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  • 特許-医療用シート 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-22
(45)【発行日】2022-03-30
(54)【発明の名称】医療用シート
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/06 20060101AFI20220323BHJP
   A61F 13/00 20060101ALI20220323BHJP
   A61K 9/70 20060101ALI20220323BHJP
   A61K 31/714 20060101ALI20220323BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20220323BHJP
   A61L 15/26 20060101ALI20220323BHJP
   A61L 15/44 20060101ALI20220323BHJP
   A61L 15/64 20060101ALI20220323BHJP
   A61L 27/18 20060101ALI20220323BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20220323BHJP
   A61L 27/54 20060101ALI20220323BHJP
   A61L 27/58 20060101ALI20220323BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20220323BHJP
   A61L 31/16 20060101ALI20220323BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20220323BHJP
   A61P 25/02 20060101ALI20220323BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20220323BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220323BHJP
【FI】
A61L31/06
A61F13/00 301A
A61F13/00 301Z
A61K9/70
A61K31/714
A61K47/34
A61L15/26 100
A61L15/44 100
A61L15/64 100
A61L27/18
A61L27/50
A61L27/54
A61L27/58
A61L31/14
A61L31/14 500
A61L31/16
A61P25/00
A61P25/02
A61P29/00
A61P43/00 105
【請求項の数】 30
(21)【出願番号】P 2021523320
(86)(22)【出願日】2021-01-14
(86)【国際出願番号】 JP2021000985
(87)【国際公開番号】W WO2021145362
(87)【国際公開日】2021-07-22
【審査請求日】2021-06-10
(31)【優先権主張番号】U 2020000097
(32)【優先日】2020-01-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020004189
(32)【優先日】2020-01-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020029404
(32)【優先日】2020-02-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000231796
【氏名又は名称】日本臓器製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125427
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 郁郎
(72)【発明者】
【氏名】小西 崇文
(72)【発明者】
【氏名】内木 充
(72)【発明者】
【氏名】宇治田 淑子
(72)【発明者】
【氏名】山本 斉
【審査官】小川 知宏
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/154822(WO,A1)
【文献】Acta Biomaterialia,2019年,Vol.88,p.332-345
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/06
A61F 13/00
A61K 9/70
A61K 31/714
A61K 47/34
A61L 15/26
A61L 15/44
A61L 15/64
A61L 27/18
A61L 27/50
A61L 27/54
A61L 27/58
A61L 31/14
A61L 31/16
A61P 25/00
A61P 25/02
A61P 29/00
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2箇所以上の分子量の領域に極大値が存在する分子量分布を有する脂肪族ポリエステルを含有する繊維で形成された不織布からなり、厚みが30~70μmで、且つ、空隙率が60~80%である、細胞浸潤を抑制するためのシート。
【請求項2】
重量が0.5~10mg/cmである、請求項1に記載のシート。
【請求項3】
密度が100~1000mg/cmである、請求項1又は2に記載のシート。
【請求項4】
前記繊維の平均繊維径が300~1500nmである、請求項1~のいずれか一項に記載のシート。
【請求項5】
前記分子量の領域の少なくとも一箇所が、滅菌処理前の数平均分子量として1000~7000の領域である、請求項1~4のいずれか一項に記載のシート。
