IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三井化学株式会社の特許一覧

特許7042321テープワインディングパイプ及びその製造方法
<>
  • 特許-テープワインディングパイプ及びその製造方法 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-16
(45)【発行日】2022-03-25
(54)【発明の名称】テープワインディングパイプ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 5/28 20060101AFI20220317BHJP
   B29C 70/32 20060101ALI20220317BHJP
   B29C 70/42 20060101ALI20220317BHJP
   B29C 70/10 20060101ALI20220317BHJP
   B29K 105/08 20060101ALN20220317BHJP
   B29L 23/00 20060101ALN20220317BHJP
   B29L 9/00 20060101ALN20220317BHJP
【FI】
B32B5/28 A
B29C70/32
B29C70/42
B29C70/10
B29K105:08
B29L23:00
B29L9:00
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020201626
(22)【出願日】2020-12-04
(62)【分割の表示】P 2018562419の分割
【原出願日】2018-01-18
(65)【公開番号】P2021041713
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2020-12-28
(31)【優先権主張番号】P 2017008362
(32)【優先日】2017-01-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017047826
(32)【優先日】2017-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005887
【氏名又は名称】三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】特許業務法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊崎 健晴
(72)【発明者】
【氏名】鵜澤 潔
(72)【発明者】
【氏名】石川 淳一
(72)【発明者】
【氏名】菊地 一明
(72)【発明者】
【氏名】岩田 成樹
【審査官】塩屋 雅弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-182950(JP,A)
【文献】特開2005-238472(JP,A)
【文献】国際公開第2016/114352(WO,A1)
【文献】特開平09-001713(JP,A)
【文献】特開2003-207077(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A63B 53/00-53/14
B29B 11/16
15/08-15/14
B29C 41/00-41/36
41/46-41/52
70/00-70/88
B29K105/08
B29L 23/00
B29L 9/00
B32B 1/00-43/00
C08J 5/04-5/10
5/24
F16L 9/00-11/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5層以上の積層構造を有し、
各層は、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層であり、
繊維強化樹脂組成物層中の樹脂が、融点またはガラス転移温度が50~300℃の重合体である積層体を含むテープワインディングパイプであって、
下記の要件(B-i)及び(B-ii)を満たす、パイプの内面より(α-2)~(γ-2)の3層と、パイプの外面より内面と対称の(δ-2)~(ζ-2)の3層を層最小の構成として持ち、その間に複数の任意の角度の層を持っていてもよい積層構造を有するテープワインディングパイプ。
要件(B-i):(α-2)~(ζ-2)層は、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層である。
要件(B-ii):パイプの中心軸を基準軸としたとき、(α-2)~(ζ-2)層の基準軸に対する配向軸の角度が、下記の関係を満たす。
(α-2)層:60°~85°
(β-2)層:-85°~-60°
(γ-2)層:0°~40°
(δ-2)層:-40°~0°
(ε-2)層:60°~85°
(ζ-2)層:-85°~-60°
ここで(α-2)層と(β-2)層、(ε-2)層と(ζ-2)層は、トラバース巻きで部分的に交差していてもよい。
6層で構成されるパイプの場合は、(γ-2)層と(δ-2)層は、トラバース巻きで部分的に交差していてもよい。
【請求項2】
パイプの中心軸を基準軸としたとき、(α-2)~(ζ-2)層の基準軸に対する配向軸の角度が、下記の関係を満たす請求項1に記載のテープワインディングパイプ。
(α-2)層:70°~80°
(β-2)層:-80°~-70°
(γ-2)層:10°~20°
(δ-2)層:-20°~-10°
(ε-2)層:70°~80°
(ζ-2)層:-80°~-70°
【請求項3】
繊維強化樹脂組成物層中の繊維が、炭素繊維である請求項1に記載のテープワインディングパイプ。
【請求項4】
繊維強化樹脂組成物層中の樹脂が、熱可塑性樹脂である請求項1に記載のテープワインディングパイプ。
【請求項5】
繊維強化樹脂組成物層中の樹脂が、プロピレン系重合体である請求項1に記載のテープワインディングパイプ。
【請求項6】
繊維強化樹脂組成物層中の樹脂が、さらにカーボンブラックを含む請求項1に記載のテープワインディングパイプ。
【請求項7】
レーザー融着方法を併用したテープワインディング法によって得られる請求項1に記載のテープワインディングパイプ。
【請求項8】
請求項1~7の何れかに記載のテープワインディングパイプを製造する為の方法であって、
繊維強化樹脂組成物層中の樹脂が、熱可塑性樹脂であり、
レーザー融着方法を併用したテープワインディング法によって積層構造を得るテープワインディングパイプの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工業用分野に利用される繊維強化熱可塑性成形体として、特に強度、成形性、成形外観に優れる積層体に関する。さらに本発明は、曲げ剛性と圧縮剛性とのバランスに優れたテープワインディングパイプに関する。
【背景技術】
【0002】
繊維強化樹脂成形体は、力学的強度や金属材料に対する軽量性の点から工業用材料分野において広く利用されている。特に炭素繊維強化樹脂成形体は、炭素繊維が有する優れた力学的特性と軽量性が反映された性能を有することが知られている。
【0003】
繊維強化樹脂成形体の樹脂成分として熱可塑性樹脂を用いた場合は、熱硬化樹脂を用いた場合と比較して成形性の自由度が高いという利点がある。強度を向上させるには炭素繊維等の強化繊維を一方向に分散させることが有効である。ただし、その場合は強度の異方性が強過ぎるので、適用可能な実用製品の種類が制限されてしまう。さらに、熱成形の際の成形性や成形外観の制御が困難である。したがって、これら問題を解決する技術が必要とされている。例えば特許文献1には、そのような技術が開示されている。
【0004】
繊維強化樹脂シートを用いて異方性を制御する方法としては、繊維強化樹脂シートを積層し、溶融プレス成形する方法が代表的である。
【0005】
また、例えば特許文献2には、樹脂を含浸させた強化繊維をワインディングコアに巻き取りテープワインディングパイプを製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-208725号公報
【文献】特表2015-505753号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者らは、繊維強化樹脂シートを積層して溶融プレス成形する際に、溶融流動し易い方向と溶融流動し難い方向が生じてしまうという現象に直面した。この現象は、繊維の配向に由来するものと考えられる。したがって、繊維強化樹脂シートの溶融プレス成形においては必ず金型を用いることが必要となる。しかも、溶融流動が不均一であると、繊維強化樹脂シートが本来有する強度を十分に発現出来ない可能性がある。
【0008】
すなわち本発明の第1の目的は、特に溶融プレス成形等の成形法において形状の制御が容易な特定の構造を有する積層体を提供することにある。より具体的には、溶融プレスする前の形状とプレス後の形状が実質的に相似形となり、且つ溶融プレスした後も均質な繊維強化樹脂層を持つ積層体であることが期待される構造の積層体を提供することにある。
【0009】
さらに本発明者らは、従来のテープワインディングパイプは、曲げ剛性(パイプの曲がりにくさ)と圧縮剛性(パイプのつぶれにくさ)のバランスが悪い場合がある点に気付いた。具体的には、曲げ剛性は高いが圧縮剛性が低い、あるいは圧縮剛性は高いが曲げ剛性が低い場合がある。
【0010】
すなわち本発明の第2の目的は、曲げ剛性と圧縮剛性とのバランスに優れたテープワインディングパイプを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決する為に鋭意検討した結果、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層を5層以上積層することが有効であることを見出した。また本発明者らは、各々の繊維強化樹脂組成物層の配向が特定の関係にある積層体を用いることが非常に有効であることを見出した。さらに本発明者らは、パイプを構成する各繊維強化樹脂組成物層の繊維の配向方向に関して特定の関係を満たすことが非常に有効であることを見出した。すなわち、本発明は以下の事項により特定される。
【0012】
[1]5層以上の積層構造を有し、
各層は、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層であり、
繊維強化樹脂組成物層中の樹脂が、融点またはガラス転移温度が50~300℃の重合体である積層体。
【0013】
[2]下記の要件(A-i)及び(A-ii)を満たす(α-1)~(ε-1)の5層を一単位層とする複数の単位層を持つ積層構造を有し、
