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特許7045166コラーゲン結合材、その製造方法、ドラッグデリバリーシステム、および担持体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-23
(45)【発行日】2022-03-31
(54)【発明の名称】コラーゲン結合材、その製造方法、ドラッグデリバリーシステム、および担持体
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/31 20060101AFI20220324BHJP
   C07K 14/195 20060101ALI20220324BHJP
   C12N 9/52 20060101ALI20220324BHJP
   C12N 15/57 20060101ALI20220324BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20220324BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20220324BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220324BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220324BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20220324BHJP
   C12N 11/00 20060101ALI20220324BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20220324BHJP
【FI】
C12N15/31 ZNA
C07K14/195
C12N9/52
C12N15/57
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P21/02 C
C12N11/00
A61K47/42
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2017214431
(22)【出願日】2017-11-07
(65)【公開番号】P2019083741
(43)【公開日】2019-06-06
【審査請求日】2020-10-19
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-739
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000135151
【氏名又は名称】株式会社ニッピ
(72)【発明者】
【氏名】田中 啓友
(72)【発明者】
【氏名】寺村 直子
(72)【発明者】
【氏名】林田 治
(72)【発明者】
【氏名】飯嶋 克昌
(72)【発明者】
【氏名】服部 俊治
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-513312(JP,A)
【文献】国際公開第2016/060252(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/133636(WO,A1)
【文献】特開2015-211655(JP,A)
【文献】特開2010-263880(JP,A)
【文献】Connective Tissue, 1998, Vol.30, pp.37-42
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/00- 9/99
C12N 11/00-13/00
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
N末端からC末端に向かって、触媒ドメインとリンカーとプレペプチダーゼC末端ドメインとをこの順に含む細菌性M9Aコラゲナーゼのアミノ酸配列の一部であって、
少なくとも前記リンカーの一部と前記リンカーに連続して配列されるプレペプチダーゼC末端ドメインとを含むアミノ酸配列(I)で示されるペプチドを含み、
前記アミノ酸配列(I)が配列番号3で示されるペプチドである、コラーゲン結合材。
【請求項2】
(a)カルシウムが存在しない環境下でコラーゲンと結合する、
(b)I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲンおよびV型コラーゲンと結合する、および(c)温度25~95℃に加熱した後もコラーゲン結合性を維持している、請求項1に記載の、コラーゲン結合材。
【請求項3】
請求項1記載のコラーゲン結合材を構成するペプチドをコードするDNA配列、または前記配列において1~45個のDNA残基の欠失、付加、挿入もしくは置換の少なくとも1つを有する、核酸を含んでなる組換えDNA。
【請求項4】
請求項記載の組換えDNAにより形質転換されてなる形質転換体。
【請求項5】
請求項記載の形質転換体を培養する工程を含む、請求項1のコラーゲン結合材の製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載のコラーゲン結合材を使用するドラッグデリバリーシステム。
【請求項7】
請求項1に記載のコラーゲン結合材を担持した担持体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コラーゲン結合材、前記コラーゲン結合材の製造方法、前記コラーゲン結合材を使用するドラッグデリバリーシステム、および前記コラーゲン結合材を担持した担持体に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質、ペプチド、抗体断片などの特異的活性分子に、特定の組織に親和性を有するペプチドを結合すると、目的組織に当該活性分子を供給するドラッグデリバリーシステムとして使用することができる。例えば、グリカンにコラーゲン結合性ペプチドとヒアルロン酸結合性ペプチドとを共有結合した細胞外マトリックス結合性合成ペプチドグリカンがある(特許文献1)。この合成ペプチドグリカンは、コラーゲンやヒアルロン酸と結合しやすいため、軟骨、髄核、および眼の硝子体液などのコラーゲンとヒアルロン酸の両方を有する組織を補強し、および/または保護するのに有用である、という。特許文献1では、コラーゲン結合性ペプチドとして、ヴォン・ヴィレブランド因子または血小板コラーゲン受容体のコラーゲン結合性ドメインを使用している。
【0003】
