(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-22
(45)【発行日】2022-03-30
(54)【発明の名称】グルコースデヒドロゲナーゼ
(51)【国際特許分類】
C12N 9/04 20060101AFI20220323BHJP
C12N 15/53 20060101ALI20220323BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20220323BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20220323BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20220323BHJP
C12Q 1/32 20060101ALI20220323BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20220323BHJP
【FI】
C12N9/04 D
C12N15/53 ZNA
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12Q1/32
C12M1/34 E
(21)【出願番号】P 2018542558
(86)(22)【出願日】2017-09-25
(86)【国際出願番号】 JP2017034547
(87)【国際公開番号】W WO2018062103
(87)【国際公開日】2018-04-05
【審査請求日】2020-09-09
(31)【優先権主張番号】P 2016190398
(32)【優先日】2016-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】西尾 享一
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 裕三
(72)【発明者】
【氏名】山口 庄太郎
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/060150(WO,A1)
【文献】特開2011-217731(JP,A)
【文献】特開2016-116488(JP,A)
【文献】特開2015-146773(JP,A)
【文献】国際公開第2007/139013(WO,A1)
【文献】国際公開第2004/058958(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/04
C12N 1/00-15/90
C07K 1/00-19/00
C12P 21/00-21/08
C12Q 1/00- 1/70
G01N 33/66
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のアミノ酸配列
からなる、グルコースデヒドロゲナーゼ:
(a)配列番号1のアミノ酸配列の354位リジンがバリン、イソロイシン、プロリン又はグルタミンに置換されたアミノ酸配列;
(b)(a)のアミノ酸配列
のうち、354位以外のアミノ酸配列との同一性が
90%以上のアミノ酸配列であって、該アミノ酸配列からなるポリペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドに比較して、
37℃でのグルコースデヒドロゲナーゼ活性に対する20℃でのグルコースデヒドロゲナーゼ活
性が向上している、アミノ酸配列。
【請求項2】
配列番号21~24のいずれかのアミノ酸配列からなる、請求項1に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
【請求項3】
以下の(A)
又は(
B)のDNAからなるグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子:
(A)配列番号21~24のいずれかのアミノ酸配列をコードするDNA;
(B)配列番号
21~24のいずれかのアミノ酸配列をコードする塩基配列のうち、1060~1062位の塩基配列以外の塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列
からなり、且つ
配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドに比較して37℃でのグルコースデヒドロゲナーゼ活性に対する20℃でのグルコースデヒドロゲナーゼ活性
が向上しているポリペプチドのアミノ酸配列をコードするDNA。
【請求項4】
請求項
3に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換えDNA。
【請求項5】
請求項
4に記載の組換えDNAを保有する微生物。
【請求項6】
以下のステップ(1)~(3)を含む、グルコースデヒドロゲナーゼの調製法:
(1)請求項
3に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を用意するステップ;
(2)前記遺伝子を発現させるステップ、及び
(3)発現産物を回収するステップ。
【請求項7】
請求項1
又は2に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを用いて試料中のグルコースを測定することを特徴とする、グルコース測定法。
【請求項8】
請求項1
又は2に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコース測定用試薬。
【請求項9】
請求項
8に記載のグルコース測定用試薬を含む、グルコース測定用キット。
【請求項10】
請求項1
又は2に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコースセンサ。
【請求項11】
請求項1
又は2に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含有する酵素剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はグルコースデヒドロゲナーゼ(グルコース脱水素酵素)に関する。詳しくは、低温反応性が改善されたフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(E.C.1.1.99.10)及びその遺伝子等に関する。本出願は、2016年9月28日に出願された日本国特許出願第2016-190398号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
糖尿病患者は年々増加しており、糖尿病患者、特にインスリン依存性の患者は血糖値を日常的に監視し血糖をコントロールする必要がある。近年、酵素を用いてリアルタイムで簡便にかつ正確に測定できる自己血糖測定器で糖尿病患者の血糖値をチェック出来るようになった。グルコースセンサ(例えば、自己血糖測定器に使用されるセンサ)用として、グルコースオキシダーゼ(E.C.1.1.3.4)、PQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(E.C.1.1.5.2)(例えば特許文献1~3を参照)が開発されたが、酸素反応性、マルトース、ガラクトースへの反応性が問題となった。この問題を解決すべく、FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(以下、「FAD-GDH」と略称する)が開発された(例えば特許文献4、5、非特許文献1~4を参照)。
【0003】
一般に、糖尿病判定検査時には、経口グルコース負荷試験だけでなく、経口キシロース負荷試験、経静脈キシロース負荷試験が実施される。FAD-GDHは概してキシロースへ反応することが知られており、FAD-GDHを用いた場合、上記負荷試験時に血糖値へ影響することが問題となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2000-350588号公報
【文献】特開2001-197888号公報
【文献】特開2001-346587号公報
【文献】国際公開第2004/058958号パンフレット
【文献】国際公開第2007/139013号パンフレット
【文献】国際公開第2015/060150号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【文献】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. I. Induction of its synthesis by p-benzoquinone and hydroquinone, T.C. Bak, and R. Sato, Biochim. Biophys. Acta, 139, 265-276 (1967).
【文献】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. II. Purification and physical and chemical properties, T.C. Bak, Biochim. Biophys. Acta, 139, 277-293 (1967).
【文献】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. III. General enzymatic properties, T.C. Bak, Biochim. Biophys. Acta, 146, 317-327 (1967).
