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特許7045042ヒト癌細胞転移阻害薬およびヒト癌細胞判定薬
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-23
(45)【発行日】2022-03-31
(54)【発明の名称】ヒト癌細胞転移阻害薬およびヒト癌細胞判定薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/08 20190101AFI20220324BHJP
   A61K 38/10 20060101ALI20220324BHJP
   A61K 38/17 20060101ALI20220324BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20220324BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20220324BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20220324BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20220324BHJP
【FI】
A61K38/08 ZNA
A61K38/10
A61K38/17
A61P35/04
G01N33/574 D
C12N15/12
C07K14/47
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019556118
(86)(22)【出願日】2018-09-26
(86)【国際出願番号】 JP2018035776
(87)【国際公開番号】W WO2019102710
(87)【国際公開日】2019-05-31
【審査請求日】2020-05-20
(31)【優先権主張番号】P 2017223565
(32)【優先日】2017-11-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】517407660
【氏名又は名称】三輪 尚史
(73)【特許権者】
【識別番号】517407671
【氏名又は名称】青山 まゆ
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(74)【代理人】
【識別番号】100188606
【弁理士】
【氏名又は名称】安西 悠
(72)【発明者】
【氏名】三輪 尚史
(72)【発明者】
【氏名】青山 まゆ
【審査官】横田 倫子
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-524803(JP,A)
【文献】特表2007-517058(JP,A)
【文献】特表2017-524337(JP,A)
【文献】Cancer Lett., 1995, Vol.89, p.195-200
【文献】愛媛医学, 2010, Vol.29 No.2, p.60-69
【文献】Histopathology, 2005, Vol.46, p.256-269
【文献】J Cell Biochem., 2012, Vol.113, p.3762-3772
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
A61P 35/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドを含む、ヒト癌細胞転移阻害薬であって、
前記部分ペプチドは、
配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有する部分ペプチド、又は、
配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有する部分ペプチドである、
阻害薬。
【請求項2】
前記ヒトダイカルシンは配列番号1で表されるアミノ酸配列からなる、請求項1に記載の阻害薬。
【請求項3】
前記癌細胞が、卵巣癌、前立腺癌、大腸癌、乳癌、腎癌、肺癌、神経膠腫、網膜芽細胞腫、及びリンパ腫からなる群から選択される1以上の癌又は腫瘍の細胞である、請求項1又は2に記載の阻害薬。
【請求項4】
配列番号7のアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有するペプチド、
配列番号7のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有するペプチド、又は
それらの薬理学的に許容される塩。
【請求項5】
ヒトダイカルシンの部分ペプチドを含む、前記部分ペプチドがヒト癌細胞に存在するGM1bガングリオシドに結合した際に癌細胞であると判定するヒト癌細胞判定薬であって、
前記部分ペプチドは、
配列番号のアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に存在するGM1bガングリオシドに結合する部分ペプチド、又は、
配列番号のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に存在するGM1bガングリオシドに結合する部分ペプチドである、
判定薬。
【請求項6】
前記癌細胞が、卵巣癌、前立腺癌、大腸癌、乳癌、腎癌、肺癌、神経膠腫、網膜芽細胞腫、及びリンパ腫からなる群から選択される1以上の癌又は腫瘍の細胞である、請求項5に記載の判定薬。
【請求項7】
配列番号7のアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に結合するペプチド、
配列番号7のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に結合するペプチド、又は
それらの薬理学的に許容される塩。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト癌細胞転移阻害薬およびヒト癌細胞判定薬に関する。
【背景技術】
【0002】
癌細胞(悪性腫瘍細胞)が腫瘍塊から血行リンパ性転移や播種により他組織に転移する分子メカニズムの解明は癌の基盤研究であり、その研究成果を臨床段階に展開する可能性の模索は社会的要請である。例えば、卵巣癌では、腹膜播種性転移が治療を困難にしており、転移の分子機序の解明およびその制御の医学的要求は高い。
卵巣癌の転移阻害剤としては、例えば、主流であるシスプラチンや、カルボプラチン、ドセタキセル、パクリタキセル(非特許文献1)のほか、フラーレン類を有効成分とする卵巣癌転移阻害剤や(特許文献1)、L‐アスコルビン酸‐2‐リン酸類を有効成分とする卵巣癌転移阻害剤(特許文献2)などが開発されているが、蛋白質製剤やペプチド製剤は、なおもって新規開発や改良の余地がある。
【0003】
また、癌の診断においては、細胞や組織の病理診断が重要な役割をもつ。病理診断では、組織から剥離された細胞や切除された組織を染色し顕微鏡を用いて癌細胞を観察する。したがって、癌細胞の同定に寄与する染色方法の開発は、病理診断の判定精度を高め、癌診断および治療に貢献すると考えられる。
【0004】
ガングリオシドは数十種類からなる糖脂質ファミリーであり、形質膜(特に脂質ラフト)上に存在する。ガングリオシドは、細胞外シグナルを受容する受容体の活性化に作用し、Erk1/2を始めとする下流の細胞内情報伝達系に影響を与え、細胞移動を含む様々な細胞事象に関わることが知られる。その中で、GM1bガングリオシドは、例えば、前立腺癌の細胞株HH870や網膜芽細胞腫の細胞株Y79、リンパ腫の細胞株YAC-1などで発現していることが知られている(非特許文献2~4)。また、GM1b発現量の低下時においては、in vitroにおける癌細胞浸潤が抑制されることから、GM1bは癌細胞内情報伝達に影響を与え、細胞移動能、転移能を亢進させることが示唆されている(非特許文献5)。