その積層構造が層としての対称面を有する[1]に記載の積層体。
要件(A-i):(α-1)~(ε-1)層は、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層である。
要件(A-ii):(α)~(ε)層の配向軸の角度が、下記の関係を満たす。
(α-1)層:0°(基準軸とする)
(β-1)層:28°~42°
(γ-1)層:83°~97°
(δ-1)層:-28°~-42°
(ε-1)層:-2°~2°
【0014】
[3](α-1)~(ε-1)層の配向軸の角度が、下記の関係を満たす[2]に記載の積層体。
(α-1)層:0℃(基準軸とする)
(β-1)層:30°~40°
(γ-1)層:85°~95°
(δ-1)層:-30°~-40°
(ε-1)層:-2°~2°
【0015】
[4](β-1)層と(δ-1)層の角度の絶対値の差が、8°以下である[2]に記載の積層体。
【0016】
[5]繊維強化樹脂組成物層中の繊維が、炭素繊維である[2]に記載の積層体。
【0017】
[6]繊維強化樹脂組成物層中の樹脂が、プロピレン系重合体である[2]に記載の積層体。
【0018】
[7][1]に記載の積層体を含むテープワインディングパイプであって、
下記の要件(B-i)及び(B-ii)を満たす、パイプの内面より(α-2)~(γ-2)の3層と、パイプの外面より内面と対称の(δ-2)~(ζ-2)の3層を層最小の構成として持ち、その間に複数の任意の角度の層を持っていてもよい積層構造を有するテープワインディングパイプ。
要件(B-i):(α-2)~(ζ-2)層は、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層である。
要件(B-ii):パイプの中心軸を基準軸としたとき、(α-2)~(ζ-2)層の基準軸に対する配向軸の角度が、下記の関係を満たす。
(α-2)層:60°~85°
(β-2)層:-85°~-60°
(γ-2)層:0°~40°
(δ-2)層:-40°~0°
(ε-2)層:60°~85°
(ζ-2)層:-85°~-60°
ここで(α-2)層と(β-2)層、(ε-2)層と(ζ-2)層は、トラバース巻きで部分的に交差していてもよい。
6層で構成されるパイプの場合は、(γ-2)層と(δ-2)層は、トラバース巻きで部分的に交差していてもよい。
【0019】
[8]パイプの中心軸を基準軸としたとき、(α-2)~(ζ-2)層の基準軸に対する配向軸の角度が、下記の関係を満たす[7]に記載のテープワインディングパイプ。
(α-2)層:70°~80°
(β-2)層:-80°~-70°
(γ-2)層:10°~20°
(δ-2)層:-20°~-10°
(ε-2)層:70°~80°
(ζ-2)層:-80°~-70°
【0020】
[9]繊維強化樹脂組成物層中の繊維が、炭素繊維である[7]に記載のテープワインディングパイプ。
【0021】
[10]繊維強化樹脂組成物層中の樹脂が、プロピレン系重合体である[7]に記載のテープワインディングパイプ。
【発明の効果】
【0022】
本発明の積層体は、形状の制御が容易な特定の構造を有する。具体的には、各々の繊維強化樹脂組成物層の配向性を特定の関係に制御することにより、溶融プレスする前の形状とプレス後の形状が実質的に相似形となり、金型による制御無しでも所望の形状が得られる。また、成形時の構造の乱れが少ないことが予想されるので、均質な繊維強化樹脂層を持ち、相対的に強度が優れた積層体が得られることが期待される。
【0023】
本発明のテープワインディングパイプは、曲げ剛性と圧縮剛性とのバランスに優れている。パイプは曲げと圧縮の双方に対する剛性が求められる場合がある。図1に示すように、パイプ1の曲げと圧縮は異なる現象である。そして本発明者らの知見によれば、両特性はワインディングアングル(積層角度)により変化するのである。パイプの中心軸を基準軸(0°)としたとき、例えば、パイプの曲げ試験(3点曲げまたは4点曲げ)において、パイプの軸方向に対して0°に近い積層角度でワインディングすると曲げ剛性は高いが圧縮剛性が低くなる。逆に、パイプの軸方向に対して90°に近い積層角度でワインディングすると、圧縮剛性は高いが曲げ剛性が低くなる。一方、本発明においては、積層角度を特定の関係に制御することにより、曲げ剛性と圧縮剛性とのバランスに優れたテープワインディングパイプが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】パイプ1の曲げと圧縮の状態を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の積層体の各層を構成する繊維強化樹脂組成物層としては、繊維が一方向に配向した公知の繊維強化樹脂組成物層を制限なく使用できる。繊維強化樹脂組成物層中の繊維(以下「強化繊維」とも言う)は、炭素繊維及び無機酸化物繊維からなる群より選ばれる1種以上の繊維であることが好ましい。具体例としては、金属酸化物繊維、ガラス繊維、モスハイジ(塩基性硫酸マグネシウム無機繊維)、炭酸カルシウムウィスカーが挙げられる。無機酸化物繊維としては、特にガラス繊維が好ましい。炭素繊維としては、公知の炭素繊維を制限なく使用出来る。以上の各強化繊維の中では、炭素繊維が最も好ましい。
【0026】
繊維強化樹脂組成物層を形成する樹脂としては、融点またはガラス転移温度が50~300℃の重合体(熱可塑性樹脂)であれば、公知の物を制限なく使用出来る。具体的には、繊維強化樹脂シートに使用可能なことが知られている公知の熱可塑性樹脂を制限なく使用出来る。その具体例としては、アクリル系重合体、ポリエステル系重合体、ポリカーボネート系重合体、ポリアミド系重合体、スチレン系重合体、オレフィン系重合体が挙げられる。今後の環境問題を考慮すると、オレフィン系重合体が好ましく、プロピレン系重合体、エチレン系重合体がより好ましく、プロピレン系重合体が最も好ましい。
【0027】
本発明の好ましい第1の実施形態(積層体)は、下記の要件(A-i)及び(A-ii)を満たす(α-1)~(ε-1)の5層を一単位層とする複数の単位層を持つ積層構造を有し、
その積層構造が層としての対称面を有する積層体である。
要件(A-i):(α-1)~(ε-1)層は、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層である。
要件(A-ii):(α-1)~(ε-1)層の配向軸の角度が、下記の関係を満たす。
(α-1)層:0°(基準軸とする)
(β-1)層:28°~42°
(γ-1)層:83°~97°
(δ-1)層:-28°~-42°
(ε-1)層:-2°~2°
【0028】
本発明の好ましい第2の実施形態(テープワインディングパイプ)は、本発明の積層体を含むテープワインディングパイプであって、下記の要件(B-i)及び(B-ii)を満たす、パイプの内面より(α-2)~(γ-2)の3層と、パイプの外面より内面と対称の(δ-2)~(ζ-2)の3層を層最小の構成として持ち、その間に複数の任意の角度の層を持っていてもよい積層構造を有するテープワインディングパイプである。
要件(B-i):(α-2)~(ζ-2)層は、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層である。
要件(B-ii):パイプの中心軸を基準軸としたとき、(α-2)~(ζ-2)層の基準軸に対する配向軸の角度が、下記の関係を満たす。
(α-2)層:60°~85°
(β-2)層:-85°~-60°
(γ-2)層:0°~40°
(δ-2)層:-40°~0°
(ε-2)層:60°~85°
(ζ-2)層:-85°~-60°
ここで(α-2)層と(β-2)層、(ε-2)層と(ζ-2)層は、トラバース巻きで部分的に交差していてもよい。
6層で構成されるパイプの場合は、(γ-2)層と(δ-2)層は、トラバース巻きで部分的に交差していてもよい。
【0029】
第1の実施形態の(α-1)~(ε-1)層及び第2の実施形態の(α-2)~(ζ-2)層は、繊維強化樹脂組成物層である。これら層を構成する繊維強化樹脂組成物の好ましい例としては、強化繊維(C)と、炭素原子数2~20の構造単位を含み、融点又はガラス転移温度が50~300℃の重合体(I)と、好ましくは色素(II)とを含む組成物が挙げられる。繊維強化樹脂組成物のより好ましい例としては、以下に説明する強化繊維束(強化繊維(C)の束)と、マトリックス樹脂(重合体(I)の例)と、好ましくは色素(II)とを含む組成物が挙げられる。
【0030】
強化繊維束は、炭素原子数2~20のオレフィン単位を含むポリオレフィンであり、プロピレン単位が好ましくは50モル%以上であるプロピレン系樹脂(A)と、重合体鎖に結合したカルボン酸塩を少なくとも含むプロピレン系樹脂(B)と、強化繊維(C)を含むことが好ましい。
【0031】
強化繊維束中のプロピレン系樹脂(A)は、重量平均分子量が5万を超える成分(A-1)60質量%を超え100質量%以下、及び、重量平均分子量10万以下の成分(A-2)0~40質量%(但し成分(A-1)と(A-2)の合計が100質量%であり、その分子量は(A-1)>(A-2)である。)を含むことが好ましい。ここで、プロピレン系樹脂(A)の重量平均分子量は、プロピレン系樹脂(B)の重量平均分子量よりも高い。成分(A-1)の好ましい含有率は、70質量%を超え、100質量%以下である。プロピレン系樹脂(A)の好ましい融点またはガラス転移温度は0~165℃である。融点を示さない樹脂を用いる場合もある。
【0032】
強化繊維束中のプロピレン系樹脂(B)の量は、プロピレン系樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは3~50質量部、より好ましくは5~45質量部、特に好ましくは10~40質量部である。プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)の合計量は、強化繊維束全体100質量%中、好ましくは5~60質量%、より好ましくは3~55質量%、特に好ましくは3~50質量%である。
【0033】
強化繊維(C)としては、例えば、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、アルミナ繊維、炭化珪素繊維、ボロン繊維、金属繊維などの高強度、高弾性率繊維を使用できる。これらは1種または2種以上を併用してもよい。中でも、炭素繊維が好ましい。炭素繊維としては、力学特性の向上、成形品の軽量化の点から、PAN系、ピッチ系又はレーヨン系の炭素繊維が好ましい。さらに、得られる成形品の強度と弾性率とのバランスの観点からPAN系炭素繊維が特に好ましい。また、導電性を付与した強化繊維、例えば、ニッケルや銅やイッテルビウムなどの金属を含む強化繊維も使用できる。金属は、強化繊維を被覆するような形態で含まれることが好ましい。
