(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-17
(45)【発行日】2022-03-28
(54)【発明の名称】生体内非分解性癒着阻止材
(51)【国際特許分類】
A61L 31/00 20060101AFI20220318BHJP
A61L 31/04 20060101ALI20220318BHJP
A61L 31/06 20060101ALI20220318BHJP
A61L 31/12 20060101ALI20220318BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20220318BHJP
【FI】
A61L31/00
A61L31/04 110
A61L31/04 120
A61L31/06
A61L31/12
A61L31/14
(21)【出願番号】P 2018205802
(22)【出願日】2018-10-31
【審査請求日】2020-10-05
(73)【特許権者】
【識別番号】390000996
【氏名又は名称】株式会社ハイレックスコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】特許業務法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野一色 泰晴
【審査官】榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0015736(US,A1)
【文献】特開2008-155014(JP,A)
【文献】特開2017-086313(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0047320(US,A1)
【文献】特開2014-090850(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00-33/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部が生体内非分解性材からなり、表面の水に対する接触角が7度以下、又は90度以上である事を特徴とする癒着阻止材
であって、
前記癒着阻止材が、癒着阻止のための癒着阻止部と、術後30日以内に生体外に引き出すための把持部とを有し、
前記癒着阻止部が前記把持部によって生体の組織孔を通って生体外に引き出されるときに収束する膜形状をなし、
前記把持部は、生体の皮下組織内に埋植されるように構成され、前記把持部は、前記把持部が埋設される周囲組織とは異なる超音波の反射性能を有する、または、レントゲン不透過の素材が一部に組み込まれている、癒着阻止材。
【請求項2】
少なくとも一部が生体内非分解性材からなり、
術後30日以内に
生体外に
引き出されることを特徴とする請求項1に記載の癒着阻止材。
【請求項3】
前記把持部が超音波診断検査、レントゲン撮影検査、触診、のいずれかで周囲組織から識別可能である事を特徴とする請求項
1または2に記載の癒着阻止材。
【請求項4】
前記把持部が紐状、膜状、ボタン状、線状、繊維状、布状、メッシュ状、及びそれらの複合状態、からなる群より選択される少なくとも一種である事、又は前記癒着阻止部を変形させた一部である事を特徴とする請求項
1~3のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
【請求項5】
前記把持部及び前記癒着阻止部の少なくとも一部が生体内非分解性材からなり、細胞毒性、細胞接着性、のいずれも持たないことを特徴とする請求項
1~
4のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
【請求項6】
前記癒着阻止部がヘパリン、多価アルコール、ウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン、ポリエチレングルコール、ポリビニールアルコール、ビニロン、から選ばれる少なくとも一つを結合又は含有していることを特徴とする請求項
1~
5のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
【請求項7】
前記把持部が膜状、紐状、管状、棒状、メッシュ状、からなる群より選択される少なくとも一種である事、あるいはそれらの組み合わせである事を特徴とする請求項
1~
6のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
【請求項8】
前記癒着阻止部
が、径2cm以下の小孔より生体外に引き出すための収束性、組織易滑性、及び20kPa(試験方法:JIS Z1702)以上の引張強度を持つ事を特徴とする請求項
1~
7のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
【請求項9】
前記癒着阻止部
が、該癒着阻止部の中央部に比べ癒着阻止部の周辺部に剛軟性の高い部分、鋼線を配する部分、
またはチューブを配する部分
によって構成された膜拡張維持部を持つことを特徴とする請求項
1~
8のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
【請求項10】
前記膜拡張維持部に形状記憶合金からなる鋼線、又はピアノ線、又はそれらに近似の剛軟性を有するワイヤーを配する事を特徴とする請求項
9に記載の癒着阻止材。
【請求項11】
前記膜拡張維持部に配されたチューブ内に液体を注入されることで膜拡張維持がなされることを特徴とする請求項
9に記載の癒着阻止材。
【請求項12】
前記癒着阻止部
が、腹腔内、胸腔内、心嚢内、頭蓋内のいずれかに手術時に挿入され、前記把持部が、腹壁、胸壁、頭蓋骨等を貫通し、皮膚直下の皮下組織内に固定されて使用される事を特徴とする請求項
1~
11のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
【請求項13】
手術時に挿入された前記癒着阻止部が、術後一定期間内に該把持部のある皮膚への小切開によって該把持部が露出され把持されて、生体外へ引き出される事で癒着を阻止する事が可能な請求項