【0005】
一方で、アフリカツメガエル卵から受精効率を調節する因子であるダイカルシン(Dicalcin, DC)という物質が同定されている(非特許文献6)。ダイカルシンは卵保護膜(卵を取り囲む細胞外基質)を構成する糖タンパク質に結合し、卵保護膜全体にわたって細胞外基質フィラメントの配向を制御することが知られている。また、哺乳動物におけるダイカルシンの分子系統解析により、S100A11が相同タンパク質であることが明らかになった(非特許文献7)。ダイカルシン(S100A11)は低分子カルシウム結合タンパク質であるS100タンパク質ファミリーのメンバーであり、ヒト、マウス、ブタ等で存在が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-272350号公報
【文献】特開平8-291075号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Hassan MS, et. al., PLoS ONE, 12(2): e0171824 (2017)
【文献】Ravindranath MH, et. al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 5, 324(1), 154-65 (2004)
【文献】Bhuiyan RH, et al., Glycobiology, 26(9), 984-998 (2016)
【文献】Zarei M, et al., Glycobiology, 20(1), 118-26 (2010)
【文献】Kroes RA, et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 107(28), 12646-51 (2010)
【文献】Miwa, et. al., J. Biol. Chem., 285, 15627-15636 (2010)
【文献】Hanaue, et. al., Mol. Reprod. Dev., 78, 91-103 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ヒト癌細胞の転移を阻害する新たな薬剤であって、好ましくは、従来の転移阻害剤よりも低用量で効果を奏する薬剤の提供を課題とする。また、本発明は、ヒトにおいて対象とする細胞が癌細胞であるか否かを判定する新たな薬剤であって、好ましくは、短時間で該判定をする薬剤の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ヒト癌細胞の転移を阻害する新たな物質の探索、改良を行ったところ、ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドがヒト癌細胞の転移を有効に阻害することを見出した。また、該ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドは、ヒト癌細胞の転移を阻害する際に該癌細胞に結合するため、対象とする細胞が癌細胞であるか否かを判定するのに有用であることを見出し、本発明を完成した。本発明は以下の通りである。
【0010】
〔1〕ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドを含む、ヒト癌細胞転移阻害薬。
〔2〕前記ヒトダイカルシンは配列番号1で表されるアミノ酸配列からなる、〔1〕に記載の阻害薬。
〔3〕前記部分ペプチドは、配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有する部分ペプチド、又は、配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有する部分ペプチドである、〔1〕に記載の阻害薬。
〔4〕前記癌細胞が、卵巣癌、前立腺癌、大腸癌、乳癌、腎癌、肺癌、神経膠腫、網膜芽細胞腫、及びリンパ腫からなる群から選択される1以上の癌又は腫瘍の細胞である、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の阻害薬。
〔5〕配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有するペプチド、配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有するペプチド、又はそれらの薬理学的に許容される塩。
〔6〕ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドを含む、ヒト癌細胞判定薬。
〔7〕前記ヒトダイカルシンは配列番号1で表されるアミノ酸配列からなる、〔6〕に記載の判定薬。
〔8〕前記部分ペプチドは、配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に結合する部分ペプチド、又は、配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に結合する部分ペプチドである、〔6〕に記載の判定薬。
〔9〕前記癌細胞が、卵巣癌、前立腺癌、大腸癌、乳癌、腎癌、肺癌、神経膠腫、網膜芽細胞腫、及びリンパ腫からなる群から選択される1以上の癌又は腫瘍の細胞である、〔6〕~〔8〕のいずれかに記載の判定薬。
〔10〕配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に結合するペプチド、配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に結合するペプチド、又はそれらの薬理学的に許容される塩。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ヒト癌細胞の転移を阻害する新たな薬剤が提供できる。該薬剤は、従来のヒト癌細胞転移阻害剤よりも低用量で効果を奏する。また、本発明によれば、ヒトにおいて対象とする細胞が癌細胞であるか否かを判定する新たな薬剤が提供できる。該薬剤は、短時間で該判定ができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1-1】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図1-2】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図1-3】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図2】本発明の一実験例における細胞浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
図3】本発明の一実験例における細胞接着アッセイの結果を示すグラフである。
図4】本発明の一実験例における細胞生存アッセイの結果を示すグラフである。
図5-1】本発明の一実験例におけるマウスダイカルシン全長における部分ペプチドp1~p7の位置を示す図である。
図5-2】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図5-3】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図5-4】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図5-5】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図5-6】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図5-7】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図5-8】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図5-9】本発明の一実験例における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図5-10】本発明の一実験例における細胞結合実験の結果を示すグラフである。
