(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-23
(45)【発行日】2022-03-31
(54)【発明の名称】トーリック眼内レンズ
(51)【国際特許分類】
G02C 7/06 20060101AFI20220324BHJP
A61F 2/16 20060101ALI20220324BHJP
【FI】
G02C7/06
A61F2/16
(21)【出願番号】P 2018555032
(86)(22)【出願日】2017-12-06
(86)【国際出願番号】 JP2017043769
(87)【国際公開番号】W WO2018105640
(87)【国際公開日】2018-06-14
【審査請求日】2020-11-30
(31)【優先権主張番号】P 2016237403
(32)【優先日】2016-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石川 治雄
【審査官】吉川 陽吾
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-188131(JP,A)
【文献】特表2016-508062(JP,A)
【文献】特表2005-506875(JP,A)
【文献】国際公開第2014/020634(WO,A1)
【文献】特許第6002357(JP,B1)
【文献】欧州特許出願公開第2319457(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 7/06
A61F 2/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正の屈折力を有する光学部の上面視において、前記光学部のエッジ厚が略一定となる略平坦部が、前記光学部のトーリック面の弱主経線には重ならずに強主経線と重なるように設けられており
、
前記略平坦部のエッジ厚は、前記上面視において前記トーリック面の弱主経線と重なる前記光学部のエッジ厚よりも薄く、前記略平坦部を前記トーリック面として形成した場合に前記上面視において前記トーリック面の前記強主経線と重なる前記光学部のエッジ厚よりも厚い、ことを特徴とするトーリック
眼内レンズ。
【請求項2】
前記略平坦部は、前記トーリック
眼内レンズにおいて厚みが所定の最低厚みより薄くなる領域について、トーリック面を、厚みが前記最低厚みとなる平面に置き換えることにより形成されることを特徴とする請求項
1に記載のトーリック
眼内レンズ。
【請求項3】
トーリック
眼内レンズの
正の屈折力を有する光学部の上面視において、レンズ中心からの距離がrである位置の前記光学部のエッジ厚h(r)が前記光学部のエッジの何れの部位においても式(1)を満たし、前記光学部のエッジに設けられる略平坦部のエッジ厚を表すエッジ厚Hが式(2)を満たし
【数1】
【数2】
H(High)は、前記略平坦部が無い場合における前記トーリック
眼内レンズの強主経線と重なる部分のエッジ厚であり、H(Low)は、前記略平坦部が無い場合における前記トーリック
眼内レンズの弱主経線と重なる部分のエッジ厚である
ことを特徴とするトーリック
眼内レンズ。
【請求項4】
前記トーリック
眼内レンズのレンズ面上の任意の経線方向における断面形状が
【数3】
を含む式で表現され、cは前記トーリック
眼内レンズにおける近軸曲率であり、rは前記トーリック
眼内レンズのレンズ中心からの距離であり、kは前記トーリック
眼内レンズにおけるレンズ光軸に回転対称な面のコーニック定数であり、c、r、kは前記レンズ面上の前記経線方向について共通であり、A(θ)およびB(θ)は、式(4)および(5)で与えられ
【数4】
【数5】
前記H(High)は、前記トーリック
眼内レンズを式(4)及び(5)を用いて設計した場合の強主経線と重なる部分のエッジ厚であり、H(Low)は、前記トーリック
眼内レンズを式(4)及び(5)を用いて設計した場合の弱主経線と重なる部分のエッジ厚である、ことを特徴とする請求項
3に記載のトーリック
眼内レンズ。
【請求項5】
前記トーリック
眼内レンズの上面視において、前記トーリック