12に記載の癒着阻止材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、創傷部とその周囲組織との間、或いは本来は分離している臓器間に生じる結合すなわち癒着を阻止しうる癒着阻止材に関する。
【背景技術】
【0002】
手術を行ったことにより、本来分離しているべき臓器間に予期せぬ結合、すなわち癒着が引き起こされる場合がある(たとえば、非特許文献1参照)。このような癒着は術後腸閉塞の様な重大な問題が生ずる場合がある。また再手術が必要となった際、前回の手術で癒着が生じている場合には、その癒着を剥離することから手術を開始する必要があるので、医療従事者や患者の負担は多大である。このため医療現場において術後癒着防止は重要な課題であり、安全で確実な癒着阻止対策が望まれている。
【0003】
以上の状況下において、外科的手術手技の工夫、術後補助薬物投与、及び生体内分解吸収性の癒着防止材料の使用等の様々な対策がなされてきた。これらの対策のうち、補助薬物投与と癒着防止材料の使用については、効果的な補助的手段としての役割が期待されている。しかしながら、補助薬物投与は、(1)癒着防止効果の有無が不明確である、(2)創傷の治癒遅延が生じうる、(3)逆に薬物投与が更なる癒着の原因となる場合がある、等の諸問題を抱えている。このため、補助薬物の技術開発は実質的に滞留しているともいえる。
【0004】
これに対して生体内分解吸収性の癒着防止材料は臨床で既に使用されている。例えば市販されている生体内吸収性癒着防止膜の代表としてGenzyme Corporation社が製造する癒着防止材料がある。これはヒアルロン酸とカルボキシメチルセルロース(CMC)をカルボジイミド化合物を用いて架橋して得られるポリアニオン系の親水性生分解性ポリマーからなるものであり、「Seprafilm(登録商標)」の名称で販売されている。この癒着防止材料は、腹部や婦人科領域における術後の癒着防止を目的とした製品である。この癒着防止材料は、蠕動運動を行う腹部等の臓器において有効な癒着防止効果が観察される。しかしながらデータで見る限りでは、その癒着防止有効性は50%程度であり、胸部領域での癒着防止効果は発揮されない。
【0005】
従来の癒着防止材料は、大きく分けて以下の三つのタイプのものが存在することが知られている。
(1)物理的障壁として挿入されて癒着を予防するもの。
(2)その材料自身に細胞を排除する性質を持たせることで癒着を予防するもの。
(3)癒着防止に効果を持つ物質により癒着を防止するもの。
【0006】
(1)及び(2)のタイプの癒着防止材料は、癒着防止可能な部位が限定されている、或いは材料自体の生体との親和性に問題がある等、確実な癒着防止が困難であり、満足な性能を発揮するとは言い難い。一方(3)のタイプの癒着防止材料としては、その効果は不確実ではあるが、リポソーム介在の非ステロイド性抗炎症剤、活性酸素種の阻害剤、レチノイド誘導体、ハロフギノン、プラスミノーゲン、プラスミノーゲン活性剤の合成・分泌促進剤、特定の菌より産生されるプロテアーゼ、シクロプロパン酸アミド化合物、血清アルブミン、ヘパリン、ヘパリン酸化処理されたメチオニン、ロイシン、多価アルコール等を含む癒着防止材料が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2008-155014号公報
【文献】特開2006-231090号公報
【文献】特開2000-37450号公報
【文献】特開2010-213984号公報
【文献】国際公開第2015/029892号
【非特許文献】
【0008】
【文献】藤下晃、吉田至幸、下村友子、松本亜由美:「癒着防止法、癒着防止対策の総論-婦人科関連の文献を中心に-」、産婦人科の実際、第59巻、第8号、第1159頁~第1167頁、2010年
【文献】杉原尚:「Glycerolによる赤血球溶血」、臨床血液、第24巻、第8号、第1012頁~第1019頁、1983年
【文献】武田利明、石田陽子、川島みどり:「グリセリン浣腸液と溶血に関するラットを用いた実験的研究」、日本看護研究学会雑誌、第26巻、第4号、第81頁~第88頁、2003年
【文献】武田利明:「グリセリン浣腸による溶血誘発に関する実験動物を用いた実証的研究」、日本看護技術学会誌、第5巻、第1号、第45頁~第50頁、2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者は、生体内吸収性材で作られている癒着防止膜の問題点を追究した結果、次のことを明らかにした。即ち、従来開発されて来た癒着防止膜は膜が生体内で分解吸収される素材で作られていることに注目し、その弊害を詳細に観察した結果、生体内で膜が分解吸収される過程に於いて、生体内で異物処理を行う大食細胞(マクロファージ)が無数に遊走してきて、癒着防止膜部に莫大な数が集積し活躍していることを見いだした。そしてマクロファージの活動に伴い多量の線維芽細胞や毛細血管が侵入していることを発見した。
【0010】
一般にマクロファージは活発な遊走運動を示し異物を貪食すると共に多量の細胞誘導因子を産生していることが知られている。10~20cm角の程度の広さで、厚みが0.1mm程の生体内分解吸収性材料の膜を使用した場合、それを15ミクロン程度の小さなマクロファージが貪食し尽くしてしまわねばならないので、膨大な数のマクロファージが貪食作業に携わることとなる。そうなるとマクロファージの産生する細胞誘導因子は極めて多量となる。
【0011】
すなわち膨大な数のマクロファージがそれぞれに多量の細胞誘導因子を産生し、その因子によって癒着に関与する線維芽細胞が癒着防止膜の置かれていた個所に引きつけられ結合組織を形成し、細胞活動に必要な栄養を補給するために無数の毛細血管も細胞の後を追うように侵入して来る。このような現象が次々と生じるゆえに、折角癒着防止ができたにもかかわらず、癒着防止膜が分解吸収される過程に於いてその部位に多量の線維芽細胞によって新たな結合組織が形成され、それが新たな癒着組織となって、癒着阻止の成功率を低下させていることを本発明者は明らかにした。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この不都合を解消するため、本発明者は新たな考え方で癒着防止を図ることとした。すなわち、マクロファージに貪食されない生体内非吸収性材料を用いた癒着阻止である。ところが、生体内非吸収性材料を用いると、生体はそれをカプセル化して異物処理を行う性質がある。いわゆる被包現象(encapsulation)が生じる事が判っている。そして被包組織も癒着組織となり得る。そこで使用する素材を厳選し、細胞毒性がなくて、細胞接着性もなく、生体に刺激を与えない基材(ステルス性材料)を用意して、癒着が生じては困る個所に該基材を癒着阻止材として置き、組織治癒が完了後の可能な限り早い時期に、つまり癒着阻止材がカプセル化される前に、その癒着阻止材を生体外に引き出す、という癒着阻止作戦を計画し、その作戦に適した生体内非吸収性の癒着阻止材を開発することで、完全な癒着阻止に成功した。