図6】本発明の一実験例における細胞浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
図7】本発明の一実験例における細胞浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
図8】本発明の一実験例における細胞移動アッセイの結果である。(a)は蛍光顕微鏡像であり(図面代用写真)、(b)は移動距離の結果を示すグラフである。
図9】本発明の一実験例における細胞浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
図10】本発明の一実験例における細胞生存アッセイの結果を示すグラフである。
図11-1】本発明の一実験例における細胞結合実験における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図11-2】本発明の一実験例における細胞結合実験における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図12-1】本発明の一実験例における細胞浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
図12-2】本発明の一実験例における細胞結合実験における共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
図12-3】本発明の一実験例における細胞浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
図13】本発明の一実験例において調製した、蛍光蛋白質tdTomatoを発現するマウス卵巣腫瘍細胞株OV2944細胞に関する情報を示す図である。(a)および(b)は蛍光蛋白質tdTomatoに関するFACSの結果であり、(c)はtdTomatoを発現するOV2944細胞の蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図14】本発明の一実験例における部分ペプチドp6の腹腔内注射スケジュールを示す図である。
図15-1】本発明の一実験例における、肝臓におけるtdTomato発現OV2944細胞の実体顕微鏡像である(図面代用写真)。(a)は、部分ペプチドp6又はコントロールペプチドp1を注射した場合のマウス肝臓の比較を示す像であり、(b)はtdTomato発現OV2944細胞のコロニーを示す像であり、(c)は、(b)の蛍光像における白枠部分の拡大像である。
図15-2】本発明の一実験例における、肝臓でのtdTomato発現OV2944細胞のコロニー数の結果を示すグラフである。
図16-1】本発明の一実験例におけるマウスの生存分析結果を示すグラフである。
図16-2】本発明の一実験例におけるマウスの生存分析結果を示すグラフである。
図17-1】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-2】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-3】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-4】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-5】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-6】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-7】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-8】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-9】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-10】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-11】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図17-12】本発明の一実験例におけるペプチドの細胞への結合を示す蛍光顕微鏡像である(図面代用写真)。
図18】本発明の一実験例における糖鎖結合実験の結果を示すグラフである。
図19】本発明の一実験例におけるペプチド結合阻害アッセイの結果である。(a)及び(b)は共焦点顕微鏡像であり(図面代用写真)、(c)は蛍光強度の測定位置と蛍光強度との関係を示すグラフであり、(d)はGM1b及び/又はGT1cの濃度と蛍光強度との関係を示すグラフである。
図20】本発明の一実験例におけるErk1/2タンパク質の活性化に関する実験の結果である。(a)はウエスタンブロット像であり(図面代用写真)、(b)は反応時間とErkに対するpErkの比(pErk/Erk)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一実施形態は、ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドを含む、ヒト癌細胞転移阻害薬である。
本実施態様のヒト癌細胞転移阻害薬が含むヒトダイカルシンは、ヒト癌細胞の転移を阻害する活性を有する限り特に限定されないが、その一例は、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるヒトダイカルシンであり、配列番号1で表されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列であってもよい。
【0014】
ヒトダイカルシンの部分ペプチドとしては、ヒト癌細胞の転移阻害活性を有する限り特に限定されないが、好ましくは、それぞれ実施例のhDC-p2, 4, 5, 6, 7に相当する配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列からなる部分ペプチドであり、より好ましくは、それぞれ実施例のhDC-p2, 5, 6, 7に相当する配列番号3、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列からなる部分ペプチドであり、さらに好ましくは、実施例のhDC-p6に相当する配列番号7のアミノ酸配列からなる部分ペプチドである。
また、該部分ペプチドは、配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有する部分ペプチドであってもよい。なお、1~数個とは、好ましくは1~3個、より好ましくは1~2個、さらに好ましくは1個である。アミノ酸がN末端側及び/又はC末端側に付加される場合も同様である。
【0015】
置換は保存的置換が好ましく、保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換することを指す。保存的置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。
【0016】
挿入されるアミノ酸配列としては、ヒト癌細胞の転移阻害活性が保持される限り特に制限されない。また、付加されるアミノ酸配列としては、ヒト癌細胞の転移阻害活性が保持される限り、例えば、蛍光蛋白質や、発現の定量や分離に用いるためのタグ蛋白質となるように、由来の異なるアミノ酸配列が付加されていてもよい。蛍光蛋白質とすれば該蛋白質の追跡等ができるし、タグ蛋白質とすれば分離精製等ができる。いずれも、常法に従って行うことができる。
