(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-23
(45)【発行日】2022-03-31
(54)【発明の名称】ポリミキシンB成分又はその塩、その製造方法及び使用
(51)【国際特許分類】
C07K 7/62 20060101AFI20220324BHJP
A61K 38/12 20060101ALI20220324BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20220324BHJP
【FI】
C07K7/62
A61K38/12
A61P31/04
(21)【出願番号】P 2021512913
(86)(22)【出願日】2020-11-24
(86)【国際出願番号】 CN2020131148
(87)【国際公開番号】W WO2021135732
(87)【国際公開日】2021-07-08
【審査請求日】2021-03-03
(31)【優先権主張番号】202010001700.8
(32)【優先日】2020-01-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】521092096
【氏名又は名称】上海上薬第一生化薬業有限公司
【氏名又は名称原語表記】SPH NO.1 BIOCHEMICAL & PHARMACEUTICAL CO.,LTD.
【住所又は居所原語表記】No.1317 Jianchuan Road, Minhang District, Shanghai, 200240, China
(74)【代理人】
【識別番号】110001139
【氏名又は名称】SK特許業務法人
(74)【代理人】
【識別番号】100130328
【氏名又は名称】奥野 彰彦
(74)【代理人】
【識別番号】100130672
【氏名又は名称】伊藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】張 含智
(72)【発明者】
【氏名】劉 浩
(72)【発明者】
【氏名】黄 臻輝
(72)【発明者】
【氏名】孫 寧
(72)【発明者】
【氏名】羅 文燕
(72)【発明者】
【氏名】丁 金国
(72)【発明者】
【氏名】劉 笑芬
(72)【発明者】
【氏名】卞 星晨
【審査官】西垣 歩美
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第103735508(CN,A)
【文献】特表2014-533678(JP,A)
【文献】特表2018-502845(JP,A)
【文献】特表2019-531339(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造式が式(I)である化合物又はそのエナンチオマーであることを特徴とする
、ポリミキシンB成分又はその塩。
【請求項2】
請求項1に記載のポリミキシンB成分又はその塩の製造方法であって、
前記ポリミキシンB成分の製造方法は、ポリミキシンB又はその塩から
前記ポリミキシンB成分を分離して得るステップを含み、
前記ポリミキシンB成分の塩の製造方法は、前記ポリミキシンB成分と酸とを塩形成反応させるステップを含むことを特徴とする、製造方法。
【請求項3】
前記ポリミキシンB成分は、分取液体クロマトグラフィーによりポリミキシンB又はその塩から分離して得られ、
前記分取液体クロマトグラフィーのクロマトグラフィーカラムは、オクタデシル結合シリカゲルクロマトグラフィーカラムであり、
前記分取液体クロマトグラフィーの移動相は、0-10%のギ酸水溶液-アセトニトリルであり、ギ酸水溶液の濃度は0ではなく、
前記ギ酸水溶液とアセトニトリルとの体積比は99:1-50:50
であり、
前記分取液体クロマトグラフィーの流速は5-20mL/min、注入量は50-1000μL、検出波長は190-400nmであり、
前記分取液体クロマトグラフィーにより分離して得られた各留分をエレクトロスプレー質量分析により検出し、ポリミキシンB成分を収集し、
前記エレクトロスプレー質量分析は、正イオン走査モードを採用し、走査範囲m/zが50-3200
であることを特徴とする、請求項
2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項
1に記載のポリミキシンB成分又はその塩を含む医薬組成物であって、
前記医薬組成物は注射剤又は軟膏剤として存在することを特徴とする、医薬組成物。
【請求項5】
請求項
1に記載のポリミキシンB成分又はその塩
を含む抗菌薬であって、
前記抗菌薬は、グラム陰性菌に対する薬物であり、
前記グラム陰性菌は、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)又は緑膿菌(Pseudomona aeruginosa)であることを特徴とする、
