(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-17
(45)【発行日】2022-03-28
(54)【発明の名称】アルミニウム箔の製造方法および製造装置
(51)【国際特許分類】
C25D 1/00 20060101AFI20220318BHJP
C25D 1/04 20060101ALI20220318BHJP
【FI】
C25D1/00 A
C25D1/04
C25D1/00 311
(21)【出願番号】P 2018021176
(22)【出願日】2018-02-08
【審査請求日】2020-12-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「革新的新構造材料等研究開発、アルミニウム材新製造プロセス技術開発」の委託研究成果について、産業技術力強化法第19条の適用を受けようとする特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】布村 順司
(72)【発明者】
【氏名】本川 幸翁
(72)【発明者】
【氏名】兒島 洋一
(72)【発明者】
【氏名】宇井 幸一
【審査官】大塚 美咲
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-080632(JP,A)
【文献】国際公開第2012/093668(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 1/00
C25D 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解液中に陰極と陽極を浸漬させた電解槽を準備する工程と、
パルス電解により、前記陰極上にアルミニウム膜を電析させる工程と、
電析したアルミニウム膜を前記陰極から剥離してアルミニウム箔を得る工程と
を有し、
前記パルス電解が、
電解電位-3.0~
-1.0V vs.Al/Al(III)、
電流密度50~200mA/cm
2、および
パルスの1周期時間(T)=電流オン時間(T
on)+電流オフ時間(T
off)で表される時、前記電流オフ時間(T
off)が4ms以上、
の条件で行われる、アルミニウム箔の製造方法。
【請求項2】
電流オン時間(T
on)/パルスの1周期時間(T)で表されるDuty比が0.2~0.8である、請求項1に記載のアルミニウム箔の製造方法。
【請求項3】
前記電解液は、アルキルイミダゾリウムハロゲン化物とアルミニウムハロゲン化物とを含有する溶融塩、及び1,10-フェナントロリンを含み、
前記1,10-フェナントロリンの濃度は、前記電解液中で1~100mMであり、
前記アルミニウム膜を電析させる工程において、
前記電解液の温度が20~100℃であり、かつ、前記陰極と前記陽極との間に流速50~250cm/minの不活性ガスを吹き込む条件下で前記パルス電解が行われる、請求項1または2に記載のアルミニウム箔の製造方法。
【請求項4】
前記不活性ガスはアルゴンである、請求項3に記載のアルミニウム箔の製造方法。
【請求項5】
電解液を収容した電解槽と、
前記電解槽内に浸漬させた陰極と陽極と、
前記陰極と陽極間に電圧を印加することにより、下記条件でのパルス電解が可能な電圧印加手段と、
電解電位-3.0~
-1.0V vs.Al/Al(III)、
電流密度50~200mA/cm
2、および
パルスの1周期時間(T)=電流オン時間(T
on)+電流オフ時間(T
off)で表される時、前記電流オフ時間(T
off)が4ms以上、
前記陰極上に電析させたアルミニウムを剥離して得られたアルミニウム箔を巻き取る回収用ドラムと、
を有する、アルミニウム箔の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルス電解法により製造されるアルミニウム箔の製造方法および製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池においてアルミニウム箔が正極集電体として用いられている。従来、このアルミニウム箔は、アルミニウム箔地を圧延することによって製造されている。圧延法により製造されるアルミニウム箔の厚さは10μm程度が下限となる。ここで、リチウムイオン電池の電池容量を更に高め小型化するためには、できるだけ薄いアルミニウム箔を用いることが望まれている。しかし、厚さが5~10μmのアルミニウム箔を製造する場合、圧延工程の回数を多くする必要があり、コスト高になっていた。
