(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-24
(45)【発行日】2022-04-01
(54)【発明の名称】金属材料
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220325BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20220325BHJP
C21D 7/02 20060101ALI20220325BHJP
C21D 8/00 20060101ALI20220325BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C21D6/00 102A
C21D6/00 102L
C21D7/02 E
C21D8/00 E
(21)【出願番号】P 2016256049
(22)【出願日】2016-12-28
【審査請求日】2019-11-28
【審判番号】
【審判請求日】2021-06-21
(31)【優先権主張番号】P 2016073448
(32)【優先日】2016-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第171回春季講演大会概要集,材料とプロセス,一般社団法人日本鉄鋼協会,平成28年3月1日,Vol.29,No.1,p.386,390にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 日本金属学会講演概要集,2016年(第158回)春期講演大会,公益社団法人日本金属学会,平成28年3月9日,p.293,90,399にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第171回春季講演大会学生ポスターセッションアブストラクト集,一般社団法人日本鉄鋼協会,2016年3月24日,p.55,61,71にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年3月23日~25日に東京理科大学葛飾キャンパスで開催された,一般社団法人日本鉄鋼協会第171回春季講演大会,公益社団法人日本金属学会2016年(第158回)春期講演大会,一般社団法人日本鉄鋼協会第171回春季講演大会学生ポスターセッションにて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 産学共創基礎基盤研究プログラム、「オーステナイト鋼への単純強圧延によるヘテロナノ構造の付与と超高強度化の実現」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【氏名又は名称】井川 浩文
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三浦 博己
(72)【発明者】
【氏名】小林 正和
(72)【発明者】
【氏名】戸高 義一
(72)【発明者】
【氏名】青柳 吉輝
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 千尋
【合議体】
【審判長】平塚 政宏
【審判官】井上 猛
【審判官】池渕 立
(56)【参考文献】
【文献】三浦博己ら,単純強圧延ステンレス鋼のヘテロナノ組織と強度,日本鉄鋼協会講演論文集「材料とプロセス」第169回,一般社団法人日本鉄鋼協会,2015年 3月 1日,第28巻,第302頁
【文献】三浦博己ら,単純強圧延によるヘテロナノ組織形成と高強度化,日本鉄鋼協会講演論文集「材料とプロセス」第170回,一般社団法人日本鉄鋼協会,2015年 9月 1日,第28巻,第893頁
【文献】渡邊千尋ら,単純強圧延を施したステンレス鋼のヘテロナノ組織,日本鉄鋼協会講演論文集「材料とプロセス」第170回,一般社団法人日本鉄鋼協会,2015年 9月 1日,第28巻,第894頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 6/00
C21D 7/02
C21D 8/00-8/04
C21D 9/46-9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
80%~90%冷間強圧延が施された結果として発達した微細な組織構造を形成している安定オーステナイト
鋼による金属材料であって、
前記微細な組織構造が、全体にわたって発達した低角ラメラ組織と、変形双晶が集積して形成されており、かつ分散してなる目玉状変形双晶組織と、該目玉状変形双晶組織の周囲に取り囲むように形成されたせん断帯とで形成されているヘテロナノ構造であ
り、
前記低角ラメラ組織を構成する金属結晶は、{011}面の<112>方向における集合組織の先鋭化が前記目玉状変形双晶組織およびせん断帯によって抑制された状態となっている結果、X線回折によるX線強度が他の結晶方位に比較して弱い値を示すものである
ことを特徴とする金属材料。
【請求項2】
前記X線強度は、他の結晶方位における最高強度が7以上であるとき、{011}面の<112>方向における最高強度が6以下である請求項1に記載の金属材料。
【請求項3】
