(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-22
(45)【発行日】2022-03-30
(54)【発明の名称】硬質被覆層がすぐれた耐溶着性と耐異常損傷性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20220323BHJP
C23C 16/34 20060101ALI20220323BHJP
C23C 16/30 20060101ALI20220323BHJP
C23C 16/36 20060101ALI20220323BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/34
C23C16/30
C23C16/36
(21)【出願番号】P 2018022739
(22)【出願日】2018-02-13
【審査請求日】2020-09-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】村上 晃浩
(72)【発明者】
【氏名】奥出 正樹
(72)【発明者】
【氏名】西田 真
【審査官】中里 翔平
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-166193(JP,A)
【文献】特開平03-267361(JP,A)
【文献】特開2009-148856(JP,A)
【文献】特開2013-139065(JP,A)
【文献】国際公開第2019/065683(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
C23C 16/34
C23C 16/30
C23C 16/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC基超硬合金またはTiCN基サーメットからなる工具基体の表面に、硬質被覆層が形成されてなる表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、前記工具基体の表面側から少なくとも下部層および複合窒化物層を有してなり、
(b)前記下部層は、TiもしくはZrを含み、かつ炭素と窒素を含む化合物層を少なくとも一層有し、その合計平均膜厚が1.0μm以上であり、
(c)前記複合窒化物層は、平均膜厚0.5~20μmのTiとZrの複合窒化物層またはTiとZrとHfの複合窒化物層を含み、
(d)前記複合窒化物層は、平均組成を組成式(Ti
(1-x)Zr
xyHf
x(1-y))Nにて表わした場合、
ZrとHfとの合量のTiとZrとHfとの合量に占める含有割合x、および、ZrのZrとHfとの合量に占める含有割合y(但し、x、yはいずれも原子比)が、それぞれ、0.05≦x≦0.95、および、0<y≦1.0をそれぞれ満足する複合窒化物層であり、
(e)前記複合窒化物層において、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在する岩塩型立方晶結晶格子を有する個々の結晶粒に電子線を照射し、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{112}面の法線がなす傾斜角を0~45度の範囲内で測定し、測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフを作成した場合、前記工具基体の表面の法線に対する傾斜角が0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、前記0~10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の35%以上を占め、
(f)前記複合窒化物層は、縦断面にてアスペクト比2以上の縦長結晶粒が占める面積率が50%以上であることを特徴とする、表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記複合窒化物層は、0.030原子%以下の塩素を含有することを特徴とする、請求項1に記載された表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切刃に対して高負荷が作用する、特に、耐熱鋼の高送り切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を備えることにより、長期の使用に亘り、すぐれた切削性能を有する表面被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、各種の鋼の切削加工においては、炭化タングステン基等の超硬合金基体表面に、下部層として化学蒸着形成されたTiの炭窒化物(TiCN)層等のTi化合物層を有し、上部層として化学蒸着形成された酸化アルミニウム層を有する硬質被覆層が形成された被覆工具が用いられている。