眼内レンズのエッジからレンズ中心に向かう方向における前記略平坦部の幅が0.05mm以上0.5mm以下であることを特徴とする請求項1~
4のいずれか一項に記載のトーリック
眼内レンズ。
【請求項6】
前記トーリック
眼内レンズの上面視において、前記トーリック
眼内レンズのエッジからレンズ中心に向かう方向における前記略平坦部の幅が光学部径の1/100以上、かつ光学部径の1/10以下であることを特徴とする請求項1~
4のいずれか一項に記載のトーリック
眼内レンズ。
【請求項7】
前記トーリック
眼内レンズの上面視において、前記トーリック
眼内レンズのレンズ中心から見た前記略平坦部が形成されている角度範囲が、前記強主経線を挟んで20°以上70°以下であることを特徴とする請求項1~
6のいずれか一項に記載のトーリック
眼内レンズ。
【請求項8】
正の屈折力を有する光学部の上面視において、前記光学部のエッジと前記光学部のトーリック面とに連続する面が設けられており、
前記連続する面における前記光学部のエッジ厚が略一定であり、
前記連続する面は、前記光学部のトーリック面の弱主経線には重ならずに強主経線と重なるように設けられており
、
前記連続する面のエッジ厚は、前記上面視において前記トーリック面の弱主経線と重なる前記光学部のエッジ厚よりも薄く、前記連続する面を前記トーリック面として形成した場合に前記上面視において前記トーリック面の前記強主経線と重なる前記光学部のエッジ厚よりも厚い、ことを特徴とするトーリック
眼内レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乱視矯正用のトーリック眼内レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
乱視矯正用の眼用レンズの例としては、眼鏡やコンタクトレンズ、眼内レンズ等が挙げられる。これらの眼用レンズは、トーリック面と呼ばれる光学面を有する。トーリック面とは、ラグビーボールやドーナツの側面のように、少なくとも2本の経線の曲率半径が異なっているレンズの面形状を指す。そして、このトーリック面を有するレンズは、トーリックレンズ(円環状レンズ)と呼ばれる。
【0003】
トーリック面によって、面上に設定された互いに直交する方向においてレンズの屈折力に差が生じる。この屈折力の差を利用することで乱視を矯正することができる。そして、従来、レンズ面の形状をより柔軟に設計するための技術や眼内レンズの眼内における位置を安定させるための技術が提案されている(特許文献1、2)。また、後発白内障の発症を有利に抑制するように光学部と支持部の接続部を構成する技術も提案されている(特許文献3)。またトーリック面を数式で定義する技術も提案されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許第5173723号明細書
【文献】国際公開第2015/136997号
【文献】国際公開第2006/123427号
【文献】特許第4945558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の乱視矯正用の眼用レンズにおいては、レンズのエッジの厚みを制御することは想定されていないため、エッジの厚みが後発白内障防止の観点からの眼内レンズの設計に支障をきたす可能性がある。つまり、後発白内障防止の観点からすればエッジ厚は所定の厚さ以上であることが望まれるが、単純にエッジ厚を基準にしてレンズ形状を定めるとレンズの中心厚が厚くなるため、小切開による挿入が難しくなり、挿入時の負担を増加させてしまう可能性がある。
【0006】