【文献】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. IV. Histidyl residue as an active site, T.C. Bak, and R. Sato, Biochim. Biophys. Acta, 146, 328-335 (1967).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
FAD-GDHはキシロースに対する反応性の問題はあるものの、基質特異性に優れ、グルコースセンサ用の酵素として有望視されている。FAD-GDHを実用化するにあたっては、上記の通り、キシロースに対する反応性が問題となる。一方、FAD-GDHを利用した血糖測定器の測定精度は環境温度に影響を受けることが知られている。また、特に重要な問題として、センサに使用するFAD-GDHの反応性が低下する低温環境で測定した場合、血糖値が低い領域において実際の血糖値よりも測定値が低くなることが指摘されている。本発明は、このような状況に鑑み、特にグルコースセンサ用として実用性の高いFAD-GDH及びその用途等を提供することを課題とする。尚、キシロースに対する反応性が低いFAD-GDHも報告されているが(特許文献6)、グルコースセンサに応用した場合に特に重要となるpH安定性等の特性は明らかにされておらず、その実用的価値は不明である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決すべく本発明者らは、広範な微生物を対象として大規模なスクリーニングを実施した。その結果、キシロースに対する反応性が低いという特性に加え、広範囲のpH域で高い活性を示すという、グルコースセンサ用途に適した特性を備えた新規FAD-GDHを取得することに成功した(特願2015-218852号として特許出願した)。次に、キシロース反応性の更なる低下を目指し、当該FAD-GDHの改変を試みた。その結果、驚くべきことに、低温での活性(即ち、低温反応性)が改善した複数の変異酵素が得られ、低温反応性の改善に有効な変異(アミノ酸置換)が特定された。
【0008】
一方、得られた変異酵素の特性を調べたところ、キシロース反応性も低下していた。即ち、上記の変異酵素は低温反応性が改善しているだけでなく、グルコースに対する基質特異性も改善しており、実用性が極めて高いものであった。
【0009】
以下の発明は、以上の成果及び考察に基づく。
[1]以下の(a)又は(b)のアミノ酸配列を有する、グルコースデヒドロゲナーゼ:
(a)配列番号1のアミノ酸配列の354位リジンがバリン、イソロイシン、プロリン又はグルタミンに置換されたアミノ酸配列;
(b)(a)のアミノ酸配列との同一性が80%以上のアミノ酸配列であって、該アミノ酸配列からなるポリペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドに比較して、グルコースデヒドロゲナーゼ活性の低温反応性が向上している、アミノ酸配列。
[2]前記同一性が85%以上である、[1]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
[3]前記同一性が90%以上である、[1]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
[4]配列番号21~24のいずれかのアミノ酸配列からなる、[1]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
[5]以下の(A)~(C)からなる群より選択されるいずれかのDNAからなるグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子:
(A)配列番号21~24のいずれかのアミノ酸配列をコードするDNA;
(B)配列番号25~28のいずれかの塩基配列からなるDNA;
(C)配列番号25~28のいずれかの塩基配列と等価な塩基配列を有し、且つグルコースデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
[6][5]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換えDNA。
[7][6]に記載の組換えDNAを保有する微生物。
[8]以下のステップ(1)~(3)を含む、グルコースデヒドロゲナーゼの調製法:
(1)[5]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を用意するステップ;
(2)前記遺伝子を発現させるステップ、及び
(3)発現産物を回収するステップ。
[9][1]~[4]のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを用いて試料中のグルコースを測定することを特徴とする、グルコース測定法。
[10][1]~[4]のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコース測定用試薬。
[11][10]に記載のグルコース測定用試薬を含む、グルコース測定用キット。
[12][1]~[4]のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコースセンサ。
[13][1]~[4]のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含有する酵素剤。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】Aspergillus iizukae No.5453株の培養液から精製した酵素(精製酵素)SDS-PAGEによる分析の結果。Mは分子量マーカー(上から200、116、97.2、66.4KDa)を表し、レーン番号はSuperdex 200で分離した際のフラクション番号である。
【
図2】N末端アミノ酸配列を問い合わせ配列としたBLAST解析の結果。
【
図3】内部アミノ酸配列の解析結果。HPLC分離で得られた各ピークのアミノ酸配列を示す。
【
図4】目的遺伝子(グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子)周辺の制限酵素マップ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.用語
本明細書において用語「単離された」は「精製された」と交換可能に使用される。用語「単離された」は、人為的操作が介在することなく産生される物の場合、天然の状態、即ち、自然界において存在している状態のものと区別するために使用され、人為的操作が介在して生産される物の場合、単離工程又は精製工程を経ていないものと区別するために使用される。前者の場合、単離するという人為的操作によって、天然の状態とは異なる状態である「単離された状態」となり、単離されたものは天然物自体と明確且つ決定的に相違する。一方、後者の場合、典型的には、単離工程又は精製工程によって不純物が除去され又はその量が低減され、純度が高まる。
【0012】
単離された酵素の純度は特に限定されない。但し、純度の高いことが要求される用途への適用が予定されるのであれば、単離された酵素の純度は高いことが好ましい。
【0013】
用語「変異酵素」とは、既存の酵素を変異ないし改変して得られる酵素である。「変異酵素」、「変異型酵素」及び「改変型酵素」は置換可能に用いられる。変異対象となる既存の酵素は、典型的には野生型酵素である。
【0014】
2.変異酵素
本発明の第1の局面はグルコースデヒドロゲナーゼ変異酵素(以下、本酵素とも呼ぶ)に関する。本酵素の一態様は、配列番号1のアミノ酸配列の354位リジン(K)がバリン(V)、イソロイシン(I)、プロリン(P)又はグルタミン(Q)に置換されたアミノ酸配列を有する。
【0015】
配列番号1のアミノ酸配列はアスペルギルス・イイズカエ(Aspergillus iizukae)No.5453株の産生するグルコースデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列である。当該菌株はNBRC 8869株と同一株である。NBRC 8869株は独立行政法人製品評価技術基盤機構(NBRC)(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に保存されており、所定の手続きを経ることによってその分譲を受けることができる。