【0034】
炭素繊維において、X線光電子分光法により測定される繊維表面の酸素(O)と炭素(C)の原子数の比である表面酸素濃度比[O/C]は、好ましくは0.05~0.5、より好ましくは0.08~0.4、特に好ましくは0.1~0.3である。表面酸素濃度比が0.05以上であると、炭素繊維表面の官能基量を確保でき、樹脂とより強固な接着を得ることができる。表面酸素濃度比の上限には特に制限はないが、炭素繊維の取扱い性、生産性のバランスの点から、0.5以下が一般的に好ましい。
【0035】
炭素繊維の表面酸素濃度比[O/C]は、X線光電子分光法により、次の手順に従って求めることができる。まず、炭素繊維表面に付着しているサイジング剤などを溶剤で除去し、炭素繊維束を20mmにカットする。これを銅製の試料支持台に拡げて並べ、X線源としてA1Kα1、2を用い、試料チャンバー中を1×10Torrに保つ。測定時の帯電に伴うピークの補正値としてC1sの主ピークの運動エネルギー値(K.E.)を1202eVに合わせる。そして、K.E.として1191~1205eVの範囲で直線のベースラインを引くことによりC1sピーク面積を求める。また、K.E.として947~959eVの範囲で直線のベースラインを引くことによりO1sピーク面積を求める。このO1sピーク面積及びC1sピーク面積の比と装置固有の感度補正値を用いて、原子数比として表面酸素濃度比[O/C]を算出する。X線光電子分光法装置としては、国際電気社製モデルES-200を用い、感度補正値を1.74とする。
【0036】
表面酸素濃度比[O/C]を0.05~0.5に制御する方法は、特に限定されない。例えば、電解酸化処理、薬液酸化処理、気相酸化処理などの方法により制御できる。中でも電解酸化処理が好ましい。
【0037】
強化繊維(C)の平均繊維径は特に限定されないが、得られる成形品の力学特性と表面外観の点から、好ましくは1~20μm、より好ましくは3~15μmである。強化繊維束の単糸数は特に制限されないが、通常は100~350,000本、好ましくは1,000~250,000本、より好ましくは5,000~220,000本である。さらに、本発明では後述するプロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)を用いるので、繊維数40,000以上の繊維束(ラージトウ)にも優れた効果を示すことも期待される。
【0038】
強化繊維束中のプロピレン系樹脂(A)に含まれる成分(A-1)[以下「プロピレン系樹脂成分(A-1)」とも言う]の重量平均分子量は5万超え、好ましくは7万以上、より好ましくは10万以上である。プロピレン系樹脂成分(A-1)の重量平均分子量の上限値は特に制限されないが、成形時の溶融流動性や成形体の外観の点から、好ましくは70万、より好ましくは50万、特に好ましくは45万、最も好ましくは40万である。
【0039】
成分(A-1)及び成分(A-2)との合計を100質量%とする場合、プロピレン系樹脂成分(A-1)の量は60質量%を超え100質量%以下であり、好ましくは70~100質量%、特に好ましくは73~100質量%である。
【0040】
プロピレン系樹脂(A)中に必要に応じて含まれる成分(A-2)[以下「プロピレン系樹脂成分(A-2)」とも言う]の重量平均分子量は10万以下であり、好ましくは5万以下、より好ましくは4万以下である。プロピレン系樹脂成分(A-2)の重量平均分子量の下限値は、強化繊維束の強度や取扱い性(ベタ付きなど)の点から、好ましくは10,000、より好ましくは15,000、特に好ましくは20,000、最も好ましくは25,000である。
【0041】
成分(A-1)及び成分(A-2)の合計を100質量%とする場合、プロピレン系樹脂成分(A-2)の量は0~40質量%であり、好ましくは0~30質量%、より好ましくは0~27質量%である。
【0042】
プロピレン系樹脂成分(A-1)の重量平均分子量と、プロピレン系樹脂成分(A-2)との重量平均分子量との差は、好ましくは20,000~300,000、より好ましくは30,000~200,000、更に好ましくは35,000~200,000である。
【0043】
プロピレン系樹脂(A)は、重量平均分子量が高いプロピレン系樹脂成分(A-1)が比較的多く含まれるので、強化繊維束に用いるプロピレン系樹脂(A)の量が比較的少なくても、毛羽立ちの問題や、衝撃等の要因による崩壊、剥がれ、折れ等の形状変化の問題や、それらに起因する微粉の発生の問題が生じにくい傾向にある。
【0044】
プロピレン系樹脂(A)はプロピレン由来の構造単位を有する樹脂であり、通常はプロピレンの重合体である。特に、プロピレン由来の構造単位と共に、α-オレフィン、共役ジエン、非共役ジエンなどから選ばれる少なくとも一種のオレフィン(プロピレンを除く)やポリエン由来の構造単位が含まれる共重合体が好ましい。
【0045】
α-オレフィンの具体例としては、エチレン、1-ブテン、3-メチル-1-ブテン、4-メチル-1-ペンテン、3-メチル-1-ペンテン、4-メチル-1-ヘキセン、4,4ジメチル-1-ヘキセン、1-ノネン、1-オクテン、1-ヘプテン、1-ヘキセン、1-デセン、1-ウンデセン、1-ドデセン、1-テトラデセン、1-ヘキサデセン、1-オクタデセン、1-エイコセン等のプロピレンを除く炭素原子数2~20のα-オレフィンが挙げられる。中でも1-ブテン、エチレン、4-メチル-1-ペンテン、1-ヘキセンが好ましく、1-ブテン、4-メチル-1-ペンテンがより好ましい。
【0046】
共役ジエン及び非共役ジエンの具体例としては、ブタジエン、エチリデンノルボルネン、ジシクロペンタジエン、1,5-ヘキサジエン等が挙げられる。
【0047】
以上のα-オレフィン、共役ジエン及び非共役ジエンは、2種類以上併用しても良い。
【0048】
プロピレン系樹脂(A)は、プロピレンと前記のオレフィンやポリエン化合物とのランダム又はブロック共重合体であることが好ましい。本願の目的を損なわない範囲内であれば、プロピレン系樹脂(A)と共に他のオレフィン系重合体を併用することも出来る。他のオレフィン系重合体としては、例えば、エチレン・プロピレン共重合体、エチレン・1-ブテン共重合体、エチレン・プロピレン・1-ブテン共重合体が好ましい。
【0049】
プロピレン系樹脂(A)のプロピレン由来の構造単位の割合は、後述するプロピレン系樹脂(D)(一般的に、マトリックス樹脂と言われる)やプロピレン系樹脂(B)との親和性を高める点から、好ましくは50~100モル%、より好ましくは、50~99モル%、特に好ましくは55~98モル%、最も好ましくは60~97モル%である。
【0050】
プロピレン系樹脂(A)における単量体繰り返し単位の同定には、一般に13C NMR法が用いられる。質量分析及び元素分析が用いられることもある。また、NMR法で組成を決定した組成の異なる複数種の共重合体のIR分析を行い、特定波数の吸収や検体の厚さ等の情報から検量線を作成して組成を決定する方法を用いることも出来る。このIR法は工程分析などに好ましく用いられる。
【0051】
プロピレン系樹脂(A)は、そのショアA硬度が60~90であるか、又はショアD硬度が45~65であることが好ましい。ショアA硬度のより好ましい範囲は65~88であり、特に好ましくは70~85である。ショアD硬度のより好ましい範囲は48~63であり、特に好ましくは50~60である。プロピレン系樹脂(A)のショアA硬度又はショアD硬度がこれらの範囲内であると、強化繊維への追従性が良く、部分的な割れなどが発生し難く、安定した形状の強化繊維束を形成し易い。また後述するプロピレン系樹脂(D)と組み合わせた組成物の強度を高める上で有利な傾向がある。これはプロピレン系樹脂(A)とプロピレン系樹脂(D)とが良好な分子鎖の絡み合い構造を取るためと推測される。
【0052】
プロピレン系樹脂(A)は、カルボン酸基やカルボン酸エステル基等を含む化合物で変性されていても良いし、未変性体であっても良い。プロピレン系樹脂(A)が変性体である場合、その変性量は-C(=O)-O-で表される基換算で、好ましくは2.0ミリモル当量未満、より好ましくは1.0ミリモル当量以下、特に好ましくは0.5ミリモル当量以下である。また、プロピレン系樹脂(A)が変性体である場合、好ましくはプロピレン系樹脂成分(A-2)が変性体である。
【0053】
一方、用いる用途によってはプロピレン系樹脂(A)は、実質的に未変性体であることが好ましい場合もある。ここで、実質的に未変性とは、望ましくは全く変性されていないことであるが、変性されたとしても前記目的を損なわない範囲である。その変性量は-C(=O)-O-で表される基換算で、好ましくは0.05ミリモル当量未満、より好ましくは0.01ミリモル当量以下、特に好ましくは0.001ミリモル当量以下、最も好ましくは0.0001ミリモル当量以下である。
【0054】
プロピレン系樹脂(B)は、重合体鎖に結合したカルボン酸塩を少なくとも含むプロピレン系樹脂である。このカルボン酸塩は、強化繊維(C)との相互作用を高める点で効果的である。
【0055】
プロピレン系樹脂(B)の原料のうち、プロピレン系重合体としては、例えば、プロピレン単独重合体;エチレン・プロピレン共重合体、プロピレン・1-ブテン共重合体、エチレン・プロピレン・1-ブテン共重合体で代表される、プロピレンとα-オレフィンの単独又は2種類以上との共重合体が挙げられる。原料のうち、カルボン酸構造を有する単量体としては、例えば、中和されている又は中和されていないカルボン酸基を有する単量体、ケン化されている又はケン化されていないカルボン酸エステルを有する単量体が挙げられる。このようなプロピレン系重合体とカルボン酸構造を有する単量体とをラジカルグラフト重合するのが、プロピレン系樹脂(B)を製造する代表的な方法である。プロピレン系重合体に用いられるオレフィンの具体例は、プロピレン系樹脂(A)に用いられるオレフィンと同様である。
【0056】
特殊な触媒を用いることにより、プロピレンとカルボン酸エステルを有する単量体とを直接重合してプロピレン系樹脂(B)を得たり、エチレンが多く含まれる重合体であればエチレン及びプロピレンとカルボン酸構造を有する単量体とを高圧ラジカル重合してプロピレン系樹脂(B)を得たりすることが出来る可能性もある。
【0057】
中和されている又は中和されていないカルボン酸基を有する単量体、及びケン化されている又はケン化されていないカルボン酸エステル基を有する単量体としては、例えば、エチレン系不飽和カルボン酸、その無水物、そのエステル;オレフィン以外の不飽和ビニル基を有する化合物が挙げられる。