【0003】
一方で、現在、リチウムイオン電池の負極集電体として用いられるほとんどの銅箔には、電解法により製造された銅箔が用いられており、圧延された銅箔は用いられていない。この電解法では、基材(陰極ドラム)上に銅のめっき膜を形成し、次いで、基材から銅のめっき膜を剥がすことによって銅箔を製造する方法が行われている。このように銅箔が電解法により製造されていることを鑑みると、薄いアルミニウム箔を製造する場合、圧延法よりも電解法を用いる方に優位性があると考えられる。
【0004】
また、電解法によるアルミニウム箔の製造方法を応用して、室温領域におけるアルミニウム地金の製造も可能と考えられる。その場合は、厚いアルミニウム地金を効率よく製造することが重要となる。電解法によりアルミニウム箔を製造する際、アルミニウム箔の端部にデンドライトが発生してしまうと、その部分が使用できず回収率低減の原因となってしまう。このため、このような回収率低減の原因を改善することが望まれていた。
【0005】
従来から、電解法によりアルミニウム箔を製造する方法が検討されている。特許文献1には、電解液中に特定の添加剤を添加することにより、延性に優れたアルミニウム箔を得る方法が記載されている。また、特許文献2には、パルス電解法を用いて鋼材にアルミニウム合金めっきを行う方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平01-104791号公報
【文献】特開平04-272197号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
電解法によりアルミニウム箔を低コストで製造するためには、これらの材料の生産性が重要となる。アルミニウム箔の生産性を向上させるためには、電解時の電流密度を大きくしてアルミニウム膜の成膜速度を増加させることが有効となる。しかし、電解時の電流密度を大きくすると、陰極上でアルミニウム膜の不均一成長が発生しやすくなり、アルミニウム膜が断裂して陰極から脱落してアルミニウムの回収率が低下するという問題があった。特に、銅箔に比べ機械的強度が劣るアルミニウム箔は陰極上に析出させた後、剥離して巻き取り回収する際、断裂したり一部が脱落しやすくなり、その回収が格段に難しいものであった。
【0008】
特許文献1の方法は、アルミニウムの回収率を上げるための方法であり、電解液の組成や電解条件等が詳細に検討されていなかった。このため、特許文献1の方法では、電流密度を大きくするのには限界があった。
特許文献2の方法は、鋼材にアルミニウム合金めっきを行う方法に関するものであり、アルミニウム箔の製造方法に関するものではなかった。また、特許文献2の方法は、加工後のめっき被膜のクラック発生を改善し延性の良好なAl合金めっきを得ることを目的としており、電流密度を大きくしてアルミニウム箔の成膜速度を増加させる点については検討の余地があった。更に、特許文献2の方法では、パルス電解時の電解液の組成や電解電位などの詳細な条件について十分に検討されていなかった。
従って、アルミニウム箔の製造方法において、アルミニウムの回収率の向上と、電流密度を大きくしてアルミニウム箔の成膜速度を増加させることによる生産性の向上の両立が望まれていた。また、このようなアルミニウム箔の製造に適した製造装置が望まれていた。
本発明は上記事情に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明は、アルミニウムの回収率が高いと共に、アルミニウムの成膜速度が速く生産性に優れたアルミニウム箔の製造方法および製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本願発明は以下の各実施態様を有する。
[1]電解液中に陰極と陽極を浸漬させた電解槽を準備する工程と、
パルス電解により、前記陰極上にアルミニウム膜を電析させる工程と、
電析したアルミニウム膜を前記陰極から剥離してアルミニウム箔を得る工程と
を有し、
前記パルス電解が、
電解電位-3.0~0.0V vs.Al/Al(III)、
電流密度50~200mA/cm2、および
パルスの1周期時間(T)=電流オン時間(Ton)+電流オフ時間(Toff)で表される時、前記電流オフ時間(Toff)が4ms以上、