また、成長因子受容体アゴニストペプチド部とコラーゲン結合性ペプチド部とを含むコラーゲン結合部位含有成長因子を、コラーゲン線維が露出してなる骨移植基材に結合させた、成長因子アンカーリング型骨移植材料もある(特許文献2)。コラーゲン結合性ペプチド部は、骨移植基材に成長因子受容体アゴニストペプチド部を結合させるための結合部として機能する。成長因子は骨形成作用を示すが、静脈注射などによって全身投与すると局所残存率が低く、持続的な骨形成作用を期待することができないため、コラーゲン線維が露出してなる骨移植基材と、成長因子受容体アゴニストペプチド部(GF部)とコラーゲン結合性ペプチド部(CB部)とを含むCB-GFを混合し、成長因子受容体アゴニストを骨移植基材に結合させたものである。特許文献2では、CB部として、クロストリジウム・ヒストリカム(Clostridium histolyticum)由来コラゲナーゼH(ColH)のコラーゲン結合ドメインを使用している。
【0004】
また、ラミニン、またはヘテロ3量体を形成しているラミニンフラグメントのα鎖のN末端、β鎖のN末端およびγ鎖のN末端の少なくとも1か所にコラーゲン結合性分子を結合させた改変ラミニンもある(特許文献3)。使用できるコラーゲン結合性分子として、フィブロネクチン、コラゲナーゼ、インテグリンα1鎖、インテグリンα2鎖、インテグリンα10鎖、インテグリンα11鎖、血小板グリコプロテインVI、ディスコイディンドメイン受容体1、ディスコイディンドメイン受容体2、マンノース受容体、ホスホリパーゼA2受容体、DEC205、Endo180、ヴォン・ヴィレブランド因子、MMP-2、MMP-9、白血球関連免疫グロブリン様受容体1、白血球関連免疫グロブリン様受容体2のコラーゲン結合部位を例示している。
【0005】
また、治療剤での治療を必要とする被験者に、治療剤に結合した細菌性コラーゲン結合ポリペプチドセグメントを含む組成物を投与する治療剤を送達する方法もある(特許文献4)。部分的にねじれていないか又はねじれが不十分なコラーゲン部位をターゲットとする細菌性コラーゲン結合ポリペプチドセグメントを使用する点に特徴がある。特許文献4では、このようなコラーゲン結合ポリペプチドセグメントとして、ColGのコラーゲン結合ドメイン(CBD)や、ColHのCBD、コラーゲン結合タンパク質の多発性嚢胞腎様(PKD)ドメインを例示している。
【0006】
従来から、ColHやColGなどのクロストリジウム・ヒストリチカム由来コラゲナーゼは、複数のドメイン構造を持つマルチドメインタンパク質であること、その活性はドメインの組み合わせと相対的な配置に関連することは公知である(非特許文献1)。非特許文献1によれば、クロストリジウム属由来コラゲナーゼは、共通して、触媒ドメイン(catalytic domain: CD)、多発性嚢胞腎様ドメイン(Polycystic kidney disease-like domain:PKD)、コラーゲン結合ドメイン(collagen-binding domain: CBD)の3種を含み、ColHのドメイン構造は、1つのCD、2つのPKD、1つのCBDからなる、CD-PKD-PKD-CBDであり、ColGのドメイン構造は、1つのCD、1つのPKD、2つのCBDからなる、CD-PKD-CBD-CBDである。非特許文献1は、CBDのN末端側にはカルシウムが結合すること、カルシウムが外れることでドメインのN末端部が構造変化すること、カルシウムはコラーゲンの結合に重要であること、およびカルシウムがColHの安定化に寄与していることなどを開示している。
【0007】
一方、比活性が高い微生物由来コラゲナーゼとして、グリモンティア・ホリセー(Grimontia hollisae)由来コラゲナーゼがある(非特許文献2)。プレプロ領域、触媒ドメイン(以下、CDとも称する。)、リンカー、およびプレペプチダーゼC末端ドメイン(以下、PPCとも称する。)を含む、分子量84kDaのコラゲナーゼである。BLAST検索の結果、ColHやColGとの相同性が低いことがわかっている。また、グリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼは安価な取得が困難であるという問題に鑑みて、遺伝子工学的手法を用いた当該コラゲナーゼ生産のための技術も提案されている(特許文献5)。特許文献5には、グリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼの全コーディング領域の遺伝子を含むバクミドpCC1BAC-2を作製する方法、バクミドpCC1BAC-2を用いてブレビバチルス・チョウシネンシス組み換え体を作製し、これによりグリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼを製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特表2016-516065号公報
【文献】国際公開2012/157339号
【文献】国際公開2014/103534号
【文献】特表2015-513312号公報
【文献】特開2010-263880号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】大林尚美、村山和隆、”マルチドメインタンパク質コラゲナーゼの分子内コンホメーション変化の解析、生化学、第85巻、第8号、pp692-699、2013年
【文献】Teramura Naoko etc, Cloning of a Novel Collagenase Gene from the Gram-Negative Bacterium Grimontia (Vibrio) hollisae 1706B and Its Efficient Expression in Brevibacillus choshinensis, Journal of Bacteriology, June 2011 vol.193 no.12 p.3049-3056.
【文献】Matsushita Osamu etc, "A Study of the Collagen-binding Domain of a 116-kDa Clostridium histolyticum Collagenase", Journal of Biological Chemistry, February 1998 vol.273 no.6 p.3643-3648.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ColHなどのクロストリジウム・ヒストリチカム由来コラゲナーゼから切り出したCBDは、その名の示す通りコラーゲン結合性を有する。このCBDを所定の薬剤と共役結合させてコラーゲン組織と混合すると、前記薬剤をコラーゲン組織に結合させることができる。しかしながら非特許文献1に記載するように、このCBDはカルシウム依存性があり、コラーゲンとの結合にカルシウムを必要とする場合がある。一方、カルシウムフリーの環境でもコラーゲン結合性を有するポリペプチドからなるコラーゲン結合材であれば、用途を拡大することができる。したがって、カルシウムが存在しない環境下でもコラーゲン結合性を有するコラーゲン結合材の開発が望まれる。
【0011】
