(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-17
(45)【発行日】2022-03-28
(54)【発明の名称】渦電流探傷検査方法及び渦電流探傷検査装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/90 20210101AFI20220318BHJP
【FI】
G01N27/90
(21)【出願番号】P 2020068970
(22)【出願日】2020-04-07
【審査請求日】2021-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】591011775
【氏名又は名称】電子磁気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090022
【氏名又は名称】長門 侃二
(72)【発明者】
【氏名】岩田 成弘
(72)【発明者】
【氏名】野口 一彦
(72)【発明者】
【氏名】大内 学
(72)【発明者】
【氏名】青木 勝
【審査官】藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-011588(JP,A)
【文献】実開昭62-075462(JP,U)
【文献】特開昭60-125560(JP,A)
【文献】米国特許第04274054(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象物のきずの有無を判別する際に、単一の検出コイルに誘起される電圧の時間変化を示す、比較見本及び前記検査対象物のそれぞれのリフトオフ信号を比較してリフトオフ補正をする渦電流探傷検査方法であって、
前記比較見本及び前記検査対象物のそれぞれの前記リフトオフ信号を微分処理して微分信号を生成する微分信号生成工程と、
前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれているか否を判定する判定工程と、
前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれている場合に、前記閾値範囲外の成分をブランキングするブランキング信号を生成するブランキング信号生成工程と、
前記リフトオフ信号における前記閾値範囲外の成分に対応する範囲を前記ブランキング信号によってブランキングするブランキング工程と、
ブランキングされた状態又は前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれない状態の前記リフトオフ信号の平均値を算出する平均値算出工程と、
前記比較見本及び前記検査対象物のそれぞれに係る前記平均値を比較して前記リフトオフ補正をするリフトオフ補正工程と、を有する渦電流探傷検査方法。
【請求項2】
前記閾値範囲は前記比較見本及び前記検査対象物の表面におけるきずの種類、長さ、幅、及び深さのうちの少なくとも一つに応じて設定される請求項1に記載の渦電流探傷検査方法。
【請求項3】
前記ブランキング信号は、前記微分信号のプラス側において前記閾値範囲外の成分、及び前記微分信号のマイナス側において前記閾値範囲外の成分をブランキングするように幅及び数量が設定される請求項1又は2に記載の渦電流探傷検査方法。
【請求項4】
検査対象物の表面及び内部に渦電流を発生させる励磁部、及び前記渦電流の変化によって生ずる反作用磁束の変化を検出する検出部を備える探傷プローブと、
前記検出部において誘起される電圧の時間変化を示すリフトオフ信号、及び事前に測定された比較見本のリフトオフ信号を比較してリフトオフ補正をする制御部と、を有し、