【0016】
本発明において置換対象となるアミノ酸残基、即ち354位のリジン(K)は、本発明者らの検討によって温度特性に重要なアミノ酸残基として見出されたものである。本酵素では当該アミノ酸残基がバリン(V)、イソロイシン(I)、プロリン(P)又はグルタミン(Q)に置換されることにより、野生型酵素に比較して低温反応性が改善されている。尚、本発明の特性の理解及び野生型酵素との比較を容易にするため、本明細書における低温は「15℃~25℃」とする。
【0017】
低温反応性の改善は、例えば、37℃での活性に対する20℃での活性(37℃の活性を基準とした20℃での相対活性)に基づき評価できる。本酵素は野生型酵素(即ち354位のアミノ酸置換が行われていないもの)に比較して低温反応性が改善されていることから、当該相対活性は、本酵素の方が野生型酵素よりも高くなる。本酵素の当該相対活性は、例えば、野生型酵素の1.2倍~2.5倍である。
【0018】
後述の実施例に示す通り、上記アミノ酸残基(354位のリジン)は、低温反応性のみならず、キシロース反応性の低下にも重要であった。当該アミノ酸残基をバリン、イソロイシン、プロリン又はグルタミンに置換した本酵素は、キシロース反応性が低いという、更なる特徴を備える。具体的には、D-グルコースに対する反応性を100%としたときのD-キシロースに対する反応性が10%以下である。好ましくは当該反応性が8%以下である。更に好ましくは当該反応性が7%以下である。尚、野生型酵素の当該反応性は14%である(後述の実施例)。
【0019】
以上のような優れた基質特異性を有する本酵素は、試料中のグルコース量を正確に測定するための酵素として好ましい。即ち、本酵素によれば試料中にD-キシロースが存在していた場合であっても目的のグルコース量をより正確に測定することが可能である。従って本酵素は、試料中にD-キシロースの存在が予想又は懸念される用途(典型的には血液中のグルコース量の測定)に適したものであるといえ、しかも当該用途も含め様々な用途に適用可能であること、即ち汎用性が高いともいえる。尚、本酵素の反応性及び基質特異性は、後述の実施例に示す方法で測定・評価することができる。
【0020】
本酵素の具体例として、配列番号21のアミノ酸配列を有する酵素(K354V変異酵素)、配列番号22のアミノ酸配列を有する酵素(K354I変異酵素)、配列番号23のアミノ酸配列を有する酵素(K354P変異酵素)、及び配列番号24のアミノ酸配列を有する酵素(K354Q変異酵素)を挙げることができる。
【0021】
ところで、一般に、あるタンパク質のアミノ酸配列の一部を変異させた場合において変異後のタンパク質が変異前のタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちアミノ酸配列の変異がタンパク質の機能に対して実質的な影響を与えず、タンパク質の機能が変異前後において維持されることがある。この技術常識を考慮すれば、上記の変異酵素、即ち、配列番号21のアミノ酸配列を有する酵素(K354V変異酵素)、配列番号22のアミノ酸配列を有する酵素(K354I変異酵素)、配列番号23のアミノ酸配列を有する酵素(K354P変異酵素)、又は配列番号24のアミノ酸配列を有する酵素(K354Q変異酵素)と比較した場合に、アミノ酸配列の僅かな相違が認められるものの、特性に実質的な差が認められないものは、上記変更変異と実質同一の酵素とみなすことができる。ここでの「アミノ酸配列の僅かな相違」とは、典型的には、アミノ酸配列を構成する1~数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1~数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。アミノ酸配列の相違は上記アミノ酸置換(354位リジンの置換)が施された位置以外の位置で生ずることとする。また、活性中心を構成すると推定される525位ヒスチジン(H)及び568位ヒスチジン(H)は欠失又は置換の対象にしないことが好ましい。
【0022】
「実質同一の酵素」のアミノ酸配列と、基準となる変異酵素のアミノ酸配列(配列番号21~24のいずれかの配列)との同一性(%)は、例えば60%以上であり、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上であり、より一層好ましくは85%以上であり、更に好ましくは90%以上であり、更に一層好ましくは95%以上であり、特に好ましくは98%以上であり、最も好ましくは99%以上である。尚、アミノ酸配列の相違は複数の位置で生じていてもよい。「アミノ酸配列の僅かな相違」は、好ましくは保存的アミノ酸置換により生じている。「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリジン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。
【0023】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの核酸(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。
【0024】
二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。本発明の核酸分子に等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。本酵素に等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0025】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの核酸配列の相同度を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0026】
本酵素が、より大きいタンパク質(例えば融合タンパク質)の一部であってもよい。融合タンパク質において付加される配列としては、例えば、多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、組み換え生産の際の安定性を確保する付加配列等が挙げられる。
【0027】
上記アミノ酸配列を有する本酵素は、遺伝子工学的手法によって容易に調製することができる。例えば、本酵素をコードするDNAで適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより調製することができる。回収されたタンパク質は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として本酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる本酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0028】
3.変異酵素をコードする核酸等
本発明の第2の局面は本酵素に関連する核酸を提供する。即ち、本酵素をコードする遺伝子、本酵素をコードする核酸を同定するためのプローブとして用いることができる核酸、本酵素をコードする核酸を増幅又は突然変異等させるためのプライマーとして用いることができる核酸が提供される。
【0029】
本酵素をコードする遺伝子は典型的には本酵素の調製に利用される。本酵素をコードする遺伝子を用いた遺伝子工学的調製法によれば、より均質な状態の本酵素を得ることが可能である。また、当該方法は大量の本酵素を調製する場合にも好適な方法といえる。尚、本酵素をコードする遺伝子の用途は本酵素の調製に限られない。例えば、本酵素の作用機構の解明などを目的とした実験用のツールとして、或いは酵素の更なる変異体をデザイン又は作製するためのツールとして、当該核酸を利用することもできる。
【0030】
本明細書において「本酵素をコードする遺伝子」とは、それを発現させた場合に本酵素が得られる核酸のことをいい、本酵素のアミノ酸配列に対応する塩基配列を有する核酸は勿論のこと、そのような核酸にアミノ酸配列をコードしない配列が付加されてなる核酸をも含む。また、コドンの縮重も考慮される。
【0031】
本酵素をコードする遺伝子の配列の例を配列番号25(K354V変異酵素をコードする配列)、配列番号26(K354I変異酵素をコードする配列)、配列番号27(K354P変異酵素をコードする配列)、配列番号28(K354Q変異酵素をコードする配列)に示す。