しかしながら、近年、各種鋼の切削加工における高能率化が求められる中、従来の前記被覆工具では、溶着や異常損傷による工具寿命の短命化が問題となっていた。
【0003】
そこで、例えば、特許文献1では、切削工具等において、スパッタリング法あるいはプラズマCVD法を用いて高硬度で耐摩耗性に優れたTiZrN硬質被覆層を形成させることにより、長寿命化を図ることが提案されている。
また、特許文献2では、鋼管の切断時に用いるカッターとして、硬質相がWC、金属結合相がCo、Ni、Crからなる超硬合金母材にTiZrNなどからなるセラミックス被覆層を設けることにより、被加工物とカッターとの拡散を防止し、従来、鋼管の切断時において刃先に発生していた溶着や刃こぼれなどによる生産性や製品の品質の低下を改善することが提案されている。
また、特許文献3では、基体にCVD法によりfcc構造のTiZrN、TiHfN、TiZrHfNが成膜された切削工具においては、特に、ステンレス鋼の乾式旋削加工に用いた際に工具寿命が延びることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平3-267361号公報
【文献】特開平7-237030号公報
【文献】米国特許公開第2016/0298233号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工における省力化および省エネ化への要求は強く、これに伴い、被覆工具は一段と過酷な条件下にて使用されるようになってきており、耐熱鋼の高送り切削においては、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を有することが求められている。
しかしながら、前記特許文献1および特許文献2にて提案されている被覆工具については、耐熱鋼の高送り切削加工への適用についてはなんらの記載も見当たらず、また、前記特許文献3にて提案されている、TiZrN、TiHfNあるいはTiZrHfNを被覆層として有する被覆工具については、耐熱鋼の高送り切削加工に用いた場合に、耐溶着性については、一定レベルの効果は認められるものの、これらの被覆層は塑性変形に耐えられず、また、被覆層からの粒子の脱落により、異常摩耗が生じる等、十分な耐塑性変形性や耐異常損傷性を有しないため、依然として、早期に寿命に至るという問題を有していた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者らは、前述の観点から、前記被覆工具において、切れ刃に高負荷が作用する耐熱鋼の高送り切削に用いた場合であっても、長期の使用にわたり、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を兼ね備え、工具寿命の向上をもたらす、被覆工具について、鋭意研究を行った結果、以下の知見を得たものである。
すなわち、本発明者らは、表面被覆切削工具において、工具基体の表面に下部層としてTiもしくはZrを含み、かつ炭素と窒素とを含む化合物層を少なくとも一層成膜した後、限定された条件にて、TiとZrの複合窒化物層、あるいは、TiとZrとHfの複合窒化物層を成膜し、工具基体の表面の法線に対するかかるこれら複合窒化物層の個々の結晶粒の{112}面の法線方向の傾斜角度を0~45度の範囲において、所定のピッチ毎(例えば、0.25度毎)に区分される傾斜角区分における個数分布(傾斜角度数分布)として測定を行ったときに、傾斜角が工具基体の法線方向に対して0~10度である領域における特定のピッチ毎に区分された傾斜角区分のいずれかにおいて傾斜角度数の最高ピークを有するとともに、前記工具基体の法線方向に対して0~10度である領域に存在する傾斜角度数が前記全測定領域の35%以上を占め、前記複合窒化物層の結晶粒の{112}面に対する配向傾向が高い場合には、塑性変形を生じにくい組織が得られ、加えて、基体表面に対し垂直方向に向かう縦長結晶粒を有する組織とすることにより、基体面に並行な方向の粒界を少なくでき、結晶粒の脱落が生じにくくなること、さらには、前記複合窒化物層中にきわめて微少量の塩素を、例えば、その上限を0.030at%以下にて含有させた場合には、被覆層の脆化を生じることなく、潤滑効果を発揮でき、切削中の摩擦による発熱を抑制できるため、被覆層の塑性変形を生じ難くし、前記結晶粒の脱落を一層抑制できることを見出したものである。
そして、かかる複合窒化物層を硬質被覆層として有する被覆切削工具は、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を兼ね備えているため、耐熱鋼の高送り切削加工用として、長期の使用にわたり、工具寿命の向上をもたらすことを見出したものである。