【請求項6】
前記分子量の領域の少なくとも一箇所が、滅菌処理前の数平均分子量として40000~150000の領域である、請求項1~5のいずれか一項に記載のシート。
【請求項7】
前記分子量の領域の少なくとも一箇所が、滅菌処理前の数平均分子量として50000~140000の領域である、請求項1~6のいずれか一項に記載のシート。
【請求項8】
前記分子量の領域が、滅菌処理前の数平均分子量で1000~7000の領域及び40000~150000の領域の少なくとも2箇所である、請求項1~7のいずれか一項に記載のシート。
【請求項9】
前記分子量の領域が、滅菌処理前の数平均分子量で1000~7000の領域及び50000~140000の領域の少なくとも2箇所である、請求項1~8のいずれか一項に記載のシート。
【請求項10】
前記不織布を形成する繊維中に含有される脂肪族ポリエステルのうち、最も低分子量側の極大値を有する前記脂肪族ポリエステルを低分子量成分とし、最も高分子量側の極大値を有する前記脂肪族ポリエステルを高分子量成分としたとき、前記不織布中における低分子量成分の含有量と高分子量成分の含有量の和に対する、低分子量成分の含有量の含有質量比が0.01以上0.3以下である、請求項1~9のいずれか一項に記載のシート。
【請求項11】
前記不織布を形成する繊維中に含有される脂肪族ポリエステルのうち、最も低分子量側の極大値を有する前記脂肪族ポリエステルを低分子量成分とし、最も高分子量側の極大値を有する前記脂肪族ポリエステルを高分子量成分としたとき、前記不織布中における低分子量成分の含有量と高分子量成分の含有量の和に対する、低分子量成分の含有量の含有質量比が0.02以上0.2以下である、請求項1~10のいずれか一項に記載のシート。
【請求項12】
前記脂肪族ポリエステルが、生分解性である、請求項1~11のいずれか一項に記載のシート。
【請求項13】
前記生分解性の脂肪族ポリエステルが、ポリカプロラクトン、ポリカプロラクトンジオール、ポリ乳酸、ポリグリコール酸及びそれらの共重合体からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項12に記載のシート。
【請求項14】
前記生分解性の脂肪族ポリエステルが、ポリカプロラクトン、ポリカプロラクトンジオール及びそれらの共重合体からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項12又は13に記載のシート。
【請求項15】
前記細胞が炎症性細胞である、請求項1~14のいずれか一項に記載のシート。
【請求項16】
さらに、神経保護及び/又は神経再生促進作用を有する、請求項1~15のいずれか一項に記載のシート。
【請求項17】
前記神経保護及び/又は神経再生促進作用が神経の瘢痕化の抑制によるものである、請求項16に記載のシート。
【請求項18】
さらに、薬剤を含有する、請求項1~17のいずれか一項に記載のシート。
【請求項19】
薬剤が神経損傷治療薬である、請求項18に記載のシート。
【請求項20】
前記神経損傷治療薬がビタミンB12である、請求項19に記載のシート。
【請求項21】
前記ビタミンB12がメチルコバラミンである、請求項20に記載のシート。
【請求項22】
前記ビタミンB12の含有量が前記シート1cm当たり0.005~0.5mgである、請求項20又は21に記載のシート。
【請求項23】
前記ビタミンB12の含有量が前記シート1cm当たり0.0075~0.4mgである、請求項20又は21に記載のシート。
【請求項24】
生体の神経損傷部位の周辺部に埋め込んで使用される、請求項1~23のいずれか一項に記載のシート。
【請求項25】
生体の神経損傷部位の神経周囲に巻いて使用する、請求項1~23のいずれか一項に記載のシート。
【請求項26】
前記生体がヒトである、請求項24又は25に記載のシート。
【請求項27】
滅菌処理が施された、請求項1~26のいずれか一項に記載のシート。
【請求項28】
前記滅菌処理が電子線滅菌又はEOG滅菌である、請求項27に記載のシート。
【請求項29】
少なくとも2箇所以上の分子量の領域に極大値が存在する分子量分布を有する脂肪族ポリエステルを含有する繊維で形成され、厚みが30~70μmで、且つ、空隙率が60~80%である不織布の、細胞浸潤を抑制するためのシートを作製するための使用。
【請求項30】
前記不織布が、さらに薬剤を含有するものである、請求項29に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞浸潤抑制作用を有するシートに関し、さらには、末梢神経損傷治療における神経保護及び/又は神経再生促進作用を有する医療用のシート(以下、単に「本シート」ということがある。)に関する。
【背景技術】
【0002】
外傷、手術、疾患等により組織に損傷が加わり炎症が生じると、損傷部位や炎症細胞から発痛物質や発痛増強物質、炎症性サイトカイン等が放出され、自発痛が発生し、さらに軸索反射を介して炎症反応をさらに惹起し、炎症と疼痛が持続することになる。末梢神経の損傷は、その損傷の程度により、(1)軸索の断裂を伴わない一過性伝導傷害であり、完全回復する場合、(2)軸索は断裂しているが、シュワン管や周膜の連続性が保たれており、徐々に神経が再生される場合、(3)軸索や神経上膜が断裂し肉眼的に連続性が無いか、あっても瘢痕により軸索の連続性が失われており、自然回復しない場合、に分類される。これらのうち、自己の回復力により自然治癒しない末梢神経損傷については、損傷した神経の端々縫合術による治療が基本であるが、回復までに長期間を要すると、筋組織に不可逆的な変化を生じるため、神経軸索の再生(神経再生)を促進させることが重要である。しかしながら、上述の通り、損傷部位においては炎症反応が惹起されており、マクロファージ等の炎症性細胞による神経の瘢痕化が、神経再生を妨げる要因の一つとなっている。従って、末梢神経損傷の神経再生による治療においては、炎症性細胞による神経の瘢痕化を抑制することは重要な課題となっている。