【0058】
エチレン系不飽和カルボン酸の具体例としては、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマール酸、テトラヒドロフタル酸、イタコン酸、シトラコン酸、クロトン酸、イソクロトン酸が挙げられる。無水物の具体例としては、ナジック酸TM(エンドシス-ビシクロ[2.2.1]ヘプト-5-エン-2,3-ジカルボン酸)、無水マレイン酸、無水シトラコン酸が挙げられる。
【0059】
オレフィン以外の不飽和ビニル基を有する単量体の具体例としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、i-ブチル(メタ)アクリレート、tert-ブチル(メタ)アクリレート、n-アミル(メタ)アクリレート、イソアミル(メタ)アクリレート、n-ヘキシル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、オクタデシル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、トリデシル(メタ)アクリレート、ラウロイル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、フェニル(メタ)アクリレート、イソボロニル(メタ)アクリレート、ジシクロペンタニル(メタ)アクリレート、ジシクロペンテニル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル類、ヒドロキシエチルアクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、4-ヒドロキシブチルアクリレート、ラクトン変性ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシ-3-フェノキシプロピルアクリレート等の水酸基含有ビニル類、グリシジル(メタ)アクリレート、メチルグリシジル(メタ)アクリレート等のエポキシ基含有ビニル類、ビニルイソシアナート、イソプロペニルイソシアナート等のイソシアナート基含有ビニル類、スチレン、α-メチルスチレン、ビニルトルエン、t-ブチルスチレン等の芳香族ビニル類、アクリルアミド、メタクリルアミド、N-メチロールメタクリルアミド、N-メチロールアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、マレイン酸アミド等のアミド類、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル等のビニルエステル類、N、N-ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N,N-ジエチルアミノエチル(メタアクリレート、N,N-ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリレート、N,N-ジプロピルアミノエチル(メタ)アクリレート、N,N-ジブチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N,N-ジヒドロキシエチルアミノエチル(メタ)アクリレート等のアミノアルキル(メタ)アクリレート類、スチレンスルホン酸、スチレンスルホン酸ソーダ、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸等の不飽和スルホン酸類、モノ(2-メタクリロイロキシエチル)アシッドホスフェート、モノ(2-アクリロイロキシエチル)アシッドホスフェート等の不飽和リン酸類等が挙げられる。
【0060】
以上の単量体は2種類以上を併用しても良い。中でも、酸無水物類が好ましく、無水マレイン酸がより好ましい。
【0061】
プロピレン系樹脂(B)は、先に述べたように種々の方法で得ることができる。より具体的には、例えば、有機溶剤中でプロピレン系重合体と不飽和ビニル基を有するエチレン系不飽和カルボン酸又はオレフィン以外の不飽和ビニル基を有する単量体とを重合開始剤の存在下で反応させ、その後脱溶剤する方法;プロピレン系重合体を加熱溶融して得た溶融物に不飽和ビニル基を有するカルボン酸と重合開始剤とを攪拌下で反応させる方法;プロピレン系重合体と不飽和ビニル基を有するカルボン酸と重合開始剤との混合物を押出機に供給して加熱混練しながら反応させ、その後中和やけん化などの方法でカルボン酸塩とする方法;が挙げられる。
【0062】
重合開始剤の具体例としては、ベンゾイルパーオキサイド、ジクロルベンゾイルパーオキサイド、ジクミルパーオキサイド、ジ-tert-ブチルパーオキサイド、2,5-ジメチル-2,5-ジ(ペルオキシベンゾエート)ヘキシン-3,1,4-ビス(tert-ブチルパーオキシイソプロピル)ベンゼン等の各種パーオキサイド化合物が挙げられる。また、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物を用いても良い。重合開始剤は2種以上を併用しても良い。
【0063】
有機溶剤の具体例としては、キシレン、トルエン、エチルベンゼン等の芳香族炭化水素;ヘキサン、ヘプタン、オクタン、デカン、イソオクタン、イソデカン等の脂肪族炭化水素;シクロヘキサン、シクロヘキセン、メチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン等の脂環式炭化水素;酢酸エチル、n-酢酸ブチル、セロソルブアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノエチルエーテルアセテート、3-メトキシブチルアセテート等のエステル系溶媒;メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン系;が挙げられる。2種以上の有機溶剤の混合物を用いても良い。中でも、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素、及び脂環式炭化水素が好ましく、脂肪族炭化水素、脂環式炭化水素がより好ましい。
【0064】
プロピレン系樹脂(B)のカルボン酸基の含有率は、後述するNMRやIR測定で決定出来ることは公知である。またカルボン酸基の含有率を酸価で特定することも出来る。プロピレン系樹脂(B)の酸価は、好ましくは10~100mg-KOH/g、より好ましくは20~80mg-KOH/g、特に好ましくは25~70mg-KOH/g、最も好ましくは25~65mg-KOH/gである。
【0065】
プロピレン系樹脂(B)を中和又はケン化工程を経て得る方法は、プロピレン系樹脂(B)の原料を水分散体にして処理することが容易となるので、実用的に好ましい方法である。
【0066】
水分散体の中和又はケン化に用いる塩基性物質の具体例としては、ナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、亜鉛等のアルカリ金属又はアルカリ土類金属又はその他金属類;ヒドロキシルアミン、水酸化アンモニウム等の無機アミン;アンモニア、(トリ)メチルアミン、(トリ)エタノールアミン、(トリ)エチルアミン、ジメチルエタノールアミン、モルフォリン等の有機アミン;酸化ナトリウム、過酸化ナトリウム等のアルカリ金属又はアルカリ土類金属又はその他金属類の酸化物、水酸化物、水素化物;炭酸ナトリウム等のアルカリ金属又はアルカリ土類金属又はその他金属類の弱酸塩;が挙られる。塩基物質により中和又はケン化されたカルボン酸塩又はカルボン酸エステル基としては、カルボン酸ナトリウム、カルボン酸カリウム等のカルボン酸アルカリ金属塩;カルボン酸アンモニウムが好適である。
【0067】
中和度又はけん化度、すなわちプロピレン系樹脂(B)の原料が有するカルボン酸基の金属塩やアンモニウム塩等のカルボン酸塩への転化率は、水分散体の安定性と繊維との接着性の点から、通常50~100%、好ましくは70~100%、より好ましくは85~100%である。プロピレン系樹脂(B)におけるカルボン酸基は、塩基物質によりすべて中和又はケン化されていることが好ましいが、カルボン酸基の一部が中和又はケン化されずに残存していても良い。
【0068】
カルボン酸基の塩成分を分析する手法としては、例えば、ICP発光分析で塩を形成している金属種の検出を行う方法、IR、NMR、質量分析又は元素分析等を用いて酸基の塩の構造を同定する方法がある。
【0069】
カルボン酸基の中和塩への転化率を算出する方法としては、例えば、加熱トルエン中にプロピレン系樹脂(B)を溶解し、0.1規定の水酸化カリウム-エタノール標準液で滴定し、プロピレン系樹脂(B)の酸価を下式より求め、元のカルボン酸基の総モル数と比較して算出する方法がある。
酸価=(5.611×A×F)/B(mgKOH/g)
A:0.1規定水酸化カリウム-エタノール標準液使用量(ml)
F:0.1規定水酸化カリウム-エタノール標準液のファクター
B:試料採取量(g)
【0070】
次に、以上の方法で算出した酸価を下式を用いて中和されていないカルボン酸基のモル数に換算する。
中和されていないカルボン酸基のモル数=酸価×1000/56(モル/g)
【0071】
そして、別途IR、NMR及び元素分析等の方法によりカルボン酸基のカルボニル炭素の定量を行って算出したカルボン酸基の総モル数(モル/g)を用いて、下式よりカルボン酸基の中和塩への転化率を算出する。
転化率%=(1-r)×100(%)
r:中和されていないカルボン酸基のモル数/カルボン酸基の総モル数
【0072】
強化繊維(C)との相互作用を高める観点から、前記プロピレン系樹脂(B)の重合体鎖に結合したカルボン酸塩の含有量は、プロピレン系樹脂(B)1g当たり、-C(=O)-O-で表される基換算で総量0.05~5ミリモル当量であることが好ましい。より好ましくは0.1~4ミリモル当量、特に好ましくは0.3~3ミリモル当量である。上記のようなカルボン酸塩の含有量を分析する手法としては、ICP発光分析で塩を形成している金属種の検出を定量的に行う方法や、IR、NMR及び元素分析等を用いてカルボン酸塩のカルボニル炭素の定量をおこなう方法が挙げられる。カルボン酸骨格の含有率のより具体的な測定方法は以下の方法を例示できる。試料を100MHz以上の条件で120℃以上の高温溶液条件で、13C NMR法によりカルボン酸骨格の含有率を常法により特定することが出来る。また、カルボニル骨格の含有率の異なる複数の試料を前記13C NMRで測定してカルボン酸骨格の含有率を特定した後、同じ試料のIR測定を行い、カルボニルなどの特徴的な吸収と試料厚みや他の代表的な吸収との比とカルボン酸骨格の含有率との検量線を作成することで、IR測定により、カルボン酸骨格の導入率を特定する方法も知られている。