【0007】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)WC基超硬合金またはTiCN基サーメットからなる工具基体の表面に、硬質被覆層が形成されてなる表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、前記工具基体の表面側から少なくとも下部層および複合窒化物層を有してなり、
(b)前記下部層は、TiもしくはZrを含み、かつ炭素と窒素を含む化合物層を少なくとも一層有し、その合計平均膜厚が1.0μm以上であり、
(c)前記複合窒化物層は、平均膜厚0.5~20μmのTiとZrの複合窒化物層またはTiとZrとHfの複合窒化物層を含み、
(d)前記複合窒化物層は、平均組成を組成式(Ti(1-x)ZrxyHfx(1-y))Nにて表わした場合、
ZrとHfとの合量のTiとZrとHfとの合量に占める含有割合x、および、ZrのZrとHfとの合量に占める含有割合y(但し、x、yはいずれも原子比)が、それぞれ、0.05≦x≦0.95、および、0<y≦1.0をそれぞれ満足する複合窒化物層であり、
(e)前記複合窒化物層において、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在する岩塩型立方晶結晶格子を有する個々の結晶粒に電子線を照射し、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{112}面の法線がなす傾斜角を0~45度の範囲内で測定し、測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフを作成した場合、前記工具基体の表面の法線に対する傾斜角が0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、前記0~10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の35%以上を占め、
(f)前記複合窒化物層は、縦断面にてアスペクト比2以上の縦長結晶粒が占める面積率が50%以上であることを特徴とする、表面被覆切削工具。
(2)前記複合窒化物層は、0.030原子%以下の塩素を含有することを特徴とする、(1)に記載された表面被覆切削工具。」を特徴とするものである。
【0008】
つぎに、本発明の被覆工具について、詳細に説明する。
【0009】
硬質被覆層;
本発明に係る硬質被覆層は、工具基体表面側より、少なくとも下部層および複合窒化物層を有しており、前記下部層は、TiもしくはZrを含み、かつ炭素と窒素とを含む化合物層を少なくとも一層含んでなり、また、前記複合窒化物層は、TiとZrの複合窒化物層またはTiとZrとHfの複合窒化物層を含んでなるものである。
また、必要に応じ、その他の層として、工具基体と下部層の間に中間層1を、下部層と複合窒化物層の間に中間層2を、また、複合窒化物層の上に上部層を設けることができる。
ここで、硬質被覆層の平均層厚は、1.5μm未満では、長期にわたる耐摩耗性を発揮することができず、一方、30μmを超えて厚くなると硬質被覆層全体として欠損やチッピングが発生しやすくなるため、1.5~30μmとすることが望ましい。
硬質被覆層の平均層厚は、例えば、工具基体に対し垂直方向断面において、SEM(走査型電子顕微鏡)またはTEM(透過型電子顕微鏡)を用いて測定することができる。
【0010】
下部層;
工具基体上に形成する下部層は、TiもしくはZrを含み、かつ炭素と窒素を含む化合物層、例えば、Tiの炭窒化物層、炭窒酸化物層、炭窒硼化物層、または、Zrの炭窒化物層、炭窒酸化物、炭窒硼化物層、または、TiとZrの炭窒化物層、炭窒酸化物層、炭窒硼化物層などからなる少なくとも一層有することにより、工具基体とTiとZrの複合窒化物層またはTiとZrとHfの複合窒化物層を有する複合窒化物層との密着性を高めることができるため、欠損、剥離等の異常損傷の発生を抑制することができる。
また、この下部層の上に、後述の限定された方法で複合窒化物層を成膜することで、複合窒化物層を{112}面に配向させることができる。複合窒化物層が{112}面に配向する理由については、少なくとも下部層の最表面は{112}面に配向しており、後述の成膜方法(すなわち、表面反応によって成膜が進行し、気相反応の寄与がほとんど無い成膜方法)にて複合窒化物層を形成することで、複合窒化物層が下部層最表面から配向を引き継いだものと考えられる。
また、下部層と複合窒化物層の間に前記中間層2を設ける場合には、中間層2を、例えば、TiN層とし、後述の成膜方法を用いることにより、下部層最表面の{112}配向を中間層2を経て、複合窒化物層に引き継ぐことができる。
下部層の合計平均層厚は、1.0μm未満では、膜厚が薄く、下部層最表面において、配向面が{112}方位に揃わないため、複合窒化物層を{112}配向させることがむずかしい。一方20μmを超えると結晶粒が粗大化し易く、チッピングが発生しやすくなるため、下部層の合計平均層厚は、1.0~20μmとすることが好ましい。
【0011】
