(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-16
(45)【発行日】2022-03-25
(54)【発明の名称】組合せオイルリング
(51)【国際特許分類】
F16J 9/06 20060101AFI20220317BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20220317BHJP
【FI】
F16J9/06 B
F02F5/00 301E
(21)【出願番号】P 2020006067
(22)【出願日】2020-01-17
【審査請求日】2020-08-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】荒井 亮一郎
(72)【発明者】
【氏名】大黒 隆
(72)【発明者】
【氏名】南郷 哲哉
【審査官】大谷 謙仁
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-200191(JP,A)
【文献】実開昭59-107952(JP,U)
【文献】実開昭61-099654(JP,U)
【文献】実開昭54-113907(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/06
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンに形成されたオイルリング溝に装着され、前記ピストンの軸方向における燃焼室側である上側に配置される上部サイドレールと、前記上部サイドレールと独立して下側に配置される下部サイドレールと、これらサイドレールの間に配置されるスペーサエキスパンダとからなる組合せオイルリングであって、
前記スペーサエキスパンダは、
前記上部サイドレールと対向する上面側に、前記スペーサエキスパンダの径方向内側に前記組合せオイルリングの軸方向に突出して形成され、前記上部サイドレールを径方向外側に付勢する上耳部と、前記スペーサエキスパンダの径方向外側に前記組合せオイルリングの軸方向に突出して形成され、前記上部サイドレールを支持する上支持部と、前記上耳部と前記上部サイドレールとの接触部と前記上支持部と前記上部サイドレールとの接触部との間で形成され、前記スペーサエキスパンダの周方向に延在するスペーサエキスパンダ上側溝と、
を備え、
さらに、前記下部サイドレールと対向する下面側に、前記スペーサエキスパンダの径方向内側に前記組合せオイルリングの軸方向に突出して形成され、前記下部サイドレールを径方向外側に付勢する下耳部と、前記スペーサエキスパンダの径方向外側に前記組合せオイルリングの軸方向に突出して形成され、前記下部サイドレールを支持する下支持部と、前記下耳部と前記下部サイドレールとの接触部と前記下支持部と前記下部サイドレールとの接触部との間で形成され、前記スペーサエキスパンダの周方向に延在するスペーサエキスパンダ下側溝と、
を備え、
前記上部サイドレールの下面には、前記スペーサエキスパンダ上側溝と対向するように前記上部サイドレールの周方向に延在する上部サイドレール下側溝が設けられており、
前記下部サイドレールの上面は、溝が設けられていない平坦面であ
り、
前記上部サイドレールの上面には前記上部サイドレールの周方向に延在する上部サイドレール上側溝が設けられることを特徴とする、
組合せオイルリング。
【請求項2】
前記上部サイドレール下側溝の周方向の長さが前記スペーサエキスパンダ上側溝の周方向の長さより長い、
請求項
1に記載の組合せオイルリング。
【請求項3】
前記上部サイドレール下側溝の深さが0.05mm以上0.2mm以下である、
請求項1
又は2に記載の組合せオイルリング。
【請求項4】
前記上部サイドレール下側溝の深さが0.1mm以上0.15mm以下である、
請求項
3に記載の組合せオイルリング。
【請求項5】
前記スペーサエキスパンダ上側溝の底面に開口し、前記スペーサエキスパンダの周方向に延在する凹溝が更に形成されている、
請求項1から
4の何れか一項に記載の組合せオイルリング。
【請求項6】
前記凹溝が前記スペーサエキスパンダ上側溝の径方向の中央部に位置する、
請求項
5に記載の組合せオイルリング。
【請求項7】
前記スペーサエキスパンダ上側溝における前記凹溝は、径方向に曲率を有する、
請求項