抗菌薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物化学及び薬物分析化学分野に属し、特にポリミキシンB(PolymyxinB)又はその塩、その製造方法及び使用に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリミキシンBは、環状リポペプチド系抗生物質であり、グラム陰性桿菌に対して強力な殺菌作用を有する。臨床的には、主に多剤耐性グラム陰性桿菌感染症を治療する「最終防衛ライン」と考えられる硫酸ポリミキシンBが使用されている。
【0003】
ポリミキシンBは、発酵生成物であるため、構造が類似する一連の環状リポペプチドの混合物である。知られているポリミキシンBの主要成分は、ポリミキシンB1、B2、B3及びB1-Iを含み、他の未知の成分もある。ポリミキシンB1、B2は有効成分であり、B3、B1-Iは主な不純物である。ポリミキシンB1、B2、B3及びB1-Iは、骨格構造が同じであり、置換基が異なっている。上記ポリミキシンB1の構造式は
図1に示される。その構成単位は、N末端脂肪アシル鎖(6'R-メチルオクタノイル)、1位のL-α、γ-ジアミノ酪酸、2位のL-スレオニン、3位のL-α、γ-ジアミノ酪酸、4位のL-α、γ-ジアミノ酪酸、5位のL-α、γ-ジアミノ酪酸、6位のD-フェニルアラニン、7位のL-ロイシン、8位のL-α、γ-ジアミノ酪酸、9位のL-α、γ-ジアミノ酪酸、10位のL-スレオニンである。これらの構成単位は、順にアミド結合で結合され、4位のL-α、γ-ジアミノ酪酸と5位のL-α、γ-ジアミノ酪酸、10位のL-スレオニンとはアミド結合で結合されてシクロヘプタペプチドを形成する。
【0004】
ポリミキシンBが強力な殺菌作用を有するため、その化学成分の分離及び同定は非常に重要な意味を持っている。
【発明の概要】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、ポリミキシンB成分又はその塩、その製造方法及び使用を提供することである。本発明では、ポリミキシンBから新しい成分が分離して同定される。この成分は強力な抗菌活性を有するため、潜在的な使用価値を有する。
【0006】
本発明は、以下の技術手段により上記問題を解決する。
本発明では、ポリミキシンB成分(以下、2',3'-デヒドロポリミキシンB1とも呼ばれる)又はその塩が提供される。上記ポリミキシンB成分は、順に結合された1位のα,γ-ジアミノ酪酸、2位のスレオニン、3位のα,γ-ジアミノ酪酸、4位のα,γ-ジアミノ酪酸、5位のα,γ-ジアミノ酪酸、6位のフェニルアラニン、7位のロイシン、8位のα,γ-ジアミノ酪酸、9位のα,γ-ジアミノ酪酸和10位のスレオニンを含む。上記10位のスレオニンと上記4位のα,γ-ジアミノ酪酸とはアミド結合で結合される。上記1位のα,γ-ジアミノ酪酸は6-メチルオクタ-2-エノイルに結合される。
【0007】
上記6-メチルオクタ-2-エノイルは、(R,E)-6-メチルオクタ-2-エノイル、(R,Z)-6-メチルオクタ-2-エノイル、又はそれらのいずれか1つのエナンチオマーであってもよい。好ましくは、上記6-メチルオクタ-2-エノイルは(R,E)-6-メチルオクタ-2-エノイルである。
【0008】
本発明の好ましい実施形態において、上記1位のα,γ-ジアミノ酪酸のα-アミノ基は、6-メチルオクタ-2-エノイルに結合され、及び/又は
上記4位のα,γ-ジアミノ酪酸のα-アミノ基と、上記3位のα,γ-ジアミノ酪酸のカルボキシル基とは、アミド結合で結合され、上記4位のα,γ-ジアミノ酪酸のγ-アミノ基と、上記10位のスレオニンのカルボキシル基とは、アミド結合で結合され、及び/又は
上記ポリミキシンB成分の塩は、ポリミキシンB成分の硫酸塩である。
【0009】
本発明の好ましい実施形態において、上記1位のα,γ-ジアミノ酪酸のα-アミノ基は、(R,E)-6-メチルオクタ-2-エノイル又は(R,Z)-6-メチルオクタ-2-エノイルに結合される。本発明の好ましい実施形態において、上記ポリミキシンB成分は、構造式が式(I)である化合物又はそのエナンチオマーである。
【0010】
本発明の好ましい実施形態において、上記ポリミキシンB成分は、ポリミキシンB又はその塩から分離して得られる。当該技術分野で知られているように、本発明のポリミキシンB成分は、ポリミキシンB又はその塩から分離して得られるため、上記ポリミキシンB又はその塩には、ポリミキシンB成分又はその塩が含まれるべきである。本発明では、好ましくは、硫酸ポリミキシンBから上記ポリミキシンB成分を分離して得る。ここで、上記硫酸ポリミキシンBは、上海上薬第一生化薬業有限公司から購入されたバッチ番号1512802の硫酸ポリミキシンBであることが好ましい。