の条件で行われる、アルミニウム箔の製造方法。
[2]電流オン時間(Ton)/パルスの1周期時間(T)で表されるDuty比が0.2~0.8である、上記[1]に記載のアルミニウム箔の製造方法。
[3]前記電解液は、アルキルイミダゾリウムハロゲン化物とアルミニウムハロゲン化物とを含有する溶融塩、及び1,10-フェナントロリンを含み、
前記1,10-フェナントロリンの濃度は、前記電解液中で1~100mMであり、
前記アルミニウム膜を電析させる工程において、
前記電解液の温度が20~100℃であり、かつ、前記陰極と前記陽極との間に流速50~250cm/minの不活性ガスを吹き込む条件下で前記パルス電解が行われる、上記[1]または[2]に記載のアルミニウム箔の製造方法。
[4]前記不活性ガスはアルゴンである、上記[3]に記載のアルミニウム箔の製造方法。
[5]電解液を収容した電解槽と、
前記電解槽内に浸漬させた陰極と陽極と、
前記陰極と陽極間に電圧を印加することにより、下記条件でのパルス電解が可能な電圧印加手段と、
電解電位-3.0~0.0V vs.Al/Al(III)、
電流密度50~200mA/cm2、および
パルスの1周期時間(T)=電流オン時間(Ton)+電流オフ時間(Toff)で表される時、前記電流オフ時間(Toff)が4ms以上、
前記陰極上に電析させたアルミニウムを剥離して得られたアルミニウム箔を巻き取る回収用ドラムと、
を有する、アルミニウム箔の製造装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、アルミニウムの回収率が高いと共に、アルミニウムの成膜速度が速く生産性に優れたアルミニウム箔の製造方法および製造装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、パルス電解時に電圧印加手段から供給される電流の電流密度と時間との関係を表す図である。
【
図2】
図2は、一実施形態のアルミニウム箔の製造装置を表す図である。
【
図3】
図3は、実施例2、14、比較例1におけるパルス電解時の電解電位と時間との関係を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(アルミニウム箔の製造方法)
一実施形態のアルミニウム箔の製造方法は、(1)電解液中に陰極と陽極を浸漬させた電解槽を準備する工程、(2)パルス電解により陰極上にアルミニウム膜を電析させる工程、および(3)電析したアルミニウム膜を陰極から剥離してアルミニウム箔を得る工程、を有する。上記工程(2)では、パルス電解によりアルミニウム膜を電析させるために、特定のパルス電解の条件でアルミニウム膜の電析を行ない、最終的に上記工程(3)でアルミニウム箔を回収するものである。
なお、本明細書において特に断らない限り、「アルミニウム」とは純度99.0質量%以上の純アルミニウム及びアルミニウム合金をいうものとする。また、本明細書では、陰極表面に析出した剥離前のアルミニウムを「アルミニウム膜」、剥離後のアルミニウムを「アルミニウム箔」と記して区別する。
以下では、各工程について詳細に説明する。
【0013】
(1)電解液中に陰極と陽極を浸漬させた電解槽を準備する工程
一実施形態の製造方法では、電解液中に陰極と陽極を浸漬させた電解槽を準備する。すなわち、電解槽中に電解液が充填されており、該電解液中に陰極および陽極が所定の位置関係で浸漬されたものを準備する。陰極および陽極は外部の直流電源に接続されており、該直流電源からの電流は、スイッチング回路を用いてパルス状に陰極および陽極に供給されるようになっている。電流パルスの形状としては例えば、四角形状、台形状、山形状などの形状を挙げることができる。
【0014】
(電解液)