コラーゲンには生体内の存在場所や機能が異なる20種以上の型がある。I型コラーゲンは線維性コラーゲンであって、皮膚の真皮や骨、腱などの主タンパク質であるが、II型コラーゲンは硝子軟骨のコラーゲン線維の主成分であり、IV型コラーゲンは基底膜を構成する主成分である。ColHやColGなどのクロストリジウム・ヒストリチカム由来コラゲナーゼのCBDは、I型コラーゲンに対する結合性を有するが、これまで他の型のコラーゲンに対する結合性は知られていない。例えば、II型コラーゲンに対する結合性に優れるコラーゲン結合材が存在すれば、硝子軟骨へのドラッグデリバリーシステムに好適に使用することができる。したがって、I型以外のコラーゲンにも結合性を有するコラーゲン結合材の開発が望まれる。
【0012】
更に、特許文献1~特許文献4に記載されるコラーゲン結合ペプチドは、生体内に投与され、または細胞培養に使用されるため、細胞培養温度の範囲でコラーゲン結合性を発揮するものである。しかしながら、加熱後にコラーゲン結合性を維持できれば、細胞系以外の結合にも使用でき、更に用途を拡大することができる。また、予め加熱殺菌も可能となる。したがって、耐熱性に優れるコラーゲン結合材の開発が望まれる。
【0013】
このような状況下、本発明は、耐熱性に優れ、I型以外のコラーゲンと結合できる、新規コラーゲン結合材を提供することを目的とする。
【0014】
また、カルシウムフリーでコラーゲン結合性を発揮する新規コラーゲン結合材を提供することを目的とする。
【0015】
更に本発明は、新規コラーゲン結合材の製造方法を提供することを目的とする。
【0016】
本発明は、上記コラーゲン結合材を用いたドラッグデリバリーシステムや担持体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者等は、グリモンティア・ホリセーを含む細菌性M9AコラゲナーゼのPPCがコラーゲン結合性を有すること、加熱後でもコラーゲン結合性を維持していること、I型以外のコラーゲンにも結合することを見出し、本発明を完成させた。
【0018】
すなわち本発明は、N末端からC末端に向かって、CDとリンカーとPPCとをこの順に含む細菌性M9Aコラゲナーゼのアミノ酸配列の一部であって、
少なくとも前記リンカーの一部と前記リンカーに連続して配列されるPPCとを含むアミノ酸配列(I)で示されるペプチドを含み、
前記アミノ酸配列(I)が配列番号3で示されるペプチドである、コラーゲン結合材を提供するものである。
【0021】
また本発明は、(a)カルシウムが存在しない環境下でコラーゲンと結合する、
(b)I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲンおよびV型コラーゲンと結合する、および
(c)温度25~95℃に加熱した後もコラーゲン結合性を維持している、前記コラーゲン結合材を提供するものである。
【0022】
また本発明は、前記コラーゲン結合材を構成するペプチドをコードするDNA配列、または前記配列において1~45個のDNA残基の欠失、付加、挿入もしくは置換の少なくとも1つを有する、核酸を含んでなる組換えDNAを提供するものである。
【0023】
また本発明は、前記組換えDNAにより形質転換されてなる形質転換体を提供するものである。
【0024】
また本発明は、前記形質転換体を培養する工程を含む、前記コラーゲン結合材の製造方法を提供するものである。
【0025】
また本発明は、前記コラーゲン結合材を使用するドラッグデリバリーシステム、または前記コラーゲン結合材を担持した担持体を提供するものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、細菌性M9AコラゲナーゼのPPCのアミノ酸配列を含むペプチドを含む、新規コラーゲン結合材が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】Aは、グリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼのドメイン構造を、Bは、リンカー領域のアミノ酸配列、および前記コラゲナーゼによるリンカーの自己分解位置等を説明する図である。
図2】実施例1の結果を示す図であり、ペプチドの電気泳動図を示す図である。Mはマーカーを示す。
図3】実施例1で得たペプチドの円偏光二色性(CD)スペクトルおよび、クロストリジウム・コラゲナーゼのCBDのCDスペクトルを示す図である。
図4】実施例1で得たペプチドのコラーゲン結合能(図4(A))と、ゼラチン結合能(図4(B))の結果を示す図である。
図5】実施例1で得たペプチドが、コラーゲン線維に結合することを免疫染色法で確認した図である。
図6】実施例1で得たペプチドのスキャッチャードプロットの図である。
図7】実施例1で得たペプチド(図7(A))、ColGs3b、およびColGs3a3b(図7(B))のコラーゲン結合性が、カルシウムの存在下、およびEGTA存在下で変化するかを確認した結果を示す図である。
図8】実施例1で得たペプチドのコラーゲン結合性が、加熱処理およびカルシウムの存在によって変化するかを確認した結果を示す図である。
図9】実施例1で得たペプチドと、I型~V型コラーゲンに結合することを示す図である。
図10】実施例1で得たペプチドのコラーゲン結合性が、還元処理によって変化するかを確認した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の第一は、N末端からC末端に向かって、CDとリンカーとPPCとをこの順に含む細菌性M9Aコラゲナーゼのアミノ酸配列の一部であって、少なくとも前記リンカーの一部と前記リンカーに連続して配列されるPPCとを含むアミノ酸配列(I)で示されるペプチドを含み、前記アミノ酸配列(I)が配列番号3で示されるペプチドである、コラーゲン結合材である。以下、本発明を詳細に説明する。
【0029】
(1)細菌性M9Aコラゲナーゼ
細菌性プロテアーゼの中で、コラゲナーゼは主としてM9に分類され、M9は更に、M9Aのビブリオ(Vibrio)種由来コラゲナーゼと、M9Bのバチルス種及びクロストリジウム種由来コラゲナーゼとに大別される。特許文献2や特許文献4で使用されるColHやColGはいずれもM9Bコラゲナーゼであり、いずれもCD、PKD、CBDの3種のドメインを含む。一方、M9Aコラゲナーゼは、ビブリオ種由来コラゲナーゼであり、非特許文献2や特許文献5に記載されるグリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼが含まれる。グリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼのドメイン構造は、N末端からC末端に向かって、プレプロ領域-CD-リンカー-PPCでありCBDを有しない。しかしながら、本発明者等は、グリモンティア・ホリセーなどのM9AコラゲナーゼのPPCがコラーゲン結合性を有すること、ペプチドでありながら耐熱性に優れることなどを見出した。
【0030】
細菌性M9Aコラゲナーゼとしては、非特許文献2に記載されるように、グリモンティア・ホリセー、ビブリオ・パラヘモリティカス(Vibrio parahaemolyticus)、ビブリオ・アルギノリチカス(Vibrio alginolyticus)などがある。なお、グリモンティア・ホリセーは、例えばATCC No.33564やATCC No.33565として入手することができる。