【0011】
本発明の好ましい実施形態において、上記ポリミキシンB成分の相対分子量は1200.73-1200.75である。
【0012】
本発明の好ましい実施形態において、上記ポリミキシンB成分は、分取液体クロマトグラフィーによりポリミキシンB又はその塩から分離して得られる。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーのクロマトグラフィーカラムはオクタデシル結合シリカゲルクロマトグラフィーカラムである。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの移動相は0-10%(V:V)のギ酸水溶液-アセトニトリルであり、ギ酸水溶液の濃度が0ではない。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの移動相は0.01-10%(V:V)のギ酸水溶液-アセトニトリルである。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの移動相は0.1%(V:V)ギ酸水溶液-アセトニトリルである。好ましくは、上記ギ酸水溶液とアセトニトリルとの体積比は99:1-50:50、85:15である。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの流速は5-20mL/min、注入量は50-1000μL、検出波長は190-400nmである。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの流速は15mL/min、注入量は500μL、検出波長は215nmである。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーにより分離して得られた各留分をエレクトロスプレー質量分析により検出し、ポリミキシンB成分を収集する。好ましくは、上記エレクトロスプレー質量分析は、正イオン走査モードを採用する。走査範囲m/zは50-3200、好ましくは100-1250である。
【0013】
本発明では、ポリミキシンB成分又はその塩の製造方法がさらに提供される。
上記ポリミキシンB成分の製造方法は、ポリミキシンB又はその塩からポリミキシンB成分を分離して得るステップを含む。上記ポリミキシンB成分の分子式はC56H96N16O13である。
上記ポリミキシンB成分の塩の製造方法は、上記ポリミキシンB成分と酸とを塩形成反応させるステップを含む。
【0014】
上記ポリミキシンB成分の塩の製造方法において、上記酸は、上記ポリミキシンB成分と塩を形成することができれば、当該技術分野で一般的な酸であってもよく、好ましくは、硫酸である。上記ポリミキシンB成分の塩は、硫酸ポリミキシンB成分である。
【0015】
上記ポリミキシンB成分の製造方法において、好ましくは、上記ポリミキシンB成分は、分取液体クロマトグラフィーによりポリミキシンB又はその塩から分離して得られる。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーのクロマトグラフィーカラムは、オクタデシル結合シリカゲルクロマトグラフィーカラムである。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの移動相は0-10%(V:V)のギ酸水溶液-アセトニトリルであり、ギ酸水溶液の濃度は0ではない。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの移動相は、0.01-10%(V:V)のギ酸水溶液-アセトニトリルである。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの移動相は、0.1%(V:V)のギ酸水溶液-アセトニトリルである。好ましくは、上記ギ酸水溶液とアセトニトリルとの体積比は99:1-50:50、好ましくは、85:15である。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの流速は5-20mL/min、注入量は50-1000μL、検出波長は190-400nmである。好ましくは、上記ポリミキシンB又はその塩の濃度は10mg/mL(溶媒は水とアセトニトリルの混合物であり、体積比は水:アセトニトリル=80:20)である。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーの流速は15mL/min、注入量は500μL、検出波長は215nmである。好ましくは、上記分取液体クロマトグラフィーから分離して得られた各留分をエレクトロスプレー質量分析により検出し、ポリミキシンB成分を収集する。好ましくは、上記エレクトロスプレー質量分析は、正イオン走査モードを採用し、走査範囲m/zは50-3200、好ましくは、100-1250である。