前記目玉状変形双晶組織は、TD方向に長尺な形状であり、双晶方向がRD方向あるいはTD方向に平行であり、内部の双晶界面法線方向はND方向と平行かつ、Σ3整合双晶構造を有しており、その間隔が20nm~70nmで形成されている請求項1または2に記載の金属材料。
【請求項4】
前記目玉状変形双晶組織は、平均径が5μm以下で、全体に占める体積率が10%以上である請求項1または2に記載の金属材料。
【請求項5】
前記目玉状変形双晶組織は、引張荷重が作用するとき、該目玉状変形双晶組織自体がせん断帯によって分断可能な集積状態である請求項1ないし4のいずれかに記載の金属材料。
【請求項6】
前記目玉状変形双晶組織および前記せん断帯は、引張荷重の作用による塑性変形を可能とするものである請求項
1ないし
5のいずれかに記載の金属材料。
【請求項7】
前記低角ラメラ組織は、前記塑性変形において、せん断帯と変形双晶がさらに発生するものである請求項
6に記載の金属材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定オーステナイト鋼またはフェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼を単純強圧延によって処理してなる金属材料に関し、特にヘテロナノ構造組織を有する金属材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料の高強度化のために様々な技術が研究・開発されているところ、一般的な鉄鋼材料の強度は、引張強度でせいぜい1GPa程度が限度であった。高強度化のために冷間圧延を施す技術は周知であるが、一般的には、70~80%を上限としていた。
【0003】
さらに、マルエージング鋼等の特殊な鋼も開発されおり、その強度は2GPaに達するものがある。しかしながら、析出硬化型ステンレス鋼と同様の極めて特殊な合金組成と、時効析出硬化処理という特殊な加工熱処理プロセスとを必要とするため極めて高価で、一般的な機械材料として利用されていないのが現状である。
【0004】
そこで、近年では、一般的な鋼の強度上昇のための研究が行われており、巨大ひずみ加工法を利用した結晶粒超微細化と高強度化との関係が報告されている。巨大ひずみ加工法としては、繰り返し重ね接合圧延法(Accumulative Roll-Bonding:ARB法)がある。このARB法は、平均粒径を1μm以下の超微細結晶粒材料を得るための巨大ひずみ加工プロセスとして圧延を利用するものであり、一度圧延した材料を長手方向に二等分し、重ね合わせて接合を兼ねた圧延(Roll-Bonding)を施すものである。このARB法をIF鋼に適用した場合、平均結晶粒径が200nmで、引張強度が820MPaの結果を得たことが報告されている(非特許文献1参照)。また、ARB法をSUS304ステンレス鋼に提供した場合には、平均結晶粒径が約200nmであり、焼鈍材の3倍の硬さを得ることができることが報告されている(非特許文献2参照)。
【0005】
本願の発明者は、多軸鍛造法(Multi-Directional Forging:MDF法)をSUS316ステンレス鋼に適用し、さらに微細な結晶粒組織と高強度(引張強度約2.2GPa)を実現させるに至った(非特許文献3参照)。このMDF法は、多方向からの鍛造を繰り返す巨大ひずみ加工法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】N.Tsuji, S. Okuno, Y. Koizumi, Y. Minamino, Materials Transactions, Vol.45, (2004)pp.2272-2281
【文献】小泉雄一郎、植山将宜、辻伸泰、南埜宜俊、太田健一:日本金属学会誌第69巻(2005)pp.997-1003
【文献】Y.Nakao, H.Miura, Materials Science Engineering A, Vol.528, (2011)pp.1310-1317
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前掲の非特許文献2および3において報告される結果は好適なものではあるが、いずれの巨大ひずみ加工法においても製造プロセスが煩雑なものであり、実用化に適したものとは言い得なかった。また、機械・産業技術の高度化に伴い機械構造材料の高強度化に対する要求はさらに高まっているものの、機械材料として需要の高い鋼の場合であっても、その強度には限界を有していた。なお、本願の発明者らは、単純強圧延による強ひずみ加工による特定組織の形成による新規な金属材料を案出しているが、さらに高強度かつ延性を向上させた金属材料の提案が待たれるところであった。
【0009】
本発明は、上記諸点にかんがみてなされたものであって、その目的とするところは、複雑なプロセスによらず、単純な強圧延加工によって、高強度で延性を有する金属材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明は、安定オーステナイト鋼またはフェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼を単純強圧延によって処理された金属材料であって、単純強圧延によって発達する微細な組織構造が、全体にわたって発達した低角ラメラ組織と、変形双晶が集積して形成されており、かつ分散してなる目玉状変形双晶組織と、該目玉状変形双晶組織の周囲に取り囲むように形成されたせん断帯とで形成されているヘテロナノ構造であることを特徴とするものである。