【0013】
本発明の課題としては、従来技術で使用されて来た生体内吸収性癒着防止膜は術直後の癒着を阻止できても、膜が吸収される過程において、膜が無数のマクロファージによって貪食されることによってマクロファージから産生される細胞増殖因子によって引き寄せられた線維芽細胞によって新たな結合組織が形成され、二次的な癒着が生じることを鑑み、創傷部付近に生体内で分解吸収されない癒着阻止材を置くことで癒着を阻止し、創傷部の治癒が完了した時点で、マクロファージの活動を惹起させる事無く、該癒着阻止材は生体内から引き出す、という事を可能とする癒着阻止材を提供する。
【0014】
癒着阻止後可能な限り早急に該癒着阻止材は体外に引き出す必要があり、そのタイミングが重要であると共に、該癒着阻止材には、引き出しやすい構造を持つ事が要求される。そこで本発明では癒着阻止のための癒着阻止部に加え、確実に安全に体外に取り出すことの出来る把持部を持つ癒着阻止材を提供することが課題である。
【0015】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、癒着阻止材に癒着阻止部と把持部を持たせることとした。癒着阻止部には生体にとって異物と認識させない性質、いわゆるステルス性を持たせると共に、細胞や組織を付着させない性質を付与し、更には把持部には生体外へ小さな孔から癒着阻止部を破損させることなく確実に安全に、そして生体組織を絡めて同時に引き出してしまうことなく引き出す工夫を行う必要があり、本発明者は、これらの課題を鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明によれば、以下に示す癒着阻止材が提供される。
【0017】
[1]少なくとも一部が生体内非分解性材からなり、表面の水に対する接触角が7度以下、又は90度以上である事を特徴とする癒着阻止材。
[2]少なくとも一部が生体内非分解性材からなり、植え込み後30日以内に体外に取り出すことを特徴とする[1]に記載の癒着阻止材。
[3]癒着阻止のための癒着阻止部と、術後30日以内に生体外に引き出すための把持部とを持つ事を特徴とする[1]または[2]に記載の癒着阻止材。
[4]前記把持部が超音波診断検査、レントゲン撮影検査、触診、のいずれかで周囲組織から識別可能である事を特徴とする[3]に記載の癒着阻止材。
[5]前記把持部が紐状、膜状、ボタン状、線状、繊維状、布状、メッシュ状、及びそれらの複合状態、からなる群より選択される少なくとも一種である事、又は前記癒着阻止部を変形させた一部である事を特徴とする[3]または[4]に記載の癒着阻止材。
[6]前記把持部及び前記癒着阻止部の少なくとも一部が生体内非分解性材からなり、細胞毒性、細胞接着性、のいずれも持たないことを特徴とする[3]~[5]のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
[7]前記癒着阻止部がヘパリン、多価アルコール、ウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン、ポリエチレングルコール、ポリビニールアルコール、ビニロン、から選ばれる少なくとも一つを結合又は含有していることを特徴とする[3]~[6]のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
[8]前記癒着阻止部及び前記把持部が膜状、紐状、管状、棒状、メッシュ状、からなる群より選択される少なくとも一種である事、あるいはそれらの組み合わせである事を特徴とする[3]~[7]のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
[9]前記癒着阻止部が膜状をなし、径2cm以下の小孔より生体外に引き出すための収束性、組織易滑性、及び20kPa(試験方法:JIS Z1702)以上の引張強度を持つ事を特徴とする[3]~[8]のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
[10]前記癒着阻止部が膜形状をなし、該癒着阻止部の中央部に比べ癒着阻止部の周辺部に剛軟性の高い部分、鋼線を配する部分、チューブを配する部分、などの膜拡張維持部を持つことを特徴とする[3]~[9]のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
[11]前記膜拡張維持部に形状記憶合金からなる鋼線、又はピアノ線、又はそれらに近似の剛軟性を有するワイヤーを配する事を特徴とする[10]に記載の癒着阻止材。
[12]前記膜拡張維持部に配されたチューブ内に液体を注入されることで膜拡張維持がなされることを特徴とする[10]に記載の癒着阻止材。
[13]前記癒着阻止部が膜形状をなし、腹腔内、胸腔内、心嚢内、頭蓋内のいずれかに手術時に挿入され、前記把持部が、腹壁、胸壁、頭蓋骨等を貫通し、皮膚直下の皮下組織内に固定されて使用される事を特徴とする[3]~[12]のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
[14]前記癒着阻止部が管形状、紐形状、棒形状のいずれかの形状をなし、涙管、尿管、尿道、腱鞘、等の筒状組織内に挿入され、前記把持部が皮膚直下の皮下組織内に固定されて使用される事を特徴とする[3]~[13]のいずれか1項に記載の癒着阻止材。
[15]手術時に挿入された前記癒着阻止部が、術後一定期間内に該把持部のある皮膚への小切開によって該把持部が露出され把持されて、生体外へ引き出される事で癒着を阻止する事が可能な[13]または[14]に記載の癒着阻止材。