複合窒化物層;
(1)平均層厚、成分組成
前記下部層上に配置される複合窒化物層は、少なくとも平均層厚0.5μm以上20μm以下のTiとZrの複合窒化物層またはTiとZrとHfの複合窒化物層を含んでなるものであって、具体的には、前記複合窒化物層は、組成式(Ti(1-x)ZrxyHfx(1-y))Nにて表した場合、0.05≦x≦0.95、および、0<y≦1.0をそれぞれ満足するものである。
ここで、xは、ZrとHfとの合量のTiとZrとHfとの合量に占める含有割合を表し、yはZrのZrとHfとの合量に占める含有割合を表す。但し、x、yはいずれも原子比である。
本発明に係る複合窒化物層では、それぞれ固溶するTiNと、ZrNおよびHfNとの格子定数の違いによって生じる格子ひずみにより、硬さの向上を図るものであるが、xが0.05より小さい、もしくはxが0.95より大きい場合は、十分な格子ひずみが導入されず、十分な硬さを確保することができないため、xの値を0.05≦x≦0.95に限定した。
また、前記複合窒化物層の平均層厚は、0.5μm未満では、長期にわたる耐摩耗性を発揮することができず、一方、20μmを超えると欠損やチッピングが発生しやすくなるため、硬度および耐摩耗性の観点からすぐれた効果を発揮する、0.5~20μmとすることが好ましい。
以下、前記複合窒化物層を、TiZrN窒化物層およびTiZrHfN窒化物層、あるいは、TiZrN層およびTiZrHfN層ともいう。
TiZrN窒化物層およびTiZrHfN窒化物層は、さらに、微量の塩素を含有することにより、潤滑効果が発揮されるため、切削中の摩耗による発熱が低減し、さらに耐塑性変形性が向上する。
ここで、塩素の含有率は、TiとZrとHfとNとClとの合量に対して塩素(Cl)が占める比率を原子%として表現した場合、0.030原子%以下にて添加することが望ましい。
【0012】
(2)傾斜角度数分布
本発明において複合窒化物層の複合窒化物結晶粒における前記傾斜角度数分布は、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在する岩塩型立方晶結晶格子を有する個々の結晶粒に電子線を照射することにより測定することができる。
すなわち、具体的には、前記工具基体の表面の法線に対して、前記複合窒化物層における複合窒化物結晶粒の結晶面である{112}面の法線がなす傾斜角を0~45度の範囲内で測定し、測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフを作成した場合に、前記工具基体の表面の法線に対する傾斜角が0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、前記0~10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の35%以上を占めるものであって、前記複合窒化物層の結晶粒の{112}面に対する配向傾向が高く、塑性変形を生じにくい組織を有するものである。
(3)縦長結晶組織
また、本発明に係る複合窒化物層は、前記のとおり、縦長結晶組織を有することにより、被覆層からの粒子の脱落が抑制され、耐摩耗性および耐異常損傷性にすぐれた特性を発揮する。
なお、ここでいう縦長結晶組織とは、前記複合窒化物層の縦断面を観察した際に、個々の結晶粒について、層厚方向の結晶粒の高さ(長辺)にて、最も大きい値を最大粒子長さ(L)とし、層厚方向に垂直な方向の結晶粒の幅(短辺)にて、最も大きい値を最大粒子幅(W)としたとき、L/Wにて定義されるアスペクト比が2以上である結晶粒の前記複合窒化物層の縦断面において占める面積割合が50%以上である組織をいう。
アスペクト比および縦長結晶粒の面積割合の測定は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)を用い、倍率5000にて断面観察により得られた縦断面画像について、電子線後方散乱回折法(EBSD)により、個々の結晶粒につき、長軸径(最大粒子長さ)、短軸径(最大粒子幅)、および、縦断面の面積を測定し、長軸径および短軸径よりアスペクト比を求め、次いで、アスペクト比が2以上である結晶粒の縦断面における面積の総和に対する測定対象となった縦断面の面積の比率を面積割合として求めた。
【0013】
その他の層;
(1)中間層1
本発明において、工具基体と下部層との間にはTiNやTiC等のTi化合物等を中間層1として設けることにより、工具基体と下部層との密着性向上などを図ることができる。
(2)中間層2
また、本発明において、下部層と複合窒化物層との間においても、例えばTiN層、TiC層等の中間層2を設けることができ、なかでも、特に、TiN層は、下部層最表面の{112}面の配向を引き継ぐことができ、また、耐剥離性にもすぐれた特性を有する。
これは、特に、TiN層は、下部層と複合窒化物層のいずれとも付着強度が高く、また、変形追従性が高いことによるものと考えられる。