【0011】
上記構成によれば、安定オーステナイト鋼またはフェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼の単純強圧延によって、低角ラメラ組織は全体的に発達し、その中に、変形双晶が集積した目玉状変形双晶組織が分散した状態で形成されていることから、この目玉状変形双晶組織の生成により高強度を得ることができる。また、この目玉状変形双晶組織は変形双晶が集積された構成であること、および目玉状変形双晶組織の周辺にせん断帯が形成されていることから、低角ラメラ組織中の張り出し転位の移動を阻害し、また、主として当該低角ラメラ組織中にせん断帯が導入され、副次的に当該低角ラメラ組織中に変形双晶が導入されることによって延性を向上させることができる。
【0012】
また、本発明は、上記構成における低角ラメラ組織が、TD方向に伸張した形状を有するとともに、その伸張方向は<110>方向となり、その内部において界面間隔が平均して100nm以下となる微細な変形双晶を形成していることを特徴するものである。
【0013】
上記構成によれば、低角ラメラ組織の内部においても変形双晶が形成されておいるため、目玉状変形双晶組織として集積されなかった変形双晶は、低角ラメラ組織の内部に残存することとなる。この変形双晶は、目玉状変形双晶組織として集積された変形双晶とは異なる性質を示すものである。すなわち、目玉状変形双晶組織の内部に集積した変形双晶は引張変形時にはせん断帯を生じさせるため延性に効果を発揮するが、低角ラメラ組織内の変形双晶は、低角ラメラ組織の安定化に寄与し、転位の張り出し移動を妨げて高強度に効果的なものとなる。
【0014】
さらに、本発明のうち、安定オーステナイト鋼にかかる目玉状変形双晶組織が、平均径が5μm以下で、全体に占める体積率が10%以上であることを特徴としている。
【0015】
上記構成によれば、全体に占める体積率が10%以上でありながら平均径が5μm以下であるため、金属材料の全体にほぼ均等な状態で目玉状変形双晶組織が形成されることとなり、強度と延性の両性質が金属材料全体にほぼ均等な状態で生じさせることができる。なお、変形双晶組織は、γ相に形成されることから、α相とγ相が混在するヘテロナノ構造の場合には、これら両相が混在する全体における体積率が10%以上であり、50%程度の割合で両相が混在する場合において、γ相にのみ着目すればγ相に占める体積率は5%以上となる。また、α相とγ相の割合が一定ではないことから、γ相に占める体積率を10%以上とすることにより、全体に占める体積率が10%以上となることから好適である。
【0016】
また、本発明は、上記各構成の発明における目玉状変形双晶組織が、TD方向に長尺な形状であり、組織内部の双晶界面はΣ3整合双晶構造を有し、かつその面法線はND方向と平行である。併せて、双晶方向がRD方向あるいはTD方向と平行であり、双晶界面の間隔が20nm~70nmで形成されていることを特徴としている。
【0017】
上記構成によれば、目玉状変形双晶組織の形成により圧延方向に対する引張強度が向上するものであるが、この目玉状変形双晶組織がTD方向(横方向)に長尺な形状であることにより、当該目玉状変形双晶組織と低角ラメラ組織による強度が横方向に広く影響を与えることとなる。
【0018】
さらに、本発明は、上記各構成の発明における目玉状変形双晶組織が、引張荷重を受けるとき、該目玉状変形双晶組織自体がせん断帯によって分断可能な集積状態であることを特徴としている。
【0019】
上記構成によれば、引張荷重の作用による引張変形時には、目玉状変形双晶組織を分断するせん断帯が形成されることから、せん断帯形成より延性を向上させることができる。同時に、低角ラメラ内部へのせん断帯形成(侵入)や変形双晶形成も部分的に延性に寄与する。
【0020】
また、本発明は、上記各構成の発明において、前記低角ラメラ組織を構成する金属結晶が、{011}面の<112>方向における集合組織の先鋭化が前記目玉状変形双晶組織およびせん断帯によって抑制された状態であり、X線回折によるX線強度が他の結晶方位に比較して弱い値を示すものとなっている。
【0021】
上記構成によれば、単純強圧延により形成される目玉状変形双晶組織の形成により、一部の集積化が弱くなる結果として、{011}面の<112>方向における集合組織の先鋭化を抑制させることとなり、他の結晶方位におけるX線回折強度よりも当該結晶方位のX線回折強度が低くなる。このような組織により、圧延面に平行な方向に対する延性を向上させることとなる。圧延面に平行な方向への延性が向上することにより、延伸加工および曲げ加工における加工性が向上する。
【0022】
さらに、本発明は、上記発明におけるX線強度が、他の結晶方位における最高強度が7以上であるとき、{011}面の<112>方向における最高強度が6以下とするものである。
【0023】
上記構成によれば、{011}面の<112>方向における集合組織の先鋭化の状態が、他の結晶方位と明確に相違することとなり、当該結晶方位の集合組織が発達していないことによる延性の向上が明確となる。他の結晶方位との相対的な差違により、強度を向上させつつ好適な延性を得ることができる。