5又は6に記載の組合せオイルリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、エンジンのピストンに装着される組合せオイルリングに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のオイルリングは、ピストンの往復運動に伴い、エンジンのシリンダ内壁面に付着した余分なエンジンオイルを掻き落とし、適度な油膜を形成してピストンの焼き付きを防止している。エンジンが停止すると、オイルリング溝の溝底と組合せオイルリングとの間のオイルが排出されてから、サイドレールとスペーサエキスパンダとの間のオイルが排出される。このとき、サイドレールとスペーサエキスパンダとの間の空間でオイルが速やかに排出されないと、オイルが劣化して未燃焼カーボンや潤滑油燃焼生成物から生じたカーボンスラッジ等不溶解分が生成され、サイドレールとスペーサエキスパンダとの間に堆積し次第に加熱される。加熱された堆積物は、サイドレールとスペーサエキスパンダを固着させ、オイルリング溝内におけるオイルリングの動きを制限してしまい、オイルリングによる円滑なエンジンオイルの掻き落とし機能が十分に発揮されなくなるおそれがある。
【0003】
そこで、特許文献1及び特許文献2には、スペーサエキスパンダとサイドレールとの間の隙間を拡大させ、オイルの排出を促すことによって、堆積物によるサイドレールとスペーサエキスパンダとの固着を抑制する構成が開示されている。また、特許文献3には、ピストンのリング溝とサイドレールの間の空間及びサイドレールとスペースエキスパンダの間の空間を拡大させる構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-233572号公報
【文献】特開2014-040914号公報
【文献】実開昭61-99654号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、特許文献1に係る組合せオイルリングは、ピストンの稼働が停止した状態で、サイドレールとスペーサエキスパンダとの間のオイルが耳部の貫通孔を通して径方向に排出される。耳の部分がオイルの流れを阻害してしまい、また、オイルの排出通路の断面積が小さいため、オイルが速やかに排出されない問題がある。特許文献2に係る組合せオイルリングは、スペーサエキスパンダの連結部を階段状面に設置するものであるため、第1段差部と第2段差部との間の隅にオイルが溜まってしまい、オイルが十分に排出されない。特許文献3に係る組合せオイルリングは、下部サイドレールに溝を掘って排出オイルを保持する受け皿になるため、排出率が悪化する虞がある。
【0006】
エンジンが停止した後、オイルの抜けが十分に行われないという問題を解決するために、本件発明は、サイドレールとスペーサエキスパンダとの間のオイルを十分かつ速やかに排出できる組合せオイルリングを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本件発明に係る組合せオイルリングは、ピストンに形成されたオイルリング溝に装着され、前記ピストンの軸方向における燃焼室側である上側に配置される上部サイドレールと、前記上部サイドレールと独立して下側に配置される下部サイドレールと、これらサイドレールの間に配置されるスペーサエキスパンダとからなる組合せオイルリングであって、
前記スペーサエキスパンダは、前記上部サイドレールと対向する上面側に、前記スペーサエキスパンダの径方向内側に前記組合せオイルリングの軸方向に突出して形成され、前記上部サイドレールを径方向外側に付勢する上耳部と、前記スペーサエキスパンダの径方向外側に前記組合せオイルリングの軸方向に突出して形成され、前記上部サイドレールを支持する上支持部と、前記上耳部と前記上部サイドレールとの接触部と前記上支持部と前記上部サイドレールとの接触部との間で形成され、前記スペーサエキスパンダの周方向に延在するスペーサエキスパンダ上側溝とを備え、
さらに、前記下部サイドレールと対向する下面側に、前記スペーサエキスパンダの径方向内側に前記組合せオイルリングの軸方向に突出して形成され、前記下部サイドレールを径方向外側に付勢する下耳部と、前記スペーサエキスパンダの径方向外側に前記組合せオイルリングの軸方向に突出して形成され、前記下部サイドレールを支持する下支持部と、前記下耳部と前記下部サイドレールとの接触部と前記下支持部と前記下部サイドレールとの接触部との間で形成され、前記スペーサエキスパンダの周方向に延在するスペーサエキスパンダ下側溝とを備え、
前記上部サイドレールの下面には、前記スペーサエキスパンダ上側溝と対向するように前記上部サイドレールの周方向に延在する上部サイドレール下側溝が設けられることを特徴とする。