なお、TiN層の成膜条件は中間層1と中間層2で共通であるが(表3参照)、中間層1では基体からCo、C等の基体成分が拡散するため、微細粒状組織となる一方、中間層2では中間層1のような拡散が生じないため、前記したとおり、下部層の組織を引き継いだ配向性の高い組織が得られたものと考えられる(
図2参照)。
(3)上部層
本発明においては、複合窒化物層の上にさらにAl酸化物やTiN、TiCNなどのチタン化合物などの上部層を設けることができ、成膜後には、ピーニング処理等を行うこともできる。
【0014】
硬質被覆層の成膜方法;
本発明に係る硬質被覆層は、下部層、複合窒化物層の順に、例えば、以下に示す成膜法を用いて形成することができる。
(1)下部層の成膜方法
硬質被覆層の下部層は、TiもしくはZrを含み、かつ炭素と窒素を含む化合物層を少なくとも一層有するものであり、通常の化学蒸着法を用い、成膜する化合物層ごとに反応ガス組成、および、圧力、温度等の反応雰囲気を適正範囲に調整することにより、成膜することができる。(後述する表3等参照。)
Tiを含む化合物層としては、Tiの炭窒化物層、炭窒酸化物層、あるいは、炭窒硼化物層などを、また、Zrを含む化合物層としては、ZrCN層、ZrCNO層、ZrCNB層などを選択することができる。
さらに、TiおよびZrの両者を含むものとしては、TiZrCN層、TiZrCNO層、TiZrCNB層などを選択できる。
【0015】
(2)複合窒化物層(TiZrN窒化物層またはTiZrHfN窒化物層)の成膜方法
本発明にて規定する成分組成を有し、特定の傾斜角度数分布および縦長組織を有するTiZrN層およびTiZrHfN層は、一例として、例えば、成膜された前記下部層に対し、化学蒸着法を用い、以下の条件にて成膜を行うことにより形成することができる。
すなわち、TiZrN層またはTiZrHfN層の成膜条件は、原料として、TiCl4ガス、ZrCl4ガスまたはZrCl4ガス+HfCl4ガス、N2ガス、NH3ガス、H2ガスを用い、成膜温度は、830℃以上950℃未満、好ましくは、860℃以上950℃未満、圧力条件は、6kPa以上12kPa未満にて、周期供給可能なCVD装置を用いて行うことができる。
ただし、TiCl4ガスとNH3ガスとの混合は、急激な気相反応を伴うものであり、また、ZrCl4ガスとNH3ガスとの混合も気相反応を起こす場合があるため、複合窒化物層における{112}面への配向性の付与、複合窒化物結晶粒の縦長化を阻害するおそれが生じ、また、複合窒化物層中の塩素の含有量が増加し、被膜の脆化を助長するおそれもあるため、以下のとおり、ガス群をガス群A、ガス群B、ガス群Cに分け、特にTiCl4ガスとNH3ガスが混合しないように各ガス群を調整した上で、ガス群A、ガス群B、ガス群C、ガス群Bにおける反応を一単位周期として、各反応を順次行わせることにより、前記課題を解決したものである。
なお、前記したとおり、本発明工具の作製には、気相反応の抑制が求められるため、例えば、プラズマCVD法などの気相反応を促進させる成膜方法では、{112}面への配向性や縦長組織の成長を阻害するため、好ましくない。
[成膜条件]
1)反応ガス組成(容量%):
ガス群A:TiCl4:0.30~3.00、N2:25.00~75.00、H2:残
ガス群B:ZrCl4:0.03~1.50、HfCl4:0.00~1.00、
H2:残
ただし、ZrCl4+HfCl4:0.03~1.70
ガス群C:NH3:0.30~1.50、H2:残
2)供給周期:
(ガス群A→ガス群B→ガス群C→ガス群B)を一周期としてこれを繰り返す。
各ガス群の供給時間は、ガス群A、ガス群B、ガス群Cのいずれも2.0秒以上であり、一周期当たりのガス供給時間は、8秒以上(好ましくは8秒以上24秒以下)である。
なお、一周期当たりのガス供給時間を長くするに従い成膜速度が低下するため、一周期当たりのガス供給時間は24秒以下とすることが好ましい。
複合窒化物層の膜厚の調整は、前記ガス供給周期(ガス群A→ガス群B→ガス群C→ガス群B)の繰り返し回数を増減させることにより行う。
3)反応雰囲気温度:830℃以上950℃未満、好ましくは860℃以上950℃未満
4)反応雰囲気圧力:6kPa以上12kPa未満
(3)中間層1、中間層2、および、上部層の成膜方法
本発明においては、工具基体と下部層との間に前記中間層1を、下部層と複合窒化物層の間に前記中間層2を、複合窒化物層の上に上部層を成膜することができる。
なお、成膜する化合物および成膜条件については、段落0013および後記表3を参照。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る表面被覆切削工具は、工具基体の表面に形成されている硬質被覆層の複合窒化物層であるTiZrN窒化物層またはTiZrHfN窒化物層が、{112}面配向比率が高いことにより、粒界強度が高く、耐塑性変形性にすぐれ、さらに、縦長結晶組織を有することにより、基体と並行な方向への粒界が少なく、被膜粒子の脱落が発生しにくいというすぐれた効果を発揮するものである。