【0032】
本発明の核酸は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。
【0033】
本発明の他の態様では、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列と比較した場合にそれがコードするタンパク質の機能は同等であるものの一部において塩基配列が相違する核酸(以下、「等価核酸」ともいう。また、等価核酸を規定する塩基配列を「等価塩基配列」ともいう)が提供される。等価核酸の例として、本酵素をコードする核酸の塩基配列を基準として1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、本酵素に特徴的な酵素活性(即ちGDH活性)を有するタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該核酸がコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2~40塩基、好ましくは2~20塩基、より好ましくは2~10塩基である。
【0034】
等価核酸は、基準となる塩基配列(配列番号25~28のいずれかの配列)に対して、例えば60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、より一層好ましくは85%以上、さらに好ましくは約90%以上、さらに一層好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する。
【0035】
以上のような等価核酸は例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などによって得られる。また、紫外線照射など他の方法によっても等価核酸を得ることができる。
【0036】
本発明の他の態様は、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列に対して相補的な塩基配列を有する核酸に関する。本発明の更に他の態様は、本発明の本酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列に対して少なくとも約60%、70%、80%、90%、95%、99%、99.9%同一な塩基配列を有する核酸を提供する。
【0037】
本発明の更に別の態様は、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列又はその等価塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有する核酸に関する。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約42℃~約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃~約70℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0038】
本発明の更に他の態様は、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列の一部を有する核酸(核酸断片)を提供する。このような核酸断片は、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列を有する核酸などを検出、同定、及び/又は増幅することなどに用いることができる。核酸断片は例えば、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列において連続するヌクレオチド部分(例えば約10~約100塩基長、好ましくは約20~約100塩基長、更に好ましくは約30~約100塩基長)にハイブリダイズする部分を少なくとも含むように設計される。プローブとして利用される場合には核酸断片を標識化することができる。標識化には例えば、蛍光物質、酵素、放射性同位元素を用いることができる。
【0039】
本発明のさらに他の局面は、本発明の遺伝子(本酵素をコードする遺伝子)を含む組換えDNAに関する。本発明の組換えDNAは例えばベクターの形態で提供される。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいう。
【0040】
使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。大腸菌を宿主とするベクターとしてはM13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)等、酵母を宿主とするベクターとしてはpYepSec1、pMFa、pYES2等、昆虫細胞を宿主とするベクターとしてはpAc、pVL等、哺乳類細胞を宿主とするベクターとしてはpCDM8、pMT2PC等を例示することができる。
【0041】
本発明のベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や、発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には、選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0042】
本発明の核酸のベクターへの挿入、選択マーカー遺伝子の挿入(必要な場合)、プロモーターの挿入(必要な場合)等は標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を用いて行うことができる。
【0043】
宿主細胞としては、取り扱いの容易さの点から、大腸菌(エシェリヒア・コリ)、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)、糸状菌(アスペルギルス・オリゼ)などの微生物を用いることが好ましいが、組換えDNAが複製可能で且つ本酵素の遺伝子が発現可能な宿主細胞であれば利用可能である。大腸菌の例としてT7系プロモーターを利用する場合は大腸菌BL21(DE3)pLysS、そうでない場合は大腸菌JM109を挙げることができる。また、出芽酵母の例として出芽酵母SHY2、出芽酵母AH22あるいは出芽酵母INVSc1(インビトロジェン社)を挙げることができる。
【0044】
本発明の更に他の局面は、本発明の組換えDNAを保有する微生物(即ち形質転換体)に関する。本発明の微生物は、上記本発明のベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって得ることができる。例えば、塩化カルシウム法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー(J.Mol. Biol.)、第53巻、第159頁 (1970))、ハナハン(Hanahan)法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー、第166巻、第557頁 (1983))、SEM法(ジーン(Gene)、第96巻、第23頁(1990)〕、チャング(Chung)らの方法(プロシーディングズ オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシーズ オブ ザ USA、第86巻、第2172頁(1989))、リン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter,H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))等によって実施することができる。尚、本発明の微生物は、本酵素を生産することに利用することができる。
【0045】
4.変異酵素の調製法