【0016】
上記ポリミキシンB成分の製造方法において、上記ポリミキシンB成分の構造は、好ましくは、高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用法及び核磁気共鳴により同定する。好ましくは、上記高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用法は、オクタデシル結合シリカゲルクロマトグラフィーカラムを使用する。好ましくは、上記高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用法の移動相は、0-10%(V:V)のトリフルオロ酢酸水溶液-アセトニトリルを使用し、上記トリフルオロ酢酸水溶液の濃度は0ではない。好ましくは、上記高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用法の移動相は、0.01-10%(V:V)のトリフルオロ酢酸水溶液-アセトニトリルを使用する。好ましくは、上記高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用法の移動相は、0.1%(V:V)トリフルオロ酢酸水溶液-アセトニトリルを使用する。好ましくは、上記トリフルオロ酢酸水溶液とアセトニトリルとの体積比は99:1-50:50である。好ましくは、上記トリフルオロ酢酸水溶液とアセトニトリルとの体積比は80:20である。好ましくは、上記高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用法の流速は0.1-2mL/min、注入量は0.5-100μL、検出波長は190-400nmである。好ましくは、上記流速は1mL/min、注入量は20μL、検出波長は215nmである。好ましくは、上記高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用法の質量分析におけるイオン化方式は、エレクトロスプレーイオン化又は大気圧イオン化を採用する。好ましくは、上記高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用法の質量分析計は、四重極飛行時間型質量分析計、線形若しくは三次元イオントラップ型質量分析計、トリプル四重極型質量分析計又は軌道イオントラップ質量分析計である。好ましくは、上記高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用法では、一次質量分析及び二次質量分析の情報に基づいて上記成分の構造を判断する。好ましくは、上記一次質量分析及び二次質量分析の走査範囲m/zは50-2000である。好ましくは、上記二次質量分析の衝突エネルギーの設定範囲は、10-30eVである。好ましくは、上記核磁気共鳴の走査周波数は、300-800MHz、好ましくは500MHzである。
【0017】
本発明では、上記製造方法により製造されるポリミキシンB成分又はその塩が提供される。
【0018】
本発明では、上記ポリミキシンB成分又はその塩を含む医薬組成物がさらに提供される。
【0019】
好ましくは、上記医薬組成物は、注射剤又は軟膏剤として存在する。
【0020】
本発明では、抗菌薬の製造における上記ポリミキシンB成分又はその塩の使用がさらに提供される。好ましくは、上記抗菌薬は、グラム陰性菌に対する薬物である。好ましくは、上記グラム陰性菌は、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)又は緑膿菌(Pseudomona aeruginosa)である。
【0021】
本発明では、ポリミキシンB成分又はその塩がさらに提供される。上記ポリミキシンB成分の分子式はC56H96N16O13である。上記ポリミキシンB成分は、ポリミキシンB又はその塩から分離して得ることができる。好ましくは、上記ポリミキシンB成分は、分取液体クロマトグラフィーによりポリミキシンB又はその塩から分離して得られる。上記分取液体クロマトグラフィーによる分離方法及び条件は上記と同様である。
【0022】
本発明では、ポリミキシンB成分又はその塩がさらに提供される。上記ポリミキシンB成分の相対分子量は1200.73-1200.75である。上記ポリミキシンB成分は、ポリミキシンB又はその塩から分離して得ることができる。好ましくは、上記ポリミキシンB成分は、分取液体クロマトグラフィーによりポリミキシンB又はその塩から分離して得られる。上記分取液体クロマトグラフィーによる分離方法及び条件は上記と同様である。