【0003】
特許文献1には、自律神経などの比較的細い神経線維を再生させるための生分解性材料からなる神経再生シートが開示されているが、神経再生促進のために炎症性細胞による神経の瘢痕化を抑制することについては記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2010-115393号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、生体内の末梢神経損傷部位の周囲に巻きつけたり、留置したりすることにより、炎症性細胞の傷害作用から神経を保護し、神経の瘢痕化を抑制して、神経再生を促進する医療用シート(本シート)を提供することを課題とする。さらに本シートには、神経再生の促進作用を高めるために、適宜、薬剤等、例えば神経損傷に対する治療効果を有する薬剤や抗炎症作用を有する薬剤等を含有させることができる。本シートは、時間の経過により自然に消滅する生分解性を有する不織布で形成することにより、生体内に適用した後に除去する必要がないものとすることができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の各発明により上記課題を達成することができることを見出した。
【0007】
[1]脂肪族ポリエステルを含有する繊維で形成された不織布からなり、空隙率が50~90%である、細胞浸潤抑制作用を有するシート。
[2]厚みが30~70μmである、前記[1]に記載のシート。
[3]重量が0.5~10mg/cmである、前記[1]又は[2]に記載のシート。
[4]密度が100~1000mg/cmである、前記[1]~[3]のいずれかに記載のシート。
[5]前記繊維の平均繊維径が300~1500nmである、前記[1]~[4]のいずれかに記載のシート。
[6]前記繊維に含有される脂肪族ポリエステルが、少なくとも2箇所以上の分子量の領域に極大値が存在する分子量分布を有するものである前記[1]~[5]のいずれかに記載のシート。
[7]前記分子量の領域の少なくとも一箇所が、滅菌処理前の数平均分子量として1000~7000の領域である、前記[6]に記載のシート。
[8]前記分子量の領域の少なくとも一箇所が、滅菌処理前の数平均分子量として40000~150000の領域である、前記[6]又は[7]に記載のシート。
[9]前記分子量の領域の少なくとも一箇所が、滅菌処理前の数平均分子量として50000~140000の領域である、前記[6]又は[7]に記載のシート。
[10]前記分子量の領域が、滅菌処理前の数平均分子量で1000~7000の領域及び40000~150000の領域の少なくとも2箇所である、前記[6]~[9]のいずれかに記載のシート。
[11]前記分子量の領域が、滅菌処理前の数平均分子量で1000~7000の領域及び50000~140000の領域の少なくとも2箇所である、前記[6]~[9]のいずれかに記載のシート。
[12]前記不織布を形成する繊維中に含有される脂肪族ポリエステルのうち、最も低分子量側の極大値を有する前記脂肪族ポリエステルを低分子量成分とし、最も高分子量側の極大値を有する前記脂肪族ポリエステルを高分子量成分としたとき、前記不織布中における低分子量成分の含有量と高分子量成分の含有量の和に対する、低分子量成分の含有量の含有質量比が0.01以上0.3以下である、前記[6]~[11]のいずれかに記載のシート。
[13]前記不織布を形成する繊維中に含有される脂肪族ポリエステルのうち、最も低分子量側の極大値を有する前記脂肪族ポリエステルを低分子量成分とし、最も高分子量側の極大値を有する前記脂肪族ポリエステルを高分子量成分としたとき、前記不織布中における低分子量成分の含有量と高分子量成分の含有量の和に対する、低分子量成分の含有量の含有質量比が0.02以上0.2以下である、前記[6]~[11]のいずれかに記載のシート。
[14]前記脂肪族ポリエステルが、生分解性である、前記[1]~[13]のいずれかに記載のシート。
[15]前記生分解性の脂肪族ポリエステルが、ポリカプロラクトン、ポリカプロラクトンジオール、ポリ乳酸、ポリグリコール酸及びそれらの共重合体からなる群より選択される少なくとも1種である、前記[14]に記載のシート。
[16]前記生分解性の脂肪族ポリエステルが、ポリカプロラクトン、ポリカプロラクトンジオール及びそれらの共重合体からなる群より選択される少なくとも1種である、前記[14]又は[15]に記載のシート。
【0008】
[17]前記細胞が炎症性細胞である、前記[1]~[16]のいずれかに記載のシート。
[18]さらに、神経保護及び/又は神経再生促進作用を有する、前記[1]~[17]のいずれかに記載のシート。
[19]前記神経保護及び/又は神経再生促進作用が神経の瘢痕化の抑制によるものである、前記[18]に記載のシート。
[20]さらに、薬剤を含有する、前記[1]~[19]のいずれかに記載のシート。
[21]薬剤が神経損傷治療薬である、前記[20]に記載のシート。
[22]前記神経損傷治療薬がビタミンB12である、前記[21]に記載のシート。
[23]前記ビタミンB12がメチルコバラミンである、前記[22]に記載のシート。
[24]前記ビタミンB12の含有量が前記シート1cm当たり0.005~0.5mgである、前記[22]又は[23]に記載のシート。
[25]前記ビタミンB12の含有量が前記シート1cm当たり0.0075~0.4mgである、前記[22]又は[23]に記載のシート。
[26]生体の神経損傷部位の周辺部に埋め込んで使用される、前記[1]~[25]のいずれかに記載のシート。
[27]生体の神経損傷部位の神経周囲に巻いて使用する、前記[1]~[25]のいずれかに記載のシート。
[28]前記生体がヒトである、前記[26]又は[27]に記載のシート。