アルミニウムは、標準電極電位が-1.662Vvs.SHE(標準水素電極)である。このため、通常、アルミニウムを水溶液から電析させることは不可能である。一実施形態のアルミニウム箔の製造方法では、アルミニウムを電析させるための電解液として特定組成のものを用いることが好ましい。この電解液としては、アルミニウム塩を含む混合物である溶融塩、或いは、アルミニウム塩が溶解した有機溶媒を用いることが好ましい。溶融塩は、無機系溶融塩と有機系室温型溶融塩に大別することができる。一実施形態では、有機系室温型溶融塩として、アルキルイミダゾリウムハロゲン化物と、アルミニウムハロゲン化物とを含有する溶融塩を用いることが好ましい。アルキルイミダゾリウムハロゲン化物は、例えばアルキルイミダゾリウムクロリドであって、具体的に1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロリド(以下、「EMIC」と記す)が挙げられる。また、アルミニウムハロゲン化物としては、具体的に塩化アルミニウム(以下、「AlCl3」と記す)が挙げられる。EMICとAlCl3との混合物は、組成によっては融点が-50℃付近まで低下する。そのため、より低温の環境でアルミニウムの電析を実施することができる。電解液の粘度及び導電率の観点から、EMICとAlCl3との組み合わせが最も好ましい。なお、EMICとAlCl3とのモル比(EMIC:AlCl3)は、2:1~1:2とするのが好ましく、1:1~1:2とするのがより好ましい。
【0015】
(添加剤)
一実施形態では、上記溶融塩に、添加剤として1,10-フェナントロリンを添加することが好ましい。電解液中の1,10-フェナントロリン濃度は1~100mMであることが好ましく、より好ましくは5~50mMである。電解液中に1,10-フェナントロリンを添加することにより、アルミニウム箔中のアルミニウムの結晶粒を小さくしてアルミニウム箔の機械的強度を増加させることができる。これにより、アルミニウム箔の断裂や、陰極(例えば、陰極ドラム)からのアルミニウム膜の脱落が防止され、アルミニウム箔の回収率を改善することができる。電解液中の1,10-フェナントロリン濃度が1mM以上であると、アルミニウム箔の表面の平滑化の効果を大きくすることができる。また、電解液中の1,10-フェナントロリン濃度が100mM以下であるとアルミニウム膜が硬くなったり脆くなることがなく、陰極からのアルミニウム膜の脱落が防止されるため、アルミニウム箔の回収率を改善することができる。なお、電解液中には、1,10-フェナントロリン以外の他の添加剤を適宜、添加することもできる。他の添加剤としては、例えばベンゼン、トルエン、キシレンが挙げられる。
【0016】
(陽極と陰極)
一実施形態の製造方法では、陽極はアルミニウムからなることが好ましい。陰極としては、チタン、ステンレス鋼、ニッケル、カーボンなどを用いることができる。チタン、ステンレス鋼、ニッケルなどの金属は表面に緻密な自然酸化被膜を形成しているため、耐食性に優れている。また、自然酸化被膜があることでアルミニウム膜との密着性が低下し、アルミニウム膜の剥離性を向上させることができるため、陰極の材料として適している。また、カーボンのような非金属材料はアルミニウム膜との結合力が低いため、陰極として適する。陰極表面の一部に大きな凸凹が存在すると、析出したアルミニウム膜が陰極の凹みに食い込む。そして、凹みに食い込んだアルミニウム膜を陰極表面から剥離する際に、大きな剥離抵抗が発生し、これによってアルミニウム箔が破損したり、切断したりする。このような剥離抵抗は、陰極の表面粗さによって影響を受ける。したがって、陰極表面の算術平均粗さRaは0.10~0.40μm、十点平均粗さ(Rz)は0.20~0.70μmであることが好ましい。陰極の表面特性は、機械研磨または電解研磨によって調整するのがよい。
【0017】
一実施形態の製造方法では陽極及び陰極の形状は特に限定されず、板状の陽極と板状の陰極を用いてもよいが、アルミニウム箔を連続的に製造するには、ドラム状の陰極を用いるのが好ましい。電解槽中の陽極と陰極の配置は特に限定されないが、一例では陽極と、陽極に対向するように陰極を設ける。
【0018】
(2)パルス電解により陰極上にアルミニウム膜を電析させる工程
一実施形態の製造方法では、電解液中に浸漬した陽極と陰極(例えば、陰極ドラム)との間にパルス電流を印加し、陰極ドラムを一定速度で回転させることにより、陰極ドラム上にアルミニウム膜を析出させる(パルス電解)。以下では、パルス電解について詳細に説明する。
【0019】
(パルス電解)
アルミニウム膜を電析させる工程ではパルス電解を用いる。パルス電解は、直流電源からの電源を、スイッチング回路を用いて周期的に電流波形を変化させて電解を行う手法であり、主にめっきにおいて使用される電解法である。一実施形態のアルミニウム箔の製造方法では、パルス電解が、電解電位-3.0~0.0V vs.Al/Al(III)、電流密度50~200mA/cm