【0031】
(2)細菌性M9Aコラゲナーゼのドメイン構造
細菌性M9Aコラゲナーゼとしてグリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼがある。グリモンティア・ホリセー1706B株由来コラゲナーゼのアミノ酸配列を配列番号1に、全コーディング領域のDNA配列を配列番号2に示し、アミノ酸配列のドメイン構造を図1Aに示す。このコラゲナーゼは、767個のアミノ酸で構成され、分子量は84kDaである。N末端からC末端に向かって、アミノ酸番号第1~第87のプレプロ領域、アミノ酸番号第88~第615の触媒ドメイン領域(CD)、アミノ酸番号第616~第687のリンカー、アミノ酸番号第688~第749のPPCを含む。また、ビブリオ・パラヘモリティカス(NP_797719)由来コラゲナーゼや、ビブリオ・アルギノリチカス(CAA44501)由来コラゲナーゼは、非特許文献2に示すように、N末端からC末端に向かって、CD、リンカー、PKD、リンカー、PPCを含む。
【0032】
(3)コラーゲン結合材
本発明のコラーゲン結合材は、細菌性M9Aコラゲナーゼのアミノ酸配列の一部であって、少なくともリンカーの一部と前記リンカーと結合しているプレペプチダーゼC末端ドメインとを含むアミノ酸配列(I)、または該配列(I)において1~20個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入もしくは置換の少なくとも1つを有するアミノ酸配列(II)で示されるペプチドを含む。以下、便宜のため、グリモンティア・ホリセー1706B株コラゲナーゼで説明する。
【0033】
本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドのアミノ酸配列(I)としては、図1Aの(i)に示すように、コラゲナーゼの全アミノ酸配列において、N末端からC末端に向かって、少なくともリンカーの一部とPPCとからなるアミノ酸配列でもよく、(ii)に示すように、N末端からC末端に向かって、リンカーの一部以降のアミノ酸配列でもよい。更に、(iii)に示すように、N末端からC末端に向かって、CDの一部以降のアミノ酸配列であってもよい。
【0034】
図1Aに示すドメイン構造におけるリンカーのアミノ酸配列の一部を図1Bに示す。本発明では、調製が容易な点で(ii)に示す、リンカーの少なくとも一部を含む態様が好ましい。グリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼは自己分解能を有し、リンカーを切断してCDとPPCとを分離する特性を有する。図1Bのリンカーのアミノ酸配列で説明すると、コラゲナーゼのN末端のアミノ酸を第1とした場合に、第646アミノ酸と第647アミノ酸との間で自己分解して62kDaコラゲナーゼとなり、第624と第625との間で自己分解して60kDaコラゲナーゼとなる。したがって、84kDaコラゲナーゼを自己分解させ、同時に生成する第625~第767アミノ酸からなるペプチドや、第647~第767アミノ酸からなるペプチドを回収および精製し、得られたペプチドを本発明のコラーゲン結合材として使用することができる。なお、「リンカーの一部以降のアミノ酸配列」とは、第616~第687に示すリンカーのアミノ酸配列の、いずれかのアミノ酸からC末端の第767番までのアミノ酸配列を意味し、リンカーの全領域を含むものであってもよい。本発明で使用するペプチドは、第687以降のアミノ酸を含めばよいが、好ましくは第616~第650のいずれかのアミノ酸をN末端とし、当該N末端からコラゲナーゼのC末端の第767アミノ酸までのアミノ酸配列を有するペプチドである。第616~第767のアミノ酸配列は、152アミノ酸からなるペプチドであり、第650~第767のアミノ酸配列は、118アミノ酸からなるペプチドである。
【0035】
なお、細菌性M9Aコラゲナーゼであるビブリオ・パラヘモリティカスやビブリオ・アルギノリチカスは、CDとPPCとの間にPKDを有する点でグリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼと相違する。しかしながら、N末端からC末端に向かって、リンカーと連続するPPCを有する点でグリモンティア・ホリセーと共通する。本発明ではグリモンティア・ホリセーと同様に、ビブリオ・パラヘモリティカスやビブリオ・アルギノリチカス由来のコラゲナーゼの全アミノ酸配列において、N末端からC末端に向かって、少なくともリンカーの一部と当該リンカーに連続するPPCとからなるアミノ酸配列や、N末端からC末端に向かって、当該リンカーの一部以降のアミノ酸配列を含むペプチドを、コラーゲン結合材として使用することができる。
【0036】
配列番号1に示すように、グリモンティア・ホリセー1706B株由来コラゲナーゼは、N末端からC末端側に向かって、リンカー以降のアミノ酸配列に4つのシステインを含み、2対のジスルフィド結合を構成する可能性がある。通常、このジスルフィド結合によってペプチドの立体構造が決定される。本発明では、アミノ酸配列(I)、アミノ酸配列(II)において、2以上のシステインを含むことが好ましく、より好ましくは3以上、より好ましくは4以上のシステインを含む。分子内ジスルフィド結合の有無は耐熱性等に影響を与える可能性がある。非特許文献2、図3に示すように、細菌性M9Aコラゲナーゼであるビブリオ・パラヘモリティカスやビブリオ・アルギノリチカスも、グリモンティア・ホリセー1706B株由来コラゲナーゼのリンカー以降のアミノ酸配列と対応する位置にシステインが含まれている。
【0037】
本発明のコラーゲン結合材は、アミノ酸配列(I)において1~20個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入もしくは置換の少なくとも1つを有するアミノ酸配列(II)で示されるペプチドであってもよい。なお、アミノ酸配列(I)において1~20個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入もしくは置換の少なくとも1つを有するアミノ酸配列(II)で示されるペプチドとしては、コラーゲン結合能を有することを条件に、例えば、本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドの一例である配列番号3のアミノ酸配列に50%以上のホモロジーを有するアミノ酸配列、好ましくは70%以上のホモロジーを有するアミノ酸配列、特に好ましくは90%以上のホモロジーを有するアミノ酸配列が例示される。例えば、グリモンティア・ホリセー1706B株由来コラゲナーゼの第647番~第767番のアミノ酸配列とビブリオ・アルギノリチカスの対応するアミノ酸配列のホモロジーは56.41%であり、ビブリオ・パラヘモリティカスのホモロジーは57.26%である。
【0038】