【0023】
本発明は、以下の有益な効果を有する。
(1)本発明では、高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用によりポリミキシンBの各成分の構造をオンラインで分析し、一次質量分析、二次質量分析及び核磁気共鳴の分析結果に基づいて二重結合化ポリミキシンB成分である2',3'-デヒドロポリミキシンB1が初めて発見された。これは、ポリミキシンBの研究に対して重要な意味を有する。
【0024】
(2)本発明に記載の2',3'-デヒドロポリミキシンB1は、強力な抗菌活性を有し、潜在的な使用価値を有するとともに、ポリミキシンB中の2',3'-デヒドロポリミキシンB1の含有量の検出においてポリミキシンBの質量を制御することに使用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】2',3'-デヒドロポリミキシンB1の構造式である。
【
図3a】ポリミキシンB1の一次質量分析図である。
【
図3b】ポリミキシンB1の一次質量分析の局所拡大図である。
【
図5a】2',3'-デヒドロポリミキシンB1の一次質量分析図である。
【
図5b】2',3'-デヒドロポリミキシンB1の一次質量分析の局所拡大図である。
【
図6】2',3'-デヒドロポリミキシンB1の二次質量分析図である。
【
図7】ポリミキシンB1の1H-NMRスペクトルである。
【
図8】2',3'-デヒドロポリミキシンB1の1H-NMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されない。
【0027】
本発明に記載の「1位」、「2位」......「10位」とは、アミノ酸の結合順序であり、
図1における数字に対応する。
【0028】
本発明に記載の「α-アミノ基」、「γ-アミノ基」とは、それぞれα-炭素原子及びγ-炭素原子に結合されたアミノ基を指す。
【0029】
本発明の硫酸ポリミキシンBについては、実施例において上海上薬第一生化薬業有限公司の硫酸ポリミキシンBが使用されているが、他の硫酸ポリミキシンB対照品及び製剤が使用されてもよく、本発明の分離方法によりポリミキシンB成分を分離できればよい。
【0030】
以下の実施例で使用されるアシネトバクター・バウマニATCC19606(標準菌株)は市販菌株であり、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)から購入された商品番号:2208[81,DSM 6974]の菌株である。
【0031】
以下の実施例で使用される緑膿菌ATCC27853(標準菌株)は市販菌株であり、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)から購入された商品番号:Boston 41501の菌株である。
【0032】
実施例1
一、装置と試薬
Waters自動精製システム(Waters Technology (Shanghai)Co.,Ltd.)、凍結乾燥機(米国LABCONCO型真空凍結乾燥機)、Agilent 1290型高速液体クロマトグラフ-6550QTOF-MS(美国Agilent Technologies公司)、核磁気共鳴装置(Bruker,300MHz)。
【0033】
硫酸ポリミキシンB(上海上薬第一生化薬業有限公司、バッチ番号:1512802)。
【0034】
二、分取液体クロマトグラフィーによる精製
本発明では、Waters自動精製システムを用いて製造した。硫酸ポリミキシンBの濃度は10mg/mL(溶媒は水とアセトニトリルの混合物である。体積比は水:アセトニトリル=80:20である)であった。カラムはC18クロマトグラフィーカラム(19×100mm,5μm)、移動相は0.1vol%のギ酸水溶液-アセトニトリル(85:15,v:v)、流速は15mL/min、注入量は500μL、検出波長は215nmであった。分取液体クロマトグラフィーにより分離して得られた各留分をエレクトロスプレー質量分析により検出し、ポリミキシンB成分を収集した。エレクトロスプレー質量分析は、正イオン走査モード、シングル四重極型質量分析計を採用し、走査範囲m/zは100-1250、コーン電圧は35Vであった。ポリミキシンB成分(m/z 601.4,[M+2H]2+ )及びポリミキシンB1(m/z 602.2,[M+2H]2+)の留分を収集した。200回収集し、それぞれ上記2種類の留分を合わせ、ロータリーエバポレーターにより溶媒を除去し、それぞれ約3-4mLの水を加え、ガラス瓶に移し、凍結乾燥機に置いて凍結乾燥させた。凍結乾燥機のコールドトラップ温度を-80℃、真空度を0mbarに設定し、24時間後に、瓶に白色シート状でフワフワ状の固体が出現した後、凍結乾燥を停止させた。