【0017】
また、ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドには、対象とする癌細胞が存在する組織に選択的に運ばれるアミノ酸配列が付加されていてもよい。このような配列が付加されることで、正常細胞を損傷させることなく、対象とする癌細胞にのみ、本実施態様の効果を発揮させることができる。
【0018】
また、ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドは修飾されていてもよい。該修飾としては、アミド化、脂質鎖の付加(脂肪族アシル化(パルミトイル化、ミリストイル化等)、プレニル化(ファルネシル化、ゲラニルゲラニル化等)等)、リン酸化(セリン残基、スレオニン残基、チロシン残基等におけるリン酸化)、アセチル化、糖鎖の付加(N-グリコシル化、O-グリコシル化)等を挙げることができる。
【0019】
該ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドを取得する方法は特に制限されず、例えば、従来の遺伝子工学的手法や分子生物学的手法等が挙げられる。例えば、該ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドをコードする組換え発現ベクターを作製し、宿主に導入して発現させ、精製して取得すること等が挙げられる。また、ペプチド合成により取得してもよい。
【0020】
本実施態様のヒト癌細胞転移阻害薬は、前記ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドを単独又は複数種含むことができる。また、公知の薬理学的に許容される担体等と配合するという公知の製剤化方法を採用することで製剤化してもよい。
製剤素材としては、例えば、界面活性剤、賦形剤、着色料、着香料、保存料、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張化剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤等が挙げられる。更にこれらに制限されず、公知の担体が使用できる。具体的には、軽質無水ケイ酸、乳糖、結晶セルロース、マンニトール、デンプン、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、中鎖脂肪酸トリグリセライド、白糖、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等が挙げられる。
【0021】
ヒト癌細胞は、卵巣癌、前立腺癌、大腸癌(例えば、直腸癌、結腸癌)、乳癌(例えば、乳管癌、浸潤性小葉癌、粘液癌、髄様癌)、腎癌、肺癌(例えば、小細胞癌)、神経膠腫、網膜芽細胞腫、リンパ腫、肝癌、膵癌、胃癌、子宮癌、喉頭癌、咽頭癌、舌癌等における癌細胞又は腫瘍細胞が挙げられる。中でも、卵巣癌、前立腺癌、大腸癌(例えば、直腸癌、結腸癌)、乳癌(例えば、乳管癌、浸潤性小葉癌、粘液癌、髄様癌)、腎癌、肺癌(例えば、小細胞癌)、神経膠腫、網膜芽細胞腫、リンパ腫における癌細胞又は腫瘍細胞が好ましい。
【0022】
ガングリオシドは主に形質膜上の脂質ラフト上に存在し、細胞外シグナルを受容する受容体の活性化に作用し、下流の細胞内情報伝達系に影響を与える。非特許文献5では、癌細胞においてGM1b発現量が低下すると、癌細胞の浸潤が抑制されることから、該癌細胞においては、GM1bによりErk1/2活性化が増強し、細胞移動能、転移能が亢進することも知られている。ここで、実施例に記載するように、マウスダイカルシンの部分ペプチドp6は、癌細胞形質膜上のGM1bに結合することが示唆された。したがって、該結合により、GM1bのErk1/2活性化およびそれによる転移能を亢進するという作用が阻害され、前記ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドが結合した癌細胞では、細胞移動能、転移能が抑制されると考えられる。
【0023】
本実施態様のヒト癌細胞転移阻害薬は粉末状でも液状でもよく、それら以外にも適当な剤形が選択できる。液状の場合、全量に対する前記ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドの含有量は、ヒト癌細胞の転移を阻害できれば特段限定されないが、溶解や保存等の都合から、ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドとして、総量で、好ましくは0.04 mg/mL以上、より好ましくは0.8 mg/mL以上、さらに好ましくは4 mg/mL以上であり、一方で、好ましくは500 mg/mL以下、より好ましくは200 mg/mL以下、さらに好ましくは50 mg/mL以下である。溶媒をはじめ製材素材は、従来の医薬に用いられるものを用いることができる。
【0024】
本実施態様のヒト癌細胞転移阻害薬のヒトへの適用方法は、経口投与でも非経口投与でもよいが、好ましくは非経口投与であり、さらに好ましくは注射投与である。注射投与としては、例えば、腹腔内注射、静脈内注射、筋肉内注射、皮下注射等が挙げられ、これにより全身または局部的に投与できる。また、患者の年齢、症状により適宜投与方法を選択することができる。
【0025】
投与量は、患者の年齢、体重、症状、投与経路、投与スケジュール、製剤形態、阻害活性の強さなどにより適宜選択できるが、本実施態様のヒト癌細胞転移阻害薬は従来のパクリタキセル等よりも低用量で同等の効果を奏するため、例えば、2日に一回の投与につき体重1kgあたり、好ましくは0.05 mg/kg以上、より好ましくは0.1 mg/kg以上、さらに好ましくは0.2 mg/kg以上であり、一方、好ましくは15 mg/kg以下、より好ましくは5 mg/kg以下、さらに好ましくは1 mg/kg以下である。尚、必ずしも2日に一回の投与スケジュールである必要はなく、2日に一回の投与に換算した場合に上記範囲に含まれる投与スケジュールであってよい。また、1日に投与する量を該1日内で数回に分けて投与してもよい。
【0026】
本発明の他の実施形態は、配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有するペプチド、配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるヒト癌細胞転移阻害活性を有するペプチド、又はそれらの薬理学的に許容される塩であり、それらの詳細は、前記の実施形態の説明を援用する。
【0027】
薬理学的に許容される塩としては、薬理学的に許容される酸(例えば、無機酸、有機酸)や、塩基(例えば、アルカリ金属塩)などとの塩が用いられ、薬理学的に許容される酸付加塩が好ましい。このような塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩などが挙げられる。これらの薬理学的に許容される塩は公知の方法で製造することができる。
【0028】
本発明の他の実施形態は、ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドを含む、ヒト癌細胞判定薬である。
実施例に記載するように、ヒトダイカルシンの部分ペプチドhDC-p6は、ヒト癌細胞に結合する。従って、前記ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドが結合する細胞は癌細胞であると判定できるため、前記ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドはヒト癌細胞判定薬として有用である。