そして、前記TiZrN窒化物層またはTiZrHfN窒化物層は、さらに、微量の塩素を含有させることにより、潤滑効果の発揮、および、切削中の摩耗の発熱の低減を図るものである。
以上のとおり、本発明に係る表面被覆切削工具は、従来のすぐれた耐溶着性に加え、耐塑性変形性および耐異常損傷性が付与されたことで、耐熱鋼の高送り切削加工において、長期の使用に亘り、すぐれた切削性能を有する特性を発揮し、工具寿命の向上をもたらすものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の表面被覆切削工具11の硬質被覆層の複合窒化物層を構成するTiZrHfN窒化物層における{112}面の傾斜角度数分布グラフである。
【
図2】本発明の表面被覆切削工具11の硬質被覆層層の断面組織SEM写真の全体模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0019】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~Cをそれぞれ製造した。
【0020】
また、原料粉末として、いずれも0.5~2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Mo2C粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120408のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体D、Eを作製した。
【0021】
ついで、これらの工具基体A~Eのそれぞれを、化学蒸着装置に装入し、下部層、複合窒化物層の順で成膜を行うことにより、本発明被覆工具1~15をそれぞれ製造した。
なお、その際、それぞれ必要に応じ、工具基体と下部層との間に中間層1を、下部層と複合窒化物層との間に中間層2を、複合窒化物層の上に上部層を成膜により得た。
(a)まず、表5の工具基体記号に示される表1もしくは表2の工具基体に対し、直接または中間層1を形成した後、下部層として、表5にて示される目標層厚のTi化合物層もしくはZr化合物層を表3にて示される形成条件にて、蒸着形成を行った。
(b)次いで、下部層に対し、直接または中間層2を形成した後、表5の形成記号に基づき、表4にて示される形成条件により、表5にて示される目標層厚の複合窒化物層であるTiZrN層またはTiZrHfN層を蒸着形成し、本発明被覆工具2、11、13、15を製造し、または、TiZrN層またはTiZrHfN層を蒸着形成した後、上部層を蒸着形成することにより、本発明被覆工具1、3~10、12、14をそれぞれ製造した。
なお、前記中間層1、前記中間層2、および、上部層は、表3に示す条件にて成膜を行うことにより、形成した。
【0022】
また、比較の目的で、本発明被覆工具1~15と同様の手順にて、工具基体A~Eのそれぞれを、化学蒸着装置に装入し、以下の手順で比較例被覆工具1~10をそれぞれ製造した。すなわち、
(a)表6の工具基体記号に示される表1もしくは表2の工具基体に対し、直接または中間層1を形成した後、下部層として、表6にて示される目標層厚のTi化合物層もしくはZr化合物層を表3にて示される形成条件にて、蒸着形成を行った。
(b)次いで、下部層に対し、直接または中間層2を形成した後、表6の形成記号に基づき、表4にて示される形成条件により、表6にて示される目標層厚の複合窒化物層であるTiZrN層またはTiZrHfN層を蒸着形成し、比較例被覆工具9を製造し、または、TiZrN層またはTiZrHfN層を蒸着形成した後、上部層を蒸着形成することにより、比較例被覆工具1~8、10をそれぞれ製造した。
なお、前記中間層1、前記中間層2、および、上部層は、表3に示す条件にて成膜を行うことにより、形成した。
比較例被覆工具8については、複合窒化物層を成膜する際に周期供給を行わなかった。また、比較例被覆工具9については、複合窒化物層を成膜する際にマグネトロンスパッタ装置を用いた。
【0023】
次いで、本発明被覆工具1~15および比較例被覆工具1~10の硬質被覆層の複合窒化物層を構成する結晶粒についての傾斜角度数分布を、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用いて測定した。