[29]滅菌処理が施された、前記[1]~[28]のいずれかに記載のシート。
[30]前記滅菌処理が電子線滅菌又はEOG滅菌である、前記[29]に記載のシート。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、末梢神経損傷部位の神経周囲に巻きつけること等により、マクロファージ等の炎症性細胞の浸潤を抑制して神経を保護し、かつ、体液は通すため神経に悪影響を及ぼすような刺激を与えることがない、優れた神経保護及び/又は神経再生促進作用を有するシートが提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】試験例1で製造したシートA及びBの走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、脂肪族ポリエステルを含有する繊維で形成された不織布からなり、細胞浸潤抑制作用を発揮する上で好ましい、空隙率が50~90%のシート(本シート)を提供する。本シートは、その不織布の構造等に起因して、体液は透過させるが、細胞の浸潤は抑制することにより、神経保護及び/又は神経再生促進作用を有する。また、本シートは少なくとも2箇所以上の分子量の領域に極大値が存在する分子量分布を有する生分解性脂肪族ポリエステルを含有する繊維で形成された不織布からなるものとすることができ、優れた生分解性を有すると共に、本シートによる神経保護及び/又は神経再生促進作用の期間を適切な期間に調整することが可能である。本シートに係る不織布は、繊維シート、ウェブ又はパットで繊維が一方向又はランダムに配向したものであり、紙、織物、編み物、タフト及び縮絨フェルトは除かれる。また、個々の繊維は積み重ねられた形態であっても、互いに交絡、融着、接着した形態であってもよく、また、これらが組み合わされた形態であってもよい。さらに、本シートには神経損傷治療薬等の薬剤を含有させることにより、さらに神経保護及び/又は神経再生促進効果を向上させることができる。
【0012】
本シートに係る不織布を形成する繊維に含有される脂肪族ポリエステルとしては、例えば、ポリカプロラクトン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリグリセロール酸、ポリヒドロキシアルカン酸、ポリブチレンサクシネート、それらの共重合体、又はそれらの誘導体等の生分解性脂肪族ポリエステルが挙げられ、好ましくは、ポリカプロラクトン又はその共重合体、ポリ乳酸又はその共重合体、ポリグリコール酸又はその共重合体、あるいはそれらの混合物が挙げられる。
【0013】
また、上記脂肪族ポリエステルとしては、任意のジオール、ヒドロキシ酸、ジカルボン酸等の重合開始剤を用いたものも使用でき、具体的にはプロピレングリコールやジエチレングリコールを重合開始剤に用いたポリ(ε-カプロラクトン)ジオール(単に「ポリカプロラクトンジオール」ということがある。)やフマル酸を重合開始剤に用いたポリ乳酸ジカルボン酸等が挙げられる。本シートに係る不織布を形成する繊維に含有される脂肪族ポリエステルとしては、より好ましくは、ポリカプロラクトン、ポリカプロラクトンジオール又はそれらの共重合体、あるいはそれらの混合物が挙げられる。
【0014】
また、本シートに係る不織布を形成する繊維には、上記脂肪族ポリエステルの少なくとも1種又は複数を含んでいればよく、上記脂肪族ポリエステル以外の生分解性ポリマーと上記脂肪族ポリエステルの共重合体を含んでいてもよい。また、上記脂肪族ポリエステルを複数含む共重合体であってもよい。共重合体の場合、共重合の形式はブロック共重合、ランダム共重合、交互共重合又はグラフト共重合のいずれであってもよい。
【0015】
上記脂肪族ポリエステルは、分子量分布において少なくとも2つ以上の極大値を有してもよい。この場合、各々の極大値(分子量分布のピーク)の値は異なることになるが、最も低分子量側のピーク(以下「ピークX」ともいう。)と最も高分子量側のピーク(以下「ピークY」ともいう。)の少なくとも2つのピークを有することになる。なお、本シートに係る不織布を形成する繊維である脂肪族ポリエステルの分子量分布は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)を使用し、移動相としてTHFを用いて、標準ポリエチレングリコール/ポリエチレンオキサイドとの比較により得ることができる。
【0016】
上記脂肪族ポリエステルのピークXを構成する比較的低分子量の成分(以下「低分子量成分」ともいう。)は、脂肪族ポリエステル繊維の融解温度をより低くし、及び/又は、脂肪族ポリエステル繊維の結晶性をより低くするものと推測される。これにより、本シートは優れた生分解性を有するものとなる。また、この低分子量成分の一部が繊維表面に局在することで、表面から繊維分解が起こりやすくなる。一方、上記脂肪族ポリエステルのピークYを構成する比較的高分子量の成分(以下「高分子量成分」ともいう。)は、不織布の力学特性を向上させるため、本シートは構造的に優れた安定性を有するものとなる。
本シートに係る不織布を形成する繊維を、低分子量成分及び高分子量成分を含有する脂肪族ポリエステル、すなわち、分子量分布において少なくとも2つ以上の極大値を有する脂肪族ポリエステルからなる繊維とする場合は、通常、低分子量成分の脂肪族ポリエステルと高分子量成分の脂肪族ポリエステルを混合すればよい。この場合、低分子量成分の脂肪族ポリエステルと高分子量成分の脂肪族ポリエステルは、親和性の点において、同一種を用いることが好ましい。なお、上述した脂肪族ポリエステルにおいて、ジオールを重合開始剤として用いて合成されたポリカプロラクトンジオールは、ポリカプロラクトンと同一種であると見なされ得る。
【0017】
低分子量成分の分子量としては、特に制限はされないが、滅菌処理前の数平均分子量として、例えば、1000~7000、好ましくは2000~6000、さらに好ましくは2500~5000が挙げられる。また、滅菌処理前の重量平均分子量として、例えば、1500~12000、好ましくは3000~10000、さらに好ましくは4000~9000が挙げられる。