更に、本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドは、コラーゲン結合活性に影響を及ぼさないことを条件に、翻訳の効率を向上させるためのペプチドや、前記ポリペプチドの精製を容易とするためのペプチド(例えばヒスチジン-タグ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ、マルトース結合タンパク質等)、シャペロンなど発現効率を向上させるアミノ酸配列を、更に付加するものであってよい。
【0039】
(4)コラーゲン結合材の特性
本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドは、グリモンティア・ホリセーなどの細菌性M9Aコラゲナーゼのアミノ酸配列の一部に由来する。特許文献4に記載されるように、ColHやColGなどの細菌性M9BコラゲナーゼのCBDが、部分的にねじれていないか又はねじれが不十分なコラーゲン部位をターゲットとして結合することは公知である。また、コラゲナーゼのCDが、触媒活性の発現に際しコラーゲンに結合することも公知である。しかしながら、細菌性M9AコラゲナーゼのPPCがコラーゲン結合性を有することは全く知られていなかった。前記したPPCを含むアミノ酸配列(I)について詳細に検討したところ、そのコラーゲン結合能は極めて特異的であることが判明した。すなわち、本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドのコラーゲン結合能は、コラーゲン三重螺旋に依存することが判明した。このため、コラーゲン線維に結合するが、コラーゲン分解物であるゼラチンには結合することができない。この点、部分的にねじれているコラーゲンをターゲットとするColHやColGと相違する。また、コラーゲンであれば、I型に限定されず、II型、III型、IV型、V型にも結合する。コラーゲンはいずれの型も、コラーゲン分子からコラーゲン細線維で構成されるが、最終形態は線維状に限定されず細網板状なども存在する。本発明のコラーゲン結合材は、コラーゲンの三重螺旋構造を認識して結合するため、I型に限定されず、他の型のコラーゲンにも結合することができる。実施例では、I型からV型までの結合実験をおこなっているが、コラーゲン三重螺旋構造を有すればいずれのコラーゲンにも結合することができる。すなわち、コラーゲン三重螺旋構造を有すれば線維状に限定されず細網板状その他でも結合能を発揮する。
【0040】
本発明のコラーゲン結合材のコラーゲン結合能は、カルシウムフリーの環境下でもコラーゲン結合能が消失しない。しかも、後記する実施例に示すように、本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドを、室温から90℃に加熱しても、その後のコラーゲン結合能が維持されていた。本発明のコラーゲン結合材は、温度25~95℃、好ましくは50~95℃、特に好ましくは70~95℃に加熱した後もコラーゲン結合性を維持することができる。耐熱性が何に起因するかは明確ではない。しかしながら、円偏光二色性(CD)スペクトル分析によれば、ColGなどのM9A細菌性コラゲナーゼのCBDはβ-シート構造を有するが、本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドは、ColGと全く異なるスペクトルを示し、ランダムコイルを有すると推定された。また、アミノ酸配列中に複数のシステインを含むため、2以上のジスルフィド結合を有する可能性がある。このようなジスルフィド結合の存在や立体構造によって、耐熱性が確保された可能性が推察される。
【0041】
(5)コラーゲン結合材の製造方法
本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドは、グリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼを自己分解させ、CDとPPCとを切り離すことで調製することができる。自己分解は、図1Bに示すように、第624と第625との間や第646アミノ酸と第647アミノ酸との間を切り離す。この方法によれば、第625~第767で示すアミノ酸配列のペプチドや第647~第767で示すアミノ酸配列を製造することができる。
【0042】
一方、本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドは、遺伝子工学の技術を使用して製造することができる。このような遺伝子組換えに使用するDNA配列としては、前記アミノ酸配列(I)やアミノ酸配列(II)をコードするDNA配列を使用することができる。例えば、配列番号2に示す配列において、図1Aの(i)~(iii)に対応するアミノ酸配列をコードするDNA配列を使用することができる。このようにして調製されたペプチドのアミノ酸配列の一例を配列番号3に示す。
【0043】
本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドを調製するには、例えば配列番号3に示すアミノ酸配列をコードするDNAを含む組み換えベクターを調製し、前記組み換えベクターで形質転換して、コラーゲン結合能を有する宿主細胞を調製し、前記宿主細胞を培養してコラーゲン結合能を有する遺伝子産物を産生させればよい。例えば、グリモンティア・ホリセーのゲノムライブラリーからグリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼ遺伝子を含むクローンを選択し、そのクローンを鋳型として前記配列番号3をコードするDNA断片の5’側にNco Iサイトを、3’側にHind IIIサイトを付加し、Expand High Fidelity PCR System(Roche)により増幅し、増幅された断片をNco I-Hind IIIで処理して回収した当該DNA断片を、プラスミドベクターなどに挿入して組換プラスミドを調製し、これを用いて例えばブレビバチルス・チョウシネンシスHPD31-SP3株などを形質転換し、ブレビバチルス・チョウシネンシス組換え体を作製する。あるいは、グリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼ遺伝子を含むクローンを鋳型として前記配列番号3で示すアミノ酸配列をコードするDNA断片の両端に、挿入する直鎖状発現ベクターの両末端と相同な15塩基対の配列を付加したDNA断片を調製および増幅し、当該増幅されたDNA断片と直鎖状発現ベクターとを混合後、新Tris-PEG法にてブレビバチルス・チョウシネンシスHPD31-SP3株などのブレビバチルス属に導入して組換プラスミドおよび組換え体を作製してもよい。このようにして得たブレビバチルス・チョウシネンシス組換え体を培養すれば、培養上清中にペプチドを産生させることができる。
【0044】
培養物中から目的物質であるペプチドを採取及び精製する方法は、一般の酵素の採取及び精製手段に準じて行うことができる。例えば、培養物を遠心、又は濾過などによって菌体を分離し、その培養濾液から通常の分離手段、例えば、有機溶媒沈澱法、塩析、限外濾過膜による濃縮等を用い、カラムクロマトグラフィー等により精製する方法が挙げられる。これにより、本発明のコラーゲン結合材を構成するペプチドを製造することができる。