【0024】
また、上記発明において、目玉状変形双晶組織および前記せん断帯は、引張荷重の作用による塑性変形を可能とするものであってもよい。この場合には、さらに、前記の低角ラメラ組織は、塑性変形において、せん断帯と変形双晶がさらに発生するものであってもよい。
【0025】
上記構成によれば、単純強圧延により形成されたせん断帯によって塑性変形が可能となるうえ、目玉状変形双晶組織においても塑性変形が可能となり、延性の向上に寄与することとなる。しかも、当該塑性変形中に、せん断帯および変形双晶が同時に発生する場合には、当該金属材料の延性はさらに向上することとなる。
【0026】
本発明の金属材料は、安定オーステナイト鋼またはフェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼を単純強圧延によって処理された後に時効処理されたものであって、単純強圧延によって発達する微細な組織構造が、全体にわたって発達した低角ラメラ組織と、変形双晶が集積して形成されており、かつ分散してなる目玉状変形双晶組織と、該目玉状変形双晶組織の周囲に取り囲むように形成されたせん断帯とで形成されているヘテロナノ構造であり、圧延後に時効処理がなされた場合に前記ヘテロナノ組織中に形成されるクラスターの90%以上が10nm以下であることを特徴とするものである。
【0027】
上記構成によれば、上述の単純強圧延によって形成された前記ヘテロナノ構造の微細な組織を形成しつつ、時効処理による強度の増加を可能にするものである。クラスターを10nm以下とすることにより、塑性変形を可能として延性を向上させるものである。
【0028】
また、本発明の金属材料は、安定オーステナイト鋼またはフェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼を単純強圧延によって処理された後に焼き鈍されたものであって、単純強圧延によって析出させた組織構造を、再結晶により平均粒径を1μm以下の微細粒組織を形成させたものであり、前記単純強圧延によって発達する微細な組織構造が、全体にわたって発達した低角ラメラ組織と、変形双晶が集積して形成されており、かつ分散してなる目玉状変形双晶組織と、該目玉状変形双晶組織の周囲に取り囲むように形成されたせん断帯とで形成されているヘテロナノ構造であることを特徴とするものである。
【0029】
上記構成によれば、上述の単純強圧延によって形成された前記ヘテロナノ構造の微細な組織は、焼き鈍しによる再結晶により、平均粒径が1μm以下の微細な粒組織を形成させたものである。このような微細粒組織の形成により、強度および延性を保持させつつ内部ひずみを解消させることができる。
【0030】
そして、フェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼を使用する金属材料の発明では、単純強圧延によって処理された後に焼き鈍されたものであって、単純強圧延によって析出させた組織構造を、再結晶による相変態によって専らオーステナイトが平均粒径を1μm以下に変化してなる微細粒組織を形成させたものであり、前記単純強圧延によって発達する微細な組織構造が、全体にわたって発達した低角ラメラ組織と、変形双晶が集積して形成されており、かつ分散してなる目玉状変形双晶組織と、該目玉状変形双晶組織の周囲に取り囲むように形成されたせん断帯とで形成されているヘテロナノ構造であることを特徴とするものである。
【0031】
上記構成によれば、専らオーステナイトを相変態によって平均粒径を1μm以下に変化させるものであり、圧縮強度を向上させることができ、耐摩耗性や耐熱性に優れたものとすることができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、低角ラメラ組織のみでは高く見込めない引張強度が、目玉状変形双晶組織が所定の大きさと体積率に形成されることにより、低角ラメラと相俟って高強度を得ることができる。さらに、引張変形時には、当該目玉状変形双晶組織内部にせん断帯を生じさせ、このせん断帯が目玉状変形双晶組織自体を分断させることによって延性を向上させることとなる。また、{011}面の<112>方向の集合組織の先鋭化を抑えることにより、延性を向上させることができる。なお、これらのヘテロナノ構造組織は、単純強圧延加工によって形成させることができることから、複雑なプレセスを要することなく高強度かつ延性を有する金属材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】(a)は本発明の実施形態の代表例を示すTEM像であり、(b)は部分的に拡大したTEM像である。
【
図2】(a)は目玉状変形双晶組織の体積率の変化の状態を示す説明図であり、(b)は目玉状変形双晶組織の体積率の変化と引張強度の関係を示すグラフである。
【
図3】実験2における引張変形後のTEM像である。
【
図4】実験3におけるX線回折の結果を示す極点図である。
【
図5】実験3におけるOIM観察の結果を示す逆極点図および集合組織図である。
【
