えた製造方法及び分析方法において得られる分析結果とは相関性を有することを確認することができた。
【0103】
上述のとおり、注入工程、浸漬工程、及び測定工程と、を含む畜肉の製造方法により、畜肉中の複数の異なる領域における塩分濃度、及びその塩分濃度のばらつきを、それらの時間変化も含めて定量的に把握することが可能となる。その結果、塩分濃度のばらつきが十分に低減された畜肉を製造し得ることが可能となる。
【0104】
<第4の実施形態>
本実施形態の畜肉の製造方法及び畜肉の分析方法は、第3の実施形態の畜肉の製造方法及び畜肉の分析方法における保管工程の後の測定工程(
図11のV3)が行われない代わりに後述する予測工程が行われる点を除いて、第3の実施形態と同様である。従って、第1の実施形態又は第3の実施形態と重複する説明は省略され得る。
【0105】
まず、第3の実施形態と同様に、
図11のステップS1からステップS3までの各工程、並びにステップS2(注入工程)及びステップS3(浸漬工程)の後の、第3の実施形態と同様の蛍光X線分析法による測定工程が行われる。本実施形態においては、それぞれの測定工程において、
図9に示す9つの領域(3つの部位(P,Q、R)における、領域L、M、N)を対象として測定工程が行われた。
【0106】
図12Aは、本実施形態における、注入工程の後であって浸漬工程の前の段階と、浸漬工程における浸漬から畜肉が取り出された後の段階との測定工程に基づく、9つの領域のCl強度(cps/mA)のばらつきの時間変化を示すグラフである。また、
図12Bは、本実施形態における、注入工程の後であって浸漬工程の前の段階と、浸漬工程における浸漬から畜肉が取り出された後の段階との測定工程に基づく、9つの領域の塩素元素の濃度から換算される塩化物濃度(%)のばらつきの時間変化を示すグラフである。なお、各図における縦軸は、上述の9つの領域の測定結果の平均値(図中の「全体の平均」)と、該9つの領域の測定結果の偏差(図中の「全体の偏差」)とに基づいて算出されている。
【0107】
ここで、
図12A又は
図12Bの例においては、注入工程後、速やかに測定工程が行われた。また、該測定工程後に速やかに浸漬工程が1時間行われた後に測定工程が行われた場合の結果を示している。また、注入工程後の経過時間が横軸に記載されている。また、
図12A又は
図12Bのグラフにおける点線は、Cl強度又は塩分濃度の値のばらつきの時間変化を直線で結んだ場合の、該直線と横軸(x軸)との交点を示すための線(La1,La2)である。
【0108】
図12A又は
図12Bに示すように、Cl強度又は塩分濃度の値のばらつきの時間変化を直線で結んだ場合の該直線と横軸(x軸)との交点、すなわちCl強度又は塩分濃度のばらつきが0(ゼロ)になる点は、1.83時間(
図12Bの場合)~5.75時間(
図12Aの場合)の範囲であることが分かる。この値は、第3の実施形態において、蛍光X線分析法による測定結果によって塩分濃度のばらつきが低減されたことが確認された保管工程の段階の畜肉と同等のものであることが分かる。
【0109】
ところで、
図12A又は
図12BにおけるLa1又はLa2と横軸(x軸)との交点が示す結果は、大変興味深い結果を示している。というのも、第3の実施形態において約22時間の保管工程が行われた後の畜肉が味覚に関する官能試験において最も好ましい結果であったが、
図12A又は
図12Bの結果を踏まえれば、保管工程における保管時間が2時間程度(又は2時間未満)であっても、塩分濃度のばらつきが十分に低減された畜肉を製造し得ることを示唆しているためである。換言すれば、
図12A又は
図12BにおけるLa1又はLa2と横軸(x軸)との交点が示す結果は、塩分濃度のばらつきが十分に低減された畜肉を製造するために要する時間の予測を実現し得る。
【0110】
例えば、
図12Bに基づいて注入工程直後と浸漬工程直後の各測定結果に基づく値を直線で結んだ式を作成すると、下式(F2)に示される数式が得られた。
(数2) y=-0.1596x+0.2926・・・(F2)
【0111】
また、
図12A又は
図12Bの例においては、参考データとして、約22時間の保管工程が行われた後の測定工程(
図11のV3)に基づく値(より具体的には、Cl強度又は塩分濃度のばらつきに基づく値と、それらの値についてX軸に平行な直線(Lb1,Lb2)が示されている。
【0112】
ここで、別の見方として、第3実施形態において約22時間の保管工程が行われた後の畜肉が味覚に関する官能試験において最も好ましい結果であったことを踏まえると、Cl強度差又は塩分濃度のばらつきに基づく値が0(ゼロ)にならなくても、塩分濃度のばらつきが十分に低減された畜肉が実現していると言える。そこで、上述の参考データにおいて示された約22時間の保管工程が行われた後の測定工程による値を通る、X軸に平行な直線(Lb1,Lb2)と、上述のCl強度のばらつきに基づく値の時間変化又は塩分濃度のばらつきに基づく値の時間変化とを結んだ直線(La1,La2)との交点が示す時点を導き出すことにより、塩分濃度のばらつきが十分に低減された畜肉を製造するために要する可能な限り短い時間を予測することが可能となると言える。