【発明の効果】
【0018】
本発明の癒着阻止材は、術直後の手術創における線維芽細胞などの働きによる活発な治癒活動に付随して生じる危険性のある癒着組織形成を細胞も付着しにくい生体内非吸収性材からなる癒着阻止材を介在させることで完全に阻止し、マクロファージの活動によって惹起される二次性癒着組織も形成させないため、癒着を確実に阻止する。
【0019】
しかしながら生体内にその様な生体内非吸収性材が存在すると生体はその周囲を結合組織で取り囲む、いわゆる被包活動を開始し、被包組織が癒着組織ともなり得るので、その活動が始まるまでに生体内非吸収性材を除去することが肝要である。そこで癒着阻止材には把持部を設け、把持部を把持し生体内非吸収性材を引き出し易い設計を施し、タイミングよく生体外に癒着阻止材を取り出す。この様な設計によって本発明では永久的な癒着阻止が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態の癒着阻止材を示す概略図である。
【
図2】腹腔内に挿入された癒着阻止材の使用状況を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の癒着阻止材は段落0005に記載した分類でいえば、(1)物理的障壁として挿入されて癒着を予防するもの、に属する。但し、使用する癒着阻止材は術直後の癒着を生じ易い時期のみ体内で物理的障壁として癒着を阻止することに役立て、手術創部が治癒する時期に体外に取り出すような設計としている。従って生体外に取り出すことが最重要であることから、該癒着阻止材には癒着阻止を確実に行う癒着阻止部と共に取り出すための把持部が設けてある。
【0022】
把持部は、癒着阻止材を腹腔内や胸腔内に挿入させた後に腹腔内や胸腔内から引き出し、皮下組織内に固定し、術後一定期間内、好ましくは30日以内に皮膚切開して把持し、該癒着阻止材を体外に引き出す役割を担う。
【0023】
把持部は皮下組織内に埋植されるので、術後に触診で位置を確認し、その個所に皮膚切開を加え、取り出すこととなるが、患者の体質により皮下脂肪組織が多くて、触診では把持部の位置確認が不可能な場合に備え、把持部には、超音波診断検査装置やレントゲン撮影装置を用いて位置確認な可能な性質を持たせておく。すなわち、周囲組織とは異なる超音波の反射性能を持たせる、あるいはレントゲン不透過の素材を一部に組み込ませておく。
【0024】
把持部の形状は紐状でも膜状でも、ボタン状でも、線状でも、繊維状でも、布状でも、メッシュ状でも、あるいはそれらの組みあわせによる複合状態でも構わない。確実に該癒着阻止材を引き出せる事、及び、把持してもちぎれることのない強度が必要であり、前述癒着阻止部の一部を突出変形させて把持しやすくすることでも、強度的に十分であり把持によって癒着阻止部が破損されなければ、構わない。
【0025】
把持部は周囲組織に埋没され絡まっていては引き出すことが難しくなるので細胞毒性、細胞接着性、等を持たせない。癒着阻止部も同様に細胞毒性、細胞接着性があってはならず、体内にトラブルなく受け入れられるためのステルス性が要求される。
【0026】
癒着阻止部および把持部に使用されるステルス性を持つ素材としては、フッ素樹脂系ポリマー、ポリエステル系ポリマー、ポリオレフィン系ポリマー、ポリアミド系ポリマー、ポリエチレン系ポリマー、シリコーン系ポリマー、ポリカーボネート系ポリマー、ポリビニール系ポリマー、ビニロン、レーヨン、ポリビニールアルコール、ポリエチレングリコール、ゼラチン、コラーゲン、キチン、部分脱アセチル化キチン、キトサン、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロース、アクリル系ポリマー、これらのグラフト高分子、これらの誘導体、これらの架橋体、これらの塩、からなる群より選択される少なくとも一種、又はハイブリッド等からなる事が好ましい。
【0027】
癒着阻止部の形状は膜状、紐状、管状、棒状、メッシュ状等、あるいはそれらの組み合わせの形状の、いずれかが好ましく、使用する部位に合わせた形状を準備すれば良い。
【0028】
使用する癒着阻止材の癒着阻止部が腹腔内や胸腔内に挿入された時に、本発明ではマクロファージに活動させない事が主眼であり、その目的のためには、マクロファージに貪食させない、即ち生体内で分解吸収させない素材を使用する必要がある。そこで、本発明では癒着阻止部には主として生体内非吸収性の素材を使用する。また、把持部も吸収されると把持できなくなるので、主として生体内非吸収性の素材を使用する。
【0029】
しかしながら、癒着阻止部に使用する生体内非吸収性の素材が必ずしも細胞接着を阻止する能力が高いとも限らず、或いは癒着しやすい体質の患者にも使用せざるを得ない場合もある。そこで少量の細胞接着阻止補助剤を癒着阻止部に含ませるか、絡ませ含有させておくことで、癒着阻止効果を高める事も有効な手段である。例えば多価アルコールの一つであるグリセリンは細胞接着阻止を手助けする。そしてグリセリンのような細胞接着阻止補助剤は生体内で拡散し加水分解や酵素などで処理され、マクロファージを動員させることにはならない。そこで本発明では生体内で拡散されやすく、マクロファージの活動も惹起させないヘパリン、多価アルコール、ウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン、ポリエチレングルコール、ポリビニールアルコール、ビニロン、等の細胞接着阻止補助剤の使用を推奨する。
【0030】
該癒着阻止部は把持部によって体外に引き出される時に、径2cm以下の細い組織孔から引き出されることになるので、該癒着阻止部が膜状の場合には細い穴を通すための収束性、組織易滑性、が必要となる。引き出すことにより膜がちぎれて体内に残存することは最も避けたい事であるので、これらの条件を備えることは必須である。そうなれば癒着阻止部が厚ければ引き出し困難となる。そこで薄い膜を使用せざるを得ないが、膜が薄くなる事で強度的に弱くなるため、20kPa(試験方法:JIS Z1702)以上の引張強度が要求される。そこで薄い膜に繊維やメッシュ等を配したハイブリッド構造をもたせることで強度を上げることは本発明の工夫の一つである。
【0031】