【0045】
(6)コラーゲン結合材の用途
本発明のコラーゲン結合材は、コラーゲン結合性を有し、融合タンパク質や、生物活性剤、医薬剤の一部に組み込むことができる。コラーゲン結合材は、そのまま使用することもでき、他のペプチドや化合物に共有結合によって結合してもよく、また水素結合などによって結合させることもできる。
【0046】
例えば、特許文献1記載のヴォン・ヴィレブランド因子や血小板コラーゲン受容体のコラーゲン結合性ドメインなどのコラーゲン結合性ペプチドに代えて本発明のコラーゲン結合材を使用し、ドラッグデリバリーシステムを構築することができる。また、精製用カラムに使用する担体に本発明のコラーゲン結合材を担持させ、担持体とすることができる。本発明のコラーゲン結合材はゼラチンと結合しないため、コラーゲン結合材を担持した担体を充填したカラムでコラーゲン溶液を精製すると、保存工程で生成したゼラチンを除去することができる。
【0047】
本発明のコラーゲン結合材は、EDTAやEGTA等のキレート剤の存在下でもコラーゲンと結合するため、予めコラーゲン結合材固定化カラムを調製し、EDTA含有細胞溶解液やEDTA含有組織抽出液から三重螺旋構造を有する各種コラーゲンを精製あるいは吸着除去するために使用することができる。例えば、EDTAを含む細胞溶解液から、XIII型、XVII型、XXIII型、XXV型などの三重螺旋構造を有する膜貫通型コラーゲンをコラーゲン結合材固定化カラムに吸着させ、その精製の用途に使用することができる。コラーゲン結合材に結合したコラーゲンは、ドデシル硫酸ナトリウムなどの界面活性剤や尿素などの変性剤を添加することでコラーゲン結合材から遊離させることができる。
【0048】
本発明のコラーゲン結合材は、加熱後にもコラーゲン結合性を維持するため、発酵に応じて発熱する革屑や生ゴミの堆肥化において、本発明のコラーゲン結合材を耐熱性分解酵素と結合させてコンポストに仕込むと、酵素が革屑やコラーゲン含有生ごみに結合するため少量の酵素で効率的に分解することができる。
【0049】
本発明のコラーゲン結合材は、I型以外のコラーゲンにも結合性を有するため、軟骨や硝子体(II型コラーゲン)、血管(III型コラーゲン)、腎糸球体、レンズ包や各種臓器の基底膜(IV型コラーゲン)、角膜や胎盤(V型コラーゲン)等ほぼすべての臓器や組織へのドラッグデリバリーの用途に使用することができる。
【実施例
【0050】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。
【0051】
(実施例1)
以下の方法で、グリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼのリンカー以降のアミノ酸配列の15.4kDaのペプチド(84kDaコラゲナーゼの第616~第767アミノ酸からなるペプチド)を製造した。得られたペプチドのアミノ酸配列を配列番号3に示す。
(1)グリモンティア・ホリセー由来コラゲナーゼの全コーティング領域の遺伝子を含むバクミドpCC1BAC-2(受託番号;NITE BP-00739:原寄託2009年4月28)を鋳型として、配列番号3のペプチド配列から誘導された当該コラゲナーゼ遺伝子の部分配列(長さ456bp)を、下記プライマーセットを使用してPCR反応を使って単離した。プライマーの配列のうち、直鎖状プラスミドベクターpBIC2の両端の配列と相同な配列を下線で示す。
プライマー:
Fwd: GATGACGATGACAAAaccgaggcgctggcgaag(配列番号4)
Rvs: CATCCTGTTAAGCTTttactgacgacactggtt(配列番号5)
【0052】
(3)得られた、456bpのDNA断片と、直鎖状発現ベクターpBIC2とをモル比2:1で混合後、新Tris-PEG法にてコンピテントセルに導入するとともにブレビバチルス・チョウシネンシスHPD31-SP3株を形質転換し、プラスミドpBIC2-PPCおよび組換え体を作製した。
【0053】
(4)前記ブレビバチルス・チョウシネンシス組換え体を100mlのTMN培地(10g/L グルコース、10g/L ファイトンペプトン、5g/L エルリッヒ カツオエキス、2g/L 酵母エキスB2、10mg/L FeSO・7HO、10mg/L MnSO・4HO、1mg/L ZnSO・7HO、50μg/mL ネオマイシン、pH7.0)中で、30℃、48時間培養し、N末端にHisタグが結合した配列番号3で示すペプチドを含む培養液を得た。
【0054】
(5)得られた培養液を遠心し、上清を0.2μmフィルターで濾過滅菌し、次いで上清40mlをニッケルカラムにて精製・分画した。培養上清をカラムに供してHisタグ付きペプチドを吸着させた後、250mMイミダゾールを含む50mMのトリスHCl緩衝液(pH8)を流し、前記Hisタグ付きペプチドを分離溶出させた。溶出液を限外濾過により濃縮し、25℃で一晩エンテロキナーゼ処理を行い、Hisタグを切断した。処理液を再びニッケルカラムに供して配列番号3で示すペプチドと切断されたHisタグとを分離した。配列番号3で示すペプチドはフロースルー画分に溶出された。溶出液を限外濾過により濃縮し、0.2MのNaClと5mMのCaClを含む4℃の50mMトリスHCl緩衝液で透析し、2.8mgの配列番号3で示すペプチドを得た。
【0055】
(6)上記(5)で得たペプチドを用い、ジチオスレイトール(DTT)を添加しないサンプル(非還元サンプル)と、DTTを添加してジスルフィド結合を切断したサンプル(還元サンプル)とを調製し、これらを同時に電気泳動にて分析した。結果を図2に示す。図2に示すように、非還元サンプル、還元サンプルともに一本の目的のタンパク質のバンドのみが検出された。一方、還元サンプルと非還元サンプルとは移動度に差があり、還元サンプルの移動度が遅い。この移動度の差は立体構造によるものと推定され、配列番号3で示すアミノ酸配列を有するペプチドは、分子内ジスルフィド結合を有すると推定された。
【0056】
また、得られたペプチドの質量とN末端アミノ酸配列を調べた。LC-TOF/MSを用いて分子量を調べると、15,445.00であった。アミノ酸配列より推定される分子量は15,448.72であるが、ペプチドに含まれる4つのシステイン残基が2つのジスルフィド結合を形成しているため、水素4個分の質量を除くと推定分子量は15,444.72となり、実施値との差は0.28であった。また、ペプチドシークエンサーを用いてN末端配列を解析したところ、TEALAKGDSG-(配列番号6)の配列を有することが同定された。質量分析計およびN末端アミノ酸配列の分析結果から、得られたペプチドのアミノ酸配列は配列番号3で示すペプチドと同一であり、かつ2か所のジスルフィド結合を有するペプチドであることが確認された。
【0057】
(実施例2)
実施例1で得たペプチドの円偏光二色性(CD)スペクトルを測定した。