本件開示の技術は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、レンズ設計の自由度を低下させることなく後発白内障防止に資するレンズを設計することが可能なトーリック眼用レンズ、すなわち後発白内障防止効果が期待できる厚さのエッジを有し、かつ中心厚が不必要に厚くならないトーリック眼用レンズを実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本件開示のトーリック眼用レンズは、光学部の上面視において、光学部のエッジ厚が略一定となる略平坦部が、光学部のトーリック面の強主経線と重なるように設けられている。これにより、従来は強主経線方向のエッジ厚が薄くなり、当該部分に支持部を設けると、光学部を眼内の後嚢に押し付ける力を安定して得られない懸念があったが、本件開示のトーリック眼用レンズによれば、当該部分に支持部を設けても所定のエッジ厚が確保されているため光学部を後嚢に押し付ける力を安定して得られ、後発白内障を防止する観点からより自由度の高いレンズ設計が可能となる。また、略平坦部のエッジ厚は、上面視においてトーリック面の弱主経線と重なる光学部のエッジ厚よりも薄く、略平坦部をトーリック面として形成した場合に上面視においてトーリック面の強主経線と重なる光学部のエッジ厚よりも厚い。
【0008】
さらに、略平坦部は、トーリック眼用レンズにおいて厚みが所定の最低厚みより薄くなる領域について、トーリック面を、厚みが最低厚みとなる平面に置き換えることにより形成されてもよい。また、略平坦部を緩い傾斜面や曲面、あるいはそれらを組み合わせた形態にしてもよい。
【0009】
また、トーリック眼用レンズの光学部の上面視において、レンズ中心からの距離がrである位置の前記光学部のエッジ厚h(r)が式(1)及び(2)で与えられる略平坦部を設け
【数1】
【数2】
H(High)は、前記トーリック眼用レンズの強主経線と重なる部分のエッジ厚であり、H(Low)は、前記トーリック眼用レンズの弱主経線と重なる部分のエッジ厚であるとしてもよい。また、Hは所定の最低厚さに相当する。
【0010】
また、トーリック眼用レンズのレンズ面上の任意の経線方向における断面形状が
【数3】
を含む式で表現され、cはトーリック眼用レンズにおける近軸曲率であり、rはトーリック眼用レンズのレンズ中心からの距離であり、kはトーリック眼用レンズにおけるレンズ光軸に回転対称な面のコーニック定数であり、c、r、kはレンズ面上の経線方向について共通であり、A(θ)およびB(θ)は、式(4)および(5)で与えられ
【数4】
【数5】
H(High)は、トーリック眼用レンズを式(4)及び(5)を用いて設計した場合の強主経線と重なる部分のエッジ厚であり、H(Low)は、トーリック眼用レンズを式(4)及び(5)を用いて設計した場合の弱主経線と重なる部分のエッジ厚であるように構成してもよい。
【0011】
さらに、トーリック眼用レンズの上面視において、トーリック眼用レンズのエッジからレンズ中心に向かう方向における略平坦部の幅が0.05mm以上0.5mm以下としてもよいし、トーリック眼用レンズの上面視において、トーリック眼用レンズのレンズ中心から見た略平坦部が形成されている角度範囲が、強主経線を挟んで20°以上70°以下(強主経線に対して片側10°以上35°以下)としてもよい。眼内レンズの光学部径は一般的にφ5mm~7mmであることから、トーリック眼用レンズの上面視において、トーリック眼用レンズのエッジからレンズ中心に向かう方向における略平坦部の幅Lが、(光学部径の1/100)≦L≦(光学部径の1/10)という条件を満たすようにしてもよい。
【0012】
また、本件開示のトーリック眼用レンズを、光学部の上面視において、光学部のエッジと光学部のトーリック面とに連続する面が設けられており、該連続する面における光学部のエッジ厚が略一定であり、該連続する面は、光学部のトーリック面の強主経線と重なるように設けられていてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本件開示の技術によれば、レンズ設計の自由度を低下させることなく白内障防止に資するレンズを設計することが可能なエッジを有するトーリック眼用レンズを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1(a)~(c)は、従来のトーリック眼内レンズの一例を示す模式図である。
【
図2】
図2は、従来のトーリック眼内レンズのエッジ厚の変化の一例を示すグラフである。
【
図3】
図3(a)~(c)は、一実施形態に係るトーリック眼内レンズの一例を示す模式図である。