該癒着阻止部の表面性状としては表面の水に対する接触角が7度以下の親水性であることが好ましい。ガラスに対する水の接触角が約8度である事を考えると、ガラス表面よりも親水性が強い素材であることが好まれる。ガラス表面よりも更に親水性の表面の場合は、水に触れると僅かにヌルヌルの性状を持つが、この様なヌルヌル表面には細胞の接着が少ないことが知られており、本発明ではガラス表面よりも更に親水性の、表面の水に対する接触角が0度より大きく7度以下、好ましくは0度より大きく6度以下の親水性であることを推奨する。
【0032】
また一方、疎水性の素材でスベスベした表面には細胞が付着しにくいことも知られていることから、該癒着阻止部の表面性状として、表面の水に対する接触角が90度以上の疎水性であることが好ましい。一般的なデータでは、ナイロンの接触角は70度ぐらいであり、ポリ塩化ビニールは87度、ポリスチレンは91度、ポリテトラフルオロエチレンは108度、ポリエチレンは94度、パラフィンは108~116度ぐらいであるので、本研究では術後一定期間細胞の付着を阻止させるため、ポリスチレン程度の接触角が大きな、具体的には表面の水に対する接触角が90度以上180度未満、好ましくは90度以上170度未満の疎水性表面となる事を推奨する。
【0033】
癒着阻止部が薄い膜であれば、術後に手術度創部が治癒する1週間程度は膜を拡張させ続ける必要がある。そのための工夫として該癒着阻止部周辺部には中央部に比べ剛軟性の高い部分を持たせ、あるいは鋼線を配する部分を作って、細い形状記憶合金やピアノ線、その他、類似の剛性を持つワイヤー等を配して、あるいは、細いチューブを配し、チューブ内に生理的食塩水のような液体を圧注入しておく等の膜拡張維持部を持つことを特徴としている。
【0034】
その様な拡張維持部を持たせた癒着阻止部を生体外に抜去する時には、形状記憶合金やピアノ線などをまず抜去し、あるいは細いチューブ内に注入していた生理的食塩水のような液体を抜くことで膜周辺が柔らかくなり、細い組織孔からの癒着阻止部の抜去が容易となる。
【0035】
以上述べたような構造をもつ把持部を備えた癒着阻止材は、具体的には、腹腔内、胸腔内、心嚢内、頭蓋内のいずれかに手術時に挿入され、前把持部が腹壁、胸壁、頭蓋骨等を貫通し、皮膚直下の皮下組織内に固定されるようにした使用方法が好ましく、この様な使用法に適した特性を持たせることが好ましい。
【0036】
以上述べた癒着阻止材が管形状、紐形状、棒形状のいずれかの形状をなしている場合は、涙管、尿管、尿道、腱鞘、等の筒状組織内に挿入され、前記把持部が皮膚直下の皮下組織内に固定されるようにした使用方法が好ましく、この様な使用法に適した特性を持たせることが好ましい。
【0037】
術後一定期間内に該癒着阻止材を生体外に引き出すことに関し、その時期は使用される部位によって、あるいは患者の年齢・性別・栄養状態・基礎疾患の有無等によって異なってくる。例えば、健康な小児の場合は細胞活動が活発であり、創傷治癒が早いので、腹部手術の場合は術後5日目を過ぎれば抜去可能であって、2週間を超えると、カプセル化による予期せぬ癒着が生じるので、2週間以内に抜去することが好ましい。一方、栄養状態の悪い高齢者や糖尿病を合併している様な患者では治癒が遅延しがちであるため、術後少なくとも1週間は、できれば術後10日ぐらい経過して抜去することが好ましい。しかしながら、30日を超えて留置して置くことはカプセル化による予期せぬ癒着が生じるので好ましくない。この様な事から、術後一定期間内に、遅くとも30日以内に癒着阻止材は抜去することが望まれる。
【0038】
具体的に図を示して本発明の癒着阻止材を説明する。なお、ここに示す図はただ一つの概念図であって、この図に示した形状に本発明では囚われることではない。
【0039】
図1に示す1が本発明の膜状の癒着阻止材の癒着阻止部であり、膜の周辺近くに2で示す形状記憶合金のワイヤーが配されていて、膜の拡張を維持している。3に示すのは把持部であって、この把持部3を把持して組織の孔から引き出せば、癒着阻止部1の膜を生体外に引き出すことができる。4は癒着阻止部1の膜と把持部3とを固定する個所であり、把持部3を引いても癒着阻止部1が離れないように固定している。2の形状記憶合金のワイヤーは把持部3にも至っており、把持部3を引く際に癒着阻止部1への過剰な張力がかからないように、癒着阻止部1がちぎれることのないように工夫されている。
【0040】
図2に腹腔内に挿入された本発明の癒着阻止材の使用状況の概念図を示す。なお、ここに示す図はただ一つの概念図であって、この図に示した形状に本発明では囚われることではない。
【0041】
図2では、1は本発明の癒着阻止材の癒着阻止部であり、腹腔内に置かれている。腹腔内には8で示すように腸管がある。5は皮膚であり、7は腹壁の筋肉層である。1の癒着阻止材には3で示す把持部が取りつけられおり、把持部3の端は6で示す皮下組織内に固定されている。具体的には、把持部3は縫合糸によって、皮下組織6内に縫着され、腹腔内に引きずり込まれることを阻止している。この様に手術時に本発明の癒着阻止材1は癒着を阻止したい部位に置き、術後一定期間経過後に、5の皮膚に小さく皮膚を切開し、3の把持部を把持し、体外に引き出すことで、癒着阻止材1が体内に残ることなく、その後のマクロファージの活動も不要とさせる。このような使用を、本発明では推奨する。
【実施例】
【0042】
次に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0043】
[実施例1]
癒着阻止部と把持部に使用を推奨している素材の中で、代表例として、ポリエステル、ポリプロピレン、レーヨンを選び、それらを生体内に埋め込んでいると、マクロファージが集積するかどうかの評価を行った。使用したサンプルは市販の濡れティッシュ(ウェットティッシュ、ライオン株式会社製)である。濡れティッシュにはレーヨン繊維とポリエステル繊維及びポリプロピレン繊維が含まれている。従って濡れティッシュの素材を用いれば、レーヨンとポリエステルとポリプロピレンを評価することとなる。
【0044】