図6】実験4における一部材料の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図7】実験4における時効期間と引張強度の関係を示すグラフである。
【
図8】フェライト体積率の異なる二相ステンレス鋼について行った実験5による時効期間と引張強度の関係を示すグラフである。
【
図9】比較実験におけるHPT加工をした材料のTEM像である。
【
図10】比較実験におけるHPT加工をした材料の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図11】フェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼を単純強圧延加工後に焼き鈍し加工した場合(実験6)のオーステナイトの再結晶状態にかかるTEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。本発明の金属材料は、安定オーステナイト鋼(以下、単に「オーステナイト鋼」と略称する場合がある)またはフェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼(以下、単に「二相ステンレス鋼」と略称する場合がある)を加工して得られるものであり、低角ラメラ組織の中に変形双晶が集積した目玉状変形双晶組織を形成させたものである。また、この目玉状変形双晶組織の形成と同時に、その周囲にはせん断帯を形成させた構成となっている。これらの構成による金属材料は、オーステナイト鋼または二相ステンレス鋼を単純強圧延加工することによって得ることができる。
【0035】
図1(a)は、オーステナイト鋼による目玉状変形双晶組織が形成された本発明の実施形態の典型的なTEM像であり、
図1(b)は、低角ラメラ組織を拡大したTEM像である。本実施形態では、この
図1(a)に示されているように、図中の中央に略菱形(これを「目玉状変形双晶組織」と称する)部分が形成されたものであり、その周辺には略菱形を形成しない低角ラメラ組織が存在している。さらに、目玉状変形双晶組織の周囲に傾斜した方向に表れているせん断帯を有した構成となっている。また、目玉状変形双晶組織の内部には、図中の水平方向(RD方向(圧延方向))に界面を表す変形双晶が形成されている。また、
図1(b)に示されているように、低角ラメラの内部には、圧延方向(RD方向)から僅かに傾斜した方向に界面を形成する微細な変形双晶が形成されている。なお、
図1(a)からは、目玉状変形双晶組織はΣ3整合双晶構造であることを観察することができ、低角ラメラ組織の内部における変形双晶は、界面間隔が最も広いもので200nmであるが、ほとんどの界面間隔は70nm±20nm(50nm~90nm)の範囲内にあり、これらを全体で平均すると100nm以下となっている。また、(b)においては、低角ラメラ組織の内部における変形双晶が、界面間隔が20nm以下となっており、最も狭い部分では5nmとなっていることを観察し得る。
【0036】
このように、本実施形態は、オーステナイト鋼を単純強圧延によって処理したものであるが、その組織構造としては、全体に発達した低角ラメラ組織の一部に、変形双晶が集積した目玉状変形双晶組織が形成されたものであり、この目玉状変形双晶組織が全体にほぼ均等に分散した(具体的には、γ相において分布した)ものであり、かつ目玉状変形双晶組織の周囲にせん断帯が形成されてなるヘテロナノ構造を有するものである。
【0037】
ここで、目玉状変形双晶組織は、同組織をRD方向(圧延方向)から観察すると、TD方向(圧延方向に対して横方向)に伸びた細長い楕円形状(いわゆる葉巻状)となっている。そして、その葉巻状となっている目玉状変形双晶組織の長手方向(楕円の長軸方向)はTD方向(横方向)にほぼ平行であり、この目玉状変形双晶組織は全体として、ND方向(圧延面の法線方向)に扁平された形状で集積されたものである。従って、圧延されることにより薄肉になった金属材料の厚さ方向に扁平しつつ、その厚さ方向にも分散されて形成されるものである。
【0038】
本実施形態のように、金属材料中に目玉状変形双晶組織が形成されるとともに、その他の領域に低角ラメラ組織が形成されていることから、当該目玉状変形双晶組織の出現により低角ラメラ組織による強度を超えた高強度を実現し得ることとなる。また、これと同時に、せん断帯の形成と、目玉状変形双晶組織自体に生じるせん断帯とによって延性を得ることができ、両者の好適なバランスを有する金属材料を得ることができる。そこで、さらに低角ラメラ組織の内部には、目玉状変形双晶組織を形成し得る変形双晶が形成されていることから、結果的には、変形双晶の集積度を変化させることにより、目玉状変形双晶組織の体積率を変化させることができる。この体積率の変化は圧延率の変化によることとなるが、これをシミュレーションした場合のヘテロナノ構造組織を
図2(a)に示す。
【0039】
ヘテロナノ構造組織は、低角ラメラ組織と目玉状変形双晶組織とが中心であり、両者の境界においてせん断帯が形成される。従って、