【
図4】
図4は、一実施形態に係るトーリック眼内レンズのエッジ厚の変化の一例を示すグラフである。
【
図5】
図5は、一変形例に係るトーリック眼内レンズの一例を示す模式図である。
【
図6】
図6は、別の変形例に係るトーリック眼内レンズの一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の説明では、トーリック眼内レンズについて説明するが、本発明はトーリック眼内レンズに限らず、眼鏡レンズなど種々のトーリック眼用レンズにも適用できる。
【0016】
トーリック眼内レンズでは、トーリック面によって、面上に設定された互いに直交する方向(第1の経線方向と第2の経線方向)においてレンズの屈折力に差が生じる。この屈折力の差を利用することで乱視を矯正することができる。一般に、この屈折力の差は、円柱屈折力と呼ばれる。トーリック面において、屈折力の大きい方向の経線は強主経線と呼ばれ、屈折力の小さい方向の経線は弱主経線と呼ばれる。
【0017】
まず、本発明の前提となる技術について説明する。本実施形態では、以下の式(6)によりレンズ面を規定して眼内レンズを作製する。なお、式(6)の第1項はレンズの光軸について回転対称のレンズ面を規定し、第2項以降はトーリック面を規定する。
【数6】
ここで、cは式(6)の第2項以降により規定されるトーリック面を付加する前のレンズの回転対称の基準面の曲率である。XとYは第1の方向及び第2の方向におけるレンズ中心からの距離であり、例えば強主経線方向及び弱主経線方向におけるレンズ中心からの距離である。また、rは径方向の距離(r
2=X
2+Y
2)である。また、kは式(6)の第2項以降により規定されるトーリック面を付加する前の回転対称の基準面のコーニック定数であり、c、r、及びkはX方向とY方向とで共通となっている。また、aはトーリック面を付加するパラメータである。式(6)の第2項以降の項は、(X
2+Y
2)
n(n=1、2・・・)を展開したときの各項を表す。また、第2項以降の各項の係数は、トーリック面を付加するためのパラメータを表す。なお、式(6)の第1項が、レンズの光軸に対して回転対称のレンズ面を規定する所定の定義式の一例である。また、式(6)の第1項と同等のレンズ面を規定する式であれば、当該第1項は他の式であってもよい。
【0018】
上記の式を用いるとレンズ全体に亘ってレンズ面を規定することができる。これにより、従来に比べて高い自由度をもってレンズ面を規定することができる。特に、上記のように従来の式では規定できなかったX方向及びY方向以外(例えばX=Yとなる方向)の形状も自由に規定することができる。
【0019】
また、式(6)の第1項は、球面レンズの式あるいはコーニック定数のみによる非球面レンズの式と同じ形になっている。このため、式(6)を用いてトーリック眼内レンズを設計する場合、トーリック眼内レンズのベース形状を従来と同様に回転対称レンズにすることができる。したがって、式(6)を用いてレンズ設計を行い作製したトーリック眼内レンズは、従来の挿入器にも支障なく装填することができる。
【0020】
なお、従来ではレンズの45°方向のエッジ厚を回転対称レンズと統一する方法が提案されているが、エッジ厚の計算はトーリック面のパラメータが決定した後でないと計算できない。一方、本実施形態の式(6)を用いた設計方法では、X2jY2(n-j)(ただし、jはn以外の自然数)の係数を0にする、もしくはa2qx=-a2qy、a2qxa2py=0(p、qは自然数)とすればエッジ厚の計算は必要なく、45°方向のエッジ厚を回転対称レンズと同等な形状を設計することができる。
【0021】
また、レンズをいわゆるモールド方式で作製する場合、レンズ材料の収縮によるレンズ形状の変化を考慮する必要がある。本実施形態の式(6)を用いてレンズを設計することにより、レンズのベース形状が回転対称レンズと同じであれば、収縮率を回転対称レンズと同等とみなすことができる。したがって、本実施形態のレンズ設計方法によれば、非回転対称レンズであるトーリック眼内レンズで収縮率を評価する従来の方法よりも効率よく収縮率を評価することができる。