【0073】
プロピレン系樹脂(A)の重量平均分子量は、プロピレン系樹脂(B)の重量平均分子量よりも高い。両者の差は、好ましくは10,000~380,000、より好ましくは120,000~380,000、特に更に好ましくは130,000~380,000である。これにより、プロピレン系樹脂(B)が成形時に移動し易く、強化繊維(C)とプロピレン系樹脂(B)との相互作用が強くなることが期待される。
【0074】
プロピレン系樹脂(B)の重量平均分子量は、上記相互作用の点及びプロピレン系樹脂(A)との相溶性、特にプロピレン系樹脂(A-2)との相溶性の点から、好ましくは1,000~100,000、より好ましくは2,000~80,000、特に好ましくは5,000~50,000、最も好ましくは5,000~30,000である。
【0075】
重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)によって決定される。
【0076】
プロピレン系樹脂(B)のメルトフローレート(ASTM1238規格、230℃、2.16kg荷重)は、好ましくは3~500g/10分、より好ましくは5~400g/10分、特に好ましくは7~350g/10分である。
【0077】
好ましいメルトフローレートの範囲は、ASTM1238規格、190℃、2.16kg荷重での測定値が上記と同様の数値範囲である場合もある。
【0078】
プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)は、様々な形態で強化繊維(C)と接触させることが出来る。例えば、プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)をそのまま、又は耐熱安定剤を併用して溶融させ、強化繊維(C)と接触させても良いし、プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)をエマルションやサスペンション状態で強化繊維(C)と接触させても良い。接触工程の後に、熱処理を行っても良い。強化繊維(C)と効率的に接触させる点からは、プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)は、エマルション状態で強化繊維(C)と接触させることが好ましい。
【0079】
先に述べたとおり、プロピレン系樹脂(B)の量は、プロピレン系樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは3~50質量部、より好ましくは5~45質量部、特に好ましくは5~40質量部、最も好ましくは7~40質量部である。この範囲内であれば、プロピレン系樹脂(A)に由来する強度や形状などに関係する特性と、強化繊維(C)との親和性とを高いレベルで両立させることが可能となる。プロピレン系樹脂(B)が3質量部より少なくなると、強化繊維(C)との親和性が低下し、接着特性に劣る可能性がある。またプロピレン系樹脂(B)が50質量部よりも多いと、混合物自体の強度が低下したり、毛羽が増大したりする場合があり、強固な接着特性を維持出来ない可能性がある。
【0080】
プロピレン系樹脂(A)及び(B)の分子量や含有率を先に説明した範囲内にすることで、プロピレン系樹脂(A)及び(B)が効果的に強化繊維(C)及びマトリックス樹脂と相互作用を奏し、相溶性が比較的高くなり、接着性を向上させることが期待される。
【0081】
強化繊維束には、プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)の他に、本発明の効果を損なわない範囲で他の成分を併用しても構わない。例えば、プロピレン系樹脂をエマルション形態として強化繊維束に付与する場合は、エマルションを安定化させる界面活性剤などを加えていても構わない。そのような他の成分は、プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)の合計100質量%に対して、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下、特に好ましくは2質量%以下である。
【0082】
プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)の含有率は、強化繊維束全体100質量%中、0.3~5質量%であることもまた好ましい。本発明においては、プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)の含有率が比較的少なくても、本発明の効果を得ることができる。ただし、この含有率が0.3質量%未満であると、強化繊維(C)がむき出しの部分が多数存在することがあり、これにより得られる製品の強度が低下したり、強化繊維束の取り扱い性が不十分となったりする場合がある。ここでいう取り扱い性とは、例えば、繊維束をボビンに巻き取る際の繊維束の硬さやさばけ易さである。また例えば、繊維束をカットしたチョップド繊維束の集束性のことをいう。一方、この含有率が5質量%を超えると、成形品の力学特性が極端に低下したり、繊維束が極端に硬くなりボビンに巻けなくなったりするなどの不具合を生じる場合がある。この含有率の下限値は、接着性と強化繊維束の取り扱い性とのバランスの点から、好ましくは0.4質量%である。一方、上限値は、好ましくは4質量%、より好ましくは3質量%である。
【0083】
プロピレン系樹脂(A)及び(B)を強化繊維束に付着させる方法は、特に制限はない。均一に単繊維間に付着させやすい点から、プロピレン系樹脂(A)とプロピレン系樹脂(B)との混合物のエマルションを強化繊維束に付与し、乾燥させる方法が好ましい。強化繊維束にエマルションを付与する方法としては、ローラー浸漬法、ローラー転写法、スプレー法などの公知の方法を用いることが出来る。
【0084】
強化繊維束を用いた成形用樹脂組成物や成形品を成形する際のマトリックス樹脂については、後述するプロピレン系重合体(D)であることが好ましい。また、その他の熱可塑性樹脂、例えば、ポリカーボネート樹脂、スチレン系樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS樹脂)、変性ポリフェニレンエーテル樹脂(変性PPE樹脂)、ポリアセタール樹脂(POM樹脂)、液晶ポリエステル、ポリアリーレート、アクリル樹脂[例えばポリメチルメタクリレート樹脂(PMMA)]、塩化ビニル、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリオレフィン[例えばポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、ポリ4-メチル-1-ペンテン]、変性ポリオレフィン、フェノール樹脂、フェノキシ樹脂を用いても良い。また例えば、エチレン/プロピレン共重合体、エチレン/1-ブテン共重合体、エチレン/プロピレン/ジエン共重合体、エチレン/一酸化炭素/ジエン共重合体、エチレン/(メタ)アクリル酸エチル共重合体、エチレン/(メタ)アクリル酸グリシジル、エチレン/酢酸ビニル/(メタ)アクリル酸グリシジル共重合体を用いても良い。これらの1種または2種以上を併用しても良い。これらの中でも、特に極性の低いポリオレフィン系の樹脂が好ましく、コスト及び成形品の軽量性の観点からはエチレン系の重合体やプロピレン系の重合体がより好ましく、後述するプロピレン系樹脂(D)が特に好ましい。即ち、強化繊維束含有プロピレン系樹脂組成物が、成形材料や成形品に好ましく用いられる。
【0085】
プロピレン系樹脂(D)は、未変性のプロピレン系樹脂であっても良いし、変性などの方法でカルボン酸構造やカルボン酸塩構造を含むプロピレン系樹脂であっても良い。未変性樹脂とカルボン酸やカルボン酸塩構造を含むプロピレン系樹脂の両方を用いる場合、その質量比(未変性体/変性体比)は、通常80/20~99/1であり、好ましくは89/11~99/1、より好ましくは89/11~93/7、特に好ましくは、90/10~95/5である。プロピレン系樹脂(D)の組成としては、プロピレン系樹脂(A)やプロピレン系樹脂(B)の説明で記載した単量体(オレフィンやカルボン酸エステル化合物など)由来の構造単位を含む一般的なプロピレン樹脂が好ましい。例えば、ホモポリプロピレン、ランダムポリプロピレン、ブロックポリプロピレン、変性ポリプロピレン等のプロピレン系重合体である。
【0086】
プロピレン系樹脂(D)として好ましい態様は、未変性プロピレン系樹脂と酸変性プロピレン系樹脂を含む組成物である。このような態様であれば、レーザー融着法を用いても強化繊維(C)と樹脂との間の構造が変化し難い傾向がある。これは、強化繊維(C)近傍で変性プロピレン系樹脂成分(A-2)が破壊されたとしても、プロピレン系樹脂(D)の変性樹脂成分が補完する為ではないかと推測される。
【0087】
マトリックス樹脂としてのプロピレン系樹脂(D)の重量平均分子量Mw(D)は、強化繊維束中のプロピレン系樹脂(A)の重量平均分子量Mw(A)及びプロピレン系樹脂(B)の重量平均分子量Mw(B)と、以下の関係を満たすことが好ましい。
Mw(A)>Mw(D)>Mw(B)
【0088】
プロピレン系樹脂(D)の具体的な重量平均分子量は、好ましくは5万~35万、より好ましくは10万~33万、特に好ましくは15万~32万である。プロピレン系樹脂(A)とプロピレン系樹脂(D)との分子量の差は、好ましくは1万~40万、より好ましくは2万~20万、特に好ましくは2万~10万である。
【0089】
プロピレン系樹脂(D)は、強化繊維(C)、プロピレン系樹脂(A)及びプロピレン系樹脂(B)を含む強化繊維束の周りに接着するような態様になっていることが好ましい。
【0090】
プロピレン系樹脂(D)は、公知の方法で製造できる。その樹脂(重合体)の立体規則性はイソタクチックであっても、シンジオタクチックであっても、アタクチックであっても良い。立体規則性は、イソタクチックもしくはシンジオタクチックであることが好ましい。
【0091】
繊維強化樹脂組成物中の強化繊維束の量は25~75質量部、好ましくは30~68質量部、より好ましくは35~65質量部である。オレフィン系樹脂としてプロピレン系樹脂(D)を用いる場合、プロピレン系樹脂(D)の量は75~25質量部、好ましくは70~32質量部、より好ましくは65~35質量部である。但し、これらは強化繊維束とプロピレン系樹脂(D)の合計を100質量部とした時の量である。
【0092】