一方、高分子量成分の分子量としては、特に制限はされないが、滅菌処理前の数平均分子量として、例えば40000~150000、好ましくは50000~140000、さらに好ましくは60000~130000が挙げられる。また、滅菌処理前の重量平均分子量として、例えば、60000~260000、好ましくは80000~240000、さらに好ましくは100000~220000が挙げられる。
【0018】
なお、本シートは、その使用目的からして滅菌されることが好ましいが、本シートの製造原料である脂肪族ポリエステルは電子線滅菌により分子量が低下することが判明している。すなわち、該脂肪族ポリエステルの滅菌前と滅菌後の分子量を比較すると、電子線照射量が20~30kGyの場合、低分子量成分のものでは5~10%程度、また、高分子量成分のものでは15~30%程度の分子量の低下が確認され、特に高分子量成分の分子量の低下が著しいことが判明している。なお、該脂肪族ポリエステルの分子量が低下する程度は、数平均分子量において重量平均分子量より5~10%程度高かった。従って、滅菌処理を施した後の本シートに係るピークX及びYにおける分子量は、滅菌処理前に比して、ピークXで5~10%程度、ピークYで15~30%程度、低い値になることが想定される。
【0019】
本シートに係る不織布を形成する繊維に含有される脂肪族ポリエステルの分子量は、本シートを適用する神経損傷の程度や、適用後に消滅するまでの期間、神経損傷治療薬等の薬剤を含有させる場合はその種類、該薬剤が放出される速度や期間等に応じて適宜好ましいものに設定することができる。脂肪族ポリエステルとして、低分子量成分と高分子量成分を配合する場合においても、それぞれの成分の分子量やそれらの配合割合は特に限定されるものではなく、本シートの用途や後述する本シートに含有させる薬剤に応じて適宜変更することができる。本シートを末梢神経損傷部位及びその周辺部に埋め込み、又は、神経周囲に巻きつけ、必要に応じて、本シートからの薬剤の放出期間あるいは本シートが生分解され消滅するまでの期間をコントロールすることにより、神経保護・再生という本シートの効果をより的確に発揮させることができる。その場合には、該不織布中における低分子量成分の含有量と高分子量成分の含有量の和に対する、低分子量成分の含有量の質量比を、例えば、0.01以上0.3以下とすることが挙げられ、好ましくは0.02以上0.2以下とすることができる。また、低分子量成分と高分子量成分を上記範囲内とすることにより、より優れた均一性を有する(特に、繊維径が均一である)不織布を得ることができる。
【0020】
なお、上記脂肪族ポリエステルは、分子量分布において、3つ以上の極大値を有していてもよく、極大値の個数の上限値は特に制限されない。3つ以上の極大値を有する場合においても、ピークX及びピークYの分子量が各々上記範囲内となることが好ましい。
【0021】
本シートに係る不織布の繊維における脂肪族ポリエステルの含有量としては、特に制限はされないが、繊維の全重量に対して、0.01~100重量%が好ましく、0.5~100重量%がより好ましく、25~100重量%がさらに好ましい。
【0022】
本シートに係る不織布の繊維の平均繊維径としては、特に制限はされないが、300~1500nmであることが好ましく、400~1300nmがより好ましく、500~1000nmがさらに好ましい。平均繊維径が100nm以上であると、本シートは、構造的に優れた安定性を有し、1500nm以下であると、本シートは優れた柔軟性、生分解性、及び細胞浸潤抑制作用を有する。なお、本シートに係る不織布の繊維の平均繊維径は、不織布を走査型電子顕微鏡で観察することにより、10本程度の繊維の長さ方向に略垂直な方向の幅を算術平均して求めることができる。
【0023】
本シートの重量(単位面積当たりの重量)は、特に制限はされないが、例えば末梢神経損傷の治療の目的に使用する場合、炎症性細胞による神経の瘢痕化を抑制して、神経を保護し、及び/又は神経再生を促進させる点において、0.5~10mg/cmが好ましく、0.8~5mg/cmがより好ましく、1~3mg/cmがさらに好ましい。
【0024】
本シートの密度(単位体積当たりの重量)は、特に制限はされないが、例えば末梢神経損傷の治療の目的に使用する場合、炎症性細胞による神経の瘢痕化を抑制して、神経を保護し、及び/又は神経再生を促進させる点において、100mg~1000mg/cmが好ましく、200mg~800g/cmがより好ましく、250~600mg/cmがさらに好ましい。
【0025】
本シートの厚みは、特に制限はされないが、例えば末梢神経損傷の治療の目的に使用する場合、炎症性細胞による神経の瘢痕化を抑制して、神経を保護し、及び/又は神経再生を促進させる点、並びに神経周囲に巻きつける等の神経損傷部への適用の点において、30~70μmが好ましく、35~65μmがより好ましく、40~60μmがさらに好ましい。なお、シートの厚みは、3点の厚みをマイクロメータにより測定し、その値を算術平均して求めることができる。
【0026】
本シートの空隙率は、例えば末梢神経損傷の治療に用いる場合、炎症性細胞による神経の瘢痕化を抑制して、神経を保護し、及び/又は神経再生を促進させる点において、50~90%が好ましく、60~80%がより好ましく、65~75%がさらに好ましい。なお、本シートの空隙率は、本シートの単位面積(1cm)当たりの重量及び厚み、並びに脂肪族ポリエステルの比重(例:ポリカプロラクトンの場合、1.15g/cm)より、下記式において算出できる。
空隙率(%)=(厚み-1cm当たりの重量÷脂肪族ポリエステルの比重)÷厚み×100
【0027】