対象とする細胞は、癌細胞であるか否かが判定される細胞であればよく、所望の細胞でよい。好ましくは、例えば、病理検査のようにヒトから採取した細胞でもよいし、未採取の生細胞のままでもよい。ヒトから細胞を採取する際のその採取方法は常法に従うことができる。また、ヒトから細胞を採取せずに生細胞をそのまま対象とする際には、例えば、スプレー式で対象部位に該判定薬を噴霧する方法等を採用してもよい。
細胞と前記ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドとの結合の検出は、細胞とタンパク質又はその部分ぺプチドとの結合を検出する常法により行うことができる。ヒトから採取した細胞を対象とする場合には、例えば、免疫細胞染色、免疫組織染色、薄層クロマトグラフィー、ウエスタンブロット等が挙げられる。ヒトから細胞を採取せずに生細胞を対象とする際には、例えば、生体染色法、蛍光染色法等が挙げられる。
【0029】
ヒトダイカルシン、その部分ペプチド、及びヒト癌細胞については、下記を除いて前記の実施形態の説明を援用する。
本実施態様のヒト癌細胞判定薬全量に対する前記ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドの含有量は、対象とするヒト細胞が癌細胞であるか否かを判定できれば特段限定されないが、使用時には、ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドとして、総量(終濃度)で、好ましくは0.1 μg/mL以上、より好ましくは0.2 μg/mL以上、さらに好ましくは0.5 μg/mL以上であり、一方で、好ましくは50 μg/mL以下、より好ましくは20 μg/mL以下、さらに好ましくは5 μg/mL以下である。また、保存の際等の使用時以外における濃度としては、例えば、当該範囲の10~1000倍とすることができる。
【0030】
本発明の他の実施形態は、細胞と前記ヒトダイカルシン又はその部分ペプチドとの結合を検出する工程を含む、細胞が癌細胞であるか否かを判定する方法である。
好ましくは、前記判定薬を用いる。詳細は、前記判定薬の実施形態の説明を援用する。
【0031】
本発明の他の実施形態は、細胞が癌細胞であるか否かを判定するキット(ヒト癌細胞判定キット)であって、下記の要素(A)又は(B)を含むキットであり、詳細は、前記の実施形態の説明を援用する。
(A)ヒトダイカルシン又はその部分ペプチド;
(B)配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に結合するペプチド、
配列番号3、5、6、7及び8から選択される1のアミノ酸配列のうち1~数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、又は1~数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなる、ヒト癌細胞に結合するペプチド、又は
それらの薬理学的に許容される塩。
【0032】
前記(A)、(B)のいずれも、複数の溶媒又は溶液を含む場合には、混合溶媒又は混合溶液として一の容器に収容されていてもよいし、別々の容器に収容されていてもよい。
前記(A)、(B)のいずれも、好ましい種類や濃度、使用時の条件等としては、前記判定薬や前記判定方法に記載した各条件が使用できる。また、各溶媒又は溶液については、使用前には適宜濃縮されていてもよく、使用直前に滅菌水等で適宜希釈することができる。
また、該キットは、前記判定方法を記載した説明書等を含めることもできる。
【実施例
【0033】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はその要旨を逸脱しない限り、下記の実施例に限定されるものではない。また、グラフ中のエラーバーは、独立に実験を3回以上行った場合の標準誤差を示している。
【0034】
[1.マウス卵巣腫瘍細胞株OV2944を用いた実験例]
<OV2944細胞株の調製>
汎用されているOV2944-HM-1細胞株(「OV2944細胞」や単に「細胞」と記載することがある。)を用いた。OV2944細胞は、理研バイオリソースセンターより入手し(Cell No. RCB 1483)、培地であるDMEM (+10% FBS)中にて、常法に従って培養した。本株はマウス卵巣癌細胞株であり、高リンパ節転移性を示す株である。
【0035】
<マウスダイカルシンを用いた実験>
(マウスダイカルシンの調製)
マウスダイカルシンは次のようにして調製した。マウス卵巣よりRNA抽出試薬RNA-Bee(登録商標)(AMS Biotech社)を用いてtotal RNAを得、cDNAを調製した後、マウスダイカルシン(Accession No.:NP_058020)のNおよびC末端の配列に対応したプライマーセットを用いたRT-PCRによりマウスダイカルシン翻訳領域を増幅した。プライマーは、5'-ATGCCTACAGAGACT-3'(配列番号9)と5'-TTAGATTCGCTTCTG-3'(配列番号10)を用いた。増幅したPCR断片をpGEM-Tベクター(Promega社)に連結した後、発現用ベクターであるpET17bベクター(Novagen社)にサブクローニングした。作製したベクターを大腸菌pLysS株(Novagen社)に導入し、組換えタンパク質を大腸菌内で発現させた後、フェニルセファロースカラムおよびDEAEカラム(GE Healthcare社)を利用したクロマトグラフィーにより精製した。調製したマウスダイカルシン(全長)のアミノ酸配列は、配列番号11で表される。
【0036】
(細胞結合実験)
[実験例1-1]
ガラスプレート上で培養した細胞を固定し(4%パラホルムアルデヒド/リン酸バッファー、室温、10分)、ヒツジ血清で処理した後、1mM CaCl2の存在下で、テトラメチルローダミン(TMR)で蛍光標識したマウスダイカルシン(5 μM)を反応させ(4℃、一晩)、TBSバッファーにより洗浄後、共焦点顕微鏡(カールツァイス社)により解析した。また、DAPIにより細胞核を染色した。結果を図1-1に示す。
[実験例1-2]
1mM EGTAの存在下(カルシウム非存在下と記載することがある。)で行ったこと以外は実験例1-1と同様にした。結果を図1-2に示す。
[実験例1-3]
一次抗体として抗マウスダイカルシン抗体(Catalog No. MAB5167、R&D Systems社)を、二次抗体としてAlexa Fluor(登録商標)594標識抗ラットIgG抗体(Catalog No. A11007、Invitrogen社)を用いて免疫染色したこと以外は実験例1-1と同様にした。結果を図1-3に示す。
[結果]
図1-1および図1-2より、カルシウム非存在下(1mM EGTA)に比べて、カルシウム存在下(1mM CaCl2)の方が、細胞に結合するマウスダイカルシンが多いことが分かった。また、図1-3より、細胞には内在性のダイカルシンが存在せず、図1-1及び図1-2の蛍光は、添加したダイカルシンが細胞に結合したことが分かった。
【0037】
(細胞浸潤アッセイ)
[実験例2-1]
細胞の浸潤は、BD BioCoat(登録商標)マトリゲルインベージョンチャンバー(ベクトン・ディッキンソン社)を用いて解析した。まず、室温で20分間、一定量の細胞(約1×105個/ウェル)を2μM、8μM、又は20μMのマウスダイカルシンで処理した。
上記処理した細胞を遠心処理により洗浄後、予めマトリゲルでコートしたトランスウェルの上側チャンバーに播種し、培地としてDMEM (+10% FBS)を用いて培養した。
約16時間後、下側チャンバーに移動した浸潤細胞を、4%パラホルムアルデヒド/リン酸バッファーで室温下、10分間固定し、クリスタルバイオレットにより染色した後、メンブレンを切り取り、スライド上に封入し、細胞数を計測した。浸潤指数は、{(染色された細胞数)/(播種細胞数)}×100 (%)とし、後述する実験例2-2の結果を100 (%)として規格化した。