本発明の更なる局面は本酵素の調製法に関する。本発明の調製法では、本発明者らが取得に成功した変異酵素を遺伝子工学的手法で調製する。具体的には、まず本酵素をコードする遺伝子を用意する(ステップ(1))。具体的には、例えば、配列番号21~24のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸を用意する。ここで、「配列番号21~24のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸」は、それを発現させた場合に当該アミノ酸配列を有するポリペプチドが得られる核酸であり、当該アミノ酸配列に対応する塩基配列からなる核酸は勿論のこと、そのような核酸に余分な配列(アミノ酸配列をコードする配列であっても、アミノ酸配列をコードしない配列であってもよい)が付加されていてもよい。また、コドンの縮重も考慮される。「配列番号21~24のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸」は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。ここで、配列番号21のアミノ酸配列、配列番号22のアミノ酸配列、配列番号23のアミノ酸配列、配列番号24のアミノ酸配列はいずれも、アスペルギルス・イイズカエNo.5453株由来GDHのアミノ酸配列に変異を施したものである。従って、アスペルギルス・イイズカエNo.5453株由来GDHをコードする遺伝子(配列番号2の塩基配列)に対して必要な変異を加えることによっても、配列番号21~24のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸(遺伝子)を得ることができる。位置特異的塩基配列置換のための方法は当該技術分野において数多く知られており(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照)、その中から適切な方法を選択して用いることができる。位置特異的変異導入法として、位置特異的アミノ酸飽和変異法を採用することができる。位置特異的アミノ酸飽和変異法は、タンパクの立体構造を基に、求める機能の関与する位置を推定し、アミノ酸飽和変異を導入する「Semi-rational,semi-random」手法である(J.Mol.Biol.331,585-592(2003))。例えば、Quick change(ストラタジーン社)等のキット、Overlap extention PCR(Nucleic Acid Res. 16,7351-7367(1988))を用いて位置特異的アミノ酸飽和変異を導入することが可能である。PCRに用いるDNAポリメラーゼはTaqポリメラーゼ等を用いることができる。但し、KOD-PLUS-(東洋紡社)、Pfu turbo(ストラタジーン社)などの精度の高いDNAポリメラーゼを用いることが好ましい。
【0046】
ステップ(1)に続いて、用意した遺伝子を発現させる(ステップ(2))。例えば、まず上記遺伝子を挿入した発現ベクターを用意し、これを用いて宿主細胞を形質転換する。次に、発現産物である変異酵素が産生される条件下で形質転換体を培養する。形質転換体の培養は常法に従えばよい。培地に使用する炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えばグルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、糖蜜、ピルビン酸などが使用される。また、窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物などが使用される。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。
【0047】
培養温度は培養対象の形質転換体の生育特性や変異型酵素の産生特性などを考慮して設定することができる。好ましくは30℃~40℃の範囲内(より好ましくは37℃付近)で設定することができる。培養時間は、培養対象の形質転換体の生育特性や変異型酵素の産生特性などを考慮して設定することができる。培地のpHは、形質転換体が生育し且つ酵素が産生される範囲内に調製される。好ましくは培地のpHを6.0~9.0程度(好ましくはpH7.0付近)とする。
【0048】
続いて、発現産物(変異酵素)を回収する(ステップ(3))。培養後の菌体を含む培養液をそのまま、或いは濃縮、不純物の除去などを経た後に酵素溶液として利用することもできるが、一般的には培養液又は菌体より発現産物を一旦回収する。発現産物が分泌型タンパク質であれば培養液より、それ以外であれば菌体内より回収することができる。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理して不溶物を除去した後、減圧濃縮、膜濃縮、硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムを利用した塩析、メタノールやエタノール又はアセトンなどによる分別沈殿法、透析、加熱処理、等電点処理、ゲルろ過や吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィー(例えば、セファデックス(Sephadex)ゲル(GEヘルスケアバイオサイエンス)などによるゲルろ過、DEAEセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、オクチルセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、CMセファロースCL-6B(GEヘルスケアバイオサイエンス))などを組み合わせて分離、精製を行ことにより変異酵素の精製品を得ることができる。他方、菌体内から回収する場合には、培養液をろ過、遠心処理等することによって菌体を採取し、次いで菌体を加圧処理、超音波処理などの機械的方法またはリゾチームなどによる酵素的方法で破壊した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより変異酵素の精製品を得ることができる。
【0049】
酵素の精製度は特に限定されないが、例えば比活性が10~1000(U/mg)、好ましくは比活性が50~500(U/mg)の状態に精製することができる。また、最終的な形態は液体状であっても固体状(粉体状を含む)であってもよい。
【0050】
上記のようにして得られた精製酵素を、例えば凍結乾燥や真空乾燥或いはスプレードライなどにより粉末化して提供することも可能である。その際、精製酵素を予めリン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液、トリス塩酸緩衝液やGOODの緩衝液に溶解させておいてもよい。好ましくは、リン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液を使用することができる。尚、ここでGOODの緩衝液としてはPIPES、MES又はMOPSが挙げられる。
【0051】
通常は、以上のように適当な宿主-ベクター系を利用して遺伝子の発現~発現産物(変異酵素)の回収を行うが、無細胞合成系を利用することにしてもよい。ここで、「無細胞合成系(無細胞転写系、無細胞転写/翻訳系)」とは、生細胞を用いるのではく、生細胞由来の(或いは遺伝子工学的手法で得られた)リボソームや転写・翻訳因子などを用いて、鋳型である核酸(DNAやmRNA)からそれがコードするmRNAやタンパク質をin vitroで合成することをいう。無細胞合成系では一般に、細胞破砕液を必要に応じて精製して得られる細胞抽出液が使用される。細胞抽出液には一般に、タンパク質合成に必要なリボソーム、開始因子などの各種因子、tRNAなどの各種酵素が含まれる。タンパク質の合成を行う際には、この細胞抽出液に各種アミノ酸、ATP、GTPなどのエネルギー源、クレアチンリン酸など、タンパク質の合成に必要なその他の物質を添加する。勿論、タンパク質合成の際に、別途用意したリボソームや各種因子、及び/又は各種酵素などを必要に応じて補充してもよい。
【0052】
タンパク質合成に必要な各分子(因子)を再構成した転写/翻訳系の開発も報告されている(Shimizu, Y. et al.: Nature Biotech., 19, 751-755, 2001)。この合成系では、バクテリアのタンパク質合成系を構成する3種類の開始因子、3種類の伸長因子、終結に関与する4種類の因子、各アミノ酸をtRNAに結合させる20種類のアミノアシルtRNA合成酵素、及びメチオニルtRNAホルミル転移酵素からなる31種類の因子の遺伝子を大腸菌ゲノムから増幅し、これらを用いてタンパク質合成系をin vitroで再構成している。本発明ではこのような再構成した合成系を利用してもよい。
【0053】