【0035】
三、ポリミキシンB1及びポリミキシンB成分の質量分析データ
約2mgの精製成分をそれぞれ秤量し、ポリミキシンB1及び上記ポリミキシンB成分にそれぞれ1mL溶媒(水とアセトニトリルの体積比が80:20である)を加えて溶解した後、高速液体クロマトグラフィー-エレクトロスプレーイオン化-四重極飛行時間型質量分析計により構造を同定した。分析条件は以下の通りであった。カラムはC18クロマトグラフィーカラム(4.6×250mm,5μm)、移動相は0.1vol%のトリフルオロ酢酸水溶液-アセトニトリル(80:20,v:v)、流速は1mL/min、注入量は20μL、検出波長は215nm、柱温は50℃であった。正イオン走査モードにより一次質量分析図及び二次質量分析図を採取し、注入量は5μL、採取範囲m/zは50-1700、二次質量分析衝突エネルギーは10-30eVであった。
【0036】
ポリミキシンB1の一次質量分析図を
図3a及び
図3bに示す。その準分子イオンピーク[M+H]
+のm/zは1203.7614、[M+Na]
+のm/zは1225.7429であった。溶液状態又はエレクトロスプレー過程において、ポリミキシンB1は2つのH
+に結合して主に[M+2H]
2+(m/z,602.3848)として存在しやすい。[M+2H]
2+を前駆体イオンとしてフラグメンテーション電圧を調整してポリミキシンB1の二次質量分析図を得た(
図4)。特徴的なイオンm/z963.5745,863.5117,762.4638,662.3994,482.2919,361.2243,241.1925及び101.0719に基づいて、ポリミキシンB1のアミノ酸結合順序を推測することができる。以上の特徴的なイオンと上記ポリミキシンB成分の特徴的なイオンを比較することで構造の差異を分析した。
【0037】
上記ポリミキシンB成分の一次質量分析図を
図5a及び
図5bに示す。その準分子イオンピーク[M+H]
+のm/zは1201.7451、[M+Na]
+のm/zは1223.7271であり、2つのプロトンに結合した後の[M+2H]
2+のm/zは601.3771であった。[M+2H]
2+を前駆体イオンとしてフラグメンテーション電圧を調整してポリミキシンB成分の二次質量分析図を得た(
図6)。特徴的なイオンはm/z963.5742,863.5102,762.4628,662.3985,482.2913,361.2237,239.1761及び101.0714であった。一次質量分析及び二次質量分析の情報に基づいて上記成分の構造を判断し、ポリミキシンB1に比べ、m/z239.1761はm/z241.1925よりも2小さく、二重結合化が発生した位置がN末端の脂肪アシル鎖にあることを推測した。従って、上記ポリミキシンB成分は2',3'-デヒドロポリミキシンB1であった。
【0038】
上記質量分析データにより、上記2',3'-デヒドロポリミキシンB1は、順に結合された1位のα,γ-ジアミノ酪酸、2位のスレオニン、3位のα,γ-ジアミノ酪酸、4位のα,γ-ジアミノ酪酸、5位のα,γ-ジアミノ酪酸、6位のフェニルアラニン、7位のロイシン、8位のα,γ-ジアミノ酪酸、9位のα,γ-ジアミノ酪酸及び10位のスレオニンを含み、上記10位のスレオニンと上記4位のα,γ-ジアミノ酪酸とがアミド結合で結合され、上記1位のα,γ-ジアミノ酪酸が6-メチルオクタ-2-エノイルに結合されることが証明された。上記ポリミキシンB成分の分子式はC56H96N16O13であった。
【0039】
既存の薬局方及び文献データ(欧州薬局方9.7版,Polymyxin B sulfate,page:6668-6669;ORWAJ A,et al,J Chromatogr A,2001,912(2):369-373;GOVAERTS C,et al,JPeptide Sci,2002,8(2):45-55)に基づいて、1位のα,γ-ジアミノ酪酸のα-アミノ基が(R,E)-6-メチルオクタ-2-エノイル、(R,Z)-6-メチルオクタ-2-エノイル、又はそれらのいずれか1つのエナンチオマーに結合され、1位のα,γ-ジアミノ酪酸のカルボキシル基が2位のスレオニンのアミノ基に結合され、2位のスレオニンのカルボキシル基が3位のα,γ-ジアミノ酪酸のα-アミノ基に結合され、3位のα,γ-ジアミノ酪酸のカルボキシル基が4位のα,γ-ジアミノ酪酸のα-アミノ基に結合され、4位のα,γ-ジアミノ酪酸のカルボキシル基が5位のα,γ-ジアミノ酪酸のα-アミノ基に結合され、5位のα,γ-ジアミノ酪酸のカルボキシル基が6位のフェニルアラニンのアミノ基に結合され、6位のフェニルアラニンのカルボキシル基が7位のロイシンのアミノ基に結合され、7位のロイシンのカルボキシル基が8位のα,γ-ジアミノ酪酸のα-アミノ基に結合され、8位のα,γ-ジアミノ酪酸のカルボキシル基が9位のα,γ-ジアミノ酪酸のα-アミノ基に結合され、9位のα,γ-ジアミノ酪酸のカルボキシル基が10位のスレオニンのアミノ基に結合されることが判断された。上記4位のα,γ-ジアミノ酪酸のγ-アミノ基と上記10位のスレオニンのカルボキシル基とはアミド結合で結合されてシクロヘプタペプチドを形成した。