【0008】
上部サイドレールの下面には、スペーサエキスパンダ上側溝と対向するように前記上部サイドレールの周方向に延在する上部サイドレール下側溝が設けられることによって、上部サイドレールとスペーサエキスパンダとの間のオイルを速やかに排出できる。なお、上部サイドレール下側溝の周方向の長さについては、特に限定されない。上部サイドレール下側溝は、サイドレールの全周に亘って連続して形成されてもよいし、断続的に形成されてもよい。
【0009】
本件発明に係る組合せオイルリングは、前記上部サイドレール下側溝の周方向の長さが前記スペーサエキスパンダ上側溝の周方向の長さより長いことが好ましい。このような構成により、上部サイドレールとスペーサエキスパンダとの間に形成された空間を大きく確保できるので、単位時間に流出するオイルの量を増加できる。
【0010】
本件発明に係る組合せオイルリングは、前記上部サイドレール下側溝の深さが0.05mm以上0.2mm以下であることが好ましく、0.1mm以上0.15mm以下であることがより好ましい。このような構成により、エンジンの停止した直後に、オイルリング溝の溝底とオイルリング内周との間のオイルの排出が速く、上部サイドレールとスペーサエキスパンダとの間におけるオイルの排出率も向上できる。
【0011】
本件発明に係る組合せオイルリングは、前記上部サイドレールの周方向に延在する上部サイドレール上側溝が設けられることが好ましい。このような構成により、エンジン稼働中の上部サイドレールのバランスを取りやすくなる。これによって、上部サイドレールがねじれることを避けられるため、上部サイドレールとシリンダ内壁面との密封性が高められる。
【0012】
本件発明に係る組合せオイルリングは、前記スペーサエキスパンダ上側溝の底面に開口し、前記スペーサエキスパンダの周方向に延在する凹溝が更に形成されることが好ましい。このような構成により、上部サイドレールとスペーサエキスパンダとの間に形成された空間をさらに大きくすることで、単位時間に流出するオイルの量を増加することができる。
【0013】
本件発明に係る組合せオイルリングは、前記凹溝が前記スペーサエキスパンダ上側溝の径方向の中央部に位置することが好ましい。このような構成により、大きい段差を避ける
ので、ピストンの動きに起因する段差の根部の亀裂を防ぐことができる。
【0014】
本件発明に係る組合せオイルリングは、前記スペーサエキスパンダ上側溝における前記凹溝は径方向に曲率を持っていることが好ましい。このような構成により、オイルが周方向に排出されやすく、溝に溜まりにくいので、サイドレールとスペーサエキスパンダとの間のオイルを円滑に排出できる。
【発明の効果】
【0015】
本件発明の組合せオイルリングは、上部サイドレールの下面に上部サイドレール下側溝を設けることによって、サイドレールとスペーサエキスパンダとの間のオイルを十分かつ速やかに排出できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施形態に係る組合せオイルリングがピストンに装着された状態の周方向に直交する断面図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る組合せオイルリングの装着前の状態を示す図である。
【
図3】上部サイドレール下側溝の深さが異なる組合せオイルリングにおけるオイルの排出率を示すグラフである。
【
図4】上部サイドレール下側溝の深さが異なる組合せオイルリングにおけるオイルの排出率を示すグラフの一部拡大図である。
【
図5】残留オイル面積率を説明するための図であって、
図5(A)は組合せオイルリングがピストンに装着された状態の周方向に直交する断面図であり、
図5(B)は
図5(A)のB-B方向から観察した図である。
【
図6】比較例1-1に係る組合せオイルリングがピストンに装着された状態の周方向に直交する断面図である。
【
図7】比較例1-2に係る組合せオイルリングがピストンに装着された状態の周方向に直交する断面図である。
【
図8】実施例1-1、比較例1-1及び比較例1-2のオイル排出率の比較結果を表すグラフである。
【
図9】実施例1-1、比較例1-1及び比較例1-2のオイル排出率の比較結果を表すグラフの一部拡大図である。
【
図10】変形例1-1に係る組合せオイルリングがピストンに装着された状態の周方向に直交する断面図である。
【
図11】本発明の別の実施形態に係る組合せオイルリングの周方向に直交する断面図である。