前記制御部は、前記比較見本及び前記検査対象物のそれぞれの前記リフトオフ信号を微分処理して微分信号を生成し、前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれている場合に、前記リフトオフ信号における前記閾値範囲外の成分に対応する範囲をブランキングし、ブランキングされた状態又は前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれない状態の前記リフトオフ信号の平均値を算出し、前記比較見本及び前記検査対象物のそれぞれに係る前記平均値を比較してリフトオフ補正をする渦電流探傷検査装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、探傷プローブを用いた渦電流探傷検査方法及び渦電流探傷検査装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材等の導体の表面(検査面)に生じた微小なきず等の欠陥を判別する方法として、渦電流を利用した渦電流探傷方式が、従来から知られている。当該渦電流探傷方式は、鋼材等の検査対象物に対して交流磁界を印加した際に、電磁誘導作用による当該検査対象物の表面に生じる渦電流がきずの有無によって変化することを利用し、渦電流の大きさやその変化からきずの有無を判別する方式である。
【0003】
当該渦電流探傷方式には、励磁コイル(送信コイル)、及び一対の検出コイル(受信コイル)を備える探傷プローブが使用される。このような探傷プローブを備える渦電流探傷検査装置においては、励磁コイルに流れる交流電流によって発生する磁束により検査対象物の表面及び表面近傍に渦電流を発生させ、当該検査対象物の表面のきずによる渦電流の変化によって生ずる反作用磁束の変化を検出コイルで検出して当該表面のきずの有無が判別される。例えば、表面にきずが在る検査対象物においては、当該きずを迂回するように渦電流の流れが変化するので、それによって渦電流により発生する反作用磁束にも変化が生ずる。当該反作用磁束の変化によって検出コイルに誘起される電圧も変化するため、当該検出コイルに誘起される電圧が変化することになり、当該電圧変化から検査対象物の表面のきずの有無を判別することができる。このような渦電流探傷検査装置は、例えば、特許文献1に開示されている。
【0004】
渦電流探傷方式による検査を行う際には、検査対象物を固定して探傷プローブを移動させて検査する場合と、探傷プローブを固定して検査対象物を移動させて検査する場合がある。特に、検査対象物を移動させる方法としては、検査対象物を搬送機によって搬送する方法、又は検査対象物を保持装置(チャック機構)によって保持して回転させる方法がある。
【0005】
また、渦電流探傷検査装置においては、検査中における探傷プローブと検査対象物との距離(リフトオフ)が変動することがあり、その影響による検査精度の低下が問題であった。当該問題を解決するために、リフトオフの変動に伴う測定信号の変化に対する補正が行われている。特許文献2には、当該リフトオフ補正の一例が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2003-66009号公報
【文献】特開2013-224864号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、検査対象物にきずがある場合には、当該きずの影響によってリフトオフ補正の精度が低下し、検査対象物のきずの有無の判別を正確に行うことができなくなる。
【0008】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、探傷プローブと、きずの存在する検査対象物とのリフトオフが変動する場合であっても、きずの影響を受けない、且つリアルタイムでのリフトオフ補正を実現し、検査対象物の表面上のきずを高精度に判別することができる渦電流探傷検査方法及び渦電流探傷検査装置を提供することになる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した目的を達成するため、本発明の渦電流探傷検査方法は、検査対象物のきずの有無を判別する際に、単一の検出コイルに誘起される電圧の時間変化を示す、比較見本及び前記検査対象物のそれぞれのリフトオフ信号を比較してリフトオフ補正をする渦電流探傷検査方法であって、前記比較見本及び前記検査対象物のそれぞれの前記リフトオフ信号を微分処理して微分信号を生成する微分信号生成工程と、前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれているか否を判定する判定工程と、前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれている場合に、前記閾値範囲外の成分をブランキングするブランキング信号を生成するブランキング信号生成工程と、前記リフトオフ信号における前記閾値範囲外の成分に対応する範囲を前記ブランキング信号によってブランキングするブランキング工程と、ブランキングされた状態又は前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれない状態の前記リフトオフ信号の平均値を算出する平均値算出工程と、前記比較見本及び前記検査対象物のそれぞれに係る前記平均値を比較して前記リフトオフ補正をするリフトオフ補正工程と、を有する。