以上の各樹脂(特に未変性の樹脂)の具体的な製造方法は、例えば、国際公開第2004/087775号パンフレット、国際公開第2006/057361号パンフレット、国際公開第2006/123759号パンフレット、特開2007-308667号公報、国際公開第2005/103141号パンフレット、特許4675629号公報、国際公開第2014/050817号パンフレット、特開2013-237861号公報に記載されている。
【0093】
繊維強化樹脂組成物中の強化繊維(C)と重合体(I)の質量比率は、通常80/20~20/80、好ましくは75/25~30/70、より好ましくは70/30~35/65、特に好ましくは65/35~40/60、最も好ましくは60/40~40/60である。強化繊維(C)の量が多過ぎると、テープワインディング成形体にテープ剥離が起こり易くなることがある。一方、重合体(I)の量が多過ぎるとテープワインディング成形体の強度が低下することがある。
【0094】
重合体(I)は、好ましくはプロピレン系重合体である。重合体(I)の融点またはガラス転移温度は50~300℃である。下限値は、好ましくは70℃、より好ましくは80℃である。一方、上限値は、好ましくは280℃、より好ましくは270℃、特に好ましくは260℃である。また、融点がこれら温度範囲内であることが好ましく、融点は250℃以下であることがより好ましく、240℃以下であることが特に好ましい。
【0095】
重合体(I)には、カルボン酸基が含まれていることが好ましい。強化繊維(C)と重合体(I)の合計を100質量%として、樹脂中のカルボン酸基を含む構造単位の含有率は、0.010~0.045質量%、好ましくは0.012~0.040質量%、特に好ましくは0.015~0.035質量%である。カルボン酸基を含む構造単位の含有率が低過ぎると、テープワインディング成形体にテープ剥離が起こり易くなることがある。カルボン酸基を含む構造単位としては、例えば、プロピレン系樹脂(A)、プロピレン系樹脂(B)、プロピレン系樹脂(D)に含まれるカルボン酸基由来の構造単位やカルボン酸塩由来の構造単位が挙げられる。
【0096】
重合体(I)のカルボン酸基は、その含有率を酸価で把握することも可能である。その酸価は、好ましくは0.1~0.55mg-KOH/g、より好ましくは0.12~0.45mg-KOH/g、特に好ましくは0.13~0.40mg-KOH/gである。
【0097】
重合体(I)のメルトフローレート(ASTM1238規格、230℃、2.16kg荷重)は、好ましくは1~500g/10分、より好ましくは3~300g/10分、特に好ましくは5~100g/10分である。
【0098】
重合体(I)の重量平均分子量は、好ましくは5万~40万、より好ましくは10万~37万であり、特に好ましくは15万~35万である。
【0099】
エマルションの製造方法も公知の方法を使用することが出来、例えば、国際公開第2007/125924号パンフレット、国際公開第2008/096682号パンフレット、特開2008-144146号公報に記載されている。
【0100】
前述の毛羽立ちなどの原因による繊維束の解れ易さを特定する方法として、例えば、特許5584977号公報に記載の方法や特開2015-165055号公報に記載の集束性の評価方法が知られている。本明細書の実施例では前者で評価する。後者については、具体的には、以下のような方法である。
【0101】
強化繊維束をステンレス製のハサミを用いて5mm程度の短繊維に裁断する。得られた短繊維を以下の目視判定で評価する。
○:短繊維が裁断前とほぼ同じ状態を保っている。
×:短繊維が大きくばらけたり、割れが生じている。
【0102】
強化繊維束を形成する単繊維は、より強い接着性を発揮するために、単繊維表面の60%以上がプロピレン系樹脂(A)とプロピレン系樹脂(B)とを含む混合物で被覆されていることが好ましい。被覆されていない部分は接着性を発揮することができず、剥離の起点となり、全体の接着性を下げてしまうことがある。70%以上を被覆した状態がより好ましく、80%以上を被覆した状態が特に好ましい。被覆状態は、走査型電子顕微鏡(SEM)又は繊維表面の元素分析でカルボン酸塩の金属元素をトレースする方法により評価できる。
【0103】
本発明に用いられる繊維強化樹脂組成物は、好ましくは波長が300~3000nmの光を吸収する色素(II)を含んでいても良い。色素(II)としては、公知の色素を制限無く使用できる。例えば、カーボン系の色素が好ましく、カーボンブラックがより好ましい。
【0104】
繊維強化樹脂組成物中の色素(II)の量は、好ましくは0.01~5質量%である。下限値は、好ましくは0.1質量%、より好ましくは0.2質量%である。上限値は、好ましくは3質量%、より好ましくは2質量%である。
【0105】
強化繊維束を用いた成形方法としては、例えば、開繊された強化繊維束を引き揃えた後、溶融したマトリックス樹脂と接触させることにより、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂成形体(一方向性材)を得る方法が挙げられる。一方向性材はそのまま使用することもできるし、複数積層して一体化することにより積層体にすることもできる。また、適宜切断してテープ形状にすることも出来る。一方向性材は、特開昭63-247012号公報などに記載されているような切込みが入っていても良い。
【0106】
本発明の好ましい第1の実施形態(積層体)は、以下の(α-1)~(ε-1)層を一単位層とする複数の単位層を有する。各層は、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層である。そして、(α-1)~(ε-1)層の配向軸の角度が下記の関係を満たすことを特徴とする。
(α-1)層:0°(基準軸とする)
(β-1)層:28°~42°
(γ-1)層:83°~97°
(δ-1)層:-28°~-42°
(ε-1)層:-2°~2°
【0107】
好ましい各層の角度の範囲は以下の通りである。
(α-1)層:0°(基準軸とする)
(β-1)層:30°~40°
(γ-1)層:85°~95°
(δ-1)層:-30°~-40°
(ε-1)層:-2°~2°
【0108】
第1の実施形態においては、(β-1)層と(δ-1)層の角度の絶対値の差は、好ましくは8°以下、より好ましくは5°以下、特に好ましくは3°以下である。
【0109】
第1の実施形態においては、上記の(α-1)~(ε-1)層を一単位とし、実質的に対称面を有する層構成を持つ。例えば、上記の(α-1)~(ε-1)層に対応する層を下記の様な(α’-1)~(ε’-1)層とすると、
(α’-1)層:0°(基準軸とする)
(β’-1)層:28°~42°
(γ’-1)層:83°~97°
(δ’-1)層:-28°~-42°
(ε’-1)層:-2°~2°
(α-1)/(β-1)/(γ-1)/(δ-1)/(ε-1)/(ε’-1)/(δ’-1)/(γ’-1)/(β’-1)/(α’-1)と言う構成を例示することが出来る。ここで重要なのは上記の場合(ε-1)層(および(ε’-1)層)が存在することにある。この層が無い場合、本発明の効果が得られない結果が得られている。好ましくは、対応する層の厚さも実質的に同様であることが好ましい。対応する層とは、例えば(α-1)層と(α’-1)層、(β-1)層と(β’-1)層、(γ-1)層と(γ’-1)層、(δ-1)層と(δ’-1)層、(ε-1)層と(ε’-1)層との関係を意味する。
【0110】
第1の実施形態の層構成を有する積層構造を有していれば、溶融プレス成形を行ってもプレス前のプレス面形状とプレス後の形状とが基本的に相似形になるという特徴を有する。即ち成形形状の制御と言う観点で極めて優位な特徴を有している。具体的には金型を用いなくても成形形状の制御が容易であることを意味する。このような特徴は、上記の角度に各層の繊維が配向していることによって、各層のマトリックス樹脂成分の流動方向が影響し合ってプレス時の広がりの異方性が発生しないと言う予想外の効果を生み出したのであろう。
【0111】
また、樹脂の流動性が金型を用いないことによって自然な流れとなることが期待されるので、余計なひずみなどが成形過程で発生しないことが期待される。このことにより、得られる層構成の積層体は、強度などの機械物性や表面性状等のバランスに優れることが期待される。
【0112】
第1の実施形態の積層体はこのような特徴を有するので、積層体に対して前記のプレス成形法の他、スタンピングモールド成形、溶融圧延成形等の所謂プレス成形工程を含む各種の成形法を好適に用いることが出来る。
【0113】
プレス工程を用いて行う成形としては、例えば、熱プレス、オートクレーブ等を用いた真空プレス、ダブルベルト・加圧ロールを用いた連続プレスが挙げられる。プレス工程時の成形温度は、繊維強化樹脂組成物層のマトリックス樹脂の融点、または、ガラス転移温度より20℃以上高い温度で行うのが好ましい。より好ましくはマトリックス樹脂の融点やガラス転移温度よりも20~50℃高い温度である。プレス時の圧力は0.1~10MPaが一般的である。
【0114】
第1の実施形態の積層体は、前記のプレス工程の前後において、基本的にMD方向とTD方向の両方に広がる。MD方向とは(α-1)層の繊維の配向方向である。成形前後のMD方向の長さの変化率とTD方向の長さの変化率との比(MD/TD)が、1近傍の値となることが第1の実施形態の特徴である。その比(MD/TD)は、好ましくは0.9~1.1である。その下限値は、好ましくは0.91、より好ましくは0.92、特に好ましくは0.93である。一方、その上限値は、好ましくは1.09、より好ましくは1.08、特に好ましくは1.07である。
【0115】
第1の実施形態の積層体は、所望の形状に成形後、その成形体を塗装、フィルム、シートの貼り付けにより表面加飾することも可能である。
【0116】
第1の実施形態の積層体は、形状、外観、機械物性のバランスに優れていることが期待される。したがって、各種のシート、フィルムの他、これらのシートやフィルムを用いた各種の成形体やそれを用いる用途に適用することが出来る。具体的には、各種の容器(例えば圧力容器など)や外装材、内装材を例示できる。外層材や内層材が用いられる好ましい用途としては、自動車(二輪車、四輪車等)や家電製品の構成部材を挙げることが出来る。
【0117】
本発明の好ましい第2の実施形態(テープワインディングパイプ)は、パイプの内面より(α-2)~(γ-2)の3層と、パイプの外面より内面と対称の(δ-2)~(ζ-2)の3層を層最小の構成として持ち、その間に複数の任意の角度の層を持っていてもよい積層構造を有する。(α-2)~(ζ-2)層は、繊維が一方向に配向した繊維強化樹脂組成物層である。パイプの中心軸を基準軸としたとき、(α-2)~(ζ-2)層の基準軸に対する配向軸の角度は、下記の関係を満たす。