[実験例2-2]
マウスダイカルシンの代わりに10μMのBSAを用いたこと以外は実験例2-1と同様にした。
[結果]
結果を図2に示す。マウスダイカルシンが濃度依存的に細胞の浸潤を抑制することが分かった。
【0038】
(細胞接着アッセイ)
[実験例3-1]
まず、室温で20分間、一定量の細胞(約1×105個/ウェル)を8μM又は20μMのマウスダイカルシンで処理した。一方、BDマトリゲル(登録商標)(ベクトン・ディッキンソン社)を24穴プレートにコートしゲル化した後、前処理した細胞を洗浄後、播種した。
約1時間後、接着しなかった細胞を吸引、洗浄した後、接着した細胞を4%パラホルムアルデヒド/リン酸バッファーで室温下、10分間固定し、クリスタルバイオレットにより染色し、細胞数を計測した。接着指数は、{(染色された細胞数)/(播種細胞数)}×100 (%)とした。後述する実験例3-2の結果を100 (%)として規格化した。
[実験例3-2]
マウスダイカルシンを無添加としたこと以外は実験例3-1と同様にした。
[実験例3-3]
マウスダイカルシンの代わりに10μMのBSAを用いたこと以外は実験例3-1と同様にした。
[結果]
結果を図3に示す。マウスダイカルシンは、濃度依存的に細胞の接着を抑制することが分かった。
【0039】
(細胞生存アッセイ)
[実験例4-1]
まず、室温で20分間、一定量の細胞(約1×105個/ウェル)を20μMのマウスダイカルシンで処理し、洗浄後、96穴プレートに分注し培養した。1時間後、PBSバッファーにて洗浄し細胞を4%パラホルムアルデヒド/リン酸バッファーで室温下、10分間固定し、クリスタルバイオレットにより染色し可溶化した後、吸光度を測定(測定波長550nm)して細胞生存率を解析した。細胞生存率は、{(染色された細胞数)/(播種細胞数)}×100 (%)とした。後述する実験例4-2の結果を100 (%)として規格化した。
[実験例4-2]
マウスダイカルシンの代わりに10μMのBSAを用いたこと以外は実験例4-1と同様にした。
[結果]
結果を図4に示す。細胞をマウスダイカルシンで処理しても細胞の生存に影響がないことが分かった。
【0040】
<マウスダイカルシンの部分ペプチドを用いた実験>
(マウスダイカルシンの部分ペプチドの合成)
マウスダイカルシンの部分ペプチドp1~p7を合成した。各アミノ酸配列はそれぞれ下記の通りである。また、部分ペプチドp1~p7のマウスダイカルシン全長における位置は図5-1の通りである。
p1: PTETERCIE(配列番号12)
p2: SLIAVFQKY(配列番号13)
p3: SGKDGNNTQLSKTEFLSF(配列番号14)
p4: MNTELAAFTKNQKDPGVLDR(配列番号15)
p5: MMKKLDLNCDG(配列番号16)
p6: QLDFQEFLNLI(配列番号17)
p7: GGLAIACHDSFIQTSQKRI(配列番号18)
【0041】
(細胞結合実験)
[実験例5-1]
ローダミンで蛍光標識した部分ペプチドp1~p7(5μM)のそれぞれを用いたこと以外は実験例1-1と同様にした。結果を図5-2乃至図5-8に示す。
また、部分ペプチドp6を用いた場合については、形質膜分子のコントロールとしてのCD44に対する抗CD44抗体(アブカム社)、二次抗体としてAlexa Fluor(登録商標)488標識抗ラットIgG抗体(Catalog No. A21208、Invitrogen社)を用いて免疫細胞染色も併せて行った。Hoechstによる核染色の結果も併せて、その結果を図5-9に示す。
[結果]
蛍光強度を図5-10に示す。蛍光強度から、部分ペプチドp6が最大の細胞結合能を示し、次いでp2、p5、p7が大きく、次いでp4であった。また、部分ペプチドp6は、細胞の形質膜に結合することがわかった(図5-9の矢頭)。
【0042】
(細胞浸潤アッセイ)
[実験例6-1]
部分ペプチドp2、p5、p6、p7(いずれも8μM)を用いて、実験例2-1と同様に解析した。
[実験例6-2]
部分ペプチドの代わりに10μMのBSAを用いたこと以外は実験例6-1と同様にした。
[結果]
結果を図6に示す。部分ペプチドp6、p2、p7、p5の順で細胞の浸潤を抑制することが分かった。
【0043】
[実験例7]
細胞の浸潤を最も抑制する部分ペプチドp6の濃度を変えた場合の細胞浸潤アッセイを行い、浸潤指数が50となる場合の部分ペプチドp6の濃度IC50 (μM)を求めた。濃度が0.2μM、0.8μM、2μM、8μM、又は20μMの部分ペプチドp6を用いて、実験例6-1と同様に解析した。
[結果]
結果を図7に示す。部分ペプチドp6は、濃度依存的に細胞の浸潤を抑制し、IC50は2μMであった。
【0044】
(細胞移動アッセイ)
[実験例8-1]
蛍光タンパク質(DsRed2)を発現するプラスミドベクターpDsRed2-C1(クロンテック社)を細胞にトランスフェクションした。その細胞をガラスプレート上に播種し、部分ペプチドp6(5μM)存在下、1時間毎に細胞を顕微鏡観察し、ディスプレイ上にて変位計測した。12~37細胞を対象とした。統計解析はUnpaired Student t-testにより有意差を解析した。
[実験例8-2]
部分ペプチドp6の代わりに部分ペプチドp1(5μM)を用いた以外は実験例8-1と同様にした。
[実験例8-3]
部分ペプチドを無添加としたこと以外は実験例8-1と同様にした。
[結果]
図8(a)にトランスフェクション後の細胞の画像を、図8(b)にアッセイの結果を示す。部分ペプチドp6が細胞の移動を抑制することが分かった。
【0045】
[2.ヒト卵巣腫瘍細胞株OVCARを用いた実験例]
<OVCAR細胞株の調製>
汎用されているOVCAR-3細胞株(「OVCAR細胞」や単に「細胞」と記載することがある。)を用いた。OVCAR細胞は、理研バイオリソースセンターより入手し(Cell No. RCB2135)、培地であるDMEM (+10% FBS)中にて、常法に従って培養した。本株はヒト卵巣癌(腺癌)由来細胞株である。
【0046】
<ヒトダイカルシンを用いた実験>
(ヒトダイカルシンの調製)
ヒトダイカルシンのcDNAはかずさDNA研究所より入手し(clone No.: pF1KB6753, Accession No.: AB464185)、ヒトダイカルシンのNおよびC末端の配列に対応したプライマーセットを用いたRT-PCRによりヒトダイカルシン翻訳領域を増幅した。プライマーは、5'-ATGGCAAAAATCTCCAGCCCTA-3'(配列番号19)と5'-TTAGGTCCGCTTCTGGGAAG-3'(配列番号20)を用いた。その後は、上記「マウスダイカルシンの調製」欄の記載と同様にしてヒトダイカルシン(全長)を調製した。調製したヒトダイカルシン(全長)のアミノ酸配列が、配列番号1で表されるアミノ酸配列である。
【0047】
(細胞浸潤アッセイ)
[実験例9-1]
細胞としてOVCAR細胞を用い、マウスダイカルシンの代わりに8μM又は20μMのヒトダイカルシンを用いたこと以外は、実験例2-1と同様に解析した。
[実験例9-2]
ヒトダイカルシンの代わりに20μMのBSAを用いたこと以外は実験例9-1と同様にした。
[結果]
結果を図9に示す。ヒトダイカルシンは、濃度依存的に細胞の浸潤を抑制することが分かった。ヒトダイカルシン(20μM)を用いた場合の浸潤指数は43.9 %であった。
【0048】
(細胞生存アッセイ)
[実験例10-1]
細胞としてOVCAR細胞を用い、マウスダイカルシンの代わりに20μMのヒトダイカルシンを用いたこと以外は実験例4-1と同様にした。
[実験例10-2]
ヒトダイカルシンの代わりに10μMのBSAを用いたこと以外は実験例10-1と同様にした。
[結果]
結果を図10に示す。細胞をヒトダイカルシンで処理しても細胞の生存に影響がないことが分かった。
【0049】
<ヒトダイカルシンの部分ペプチドを用いた実験>