2、および、パルスの1周期時間(T)=電流オン時間(T
on)+電流オフ時間(T
off)で表される時、電流オフ時間(T
off)が4ms以上、の条件で行われる。すなわち、電流オン時間(T
on)では、陽極と陰極間に電圧が印加され、電解液中に電流が流れる。一方で、電流オフ時間(T
off)では、陽極と陰極間に電圧が印加されず、電解液中に電流は流れない。そして、電流オン時間(T
on)と電流オフ時間(T
off)とからパルスの1周期時間(T)が構成され、パルス電解では該1周期時間(T)が繰り返される。
図1は、パルス電解時に供給される電流の電流密度と時間との関係を表す図である。
図1に示すように、パルス電解時には、一定形状の波形のパルスが一定の間隔を開けて印加される。パルスの形状は
図1(a)~(d)に示す形状に限定されず、スイッチング回路を用いて所望の形状に制御することができる。
以下に、パルス電解時の各条件について詳細に説明する。
【0020】
(a)電解電位
パルス電解(電流オン時間(T
on))における電解電位は、-3.0~0.0V vs.Al/Al(III)である。この電解電位は、後述する
図3にも示されるように電流オン時間(T
on)における最も低い電位である。なお、一例では、電流オン時間(T
on)中の全体にわたって電解電位を-3.0~0.0V vs.Al/Al(III)とすることもできる。アルミニウム Al/Al(III)を参照電極(リファレンス)としたとき、0.0V vs.Al/Al(III)よりも卑な電位で電解されるとき、アルミニウムが陰極上に析出する。0.0V vs.Al/Al(III)よりも貴な電解電位では陰極上にアルミニウムは析出せず、-3.0V vs.Al/Al(III)よりも卑な電解電位では電解液の分解反応に電流が消費されるため、生産効率の低下が生じる。電解電位は-2.5~-0.5V vs.Al/Al(III)が好ましい。
【0021】
(b)電流密度
パルス電解(電流オン時間(Ton))時の電流密度は50~200mA/cm2である。アルミニウム膜の電析速度は電流密度に対応するため、電流密度が50mA/cm2未満であるとアルミニウム膜の電析速度が遅くなって生産効率の低下を招く。一方、電流密度が200mA/cm2を超えると、陰極表面の凸部等の特定部位にアルミニウムの析出が進行してデンドライトを形成し、これが脱落してアルミニウム箔の回収率を下げることになる。電流密度は、好ましくは80~180mA/cm2である。
【0022】
(c)電流オフ時間Toff
パルス電解時におけるパルスの1周期時間(T)=電流オン時間(Ton)+電流オフ時間(Toff)で表される時、電流オフ時間(Toff)は4ms以上である。電析されるアルミニウム膜表面の均一性は、陰極の表面近傍に形成される、イオンの拡散を律速する拡散層の厚さに関連する。Tonの時間が長いと拡散層が厚くなり、イオンの供給が遅くなる。一方、Toffの時間にはイオンの供給が活発に行われ、Tonの間に厚くなった拡散層を薄くする役割を有する。このため、電流オフ時間(Toff)が4ms以上でパルス電解を行うことで拡散層の成長を抑制し、アルミニウム膜の均一な電析を行うことができる。電流オフ時間Toff=4~1000msが好ましく、4~500msがより好ましい。
【0023】
(d)Duty比
パルス電解時には、陽極および陰極間に電流を流す時間(電流オン時間)Tonと、陽極および陰極間に電流を流さない時間(電流オフ時間)Toffとを周期的に変化させる。電流パルスの1周期時間(T)はT=Ton+Toffで表され、電流オン時間(Ton)/パルスの1周期時間(T)をDuty比と呼び、1周期時間T中のパルス電流の流れる時間的割合を示す。パルス電解時に電解が主に行われるのはTonの時間であるため、Tonに対してToffの時間が長いとアルミニウム膜の成膜速度が低下して生産性が低下する。このため、Duty比は0.2~0.8であることが好ましく、0.3~0.7であることがより好ましい。Duty比が0.2以上であるとToffが適度な長さであるため、アルミニウム箔の生産性を向上させることができる。一方、Duty比が0.8以下であるとデンドライト成長に伴う電析物の脱落を抑制して、アルミニウム箔の回収効率を向上させることができる。
【0024】
(電解液の温度)