【
図12】本発明の別の実施形態に係るスペーサエキスパンダの一部分を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための好適な実施形態を説明する。なお、以下の実施形態は、各請求項に係る発明を限定するものではなく、また、実施形態の中で説明されている特徴の組合せのすべてが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0018】
図1は本発明の実施形態に係る組合せオイルリングがピストンに装着された状態の周方向に直交する断面図である。
図2は本発明の実施形態に係る組合せオイルリングの装着前の状態を示す図である。
図1に示すように、組合せオイルリング100がオイルリング溝Gに装着される状態を「使用状態」と称する。以下、組合せオイルリング100の軸方向を「上下方向」と定義する。また、組合せオイルリング100の軸方向のうち、燃焼室側を「上側」(
図1における上方向)と定義し、その反対側、即ち、燃焼室側から離れる側
(
図1における下方向)を「下側」と定義する。
【0019】
また、組合せオイルリング100の説明において、「周方向」とは、特に指定しない限り、当該組合せオイルリング100の周方向のことを指す。組合せオイルリング100の「内側」又は「径方向内側」とは、当該組合せオイルリング100の内周面側のことを指す。組合せオイルリング100の「外側」又は「径方向外側」とは、その反対側(即ち、組合せオイルリング100の外周面側)のことを指す。「軸方向」とは、特に指定しない限りは当該組合せオイルリング100の中心軸に沿う方向のことを指す。使用状態における組合せオイルリング100の軸方向は、シリンダの軸方向と一致する。
【0020】
<実施形態1>
以下、図面を参照しながら、実体形態1に係る組合せオイルリングについて説明する。
図1に示すように、組合せオイルリング100は、ピストンに形成されたオイルリング溝Gに装着され、ピストンの軸方向における燃焼室側である上側に配置される上部サイドレール10と、上部サイドレール10と独立して下側に配置される下部サイドレール30と、これらサイドレールの間に配置されるスペーサエキスパンダ20と、からなる。
【0021】
図2に示すように、スペーサエキスパンダ20は、上部サイドレール10と対向する上面側に、スペーサエキスパンダ20の径方向内側に組合せオイルリング100の軸方向上側に突出して形成され、上部サイドレール10を径方向外側に付勢する上耳部21と、スペーサエキスパンダ20の径方向外側に組合せオイルリング100の軸方向上側に突出して形成され、上部サイドレール10を支持する上支持部23と、上耳部21と上部サイドレール10との接触部と上支持部23と上部サイドレール10との接触部との間で形成され、スペーサエキスパンダ20の周方向に延在するスペーサエキスパンダ上側溝22と、を備える。
【0022】
さらに、スペーサエキスパンダ20は、下部サイドレール30と対向する下面側に、スペーサエキスパンダ20の径方向内側に組合せオイルリング100の軸方向下側に突出して形成され、下部サイドレール30を径方向外側に付勢する下耳部24と、スペーサエキスパンダ20の径方向外側に組合せオイルリング100の軸方向に突出して形成され、下部サイドレール30を支持する下支持部26と、下耳部24と下部サイドレール30との接触部と下支持部26と下部サイドレール30との接触部との間で形成され、スペーサエキスパンダ20の周方向に延在するスペーサエキスパンダ下側溝25と、を備える。
【0023】
そして、上部サイドレール10及びスペーサエキスパンダ上側溝22との間の隙間を拡大するために、上部サイドレール下面12には上部サイドレール下側溝12Aが設けられる。なお、上部サイドレール下側溝の周方向の長さについては、特に限定されない。上部サイドレール下側溝は、サイドレールの全周に亘って連続して形成されてもよいし、断続的に形成されてもよい。上部サイドレール下側溝12Aの深さがdである。また、上部サイドレール下側溝12Aは上部サイドレール10の周方向に沿って延び、周方向において、スペーサエキスパンダ上側溝22の長さより長くなっている。即ち、上部サイドレール10、上耳部21、上支持部23及びスペーサエキスパンダ上側溝22で画成された空間は、スペーサエキスパンダ20の周方向(上部サイドレール10の周方向)に沿って延在している。なお、下部サイドレール上面31は、平坦面となっている。即ち、下部サイドレール上面31には、溝が設けられていない。但し、本発明はこれに限定されない。