(α-2)層:60°~85°
(β-2)層:-85~-60°
(γ-2)層:0°~40°
(δ-2)層:-40°~0°
(ε-2)層:60°~85°
(ζ-2)層:-85°~-60°
【0118】
(β-2)層の角度は、(α-2)層の角度と絶対値が同じで、正負が逆の角度であることが好ましい。(δ-2)層の角度は、(γ-2)層の角度と絶対値が同じで、正負が逆の角度であることが好ましい。(ζ-2)層の角度は、(ε-2)層の角度と絶対値が同じで、正負が逆の角度であることが好ましい。
【0119】
ここで(α-2)層と(β-2)層、(ε-2)層と(ζ-2)層は、トラバース巻きで部分的に交差していてもよい。また、6層で構成されるパイプの場合は、(γ-2)層と(δ-2)層は、トラバース巻きで部分的に交差していてもよい。トラバース巻きとは、回転するマンドレルにテープを巻きつけるヘッドが、一定速度で左から右に動き、その後、右から左に動く動作を繰り返して、マンドレル表面をすべて埋めるように巻きつけてゆく巻き方である。トラバース巻きを行う場合、例えば、+80°の層と-80°の層が一定の規則性を持って交互に表面に出てくる。
【0120】
好ましい各層の角度の範囲は以下の通りである。
(α-2)層:70°~80°
(β-2)層:-80°~-70°
(γ-2)層:10°~20°
(δ-2)層:-20°~-10°
(ε-2)層:70°~80°
(ζ-2)層:-80°~-70°
【0121】
第2の実施形態においては、パイプの内面より(α-2)~(γ-2)の3層と、パイプの外面より内面と対称の(δ-2)~(ζ-2)の3層を層最小の構成として持ち、その間に複数の任意の角度の層を持っていてもよい。(α-2)/(β-2)/(γ-2)と(δ-2)/(ε-2)/(ζ-2)を層最小の構成とし、12層構成の場合は、例えば(α-2)~(γ-2)と(δ-2)~(ζ-2)の間に、(φ-2)/(η-2)/(κ-2)/(λ-2)/(μ-2)/(π-2)の層が挿入される。具体的には、(α-2)/(β-2)/(γ-2)/(φ-2)/(η-2)/(κ-2)/(λ-2)/(μ-2)/(π-2)/(δ-2)/(ε-2)/(ζ-2)の12層構成になる。層の総数が奇数である15層構成の場合は、例えば(α-2)~(γ-2)と(δ-2)~(ζ-2)の間に、(φ-2)/(η-2)/(κ-2)/(λ-2)/(μ-2)/(π-2)/(ρ-2)/(Ψ-2)/(θ-2)の層が挿入される。具体的には、(α-2)/(β-2)/(γ-2)/(φ-2)/(η-2)/(κ-2)/(λ-2)/(μ-2)/(π-2)/(ρ-2)/(Ψ-2)/(θ-2)/(δ-2)/(ε-2)/(ζ-2)の15層構成になる。15層中の7~9層目の(λ-2)/(μ-2)/(π-2)はトラバース巻きをすることができないので、単独の層としてワインディングを行う。6層、12層、15層の場合を例示したが、所望のパイプの肉厚に合わせて、6層以上の層数であれば何層でも任意の層を設けることができる。
【0122】
以上説明した積層構造を有していれば、曲げ剛性と圧縮剛性とのバランスに優れたテープワインディングパイプが得られる。
【0123】
第2の実施形態のテープワインディングパイプは、例えば、前記の繊維強化樹脂組成物を公知の方法でテープ形状に加工し、これを公知のレーザー融着方法を併用したテープワインディング法でテープ表面を溶融させながらマンドレルに接触させつつ、融着して得られる。テープワインディング成形方法の例としては、例えば、光硬化性樹脂をマトリックス樹脂とする方法が、特開2005-206847号公報(例えば図8)等に開示されている。例えば、AFPT社(ドイツ)のホームページ(http://www.afpt.de/welcome/)に2016年9月8日現在開示されているような、ロボットアームに光源としてレーザー照射部が取り付けられている装置において、前記の熱可塑性樹脂を用い、成形する方法を一例として挙げることが出来る。その他には、17th-Europian conference on Composite Materials, 1~8(2016)で発表された”Development of a hybrid tail rotor drive shaft by the use of thermoplastic Automated fiber placement” や、”Selective reinforcement of steel with CF/PA6 composites in a laser tape placement process : effect of surface preparation and laser angle on interfacial bond strength” に開示された装置や方法を例示することが出来る。
【0124】
但し、レーザーによる融着を行う場合、光源やマンドレルを適宜移動させて効率よく溶融、融着させることが好ましい。このような方法を取る場合、その移動速度は、繊維強化熱可塑性樹脂組成物テープの走査速度として、10~100m/分、好ましくは30~90m/分であることが好ましい。
【0125】
レーザーの波長は300~3000nmであることが好ましい。この波長は、前記強化繊維(C)や色素(II)の吸収波長領域を含むことが好ましい。また、レーザーの出力は50W~5kWであることが好ましい。この出力が強すぎると樹脂の劣化や変形を引き起こすことがある。一方で弱すぎると樹脂の溶融が起こらない場合がある。
【実施例
【0126】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0127】
(1)プロピレン系樹脂の強化繊維束への付着量測定
【0128】
プロピレン系樹脂の付着した強化繊維束を約5g取り、120℃で3時間乾燥し、その重量W(g)を測定した。次いで強化繊維束を窒素雰囲気中で、450℃で15分間加熱後、室温まで冷却しその重量W(g)を測定した。W(g)及びW(g)を用いて付着量は次式にて算出した。
付着量=[(W-W)/W]×100(質量%)
【0129】
(2)プロピレン系樹脂の重量平均分子量測定
分子量は、以下の条件でのGPC法で求めた。
液体クロマトグラフ:Polymer Laboratories社製 PL-GPC220型高温ゲル浸透クロマトグラフ(示差屈折率計装置内蔵)
カラム:東ソー株式会社製 TSKgel GMHHR-H(S)-HT×2本及び同GMHHR-H(S)×1本を直列接続した。
移動相媒体:1,2,4-トリクロロベンゼン(安定剤0.025%含有)
流速:1.0ml/分
測定温度:150℃
検量線の作成方法:標準ポリスチレンサンプルを使用した。
サンプル濃度:0.15%(w/v)
サンプル溶液量:500μl
検量線作成用標準サンプル:東ソー株式会社製単分散ポリスチレン
分子量較正方法:標準較正法(ポリスチレン換算)
【0130】
(3)プロピレン系樹脂の構造解析
第1及び第2の各プロピレン系樹脂について、有機化合物元素分析、誘導結合プラズマ(ICP)発光分析、IR(赤外吸収)スペクトル分析、H-NMR測定及び13C-NMR測定を実施し、プロピレン系樹脂の含有元素量、官能基構造の同定、各帰属プロトン、カーボンのピーク強度より単量体構造の含有割合について評価を実施した。
【0131】
有機化合物元素分析は、有機元素分析装置2400II(PerkinElmer社製)を用いて実施した。ICP発光分析はICPS-7510(株式会社島津製作所製)を用いて実施した。IRスペクトル分析はIR-Prestige-21(株式会社島津製作所製)を用いて実施した。H-NMR測定及び13C-NMR測定はJEOL JNM-GX400スペクトロメーター(日本電子株式会社製)を用いて実施した。
【0132】
(4)プロピレン系樹脂のカルボン酸塩含有量の測定
第1及び第2の各プロピレン系樹脂に対して、以下の操作を行うことでカルボン酸塩含有量及び中和されていないカルボン酸含有量を測定した。
【0133】
プロピレン系樹脂0.5gをトルエン200ml中で加熱還流し、溶解させた。この溶液を0.1規定の水酸化カリウム-エタノール標準溶液で滴定し、下式より酸価を算出した。指示薬にはフェノールフタレインを用いた。
酸価=(5.611×A×F)/B (mgKOH/g)
A:0.1規定水酸化カリウム-エタノール標準液使用量(ml)
F:0.1規定水酸化カリウム-エタノール標準液のファクター(1.02)
B:試料採取量(0.50g)
【0134】
上記で算出した酸価を下式を用いて中和されていないカルボン酸基のモル数に換算した。
中和されていないカルボン酸基のモル数=酸価×1000/56(モル/g)
【0135】
カルボン酸基の中和塩への転化率を、別途IR、NMR及び元素分析等を用いてカルボン酸基のカルボニル炭素の定量をおこなって算出したカルボン酸基の総モル数(モル/g)を用いて下式にて算出した。
転化率%=(1-r)×100(%)
r:中和されていないカルボン酸基のモル数/カルボン酸基の総モル数
【0136】
(5)擦過毛羽数測定
特許5584977号の実施例に記載の方法と同様にして決定した。
擦過毛羽数が0~5個/mを合格とし、それを超えると不合格とした。
【0137】
(6)融点の測定方法
本発明における重合体の融点(Tm)は、セイコーインスツルメンツ株式会社製DSC220C装置で示差走査熱量計(DSC)により測定した。試料7~12mgをアルミニウムパン中に密封し、室温から10℃/分で200℃まで加熱した。その試料を、全ての結晶を完全融解させるために200℃で5分間保持し、次いで10℃/分で-50℃まで冷却した。-50℃で5分間置いた後、その試料を10℃/分で200℃まで2度目の加熱を行った。この2度目の加熱試験におけるピーク温度を融点(Tm-II)として採用した。
【0138】
<強化繊維(C)>
炭素繊維束(三菱レイヨン株式会社製、商品名パイロフィルTR50S12L、フィラメント数12000本、ストランド強度5000MPa、ストランド弾性率242GPa)をアセトン中に浸漬し、10分間超音波を作用させた後、炭素繊維束を引き上げさらに3回アセトンで洗浄し、室温で8時間乾燥することにより付着しているサイジング剤を除去して用いた。
【0139】
(製造例1-エマルションの製造)