【0010】
また、本発明の渦電流探傷検査方法において、前記閾値範囲は前記比較見本及び前記検査対象物表面のきずの種類、長さ、幅、及び深さのうちの少なくとも一つに応じて設定されてもよい。
【0011】
更に、本発明の渦電流探傷検査方法において、前記ブランキング信号は、前記微分信号のプラス側において前記閾値範囲外の成分、及び前記微分信号のマイナス側において前記閾値範囲外の成分をブランキングするように幅及び数量が設定されてもよい。
【0012】
そして、上述した目的を達成するため、本発明の渦電流探傷検査装置は、検査対象物の表面及び内部に渦電流を発生させる励磁部、及び前記渦電流の変化によって生ずる反作用磁束の変化を検出する検出部を備える探傷プローブと、前記検出部において誘起される電圧の時間変化を示すリフトオフ信号、及び事前に測定された比較見本のリフトオフ信号を比較してリフトオフ補正をする制御部と、を有し、前記制御部は、前記比較見本及び前記検査対象物のそれぞれの前記リフトオフ信号を微分処理して微分信号を生成し、前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれている場合に、前記リフトオフ信号における前記閾値範囲外の成分に対応する範囲をブランキングし、ブランキングされた状態又は前記微分信号に閾値範囲外の成分が含まれない状態の前記リフトオフ信号の平均値を算出し、前記比較見本及び前記検査対象物のそれぞれに係る前記平均値を比較してリフトオフ補正をする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る渦電流探傷検査方法及び渦電流探傷検査装置によれば、探傷プローブに対して検査対象物を変位させる場合であっても、検査対象物の表面上のきずをリアルタイムで高精度に判別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例に係る渦電流探傷検査装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】実施例に係る渦電流探傷検査装置の使用状態を示す正面図である。
【
図3】実施例に係る渦電流探傷検査装置の使用状態を示す側面図である。
【
図4】実施例に係る渦電流探傷検査方法におけるリフトオフ信号処理のフロー図である。
【
図5】実施例に係る渦電流探傷検査方法におけるリフトオフ信号処理の概念図である。
【
図6】実施例に係る渦電流探傷検査方法におけるリフトオフ信号処理の概念図である。
【
図7】実施例に係る渦電流探傷検査方法におけるリフトオフ補正の概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照し、本発明による渦電流探傷検査方法及び渦電流探傷検査装置の実施の形態について、実施例に基づき詳細に説明する。なお、本発明は以下に説明する内容に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において任意に変更して実施することが可能である。また、実施例の説明に用いる図面は、いずれも本発明による渦電流探傷検査装置及びその構成部材を模式的に示すものであって、理解を深めるべく部分的な強調、拡大、縮小、又は省略等を行っており、各構成部材の縮尺や形状等を正確に表すものとはなっていない場合がある。更に、実施例で用いる様々な数値は、いずれも一例を示すものであり、必要に応じて様々に変更することが可能である。
【0016】
<実施例>
先ず、
図1を参照しつつ、本実施例に係る渦電流探傷検査装置の構成について、詳細に説明する。ここで、
図1は、実施例に係る渦電流探傷検査装置の構成を示すブロック図である。
【0017】