パルス電解時には、電解液の温度は20~100℃の範囲内であることが好ましく、より好ましくは40℃~80℃の範囲内である。電解液の温度が20℃以上であると、電解液の粘度及び抵抗が好適な範囲となるため、アルミニウム膜を均一に電析させることができる。このため、陰極の凸部等の特定部位にアルミニウム膜の析出が進行してデンドライトが形成されることがなく、アルミニウム膜が脱落してアルミニウム箔の回収率が低下することを防止できる。また、電析したアルミニウム膜の特定部位のみが厚くなりその他の大部分の膜厚が薄くなるといったことを防止でき、成膜効率(平均膜厚/時間)を向上させることができる。電解液の温度が100℃以下であると電解液の粘度及び抵抗を好適な範囲に制御しつつ、電解液を構成する化合物の揮発や分解を抑制して電解液の組成を安定化させることができる。特に、EMICとAlCl3とを含有する溶融塩を電解液として用いた場合、AlCl3の揮発と、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムカチオンの分解を抑制することができる。さらに、電解液の温度を保持するためのエネルギーの増大や電解槽の劣化を抑制して生産効率を向上させることができる。
【0025】
(電解液の撹拌)
パルス電解時には、陰極と陽極との間に流速50~250cm/minの不活性ガスを吹き込み、不活性ガスで電解液のバブリングを行うことが好ましい。バブリングを行う際には、所定形状のノズルが陽極と陰極間に配置され、該ノズルを介して不活性ガスが電解液中に吹き込まれる。バブリングにより所定の流速で電解液を撹拌することにより、陰極上への、アルミニウムの析出に必須な物質輸送を促すことができる。この際、不活性ガスの流速は、陰極と陽極を2つの面とする空間内を不活性ガスが通過すると仮定して、不活性ガスの流量(L/min)を該空間の断面積で除して算出することができる。なお、陰極および陽極が板状の場合、陰極および陽極の互いに対向する面を2つの面とする空間の断面積で、不活性ガスの流量を除することにより、不活性ガスの流速を算出する。また、陰極が陰極ドラム、陽極が板状の場合、陰極ドラムの投影面と該陰極ドラムに対向する陽極の面を2つの面とする空間の断面積で、不活性ガスの流量を除することにより、不活性ガスの流速を算出する。陰極と陽極の互いに対向する面の面積が異なる場合、上記の断面積は、陰極と陽極間の中間地点における上記空間の断面の面積とする。不活性ガスの流速が50cm/min以上の場合、陰極表面の凸部等の特定部位にアルミニウムの析出が進行してデンドライトが形成され、これが脱落してアルミニウムの回収率を下げることを防止できる。また、電解液の撹拌状態は結晶粒や表面粗さにも影響し、不活性ガスの流速が50cm/min以上の場合、アルミニウム膜中のアルミニウム結晶粒の形状の均一性、およびアルミニウム膜の表面粗さを向上させることができる。不活性ガスの流速が250cm/min以下の場合、アルミニウム膜の陰極ドラムからの剥離を防止し、正常な成膜を促進することができると共に、アルミニウム膜中のアルミニウム結晶粒の形状の均一性、およびアルミニウム膜の表面粗さを向上させることができる。結果的に、アルミニウム箔の回収率を向上させることができる。不活性ガスの流速は75~225cm/minがより好ましく、100~200cm/minがさらに好ましい。なお、電解液の撹拌方法はバブリングに限定されるわけではなく、ジェット噴流等も利用可能である。また、不活性ガスとしては窒素ガス、貴ガスなどを挙げることができるが、アルゴンが好ましい。
【0026】
(3)アルミニウム箔を得る工程
析出したアルミニウム膜を陰極ドラム表面から剥離させ、剥離したアルミニウム膜を回収ドラムに巻き付けることにより、アルミニウム箔を連続的に回収することができる。例えば、アルミニウム膜が所定の厚さになった後、パルス電解を一旦停止させ、陰極ドラムを回転させることによりアルミニウム膜を剥離させ、剥離したアルミニウム膜を回収ドラムに貼り付けて積層させながらアルミニウム箔を巻き取ってもよい。また、アルミニウム膜を剥離すると同時に剥離片としてアルミニウム箔を回収してもよい。
【0027】
(アルミニウム箔)
アルミニウム箔の厚さは通常、1μm~20μmであるが、用途によって適宜、その厚さを選択すればよい。例えば、アルミニウム箔をリチウムイオン電池の正極集電体として用いる場合には、厚さを10μm以下とするのが好ましい。