プロピレン系樹脂(A)として、GPCで測定した重量平均分子量が12万、融点を持たないプロピレン・ブテン・エチレン共重合体を100質量部、プロピレン系樹脂(B)の原料として、無水マレイン酸変性プロピレン系重合体(重量平均分子量Mw=27,000、酸価:45mg-KOH/g、無水マレイン酸含有率:4質量%、融点:140℃)10質量部、界面活性剤(C)として、オレイン酸カリウム3質量部を混合した。この混合物を2軸スクリュー押出機(池貝鉄工株式会社製、PCM-30,L/D=40)のホッパーより3000g/時間の速度で供給し、同押出機のベント部に設けた供給口より、20%の水酸化カリウム水溶液を90g/時間の割合で連続的に供給し、加熱温度210℃で連続的に押出した。押出した樹脂混合物を、同押出機口に設置したジャケット付きスタティックミキサーで110℃まで冷却し、さらに80℃の温水中に投入してエマルションを得た。得られたエマルションは固形分濃度:45%であった。
【0140】
なお、前記の無水マレイン酸変性プロピレン系樹脂は、プロピレン・ブテン共重合体96質量部、無水マレイン酸4質量部、及び重合開始剤としてパーヘキサ(登録商標)25B(日油株式会社製)0.4質量部を混合し、加熱温度160℃、2時間で変性を行って得られた。
【0141】
(強化繊維束の製造)
製造例1で製造したエマルションを、ローラー含浸法を用いて、前記の三菱レイヨン株式会社製強化繊維に付着させた。次いで、オンラインで130℃、2分乾燥して低沸点成分を除去し、強化繊維束を得た。エマルションの付着量は0.87%であった。強化繊維束の毛羽立ち性は合格であった。
【0142】
<実施例A1~A3及び参考例A1>
(繊維強化樹脂シートの製造)
強化繊維(C)57部と、プロピレン系樹脂(D)として、市販の未変性プロピレン樹脂(株式会社プライムポリマー製、商品名プライムポリプロJ106MG、融点160℃)及び無水マレイン酸を0.5質量%グラフトした変性ポリプロピレン(ASTM D1238に準じて190℃、荷重2.16kgで測定したメルトフローレートが9.1g/10分、融点155℃)43部とを含む樹脂組成物を調製し、常法により繊維が一方向に配向した厚みが120μm~130μmの繊維強化樹脂シート(以下、一方向性シートとも言う)を作成した。具体的には、特開2013-227695号公報に記載の装置に樹脂を溶融させる押出機を組み合わせた装置により、一方向性シートを作製した。より具体的には、特開2013-227695号公報に記載の開繊装置により強化繊維束を開繊し、加熱した強化繊維束と押出機により溶融させたプロピレン系樹脂(D)をTダイにより膜状とし、離型紙に挟み、加圧ローラーにて加熱、加圧することでプロピレン系樹脂(D)を強化繊維束に含浸させ、その後冷却、固化して一方向性シートを得た。押出機及びTダイの温度は250℃、加圧ロールの温度は275℃とした。得られた一方向性シートの一例は、厚さは130μm、繊維体積分率Vfは0.4であった。尚、前記J106MGと変性ポリプロピレンとの重量比は90/10(重量平均分子量は30万に相当)であった。(樹脂の融点は160℃)
【0143】
(積層体の製造)
上記一方向性シートを表1記載の角度で積層し、これをダブルベルトプレス装置(サンドビック株式会社製、金沢工業大学革新複合材料研究開発センター所有、加熱ゾーンプレス長2000mm、冷却ゾーンプレス長750mm、予備ゾーンプレス長1000mm、加圧媒体間接冷却方式)を用いて、テフロン(登録商標)シートで作成した型内に配置した。そして、加熱ゾーンの温度210℃、冷却ゾーンの冷却水温度25℃、加圧媒体圧力5MPa、ベルト速度0.5m/minで運転し、実施例A1~A3(各10層構成)及び参考例A1(8層構成)の積層体を得た。テフロン(登録商標)シートの型は、8層の積層体では1mmの厚さ、10層の積層体では1.3mmの厚さで、一方向性シートを積層した大きさと同様の大きさをくり抜いたものを使用した。積層体の厚みは1~1.4mmであった。得られた積層体を切り出して試験片(110mm×110mm)を作製した。
【0144】
(プレスシートの製造)
平板金型を装着したプレス装置(株式会社神藤金属工業所製、装置名NSF-37HHC)を190℃に加熱し、上記積層体を平板金型に挟んで3分間予備加熱を行った後に、油圧8MPaでプレスし2.5分間保持し、その後加圧状態のまま直ちに冷却し10分間保持し、プレスシートを得た。この際使用した平板金型は、高さが原料となる積層体の半分であり、開口部が200×180mmで積層体に比して十分な広さを有していた。
【0145】
得られたプレスシートの成形前後の寸法、MD/TD比(ここでは(α-1)層の繊維の方向をMD方向とする)、成形前後の積層体厚、厚み比(成形前の厚み/成形後の厚み)、及び、面積比(成形後の面積/成形前の面積)を求めた。結果を表2に示す。
【0146】
【表1】
【0147】
【表2】
【0148】
表2に示す結果から明らかなように、実施例A1~A3の積層体は、(α-1)~(ε-1)の各層を一単位として対称面を持つ複数単位の積層構造を有するので、溶融プレス成形時に任意の方向に均一に広がった。
【0149】
<実施例B1及び参考例B1~B3>
強化繊維(C)57部と、プロピレン系樹脂(D)として、市販の未変性プロピレン樹脂(株式会社プライムポリマー製、商品名プライムポリプロJ106MG、融点160℃)及び無水マレイン酸を0.5質量%グラフトした変性ポリプロピレン(ASTM D1238に準じて190℃、荷重2.16kgで測定したメルトフローレートが9.1g/10分、融点155℃)とカーボンブラックを含有するマスターバッチ(DIC株式会社製、PEONY(登録商標)BLACK BMB-16117、カーボンブラック含有量40%)43部とを含む樹脂組成物を調製し、常法により繊維が一方向に配向した平均厚み150μmの繊維強化樹脂シート(以下、一方向性シートとも言う)を作製した。尚、前記J106MGと変性ポリプロピレンとの重量比は85/15(重量平均分子量は32万に相当)であり、カーボンブラックの含有量が樹脂組成物全体の1質量%となるように調整した。(樹脂の融点は160℃、樹脂組成物全体に対する無水マレイン酸含有率:0.034質量%、繊維体積分率Vf0.4)。
【0150】
出力3kW、波長960~1070nmのダイオードレーザーをクローズドループ制御するAFPT社製“STWH INB”型巻取りヘッドを装着したロボットを使用して、上記一方向性シートをスリッターにて幅12mmのテープに切断加工したものを内径φ24mmのマンドレルに巻きつけ、パイプを成形した。表3記載の角度にて層の総数が6層になるようにトラバース巻きでワインディング成形し、テープワインディングパイプを得た。
【0151】
【表3】
【0152】
<実施例B2、B3及び参考例B4>
実施例B1と同様の方法で作製した幅12mmのテープを、表4記載の角度にて層の総数が12層になるようにトラバース巻きでワインディング成形し、テープワインディングパイプを得た。
【0153】
【表4】
【0154】
<実施例B4、B5及び参考例B5>
実施例B1と同様の方法で作製した幅12mmのテープを、表5記載の角度にて層の総数が15層になるようにワインディングを行った。15層中の7~9層(λ-2~π-2)はトラバース巻きをすることができないので単独の層としてワインディングし、1~6層(α-2~κ-2)及び10~15層(ρ-2~ζ-2)トラバース巻きでワインディング成形し、テープワインディングパイプを得た。
【0155】
【表5】
【0156】
以上の各テープワインディングパイプの4点曲げ、3点曲げ及び断面圧縮の試験を以下の条件で行い、曲げ剛性及び圧縮剛性を測定した。結果を表6~8に示す。
【0157】
<4点曲げの剛性>
テープワインディングパイプを長さ150mmに切断し、これを試験片として用いた。試験装置としては、株式会社島津製作所製の島津オートグラフAG-5KNXを用いた。4点曲げの治具としては、圧子の先端の曲率が5mmで、下の圧子が試験片の端面から15mmの位置にあり、その2点のスパンが120mm、上の圧子が試験片の端面から45mmの位置にあり、その2点のスパンが60mmに調節した治具を用いた。この4点曲げの治具の中央に試験片(パイプ)を設置し、上下の圧子が試験片に接触した位置をゼロとして、押し込み速度1mm/分で2mm押し込んだ時の荷重を測定し、この荷重を押し込んだ変位(2mm)で除した値を4点曲げの剛性(N/mm)とした。
【0158】
<3点曲げの剛性>
4点曲げ試験と同じ試験片及び試験装置を用いた。3点曲げの治具は、圧子の先端の曲率が5mmで、下の圧子が試験片の端面から15mmの位置にあり、その2点のスパンが120mm、上の圧子が試験片の端面から75mmの位置にある治具を用いた。この3点曲げの治具の中央に試験片(パイプ)を設置し、上下の圧子が試験片に接触した位置をゼロとして、押し込み速度1mm/分で2mm押し込んだ時の荷重を測定し、この荷重を押し込んだ変位(2mm)で除した値を3点曲げの剛性(N/mm)とした。
【0159】
<断面圧縮の剛性>
テープワインディングパイプを長さ6mmに切断し、これを試験片として用いた。試験装置としては、4点曲げ試験と同じ試験装置を用いた。この試験装置に平板の治具を取り付け、試験片(パイプ)を上下の平板間に設置した。上下の平板が試験片に接触した位置をゼロとして、押し込み速度1mm/分で2mm押し込んだ時の荷重を測定し、この荷重を押し込んだ変位(2mm)で除し、さらに試験片の長さ(6mm)で除した値を断面圧縮の剛性(N/mm)とした。
【0160】
【表6】
【0161】
【表7】
【0162】
【表8】
【0163】
表6~8に示す結果から明らかなとおり、実施例B1~B5のパイプは曲げ剛性と圧縮剛性とのバランスに優れていた。一方、参考例B1~B5のパイプは曲げ剛性(4点曲げ、3点曲げ)と圧縮剛性のうちの一方が劣り、バランスに劣っていた。なお、実施例Bで示したテープワインディングパイプは、円形断面のパイプでなくてもよい。流線形や半月形状、その他異形断面に加熱圧縮して加工して用いることもできる。また、あらかじめ、異形断面形状を持ったマンドレルにテープワインディングを行うことにより、異形断面を持ったパイプを得ることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0164】
本発明の積層体は、溶融プレス成形前後の形状が実質的に相似形となるので、金型による制御無しでも所望の形状に成形出来る。また、成形時の構造の乱れが少ないことから、強度に優れる。このため、各種のシート、フィルムの他、これらのシートやフィルムを用いた各種の成形体や用途に適用することが出来る。具体的には、各種の容器(例えば圧力容器など)、自動車(二輪車、四輪車等)や家電製品等の外装材、内装材が挙げられる。
【0165】
本発明のテープワインディングパイプは、曲げ剛性と圧縮剛性とのバランスに優れているので、特に自動車部品、自転車部品、電気・電子部品、家庭・事務電気製品部品に好適である。
【符号の説明】
【0166】
1 パイプ
図1