本シートの剛軟度を、市販のガーレー式剛軟度試験機を用いて、JIS L1096 A法で測定した。その結果、本シートは非常に柔らかいため、剛軟度が最小読取目盛(例えば0.2mN)未満となり、測定することができなかった。言い換えれば、本シートは剛軟度が測定不可能なほど柔軟性が高いものである。そのため、本シートは、例えば末梢神経損傷部位の神経周囲に巻きつけたり、又は、該部位を覆うように留置させ易い。また、そのような場合でも、本シートは、神経や周辺組織に悪影響を及ぼすような刺激を与えないという利点を有する。
【0028】
本シートは上記以外の他の成分を含有していてもよく、例えば、薬剤が挙げられる。特に、本発明は、さらに神経保護及び/又は神経再生の促進効果を高めるために、神経損傷治療薬を含有するシートを提供することができる。薬剤を含有する本シートは、生体内に留置して、又は、体内に挿入して使用するような医療デバイスに適用した際、不織布の分解に伴って、薬剤を生体内に放出することができる。薬剤を含有する本シートは、生体内で所望の期間、不織布の形状を維持し、その分解に伴い薬剤が放出されるようにすることができ、さらに所望の期間経過後に不織布が完全に分解されるようにすることができる。生体内で不織布の形状を維持する期間としては、特に限定はされないが、例えば、1~12ヶ月といった期間があり、生体内で完全に分解されるまでの期間としては、例えば、6~24ヶ月といった期間がある。神経損傷治療薬等の薬剤を含有させる場合は、神経損傷の程度、薬剤の種類、該薬剤が放出される速度や期間等に応じて、生体内で不織布の形状を維持する期間及び生体内で完全に分解されるまでの期間等を適宜設定して、本シートを設計することができる。
【0029】
本シートに含有させる薬剤は、特に制限はされないが、例えば神経損傷治療薬であれば、ビタミンB12(薬学的に許容される塩がある場合は該塩を含む。以下同じ。)が挙げられる。ビタミンB12には、コバラミン及びその誘導体が含まれる。より具体的には、メチルコバラミン、シアノコバラミン、ヒドロキソコバラミン、スルフィトコバラミン、アデノシルコバラミン等が挙げられ、メチルコバラミン、シアノコバラミン、ヒドロキソコバラミンが好ましく、メチルコバラミンがより好ましい。ビタミンB12の含有量は、特に制限はされないが、例えば、本シート1cm当たり、0.005~0.5mgが好ましく、0.0075~0.4mgがより好ましく、0.01~0.3mgがさらに好ましい。また、本シート100重量%に対するビタミンB12の含有量としては、特に制限はされないが、例えば、0.3~30重量%が好ましく、0.45~24重量%がより好ましく、0.6~18重量%がさらに好ましい。薬剤は1種を単独で含有してもよく、2種以上を併せて含有していてもよい。本シートに含有させる薬剤の含有量は、治療の対象となる疾患の程度や、薬剤の種類、放出させる期間等に応じて、適宜設定することができる。
【0030】
本シートは、例えば神経損傷部位及びその周辺部に埋め込んで、又は神経周囲に巻きつけて使用することができる。上述したとおり、本シートは柔軟性を有するように成形されているので、使用態様は適宜選択することが可能である。具体的には、例えば神経損傷のある患者を手術して適用する場合、患部の神経周囲を剥離し、神経が露出された状態にした上で、本シートを神経周囲に巻きつけるか、覆うように留置するのが好ましい。そのように本シートを損傷した神経に適用することにより、神経組織への炎症性細胞の浸潤を抑制し、炎症性細胞の傷害作用による神経組織の瘢痕化を防ぐことができ、損傷された神経の保護及び/又は再生を促進することができる。そのような適用をした後は、周辺組織を元に戻し皮膚を縫合する。本シートは柔軟に成形されていること、また、本シートは、炎症性細胞の浸潤は抑制するが、組織を正常な状態に保つ体液は通すことより、神経損傷部位に留置しても、神経や周辺組織に悪影響を及ぼす刺激を与えない。そのため、本シートは、神経に巻きつけて、又は神経損傷部位の周辺部に埋め込んで使用することが可能であり、損傷部位の処置後も取り除く必要がない。なお、本シートは、特に生体内に適用して使用する場合は、滅菌処理を行って使用することが好ましい。滅菌方法は、含有される薬剤が分解されず、シートの形状や物性を損なわない方法を選択することが好ましく、例えば、放射線滅菌法の電子線滅菌又はエチレンオキサイドガス(EOG)滅菌が挙げられる。
【0031】
本シートは神経保護及び/又は神経再生促進作用を有するので、損傷部での連続性を有する有連続性神経損傷及び損傷部での連続性が絶たれる不連続性神経損傷のいずれも治療対象とすることができる点で非常に有用である。有連続性神経損傷としては、例えば、手根管症候群等の絞扼性神経障害(神経が周囲組織により圧迫を受けている状態)が挙げられる。また、神経縫合後の神経(神経損傷後に直接縫合した状態)、神経剥離術後の神経、神経移植術後の神経(欠損を有する神経損傷部に神経移植を行って連続性を持たせた状態)の再生促進にも、本シートは有効である。また、不連続性神経損傷についても、本シートは単独で、又は人工神経と併用する等により、治療を促進する効果を有する。
【0032】
本シートに係る不織布の製造方法としては、特に制限されず、公知の方法が使用できる。例えば、生分解性脂肪族ポリエステルと、必要に応じてビタミンB12等の薬剤とを含有する溶液を調製し、例えば、電界紡糸法(エレクトロスピニング法)、セルフアッセンブリー法、フェイズ・セパレーション法等の公知の方法により繊維を作製し、不織布を形成させることにより、本シートを製造することができる。該溶液(原料溶液)の調製には適当な溶媒を用いることができ、例えば、トリフルオロエタノール(TFE)、1,1,1,3,3,3‐ヘキサフルオロ‐2‐プロパノール(HFIP)、クロロホルム、N,N‐ジメチルホルムアミド(DMF)等が挙げられ、それらを単独で又は混合して用いることができる。なお、原料溶液に使用する溶媒は、紡糸工程で除去されて不織布には残存しない。また、電気伝導度や粘度等の調整のために、各種の添加剤を用いることもできる。より優れた本発明の効果を有する不織布が得られる点で、溶媒としてTFEを用いた電界紡糸法は好ましい製造方法の一つである。