図2に示されるように、ヘテロナノ構造組織は、低角ラメラ組織に対する目玉状変形双晶組織が占める割合によって決定され、目玉状変形双晶組織、すなわち変形双晶の集積率が上昇すれば、目玉状変形双晶組織そのものが拡大し(12.5%から18.2%に至る変化を参照)、さらに、その集積度が増加すれば、隣接する周囲にも他の目玉状変形双晶組織が形成され(25%の状態を参照)、これら隣接する複数の目玉状変形双晶組織が拡大する(25%から70.6%に至る変化を参照)。そして、終局的には100%の目玉状変形双晶組織を形成させることができる。なお、目玉状変形双晶組織の体積率が100%の場合には、周辺の低角ラメラ組織は残存しないことからせん断帯も形成されないこととなる(100%の状態を参照)。
【0040】
そして、上記のような体積率の変化について、引張強度をシミュレーションした結果を
図2(b)に示す。この図は、後述する実験による目玉状変形双晶組織の形成状態と引張強度の関係からシミュレーションしたものであるが、この図によれば、目玉状変形双晶組織の体積率が10%を超えると(12.5%)、すでに引張強度は2GPaを超える高強度となり、さらに40%を超えた状態(40.1%)においては、引張強度が3GPaを超える。従って、目玉状変形双晶組織の体積率が10%以上であれば、マルエージング鋼を超える強度の金属材料を得ることができる。さらに、時効処理を施すことにより更に高強度となり得る。
【実施例】
【0041】
そこで、上記実施形態に示した金属材料を現実に作成するための実験を行ったので、以下に、その実験例について説明する。
【0042】
<実験1>
まず、安定オーステナイト鋼としてSUS316LN鋼を92%の冷間強圧延加工を施し(以下、これを「AR材」と称する場合がある)、透過型電子顕微鏡(TEM)にて撮影した。そのTEM像が、
図1(a)に示されたものであり、当該AR材の低角ラメラ組織を拡大したTEM像が、
図1(b)に示されたものである。これらのTEM像は、TD方向(横方向)から観察したものであるが、ほぼ均一に発達した低角ラメラ組織に、変形双晶の集積による目玉状変形双晶組織が分散し、この目玉状変形双晶組織の周囲を取り囲むようにせん断帯が存在する構造(複雑なヘテロナノ構造)となっている。
【0043】
上記TEM像による観察のほかに、制限視野回折像(SADP)による解析を行った。その解析では、目玉状組織内部の双晶界面{111}は、圧延面法線方向(ND方向)に垂直であり、双晶方向<211>は、圧延方向(RD方向)に平行となっていた。また、双晶界面間隔はおよそ20~70nm程度であった。さらに、異なるバリアントの目玉状変形双晶組織(双晶界面{111}⊥ND、せん断方向<211>//TDを持つ)も一部で観察された。低角ラメラ組織は、その伸張方向が圧延方向(RD方向)にほぼ平行であり、ラメラ間隔(界面間の間隔)は約100nmであった。また、多くのラメラ組織において、<110>方向が横方向(TD方向)に平行となる集合組織が形成されていた。さらに、低角ラメラ内部にも非常に微細な変形双晶が高密度に形成されている様子が観察され(
図1(b)参照)、その双晶界面間隔は数nm程度であった。また、ラメラ組織内部の双晶について、せん断方向(双晶面)は圧延面法線方向(ND方向)または圧延方向(RD方向)から約45度となっており、これは、低角ラメラ組織が形成された後に変形双晶が形成したことを示唆するものである。
【0044】
また、図示を省略しているが、RD方向(圧延方向)からの観察も同時に行ったところ、前述のとおり、圧延方向(RD方向)からの観察においては、「葉巻状」の形状を呈した変形双晶群が観察され、その長手方向は横方向(TD方向)に平行であった。当該変形双晶に関し、{111}双晶界面は、圧延面法線方向(ND方向)に垂直であり、双晶方向<211>方向が横方向(TD方向)あるいは圧延方向(RD方向)に平行な二種類のバリアントが観察された。横方向(TD方向)からの組織観察結果を併せて考慮すると、変形双晶領域は横方向(TD方向)に伸びた葉巻型形状を呈しており、横方向(TD方向)からの観察では、その断面が略菱形の目玉状を呈するものと理解される。
【0045】
<実験2>
次に、92%の冷間強圧延加工を施したオーステナイト鋼(実験1において加工されたものと同じSUS316LN鋼)を前記強圧延時おける圧延方向(RD方向)に対し、引張試験機により引張変形を生じさせ、その後の組織の状態を透過型電子顕微鏡にて撮影した。引張変形後のTEM像を
図3に示す。この図に示されるように、低角ラメラ組織を呈する領域では大きな組織変化は認められなかったが、目玉状変形双晶組織が形成されている領域においては、応力軸から約45度の方向にせん断帯が形成され、目玉状変形双晶組織を分断している様子が観察された。当該せん断帯を境に両側にある変形双晶領域間の方位差は数度と小さい。他方、せん断帯内と変形双晶領域との方位差は大きく、結果的にせん断帯が集合組織強度を弱め、延性増大に寄与していることとなっている。
【0046】
<実験例3>
安定オーステナイト鋼としてSUS316LN鋼について、実験例1と同じ手法により80%、90%および92%の三種類の冷間強圧延加工を施した金属材料を作製し、80%および90%の圧延材料については、その集合組織のX線回折によるX線強度の測定を行い、さらに92%の圧延材料についてはOIM観察を行った。
図4がX線回折による結果を示し、
図5がOIM観察の結果を示している。なお、
図4は、圧延面(表面)におけるX線回折の結果であり、
図4(a)は80%の圧延を施した材料に対する{111}極点図であり、