実施例1で得たペプチドを、濃度0.1mg/ml、20mMリン酸バッファー、pH7.5に溶解して測定用サンプルを調製した。この溶液について、波長190~260nmのCDスペクトルを測定した。また、実施例1のペプチドに代えて、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科病原細菌学分野 松下治教授から供与されたColGのCBD(s3b)、及びColGのCBD(s3a3b)を使用して同様に操作し、CDスペクトルを測定した。これらの結果を図3に示す。
【0058】
α-へリックスは、196nm付近に大きな正の極大と、207nmおよび222nm付近に二つの負の極大とを形成する特徴があり、β-シート構造は、197nm付近に正の極大と216nm付近に負の極大を形成し、ランダムコイルは196nm付近に大きな負の極大を形成する、という特徴がある。ColGs3bおよびColGs3a3bは、典型的なβ-シート構造のスペクトルを呈したが、実施例1で得たペプチドは、ColGs3bおよびColGs3a3bと大きく異なり、ランダムコイルを有すると推定された。実施例1で得たペプチドの二次構造は、クロストリジウム・ヒストリチカム由来コラゲナーゼのCBDの二次構造と大きく異なることが確認された。
【0059】
(実施例3)
以下の方法で、コラーゲン線維に対する結合実験を行った。
ウシのアキレス腱をホモジナイズして乾燥した不溶性I型コラーゲン線維5mgをスピンカラムに入れ、400μLの結合バッファー(50mM Tris-HCl、200mM NaCl、5mM CaCl2、pH7.5)を加え、室温で30分放置した。遠心(10,000xg、2分)により結合バッファーを除き、これを繰り返し、計3回コラーゲン線維を洗浄した。洗浄したコラーゲン線維にタンパク質混合液50μL(実施例1で得たペプチド:0.2mg/ml、BSA:0.2mg/ml)を加え、室温で30分放置して実施例1で得たペプチドをコラーゲン線維に結合させた。この溶液を遠心(10,000xg、10分)し、上清を回収した。上清にはコラーゲン線維に結合しなかったペプチドが含まれている。さらに50μLの結合バッファーを沈殿物に添加して洗浄および遠心し、計100μLの上清を回収した。この上清と、コラーゲン線維との結合処理を行っていない上記タンパク質混合液とを共に電気泳動で分析した。結果を図4(A)に示す。同図において、Collagenの文字の下部の「+」は上記上清であり、Collagenの文字の下部の「-」は結合処理を行っていないタンパク質混合液を使用したことを意味する。
【0060】
コラーゲン(+)では、コラーゲン(-)と比べて実施例1で得たペプチドのバンドが薄い。実施例1で得たペプチドがコラーゲン線維と結合したことを示す。なお、BSAのバンドの濃さはコラーゲン(+)とコラーゲン(-)との間で変化がなく、コラーゲン線維には結合していなかった。
【0061】
(実施例4)
以下の方法で、ゼラチンに対する結合実験を行った。
実施例3で使用した不溶性I型コラーゲン線維5mgの代わりに、ゼラチンセファロース50μLを用いて同様に操作した。結果を図4(B)に示す。同図において、Gelatinの文字の下部の「+」は結合処理を行った上清であり、Gelatinの文字の下部の「-」は結合処理を行っていないタンパク質混合液を使用したことを意味する。
【0062】
ゼラチン(+)とゼラチン(-)との間には、実施例1で得たペプチドのバンドの濃さに変化がなく、BSAのバンドの濃さにも変化がない。この結果から、実施例1で得たペプチドとBSAとは、ゼラチンに結合しないことが示された。
【0063】
実施例3の結果および実施例4の結果から、実施例1で得たペプチドは、コラーゲンの三重螺旋構造に結合すると推定された。
【0064】
(実施例5)
コラーゲン線維と実施例1で得たペプチドとの結合を、免疫染色にて確認した。
スライドグラスへのペプチドの吸着を防ぐために、あらかじめスライドグラスを1%BSA/PBS(-)にてブロッキングした。洗浄後、PBS(-)に溶解した0.2mg/mlの酸抽出コラーゲンを滴下し、37℃で1時間保温してゲルを作製した。乾燥後、結合バッファー(50mM Tris-HCl、200mM NaCl、5mM CaCl、pH7.5)で洗浄した。これに、実施例1の(4)で調製したN末端にHisタグが結合した配列番号3で示すペプチド(ペプチド0.2μg/ml)溶液を50μL滴下してコラーゲン再生線維に結合させた。次いで、蛍光標識された抗Hisタグ抗体を添加し、免疫染色を行った。免疫染色の結果を図5に示す。図5左図は位相差顕微鏡像であり、図5右図は免疫染色像である。免疫染色像には、コラーゲン線維に淡色の点で示される蛍光発色が観察され、実施例1で得たペプチドがコラーゲン線維に結合することが免疫染色にて確認された。
【0065】
(実施例6)
実施例1で得たペプチドの量を変えて結合実験を行い、不溶性I型コラーゲン線維に対する最大結合量(Bmax)および解離定数(Kd)を算出した。
不溶性I型コラーゲン線維2.5mgをスピンカラムに入れ、400μLの結合バッファー(50mM Tris-HCl、200mM NaCl、5mM CaCl、pH7.5)を加え、室温で30分放置した。遠心(10,000xg、2分)して上清を除去し、これを繰り返し計3回行ってコラーゲン線維を洗浄した。洗浄したコラーゲン線維にタンパク質混合液50μL(実施例1で得たペプチド:5、10、25、50、75、100μg、BSA:2.5μg)を加え、室温で30分放置して実施例1で得たペプチドをコラーゲン線維に結合させた。遠心(10,000xg、10分)し、上清50μLを回収した。この上清を用いて電気泳動を行い、バンドの濃さより結合しなかった実施例1で得たペプチドの量を定量した。用いた実施例1で得たペプチド量から結合しなかった実施例1で得たペプチド量を減じることで、結合量を算出した。スキャッチャードプロットによりKd及びBmaxを算出した。スキャッチャードプロットの結果を図6に示す。実施例1で得たペプチドは、Kd=2.7×10-5M、Bmax=1.94nmol/mgコラーゲンであった。
【0066】
なお、非特許文献3には、ColHs3の測定値が記載されている。ColHs3のKd=1.59×10-5M、Bmax=1.01nmol/mgコラーゲンである。この結果を参照し、実施例1で得たペプチドのコラーゲン結合能は、クロストリジウム・ヒストリチカム由来コラゲナーゼのCBDのコラーゲン結合能と略同等の結合能を有することが確認された。
【0067】
(実施例7)
実施例1のペプチドのコラーゲン線維結合に対するカルシウム依存性を調べた。
不溶性I型コラーゲン線維2.5mgをスピンカラムに入れ、400μLの結合バッファー(50mM Tris-HCl、200mM NaCl、5mM CaCl2、pH7.5)を加え、室温で30分放置した。遠心(10,000xg、2分)により結合バッファーを除き、これを繰り返し、計3回コラーゲン線維を洗浄した。次いで、タンパク質混合液50μL(実施例1で得たペプチド:0.1mg/ml、BSA:0.1mg/ml)を、前記洗浄したコラーゲン線維に加え、室温で30分放置して実施例1で得たペプチドをコラーゲン線維に結合させた。この混合液を遠心(10,000xg、10分)し、上清を回収した。