一例では、アルミニウム箔の回収率およびアルミニウム膜の成膜効率は、アルミニウム箔の表面粗さを指標として判断することができる。表面粗さは、回収率に優れた材料が確保すべき条件のうちの一つである。アルミニウム箔の表面粗さを所定の値に規定することで、アルミニウム箔回収時の破断や脱落を防ぐことができる。一例では、原子間力顕微鏡を用いた表面形状測定結果から得られる、表面の算術平均粗さ(Sa)が0.15μm以下のアルミニウム箔は回収率に優れるもの、と判断できる。
【0028】
(アルミニウム箔の製造装置)
一実施形態のアルミニウム箔の製造装置は、電解液を収容した電解槽と、電解槽内に浸漬させた陰極と陽極と、陰極と陽極間に電圧を印加することにより、パルス電解が可能な電圧印加手段と、陰極上に電析させたアルミニウムを剥離して得られたアルミニウム箔を巻き取る回収用ドラムとを有する。
電圧印加手段は例えば、直流電源とスイッチング回路とから構成され、所定形状のパルス電流を発生させることができるようになっている。該電圧印加手段は、下記条件でパルス電解を行えるようになっている。
電解電位-3.0~0.0V vs.Al/Al(III)、
電流密度50~200mA/cm2、および
パルスの1周期時間(T)=電流オン時間(Ton)+電流オフ時間(Toff)で表される時、電流オフ時間(Toff)が4ms以上。
【0029】
図2は、一実施形態のアルミニウム箔の製造装置100を表す図である。一実施形態のアルミニウム箔の製造装置100は、電解液3を収容した電解槽6と、電解槽6内で、電解液3に一部浸漬し回転可能に支持されている陰極ドラム1と、陰極ドラム1の周面に対向するように配置された板状の陽極2とを有する。
図2の製造装置100は、陰極ドラム1と陽極2には、スイッチング回路4を介して直流電源8が接続されている。このスイッチング回路4と直流電源8とから電圧印加手段が構成されている。直流電源8からの電流はスイッチング回路4によって所定形状のパルス電流に変化する。該電圧印加手段は、下記条件でパルス電解を行えるようになっている。
電解電位-3.0~0.0V vs.Al/Al(III)、
電流密度50~200mA/cm
2、および
パルスの1周期時間(T)=電流オン時間(T
on)+電流オフ時間(T
off)で表される時、前記電流オフ時間(T
off)が4ms以上。
また、回収用ドラム9は、陰極ドラム1上に電析させたアルミニウム膜を剥離させ、補助ロール11を介してアルミニウム箔5を回収用ドラム9に巻き取るようになっている。さらに、
図2に示すように、製造装置100には、電解槽6の電解液3内の温度を調節する機構として、電解液3の温度を測定する熱電対12と、測定した温度を表示するサーモスタッド13と、電解槽6の外から浴槽内を温めるラバーヒーター14を設けることもできる。また、製造装置100には、通常、外気と遮断された状況下で作業が可能となるようグローボックス15が備えられていてもよい。このような製造装置により、電解液3の気液界面における電析不良が抑制されたアルミニウム箔を製造することができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例及び比較例に基づいて、本発明の好適な実施形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0031】
(電解条件)
EMIC:AlCl
3=1:2のモル比で混合した溶液に、表1に記載の添加剤濃度となるように1,10-フェナントロリンを添加した電解液を用意した。電解槽に電解液を入れ、電解液中に、陰極であるチタン製のドラム(幅100cm、直径200cm、表面粗さRa0.10μm)と、陽極であるアルミニウム純度が99.9質量%のアルミニウム板を浸漬させた。ここで、陽極のアルミニウム板は、電解液中で陰極のチタン製ドラムと、電極間距離3cmとなるように対向させて配置した。この場合、陰極と陽極間の空間の断面積は300cm
2である。次に、陰極と陽極の間の空間内にアルゴンガスを流入させて電解液をバブリング撹拌した。例えば、アルゴンガスの流入量が15L/minの場合、アルゴンガスの流速は15000/300=50cm/minとなる。表1の条件でアルミニウム膜の膜厚が10μmとなるまで陽極と陰極間でパルス電解を行い、陰極表面にアルミニウム膜を析出させた。
図1は、実施例2、14、および比較例1における該パルス電解時の電解電位を表す図である。