図4(b)は90%の圧延を施した材料に対する{111}極点図である。図中のRDは圧延方向を示し、TDは圧延横断面方向を示す。また、
図5は、92%の圧延を施した材料について、TD方向(圧延横断面方向)からND面(圧延面)上の集合組織をOIMによって観察したものである。
図5(a)は逆極点図であり、
図5(b)は集合組織である。ただし、いずれもカラーを白黒に変換しており、明確ではない部分が存在する。
【0047】
上記
図4に示す結果によれば、80%の圧延を施した材料(
図4(a)参照)では、{011}面に強い集積が現れたが、同時に{111}面にも強い集積が現れている。これに対し、90%の圧延を施した材料(
図4(b)参照)では、{111}面の集積はやや弱くなっているが、依然として強い集積が現れている。つまり、{111}面の強い集積により、{011}の集積に影響を与えている。
【0048】
また、
図5に示す結果によれば、前記(実験1)と併せて考察すると、次のとおりとなる。目玉状組織内部の双晶界面{111}は、圧延面法線方向(ND方向)に垂直であり、双晶方向<211>は、圧延方向(RD方向)に平行となっている。また、低角ラメラ組織は、その伸張方向が圧延方向(RD方向)にほぼ平行であり、多くのラメラ組織において、<110>方向が横方向(TD方向)に平行となる集合組織が形成されている。そして、圧延面(ND面)において、目玉状組織は<111>方位を向いているが、低角ラメラ組織は<011>方位を向いている。上記の考察により、変形双晶によって形成される目玉状組織が、{011}集合組織の先鋭化を抑制する(妨げる)ことの要因となっていることが判る。その結果、{011}-<112>集合組織の集積の程度は、他の結晶方位に比較して弱く、圧延面(ND面)に平行な方向への延性を向上させることとなるという結論を導くことができる。
【0049】
<実験4>
次に、安定オーステナイト鋼に含有されるマンガン(Mn)の含有量が異なる試料を使用し、それぞれ90%の圧延率による強圧延した材料を作成し、それぞれの材料について引張強度を測定した。また、各材料について773Kによる2時間の時効熱処理後の引張強度を測定した。なお、それぞれの引張試験は圧延方向(RD方向)および横方向(TD方向)について行った。その結果を次の表1(RD方向)および表2(TD方向)に示す。また、一部の材料について計測した結果の応力-ひずみ曲線を
図6に示す。
【0050】
【0051】
【0052】
上記引張試験の結果から明らかなとおり、マンガン含有率が1%未満又は5%以上において高強度を示した。特に、0.86%の場合には、時効処理後の圧延方向(RD方向)において1.9GPaを示し、横方向(TD方向)の引張強度では2.7GPaという極めて高い強度を示す結果となった。
【0053】
なお、上記実験は時効時間を2時間(7200秒)としたが、時効時間と引張強度の関係を実験したところ、
図7に示すように、マンガンの含有量に関係なく、いずれの場合も7200秒において強度がピークとなり、時効時間は2時間が好適であることを示している。なお、時効処理による強度の増加は、ピークの状態で200MPa程度であり、時効処理による引張強度の上昇率は他の一般的な材料に比べて著しいものではない。これをTEM像によって観察したところ、ヘテロナノ構造組織が粗大であることに起因するものと判断された。これらの結果より、ヘテロナノ構造組織の発達は強圧延加工に強く依存し、ヘテロナノ構造組織が粗大な場合には、時効処理による強度上昇は限定的なものとなると考えられる。
【0054】
また、
図6に示した応力-ひずみ曲線からも明らかなとおり、マンガンの含有量の程度に関係なく、10%前後の塑性伸びが得られている。これらの結果は、高強度を有する金属材料でありながら延性が向上していることを意味するものである。この延性の向上は、前述のとおり、目玉状変形双晶組織を分断しているせん断帯が集合組織強度を弱めていることに加えて、{011}-<112>集合組織の先鋭化が抑えられた結果によるものと考えられる。
【0055】
<実験5>
さらに、フェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼におけるフェライト体積率と引張強度との関係について実験した。フェライト体積率は、25%、46%、53%の3種類とし、それぞれ90%の圧延率による強圧延加工をした後、時効処理なし、時効処理(723K~823K)24時間、および時効処理(723K~823K)48時間の三条件による材料について引張試験を行った。その結果を
図8に示す。なお、時効温度を748Kとしたのは、723K~823Kの範囲における時効処理中最も強度が高かったことから、748Kによる時効処理の結果のみを示す。
【0056】
この図から明らかなとおり、強圧延加工を施した材料(時効なし)の引張強度は、フェライト体積率の増加に伴い単調に低下した。この変化は、柔らかいフェライト粒の体積率増加と複合則から容易に理解できるところである。これに対し、時効によって引張強さは上昇し、特にフェライト体積率46%の材料が最も高い引張強度を示している。従って、時効後の機械的性質は単純に複合則によっては理解できず、延性と加工硬化領域から検討すべきである。すなわち、フェライト体積率の上昇と共に延性が低下した引張試験結果から、時効後に脆化の影響が強く現れるものの高い引張強度を示すフェライト相に対し、相対的に強度は低いものの比較的高い延性を示すオーステナイト相の性質の違いが、この引張強度に影響していると判断される。その結果、フェライト/オーステナイト体積率が変化し、フェライト体積率が46%の材料が強度と延性のバランスが最も高く、比較的高い延性によって加工硬化領域が広がった結果、最大引張応力が他より高くなったと判断される。