【0022】
また、後述するようにX方向及びY方向の近軸曲率も容易に計算することができるため、近軸屈折力の計算も容易になる。したがって、式(6)の関数から近軸パワーの計算を容易に行うこともできる。また、式(6)を用いることで、トーリック眼内レンズのX方向及びY方向における球面収差を制御することができる。このように、式(6)を用いてレンズ設計をすることにより、トーリック眼内レンズのトーリック面を規定するパラメータの自由度が高くなり、様々な収差を従来よりも好適に補正するレンズ面形状を設計することができる。
【0023】
次に、式(6)について、レンズの光学面の任意の方向(角度θ)における断面形状の表現式を導出する。ここでは、一例として最大次数4次の場合を考える。式(6)においてx=rcosθ、y=rsinθとすると、以下のように変換して式(7)が得られる。
【数7】
ここで
【数8】
である。
また、
【数9】
である。
【0024】
式(7)からわかるように、式(6)を用いれば、レンズ面における任意の方向(任意のθ)の断面形状を一般的な光学面定義式で表現することができる。また、設計値との比較や実際に製造されたレンズの任意の断面内における光学シミュレーションを容易に行うことが可能となる。
【0025】
次に、式(6)、(7)のいずれかを用いて本発明の前提技術を用いて、トーリック眼内レンズを設計した場合の例について以下説明する。なお、この説明においては、トーリック面を山型(上に凸)の光学面として形成するものとする。
【0026】
図1は、従来のトーリック眼内レンズの光学部100の一例を示す模式図である。なお、
図1では、トーリック眼内レンズの支持部の図示を省略している。また、
図1に示す光学部100において、光学部の光軸に直交するXY平面を設定し、X軸とY軸が互いに直交するものとして説明する。また、XY平面と直行するZ軸を設定する。光学部のエッジにおけるZ軸方向の厚さがエッジ厚に対応する。
【0027】
また、
図1(a)、(b)は、光学部100の側面図であり、
図1(c)は、光学部100をZ軸の負側、すなわち光学面104側からZ軸の正側、すなわち光学面103側に向かって見た図である。
【0028】
図1(c)に示すように、従来のトーリック眼内レンズの光学部100の両面は、XY平面上の全域、すなわちレンズ中心101(XY平面の原点O)からエッジ102にわたる領域に光学面103、104が形成されている。本実施形態においては、光学面103は球面形状または非球面形状でトーリック面は有さない。一方、光学面104はトーリック面となっている。また、
図1(a)に示すように、光学部100のエッジ102には、エッジ厚が他の部分のエッジ厚に比べて薄い薄肉部105が形成される。レンズ中心101から見て薄肉部105が形成されている方向は、いわゆる強主経線の延伸方向に対応している。なお、
図1(c)において強主経線はX軸と重なっている。
【0029】
図2に、光学部100のレンズ中心101から見たエッジ厚の角度方向における変化の一例を示す。ここで縦軸Z(mm)は、光学面104におけるザグ量である。
図2のグラフにおいて、横軸の角度(φ;単位:°)が0°および180°の方向が、光学部100の弱主経線方向である。また、角度が90°の方向が、光学部100の強主経線方向である。なお、角度が180°~360°の範囲におけるエッジ厚の変化は、角度が0°~180°の範囲におけるエッジ厚の変化と同じである。
図2に示すように、光学部100のエッジ厚は、強主経線方向において最も薄くなる。
【0030】
このため、薄肉部105に支持部を設けるレンズ設計の場合、エッジ厚の薄い部分に支持部を接続することになるため、光学部を後嚢に押し付ける力が安定して得られない懸念があり、後発白内障を防止する観点から望ましいレンズ設計とは言えない可能性がある。
【0031】
これに対して、
図3に、本実施形態に係るトーリック眼内レンズの光学部200の一例を模式的に示す。
図1と同様、