市販の濡れティッシュを流水中で良く洗浄して水溶性の付着物を落とし、次に70%エタノールで洗浄して有機溶媒に溶解性をもつ付着物を落とした後に風乾し、低温EOG滅菌を行い、テストサンプルとした。続いて、サンプル片2×2cmをラットの皮下組織内に挿入し、1週間後、2週間後、3週間後、4週間後に採取し、親水性樹脂テクノビット(Technovit, Kulzer co. Germany)に包埋し、ガラスナイフで厚さ3ミクロンの切片を作成し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行い、100~400倍の光学顕微鏡で観察した。その結果、植え込み後1~4週間に至るまで、ポリエステル、ポリプロピレン、レーヨンの各繊維付近には、マクロファージの集積は観られなかった。しかし、4週間目の資料では、各繊維周囲に線維芽細胞が集積したカプセル形成が観察された。この結果、評価したポリエステル、ポリプロピレン、レーヨンでは、植え込み後にはマクロファージを集積させない事が判明したと同時に、4週間程度植え込んだままにしておくと、周囲にカプセル化が生じることも判明した。
【0045】
[比較例1]
現在市販され臨床で使用されているセプラフィルムの主成分で或るヒアルロン酸ナトリウムで癒着防止膜を作成した。まず1%のヒアルロン酸ナトリウム液を作り、それをステンレスシャーレ上に流し風乾してヒアルロン酸ナトリウムの厚さ40ミクロンの薄膜を作製した。次にこの膜を無水酢酸を用いて不溶化し、流水中で充分に洗浄した後に風乾し、EOG滅菌を行い、テストサンプルとした。なお無水酢酸を用いてヒアルロン酸ナトリウムを不溶化する方法は特許文献5の手法に準じた。
【0046】
次にサンプル片2×2cmをラットの皮下組織内に挿入し、1週間後、2週間後、3週間後、4週間後に採取し、親水性樹脂テクノビットに包埋し、ガラスナイフで厚さ3ミクロンの切片を作成し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行い、100~400倍の光学顕微鏡で観察した。その結果、植え込み後1週間でサンプル片は僅かに膨潤し、その周囲にマクロファージの集積が観られた。植え込み後2週間目にはサンプルの膨潤とマクロファージの集積が顕著となり、植え込み後3週間目にはサンプルの膨潤とマクロファージの集積が更に顕著となり、サンプル内へのマクロファージの侵入も観られた。植え込み後4週間目にはサンプルの膨潤が更に顕著となったと同時に、無数のマクロファージがサンプル内に侵入し、サンプルのヒアルロン酸を活発に貪食している様子が見られた。それと同時に、マクロファージの集積が更に顕著となり、サンプル内への活発なマクロファージの侵入が観られた。また、サンプル周囲には無数の線維芽細胞が集積し、サンプルを取り囲んでいて、コラーゲン線維も多く観られ、細胞線維性の結合組織が作られていた。この結果、生体内吸収性材料の代表格であるヒアルロン酸には、植え込み後に膨潤し、生体内で溶解し始めると同時に、無数のマクロファージを集積させ、貪食現象を惹起させること、及び、その状態が続くと、周囲に細胞線維性の結合組織が形成され、癒着組織の元となる現象が生じていることが判明した。
【0047】
[実施例2]
テフロン(登録商標)のような疎水性の高い基材へは異物が付着しにくいことが一般に知られているが細胞の付着に関して、どの程度の疎水性であれば細胞付着を阻止できるかに関するデータは少ない。特に本発明では、生体内での一定期間、少なくとも1週間程度は細胞の付着が阻止できる素材を検討した。評価に使用した細胞は市販のヒト皮膚線維芽細胞Human Dermal Fibroblast, adult(HDFa)である。一般的な細胞培養手技に従って、ポリスチレンシャーレ上で細胞培養を行った。評価する素材をポリスチレンシャーレ上に置き、その上に細胞を播種し、播種後毎日素材上の細胞付着状況を観察すると共に、注射器を用いて細胞培養液を細胞面に水ジェット状に振りかけ、素材上に付着した細胞の剥がれ易さを検討した。
【0048】
使用した素材は、ナイロン、ポリ塩化ビニール、ポリスチレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレン、パラフィンである。その結果、ナイロン表面には細胞は付着しやすく、一度付着すると剥がれにくい。一方、パラフィン上には細胞は接着しない。ポリスチレンは細胞が付着するがはがれやすい、ポリエチレンは付着するがはがれやすく、その傾向はポリスチレンよりも顕著であった。ポリテトラフルオロエチレンには細胞はつかない。ポリ塩化ビニールには細胞が付着し、少しはがれやすい、等の検討結果が出た。この結果から、術後1週間程度の細胞付着を阻止するには、ポリ塩化ビニールやナイロンではダメであり、少なくともポリスチレンやポリエチレン程度の細胞を付着させない性質を持つ素材が好ましいことが判明した。使用した個々の素材の水に対する接触角は以下の通りである。つまり、ナイロンの接触角は70度ぐらいであり、ポリ塩化ビニールは87度、ポリスチレンは91度、ポリテトラフルオロエチレンは108度、ポリエチレンは94度、パラフィンは108~116度ぐらいであるので、本発明では術後一定期間細胞の付着を阻止させるため、ポリスチレン程度の接触角が大きな、疎水的な表面である事が好ましい。すなわち、90度以上の接触角を持つ疎水性素材が好ましいことが判明した。
【0049】
[実施例3]
一方、寒天のような親水性の高い基材へも細胞が付着し難いことも、一般に知られている。そこで特に本発明では、生体内での一定期間、少なくとも1週間程度は細胞の付着が阻止できる親水性の素材を検討した。実施例1と同様に評価に使用した細胞は市販のヒト皮膚線維芽細胞Human Dermal Fibroblast, adult(HDFa)である。一般的な細胞培養手技に従って、ポリスチレンシャーレ上で細胞培養を行った。評価する素材をポリスチレンシャーレ上に置き、その上に細胞を播種し、播種後毎日素材上の細胞付着状況を観察すると共に、注射器を用いて細胞培養液を細胞面に水ジェット状に振りかけ、素材上に付着した細胞の剥がれ易さを検討した。
【0050】