【0024】
以下、
図3及び
図4を参照しながら上部サイドレール下側溝の深さdとオイルの排出率との関係について説明する。オイルの排出率とは、単位時間当たり残留オイル面積率の減少量である。
図3は、上部サイドレール下側溝の深さdが異なる組合せオイルリングにおけるオイルの排出率を示すグラフである。
図4は、
図3のグラフの一部拡大図である。図
3及び
図4に示すように、横軸はエンジンが停止してからの経過時間(h)であり、縦軸は残留オイル面積率(%)である。
図3では、0.0[h]~2.0[h]における残留オイル面積率が示されており、
図4では、0.00[h]~0.20[h]における残留オイル面積率が示されている。ここで、残留オイル面積率とは、残留オイル面積が全面積に占める割合である。
図5は、残留オイル面積率を説明するための図であって、
図5(A)は組合せオイルリングがピストンに装着された状態の周方向に直交する断面図であり、
図5(B)は
図5(A)のB-B方向から観察した図である。残留オイル面積率は、具体的には、残留オイル面積OSがシリンダ内壁面C1からオイルリング溝Gの溝底G1までの全面積WSに占める割合である。従って、残留オイル面積率をDとすると、以下のように表すことができる。
図3及び
図4に示す「○」は、従来仕様の組合せオイルリングのオイル排出効果を示す。従来仕様の組合せオイルリングとは、上部サイドレール及び下部サイドレールには、両方とも溝が設けられていない仕様である。また、「△」は上部サイドレールに深さdが0.03mmである上部サイドレール下側溝が設けられ、且つ下部サイドレールに溝が設けられていない仕様の組合せオイルリングのオイル排出効果を示す。また、「□」は上部サイドレールに深さdが0.06mmである上部サイドレール下側溝が設けられ、且つ下部サイドレールに溝が設けられていない仕様の組合せオイルリングのオイル排出効果を示す。また、「◇」は上部サイドレールに深さdが0.15mmである上部サイドレール下側溝が設けられて、下部サイドレールに溝が設けられていない仕様の組合せオイルリングのオイル排出効果を示す。
【0025】
図3に示すように、従来仕様は、時間の推移に伴い、残留オイル面積率が急速に減少した後に、緩やかに減少している。具体的には、0.0[h]~0.2[h]においては残留オイルが速やかに排出され、0.2[h]~1.0[h]において残留オイルの排出速度が低下し、1.0[h]を経過後は、残留オイルの排出速度がほぼ一定となり、残留オイルは少しずつ減少する。他の仕様においても、オイル排出の傾向は概ね同様である。
【0026】
さらに分析すると、エンジンが停止してから0.2[h]が経過するまでのオイル排出の初期段階においては、エンジンの温度が高いため、オイル排出速度は高くなっている。ここで、
図4に示すように、0.00[h]~0.04[h]では、溝深さが深いほどオイル排出速度が高くなっている。具体的には、従来仕様と他の仕様の0.04[h]における残留オイル面積率を比較すると、線L1で示すように、上部サイドレール下側溝の深さdが0.03mmである仕様の残留オイル面積率の従来仕様に対する減少率は約4%となっており、線L2で示すように、上部サイドレール下側溝の深さdが0.06mmである仕様の残留オイル面積率の減少率は約15%となっており、線L3で示すように、上部サイドレール下側溝の深さdが0.15mmである仕様の残留オイル面積率の減少率は約18%となっている。このように、エンジンの停止直後のオイル排出の初期段階においては、溝深さが深いほど、オイルを早期に排出できる。
【0027】
なお、サイドレールとスペーサエキスパンダとの固着の原因としては、エンジンの停止直後即ち、エンジンが最も高熱となっている状態で、オイルが速やかに排出されないことにより残留オイルが加熱されて劣化し、リング周りに排出されにくい不溶解分が溜まることが考えられる。従って、エンジンの停止直後にオイルを早期に排出することが望ましい。
【0028】
上述のような、サイドレールとスペーサエキスパンダとの間のオイルの流出メカニズムを考慮すると、上部サイドレール下側溝の深さdをできるだけ深くすることが、サイドレ
ールとスペーサエキスパンダとの固着を抑制する観点から好ましい。但し、上部サイドレール下側溝の深さdを必要以上に深くすると、上部サイドレール10の一部が薄くなってしまい、使用中、上部サイドレール10に亀裂が生じる虞がある。そのような状況を考えると、上部サイドレール下側溝の深さdは、0.05mm以上0.2mm以下であることが好ましく、0.1mm以上0.15mm以下であることがより好ましい。但し、上部サイドレール下側溝の深さdは、これに限定されない。