図1に示すように、本実施例に係る渦電流探傷検査装置10は、探傷プローブ11、及び渦電流探傷器12を有している。また、渦電流探傷検査装置10は、検査する製品を回転させる回転機構(図示せず)、又は当該製品を平面上に移動させる搬送機構(図示せず)を備えていてもよい。更に、渦電流探傷検査装置10は、探傷プローブ11による検出結果を表示するディスプレイ等の表示部(図示せず)を備えていてもよく、検出結果を出力するための出力部(図示せず)を備えていてもよい。ここで、上記探傷プローブ11、及び渦電流探傷器12について説明する。
【0018】
探傷プローブ11は、検査対象物又は比較見本の表面及び内部に渦電流を発生させる励磁部として機能する励磁コイル11a、並びに渦電流の変化によって生ずる反作用磁束の変化を検出する検出部として機能する第1検出コイル11b及び第2検出コイル11cを備えている。すなわち、励磁コイル11aは、励磁電流による磁束を発生させ、それによって検査対象物又は比較見本に渦電流を発生させるための円環状のコイルである。第1検出コイル11b及び第2検出コイル11cは、検査対象物又は比較見本に流れる渦電流によって発生する反作用磁束を検出するための円環状のコイルである。なお、励磁コイル11a、第1検出コイル11b、及び第2検出コイル11cは、探傷プローブ11を構成する筐体部(図示せず)に取り付けられている。
【0019】
ここで、検査対象物とは、きずの有無を実際に調査するサンプルのことである。一方、比較見本とは、検査対象物のきずの有無を高精度に調査するために、人工的にきずが形成され、検査対象物の調査の事前調査の対象となるサンプルのことである。すなわち、比較見本とは、検査対象物の調査の補正に用いられる補正データ(補正テーブル)を事前取得するためのサンプルである。
【0020】
このような構成から、本実施例に係る探傷プローブ11の型式は、2つの検出コイルの差動成分から検査対象物のきずの有無を調査するディファレンシャル型となる。また、励磁部として機能する励磁コイル11aと、検出部として機能する第1検出コイル11b及び第2検出コイル11cが独立しているため、本実施例に係る探傷プローブ11の型式は相互誘導型でもある。
【0021】
渦電流探傷器12は、発振器13、差動増幅器14、及び制御部15を有している。発振器13は、励磁コイル11aに所望の電圧及び周波数の交流電力を供給する。例えば、発振器13は、励磁コイル11aに正弦波交流波形を有する交流電力を供給する。
【0022】
差動増幅器14は、2つの入力電圧の差分を増幅する。例えば、差動増幅器14は、第1検出コイル11bに誘起される電圧と、第2検出コイル11cに誘起される電圧とを入力する。差動増幅器14は、当該第1検出コイル11bに誘起される電圧と、当該第2検出コイル11cに誘起される電圧との差分を算出し、当該差分を示す差動電圧の時間変化のデータ(以下において、差動電圧データと称する)を生成する。ここで、差動増幅器14は、検査対象物に係る差動電圧データを、検査対象物のきずの有無を調査するためのデータとして、演算部24に送信する。
【0023】
ここで、第1検出コイル11bに誘起される電圧の時間変化のデータは、探傷プローブ11と、検査対象物又は比較見本との距離(リフトオフ)に関するデータを示すリフトオフ信号としても扱われることになる。一方、第2検出コイル11cに誘起される電圧の時間変化のデータは、両検出コイルの誘起電圧の差分を算出するために使用され、リフトオフ信号としては扱われない。
【0024】
制御部15は、ハードウェア資源として、所定のプロセッサ(例えば、CPU(Central Processing Unit)及びMPU(Micro Processing Unit))を有する。制御部15は、第1検出コイル11bに誘起される電圧、及び第2検出コイル11cに誘起される電圧を利用して、検査対象物の表面に所定以上の大きさとなるきずがあるか否かを判定する。また、制御部15は、きずの有無の判別精度を向上させるために、第1検出コイル11bから供給されるリフトオフ信号を利用して、リフトオフ補正も行う。具体的な構成として、制御部15は、リフトオフ信号処理部21、リフトオフテーブル22、差動電圧ピークテーブル23、及び演算部24を備えている。
【0025】