図3に例示されるように、各実施例および比較例では、電流オン時間(T
on)と、電流オフ時間(T
off)を繰り返し、実施例1~23では電流オン時間(T
on)における最も低い電解電位(
図3中の実施例2および14ではそれぞれ、AおよびBに相当する)が-3.0~0.0V vs.Al/Al(III)となるように設定した。表1には、電流オン時間(T
on)における最も低い電解電位を「電解電位」として示す。なお、
図3中には、実施例2における電流オン時間(T
on)と、電流オフ時間(T
off)を示す。パルス電解の終了後、チタンドラム(陰極)上に析出したアルミニウム膜をアセトンと純水で洗浄し、チタンドラムから剥離させることにより、アルミニウム箔を回収した。
【0032】
【0033】
上記実施例および比較例について、以下の評価基準に従って評価を行った。
(外観)
回収したアルミニウム箔の外観を4段階で評価した。デンドライトの発生がなく均一なアルミニウム箔が得られたものを「◎」、デンドライトがわずかに生じたが、均一なアルミニウム箔が得られたものを「○」、デンドライトが生じ、電析ムラのあるアルミニウム箔が得られたものを「△」、アルミニウム箔が回収できなかったものを「×」とした。
【0034】
(回収率)
アルミニウム箔の実測値(質量)を理論電解量で除して回収率(%)を算出した。理論電解量は、ファラデーの法則に基づき、Alの原子量を26.98、イオン価数を3、ファラデー定数を96500[C・mol-1]として下記式で算出した。
理論電解量=(電流密度×成膜面積×成膜時間×Alの原子量)/(Alイオンの価数×ファラデー定数)
回収率が90%以上を「◎」、80%以上90%未満を「○」、80%未満を「×」とした。
【0035】
(アルミニウム箔の成膜速度)
走査イオン顕微鏡(SIM)(日立ハイテク製 SMI4050)を用いて、アルミニウム箔の表面から内部に向かってエッチングを行い、アルミニウム箔断面の二次イオン像を得た。二次イオン像より、任意の10点の膜厚を算出し、その平均値をアルミニウム箔の膜厚とした。アルミニウム箔の膜厚を、パルス電解時の電解時間で除した値を成膜速度(μm/min)とした。この際、電解時間は、電流オン時間(Ton)と電流オフ時間(Toff)を含む全時間とした。アルミニウム箔の成膜速度が1.0μm/min以上を「◎」、0.5μm/min以上1.0μm/min未満を「○」、0.5μm/min未満を「×」とした。なお、事前の調査により、電解液中に露出する陰極の表面積、陰極の材質・形状、陰極ドラムの回転速度等が変化しても、その他のパルス電解条件が同じ場合、成膜速度は変化しないことを確認している。
【0036】
(総合評価)
上記の外観、回収率、成膜速度の3つの評価項目について全ての項目で◎であったものの総合評価を「◎」、全ての項目で×がないものの総合評価を「○」、いずれかの項目で×があるものの総合評価を「×」の3段階で評価した。上記の評価結果を下記表2に示す。
【0037】
【表2】
表1および2に示すように、実施例1~23では、本発明の条件でパルス電解を行ったため、外観、回収率、および成膜速度に優れたアルミニウム箔を得ることができた。
【0038】
一方、比較例1ではパルス電解電位が-3.0V vs.Al/Al(III)よりも卑であるため、電解液の分解反応に電流が消費されてしまい、外観、回収効率、成膜速度が劣るアルミニウム箔となった。
比較例2ではパルス電解電位が0.0V vs.Al/Al(III)よりも貴であるため、アルミニウムの電析反応が進行せず、アルミニウム箔を得ることができなかった。
【0039】
比較例3では、パルス電解時の電流密度が50mA/cm2未満であるため、成膜速度の低下、およびデンドライト発生に伴う外観不良が生じた。
比較例4では、パルス電解時の電流密度が200mA/cm2を上回ったため、デンドライト発生に伴う外観不良、回収率および成膜速度の低下が生じた。
【0040】
比較例5では、Toffが4ms未満であったため、陰極界面への十分なアルミニウムイオンの供給が行われず、デンドライト発生に伴う回収率の低下が生じた。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明によれば、回収率、および成膜速度が共に優れたアルミニウム箔を製造可能であり、工業上顕著な効果を奏する。