図3では、トーリック眼内レンズの支持部の図示を省略している。また、光学部100と同様、光学部200において、光学部の光軸に直交するXY平面を設定し、X軸とY軸が互いに直交するものとして説明する。また、XY平面と直行するZ軸を設定する。光学部のエッジにおけるZ軸方向の厚さがエッジ厚に対応する。
図3(a)、(b)は、光学部200の側面図であり、
図3(c)は、光学部200をZ軸の負側、すなわち光学面204側からZ軸の正側、すなわち光学面203側に向かって見た図である。なお、
図3においても、光学面203は球面形状または非球面形状でトーリック面は有さない。一方、光学面204はトーリック面となっている。
【0032】
本実施形態におけるトーリック眼内レンズの光学部200は、レンズ中心201(XY平面の原点O’)における中心厚は、従来のトーリック眼内レンズの光学部100のレンズ中心101における中心厚と同等であるが、エッジ202にエッジ厚が略一定となる略平坦部(以下「平坦部」と称する)205が形成されている。平坦部205は、レンズ中心201から見て強主経線と重なるエッジを含むように形成されている。なお、
図1(c)と同様、
図3(c)において強主経線はX軸と重なっている。したがって、本実施形態では、
図3(c)に示すように、エッジ202には、2つの平坦部205が、光学部200の一方のレンズ面204の周囲に形成されている。また、平坦部205は、光学部200の上面視において、X軸と重なりレンズ中心201を挟むように形成されている。なお、平坦部205が、光学部の上面視において、光学部のエッジと光学部のトーリック面とに連続する面の一例である。
【0033】
ここで、
図3(a)に示すように平坦部205においてレンズ中心201からの半径rの位置におけるエッジ厚をh(r)とする。このh(r)を適切に定めることで、
図3(c)に示す光学部200の上面視において、レンズ中心201から見た平坦部205が形成されている角度φの範囲と、平坦部205のX軸方向(光学部の半径方向)における幅Lとが定まる。(光学面204のトーリック面は定義されているので、エッジ厚h(r)が定まると光学面204のトーリック面と平坦部205の平面との交線が定まる。)本実施形態では、一例として、平坦部205における最小エッジ厚Hは、0.01mm≦H-H(high)≦0.05mmを満たすように設定され、エッジ厚h(r)がHより薄くなる領域については、h(r)=Hとなるように構成してもよい。本実施形態においてトーリックレンズ平坦部205は、その形状がX軸、すなわち強主経線に対して線対称となるように設けられる。
【0034】
本実施形態においては、上述のように、平坦部205におけるエッジ厚h(r)が定まれば、平坦部205の平面形状は定まる。しかしながら、本実施形態においては、平坦部205の平面形状を先ず(優先的に)定めてもよい。例えば、平坦部205の端部Eにおける角度φは、55°≦φ≦80°を満たすように設定とされてもよい。そうすると、トーリック眼内レンズのレンズ中心から見た平坦部が形成されている角度範囲(角度幅)が、強主経線を挟んで20°~70°(強主経線に対して片側10°~35°)となる。また、平坦部205のX軸方向における幅Lは0.05mm≦L≦0.5mmを満たすように設定されてもよい。眼内レンズの光学部径は一般的にφ5mm~7mmであることから、トーリック眼用レンズの上面視において、トーリック眼用レンズのエッジからレンズ中心に向かう方向における平坦部の幅Lが、(光学部径の1/100)≦L≦(光学部径の1/10)という条件を満たすようにしてもよい。これらの場合には、平坦部205の角度範囲(角度幅)または、平坦部205の幅Lを決めることにより、エッジ厚h(r)が定まる。
【0035】
また、平坦部205におけるエッジ厚h(r)は、光学部200の弱主経線側のエッジ厚より薄く、かつ、平坦部205を光学部100のトーリック面として形成した場合のエッジ厚よりも厚くなるように設定される。エッジ厚h(r)をこのように設定することで、光学部200の弱主経線側のエッジ厚、すなわちY軸と重なる部分のエッジ厚は、従来の光学部100と同様に構成できる。したがって、本実施形態によれば、平坦部205のエッジ厚のみを制御し、その他の部分のエッジ厚の制御については考慮しなくてもよいため、光学部200の平坦部205のエッジ厚の制御が容易になる。