【0029】
[作用・効果]
次に、従来仕様との対比で、実施形態に係る組合せオイルリング100による作用及び効果について説明する。従来仕様と比べると、本実施形態の組合せオイルリング100は、その上部サイドレール10の形状を工夫することによって、上部サイドレール10とスペーサエキスパンダ20との間の隙間を大きくすることで、エンジンが停止した後、上部サイドレール10とスペーサエキスパンダ20との間のオイルを十分かつ速やかに排出させ、固着を防止できる。
【0030】
以下、本件発明の実施例及び比較例を参照し、本件発明の効果を具体的に説明する。なお、本件発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0031】
<実施例1-1>
実施例1-1に係る組合せオイルリング100は、上部サイドレール下面12に上部サイドレール下側溝12Aを設ける。上部サイドレール上面11、下部サイドレール上面31及び下部サイドレール下面32は平坦面である。即ち、下部サイドレール30の構成は従来の通りである。
【0032】
<比較例1-1>
図6に示すように、比較例1-1に係る組合せオイルリング200は、上部サイドレール上面211及び上部サイドレール下面212、下部サイドレール上面231及び下部サイドレール下面232は平坦面である。即ち、上部サイドレール210と下部サイドレール230との構成は従来の通りである。それ以外は、スペーサエキスパンダ220も実施例1-1と同様にして作製された。
【0033】
<比較例1-2>
図7に示すように、比較例1-2に係る組合せオイルリング300は、下部サイドレール上面331に実施例1-1の上部サイドレール下側溝12Aと同じような下部サイドレール上側溝331Aを設ける。下部サイドレール下面332、上部サイドレール上面311及び上部サイドレール下面312は平坦面である。即ち、上部サイドレール310の構成は従来の通りである。それ以外は、スペーサエキスパンダ320も実施例1-1のスペーサエキスパンダ20と同様にして作製された。
【0034】
(実施例1-1と比較例との比較検討の説明)
以下、実施例1-1に係る組合せオイルリング100(以下、「実施例1-1」とも称する)と、比較例1-1に係る組合せオイルリング200(以下、「比較例1-1」とも称する)及び比較例1-2に係る組合せオイルリング300(以下、「比較例1-2」とも称する)とのオイル排出率について、比較検討する。
【0035】
図8は実施例1-1、比較例1-1及び比較例1-2のオイル排出率の比較結果を表すグラフである。
図9は実施例1-1、比較例1-1及び比較例1-2のオイル排出率の比較結果を表すグラフの一部拡大図である。
図8では、0.0[h]~2.0[h]における残留オイル面積率が示されており、
図9では、0.00[h]~0.20[h]におけ
る残留オイル面積率が示されている。
図8及び
図9に示すように、横軸は経過時間(h)であり、縦軸は残留オイル面積率(%)である。「○」は比較例1-1に係る組合せオイルリング200のオイル排出率を示す。「□」は実施例1-1に係る組合せオイルリング100のオイル排出率を示す。「*」は比較例1-2に係る組合せオイルリング300の
オイル排出率を示す。
【0036】
図8に示すように、何れの仕様においても、時間の推移に伴い、残留オイル面積率が急速に減少した後に、緩やかに減少している。2.0[h]経過後の実施例1-1の残留オイル面積率は、約53%となっている。一方、比較例1-2の仕様は、残留オイル面積率の減少傾向は実施例1-1と同様であるものの、2.0[h]経過後の残留オイル面積率が実施例1-1よりも大きく、約56%となっている。この要因としては、比較例1-2に係る組合せオイルリング300では、下部サイドレール上面331に設けられた下部サイドレール上側溝331Aが排出オイルを保持する受け皿になることにより排出率が低下し、実施例1-1ほどにはオイルを多量に排出できないためと考えられる。
【0037】
さらに、エンジンの停止直後のオイル排出の初期段階における残留オイル面積率の推移に着目する。