用語「無細胞転写/翻訳系」は、無細胞タンパク質合成系、in vitro翻訳系又はin vitro転写/翻訳系と交換可能に使用される。in vitro翻訳系ではRNAが鋳型として用いられてタンパク質が合成される。鋳型RNAとしては全RNA、mRNA、in vitro転写産物などが使用される。他方のin vitro転写/翻訳系ではDNAが鋳型として用いられる。鋳型DNAはリボソーム結合領域を含むべきであって、また適切なターミネータ配列を含むことが好ましい。尚、in vitro転写/翻訳系では、転写反応及び翻訳反応が連続して進行するように各反応に必要な因子が添加された条件が設定される。
【0054】
5.変異酵素の用途
本発明の更なる局面は本酵素の用途に関する。この局面ではまず、本酵素を用いたグルコース測定法が提供される。本発明のグルコース測定法では本酵素による酸化還元反応を利用して試料中のグルコース量を測定する。この反応による変化が利用できる各種用途に本発明を適用可能である。
【0055】
本発明は例えば血糖値の測定、食品(調味料や飲料など)中のグルコース濃度の測定などに利用される。また、発酵食品(例えば食酢)又は発酵飲料(例えばビールや酒)の製造工程において発酵度を調べるために本発明を利用してもよい。
【0056】
本発明はまた、本酵素を含むグルコース測定用試薬を提供する。当該試薬は上記の本発明のグルコース測定法に使用される。グルコース測定用試薬の安定化や使用時の活性化等を目的として、血清アルブミン、タンパク質、界面活性剤、糖類、糖アルコール、無機塩類等を添加してもよい。
【0057】
グルコース測定用試薬を測定キットの構成要素にすることもできる。換言すれば、本発明は、上記グルコース測定用試薬を含むキット(グルコース測定用キット)も提供する。本発明のキットは必須の構成要素として上記グルコース測定用試薬を含む。また、反応用試薬、緩衝液、グルコース標準液、容器などを任意の要素として含む。尚、本発明のグルコース測定キットには通常、使用説明書が添付される。
【0058】
本酵素を利用してグルコースセンサを構成することが可能である。即ち、本発明は、本酵素を含むグルコースセンサも提供する。本発明のグルコースセンサの典型的な構造では、絶縁性基板上に作用電極及び対極を備えた電極系が形成され、その上に本酵素とメディエータを含む試薬層が形成される。参照電極も備えた測定系を用いることにしてもよい。このような、いわゆる3電極系の測定系を用いれば、参照電極の電位を基準として作用電極の電位を表すことが可能となる。各電極の材料は特に限定されない。作用電極及び対極の電極材料の例を示せば、金(Au)、カーボン(C)、白金(Pt)、チタン(Ti)である。メディエータとしてはフェリシアン化合物(フェリシアン化カリウムなど)、金属錯体(ルテニウム錯体、オスミウム錯体、バナジウム錯体など)、キノン化合物(ピロロキノリンキノンなど)などが使用される。尚、グルコースセンサの構成、グルコースセンサを利用した電気化学的測定法については、例えば、バイオ電気化学の実際-バイオセンサ・バイオ電池の実用展開-(2007年3月発行、シーエムシー出版)に詳しい。
【0059】
本酵素を酵素剤の形態で提供することもできる。本発明の酵素剤は有効成分(本酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。賦形剤としてはデンプン、デキストリン、マルトース、トレハロース、乳糖、D-グルコース、ソルビトール、D-マンニトール、白糖、グリセロール等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としてはエタノール、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【実施例】
【0060】
1.微生物からのスクリーニング
公的機関から入手した保存菌株や自然界から入手した菌株を含む13,000株を培養して得られた培養液を試料として、以下の条件、即ち、グルコースデヒドロゲナーゼ活性が高いこと、マルトースに反応しないこと、キシロースへの反応性が低いこと、及びグルコースオキシダーゼ活性を示さないこと、を満たすものを以下の方法で選出した。
【0061】
グルコースデヒドロゲナーゼ活性の測定方法
(測定試液)
100 mmol/L PIPES cont. 0.1%(w/v) Triton X-100 pH 7.0: 24mL
3 mmol/L 1-Methoxy PMS(Phenazine methanesulfate): 2mL
6.6 mmol/L NTB(Nitrotetrazorium blue): 1mL
1 mol/L グルコース: 3mL
【0062】
(測定手順)
サンプルを20μLずつ96wellプレートに分注後、測定試液を1ウェルあたり200μLずつ添加し、37℃、60分後、570nmの吸光度をプレートリーダーで測定した。上記測定試液のうち、グルコースをマルトース又はキシロースへ変更して同様に測定し、マルトース、キシロースへの反応性も確認した。
【0063】
グルコースオキシダーゼ活性の測定方法
(測定試液)
100 mmol/L PIPES cont. 0.1%(w/v) Triton X-100 pH 7.0: 23mL
5g/dL フェノール試液: 0.5mL
25u/mL PO“Amano”3(天野エンザイム株式会社)溶液: 3mL
0.5g/dL 4-アミノアンチピリン試液: 0.5mL
1 mol/L グルコース: 3mL
【0064】
(測定手順)
サンプルを20μLずつ96wellプレートに分注後、測定試液を1ウェルあたり200μLずつ添加し、37℃、60分後、500nmの吸光度をプレートリーダーで測定した。
【0065】
検討の結果、マルトースに反応せず、キシロースへの反応性が低く、しかもグルコースオキシダーゼではない、Aspergillus iizukae No.5453株の生産するグルコースデヒドロゲナーゼが見出された。Aspergillus iizukae No.5453株について、マルトース及びキシロースへの反応性とグルコースオキシダーゼ(GO)活性を以下の表に示す。マルトース及びキシロースへの反応性は、グルコースへの反応性を100%としたときの相対値(マルトース(又はキシロース)を基質とした場合の測定値/グルコースを基質とした場合の測定値 × 100)で表した。また、グルコースオキシダーゼ(GO)はグルコースデヒドロゲナーゼに対する相対値(グルコースオキシダーゼ(GO)活性の測定値/グルコースデヒドロゲナーゼ活性の測定値 × 100)で表した。比較のため、グルコースオキシダーゼ(Aspergillus niger由来)、PQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(Acinetobacter calcoaceticus由来)、FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(Aspergillus oryzae由来)の結果も示した。
【表1】
【0066】
Aspergillus iizukae No.5453株の生産するグルコースデヒドロゲナーゼは、既存のPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼ及びFAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼと比較して優位にマルトース及びキシロースへの反応性が低いことがわかる。尚、Aspergillus iizukae No.5453株は独立行政法人製品評価技術基盤機構(NBRC)(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に保存されているAspergillus iizukae Sugiyama NBRC 8869と同一株である。
【0067】
2.精製酵素の調製
以上の検討によって見出された、Aspergillus iizukae No.5453株の生産するグルコースデヒドロゲナーゼについて、その精製酵素を取得すべく、Aspergillus iizukae No.5453株を以下の培地で30℃、5日間培養した。得られた培養液から菌体を除去し、粗酵素液とした。
(培地)
グルコース: 15.0%(w/v)
酵母エキス: 3.0%(w/v)
大豆ペプトン: 6.0%(w/v)
KH2PO4: 0.3%(w/v)
K2HPO4: 0.2%(w/v)
ヒドロキノン(pH6.0): 4mM
【0068】