使用した素材は、ガラス、寒天、ゼラチン、ポリエチレングルリコールをグラフトした塩化ビニール、ビニロン、濡れティッシュ上に広げたポリビニールアルコール架橋物、である。その結果、ガラス表面には細胞は付着しやすく、一度付着すると剥がれにくい。一方、ポリエチレングルリコールをグラフトした塩化ビニールとビニロン上には細胞は接着しない。また濡れティッシュ上に広げたポリビニールアルコール架橋物では、架橋条件によって細胞の付着が異なるが、付着細胞が剥がれやすいことが判明し、寒天とゼラチンでは、その製造方法の条件によって異なった結果が出た。この結果から、術後1週間程度の細胞付着を阻止するには、ガラスではダメであり、少なくともポリエチレングルリコールをグラフトした塩化ビニール、ビニロンポリスチレンやポリエチレン程度の細胞を付着させない性質を持つ素材が好ましいことが判明した。使用した個々の素材の水に対する接触角は以下の通りである。つまり、ガラスの接触角は8度ぐらいであり、ビニロン及びポリビニールアルコール架橋物は2~3度、ポリエチレングルリコールをグラフトした塩化ビニールは1度、寒天とゼラチンは作製条件によって正確な値は出なかったが、いずれも5度以下であった。本発明では術後一定期間細胞の付着を阻止させるため、ガラス面よりも接触角が小さい親水的な表面である事が好ましい。すなわち、7度以下の接触角を持つ接親水性素材が好ましいことが判明した。
【0051】
[実施例4]
実施例1で示した方法に準じ、市販の濡れティッシュを洗浄し乾燥させた。濡れティッシュには極めて細いレーヨン繊維が含まれており、強度を維持させるためにポリエステル繊維やポリプロピレン線維が絡まされており、親水性も疎水性もあり、丈夫である。サイズはA4より僅かに小さい程度であった。乾燥した濡れティッシュ基材を3%ポリビニールアルコール液に浸し、風乾した。なおポリビニールアルコールはけん化率98%、重合度1000を選択した。次に、風乾したポリビニールアルコールが浸み込んだ濡れティッシュ基材をホルマリン蒸気に晒すことでポリビニールアルコールを不溶化し、その後、流水中で十分に洗浄し、風乾させて、本発明の癒着阻止材の生体内非吸収性材の膜とした。この膜の表面の水に対する接触角を協和界面科学株式会社製の接触角計DMo-501にて測定したところ、2度であった。この膜をA膜と呼ぶ。
【0052】
作製したA膜の片端あたりに、ニチノール合金で作製した線径0.4mmの鋼線を縫着し、該膜を広げる様に工夫した。A膜の四隅の一つからニチノール合金鋼線を引き出し、この部に外径8mm、長さ5cmのシリコーンチューブをおいてA膜とニチノール合金鋼線とを固定して把持部とした、このようにして作製した試作癒着阻止材Iを低温EOG滅菌した。
【0053】
成犬を全身麻酔下に腹部正中切開にて回復し、手術創直下に試作癒着阻止材Iを広げ、把持部は肝臓近くで腹壁筋層を貫通して皮下組織内にその先端を入れて、固定した。そして腹部の手術創を閉じて手術を終了した。
【0054】
手術1週間後に再び実験犬に全身麻酔をかけ、腹部に超音波診断装置で観察すると、癒着防止膜と、ニチノール鋼線が確認できて、レントゲン撮影でも、ニチノール鋼線がリング状に見えて、膜が広がっている事を確認した。そこで触診にて把持部を確認し、その部に約2cmの皮膚切開で把持部を摘まみだし、コッヘル鉗子にて把持部を把持し、試作癒着阻止材Iを引き出した。その抜去は容易であり、試作癒着阻止材Iには膜の破れや破損は見られず、完全に膜を体外に引き出し他事が確認された。そして3週間後に再び実験犬に全身麻酔をかけ、腹部に超音波診断装置で観察し、腹腔内の腸管の動き、呼吸性移動から、癒着がないこと確認した。そこでさらなる確認のために、正中切開にて開腹し、癒着の有無を確認したところ、手術創部への腸管および大網組織の癒着は完全に阻止できていた。
【0055】
[実施例5]
作製した試作癒着阻止材Iを全身麻酔下に実験犬の左胸腔内に挿入する実験を行った。具体的な手術方法としては、動物を側臥位にして、左第7肋間を開き、手術創直下に作製した癒着阻止材Iを広げ、把持部は第4肋間近くで胸壁筋層を貫通して皮下組織内にその先端を入れて、固定した。そして胸部の手術創を閉じて手術を終了した。
【0056】
術後1週間に腹部で実施したと同様のレントゲン検査、超音波検査を行い、試作癒着阻止材Iが胸腔内で広がりを維持していることを確認した。そして実験犬の第4肋間近くの皮膚を触診にて把持部を確認し、その部位に2cmの皮膚を切って把持部を露出し、先端を把持して試作癒着阻止材Iを引き出した。膜は破損することなく、容易に引き出すことが可能であった。そして手術3週間後に再び全身麻酔下で胸部の超音波診断装置を用いて、肺の呼吸性移動を観察したところ、肺と壁側胸膜との間の癒着はないことが確認された。そこで第8肋間を開いて胸腔内を目視したところ、肺と壁側胸膜の間には、癒着が確認されなかった。
【0057】
[実施例6]
作製した試作癒着阻止材Iにグリセリンを浸み込ませた後に低温EOG滅菌を行った。膜のサイズは10cm角とした。また把持部のシリコーンチューブの長さは15cmとした。この膜を試作癒着阻止材IIと呼ぶ。この膜の水に対する接触角は1度であった。
【0058】
実験犬を全身麻酔下に左胸の第7肋間にて開胸し、続いて心膜を切開して心臓を露出した。そして作製した試作癒着阻止材IIを心臓表面に直接触れる様にして置き、心膜の切開創を閉じ、把持部のシリコーンチューブは横隔膜を貫通させて腹壁部の皮下組織内に固定した。
【0059】
術後1週間に腹部でも胸部部でも実施したと同様のレントゲン検査、超音波検査を行い、試作癒着阻止材IIが心臓周囲で広がりを維持していることを確認した。そして実験犬の腹壁の皮膚を触診にて把持部を確認し、その部位に2cmの皮膚を切って把持部を露出し、先端を把持して試作癒着阻止材IIを引き出した。膜は破損することなく、容易に引き出すことが可能であった。そして手術3週間後に再び全身麻酔下で第7肋間を開いて胸腔内を目視したところ、心膜と心臓との間には、癒着が存在しなかった。
【0060】
[実施例7]
実施例3では濡れティッシュを基材に用いたが、本実施例で疎水性膜を用いて本発明の効果を検証した。具体的には、ニチアス株式会社製のナフロン膜、厚み0.05mmを使用した。この膜の表面の水に対する接触角を協和界面科学株式会社製の接触角計DMo-501にて測定したところ、95度であった。すなわち、極めて疎水的な基材を用いての癒着阻止材である。この膜をB膜と呼ぶ。
【0061】
作製したB膜の片端あたりに、線径0.25mmのピアノ線を縫着し、該膜を広げる様に工夫した。次にB膜の四隅の一つからピアノ線を引き出し、この部に外径8mm、長さ5cmのシリコーンチューブをおいてB膜ピアノ線を固定して把持部とした、このようにして作製した試作品を試作癒着阻止材IIIとして、これをオートクレーブ滅菌した。