リフトオフ信号処理部21は、第1検出コイル11bから供給されるリフトオフ信号(すなわち、第1検出コイル11bに誘起される電圧の時間変化のデータ)について、後述する所望の処理を施し、処理後のデータをリフトオフテーブル22に記憶し、或いは演算部24に送信する。具体的に、リフトオフ信号処理部21は、比較見本のリフトオフ信号の処理データをリフトオフテーブル22に記憶し、検査対象物のリフトオフ信号の処理データを演算部24に送信する。
【0026】
リフトオフテーブル22は、一般的な記憶装置に形成されたテーブルであって、比較見本に係るリフトオフ信号の処理データ(以下において、リフトオフデータとも称する)が記憶されている。特に、本実施例においては、比較見本と探傷プローブ11との距離であるリフトオフを複数段階(例えば、5段階)に調整し、各リフトオフにおける電圧データが記憶されている。
【0027】
差動電圧ピークテーブル23は、一般的な記憶装置に形成されたテーブルであって、比較見本に係る上記ピーク値が記憶されている。特に、本実施例においては、比較見本と探傷プローブ11との距離であるリフトオフを複数段階(例えば、5段階)に調整し、各リフトオフにおけるピーク値が記憶されている。
【0028】
演算部24は、検査対象物及び比較見本のリフトオフ信号を利用して、検査対象物に係る差動電圧データのリフトオフによる変動ノイズを除去し、所望のリフトオフにおけるデータに補正するとともに、検査対象物に係るピーク値を当該所望のリフトオフにおける値に補正し、リフトオフ補正を実行する。なお、当該リフトオフ補正の詳細につては、後述する。また、演算部24は、差動増幅器14で生成した差動電圧データからピーク値を算出し、算出したピーク値を差動電圧ピークテーブル23に記憶する。具体的に、演算部24は、比較見本に係るピーク値を差動電圧ピークテーブル23に記憶する。
【0029】
次に、
図1乃至
図7を参照しつつ、本実施例の特徴となるリフトオフ信号処理部21の処理内容及びその後のリフトオフ補正について説明する。ここで、
図2は、本実施例に係る渦電流探傷検査装置10の使用状態を示す正面図であり、
図3は、本実施例に係る渦電流探傷検査装置10の使用状態を示す側面図である。また、
図4は、本施例に係る渦電流探傷検査方法におけるリフトオフ信号処理のフロー図である。更に、
図5及び
図6は、本実施例に係る渦電流探傷検査方法におけるリフトオフ信号処理の概念図である。そして、
図7は、本実施例に係る渦電流探傷検査方法におけるリフトオフ補正の概念図である。
【0030】
本実施例においては、
図2及び
図3からわかるように、きずVを表面に有する検査対象物Wをチャック機構である保持装置31によって保持しつつ回転させつつ、探傷プローブ11によってきずVを判別する場合を想定する。このように、検査対象物Wを保持装置31によって保持する際に、保持が不完全であったり、検査対象物Wと保持装置31との間に異物が挟まっている場合には偏芯が生じることになり、検査対象物Wのリフトオフ信号及び差動電圧データに偏芯に起因するノイズ成分が含まれる。具体的に、偏芯に起因するノイズ成分は、正弦波として現れる。このような正弦波として現れるノイズ成分を除去するため準備として、以下の事前処理である補正テーブルの作成が行われる。
【0031】
上述したように、検査対象物Wの検査を行う前には、所望のリフトオフに調整した状態において比較見本に関するリフトオフデータ、差動電圧データ、差動電圧のピーク値の取得が行われるため、以下に当該比較見本に関するデータ測定を説明する。
【0032】
先ず、リフトオフ信号処理部21によるリフトオフ信号処理フローの前提として、比較見本を保持装置31で保持し、比較見本と探傷プローブ11との距離を一定に保ちつつ比較見本を回転させる。そして、励磁コイル11aに交流電力を供給することにより、第1検出コイル11bに電圧が誘起され、当該電圧の時間変化であるリフトオフ信号がリフトオフ信号処理部21に供給される。すなわち、比較見本に関するリフトオフ信号がリフトオフ信号処理部21において受信されることになる(
図4:ステップS11、
図5(a))。
【0033】
ここで、比較見本に関しては、保持装置31によって正確な保持がなされているため、偏芯が生じておらず、リフトオフ信号は全体的に平坦な信号となっている。一方、比較見本には人工的なきずが形成されているため、