【0113】
そこで、参考データを採用した場合は、1.25時間(
図12Bの場合)~約3.40時間(
図12Aの場合)の範囲であることが分かる。この値も、第3の実施形態において、蛍光X線分析法による測定結果によって塩分濃度のばらつきが低減されたことが確認された保管工程の段階の畜肉であることが分かる。
【0114】
上述のとおり、本実施形態においては、ステップS3(浸漬工程)の後の測定工程後に、
図12A又は
図12Bに基づいて、例えば、以下の(T1)又は(T2)の時点を算出することにより、塩分濃度のばらつきが低減された時点を予測する予測工程が実現され得ることを示している。
(T1)直線La1又はLa2と、(x軸)との交点が示す時点
(T2)直線La1又はLa2と、直線Lb1,Lb2との交点が示す時点
【0115】
その結果、本実施形態によれば、予測工程によって、浸漬工程における浸漬から畜肉が取り出された後の塩分濃度のばらつきが低減されるまでの時間を予測することが可能となるため、塩分濃度のばらつきが十分に低減された畜肉を、より確度高く製造し得る。
【0116】
[確認のための味覚に関する官能試験]
本発明者らは、本実施形態の予測工程によって予測された、塩分濃度のばらつきが十分に低減された畜肉を製造するために要する時間(代表的な例として、約1.25時間)を採用した場合の、味覚に関する官能試験を追加的に行った。なお、約1.25時間の例においては、浸漬工程後の保管時間は、約0.25時間(約15分)となる。また、既に説明した、味覚に関する官能試験において最も好ましい結果であった約22時間の保管工程が行われた後の畜肉(豚肉)を比較例として採用した。
【0117】
具体的には、浸漬工程後に約15分間の保管工程が行われた畜肉(豚肉)、及び約22時間の保管工程が行われた比較例としての畜肉(豚肉)について、9人のパネラーが、5点(最も美味しいと感じる)から1点(最も美味しくないと感じる)までの5段階評価で点数評価した。なお、前述のとおり、数字が大きいほど美味しいと該パネラーが感じたことを示す。加えて、5つの各試験区分に対して、必ず異なる点数となるように、換言すれば、同じ点数とならないように各パネラーが評価した。
【0118】
その結果、浸漬工程後に約15分間の保管工程が行われた畜肉(豚肉)と、上述の比較例の畜肉(豚肉)との差がほとんど見られなかった。従って、約15分間の保管工程が行われた畜肉(豚肉)であっても、塩分濃度のばらつきが低減された、味覚上も美味しい畜肉になることが確認された。この結果からも、本実施形態の予測工程によって、塩分濃度のばらつきが十分に低減された畜肉を、より確度高く製造し得ることが示される。
【0119】
<第4の実施形態の変形例>
ところで、第4の実施形態においては、Cl強度又は塩分濃度のばらつきに基づく値を利用して予測工程が行われているが、予測工程において採用される指標の例は、Cl強度又は塩分濃度のばらつきに基づく値を利用する場合に限定されない。例えば、Na強度のばらつきに基づく値が利用された場合であっても、第4の実施形態の効果と同等の、又は少なくとも一部の効果が奏され得る。
【0120】
<第3及び第4の実施形態の変形例>
また、第3の実施形態、第4の実施形態、及び第4の実施形態の変形例においては、豚肉が畜肉の例として採用されているが、畜肉の例は、豚肉に限定されない。第3の実施形態において、例えば、可食の畜肉である、牛肉、鶏肉、馬肉、羊肉、又は山羊肉、あるいはその他の畜肉を製造対象又は分析対象として採用した場合であっても、第3の実施形態又は第4の実施形態の効果の少なくとも一部を奏し得る。
【0121】
<第1乃至第4の実施形態の変形例>
ところで、上述の各実施形態においては、塩分濃度のばらつきが十分に低減された魚肉又は畜肉を製造するために、注入工程後、及び浸漬工程後のそれぞれについて蛍光X線分析装置により測定する測定工程が行われていたが、浸漬工程を行わずに、注入工程のみを行った魚肉又は畜肉に基づいて、塩分濃度のばらつきが十分に低減された魚肉又は畜肉を製造することも採用され得る一態様である。より具体的には、浸漬工程を行わずに注入工程のみを行った魚肉又は畜肉について、例えば、注入工程の直後と、該注入工程から所定の時間が経過した後の少なくとも2回の、第1乃至第4の実施形態において採用された蛍光X線分析装置により測定する測定工程を行う。本明細書を読んだ当業者であれば、少なくとも2回の該測定工程が行われることによって、塩分濃度のばらつきが十分に低減された魚肉又は畜肉を製造し得ることは、理解し得る。
【産業上の利用可能性】
【0122】
本発明の1つの肉の製造方法及び1つの肉の分析方法は、畜肉や魚肉に代表される肉全体に亘って塩分濃度のばらつきを低減した肉を求める食品業に限らず、塩分濃度の測定という観点を踏まえれば、肉骨粉等、肉を一部に含入する飼肥料を利用する飼肥料業を含む農業においても極めて有用である。