【0062】
実施例3で示したと同様の手術手技で、試作癒着阻止材IIIを用いて成犬の腹部の腹腔内にて、癒着阻止効果を確認したところ、実施例3と同じ成果が得られた。その結果、試作癒着阻止材IIIでも本発明では癒着阻止が可能であることが明らかとなった。
【0063】
[比較例2]
作製したA膜を、実施例1と同様の方法で、成犬の腹腔内に挿入した、膜は腸の上に置くだけであった。把持部がないため、引き出すことができない状態であった。術後3週間経過して実験犬を全身麻酔下に開腹したところ、膜は骨盤腔内に固まっており、広がっていなかった。また腹腔内は、腸管の癒着は見られなかったが大網組織が手術創にべったりと癒着していた。この結果、把持部がなければ、膜を引き出すことができないのみならず、膜の腹腔内での固定にも問題があり、膜が腹腔内で下方に移動してしまうことが判った。また膜を広げるための形状記憶合金鋼線等を使用していないので、膜が縮まっており、手術創部を覆い切れないような状態となっている事が判明した。
【0064】
[比較例3]
成犬を全身麻酔下に左第7肋間で開胸し、そして手術創を閉じた。3週間後に全身麻酔をかけて再び第7肋間で胸を開こうとするも、創部に肺がべったりと癒着しており、開くことができなかった。そこで第9肋間にて開胸し、第7肋間部を観察したところ、手術創に一致して肺組織がべったりと癒着している事が判った。この結果、癒着阻止材を使用しなければ、肺組織は極めて癒着しやすいことが判り、開胸手術には癒着阻止材が必須であることが判明した。
【0065】
[比較例4]
成犬を全身麻酔下に左第7肋間で開胸し、更に心膜を開いて心臓を露出した。次に心膜を閉じ、更に胸壁の手術創を閉じた。3週間後に全身麻酔をかけて再び第7肋間で胸を開こうとするも、比較例と同様に創部に肺がべったりと癒着しており、開くことができなかった。そこで第9肋間にて開胸し、第7肋間部を観察したところ、手術創に一致して肺組織がべったりと癒着している事が判った。そこで更に心膜を開いてみると、心膜が心臓表面にべったりと癒着していた。この結果、癒着阻止材を使用しなければ、肺組織も心臓表面も極めて癒着しやすいことが判り、開胸手術と心臓手術には癒着阻止材が必須であることが判明した。
【0066】
[実施例8]
実施例3で作製したA膜にグリセリンを浸み込ませ、長さ5cm、幅1cmの膜片とし、膜の片方にe-PTFE縫合糸を用いて把持部を作製した。この膜表面の水に対する接触角は1度であった。これを試作癒着阻止材IVとする。
【0067】
鶏を全身麻酔し、右脚の後方を長さ6cmにわたって開き、脚の中央部を通る腱を露出した。次に、その腱の周りに作製した試作癒着阻止材IVを巻きつけ、e-PTFE縫合糸を用いて作製した把持部を手術創の端から皮膚の外に引き出して固定した。
【0068】
術後の鶏の脚の具合、特に足の指の広がり方を見ていると、術直後及び翌日にはびっこを引いていたが、それ以降は特に異常は認められなかった。そこで術後7日目にe-PTFE縫合糸を用いて作製した把持部を手繰って腱のあるところまで、約5mmの孔をあけ、そこからe-PTFE縫合糸を用いて作製した把持部を引いて、試作癒着阻止材IVを引きだした。
【0069】
術後3週間まで鶏の脚の動き、特に足の指の広がり方を観察したところ、左右とも指の広がりに変わりはなく、全く異常は見られなかった。そこで鶏を再び全身麻酔をかけて脚の腱の部分を開いてみたところ、腱周囲には癒着が存在しなかった。
【0070】
[比較例5]
鶏を実施例8と同様に全身麻酔し、脚の後方を長さ6cmにわたって開き、脚の中央部を通る腱を露出した。次に、その腱の周りに作製した試作癒着阻止材IVを巻きつけた。この時e-PTFE縫合糸を用いて作製した把持部を取り除き、把持部なしの癒着阻止材を植えこむことにした。
【0071】
術後の鶏の脚の具合、特に足の指の広がり方を見ていると、術直後及び翌日にはびっこを引いていたが、それ以降は特に異常は認められなかった。そこで更に長期間観察していると、術後3週間経過したところで指の広がりが悪くなり、手術をしていない左脚の指は広げて歩くが、右脚の指は十分に広がらず、鶏は僅かにびっこを引くようになった。
【0072】
そこで5週間経過後に鶏を再び全身麻酔をかけて脚の腱の部分を開いてみたところ、腱周囲には癒着阻止膜が絡まり、その周囲には結合組織が覆ってカプセル形成が見られ、このカプセル組織が癒着組織となって、腱の動きを制限していた。この結果、作製した試作癒着阻止材IVは癒着を一時的に阻止していたが、長期間放置していると周囲にカプセル組織が形成され、カプセル組織による癒着が生じる事が判明した。その結果、生体内で吸収されない癒着阻止膜には手術後一定期間経過すれば取り出す必要があり、引き出すためには把持部が必要であることが判明した。
【0073】
[比較例6]
鶏を実施例8と同様に全身麻酔し、脚の後方を長さ6cmにわたって開き、脚の中央部を通る腱を露出した。次に、その腱には触れずに、手術創を閉鎖した。すなわち、癒着阻止材は使用しなかった。
【0074】
術後の鶏の脚の具合、特に足の指の広がり方を見ていると、指が充分に広がらず術直後及び翌日にはびっこを引いていたが、それ以降もびっこをひき、改善は見られなかった。そこで更に長期間観察していると、術後3週間経過した頃には指の広がりが悪くなり、手術をしていない左脚の指は広げて歩くが、右脚の指は十分に広がらないままであって、鶏は常にびっこを引くようになった。
【0075】
そこで5週間経過後に鶏を再び全身麻酔をかけて脚の腱の部分を開いてみたところ、腱周囲には癒着阻止膜が形成され、腱の動きを制限していた。この結果、癒着阻止材を使用しなければ腱周囲には癒着が形成されやすく、癒着組織ができてしまうと、腱の動きが制限されることがわかり、腱の手術には癒着阻止のための、何らかの癒着を防ぐ手段、即ち癒着阻止材が必要であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の癒着阻止材を用いれば、様々な組織や部位における術後の癒着を安全かつ確実に阻止することができる。
【符号の説明】
【0077】
1 癒着阻止部
2 ワイヤー
3 把持部
4 癒着阻止部の膜と把持部とを固定する個所
5 皮膚
6 皮下組織
7 筋肉層
8 腸管