【0033】
電界紡糸法では、電界紡糸用組成物に高電圧を印加して帯電させることで繊維が形成され、これを堆積させることで不織布を得ることができる。電界紡糸用組成物を帯電させる方法としては、高圧電源装置と接続した電極を電界紡糸用組成物そのもの、又は、容器に接続し、印加する。印加する電圧は特に制限されないが、例えば、10~50kVが挙げられ、15~45kVがより好ましく、20~40kVがさらに好ましい。電圧の種類としては、直流又は交流のいずれであってもよい。電界紡糸用組成物の流速は、特に制限はされないが、0.2~0.8mL/hが挙げられ、0.3~0.7mL/hがより好ましく、0.4~0.6mL/hがさらに好ましい。また、ニードルサイズは特に制限されないが、24~30Gが挙げられ、25~29Gがより好ましく、26~28Gがさらに好ましい。また、ニードルからターゲット電極までの距離(紡糸距離)は、特に制限はされないが、5~30cmが挙げられ、8~25cmがより好ましく、10~20cmがさらに好ましい。
【実施例
【0034】
以下に実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲は以下に示す実施例により限定的に解釈されるべきものではない。すなわち、本発明の範囲は、上記の説明や以下の実施例によってではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0035】
実施例1.本シートの作製
ゲル浸透クロマトグラフィー法により測定した数平均分子量が101000(n=2の平均値)であるポリカプロラクトン(本実施例では「101kPCL」ともいう。)と、同法より測定した数平均分子量が3865(n=2の平均値)であるポリカプロラクトンジオール(本実施例では「3.9kPCLdiol」ともいう。)を準備した。
【0036】
101kPCLと3.9kPCLdiolとを、(A)9:1、及び、(B)8:2の割合で、トリフルオロエタノール(TFE)100重量%に対して101kPCLと3.9kPCLdiolの合計濃度が、(A)7.2重量%、及び、(B)8.1重量%となるように各々をTFEに溶解させ、電界紡糸用組成物を調製した。また、さらに、薬剤として、例えば、神経損傷治療薬であるメチルコバラミンを、101kPCLと3.9kPCLdiolの合計に対して0.3~30重量%相当添加した電界紡糸用組成物を別途調製した。上記A、Bいずれの場合も、製造されたシート1cm当たりのメチルコバラミンの含有量は、0.005~0.5mgであり、また、製造されたシート100重量%に対するメチルコバラミンの含有量は、0.3~30重量%であった。
【0037】
調製した上記A及びBの電界紡糸用組成物を、電界紡糸装置を用いて紡糸し、不織布からなるシートA及びBを製造した。このとき、噴出装置にはニードル(27G)を用い、ニードルからターゲット電極までの距離は17cm、吐出速度は0.5mL/h、印加電圧は30kVとした。製造されたシートの厚み、重量及び密度を測定した結果、シートA及びBのいずれも、厚みは30~70μm、重量は0.5~10mg/cm、密度は100~1000mg/cmであった。また、シートA及びBの厚み及び1cm当たりの重量の測定結果を用いて、上記段落[0026]に記載の式に基づき空隙率を算出したところ、シートA及びBの空隙率はいずれも50~90%であった。
【0038】
実施例2.走査型電子顕微鏡観察
実施例1で製造したシ-トA及びBの走査型電子顕微鏡写真を図1に示した。また、シ-トA及びBについて、電子顕微鏡写真から、10本の繊維径を計測した結果、シートAが319.2~1974.0nmで、シートBが336.5~1333.0nmであった。各々について、平均繊維径(±標準偏差)を算出した。結果の一例として、各平均繊維径はシートAが933.6(±457.9)nm、シートBが799.0(±328.7)nmであった。
【0039】
実施例3.細胞浸潤阻害試験
実施例1で製造したシートA及び該シートを1ヶ月間リン酸緩衝生理食塩液(PBS)に浸漬したシートA’(以下「PBS浸漬シート」ということもある)の各々製造番号(製造ロット)が異なる3枚(製造番号1、製造番号2、製造番号3)について、下記の試験方法により細胞湿潤阻害能を確認した。
【0040】
(1)PBS浸漬シート(シートA’)の作製
本シートを、遮光下、37℃±1℃(成り行き湿度)で、1枚当たり100mLのPBSに1ヶ月間浸漬した。浸漬後のシート及びPBS浸漬液全量をフィルターシステム(製造番号:430770、Corning Incorporated)のフィルター上層部に入れ、緩やかに吸引ろ過した。フィルターシステム上層部の内壁面及びフィルター上のシートを約10mLの滅菌精製水(日本薬局方)を用いて10回緩やかに吸引ろ過しながら洗いこみ、該シートを滅菌済みの濾紙の上に置いて、クリーンベンチ内で12時間以上自然乾燥させた。
【0041】
(2)インサートの作製
セルカルチャーインサート(製造番号:CBA-102(Part No.10201)、CELL BIOLABS,INC.)に貼り付けられているメンブランを剥がした。次に、直径約2.5cmの円状に切り出したシートA又はシートA’を、白色ワセリン(健栄製薬(株))を用いて、インサートの底面~側面を覆うように貼り付け、さらにインサート側面にパラフィルムを巻きつけて各シートを保持した。同様に、陰性対照として、0.4μmポアサイズのメンブランを貼り付けたインサート、及び、陽性対照として、5μmポアサイズのメンブランを貼り付けたインサートを各々3個作製した。
【0042】
(3)細胞浸潤阻害試験