(ヒトダイカルシンの部分ペプチドの合成)
ヒトダイカルシンの部分ペプチドhDC-p1~hDC-p7(それぞれ、マウスダイカルシンの部分ペプチドp1~p7に相当する。)を合成した。各アミノ酸配列は下記の通りである。
hDC-p1:PTETERCIE(配列番号2)
hDC-p2:SLIAVFQKY(配列番号3)
hDC-p3:AGKDGYNYTLSKTEFLSF(配列番号4)
hDC-p4:MNTELAAFTKNQKDPGVLDR(配列番号5)
hDC-p5:MMKKLDTNSDG(配列番号6)
hDC-p6:QLDFSEFLNLI(配列番号7)
hDC-p7:GGLAMACHDSFLKAVPSQKRT(配列番号8)
【0050】
(細胞結合実験)
[実験例11-1]
細胞としてOVCAR細胞を用い、ローダミンで蛍光標識した部分ペプチドhDC-p6(5μM)を用い、カルシウム非存在下で行い、核染色にHoechstを用いたこと以外は、実験例5-1と同様にした。結果を図11-1に示す。
[実験例11-2]
部分ペプチドhDC-p6の代わりに部分ペプチドp1(5μM)をコントロールペプチドとして用いた以外は実験例11-1と同様にした。結果を図11-2に示す。
[結果]
蛍光強度から、部分ペプチドhDC-p6は細胞に結合することが分かった。
【0051】
(細胞浸潤アッセイ)
[実験例12-1]
細胞としてOVCAR細胞を用い、部分ペプチドとして2μM又は10μMのhDC-p6を用いたこと以外は、実験例2-1と同様に解析した。統計解析はUnpaired Student t-testにより有意差を解析した。
[実験例12-2]
部分ペプチドhDC-p6の代わりに部分ペプチドp1(10μM)をコントロールペプチドとして用いた以外は実験例12-1と同様にした。
[結果]
結果を図12-1に示す。部分ペプチドhDC-p6は、濃度依存的に細胞の浸潤を抑制することが分かった。
【0052】
[3.ヒト前立腺癌細胞株PC-3を用いた実験例]
<PC-3細胞株の調製>
汎用されているPC-3細胞株(「PC-3細胞」や単に「細胞」と記載することがある。)を用いた。PC-3細胞は、理研バイオリソースセンターより入手し(Cell No. RCB2145)、培地であるDMEM (+10% FBS)中にて、常法に従って培養した。本株はヒト前立腺癌由来細胞株である。
【0053】
<ヒトダイカルシンの部分ペプチドを用いた実験>
(細胞結合実験)
[実験例12-3]
細胞としてPC-3細胞を用い、ローダミンで蛍光標識した部分ペプチドhDC-p6(5μM)を用い、カルシウム非存在下で行い、核染色にHoechstを用いたこと以外は、実験例5-1と同様にした。
[実験例12-4]
部分ペプチドhDC-p6の代わりに部分ペプチドhDC-p1(5μM)をコントロールペプチドとして用いた以外は実験例12-3と同様にした。
[結果]
結果を図12-2に示す。蛍光強度から、部分ペプチドhDC-p6は細胞に結合することが分かった。
【0054】
(細胞浸潤アッセイ)
[実験例12-5]
細胞としてPC-3細胞を用い、部分ぺプチドとして10μMのhDC-p6を用いたこと以外は、実験例2-1と同様に解析した。統計解析はUnpaired Student t-testにより有意差を解析した。
[実験例12-6]
部分ペプチドhDC-p6の代わりに部分ペプチドhDC-p1(10μM)をコントロールペプチドとして用いた以外は実験例12-5と同様にした。
[結果]
結果を図12-3に示す。部分ぺプチドhDC-p6は、細胞の浸潤を抑制することが分かった。
【0055】
[4.マウス卵巣腫瘍細胞株OV2944を用いた転移阻害アッセイ]
(蛍光蛋白質tdTomato発現OV2944細胞の調製)
蛍光蛋白質tdTomatoを発現するプラスミドベクターptdTomato-C1(Clontech社)をOV2944細胞にトランスフェクションし、24-48時間後、細胞をリン酸バッファーに懸濁し、フローサイトメーター(FACS Aria, BD Biosciences社)を用いて、図13 (a)乃至(c)に示す蛍光蛋白質tdTomato発現OV2944細胞を精製した。
【0056】
(肝臓への転移観察)
[実験例13-1]
精製した蛍光蛋白質tdTomato発現OV2944細胞をマウス(B6C3F1系、9週齢雌、日本クレア)の腹腔内に移入した(1×105細胞/匹)。図14に示す投与スケジュールで、部分ペプチドp6を腹腔内に注射し(3 nmoles/2日;隔日で1回あたり4μg以下注射(隔日で1回あたり20μMを150μL注射))、21日後に腹腔臓器を摘出し、肝臓における蛍光蛋白質tdTomato発現OV2944細胞を蛍光実体顕微鏡OV110(オリンパス)を用いて観察した。
【0057】
[実験例13-2]
部分ペプチドp6の代わりに部分ペプチドp1をコントロールペプチドとして用いたこと以外は実験例13-1と同様にした。
[結果]
顕微観察像を図15-1に示す。(a)は実験例13-1と実験例13-2との比較を示すものであり、(b)は細胞のコロニーに注目したものであって、(c)は、(b)の蛍光像における白枠部分の拡大像である。また、コロニー数をカウントし、Unpaired Student t-testにより有意差を解析した結果を図15-2に示す。
部分ペプチドp6を用いた場合、コントロールペプチドp1を用いた場合に比べ、肝臓でのコロニー数が有意に小さかった。
【0058】
[実験例14-1、実験例14-2]
(細胞移入後の生存分析)
実験例13-1、実験例13-2と同様にして腹腔注射をしてその後の生存を分析したものを、それぞれ実験例14-1、実験例14-2とした。カプランマイヤー法を用いた生存曲線についてLog-rank testにより有意差を解析した。
[結果]
結果を図16-1、図16-2に示す。部分ペプチドp6は、コントロールペプチドであるp1に比べ、腹腔にOV2944細胞が移入されたマウスの生存率の低下を有意に抑制することがわかった。具体的には、平均生存日数が実験例14-2では32日、実験例14-1では38.5日であり、実験例14-1では実験例14-2に比べて21%上昇した。
尚、従来技術として非特許文献1では、20 mg/kgのパクリタキセル(1週間あたり2回、2週間)の投与により平均生存日数が約20%上昇したことが報告されているが、本発明ではその約1/60倍量という少量で同等の平均生存日数の上昇が確認され、この点でも本発明による顕著な効果が認められる。
【0059】
[5.ヒト癌組織を用いた実験例]
(細胞結合実験1)
[実験例15-1]
対象としてヒト卵巣癌組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用い、脱パラフィン処理、抗原賦活処理(98℃、30分)およびブロッキング処理(10%BSA、37℃、1時間)後、ローダミンで蛍光標識したヒトダイカルシンの部分ペプチドhDC-p6(5μM)を反応させた(4℃、一晩)。洗浄後、蛍光顕微鏡(オリンパス社)により解析した。結果を図17-1に示す。
[実験例15-2]
対象としてヒト前立腺癌組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-2に示す。
[実験例15-3]
対象としてヒト大腸(結腸)癌組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-3に示す。尚、白点線により、腫瘍領域と正常領域の境界を示した。
[実験例15-4]
対象としてヒト大腸(直腸)癌組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-4に示す。尚、白点線により、腫瘍領域と正常領域の境界を示した。
[実験例15-5]
対象としてヒト乳癌(乳管癌)組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-5に示す。