すなわち、前記下部層と前記複合窒化物層との界面から複合窒化物層の層厚方向へ0.3μm、また、工具基体表面と平行方向に50μmの断面研磨面の測定範囲(0.3μm×50μm)を、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流にて、それぞれの前記研磨面の測定範囲内に存在する岩塩型立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射して、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用いて、0.3μm×50μmの測定領域を0.1μm/stepの間隔にて、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{112}面の法線がなす傾斜角を0~45度の範囲にわたって、0.25度のピッチ毎に区分して測定し、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表し、この測定結果に基づいて、前記傾斜角区分が0~10度の範囲内にある結晶粒の度数の合計を求め、さらに、傾斜角度数分布グラフ全体に占める度数割合を求め、表5、表6に示す。
【0024】
また、本発明被覆工具1~15および比較例被覆工具1~10の硬質被覆層の複合窒化物層の縦断面について、走査型電子顕微鏡(SEM)を用い、倍率5000にて、工具基体と平行な方向に10μm、工具基体と垂直な方向に複合窒化物層の層厚分の高さの領域内に存在する複合窒化物結晶粒のそれぞれについて最大粒子幅W、最大粒子長さLを測定するとともに、アスペクト比L/Wの値を求め、アスペクト比L/Wが2以上である結晶粒が、複合窒化物層の縦断面に占める面積割合を求め、表5、表6に示す。
【0025】
また、本発明被覆工具1~15および比較例被覆工具1~10の硬質被覆層の各構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて縦断面測定を行い5点測定の平均値より求めたところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
【0030】
【0031】
【0032】
つぎに、前記各種の被覆工具を工具鋼製バイト先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1~15、比較例被覆工具1~10について、以下に示す、耐熱鋼に対する(高速)高送り切削試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定するとともに、溶着の発生等の有無について観察を行い、結果を表7に示す。
【0033】
≪切削条件A≫
切削試験:耐熱鋼湿式連続高送り切削加工試験
被削材: JIS・SCH13丸棒
切削速度:125m/min、
切り込み:2.0mm、
送り :0.60mm/rev.
切削時間:6分
≪切削条件B≫
切削試験:耐熱鋼1スリット材湿式断続高送り切削加工試験
被削材: JIS・SCH13の丸棒
切削速度:100m/min、
切り込み:1.3mm、
送り :0.50mm/刃、
切削時間:2分
【0034】
【0035】
表7の切削加工試験結果からも明らかなように、本発明被覆工具は、表5において示す、所望組成および縦長結晶組織を有するTiZrN複合窒化物もしくはTiZrHfN複合窒化物から成り、前記複合窒化物の結晶粒の{112}面の法線がなす傾斜角を測定、集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、所定の傾斜角区分に最高ピークが存在し、かつ、前記所定の傾斜角区分における度数の比率が所望の範囲を満たす複合窒化物層を硬質被覆層として含むことにより、耐熱鋼の高送り切削加工において、剥離、チッピングの発生はなく、逃げ面最大摩耗幅も小さく、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性、および、耐異常損傷性を発揮する。
なお、本発明工具において、塩素含有量が0.030at%以下にて添加するものは、逃げ面最大摩耗幅が小さくすぐれた特性を有するものであった。
これに対し、比較例被覆工具は、硬質被覆層の複合窒化物が、所望の組成を満たしていない、複合窒化物の結晶粒の{112}面の法線がなす傾斜角を測定、集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、所定の傾斜角区分に最高ピークが存在しない、前記所定の傾斜角区分における度数の比率が所望の範囲を満たしていない、所定のアスペクト比を有する縦長結晶粒の占める面積率が所望の値を満たしていない、などの理由により、所望の特性を有しておらず、摩耗の進展、溶着の発生、チッピングの発生等により、短時間で寿命に至るものであった。
【産業上の利用可能性】
【0036】
前述のとおり、本発明に係る被覆工具は、耐熱鋼の高送り切削という厳しい条件下においても、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性、および、耐異常損傷性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに、低コスト化に十分満足するものである。