図9に示すように、0.00[h]~0.04[h]では、サイドレールに溝を設けた実施例1-1及び比較例1-2の方が、比較例1-1(従来仕様)よりもオイル排出速度が高くなっている。具体的には、比較例1-1と実施例1-1及び比較例1-2の0.04[h]における残留オイル面積率を比較すると、線L5で示すように、実施例1-1のオイル面積率の比較例1-2に対する減少率は約15%となっており、線L4に示すように、比較例1-2のオイル面積率の減少率は約14%となっている。即ち、上部サイドレール又は下部サイドレールに溝を設け、上部サイドレールとスペーサエキスパンダとの間の隙間を大きくすることで、エンジンの停止直後のオイル排出の初期段階においてオイル排出速度を高め、オイルを早期に排出できる。
【0038】
つまり、実施例1-1と比較例1-1とを比較すると、サイドレールとスペーサエキスパンダとの固着を抑制する観点においては、エンジンの停止直後にオイルを早期に排出することが望ましいことから、オイルを早期に排出できる実施例1-1の仕様の方が比較例1-1の仕様よりも優位である。
【0039】
次に、実施例1-1と比較例1-2とを比較すると、上述のように、比較例1-2の仕様では、下部サイドレール上側溝331Aが排出オイルを保持する受け皿となることにより排出率が低下し、実施例1-1ほどにはオイルを多量に排出できない。そのため、
図8に示すように、2.0[h]経過後のオイル排出の終期段階においては、下部サイドレールの上面が平坦面に形成された実施例1-1の方が比較例1-2よりもオイルを多量に排出できる。従って、実施例1-1の仕様の方が比較例1-2の仕様よりも優位である。
【0040】
<変形例1-1>
図10は変形例1-1に係る組合せオイルリング400がピストンに装着された状態の周方向に直交する断面図である。
図10に示すように、変形例1-1に係る組合せオイルリング400は、上部サイドレール下面412に上部サイドレール下側溝412Aを設け、更に、上部サイドレール上面411に上部サイドレール下側溝412Aと同様の断面形状を有する上部サイドレール上側溝411Aを設ける点で、実施例1-1に係る組合せオイルリング100と相違する。それ以外は、スペーサエキスパンダ420は実施例1-1のスペーサエキスパンダ20と同様にして作製された。
【0041】
上部サイドレール上面411にも、上部サイドレール下側溝412Aと同様の断面形状を有する上部サイドレール上側溝411Aを設けることで、エンジン稼働中の上部サイドレール410のバランスを取ることができる。これによって、上部サイドレール410が
ねじれることを避けられるため、上部サイドレール410とシリンダ内壁面C1との密封性が高められる。しかしながら、上部サイドレール410における上部サイドレール上側溝411Aの形状は、これに限定されない。上部サイドレール410のバランスを考慮して、上部サイドレール上側溝411Aの形状を適宜調整すればよい。
【0042】
<実体形態2>
図11~12は、本発明に係る組合せオイルリングの実施形態2を示す。以下、この実施形態2に係る組合せオイルリング500について説明する。図中、
図1~
図2と同符号は、同一のものを示す。
【0043】
(実施形態2の構成の説明)
図11は本発明の別の実施形態に係る組合せオイルリング500の周方向に直交する断面図である。
図12はスペーサエキスパンダ520の一部分を示す斜視図である。
図11に示すように、実施形態2に係る組合せオイルリング500は、上部サイドレール下面12に上部サイドレール下側溝12Aを設け、当該上部サイドレール下側溝12Aは上部サイドレール10の周方向に沿って伸び、下部サイドレール上面31は平坦面である点で実施形態1における上部サイドレール10及び下部サイドレール30と同じである。
【0044】
これに対して、実施形態2の上耳部521、下耳部524、上支持部523及び下支持部526の構成は実施形態1における上耳部21、下耳部24、上支持部23及び下支持部26の構成と同様であるが、上耳部521と上支持部523との間のスペーサエキスパンダ上側溝522に更に凹溝522Aを設け、下耳部524と下支持部526との間のスペーサエキスパンダ下側溝525に更に凹溝525Aを設ける点で実施形態1におけるスペーサエキスパンダ上側溝22及びスペーサエキスパンダ下側溝25と異なる。
【0045】
具体的には、スペーサエキスパンダ上側溝522における上部サイドレール10に対向する面に凹溝522Aを設ける。当該凹溝522Aは、スペーサエキスパンダ上側溝522の底面で開口し、且つスペーサエキスパンダ上側溝522の径方向の中央部に位置し、周方向に延びている。スペーサエキスパンダ下側溝525における下部サイドレール30に対向する面には、凹溝525Aが設けられている。当該凹溝525Aは、スペーサエキスパンダ下側溝525の底面で開口し、且つスペーサエキスパンダ下側溝525の径方向の中央部に位置し、周方向に延びている。なお、スペーサエキスパンダ520は、凹溝525Aを有さずに凹溝522Aのみを有してもよい。