図5(a)に示されるリフトオフ信号には、当該きずに伴う電圧変動(きず成分)が現れている。特に、
図5(a)は、単一の検出コイル(すなわち、第1検出コイル11b)における電圧変動を示すため、きず成分はグラフの縦軸のプラス方向のみに電圧変動が生じている。
【0034】
次に、比較見本に関するリフトオフ信号がリフトオフ信号処理部21において受信されると、リフトオフ信号処理部21は、当該リフトオフ信号を微分処理して微分信号を生成する(
図4:ステップS12、
図5(b))。すなわち、微分信号生成工程が行われる。特に、本実施例においては、当該リフトオフ信号を時間で微分することにより、
図5(b)に示すような電圧変動の大きい成分(すなわち、きず成分)が抽出されることになる。
【0035】
次に、リフトオフ信号処理部21は、生成した微分信号中に、閾値範囲外の成分が含まれているか否かを判定する(
図4:ステップS13、判定工程)。ここで、閾値範囲は、所定の大きさのきずよりも大きいきずの電圧変化を抽出できるように設定されている。なお、本実施例においては、比較見本のきずに伴う電圧変化は抽出できるように、閾値範囲が設定されているが、後述するブランキング信号によって除去すべききず成分として現れるきずの深さに応じて閾値範囲を適宜調整することができる。
【0036】
次に、リフトオフ信号処理部21は、生成した微分信号中に閾値範囲外の成分が含まれている場合(
図4:ステップS13のYes)、閾値範囲外の成分をブランキングするブランキング信号を生成する(
図4:ステップS14、
図5(c))。すなわち、ブランキング信号生成工程が行われる。
【0037】
次に、リフトオフ信号処理部21は、リフトオフ信号における閾値範囲外の成分に対応する範囲(すなわち、
図5(a)におけるきず成分の周辺範囲)をブランキング信号によってブランキングする(
図4:ステップS15、
図5(d))。すなわち、リフトオフ信号のきず成分を除去するブランキング工程が行われる。ブランキング信号の範囲については、きずの長さ、周期等に応じて適宜調整することができる。
【0038】
次に、リフトオフ信号処理部21は、ブランキングされた状態(
図5(d)の状態)のリフトオフ信号の平均値を算出する。また、リフトオフ信号処理部21は、ステップS13において微分信号に閾値範囲外の成分が含まれないと判断した場合には、微分信号に閾値範囲外の成分が含まれない状態(すなわち、きず成分を含ない)リフトオフ信号の平均値を算出する。すなわち、リフトオフ信号の平均値を算出する平均値算出工程が行われる(ステップS16)。
【0039】
なお、本実施例においては、
図5(d)に示すように、ブランキングされた状態のリフトオフ信号は一定の電圧値となる信号であるため、当該電圧値が平均値となる。そして、リフトオフ信号処理部21は、算出した比較見本に関する当該平均値をリフトオフテーブル22に記憶する。
【0040】
一方、差動増幅器14は、上述したように、比較見本に関する電圧の差分を算出し、第1検出コイル11bに誘起される電圧と第2検出コイル11cに誘起される電圧との差分である差動電圧データを生成する。また、演算部24は、差動増幅器14で生成した差動電圧データからピーク値を算出し、算出したピーク値を差動電圧ピークテーブル23に記憶する。
【0041】
そして、上述した一連の工程を他のリフトオフにおいても実施し、リフトオフの異なる比較見本に関する平均値、及びピーク値を算出して、リフトオフテーブル22及び差動電圧ピークテーブル23に記憶する。これにより、リフトオフ補正に必要となる補正テーブル(リフトオフテーブル22及び差動電圧ピークテーブル23)が完成することになる。当該補正テーブルが完成している状態において、以下に説明するような検査対象物Wの検査が開始されることになる。
【0042】
先ず、リフトオフ信号処理部21によるリフトオフ信号処理フローの前提として、検査対象物Wを保持装置31で保持し、検査対象物Wを回転させる。そして、励磁コイル11aに交流電力を供給することにより、第1検出コイル11bに電圧が誘起され、当該電圧の時間変化であるリフトオフ信号がリフトオフ信号処理部21に供給される。すなわち、検査対象物Wに関するリフトオフ信号がリフトオフ信号処理部21において受信されることになる(