【0036】
図4に、光学部200のレンズ中心201から見たエッジ厚の角度方向における変化の一例を示す。
図4のグラフにおいて、横軸の角度(φ;単位:°)および縦軸のサグ量(Z;単位:mm)は、
図2と同じである。
図4に示す例では、光学部200のエッジ厚は、強主経線方向(φ=90°)を挟んで70°~110°の範囲において一定となっている。すなわち、この範囲において、平坦部205が形成されている。なお、
図4に示す例では、
図3における角度φは70°である。
【0037】
このため、平坦部205に支持部を設けるレンズ設計の場合でも、光学部100の薄肉部105に支持部を設ける場合とは異なり、エッジ厚が所定の厚さで確保されているため、支持部によって光学部が後嚢に押し付けられる力が安定して得られることとなり、後発白内障の防止に資するレンズ設計となる。
【0038】
また、本実施形態において、上記の式(6)、(7)のいずれかの式を用いてトーリック眼内レンズの光学部200を設計する場合に、以下の式(8)、(9)による条件を追加する。
【数10】
【数11】
すなわち、本実施形態においては、上記の式(6)、(7)のいずれかの式を用いて、トーリック眼内レンズの光学部200を設計した場合に、エッジ厚h(r)がHより薄くなる領域については、h(r)=Hとする。ここで、H(High)は、光学部200を従来の光学部100として設計した場合の強主経線(図中X軸)と重なる部分のエッジ厚であり、H(Low)は、光学部200を従来の光学部100として設計した場合の弱主経線(図中Y軸)と重なる部分のエッジ厚である。ここで、Hは所定の最低厚さに相当する。
【0039】
従来のトーリック眼内レンズの光学部の構成ではエッジ厚が薄くなることで、白内障防止の観点からトーリック眼内レンズを設計する上で支障をきたす可能性があったが、本実施形態によれば、上記の条件に基づいて式(6)、(7)のいずれかを用いて、光学部200を設計することで、従来よりも白内障防止に資するトーリック眼内レンズの光学部を実現することができる。
【0040】
本実施形態のトーリック眼内レンズはモールド製法で作製しても切削加工製法で作製してもよい。ただし、トーリック面の加工は回転速度と同期させながら加工ツールを光軸方向に移動可能な旋盤加工機で行うことが望ましい。なお、本実施例においては、光学面204がトーリック面、光学面203が球面または非球面である例について説明したが、本発明が適用される光学面の構成はこれに限られない。光学面204が非球面トーリック面を有してもよいし、光学面203と光学面204の両方がトーリック面を含んでいてもよい。光学面203と光学面204の両方がトーリック面であり、強主経線が共通する場合には、エッジ厚h(r)は、光学面203の強主経線における厚さと、平坦部205の厚さの差ということになる。
【0041】
以上が本実施形態に関する説明であるが、上記のトーリック眼内レンズの構成は、上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想と同一性を失わない範囲内において種々の変更が可能である。例えば、上記のトーリック眼内レンズの設計においては、以下の変形例に示すように、上記の式(6)、(7)以外の式を用いてもよく、その場合に上記の式(8)、(9)に示す条件を加えて設定すればよい。また、上記の実施形態における、角度φ、幅L、エッジ厚h(r)のそれぞれの値の範囲は一例に過ぎず、上記の範囲に限定する趣旨ではない。さらに、上記の実施形態では、光学部200の上面視において、平坦部205はX軸に対して線対称となるように形成されているが、光学部200のトーリック面の強主経線(X軸)と重なるように形成されていれば、X軸に対して線対称とならなくてもよい。また、平坦部205の部分を緩い傾斜面や曲面、あるいはそれらを組み合わせたような形態にしてもよい。
【0042】
このようなトーリック眼内レンズの設計方法により、光学部の上面視において、光学部のエッジと光学部のトーリック面とに連続する面(平坦部205)が設けられており、当該連続する面における光学部のエッジ厚が略一定であり、当該連続する面は、光学部のトーリック面の強主経線と重なるように設けられているトーリック眼内レンズを設計することができる。