THP-1細胞(ヒト単球由来細胞株、American Type Culture Collection)の濃度が1.5×10 cells/mLとなるよう、無血清培地(RPMI 1640、10%牛胎児血清(FBS))を用いて細胞浮遊液を調製した。24ウェルプレートの各ウェルに500μLの牛胎児血清(走化性因子)含有培地(RPMI 1640、10%FBS)を入れ、その上に各々のインサート(各3個)を重ね、各インサートの上層に細胞浮遊液100μLを添加した。なお、シートA、シートA’、陰性対照及び陽性対照各々において、インサート上層に無血清培地を添加したものを各1個用意し、ブランクコントロールとした。これらの24ウェルプレートを、必要に応じて、アルミホイルで遮光し、炭酸ガス培養器(37.0℃、5%CO)に入れ、18時間培養した。
【0043】
培養後、位相差顕微鏡を用いて各インサート下層を観察した。インサート上面の細胞浮遊液を除去し、Cell Detachement Solution 400μLを入れた新しい24ウェルプレートにインサートを移し、37.0℃、5%CO条件下で30分間インキュベートした後、インサート下面に付着した細胞を浮遊させた。次に、該インサートを除去したウェルに、培養後のプレートに残った浸潤細胞を含む培地を400μL加え、混合した。各混合液180μLを96ウェルプレートに移し、調製した4×Lysis Buffer/Cyquant GR Dye混合液(Cyquant GR Dye:4×Lysis Buffer=1:74)60μLを各ウェルに添加して、室温遮光下で20分間静置した。静置後、各ウェルの混合液について、Excitation/Emission=480/520の条件で、蛍光マイクロプレートリーダー(SpectraMax Gemini XPS、モレキュラーデバイスジャパン株式会社)を用いて蛍光強度を測定し、シートA、シートA’、陰性対照及び陽性対照の細胞数を各々算出した。なお、細胞浸潤阻害試験後に、シートを貼り付けたインサート上層に0.1%メチレンブルー溶液を適量滴下し、インサート側面からのメチレンブルー溶液の漏出が無いことを確認した。結果の一例として、表1にシートAにおける浸潤細胞数、表2にシートA’における浸潤細胞数を示す。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
表1から明らかなように、未使用のシートAについては、陰性対照と同様に細胞の透過を抑制した。また、表2から明らかなように、1ヶ月間生体内に埋め込んだことを想定してPBSに浸漬したシートA’については、陰性対照よりも若干細胞を透過させる傾向が見られたが、陽性対照と比較して細胞透過数は1/10以下であったことから、シートA及びシートA’のいずれも細胞の透過を抑制することが確認された。以上の結果より、本シートは末梢神経損傷部の神経及びその周辺部に適用した場合に、マクロファージ等の炎症性細胞の浸潤を抑制することにより神経の瘢痕化を防いで、神経の保護及び/又は神経再生促進作用を発揮するという有用性を有することが確認された。さらには、シートAとシートA’の結果を比較することにより、本シートの炎症性細胞に対する浸潤抑制作用については、本シートを生体内に適用した初期に最も強い作用が確認され、生分解性が進むに伴って、徐々にその作用は弱まる傾向にあることが確認された。
【0047】
実施例4.体液透過性試験
製造番号1~3の本シート(実施例3のシートAと同じシート)について、アルブミン液の透過性を測定する下記の試験方法により、体液透過性を確認した。
【0048】
実施例3と同様に、各製造番号の本シート及び比較対象試料として0.4μmポアサイズのメンブランをインサート(各1個)に貼付した。24ウェルプレートの各ウェルに500μLのダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(DPBS)を入れ、この上に各インサートを重ねた。インサートの上層から、DPBSを用いて調製された3%ヒト血清アルブミン(HSA)溶液を100μL添加した。この24ウェルプレートを、必要に応じて、アルミホイルで遮光し、炭酸ガス培養器(37.0℃、5%CO)に入れ、18時間静置した。静置後、各インサート下層の溶液を回収し、試料溶液とした。また、各試料(製造番号1~3のシート及び比較対象試料)について、インサート上層にDPBSを100μL添加したものを各1個用意し、同条件で静置後、インサート下層の溶液をブランク溶液とした。さらに、インサートを重ねず、24ウェルプレートにDPBS500μL及び3%HSA溶液100μLを加えて同条件で静置した溶液を対象溶液(インサート内外でHSAが平衡化した場合の試料溶液と想定)とした。
【0049】
標準溶液(HSA標準原液の各濃度希釈溶液)、試料溶液、ブランク溶液及び対象溶液の各々について、BCA Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific)を用いて比色定量を行い、標準溶液の吸光度を用いて検量線を作成し、測定溶液中のタンパク質濃度を算出した(n=2の平均値)。なお、試験終了後に、シートを貼り付けたインサート上層に0.1%メチレンブルー溶液を適量滴下し、インサート側面からのメチレンブルー溶液の漏出が無いことを確認した。結果の一例として、各試料溶液及び対象溶液のHSA濃度を表3に示す。なお、各試料におけるブランク溶液のHSA濃度の結果は定量下限(25μg/mL)以下であった。
【0050】
【表3】
【0051】
表3から明らかなように、製造番号1~3の本シートの試料溶液のHSA濃度は、比較対象試料の試料溶液よりも高いことから、本シートは比較対象試料よりもHSAを多く透過させる傾向があることが認められた。また、本シートの試料溶液のHSA濃度は、対照溶液のHSA濃度と比較して大きな差は見られなかったことから、本シートの有無によりHSAの透過性はほとんど変わらないことが認められた。以上の結果より、本シートは生体内において、十分に体液を透過させるため、神経保護及び/又は神経再生促進において神経に悪影響を及ぼすような刺激を与えないという有用性を有することが確認された。

図1