図4:ステップS11、
図6(a))。ここで、検査対象物Wに関しては、保持装置31による保持が不十分であったとして偏芯が発生し、リフトオフ信号は全体的に正弦波となっている。一方、検査対象物WにはきずVが存在するため、
図6(a)に示されるリフトオフ信号には、当該きずに伴う電圧変動(きず成分)が現れている。特に、
図6(a)は、単一の検出コイル(すなわち、第1検出コイル11b)における電圧変動を示すため、きず成分はグラフの縦軸のプラス方向のみに電圧変動が生じている。
【0043】
次に、検査対象物Wに関するリフトオフ信号がリフトオフ信号処理部21において受信されると、リフトオフ信号処理部21は、当該リフトオフ信号を微分処理して微分信号を生成する(
図4:ステップS12、
図6(b))。すなわち、微分信号生成工程が行われる。特に、本実施例においては、当該リフトオフ信号を時間で微分することにより、
図6(b)に示すような電圧変動の大きい成分(すなわち、きず成分)が抽出されることになる。
【0044】
次に、リフトオフ信号処理部21は、生成した微分信号中に、閾値範囲外の成分が含まれているか否かを判定する(
図4:ステップS13、判定工程)。ここで、閾値範囲は、上述したように、所定の大きさのきずよりも大きいきずの電圧変化を抽出できるように設定されている。なお、比較見本の場合と同様に、ブランキング信号によって除去すべききず成分として現れるきずの深さに応じて閾値範囲を適宜調整することができる。
【0045】
次に、リフトオフ信号処理部21は、生成した微分信号中に閾値範囲外の成分が含まれている場合(
図4:ステップS13のYes)、閾値範囲外の成分をブランキングするブランキング信号を生成する(
図4:ステップS14、
図6(c))。すなわち、ブランキング信号生成工程が行われる。
【0046】
次に、リフトオフ信号処理部21は、リフトオフ信号における閾値範囲外の成分に対応する範囲(すなわち、
図6(a)におけるきず成分の周辺範囲)をブランキング信号によってブランキングする(
図4:ステップS15、
図6(d))。すなわち、リフトオフ信号のきず成分を除去するブランキング工程が行われる。特に、本実施例においては、
図6(a)におけるきず成分の周辺が平坦化され、きずの信号が除去されていることになる。
【0047】
次に、リフトオフ信号処理部21は、ブランキングされた状態(
図6(d)の状態)のリフトオフ信号の平均値を算出する。また、リフトオフ信号処理部21は、ステップS13において微分信号に閾値範囲外の成分が含まれないと判断した場合には、微分信号に閾値範囲外の成分が含まれない状態(すなわち、きず成分を含ない)リフトオフ信号の平均値を算出する。すなわち、リフトオフ信号の平均値を算出する平均値算出工程が行われる(
図4:ステップS16)。なお、本実施例においては、
図6(d)に示すように、ブランキングされた状態のリフトオフ信号は正弦波と概ね同一の信号であるため、時間t=0近傍の電圧値が平均値となる。そして、当該平均値は、演算部24に送信されることになる。
【0048】
一方、差動増幅器14は、上述したように、検査対象物Wに関する電圧の差分を算出し、第1検出コイル11bに誘起される電圧と第2検出コイル11cに誘起される電圧との差分である差動電圧データを生成する。差動増幅器14は、当該差動電圧データを演算部24に送信する。本実施例においては、
図7(a)に示すような偏芯の成分を含む正弦波であって、きずVの電圧変動が
図6(a)のきず成分の位置と対応する位置に現れている。なお、
図7(a)は、差動電圧データであるため、
図6(a)とは異なり、グラフの縦軸のプラス方向及びマイナス方向に電圧変動が生じている。
【0049】
そして、演算部24は、検査対象物Wに関する差動電圧データからピーク値を算出し、当該差動電圧データ及びピーク値を差動電圧ピークテーブル23に記憶する。
【0050】
検査対象物Wに関する測定データを受信した演算部24は、リフトオフ信号処理部21から受信する検査対象物に係る平均値と、リフトオフテーブル22に記憶されている比較見本の平均値とを比較し、検査対象物Wに係る差動電圧の時間変化のデータを所望のリフトオフに対応させた信号にリフトオフ補正をする。すなわち、演算部24は、検査対象物Wに係る平均値と、リフトオフテーブル22に記憶されている比較見本の平均値との比較によって得られる所望の倍率により、検査対象物Wに係る差動電圧の時間変化のデータを補正し、