【0043】
次に、上記の実施形態の変形例について、以下に説明する。以下の説明において、トーリック眼内レンズの強主経線方向をX方向、弱主経線方向をY方向とするが、XとYは逆でもよい。なお、以下に説明する式の導出の詳細については、上記の各特許文献に記載されているため、説明を省略する。従来のトーリック面を規定する式として、X軸と光軸を含む平面によるレンズ断面の形状を表す式(10)と、Y軸と光軸を含む平面によるレンズ断面を表す式(11)が挙げられる。ここで、Rx及びRyは、X軸と光軸を含む平面によるレンズ断面の曲率半径及びY軸と光軸を含む平面によるレンズ断面の曲率半径をそれぞれ表す。なお、Rx≠Ryである。cx及びcyは、X軸と光軸を含む平面によるレンズ断面の曲率及びY軸と光軸を含む平面によるレンズ断面の曲率をそれぞれ表す。ここで、cx=1/Rx、cy=1/Ryである。kx及びkyは、X方向におけるコーニック定数(円錐定数)及びY方向におけるコーニック定数をそれぞれ表す。なお、特許文献4(特許第4945558号)にはkx≠kyとの記載がある。
【数12】
【数13】
【0044】
また、従来のトーリック眼内レンズの設計に用いられる式として、式(10)、(11)の代わりに式(12)、(13)が挙げられる。なお、Rx≠Ryである。また、特許4945558号にはkx≠kyとの記載がある。
【数14】
【数15】
【0045】
式(10)及び(11)、あるいは式(12)及び(13)を用いる場合、X方向及びY方向のレンズ断面の形状が規定できるだけで、レンズ全体の断面形状は規定できない。
【0046】
あるいは式(14)を用いてトーリック眼内レンズを設計する方法もある。
【数16】
【0047】
上記の式(10)~(14)を用いてトーリック眼内レンズを設計する場合に、式(8)、(9)の条件を追加して設計することで、上記の実施形態と同様に光学部の強主経線方向におけるエッジ厚を所定の厚さで確保することで、後発白内障の防止に資するレンズ設計を行うことができる。
【0048】
図5、6に上記の実施形態の変形例に係るトーリック眼内レンズ300、400の概略構成を示す部分拡大図を示す。なお、
図5、6に示されていない構成は、上記のトーリック眼内レンズ200の構成と同じであるため、図示および詳細な説明は省略する。本変形例に係るトーリック眼内レンズ300、400には、上記のトーリック眼内レンズ200の平坦部205の代わりに、それぞれ曲面部305、傾斜部405が形成されている。上記の平坦部205と同様、曲面部305および傾斜部405は、光学面204とは異なり、トーリック眼内レンズとしての収差補正機能を発揮させることを目的として形成された部分ではない。この点で、光学部のエッジと光学部のトーリック面とに連続する面を有する部分として、上記の平坦部205だけでなく、傾斜部405も含まれると言える。さらに、光学面204とは光学的な機能の点で異なる面を有する曲面部305も、光学部のエッジと光学部のトーリック面とに連続する面を有する部分に含まれると言える。
【0049】
このように、曲面部305が形成されたトーリック眼内レンズ300または傾斜部405が形成されたトーリック眼内レンズ400を採用する場合も、上記のトーリック眼内レンズ200と同様に、エッジ厚が所定の厚さで確保されているため、支持部によって光学部が後嚢に押し付けられる力が安定して得られることとなり、後発白内障の防止に資するレンズ設計となる。
【0050】
さらに、上記のトーリック眼内レンズ200、300、400の設計方法によれば、エッジ厚を決定する際に、光学部の中心厚を従来のトーリック眼内レンズ100の設計における中心厚よりも薄くすることができる効果も期待できる。すなわち、上記の実施形態に係る設計方法によれば、光学部の中心厚を従来のトーリック眼内レンズの設計における中心厚よりも薄く設定しても、上記のエッジ厚を確保することができると言える。
【符号の説明】
【0051】
200 光学部
202 エッジ
205 平坦部