【0046】
このような実施形態2に係る組合せオイルリング500では、前記の実施形態1に係る組合せオイルリング100に比べると、上部サイドレール10とスペーサエキスパンダ520との間の隙間が更に大きくなり、下部サイドレール30とスペーサエキスパンダ520との間の隙間も更に大きくなる。
【0047】
(実施形態2の作用の説明)
この実施形態2に係る組合せオイルリング500は、以上の構成からなることで、前記実施形態1に係る組合せオイルリング100により、上部サイドレール10及び下部サイドレール30とスペーサエキスパンダ520との間のオイルを更に速やかに排出できる。
【0048】
すなわち、上部サイドレール10とスペーサエキスパンダ520との間の隙間及び下部サイドレール30とスペーサエキスパンダ520との間の隙間を大きくすることによって、オイルの排出通路を大きく確保できると共に、単位時間に流出するオイルの量を増加させることができる。これにより、エンジンが停止した後、上部サイドレール10及び下部サイドレール30とスペーサエキスパンダ520との間のオイルを十分かつ速やかに排出させ、カーボンスラッジの堆積を防止して、カーボンスラッジが加熱されることによるサ
イドレールとスペーサエキスパンダとの固着を抑制できる。
【0049】
また、実施形態2に係る組合せオイルリング500は、スペーサエキスパンダ520のスペーサエキスパンダ上側溝522における凹溝522A及びスペーサエキスパンダ下側溝525における凹溝525Aを、それぞれスペーサエキスパンダ上側溝522及びスペーサエキスパンダ下側溝525の径方向の中央部に設ける構成としている。つまり、オイルの排出通路を確保するための溝を段階的に形成している。これにより、オイルの排出通路を確保するための溝によりスペーサエキスパンダ520に大きな段差が形成されることを回避できる。その結果、ピストンの動きに起因した段差の根部の亀裂を防ぐことができる。
【0050】
<実施例2-1>
図11及び
図12に示すように、スペーサエキスパンダ520におけるスペーサエキスパンダ上側溝522に設ける凹溝522A及びスペーサエキスパンダ520におけるスペーサエキスパンダ下側溝525に設ける凹溝525Aは、径方向に曲率を有している。より具体的には、凹溝525Aは、径方向外側の周縁と径方向内側の周縁とが、曲率を有するR部分(曲面部R1)によって形成されている。但し、凹溝525Aは、径方向外側と径方向内側とのうちの何れか一方のみにR部分(曲面部R1)を有する形状であってもよい。
【0051】
これにより、スペーサエキスパンダ520のスペーサエキスパンダ上側溝522における凹溝522A及びスペーサエキスパンダ下側溝525における凹溝525Aを径方向に曲率を持たせることで、オイルが周方向に排出され易くなる。その結果、オイルが溝に溜まり難くなり、上部サイドレール10及び下部サイドレール30とスペーサエキスパンダ520との間のオイルをより円滑に排出できる。
【0052】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、上述した種々の形態は、可能な限り組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0053】
100,200,300,400,500…組合せオイルリング
10,210,310,410…上部サイドレール
30,230,330,430…下部サイドレール
20,220,320,420,520…スペーサエキスパンダ
11,211,311,411…上部サイドレール上面
12,212,312,412…上部サイドレール下面
31,231,331,431…下部サイドレール上面
32,232,332,432…下部サイドレール下面
21,521…上耳部
22,522…スペーサエキスパンダ上側溝
23,523…上支持部
24,524…下耳部
25,525…スペーサエキスパンダ下側溝
26,526…下支持部
12A,412A…上部サイドレール下側溝
411A…上部サイドレール上側溝
G…オイルリング溝
331A…下部サイドレール上側溝
522A,525A…凹溝
d…上部サイドレール溝の深さ
D…残留オイル面積率
OS…残留オイル面積
WS…全面積