図7(b)に示すように、検査対象物Wに係る差動電圧データの偏芯成分を除去する。
【0051】
また、演算部24は、差動電圧ピークテーブル23に記憶された比較見本に係るピーク値と、検査対象物Wに係るピーク値との比較結果から得られる相関関係と、リフトオフテーブル22に記憶されている比較見本のリフトオフデータとの比較によって得られる所望の倍率とによって、検査対象物Wに係るピーク値を所望のリフトオフに対応した値に補正する。すなわち、
図7(a)におけるピーク値を、上記した所望のリフトオフに対応するように補正することになる。
【0052】
以上のように、演算部24は、検査対象物W及び比較見本のリフトオフ信号を利用して、検査対象物Wに係る差動電圧データの偏芯成分に係るノイズを除去し、所望のリフトオフにおけるデータに補正するとともに、検査対象物Wに係るピーク値を当該所望のリフトオフにおける値に補正し、リフトオフ補正を完了している(リフトオフ補正工程)。
【0053】
その後、演算部24は、リフトオフ補正が完了した状態の差動電圧データ中に、閾値を超える電圧値が存在するか否かを判定する。これにより、検査対象物WのきずVが不良品となるきずであるか否かを判定することになる。なお、当該閾値は、検査対象物Wのきずの種類、検査対象物Wに要求される品質等に応じて、適宜変更することができる。
【0054】
以上のように、本実施例に係る渦電流探傷検査方法及び渦電流探傷検査装置10においては、補正テーブルの一部であるリフトオフテーブル22のデータである電圧の平均値を算出する際に、閾値範囲外のきず等のノイズ成分をブランキング信号によってリフトオフ信号から除去するため、電圧の平均値を算出する際に当該ノイズ成分の影響がなくなり、より高精度なリフトオフテーブルの作成をすることができる。また、リフトオフテーブル22のデータと比較される検査対象物Wに係る平均値を算出する際にも、閾値範囲外のきず等のノイズ成分をブランキング信号によってリフトオフ信号から除去するため、電圧の平均値を算出する際に当該ノイズ成分の影響がなくなり、リフトオフテーブル22との比較をより高精度に行うことができる。これらのことから、リフトオフ補正の精度を向上させることができ、探傷プローブ11に対して検査対象物Wを変位させる場合であっても、検査対象物Wの表面上のきずを高精度に判別することが可能になる。
【0055】
なお、上述した実施例においては、各リフトオフ信号に対して1つのブランキング信号を使用してブランキングを行ったが、微分信号のプラス側において閾値範囲外の成分、及び微分信号のマイナス側において閾値範囲外の成分をブランキングするように、ブランキング信号の幅及び数量が適宜調整してもよい。また、ブランキング信号の幅及び数量は、検査対象物W及び比較見本の回転又は搬送速度、探傷プローブ11の移動スピード、並びにきずの幅等の種々の要素によって適宜変更することができる。このようにすることで、電圧の平均値を算出する際に不要成分となる要素をより確実に除去することが可能になる。
【0056】
更に、上述した実施例においては、探傷プローブ11の型式がディファレンシャル型、及び相互誘導型であったが、これに限定されることはない。すなわち、リフトオフ補正をする際に、リフトオフ信号の平均値を使用することができる型式であれば、本願発明を適用することができる。
【0057】
そして、上述した実施例においては、偏芯に起因するノイズを除去することが前提とされていたが、検査対象物Wを搬送機によって搬送する際のガタつきに起因するノイズ、更にその他のリフトオフ変動を除去する場合にも、本願発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0058】
10 渦電流探傷検査装置
11 探傷プローブ
11a 励磁コイル(励磁部)
11b 第1検出コイル(検出部)
11c 第2検出コイル(検出部)
12 渦電流探傷器
13 発振器
14 差動増幅器
15 制御部
21 リフトオフ信号処理部
22 リフトオフテーブル
23 差動電圧ピークテーブル
24 演算部
31 保持装置
V きず
W 検査対象物