粗酵素液を精製(塩析、疎水結合クロマト、イオン交換クロマト、ゲル濾過クロマトグラフィー)し、精製酵素を得た。精製酵素をゲル濾過(GEヘルスケア社製Superdex 200を使用)及びSDS-PAGEで分析した。SDS-PAGEの結果を
図1に示す。グルコースデヒドロゲナーゼ活性が最も高いフラクション(No.34)を以降の実験に使用した。
【0069】
3.N末端アミノ酸及び内部アミノ酸配列の決定
目的の酵素の活性ピークであるフラクションNo.34をSDS-PAGEで分離して得られたバンドについて、常法に従い、PVDF膜へブロッティングした後、N末アミノ酸解析を実施したところ、約60KDaのタンパク質(
図1、矢印)で「SSSYDYIVIGGGTSGLTVAN(配列番号3)」の配列情報が得られた。同配列を問い合わせ配列として、NCBIが提供するBLAST解析を実施したところ、グルコースデヒドロゲナーゼである可能性が高いことが判明した。BLAST解析結果を
図2に示す。
【0070】
次に、本タンパク質の全長配列を入手すべく、内部アミノ酸解析を実施した。まず、以下の方法でトリプシン処理し(ゲル内消化)、得られたペプチド断片を高速液体クロマトグラフ(HPLC)で分離した。その後、プロテインシークエンサーPPSQ-33A(株式会社島津製作所)を用いてアミノ酸解析をした。
【0071】
(トリプシン処理)
(i)電気泳動後のゲル試料を適当な大きさに切断する。
(ii)2-メルカプトエタノール及び4-ビニルピリジンを用いて還元アルキル化処理。
(iii)緩衝液(0.1mol/L炭酸水素アンモニウム)中でプロメガ社製Sequencing Grade Modified Trypsinを用いて消化後、ゲルからペプチド断片を抽出する。
【0072】
(HPLC分離条件)
高速液体クロマトグラフ(HPLC): LC-20Aシステム(株式会社島津製作所)
カラム: Cadenza CD-C18(2.0mmI.D.×150mm)(インタクト株式会社)
カラム温度: 50℃
検出波長: 214mm
注入量: 70μL
移動相流速: 0.2mL/min
移動相A: 水/トリフルオロ酢酸(1000/1)
移動相B: アセトニトリル/水/トリフルオロ酢酸(800/200/1)
【0073】
HPLC分離で得られたピーク(13個のピークを特定し、保持時間の短い方から順に番号を付した)の解析によって同定したアミノ酸配列を
図3に示す。
【0074】
4.遺伝子配列の決定
上記3.で得られたN末アミノ酸解析結果とピークNo.5のアミノ酸解析結果に基づき、以下のプライマーを設計した。
プライマーGDH5453-F:TAYGAYTAYATHGTNATHGGNGGNGGNACNWSNGG(配列番号4)
プライマーGDH5453-5-1-R:NSWNGCDATRTGNACRTTNCC(配列番号5)
【0075】
Aspergillus iizukae No.5453株のゲノムDNAをテンプレートにして、設計したプライマーとPrimeSTAR(登録商標) Max DNA Polymerase(タカラバイオ株式会社)を用いてPCRを行い、増幅されたDNA断片を得た。PCR条件は以下の通りとした。
(反応液)
PrimeSTAR Max Premix(2×) 25μL
GDH5453-F 15 pmol
GDH5453-5-1-R 15 pmol
ゲノムDNA(1/1000希釈) 1μL
滅菌蒸留水で50μLに調整
(サイクル条件)
98℃で10秒、55℃で15秒、72℃で2分の条件で35サイクル
【0076】
得られたDNA断片をMighty Cloning Reagent Set (Blunt End)(タカラバイオ株式会社)を用いてサブクローニングし、常法に従いDNA断片の塩基配列を確認した。
【0077】
得られた塩基配列(配列番号6)に基づき、以下のプライマーを設計した。
プライマーFS51R07F:AACCGTCTGTCTGAAGACCC(配列番号7)
プライマーFS51R07R:TACTTCCTTTTGCTCG(配列番号8)
【0078】
上記DNA断片をテンプレートにして、設計したプライマーとPCR DIG Probe Synthesis Kit(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を用いてPCRを行い、ジゴキシゲニン標識されたDNAプローブを得た。このプローブを用いてサザンハイブリダイゼーションを行った。染色体DNAを制限酵素BamHI、KpnI、PstI、SacI、SphI、XbaIで完全消化したものと、これら制限酵素と制限酵素SalIを組み合わせて完全消化したものを0.8%アガロース電気泳動で分離した。続いて、ゼータープローブメンブレン(Bio-Rad株式会社)に転写し、サザンハイブリダイゼーション用の膜を得た。サザンハイブリダイゼーションは、DIG Easy Hyb. (ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を用い、常法に従って行った。アルカリホスファターゼで標識したジゴキシゲニン抗体を用いて検出し、検出結果から目的遺伝子周辺の制限酵素マップ(
図4)を作製した。
【0079】
目的DNA周辺の制限酵素マップより、制限酵素SphIで完全消化した約5.7Kbpの断片中に目的の遺伝子が含まれることが明らかとなったため、染色体DNAを制限酵素SphIで完全消化したものを0.8%アガロース電気泳動後、約5.7Kbp付近の断片をアガロースより回収し、pUC18(タカラバイオ株式会社)プラスミドの制限酵素SphIサイトに挿入した。当該組換えプラスミドで形質転換した大腸菌(E.coli)JM109(タカラバイオ株式会社)を1000株作製した。
【0080】
得られた形質転換体のコロニーをナイロンメンブレン(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)に転写した後、DIG Easy Hyb. (ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を用いてコロニーハイブリダイゼーションを常法で行ったところ、ポジティブクローンが数株得られた。当該クローンからプラスミドを回収し、常法に従い塩基配列を決定した。当該塩基配列(配列番号2)から予想されるアミノ酸配列(配列番号1)は上記3.で決定した精製酵素のN末端及び内部アミノ酸配列を含んでいた。このことから、得られた組換えプラスミドにはグルコースデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子が含まれることが確認された。
【0081】
5.アスペルギルス・オリゼ発現系での変異導入酵素の発現および評価
Aspergillus iizukae No.5453株由来GDHの遺伝子配列(配列番号2)をもとに以下のプライマーを設計した。
5453K354_FW: cctgtctcctaccccaac(配列番号16)
5453K354V_R1: ggggtaggagacaggaactccaccggagagagt(配列番号17)
5453K354I_R2: ggggtaggagacagggattccaccggagagagt(配列番号18)
5453K354P_R3: ggggtaggagacaggaggtccaccggagagagt(配列番号19)
5453K354Q_R4: ggggtaggagacaggttgtccaccggagagagt(配列番号20)
【0082】
Aspergillus iizukae No.5453株由来GDHの遺伝子配列がタカアミラーゼ改変CS3プロモーターとアスペルギルス・オリゼ由来FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼのターミネータ遺伝子の間につながれた発現カセットと、アスペルギルス・オリゼ由来オロチジン5'-リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(pyrG遺伝子)がpUC19に挿入された発現プラスミドpUCPGDH5453をテンプレートにして、設計したプライマーとPrimeSTAR(登録商標)Max DNA Polymerase(タカラバイオ株式会社)を用いてインバースPCRの原理を用いてPCRを行い、増幅されたDNA断片を得た。PCR条件は以下の通りとした。
(反応液)
PrimeSTAR Max Premix(2×) 25μL
FWプライマー 15 pmol
R1~4プライマー 15 pmol