また、前記タンパク質混合液50μL(実施例1で得たペプチド:0.1mg/ml、BSA:0.1mg/ml)にEGTA10mMを加えて、室温で30分間プレインキュベートした。前記洗浄したコラーゲン線維にこのタンパク質混合液50μLを加え、室温で30分放置して実施例1で得たペプチドをコラーゲン線維に結合させた。この混合液を遠心(10,000xg、10分)し、上清を回収した。
また、コラーゲン線維との結合処理を行っていない前記タンパク質混合液とを共に電気泳動で分析した。結果を図7(A)に示す。
【0068】
カルシウム存在下でコラーゲン線維と結合させた実施例1で得たペプチドのバンド、およびカルシウムとEGTA存在下でコラーゲン線維と結合させた実施例1で得たペプチドのバンドは、いずれもコラーゲン線維と結合させなかった実施例1で得たペプチドのバンドより薄い。実施例1で得たペプチドは、カルシウムの有無にかかわらずコラーゲン線維に結合することが確認された。
【0069】
また、実施例1で得たペプチドに代えて、クロストリジウム(ColG)のCBD(s3b及びs3a3b)を使用して同様に操作した。結果を図7(B)に示す。EGTA存在下でのColGs3b及びColGs3a3bのバンドはカルシウム存在下でのバンドより濃く、コラーゲン線維との結合にカルシウム依存性を有することが確認された。
【0070】
(実施例8)
実施例1のペプチドの、加熱への影響を調べた。
タンパク質混合液50μL(実施例1で得たペプチド:0.1mg/ml、BSA:0.1mg/ml)をあらかじめ室温、50℃、70℃、90℃で30分間インキュベートし、その後、室温で30分間放置した。実施例7と同様に処理して得た洗浄したコラーゲン線維に、前記タンパク質混合液50μLを加え、室温で30分放置して実施例1で得たペプチドをコラーゲン線維に結合させた。この混合液を遠心(10,000xg、10分)し、上清を回収した。また、コラーゲン線維との結合処理を行っていない前記タンパク質混合液とを共に電気泳動で分析した。結果を図8に示す。同図において、コラーゲン(+)はコラーゲン結合処理をおこなったもの、コラーゲン(-)は結合処理を行っていない試料を意味する。
【0071】
また、前記タンパク質混合液50μL(実施例1で得たペプチド:0.1mg/ml、BSA:0.1mg/ml)、または前記タンパク質混合液50μLにEGTA10mMを加えた混合液を、それぞれ90℃で30分間プレインキュベートした。これらに、それぞれ前記洗浄したコラーゲン線維を加え、室温で30分放置して実施例1で得たペプチドをコラーゲン線維に結合させた。次いで、これら混合液を遠心(10,000xg、10分)し、上清を回収した。コラーゲン線維との結合処理を行っていない前記タンパク質混合液と共に、電気泳動で分析した。結果を図8に示す。
【0072】
室温、50℃、70℃、90℃に加熱処理した後にコラーゲンに結合させた実施例1で得たペプチドのバンドは、コラーゲン結合処理を行っていないペプチドのバンドよりもいずれも薄く、実施例1で得たペプチドは、加熱後にもコラーゲン線維への結合能を維持していることが確認された。また、実施例1で得たペプチドは、カルシウムの存在下、およびカルシウムとキレート剤EGTAの存在下に加熱処理しても、その後のコラーゲン結合能を維持することが確認された。
【0073】
(実施例9)
I型以外の代表的なコラーゲンにも結合するか調べるため、各種ペプシン可溶化コラーゲン(I、II、III、IV、V型)をセファロースビーズに固定化し、結合実験を行った。
(1)200μLのNHS活性化セファロースビーズを1mLの1mM HClで3回洗浄した。0.5M NaCl、4% sucroseを含む0.2M NaHCOに溶解した上記各種コラーゲンの溶液(濃度1.5mg/ml)500μLを洗浄したビーズに添加し、4℃で40時間、撹拌しながら反応させた。反応後、遠心して未反応のコラーゲンを除去し、500μLのバッファー(I)(0.1M Tris-HCl、pH8.0)、更に500μLのバッファー(II)(0.1M酢酸ナトリウム、0.5M NaCl、pH4.0)で洗浄した。上記バッファー(I)および(II)での洗浄をそれぞれ3回繰り返し、コラーゲン固定化ビーズを得た。各コラーゲンのビーズへの固定化率は、I型:20.7%、II型:19.4%、III型:20.7%、IV型:29.9%、V型:30.1%であった。
(2)実施例3で使用した不溶性コラーゲン線維に代えて上記(1)のコラーゲン固定化ビーズ100μLを用いて同様の結合実験を行った。結果を図9に示す。
(3)比較例のため、上記(1)のコラーゲン固定化ビーズに代えてトリスバッファー処理セファロースビーズを使用して同様に操作した。結果を図9に併記する。
【0074】
何れのコラーゲンに関しても、コラーゲン結合処理を行った実施例1で得たペプチドのバンドは、コラーゲン結合処理を行っていない実施例1で得たペプチドのバンドよりもバンドが薄かった。実施例1で得たペプチドは、I、II、III、IV、V型コラーゲンの何れにも結合するものであり、実施例1で得たペプチドが各種コラーゲンに結合することが確認された。図9に、デンシトメトリーによりバンドの濃さを定量して算出した結合率を示す。また、実施例1で得たペプチドのトリスバッファー処理セファロースビーズ(比較例)への結合実験ではバンドの濃さに変化が少なく、結合率は12.3%に過ぎなかった。
【0075】
(実施例10)
実施例1で得たペプチドを還元処理した後のコラーゲン結合性を評価した。
予め、実施例1で得たペプチド5μgに還元剤ジチオスレイトール1mMを添加して、ペプチドの分子内ジスルフィド結合を切断した。
このサンプルを使用し、非還元サンプルと共に実施例3と同様に操作して結合実験を行った。結果を図10に示す。実施例1で得たペプチドは、ジチオスレイトールによる還元処理の有無にかかわらず、コラーゲン線維に結合した。よって、実施例1で得たペプチドの分子内ジスルフィド結合が、コラーゲン結合性に関与する可能性は低いと考えられた。
【0076】
なお、結合バッファーのpHを6、7、8、9に代えた以外は実施例3と同様に操作したところ、pH6~9の間でいずれもコラーゲン結合能が維持され(図示せず)、コラーゲン結合性に対するpHの影響は少ないと考えられた。
【0077】
さらに、結合バッファーのNaCl濃度を、0M、0.1M、0.5M、1.0Mに代えた以外は実施例3と同様に操作したところ、NaCl濃度0~1.0Mの間でいずれもコラーゲン結合能が維持され(図示せず)、コラーゲン結合性に対するNaCl濃度の影響は少ないと考えられた。
【受託番号】
【0078】
NITE BP-00739
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
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