【0040】
四、ポリミキシンB1及び2',3'-デヒドロポリミキシンB1の核磁気共鳴データ
約2mgの精製成分をそれぞれ秤量した。ポリミキシンB1及び2',3'-デヒドロポリミキシンB1に重水素水を加えて溶解した後、核磁気共鳴管に移し、核磁気共鳴装置により走査して1H-NMRスペクトルを得た。ポリミキシンB1の1H-NMRスペクトルを
図7に示す。2',3'-デヒドロポリミキシンB1の1H-NMRスペクトルを
図8に示す。両者の1H-NMRスペクトルを比べて、化学シフト6-7には差異があった。化学シフト6.05(d,J=15.4Hz,1H)及び6.91(dt,J=15.4,7.6Hz,1H)は二重結合(2'水素と3'水素)の特徴的なピークであり、かつシス二重結合のカップリング定数が約10.9であるため、2',3'-デヒドロポリミキシンB1のカップリング定数J=15.4Hzからトランス二重結合であると推測した。カルボニル基と共役二重結合を形成する水素の化学シフトが6-7にシフトし、単一の二重結合の場合、化学シフトが5-6の範囲内であるので、低磁場側の化学シフトから、二重結合とカルボニル基が共役構造を形成したと判断した。
【0041】
上記薬局方及び文献データに基づいて、この成分のキラルカーボン構成を判断した。上記ポリミキシンB成分の構造を
図2に示す。
【0042】
五、ポリミキシンB1及び2',3'-デヒドロポリミキシンB1の抗菌活性
臨床研究所標準研究所(Clinical&Laboratory Standards Institute,CLSI)の規定に従って、微量ブロス希釈法によりポリミキシンB1(PMB1)と2',3'-デヒドロポリミキシンB1のアシネトバクター・バウマニに対する最小発育阻止濃度(MIC,minimal inhibitory concentration)を測定した。ポリミキシンB1は対照薬であり、96ウェルプレートにアシネトバクター・バウマニATCC19606(標準菌株)106CFU/mLの細菌を接種し、ポリミキシンB1又は2',3'-デヒドロポリミキシンB1の溶液を加え、溶液の最終濃度をそれぞれ0.125、0.25、0.5、1、2、4、8mg/Lにし、35±2℃で18~24時間培養した後、濁度を観察した。溶液が澄むようになる最小濃度をMICとした。結果を表1に示す。
【0043】
【0044】
結果は、2',3'-デヒドロポリミキシンB1がアシネトバクター・バウマニ標準菌株ATCC19606に対して抗菌活性を有し、2',3'-デヒドロポリミキシンB1のMICがPMB1より1つの希釈度低く、抗菌活性が高い(この方法の誤差許容範囲は1つの希釈度である)ことを示している。
【0045】
CLSI規定に従って、微量ブロス希釈法によりポリミキシンB1及び2',3'-デヒドロポリミキシンB1の緑膿菌に対するMICを測定した。ポリミキシンB1は対照薬であった。96ウェルプレートに緑膿菌ATCC27853(標準菌株)106CFU/mLの細菌を接種し、ポリミキシンB1又は2',3'-デヒドロポリミキシンB1の溶液を加え、溶液の最終濃度をそれぞれ0.125、0.25、0.5、1、2、4、8mg/Lにし、35±2℃で18~24時間培養した後、濁度を観察した。溶液が澄むようになる最小濃度をMICとした。結果を表2に示す。
【0046】
【0047】
結果は、2',3'-デヒドロポリミキシンB1が緑膿菌標準菌株ATCC27853に対して抗菌活性を有し、両化合物のMICが同じであり、2',3'-デヒドロポリミキシンB1の抗菌活性がポリミキシンB1に相当することを示している。
【0048】
以上のことから、本発明では、新しいポリミキシンB成分である2',3'-デヒドロポリミキシンB1が発見され、分取液体クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー/質量分析併用及び核磁気共鳴技術などの方法によりその構造が正確に同定された。この新しい二重結合化成分は、優れた抗菌活性及び生物活性を有し、潜在的な使用価値を有する。
【0049】
なお、以上の実施例は本発明を説明するためのものに過ぎず、本発明の保護範囲を制限するものではない。当業者が本発明の上記内容に基づいて行う非本質的な改良及び調整はいずれも本発明の保護範囲に含まれる。