プラスミドDNA 1μL
滅菌蒸留水で50μLに調整
(サイクル条件)
98℃で10秒、55℃で15秒、72℃で2分の条件で35サイクル
【0083】
得られたDNA断片をリン酸化後、ライゲーションを行い、続いて大腸菌に形質転換を行い、変異が導入された発現プラスミドを取得した。構築された発現プラスミドを用いて、アスペルギルス・オリゼRIB40のpyrG遺伝子欠損株を形質転換し、ウリジン要求性を利用して形質転換株を取得した。
【0084】
得られた形質転換株を用いて、可溶性でんぷんをC源にタカアミラーゼ誘導条件で液体培養し、変異酵素を含む培養液を取得した。得られた培養液から各種精製を行い、部分精製された変異酵素を取得した。部分精製した変異酵素用いて、以下の方法で至適温度を評価した。
【0085】
至適温度評価方法
本GDHは、電子受容体存在下でグルコースの水酸基を酸化してグルコノ-δ-ラクトンを生成する反応を触媒する。GDH活性の検出は、下記の反応系で行った。
【数1】
尚、式中のPMSはPhenazine methosulfateを表し、DCIPは2,6-Dichlorophenol-indophenol solutionを表す。
反応(1)において、グルコースの酸化に伴って還元型PMSが生成し、更に反応(2)において還元型PMSによるDCIPの還元により生成した還元型DCIPを600nmの波長で測定する。
【0086】
酵素活性(ユニット)は以下の計算式によって算出される。
【数2】
尚、式中のVtは総液量を、Vsはサンプル量を、16.3は還元型DCIPの1μmol当たりの吸光係数(cm
2/μmol)を、1.0は光路長(cm)を、dfは希釈倍数をそれぞれ表す。
【0087】
50mmol/L リン酸緩衝液pH 6.5 2.05mL、1mol/L グルコース溶液0.60mL、15mmol/L PMS溶液 0.10mL、2mmol/L DCIP溶液 0.15mLを混合し、各種測定温度で5分間保温後、0.1%BSAを含む50mmol/L リン酸緩衝液pH 6.5で希釈した酵素溶液を0.1mL添加し、反応を開始した。酵素反応の進行と共に600nmに吸収を持つ還元型DCIPが生成される。1分間あたりの600nmにおける吸光度の増加を測定することにより、GDH活性を測定した。
【0088】
測定結果を
図5に示す。354位のリジンをバリン、イソロイシン、プロリン、又はグルタミンに置換(部位特異的変異を導入)した変異酵素(K354V変異酵素、K354I変異酵素、K354P変異酵素、K354Q変異酵素)は、野生型酵素と比較して、37℃に対する20℃での活性(相対活性)が向上していた。尚、各変異酵素のアミノ酸配列及びそれをコードする遺伝子配列は以下の通りである。
K354V変異酵素:配列番号21(アミノ酸配列);配列番号25(遺伝子配列)
K354I変異酵素:配列番号22(アミノ酸配列);配列番号26(遺伝子配列)
K354P変異酵素:配列番号23(アミノ酸配列);配列番号27(遺伝子配列)
K354Q変異酵素:配列番号24(アミノ酸配列);配列番号28(遺伝子配列)
【0089】
6.サッカロマイセス・セレビシエ発現系での変異導入酵素の発現、及び基質特異性の評価
Aspergillus iizukae No.5453株由来GDHの遺伝子配列をもとに、以下のプライマーを設計した。
GD41F: ccacagaaggcatttatgttgggcaaactcacgttctt(配列番号29)
GD42R: gctttatctaccaaactacacagcagcagcatcgg(配列番号30)
【0090】
5.の実験で構築した変異酵素発現用ベクターをテンプレートにして、設計したプライマーとPrimeSTAR(登録商標) Max DNA Polymerase(タカラバイオ株式会社)を用いてPCRを行い、増幅されたDNA断片を得た。PCR条件は以下の通りとした。
(反応液)
PrimeSTAR Max Premix(2×) 25μL
GD41F 15 pmol
GD42R 15 pmol
ゲノムDNA(1/1000希釈) 1μL
滅菌蒸留水で50μLに調整
(サイクル条件)
98℃で10秒、55℃で15秒、72℃で2分の条件で35サイクル
【0091】
PCR後の増幅産物をサッカロマイセス・セレビシエ発現系pYES2プラスミドに挿入して、変異導入後のプラスミドを構築した。構築された変異導入後のプラスミドを大腸菌DH5αに形質転換後、プラスミド抽出を行い、変異ライブラリーを作製した。得られたライブラリーをサッカロマイセス・セレビシエINVSc1(インビトロジェン社)に形質転換した。得られた形質転換株について液体培養を行い、GDH活性、及びキシロースを基質にした際の基質特異性を調べた。尚、培養実験操作はpYES2のマニュアルを参考にした。
【0092】
基質特異性評価方法
本GDHは、電子受容体存在下でグルコースの水酸基を酸化してグルコノ-δ-ラクトンを生成する反応を触媒する。GDH活性の検出は、下記の反応系で行った。
【数3】
尚、式中の1-Methoxy PMSは1-Methoxy phenazine methosulfateを表し、NTBはNitrotetrazorium blueを表す。
【0093】
反応(1)において、グルコースの酸化に伴って還元型1-Methoxy PMSが生成し、更に反応(2)において還元型1-Methoxy PMSによるNTBの還元により生成したDiformazanを570nmの波長で測定する。
【0094】
0.1% Triton X-100を含む50mmol/L PIPES-NaOH pH 7.0 24mL、1mol/L 基質溶液(グルコース又はキシロース) 3mL、3mmol/L 1-Methoxy PMS溶液 1mL、6.6mmol/L NTB溶液 3mLを混合し、アッセイ用試薬を調製した。各基質を含むアッセイ用試薬200μL対して20μLの培養上清を添加し、37℃で1時間反応させた後の570nmの吸光度をプレートリーダーにて測定した。キシロースへの反応性は、グルコースへの反応性を100%としたときの相対値(キシロースを基質とした場合の測定値/グルコースを基質とした場合の測定値 × 100)で表した。また、野性型酵素のキシロースへの反応性の値を100%とした場合の相対値も求めた。
【0095】
結果を以下の表に示す。354位のリジンをバリン、イソロイシン、プロリン、又はグルタミンに置換した変異酵素はキシロースへの反応性低下が顕著であり、野生型酵素に比較して格段に優れた基質特異性を示した。
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明のグルコースデヒドロゲナーゼは低温安定性に優れる。従って、低温環境下での利用が想定される用途(典型的には血糖測定器用のグルコースセンサ)に適する。本発明のグルコースデヒドロゲナーゼは基質特異性も改善されており、特にグルコースセンサへの利用に適したものである。
【0097】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【0098】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表フリーテキスト】
【0099】
配列番号4:人工配列の説明:プライマーGDH5453-F
配列番号5:人工配列の説明:プライマーGDH5453-5-1-R
配列番号6:人工配列の説明:PCR産物
配列番号7:人工配列の説明:プライマーFS51R07F
配列番号8:人工配列の説明:プライマーFS51R07R
配列番号16:人工配列の説明:プライマー5453K354_FW
配列番号17:人工配列の説明:プライマー5453K354V_R1
配列番号18:人工配列の説明:プライマー5453K354I_R2
配列番号19:人工配列の説明:プライマー5453K354P_R3
配列番号20:人工配列の説明:プライマー5453K354Q_R4
配列番号21:人工配列の説明:K354V変異酵素
配列番号22:人工配列の説明:K354I変異酵素
配列番号23:人工配列の説明:K354P変異酵素
配列番号24:人工配列の説明:K354Q変異酵素
配列番号25:人工配列の説明:K354V変異酵素
配列番号26:人工配列の説明:K354I変異酵素
配列番号27:人工配列の説明:K354P変異酵素
配列番号28:人工配列の説明:K354Q変異酵素
配列番号29:人工配列の説明:プライマーGD41F
配列番号30:人工配列の説明:プライマーGD42R
【配列表】