【0057】
<比較実験>
前記実験1に使用したオーステナイト鋼(SUS316LN鋼)と同じ材料を使用し、高圧ねじり加工(HPT加工)を施した。HPT加工は、直径20mm、厚さ0.85mmの円板を圧縮圧力5GPa、回転速度0.2rpm、ねじり回転回数(N)20とし、室温環境下で行った。加工後の円形材料について中心から5mmに位置する部分の組織の状態を透過型電子顕微鏡にてせん断方向に平行な方向から観察した。そのTEM像を
図9に示す。
【0058】
このTEM像から明らかなとおり、HPT加工のせん断方向に対して平行な方向からの観察においては、数十nmの等軸粒が観察された。なお、図示を省略するが、せん断方向に垂直方向からの観察では、伸長した結晶粒が観られたが、いずれの方向からの観察においても、単純強圧延材において観察された「目玉状」の領域などからなるヘテロナノ構造は観られず、ほぼ均一かつ一様な組織であった。
【0059】
また、上記HPT加工後の材料について円板中心からの距離が3mmの位置におけるビッカース硬さを測定した。その結果、HV=5.1GPaであった。これに対し、実験1における92%の強圧延による材料ではHV=4.4GPaであったことから、強圧延加工材料に比べて高い値を示した。なお、強圧延加工における圧延率が80%の場合にはHV=4.1GPaであり、50%の場合にはHV=3.7GPaであった。
【0060】
さらに、時効熱処理(773K)を施した場合、HPT加工による材料のビッカース硬さは、時効時間1分でHV=6.4GPa程度まで増加し、その後60分まで大きな硬さの変化は認められなかった。これは、HPT加工による材料の時効効果能が低いことを意味するものであった。
【0061】
また、
図10にHPT加工による材料の引張特性を示す。引張方向は、HPT加工のせん断方向に対して平行とした(初期ひずみ速度10
-3s
-1)。引張強度2GPa、塑性伸び11%の優れた引張特性を示した。破面においてもディンプルが観察され、延性的な破壊であることが分かった。また、ディンプルサイズは概ね結晶粒径の大きさであり、数個の結晶粒が変形を担う破壊単位であることが分かった。HPT加工および時効熱処理の条件を最適化することで、さらなる高強度化が期待できる。
【0062】
上記の各実験結果から明らかなとおり、HPT加工による材料は、目玉状変形双晶組織を形成するものではないが、引張強度および塑性伸び率ともに優れるものであるが、比較実験において試料作成方法を示したように、非常に複雑なプロセスが要求され、しかも円板状かつ直径10~20mm程度の小さな材料となることから用途が限定的となる。これに対し、実験1~実験5で示す材料は、組織構造が全く異なるものであるが、十分な強度と適度な延性を有するものであり、強圧延加工によって製造され得るもののため長尺形状を有し、その材料の用途も広範なものとなる。
【0063】
<実験6>
さらに、フェライト/オーステナイト二相ステンレス鋼における焼き鈍しによる組織の変化について実験した。実験には、フェライト体積率30%のものを使用し、焼鈍温度を1023Kにより、焼鈍時間を2時間、4時間、72時間とした3種類についてTEM像にて観察した。そのTEM像を
図11に示す。なお、TEM像はオーステナイトの相変態を示すものであり、図中「強圧延材」は、焼き鈍していない金属材料である。これらの各TEM像から、実験5における時効処理の温度を超える1023Kによる焼鈍により、オーステナイトは再結晶し、徐々に微細な粒状組織を形成することとなる。このとき2時間の焼鈍では粒径に大小の差違を有するが、4時間を超える焼鈍により粒径が均一化し、その平均粒径は1μm以下となっている。
【0064】
このように、二相ステンレス鋼において、オーステナイトを相変態により微細粒組織に再結晶させることによって、焼き鈍す前の二相ステンレス鋼に比較して、硬度すなわち圧縮強度が向上することとなる。そこで、硬度が向上することにより、耐摩耗性に優れた金属材料を得ることができ、また、焼き鈍したことにより耐熱性にも優れた金属材料を得ることができる。
【0065】
本発明の実施形態および実験例については上記のとおりであるが、これらに示した形態は一例を示すものであり、本発明がこれら実施形態等に限定されるものではない。従って、本発明の趣旨の範囲内において種々の形態とすることができる。例えば、時効処理を行う場合と行わない場合との両者に性質を比較しているが、用途に応じた強度を得るために時効処理を施した材料を使用してもよいが、時効処理を施さない材料を使用することもできる。いずれの場合においても、低角ラメラ組織の中に変形双晶の集積により目玉状変形双晶組織が形成され、すなわち、目玉状の集積領域中に変形双晶が形成されるものであって、その周辺にせん断帯が形成される構成となっていれば、高強度を有しつつ延性を備える材料となり得るのである。