[実験例15-6]
対象としてヒト乳癌(浸潤性小葉癌)組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-6に示す。
[実験例15-7]
対象としてヒト乳癌(粘液癌)組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-7に示す。
[実験例15-8]
対象としてヒト乳癌(髄様癌)組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-8に示す。
[実験例15-9]
対象としてヒト腎癌組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-9に示す。
[実験例15-10]
対象としてヒト肺癌(小細胞癌)組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-10に示す。
[実験例15-11]
対象としてヒト脳の神経膠腫組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片を用いたこと以外は実験例15-1と同様にした。結果を図17-11に示す。
[結果]
いずれの組織の癌細胞にも部分ペプチドhDC-p6が結合することが分かった。
【0060】
(細胞結合実験2)
[実験例16-1]
ヒト大腸(結腸)癌組織(US Biomax社)由来のパラフィン切片について、ブロッキング処理とペプチド反応を同時に行ったこと以外は(10%BSA、部分ペプチドhDC-p6、37℃、1時間)、実験例15-3と同様にした。結果を図17-12に示す。
[結果]
図17-12では、白点線により、腫瘍領域と正常領域の境界を示した。部分ペプチドhDC-p6の蛍光陽性反応を検査することにより腫瘍領域と判定できた。さらに、反応をブロッキング処理と兼ね、反応時間を一晩でなく1時間とし、結果を得るまでの時間を短くしても、比較的同等の結果を得ることが分かった。このことは部分ペプチドhDC-p6の判定薬としての利便性を示している。
【0061】
[6.マウス卵巣腫瘍細胞株OV2944を用いた、部分ペプチドp6の標的分子の同定]
(in vitro実験における標的分子候補の同定)
[実験例17-1]
スライド上に様々な糖鎖が固定された糖脂質糖鎖アレイ(住友ベークライト社)を10%BSAでブロッキング処理した後、蛍光標識したマウスダイカルシンの部分ペプチドp6 (5 μM)を反応させ(4℃、一晩)、洗浄後、アレイ用スキャナーにより部分ペプチドp6の糖脂質糖鎖への結合能を解析した。
[結果]
図18に結果を示す。部分ペプチドp6が結合する標的分子の候補として、GM1bガングリオシドが示された。
【0062】
(部分ペプチドp6のOV2944細胞への結合に及ぼすGM1bの阻害アッセイ)
[実験例18-1]
ガラスプレート上で培養したOV2944細胞を固定し(4%パラホルムアルデヒド/リン酸バッファー、室温、10分)、ヒツジ血清で処理した後、GM1b存在下(10, 100μM)で、テトラメチルローダミン(TMR)で蛍光標識したマウスダイカルシンの部分ペプチドp6 (5 μM)、及び、膜分子のコントロールとしてのCD44に対する抗CD44抗体(二次抗体としてAlexa Fluor(登録商標)488標識抗ラットIgG抗体(Catalog No. A21208、Invitrogen社))を反応させ(4℃、一晩)、洗浄後、共焦点顕微鏡(カールツァイス社)により解析した。
[実験例18-2]
GM1b非存在下で行ったこと以外は実験例18-1と同様にした。
[実験例18-3]
さらに、GM1b単独で濃度が0、10、又は100μMの場合、GT1c単独で濃度が100μMの場合、及びGM1bとGT1cとをいずれも100μMの濃度で併用した場合について、実験例18-1、実験例18-2と同様にした。
[結果]
結果を図19に示す。図19中のa、bは、それぞれ実験例18-2、実験例18-1の蛍光像である。図19中のbは、GM1b濃度が100 μMの場合である。抗CD44抗体の蛍光像の一部(白線で囲んだ部分)について、テトラメチルローダミンの蛍光像と抗CD44抗体の蛍光像とを合成したものがMergedで示される蛍光像である。
図19中のcは、aのMergedで示される蛍光像における白線(スケールバーを示す白線ではない方の白線。)の左から右へ、bのMergedで示される蛍光像における白線(スケールバーを示す白線ではない方の白線。)の左上から右下へ沿った、テトラメチルローダミンの蛍光強度とAlexa Fluor(登録商標)488の蛍光強度とを示すグラフである。テトラメチルローダミンの蛍光強度は部分ペプチドp6のOV2944細胞への結合を示す。Alexa Fluor(登録商標)488の蛍光強度はコントロールとしてのCD44の存在を示し、形質膜の位置を表す。該グラフから、GM1bが培地中に存在する場合、部分ペプチドp6のOV2944細胞への結合、特に形質膜への結合能に顕著な減少が見られた。この結果より、該部分ペプチドp6が培地中のGM1bと結合し、OV2944細胞膜上のGM1bとの結合が消失したことが示唆された。さらに、図19中のdより、GT1cの存在に関わらず部分ペプチドp6のOV2944細胞への結合能は変化しないことから、部分ペプチドp6は、OV2944細胞の形質膜上で、GT1cではなく、GM1bと結合することが示された。
【0063】
(部分ペプチドp6によるErk1/2シグナリングの抑制)
[実験例19-1]
培養中のOV2944細胞に部分ペプチドp6を添加した後(終濃度5μM)、経時的(0、5、15、30分)に電気泳動用ローディングバッファーを添加し反応を停止させた。OV2944細胞を抽出し超音波処理した後、ウエスタンブロットにより、Erk1/2の活性度を解析した。抗体は、リン酸化状態(つまり活性化状態)のErk1/2タンパク質(pErk1/2)に対する抗体(Cell signalling 社)、またはリン酸化状態および脱リン酸化状態を含めたトータルのErk1/2タンパク質(Erk1/2)に対する抗体(Santa Cruz社)を用いた。ウエスタンブロット像におけるpErk1/2とErk1/2の比(pErk/Erk)を計算し、時刻0のときの値を1として、各データを正規化した。
[結果]
結果を図20に示す。図20中のaは、pErk抗体またはErk抗体ウエスタンブロット解析をしたものである。図20中のbは、ウエスタンブロットの結果を定量化し、Erkの活性化の経時的変化を解析したものである。
図20中のbの時刻0の時点が培養時の定常状態に相当することより、部分ペプチドp6のみの刺激により(GM1b非存在下)、Erk1/2の活性が抑制されることが分かった。一方、部分ペプチドp6およびGM1bが存在する場合では、部分ペプチドp6は細胞膜上GM1bには結合できず、Erkの抑制作用が消失することが分かった。したがって、部分ペプチドp6はOV2944細胞上のGM1bへの結合を介して、OV2944細胞のErk1/2の活性化を抑制し、細胞の移動能、転移能を低下させることが示唆された。
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図2
図3
図4
図5-1】
図5-2】
図5-3】
図5-4】
図5-5】
図5-6】
図5-7】
図5-8】
図5-9】
図5-10】
図6
図7
図8
図9
図10
図11-1】
図11-2】
図12-1】
図12-2】
図12-3】
図13
図14
図15-1】
図15-2】
図16-1】
図16-2】
図17-1】
図17-2】
図17-3】
図17-4】
図17-5】
図17-6】
図17-7】
図17-8】
図17-9】
図17-10】
図17-11】
図17-12】
図18
図19
図20
【配列表】
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